(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6918704
(24)【登録日】2021年7月27日
(45)【発行日】2021年8月11日
(54)【発明の名称】保水剤及び保水性を有する軟化剤とその製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 29/00 20160101AFI20210729BHJP
A23L 13/70 20160101ALI20210729BHJP
【FI】
A23L29/00
A23L13/70
【請求項の数】4
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2017-556466(P2017-556466)
(86)(22)【出願日】2016年12月16日
(86)【国際出願番号】JP2016087570
(87)【国際公開番号】WO2017104807
(87)【国際公開日】20170622
【審査請求日】2019年11月18日
(31)【優先権主張番号】特願2015-247610(P2015-247610)
(32)【優先日】2015年12月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160978
【弁理士】
【氏名又は名称】榎本 政彦
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 知美
(72)【発明者】
【氏名】福田 雄典
(72)【発明者】
【氏名】阿孫 健一
【審査官】
茅根 文子
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許第05756135(US,A)
【文献】
国際公開第2013/065732(WO,A1)
【文献】
J. Chem. Tech. Biotechnol.,1996年,Vol. 67,pp. 67-71
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 29/00−29/30
A23L 13/00−13/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を作用させる工程を有する、固形分濃度10重量%、25℃混合液において、粘度が2000mPa・s以上である食品用保水
剤の製造方法。
【請求項2】
請求項1記載の細胞壁溶解酵素がプロテアーゼを含まないグルカナーゼであることを特徴とする請求項1に記載の食品用保水剤の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の食品用保水剤が、さらに、蛋白質含量が20重量%以上、食物繊維含量が20重量%以上となる、請求項1又は2記載の食品用保水剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか一項に記載の製造方法より得られた保水剤を食肉に添加することを特徴とする、食肉の改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母菌体残渣から取得される食品用の保水剤及び軟化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
畜肉、魚介類はボイル、焼く、揚げるといった加工過程で離水し、繊維が収縮するために硬くなる傾向にある。また、冷凍食品解凍時のドリップや、揚げ物などの惣菜、畜肉・魚介類などの練り製品の保存中の離水は、ジューシー感の低下、簾の発生などによる味、食感の劣化を招くだけでなく、微生物汚染の原因ともなるために問題となっている。これらを防止するため、様々な食品用保水剤、軟化剤が開発されてきた。
【0003】
従来、食品用の保水剤や離水防止剤としては、卵白タンパク(特許文献1)、乳清タンパク(特許文献2)、大豆タンパク(特許文献3)といった植物性、動物性のタンパク素材や、重合リン酸塩が用いられてきた。しかしながら、動物性のタンパク素材は近年の鳥インフルエンザや、BSEなどの問題、植物性のタンパク素材は天候不順などの問題により、原料供給源、価格が不安定であることが問題となる。大豆タンパクは、特有のにおいが添加した食品の味に影響することもある。(特許文献4)また、重合リン酸塩は、過剰摂取によりカルシウムの吸収を阻害する恐れがあることから、敬遠されることもある(特許文献5)。
【0004】
他の保水剤や離水防止剤としては、多種の加工でんぷん、増粘多糖類をはじめ、トレハロース(特許文献6)、ゼラチン(特許文献7)、カルボキシメチルセルロース(特許文献8)などが報告されている。しかしながら上記の方法であっても、動植物資源を原料とする場合は供給安定性が問題となる。さらには、生産工程が煩雑であったり、保水剤としての力価が十分でないといった問題があった。
【0005】
畜肉、魚介類の軟化方法としては、一般にプロテアーゼなどの酵素剤を用いる方法(特許文献10)や、pH調整剤を添加して酸性側に傾けることで肉の水和性を高める方法が知られている。
【0006】
他方、酵母には核酸、アミノ酸、ペプチドなどの成分が含まれており、その抽出物は医薬品であるグルタチオンの原料や、天然調味料である酵母エキスとして用いられているが、抽出の際に大量に副生する酵母菌体残渣の有効利用が課題とされてきた。
【0007】
酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣はグルカン、マンナン、マンノプロテイン、蛋白質、脂質、核酸を主要な成分とするものであり、特許文献9には酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣に高圧処理を施すことにより精製した酵母細胞壁画分を有効成分とする離水防止剤が報告されている。
【0008】
しかしながら、上記の方法は酵母菌体残渣を高度に精製した酵母細胞壁を利用するものであり、酵母菌体残渣そのものを保水剤、又は軟化剤として利用する例は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−86306号公報
【特許文献2】特開2001−46002号公報
【特許文献3】特開2011−254702号公報
【特許文献4】特開2007−274965号公報
【特許文献5】WO2012/060409
【特許文献6】特開平9−56342号公報
【特許文献7】特開平11−164655号公報
【特許文献8】特開2015−149930号公報
【特許文献9】特開2002−153263号公報
【特許文献10】特開2014−158463号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が、解決しようとする課題は、調理時や保存期間中に離水が生じやすい一般的な食品に添加、又は浸漬することで、高い保水性、軟化効果を示し、かつ添加した食品の食味に影響しないような食品用保水剤、軟化剤を提供することである。また、その食品用保水剤、軟化剤は、人体に安全であることが必要であり、安定供給が可能なものであることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題の解決につき鋭意研究の結果、酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を適量反応させることで、保水性が著しく向上することを見出した。これを食品に添加することで食品の保水性が向上し、離水が抑制される。
【0012】
さらにこれを含む水溶液に畜肉・魚介類を浸漬させることで、加熱調理後の畜肉・魚介類の硬化を抑制出来ることを見出した。
【0013】
すなわち本発明は、
(1)酵母由来の食品用保水剤であって、固形分濃度10重量%、25℃混合液において、粘度が2000mPa・s以上である、食品用保水剤、
(2)蛋白質含量が20重量%以上、食物繊維含量が20重量%以上である、上記(1)記載の食品用保水剤、
(3)(1)又は(2)の保水剤を食肉に添加する、食肉の改質方法、
(4)酵母エキス抽出後の酵母菌体残渣に細胞壁溶解酵素を作用させる工程を有する、上記(1)または(2)記載の食品用保水剤の製造方法、
(5)前記細胞壁溶解酵素がプロテアーゼを含まないグルカナーゼであることを特徴とする上記(3)記載の食品用保水剤の製造方法
に係るものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、酵母菌体から酵母エキスなどを抽出した酵母菌体残渣に対し、酵母細胞壁溶解酵素を酵母菌体残渣が特定の粘度になるように作用させることで、その保水性が著しく向上し、優れた保水剤を取得できる。本発明の保水剤を食品に添加することで、食品の保水性が大きく向上し、食品の製造過程、冷凍解凍、保存等において起こる離水を防止することができる。また、食品を本発明の保水剤に浸漬や添加させることで加熱調理による食品の硬化を抑制し、軟化することが出来る。本発明の保水剤は、味やにおいが少ないため、食品の食味への影響はほとんど無い。
【0015】
また、原料として酵母エキスなどを抽出した後の菌体残渣を用いることが出来、そこから簡単な工程で菌体残渣そのものを保水剤とすることが出来る。トルラ酵母やビール酵母の菌体残渣は、調味料である酵母エキスや他の有用成分の生産に伴って大量に副生しており、本発明はその酵母菌体残渣を有効利用できるため、コスト、廃棄物削減の点でも、極めて有利である。また、動植物を原料とする場合と比較して、供給不安、価格変動、品質変動のリスクも少ない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】保水性を比較した写真である。左は本発明の保水剤(実施例1で製造)、右は酵素を作用させる前の酵母エキス残渣(比較例2で使用)で、それぞれ固形分:水を重量比10:90で混合したもの。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明を具体的に説明する。本発明において原料として用いることのできる酵母菌体の種類は、酵母細胞壁溶解酵素により溶解可能なものである。たとえば、サッカロミセス、エンドミコプシス、サッカロミコデス、ネマトスポラ、キャンディダ、トルロプシス、プレタノミセス、ロドトルラなどの属に属する菌、あるいはいわゆるビール酵母、パン酵母、清酒酵母などが挙げられる。このうち、特に食経験が多いキャンディダ・ユティリス又はサッカロマイセス・セレビシエが望ましい。
【0018】
本発明の酵母菌体残渣とは、酵母に熱水、酸・アルカリ性溶液、自己消化、機械的破砕等のいずれか一つ以上を用いて抽出処理することにより、酵母エキスまたは有用成分を抜いた後の残渣である。例えば、興人ライフサイエンス(株)製の「KR酵母」が挙げられる。
このような残渣は一般的に、グルカン、マンナン、蛋白質、脂質、核酸を主要な成分とするものであるが、構造的にはグルカン、マンナン、蛋白質と他の成分が複合体となって強固に結合していることが推察される。
【0019】
本発明の保水剤を製造する方法は、まず上述の酵母菌体残渣に水を加えて、乾燥菌体重量で約10重量%濃度の菌体懸濁液を調製する。必要であれば、菌体懸濁液を遠心分離して酵母菌体残渣を取得し、再度水を加えて約10重量%濃度の菌体懸濁液を調製する工程を設けてもよい。調製した菌体懸濁液をpH5.5以上、望ましくはpH6.0〜7.0に調整する。
【0020】
この菌体懸濁液に、細胞壁溶解酵素を添加する。この際に用いる細胞壁溶解酵素は、プロテアーゼを含まないグルカナーゼであることが望ましい。具体的には、ストレプトマイセス属由来のβグルカナーゼ「デナチームGEL」(ナガセケムテックス社製)、Taloromyces属由来のβグルカナーゼ「Giltrase BRX」(DSMジャパン社製)等があり、中でも「デナチームGEL」が望ましい。
【0021】
一般的に使用されている細胞壁溶解酵素の多くは、配合物または夾雑物としてプロテアーゼ活性物を含有しておりこのような細胞壁溶解酵素をそのまま用いると、得られた細胞壁画分は食物繊維含量の低いものとなる。たとえば、天野エンザイム社製「ツニカーゼFN」は、グルカナーゼとプロテアーゼの混合物の酵素製剤であり、このようなプロテアーゼを含有する酵素製剤を用いる場合には、酵素製剤中のプロテアーゼが作用しないような温度またはpHで作用させる必要がある。
細胞壁溶解酵素の添加量は、使用する原料の酵母残渣及び酵素によって異なるが、原料酵母菌体残渣の乾燥重量100g当たり4〜200unitが望ましく、さらに望ましくは20〜60unit添加である。
【0022】
細胞壁溶解酵素の添加後、50℃以上、望ましくは50〜70℃、より望ましくは55〜65℃で2〜7時間、望ましくは3〜4時間酵素反応させる。
酵素反応の時間は細胞壁溶解酵素の添加量及び原料の酵母残渣に応じて、適宜調整できる。酵素添加量が少なすぎるか反応時間が短すぎることにより、酵素反応が不十分な場合、反対に、酵素添加量が多すぎるか反応時間が長すぎることにより、酵素反応が進みすぎた場合の、どちらの場合も、保水性や離水防止効果が不十分なものとなる。
【0023】
本願発明の保水剤を製造する方法は、前述のように酵素を添加して製造するが、使用する酵母残渣、酵素の種類によって、反応条件が異なることがある。酵素反応後の組成物が、固形分10質量%の状態で、25℃の粘度が2000mPa・s以上となるように、望ましくは3000mPa・s以上となるように、さらに望ましくは5000mPa・s以上となるように、酵素添加量、反応時間を調整することで、本願発明の保水剤を製造することができる。なお、粘度の測定条件は、本願実施例の記載の方法による。
【0024】
次いで、酵素反応後の組成物について、90℃、10分間以上の加熱処理などで酵素を失活させる。得られた組成物をそのまま食品用保水剤とすることもでき、または乾燥して濃縮物または粉末にして、食品用保水剤とすることもできる。乾燥、濃縮の方法に制限はない。
【0025】
酵母エキス抽出後の酵母菌体を原料として上記の製法により得られた食品用保水剤は、乾燥固形分10重量%の状態において、または粉末の場合は水と乾燥固形分10重量%の混合液にした時に、25℃の粘度が2000mPa・s以上、望ましくは3000mPa・s以上、さらに望ましくは5000mPa・s以上である。さらには、その乾燥物中の蛋白質含量が20重量%以上、望ましくは40重量%以上で、食物繊維含量が20重量%以上、望ましくは25重量%以上である。
【0026】
上述までの方法で得られた本願発明の保水剤は、畜肉、加工肉、魚介類などの食肉の加熱による硬化を抑制する効果を有する軟化剤又は改質方法として使用することができる。本願発明の保水剤を食肉に添加量、添加方法などは、適用する食肉、調理方法により異なり特に制限なく使用できる。例えば、加熱前に本願発明の保水剤をそのまま添加する方法、他の調味料と混合し浸潤する方法などがある。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を挙げて、本発明を詳細に説明する。但し、本発明は、以下の態様に限定されるものではない。
【0028】
<蛋白質含量の測定方法>
本発明において、保水剤に含まれる蛋白質含量測定には加水分解法を用いた。保水剤の試料を6N 塩化水素にて110℃、24時間加水分解したのち前処理を行い全自動アミノ酸分析計(日立社製)にて測定して求めた。
【0029】
<食物繊維含量の測定方法>
保水剤の食物繊維含量測定には加水分解法を用いた。保水剤の試料を1N硫酸にて110℃、3.5時間加水分解して中和後、加水分解生成物であるマンノース、グルコースを液体クロマトグラフィーにて測定し、グルカン・マンナンへ換算して求めた。検出にはRI検出器、分離カラムはSP810(Shodex)、移動相は超純水を使用した。
【0030】
<粘度の測定方法>
保水剤等の試料の粘度は、b型粘度計(東機産業社製、TVB−15 M型粘度計)を使用した。試料を10重量%、25℃に調整し、粘度域に応じて適切なロータを用い、回転数30rpm、回転開始1分後の粘度を測定した。
【0031】
<保水率の測定方法>
保水剤等の試料の保水率は、次の方法により測定した。
試料を水に懸濁して10重量%とし、1.5mL容エッペンドルフチューブに1g入れ、2000×g RCF で1分間遠心分離した後、チューブを逆さにして10秒間静置することにより離水を除去した。遠心前のチューブ中の固形分重量と、遠心後のチューブ内の溶液重量から、以下の式より試料の保水率を算出した。
保水率(%)=(遠心後溶液重量/固形分重量)×100
【0032】
<実施例1>
キャンディダ・ユティリス酵母エキス抽出後の酵母菌体「KR酵母」(興人ライフサイエンス社製)1kgを水に懸濁して10質量%とした後、60℃、pH6.5に調整後、細胞壁溶解酵素(ナガセケムテックス社製「デナチームGEL」)を1g加え、3時間作用させた。次いで90℃、15分で加熱処理した後、乾燥して粉末化し、実施例1の食品用保水剤を得た。
この保水剤10重量%、25℃の粘度は5700mPa・s(ロータ:M4)であった。乾燥物中の蛋白質含量は57重量%、食物繊維含量は21重量%であった。また、この食品用保水剤の保水率は、995.5%であった。
【0033】
<実施例2>
実施例1において、細胞壁溶解酵素を作用させる時間を7時間にしたこと以外は、実施例1と同様に実施して、実施例2の食品用保水剤を得た。この保水剤10重量%、25℃の粘度は3200mPa・s(ロータ:M4)であった。また、この食品用保水剤の保水率は、804.8%であった。
【0034】
<比較例1>
実施例1において、細胞壁溶解酵素の添加量を10gにした以外は、実施例1と同様に実施して、比較例1の食品用保水剤を得た。この保水剤10重量%、25℃の粘度は1100mPa・s(ロータ:M3)であった。また、保水率は、232.2%であった。
【0035】
<比較例2>
実施例1の食品用保水剤の原料であるKR酵母について、粘度を測定した結果、10重量%、25℃の粘度は60mPa・s(ロータ:M1)であった。また、その保水率は、427.5%であった。
【0036】
<比較例3>
他社より販売されている酵母由来の保水剤について、粘度を測定した結果、10重量%、25℃の粘度は60mPa・s(ロータ:M1)であった。また、その保水率は、600.5%であった。
【0037】
<比較例4>
本発明の保水剤の代わりに卵白タンパク、大豆タンパク、乳清タンパク、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉について、その保水率を測定した結果、それぞれ75.1%、771.5%、65.6%、174.7%、195.4%となった。
保水率評価の結果を表1に示す。
【0038】
【表1】
【0039】
表1に示すとおり、実施例1の保水剤は保水率995.5%、実施例2の保水剤は保水率804.8%となり、本測定方法におけるほぼ全ての水を保水した。これらの値は、比較例2の酵素処理前の酵母菌体の保水率430%を大きく上回った。比較例1は保水率232.2%となり、酵母菌体に作用させた酵素添加量が多すぎる例である。本発明の保水剤である、実施例1、実施例2の保水率は、比較例3の他社の酵母由来保水剤、比較例4の卵白タンパク、大豆タンパク、乳清タンパク、馬鈴薯澱粉、タピオカ澱粉のいずれの保水率よりも高かった。また、
図1に示すように、本願実施例1の保水剤、比較例2の酵母残渣を固形分:水を重量比10:90で混合後10分経過後の写真である。実施例1の保水剤は、ほぼすべての水を保水しているが、比較例2の酵母残渣では、沈殿が生じており、保水性に違いがあるのは明らかである。
【0040】
<鶏胸肉の軟化効果>
食塩:砂糖:水:デキストリン:実施例1の食品用保水剤の重量比5:2:88.6:2.4:2の漬け込み液を作製した。市販の鶏胸肉の皮、脂身、筋を除去して重量を測定し、漬け込み液を鶏胸肉重量の半量加え、脱気した袋中で1晩漬け込んだ。漬け込み後、漬け込み液を除去し、脱気した袋の中で90℃、30分間加熱した。
【0041】
<比較例5>
鶏胸肉の漬け込み液を、食塩:砂糖:水:デキストリンの重量比5:2:88.6:4.4として軟化試験を実施した。
【0042】
<比較例6>
鶏胸肉の漬け込み液を、食塩:砂糖:水:デキストリン:MCFS社製の食肉軟化剤「アップミートA」の重量比5:2:88.6:3.4:1として軟化試験を実施した。
【0043】
<比較例7>
鶏胸肉の漬け込み液を、食塩:砂糖:水:デキストリン:MCFS社製の醸造調味料「味アップ やわらか肉自慢」の重量比5:2:82.6:4.4:6として軟化試験を実施した。
【0044】
<鶏胸肉の破断強度測定>
調理後の鶏胸肉の中心に近い部分を厚さ約2cmにカットし、破断強度試験を実施した。破断強度は、クリープメーター(山電社製、RHEONER II CREEP METER RE2−33005S)を使用し、以下の条件で測定した。なお、1試験区に対して3枚の鶏胸肉を使用し、1枚の鶏胸肉で5か所測定した。
プランジャー直径:5mm
圧縮速度:1mm/sec
温度:25℃
【0045】
調理後の鶏胸肉の中心に近い部分を約1cm角にカットし、パネル10名で官能評価を実施した。サンプル名を隠して実施例1、比較例5、比較例6、比較例7を咀嚼し、軟らかいと感じる順に順位づけをした。
【0046】
図2に鶏胸肉の破断強度測定結果として、対照区である比較例5の破断荷重と破断歪率の値に対する割合を示している。実施例1の保水剤は破断荷重、破断歪率共に値が対照区よりも小さいため、歯が入り易く軟らかい食感になっていることがわかる。実施例1と同じく破断荷重、破断歪率共に値が対照区よりも小さいため、軟らかくなっていると言える。
【0047】
本願実施例における軟化試験により得られたものを官能評価した結果、軟らかいと評価された順に比較例6、実施例1、比較例7、比較例5となった。実施例1は口当たりがなめらかである、ジューシーである、意味異臭は感じられないという評価が挙がった。実施例1の保水剤は、市販の肉軟化剤と同等の効果を有していた。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の食品用保水剤は、各種の加工食品、たとえば冷凍食品、魚肉や畜肉の練り製品、揚げ物用の粉などに添加して用いることができる。これにより、他のタンパク素材、澱粉素材よりも優れた保水効果を示し、食品の調理時や保存期間中の離水を防止し、品質の低下を防ぐことが出来る。
【0049】
一般に食品軟化酵素剤の場合は食品のpHや漬け込みの温度、時間によって酵素反応速度が変化し、軟化作用の調整が難しいと言われる。pH調整剤の場合も、食品のpHによって使用できる食品が限られてしまう。一方で本発明の食品用保水剤は、優れた保水効果によって肉の離水を防止するだけでなく、不溶性であることから肉の繊維が離水によって収縮、硬化することを防止していると考えられ、食品のpHや漬け込みの温度によらず一定の軟化効果が得られる。