(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6918656
(24)【登録日】2021年7月27日
(45)【発行日】2021年8月11日
(54)【発明の名称】ニガヨモギを含有するフレーバードワインの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12G 3/04 20190101AFI20210729BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20210729BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20210729BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20210729BHJP
【FI】
C12G3/04
A23L5/00 K
A23L33/10
A23L33/105
【請求項の数】7
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-177436(P2017-177436)
(22)【出願日】2017年9月15日
(65)【公開番号】特開2019-50768(P2019-50768A)
(43)【公開日】2019年4月4日
【審査請求日】2020年9月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】竹田 悠見子
(72)【発明者】
【氏名】原 圭志
(72)【発明者】
【氏名】神山 貴信
【審査官】
吉海 周
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−254247(JP,A)
【文献】
特開2008−212070(JP,A)
【文献】
特開平03−206878(JP,A)
【文献】
特開昭62−221634(JP,A)
【文献】
国際公開第2008/108347(WO,A1)
【文献】
国際公開第2007/035486(WO,A2)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0086643(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2007/0065561(US,A1)
【文献】
中国特許出願公開第103689569(CN,A)
【文献】
中国特許出願公開第1342429(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12G 3/00−3/08
A23L
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニガヨモギを含有するフレーバードワインに、トマトまたはトマトの抽出物、および、キノコ類またはキノコ類の抽出物、を浸漬または混合し、50〜70℃の温度帯で、360分間〜4320分間の間で保持させ、加熱温度をA(℃)、加熱温度での保持時間をB(分間)としたとき、(A−35)×Bが、20,000〜170,000であることを特徴とするフレーバードワインの製造方法。
【請求項2】
キノコ類が、マッシュルームである、請求項1記載のフレーバードワインの製造方法。
【請求項3】
ニガヨモギを含有するフレーバードワインが、ベルモットである、請求項1または請求項2記載のフレーバードワインの製造方法。
【請求項4】
ニガヨモギを含有するフレーバードワインに、トマトまたはトマトの抽出物、および、キノコ類またはキノコ類の抽出物、を浸漬または混合し、加熱温度50〜70℃の温度帯で、360分間〜4320分間の間で保持させ、加熱温度をA(℃)、加熱温度での保持時間をB(分間)としたとき、(A−35)×Bが、20,000〜170,000であることを特徴とするフレーバードワインの青臭み、苦味、えぐ味の抑制方法。
【請求項5】
キノコ類が、マッシュルームである、請求項4記載のフレーバードワインの青臭み、苦味、えぐ味の抑制方法。
【請求項6】
ニガヨモギを含有するフレーバードワインが、ベルモットである、請求項4または請求項5記載のフレーバードワインの青臭み、苦味、えぐ味の抑制方法。
【請求項7】
請求項1〜3いずれかに記載の製造法を用いて得られたフレーバードワインを飲食品に添加することを特徴とする、飲食品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニガヨモギを含有するフレーバードワインの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニガヨモギ(
Artemisia absinthium)やキナ(
Cinchona)の皮などの香料植物をワインに配合して、作られる、苦味のあるフレーバードワインと呼ばれる酒類が知られている。ニガヨモギを配合して作られるフレーバードワインとしては、ベルモットとして知られているものがある。ベルモットは、食前酒やカクテルの原料だけでなく、ソースやスープなどの調理にも使われている。ベルモットは、日本の酒税法上では「甘味果実酒」に分類されており、料理用ワインとしても使用されつつある。しかし、香料植物等はワインや料理の風味を強めると言うメリットを有する反面、「甘味果実酒」という酒税法上の分類名とは印象が相違し、香り面では青臭さ、味の面では独特の苦味・えぐ味があり、料理等に用いる場合、全体のバランスを損ない易いと言うデメリットを有している。つまり、ベルモットは多くの人が好んで飲用や調理に使用できる汎用性の高いワインであるとは言い難いのが現状である。
【0003】
「ワイン」に限らず香料植物等を含有するアルコール飲料または調味料において、青臭さ・独特の苦み・えぐ味を除去する方法として、過去、提案がなされている。例えば、酵母による発酵によって原料の苦味を抑制する方法として特許文献1が、酵母による発酵と蒸留とによって、原料由来の苦味がない蒸留酒として、特許文献2が示されている。
野菜の青臭さを抑える方法としては、白ワインに混合する前に、緑黄色野菜を蒸気で熱処理を行う方法として、特許文献3が示されている。
また、蒸留によって、特徴的な香りを低減する方法として、特許文献4や特許文献5が示されている。
他に、1秒から60分間の加熱処理によって、野菜臭やきのこ臭のない良好な風味を有する調味料を得る方法として、特許文献6が示されている。
【0004】
逆に、スパイスの香りを増強させる方法としては、蒸気又はエクストルーダー加熱処理したあと20℃〜60℃で2週間以上、熟成処理を行うことで、アミノカルボニル反応による香気の発現、香りの増強を行う方法として、特許文献7が、示されている。
他にワインの後加工処理としてスパイシーなオレガノハーブの芳香・風味を付加するために、ワインに浸漬させる方法として、特許文献8が示されている。
【0005】
また、酒類を熟成させる方法として、酒類を最高温度70℃と最低温度0℃の間を3〜40時間ごとに加熱と冷却とを、繰り返して、7日間以上(実施例では最低でも20日間)の処理を行う方法として、特許文献9が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−176746
【特許文献2】特開2007―159502
【特許文献3】特開2008−228725
【特許文献4】特開2011−130689
【特許文献5】特開昭55−102508
【特許文献6】特開平10−191924
【特許文献7】特開2002−95437
【特許文献8】特開平9−23871
【特許文献9】特公昭36-14547
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1や特許文献2の方法では、酵母発酵により、別の風味が付与されてしまう。特許文献3では、緑黄色野菜の大きさや形状により、酵素反応が十分停止でき、かつ成分変質が発生しない程度の加熱処理温度および時間等を調整する必要があり、作業が複雑である。特許文献4や特許文献5の方法では、蒸留物を取得するため、ワイン等に含まれる蒸発しない風味成分を得ることはできない。特許文献6の方法は、実施例において具体的な時間等は不明であるが、段落0014の記載を見る限り、60分以内で、なるべく短い時間であることが好ましいことから、実施例で示される原料物質で効果があったとしても、それ以外の原料物質で効果があるかは不明である。また、加熱時間が長い場合は、特許文献7や特許文献8のように風味が強化される例も見受けられる。特許文献9の方法は、加熱と冷却とを、7日間以上の間、繰り返す熟成方法であり、新たに、酒類に官能感を与える芳香成分を生成させることを目的としていて、課題が異なる。
以上のように、ワイン等のアルコール飲料の風味を残しながら、ニガヨモギのような香りの強い物質の場合に、その香りを抑える方法は、先行文献には見られない。
【0008】
本発明は、トマト、キノコ類を原料として使用した、ニガヨモギを含有するフレーバードワインにおいて、これらの原料から由来する青臭さ・独特な苦味・えぐ味を低減した酒質の好ましいフレーバードワインおよびその製造方法を提供し、調理に使用することで、マイルドな甘さと香りを主とする美味しさを付与することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前記課題を解決するために、鋭意検討を行った。その結果、ニガヨモギを含有するフレーバードワインにトマト、キノコ類を浸漬したものを、特定の温度帯で、十分な時間、保持することで、ニガヨモギ等の独特な風味が抑制されたフレーバードワインを得ることを見出し、本発明を完成した。
本発明は、以下の(1)〜(7)に関する。
【0010】
(1)ニガヨモギを含有するフレーバードワインに、トマトまたはトマトの抽出物、および、キノコ類またはキノコ類の抽出物、を浸漬または混合し、加熱温度50〜70℃の温度帯で、360分間〜4320分間の間で保持させ、加熱温度をA(℃)、加熱温度での保持時間をB(分間)としたとき、(A−35)×Bが、20,000〜170,000であることを特徴とするフレーバードワインの製造方法。
(2)キノコ類が、マッシュルームである、(1)記載のフレーバードワインの製造方法。
(3)ニガヨモギを含有するフレーバードワインが、ベルモットである、(1)または(2)記載のフレーバードワインの製造方法。
(4)ニガヨモギを含有するフレーバードワインに、トマトまたはトマトの抽出物、および、キノコ類またはキノコ類の抽出物、を浸漬または混合し、加熱温度50〜70℃の温度帯で、360分間〜4320分間の間で保持させ、加熱温度をA(℃)、加熱温度での保持時間をB(分間)としたとき、(A−35)×Bが、20,000〜170,000であることを特徴とするフレーバードワインの青臭み、苦味、えぐ味の抑制方法。
(5)キノコ類が、マッシュルームである、(4)記載のフレーバードワインの青臭み、苦味、えぐ味の抑制方法。
(6)ニガヨモギを含有するフレーバードワインが、ベルモットである、(4)または(5)記載のフレーバードワインの青臭み、苦味、えぐ味の抑制方法。
(7)上記(1)〜(3)のいずれかを製造方法を用いて得られたフレーバードワインを飲食品に添加することを特徴とする、飲食品の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明を用いることで、穏やかな風味のフレーバードワインを得ることができ、調理系への使用の幅を広げることができる。その結果、新たなる風味を持った飲食品を得ることができ、国民のより豊かな食生活を実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明を具体的に説明する。
本発明では、ニガヨモギを含有するフレーバードワインを用いる。
【0013】
ニガヨモギ(苦蓬)は、学名
Artemisia absinthiumであり、キク科ヨモギ属の多年草もしくは亜灌木である。ニガヨモギ抽出物は、食品添加物としても認可されており、強い苦味があり、苦味料としても利用されている。ニガヨモギを配合して作られる市販のフレーバードワインとしては、ベルモットが有名であり、本発明においても、ベルモットを用いることができる。
本発明では、トマト、および、キノコ類を用いる。
【0014】
トマトは、学名
Solanum lycopersicumであり、ナス科ナス族の植物である。一般にその果実を食用として利用し、本発明においてもその果実を用いる。果実は、乾燥したものを用いてもよい。また、果実をつぶしてペースト状にしたものを用いてもよいし、果実またはその乾燥物、または後述の粉末から抽出したエキスを用いてもよい。エキスやペーストを乾燥させた粉末を用いてもよい。
【0015】
キノコ類は、菌類のうち、比較的大型の子実体を形成するものの総称である。キノコ類には、例えば、マッシュルームが含まれる。マッシュルームは、学名
Agaricus bisporusであり、担子菌門ハラタケ科の菌類である。その子実体は、食用として用いられ、本発明においても、子実体を用いる。子実体をつぶしてペースト状にして用いてもよい。子実体は乾燥したものを用いてもよい。子実体は粉末化したものを用いてもよい。また、子実体、子実体のペースト、子実体の乾燥物、子実体の粉末物から抽出したエキスを用いてもよい。
上記原料以外に、その発明の効果を減じない限りにおいて、各種野菜類、香辛料、果実、果皮、香料などを用いることもできる。
【0016】
本発明において、ニガヨモギを含有するフレーバードワインに、トマトまたはトマトの抽出物、および、キノコ類またはキノコ類の抽出物、を浸漬または混合する。浸漬また混合の仕方は特に限定されない。ニガヨモギを含有するフレーバードワイン100mLに対して、0.1gを超える量が好ましく、0.5gを超える量がより好ましい。
【0017】
本発明において、ニガヨモギを含有するフレーバードワインに、トマトまたはトマトの抽出物、キノコ類またはキノコ類の抽出物、を浸漬または混合したフレーバードワインを加熱する温度は、50℃〜70℃、保持時間は、360分間〜4320分間である。加熱温度50〜70℃の温度帯で、360分間〜4320分間の間で保持させ、加熱温度をA(℃)、加熱温度での保持時間をB(分間)としたとき、(A−35)×Bが、20,000〜170,000であることを特徴とするフレーバードワインの製造方法である。 たとえば、加熱温度が50℃、保持時間が1600分間の場合、(50−35)×1600=24,000となる。同式から、得られる値が、好ましくは、(A−35)×Bが、20,000〜170,000である。より好ましくは、60℃以上で加熱し、かつ、20,000〜170,000である。さらに好ましくは、60℃以上で加熱し、かつ、23,000〜120,000である。(A−35)×Bを、特定の範囲に調整することにより、本発明の目的とする、ニガヨモギ等の独特な風味が抑制されたフレーバードワインを得ることができる。
【0018】
本発明を用いて製造されたフレーバードワインは、他の食品の製造に用いることもできる。今までは、独特の風味が強く使用できなかったような飲食品に、本発明のフレーバードワインを、用いることで、新たなメニューを開発することができる。
【実施例】
【0019】
以下実施例によって本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(製造例)
トマトエキス1g、マッシュルームエキス1gを、ニガヨモギを配合して作られるベルモット100mLに混合し、ベースフレーバードワインを作成した。
上記ベースフレーバードワインを冷蔵保存し、ろ過し、対照区のフレーバードワインを得た。
【実施例1】
【0020】
製造例と同じく作成した、ベースフレーバードワインを液温50℃の条件で、10分〜4320分間、保存した。その後、各加熱時間条件のサンプルを、それぞれ濾過し、各試験区を得た。
製造例で作成した対照区のフレーバードワイン(加熱なし)を基準にして、下記の基準で、3人の訓練されたパネラーにより、官能評価を行った。
官能評価基準
【0021】
青臭さ・独特の苦味・えぐ味の強弱および酒質のバランスについて、官能評価を行った。なお、酒質のバランスとは、酒の香りおよび味を総合的に評価したバランスのことである。
官能評価の各記号は以下の意味を有する。
官能評価1
〇:対照区よりも青臭み・独特の苦み・えぐ味が弱くなっている。
△:対照区よりも青臭み・独特の苦み・えぐ味はやや弱くなっている。
×:対照区と青臭み・独特の苦み・えぐ味が同じ程度にある。
官能評価2
◎:対照区と比較して、酒質のバランスが非常に良好。
〇:対照区と比較して、酒質のバランスが良好。
△:対照区と酒質のバランスが同等。
×:対照区よりも酒質のバランスが悪い。
その結果を、表1に示す。
【0022】
【表1】
【0023】
加熱温度50℃の場合、720分間以上加熱した場合に、青臭み・独特の苦み・えぐ味は弱くなることが示された。また、720分間では、対照区と比較して酒質のバランスが悪くなり、1440分間以上加熱した場合には、酒質のバランスが良好になることが示された。
【実施例2】
【0024】
製造例と同じく作成した、ベースフレーバードワインを液温60℃の条件で、10分〜4320分間、保存した。その後、各加熱時間条件のサンプルを、それぞれ濾過し、各試験区を得た。
【0025】
実施例1と同様にして、製造例で作成した対照区のフレーバードワインを基準にして、実施例1と同様の基準で、3人の訓練されたパネラーにより、官能評価を行った。
その結果を表2に示す。
【0026】
【表2】
【0027】
加熱温度60℃の場合、720分間12時間以上加熱した場合に、対象区と比較して、青臭み・独特の苦み・えぐ味は弱くなることが示された。また、720分間の加熱した場合では、対象区と比較して、酒質のバランスが悪くなり、1440分間24時間以上加熱した場合に、酒質のバランスが良好になることが示された。
【実施例3】
【0028】
製造例と同じく作成した、ベースフレーバードワインを液温70℃の条件で、10分〜4320分間、保存した。その後、各加熱時間条件のサンプルを、それぞれ濾過し、各試験区を得た。
【0029】
実施例1と同様にして、製造例で作成した対照区のフレーバードワインを基準にして、実施例1と同様の基準で、3人の訓練されたパネラーにより、官能評価を行った。
その結果を表3に示す。
【0030】
【表3】
【0031】
加熱温度70℃の場合、360分間以上加熱した場合に、対象区と比較して、青臭み・独特の苦み・えぐ味は弱くなることが示された。また、360分間加熱した場合には、対象区と比較して、酒質のバランスが悪くなり、720分間、1440分間、および2880分間、加熱した場合に、酒質のバランスが良好になることが示された。
【実施例4】
【0032】
食品への添加試験
実施例1〜3で得た対象区及び各試験区を用いて、下記の食品への添加試験を行った。
【0033】
ホワイトソースに、対照区もしくは試験区(1−6、2−5、3−3、3−4、3−5のいずれか)をホワイトソース100重量部に対して、で3重量部、添加し、対照区および各試験区のホワイトソースを得た。各ホワイトソースに関して、対照区は、ニガヨモギの独特な風味が際立ち、ホワイトソースとしてバランスを欠いているのに対して、各試験区を添加したホワイトソースは、ニガヨモギの独特な風味はほとんど感じられず、ホワイトソースに甘さと味の深みを付与していた。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、風味の強いニガヨモギを含有するフレーバードワインのその独特な風味を抑制し、各種料理に用いることができる点で有用である。