特許第6918804号(P6918804)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6918804細胞内エネルギー代謝を改善するための環状トリペプチドの使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6918804
(24)【登録日】2021年7月27日
(45)【発行日】2021年8月11日
(54)【発明の名称】細胞内エネルギー代謝を改善するための環状トリペプチドの使用
(51)【国際特許分類】
   C07K 7/64 20060101AFI20210729BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210729BHJP
   A61P 15/06 20060101ALI20210729BHJP
   A61P 15/08 20060101ALI20210729BHJP
   A61K 38/12 20060101ALI20210729BHJP
   A61K 47/51 20170101ALI20210729BHJP
   C12N 15/63 20060101ALN20210729BHJP
   A61P 17/00 20060101ALN20210729BHJP
   A61K 8/64 20060101ALN20210729BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALN20210729BHJP
   A61Q 5/00 20060101ALN20210729BHJP
   A61Q 1/00 20060101ALN20210729BHJP
【FI】
   C07K7/64ZNA
   A61P43/00 107
   A61P15/06
   A61P15/08
   A61K38/12
   A61K47/51
   !C12N15/63 Z
   !A61P17/00
   !A61K8/64
   !A61Q19/00
   !A61Q5/00
   !A61Q1/00
【請求項の数】6
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2018-534019(P2018-534019)
(86)(22)【出願日】2016年9月21日
(65)【公表番号】特表2018-536013(P2018-536013A)
(43)【公表日】2018年12月6日
(86)【国際出願番号】EP2016072476
(87)【国際公開番号】WO2017050854
(87)【国際公開日】20170330
【審査請求日】2019年7月5日
(31)【優先権主張番号】1558899
(32)【優先日】2015年9月21日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】500257447
【氏名又は名称】アシスタンス ピュブリック−オピト ド パリ
【氏名又は名称原語表記】ASSISTANCE PUBLIQUE−HOPITAUX DE PARIS
(73)【特許権者】
【識別番号】500283125
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ パリ デカルト
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITE PARIS DESCARTES
(73)【特許権者】
【識別番号】500248467
【氏名又は名称】アンスティテュ ナシオナル ドゥ ラ サントゥ エ ドゥ ラ ルシェルシェ メディカル(イーエヌエスエーエールエム)
(73)【特許権者】
【識別番号】305023584
【氏名又は名称】サントル・ナシオナル・ド・ラ・ルシェルシュ・シアンティフィック
【氏名又は名称原語表記】CENTRE NATIONAL DE LA RECHERCHE SCIENTIFIQUE
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ヴォルフ, ジャン−フィリップ
(72)【発明者】
【氏名】ロンベ, アンヌ
(72)【発明者】
【氏名】ボンセル, モルガーヌ
【審査官】 斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2015/0051152(US,A1)
【文献】 ZIYYAT A,CYCLIC FEE PEPTIDE INCREASES HUMAN GAMETE FUSION AND POTENTIATES ITS RGD-INDUCED INHIBITION,HUMAN REPRODUCTION,英国,2005年 8月11日,VOL:20, NR:12,PAGE(S):3452 - 3458,URL,http://dx.doi.org/10.1093/humrep/dei241
【文献】 BARRAUD-LANGE V,CYCLIC QDE PEPTIDE INCREASES FERTILIZATION RATES AND PROVIDES HEALTHY PUPS IN MOUSE,FERTILITY AND STERILITY,米国,ELSEVIER SCIENCE INC,2009年 5月 1日,VOL:91, NR:5,PAGE(S):2110 - 2115,URL,http://dx.doi.org/10.1016/j.fertnstert.2008.05.088
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K A61K A61P
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
卵母細胞インテグリンへのフェルチリンベータの結合部位を再生させる2つの末端システイン間に環化結合を有する式C−S−F−E−E−Cの環状ペプチドを含む、
未成熟卵母細胞の体外成熟を改善するための組成物。
【請求項2】
卵母細胞がヒト卵母細胞である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記環状ペプチドが、前記卵母細胞を1〜100μMの前記環状ペプチドの存在下で1分間〜4日間インキュベートするように用いられる、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
異数性のリスクを低減するための、請求項1〜3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
妊娠可能性を増加させるための、および/または、流産リスクを低減するための、請求項1〜4のいずれかに記載の組成物。
【請求項6】
体外受精(IVF)プロトコルのための、請求項1〜のいずれかに記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生殖補助医療(MAP)の分野に関し、より詳細には、特に生体外での細胞培養または細胞維持のステップを含むプロトコルの間に、細胞におけるミトコンドリア活性、またはより一般的にはエネルギー活性の刺激が必要となる全ての医学的、獣医学的またはその他の適用に関する。
【背景技術】
【0002】
15%以上のカップルが、生殖可能期間内に生殖補助医療を受けている。精子に障害があるときには、受精のためにはマイクロインジェクション技術によることが一般的である。しかし、この技術は卵母細胞にとって非常に侵襲的である。更に、正常な精子による体外受精(IVF)においても、通常では3〜5%の不可解な受精不成功が見られる。
【0003】
先行特許出願(特許文献1)において、本発明者らのチームは、2つの末端システイン間に環化結合を有する、式C−S−F−E−E−C(配列番号1)の環状トリペプチド(Phe、AcGlu、AcGlu)(FEEc)、およびヒト生殖子の受精能力を増加させるその作用を記載した。これに相当する分子が様々な動物の種にも存在し、それらは同じ性質を有し、また前記文献にも記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2005/051799号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
それらの研究を検討し、本発明者らは、FEEc分子が精子に影響を及ぼすことを見出した(下記の実施例1)。具体的には、それはCASA(コンピュータ支援精子分析)による分析によると、精子運動のパラメータを改善する。ゆえに、例えば、直線速度および頭部の側方移動の振幅は、それぞれ7%および8%(P<0.05およびP<0.002)増加する(実施例1)。これは、超活性化精子のパーセンテージが約30%増加することとなる(P<0.009)。これらの超活性化精子が、受精させる精子である。精子の運動が、ダイニン腕の軸糸付近の精細管への結合により生じるため、その進行速度を上昇させるためには、そのATP消費を増加させるか、または少なくともそのエネルギー代謝を強化させることを考えるのが論理的である。ダイニンはATPアーゼである。FEEcに曝露された精子のミトコンドリア代謝を研究することによって、本発明者らは、前記FEEcがミトコンドリア膜電位の上昇を誘導し、それがミトコンドリアによるATP合成の増加、または消費の減少のいずれかを証明する、という仮説を立てている。ゆえに、FEEcは、ATP産生の改善または細胞によるその使用の制御により、精子のミトコンドリアでのエネルギー代謝またはより一般的には細胞内エネルギー代謝を改善する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
したがって、本発明は、広義には卵母細胞インテグリンへのフェルチリンベータの結合部位を再生させるトリペプチドを含む環状ペプチド、または式EEP(配列番号2)のトリペプチドの、ミトコンドリア活性を改善するための、または、より広義には、細胞内エネルギー代謝を改善するための薬剤としてのその使用のための、使用に関する。本明細書では、2つの異なるタイプの細胞、すなわち精子および卵母細胞、ならびに、胚である多細胞生物の発生に対するかかるペプチドの適用が例示される。実験のセクションで示される結果は、細胞内エネルギー代謝の改善が必要とされる他の用途においてこのペプチドが使用可能であるという事実を裏付ける。特に、このペプチドは、細胞、特にリンパ球の培養の収率の改善に有用でありうる。特定の一実施形態では、ペプチドはベクター化(vectorized)され、すなわち、細胞へのその取り込みを促進する薬剤、分子、組成物または任意の他のタイプのベクターと組み合わせて投与される。より広義には、ベクター化は、有効成分をベクターと結合することにより、標的に対するその分布を調整し、制御するのに有用である。
【0007】
前述において、「卵母細胞インテグリンへのフェルチリンベータの結合部位を再生させるトリペプチドを含む環状ペプチド」とは、上記の出願、国際公開第2005/051799A2号に記載のペプチドに対応する。この先行特許出願、特に表1に記載のように、トリペプチドは種ごとに異なる。それは当業者に公知の任意の手段によって、特にトリペプチドの両側に位置する2つのシステイン残基により、環化されうる。広義には、出願、国際公開第2005/051799A2号に記載の全てのバリエーションが、本発明の目的のための「卵母細胞インテグリンへのフェルチリンベータの結合部位を形成するトリペプチドを含む環状ペプチド」の定義に対応すると考えられる。本明細書を読みやすくするために、この環状ペプチド、およびまた、それを有効成分として含む薬剤を、本明細書では式「FEEc」により表記する。当業者は、この表記がまた、ヒト以外の種で使用できる形態も包含すること、例えばウシの場合にはTDE環状トリペプチドを使用すべきであることを完全に理解するであろう。
【0008】
下記の本発明の詳細な説明、およびまた実施例を読むことにより、本発明の範囲が、生殖補助医療の用途に限定されず、多くの他の分野における実際の用途においても適用可能であることが理解されるであろう。ゆえに本発明はより広義には、細胞内エネルギー代謝の刺激が必要とされる医学的もしくは非医学的用途におけるFEEcの使用に関する。
【0009】
精子の子宮内授精に及ぼす作用:
FEEcはまた、精子運動パラメータを改善することにより、子宮内授精(IUI)における妊娠率を改善することができる。本発明の第1の具体的態様によると、FEEcは、生殖補助医療(MAP)プロトコルにおいて精子の進行速度を上昇させるのに使用される。MAPの関連では更に、FEEcは、精子運動パラメータの改善、および超活性化精子のレベルの増加に使用できる。ゆえに、FEEcの使用は、ヒトにおける、また非ヒト哺乳類における子宮内授精(IUI)プロトコルにおいて特に有利である。この態様における本発明の実施では、10〜100μMのペプチドの存在下で精子を望ましくは1分〜3時間インキュベートし、次に子宮内授精前に洗浄する。
【0010】
体外での卵母細胞の成熟に及ぼす作用:
分子は、卵母細胞に対しても効果的である。卵核胞で保護されたヒトの卵母細胞の体外成熟は、FEEcの存在下では、37.71%から59.30%に上昇する(P<5.7×10−5)(実施例2)。37歳以上の患者では、この率は36.96%から68.29%に上昇し(P<0.003)、これは分子がこの年齢層において特に効果的であることを示す。37〜40歳の女性の卵母細胞は、そのミトコンドリア活性の低下を理由として、少なくとも50%、より通常では約80%のケースにおいて異数体である。分子は、卵母細胞の倍数性を、発生能および移植能が受精した卵母細胞のミトコンドリア活性に依存する胚をそれと同じ理由で胚のも改善することができる。後述の「フェルチリン」の臨床試験の関連で、37歳未満の女性における妊娠率の有意な増加はこの有利な効果が、いかなる卵母細胞に対して、また特にその受精期および初期の胚発生の期間において見られることを示す。これらの結果に従う仮説は、フェルチリンが卵母細胞の倍数性を改善できるということである。
【0011】
したがって、分子を含む培養培地の、体外受精用培地、および胚インキュベーション用培地の添加により、(特に30歳未満および37歳以上の女性において)卵母細胞および胚の成熟の改善、ならびに、従来のIVFによる、およびICSI(細胞質内精子注入)を伴うIVFによる受精率の改善が可能となる。
【0012】
したがって、体外受精期間におけるFEEc分子を含む培養培地の添加により、顕微操作の有無にかかわらず、使用する実験条件下で、特に37歳未満の女性における妊娠率および乳児の出生率を改善することが可能となる。
【0013】
卵母細胞の体外成熟(IVM)プロトコルにおける作用:
FEEc分子はまた、受胎能を維持するための卵母細胞の体外成熟(IVM)プロトコルにも効果的であり得る。
【0014】
体外受精プロトコルにおいて、卵母細胞の成熟は通常、卵母細胞の回収時に完了している。しかしながら、卵母細胞の中には、時にはいまだ未成熟のものも存在する。更に、卵巣の機能異常または刺激を困難にする臨床症状を呈する女性も一部存在する。したがって、体外成熟に際して、未成熟の段階での穿刺を随時行った。ペプチドにより、この成熟(受胎能維持のための体外成熟)を効果的に補助できた。
【0015】
全ての未成熟卵母細胞は、胚胞(GV)と呼ばれる大きな核を有する。成熟した卵母細胞は、囲卵腔(卵母細胞の表面と透明帯との間)に第1の極体(PG)が存在することを特徴とする。成熟した卵母細胞のみが受精できる。
【0016】
本発明者らは、FEEcにより体外での卵母細胞の成熟の改善が可能になることを示した。これは、卵母細胞のミトコンドリア活性に対する、またはエネルギー代謝に対する前記トリペプチドの効果によって説明される。実際、ミトコンドリア活性、またはより広義にはエネルギー代謝は、年齢と共に減少し、また卵母細胞の成熟では、以下のように幾つかの高度にエネルギーを消費するステップが存在する:
・胚胞の破裂
・染色体凝縮
・中期板の形成
・スピンドルの形成
・チェックポイントタンパク質の合成
・終期
・PGの放出。
【0017】
実際は、年齢と共に悪化するこれらの卵細胞の成熟の問題は、若い細胞(若いドナーまたは卵原幹細胞から得た卵母細胞)に由来するミトコンドリアのマイクロインジェクションにより修正される。これは、ミトコンドリア機能不全またはより広義にはエネルギーの不足を伴う細胞の異常をFEEcが実際に修正する確率を高めるものである。
【0018】
したがって、その態様の別のものによると、本発明は、卵母細胞の体外成熟を改善するための、FEEcの使用に関する。減数分裂の質の改善により、おそらく、若い女性においても観察される流産の率を減少させると考えられ、ゆえに、本発明のこの態様はまた、37歳未満、または30歳未満の女性においても、卵母細胞の体外成熟の改善に有効である。本発明のこの態様の実施の際には、卵母細胞を1時間〜4日間の間の期間、具体的には最長3日または24時間、10〜100μMのペプチドの存在下でインキュベートする。
【0019】
受精した卵母細胞の活性化に及ぼす作用:
本発明者らは、受精後の精子頭部の脱凝縮が増加することも示している。これは、受精時の卵母細胞活性化が改善されたことを反映する。これは更に、卵母細胞のミトコンドリア活性と関連する。
【0020】
割球形成に及ぼす作用:
本発明者らは、FEEcにより割球形成の改善も可能になることも(マウスにおいて)示している。これもまた、ミトコンドリア活性に対する、または、より広義には細胞の代謝に対するトリペプチドの効果に起因するともいえる。実際、ミトコンドリアDNAの複製が移植前胚形成の間には起こらないことが知られている。発生第1週の間、接合体(または卵子)は、2細胞および次の4細胞から始まる連続的な有糸分裂により分裂し、更に桑実期を経て胚盤胞期に達するが、その際、卵母細胞に最初から存在するミトコンドリアが優先的に使用される。したがって、ミトコンドリア不足(数または産生量に関する)は、減数分裂および有糸分裂の間に割球中の染色体不安定の原因となりえ、またそれは接合体もしくは胚の発生、または妊娠の進行さえも抑制しうる。これは、天然受精後の、またはIVFの際の胚移植後の自然流産の一般的原因である。したがって、本発明はまた、接合体発生第1週の間において割球の倍数性を改善するためのFEEcの使用に関する。結果として、本発明は、流産の数を減少させるためのFEEcの使用に関する。本発明はまた、異数性、特に三倍体化(trisomy)のリスクを低下させるためのFEEcの使用に関する。本発明のこの態様では、胚を24時間〜6または7日間の間の期間、10〜100μMのペプチドの存在下でインキュベートする。
【0021】
上記の使用は、特に体外受精(IVF)プロトコルに有用である。それらにより、ヒトにおいては、あらゆる年齢の女性が、文献に記載のミトコンドリア注入(現在まで多くの文献で高い効果が記載)に依ることなく、自分自身の卵母細胞で、MAPにより子を授かることができる。
【0022】
流産リスクの低減:
本発明はまた、流産リスクの低減へのFEEcの使用に関し、この点は前述のとおりであり、下記の実験のセクションにおいて例示されるとおりである。
【0023】
三倍体化のリスクの低減:
本発明はまた、全ての女性、特に35、36、37、38、39または40歳およびそれ以上の女性における、IVFの際の、三倍体化、またはより広義には、異数性のリスクを低減するための、FEEcの使用に関する。
【0024】
in vitroでの胚発生の動態の改善:
本発明はまた、in vitroでの移植前胚発生を改善するための、FEEcの使用に関する。特定の一実施形態では、当該移植前の発生は、長期間にわたる培養条件下で得られる。胚発生の動力学の改善により、出生率の向上が可能となる。
【0025】
天然繁殖における作用:
IVFの関連で卵母細胞および接合体に対するFEEcの効果が、本発明者により示されたが、これらの効果は、天然受精の際にも、例えば、トリペプチドが卵母細胞へのベクター化に適する手段と組み合わされたFEEcの、排卵時の経膣的な投与により、得られることが明らかである。
【0026】
配偶子および胚の低温保存の際の作用:
また、低温保存された卵母細胞の生存率が、とりわけそのミトコンドリア活性に依存することが示されている。胚についても同様であると考えられる。したがって、FEEcペプチドにより、低温保存された配偶子および胚の解凍の際の、生存率および/または品質が改善されうる。
【0027】
他のタイプの細胞に対する作用:
環状トリペプチドは、卵母細胞上のα6β1インテグリンと結合させるために調製される。このインテグリンは、その高い遍在性により、様々な他のタイプの細胞の細胞質膜と結合できる。したがって、この分子はおそらく、多くのタイプの細胞のエネルギー活性を増加させることができると考えられる。したがって、IVF以外の多くの用途に使用できる。
【0028】
分子の作用形式は、おそらくα6β1インテグリンを介して生じるため、FEEcは、多くの他のタイプの細胞に対して効果を発揮しうる。この分子は、いかなる細胞培養の収率改善にも使用できるであろう。
【0029】
上記のように、FEEcはおそらく、多くのタイプの細胞表面に存在するα6β1インテグリンまたは別の受容体に対して作用する。したがって、それはこのインテグリンまたはその他の受容体を有する任意の細胞のミトコンドリア活性またはエネルギー代謝の改善に使用できる。この性質を直接適用したのが、あらゆる細胞培養の収率の改善である。したがって本発明はまた、目的の細胞をFEEcと接触させるステップを含む、in vitroにおける、ミトコンドリア活性、またはより広義には、細胞のエネルギー活性を改善する方法に関する。この方法は、生体外で、細胞療法の関連で患者に投与する目的で培養される初期細胞に対して有効に実施することができる。この方法から利益を得られる細胞培養の非限定的な例として、皮膚移植用の観点での皮膚細胞培養、細胞免疫治療用の観点でのリンパ球培養などが挙げられる。
【0030】
本発明は、医療用途(例えば細胞療法)または非医療用途(例えば実験目的またはタンパク質製造のための細胞の維持、)において、FEEc受容体を発現するあらゆるタイプの細胞の生体外での培養を促進するための、FEEcペプチドの使用に関する。
【0031】
哺乳動物界に対する作用:
分子は、種特異性を示す。そのアイソフォームは、全ての家畜化もしくは農耕用家畜を含む非家畜化動物(その幾つかの種は繁殖が困難な種(競走馬、ホルスタイン)である)用に調製することができる。
【0032】
ミトコンドリアの病態および老化に対する作用
ミトコンドリア活性、またはより広義には、エネルギー代謝を刺激する分子としてのFEEcの性質は、ミトコンドリア活性の不全に関連するいかなるタイプの病態に対しても、in vivoで使用できる。これに関して、広義には老化病態が挙げられうる。ミトコンドリア機能不全と神経変性疾患との関係は、例えば、幾つかのチームにより確立されている。ゆえに、神経変性疾患、例えばアルツハイマー病またはパーキンソン病を治療するための薬剤としてFEEcを使用できると考えられる。染色体テロメア長と細胞内ミトコンドリア活性との関係も示されている。実際、テロメアの短縮化は老化過程と関連している。したがって、細胞のミトコンドリアまたはエネルギー活性を刺激することにより、老化効果を遅延させることが可能である。
【0033】
ミトコンドリア病は、様々な様相を示すが、網膜色素変性型または眼筋麻痺型などの眼の徴候を頻繁に合併する。後者の病態に対しては、FEEcの眼内への局所投与、例えば点眼薬により、ミトコンドリアまたはエネルギー不足に関連する症状を改善できると考えられる。したがって、本発明の別の目的は、卵母細胞インテグリンへのフェルチリンベータの結合部位を形成できるトリペプチドを含む環状ペプチドを含む目薬である。かかる点眼薬は、FEEcに加え、増粘剤、消毒剤、抗菌剤またはこのタイプの製品に使用できる任意の他の化合物などの、別の薬剤を含んでもよい。出願、国際公開第2005/051799A2号に記載の培地は、当然ながら、本発明の目的の「点眼薬」という用語の定義から除外される。
【0034】
化粧料における作用
本発明はまた、局所適用を意図する美容用または治療用組成物への、FEEcの使用に関する。例として、コラーゲン産生のために線維芽細胞を刺激するための、または、発毛促進、例えば脱毛症の防止もしくは遅延を目的として毛包を刺激するための、FEEcの使用が挙げられうる。したがって、本発明はまた、有効成分としてFEEcを含む化粧用または皮膚処置用組成物に関する。「化粧用または皮膚処置用組成物」という用語は、本明細書では、FEEcに加えて、美容分野で通常使用される成分を含む組成物を意味すると意図される。本発明によれば、化粧用または皮膚処置用組成物は、当業者に公知のいかなる形態とすることもできる。例えば、水中油型、油中水型もしくは水中シリコーン型エマルジョン、多層エマルジョン、マイクロエマルジョン、ナノエマルジョン、固形エマルジョン、水性もしくは水性アルコールゲル、クリーム、乳液、ローション、軟膏、油剤、バルサム剤、塗剤、マスク、粉、含浸担体、例えば経皮パッチ、水性もしくは水性アルコールローションおよび/もしくはワックス、メイクアップ用製品、例えばファンデーション、シャンプー、コンディショナー、局所適用用のセラム(serum)、またはヘアローションが挙げられる。国際公開第2005/051799A2号に記載の培地は、当然ながら、本発明の目的の化粧用または皮膚処置用組成物の定義から除外される。
【0035】
本発明によれば、化粧用または皮膚処置用組成物は、例えば顔用、身体用またはヘアケア用組成物、例えば顔用および/または身体用および/または毛髪用組成物であってもよい。
【0036】
以下の実施例において本発明を例示するが、その範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】FEEc(右)対「スクランブル」対照ペプチド(左)の存在下での、ミトコンドリア膜電位の変動。大部分の患者における、曝露された精子中での膜電位の増加に注目すべきである。
図2】100μMのFEEcの非存在下(A)または存在下(B)でインキュベートした、透明帯を除去したヒト卵母細胞と融合したヒトの精子の、UV励起後のカウント。融合した精子の数の増加、およびそれらの頭部の迅速な脱凝縮に注目すべきである。
図3】体外成熟(IVM)の際の、D1における成熟した卵母細胞の割合。対照培地または100μMのFEEcを添加した培地中でのIVM後、GV期から始まり減数分裂中期II(MII)のヒト卵母細胞の割合を表すダイアグラム。*p=0.02。**p=0.003。D1=24時間のIVM。
図4】体外成熟(IVM)の際の、D1における閉鎖した卵母細胞の割合。閉鎖したヒト卵母細胞の割合を表すダイアグラム。対照培地または100μMのFEEcを添加した培地中での体外成熟(IVM)後、GV期から始まりD1において観察した結果。D1=24時間のIVM。
図5】標準培地中でのIVM(24時間)後の、MIIのヒト卵母細胞で得られた減数分裂のスピンドルの標識。抗α−チューブリン抗体によるスピンドル標識、およびDAPIによる染色体の標識。共焦点顕微鏡で得られた画像。A:全卵母細胞。B:中期板の拡大図。
図6】QDEcペプチドに対応するフェルチリンの存在下または非存在下における、若齢および老齢マウス間の、D1における受精率の比較。若齢:7週齢のB6CBAF1マウス、老齢:7月齢のB6CBAF1マウス。
図7】D2およびD4における、QDEcペプチドの存在下または非存在下における、若齢および老齢マウス間の分裂胚の平均パーセンテージの比較。若齢:7週齢のB6CBAF1マウス(n=108個の卵母細胞のうち、対照56個、QDEc52個)、老齢:7月齢のB6CBAF1マウス(n=128個の卵母細胞のうち、対照65個、QDEc63個)、*p=0.02、**p=0.008、***p=0.01。
図8】D2における、QDEcペプチドの存在下または非存在下における、若齢および老齢マウス間の閉鎖(ATR)の平均パーセンテージの比較。若齢:7週齢のB6CBAF1マウス(n=108個の卵母細胞のうち、対照56個、QDEc52個)、老齢:7月齢のB6CBAF1マウス(n=128個の卵母細胞のうち、対照65個、QDE63個)。
図9】実施例5で実施された臨床試験の方法を表すダイアグラム。
図10】臨床試験の関連での、主要および副次的判断基準に関する予備的結果。移植による新鮮なまたは凍結した胚による妊娠率(対照群:n=17移植/FEEc群:n=13移植)。「トップ胚」(top embryo)のパーセンテージ(対照群:n=75分裂胚/FEEc群、n=72)。受精率(対照群:n=259 MII/FEEc群、n=246 MII)。
図11】臨床試験の関連で得られた妊娠率。
図12】FEEcの存在下でのインキュベート後の、GVで保護された卵母細胞の成熟率の改善。この試験は、女性あたり1個の卵母細胞を考慮し、FEEcまたは対照ペプチドの存在下で前記卵母細胞をインキュベートすることにより行った。
図13】年齢層毎の、GVで保護されたヒト卵母細胞の成熟に対する、FEEcの効果。
図14】QDEcによる、若齢マウスにおける移植前胚発生の刺激(*P<0.00532、**P<0.00374、***P<0.00913、****P<0.068、( )内は胚数)。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0038】
材料および方法:
下記に示す実験例は、以下の材料および方法を使用して得られた。
【0039】
精子運動パラメータの観察:
試験する精子を各々等分し、一方はFEEcでインキュベートし、他方は、同じであるがランダムな順のアミノ酸を含有する「スクランブル」ペプチドでインキュベートした。本発明者らは、37℃で3時間、100μMのFEEcペプチドまたはスクランブルペプチドの存在下でヒトから得た精子をインキュベートし、次に、自動分析(Computed Assisted Sperm Analysis、CASA)により精子運動パラメータを観察した。
【0040】
試験した精子パラメータは、平滑化したVAP、VSL、VCLおよびALHである。それらは各々、平均速度、直線速度、曲線速度および頭部振幅に該当する。この試験では、超活性化精子のパーセンテージが有意な増加を示した(Mortimerらの基準に従う)。これにより、ペプチドの存在下で観察される受精率の増加の説明が可能となる。
【0041】
ミトコンドリア膜電位の測定:
本発明者らは、37℃で3時間、FEEcペプチド、または同じアミノ酸をランダムな順で含み、ゆえに対照群を構成する「スクランブル」ペプチドの存在下で、ヒトから得た精子をインキュベートした。洗浄後、精子を親油性蛍光色素、DIOC6を使用して標識した。
【0042】
次にミトコンドリア膜電位(ミトコンドリア内膜のレベルにおけるプロトン勾配)をフローサイトメトリーにより測定した。FEEcへの曝露後、精子が増加していることがわかる。
【0043】
受精インデックスの測定
透明帯を除去したヒト卵母細胞を、100μMのFEEcの存在下または非存在下において、ヒト精子とインキュベートした。UV励起の後、融合した精子をカウントした。核がヘキスト33342で標識されているとき、精子が融合したものとみなした。更に、FEEcペプチドの存在下で卵母細胞を貫通した精子頭部は、数が増加するのみならず、それらの精子頭部の脱凝縮を証明するぼやけた外見を有する。この脱凝縮は、精子の貫通後の卵母細胞活性化の第1段階の1つである。したがって、このことから、FEEcは精子の受精能力を改善するのみならず、受精した卵母細胞を活性化すると結論付けることができる。
【0044】
体外成熟(IVM)を目的とするヒト卵母細胞の回収
研究に供する未成熟ヒト卵母細胞は、コーチン病院(パリ、フランス)の生殖補助医療(Medically Assisted Procreation、MAP)センターの体外受精(IVF)研究室から回収した。卵母細胞穿刺の2時間後、マイクロインジェクションしようとする卵母細胞をヒアルロニダーゼ(Origio社、Limonest、フランス)により、それらの放射冠(corona)を除去した。倒立顕微鏡(Hoffman社)での観察後、胚胞(GV)期の未成熟卵母細胞を以降の実験のために維持した。
【0045】
未成熟ヒト卵母細胞の体外成熟(IVM)
GV期の未成熟ヒト卵母細胞を、対照培養培地(グローバル、JCD社、La Mulatiere、フランス)(n=203)、または100μMのFEEcを添加した同じ培地(n=193)にランダム化した。未成熟ヒト卵母細胞を、37歳未満の女性に属するもの、および37歳以上の女性に属するものの2つの群に分類した。小胞穿刺の日、GV期の卵母細胞の2つの群を、油膜で覆った20μlの液滴中でインキュベートし、5%のCO下、37℃に維持して、倒立顕微鏡(Hoffman社)を用いてD1(インキュベート24時間)およびD2(インキュベート48時間)において観察した。卵母細胞を、中期II(囲卵腔に第1極体)、胚胞期(GV)、中期I(極体放出を伴わない胚胞の破裂)または閉鎖卵細胞に分類した。
【0046】
体外成熟(IVM)を目的とするマウス卵母細胞の回収
チャールズリバー・ラボラトリー社(L’Arbresle、フランス)により供給されたB6CBAF1メス(5〜8週齢の間)に対し、排卵誘発を生じさせずに、PMSG(妊馬血清性性腺刺激ホルモン)(Sigma−Aldrich社、Saint−Quentin Fallavier、フランス)を10IUでの注射して刺激した。未成熟卵母細胞を注射の48時間後に卵巣から回収し、次にそれらの卵丘細胞をヒアルロニダーゼにより除去し、M2培養培地で3回洗浄した。GV期に分類される卵母細胞のみを、以降の実験のために維持した。
【0047】
未成熟マウス卵母細胞の体外成熟(IVM)
マウス卵母細胞を、一方は標準培地、他方は100μMのQDEcを添加した培地間でランダム化して、インキュベートした。培養皿は前日に調製し、5%のCO下、37℃でインキュベートした。D0(安楽死後8時間)およびD1(24時間)において卵母細胞を観察した。
【0048】
免疫蛍光法
IVMから得られたヒト卵母細胞を、周囲温度で1時間、2%のパラホルムアルデヒド(PFA)で固定し、次に0.5%のBSAを含有するPBSで洗浄した。0.5%のBSA、0.1%のトリトンX−100、0.05%のTween−20および5%の正常ヤギ血清を含有する溶液中で卵母細胞をインキュベートすることによって、透過化処理を行った。次に卵母細胞をPBS−0.5% BSA中で洗浄した後、0.5%のBSAを含有するPBS中の抗ヒトαチュービュリン抗体(Sigma−Aldrich社)の1/200希釈液中で一晩インキュベートした。次に卵母細胞をAlexa FluorがコンジュゲートしたIgG二次抗体(Life Technologies社、Alfortville、フランス)の存在下で、1時間インキュベートした。洗浄ステップの後、卵母細胞をDAPI(1/1000希釈)中で10分間インキュベートした後、スライドに載せ、暗所で共焦点顕微鏡により観察した。スピンドルの解析の際には、独立にかつ良好に構成された微小管繊維が中期板のレベルで完全に配置された染色体と連結された卵母細胞を、正常なものとした。
【0049】
マウスの刺激および交配
7週齢の「若齢」および7月齢の「老齢」B6CBAF1メスに、10IUのPMSG(Sigma−Aldrich社)を注射し、続いて10IUのhCG(ヒト胎盤性性腺刺激ホルモン)(Sigma−Aldrich社)を46〜48時間後に投与して排卵を誘発することで構成される過剰排卵の後、C57Nオスと交尾させた。
【0050】
交尾の翌日、膣栓を示すマウスを安楽死させた。hCGの注入の15〜16時間後に輸卵管から卵母細胞を回収し、囲卵腔中の第2極体の存在によって受精率を評価した。
【0051】
受精したマウス卵母細胞のインキュベート
交尾後に受精し、回収されたマウス卵母細胞を、4群(環状QDEペプチド(QDEc)に曝露された若齢、若齢対照、QDEcに曝露された老齢、老齢対照)にランダム化し、対照では20μlの培養培地(KSOM)の滴中に、曝露されたものでは100μMのQDEcを添加してインキュベートした。in vivoでの交尾(D0)の後、D1からD4まで曝露を継続させた。QDEcはヒトFEEcに対応する。培養皿を5%のCO下、37℃でインキュベートし、それらを鉱油で被覆した。
【0052】
卵母細胞を、双眼拡大顕微鏡で毎日観察し、胚発生の徴候を評価した。正常な発生動態では、最短で、D2までに胚の2細胞への分裂が起こり、D5までに桑実胚期または胚盤胞期を迎える。
【0053】
ヒトIVFのランダム化プロスペクティブ試験
平均年齢は、女性が34.3±4.2歳、およびそのパートナーが37.0±5.2歳である66カップルに対し、2014年9月8日、コーチンMAPセンターのIVF研究室で臨床試験を開始した。この試験は、FEEcの存在下または非存在下において実施される体外受精(IVF)の、ランダム化による、単一施設でのプロスペクティブ試験である。その卵丘から回収された卵母細胞を、その回収した順に従い、1つずつ交替に2つの群に分けた。全ての卵母細胞を回収したとき、卵丘からの回収に関与しなかった技術者に、2つの群のうちのいずれをFEEc存在下で受精させ、またいずれを対照として用いるかについて、ランダムに決定させた。卵母細胞の一方を標準培養培地(グローバル、JCD社)でインキュベートし、他方を、100μMのFEEcを添加した同じ培地でインキュベートした。
【0054】
図9にダイアグラムとして表すこの試験の方法を以下に示す。産婦人科医による、ホルモンの刺激後の卵巣穿刺により、18〜43歳の女性に由来するヒト卵母細胞を回収した。卵母細胞を、ランダム化して2つの群に分け、すなわち卵母細胞を、100μMのFEEcを添加した標準培養培地、または標準培養培地(グローバル、JCD社)の存在下でインキュベートし、次に、5%のCO雰囲気下、37℃のインキュベーターに置いた。パートナーの精子を研究室で回収し、MAPセンターの標準調製法により最も動きの良いものを選択した。IVFは、油下、20μlの滴中、選択された精子10/mlの濃度の授精培地中で、精子を卵母細胞と接触させることで構成される。5%のCO下、37℃で、インキュベーター内で18時間、授精を行う。授精の18時間後(D1)、卵母細胞から放射冠を除去する。受精した卵母細胞を洗浄し、別の培地の滴に移し、更に24時間培養する。子宮内への移植時、それらを3回洗浄し、次に移植培地中に移し、子宮腔に注入する。由来の群に何ら注意を払うことなく、その見かけの品質に従い、胚を移植する。年齢、IVFの徴候、可能性のランク(attempt rank)および得られた胚の品質、ならびにカップルの合意に従い、1個または複数の胚を移植する。幾つかの胚は、直ちに、またはD2での胚の移植後に、5日間(胚盤胞期)にわたる長時間の培養を行う場合もある。
【0055】
主要評価基準は、新鮮なまたは冷凍された胚の移植による臨床妊娠率であり、均一移植群(対照群および処理群)ならびに混合移植群(2つの混合群)の3つの群について流産率を評価した。
【0056】
副次的基準は以下の通りである:
− 授精率、すなわち、コホートの中期2の卵母細胞数に対する、受精18時間後の、細胞質内に2つの前核を有する接合体数の比率。
− 良質の胚、すなわち分裂の順序が理想的な順序に対応する胚、つまり、D2において4〜5細胞、およびD3において8〜9細胞、ならびに割球断片化がA型(断片により占められる割合が胚体積の10%未満のとき)またはB型(断片により占められる割合が胚総体積の10%〜30%の間のとき)のパーセンテージ。ゆえに、これらの「トップ」胚は、各群の胚総数に対する各タイプの胚数の比率に対応する。
【0057】
このプロトコルは、2012年12月13日にWest VI倫理委員会によって承認された。試験は、2013年7月8日にフランス生物医薬局(Agence de la Biomedecine)から許可を得た。IVFは、適切な臨床診療への厳格な順守に基づき実施される。試験への参加に同意した各カップルは、自由意思によりインフォームドコンセント文書に署名した。
【0058】
統計分析
定量的変数は、それらの数値、平均および標準偏差によって分析した。定量的変数に対する適切な検定方法(Student’s検定またはWilcoxon検定)を使用して、データを曝露群および非曝露群間で比較した。パーセンテージの比較は、カイ二乗(χ)検定またはフィッシャー正確検定を使用して行った。p値(有意な閾値)が0.05未満であったとき、比較データ間の相違を統計的有意であるとみなした。
【0059】
実施例1
精子運動パラメータ、および男性における超活性化精子のパーセンテージの改善
予備実験では、FEEペプチドの存在下でインキュベートした精子の18時間生存試験において、生存が、100μMの濃度のFEEで処理した群において、対照群と比較して有意に改善されることが示された。
【0060】
実施例1a
FEEcの、および対照であるスクランブルペプチドの存在下、インキュベート後の、精子運動パラメータの自動分析:
下記の表1に示す結果は、平滑化したVAP(p=0.008)、VSL(p=0.048)、VCL(p<0.0001)およびALH(p=0.002)の増加を示し、超活性化精子では対照群と比較し29%の増加が得られた(p=0.009)ことを示す。超活性化精子のパーセンテージのこの改善は、それらの融合能力の改善、およびインタクトの卵母細胞−卵丘複合体に対するマウスにおいて記録された受精率の上昇を説明するものである
【0061】
【表1】
【0062】
実施例1b
ミトコンドリア膜電位の測定
「スクランブル」ペプチドと比較して、FEEcペプチドの存在下では、ミトコンドリア膜電位が21%上昇することがわかる(p<0.001)(図1)。
【0063】
したがって、FEEcは、精子ミトコンドリア膜電位を上昇させることにより精子運動パラメータを改善する。
【0064】
実施例1c
受精インデックスの試験
図2に示す結果は、FEEcペプチドの存在下では、透明帯を除去した卵母細胞と融合する精子の数が多いのみならず、対照群と異なり、前記精子が脱凝縮されることも示す。
【0065】
平均19.0±4.6個の精子が、対照卵母細胞の原形質でカウントされる一方、100μMのFEEcでインキュベートした後では、36.9±11.7個の精子が卵母細胞と融合することが報告される(p<0.001)。この現象は、FEEcペプチドにより媒介される精子の受精能力の増加および卵母細胞の活性化を示唆する。
【0066】
37名の患者の精子運動パラメータについて、FEEc(3時間のインキュベート)の存在下または非存在下において分析した。Mortimerの基準に従う超活性化精子のパーセンテージの有意な増加が見られ、それらの受精能力の向上を説明するものである(上記の表1を参照)。
【0067】
実施例2
未成熟ヒト卵母細胞の体外成熟に対する改善のパーセンテージ
試験した全てのヒト卵母細胞において、D1でのFEEcによる卵成熟の有意な増加が示された。得られた結果は、FEEcを用いた中期II(MII)の卵母細胞では42.3%(69/163)、対して、対照群では30.0%(52/173)である(p=0.02)(図3)。成熟の増加は、37歳以上の女性から得た卵母細胞で、D1と同時期においてなおより顕著である。得られた結果は、FEEcを用いたMIIの卵母細胞では47.9%(23/48)、対して、対照群では20.4%(11/54)である(p=0.003)。
【0068】
若齢女性の卵母細胞に関しては同等の成熟率が得られたため(FEEcの存在下の中期IIの卵母細胞では47.9%、対して、対照群では20.4%、p=0.003)、ヒトの卵母細胞におけるIVMの改善は、37歳未満の女性から得た卵母細胞では低いが、より年配の女性の卵母細胞では非常に顕著である。
【0069】
GV期の336個のヒト卵母細胞を、FEEcペプチドの存在下または非存在下においてランダム化してインキュベートして得られた結果は、FEEcの存在下でヒト卵母細胞の成熟率が改善されることを示す。
【0070】
2つの群間の卵母細胞の閉鎖率については、有意差は検出されなかった(ペプチド存在下では16.5%、対して、対照群では16.8%)(図4)。37歳以上の女性のサンプルでは、対照培地(24.1%、13/54)と比較して、FEEcペプチドの存在下(16.7%、8/48)では、閉鎖率の有意でないが閉鎖率の低下傾向(p>0.05)が注目される。
【0071】
試験を継続し、追加の結果が得られた。これらの結果は上記の結果を確認するものであり、後述するFEEcペプチドの他の効果を示す。
【0072】
合計600個の卵母細胞を体外で成熟させた。分析の際、女性一人あたり1個の卵母細胞のみを試験に含め、全ての事象の独立性を担保した。培地中のフェルチリンの存在により、成熟率は38.3%から59.0%に増加した(P<1.6×10−4)(図12)。GV期由来の卵母細胞の提供元の女性の年齢とのとの関数として解析すると、成熟の改善は、37歳未満の女性では比較的低い(42.6%〜51.8%、P<0.2)が、37歳以上の女性から得た卵母細胞では非常に高い(35.1%〜65.9%、P<3.91×10−5)ことがわかる。したがって、フェルチリンは、放射冠を除去した卵母細胞のin vivoでの成熟、および第1極体の放出を刺激することができる。明らかに、加齢に伴う卵母細胞のエネルギー不足がより大きい程、フェルチリンは、この刺激をより良好に行う。この試験はまた、37歳以上および30歳未満の女性のGV期の卵母細胞の成熟率の増加を示すことができるものといえる(図13)。
【0073】
実施例3
体外で成熟させたヒト卵母細胞の減数分裂スピンドルの形成
図5は、染色体が並んでいない中期板における、染色体の配列の不完全なおよび異常な形成を示す。対照培地の存在下、IVMの24時間後のMII期のヒト卵母細胞から得た画像である。
【0074】
実施例4
マウスにおける受精率の改善および初期の胚発生
D1では、受精率は、若齢マウスでは変化がないが、老齢マウスでは39%から51%に増加する(p<0.03)(図6)。
【0075】
D2では、若齢マウスのうち、卵母細胞の50.0%(26/52)が、対照群における32.4%(18/56)と比較して、QDEc群においては分裂している(P=0.02)(図7)。老齢マウスに関しては、D2では、対照(35.4%、23/65)と比較して、QDEc(58.7%、37/63)の存在下では有意に分裂胚が多い(p=0.008)。D4では、若齢マウスから得た桑実胚期または胚盤胞胚期の分裂胚の比率は、対照QDEcを添加した培地の63.0%(17/26)と比較して、対照群では34.6%(7/16)である(p<0.03)。この割合は、老齢マウスでは、対照培地の28.3%(15/53)と比較して、ペプチドの存在下では86.3%(63/73)に達する(p=0.001)。
【0076】
有利なことに、マウスにおける割球形成は、QDEcペプチドの存在下で改善される。
【0077】
閉鎖した胚のパーセンテージは、2つの若齢マウスの群間で有意差がなく、QDEcの存在下では17.3%(9/52)、および対照では30.4%(17/56)である(p=0.1)。若齢マウスと比較して、閉鎖のパーセンテージは、QDEc(38.1%、24/63)および対照群(49.2%、32/65)間で同程度の率であり、老齢マウス群で高い(p=0.2)(図8)。
【0078】
より詳細に移植前胚発生を研究するため、以下のプロトコルを実施した。すなわち、マウスをD0で交尾させた。D1で、卵管を裂傷により卵母細胞を回収した。次にそれらをランダム化様式で2つの群に分け、QDEc有りまたは無しで培地中に置き、受精させた。
【0079】
D3では桑実胚の、D4では胚盤胞の増加を示し、中でも、拡張胚盤胞の場合、卵母細胞をQDEcの存在下でインキュベートしたときに増加するという結果である(31.1%対45.9%、P<0.009)(図14)。更に、偽妊娠のメスへのこれらの胚盤胞の移植後、特に若齢マウス由来の胚では、移植された胚によって得られる子孫数の有意な増加が見られる(下記の表2)
【0080】
【表2】
【0081】
実施例5
体外受精による臨床妊娠率の増加
以下に示す結果は、「フェルチリン」試験の関連で得られた。
【0082】
第1ステップで、56のカップルを含めた。平均年齢は、女性が33.9±4.1歳、パートナーが36.7±5.3歳である。2つの群、FEEc対対照の、受精率間またはトップ品質胚のパーセンテージ間の有意差は示されなかった。対照および混合群と比較して、ペプチドの存在下において、移植により妊娠率が増加する有意な傾向は示されない(それぞれ、29.4%(5/17)および40%(2/5)と比較して、46.1%(6/13))(図10および下記の表2)。対照群から得た胚の移植後、流産が1例報告された。副作用は現在まで報告されていない。
【0083】
現在まで、66のカップルを試験に含めた。54の移植を行い、そのうち、対照胚が26例、FEE群の胚が22例、2つの群の胚(混合移植)が6例であった。累積妊娠率は、3つの群でそれぞれ34.6%、45.5%および33.3%であった。自然流産率は、それぞれ33.3%、10%および0%であった。したがって、臨床妊娠率は、それぞれ23%、41%および33.3%である。臨床妊娠率が患者年齢に相関するという基本的事実は、若齢の患者において、成長的(evolutive)臨床妊娠(つまり妊娠〜出産予定日)の率が20%から57.1%に有意に増加する(P<0.03)ことがわかるということである。
【0084】
【表3】
【0085】
結果はまた、FEEc群から得た胚の移植後の臨床妊娠において21%の増加を示す(対照群の33.3%(8/24)と比較して、40.0%(8/20))(p>0.05)。受精率は、FEEcに曝露された群の67.6%と比較して、対照では66.2%である(p>0.05)。初期の自然流産率は、胚がFEEcに曝露されたときの11.1%(1/9)と比較して、対照群では37.5%(3/8)に達する(p>0.05)(図11)。
【0086】
37歳未満の女性では、受精率は、対照群の68.3%と比較して、FEEcへの曝露後では70.9%である。卵母細胞がFEEcに曝露された場合、妊娠率は、対照群の20.0%と比較して、57.1%に達する(下記の表4)。
【0087】
【表4】
【0088】
現在までの試験に含まれる最初の66カップルのうち、51例で移植を行い、その他は先延ばしし、これらの51例の移植の結果は以下のとおりである:
− 21例は、対照群の胚を使用して実施
− 18例は、FEEcの存在下の群を使用して実施
− 12例は、2つの群の胚を使用して実施。
【0089】
他の群(FEEcの存在下の胚の9%と比較して、33%の流産率)と比較して、FEEcの存在下の群では、妊娠率が高く、流産率が低い(下記の表5および6)。
【0090】
若齢女性の妊娠率は、対照と比較して、FEEcの存在下では20%から57.1%に増加する(p<0.03)。
【0091】
【表5】
【0092】
【表6】
【0093】
フェルチリン試験を継続することにより、更なる結果が得ることが可能になった。合計66のカップルを試験に含めた。結果を以下の表に報告する。
【0094】
試験の全体的なデータを表7に報告する。全体的な受精率は、実質的に変化しなかった。しかしながら、FEEcの存在下では、低頻度の受精(20%未満の受精率)を示す試験のパーセンテージが37.9%から27.3%まで減少しており、フェルチリンの存在下での生殖子の良好な受精能力が示唆される。同様に、フェルチリン群における多精受精が対照群と同程度であったため(4.0%対5.2%)、多精受精をブロックする正常な機構が変更されなかったことを示している
【0095】
【表7】
【0096】
胚移植を行った全てのカップルの結果を、表8に報告する。この表では、フェルチリンの有無での、2つの群の卵母細胞における、不可解な受精障害を呈したカップル(n=6)を除外している。
【0097】
【表8】
【0098】
表8に示すように、胚移植を行った患者では、受精率は69.5%から78.6%まで増加し、これは13%の改善であるが、本コホートでは有意水準には達していない。胚盤胞期までの胚発生は変化せず、子宮への胚の着床率も同様である。一方、フェルチリン群の流産率は約50%減少する(15.4%対30.5%)。
【0099】
胚移植を行い、女性が37歳未満であるカップルの結果を表9に報告する。
【0100】
女性が37歳未満であるカップル(n=47)であり、処理された患者の70%に対応するカップルのみを考慮すると、受精率が70.9%から83.3%まで有意に改善されることがわかる(P<0.05)。流産率は、対照群の胚を移植した患者での36.3%から9.1%に減少し、つまり、フェルチリン群の胚を移植した患者では4分の1である。実際に小児を出生する成長的(evolutive)妊娠率は、対照胚の群の28.6%から、フェルチリン群の胚の41.6%に増加する
【0101】
【表9】
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