(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1や特許文献2に記載されるように、切削工具の回転数(回転速度)を制御することで、切削加工時のびびり振動、特に再生びびり振動の抑制を図ることができる。しかし、切削工具の回転数を減少させると、切削速度が遅くなり、切削効率の低下につながりうる。高効率で高質な仕上がり面を得る等の観点から、びびり振動の抑制と切削効率の向上の両立が望まれる。
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、切削加工時の切削工具のびびり振動を抑えることができるとともに、高い切削効率を実現することができる振動抑制装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明にかかるびびり振動抑制装置は、回転しつつ送られる切削工具の振動を抑制する振動抑制装置において、前記切削工具の振動を検出する振動検出手段と、前記振動検出手段が検出した振動に基づいて前記切削工具の振動を解析する振動解析手段と、前記振動解析手段における解析結果に基づいて、前記切削工具の送り速度を制御する工具制御手段と、を有し、前記切削工具のびびり振動の大きさが閾値以下であることを前記振動解析手段が検知すると、前記工具制御手段が前記切削工具の送り速度を上昇させるものである。
【0011】
ここで、前記振動解析手段は、前記切削工具の強制びびり振動を識別して検出することができ、前記振動解析手段が強制びびり閾値を超える大きさの強制びびり振動を検出すると、前記工具制御手段が前記切削工具の送り速度を下限閾値を下回らない範囲で低下させるものであるとよい。
【0012】
この場合に、前記工具制御手段は、前記切削工具の送り速度に加え、回転数を制御可能であり、前記切削工具の送り速度が前記下限閾値に達した状態で前記振動解析手段が前記強制びびり閾値を超える大きさの強制びびり振動を検出すると、前記工具制御手段が、前記切削工具の回転数を変更するとよい。
【0013】
さらに、前記振動解析手段が前記強制びびり閾値を超える大きさの強制びびり振動を検出して前記工具制御手段が前記切削工具の回転数を変更する際に、前記切削工具の回転数は、共振周波数に対応する回転数を避けて設定されるとよい。
【0014】
また、前記振動解析手段は、前記切削工具の再生びびり振動を識別して検出することができ、前記工具制御手段は、前記切削工具の送り速度に加え、回転数を制御可能であり、前記振動解析手段が再生びびり閾値を超える大きさの再生びびり振動を検出すると、前記工具制御手段が、前記切削工具の回転数を変更するものであるとよい。
【0015】
この場合に、前記振動抑制装置は、切刃を複数備える切削工具の振動を抑制するのに用いられ、前記振動解析手段が前記再生びびり閾値を超える大きさの再生びびり振動を検出すると、前記工具制御手段が、前記切削工具の回転数と同時に送り速度を変更し、前記切刃1つあたりの送り速度を一定に維持するとよい。
【0016】
そして、前記振動解析手段が前記再生びびり閾値を超える大きさの再生びびり振動を検出して前記工具制御手段が前記切削工具の回転数を変更する際に、前記切削工具の回転数は、共振周波数に応じて定まる安定領域に設定されるとよい。
【0017】
また、前記振動検出手段は、前記切削工具の回転主軸に結合された加速度センサであるとよい。
【0018】
この場合に、前記切削工具の回転主軸と前記振動検出手段の間に絶縁体が設けられ、前記振動検出手段が前記回転主軸に対して電気的に絶縁されているとよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明にかかる振動抑制装置においては、切削工具のびびり振動を、振動検出手段によって検出し、振動解析手段によって解析したうえで、そのびびり振動の大きさが閾値以下である場合に、切削工具の送り速度を上昇させる。これにより、びびり振動の大きさが閾値以下で、びびり振動の影響が大きくない状況においては、切削工具の送り速度を上昇させて、切削速度を上昇させることができる。その結果、閾値を超えるようなびびり振動の発生を避けながら、切削効率を高めることができる。
【0020】
ここで、振動解析手段が、切削工具の強制びびり振動を識別して検出することができ、振動解析手段が閾値を超える大きさの強制びびり振動を検出すると、工具制御手段が切削工具の送り速度を下限閾値を下回らない範囲で低下させる場合には、切削工具の送り速度を低下させることで、強制びびり振動を効果的に抑制することができる。
【0021】
この場合に、工具制御手段が、切削工具の送り速度に加え、回転数を制御可能であり、切削工具の送り速度が下限閾値に達した状態で振動解析手段が強制びびり閾値を超える大きさの強制びびり振動を検出すると、工具制御手段が、切削工具の回転数を変更する構成によれば、切削工具の送り速度が下限閾値に達してもなお強制びびり振動を十分に抑制できない場合でも、送り速度に加えて回転数を変更することで、効果的に強制びびり振動を抑制することができる。
【0022】
さらに、振動解析手段が強制びびり閾値を超える大きさの強制びびり振動を検出して工具制御手段が切削工具の回転数を変更する際に、切削工具の回転数が、共振周波数に対応する回転数を避けて設定される構成によれば、共振現象によって強制びびり振動がかえって増幅されるという事態を回避することができる。
【0023】
また、振動解析手段が、切削工具の再生びびり振動を識別して検出することができ、工具制御手段が、切削工具の送り速度に加え、回転数を制御可能であり、振動解析手段が再生びびり閾値を超える大きさの再生びびり振動を検出すると、工具制御手段が、切削工具の回転数を変更する場合には、切削工具の回転数の変更によって、再生びびり振動を効果的に抑制することができる。
【0024】
この場合に、振動抑制装置が、切刃を複数備える切削工具の振動を抑制するのに用いられ、振動解析手段が再生びびり閾値を超える大きさの再生びびり振動を検出すると、工具制御手段が、切削工具の回転数と同時に送り速度を変更し、切刃1つあたりの送り速度を一定に維持する構成によれば、切刃1つあたりの送り速度によって規定される切削効率を一定に保ちながら、再生びびり振動を抑制することができる。
【0025】
そして、振動解析手段が再生びびり閾値を超える大きさの再生びびり振動を検出して工具制御手段が切削工具の回転数を変更する際に、切削工具の回転数が、共振周波数に応じて定まる安定領域に設定される構成によれば、共振による再生びびり振動の増大を、特に効果的に抑制することができる。
【0026】
また、振動検出手段が、切削工具の回転主軸に結合された加速度センサである場合には、切削工具の振動を敏感に検知することができる。
【0027】
この場合に、切削工具の回転主軸と振動検出手段の間に絶縁体が設けられ、振動検出手段が回転主軸に対して電気的に絶縁されている構成によれば、回転主軸から振動検出手段への電気的なノイズの伝達が、絶縁体によって遮断される。これにより、振動検出手段による切削工具の振動の検出を、高精度に行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、本発明の一実施形態にかかる振動抑制装置について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0030】
[振動抑制装置の概略]
図1に、本発明の一実施形態にかかる振動抑制装置1の概略構成を示す。本振動抑制装置1は、切削工具91を備えた加工装置90とともに用いられ、切削工具91の振動を抑制する役割を果たす。
【0031】
切削工具91は、回転軸を中心に回転されながら、回転軸に沿って前方に送られることで、金属材料等の被削物を切削する工具である。切削工具91は、回転軸を中心に複数の切刃を有するものであることが好ましい。その種の切削工具91の例として、エンドミルやカッターを挙げることができる。
【0032】
振動抑制装置1は、振動検出手段11と、工具制御手段12と、振動解析手段13と、を備えている。振動検出手段11は、切削工具91の振動を検出するものである。具体的な振動検出手段11としては、振動によって切削工具91に印加される加速度を検出する加速度センサ、切削工具91の振動によって発生する音圧を検出するマイクロフォン等を例示することができる。切削工具91の振動を敏感かつ高精度に検出できる点において、加速度センサを用いることが好適である。
【0033】
工具制御手段12は、切削工具91の送り速度および回転数を制御するものである。具体的には、加工装置90に付属し、切削工具91による切削の条件を制御することができる制御装置を用いることができる。
【0034】
振動解析手段13は、コンピュータ等の演算制御装置を含んでなる。振動解析手段13は、振動検出手段11に接続されており、振動検出手段11が検出した振動に関する信号S1を入力される。そして、その振動の情報に基づいて、切削工具91のびびり振動を解析する。また、振動解析手段13は、工具制御手段12にも接続されている。振動解析手段13は、切削工具91の振動に対する解析結果に基づき、切削工具91の送り速度および回転数を決定し、制御信号S2によって、工具制御手段12に伝達する。そして、工具制御手段12が、制御信号S2に基づいて、実際に切削工具91の送り速度および回転数を制御する。振動解析手段13における振動の解析、およびその結果に基づく送り速度および回転数の決定の詳細については後述する。
【0035】
本実施形態にかかる振動抑制装置1を利用して切削工具91にて切削を行う被削物は、特にその種類を問うものではない。しかし、鋳造製品等、個体ごとに肉厚等の仕上がりにばらつきが大きい製品や、複雑な形状を有し、部位ごとに肉厚等の形状が大きく変化する製品等、個体ごと、部位ごとに適切な切削条件が変化しやすい製品の方が、振動抑制装置1を用いてびびり振動を抑制しながら加工を行う対象として適している。切削条件の変化によってびびり振動の発生条件が大きく変化しても、本振動抑制装置1を用いることで、効果的にびびり振動を抑制しながら高効率で切削を行うことができるからである。
【0036】
[振動検出手段の取り付け構造]
振動検出手段11として加速度センサを用いる場合について、取り付け構造の一例を
図2に示す。振動検出手段11は、加工装置90において、切削工具91の回転主軸92に結合されている。そして、回転主軸92を介して伝達される切削工具91の振動による加速度を検出する。検出する加速度の方向は、回転主軸92に沿ったz方向、回転主軸92の回転面内の方向であるx方向およびy方向等から、任意に選択することができる。
【0037】
振動検出手段11は、回転主軸92に固定された取り付け部材21を介して、回転主軸92に結合される。取り付け部材21は、金属材料より構成することができる。振動検出手段11は、絶縁体よりなる板材である樹脂ワッシャー22を介して取り付け部材21の面に配置される。そして、振動検出手段11には、ねじ穴が設けられており、絶縁体よりなる締結部材である樹脂ねじ23によって、取り付け部材21に固定される。上記のように、取り付け部材21は金属材料よりなり、回転主軸92も通常は金属材料よりなるが、振動検出手段11は、取り付け部材21に対して、樹脂ワッシャー22および樹脂ねじ23を介してのみ接触した状態にあり、直接接触していない。よって、振動検出手段11は、回転主軸92および取り付け部材21に対して電気的に絶縁された状態にある。
【0038】
加工装置90においては、放電等によって様々な電気的ノイズが発生する。もし振動検出手段11が直接取り付け部材21に接触して取り付けられており、回転主軸92との間に導通を有するとすれば、それらの電気的ノイズが振動検出手段11に伝達され、信号ケーブル11aを介して、振動解析手段13にまで伝達される可能性がある。すると振動解析手段13に伝達される切削工具91の振動の信号S1に、それらのノイズが重畳され、振動解析手段13における振動解析の精度を低下させる可能性がある。これに対し、上記のように、振動検出手段11が回転主軸92に対して電気的に絶縁されていることで、後に実施例で示すように、加工装置90において発生した電気的ノイズの振動検出手段11への伝達が遮断される。これにより、振動解析手段13において、高精度の振動の解析が可能となる。
【0039】
[振動解析手段における振動の解析と切削条件の決定]
次に、振動解析手段13における振動の解析と、切削条件、つまり切削工具91の送り速度および回転数の決定について説明する。
【0040】
図3に、振動解析手段13における情報処理工程をフロー図として示す。振動解析手段13においては、ステップ101〜103および106〜108においいて、びびり振動の有無およびびびり振動の種類を解析する。そして、その解析結果に基づいて、安定加工時(ステップ104〜105)、強制びびり抑制(ステップ109〜111)、再生びびり抑制(ステップ112)の3とおりの制御を選択し、実行する。ある切削対象箇所で、このような制御を所定の切削量が達成されるまで繰り返した後(ステップ113でNo)、別の切削対象箇所への変更(ステップ114)を行う。そして、変更後の切削対象箇所で、同様の制御を繰り返す。
【0041】
びびり振動の有無および種類の解析から、3とおりのいずれかの制御を伴った切削の実行までのプロセス(ステップ101からステップ113までのプロセス)を1とおり実行するのに要する時間は、例えば、0.1〜1秒程度とすることができる。また、本実施形態にかかる振動抑制装置1は、種々の加工装置90に適用し、種々の大きさ、形状を有する被削物の加工に用いることができるものであり、上記のプロセスを、複数の切削対象箇所で繰り返し、1つの被削物の加工を完了するのに要する時間は、被削物の大きさや形状に著しく依存する。しかし、1つの被削物個体の加工を1〜5分程度で完了するようにすれば、経時的な切削条件の変化の影響を排除して、振動抑制装置1によるびびり振動の抑制と切削効率の向上の効果を享受しやすい。
【0042】
(びびり振動の有無および種類の解析)
ステップ101において、振動解析手段13は、振動検出手段11から、信号S1により、切削工具91の振動の情報を入力される。入力される信号S1の一例を
図4(a)に示す。横軸が時間、縦軸が切削工具91に印加される加速度になっており、加速度の絶対値が大きいほど、振動が大きいことを示している。なお、ここでは、振動検出手段11として加速度センサを用いていることにより、加速度を振動の大きさを示す指標として利用しているが、用いる振動検出手段11の種類等により、振動の大きさを表す指標は加速度以外であってもよく、例えば、振動変位量を利用することができる。
【0043】
ステップ102において、振動解析手段13は、入力された信号に対してフーリエ変換(FFT解析)を行う。これにより、切削工具91の振動の周波数(振動数)特性を解析することができる。フーリエ変換によって得られる結果(フーリエ変換スペクトル)の一例を
図4(b)に示す。スペクトルには複数の離散的なピークが見られ、それぞれが切削工具91のびびり振動に対応している。
【0044】
フーリエ変換スペクトルにおいて、観測されるピークの周波数によって、強制びびり振動と再生びびり振動を識別することができる。
図4(b)中で実線で示す等間隔のピークは、強制びびり振動に対応している。前述のように、強制びびり振動の主な要因は、切削工具91の切刃が被削物に接触して発生する切削力なので、強制びびり振動の周波数は、切削工具91の回転の周波数に対応したものとなる。つまり、フーリエ変換スペクトルにおいて、強制びびり振動のピークは、切削工具91の回転の周波数に対応した切削基本周波数Roの整数倍(1倍、2倍、3倍、…)の位置に現れる。Rを切削工具91の回転数(単位:rpm)、Bを切削工具91の刃数として、切削基本周波数Roは、
Ro=R・B/60 (1)
と表すことができる。Roは既知のパラメータであるので、フーリエ変換スペクトルにおいて、Roの整数倍の周波数にピークが見られていれば、強制びびり振動が発生していると判定することができる。
【0045】
図4(b)中で破線で示すピークは、再生びびり振動に対応している。再生びびり振動は、前述のように、加工装置90に形成された閉ループによって共鳴的に発生する振動であり、切削基本周波数Roと直接的な相関を有さない。よって、フーリエ変換スペクトルにおいて、切削基本周波数Roの整数倍と異なる周波数にピークが観測されれば、再生びびり振動によるピークであると判定することができる。一般に、再生びびり振動は、切削工具91や加工装置90の材質や機械構造によって定まる共振周波数の付近に観測される。
【0046】
振動解析手段13は、ステップ102で得られたフーリエ変換スペクトルに基づいて、ステップ103において、びびり振動発生の有無を判定する。つまり、フーリエ変換スペクトルにおいてびびり振動に対応するピークが見られない場合、あるいは、ピークが見られていても、びびり振動の大きさ(ピークの高さ)が所定の閾値以下である場合には、びびり振動が発生していないと判定する(ステップ103でNo)。一方、フーリエ変換スペクトルにおいて、閾値を超える大きさのびびり振動が観測された場合には、びびり振動が発生していると判定する(ステップ103でYes)。
【0047】
閾値としては、びびり振動の種類によらず単一の値を用いてもよいし、びびり振動の種類に応じて異なる値を用いてもよい。例えば、強制びびり振動と再生びびり振動で異なる閾値を用いることができる。
【0048】
図4(c)に、フーリエ変換スペクトルから得られる再生びびり振動と強制びびり振動の時間変化の一例を、それぞれのびびり振動に対して閾値として設定した再生びびり閾値C1および強制びびり閾値C2とともに示す。ここでは、所定の短い時間の間で観測された加速度の最大値を最大振動加速度として縦軸に示している。図示した例では、全時間領域において、再生びびり振動および強制びびり振動とも、その最大振動加速度が、閾値C1およびC2を超えておらず、びびり振動が発生していないと判定することができる。なお、
図4(c)では、びびり振動の最大振動加速度を時間軸に対して複数のデータ点で示し、その時間変化が分かりやすいようにしているが、実際の情報処理フローにおいては、ステップ103を1度実行した時に得られるデータ点は、時間軸に対して1点のみであり、
図3中で破線で示したループを複数回繰り返すことで、時間軸に対して複数のデータ点が得られる。
【0049】
びびり振動の有無の判定に用いる閾値の具体的な値は、各びびり振動の影響が切削において問題となる程度等に応じて適宜定めればよい。例えば、対象とする被削物と同形状、同材質よりなる試験試料を用いてあらかじめ切削試験を行っておき、試験試料を切削した際に生じるびびり振動の加速度の最大値を基準として、閾値を定めることができる。強制びびり振動は、その種の試験の初期に主に発生が確認されるが、強制びびり振動に対応する加速度の最大値の40〜90%の水準に、強制びびり閾値C2を定めることができる。例えば、最大値の90%に強制びびり閾値C2を設定すればよい。一方、再生びびり振動は、試験の中期から末期に主に発生が確認されるが、再生びびり振動に対応する加速度の最大値の60〜90%の水準に、再生びびり閾値C1を定めることができる。例えば、最大値の85%に再生びびり閾値C1を設定すればよい。一般に、再生びびり振動の方が強制びびり振動よりも大きな加速度および変位を与えることが多く、再生びびり閾値C1を強制びびり閾値C2よりも高く設定しておけばよい。
図4(c)でも2つの閾値C1,C2がそのように設定されている。
【0050】
(安定加工時の制御)
ステップ103において、びびり振動が発生していないと判定されると(ステップ103でNo)、安定加工時の制御法に基づく切削条件の決定が行われる。安定加工時においては、切削工具91の送り速度を上昇させる制御を行う。つまり、ステップ104およびステップ105において、あらかじめ設定しておいた上限閾値を超えない範囲で、送り速度の設定値を上昇させ、その設定値を信号S2として工具制御手段12に伝達する制御を繰り返す。ここで、送り速度の上昇は、一定の増加量ΔF1の間隔で行うとよい。増加量ΔF1の具体的な値は、事前の試験に基づき、効果的に切削効率を向上させられる量として定めておけばよい。ステップ105の上限閾値としては、振動の加速度の閾値および/または切削工具91の送り速度の閾値を用いることができる。振動の加速度の閾値としては、上記でびびり振動の有無の判定に用いた閾値(C1およびC2)を用いることができる。送り速度の上限閾値としては、例えば、安定に切削を行うことができる上限速度(F1)を定めておけばよい。
【0051】
図5に、安定加工時の制御の例を示す。ここでは、強制びびり振動について図示しているが、再生びびり振動についても同様に扱うことができる。
図5(a)のように、時間t1において、最大振動加速度が閾値C2(再生びびり振動の場合はC1、以下同様)以下であることから、ステップ103でびびり振動が発生していないと判定されると、ステップ104において、
図5(b)のように、ΔF1だけ送り速度が上昇される。すると、送り速度の上昇の結果として、
図5(a)のように、強制びびり振動の加速度が上昇する。ステップ105において、最大振動加速度が上限閾値である強制びびり閾値C2に達しておらず、かつ切削工具91の送り速度が上限値F1に達していないことが判定されると、時間t2において、再度ステップ104で、送り速度がΔF1だけ上昇される。時間t3、t4においても、同様の判定と送り速度の上昇が繰り返されるが、時間t4の後、さらに送り速度をΔF1だけ上昇させると、上限値F1に達することになるので、次にステップ105の判定を実行する際に、上限閾値を超えていると判定され(ステップ105でNo)、安定加工時の制御が終了される。
【0052】
なお、
図5(a)では、再生びびり振動の下限閾値C3および強制びびり振動の下限閾値C4を表示している。再生びびり振動および強制びびり振動の最大振動加速度がこれらの下限閾値C3およびC4よりも小さくなっている場合には、切削工具91が被削物を切削せずに空転していると判断し、ステップ104(および以下で説明するステップ109、111、112)において、切削工具91の送り速度(および回転数)の変更を行わないようにする。同様に、
図5(b)で、切削工具91の送り速度に下限閾値F2を設定しており、回転数が下限閾値F2よりも小さくなっている場合には、ステップ104(および以下で説明するステップ109、111、112)において、送り速度(および回転数)の変更を行わないようにする。つまり、再生びびり振動の加速度がC1とC3の間、強制びびり振動の加速度がC2とC4の間、切削工具91の送り速度がF1とF2の間に収まるように、切削工具91の送り速度および回転数の制御を行う。
【0053】
切削工具91の送り速度の下限閾値F2は、再生びびり振動および強制びびり振動の影響が切削において問題となる程度に応じて適宜定めればよい。つまり、各びびり振動が小さくても切削において大きな問題を与える場合には、下限閾値F2を大きな値に定めておけばよく、ある程度の大きさのびびり振動でも大きな問題にならない場合には、下限閾値F2を小さな値に定めておけばよい。例えば、切削工具91の送り速度の基準値Fcを設定し、その基準値Fcを100%の指標とする。そして、切削対象に応じて、送り速度の下限閾値F2を、基準値Fcの0%〜100%の範囲のいずれかの値に設定すればよい。好ましくは、下限閾値F2を、基準値Fcの100%〜5%の領域より選定すればよく、より好ましくは、80%〜30%の領域より選定すればよい。
【0054】
以上で説明したように、安定加工時においては、切削工具91の送り速度を上昇させる制御が行われる。びびり振動の影響が深刻になっていない安定加工時に、切削工具91の送り速度を上昇させることで、切削速度を高め、切削効率を向上させることができる。切削効率の向上により、被削物に対して所定の加工を完了するのに要する時間である加工時間を短縮することが可能となる。また、送り速度の上昇を、びびり振動の大きさの上限閾値(C1、C2)を超えない範囲で行うことにより、切削速度の過度の上昇によるびびり振動の発生と、それによって切削効率がかえって低下する事態を回避することができる。
【0055】
(強制びびり抑制)
ステップ103で、びびり振動が発生していると判定されると(ステップ103でYes)、ステップ106で、そのびびり振動が強制びびり振動であるか再生びびり振動であるかを判定する。つまり、
図4(b)のようなフーリエ変換スペクトルで、切削基本周波数Roの整数倍と一致し、強制びびり閾値C2を超える大きさのピークが観測されている場合には(ステップ106でYes)、ステップ107で、強制びびり振動が発生していると判定する。ここで、切削基本周波数Roの整数倍に一致しているとは、完全に周波数が一致する場合だけでなく、一致していると近似できる誤差の範囲を含むものとする。なお、強制びびり振動とともに再生びびり振動が発生している場合には、閾値(C1またはC2)を超えた量が大きい方のびびり振動の抑制を優先して実行する。
【0056】
ステップ107で強制びびり振動が発生していると判定されると、振動解析手段13は、ステップ109〜111において、強制びびり抑制の制御を行う。まず、ステップ109において、切削工具91の送り速度の変更を行う。送り速度の変更は、送り速度を上昇させる方向に行っても、低下させる方向に行ってもよいが、ここでは、送り速度を低下させる場合を扱う。この場合に、ステップ109およびステップ110において、あらかじめ設定しておいた下限閾値F2を下回らない範囲で、送り速度の設定値を低下させ、その設定値を信号S2として工具制御手段12に伝達する制御を繰り返す。ここで、送り速度の低下は、一定の減少量ΔF2の間隔で行うとよい。減少量ΔF2の具体的な値は、事前の試験に基づき、効果的に強制びびり振動を抑制できる量として定めておけばよい。ステップ109における送り速度の低下は、強制びびり振動の最大振動加速度が強制びびり閾値C2を超えており、かつ、送り速度が下限閾値F2を下回らないかぎりにおいて、継続される。この間、切削工具91の回転数は変更されない。
【0057】
ステップ110において、切削工具91の送り速度が下限閾値F2に達しているかどうかの判定を行い、達していない場合には、ステップ109の送り速度の低下を繰り返すが、送り速度が下限閾値F2に達していると判定され、かつ、その状態でなお強制びびり振動の最大振動加速度が強制びびり閾値C2よりも大きくなっている場合には、ステップ111に遷移する。ステップ111においては、切削工具91の回転数を変更する制御を行う。回転数の変更も、回転数を上昇させる方向に行っても、低下させる方向に行ってもよいが、ここでは、回転数を低下させる場合を扱う。回転数の低下は、所定の変化量で段階的に行うことができる。回転数の低下は、強制びびり振動の最大振動加速度が強制びびり閾値C2を超えており、かつ、あらかじめ定めておいた所定の範囲内に回転数が存在するかぎりにおいて、継続される。回転数を変更させる所定の範囲は、例えば下記のように共振周波数を考慮して設定することができる。
【0058】
ステップ111において回転数を変更する際に、切削工具91の共振周波数(固有振動数)Rcに対応する回転数Pnを避けて、回転数を設定することが好ましい。ここで、切削工具91の共振周波数Rcは、切削工具91や加工装置90の材質や機械構造によって定まる固有の周波数であり、その周波数において、共振が発生する。共振周波数Rcに対応する切削工具91の回転数Pnは、以下の式(2)で表現することができる。
Pn=Rc・60/B/n (2)
ここで、Bは切削工具91の刃数であり、nは整数(n=1,2,3…)である。
【0059】
つまり、ステップ111で回転数を減少させる際に、PnとP(n+1)の間の範囲内で、回転数を設定すればよい。なお、回転数を増加させる場合には、PnとP(n−1)の間の範囲内で、回転数を設定すればよい。
【0060】
図6に、強制びびり抑制における制御の例を示す。強制びびり振動が検出される前の状態である時間t5においては、
図6(a)のように、強制びびり振動の最大振動加速度が強制びびり閾値C2を超えていない。よって、切削工具91の送り速度の低下、回転数の低下とも、行われない。
【0061】
時間t6において、ステップ106、107で強制びびり閾値C2を超える強制びびり振動が存在すると判定されると、ステップ109において、
図6(b)のように、切削工具91の送り速度が減少量ΔF2だけ低下される。
ここで、強制びびり振動の最大振動加速度は、依然、強制びびり閾値C2を超えた状態を維持するが、送り速度をさらにΔF2だけ減少させるとすれば、下限閾値F2を下回る水準まで低下することから、ステップ110において、下限閾値F2に達すると判断されることになる。すると、ステップ111において、切削工具91の回転数の低下が実行される。回転数の低下は、式(2)で算出される共振周波数に対応する回転数P2を下限値として行われる。
【0062】
時間t6から切削工具91の送り速度および回転数の低下を実行していることの効果により、時間t7から強制びびり振動の最大振動加速度が低下しはじめ、やがて強制びびり閾値C2以下となる。この際、さらに再生びびり振動の最大振動加速度が再生びびり閾値C1以下となっていれば、安定加工時の制御に移行し、切削工具91の送り速度が上昇される。また、低下されていた回転数も再度上昇される。
【0063】
以上のように、強制びびり抑制の制御においては、まず切削工具91の送り速度を変更することで、強制びびり振動によって発生する振動加速度および変位を効果的に抑制することができる。これは、上記のように、強制びびり振動が、切削工具91の切刃と被削物の間で発生する切削力に起因しており、切削工具91の送り速度を変化させることで、発生する切削力の状態を効果的に変化させることができるためであると考えられる。特に、上記のように、送り速度を低下させる方向に変更することで、効果的に切削力を低減し、強制びびり振動を抑制することができる。この意味で、送り速度を低下させる方が好ましいが、上昇させることでも、ある程度、強制びびり振動を抑制する効果を得ることができる。送り速度を上昇させる場合には、低下させた場合に生じうる切削効率の低下を避けながら、強制びびり振動の抑制を行うことができる。
【0064】
切削工具91の送り速度を下限閾値F2を下回らない範囲で、また上限閾値F1を上回らない範囲で変更しただけでは、十分に強制びびり振動を抑制することができない場合に、切削工具91の回転数を変更することで、強制びびり振動を強力に抑制することが可能となっている。回転数を低下させる方向に変更することで、特に効果的に強制びびり振動を抑制することができる。この意味で、回転数を低下させる方が好ましいが、上昇させることでも、ある程度、強制びびり振動を抑制する効果を得ることができる。回転数を上昇させる場合には、低下させた場合に生じうる切削効率の低下を避けながら、強制びびり振動の抑制を行うことができる。回転数を変更する際に、共振周波数に基づいて式(2)で算出される回転数Pnを避けて回転数を設定することで、共振現象によって、強制びびり振動がかえって増大されるという事態を避けることができる。
【0065】
(再生びびり振動抑制)
ステップ103でびびり振動が発生していると判定されながら(ステップ103でYes)、ステップ106で、そのびびり振動が強制びびり振動でないと判定された場合、つまり、
図4(b)のようなフーリエ変換スペクトルで、びびり振動が観測されている周波数が切削基本周波数Roの整数倍(およびその誤差範囲)と一致していない場合には(ステップ106でNo)、ステップ108で、再生びびり振動が発生していると判定する。
【0066】
そして、ステップ112の再生びびり抑制制御が実行される。つまり、ステップ108で再生びびり振動が発生していると判定されると、振動解析手段13は、ステップ112において、切削工具91の回転数を変更する。回転数の変更は、回転数を上昇させる方向に行っても、低下させる方向に行ってもよいが、ここでは、回転数を低下させる場合を扱う。この際、回転数の低下は、目標とする回転数に向かって、所定の変化量で段階的に行えばよい。
【0067】
ここで、目標とする回転数は、共振周波数に応じて定まる安定領域に設定することが好ましい。非特許文献1に記載されるように、再生びびり振動を抑制して安定に切削を進めることができる安定な周波数が、共振周波数Rcの近傍に存在することが知られている。つまり、再生びびり振動を抑制して安定に切削を進めることができる安定な周波数をRc’とし、以下の式(3)によって規定される回転数P’nを安定領域として、その安定領域に回転数の目標を設定するとよい。なお、安定な周波数Rc’は、共振周波数Rcと一致させて設定してもよい。
P’n=Rc’・60/B/n (3)
ここで、Bは切削工具91の刃数であり、nは整数(n=1,2,3…)である。
【0068】
切削工具91の回転数を変更する際に、回転数のみを単独で変更してもよいが、回転数と同時に、切削工具91の送り速度も変更することが好ましい。具体的には、回転数を変更した際に、切刃1つあたりの送り速度が実質的に変化しないように、切削工具91全体としての送り速度を変更するとよい。回転数を低下させる場合には、送り速度を反比例的に上昇させればよい。
【0069】
図7に、再生びびり抑制における制御の例を示す。再生びびり振動が検出される前の状態である時間t9においては、
図7(a)のように、再生びびり振動の最大振動加速度が再生びびり閾値C1を超えていない。よって、切削工具91の回転数の低下は行われない。
【0070】
時間t10において、ステップ106、108で再生びびり閾値C1を超える再生びびり振動が検出されると、ステップ112において、
図7(b)のように、切削工具91の回転数が、上記式(3)に基づいて設定した目標とする回転数P2’に向かって、段階的に減少される。それと同時に、
図7(c)のように、切削工具91の送り速度が、段階的に増大され、切刃1つあたりの送り速度が実質的に変化しないように維持される。なお、送り速度の変更は、あらかじめ設定した閾値F1とF2の間の範囲で行われる。
【0071】
時間t10から切削工具91の回転数の低下を実行していることの効果により、時間t11から最大振動加速度が低下しはじめ、やがて再生びびり閾値C1以下となる。
【0072】
以上のように、再生びびり抑制の制御においては、切削工具91の回転数を変更することで、再生びびり振動によって発生する加速度および変位を効果的に抑制することができる。これは、上記のように、再生びびり振動が、切削工具91や加工装置90に固有の周波数である共振周波数に強い相関を有するものであり、切削工具91の回転数に強く依存するからである。特に、上記のように、送り速度を低下させる方向に変更することで、効果的に再生びびり振動を抑制することができる。この意味で、回転数を低下させる方が好ましいが、上昇させることでも、ある程度、再生びびり振動を抑制する効果を得ることができる。回転数を上昇させる場合には、回転数の低下によって生じうる切削効率の低下を避けながら、再生びびり振動の抑制を行うことができる。切削工具91の回転数を低下または上昇によって変更する際に、安定な周波数Rc’に基づいて式(3)によって規定される安定領域にある回転数P’nを目標とすることで、共振現象による再生びびり振動の増大を避けることができ、再生びびり振動を特に効果的に抑制することができる。
【0073】
切削工具91の回転数を変更する際に、同時に切削工具91の送り速度を変更し、切刃1つあたりの送り速度が実質的に一定に維持されるようにすれば、切削工具91の回転数を変更しても、切削効率を維持することができる。このことは、特に回転数を低下させる方向に変更する場合に、切削効率を低下させないという点において、意義を有する。
【実施例】
【0074】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0075】
[振動検出手段の絶縁の効果]
上記で説明した実施形態においては、
図2に示すように、切削工具91の回転主軸92に固定した取り付け部材21と振動検出手段11としての加速度センサとの間に、樹脂ワッシャー22を設け、切削工具91と振動検出手段11との間を電気的に絶縁している。この絶縁の効果について、検証する試験を行った。
【0076】
試験においては、
図2に示すとおり、切削工具91としてエンドミルを備えた加工装置90の回転主軸92に、金属製の取り付け部材21を介して、加速度センサよりなる振動検出手段11を結合した。この際、樹脂ワッシャー22と樹脂ねじ23を用いて、振動検出手段11を回転主軸92および取り付け部材21に対して電気的に絶縁した場合と、樹脂ワッシャー22を用いずに、振動検出手段11を直接取り付け部材21に接触させて固定し、振動検出手段11と回転主軸92の間を電気的に絶縁しない場合の2とおりの場合について、試験を行った。
【0077】
図8(a)に、絶縁を行った場合(絶縁体あり:黒の線で表示)と、絶縁を行わない場合(絶縁体なし:グレーの線で表示)について、振動検出手段で検出される加速度の信号を時間の関数として示す。これによると、絶縁を行わない場合には、大きなノイズが加速度の信号として検出されているのに対し、絶縁を行うことで、ノイズが大幅にカットされている。絶縁を行わない場合に観測されているノイズレベルは、絶縁を行っている場合の信号レベルよりも2桁以上も大きくなっている。
【0078】
図8(b)のフーリエ変換スペクトルを見ると、絶縁を行っていない場合に、大きなピークが60Hz付近に見られている。絶縁を行った場合には、このピークが完全に消失しており、絶縁を行うことで、周期的なノイズが効果的に除去されていることが分かる。また、
図8(a)を見ると、絶縁を行わない場合に、明らかに、60Hzの周期的なノイズのみならず、不規則なノイズも頻発しているが、それらも、絶縁によって除去されている。このように、加速度センサよりなる振動検出手段を切削工具の回転主軸に対して電気的に絶縁して設置することで、電気的なノイズを効果的に除去し、切削工具の振動によって発生する加速度の信号を高精度に検出できることが確認された。
【0079】
[再生びびり振動抑制の検証]
次に、上記実施形態において説明した再生びびり抑制の制御方法によって、再生びびり振動を実際に抑制することができるかどうかを検証する試験を行った。
【0080】
試験に用いた被削物と試験の方法について、
図9に簡単に示す。試験には、再生びびり振動が発生しやすい単純な形状を有する被削物200として、平板201の表面に、離散的に円柱状の突起202が形成されたものを用いた。被削物200は、平板201、突起202とも、SUS630(硬さ:HRC33)よりなっている。切削工具203としてφ6スクエアエンドミル(刃数:4刃)を用いて、図中に矢印で示す加工方向に沿って、ダウンカットで、突起202の切削を行った。切削条件としては、初期の切削工具203の回転数を7740rpmとし、送り速度を774mm/minとした。また、切込み量は、径方向1mm、軸方向3mmとした。
【0081】
上記の条件で切削を行った際に初期に観測された振動変位のフーリエ変換スペクトルを
図10(a)に示す。なお、この試験および次の強制びびり振動抑制の検証試験においては、加速度センサによって計測される振動の加速度を2重積分して得られる振動変位を振動の大きさの指標として用いている。
【0082】
図10(a)において、1000Hzよりも若干低周波数の位置に、鋭いピークが観測されている。図中に切削基本周波数Roおよびその整数倍の周波数を、「■」の符号で示しているが、観測されたピークの位置は、それらの周波数に一致していない。よって、本試験においては、強制びびり振動ではなく、再生びびり振動が発生していると判定することができる。
【0083】
切削中に、0.1秒の間隔で、切削工具の回転数の変更と、再生びびり振動のピークトップにおける振動変位量をモニターした。それらの時間変化を、
図10(b)、(c)に示す。ここで、回転数は、7740rpmから低下させる方向に変化させており、時間0.5秒から2.0秒の間の区間においては、0.5秒ごとに回転数を低下させるという制御を行っている。また、図示は省略するが、回転数の低下と同時に、送り速度を上昇させ、切刃1つあたりの送り速度を一定に維持するようにした。
【0084】
図10(b)のように切削工具の回転数を減少させるにつれ、
図10(c)のように、振動変位が大幅に抑制されている。時間約1.0秒において、振動変位は、点線で示した下限閾値にまで達している。
【0085】
さらに、加工後の被削物200の平板201の表面において、仕上がり面の平滑性を評価した。仕上がり面の表面粗さ(Ra)を、表面粗さ計を用いて評価したところ、切削工具の回転数を減少させる制御を行わず、初期の7740rpmのまま維持した場合には、Ra=6.2となった。これに対し、上記のように回転数を減少させる制御を行った場合には、Ra=0.54となり、大幅に表面粗さが減少し、仕上がり面の平滑性が向上した。
【0086】
このように、試験により、切削工具の回転数を変更することで、再生びびり振動を効果的に抑制できることが検証された。また、それにより、仕上がり面の平滑性を向上させられることが確認できた。
【0087】
[強制びびり振動抑制および安定加工時制御の効果の検証]
次に、上記実施形態において説明した強制びびり抑制の制御方法によって、強制びびり振動を実際に抑制することができるかどうか、また、安定加工時の制御によって加工効率を向上させられるかどうかを検証する試験を行った。
【0088】
この試験においては、強制びびり振動を発生させやすい複雑な凹凸面形状を有するSUS304よりなる被削物を用いた。切削工具としては、φ63、7刃のカッターを用いた。切削条件としては、回転数を455rpmとした。送り速度は、制御を行わない場合には、430mm/minとし、制御を行う場合には、215〜645mm/minの間で変化させた。切込み量は0.5mmとした。
【0089】
上記の条件で切削を行った際に初期に観測された振動変位のフーリエ変換スペクトルを
図11(a)に示す。ここでは、等間隔に3本の鋭いピークが観測されている。これらのピークの周波数は、切削基本周波数Roおよびその整数倍によく一致している。よって、この試験においては、再生びびり振動ではなく、強制びびり振動が発生していると判定することができる。
【0090】
図11(b)に、切削工具の送り速度の制御を行う場合と行わない場合について、送り速度の時間変化を示している。また、
図11(c)に、それぞれの場合について、振動変位の時間変化を示している。
【0091】
制御を行わない場合には、送り速度が常に一定に維持されている。一方、制御を行っている場合には、時間22秒程度までは振動変位が上限閾値を超えていないことの結果として、安定加工時の制御が行われており、段階的に送り速度が上昇されている。そして、時間22秒程度で振動変位が上限閾値を超えると、その時に、安定加工時の制御から強制びびり抑制の制御に切り替えられ、送り速度が急激に低下されている。送り速度が低下されることで、それまでは、制御ありの場合(実線で表示)に、制御なしの場合(破線で表示)と振動変位がほぼ同程度あるいはそれ以上であったのに対し、その後は、制御ありの場合の振動変位が制御なしの場合よりも低い水準になっている。つまり、送り速度を低下させることにより、強制びびり振動を抑制することができている。
【0092】
また、
図10(b)、(c)で、データの長時間側の終端点は、所定の加工を完了した時間を示しているが、制御ありの場合に、制御なしの場合と比べて、20%程度短い時間で加工が完了している。このことは、安定加工時に送り速度を上昇させる制御を行うことで、切削効率を高め、加工時間を短縮できることを示している。
【0093】
このように、試験により、切削工具の送り速度を変更することで、強制びびり振動を効果的に抑制できることが検証された。また、安定加工時に、送り速度を上昇させることで、強制びびり振動が深刻にならない範囲で切削効率を向上させられることが確認された。
【0094】
以上、本発明の実施形態、実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態、実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。