【実施例】
【0076】
実施例1
広範囲の領域における微粒子操作のためのセルフロッキング光電子ピンセット
本実施例は、広範囲の領域における単一の細胞及び微粒子の操作における光パターンのぼけの問題を克服する、新規のセルフロッキング光電子ピンセット(SLOT)のプラットフォームの設計及び製造を記載する。SLOTは、光学的にオンとオフが切替え可能なリング形状(環状)のフォトトランジスタのアレイを配置することによって実現される。単一の細胞及び微粒子は、光の照射なしで暗状態においてこれらの環状のフォトトランジスタにセルフロックされる。光ビームがリング形状の電極を照射すると、その電極におけるDEPトラップをオフにして捕捉された微粒子を放出する。細胞及び微粒子が暗状態でセルフロックされるため、多数の環状のフォトトランジスタは、数十cm
2または数百cm
2の広範囲の領域に配置され、何百万の単一の細胞を捕捉できる。限定された視界(FOV)を備える光照射システムは、ウエハ全体の捕捉された細胞を選択的に放出するために走査でき、現代のフォトリソグラフィに使用されるステッパーの概念と類似している。その結果、SLOTの動作領域は、撮像及び光パターンの投影のための対物レンズのFOVに限定されない。加えて、SLOTもまた、単結晶シリコンフォトトランジスタベースのプラットフォームである。通常の生理学的緩衝液における単一の細胞の操作に可能性を提供する。(Hsu et al.(2010)Lab Chip,10(2):165−172).
【0077】
デバイスの動作及び原理。
図1は、
図3A及び
図3Bに示されているSLOTのプラットフォームの例示的な構成の一実施形態の動作を概略的に示す。図示されているように、SLOTシステムは、電極を備える上面、下部フォトトランジスタ及び流体チャネルまたはチャンバ(例えば、マイクロ流体チャネル)をその間に備える。粒子または細胞は、例えばマイクロ流体チャネルを通って流れてプラットフォームに導入される。
【0078】
上部及び下部の電極(例えば
図3Bを参照)は、電圧源(例えば、ファンクションジェネレータ)に電気的に接続される。一旦、電圧(例えば、交流電圧)が電極に印加されると、DEPトラップが形成され、個々の粒子(または細胞)を隣接するフォトトランジスタのリング電極にロックする。次に、光学観察(例えば、蛍光、暗視野、位相差など)またはその他の観察は、対象とする粒子または細胞を同定するために実行されることができる。次に、光ビームは標的のフォトトランジスタを照射して局所的光伝導率を増加し、一時的にそれぞれのDEPトラップを停止する。最後に、標的の単一の粒子または細胞(または粒子のクラスタか細胞のクラスタ)は、ロックされた箇所から放出され、下流の収集と分析のために例えば、連続的な流れによって搬送される。あるいは、標的の粒子または細胞(あるいは粒子のクラスタか細胞のクラスタ)は、分析またはさらに処理をするために保持され、好ましくない粒子または細胞(あるいは粒子のクラスタか細胞のクラスタ)が放出されることができる。
【0079】
ある実施形態においては、光ビームは個別のフォトトランジスタの箇所に向けられて、単一のDEPトラップに捕らえられた部分を放出することができる。ある実施形態においては、光ビームは、例えば多数のDEPトラップで捕らえられた部分を放出するためのマスクを使用して、複数のフォトトランジスタの箇所に向けられることができる。
【0080】
デバイスの製造及びシミュレーション
図3A及び
図3Bは、例示的なSLOTのプラットフォームの上面図及び側面図を示す。例示されたデバイスはp型のシリコン基板(例えば、高度にドープされたp型基板上)に製造される。リング形状のパターンはフォトリソグラフィによって形成され、次にn型のイオン注入用のマスクとして使用される。10nmのチタン(Ti)薄膜上の100nmの金(Au)は、次に、基板上で蒸着され、次にSU−8のパターニングを行い、流体と電極接触するための開口を作る。
図2に示すように、COMSOLがSLOTの動作原理をシミュレーションするために使用された。交流電圧のみが印加されると、負のDEPトラップがリング電極で形成される。交流周波数は、印加された電圧の一部が広範囲の電極領域でSU−8の絶縁体を通って漏れるように選択された。光ビームが大きな電極を浮島電極に接続するフォトトランジスタを照射すると、浮電極をオンにして負のDEP力によって捕捉された粒子をはじく強力な電界を島電極において作る。
【0081】
示されている構成は例示的なものであり限定的ではないことを理解すべきである。例えば、デバイスは環状のn−p−nフォトトランジスタを形成するために反転されたドープで構成されることができる。さらに、例えば本明細書で記載され特許請求されているように、寸法は変更することができる。
【0082】
1つの概念実証デバイスでは、0.1S/mの電気伝導率の等張緩衝液に懸濁された微粒子(直径10μm)で実験を行った。
図4では、SLOTの単一の粒子をセルフロックし、選択的に放出することを実証した。SLOTは、広範囲の領域での動作を可能にするためにスケールアップすることができる。
【0083】
本明細書に示されているデータは、広範囲の領域上の単一の微粒子及び単一の細胞(または微粒子のクラスタと細胞のクラスタ)をセルフロックし、選択的に放出するための新規のSLOTのプラットフォームを実証する。1つの例示的な実施形態において、SLOTは、通常の生理学的緩衝液における単一の細胞操作の可能性のある単結晶のフォトトランジスタに基くOETシステムである。しかしながら、SLOTは単結晶シリコン上に必ずしも製造される必要はない。SLOTの粒子操作の概念は、非晶質またはポリシリコンに基づいた環状のフォトトランジスタ構造上で実現されることができる。III−V族材料のような、その他の半導体材料もまた使用されることができる。
例示的であるが限定的ではない実施形態の動作パラメータ
高感度SLOTの製造:
接合幅:2μm;
イオン注入:1e15cm
−2200keV、4e15cm
−215keV(表面);
アニーリング:1000°C、1時間
電極:チタン(10nm)上の金(100nm)
絶縁層:2μm。
セルフロッキング及び放出のシミュレーション(例えば
図5を参照);
広範囲の領域にわたる自動的な単一の細胞の捕捉;
広範囲の領域にわたる選択的な単一の細胞の放出;
10Vpp(電圧)、10MHz(周波数)、20μm(デバイスのピッチ)、1S/m(媒体伝導率)。
光電子特性試験(例えば、
図6を参照)。
直流電力下で1000倍の光伝導率の増加;
伝導率:オフ状態(0.005S/m)<<PBS媒体(1S/m)<オン状態(2S/m);
広範囲の領域のセルフロッキング効果の試験(例えば、
図7参照)。
10Vpp(電圧)、10MHz(周波数)、20μm(デバイスのピッチ)、1S/m(媒体伝導率)。
通常のPBS緩衝液内の単一の細胞のセルフロッキング及び放出(例えば、
図8を参照)
単一の細胞のセルフロッキング効果の観察;
蛍光標識された単一の細胞の選択的な放出の観察;
10Vpp(電圧)、10MHz(周波数)、20μm(デバイスのピッチ)、1S/m(媒体伝導率、PBS)。
【0084】
前述の実施形態は例示的であり、限定することを意図するものではない。変形は当業者によって認識されるであろう。例えば、デバイスに含まれる環状領域の寸法は、用途に依存し得る。約10μmの寸法の細胞(または粒子)を捕捉するために本明細書で示されている直径約15μmの環が好適である。より大きな細胞、細胞クラスタ、その他の細胞、卵子等の集まりを捕捉するためにより大きな寸法の環で十分であろう。より小さな粒子または細菌(例えば、約1〜2μm)を捕捉するためには、小さな寸法の環で十分であろう。したがって、ある実施形態においては、約1μmから、または約2μmから、または約5μmから、または約10μmから、または約15μmから約200μmまで、または約150μmまで、または約100μmまで、または約50μmまで、または約40μmまで、または約30μmまでの範囲の環の直径が企図される。ある実施形態においては、環は約5μmから約50μmまでの直径の範囲である。
【0085】
環状トランジスタを形成するドープされたリングの幅は、トランジスタの特性を制御するであろう。ある実施態様においては、環の厚さは、約0.5μmから最大約10μmの範囲である。より薄い環状リングは、電極をオンにするためにより低い光強度を使用することが可能なより高い光利得を提供できる。しかし、トレードオフは小さな電圧振幅であり、フォトトランジスタが光照射なしで高電圧下でオンにできるため動作できる。より大きな幅が使用される場合には、光利得がより低くなる可能性があるが、一方、より大きな細胞のトラップ力を得るために、高電圧でデバイスを動作させることができる。
【0086】
実施例2
広範囲の領域にわたるセルフロッキング光電子ピンセットを用いた細胞培養培地中の単一の細胞操作
本実施例は、広範囲の領域(例えば、
図9を参照)にわたる細胞培養培地における、単一の細胞の操作のための新規のセルフロッキング光電子ピンセット(SLOT)を記載する。SLOTは、高スループットの単一の細胞の操作に対する、従来の光電子ピンセット(OET)の2つの大きな技術上の障壁を克服する。1つの例示的であるが限定的ではない実施形態においては、SLOTは、オンとオフを光学的に切り替えられることができる、横型のフォトトランジスタに基づいたリング形状の電極のアレイを配置することによって製造される。横型のリング形状のフォトトランジスタの設計により、高伝導性の媒体(1S/m)で操作することができ、広範囲の領域(>1cm
2)における単一の細胞の操作の基本的なぼけの光パターンの問題を克服する。
【0087】
動作の原理。
外部のファンクションジェネレータによって電力供給されたDEPトラップは、単一の細胞が光照射なしで暗状態にセルフロックされたリング形状の電極の周りに形成される。光ビームがリングの電極を照射すると、DEPトラップは照射された単一の細胞を放出するためにオフにされる。この動作機構は、並行して何百万もの単一の細胞を捕捉するためにウエハ全体にすらわたる超広範囲の領域にまで容易にスケールアップすることができる。SLOTの動作概念は、現代の微細加工において使用されるステッパーに類似している。光照射システムは、その他のFOV外の細胞がセルフロックされたままである一方、ウエハ全体を走査して、対象の細胞を放出することができる。
【0088】
シミュレーション及び製造
SLOTは、暗状態と明状態の2つの動作状態を有する。暗状態では、交流電圧のみが印加される。明状態では、交流電圧と照射光ビームの両方が印加される。SLOTが暗状態と明状態でどのように動作するかを理解するために、数値シミュレーションを行うことが有用である。
図10は、数値シミュレーションされた電界強度分布及び光照射画素と周囲の暗画素のDEP力を示す。高周波数(10MHz)の交流バイアスが印加され、酸化アルミニウムの絶縁層(30nm)を通って部分的な電圧リークを作り、暗状態で負のDEPの単一の細胞トラップを形成する。DEP力は暗状態では電極の中心を指し、単一の細胞をロックする。逆に、明状態では、DEP力は電極の中心の外部を指し、それによって単一の細胞を放出する。これは、セルフロッキング及び選択的な放出が達成され得る基本的な理由である。セルフロッキングと光放出機能の分離は、SLOTを超広範囲の領域に拡張することを約束する。
【0089】
1つの例示的な実施形態において、デバイスはp型の高度にドープされた単結晶シリコン基板上に製造される。リング形状のパターンはフォトリソグラフィから生成され、n型のイオン注入マスクとしての役割をする。10nmの(チタン)金属薄膜上の100nm(金)は、基板に蒸着され、リフトオフプロセスが続く。最後に、電極と緩衝液を接触するために、5μmの円形の開口のアレイで30nmの酸化アルミニウムの薄膜をパターニングする。酸化アルミニウム薄膜を選択するのは、セルフロッキングと放出機能の両方を達成する上で重要な役割をするためであることは注目に値する。膜は、交流電圧からの電界が部分的に暗状態の薄膜を通って漏れ、セルフロッキング機能を可能にするように、薄く、高誘電率を有するべきである。生体適合性の両面テープは、商用の紙裁断機によりパターニングされ、そこを通って細胞の試料が導入可能なマイクロ流体チャネルとして機能する。チャネルの幅は約200μmである。従来の縦型フォトトランジスタの設計と異なり、1度のみのイオン注入を必要とし、トレンチ分離を必要としない横型のフォトトランジスタの設計を提案し、実現した。イオン注入のドーピング濃度及び厚さは最適化されている。横型の設計の最大の利点は、縦型の設計に比べ、DEPのトラップは、捕捉領域がウエハレベル全体に拡張されることが可能なように光照射にもはや依存しないことである。横型の設計の別の有用な点は、光子と電子の経路は分離されているため、光吸収とデバイスの構造を個別に調整する自由があることである。
【0090】
デバイスの特性
更に、レーザ走査システムと蛍光顕微鏡とを統合し、デバイス特性化及び動作条件の較正を行う。532nmで10mWの緑色のレーザが誘導され、labviewで制御された走査ミラーのセットを介してデバイスの表面上に集中させる。直線偏光子は、光の強度が0.5W/cm
2から5W/cm
2の間になるようにレーザ出力を調節するために使用される。
【0091】
実際のデバイスに沿って製造された円形の試験構造は、
図11に示されているように電気特性化に使用された。I−V曲線は、1W/cm
2の照明強度で記録された。単結晶シリコンにおける高フォトトランジスタの利得及びキャリア移動度のため、10Vのピークツーピーク電圧下の暗状態におけるよりも、明状態で3桁高い光電流が確認された。細胞培養培地の伝導度を指す基準線(オレンジ色)もまた図化されており、暗状態でフォトトランジスタの抵抗値は、細胞培養培地のものに比べて少なくとも10倍大きいことを示す。一方、明状態のフォトトランジスタの抵抗値は10倍小さい。
【0092】
実験結果
図12に示されているように、1×1cm
2の領域に渡る細胞培養培地(DMEM)におけるSLOTの様々な操作機能を実証する。ここで、広範囲の領域のセルフロッキング、個別の移動及びアレイの形成を示す。
図12のパネルaにおいては、超広範囲の領域でのセルフロッキングが実証される。全デバイスの動作領域は、1cm
2超である。しかしながら、単に顕微鏡のFOVの制限によって、一度に比較的小さな領域を観察することのみができる。
【0093】
上述の考察に基づき、セルフロッキング機能は、十分な電力が提供されている限り、効果的なセルフロッキング領域は全ウエハレベルにすら拡張されることが可能であるように、完全に観察から独立している。
図12のパネルb及び
図12のパネルdにおいては、単一の細胞の操作は投影されたレーザビームを通して達成される。多数の粒子は順次、放出される。
図12のパネルcでは、微小粒子の5×3のアレイが形成される。
【0094】
1cm
2のSLOTプラットフォーム上で捕捉された約120,000個の粒子があり、そのそれぞれは順次検査され光学的に放出されることができる。注目すべきある実験の詳細は、超広範囲の領域のセルフロッキング及び放出を可能にするには、特に高導電性の細胞培養培地においては、デバイスが消費する電力は規格を容易に超えるため、汎用のファンクションジェネレータだけではもはや適切ではない可能性があることである。ここでは、12MHzの交流入力を増幅することが可能な高出力増幅器を使用する。
【0095】
通常の細胞培養培地での単一の細胞の操作は、多くの実際の生物医学用途には重要である。しかしながら、たいていのOETベースの技術は、低導電性媒体(通常約0.01S/m)においてのみ動作が可能である。増殖及び成長のような、正常な細胞の挙動は、通常の生理学的緩衝液(典型的には約1S/m)以外の媒体において期待されることができない。5μLの試料溶液(DMEMにおいて懸濁されたRamos)は、8MHz及び10Vppに設定された外部のファンクションジェネレータを備えるSLOTデバイスに導入される。対物レンズの視界内の光ビームは選択的に対象となる単一の細胞を放出することを示した。
【0096】
図13においては、非標的細胞がロックされたままであるのに対し、対象とする標的細胞がどのように位置1から位置6へと移動されたかを順を追って示す。最初は、2つの細胞はDEPトラップによってセルフロックされた。次に、レーザビームを標的細胞が配置されたところに移動した。これは照射されたフォトトランジスタで光電流が劇的に増加する結果となった。したがって、DEPトラップはオフになり、捕捉された細胞はバックグラウンドのマイクロ流体の流れによって放出された。トラップから細胞を放出するのに0.5秒未満かかる。一般的なバックグラウンドの流れの速度は50μm/秒であった。これらのパラメータは異なる実験条件によって変化する。
【0097】
SLOTの動作は、現代のフォトリソグラフィにおいて広く使用されている「ステッパー」の概念と類似する。SLOT基板に固定されたまたはプログラム可能な光パターンを投影する。対象とする細胞は、1つ1つまたはバッチ毎に放出されることができる。各電極の位置は事前に設計されているため、放出機能はリアルタイムの観察なく実行されることができ、これはSLOTが対物レンズの視界を超えてでも細胞を操作することができることを示している。
【0098】
結論
広範囲の領域にわたる細胞培養培地における、単一の細胞の操作のための新規のセルフロッキング光電子ピンセット(SLOT)を報告する。SLOTは、広範囲の領域での通常の生理学的緩衝液における単一の細胞の操作に対する、従来の光電子ピンセット(OET)の2つの主要な技術上の障壁に対処する。独特な横型でリング形状のフォトトランジスタの設計により、高伝導性媒体(>1S/m)の操作において高スループット(120,000個を超える粒子)操作が達成された。セルフロッキングの概念は、従来のOETの操作領域を1cm
2にまで、またはそれよりもさらに広範囲の領域にまで拡張するための鍵である。SLOTの潜在的な用途は、組織工学、創薬スクリーニング(Nilsson et al.(2009)Analytica Chimica Acta,649(2):141−157)、細胞間伝達、希少細胞分取及び体外受精(Valley et al.(2010)PloS One,5(4):e10160)を含む。
【0099】
本明細書に記載された実施例及び実施態様は説明のみを目的としており、それらに照らした種々の改良または変更は、当業者に対して示唆され、また、本出願の趣旨及び範囲内に、そして、添付された特許請求の範囲の範囲内に含まれるべきであることが理解される。本明細書で引用された全ての出版物、特許、特許出願は、その全体がすべての目的に関して参照により本明細書に組み込まれる。