(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る実施の形態を説明する。
【0015】
実施形態の概略
実施形態に係る銀−塩化銀電極は、銀粉末と、塩化銀粉末と、シリカ粉末と、銀粉末、塩化銀粉末およびシリカ粉末が分散されたバインダとしてのシリコーンゴムを有する。実施形態において、2つの銀−塩化銀電極と、2つの銀−塩化銀電極の間に介在させられたカルシウムおよびマグネシウムを含まないリン酸緩衝生理食塩水から、2つの銀−塩化銀電極とリン酸緩衝生理食塩水が直列に配置された電気回路を作成した場合に、電気回路を流れる電流の電流密度が0.64μA/mm
2以上である。
【0016】
実施形態に係る銀−塩化銀電極の製造方法は、
銀粉末と、塩化銀粉末と、分散剤と、フュームドシリカ粉末とを液状シリコーンゴムのバインダに混合してペーストを生成する工程と、
ペーストをシリコーンゴム製の基板にコートする工程と、
基板上でペーストを硬化させて、銀粉末と塩化銀粉末とシリカ粉末が分散された電極を形成する工程とを有する。
【0017】
好ましくは、この製造方法は、形成された電極を塩化ナトリウム水溶液に浸漬する工程を有する。
【0018】
ペーストを生成する工程は、まずフュームドシリカを塩化銀に添加し、塩化銀とフュームドシリカを粉砕および混合することにより、フュームドシリカ粉末と塩化銀粉末の混合物を生成する工程と、RTV(Room Temperature Vulcanizing)シリコーンゴムに、この混合物と銀粉末と分散剤を添加する工程とを有する。
【0019】
フュームドシリカ粉末は、塩化銀粉末の凝集防止剤として機能する。フュームドシリカを使用しない場合には、塩化銀粉末が凝集する。好ましくは、フュームドシリカ粉末は、親水性フュームドシリカ粉末である。
【0020】
分散剤は、液状シリコーンゴムのバインダに、銀粉末と塩化銀粉末をできるだけ均一に分散させる。分散剤は、好ましくは、ポリエーテル鎖とシリコーン鎖を有するポリエーテル変性シリコーン界面活性剤、および/またはポリグリセリン鎖とシリコーン鎖を有するポリグリセリン変性シリコーン界面活性剤である。
【0021】
ペーストを基板にコートする工程では、
図1に示すように、シリコーンゴム製の基板1の表面にペースト2を、例えばスクリーン印刷、インクジェット印刷などの手法によりコートする。ペースト2の硬化により、銀粉末と塩化銀粉末とシリカ粉末が分散されたシリコーンゴムを有する銀−塩化銀電極3が結果として得られる。すなわち、銀−塩化銀電極3が表面に設けられた板4が製造される。
【0022】
好ましくは、銀−塩化銀電極3を塩化ナトリウム水溶液に浸漬して乾燥させることにより、銀−塩化銀電極3が製造される。
【0023】
図示の実施形態では、基板1の一面に2つの銀−塩化銀電極3が形成されている。しかし、基板1には1つまたは3つ以上の銀−塩化銀電極3が形成されてもよいし、基板1の両面の各々に1以上の銀−塩化銀電極3が形成されてもよい。
【0024】
この製造方法で製造された銀−塩化銀電極においては、親水性フュームドシリカ粉末を使用した場合には、塩化銀の個々の粒子の表面が親水性フュームドシリカで被覆されており、塩化銀粉末の表面と電解質(例えば、測定対象の溶液中の電解質)との親和性が向上すると推定される。塩化銀自体の導電性は低いが、親水性フュームドシリカで塩化銀粉末が被覆されることにより、導電性が向上すると考えられる。また、分散剤によって、バインダであるシリコーンゴム中に導電体である銀粉末と塩化銀粉末が適度に分散され、銀−塩化銀電極の内部での導電体粉末が相互に良好に電気的に接続されると推定されるため、導電性が向上する。
【0025】
さらに、塩化ナトリウム水溶液への浸漬の工程を行った場合には、銀−塩化銀電極に含有されるシリコーンゴムは、塩化ナトリウムに由来する塩化物イオンおよびナトリウムイオンを含有する。したがって、導電体粉末の電気的接続に加え、イオンによって導電性が向上し、さらに高い導電性を安定して維持することができると推定される。
【0026】
また、シリコーンゴムをバインダとして使用することにより、製造された銀−塩化銀電極3は、シリコーンゴムへの密着性が高く、基板1からは容易には剥離または脱落しない。さらに、銀−塩化銀電極に含有されるシリコーンゴムは、塩化ナトリウムに由来する塩化物イオンおよびナトリウムイオンを含有するので、銀−塩化銀電極の曲げなどの外力に対する耐久性が向上すると期待される。
【0027】
製造例
発明者は、実施形態に係る製造方法により、銀−塩化銀電極を有する複数のサンプルを製造し、これらのサンプルの導電性を試験した。また、比較のため、銀電極を有するサンプル(サンプル10)を製造し、このサンプルの導電性も試験した。
【0028】
図2は、これらのサンプルの材料と、塩化ナトリウム水溶液への浸漬(塩水処理)の詳細を示す。
図2において、断り書きがない限り、数値は重量部を表す。最終行(塩水処理)の%は、塩化ナトリウム水溶液中の塩化ナトリウムの濃度を百分率で表し、最終行の「なし」は塩水処理を意図的に行わずに、電極を製造したことを表す。
最終行の「−」は塩水処理を行うことを断念し、導電性試験を行わなかったことを表す。
【0029】
サンプル1〜9について、フュームドシリカ粉末と塩化銀粉末の混合物を生成する工程では、塩化銀にフュームドシリカを添加し、その後、遠心粉砕機で塩化銀とフュームドシリカを粉砕および混合した。サンプル1〜9について、材料全体における塩化銀とフュームドシリカの重量部は
図2に示す通りである。原料の塩化銀は、乾庄貴金属化工株式会社で製造された。フュームドシリカとしては、日本アエロジル株式会社で製造された親水性フュームドシリカである「AEROSIL 200」と、同社で製造された疎水性フュームドシリカである「AEROSIL R972」を準備した。サンプル2およびサンプル7の製造には、「AEROSIL R972」を使用し、サンプル1,3〜6,8,9の製造には、「AEROSIL 200」を使用した。AEROSILは登録商標である。粉砕および混合には、株式会社レッチェ(現在のヴァーダー・サイエンティフィック株式会社)で製造された遠心粉砕機(商品名「ZM200」)を使用し、粉砕された粒子が0.20mmのメッシュスクリーンを通過するように、塩化銀とフュームドシリカを粉砕および混合した。
【0030】
サンプル10〜12については、フュームドシリカ粉末を使用しなかった。サンプル11,12については、塩化銀粉末の凝集防止剤としてのフュームドシリカ粉末の効果を確認するためである。サンプル10については、塩化銀粉末を使用しないので、凝集防止剤としてのフュームドシリカ粉末が不要なためである。
【0031】
バインダとしてのシリコーンゴムとしては、信越化学工業株式会社で製造されたRTVシリコーンゴムである「KE-106」に、同社で製造された硬化触媒である「CAT-RG」の混合物を使用した。
【0032】
銀粉末としては、DOWAハイテック株式会社で製造されたフレーク状の銀粉「FA-2-3」と、同社で製造された不定形の銀粉「G-35」を準備し、各サンプルにこれらを等量使用した。
【0033】
分散剤としては、信越化学工業株式会社で製造されたポリエーテル変性シリコーン界面活性剤「KF-6015」と、同社で製造されたポリグリセリン変性シリコーン界面活性剤「KF-6106
」を準備し、各サンプルにこれらを等量使用した。
【0034】
サンプル1〜9について、銀粉末、分散剤、およびフュームドシリカ粉末と塩化銀粉末の混合物をバインダに添加して、これらを混合することにより、ペーストを生成した。
【0035】
サンプル11,12については、銀粉末、分散剤、および塩化銀粉末をバインダに添加して、これらを混合したが、塩化銀粉末の凝集防止剤としてのフュームドシリカ粉末を含有しないため、塩化銀粉末が凝集し、均一なペーストを生成することができなかった(したがって、以降の工程および試験にサンプル11,12は使用されなかった。
図2において、サンプル11,12の塩水処理が「−」なのは、ペーストの不良のために塩水処理も導電性試験も行わなかったことを意味する。)。サンプル11,12では、塩化銀の量が異なるが、いずれも均一なペーストを生成することができなかった。このように、フュームドシリカの効果が確認された。
【0036】
サンプル10については、銀粉末および分散剤をバインダに添加して、これらを混合することにより、ペーストを生成した。
【0037】
そして、サンプル1〜10について、
図1に示すように、PDMS(ポリジメチルシロキサン)を含有するシリコーンゴム製の基板1の表面の2カ所にペースト2をスクリーン印刷によりコートした。さらに、150℃で30分間、加熱することにより、ペースト2を硬化させた。
【0038】
サンプル1,2およびサンプル8,9を除くサンプル3〜7,10について、ペースト2の硬化の後、基板1をペースト2の結果物である電極とともに塩化ナトリウム水溶液に室温で1時間浸漬し、乾燥させた。
【0039】
製造されたサンプル1〜9の各々では、銀−塩化銀電極3は、シリコーンゴムへの密着性が高く、基板1からは容易には剥離または脱落しなかった。また、比較のために製造されたサンプル10では、銀電極3は、シリコーンゴムへの密着性が高く、基板1からは容易には剥離または脱落しなかった。これらのサンプルにおいて、電極3の長さLは30mmであり、幅Wは5mmであり、間隔INは10mmであった。
【0040】
次に、これらのサンプル1〜10を利用して、
図3に示す実験装置5を形成した。実験装置5は、積層されて相互に接合された板4,6,7を有する。板4の直上の板6には貫通孔6a,6bが形成されており、貫通孔6a,6bはそれぞれ電極3に重ねられている。最上層の板7には、貫通する溝7gが形成されている。溝7gの一端は直下の板6の貫通孔6aに重ねられ、溝7gの他端は貫通孔6bに重ねられている。
【0041】
このように実験装置5には、貫通孔6a,6bと溝7gを有するマイクロ流路が設けられている。マイクロ流路の両端は、2つの電極3で閉塞されている。マイクロ流路には液体が貯留可能であり、溝7gから液体が入れられる。溝7gの幅は1mmであり、貫通孔6a,6bの直径は2mmであった。
【0042】
マイクロ流路には、溝7gからPBS(リン酸緩衝生理食塩水)を供給した。使用したPBSは、カルシウムおよびマグネシウムを含まないPBS(−)である。
【0043】
板4の表面の電極3には、電池8(直流電源)をリード線Lで接続し、0.3Vの電圧を印加して直流電流を流した。そして電流計9によって、電流供給(電圧印加)直後から400秒間(6分40秒間)の電流値の変動を計測した。
【0044】
したがって、2つの電極3とそれらの間のPBS(−)を有し、電極3とPBS(−)が直列に配置された電気回路が構成された。
【0045】
図4および
図5は、計測結果を示す。
図4および
図5の計測結果は、板4の製造後の初回の計測結果である。
【0046】
図4および
図5から明らかなように、サンプル4,5では、電圧印加後400秒にわたって電流値が安定した。サンプル4,5は、親水性フュームドシリカを含有し、塩水処理で使用した溶液の塩化ナトリウム濃度が高い。サンプル4,5では、銀−塩化銀電極に含有されるシリコーンゴムが、塩水処理の塩化ナトリウムに由来する塩化物イオンおよびナトリウムイオンを多く含有するために、イオンによって導電性が向上し、さらに高い導電性を安定して維持することができたと推定される。
【0047】
サンプル4,5の比較から明らかなように、塩化銀の含有量が異なっても、塩水処理で使用した溶液の塩化ナトリウム濃度が高い場合には、電流値が長期間安定した。
【0048】
サンプル1〜3,6〜9では、電圧印加の直後に大きい電流が流れたが、経時的に電流値が減少した。
【0049】
サンプル1は、サンプル4と同じ材料を使用したが、塩水処理を行わなかった。サンプル1では経時的に電流値が徐々に減少した。
【0050】
サンプル3,6は、サンプル5と同じ材料を使用したが、サンプル3では塩水処理で使用した溶液の塩化ナトリウム濃度が低く、サンプル6では塩水処理を行わなかった。サンプル3,6では、電流値が徐々に減少し、その後安定した。
【0051】
サンプル7は、サンプル5と類似の材料を使用したが、親水性フュームドシリカの代わりに疎水性フュームドシリカを使用した。サンプル7では、電圧印加の直後に非常に大きい電流が流れたが、電流値が徐々に減少し、その後安定した。
【0052】
サンプル2は、サンプル7と同じ材料を使用したが、塩水処理を行わなかった。サンプル2では電流値が初期に急激に減少し、その後安定した。サンプル2ではサンプル7より流れる電流が小さかった。
【0053】
サンプル8,9は、サンプル5と類似の材料を使用したが、親水性フュームドシリカの割合が低く、塩水処理を行わなかった。サンプル8,9では、電流値が徐々に減少し、その後安定した。
【0054】
比較のために製造した銀電極3を有するサンプル10については、銀−塩化銀電極3を有するサンプル1〜9よりも、電圧印加の直後から電流値が低かった。
【0055】
以上より、銀−塩化銀電極3を有するサンプルの中でも、サンプル4,5が良い性能を有することが理解される。
【0056】
マイクロ流体デバイスにおいては、測定時間短縮の観点から、電圧印加の直後に電極の導電性が高いことが要求される。電流値減少が大きいサンプル1〜3,6〜9も、短時間の測定であれば、高い導電性を利用することが可能である。そこで、
図6は、計測結果から電圧印加の開始から300秒(5分間)後での各サンプルについての電流値を示す。また、
図6は、普遍化のため、計測結果から電圧印加の開始から300秒(5分間)後での各サンプルについての電流密度を示す。電流密度は、電流値をリード線Lの断面積で除算して得られた。リード線Lの直径は2mmであったので、その断面積は、3.14mm
2であった。
【0057】
サンプル1〜3,6〜9がマイクロ流体デバイスで使用可能であるので、電気回路への電圧の印加の開始から5分後に前記電気回路を流れる電流の電流密度が0.64μA/mm
2以上であることが好ましい。
【0058】
また、サンプル4,5の良い性能を考慮すると、電気回路への電圧の印加の開始から5分後に前記電気回路を流れる電流の電流密度が7.61μA/mm
2以上であることがさらに好ましい。
【0059】
以上、本発明の実施形態を説明したが、上記の説明は本発明を限定するものではなく、本発明の技術的範囲において、構成要素の削除、追加、置換を含む様々な変形例が考えられる。