(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6918280
(24)【登録日】2021年7月27日
(45)【発行日】2021年8月11日
(54)【発明の名称】ポリシランの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07F 7/08 20060101AFI20210729BHJP
C08G 77/60 20060101ALI20210729BHJP
【FI】
C07F7/08 W
C08G77/60
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-42305(P2017-42305)
(22)【出願日】2017年3月7日
(65)【公開番号】特開2018-145139(P2018-145139A)
(43)【公開日】2018年9月20日
【審査請求日】2020年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】520125265
【氏名又は名称】成瀬 有二
(72)【発明者】
【氏名】成瀬 有二
(72)【発明者】
【氏名】亀山 弘明
(72)【発明者】
【氏名】日比野 隼大
【審査官】
小森 潔
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/146842(WO,A1)
【文献】
特開平07−238171(JP,A)
【文献】
河内 敦,窒素、酸素、硫黄官能基を有するケイ素アニオン種の合成、構造、反応,有機合成化学協会誌,2001年,59,892-903
【文献】
Tamao, Kohei; Kawachi, Atsushi; Asahara, Masahiro; Toshimitsu, Akio,Recent developments in silicon interelement linkage: the case of functionalized silyllithium, silylenoid and sila-ylide,Pure and Applied Chemistry,1999年,71(3),393-400
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリシランの製造方法であって、式(1):
R1R2R3Si(R4R5Si)mM (1)、
(ここで、mは0〜10であり、R1はアリール基であり、R2、R3、R4、およびR5は、それぞれ独立に、炭素数1〜10のアルキル基を表し、Mはアルカリ金属である)で表されるシリルアルカリ金属に、ヒドリド基を持つアルコキシシランを添加し、求核付加反応とアルカリ金属アルコキシドの脱離によって、
式(2):
R1R2R3Si(R4R5Si)m+1H (2)
で表されるポリシランを製造することを特徴とし、前記アルカリ金属アルコキシドの炭素数は1〜4である、
ポリシランの製造方法。
【請求項2】
前記式(2):
R1R2R3Si(R4R5Si)m+1H (2)
で表されるポリシランに、シリルアルカリ金属を作用させ、酸塩基反応に基づく不均化反応によってヒドリド基の脱プロトン化を行い、
式(3):
R1R2R3Si(R4R5Si)m+1M (3)
で表されるシリルアルカリ金属を製造する工程をさらに備えており、
前記式(3)で表されるシリルアルカリ金属を用いて、前記求核付加反応と前記アルカリ金属アルコキシドの脱離を行って、望む数のケイ素原子が連なった直鎖ポリシランを製造することを特徴とする請求項1記載のポリシランの製造方法。
【請求項3】
前記求核付加反応とアルカリ金属アルコキシドの脱離とを、アルゴン雰囲気下の摂氏−10度以上−5度以下の温度で行なうことを特徴とする請求項1または2記載のポリシランの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリシランの製造方法に関する。特に、脱プロトン化と求核付加(置換)反応サイクルを繰り返して、長鎖のケイ素結合を含むポリシランを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリシランとは、主鎖がケイ素−ケイ素結合からなる高分子化合物である。ポリシランは、主鎖の長さに応じて独自の光反応性や導電性を示すため、フォトレジスト材料、半導体材料、導電体材料、光―光混合器や光逓倍器などに用いられる非線形光学材料、あるいはセラミック材料などへの応用が期待されている。
【0003】
必要な特性のポリシランを得るために、主鎖を構成するケイ素数を制御して、特定の構造のポリシランを効率よく作成する技術が求められている。特に、単分散組成を持つ直鎖高分子量のポリマーを選択的に合成することが求められている。
【0004】
ケイ素の電気陰性度は1.7であり、炭素の電気陰性度の2.5よりも低い。このため、シランからの脱プロトン化技術は、炭素の脱プロトン化技術よりも知られていない。また、従来、ポリシランは、ジハロシランのアルカリ金属による還元脱ハロゲンカップリング重合法や遷移金属触媒によるシランからの脱水素カップリング重合によって製造されている。しかしながらこれらの方法では、所望の数のケイ素原子が連なった化合物を得ることは困難であった。
【0005】
特許文献1には、ビフェニルでマスクされたジシレンにケイ素アニオン種、酸素アニオン種、フッ素アニオン種を重合開始剤としてポリシランを製造する方法が記載されている。特許文献1の製造方法ではケイ素ユニットがSi−Siとして導入されるが、原料のビフェニルでマスクされたジシレンの合成が困難であることと、重合数の制御が困難であるという解決すべき課題がある。特許文献2には、メタロセン遷移金属触媒を用いて脱水素カップリング重合により、ハロゲン元素を含まないポリシランを製造する技術が開示されている。特許文献に開示される製造方法では、得られる直鎖ポリシランは触媒の活性や反応条件によって左右される。
【0006】
特許文献3には、メタロセン遷移金属触媒を用いる脱水素カップリング重合により、ハロゲン元素を含まないポリシランを製造する方法が開示されている。特許文献3の製造方法では、得られる直鎖ポリシランの分子構造は、触媒の活性や反応条件によって左右される。特許文献4には、ω−位に脱離基を持つアルキル基を側鎖に持つシロキサンリンカーにオリゴシリルリチウムを求核付加(置換)反応させることで(オリゴシリル)(オリゴアルキル)シロキシ基を導入してポリシランを製造する方法が開示されている。特許文献4のポリシランの製造方法は、反応に用いるオリゴシリルリチウムの長さにより化合物のケイ素数が制限を受ける。
【0007】
非特許文献1は、従来法である脱ハロゲン還元縮合法によってポリシランを合成し、その物理的な特性について明らかにした論文である。予想通りに吸収波長の長波長化が起こることが開示されている。
【0008】
非特許文献2および3は、分子内に脱離基となるアルコキシ基、アミノ基、アルキルチオ基などをもつケイ素アニオン種の化合物について、金属―金属置換やヘテロ原子―金属置換による合成法、特性や反応がまとめられた総説である。
【0009】
非特許文献4および5は、ケイ素上のヒドリド基を脱プロトン化し、さらに求電子剤および金属化合物と反応させる技術を開示した論文である。ケイ素上にさらに3つのケイ素官能基を有することで、脱プロトン化が容易に可能となったことが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平03−91537号公報
【特許文献2】特開平07−252363号公報
【特許文献3】特許第3154849号公報
【特許文献4】特許第3452786号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Obata, K.; Kira, M.「Synthesis,structure,and spectroscopic properties of perhexyloligosilanes」 Organometallics, 1999, 18, 2216−2222.
【非特許文献2】河内 敦,玉尾 皓平「窒素,酸素,硫黄官能基を有するケイ素アニオン種の合成,構造反応」有機合成化学協会誌、2001年59卷892−903ページ
【非特許文献3】Tamao, K.; Kawachi, A.; Asahara,M.; Tishimitsu, A.「Recent developments silicon interelement linkage: the case of functionalized silyllithium, silylenoid and sila−ylide」 Pure Appl. Chem. 1999, 71, 393−400.
【非特許文献4】Klinkhammer, K. W.「Tris(trimethylsilanides) of the Heavier Alkali Metals − A Structural Study」 Chem. Eur. J. 1997, 3, 1418−1431.
【非特許文献5】Frank, D.; Baumgartner, J.; Marschner, C.「First successful reaction of a silyl anion with hafnium tetrachloride」 Chem. Commun. 2002, 1190−1191.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
これまで知られているポリシランの製造方法では、比較的主鎖の短いポリシランが主に製造されている。そこで、より長鎖のポリシランを効率的に合成する方法が求められている。また、ケイ素の結合数を制御して、オリゴシランから長鎖のポリシランまで、望む数のケイ素原子が連なったポリシランを製造する技術が求められている。本発明はかかる実情に鑑みてなされものであって、望む数のケイ素原子が連なったポリシランを効率よく安全且つ容易に製造する製造方法を提供することを解決すべき課題としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のポリシランの製造方法は、
R
1R
2R
3Si(R
4R
5Si)
mM (式1)
で表されるシリル(アルカリ金属)に、ヒドリド基を持つアルコキシシランを添加する。ここで、
mは0〜10であり、R
1はアリール基であり、R
2、R
3、R
4、およびR
5は、それぞれ独立に、炭素数1〜10のアルキル基を表し、Mはアルカリ金属である。そして、求核付加(置換)反応とアルカリ金属アルコキシドの脱離によって、
R
1R
2R
3Si(R
4R
5Si)
m+1H (式2)
で表されるポリシランを製造することを特徴とする。
【0014】
本発明のポリシランの製造方法は、シランの脱プロトン化と、これに引き続く求核付加によるケイ素−ケイ素結合しているケイ素原子を増やし、の伸長を行うことを特徴とする。シリル(アルカリ金属)にヒドリド基を持つアルコキシシランを加えると、まず求核付加(置換)反応が起こり、これに引き続いてアルカリ金属アルコキシドが脱離する。その結果、結合しているケイ素の数が1増えたポリシランを製造することができる。
【0015】
本発明のポリシランの製造方法は、さらに、
R
1R
2R
3Si(R
4R
5Si)
m+1H (式2)
で表されるポリシランに、シリル(アルカリ金属)を作用させ、酸塩基反応に基づく不均化反応によってヒドリド基の脱プロトン化を行い、
R
1R
2R
3Si(R
4R
5Si)
m+1M (式3)
で表されるシリル(アルカリ金属)を製造する工程をさらに備えている。そして、式(3)で表されるシリル(アルカリ金属)を用いて、前記求核付加(置換)反応と前記アルカリ金属アルコキシドの脱離を行って、望む数のケイ素原子が連なった直鎖ポリシランを製造することを特徴とする。
【0016】
本発明のポリシランの製造方法は、シリル(アルカリ金属)が存在することで、シリル(アルカリ金属)がポリシランに対して塩基として作用し、ポリシランは酸塩基反応に基づく不均化反応を起こす。ポリシランのヒドリド基が脱プロトン化されてアニオン種であるシリル(アルカリ金属)を生成する。さらに、生成したシリル(アルカリ金属)がアルコキシシランと反応することで、結合しているケイ素の数が更に1増えたポリシランが生成して、末端にヒドリド基が再生する。ポリシランの末端のヒドリド基は、再度、シリル(アルカリ金属)によって脱プロトン化して、ケイ素−ケイ素結合の結合数が増加したアニオン種であるシリル(アルカリ金属)の生成を繰り返す。シリル(アルカリ金属)がアルコキシシランと再度反応することで、伸張したケイ素−ケイ素結合の末端にヒドリド基を持つ直鎖ポリシランが生成する工程を繰り返す。
【0017】
本発明のポリシランの製造方法は、求核付加(置換)反応とアルカリ金属アルコキシドの脱離とを、アルゴン雰囲気下の摂氏−10度以上−5度以下の温度で行なうことが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明のポリシランの製造方法は、ポリシランのケイ素−ケイ素結合の末端の脱プロトン化工程とアルコキシシランへの求核付加(置換)工程を繰り返すことを特徴とする。工程の繰り返し1回ごとに、最後には必ず末端のヒドリド基が再生し、ケイ素−ケイ素結合で構成される直鎖を伸長することができる。本発明のポリシランの製造方法は、今までの反応条件や触媒活性にとらわれないケイ素鎖の伸長方法を提供することができる。
【0019】
本発明のポリシランの製造方法によって製造されるポリシランは、ケイ素鎖の長さが繰り返しの回数に依存する。それ故、工程を繰り返すことによって、望む数のケイ素原子が連なった
ケイ素直鎖を持つポリシラン分子を製造することが可能となる。
【0020】
本発明のポリシランの製造方法は、後処理の前にハライド、トリフラート(トリフルオロメタンスルフォナト)基などの脱離基を有するケイ素化合物を導入することで、ケイ素−ケイ素結合の末端を保護し、さらにケイ素の直鎖が伸長した化合物を得ることができる。特に両末端に脱離基を持つオリゴシランと反応させることで、より長鎖のポリシラン合成が可能となる。
【0021】
本発明のポリシランの製造方法は、ケイ素−ケイ素結合の末端の脱プロトン化工程とアルコキシシランへの求核付加(置換)工程の繰り返しの回数によって、ポリシランの直鎖を構成するケイ素原子の数を容易に制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、本発明のポリシランの製造方法のフローチャートである。
【
図2】
図2は、本発明のポリシランの生成反応を模式的に示す図である。
【
図3】
図3は、実施例の方法によって製造したPh(SiMe
2)
3Hの、1H NMRによる分析結果である。
【
図4】
図4は、実施例の方法によって製造したPh(SiMe
2)
4Hの1H NMRによる分析結果である。
【
図5】
図5は、実施例の方法によって製造したPh(SiMe
2)
3HのEI質量分析の結果である。
【
図6】
図6は、実施例の方法によって製造したPh(SiMe
2)
4HのEI質量分析の結果である。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
以下、本発明にかかる製造方法の実施例と、この実施例の製造方法によって得られるポリシランの分析結果について、図面を参照しつつ説明する。
【0024】
図1は、本発明のポリシランの製造方法の概要を示すフローチャートである。
図2は、ポリシランの製造工程で行われる生成反応を模式的に示した図である。
【0025】
図1に示したとおり、本発明のポリシランの製造方法は、シリル(アルカリ金属)に、ヒドリド基を持つアルコキシシランを添加する工程(ステップ1)と、求核付加(置換)反応とアルカリ金属アルコキシドの脱離によって、ケイ素の係合数が1増えたポリシランを製造する工程(ステップ2)と、製造したポリシランのケイ素鎖に含まれるケイ素原子の数を確認する工程(ステップ3)と、を備えている。ケイ素原子の数が規定の数となっているとき、反応を終了する。
【0026】
製造したポリシランのケイ素鎖を構成するケイ素原子の数が規定に満たないときは、このポリシランに、シリル(アルカリ金属)を作用させる(ステップ4)。この反応により、シリル(アルカリ金属)を製造する(ステップ5)。処理はステップ1に戻り、ステップ5で製造したシリル(アルカリ金属)をアルコキシシランに添加する処理を繰り返す。求核付加(置換)反応とアルカリ金属アルコキシドの脱離が生じ、ケイ素の結合数がさらに1増えたポリシランを製造することができる。
【0027】
以下に、実施例1として、出発物質のシリル(アルカリ金属)にジメチルフェニルシリルリチウムを用い、同じく出発物質のヒドリド基を持つアルコキシシランに1−ブトキシジメチルシランを用いて、ケイ素の結合数が3から7のポリシラン(以下、オリゴシランとも言う)を製造した例を説明する。
【0028】
出発物質のジメチルフェニルシリルリチウムと1−ブトキシジメチルシランの構造式を、示す。
【化1】
【化2】
【0029】
図2は、ポリシランの生成反応と製造条件の概要を模式的に示した図である。図中、Meはメチル基を示し、Buはブチル基を示し、Phはフェニル基を示している。
【0030】
本実施例のポリシランの製造条件を説明する。
図1のステップ1に対応する反応として、アルゴン雰囲気下の摂氏−10度〜−5度で、1.1 mL、1.1 mmolのジメチルフェニルシリルリチウム(符号2)に、0.19 mL、1.0 mmolの1−ブトキシジメチルシラン(符号1)を加えて、30分反応させる。ここで、ジメチルフェニルシリルリチウムは、クロロジメチルフェニルシランとリチウムから調製したものである。
【0031】
更に、1.1 mL、1.1 mmolのジメチルフェニルシリルリチウムを非常にゆっくりと滴下し、引き続き0.19 mL、1.0 mmolの1−ブトキシジメチルシランをゆっくりと滴下した。この交互の滴下を、30分ごとにさらに3回繰り返し、同じ摂氏−10度〜−5度の温度条件で3時間反応を行った。これにより、ポリシランが製造された。
【0032】
反応混合物からの、望ましい数のケイ素原子が連なった直鎖ポリシランの抽出方法は、以下のとおりである。得られた反応混合物を飽和食塩水で洗浄し、ヘキサンで抽出して有機層と水層に分ける。水層をヘキサンとジエチルエーテルで洗浄し、ヘキサンで抽出した有機層と合わせる。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させる。溶媒留去後、ヘキサン250 mLに対してトリエチルアミン1 mLを展開溶媒としたシリカゲルカラムによって、Rf値が0.5付近のオリゴシランを分離した。これにより、オリゴシランから不純物であるシリルエーテルを除去することができた。これにより、
図3中に符号3で示したモノシランと、符号4で示したジシランを除去した。さらに、抽出したオリゴシランの混合物を、展開溶媒にクロロホルムを用い、充填物質にJAIGEL−1H,2Hを用いたリサイクル分取HPLCによって分離した。
【0033】
実施例の製造方法によって得られたオリゴシランの収量と収率を以下に示す。なお、測定が可能であったオリゴシランは、直鎖を構成するケイ素原子の数が3から7のオリゴシランであった。これらの構造式を、
図2でそれぞれ符号5から9を付して示している。ケイ素原子の数が8以上のポリシランも生成していることが分析により確認されているが、収量が少ないため、分離することが困難であった。
【0034】
【表1】
【0035】
図3から
図6に、実施例の製造方法によって製造したオリゴシランPh(SiMe
2)
nH(n=3,4)の測定結果を図に示す。
図3にPh(SiMe
2)
3Hの1H NMRによる分析結果を示し、
図4にPh(SiMe
2)
4Hの1H NMRの分析結果を示す。
図5にPh(SiMe
2)
3HのEI質量分析の結果を示し、
図6にPh(SiMe
2)
4HのEI質量分析の結果を示す。
【0036】
それぞれの分析結果を解説する。Ph(SiMe
2)
3Hでは、NMRにより、7.5および 7.2 ppmにフェニル基に由来するピーク、4 ppm付近にはケイ素上の水素(Si−H)に由来するピーク、0.4−0.0 ppm付近にメチル基に由来するピークが観測されている。なお、7.2 ppmにある単重線はベンゼン−d6測定溶媒中に含まれる残余水素によるピークである。これらのピークは他の既知の化合物と比較しても妥当な値を持つ。0.5 ppm付近に観測されている二重線とケイ素上の水素のピークはカップリングしており、その結合定数(
3J
HH)は通常の炭素―炭素結合での結合定数(
3J
HH)である〜7 Hzよりも小さいH−C−Si−Hビシナルカップリングとして妥当な値である。また、Si−Hのピークが7重線、カップリングしているメチル基が2重線であることから、H−Si−(CH
3)
2の部分構造の存在が推定される。最後にフェニル基に由来するピークとSi−Hに由来するピーク、メチル基に由来するピークの積分強度比は、ケイ素上の水素の緩和時間が長いため通常少し積分強度が小さく測定されることから、約5:1:12であり、これは化学式にある水素の比を正しく反映していると考えられる。また、
図5の質量分析の結果からは、親ピークと考えられるC
12H
24Si
3によるm/e 252、および同位体によるm/e 253が観測されている。また、m/e 135は、C
8H
11SiつまりPh[Si(CH
3)
2]
+によるピークと考えられる。このピークは強度が一番大きいが、この理由としてカチオンがフェニル基によって安定化されているとすれば妥当である。2番目に大きいm/e 116は、m/e135からCH
2少ないものに対応し、メチル基が切れてヒドリド基になっているものと推察される。よって、これらの測定結果は全て、製造された物質の構造Ph(SiMe
2)
3Hを支持するものである。
【0037】
同様に
図4の1H NMRスペクトルは、Ph(SiMe
2)
4Hの構造を矛盾なく示している。
図6の質量分析の結果からは、親ピークであるm/e 310を観測した。これはC
14H
30Si
4に対応する分子量である。同様にm/e 135 のC
8H
11Si、つまりPh[Si(CH
3)
2]
+によるピークが観測されている。さらに、特記すべき点としてm/e 251のピークが大きく観測されている。これはPh(SiMe
2)
3Hの組成式C
12H
24Si
3の親ピークよりもマスナンバーが1少ない値であるので、C
12H
23Si
3+つまりPh(SiMe
2)
3+と考えられるピークである。このことはm/e 251のピークが、Ph(SiMe
2)
4Hから末端のジメチルシリル基SiH(CH
3)
2の切断を伴い発生したカチオンと考えられ、直鎖でケイ素が4つ連なっていて、さらに末端にジメチルシリル基を持つ構造であることが明らかである。以上、分析結果から、本実施例の製造方法によってPh(SiMe
2)
nH(n=3,4)が生成していることが確認された。
【0038】
本発明のポリシランの製造方法によって、長鎖のポリシランを効率的に合成することができ、しかも、ケイ素の結合数を制御して、オリゴシランから長鎖のポリシランまで、望む数のケイ素原子が連なったポリシランを製造可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明の製造方法によって製造されるポリシランは、主鎖のケイ素原子の数を制御することで、特定の光反応特性や導電性を付与することができる。このため、フォトレジスト材料、半導体材料、導電体材料、光―光混合器や光逓倍器などに用いられる非線形光学材料、セラミック材料などへの応用が期待される。