【実施例】
【0069】
材料及び方法
動物
全ての動物実験を国立衛生研究所の実験動物の管理及び使用に関するガイド(Guide for the Care and Use of Laboratory Animals of the NationalInstitutes of Health)における推奨に従い行い、地域動物試験倫理委員会(localEthics Committees for Animal Research)(ダルムシュタット)により承認番号F95/42にて承認された。全ての挙動実験において、本発明者らは市販の育種会社(Charles River、スルズフェルド、ドイツ、Janvier、ル ジェネスト サン ティスル、フランス)から購入した6週齢〜12週齢の雄のC57BL/6Nマウスのみを使用した。機械的閾値を比較するため、本発明者らは対照として週齢及び性別を一致させた同腹子を使用した。
【0070】
プロスタノイド受容体欠損マウス(DP1-/-、IP-/-、EP2-/-及びEP4-/-)を以前に記載したように、フランクフルトの臨床薬理学研究所(Instituteof Clinical Pharmocology)において飼育した。
【0071】
化学療法誘発性神経障害性疼痛のパクリタキセルモデル
パクリタキセルをクレモフォールEL/エタノール1:1に溶解し、生理食塩水で希釈した。腹腔内注射の用量は、以前に記載したように6 mg/kgに設定した。
【0072】
挙動試験
機械的アロディニア又は熱過敏性を求めるため、少なくとも2時間グリッドを上昇させた試験ケージにマウスを収容した。ベースライン測定は機械的刺激後に後足の引込め潜時を検出する動的足底知覚計(Dynamic Plantar Aesthesiometer)又はHargreaves装置(Ugo Basile、バレーゼ県コメーリオ、イタリア)を用いて行った。機械的閾値の評価のため、上向きの力を直線状に(10秒間にわたり0 g〜5 g、0.5 g/s増加)、素早い引込み反応が生じるまで後足の足底中央部に対して鋼鉄ロッドを押圧した。ゆっくりした足の動作は計数しなかった。脚引込め潜時(PWL)を秒(複数の場合もある)±0.1、カットオフ時間20秒において求めた。注射しなかった足及び注射した足を5分〜10分の間隔で交互に測定した。熱閾値を求めるため、初日に少なくとも2時間加温したガラスプレート(32℃)の試験ケージにマウスを収容した。次いで、足の足底領域の中央部を、引込みが生じるまで高強度プロジェクターランプからなる放射熱デバイスを用いて刺激した。注射していない足及び注射した足を5分〜10分の間隔で交互に測定した。挙動試験全てにおいて、研究者にはマウスの処置又は遺伝子型は伏せられた。
【0073】
処置:末梢注射として、20 μlの9,10-EpOME[5 μM](Cayman、ミシガン州アナーバー、米国)を後足の足底中央部領域に皮下注射(s.c.)した。対照動物に、対応する容量のDMSO(Sigma、ダイゼンホーフェン、ドイツ、生理食塩水中1.6 %(v/v))を投与した。髄腔内注射として、9,10-EpOME[10 μM]の3.2 %DMSO/生理食塩水(v/v)5 μlを以前に記載したように覚醒した意識のあるマウスに直接腰椎穿刺により注射した。テルフェナジン又はロラタジン(ともにTocris、ブリストル、英国)を尾静脈に静脈内注射した。
【0074】
初代後根神経節(DRG)培養
マウスのDRGを脊髄分節から切除し、CaCl2及びMgCl2(Invitrogen、カリフォルニア州カールスバッド、米国)を含む氷冷HBSSに直接移した。次に、単離したDRGをコラゲナーゼ/ディスパーゼ(500 U/mlのコラゲナーゼ、2.5 U/mlのディスパーゼ)とL-グルタミン[2 mM]ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100 μg/ml)、B-27及びゲンタマイシン(50 μg/ml)(全てInvitrogen、カリフォルニア州カールスバッド、米国)を含有するneurobasal培地で37℃にて75分間インキュベーションした。コラゲナーゼ/ディスパーゼ溶液を除去した後、細胞を10 %FCSを含有するneurobasal培地で2回洗浄し、0.05 %トリプシン(Invitrogen、カリフォルニア州カールスバッド、米国)と10分間インキュベーションした。洗浄工程を繰り返し、細胞を1 mlのGilsonピペットを用いて機械的に分離した。最後に、ニューロンをポリ-l-リジン(Sigma、ダイゼンホーフェン、ドイツ)でコーティングしたガラスカバースリップにプレーティングし、L-グルタミン[2 mM]ペニシリン(100U/ml)、ストレプトマイシン(100 μg/ml)、B-27及びゲンタマイシン(50 μg/ml)を含有するneurobasal培地と、カルシウム画像処理による評価を行うまで一晩中インキュベーションした。
【0075】
カルシウム画像処理実験
カルシウム画像処理実験を、2つの異なる設定を用いて行った。第1に、本発明者らは、10xのAchroplan水浸対物レンズ(Zeiss)を備えたAxioscope 2正立顕微鏡(Zeiss、イエナ、ドイツ)を使用した。顕微鏡にImago CCDカメラ及び多色彩IVモノクロメータ(全てTILL Photonics、グレーフェルフィング、ドイツ)を取り付けた。画像を2つの波長(340 nm及び380 nm)にて2秒毎に取得し、Tillvisionソフトウェア23を用いて加工した。その後、DFC360 FX(CCD-)カメラ、Fura-2フィルタ及びN-Plan 10x/0.25 Ph1対物レンズ(全てLeica Microsystems、ヴェッツラー、ドイツ)を取り付けたLeica DMI 4000 b倒立顕微鏡からなるLeicaカルシウム画像処理設定を用いた。画像を2秒毎に撮り、LAS AFソフトウェアを用いて加工した。各実験において、本発明者らは細胞数の多い領域を選択し、同時に40個〜110個の細胞をモニタリングした。カルシウム画像処理実験は、調製後24時間〜48時間のDRGニューロンを用いて行われた。細胞に5 μMのfura-2-AM-エステル及び0.02 %のプルロニックF-127(ともにBiotium、カリフォルニア州、ヘイワード)を充填し、37℃にて30分間〜60分間インキュベーションした。次いで、細胞を外液(NaCl[145]、CaCl
2[1.25]、MgCl
2[1]、KCl[5]、D-グルコース[10]、HEPES[10]をmM単位で含有、pH7.3に調整)で洗浄した。ベースライン測定を1 ml/分〜2 ml/分の流量にて外液中にて行った。カルシウム非含有溶液を、CaCl
2を除去し、EGTA[2 mM]を添加することにより生成し、NaCl濃度を150 mMに増加させることにより、浸透圧を制御した。HC-030031(Sigma、ダイゼンホーフェン、ドイツ)、AMG 9810、H89-ジヒドロクロリド、8-ブロモ-cAMP、GF109203X(全てTocris、ブリストル、英国)及びNGF(Merck Millipore、ダルムシュタット、ドイツ)のストック溶液を最終的な濃度になるまで外液で希釈した。
【0076】
定量的リアルタイムPCR
腰椎DRGを、提示の時間点においてマウスから切除し、RNAをmirVana(商標)miRNA単離キット(Ambion、life technologies、カリフォルニア州カールスバッド、米国)を用いて抽出した。逆転写及びリアルタイムPCRをTaqMan(商標)システム(life technologies、カリフォルニア州カールスバッド、米国)を用いて行い、以前に記載したようにΔΔC(T)法を用いて評価した(24、25)。以下のオリゴヌクレオチドをcDNAの増幅に使用した。
【0077】
表1:定量的リアルタイムPCRに使用した、マウス組織由来のプライマー配列。a=MGHプライマーバンク、ID:160948617c2。
【表1】
【0078】
液体クロマトグラフィー−タンデム質量分析計(LC-MS/MS)によるEETの決定
サンプル抽出及び標準物質:サンプル抽出を以前に記載したように行った。すなわち、2500 ng/mlの全ての分析物を含むストック溶液をメタノールにおいて調製した。実用標準物質は0.1 ng/ml〜250 ng/mlの濃度範囲のEET、EpOME及びDiHOME並びにHODEで更に希釈することにより得られた。サンプル抽出を、液液抽出を用いて行った。それゆえ、組織又は細胞の培養培地を600 μlの酢酸エチルで2回抽出した。混合有機相を穏やかな窒素流下において45℃の温度にて除去した。残渣を50 μlのメタノール/水/(50:50、v/v)で再構築し、10000×gにて2分間遠心分離した後、ガラスのバイアル(Macherey-Nagel、デューレン、ドイツ)に移し、次いでLC-MS/MS装置に注入した。
【0079】
エポキシ脂質及びHODEを測定するための計測器:LC-MS/MSシステムはネガティブESIモードで操作するTurbo-Vソース、Agilent 1100バイナリHPLCポンプ及び脱ガス装置(Agilent、ヴァルトブロン、ドイツ)を取り付けたAPI 4000三連四重極型質量分析計(Applied Biosystems、ダルムシュタット、ドイツ)及び25 μLのLEAPシリンジ(AxelSemrau GmbH、シュプロックヘーフェル、ドイツ)を嵌合させたHTC Palオートサンプラー(Chromtech、イトシュタイン、ドイツ)から構成された。質量分析計用の高純度窒素をNGM22-LC-MS窒素発生器により生成した(cmc Instruments、エシュボルン、ドイツ)。クロマトグラフによる分離において、Gemini NX C18カラム及びプレカラムを使用した(150 mm×2 mm内径、5 μmの粒径及び110Å孔径、ドイツ、アシャッフェンブルクのPhenomenex製)。0.5 ml/分の流量の移動相及び17.5分の稼働合計時間にて線形勾配を使用した。移動相Aは水/アンモニア(100:0.05、v/v)及びBはアセトニトリル/アンモニア(100:0.05、v/v)であった。勾配を85 %のAから開始し、12分以内で10 %にした。これは1分間に10 %のAを保持したものであった。0.5分以内に、移動相が85 %のAに再度シフトし、3.5分間保持し、次のサンプル用にカラムを平衡させた。サンプルの注入容量は20 μlであった。定量化が内部標準物質法(同位体希釈質量分析法)を使用したAnalystソフトウェアV1.4.2(AppliedBiosystems、ダルムシュタット、ドイツ)を用いて行われた。分析物のピーク面積及び内部標準物質面積の割合(y軸)を濃度(x軸)に対してプロットし、較正曲線を1/濃度2の重み付けをした最小二乗回帰により算出した。
【0080】
[35S]GTPγS結合アッセイ
Gタンパク質共役受容体の推定物質の活性化を測定するため、成熟ラットのDRGの膜調製物のGTPγS結合アッセイを1 μMの9,10-EpOME(Cayman、ミシガン州アナーバー、米国)及び新しい[35S]GTPγS(1250 Ci/mmol、Perkin Elmer、マサチューセッツ州ウォルサム、米国)を用いて行った。
【0081】
iCGRPの測定
CGRP測定をCGRP酵素免疫アッセイキット(SpiBio、Bertin pharma、フランス)を用いて以前に記載されたように行った(32)。DRG培養物のCGRP測定において、野生型BL/6NマウスのDRGを切除し、上記のように処理し、48ウェルプレートにおいて一晩培養した。
【0082】
データ分析及び統計
全てのデータを平均値±s.e.mとして表す。統計的有意差を求めるため、全ての挙動実験において、繰り返しの測定に対する分散分析(ANOVA)を使用した後、GraphPad Prismを用いた事後のボンフェローニの補正を行った。2群のみを比較するin vitroの実験において、スチューデントのt検定を行った。P<0.05を統計的有意であるとみなした。
【0083】
シトクロムP450ルシフェラーゼアッセイ
CYP2J2及びCYP3A4 Gloアッセイを製造業者の説明書に従い行った(P450-Glo(商標)、Promega)。
【0084】
CYP2J2アッセイのプロトコル:
MultiDropを用いた、CYP2J2酵素(2 nM)/ルシフェリン-2J2/4F12基質(2 μM)ミックス5 μl/ウェルの調製、
Echoを用いた50 nl/ウェルの化合物(10 μMの最終濃度)/DMSO(0.5 %の最終濃度)の添加、
37℃にて30分間のインキュベーション、
MultiDropを用いた5 μl/ウェルのNADPH再生溶液の添加、
37℃にて30分間のインキュベーション、
MultiDropを用いた10 μl/ウェルのLDRエステラーゼ溶液の添加、
37℃にて30分間のインキュベーション、EnSpireにて発光の読取り。
【0085】
CYP3A4アッセイのプロトコル:
MultiDropを用いた、CYP3A4酵素(2 nM)/ルシフェリン-IPA基質(7μM)ミックス5 μl/ウェルの調製、
Echoを用いた50 μl/ウェルの化合物(10 μMの最終濃度)/DMSO(0.5 %の最終濃度)の添加、
37℃にて30分間のインキュベーション、
MultiDropを用いた5 μl/ウェルのNADPH再生溶液の添加、
37℃にて30分間のインキュベーション、
MultiDropを用いた10 μl/ウェルのLDRエステラーゼ溶液の添加、
37℃にて30分間のインキュベーション、EnSpireにて発光の読取り。
【0086】
実施例1:化学療法誘発型神経障害性疼痛におけるCYP由来型脂質
CYP由来型脂質が化学療法誘発性神経障害性疼痛において何らかの役割を果たし得るか否かを調べるため、本発明者らは野生型BL/6Nマウスにパクリタキセル又はビヒクルを注射し、注射後24時間にて坐骨神経、DRG及び脊髄後角を切除した。脂質濃度をLC-MS/MSを用いて求めた。酸化リノール酸代謝産物である9,10-EpOME(
図1A)の濃度はDRGにおいてかなり上昇したが、その姉妹脂質(sister lipid)である12,13-EpOME(
図1B)又はジヒドロ代謝産物である9,10-DiHOME及び12,13-DiHOME(補遺
図1を参照のこと)の濃度はそれぞれDRGにおいてあまり上昇しなかったことが認められた(
図1A)。また、炎症性の疼痛の間に発生し、TRPV1の内因性活性因子である9-HODE及び13-HODEのレベル(
図1C、
図1D)も定量化された(33)。しかし、本発明者らはパクリタキセル処置後のこれらのレベルの何らかの違いを検出することはできなかった。DRGの9,10-EpOME濃度の増加がパクリタキセル処置に特異的であるかを調べるため、ザイモサンを野生型BL/6Nマウスの後足に注射し、炎症性の疼痛を誘発させた。L4-L6-DRG及び後角の対応する部分を炎症のピーク時に注射後24時間にて切除した。LC-MS/MSによる脂質の定量化では、炎症性の疼痛の間の9,10-EpOMEレベルにおける何らかの違いについて明らかにならなかった(
図1E)。
【0087】
次に、本発明者らは、カルシウム画像処理実験におけるDRGニューロンに対する作用に関して9,10-EpOMEを特徴付けた。本発明者らは、10 μMの9,10-EpOMEを用いた30秒間の短時間刺激がDRGニューロンにおけるカルシウムトランジェントを生じることを観察した(
図2A)。本発明者らは、用量反応分析を行い、カルシウムトランジェントを誘起する際の9,10-EpOMEの効力を調べ、25 μMの9,10-EpOMEに応答するDRGニューロンは最大10.3 %であり、ニューロンが高濃度に応答する割合の顕著な増加はないことが認められた(
図2B)。9,10-EpOMEが誘起したカルシウムトランジェントは細胞外カルシウムの流入による細胞内カルシウム貯蔵の放出に起因するかを分析するため、本発明者らは2 mMのEGTAを含有するカルシウム非含有外液を使用し、DRGニューロンを2回にわたり10 μMの9,10-EpOMEで30秒間刺激した。第2の刺激の前の2分間に、カルシウム非含有外液を入れて洗浄し、ニューロンはこれ以上9,10-EpOMEに応答しなかったため、9,10-EpOMEによって、外部のカルシウムの流入が生じていることが示された(
図2C、
図2D)。ニューロンの陽性対照は、50mM KClで30秒間の最終刺激とした。
【0088】
関与するイオンチャネルを同定するため、TRPV1(AMG 9810、1 μM)及びTRPA1(HC-030031、20 μM)の選択的アンタゴニストを用いて、9,10-EpOMEにより生じるカルシウムフラックスを遮断した。DRGニューロンを9,10-EpOME(10 μM、30秒間)で2回刺激し、細胞をTRPチャネルアンタゴニストと2分間プレインキュベーションした後、第2の9,10-EpOME刺激を行った。本発明者らは、選択的TRPV1アンタゴニストのAMG 9810は第2の9,10-EpOME誘起カルシウムトランジェントを遮断することができるが、TRPA1アンタゴニストのHC-030031は第2の9,10-EpOME誘起カルシウムトランジェントを遮断することができず、9,10-EpOMEによって、標的チャネルとしてTRPV1が示されたことを観察した(
図2E、
図2F)。
【0089】
実施例2:TRPV1を感作する9,10-EpOME
次に、本発明者らは9,10-EpOMEが生理学的濃度(1 μM)より低い及び高いTRPV1又はTRPA1を感作することが可能であるかどうかも分析した。それゆえ、本発明者らはDRGニューロンをカプサイシン(200 nM、15秒)で2回刺激し、細胞を9,10-EpOME[1 μM]又はビヒクルと2分間インキュベーションした後、第2のカプサイシン刺激を行い、9,10-EpOMEとインキュベーションしたカプサイシンに対するDRGニューロンの応答が顕著により強いものであることを観察したことから、9,10-EpOMEによって、TRPV1の感作が示された(
図3A)。9,10-EpOME依存性TRPV1感作の効力を調べるため、用量反応分析を250 nM〜2 μMの9,10-EpOME濃度を用いて行った。ビヒクルに比べ第2のカプサイシン応答の大きさがにおいて用量依存が増大することを観察した。9,10-EPOME[1 μM]によってマスタード油依存性TRPA1応答を感作することができなかったため、この作用はTRPV1に特異的であるように思われる(
図2B)。
【0090】
電気生理学手段を用いて9,10-EpOMEによるTRPV1感作の作用を確認するため、本発明者らは、2回のカプサイシン刺激[1 μM]を用いてラミナIIニューロンの脊髄薄片からのsEPSCを測定し、細胞をインキュベーションした後、9,10-EpOME[1 μM]を用いて第2のカプサイシン刺激を行った(
図3C)。9,10-EpOMEのみの処置は、sEPSCの頻度を僅かに増加させた。しかしカプサイシンと組み合わせると、sEPSCの頻度はかなり増強した(
図3D)。しかし、sEPSCの大きさの差は9,10-EpOME、TRPV1又はこの2つの物質の組合せのどれにも観察することはできなかった(
図3E)。
【0091】
主にTRPV1感作を介在する脂質がGタンパク質共役受容体の活性化に関与することが知られていることから、本発明者らはGTPγSアッセイを行い、9,10-EpOMEがDRGのGPCRを活性化することが可能であるかを分析し、1 μMの9,10-EpOMEとのインキュベーション後にGTPγSのシグナルが有意に増加したことを観察した(
図4A)。TRPV1感作を介在する9,10-EpOMEの機構を同定するため、本発明者らは次に、ビヒクル、9,10-EpOME、IP受容体アゴニストのシカプロスト又はホルスコリン[各1 μM]のいずれかで15分間刺激したニューロン富化DRG培養物のcAMPを測定した。興味深いことに、本発明者らは、9,10-EpOMEがビヒクルに比べcAMP濃度における有意な増加を生じることを観察した(
図4B)。これらの結果は9,10-EpOMEによるGalphas共役受容体の活性化を示している。
【0092】
TRPV1をPKA及びPKCによりリン酸化することができ、PKA及びPKCはともにチャネルの活性及び感作を増加させることから(35)、本発明者らは、野生型BL/6Nマウス由来のDRGニューロン培養物を用いたカルシウム画像処理実験においてPKA又はPKCの阻害剤が9,10-EpOME誘起型TRPV1感作を減少させることができるかを調べた。本発明者らは2回のカプサイシン刺激を用い、その間に9,10-EpOMEとインキュベーションした上記と同じプロトコルを用いてカプサイシン依存性TRPV1感作を再生することができた。しかし、本発明者らはPKA阻害剤とのプレインキュベーション(H89ジヒドロクロリド、10 μM、1時間)が、9,10-EpOME誘起型TRPV1感作の有意な減少を生じたことを観察した(
図4C、
図4D)。同じ条件(10 μM、プレインキュベーション、1時間)下でのPKC阻害剤のGF 109203X(GFX)の使用では、9,10-EpOME由来型TRPV1感作に対する何らかの作用はなく(
図4E、
図4F)、したがって9,10-EPOMEによって、PKA介在型TRPV1感作に対して示されたがPKC介在型TRPV1感作に対しては示されなかった。
【0093】
次いで本発明者らは、カルシウム画像処理実験において9,10-EpOME依存性TRPV1感作に潜在的に関与するGalphas共役プロスタノイド受容体を試験した。プロスタノイド受容体はリガンドプロスタノイドに対して様々な特異性を有し、その上、他の脂質により活性化することができる。しかし、本発明者らはプロスタグランジンE受容体EP2及びEP4又はプロスタグランジンD受容体若しくはI受容体(DP受容体及びIP受容体)のいずれかの欠損マウスのDRGの9,10-EpOME誘起型TRPV1感作の何らかの減少は観察することができなかった(図示せず)。9,10-EpOMEのin vivoでの作用を特徴付けるため、本発明者らは野生型BL/6Nマウスの後足に脂質を注射し、熱閾値(
図5A)及び機械的閾値(
図5B)を注射後5時間まで測定した。両方の場合において、9,10-EpOMEは注射後1時間(熱)又は2時間(機械的)継続する疼痛閾値の有意な減少を生じた(
図1A、
図1B)。次いで本発明者らは髄腔内に9,10-EpOMEを注射し、短時間の間隔での熱閾値及び機械的閾値を測定した。髄腔内注射後30分で熱閾値の有意であるがやや小さい減少が観察された(
図5C)。しかし、機械的閾値は9,10-EpOMEの髄腔内注射後1.5時間まで低下した(
図5D)。
【0094】
TRPV1の活性の増加がカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)の放出の増加を生じ、神経性炎症を促進することから(37)、本発明者らは、9,10-EpOMEがTRPV1依存性CGRP放出を増加させることができるかを分析した。本発明者らは野生型BL/6Nマウスから坐骨神経を切除し、9,10-EpOMEのみ[1 μM]又はカプサイシン[500 nM]と合わせてインキュベーションし、カプサイシン及び9,10-EpOMEの共刺激を用いることによりCGRP放出の増加が強まることを観察した。CGRP放出は、カプサイシン又は9,10-EpOMEのみを用いることよりも有意に増大した(
図6A)。この作用も体細胞において可視化されるかどうかを調べるため、ニューロン富化DRG培養物と9,10-EpOME、カプサイシン又は両方の物質のいずれかを2つの異なるEpOME濃度[1 μM及び2.5 μM]を用いて刺激した。再度、iCGRPの放出は各物質のいずれかを用いるよりもEpOME及びカプサイシンの両方を用いると有意に増大した。しかし、2.5 μMの9,10-EPOMEを用いたCGRP放出において有意な増大は見られなかった(
図6B)。
【0095】
実施例3:CYP2J2による9,10-EpOMEの調節
次に、どのように9,10-EpOME合成がパクリタキセルCIPNPの間に調節されるかを調べた。9,10-EpOMEはサブファミリー2C及び2JのCYPエポキシゲナーゼにより合成されると推定されることから(16、38)、本発明者らはこれらのサブファミリーのマウスCYPエポキシゲナーゼ(epoxygenases)の発現を試験した。パクリタキセル処置後8日目に本発明者らはパクリタキセル処置マウスの機械的閾値の安定したプラトーを観察した(
図7A)。
【0096】
次いで、本発明者らはビヒクル及びパクリタキセル処置マウスのDRGを切除し、マウスCYP2C29、CYP2C37、CYP2C38、CYP2C39、CYP2C44、CYP2J6及びCYP3A11の発現を調べた。しかし、CYPアイソフォーム2C29及び2C44はマウスDRGにおいて検出することができなかった。本発明者らはビヒクル処置に比べパクリタキセル処置マウスのDRGにおいてCYP2J6の最も強い発現が示されたことを観察した(
図7B)。このCYP2J6の発現の増加は、坐骨神経、腰椎DRG及び脊髄のLC-MS/MS測定によって分析したときのパクリタキセル処置後8日目の9,10-EpOMEレベルの増加と相関している。
【0097】
実施例4:CYP2J2アンタゴニストによる9,10-EpOME合成の阻害及びCIPNPの低減
ヒトCYP2J2の強力な阻害剤であるテルフェナジンは、マウスCYP2J6の類似体タンパク質であるが、これをアンタゴニストとして使用した。テルフェナドンとヒトCYP2J2との相互作用部位が既に報告されていることから、本発明者らはマウスCYP2J6及びヒトCYP2J2のアミノ酸をアライメントし、グルタミンに置き換えられるArg117を除いた両方のタンパク質の同じ位置でのテルフェナドンとの推定上の相互作用部位全て(Leu83、Met116、Ile127、Phe30、Thr315、Ile376、Leu378、Val380、Leu402及びThr488)を発見した。CYP2J2とCYP2J6との間の驚くべきアミノ酸配列の類似性に基づき、テルフェナジンはCYP2J6とも相互作用し、そのタンパク質を阻害する。脂質レベルにおけるテルフェナジンの作用を調べるため、本発明者らはパクリタキセルを8日前に投与したマウスに1 mg/kgのテルフェナジンを静脈内投与した。2時間後、本発明者らは坐骨神経、DRG及び脊髄背側を切除し、これらの組織のエポキシ脂質を定量化した。本発明者らは調べた組織全ての9,10-EpOME濃度の有意な減少を観察することができた(
図8A)。本発明者らはまた、測定した全てのエポキシ脂質及びその(9,10-EpOME、12,13-EpOME、9,10-DiHOME、12,13-DiHOME及び14,15-EET)の残留濃度はテルフェナジン処置した動物のDRG、脊髄後角及び血漿において有意に減少したが、坐骨神経においては減少しなかったことをそれぞれ観察した(
図8B)。
【0098】
次に、本発明者らはマウスにおけるテルフェナジンの処置がパクリタキセル誘発性CIPNPを減少させ得るかを調べた。それゆえ、本発明者らは、テルフェナジン(1 mg/kg若しくは2 mg/kg又はビヒクル(DMSO))を8日前に既にパクリタキセルを投与したマウスに静脈内注射した。本発明者らはテルフェナジン注射後1時間、2時間、4時間及び5時間目のマウスの機械的閾値を測定し、テルフェナジン処置したマウスの機械的閾値の有意な増加が2時間継続したことを観察することができた。しかし、この2つの用量の間に有意な差を観察することができなかった(
図8C)。テルフェナジンはヒスタミン1受容体アンタゴニストであることから、本発明者らはCYP2J2を阻害しない別のH1受容体アンタゴニストであるロラタジンを使用し、抗侵害受容作用が実際にCYP2J2又はヒスタミン1受容体の阻害により生じるかどうかを調べた。しかし、ロラタジンの処置は、ビヒクルに比べパクリタキセル誘発性CIPNPを減少させなかった(
図8D)。
【0099】
実施例5:新たな選択的CYP2J2アンタゴニストのスクリーニング
FDA承認の薬ライブラリv2であるScreens-Well
(商標)により本明細書に記載の発明に関連して使用するCYP2J2の新たな選択的アンタゴニストをスクリーニングした。CYP-Gloルシフェラーゼをベースとした反応を使用し、CYP2J2及び非選択的対照としてCYP3A4の活性をアッセイした。テルフェナジンを本実験の陽性対照として使用した。両方のスクリーニングによる結果を
図9に示す。CYP2J2に対して60 %以上の阻害及びCYP3A4に対して約0 %の阻害を示したアンタゴニストは、選択的CYP2J2アンタゴニストとみなされ、本方法に有用であり、本明細書に記載のように使用し、以下の表2にそれらを挙げる。
【0100】
【表2】
【0101】
考察
9,10-EpOMEは、マイクロモル以下の濃度にてcAMP-PKA依存性機構を介してDRGニューロンのTRPV1を感作することが可能であり、続くDRGからのiCGRPの放出を可能にする。他の酸化リノール酸代謝産物(OLAM)、例えば9-HODE及び13-HODEは、皮膚の過剰な加熱時に産生され、直接のTRPV1アゴニストであり、炎症性の痛覚過敏に寄与することが既に示されている。本発明者らはまた、マウス組織、最も多いのは末梢組織において9-HODE及び13-HODEを検出することができた。
【0102】
本発明者らはCYP2J2阻害剤であるテルフェナジンを使用し、9,10-EpOMEの合成を減少させ、エポキシ脂質のレベルを約50 %に減少させることができた。テルフェナジンの処置により、パクリタキセルCIPNP時のマウスの機械的過敏性の減少を生じた。それゆえCYP2J2のアンタゴニスト及びそのホモログは、CIPNPの治療又は予防に有用であるが、これは選択的H1受容体アンタゴニストであるロラタジンにより処置した動物ではCYP2J2に影響を及ぼさず、パクリタキセルCIPNPの改善を示さなかったことから、テルフェナジンにおいて観察された作用はCYP2J2の阻害によるものであり、ヒスタミン1受容体の阻害によるものではないことが示されたことから確認された。
【0103】
化学療法誘発性神経障害性疼痛及び続く感覚機能障害は、細胞増殖抑制剤の最も重症な副作用としてなお存在している。特にパクリタキセル処置中において、早期急性疼痛症候群が観察され得るが、これは侵害受容ニューロンの感作が介在していると思われる。しかし、この病態生理学的状態に寄与し得る内因性伝達物質に関する利用可能な情報はない。したがって、本発明者らのデータによれば、9,10-EpOME依存性TRPV1感作及び、侵害受容ニューロン活性の増加は、パクリタキセル急性疼痛症候群(P-APS)に寄与する可能性がある。
【0104】
現在、CIPNP治療薬における対処されていない医療上のニーズがかなり存在する。患者に抗酸化剤又は神経保護(neuroprotective)物質、例えばアミフォスチン又はグルタチオンを用いた処理は、大規模無作為化プラセボ対照臨床試験におけるCIPNPを改善せず、最近のコクランレビューでは、現在これらの物質を用いた機能的CIPNP療法に関する証拠はないと結論した。さらに、抗酸化剤は細胞増殖抑制剤の抗悪性腫瘍剤の作用を干渉する可能性がある。最近では、N-アセチルシステイン(NAC)及びビタミンEによる治療は、DNA損傷を減少させることでマウスの肺の腫瘍細胞の増殖及び腫瘍成長を増大させることが報告された。これに関し、CYP2J2阻害剤は、抗酸化剤を用いる以上に優れたものであり得るが、それはカスパーゼ-3、Bax及びBcl-2を活性化させることにより、また腫瘍細胞の遊走及び接着を低減させることにより癌成長をin vitro及びin vivoにおいて低減させることも報告されているためである。