(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
加齢黄斑変性(Age‐Related Macular Degeneration;AMD)は、多くの先進国において、65才以上の人口で失明を引き起こす最も主な疾病となっている。この疾患は、全種類の動物で視機能の核心的な役割を担っている網膜の恒常性および生理的な機能の維持において決定的な役割を担う網膜色素上皮細胞層(Retinal Pigment Epithelium;RPE)の機能低下、および年齢の増加による萎縮が最も主な原因であると知られている。また、その他に、RPEの基底膜の役割をするブルッフ膜(Bruch’s Membrane)の年齢による変化に起因した異常変化や、RPEおよび神経網膜の最外側に位置し、光伝達(phototransduction)が起こる光受容細胞(photoreceptor cell)に栄養分および酸素を供給する役割を担う脈絡膜毛細血管(Choriocapillaris)の退化などが、ともに作用すると考えられている。
【0003】
このような変化により現れる表現型によって、加齢黄斑変性は大別して2つに分類されるが、RPEとブルッフ膜、脈絡膜毛細血管の退化および機能低下を特徴とする乾性黄斑変性(Dry AMD)と、Dry AMDの様相に加えて、脈絡膜に起源する新生血管(Choroidal neovascularization;CNV)が伴われる湿性黄斑変性(wet AMD)と、に分類される。
【0004】
Dry AMDは、RPEと脈絡膜毛細血管との間に、補体系タンパク質とアポリポタンパク質(apolipoprotein)類のタンパク質が蓄積されるドルーゼン(drusen)の発生が特徴である。恐らく、これらの存在が脈絡膜毛細血管における酸素および栄養分の移動を妨害し、ドルーゼンの発生自体が、RPE細胞の機能低下を反映することであって、結果として、さらなる酸素の不足と物質移動の妨害、そして炎症の発生を引き起こすこととなり、結局、RPE細胞の死滅をもたらし、時間が経過するにつれて、RPE組織の広範囲な欠損を示す地図状萎縮(geographic atrophy;GA)が特徴として現れる。
【0005】
かかる表現型を有するdry AMDに対する治療としては、現在のところ特になく、単に抗酸化効果を有するビタミンや微量元素およびルテインを含有する健康食品で、その進行をやや遅延させることが知られている。近年、補体系(complement system)関連タンパク質をターゲットとする様々な臨床研究が行われたが、C3、C5などをターゲットとした研究は何れも失敗しており、factor blockadeのために開発された単クローン抗体薬剤であるLampalizumab(Roche社で開発)は、臨床2床で18ヶ月間観察した結果、毎月1回の硝子体腔内注射によりGAの拡大が20%抑制される効果が現れ、現在、3床の研究が行われている。
【0006】
Wet AMDは、dry AMDの患者の5〜10%で発生しており、視力の低下が数年もしくは十〜二十年の期間にわたって進行されるdry AMDと異なって、治療しない場合、数ヶ月内に失明を引き起こし得る急性型の表現型を示す。この場合、網膜下腔(subretinal space)および網膜色素上皮下空間(subRPE space)にわたった広範囲な酸素分圧および栄養分の低下、すなわち、組織内虚血(ischemia)現象と、それに伴われる炎症反応が主な役割をする。また、その他に、酸化ストレス(oxidative stress)、免疫学的機序で重要な役割をする補体系がまた働き、脈絡膜新生血管(CNV;Choroidal neovascularization)が特徴的に網膜下腔もしくは網膜色素上皮下空間で生じ、漿液流出および出血を引き起こすことになる。
【0007】
脈絡膜新生血管は、血管内皮細胞(endothelial cell)、RPE細胞、および単核球(monocyte)、マクロファージ(macrophage)などの炎症細胞(inflammatory cells)が発生させると知られている。Wet AMDに対する治療としては、2005年頃から始まった抗VEGF抗体(anti‐VEGF antibody)の使用により、多くの患者での失明を減少させている。このような薬剤の使用は、脈絡膜新生血管の発生においてVEGFが主な役割をすると知られているからである。しかし、抗VEGF抗体の使用は、脈絡膜新生血管の形成および成長を完璧に抑制することはできず、特に、脈絡膜新生血管が生じる網膜の中央部である中心窩部位の光受容細胞は、下に存在するRPE組織の崩壊により、結局、数年の時間が経過するとその機能を失うことになる。また、抗VEGF抗体を使用しても、脈絡膜新生血管の表面に存在する内皮細胞にのみ作用するため、脈絡膜新生血管のサイズは減少されず、増加し続ける。
【0008】
このような背景下で、脈絡膜新生血管の発生に関与する種々の信号伝逹体系のうちVEGF経路以外の経路を対象とする薬剤の開発が必ず必要であるといえる。近年、Novartis社では、抗VEGF抗体が効果的に血管内皮細胞に作用することを妨害する主原因と考えられるペリサイト(pericyte)を脈絡膜新生血管の内皮細胞から分離させ、抗VEGF抗体が内皮細胞とより十分に結合するようにすることで薬剤の効果を高めるという目的で、抗PDGF効果を有する薬剤を開発している。
【0009】
一方、mTOR(mammalian target of rapamycin)は、細胞の増殖とオートファジーにおいて重要な役割を担っており、悪性腫瘍の治療で潜在的なターゲットとされているため、多くの研究者らによって治療剤の開発が進んでいる。主に、mTORの作用を抑制させて細胞の増殖を抑え、オートファジーを活性化させることを目的として用いられている。
【0010】
そこで、本発明者らは、黄斑変性を治療するにあたり、抗VEGF抗体による効果では期待されない新しい機序の薬剤開発ターゲットを開発するために鋭意努力した結果、レーザー誘発脈絡膜血管新生黄斑変性モデルをmTOR阻害剤で処理する場合、黄斑変性の病変のサイズが減少することを確認し、本発明を成すに至った。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明では、網膜色素上皮細胞層の機能低下および老化による萎縮により発生する加齢黄斑変性を、既存の抗VEGF抗体を用いた方法による新生血管抑制機序以外の他の機序で治療しようとしており、細胞増殖とオートファジーにおいて重要な役割を担うタンパク質であるmTORの作用を抑える場合、黄斑変性の治療効果があるかを確認した。そのために、レーザー誘発黄斑変性動物モデルをshRNAベースのmTOR阻害剤で処理する場合、治療群で有意な病変のサイズ減少を確認した。
【0018】
したがって、一観点において、本発明は、配列番号1の塩基配列で表されるsiRNAを含有する、黄斑変性の治療または予防用薬学組成物に関する。
【0019】
本発明による配列番号1の塩基配列で表されるsiRNAは、mTORの阻害剤として作用するsiRNAであって、mTORの阻害により、加齢黄斑変性(AMD)で脈絡膜新生血管(CNV)の形成に関与する種々の炎症細胞の流入および増殖が遮断可能であると考えられる。このようなことは、抗VEGF抗体によっては奏することができない効果であって、新しい機序の薬剤開発ターゲットとなり得る。mTORの阻害により、脈絡膜新生血管のさらに他の主構成員である血管内皮細胞(endothelial cell)の増殖を抑えるだけでなく、オートファジー(autophagy)を活性化させる。また、神経網膜組織に存在する神経細胞の細胞死滅(apoptosis)を改善する。
【0020】
本発明で用いられるshRNAの配列は、次の通りである:
配列番号1: GAAUGUUGACCAAUGCUAU。
【0021】
本発明で用いられるshRNAベースのmTOR阻害剤は、最初の開発時に、悪性腫瘍の細胞でオートファジー(autophagy)の活性化を媒介することが知られ、本発明では、黄斑変性動物モデルから、オートファジーの活性化を病変および病変周囲で確認した。
【0022】
本発明の一態様では、レーザー誘発脈絡膜血管新生黄斑変性モデルで、治療していない生理食塩水対照群および非特異的shRNA対照群と比較したときに、mTOR shRNA実験群では有意な病変のサイズ減少が確認され、黄斑変性に対する治療効果が確認された(
図1および
図3)。
【0023】
本発明の他の態様では、mTOR shRNAを投与した脈絡膜新生血管病変の周囲で炎症細胞の数が減少し、細胞死滅も減少することを確認した。これは、shRNAベースのmTORの阻害が、単に脈絡膜新生血管のサイズを減少させる機能の他に、炎症反応の改善および周辺神経網膜組織に存在する神経細胞の死滅化過程を改善する結果を示すことを意味する(
図4および
図6)。
【0024】
本発明で用いられるsiRNAは、当業界で公知のRNA分子の製造方法により製造可能である。RNA分子の製造方法としては、化学的合成方法および酵素的方法が使用できる。例えば、RNA分子の化学的合成としては、文献に開示の方法を用いてよく(Verma and Eckstein, Annu. Rev. Biochem. 67, 99-134, 1999)、RNA分子の酵素的合成としては、T7、T3、およびSP6 RNAポリメラーゼなどのようなファージRNAポリメラーゼを用いる方法が文献に開示されている(Milligan and Uhlenbeck, Methods Enzymol. 180: 51-62, 1989)。
【0025】
本発明において、mTORに対するsiRNAを伝達するのに有用なウイルスまたはベクター としては、 バキュロウイルス科、 パルボウイルス科、ピコルナウイルス科、 ヘルペスウイルス科、 ポックスウイルス科、 アデノウイルス科などがあるが、これに制限されない。
【0026】
本発明によるmTOR標的siRNAを薬学組成物として用いる場合には、薬学組成物の製造時に通常用いる適切な担体、賦形剤または希釈剤をさらに含んでもよい。
【0027】
本発明で使用可能な担体、賦形剤または希釈剤としてはラクトース、デキストロース、スクロース、ソルビトール、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、マルチトール、澱粉、アカシアゴム、アルギン酸塩、ゼラチン、カルシウムホスフェート、カルシウムシリケート、セルロース、メチルセルロース、微晶質セルロース、ポリビニールピロリドン、水、ヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル、タルク、マグネシウムステアレートまたは鉱物油が挙げられる。
【0028】
前記組成物は、各々通常の方法により剤形化できるが、例えば、散剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤、懸濁液、エマルジョン、シロップ、エアゾール等の剤形、外用剤、座薬及び滅菌注射溶液の形態で剤形化して用いられる。
【0029】
製剤化する場合には、通常用いる充鎮剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、界面活性剤等の希釈剤または賦形剤を用いて調剤される。経口投与のための固形製剤には、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤などが含まれ、このような固形製剤は、本発明の組成物に少なくとも一つ以上の賦形剤、例えば、デンプン、カルシウムカーボネート(calcium carbonate)、スクロース(sucrose)またはラクトース(lactose)、ゼラチン等を混ぜて調製される。
【0030】
また、単純な賦形剤以外にマグネシウムステアレート、タルクのような潤滑剤も用いられる。経口のための液状製剤には、懸濁剤、内容液剤、油剤、シロップ剤等が該当し、よく使用される単純希釈剤である水、リキッドパラフィン以外に種々の賦形剤、例えば湿潤剤、甘味制、芳香剤、保存剤等が含まれてもよい。
【0031】
非経口投与のための製剤には滅菌された水溶液、非水性溶剤、懸濁剤、油剤、凍結乾燥製剤、座薬が含まれる。非水性溶剤、懸濁剤としては、プロピレングリコール(propylene glycol)、ポリエチレングリコール、オリーブ油のような植物性油、エチルオレートのような注射可能なエステル等が用いられる。座薬の基剤としては、ウィテプゾール(witepsol)、マクロゴール、ツイン(tween) 61、カカオ脂、ラウリン脂、クリセロゼラチン等が使用されてもよい。
【0032】
前記組成物の使用量は、患者の年齢、性別、体重によって変わり得るが、0.1〜2.0mg/kgの量を1日1回または数回に分けて投与してもよい。
【0033】
また、このような組成物の投与量は、 投与経路、疾患の重症度、患者の性別、体重、年齢などによって増減可能であるため、前記投与量が、どの面からでも本発明の範囲を限定するものではない。
【0034】
前記組成物は、ラット、マウス、家畜、ヒト等のほ乳動物に多様な経路で投与でき、投与の全ての方式は予想され、例えば、経口、直腸または静脈、筋肉、皮下、子宮内硬膜または脳血管内(intracerebroventricular)の注射によって投与されてもよい。
【0035】
他の観点において、本発明は、配列番号1の塩基配列で表されるmTOR阻害能を有するshRNA(shRNA‐mTOR)が導入されている組換えベクターを含有する、黄斑変性の治療または予防用薬学組成物に関する。
【0036】
さらに他の観点において、本発明は、配列番号1の塩基配列で表されるsiRNAまたは配列番号1の塩基配列で表されるmTOR阻害能を有するshRNA(shRNA‐mTOR)が導入されている組換えベクターを患者に投与することを特徴とする黄斑変性の治療方法に関する。
【0037】
本発明において、mTORに対するsiRNAを伝達するのに有用なウイルスとしては、アデノ付随ウイルス(Adeno Associated Virus、AAV)を用いることが最も好ましい。アデノ付随ウイルスは、免疫反応と細胞毒性を殆ど誘発しない。特に、アデノ付随ウイルス血清型2(serotype 2)は、CNSの神経細胞への効率的な遺伝子伝達が可能であり、また、神経系で形質転換遺伝子(transgene)を効果的に長期間発現することができる。
【0038】
本発明において、mTORに対するsiRNAを伝達するのに有用な非ウイルスベクターとしては、上述のウイルスベクターを除いた遺伝子療法で通常用いられる全てのベクターを含み、例えば、真核細胞で発現可能な種々のプラスミドおよびリポソームなどが挙げられる。
【0039】
また、本発明において、mTORに対するsiRNAを伝達するのに有用な非ウイルスベクターとしては、上述のウイルスベクターを除いた遺伝子療法で通常用いられる全てのベクターを含み、例えば、真核細胞で発現可能な種々のプラスミドおよびリポソームなどが挙げられる。
【0040】
一方、本発明において、mTORを標的とするsiRNAは、伝達された細胞で適切に転写されるように、少なくともプロモーターに作動可能に連結されることが好ましい。前記プロモーターとしては、真核細胞で機能できるプロモーターであれば何れもよいが、ヒトH1ポリメラーゼ‐IIIプロモーターがより好ましい。mTORを標的とするsiRNAの効率的な転写のために、必要に応じて、リーダー配列、ポリアデニル化配列、プロモーター、エンハンサー、アップストリーム活性化配列、信号ペプチド配列、および転写終止因子を始めとする調節配列をさらに含んでもよい。
【0041】
[実施例]
以下、本発明を実施例を挙げて詳述する。これらの実施例は単に本発明をより具体的に説明するためのものであり、本発明の範囲がこれらの実施例に制限されないことは当業者において通常の知識を有する者にとって自明である。
【0042】
実施例1:レーザー誘発脈絡膜血管新生(laser‐induced choroidal neovascularization、CNV)黄斑変性モデルの作製
加齢黄斑変性動物モデルを樹立するために、動物の眼球にレーザー施術して脈絡膜新生血管を誘導した。8週齢のC57/BL6マウス(オス)を40mg/kgのゾラゼパム/チレタミン(zolazepam/tiletamine)および5mg/kgのキシラジン(xylazine)で麻酔させた後、0.5%のトロピカミド(tropicamide)および2.5%のフェニレフリン(phenylephrine)で瞳孔を拡張した。脈絡膜新生血管(CNV)を誘導するために、PASCAL diode ophthalmic laser system (Nd:YAG, 532nm, Topcon Medical Laser Systems, Inc., Santa Clara, CA, USA)を用いてマウスの右眼にレーザー光凝固化(laser photoagulation、LP)を起こした。視神経円板(optic nerve head)の周りにおける5個または6個の点にレーザーを照射した後、レーザーの照射点で気泡が生成されることから、ブルッフ膜の破裂を確認した。脈絡膜新生血管の形成は、
図1のB‐Dに示されたように、レーザーの照射5日後に、蛍光眼底血管造影により確認することができた。
【0043】
実施例2:mTOR shRNAの導入およびそれによるmTOR発現阻害の確認
2‐1:scAAVベクターの作製およびその硝子体内への注入
本実施例では、scAAV2(self‐complementary adeno‐associated virus serotype 2 vector)に由来のベクターを使用した。麻酔状態でレーザー光凝固化を誘導し、6日後にマウスの右眼の瞳孔を拡張してからベクターを硝子体内に注入した。ベクターの注入では、太さ35ゲージであって先端が丸くなっている針付きのナノフィル注射器を使用し、5.0x10
10viral genomes(vg)/mlの濃度で1μlを注入した。表1に示されたように、脈絡膜新生血管が形成されたマウスを15匹ずつ3つのグループに分け、生理食塩水、非特異shRNA、または配列番号1のmTOR shRNAを硝子体内に注入した。5匹のマウスは、脈絡膜血管新生と硝子体内への注入を行わず、陰性対照群として使用した。
【0045】
2‐2:scAAVベクター導入細胞の確認
硝子体内に注入されたscAAVベクターが、どのような種類の細胞に導入されたかを確認するために、GFPをコードする遺伝子が挿入されたscAAVベクターを使用した。実施例2‐3に記載のように凍結切片標本を作製し、抗GFP抗体(abcam、Cambridge、MA)を用いてGFP発現を調査した結果、inner retinal cellsだけでなく、CD31陽性血管内皮細胞で発現することが示された(
図2(a))。scAAVベクターは、野生型マウスの網膜の場合、網膜神経節細胞(retinal ganglion cell)および内顆粒層(inner nuclear layer)に位置した細胞を含んでinner retinal cellに導入されると知られているが(Lee SH et al.,Hum Gene Ther Methods 25:159‐61,2015)、レーザー誘発脈絡膜新生血管が形成される場合には、scAAVベクターがCD31陽性血管内皮細胞にも導入されることが示された。これは、黄斑変性が発生した場合、scAAVベクターを用いて血管内皮細胞をターゲットとした治療が可能であるということを意味する。
【0046】
2‐3:組織標本の作製
免疫蛍光染色のための組織標本の作製は、次のような順序を経た。動物を麻酔した後、150U/mlのヘパリン(heparin)が含有された0.1MのPBSを心臓を貫通して貫流させ、次いで4%のパラホルムアルデヒド(paraformaldehyde)/0.1MのPBを流した。固定された眼球を摘出した後、角膜および水晶体が含まれた前眼部(anterior segment)を除去した。このように作製された神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体組織標本を4%のパラホルムアルデヒド(parafomaldehyde)/0.1MのPBでさらに固定した。凍結切片標本を作製するために、固定された組織を30%のスクロース(sucrose)/PBSに移し、浸された状態で一晩置いた。その後、OCT compound(Sakura Finetek, Torrance, CA)に陥凹させた凍結状態で、厚さ10μmの矢状切断(sagittal section)切片を作製し、顕微鏡用スライドに付着した。
【0047】
2‐4:mTOR shRNAによるmTOR発現阻害の確認
配列番号1のmTOR shRNAが挿入されたscAAVベクターを硝子体内に注入した後、mTORの発現を調査した。mTORの発現は、実施例2‐3に記載のように作製された凍結切片標本に、抗mTOR抗体(1:200;R&D Systems、Minneapois、MN、AF15371)を用いて免疫蛍光染色した。レーザーが照射されていない陰性対照群ではmTORの発現が観察されないが、レーザーの照射により脈絡膜新生血管が形成された場合には、神経網膜(neural retina)および網膜下(subretinal)部位でその発現が増加することが示された。このmTORの発現は、生理食塩水または非特異shRNAによっては変わらないが、mTOR shRNAによって減少することが示され、前記配列がmTORの発現阻害において効果的であるということが確認された(
図2)。
【0048】
実施例3:mTOR shRNAの黄斑変性に対する治療効果の確認
配列番号4のmTOR shRNAが、黄斑変性動物モデルで治療効果を示すかを調べるために、脈絡膜新生血管黄斑変性動物モデルで、実施例2に記載のようにmTOR shRNAが挿入されたscAAVベクターを硝子体内に注入し、shRNAによる治療効果を実施例3‐1〜3‐5で確認した。
【0049】
3‐1:mTOR shRNAによる脈絡膜新生血管の蛍光漏出減少効果の確認
蛍光眼底血管造影(Fundus Fluorescein Angiography、FFA)により、脈絡膜新生血管の蛍光漏出を測定した。蛍光眼底血管造影では、走査型レーザー検眼鏡(Scanning laser ophthalmoscope)(Heidelberg Retina Angiograph 2; Heidelberg Engineering, Heidelberg, Germany)機器を使用した。麻酔状態のマウスに、2%のフルオレセインナトリウム(fluorescein sodium)0.1mlを腹腔内に注入し、3〜5分待ってから瞳孔を散瞳させた後、FFA画像を得た。脈絡膜新生血管が十分に形成されたことをレーザー照射5日後に確認し、その後、実施例2‐1に記載のように硝子体内にscAAV‐mTOR shRNAを注入して7日後(レーザー照射13日後)に、治療効果を検査した。
図1に示されたように、生理食塩水または非特異shRNA処理時には、病変部位における蛍光漏出の変化がなかったが、mTOR shRNA処理時には蛍光漏出が減少することが示され、mTOR shRNAによるmTORの阻害が、黄斑変性の治療において有効であることが確認された。
【0050】
3‐2:mTOR shRNAによる血管成長阻害の確認
mTOR shRNAが脈絡膜新生血管の形成に与える影響を確認するために、血管内皮細胞を選択的に確認することができる抗CD31抗体(1:200; BD Pharmingen, Inc., San Diego, CA, 550274)を用いて血管内皮細胞を観察した。免疫蛍光染色のための組織標本の作製では、次のような順序を経た。動物を麻酔した後、150U/mlのヘパリンが含有された0.1MのPBSを心臓を貫通して貫流させ、次いで4%のパラホルムアルデヒド/0.1MのPBを流した。固定された眼球を摘出した後、角膜および水晶体が含まれた前眼部(anterior segment)を除去した。網膜色素上皮細胞層組織標本(RPE whole mount)を作製するために、神経網膜(neural retina)をさらに除去して網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体を製作し、4%のパラホルムアルデヒド/0.1MのPBでさらに固定した。また、神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体組織標本を作製するために、前眼部を除去し、神経網膜が付着された状態で4%のパラホルムアルデヒド/0.1MのPBでさらに固定した。このように作製された網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体または神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体は、凍結切片標本を作製するために、30%のスクロース/PBSに移し、浸された状態で一晩置いた後、OCT compound(Sakura Finetek、Torrance、CA)に陥凹させて凍結状態で、厚さ10μmの矢状切断(sagittal section)切片を製作し、顕微鏡用スライドに付着した。
【0051】
網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体切片を抗CD31抗体とファロイジン(phalloidin)(Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, A22287)で染色した結果、生理食塩水または非特異shRNAを注入した場合に比べて、mTOR shRNAによって脈絡膜新生血管領域が有意に減少することが示され(
図3)、神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体切片を調査した結果でも、mTOR shRNAが導入され、GFPを発現する細胞のうちCD31陽性細胞が減少したことが確認された(
図3)。
【0052】
これは、mTOR shRNAが血管内皮細胞に作用して血管成長を阻害し、黄斑変性治療において効果を奏することを示唆する。
【0053】
3‐3:mTOR shRNAによる抗炎症効果の確認
mTORの阻害による黄斑変性の改善が、炎症細胞活性の調節により起こることであるかを調べるために、マクロファージおよび単核球を選択的に染色する抗CD11b抗体(1:200; Serotec, Oxford, UK, MCA711G) および抗F4/80抗体(1:200; Serotec, Oxford, UK, MCA497GA)を用いて網膜の横断面を染色した。免疫蛍光染色のための組織標本の作製にあたっては、実施例3‐2に記載のように神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体組織標本を作製した。
【0054】
マクロファージおよび単核球の細胞数の測定時には、5個の網膜横断面切片でCD11bおよびF4/80陽性細胞を計数した。数値は平均値±平均の標準誤差として算術し、SPSSソフトウェア(ver. 20.0 for Windows; SPSS, Inc., Chicago, IL, USA)を用いて統計分析(Kruskal-wallis test, posthoc analysis, Bonferroni's mehtod)して、p<0.05を基準として有意なレベルを判断した。
【0055】
網膜下および網膜内で観察されるCD11bおよびF4/80陽性染色細胞の数を測定した結果、生理食塩水または非特異shRNAを注入した場合に比べて、mTOR shRNAの場合に有意に減少していることが示された。すなわち、網膜に流入されたF4/30陽性炎症細胞の数は、生理食塩水または非特異shRNAの注入時に84.4±17または82.8±10.0であったが、mTOR shRNAの注入時に42.4±10.4に減少し、CD11b陽性炎症細胞の数も、123.8±13.0または127.6±14.4から90.0±11.6に減少したことが示された(
図4)。
【0056】
これは、mTOR shRNAによるmTORの阻害が、炎症細胞の網膜内流入および増殖を減少させることで、黄斑変性に対する治療効果を奏するということを意味する。
【0057】
3‐4:mTOR shRNAによるオートファジー(autophagy)増加の確認
mTOR shRNAによって脈絡膜新生血管の病変が減少することに、オートファジーが関与するかを調べるために、オートファジーを選択的に確認することができる抗LC3抗体(1:200; Novus Biologicals, Littleton, CO, NB110-2220) および抗ATG7抗体を用いて免疫蛍光染色を行った。免疫蛍光染色のための組織標本の作製は、実施例3‐2に記載の神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体組織標本の作製過程に従って行った。その結果、生理食塩水または非特異的shRNAを注入した場合、LC3BまたはATG7陽性細胞が観察されなかったが、mTOR shRNAを注入した場合には病変部位および周りで観察され、mTOR shRNAによってオートファジーが増加することが示された(
図5)。
【0058】
これは、mTOR shRNAによるmTORの阻害がオートファジーを増加させることで、黄斑変性に対する治療効果を奏するということを意味する。
【0059】
3‐5:mTOR shRNAによる細胞死滅(apoptosis)減少
レーザー誘発脈絡膜新生血管でmTOR shRNAが細胞死滅に与える影響を調査するために、TUNEL(terminal dUTP nick‐end labeling)を行った。免疫蛍光染色のための組織標本の作製は、実施例3‐2に記載の神経網膜‐網膜色素上皮‐脈絡膜の複合体組織標本の作製過程に従って行った。レーザー照射14日後に観察した結果、生理食塩水、非特異shRNA、およびmTOR shRNAを処理した全ての対象群で、TUNEL陽性細胞がouter nuclear layer(ONL)およびCNVで発見された。生理食塩水または非特異shRNAを注入した場合に比べてmTOR shRNAの場合に、ONL領域でTUNEL陽性細胞が有意に減少していることが示された。すなわち、TUNEL陽性細胞の数は、生理食塩水または非特異shRNAの注入時に17.8±4.8または19.4±4.0であったが、mTOR shRNAの注入時に8.4±3.0に減少していることが示された(
図6)。
【0060】
これは、mTOR shRNAによるmTORの阻害が、outer nuclera layerに位置した細胞を減少させることで、黄斑変性に対する治療効果を奏するということを意味する。
【0061】
まとめると、
図1および
図3に示されたように、レーザー誘発脈絡膜血管新生黄斑変性モデルで、治療をしていない生理食塩水対照群および非特異的shRNA対照群と比較した時に、mTOR shRNA実験群では有意な病変のサイズ減少が確認され、黄斑変性に対する治療効果が確認された。
【0062】
また、
図4および
図6に示されたように、脈絡膜新生血管病変の周囲で炎症細胞の数が減少し、細胞死滅も減少することが、2つの対照群と比較して観察された。これは、shRNAベースのmTORの阻害が、単に脈絡膜新生血管のサイズを減少させる機能の他に、炎症反応の改善、および周辺神経網膜組織に存在する神経細胞の死滅化過程を改善する結果を示すということを意味する。