特許第6930722号(P6930722)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6930722磁性材料、電子部品及び磁性材料の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6930722
(24)【登録日】2021年8月16日
(45)【発行日】2021年9月1日
(54)【発明の名称】磁性材料、電子部品及び磁性材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/20 20060101AFI20210823BHJP
   H01F 1/24 20060101ALI20210823BHJP
   B22F 1/02 20060101ALI20210823BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20210823BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20210823BHJP
【FI】
   H01F1/20
   H01F1/24
   B22F1/02 G
   B22F1/00 G
   B22F1/00 F
   C22C38/00 303S
【請求項の数】18
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-124346(P2017-124346)
(22)【出願日】2017年6月26日
(65)【公開番号】特開2019-9307(P2019-9307A)
(43)【公開日】2019年1月17日
【審査請求日】2020年6月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000204284
【氏名又は名称】太陽誘電株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100196575
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 満
(72)【発明者】
【氏名】織茂 洋子
(72)【発明者】
【氏名】李 新宇
(72)【発明者】
【氏名】竹岡 伸介
【審査官】 木下 直哉
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−072367(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/20
H01F 1/24
B22F 1/00
B22F 1/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを含む軟磁性金属粒子と、
FeのX線強度比が50%以上で、Feが代表成分である結晶質の第1の酸化物層、SiのX線強度比が50%以上で、Siが代表成分である非晶質の第2の酸化物層、及び、FeとSiのX線強度比の総和が50%以上で、FeとSiが代表成分である非晶質の第3の酸化物層を有し、前記軟磁性金属粒子の表面を覆う多層酸化膜とを備え、
前記第1の酸化物層は、前記軟磁性金属粒子の表面と前記第2の酸化物層との間に介在し、
前記第3の酸化物層は、前記第2の酸化物層を被覆する
磁性材料。
【請求項2】
Feを含む軟磁性金属粒子と、
FeのX線強度比が50%以上で、Feが代表成分である結晶質の第1の酸化物層、SiのX線強度比が50%以上で、Siが代表成分である非晶質の第2の酸化物層、FeとSiのX線強度比の総和が50%以上で、FeとSiが代表成分である非晶質の第3の酸化物層、及び、FeとOのX線強度比の総和が50%以上で、FeとOが代表成分である結晶質の第4の酸化物層を有し、前記軟磁性金属粒子の表面を覆う多層酸化膜とを備え、
前記第1の酸化物層は、前記軟磁性金属粒子の表面と前記第2の酸化物層との間に介在し、
前記第3の酸化物層は、前記第2の酸化物層を被覆し、
前記第4の酸化物層は、前記第3の酸化物層を被覆する
磁性材料。
【請求項3】
Feを含む軟磁性金属粒子と、
FeのX線強度比が50%以上で、Feが代表成分である結晶質の第1の酸化物層、及び、FeとSiのX線強度比の総和が50%以上で、FeとSiが代表成分である非晶質の第2の酸化物層を有し、前記軟磁性金属粒子の表面を覆う多層酸化膜とを備え、
前記第2の酸化物層は、前記軟磁性金属粒子の表面と前記第1の酸化物層との間に介在する
磁性材料。
【請求項4】
Feを含む軟磁性金属粒子と、
FeのX線強度比が50%以上で、Feが代表成分である結晶質の第1の酸化物層、FeとSiのX線強度比の総和が50%以上で、FeとSiが代表成分である非晶質の第2の酸化物層、FeとCrのX線強度比の総和が50%以上で、FeとCrが代表成分である結晶質の第3の酸化物層、及び、FeとSiのX線強度比の総和が50%以上で、FeとSiが代表成分である非晶質の第4の酸化物層、を有し、前記軟磁性金属粒子の表面を覆う多層酸化膜とを備え、
前記第4の酸化物層は、前記軟磁性金属粒子の表面と前記第3の酸化物層との間に介在し、
前記第2の酸化物層は、前記第3の酸化物層を被覆し、
前記第1の酸化物層は、前記第2の酸化物層を被覆する
磁性材料。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の磁性材料であって、
前記軟磁性金属粒子は、純鉄粉である
磁性材料。
【請求項6】
請求項3又は4に記載の磁性材料であって、
前記軟磁性金属粒子は、Fe、元素L(但し、元素LはSi、Zr、Tiのいずれかである。)及び元素M(但し、元素MはSi、Zr、Ti以外であってFeより酸化し易い元素である。)を含む軟磁性合金粒子である
磁性材料。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1つに記載の磁性材料の集合体で構成された磁心
を具備する電子部品。
【請求項8】
Feを含む軟磁性金属粒子、エタノール及びアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール及び水を含む処理液を複数回に分けて滴下しながら混合することで、前記軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を形成し、
前記軟磁性金属粒子を還元性雰囲気で900℃以下の第1の温度に加熱することで、前記シリコン酸化膜の表面に前記Feが拡散した酸化物層を形成する
磁性材料の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の磁性材料の製造方法であって、さらに、
前記軟磁性金属粒子を還元性雰囲気で700℃以下の第2の温度に加熱する
磁性材料の製造方法。
【請求項10】
請求項8に記載の磁性材料の製造方法であって、さらに、
前記軟磁性金属粒子を酸化性雰囲気で700℃以下の第2の温度に加熱する
磁性材料の製造方法。
【請求項11】
Feを含む軟磁性金属粒子、エタノール及びアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール及び水を含む処理液を複数回に分けて滴下しながら混合することで、前記軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を形成し、
前記軟磁性金属粒子を酸化性雰囲気で400℃以下の第3の温度に加熱することで、前記シリコン酸化膜の表面に前記Feが拡散した酸化物層を形成する
磁性材料の製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の磁性材料の製造方法であって、さらに、
前記軟磁性金属粒子を還元性雰囲気で700℃以下の第2の温度に加熱する
磁性材料の製造方法。
【請求項13】
請求項11に記載の磁性材料の製造方法であって、さらに、
前記軟磁性金属粒子を酸化性雰囲気で700℃以下の第2の温度に加熱する
磁性材料の製造方法。
【請求項14】
請求項8〜13のいずれか1つに記載の磁性材料の製造方法であって、
前記シリコン酸化膜の厚みは、25nm以下である
磁性材料の製造方法。
【請求項15】
請求項8〜14のいずれか1つに記載の磁性材料の製造方法であって、
前記シリコン酸化膜の形成は、
前記軟磁性金属粒子、エタノール及びアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール及び水を含む処理液を複数回に分けて滴下しながら混合し、
前記軟磁性金属粒子を乾燥させる
ことを含む
磁性材料の製造方法。
【請求項16】
請求項8〜15に記載の磁性材料の製造方法であって、
前記軟磁性金属粒子は、純鉄である
磁性材料の製造方法。
【請求項17】
請求項8〜15に記載の磁性材料の製造方法であって、
前記軟磁性金属粒子は、Fe、元素L(但し、元素LはSi、Zr、Tiのいずれかである。)及び元素M(但し、元素MはSi、Zr、Ti以外であってFeより酸化し易い元素である。)を含む軟磁性合金粒子である
磁性材料の製造方法。
【請求項18】
Feを含む軟磁性金属粒子、エタノール及びアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール及び水を含む処理液を複数回に分けて滴下しながら混合することで、前記軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を形成する
磁性材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばインダクタ等の電子部品を構成する磁性材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インダクタ、チョークコイル、トランス等といった電子部品は、磁心としての磁性体と、この磁性体の内部または表面に形成されたコイルとを有する。磁性体の材料としては、例えば、NiCuZn系フェライト等のフェライト材料が一般に用いられている。
【0003】
近年、この種の電子部品には大電流化が求められており、その要求を満足するために、磁性体の材料を従前のフェライトから金属系の材料に切り替えることが検討されている。金属系の材料としては、FeSiCr合金、FeSiAl合金等が知られており、例えば特許文献1には、FeSiCr系軟磁性合金粉の合金相同士がFe、Si及びCrを含む酸化物相を介して結合された圧粉磁心が開示されている。
【0004】
一方、金属系の磁性材料は、材料自体の飽和磁束密度がフェライトに比べて高い反面、材料自体の体積抵抗率が従前のフェライトに比べて低いため、電気絶縁特性の更なる向上が求められている。例えば特許文献2には、Feを主成分とする軟磁性金属粒子の粒子間にガラス部が介在する軟磁性圧粉磁心が開示されている。ガラス部は、低融点ガラス材料を加圧状態で熱により軟化させることで形成される。低融点ガラス材料は、融点が低く、加熱により軟磁性金属粒子間で拡散反応が起こり、軟磁性金属粒子の表面を覆う酸化物部で埋めきれない大きさの空隙を埋めることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2015−126047号公報
【特許文献2】特開2015−144238号公報
【特許文献3】特開2007−92120号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、軟磁性金属粒子間の隙間をガラスで埋めることは難しく、絶縁の安定性に欠けるという問題がある。また、軟磁性金属粒子間の隙間をガラスで埋めることができたとしても、軟磁性金属粒子の酸化反応が不安定となり、かえって絶縁特性を低下させるおそれがある。
【0007】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、絶縁特性を向上させることができる磁性材料及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係る磁性材料は、Feを含む軟磁性金属粒子と、上記軟磁性金属粒子の表面を覆う多層酸化膜とを具備する。
上記多層酸化膜は、Feを含む結晶質の第1の酸化物層と、Siを含む非晶質の第2の酸化物層とを有する。
【0009】
これにより、絶縁特性に優れた磁性材料を得ることができる。
【0010】
上記第1の酸化物層は、上記軟磁性金属粒子の表面と上記第2の酸化物層との間に介在してもよい。
この場合、上記多層酸化膜は、FeとSiを含み上記第2の酸化物層を被覆する第3の酸化物層をさらに有してもよい。
上記多層酸化膜は、FeとOを含み上記第3の酸化物層を被覆する第4の酸化物層をさらに有してもよい。
上記軟磁性金属粒子は、例えば、純鉄粉で構成される。
【0011】
一方、上記第2の酸化物層は、上記軟磁性金属粒子の表面と上記第1の酸化物層との間に介在してもよい。
この場合、上記第2の酸化物層は、Feをさらに含んでもよい。
上記構成の磁性材料において、上記軟磁性金属粒子は、例えば、Fe、元素L(但し、元素LはSi、Zr、Tiのいずれかである。)及び元素M(但し、元素MはSi、Zr、Ti以外であってFeより酸化し易い元素である。)を含む軟磁性合金粒子である。
【0012】
本発明の一形態に係る電子部品は、上記磁性材料の集合体で構成された磁心を具備する。
【0013】
本発明の一形態に係る磁性材料の製造方法は、Feを含む軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を形成することを含む。
上記軟磁性金属粒子は、還元性雰囲気で900℃以下の第1の温度に加熱される。
【0014】
上記方法によれば、軟磁性金属粒子の表面に、Feを含む結晶質の酸化物層とSiを含む非晶質の酸化物層とを有する多層酸化膜を形成することができる。これにより、絶縁特性に優れた磁性材料を得ることができる。
【0015】
上記磁性材料の製造方法は、さらに、上記軟磁性金属粒子を還元性雰囲気又は酸化性雰囲気で700℃以下の第2の温度に加熱することを含んでもよい。
【0016】
本発明の他の形態に係る磁性材料の製造方法は、Feを含む軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を形成することを含む。
上記軟磁性金属粒子は、酸化性雰囲気で400℃以下の第3の温度に加熱される。
【0017】
上記製造方法は、さらに、上記軟磁性金属粒子を還元性雰囲気、あるいは酸化性雰囲気で700℃以下の第2の温度に加熱してもよい。
【0018】
上記シリコン酸化膜の形成は、上記軟磁性金属粒子、エタノール及びアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール及び水を含む処理液を複数回に分けて滴下しながら混合し、上記軟磁性金属粒子を乾燥させることを含んでもよい。
これにより、軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を均一な厚みで形成することができる。
【0019】
上記軟磁性金属粒子は特に限定されず、純鉄でもよいし、軟磁性合金粒子であってもよい。軟磁性合金粒子は、例えば、Fe、元素L(但し、元素LはSi、Zr、Tiのいずれかである。)及び元素M(但し、元素MはSi、Zr、Ti以外であってFeより酸化し易い元素である。)を含む。
【0020】
本発明の他の形態に係る磁性材料の製造方法は、Feを含む軟磁性金属粒子、エタノール及びアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン)、エタノール及び水を含む処理液を複数回に分けて滴下しながら混合することで、上記軟磁性金属粒子の表面に非晶質のシリコン酸化膜を形成することを含む。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、絶縁特性に優れた磁性材料を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の第1の実施形態に係る磁性材料の構造を模式的に示す断面図である。
図2】上記磁性材料における多層酸化膜の構造を説明する模式図である。
図3】上記磁性材料の集合体で構成された磁性部材の微細構造の一例を模式的に示す断面図である。
図4】上記磁性材料の集合体で構成された磁性部材の微細構造の他の構成例を模式的に示す断面図である。
図5図4の磁性材料における多層酸化膜の構造を説明する模式図である。
図6】上記磁性部材の一適用例を示す概略構成図である。
図7】軟磁性金属粒子の表面に形成されたSiO微粒子の状態を模式的に示す断面図である。
図8】軟磁性金属粒子の表面に形成されたアモルファスSiO膜を模式的に示す粒子断面図である。
図9】上記アモルファスSiO膜の厚みと磁性材料の透磁率との関係を示す一実験結果である。
図10】上記アモルファスSiO膜の厚みと磁性材料の抵抗率との関係を示す一実験結果である。
図11】温度負荷時における磁性材料の抵抗率の時間変化を示す一実験結果である。
図12】本発明の第2の実施形態に係る磁性材料の構造を模式的に示す断面図である。
図13】上記磁性材料における多層酸化膜の構造を説明する模式図である。
図14】上記磁性材料の集合体で構成された磁性部材の微細構造の一例を模式的に示す断面図である。
図15】上記磁性材料における多層酸化膜の構造を説明する模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0024】
<第1の実施形態>
[磁性材料]
図1は、本発明の第1の実施形態に係る磁性材料の構造を模式的に示す断面図である。
【0025】
本実施形態の磁性材料は、図1に示す磁性粒子11で構成される。磁性粒子11は、軟磁性金属粒子P1と、軟磁性金属粒子P1の表面を覆う多層酸化膜F1とを備える。
【0026】
軟磁性金属粒子P1は、少なくともFeを含む金属粒子であって、本実施形態では、カルボニル鉄粉等の純鉄粉末で構成される。軟磁性金属粒子P1の平均粒子径は特に限定されず、本実施形態では、体積基準の粒子径とした見た場合の平均粒径d50(メディアン径)が、例えば、2μm〜30μmである。軟磁性金属粒子P1のd50は、例えば、レーザ回折散乱法を利用した粒子径・粒度分布測定装置(例えば、日機装社製のマイクロトラック)を用いて測定される。
【0027】
図2は、多層酸化膜F1の層構造を説明する模式図である。
【0028】
多層酸化膜F1は、第1〜第3の酸化物層F11〜F13を含む3層構造の酸化膜で構成され、軟磁性金属粒子P1により近い層(すなわち内側)から順に、第1の酸化物層F11、第2の酸化物層F12および第3の酸化物層F13がそれぞれ形成される。
【0029】
第1の酸化物層F11は、軟磁性金属粒子P1と第2の酸化物層F12との間に介在する。第1の酸化物層F11は、Fe(鉄)が代表成分(FeのX線強度比が50%以上)である結晶質の酸化物(Fe)で構成される。Feの酸化物は、典型的には、磁性体に属するFe、又は非磁性体に属するFe等である。第1の酸化物層F1は、典型的には、軟磁性金属粒子P1の表面に形成された自然酸化膜である。第1の酸化物層F11は、典型的には、第2の酸化物層F12よりも小さい厚みを有する。第1の酸化物層F11の厚みは特に限定されず、例えば、0.5nm〜10nmである。
【0030】
第2の酸化物層F12は、Siが代表成分(SiのX線強度比が50%以上)である非晶質の酸化物(Si)で構成される。Siの酸化物は、典型的には、SiOである。第2の酸化物層F12は、Siや酸素(O)以外の他の元素(例えばFe)を含有してもよい。第2の酸化物層F12の厚みは、1nm〜30nm、好ましくは、10nm〜25nmである。
【0031】
第3の酸化物層F13は、第2の酸化物層F12を被覆する。第3の酸化物層F13は、FeとSiが代表成分(FeとSiのX線強度比の総和が50%以上)である酸化物で構成される。第3の酸化物層F13は、典型的には、非晶質のSiO中に軟磁性金属粒子P1の組成成分であるFeが拡散し、析出した相で構成される。第3の酸化物層F13は、FeやSi、O以外の他の元素を含有してもよい。第3の酸化物層F13に含まれるFe、Si、Oは、例えば、FeSiOの形で存在することができる。第3の酸化物層F13は、典型的には、第2の酸化物層F12より厚く形成されるが、これに限られず、第2の酸化物層F12と同等以下の厚みで形成されてもよい。
【0032】
第1〜第3の酸化物層F11〜F13の界面には、FeやSiの成分比が低い酸化物層が介在してもよい。例えば、第1の酸化物層F11と第2の酸化物層F12との界面、あるいは、第2の酸化物層F12と第3の酸化物層F13との界面に、Fe及びSi、あるいはこれらの総和のX線強度比が50%未満である領域が存在してもよい。
【0033】
また、第1〜第3の酸化物層F11〜F13の界面は、明確に現れる場合に限られない。第2の酸化物層F12および第3の酸化物層F13の間には、FeあるいはSiの濃度分布が存在していてもよい。たとえば、第3の酸化物層F13の成分元素であるFeは、軟磁性金属粒子P1からの拡散元素であるため、第3の酸化物層F13にはその表面に向かってFe濃度が徐々に上昇する濃度勾配がある。同様に、第2の酸化物層F12には第3の酸化物層F13に向かってSi濃度が徐々に減少する濃度勾配があってもよい。
【0034】
多層酸化膜F1の化学組成を測定する方法としては、例えば、以下のとおりである。まず、磁性材料100を破断するなどしてその断面を露出させる。次いで、イオンミリング等により平滑面を出し、走査型電子顕微鏡(SEM)で撮影する。そして、多層酸化膜F1の部分をエネルギー分散型X線分析(EDS)によりZAF法で算出する。
【0035】
磁性粒子11は、例えば、コイルやインダクタ等における磁心を構成する磁性部材を製造するための原料粉末として用いられる。図3及び図4は、磁性粒子11の集合体で構成された磁性部材100,100'の微細構造の一例を模式的に示す断面図である。
【0036】
後述するように、図3に示す磁性部材100は、磁性粒子11を還元性雰囲気で熱処理することで作製され、図4に示す磁性部材100'は、磁性粒子11を酸化性雰囲気で熱処理することで作製される。磁性部材100'の多層酸化膜F1'は、磁性部材100の多層酸化膜F1と層構造が異なり、第3の酸化物層F13を被覆する第4の酸化物層F14をさらに有する。第4の酸化物層F14は、FeとOが代表成分(FeとOのX線強度比の総和が50%以上)である酸化物で構成される。図5は、多層酸化膜F1'の層構造を説明する模式図である。
【0037】
図3及び図4に示すように、磁性部材100,100'は、全体としては、もともとは独立していた多数の磁性粒子11どうしが結合してなる集合体、あるいは多数の磁性粒子11からなる圧粉体で構成される。図3及び図4には、3つの磁性粒子11の界面付近が拡大して描写されている。
【0038】
隣接する磁性粒子11どうしは、主として、それぞれの軟磁性金属粒子P1の周囲にある多層酸化膜F1,F1'を介して結合し、結果として、一定の形状を有する磁性部材100,100'が構成される。部分的には、隣接する軟磁性金属粒子P1が、金属部分どうしで結合していてもよい。多層酸化膜F1,F1'を介して結合する場合、及び金属部分どうしで結合する場合のいずれにおいても、有機樹脂からなるマトリクスを実質的に含まないことが、磁性粒子11の充填率を高くし、透磁率を向上するためには、好ましい。
【0039】
このようにして有機樹脂からなるマトリクスを実質的に含まずに結合された磁性粒子11どうしの間に残存するわずかな空隙には、結合に関与しない有機樹脂を含ませる事が出来る。これによって、磁性粒子11の絶縁特性を向上させ、磁性部材100,100'の磁気的な高周波特性を向上することができ、さらに好ましい。通常の有機樹脂の場合、多層酸化膜F1,F1'を介した結合を生成するための高い温度に耐えられない。磁性粒子11どうしの間に残存するわずかな空隙に結合に関与しない有機樹脂を含ませる事は、多層酸化膜F1,F1'を介した結合を生成したのちに、適宜冷却を行ない、その後結合に関与しない有機樹脂を含ませることで実現できる。
【0040】
また図3及び図4の例のような多層酸化膜F1,F1'を介しての結合ではなく、図1のような磁性粒子11単独もしくは、若干個の磁性粒子11がその金属部分で結合したものを、有機樹脂からなるマトリックスにて結合させてもよい。有機樹脂からなるマトリックスを結合に用いる場合、この有機樹脂が、図3及び図4に示された多層酸化膜F1,F1'を介した結合を生成するための高い温度に耐えられないことから、多層酸化膜F1,F1'を介した結合とは異なる。このようにして得られた磁性粒子11の集合体で構成された磁性部材100,100'は、充填率はあまり高くできない代わりに良好な絶縁性を持ち、製造工程に高温を要しないことから安価に製造できる。
【0041】
磁性部材100,100'は、図3及び図4に示すように、磁性粒子11(軟磁性金属粒子P1)どうしを結合する結合部V1を有する。結合部V1は、図3においては第3の酸化物層F13の一部で構成され、図4においては第4の酸化物層F14の一部で構成される。結合部V1の存在により、磁性部材100,100'の機械的強度と絶縁性の向上が図られる。
【0042】
磁性部材100,100'は、その全体にわたり、結合部V1を介して磁性粒子11どうしが結合していることが好ましいが、部分的に結合部V1を介さずに、磁性粒子11どうしが結合されている領域が存在していてもよい。さらに、磁性部材100,100'は、結合部V1も、結合部V1以外の結合部(軟磁性金属粒子P1間の結合部)もいずれも存在せず、磁性粒子11どうしが単に物理的に接触又は接近するに過ぎない形態が部分的に含まれてもよい。さらに、磁性部材100,100'は部分的に空隙を有していてもよい。さらに磁性部材100,100'はこの部分的な空隙に有機樹脂が充填されていてもよい。磁性粒子11間の結合部の存在は、例えば、約3000倍に拡大したSEM観察像(断面写真)において視認することができる。なお、軟磁性金属粒子P1間の結合部の存在により、透磁率の向上が図られる。
【0043】
図6は、磁性部材100,100'の一適用例を示す概略構成図である。図6に示すように磁性部材100,100'は、巻線型チップインダクタ1の磁心として構成される。磁性部材100,100'は、コイル2が巻回される軸状の巻き芯部101と、コイル2の両端に電気的に接続された一対の鍔部102とを有する。磁性材料100,100'の形状は図6に示す例に限られず、コイル部品の形態や仕様等に応じて適宜変更することが可能である。
【0044】
[磁性粒子の製造方法]
続いて、磁性粒子11の製造方法について説明する。
【0045】
図1及び図2に示す磁性粒子11の多層酸化膜F1は、磁性部材100,100'を形成する前の原料粒子の段階で、軟磁性金属粒子P1の表面に形成される。多層酸化膜F1は、第2の酸化物層F12を構成する非晶質シリコン酸化膜を軟磁性金属粒子P1の表面に形成する前処理と、上記非晶質シリコン酸化膜が表面に形成された軟磁性金属粒子P1を還元性雰囲気で900℃以下の温度に加熱する処理(第1の熱処理)とによって、形成される。
【0046】
(前処理)
前処理工程では、軟磁性金属粒子P1(第1の酸化物層F11)の表面に、第2の酸化物層F12を構成する非晶質シリコン酸化膜(アモルファスSiO膜)が形成される。前処理の方法は特に限定されず、本実施系形態では、ゾルゲル法を用いたコートプロセスが用いられる。
【0047】
ゾルゲル法においては、典型的には、原料粒子(軟磁性金属粒子)、エタノールおよびアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC)、エタノールおよび水を含む処理液を混合、撹拌した後、原料粒子をろ過・分離し、乾燥させることで、原料粒子の表面にSiO膜からなるコート層を形成することができる。
【0048】
しかしながら、上記混合液に上記処理液を一度に混合すると、均一核形成が優勢となる。この場合、溶液中でSiO粒子が核形成・粒成長して凝集体を形成し、その凝集体が原料粒子の表面に付着するため、コート層を安定に形成することができない。
【0049】
図7は、軟磁性金属粒子、エタノール、アンモニア水、TEOSおよび水を一度に混合した場合の金属粒子の表面に形成されたSiO微粒子の状態を模式的に示す断面図である。上記混合液の調製によりSiO微粒子の形成を行った場合、均一核形成および粒成長により得られるSiO粒子は、5万倍程度の倍率で高分解能TEM観察すると、例えば縞状に見える干渉模様が観察される。この干渉模様は結晶の格子縞であり、これが観察されることから当該処理方法で得られる凝集体は、結晶性である。
【0050】
そこで本実施形態では、前処理として、上記混合液に上記処理液を複数回に分けて滴下しながら混合することで、SiO粒子の均一核形成を抑制する。これにより、原料粒子表面での不均一核形成が優勢となり、原料粒子の表面にコート層(アモルファスSiO膜)をほぼ均一な厚みで安定に形成することができる。
【0051】
図8は、本実施形態の方法により軟磁性金属粒子P1の表面に形成されたコート層Gを模式的に示す粒子断面図である。コート層Gを5万倍程度の倍率で高分解能TEM観察すると、例えば縞状に見える干渉模様が観察されない。この干渉模様が観察されないことから、コート層Gは非晶質である。一般的に非晶質のSiOの絶縁抵抗値は結晶性のSiOの抵抗値より2〜3桁程度高い。したがって、コートしたSiOの膜厚が例えば1nmの厚みであっても、高い絶縁耐圧特性を有することができる。
【0052】
なお、コート層Gの厚みは、軟磁性金属粒子P1を含む混合液に滴下されるTEOSを含む処理液の最終的な濃度によって、例えば1nm〜100nmの範囲において、任意に調整することができる。
【0053】
このようにコート層Gが軟磁性金属粒子P1の表面に形成された磁性粉末10(図8参照)に対して、上述の熱処理(第1の熱処理)を施すことにより、コート層G(第2の酸化物層F12)の表面に第3の酸化物層F13が形成される。
【0054】
(第1の熱処理)
第1の熱処理では、磁性粉末10が還元性雰囲気において900℃以下の温度に所定時間加熱される。コート層Gは、第2の酸化物層F12として軟磁性金属粒子P1(第1の酸化物層F11)の表面に残留する。第3の酸化物層F13は、軟磁性金属粒子P1の成分元素であるFeが第1の酸化物層F11および第2の酸化物層F12を介して第2の酸化物層F12の表面に拡散することで形成される。
【0055】
第1の熱処理における還元ガスには、水素(H)、一酸化炭素(CO)、硫化水素(HS)などが挙げられるが、水素が好適である。熱処理炉も特に限定されず、ロータリーキルン等のような連続操業が可能な炉が好適であるが、これ以外にも、ロータリーハース、電気炉等も適用可能である。ロータリーキルン等を用いた第1の熱処理においては、磁性粉末を流動させることで、磁性粉末どうしの結合部を実質的に生成しないようにできる。熱処理温度は、第3の酸化物層F13の形成に必要な温度であれば特に限定されず、典型的には、900℃以下であり、好適には、600℃〜800℃である。処理時間は、熱処理温度に応じて適宜設定可能であり、熱処理温度が600〜800℃の場合は、例えば、1時間である。
【0056】
第1の熱処理が還元性雰囲気で実施されることにより、第3の酸化物層F13内のFeは酸化によるスピネル形成が抑制され、第3の酸化物層F13の結晶化が阻止される。このため、第3の酸化物層F13は、第2の酸化物層F12と同様にアモルファス状態(非晶質)が維持される。また、還元性雰囲気での熱処理により、第3の酸化物層F13の厚みは30〜50nmにとどまり、酸化性雰囲気での熱処理で形成される100nm以上に達する第3の酸化物層F13と比較して、高い透磁率が確保されるとともに、アモルファス状態の第2、第3の酸化膜層F12,F13により絶縁耐圧の向上も図ることができる。
【0057】
本発明者らは、コート層G(第2の酸化物層F12)の厚みが異なる複数の磁性粉末サンプルを作製し、各磁性粉末サンプルについて、水素雰囲気(還元性雰囲気)下において800℃で熱処理したときの透磁率と、大気雰囲気(酸化性雰囲気)下において800℃で熱処理したときの透磁率とをそれぞれ同一の手法で測定した。その結果を図9に示す。図中、横軸は、第2の酸化物層F12(アモルファスSiO膜)の厚みを示し、縦軸は、熱処理前の各磁性粉末サンプルの透磁率を100%としたときの各磁性粉末サンプルの透磁率の値を示している。
【0058】
図9に示すように、第2の酸化物層F12の厚みが大きくなるにつれて、熱処理前と比較したときの磁性粉末(磁性粒子)の透磁率の低下が大きくなる傾向にあるが、酸化性雰囲気での熱処理時と比較して、還元性雰囲気での熱処理時の方が、第2の酸化物層F12の厚みがいずれの値の場合においても透磁率の低下率が低い。その理由は、酸化性雰囲気での熱処理では、第2の酸化膜を取り込みながら磁性粒子そのものの酸化が顕著に進行し、第3の酸化物層F13の厚みが100nm以上に及び、酸化物層全体の厚みが大きくなるためである。
【0059】
続いて本発明者らは、上記各磁性粉末サンプルについて、同一の手法で抵抗率を測定した。その結果を図10に示す。図中、横軸は、第2の酸化物層F12(アモルファスSiO膜)の厚みを示し、縦軸は、前処理実施前(第2の酸化物層F12の形成前)における軟磁性金属粒子P1(第1の酸化物層F11を含む)の抵抗率を1としたときの各磁性粉末サンプルの抵抗率の値を示している。
【0060】
図10に示すように、還元性雰囲気で熱処理された磁性粉末サンプルは、第2の酸化物層F12の膜厚が大きくなるほど抵抗率が向上し、膜厚10nm以上で抵抗率が10000倍(測定限界)にまで向上する。これに対して、酸化性雰囲気で熱処理された磁性粉末サンプルは、第2の酸化物層F12の膜厚が大きくなるに従い、緩やかに上昇するものの、還元性雰囲気での熱処理には及ばない。その理由は、酸化性雰囲気での熱処理では、第2の酸化物層F12が、磁性粒子の酸化時に取り込まれながら結晶性のFeとSiの酸化膜層を形成するのに対し、還元性雰囲気での熱処理では、第2、第3の酸化物層F12,F13がアモルファス状態を維持するためである。また、第2の酸化物層F12の厚みの増加に伴い、抵抗率がさらに上昇するためである。
【0061】
図11は、還元性雰囲気で熱処理した各磁性粉末サンプルを恒温槽内で200℃に保持しながら、その抵抗率の時間変化を測定したときの一実験結果である。図中、横軸は、保持時間を示し、縦軸は、前処理実施前(第2の酸化物層F12の形成前)における軟磁性金属粒子P1(第1の酸化物層F11を含む)の抵抗率を1としたときの各磁性粉末サンプルの抵抗率の割合を示している。
【0062】
図11に示すように、第2の酸化物層F12の膜厚が2.5nm及び5nmである磁性粉末サンプルについては、保持時間の経過とともに抵抗率が劣化し、膜厚が2.5nmである磁性粉末サンプルでは膜厚が0nmの磁性粉末サンプルの抵抗率にまで低下する。これに対して、第2の酸化物層F12の膜厚が10nmである磁性粉末サンプルについては、抵抗率の劣化は認められなかった。このことから、第2の酸化物層F12の膜厚が10nm以上の場合に抵抗率の劣化は起こらないことが確認された。
【0063】
以上の結果から、第2の酸化物層F12の膜厚を5nm以上25nm以下とすることで、磁性粒子11の透磁率低下を前処理前の4割以下(図9参照)に抑えることができるともに、抵抗率の劣化を抑えることができる。また、第2の酸化物層F12の膜厚を10nm以上25nm以下とすることで、酸化性雰囲気で第1の熱処理を実施したときの磁性粉末の透磁率以上の透磁率を確保できるとともに(図9参照)、抵抗率の劣化のない安定した絶縁特性を確保することができる。
【0064】
(成形工程)
磁性部材100,100'は、磁性粒子11の集合体を所定形状に成形後、加熱処理を施すことで作製される。成形体を得る方法については特に限定なく、加圧成形法や積層法などの適宜の成形方法が適用可能である。
【0065】
加圧成形法では、原料粒子(磁性粒子11)に対して任意的にバインダ及び/又は潤滑剤を加えて撹拌した後に、例えば、1〜30t/cmの圧力をかけて所望の形状に成形する。この方法は、上述した巻線型チップインダクタの磁心(図6参照)などの作製に適用される。
【0066】
バインダとしては、熱分解温度が500℃以下であるアクリル樹脂、ブチラール樹脂、ビニル樹脂などの有機樹脂を用いることができる。このような有機樹脂を用いることで、熱処理後に成形体に有機樹脂を残りにくくすることができる。潤滑剤としては、有機酸塩などが挙げられ、具体的には、ステアリン酸塩、ステアリン酸カルシウムなどが挙げられる。潤滑剤の量は、原料粒子(磁性粒子11)100重量部に対して、例えば、0〜1.5重量部である。
【0067】
積層法では、原料粒子(磁性粒子11)を含有する磁性体シートを複数積み重ねた後、熱圧着することにより積層体を作製する。この方法は、積層型インダクタなどの作製に用いられる。磁性体シートの作製に際しては、ドクターブレードやダイコータ等の塗工機を用いて、予め用意した磁性体ペースト(スラリー)がプラスチック製のベースフィルムの表面に塗工される。次に、そのベースフィルムを熱風乾燥機等の乾燥機を用いて、約80℃、約5分の条件で乾燥させる。積層体は、ダイシング機やレーザ加工機等の切断機を用いて、部品本体サイズに切断される。
【0068】
(第2の熱処理)
第2の熱処理では、上述のようにして作製された成形体が、還元性雰囲気または酸化性雰囲気において700℃以下の温度に所定時間加熱される。還元性雰囲気による第2の熱処理により、図3に示すように第3の酸化物層F13に結合部V1が形成され、多数の磁性粒子11が結合部V1を介して結合された磁性部材100が作製される。さらに、第2の熱処理が還元性雰囲気で実施されることにより、第3の酸化物層F13の結晶化を抑制することができる。これにより、絶縁耐圧に優れた磁性部材100を製造することができる。
【0069】
一方、酸化性雰囲気による第2の熱処理では、図4に示すように、第3の酸化物層F13の外周部に第4の酸化物層F14が、主に第3の酸化物層F13より拡散してくるFeと外部より供与されるOにより形成される。第4の酸化物層F14により結合部V1が形成され、多数の磁性粒子11が結合部V1を介して結合された磁性部材100'が作製される。酸化物雰囲気による第2の熱処理についても、この第4の酸化物層F14が形成されるにことより第3の酸化物層F13の結晶化をある程度抑制することが可能となる。これにより、ある程度の絶縁耐圧性を有し、第4の酸化物層F14どうしで強固に結合した結合部V1を有する、強度に優れた磁性部材100'を製造することができる。
【0070】
第2の熱処理における還元ガスには、水素(H)、一酸化炭素(CO)、硫化水素(HS)などが挙げられるが、水素が好適である。第2の熱処理における酸化のためのガスには、大気(空気)が好適である。熱処理炉も特に限定されず、電気炉等の一般的な焼成炉が適用可能である。熱処理温度は、結合部V1の形成に必要な温度であれば特に限定されず、典型的には、700℃以下である。処理時間は、熱処理温度に応じて適宜設定可能であり、熱処理温度が700℃の場合は、例えば、5時間である。
【0071】
バインダや潤滑剤が添加された成形体においては、第2の熱処理前に、脱脂プロセスが行われてもよい。脱脂処理は、大気等の酸化性雰囲気中で、例えば500℃、約1時間の条件で実施される。脱脂プロセスは、第2の熱処理と同一の炉で実施されてもよいし、異なる炉で実施されてもよい。脱脂プロセスが第2の熱処理と同一の炉で実施される場合は、雰囲気ガスや加熱温度を切り替えることで、脱脂プロセスと第2の熱処理とを連続して実施することができる。
【0072】
なお、上述の第1の熱処理および第2の熱処理は、一連の処理として実施されることで、より効果を発揮するが、何れか一方の熱処理のみが実施されてもよい。第1の熱処理の温度は第2の熱処理の温度より高いが、磁性粒子は流動しているために磁性粒子どうしの結合部を実質生成しない。このためFeの熱拡散により形成される第3の酸化膜F13は、主としてより高温であり磁性粒子の流動している第1の熱処理によって安定的な一様な膜厚となるように形成される。これにより続けて行われる第2の熱処理において、還元性雰囲気の場合、予め形成された第3の酸化物層F13を基礎として、強固な結合部V1を形成できる。また、酸化性雰囲気の場合、予め形成された第3の酸化膜F13よりFeを供給されることでより均一な酸化物層F14を形成することができ、この場合も強固な結合部V1を形成できる。
【0073】
第1の熱処理を行わない場合は、磁性体(磁性材料100,100')を形成する前の原料粒子の段階で、第2の酸化物層F12を軟磁性金属粒子P1の表面に形成する前処理が施される。そして、第2の酸化物層F12が表面に形成された軟磁性金属粒子P1を、磁性部材を成形するための加圧成形法もしくは積層法による成形工程にて成形した後、第2の熱処理温度(700℃以下)で所定時間加熱する。この時必要に応じて、第2の熱処理の前に脱脂プロセスが行われてもよい。
【0074】
第2の熱処理では、その雰囲気が還元性雰囲気の場合は第3の酸化物層F13が形成され、これが結合部V1を形成する。酸化性雰囲気の場合は第3の酸化物層F13が形成され、その外周部にFeとOを主成分とする酸化物層F14が形成され、この酸化物層F14が結合部V1を形成する。第3の酸化物層F13を予め安定して一様に形成する効果は、第1の熱処理がされていないため得られない。第1の熱処理と第2の熱処理の両方を行う場合においては、第2の熱処理のみ行う場合に比べて強固な結合部V1を形成することができる。一方、第1の熱処理を省くことにより、安価な生産コストで一定水準の磁性部材を作製することができる。
【0075】
なおまた、第1の熱処理によって磁性粒子11を作製した後、焼成工程(第2の熱処理)によって磁性部材を作製する場合に限られない。例えば、図1に示す磁性粒子11を有機樹脂中に混合、分散させた複合材料によって磁性部材が構成されてもよい。この場合も、磁性体(磁性材料100)を形成する前の原料粒子の段階で、第2の酸化物層F12を軟磁性金属粒子P1の表面に形成する前処理が施される。そして、第2の酸化物層F12が表面に形成された軟磁性金属粒子P1を還元性雰囲気において第1の熱処理温度(900℃以下)で所定時間加熱した後、磁性部材を作成するための樹脂成型工程によって上述のように磁性部材が作製される。樹脂成型工程について、上述の方法によらず、既存の様々な方法を適宜援用しうる。このようにして、焼成工程を必要とすることなく所定形状の磁性部材を作製することができる。
【0076】
<第2の実施形態>
続いて、本発明の第2の実施形態について説明する。
図12は、本実施形態に係る磁性粒子21の構造を模式的に示す断面図、図13は、磁性粒子21の多層酸化膜の層構造を説明する模式図である。
【0077】
本実施形態の磁性材料は、図12に示す磁性粒子21で構成される。磁性粒子21は、軟磁性金属粒子P2と、軟磁性金属粒子P2の表面を覆う多層酸化膜F2とを備える。
【0078】
軟磁性金属粒子P2は、少なくともFe(鉄)を含む軟磁性合金粒子で構成される。軟磁性合金粒子としては、Feと、Feより酸化しやすい2種の元素(元素L及びM)とを少なくとも含む合金である。元素Lと元素Mとは相異なり、いずれも、金属元素又はSiである。元素L及びMが金属元素である場合は、典型的には、Cr(クロム)、Al(アルミニウム)、Zr(ジルコニウム)、Ti(チタン)などが挙げられ、好ましくは、CrまたはAlであり、さらにSi又はZrを含むことが好ましい。Feおよび元素L及びM以外に含まれていてもよい元素としてはMn(マンガン)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)P(リン)、S(硫黄)、C(炭素)などが挙げられる。
【0079】
本実施形態において軟磁性金属粒子P2は、FeCrSi合金粒子で構成される。軟磁性金属粒子P2の組成は、典型的には、Crが1〜5wt%、Siが2〜10wt%であり、不純物を除き、残りをFeとし全体で100wt%である。
【0080】
多層酸化膜F2は、Feを含む結晶質の第1の酸化物層F21と、Siを含む非晶質の第2の酸化物層F22とを有する。第2の酸化物層F22は、軟磁性金属粒子P2の表面と第1の酸化物層F21の間に介在する。
【0081】
多層酸化膜F2は、軟磁性金属粒子P2に対して、第1の実施形態と同様な前処理及び加熱処理(第3の熱処理)を施すことにより形成される。
【0082】
前処理工程では、軟磁性金属粒子P2の表面に、第2の酸化物層F22を構成する非晶質シリコン酸化膜(アモルファスSiO膜)が形成される。前処理の方法は特に限定されず、本実施系形態では、ゾルゲル法を用いたコートプロセスが用いられる。ゾルゲル法においては、典型的には、原料粒子(軟磁性金属粒子)、エタノールおよびアンモニア水を含む混合液中に、TEOS(テトラエトキシシラン、Si(OC)、エタノールおよび水を含む処理液を混合、撹拌した後、原料粒子をろ過・分離し、乾燥させることで、原料粒子の表面にSiO膜からなるコート層を形成することができる。
【0083】
本実施形態では、第1の実施形態と同様に、上記混合液に上記処理液を複数回に分けて滴下しながら混合することで、SiO粒子の均一核形成を抑制しながら、軟磁性金属粒子P2の表面に第2の酸化物層F22を構成するコート層(アモルファスSiO膜)を形成する。
【0084】
第3の熱処理工程では、第2の酸化物層F22が形成された軟磁性金属粒子P2を酸化性雰囲気において400℃以下の温度に所定時間加熱する。これにより、軟磁性金属粒子P2の成分元素であるFeの一部が第2の酸化物層F22の表面に向けて拡散し、結晶質の第1の酸化物層F21が形成される。熱処理温度を400℃以下とすることで、軟磁性金属粒子P2の他の成分元素であるSi,Crの拡散を抑制し、Feのみを選択的に拡散させることができる。
【0085】
以上のようにして、多層酸化膜F2を有する磁性粒子21が作製される。このようにして作製された磁性粒子21は、成形工程および第2の熱処理工程を経て、磁性粒子21の集合体(焼成体)で構成された磁性部材が作製される。第2の熱処理工程では、磁性粒子21の成形体が酸化性雰囲気において700℃以下の温度で所定時間、熱処理される。
【0086】
図14は、磁性粒子21の集合体で構成された磁性部材200の微細構造の一例を模式的に示す断面図である。図15は、磁性材料200における多層酸化膜F20の構造を説明する模式図である。
【0087】
図14に示すように、磁性部材200は、全体としては、もともとは独立していた多数の磁性粒子21どうしが結合してなる集合体、あるいは多数の磁性粒子21からなる圧粉体で構成される。図14には、3つの磁性粒子21の界面付近が拡大して描写されている。
【0088】
隣接する磁性粒子21どうしは、主として、それぞれの軟磁性金属粒子P2の周囲にある多層酸化膜F20を介して結合し、結果として、一定の形状を有する磁性部材200が構成される。部分的には、隣接する軟磁性金属粒子P2が、金属部分どうしで結合していてもよい。多層酸化膜F2を介して結合する場合、及び金属部分どうしで結合する場合のいずれにおいても、有機樹脂からなるマトリクスを実質的に含まないことが好ましい。
【0089】
多層酸化膜F20は、第1〜第4の酸化物層F21〜F24を含む4層構造の酸化膜で構成され、軟磁性金属粒子P2により近い層(すなわち内側)から順に、第4の酸化物層F24、第3の酸化物層F23、第2の酸化物層F22および第1の酸化物層F21がそれぞれ形成される。
【0090】
多層酸化膜F20における第1及び第2の酸化物層F21,F22は、磁性粉末21の多層酸化膜F2における第1及び第2の酸化物層F21,F22にそれぞれ相当する。第3及び第4の酸化物層F23,F24は、第2の熱処理によって生成された酸化物層であり、軟磁性金属粒子P2の表面と第2の酸化物層F22との間にそれぞれ形成される。
【0091】
第3の酸化物層F23は、軟磁性金属粒子P2の成分元素であるFeとCrを含む結晶質の酸化物層であり、典型的には、Crが代表成分である。第4の酸化物層F24は、軟磁性金属粒子P2の成分元素であるFeとSiを含む非晶質の酸化物層であり、典型的には、SiOが代表成分である。第3の酸化物層F23に含まれるCrおよび第4の酸化物層F24に含まれるSiは、いずれも軟磁性合金粒子P2の組成成分であるCrおよびSiが拡散、析出したものに相当する。
【0092】
多層酸化膜F20の存在により磁性部材200全体としての絶縁性が担保される。多層酸化膜F20の存在については、倍率約5000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)の組成マッピングによって確認することができる。多層酸化膜F20を構成する第1〜第4の酸化物層F21〜F24の存在については、倍率約20000倍の透過型電子顕微鏡(TEM)の組成マッピングによって確認することができる。第1〜第4の酸化物層F21〜F24の厚みについては、倍率約800000倍のTEMのエネルギー分散型X線分析装置(EDS)によって確認することができる。
【0093】
磁性部材200は、図14に示すように、軟磁性合金粒子P2どうしを結合する結合部V2を有する。結合部V2は、第1の酸化物層F21の一部で構成され、複数の軟磁性合金粒子P2を相互に結合する。結合部V2の存在は、例えば、約5000倍に拡大したSEM観察像などから視認することができる。結合部V2の存在により、機械的強度と絶縁性の向上が図られる。
【0094】
磁性部材200は、その全体にわたり、隣接する軟磁性合金粒子P2が結合部V2を介して結合していることが好ましいが、部分的に多層酸化膜F20を介さずに、軟磁性合金粒子P2どうしが結合されている領域が存在していてもよい。さらに、磁性部材200は、結合部V2も、結合部V2以外の結合部(軟磁性合金粒子P2どうしの結合部)もいずれも存在せず単に物理的に接触又は接近するに過ぎない形態が部分的に含まれてもよい。さらに、磁性部材200は部分的に空隙を有していてもよい。
【0095】
磁性部材200は以上のように作製されるが、第3の熱処理を省略することも可能である。この場合、前処理により第2の酸化物層F22が形成された軟磁性金属粒子P2の成形体を加圧成形法もしくは積層法の成形工程にて作製した後、酸化性雰囲気下において700℃以下の温度で熱処理する。これにより、第1の酸化物層F21、第3の酸化物層F23、第4の酸化物層F24および結合部V2が形成された磁性部材200を作製することができる。
【0096】
第2の酸化物層F22(コート層)の厚みは、処理液に含まれるTEOSの量で調整することができ、TEOSの量が多いほど厚い膜を得ることができる。第2の酸化物層F22の厚みは特に限定されないが、好ましくは、1nm以上20nm以下である。厚みが1nm未満の場合、第2の酸化物層F22のカバレッジ性が悪くなり、絶縁特性の向上を図ることが困難になる。また、厚みが20nmを超えると、軟磁性合金粒子P2の充填率の低下により磁性部材200の磁気特性が低下する傾向にある。
【0097】
また、第2の酸化物層F22の厚みは、第4の酸化物層F24の厚みと同等以上でもよいし、第4の酸化物層F24の厚みよりも小さくてもよい。第2の酸化物層F22の厚みを第4の酸化物層F24の厚みと同等以上にすることで、第2の酸化物層F22が存在しない場合と比較して、絶縁特性を効果的に高めることができる。一方、第2の酸化物層F22の厚みを第4の酸化物層F24の厚みよりも小さくすることで、第2の酸化物層F22の存在による磁気特性(比透磁率など)の低下を抑えることができる。
【0098】
特に、第4の酸化物層F24が、軟磁性合金粒子P2の表面全体を覆うように形成されるため、磁性体全体において、元素M(Cr)より元素L(Si)の含有率が高いことが好ましい。第4の酸化物層F24が存在することで、安定した絶縁性を得ることができる。また、元素Mの含有率を1.5〜4.5wt%とすることで、過剰な酸化を抑えつつ、第2及び第4の酸化物層F22,F24の厚みを薄くできる。また、ここで得られた第1、第2、第3および第4の酸化物層F21〜F24は、それぞれ結晶質、非晶質、結晶質および非晶質である。それぞれは、性質の異なる膜を交互に形成することで、絶縁性と酸化抑制とを併せ持つ酸化膜となり、必要以上の厚みを持たないことで、比透磁率を高くしつつ、絶縁性を併せ持つ磁性体を得ることになる。
【0099】
なおまた、第3の熱処理によって磁性粒子21を作製した後、焼成工程(第2の熱処理)によって磁性部材を作製する場合に限られない。例えば、図12に示す磁性粒子21を有機樹脂中に混合、分散させた複合材料によって磁性部材が構成されてもよい。この場合も、磁性体(磁性材料200)を形成する前の原料粒子の段階で、第2の酸化物層F22を軟磁性金属粒子P2の表面に形成する前処理が施される。そして、第2の酸化物層F22が表面に形成された軟磁性金属粒子P2を酸化性雰囲気において第3の熱処理温度(400℃以下)で所定時間加熱した後、磁性部材を作成するための樹脂成型工程によって上述のように磁性部材が作製される。樹脂成型工程については、既存の様々な方法を適宜援用しうる。このようにして、焼成工程を必要とすることなく所定形状の磁性部材を作製することができる。
【0100】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく種々変更を加え得ることは勿論である。
【0101】
例えば以上の実施形態では、磁性部材としてコイル部品あるいは積層インダクタの磁心を構成する磁性体を例に挙げて説明したが、これに限られず、モータ、アクチュエータ、ジェネレータ、リアクトル、チョークコイル等の電磁気部品に使用される磁性体にも、本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0102】
10…磁性粉末
11,21…磁性粒子
100,100',200…磁性部材
F1,F1',F2,F20…多層酸化膜
F11,F21…第1の酸化物層
F12,F22…第2の酸化物層
F13,F23…第3の酸化物層
F14,F24…第4の酸化物層
P1,P2…軟磁性金属粒子
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