(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6926248
(24)【登録日】2021年8月6日
(45)【発行日】2021年8月25日
(54)【発明の名称】近視抑制方法及び薬物の製造における用途
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7034 20060101AFI20210812BHJP
A61K 31/353 20060101ALI20210812BHJP
A61P 27/10 20060101ALI20210812BHJP
C07H 15/18 20060101ALN20210812BHJP
C07D 311/36 20060101ALN20210812BHJP
【FI】
A61K31/7034
A61K31/353
A61P27/10
!C07H15/18
!C07D311/36
【請求項の数】1
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2019-572484(P2019-572484)
(86)(22)【出願日】2017年8月16日
(65)【公表番号】特表2020-527544(P2020-527544A)
(43)【公表日】2020年9月10日
(86)【国際出願番号】CN2017097575
(87)【国際公開番号】WO2019000605
(87)【国際公開日】20190103
【審査請求日】2020年1月30日
(31)【優先権主張番号】201710511445.X
(32)【優先日】2017年6月29日
(33)【優先権主張国】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】519300611
【氏名又は名称】温州医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】周翔天
(72)【発明者】
【氏名】瞿佳
(72)【発明者】
【氏名】趙斐
(72)【発明者】
【氏名】潘妙珍
(72)【発明者】
【氏名】張森
(72)【発明者】
【氏名】周清怡
(72)【発明者】
【氏名】呉昊
【審査官】
大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】
中国特許出願公開第105412357(CN,A)
【文献】
国際公開第2007/016656(WO,A1)
【文献】
Drug Design, Development and Therapy,2016年,Vol. 2016, No. 10,p. 3071-3081
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K、A61P、C07D、C07H
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サリドロシド又はホルモノネチンを含むことを特徴とする近視抑制のための医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近視抑制方法及び薬物の製造における用途に関する。
【背景技術】
【0002】
人間の近視は一般に眼軸の過度な延長として発生し、網膜での鮮明な結像を得るために眼軸が過度に延長することで生じた屈折異常である。眼軸の延長は主として後極部の拡張として現われる。動物実験を用いた研究により、ヒヨコ、トガリネズミ、サル、モルモット等の近視動物モデルにおいていずれも強膜が薄くなり後極部で強膜が拡張するなど病理学的変化が生じていることが判明した。これらの事実から、近視が発生・進行する過程で強膜組織の再構成が生じていることが示されていた。
【0003】
強膜は、細胞外マトリックスとマトリックスを分泌する線維芽細胞とからなる。哺乳類近視モデルを用いた研究により、近視眼における強膜の病理学的変化は主に、コラーゲンの合成低減・分解増加などによるコラーゲンの数量変化が原因であることが判明した。
【0004】
強膜コラーゲンの異常な再構成は、強膜の生化学的性質を変え、その薄さを低減し、さらに強膜のクリープ変形を増大させ、引張強さを低減する。薄くなった強膜は正常な眼圧に耐えられず眼軸が延長する結果として、近視が発生する。したがって、近視の発生・進行において強膜は重要な役割を果たす部分である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来技術の欠点を解消するため、シングルセルトランスクリプトーム解析を行って、筋線維芽細胞の中で組織の酸素欠乏に関連するeIF2α及びNrf2などの経路が異常に活性化されていることが判明し、組織の酸素欠乏は強膜の細胞外マトリックス再構成において重要な役割を果たす可能性があることが示されている。さらに研究を進めると、近視誘導により強膜酸素欠乏誘導因子1α(HIF1α)の発現のアップレギュレーションを特異的に引き起こすことができ、近視回復期において正常に戻ることが判明し、近視発生時は強膜組織に酸素欠乏状態が生じていることが示されている。また、酸素欠乏は近視の発生を誘導する重要な要因であるため、本発明は、近視抑制方法及び薬物の製造における用途を提供し、HIF−1αの発現阻害により眼内の酸素欠乏を抑制することで近視を是正し、近視抑制方法を得る。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の技術的課題を解決するために次の発明を採用する。眼内の強膜組織の酸素欠乏を抑制することで近視を抑制する近視抑制方法である。
【0007】
前記方法は、強膜酸素欠乏誘導因子−1α(HIF−1α)の発現を阻害することにより眼内の強膜組織の酸素欠乏を抑制し近視を抑制することを含む。
【0008】
近視抑制薬物の製造における強膜酸素欠乏誘導因子−1αの阻害剤の用途である。
【0009】
前記強膜酸素欠乏誘導因子−1αの阻害剤は、サリドロシド又はホルモノネチンである。
【0010】
眼内の強膜組織の酸素欠乏抑制薬物の製造におけるサリドロシド又はホルモノネチンの用途である。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、以下の有益な効果を有する。本発明は、近視抑制方法及び薬物の製造における用途を提供する。眼内のHIF−1αの発現阻害により抗酸素欠乏の効果を果たすことで近視を抑制し、眼内のHIF−1αの作用を阻害することで抗酸素欠乏の効果を果たすことにより、効果的に近視を緩和・抑制することができる。本発明はHIF−1α阻害剤であるサリドロシド及びホルモノネチンを利用してHIF−1αの活性を阻害することで抗酸素欠乏の効果を果たし、顕著な近視緩和効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、対照の正常眼、形態覚遮断1週間実験眼及び対側眼、形態覚遮断1週間回復2日間実験眼及び対側眼の強膜HIF−1αタンパク質発現量である。
【
図2】
図2は、サリドロシド(SDS)注射実験眼と対側眼とのディオプトリの差値図である。
【
図3】
図3は、サリドロシド(SDS)注射実験眼と対側眼との硝子体腔の深さの差値図である。
【
図4】
図4は、サリドロシド(SDS)注射実験眼と対側眼との眼軸の長さの差値図である。
【
図5】
図5は、ホルモノネチン(FMN)注射実験眼と対側眼とのディオプトリの差値図である。
【
図6】
図6は、ホルモノネチン(FMN)注射実験眼と対側眼との眼軸の長さの差値図である。
【
図7】
図7は、サリドロシド(SDS)注射後における強膜HIF−1α及びコラーゲンの発現変化である。
【
図8】
図8は、ホルモノネチン(FMN)注射後における強膜HIF−1α及びコラーゲンの発現変化である。
【0013】
ここで、「差値」とは、実験眼と対側眼とのディオプトリ又は眼軸パラメータの差値を指す。サリドロシド注射溶媒群と投与群との比較では、繰り返し測定の二元配置分散分析を用いる。「*」はP<0.05を、「**」はP<0.01を、「***」はP<0.001を表す。ホルモノネチン注射溶媒群と投与群との比較では、一元配置分散分析を用いる。「*」はP<0.05を表す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本実験に用いた実験動物は、全て3週齢イギリス短毛種三色モルモットである。マスク遮蔽法を用いて片眼形態覚遮断(FD)近視モデルを作成した。近視眼の強膜HIF−1α発現実験において、正常対照群、FD1週間群、FD1週間回復2日間群と無作為に動物を3群分けした。モデル作成完了後、強膜を取得し、ウエスタンブロッティング(Western Blot)を利用してHIF−1α発現レベルを検出し、強膜に酸素欠乏が生じていることが判明し、回復期においてHIF−1αの発現が正常なレベルに戻ることから、酸素欠乏は近視と密接に関係することが示されていた。
【0015】
投与実験では、形態覚遮断眼にHIF−1α阻害剤であるサリドロシド及びホルモノネチンの眼球周囲注射を実施することにより、眼内のHIF−1αの活性を阻害した。サリドロシド注射実験では、形態覚遮断+溶媒対照群(FD+0.9%生理食塩水(NS))、形態覚遮断+低濃度薬物群(FD+SDS 1μg)、形態覚遮断+高濃度薬物群(FD+SDS 10μg)と、無作為に動物を3群分けした。ホルモノネチン注射実験では、形態覚遮断+溶媒対照群(FD+DMSO)、形態覚遮断+低濃度薬物群(FD+FMN 0.5μg)、形態覚遮断+高濃度薬物群(FD+FMN 5μg)と、無作為に動物を3群分けした。毎日午前9時に眼球周囲薬物注射を実施し、4週間連続注射し、対側眼は処置しない。実験前、投与開始2週後、投与開始4週後に赤外線偏心屈折計(EIR)を利用してそれぞれディオプトリを、Aスキャン超音波検査(11MHz)により硝子体腔の深さ及び眼軸の長さなどの眼軸パラメータを測定した。投与完了後、強膜を取得し、ウエスタンブロッティング(Western Blot)を利用してHIF−1α及びI型コラーゲンの発現レベルを検出した。
【0016】
近視眼の強膜HIF−1α検出において、FD1週間実験眼(FD T)のHIF−1α発現レベルが対側眼(FD F)より顕著に上昇し、FD1週間回復2日間後(RC)、HIF−1α発現における両眼間の差異は消失することから、近視発生時は強膜組織に酸素欠乏状態が生じており、酸素欠乏は近視の発生・進行の調節に関与する可能性があることが示されていた。
【0017】
実験前後の測定パラメータを比較すると、投与群の形態覚遮断眼は、屈折性近視の程度及び硝子体腔と眼軸の延長の程度がいずれも形態覚遮断溶媒群を下回り、溶媒対照群との比較は統計的有意性を有することが判明した。したがって、HIF−1α阻害剤であるサリドロシド及びホルモノネチンの眼球周囲注射によりHIF−1αの活性を阻害することで、モルモットにおける形態覚遮断性近視の発生を抑制できる。
【0018】
投与後HIF−1α及びI型コラーゲンの発現レベルを検出した結果、HIF−1α阻害剤であるサリドロシド及びホルモノネチンの眼球周囲注射後、HIF−1α発現のアップレギュレーションが阻害され、I型コラーゲン発現のダウンレギュレーションが阻害されていることが判明した。したがって、HIF−1α阻害剤であるサリドロシド及びホルモノネチンの眼球周囲注射は、強膜I型コラーゲンの発現を調節できる。
【0019】
図1に示すように、形態覚遮断1週間後、遮断眼は対側眼より強膜のHIF−1α発現が顕著にアップレギュレーションされ、形態覚遮断回復2日間群で両眼のHIF−1α発現に差異がないことから、近視発生時は強膜組織が酸素欠乏状態にあることが示されていた。
【0020】
図2に示すように、実験4週間後、形態覚遮断サリドロシド注射は形態覚遮断溶媒注射群より近視の発生が顕著に軽減されていることから、HIF−1α阻害剤であるサリドロシドは形態覚遮断性近視の進行を抑制できることが示されていた。
【0021】
図3に示すように、実験4週間後、サリドロシド注射群は硝子体腔の延長が溶媒群を下回っていることから、HIF−1α阻害剤であるサリドロシドは形態覚遮断における硝子体腔の延長を抑制できることが示されていた。
【0022】
図4に示すように、実験4週間後、サリドロシド注射群は眼軸の延長が溶媒群を下回っていることから、HIF−1α阻害剤であるサリドロシドは形態覚遮断における眼軸の延長を抑制できることが示されていた。
【0023】
図5に示すように、実験4週間後、形態覚遮断ホルモノネチン注射は形態覚遮断溶媒注射群より近視の発生が顕著に軽減されていることから、HIF−1α阻害剤であるホルモノネチンは形態覚遮断性近視の進行を抑制できることが示されていた。
【0024】
図6に示すように、実験4週間後、ホルモノネチン注射群は眼軸の延長が溶媒群を下回っていることから、HIF−1α阻害剤であるホルモノネチンは形態覚遮断における眼軸の延長を抑制できることが示されていた。
【0025】
図7に示すように、サリドロシド注射後、FDM眼の強膜のHIF−1αアップレギュレーションは阻害され、コラーゲン発現のダウンレギュレーションは阻害されていることから、HIF−1α阻害剤であるサリドロシドは強膜I型コラーゲンを調節することで近視の進行を抑制できる可能性があることが示されていた。
【0026】
図8に示すように、ホルモノネチン注射後、FDM眼の強膜のHIF−1αアップレギュレーションは阻害され、コラーゲン発現のダウンレギュレーションは阻害されていることから、HIF−1α阻害剤であるホルモノネチンは強膜I型コラーゲンを調節することで近視の進行を抑制できる可能性があることが示されていた。
【0027】
上記の実験によって、近視発生時は強膜組織が酸素欠乏状態にあることが証明されていた。HIF−1α阻害剤であるサリドロシド及びホルモノネチンを利用してHIF−1αの活性を阻害して抗酸素欠乏の効果を果たすことにより、顕著な近視緩和効果を得ることができる。サリドロシド及びホルモノネチンの近視抑制効果は、強膜I型コラーゲンの調節により実現する可能性がある。
【0028】
上記の内容は、本発明の好ましい実施形態に過ぎず、本発明の保護範囲は上記の実施例に限定されない。本発明の趣旨に合致する発明であればいずれも本発明の保護範囲に含まれる。なお、当業者が本発明の趣旨を逸脱することなく、様々な改善、変更を加えることができ、これらも本発明の保護範囲に含まれる。