(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
<1.車両の構成概要>
図1は、本発明に係る実施形態としての車両1の構成概要を示した図である。なお、
図1では、車両1の構成のうち主に本発明に係る要部の構成のみを抽出して示している。
本実施形態の車両1は、二輪駆動による四輪自動車として構成され、走行動力源としてのエンジン2と、トルクコンバータ4、前後進切替機構5、及び無段変速機6を有する動力伝達機構3と、動力伝達機構3における作動油の油圧制御を行う油圧制御部7と、ギヤ8及びギヤ9と、デファレンシャルギヤ10と、駆動輪11a及び駆動輪11bと、エンジン制御ユニット12と、伝達機構制御ユニット13と、バス14とを備えている。
【0022】
エンジン2は、車両1を走行させる走行用動力源(原動機)であり、燃料を消費して車両1の駆動輪11a、11bに作用させる動力を発生させる。エンジン2は、燃料を燃焼させて機関出力軸であるクランクシャフト2aに機械的な動力(エンジントルク)を発生させ、該機械的動力をクランクシャフト2aから駆動輪11a、11bに向けて出力可能とされている。
【0023】
動力伝達機構3は、エンジン2から駆動輪11a、11bへの動力伝達経路中に設けられ、エンジン2から駆動輪11a、11bへ動力を伝達するものであり、液状媒体としてのオイル(作動油:但し潤滑油や冷却油としても機能し得る)の油圧によって作動する。
動力伝達機構3においては、エンジン2のクランクシャフト2aと無段変速機6のプライマリシャフトPsとがトルクコンバータ4、前後進切替機構5等を介して接続され、無段変速機構6のセカンダリシャフトSsがギヤ8及びギヤ9、デファレンシャルギヤ10等を介して駆動輪11a、11bに接続されている。
【0024】
トルクコンバータ4は、エンジン2と前後進切替機構5との間に配置され、エンジン2から伝達された動力のトルクを増幅させて(又は維持して)、前後進切替機構5に伝達可能に構成されている。トルクコンバータ4は、回転自在に対向配置されたポンプインペラ4a及びタービンランナ4bを備え、フロントカバー4cを介してポンプインペラ4aをクランクシャフト2aと一体回転可能に結合し、タービンランナ4bを前後進切替機構5に連結して構成されている。これらポンプインペラ4a及びタービンランナ4bの回転に伴い、ポンプインペラ4aとタービンランナ4bとの間に介在された作動油などの粘性流体が循環流動することにより、その入出力間の差動を許容しつつトルクを増幅して伝達することが可能とされている。
【0025】
また、トルクコンバータ4は、タービンランナ4bとフロントカバー4cとの間に設けられ、タービンランナ4bと一体回転可能に連結されたロックアップクラッチ4dをさらに備える。ロックアップクラッチ4dは、油圧制御部7から供給される作動油の圧力によって作動し、フロントカバー4cとの係合状態(ロックアップON)と開放状態(ロックアップOFF)とに切り替えられる。ロックアップクラッチ4dがフロントカバー4cと係合している状態では、フロントカバー4c(すなわちポンプインペラ4a)とタービンランナ4bが係合され、ポンプインペラ4aとタービンランナ4bとの相対回転が規制され、入出力間の差動が禁止されるので、トルクコンバータ4は、エンジン2から伝達されたトルクをそのまま前後進切替機構5に伝達する。
【0026】
前後進切替機構5は、エンジン2からの動力(回転出力)を変速可能であると共に、該動力の回転方向(最終的には駆動輪11a、11bの回転方向)を切替可能に構成されている。前後進切替機構5は、遊星歯車機構5a、前進クラッチ(フォワードクラッチ)CL及び後退ブレーキ(リバースブレーキ)BR等を含んで構成される。遊星歯車機構5aは、相互に差動回転可能な複数の回転要素としてサンギヤ、リングギヤ、キャリア等を含んで構成される差動機構であり、前進クラッチCL及び後退ブレーキBRは、遊星歯車機構5aの作動状態を切り替えるための摩擦係合装置とされる。本例において、前進クラッチCLは多板クラッチとしての摩擦式の係合装置(摩擦係合装置)により構成され、具体的には、油圧式の湿式多板クラッチとして構成されている。
なお、前進クラッチCLの構成については後に改めて説明する。
【0027】
前後進切替機構5は、油圧制御部7から供給される作動油の圧力によって前進クラッチCL、後退ブレーキBRが作動して作動状態が切り替えられる。具体的に、前後進切替機構5は、前進クラッチCLが係合状態(ON状態)、後退ブレーキBRが解放状態(OFF状態)である場合にエンジン2からの動力を正転回転(車両1が前進する際にプライマリシャフトPsが回転する方向)でプライマリシャフトPsに伝達する。一方、前後進切替機構5は、前進クラッチCLが解放状態、後退ブレーキBRが係合状態である場合にエンジン2からの動力を逆転回転(車両1が後進する際にプライマリシャフトPsが回転する方向)でプライマリシャフトPsに伝達する。前後進切替機構5は、ニュートラル時には、前進クラッチCL、後退ブレーキBRが共に解放状態とされる。
ここで、以下、上記のような前進クラッチCL及び後退ブレーキBRの係合/解除の制御を行う制御系をまとめて「CB制御系5b」と表記する。
【0028】
無段変速機6は、エンジン2から駆動輪11a、11bへの動力の伝達経路における前後進切替機構5と駆動輪11a、11bとの間に設けられ、エンジン2の動力を無段階に(連続的に)変速して出力可能な変速装置である。具体的に、無段変速機6は、プライマリシャフトPsに伝達(入力)されるエンジン2からの回転動力(回転出力)を所定の変速比で変速して変速機出力軸であるセカンダリシャフトSsに伝達し、セカンダリシャフトSsから駆動輪11a、11bに向けて変速された動力を出力する。
【0029】
無段変速機6は、プライマリシャフトPsに対して設けられたプライマリプーリ61、セカンダリシャフトSsに対して設けられたセカンダリプーリ64、プライマリプーリ61とセカンダリプーリ64との間に掛け渡された(巻き掛けられた)ベルトやチェーン等の巻き掛け部材67を含んで構成される巻き掛け式の無段変速機(連続可変トランスミッション:Continuously Variable Transmission=CVT)として構成されている。
【0030】
プライマリプーリ61は、プライマリシャフトPsに対する位置が固定とされプライマリシャフトPsと同軸に一体回転するプライマリ側固定シーブ62と、プライマリシャフトPsの軸方向に変位可能なプライマリ側可動シーブ63とを同軸に対向配置することにより形成されている。また、セカンダリプーリ64は、セカンダリシャフトSsに対する位置が固定とされセカンダリシャフトSsと同軸に一体回転するセカンダリ側固定シーブ65と、セカンダリシャフトSsの軸方向に変位可能なセカンダリ側可動シーブ66とを同軸に対向配置することにより形成されている。巻き掛け部材67は、プライマリ側の固定シーブ62と可動シーブ63との間、セカンダリ側の固定シーブ65と可動シーブ66との間に形成された略V字の溝(以下「V溝」と表記する)に掛け渡されている。
【0031】
無段変速機6では、油圧制御部7からプライマリプーリ61の油圧室(後述するプライマリ油圧室68、クランプ用油圧室69)、セカンダリプーリ64の油圧室(後述するセカンダリ油圧室71)に供給される作動油の油圧(プライマリ圧、セカンダリ圧)に応じて、プライマリ側可動シーブ63、セカンダリ側可動シーブ66がプライマリ側固定シーブ62、セカンダリ側固定シーブ65との間に巻き掛け部材67を挟み込む力(挟圧力:クランプ力)を制御することが可能とされる。これにより、プライマリプーリ61及びセカンダリプーリ64のそれぞれにおいて、V溝の幅を変更して巻き掛け部材67の回転半径(巻き掛け径)を調節することができ、プライマリプーリ61の入力回転速度に相当する入力回転数(プライマリ回転数)とセカンダリプーリ64の出力回転速度に相当する出力軸回転数(セカンダリ回転数)との比である変速比を無段階に変更することが可能とされている。また、プライマリプーリ61及びセカンダリプーリ64の巻き掛け部材67についての挟圧力が調整されることで、これに応じたトルク容量で動力を伝達することが可能となっている。
【0032】
なお、本実施の形態における無段変速機6の具体的な構成については後に改めて説明する。
【0033】
無段変速機6におけるセカンダリシャフトSsに伝達された動力はギヤ8及びギヤ9を介してデファレンシャルギヤ10に伝達される。デファレンシャルギヤ10は、伝達された動力を各駆動軸を介して駆動輪11a、11bに伝達する。デファレンシャルギヤ10は、車両1が旋回する際に生じる駆動輪11a、11b間の回転速度差を吸収する。
【0034】
上記の構成により、車両1においては、エンジン2が発生させた動力をトルクコンバータ4、前後進切替機構5、無段変速機6、デファレンシャルギヤ10等を介して駆動輪11a、11bに伝達することができる。この結果、車両1は、駆動輪11a、11bの路面との接地面に駆動力[N]が生じ、これにより走行することができる。
【0035】
油圧制御部7は、作動油の油圧によってトルクコンバータ4のロックアップクラッチ4d、前後進切替機構5の前進クラッチCL及び後退ブレーキBR、無段変速機6のプライマリ側可動シーブ63及びセカンダリ側可動シーブ66等を含む動力伝達機構3を作動させるものである。
油圧制御部7は、複数の油路、オイルリザーバ、オイルポンプ、複数の電磁弁などを含んで構成され、伝達機構制御ユニット13からの信号に応じて、動力伝達機構3の各部に供給される作動油の流量や油圧を制御する。また、油圧制御部7は、動力伝達機構3の所定の箇所の潤滑や冷却を行う潤滑・冷却油供給装置としても機能する。
【0036】
エンジン制御ユニット12及び伝達機構制御ユニット13は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等を備えたマイクロコンピュータを備えて構成され、CAN(Controller Area Network)等の所定の車載ネットワーク通信規格に対応したバス14を介して相互にデータ通信可能に接続されている。
【0037】
エンジン制御ユニット12は、エンジン2についての燃料噴射制御、点火制御、吸入空気量調節制御などの各種運転制御を行う。具体的には、エンジン2に設けられた各種のアクチュエータ(例えばスロットル弁を駆動するスロットルアクチュエータや燃料噴射を行うインジェクタ等)を制御することでエンジン2についての各種運転制御を行う。
エンジン制御ユニット12は伝達機構制御ユニット13と通信を行っており、必要に応じてエンジン2の運転状態に関するデータを伝達機構制御ユニット13に出力する。また、必要に応じ、伝達機構制御ユニット13からの各種信号に基づいてエンジン2の運転制御を行う。
【0038】
伝達機構制御ユニット13は、油圧制御部7を制御することによって、トルクコンバータ4、前後進切替機構5、無段変速機6など動力伝達機構3の各部の動作制御を行う。
【0039】
ここで、本例の車両1は、動力伝達機構3におけるレンジの切り替え、具体的にはパーキングレンジ(以下「Pレンジ」と表記)、リバースレンジ(以下「Rレンジ」と表記)、ニュートラルレンジ(以下「Nレンジ」と表記)、ドライブレンジ(以下「Dレンジ」と表記)の切り替えを行うことが可能に構成されている。
上記のレンジは、車両1に設けられた不図示のシフトレバー等のレンジ選択操作子を介した操作に応じて切り替えられるものであり、Pレンジは車両1を停止させておくためのレンジ、Rレンジは車両1を後進(後退)走行させるためのレンジ、Nレンジは無段変速機6に対する動力の伝達を遮断するレンジ、Dレンジは車両1を前進走行させるためのレンジである。PレンジとNレンジは非走行レンジに相当し、RレンジとDレンジは走行レンジに相当する。
【0040】
前後進切替機構5における前進クラッチCL、後退ブレーキBRの係合/解放は、上記レンジ選択操作子の操作に連動して前進クラッチCLの係合用油路、後退ブレーキBRの係合用油路に選択的に油圧供給を行うマニュアルバルブによって制御される。
具体的に、マニュアルバルブは、Pレンジ時、Nレンジ時においては双方の係合用油路を油圧供給停止状態として、前進クラッチCL及び後退ブレーキBRの双方を解放状態とさせる。また、Rレンジ時には、前進クラッチCLの係合用油路を油圧供給停止状態、後退ブレーキBRの係合用油路を油圧供給状態とすることで前進クラッチCLを解放状態、後退ブレーキBRを係合状態とさせる。さらに、Dレンジ時には、前進クラッチCLの係合用油路を油圧供給状態、後退ブレーキBRの係合用油路を油圧供給停止状態とすることで前進クラッチCLを係合状態、後退ブレーキBRを解放状態とさせる。
【0041】
<2.従来例としての前進クラッチの構成>
先ず、本発明に係る実施形態としての摩擦係合装置である前進クラッチCLの説明に先立ち、本発明において従来例として扱う前進クラッチCL’について
図2の模式図を参照して説明する。なお、
図2では前進クラッチCL’の構成を前進クラッチCL’の回転軸に沿って切断した縦断面図により模式的に表しており、回転軸より下側の構成については図中に示す構成と軸対象となることから図示は省略している。
なお、前進クラッチCL’の軸方向は車両の前後方向に一致している。
【0042】
従来の前進クラッチCL’は、ドライブプレート102、ドリブンプレート103としての摩擦板をそれぞれ複数有する摩擦部101と、油圧駆動されて複数の摩擦板を互いに係合させるピストン104と、ピストン104を油圧駆動方向とは逆方向に付勢するリターンスプリング105と、入力シャフト106とドライブプレート102とを連結する外側部材としてのクラッチドラム107と、ドリブンプレート103が連結され摩擦部101が係合状態とされた際に摩擦部101経由で入力される動力を後段に伝達するクラッチハブ108と、摩擦部101の後方に配置されたリテーニングプレート109と、リテーニングプレート109の後方に配置されたスナップリング110とを備え、湿式多板クラッチとして構成されている。
【0043】
摩擦部101において、ドライブプレート102とドリブンプレート103は前進クラッチCLの軸方向に交互に配置されている。
ドライブプレート102は、クラッチドラム107に対して軸方向に変位自在にスプライン係合されている。クラッチドラム107は、入力シャフト106と一体回転可能に結合され、入力シャフト106から軸直交方向に突出された第一円筒部107aと、第一円筒部107aの後端に連接され第一円筒部107aよりも大径とされた第二円筒部107bを有しており、ドライブプレート102は第二円筒部107bにおける内側円周面に対してスプライン係合されて、クラッチドラム107と連動して回転可能とされる。
第二円筒部107bにおける摩擦部101よりも後方となる位置には、前方から後方にかけてリテーニングプレート109、スナップリング110が順に固設されている。スナップリング110は、ドライブプレート102とドリブンプレート103の後方への移動を規制する。
ドリブンプレート103は、クラッチハブ9に対して軸方向に変位自在にスプライン係合され、クラッチハブ103と連動して回転可能とされている。
【0044】
ピストン104は、少なくとも一部がクラッチドラム107における第一円筒部107a内に位置された円筒部104aと、円筒部104aの後端から軸直交方向にフランジ状に延出され、クラッチドラム107の第二円筒部107b内に位置された押圧部104bとを有している。ピストン104の円筒部104aは、外径が第一円筒部107aの内径よりも僅かに小径とされて外周面が第一円筒部107aの内面に摺動可能とされている。
【0045】
リターンスプリング105は、ピストン104の円筒部104a内に位置され、付勢方向が前方を向くように一端が入力シャフト106側から支持されて、ピストン104を前方に付勢する。
【0046】
クラッチドラム107の第一円筒部107aはピストン104を油圧駆動するための油圧室として構成され、該油圧室に所定圧の油圧が供給されることでピストン104がリターンスプリング104の付勢力に抗って後方に押し出される。
これにより、摩擦部101においてドライブプレート102とドリブンプレート103が互いに摩擦係合し、前進クラッチCL’が係合状態とされる。
一方、油圧供給が停止されると、リターンスプリング105の付勢力によってピストン104が前方に戻され、摩擦部101においてドライブプレート102とドリブンプレート103の摩擦係合状態が解除され、前進クラッチCL’が解放状態とされる。
【0047】
<3.実施形態としての前進クラッチの構成>
上記のように従来の前進クラッチCL’においては、係合/解放にあたってピストン104を前進クラッチCL’の軸方向に変位させることを要する。そのため、ピストン104を往復させるための軸方向のスペースを要し、軸方向におけるサイズ拡大化を招いている。
【0048】
そこで、本実施形態では前進クラッチCLを以下のように構成し、軸方向のサイズ縮小化を図る。
【0049】
図3は、
図2と同様の断面図により前進クラッチCLの構成の概要を模式的に表している。
なお、本例では前進クラッチCLの軸方向は車両1の前後方向に一致している。
前進クラッチCLは、トルクコンバータ4を介してエンジン2からの動力が伝達される入力シャフト20と一体回転するクラッチドラム21と、少なくとも前端側の一部がクラッチドラム21内に位置されたクラッチハブ22と、それぞれがクラッチハブ22の外周であってクラッチドラム21の内周となる領域に位置され、外周方向に向けて軸方向における厚みが徐々に薄くされて略V字状に突出された楔部23aを有する複数の第一係合担体23と、クラッチドラム21に設けられ、楔部23aの突出方向に向けて軸方向における厚みが徐々に薄くされて略V字状に凹んだ凹部24aを有する第二係合担体24と、各第一係合担体23を軸直交方向に押圧するための複数のピストン25と、クラッチドラム21の後端部に固設されたリテーニングプレート26及びスナップリング27とを備えている。
ここで、入力シャフト20、クラッチドラム21、及びクラッチハブ22は回転軸が同軸とされ、それらの回転軸が前進クラッチCLの回転軸Axとされている。「軸」との表記は、特に断りがない限り回転軸Axを指すものとする。
【0050】
クラッチドラム21は、入力シャフト20から外周方向にフランジ状に延出されたフランジ部21aと、フランジ部21aの外周端から後方に向けて延出された延出部21bとを有している。延出部21bは、内側に配置されたクラッチハブ22を軸周り方向に1周にわたって覆っており、クラッチハブ22と延出部21bは請求項に言う「内側部材」と「外側部材」の関係にある。
【0051】
第一係合担体23は、軸周り方向において回転軸Axを中心として放射状に配列されており、本例ではこのように放射状に配列された第一係合担体23の組が軸方向に複数配置されている。以下では、上記放射状に配列された第一係合担体23の組を「楔列Kr」と表記する。
図3では、楔列Krが軸方向に4列配置された例を表している。
【0052】
第一係合担体23の楔部23aは、前側の斜面S1が前下がりに傾斜され、後側の斜面S2が後下がりに傾斜されている。
【0053】
また、本例の第一係合担体23は、ピストン25からの押圧力を受ける部分として台座部23bを有している。台座部23bは、楔部23aの突出方向とは逆側の端部に形成され、厚み方向が軸直交方向に一致する略円板状の部位とされ、少なくとも楔部23aよりも軸方向に突出されている(本例では前方向及び後方向の双方に突出されている)。
本例の台座部23bは、クラッチハブ22の外周面に当接された際に、第一係合担体23の内周方向への移動を規制する機能を有する。
【0054】
第一係合担体23は、
図3では不図示とした後述する付勢部材42を介して、クラッチハブ22に対して軸直交方向に変位自在に取り付けられている。
【0055】
第二係合担体24は、クラッチドラム21における延出部21bの内周面から内側に向けて突出された摩擦板24bを複数備えている。本例では、摩擦板24bは回転軸Axと同軸の輪状に形成されている。
第二係合担体24において、複数の摩擦板24bは、軸方向において第一係合担体23の楔部23aと交互に配置されている。このとき、最前端の摩擦板24bは、最前端の第一係合担体21よりも前寄りに位置されており、最後端の摩擦板24bは最後端の第一係合担体21よりも後寄りに位置されている。本例では第一係合担体21の楔列Krが4列とされていることから、摩擦板24bとしては5枚が設けられている。
【0056】
第二係合担体24において、第一係合担体21の斜面S1と対向する後面は前下がりに傾斜された斜面S3とされ、斜面S2と対向する前面は後下がりに傾斜された斜面S4とされている。軸方向に隣接する摩擦板24b同士において、前側の摩擦板24bの斜面S3と後側の摩擦板24bの斜面S4との間には空間が形成され、該空間が略V字状に凹んだ凹部24aとされている。
なお、最前端に位置された摩擦板24bは斜面S3を有する必要はなく、また最後端に位置された摩擦板24bは斜面S4を有する必要はない。
【0057】
図4に角度θとして示すように、本例では、楔部23aの斜面S1、斜面S2、及び摩擦板24bの斜面S3、斜面S4の傾斜角度は全て一致されている。
なお、斜面S1〜S4の全ての傾斜角度が一致している必要はなく、少なくとも斜面S1と斜面S3の組、斜面S2と斜面S4の組において傾斜角度が一致されていればよい。
【0058】
図3において、クラッチハブ22の前端部の内部には、軸直交方向に延在する油圧シリンダ22aが第一係合担体23ごとに設けられており、油圧シリンダ22a内の外周端部付近には略円柱状のピストン25がそれぞれ配置されている。
なお、油圧シリンダ22aを第一係合担体23ごとに設けることは必須でなく、複数の第一係合担体23に対して共通の油圧シリンダ22aが設けられた構成とすることもできる。
【0059】
油圧シリンダ22aには、クラッチハブ22内部に形成された係合用油路yoを経由して前進クラッチCLの係合用油圧が供給される。各油圧シリンダ22aに所定圧による係合用油圧が供給されることで、各ピストン25がそれぞれ対応する第一係合担体23を外周方向(軸直交方向における外側方向)に押圧する。これにより、各第一係合担体23の楔部23aが第二係合担体24における対応する凹部24aに勘合し、前、後にそれぞれ配置された摩擦板24bと摩擦係合する。
【0060】
このとき、斜面S1と斜面S3の組、斜面S2と斜面S4の組の傾斜角度が一致されていることで、これら斜面S1と斜面S3、斜面S2と斜面S4の接触面積を大きくでき、係合力を高めることができる。
なお、前進クラッチCLを解放状態とするために係合用油路yoへの係合用油圧の供給が停止された際には、後述する付勢部材42により第一係合担体23が内周方向に戻される。
【0061】
実施形態の前進クラッチCLにおいては、第一係合担体23の駆動/付勢方向が軸直交方向とされていることから、前進クラッチCL’におけるピストン104のような軸方向に往復する要素を設ける必要がなく、前進クラッチCLの前後方向におけるサイズ小型化を図ることができる。
【0062】
ここで、
図3では、隣接する楔列Kr間において、第一係合担体23同士の軸周り方向の中心を一致させる例を示した。
図5は、
図3に対応した楔列Krの様子を紙面左右方向を軸周り方向、紙面縦方向を前後方向(軸方向)として模式的に表している。図中、第一係合部材23ごとに示した縦破線が、第一係合担体23の軸周り方向の中心を表す。
【0063】
図5のように隣接する楔列Kr間において第一係合担体23同士の軸周り方向の中心を一致させた場合には、台座部23b同士の緩衝を防ぐために、前後方向において第一係合担体23同士の配置間隔を比較的広げることを要する。
【0064】
そこで、
図6に示すように、隣接する楔列Kr間において第一係合担体23同士の軸周り方向の中心を軸周り方向に離隔させた構成を採ることもできる。
これにより、
図5の場合より楔列Krの配置間隔を狭めたとしても、台座部23b同士が緩衝しないようにすることが可能とされる。すなわち、楔列Krの配置間隔を狭め易くすることができ、これにより前進クラッチCLの軸方向における更なるサイズ縮小化を図ることができる。
【0065】
図7乃至
図13を参照して、第一係合担体23のクラッチハブ22への取り付けに係る構成について説明する。
図7、
図8は、それぞれ第一係合担体23を楔部23aの先端と対向する側から見た外観図、前側から見た外観図であり、
図9は第一係合担体23の側面図である。
なお、
図7乃至
図9ではクラッチハブ22側に設けられた二つの取付部41、油圧シリンダ22a、及びピストン25を破線により併せて示している。
【0066】
第一係合担体23は、斜面S1を有する前側部材31と、斜面S2を有する後側部材32と、第一係合担体23の前後方向に挿通されて前側部材31と後側部材32とを係止する例えばリベットによる棒状係止部材33とを有している(
図7及び
図9を参照)。
なお、棒状係止部材33としてはリベット以外にも例えばボルト、ノックピン等の他の棒状による係止部材を採用することができる。
【0067】
前側部材31には、斜面S1が形成され楔部23aの前半分を構成する半楔部31aと、台座部23bの前半分を構成する半台座部31bと、軸直交方向において半楔部31aと半台座部31bの中間に位置され半楔部31aよりも軸周り方向の長さが短くされた半中間部31cとが形成されている(
図8及び
図9を参照)。
後側部材32には、斜面S2が形成され楔部23aの後半分を構成する半楔部32aと、台座部23bの後半分を構成する半台座部32bと、軸直交方向において半楔部32aと半台座部32bの中間に位置され半楔部32aよりも軸周り方向の長さが短くされた半中間部32cとが形成されている。
第一係合担体23において、半中間部31cと半中間部32cとで形成される部分を以下「中間部23c」と表記する。
【0068】
ここで、クラッチハブ22の外周面には、第一係合担体23ごとに二つの取付部41が形成されている。これら取付部41は、軸周り方向においてピストン25の両側に配置され、第一係合担体23が取付部41を介してクラッチハブ22に取り付けられた状態では第一係合担体23内に位置されている。
【0069】
図10は、クラッチハブ22に取付部41を介して取り付けられた状態の第一係合担体23を
図8に示したA−A’線で切断した断面図であり、
図11は取付部41を前側から見た外観図、
図12は上記A−A’線で切断した第一係合担体23の分解断面及び取付部41の断面を表した図である。
なお、
図10では油圧シリンダ22aとピストン25の前後方向における位置を破線により表している。また、
図11では取付部41内部に位置された付勢部材42を破線により表し、
図12では棒状係止部材33の図示は省略している。
【0070】
前側部材31、後側部材32には、それぞれ前側部材31と後側部材32との当接面よりも前側に凹んだ収納凹部31e、後側に凹んだ収納凹部32eが形成され、第一係合担体23がクラッチハブ22に取り付けられた状態ではこれら収納凹部31eと収納凹部32eとよって第一係合担体23内部に形成される空間内に取付部41全体が収納される。
また、前側部材31には、半中間部31cの前面から収納凹部31eまでを前後方向に貫通する挿通孔31dが、後側部材32には半中間部32cの後面から収納凹部32eまでを前後方向に貫通する挿通孔32dがそれぞれ形成されている。
【0071】
取付部41には、内部に付勢部材42を収納するための収納孔41aと、前後方向に貫通された貫通孔41bとが形成されている。収納孔41aは、貫通孔41bよりもクラッチハブ22側に位置され、取付部41のクラッチハブ22側の端部から貫通孔41bまでを貫通している。
【0072】
付勢部材42は、例えばコイルばねとされ、収納孔41a内に一部が収納され一端がクラッチハブ22側に固着されている。
【0073】
棒状係止部材33は、前側部材31の挿通孔31d、取付部41の貫通孔41b、及び後側部材32の挿通孔32dに挿通されている。
付勢部材42は、このように挿通孔31d、貫通孔41b、及び挿通孔32dに挿通された棒状係止部材33に対して、他端が貫通孔41b内において固着されている。
【0074】
なお、もう一方の取付部41側についても、上記と同様の構成により第一係合担体23がクラッチハブ22に対して取り付けられている。この際、収納凹部32e及び収納凹部32eは取付部41ごとに設けてもよいし、二つの取付部41を収納可能な各一つの収納凹部32e及び収納凹部32eを形成してもよい。
【0075】
図13は、
図8のA−A’線による断面図として、第一係合担体23がピストン25により駆動された状態を表している。
上記した第一係合担体23及び取付部41の構成により、ピストン25による駆動力が第一係合担体23に印加された際には、前側部材31及び後側部材32が外周方向に変位されていくことに伴い棒状係止部材33が貫通孔41b内で外周方向に変位されていき、これに応じ、付勢部材42も外周方向に伸張される。
油圧シリンダ22aへの油圧供給が停止されピストン25による第一係合担体23の駆動が停止された際には、付勢部材42の付勢力が棒状係止部材33に作用し、これに伴い前側部材31及び後側部材32が内周方向に戻されていく。
【0076】
ここで、本例では、内側部材としてのクラッチハブ22側から上記外側方向に向けて第一係合担体23を油圧駆動していることから、付勢部材42は以下のような付勢力を有することが望ましい。すなわち、付勢部材42は、クラッチハブ22と一体回転することで第一係合担体23に作用する遠心力と、遠心油圧に起因して第一係合担体23に印加される押圧力とを相殺する付勢力を有していることが望ましい。
これにより、係合用油路yoに所定圧による油圧供給を行わない限り、第一係合担体23と第二係合担体24とが係合しないように図られる。
【0077】
図14は、楔部23aの先端形状についての説明図である。
本例において、楔部23aの先端は平坦とされている。換言すれば、楔部23aの先端は、斜面S1と斜面S2、すなわち略V字の形状をなす一対の斜面を交差させることで形成される交線Lcよりもクラッチハブ22(内側部材)側に位置されている。
これにより、第2係合担体24における凹部24aの深さを浅くすることが可能とされ、クラッチドラム21の径の縮小化を図ることができ、前進クラッチCLの軸直交方向におけるサイズ縮小化を図ることができる。
なお、楔部23aの先端は平坦形状であることに限定されず、例えば半球状等の他の形状を採用することもできる。
【0078】
<4.変形例>
上記では、ピストン25と第一係合担体23とが別体に構成された例を挙げたが、ピストン25と第一係合担体23は一体に構成することもできる。
【0079】
また、上記では、本発明が四輪自動車の前進クラッチに適用された例を挙げたが、クラッチへの適用としては、他に四輪自動車におけるトランスファクラッチや二輪車におけるクラッチ等への適用が可能である。
【0080】
さらに、上記では、クラッチへの適用例として、内側部材に第一係合担体が取り付けられた例を挙げたが、外側部材に第一係合担体が取り付けられた構成を採ることもできる。その場合、第二係合担体との摩擦係合時には第一係合担体を内周方向(軸直交方向における内側方向)に押圧する。また、先の
図14と同様に第二係合担体における凹部の深さを浅くするにあたっては、楔部の先端が交点Pcよりも内側部材側に位置されるようにする。
【0081】
また、本発明は、クラッチに限らず、前後進切替機構5における後退ブレーキBR等のブレーキ要素に対しても好適に適用できる。その場合においても、第一係合担体は内側部材、外側部材の何れか一方に取り付けることができる。なお、ブレーキ要素に本発明を適用する場合、内側部材、外側部材の何れか一方が回転自在、何れか他方が固定(回転不能)の部材とされる。
【0082】
また、上記では、軸周り方向のみでなく軸方向にも第一係合担体が配置される例を挙げたが、第一係合担体は少なくとも軸周り方向において放射状に配置されていればよい。
ここで、第一係合担体の軸周り方向における最小配置数は「2」である。本明細書において、「放射状に配列される」とは、複数の第一係合担体が軸周り方向において略等間隔に配列された状態と換言することもできる。
放射状に配列された各第一係合担体を第二係合担体における凹部に向けて軸直交方向に押圧することで、第一係合担体と第二係合担体とが摩擦係合された際の係合力の軸周り方向における偏りが生じ難くなり、係合動作の安定化向上を図ることができる。
【0083】
<5.実施形態のまとめ>
上記のように実施形態の摩擦係合装置(前進クラッチCL)は、内側部材(クラッチハブ22)と、内側部材の外周を内側部材と同軸に覆う外側部材(延出部21b)と、内側部材の外周であって外側部材の内周となる領域において軸周り方向に放射状に配列され、内側部材又は外側部材の何れか一方に対し軸直交方向に変位自在に取り付けられていると共に、内側部材又は外側部材の何れか他方に向けて軸方向における厚みが徐々に薄くされて略V字状に突出された楔部(同23a)を有する複数の第一係合担体(同23)と、内側部材又は外側部材の何れか他方に設けられ、楔部の突出方向に向けて軸方向における厚みが徐々に薄くされて略V字状に凹んだ凹部(同24a)を有する第二係合担体(同24)と、各第一係合担体を軸直交方向に押圧して楔部を凹部において前記第二係合担体に摩擦係合させる係合駆動部(油圧シリンダ22a、ピストン25)と、を備えている。
【0084】
上記構成によれば、第一係合担体と第二係合担体とを摩擦係合させるにあたり軸方向に変位するピストンは不要となる。
従って、摩擦係合装置の軸方向におけるサイズ縮小化を図ることができる。
また、軸周り方向に放射状に配列された複数の第一係合担体を軸直交方向に押圧することで、第一係合担体と第二係合担体とが摩擦係合された際の係合力の軸周り方向における偏りが生じ難くなり、係合動作の安定化向上を図ることができる。
【0085】
また、実施形態の摩擦係合装置においては、係合駆動部は、油圧に基づき第一係合担体を押圧している。
【0086】
これにより、第一係合担体の駆動手段として例えばモータやソレノイド等の電磁アクチュエータを追加する必要がなくなる。
従って、部品点数の増加を抑制でき、装置サイズの小型化やコスト削減を図ることができる。
【0087】
さらに、実施形態の摩擦係合装置においては、第一係合担体が内側部材に取り付けられており、係合駆動部は、内側部材内に形成された係合用油路(同yo)を有し、当該係合用油路の油圧に基づき第一係合担体を外周方向に押圧している。
【0088】
内側部材は外側部材よりも小径とされるため、上記のように内側部材に第一係合担体を取り付け、内側部材内に係合用油路を設けた構成とすることで、係合用油路の体積を小さくし易くなる。
従って、摩擦係合に要する作動油量の低減を図ることができ、車両における作動油の総油量の低減、及びそれに伴う車両重量の低減が図られ、燃費向上を図ることができる。
【0089】
さらにまた、実施形態の摩擦係合装置においては、第一係合担体を内周方向に付勢する付勢部材(同42)を備え、内側部材が回転自在の部材とされており、付勢部材は、内側部材と一体回転することで第一係合担体に作用する遠心力と、遠心油圧に起因して第一係合担体に印加される押圧力とを相殺する付勢力を有している。
【0090】
これにより、係合用油路に所定圧による油圧供給を行わない限り、第一係合担体と第二係合担体とが係合しないように図られる。
従って、内側部材の回転に伴って誤係合が生じてしまうことの防止が図られ、摩擦係合装置の動作安定性向上を図ることができる。
【0091】
また、実施形態の摩擦係合装置においては、第一係合担体が放射状に配列されて成る楔列が軸方向に複数配置されており、隣接する楔列間において、第一係合担体同士の軸周り方向における中心が軸周り方向に離隔されている。
【0092】
これにより、各第一係合担体が楔部よりも軸方向に突出された台座部を有している場合において、台座部同士の緩衝を防ぎながら、楔列の軸方向における配置間隔を狭めることが可能とされる。
従って、摩擦係合装置の軸方向における更なるサイズ縮小化を図ることができる。
【0093】
さらに、実施形態の摩擦係合装置においては、第一係合担体において、楔部の先端は、略V字の形状をなす一対の斜面を交差させることで形成される交線よりも内側部材又は外側部材の何れか一方の側に位置されている。
【0094】
これにより、第二係合担体における凹部の深さを浅くすることが可能とされるため、摩擦係合装置の径方向におけるサイズ縮小化を図ることができる。