(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が形成されている表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚2〜20μmのTiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層のうちの少なくともいずれかを含み、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)前記複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒のうちのNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合該結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の全面積に対する面積割合で20%以上存在し、
(d)さらに、前記結晶粒の工具基体表面の法線方向に対する結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を前記複合窒化物または複合炭窒化物層を層厚方向に二等分した工具基体側の領域と表面側の領域に分けて測定し、測定された前記傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計した場合、
工具基体側の領域において、0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をMdegとすると、Mdegが10〜40%であり、
表面側の領域において、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をNdegとすると、NdegがMdeg+10〜Mdeg+30%であることを特徴とする表面被覆切削工具。
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物または複合炭窒化物層であって、その組成を、
組成式:(Ti1−α―βAlαMeβ)(CγN1−γ)
で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合αavg、MeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合βavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γavg(但し、αavg、βavg、γavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦αavg、0.005≦βavg≦0.10、0≦γavg≦0.005、0.605≦αavg+βavg≦0.95を満足することを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも70面積%以上含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
前記工具基体と前記複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1〜25μmの合計平均層厚で形成されていることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具。
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜することを特徴とする請求項1乃至8のいずれか一項に記載の表面被覆切削工具の製造方法。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された工具基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系やCr−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により被覆形成した被覆工具が知られており、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi−Al系やCr−Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体表面に硬質被覆層を形成した表面被覆切削工具であって、硬質被覆層が、1層または複数の層により構成され、特定の平面で切断した断面において、硬質被覆層のうち、刃先稜線部において最も薄くなる部分の厚みをT1、刃先稜線からすくい面方向に1mm離れた地点における厚みをT2とする場合、T1<T2を満たし、かつ、硬質被覆層表面において、刃先稜線からすくい面方向に距離Da離れた地点をaとし、逃げ面方向に距離Db離れた地点をbとする場合、DaおよびDbは特定の数値範囲を満たすものであって、地点aから地点bまでの硬質被覆層における、表面から厚み0.1T1〜0.9T1を占める領域Eの10%以上の領域において、硬質被覆層を構成する結晶粒の結晶方位のずれが5度以上10度未満となることによって、すぐれた耐摩耗性と耐欠損性が得られることが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、工具基体表面に、Cr、Ti、Al、Vの窒化物うち少なくとも2種の金属窒化物から構成される複合硬質皮膜を形成し、かつ、該硬質皮膜についてX線回折によって求めた(111)面及び(200)面のX線回折ピークの強さI(111)及びI(200)の強度比I(111)/I(200)を3〜6の値とすることによって、耐摩耗性、耐焼き付き性及び耐酸化性に優れ、摩擦係数が低く摺動特性の高い皮膜を得ることが開示されている。
【0005】
ただ、前述した被覆工具は、硬質被覆層としてTiAlNを蒸着形成することについて開示されているものの、Alの含有割合xを0.65以上にすることについては、開示も示唆もされていない。
このような観点から、化学蒸着法で硬質被覆層を形成することで、Alの含有割合xを、0.9程度にまで高める技術も提案されている。
【0006】
例えば、特許文献3には、TiCl
4、AlCl
3、NH
3の混合反応ガス中で、650〜900℃の温度範囲において化学蒸着を行うことにより、Alの含有割合xの値が0.65〜0.95である(Ti
1−xAl
x)N層を蒸着形成できることが記載されているが、この文献では、この(Ti
1−xAl
x)N層の上にさらにAl
2O
3層を被覆し、これによって断熱効果を高めることを目的とするものであるから、Alの含有割合xの値を0.65〜0.95まで高めた(Ti
1−xAl
x)N層の形成によって、切削性能にどのような影響を及ぼしているかについては明らかでない。
【0007】
また、例えば、特許文献4には、TiCN層、Al
2O
3層を内層として、その上に、化学蒸着法により、立方晶構造あるいは六方晶構造を含む立方晶構造の(Ti
1−xAl
x)N層(ただし、原子比で、xは0.65〜0.90)を外層として被覆するとともに該外層に100〜1100MPaの圧縮応力を付与することにより、被覆工具の耐熱性と疲労強度を改善することが提案されている。
【0008】
例えば、特許文献5には、工具基体と、その基体上に形成された硬質被覆層とを備える表面被覆切削工具であって、硬質被覆層は、AlまたはCrのいずれか一方または両方の元素と、周期律表4a,5a,6a族元素およびSiからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素、窒素、酸素およびホウ素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とにより構成される化合物と、塩素とを含むことにより、硬質被覆層の耐摩耗性と耐酸化性とを飛躍的に向上することが開示されている。
【0009】
例えば、特許文献6には、ステンレス鋼やTi合金等の高速断続切削加工における耐チッピング性および耐摩耗性を向上させるために、工具基体表面に、下部層、中間層及び上部層からなる硬質被覆層を設け、下部層は、所定の平均層厚を有し、かつ、Ti
1−XAl
XN層、Ti
1−XAl
XC層、Ti
1−XAl
XCN層(Xは、Alの含有割合(原子比)で、0.65≦X≦0.95)のうち1層または2層以上からなる立方晶構造を有するTiAl化合物で構成し、中間層は、所定の平均層厚を有し、かつ、Cr
1−YAl
YN層、Cr
1−YAl
YC層、Cr
1−YAl
YCN層(Yは、Alの含有割合(原子比)で、0.60≦Y≦0.90)のうち1層または2層以上からなる立方晶構造を有するCrAl化合物で構成し、上部層を、所定の平均層厚を有するAl
2O
3で構成することによって、下部層と上部層の密着強度を向上させ、これによって、耐チッピング性および耐摩耗性を向上させることが提案されている。
【0010】
また、特許文献7には、析出硬化系ステンレス鋼やインコネル等の耐熱合金の高速断続切削加工における耐チッピング性および耐摩耗性を向上させるため、工具基体表面に、下部層、中間層及び上部層からなる硬質被覆層を設け、下部層は、所定の一層平均層厚のTi
1−XAl
XN層、Ti
1−XAl
XC層、Ti
1−XAl
XCN層(Xは、Alの含有割合を示し原子比で、0.65≦X≦0.95)のうち1層または2層以上からなる立方晶結晶構造を有するTi化合物で構成し、中間層は、所定の一層平均層厚のCr
1−YAl
YN層、Cr
1−YAl
YC層、Cr
1−YAl
YCN層(Yは、Alの含有割合を示し原子比で、0.60≦Y≦0.90)のうち1層または2層以上からなる立方晶結晶構造を有するCr化合物で構成し、また、上部層は所定の孔径と空孔密度の微小空孔と平均層厚を有するAl
2O
3で構成することにより、下部層と上部層の密着強度を向上させるとともに、上部層を所定の孔径と空孔密度の微小空孔を有するAl
2O
3層とすることにより、機械的、熱的衝撃の緩和を図り、もって、耐チッピング性および耐摩耗性を向上させることが提案されている。
【0011】
さらに、特許文献8には、切刃に対して高負荷が作用する鋼や鋳鉄の重切削加工における硬質被覆層の耐欠損性を高めるために、工具基体表面に、(Al
1−XCr
X)N(ただし、Xは原子比で、X=0.3〜0.6)層からなる硬質被覆層を設け、工具基体の表面研磨面の法線に対して、{100}面の法線がなす傾斜角を測定して作成した傾斜角度数分布グラフにおいて、30〜40度の傾斜角区分に最高ピークが存在し、その度数合計が、全体の60%以上であり、また、表面研磨面の法線に対して、{112}面の法線がなす傾斜角を測定して作成した構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3に最高ピークが存在し、その分布割合が全体の50%以上である結晶配向性と構成原子共有格子点分布形態を形成することにより、(Al
1−XCr
X)N層の高温強度を向上させ、もって、重切削加工における硬質被覆層の耐欠損性を向上させることが提案されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1、2に記載されている被覆工具は、(Ti
1−xAl
x)N層からなる硬質被覆層のAlの含有割合xを高めることについて考慮されていないため、合金鋼の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性、耐チッピング性が十分であるとは言えないという課題があった。
一方、前記特許文献3に記載されている化学蒸着法で蒸着形成した(Ti
1−xAl
x)N層については、Alの含有割合xを高めることができ、また、立方晶構造を形成させることができることから、所定の硬さを有し耐摩耗性にすぐれた硬質被覆層が得られるものの、靭性に劣るという課題があった。
さらに、前記特許文献4に記載されている被覆工具は、所定の硬さを有し耐摩耗性にはすぐれるものの、靭性に劣ることから、合金鋼の高速断続切削加工等に供した場合には、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
また、前記特許文献5に記載されている被覆工具は、耐摩耗性、耐酸化特性を向上させることを意図しているが、高速断続切削等の衝撃が伴うような切削条件下では、耐チッピング性が十分でないという課題があった。
加えて、前記特許文献6、7に記載されている被覆工具は、硬質被覆層の中間層として、CrAl化合物、Cr化合物を介在形成することにより、下部層と上部層の密着強度を向上させ、耐チッピング性の改善を図っているものの、CrAl化合物、Cr化合物自体の強度・硬さが十分でないため、高速断続切削加工に供した場合には、耐チッピング性、耐摩耗性が十分であるとはいえない。
そして、前記特許文献8に記載されている被覆工具においては、(Al
1−XCr
X)Nからなる硬質被覆層のCr含有割合を調整し、また、結晶配向性と構成原子共有格子点分布形態を制御することにより、硬質被覆層の強度を向上させることができ、その結果、耐チッピング性、耐欠損性を高めることはできるものの、やはり(Al
1−XCr
X)N層の強度・硬さが十分でないため、長期の使用にわたってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮することはできず、合金鋼の高速断続切削においては工具寿命が短命であるという問題があった。
【0014】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄等の高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Ti,Al)(C,N)」あるいは「(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)」で示すことがある)、および、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Cr,Al)(C,N)」あるいは「(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)」で示すことがある)を含む硬質被覆層を蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0016】
即ち、従来の少なくとも1層の(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層を含み、かつ所定の平均層厚を有する硬質被覆層は、(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層が工具基体に垂直方向に柱状をなして形成されている場合、高い耐摩耗性を有する。その反面、(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層の異方性が高くなるほど(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層の靭性が低下し、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が低下し、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を構成する(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層について鋭意研究したところ、次の(1)〜(3)の全く新規な着想により、NaCl型の面心立方構造(以下、単に、「立方晶構造」という場合もある)を有する結晶粒内に歪みを生じさせ、硬さと靭性の双方を高めることに成功し、その結果、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができるという新規な知見を見出した。
(1)TiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物である(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層がNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含有し該立方晶構造を有する結晶粒の結晶粒内平均方位差を2度以上とする着想
(2)硬質被覆層にSi、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素(以下、「Me」で示す。)を含有させ、TiとAlとMeの複合窒化物もしくは複合炭窒化物である(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)層がNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含有し、該立方晶構造を有する結晶粒の結晶粒内平均方位差を2度以上とする着想
(3)CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物である(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層がNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含有し該立方晶構造を有する結晶粒の結晶粒内平均方位差を2度以上とする着想
【0017】
さらに、柱状の結晶粒において、工具基体表面側に比べ皮膜表面側の方が、{111}配向の割合を高くすることにより、更に靱性を向上させるという新規な知見も見出した。
【0018】
具体的には、硬質被覆層が、
(1)TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)で表した場合、特に、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合y
avg(但し、x
avg、y
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦x
avg≦0.95、0≦y
avg≦0.005を満足するとき、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中に立方晶構造を有するものが存在し、該結晶粒の結晶方位を電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合該結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%以上存在することにより、立方晶構造を有する結晶粒に歪みを生じさせることができ、
(2)TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)で表した場合、特に、AlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合α
avgおよびMeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合β
avgならびにCのCとNの合量に占める平均含有割合γ
avg(但し、α
avg、β
avg、γ
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦α
avg、0.005≦β
avg≦0.10、0≦γ
avg≦0.005、0.605≦α
avg+β
avg≦0.95を満足するとき、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中に立方晶構造を有するものが存在し、該結晶粒の結晶方位を電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合該結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%以上存在することにより、立方晶構造を有する結晶粒に歪みを生じさせることができ、
(3)CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)で表した場合、特に、AlのCrとAlの合量に占める平均含有割合p
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合q
avg(但し、p
avg、q
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦p
avg≦0.95、0≦q
avg≦0.005を満足するとき、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中に立方晶構造を有するものが存在し該結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合該結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合で20%以上存在することにより、立方晶構造を有する結晶粒に歪みを生じさせることができ、
(4)さらに、前記(1)〜(3)のいずれにおいても、結晶粒の工具基体表面側に比べ皮膜表面側の方の{111}配向の割合を高くすることにより、靭性が向上し、
その結果、このような硬質被覆層を形成した切削工具は、耐チッピング性、耐欠損性が向上し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することを見出した。
【0019】
そして、前述のような構成の(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層、(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)層、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層は、それぞれ、例えば、工具基体表面において反応ガス組成を周期的に変化させる以下の化学蒸着法によって成膜することができる。
【0020】
(1)(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層について
用いる化学蒸着反応装置へは、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、TiCl
4、Al(CH
3)
3、AlCl
3、N
2、H
2からなるガス群Bがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面における反応ガス組成を、ガス群A、ガス群Aとガス群Bの混合ガス、ガス群Bと時間的に変化させることができる。ちなみに、本発明においては、厳密なガス置換を意図した長時間の排気工程を導入する必要は無い。従って、ガス供給方法としては、例えば、ガス供給口を回転させたり、工具基体を回転させたり、工具基体を往復運動させたりして、工具基体表面における反応ガス組成を、ガス群Aを主とする混合ガス(第一反応ガス)、ガス群Aとガス群Bの混合ガス(第二反応ガス)、ガス群Bを主とする混合ガス(第三反応ガス)、と時間的に変化させることでも実現する事が可能である。
工具基体表面に、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、例えば、ガス群AとしてNH
3:1.0〜1.5%、N
2:1.0〜2.0%、H
2:55〜60%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、N
2:12.5〜15.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層を成膜する。
そして、前述のようにガス群Aとガス群Bが工具基体表面に到達する時間に差が生じるように供給し、ガス群Aにおける窒素原料ガスとしてNH
3:1.0〜1.5%と設定し、ガス群Bにおける金属塩化物原料あるいは炭素原料であるAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%と設定する事により、結晶粒内に局所的な組成のムラ、転位や点欠陥の導入による結晶格子の局所的な歪みが形成され、なおかつ結晶粒の工具基体表面側と皮膜表面側での{111}配向の度合いを変化させることが出来る。その結果、耐摩耗性を維持しつつ靭性が飛躍的に向上することを見出した。その結果、特に、耐欠損性、耐チッピング性が向上し、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0021】
(2)(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)層について
用いる化学蒸着反応装置へは、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、TiCl
4、Al(CH
3)
3、AlCl
3、MeCl
n(Meの塩化物)、N
2、H
2からなるガス群Bがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面における反応ガス組成を、ガス群A、ガス群Aとガス群Bの混合ガス、ガス群Bと時間的に変化させることができる。ちなみに、本発明においては、厳密なガス置換を意図した長時間の排気工程を導入する必要は無い。従って、ガス供給方法としては、例えば、ガス供給口を回転させたり、工具基体を回転させたり、工具基体を往復運動させたりして、工具基体表面における反応ガス組成を、ガス群Aを主とする混合ガス(第一反応ガス)、ガス群Aとガス群Bの混合ガス(第二反応ガス)、ガス群Bを主とする混合ガス(第三反応ガス)と時間的に変化させることでも実現する事が可能である。
工具基体表面に、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、例えば、ガス群AとしてNH
3:1.0〜1.5%、N
2:1.0〜2.0%、H
2:55〜60%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、MeCl
n(Meの塩化物):0.1〜0.2%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、N
2:12.5〜15.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)層を成膜する。
そして、前述のようにガス群Aとガス群Bが工具基体表面に到達する時間に差が生じるように供給し、ガス群Aにおける窒素原料ガスとしてNH
3:1.0〜1.5%と設定し、ガス群Bにおける金属塩化物原料あるいは炭素原料であるAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、MeCl
n(Meの塩化物):0.1〜0.2%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%と設定する事により、結晶粒内に局所的な組成のムラ、転位や点欠陥の導入による結晶格子の局所的な歪みが形成され、なおかつ結晶粒の工具基体表面側と皮膜表面側での{111}配向の度合いを変化させることが出来る。その結果、靱性が飛躍的に向上することを見出した。その結果、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0022】
(3)(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層について
用いる化学蒸着反応装置へは、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、CrCl
3、AlCl
3、Al(CH
3)
3、N
2、H
2からなるガス群Bがおのおの別々のガス供給管から反応装置内へ供給され、ガス群Aとガス群Bの反応装置内への供給は、例えば、一定の周期の時間間隔で、その周期よりも短い時間だけガスが流れるように供給し、ガス群Aとガス群Bのガス供給にはガス供給時間よりも短い時間の位相差が生じるようにして、工具基体表面における反応ガス組成を、ガス群A、ガス群Aとガス群Bの混合ガス、ガス群Bと時間的に変化させることができる。ちなみに、本発明においては、厳密なガス置換を意図した長時間の排気工程を導入する必要は無い。従って、ガス供給方法としては、例えば、ガス供給口を回転させたり、工具基体を回転させたり、工具基体を往復運動させたりして、工具基体表面における反応ガス組成を、ガス群Aを主とする混合ガス(第一反応ガス)、ガス群Aとガス群Bの混合ガス(第二反応ガス)、ガス群Bを主とする混合ガス(第三反応ガス)、と時間的に変化させることでも実現する事が可能である。
工具基体表面に、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、例えば、ガス群AとしてNH
3:1.0〜1.5%、N
2:1.0〜2.0%、H
2:55〜60%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、CrCl
3:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、N
2:12.5〜15.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:750〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層を成膜する。
そして、前述のようにガス群Aとガス群Bが工具基体表面に到達する時間に差が生じるように供給し、ガス群Aにおける窒素原料ガスとしてNH
3:1.0〜1.5%と設定し、ガス群Bにおける金属塩化物原料あるいは炭素原料であるAlCl
3:0.6〜0.9%、CrCl
3:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%と設定する事により、結晶粒内に局所的な組成のムラ、転位や点欠陥の導入による結晶格子の局所的な歪みが形成され、なおかつ結晶粒の工具基体表面側と皮膜表面側での{111}配向の度合いを変化させることが出来る。その結果、耐摩耗性を維持しつつ靭性が飛躍的に向上することを見出した。その結果、特に、耐欠損性、耐チッピング性が向上し、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0023】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、以下に示す態様を有する。
(1)炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層が形成されている表面被覆切削工具において、
(a)前記硬質被覆層は、平均層厚2〜20μmのTiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層のうちの少なくともいずれかを含み、
(b)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
(c)前記複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒のうちのNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合該結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層の全面積に対する面積割合で20%以上存在し、
(d)さらに、前記結晶粒の工具基体表面の法線方向に対する結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を前記複合窒化物または複合炭窒化物層を層厚方向に二等分した工具基体側の領域と表面側の領域に分けて測定し、測定された前記傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計した場合、
工具基体側の領域において、0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をM
degとすると、M
degが10〜40%であり、
表面側の領域において、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をN
degとすると、N
degがM
deg+10〜M
deg+30%であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層であって、その組成を、
組成式:(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)
で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合y
avg(但し、x
avg、y
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦x
avg≦0.95、0≦y
avg≦0.005を満足することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物または複合炭窒化物層であって、その組成を、
組成式:(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)
で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合α
avg、MeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合β
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合γ
avg(但し、α
avg、β
avg、γ
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦α
avg、0.005≦β
avg≦0.10、0≦γ
avg≦0.005、0.605≦α
avg+β
avg≦0.95を満足することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(4)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層であって、その組成を、
組成式:(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)
で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのCrとAlの合量に占める平均含有割合p
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合q
avg(但し、p
avg、q
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦p
avg≦0.95、0≦q
avg≦0.005を満足することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(5)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも70面積%以上含むことを特徴とする前記(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、該層の縦断面方向から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有することを特徴とする前記(1)乃至(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(7)前記工具基体と前記複合窒化物または複合炭窒化物層の間に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層が存在することを特徴とする前記(1)乃至(6)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(8)前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも酸化アルミニウム層を含む上部層が1〜25μmの合計平均層厚で形成されていることを特徴とする前記(1)乃至(7)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(9)前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜することを特徴とする前記(1)乃至(8)のいずれかに記載の表面被覆切削工具の製造方法。
なお、“結晶粒内平均方位差”とは、後述するGOS(Grain Orientation Spread)値のことを意味する。
【発明の効果】
【0024】
本発明の態様である表面被覆切削工具(以下、「本発明の表面被覆切削工具」または「本発明の切削工具」と称する)では、工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、硬質被覆層は、平均層厚2〜20μmのTiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、TiとAlとMe(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)の複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層のうちの少なくともいずれかを含み、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒中に立方晶構造を有するものが存在し該結晶粒の結晶方位を、電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から解析し、結晶粒個々の結晶粒内平均方位差を求めた場合該結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒が複合窒化物または複合炭窒化物層全体に対して面積割合で20%以上存在し、前記結晶粒の工具基体表面の法線方向に対する結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を前記複合窒化物または複合炭窒化物層を層厚方向に二等分した工具基体側の領域と表面側の領域に分けて測定し、測定された前記傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計した場合、a)工具基体側の領域において、0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をM
degとすると、M
degが10〜40%であり、b)表面側の領域において、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をN
degとすると、N
degがM
deg+10〜M
deg+30%であり、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、皮膜断面側から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2μm、平均アスペクト比Aが2〜10である柱状組織を有することによって、立方晶構造を有する結晶粒内に歪みが生じ、また、(111)配向性が高まることによって結晶粒の粒界滑りが抑制されるため、結晶粒の硬さおよび靭性が向上する。その結果、耐摩耗性を損なうことなく耐チッピング性が向上するという効果が発揮され、従来の硬質被覆層に比して、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成される。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を実施するための形態について、以下に説明する。
【0027】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の平均層厚:
本発明の表面被覆切削工具が有する硬質被覆層は、化学蒸着されたTiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層(組成式:(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y))、または、TiとAlとMeの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層(組成式:(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ))、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層(組成式:(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q))のうちの少なくもいずれかを含む。この複合窒化物または複合炭窒化物層は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が2〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が2μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができないことがあり、一方、その平均層厚が20μmを越えると、この複合窒化物または複合炭窒化物層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。したがって、その平均層厚を2〜20μmと定めた。
【0028】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の組成:
(1)本発明のTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物について
組成式:(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)で表した場合、AlのTiとAlの合量に占める平均含有割合x
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合y
avg(但し、x
avg、y
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦x
avg≦0.95、0≦y
avg≦0.005を満足するように制御することが好ましい。
その理由は、Alの平均含有割合x
avgが0.60未満であると、TiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合x
avgが0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。したがって、Alの平均含有割合x
avgは、0.60≦x
avg≦0.95と定めた。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)y
avgは、0≦y
avg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物または複合炭窒化物層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物または複合炭窒化物層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、C成分の平均含有割合y
avgが0≦y
avg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、C成分の平均含有割合y
avgは、0≦y
avg≦0.005と定めた。
(2)本発明のTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物について
組成式:(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)で表した場合(但し、Meは、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素)、AlのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合α
avgおよびMeのTiとAlとMeの合量に占める平均含有割合β
avgならびにCのCとNの合量に占める平均含有割合γ
avg(但し、α
avg、β
avg、γ
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦α
avg、0.005≦β
avg≦0.10、0≦γ
avg≦0.005、0.605≦α
avg+β
avg≦0.95を満足するように制御することが好ましい。
その理由は、Alの平均含有割合α
avgが0.60未満であると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。
また、Meの平均含有割合β
avgが0.005未満であると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、0.10を超えると粒界へのMeの偏析等により、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下し、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐チッピング性が十分でない。したがって、Meの平均含有割合β
avgは、0.005≦β
avg≦0.10と定めた。
一方、Alの平均含有割合α
avgとMeの平均含有割合β
avgとの和α
avg+β
avgが0.605未満であると、TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でなく、0.95を超えると、相対的にTiの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。したがって、Alの平均含有割合α
avgとMeの平均含有割合β
avgとの和α
avg+β
avgは、0.605≦α
avg+β
avg≦0.95と定めた。
ここで、Meの具体的な成分としては、Si、Zr、B、V、Crの中から選ばれる一種の元素を使用する。
Meとして、β
avgが0.005以上になるようにSi成分あるいはB成分を使用した場合には、複合窒化物または複合炭窒化物層の硬さが向上するため耐摩耗性の向上が図られ、Zr成分は結晶粒界を強化する作用を有し、また、V成分は靭性を向上することから、耐チッピング性のより一層の向上が図られ、Cr成分は耐酸化性を向上させることから、工具寿命のよりいっそう長寿命化が期待される。しかし、いずれの成分も、平均含有割合β
avgが0.10を超えると、相対的にAl成分、Ti成分の平均含有割合が減少することから、耐摩耗性あるいは耐チッピング性が低下傾向を示すようになるため、β
avgが0.10を超えるような平均含有割合となることは避けなければならない。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるCの平均含有割合(原子比)γ
avgは、0≦γ
avg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物または複合炭窒化物層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物または複合炭窒化物層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、Cの平均含有割合γ
avgが0≦γ
avg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、Cの平均含有割合γ
avgは、0≦γ
avg≦0.005と定めた。
(3)CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物について
組成式:(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)で表した場合、AlのCrとAlの合量に占める平均含有割合p
avgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合q
avg(但し、p
avg、q
avgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.70≦p
avg≦0.95、0≦q
avg≦0.005を満足するように制御することが好ましい。
その理由は、Alの平均含有割合p
avgが0.70未満であると、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は高温硬さに劣るたり、耐酸化性にも劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合p
avgが0.95を超えると、相対的にCrの含有割合が減少するため、脆化を招き、耐チッピング性が低下する。したがって、Alの平均含有割合p
avgは、0.70≦p
avg≦0.95と定めた。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)q
avgは、0≦q
avg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物または複合炭窒化物層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物または複合炭窒化物層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、C成分の平均含有割合q
avgが0≦q
avg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、C成分の平均含有割合q
avgは、0≦q
avg≦0.005と定めた。
【0029】
複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の結晶粒個々の結晶粒内平均方位差(GOS値):
まず、本発明において電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.1μm間隔で解析し、
図1に示すように、隣接する測定点P(以下、ピクセルという)間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界Bと定義する。縦断面方向とは、縦断面に垂直な方向を意味する。縦断面とは、工具基体表面に垂直な工具の断面を意味する。そして、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。
そして、結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間で方位差を計算し、これを平均化したものをGOS(Grain Orientation Spread)値として定義する。概略図を
図1に示す。GOS値については、例えば文献「日本機械学会論文集(A編) 71巻712号(2005−12) 論文No.05−0367 1722〜1728」に説明がなされている。なお、本発明における“結晶粒内平均方位差”とは、このGOS値を意味する。GOS値を数式で表す場合、同一結晶粒内のピクセル数をn、結晶粒内の異なるピクセルにおのおの付けた番号をiおよびj(ここで 1≦i、j≦nとなる)、ピクセルiでの結晶方位とピクセルjでの結晶方位から求められる結晶方位差をα
ij(i≠j)として、下記式により書ける。
【0030】
【数1】
なお、結晶粒内平均方位差、GOS値は、結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間での方位差を求め、その値を平均化した数値であると言い換えることができるが、結晶粒内に連続的な方位変化が多いと大きな数値となる。
【0031】
電子線後方散乱回折装置を用いて、
(1)TiとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、または、CrとAlの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層の縦断面方向から0.1μm間隔で解析し、幅10μm、縦は膜厚の測定範囲内での縦断面方向からの測定を5視野で実施し、
(2)TiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層の表面に垂直な方向からその表面研磨面について、25×25μmの測定範囲内を0.1μm間隔、5視野で実施し、
該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒に属する全ピクセル数を求め、結晶粒内平均方位差を1度間隔で分割し、その値の範囲内に結晶粒内平均方位差が含まれる結晶粒のピクセルを集計して上記全ピクセル数で割ることによって、結晶粒内平均方位差の面積割合を示すヒストグラムを作成する事が出来る。その結果、結晶粒内の結晶方位がばらついており、そのヒストグラムを求めると結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒がAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に対して面積割合で20%以上存在していることが分かった(一例として、前記(1)にしたがって測定した
図3を参照)。
このように本発明の表面被覆切削工具が有するAlとTiの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、TiとAlとMeの複合窒化物もしくは複合炭窒化物、AlとCrの複合窒化物もしくは複合炭窒化物を構成する結晶粒は、従来のTiAlN層、CrAlN層を構成している結晶粒と比較して、結晶粒内で結晶方位のばらつきが大きく、すなわち、歪みがあるため、このことが硬さや靭性の向上に寄与している。
好ましい複合窒化物または複合炭窒化物層の面積に対する、結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒の面積割合は30〜60%である。より好ましい複合窒化物または複合炭窒化物層の面積に対する、結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒の面積割合は35〜55%である。また、AlとTiの複合窒化物もしくは複合炭窒化物層、AlとCrの複合窒化物もしくは複合炭窒化物のときは、さらにより好ましい、複合窒化物または複合炭窒化物層の面積に対する、結晶粒内平均方位差が2度以上を示す結晶粒の面積割合は40〜50%である。
【0032】
複合窒化物または複合炭窒化物層を層厚方向に二等分した工具基体側の領域と表面側の領域における結晶方位:
複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒は、工具基体表面(界面)側よりも表面側の方が、工具基体表面の法線方向、すなわち{111}面に向いていることにより、結晶粒の粒界滑りが抑制され、靭性が向上するという本発明に特有の効果が奏される。
しかしながら、工具基体側よりも表面側の{111}面配向度の増加割合が10%未満であると{111}面配向度の増加割合が少なく、本発明において期待する耐摩耗性を維持しつつ靭性を向上するという効果が十分に奏されない。一方、30%を超えると配向の急激な変化により結晶のエピタキシャル成長を阻害し、かえって靭性が低下する。また工具基体側の{111}面配向度が10%未満では表面側の{111}面配向度の増加割合が30%以上となり、工具基体側の{111}面配向度が40%を超えると表面側の{111}面配向度の増加割合が10%未満となる事が分かった。したがって、結晶粒の工具基体表面の法線方向に対する結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を複合窒化物または複合炭窒化物層を層厚方向に二等分した工具基体側の領域と表面側の領域に分けて測定し、測定された前記傾斜角のうち法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計した場合、a)工具基体側の領域において、0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をM
degとすると、M
degが10〜40%であり、b)表面側の領域において、0〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、0〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体に対しての割合をN
degとすると、N
degがM
deg+10〜M
deg+30%であると定めた。
【0033】
複合窒化物または複合炭窒化物層の面積割合:
TiとAl、TiとAlとMe、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層はNaCl型の面心立方構造を有する複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含むことで優れた耐摩耗性を発揮し、その面積割合が70%を超えることで特に優れた耐摩耗性を発揮する。
【0034】
複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比A:
TiとAl、TiとAlとMe、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層内の立方晶構造を有する個々の結晶粒の平均粒子幅Wが0.1〜2μm、平均アスペクト比Aが2〜10となる柱状組織となるように構成することにより、靭性および耐摩耗性が向上するという前述した効果をより一層、発揮させることができる。
すなわち、平均粒子幅Wを0.1〜2μmとしたのは、0.1μm未満では、被覆層表面に露出した原子におけるTiAlCN結晶粒界、TiAlMeCN結晶粒界、CrAlCN結晶粒界に属する原子の占める割合が相対的に大きくなることにより、被削材との反応性が増し、その結果、耐摩耗性を十分に発揮することができず、また、2μmを超えると被覆層全体におけるTiAlCN結晶粒界、TiAlMeCN結晶粒界、CrAlCN結晶粒界に属する原子の占める割合が相対的に小さくなることにより、靭性が低下し、耐チッピング性を十分に発揮することができなくなる。したがって、平均粒子幅Wを0.1〜2μmとすることが好ましい。
また、平均アスペクト比Aが2未満の場合、十分な柱状組織となっていないため、アスペクト比の小さな等軸結晶の脱落を招き、その結果、十分な耐摩耗性を発揮することができない。一方、平均アスペクト比Aが10を超えると結晶粒そのものの強度を保つ事が出来ず、かえって、耐チッピング性が低下するため好ましくない。したがって、平均アスペクト比Aを2〜10とすることが好ましい。
なお、本発明では、平均アスペクト比Aとは、走査型電子顕微鏡を用い、幅100μm、高さが硬質被覆層全体を含む範囲で硬質被覆層の縦断面観察を行った際に、工具基体表面と垂直な皮膜断面側から観察し、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。
【0035】
下部層および上部層:
また、本発明の表面被覆切削工具が有するTiとAl、TiとAlとMe、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層は、それだけでも十分な効果を奏するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1〜20μmの合計平均層厚を有する下部層を設けた場合、および/または、1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層を設けた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができる。Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
なお、本発明の硬質被覆層を構成するTiとAl、TiとAlとMe、CrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層の断面を模式的に表した図を
図2に示す。
【0036】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
なお、実施例としては、WC基超硬合金あるいはTiCN基サーメットを工具基体とする被覆工具について述べるが、工具基体として立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体を用いた場合も同様である。
【実施例1】
【0037】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0038】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo
2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Dを作製した。
【0039】
つぎに、これらの工具基体A〜Dの表面に、化学蒸着装置を用い、
(a)表4、表5に示される形成条件A〜J、すなわち、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、TiCl
4、Al(CH
3)
3、AlCl
3、N
2、H
2からなるガス群B、および、おのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH
3:1.0〜1.5%、N
2:1.0〜2.0%、H
2:55〜60%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、N
2:12.5〜15.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行い、表7に示される結晶粒内平均方位差が2度以上を示す立方晶構造を有する結晶粒が表7に示される面積割合存在し、表7に示される目標層厚を有する(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層からなる硬質被覆層を形成することにより本発明被覆工具1〜15を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表6に示される下部層および/または表7に示される上部層を形成した。
【0040】
また、比較の目的で、工具基体A〜Dの表面に、表4、表5に示される条件かつ表8に示される目標層厚(μm)で本発明被覆工具1〜15と同様に、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。この時には、(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層の成膜工程中に工具基体表面における反応ガス組成が時間的に変化しない様に硬質被覆層を形成することにより比較被覆工具1〜13を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13と同様に、比較被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表6に示される下部層および/または表8に示される上部層を形成した。
【0041】
参考のため、工具基体Bおよび工具基体Cの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表8に示される参考被覆工具14、15を製造した。
なお、参考例の蒸着に用いたアークイオンプレーティングの条件は、次のとおりである。
(a)前記工具基体BおよびCを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のAl−Ti合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して10
−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl−Ti合金からなるカソード電極とアノード電極との間に200Aの電流を流してアーク放電を発生させ、装置内にAlおよびTiイオンを発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al−Ti合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させた。
【0042】
また、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14、15の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表6〜表8に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0043】
また、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlの平均含有割合x
avgについては、電子線マイクロアナライザ(Electron−Probe−Micro−Analyser:EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合x
avgを求めた。Cの平均含有割合y
avgについては、二次イオン質量分析(Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy:SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合y
avgはTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはAl(CH
3)
3の供給量を0とした場合の複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CH
3)
3を意図的に供給した場合に得られる複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をy
avgとして求めた。
【0044】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、隣接するピクセル間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界とし、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒とし、結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間で結晶粒内方位差を求め、結晶粒内方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内平均方位差が2度以上となる結晶粒がTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に占める面積割合を求めた。
その結果を表7および表8に示す。
図3に、本発明被覆工具8について測定した結晶粒内平均方位差(すなわちGOS値)のヒストグラムの一例を示し、また、
図4には、比較被覆工具12について測定した結晶粒内平均方位差のヒストグラムの一例を示す。
【0045】
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、立方晶構造のTiとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面を層厚方向に二等分した工具基体表面(界面)側の領域と表面側の領域に分けて解析し、70度の入射角度で10kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、工具基体と垂直方向に関しては前記工具基体側の領域と表面側の領域の測定範囲内、工具基体と水平方向には幅10μm、5視野分について、0.1μm/stepの間隔で、測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子線後方散乱回折像装置を用いて、工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜12度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を表7および表8に示す。
図5に、本発明被覆工具のTiとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体側の領域について測定した傾斜角度数分布の一例を示し、また、
図6には、本発明被覆工具のTiとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の表面側の領域について測定した傾斜角度数分布の一例を示す。
さらに電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.1μm間隔で解析し、幅10μm、縦は膜厚の測定範囲内での縦断面方向からの測定を5視野で実施し、該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒に属する全ピクセル数を求め、前記5視野での該硬質被覆層に対する測定において全測定ピクセル数との比によって、該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の面積割合を求めた。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
【表4】
【0050】
【表5】
【0051】
【表6】
【0052】
【表7】
【0053】
【表8】
【0054】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14、15について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表9に示す。
【0055】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材:JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度:892 min
−1、
切削速度:350 m/min、
切り込み:2.5 mm、
一刃送り量:0.25 mm/刃、
切削時間:8分
【0056】
【表9】
【実施例2】
【0057】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表10に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γをそれぞれ製造した。
【0058】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表11に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを形成した。
【0059】
つぎに、これらの工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表4および表5に示される条件で、少なくとも(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表13に示される本発明被覆工具16〜30を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表12に示される下部層および/または表13に示される上部層を形成した。
【0060】
また、比較の目的で、同じく工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表4および表5に示される条件かつ表14に示される目標層厚で本発明被覆工具と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表14に示される比較被覆工具16〜28を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28と同様に、比較被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表12に示される下部層および/または表14に示される上部層を形成した。
【0061】
参考のため、工具基体βおよび工具基体γの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti
1−xAl
x)(C
yN
1−y)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表14に示される参考被覆工具29,30を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用いた。
【0062】
また、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表12〜表14に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0063】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、結晶粒内方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内平均方位差と結晶粒内方位差が2度以上となる結晶粒がTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に占める面積割合を求めた。その結果を表13および表14に示す。
【0064】
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、立方晶構造のTiとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面を層厚方向に二等分した工具基体表面(界面)側の領域と表面側の領域に分けて解析し、70度の入射角度で10kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記工具基体側の領域と表面側の領域の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子線後方散乱回折像装置を用いて、工具基体と水平方向に幅10μm、5視野分について、0.1μm/stepの間隔で、工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜12度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を表13および表14に示す。
【0065】
【表10】
【0066】
【表11】
【0067】
【表12】
【0068】
【表13】
【0069】
【表14】
【0070】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29、30について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、ダクタイル鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・S45Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:330m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.3mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD700の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:280m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.3mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、200m/min)、
表15に、前記切削試験の結果を示す。
【0071】
【表15】
【0072】
表9、表15に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成するAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒内において、所定の結晶粒内平均方位差が存在するとともに、結晶粒の工具基体側の領域と表面側の領域で{111}面の法線がなす傾斜角が所定の傾斜角度数分布を有することで、結晶粒の歪みにより、硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靱性が向上する。しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することが明らかである。
【0073】
これに対して、硬質被覆層を構成するAlとTiの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒内において、所定の結晶粒内平均方位差が存在していないか、結晶粒の工具基体側の領域と表面側の領域で{111}面の法線がなす傾斜角が所定の傾斜角度数分布を有していない比較被覆工具1〜13、16〜28および参考被覆工具14、15、29、30については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたることが明らかである。
【実施例3】
【0074】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表16に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体E〜Gをそれぞれ製造した。
【0075】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo
2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表17に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Hを作製した。
【0076】
つぎに、これらの工具基体E〜Hの表面に、化学蒸着装置を用い、表19、表20に示される形成条件、すなわち、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、TiCl
4、Al(CH
3)
3、AlCl
3、MeCl
n(但し、SiCl
4,ZrCl
4,BCl
3,VCl
4,CrCl
2のうちのいずれか)、N
2、H
2からなるガス群B、および、おのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH
3:1.0〜1.5%、N
2:1.0〜2.0%、H
2:55〜60%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、TiCl
4:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、MeCl
n(但し、SiCl
4,ZrCl
4,BCl
3,VCl
4,CrCl
2のうちのいずれか):0.1〜0.2%、N
2:12.5〜15.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行い、表22に示される結晶粒内平均方位差が2度以上を示す立方晶構造を有する結晶粒が表22に示される面積割合存在し、表22に示される目標層厚を有する(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層からなる硬質被覆層を形成することにより本発明被覆工具31〜45を製造した。
なお、本発明被覆工具36〜43については、表18に示される形成条件で、表21に示される下部層および/または表22に示される上部層を形成した。
【0077】
また、比較の目的で、工具基体E〜Hの表面に、表19、表20に示される条件かつ表23に示される目標層厚(μm)で本発明被覆工具31〜45と同様に、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。この時には、(Ti
1−α―βAl
αMe
β)(C
γN
1−γ)層の成膜工程中に工具基体表面における反応ガス組成が時間的に変化しない様に硬質被覆層を形成することにより比較被覆工具31〜45を製造した。
なお、本発明被覆工具36〜43と同様に、比較被覆工具36〜43については、表18に示される形成条件で、表21に示される下部層および/または表23に示される上部層を形成した。
【0078】
また、本発明被覆工具31〜45、比較被覆工具31〜45の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表21〜表23に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0079】
また、複合窒化物または複合炭窒化物層の平均Al含有割合、平均Me含有割合については、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均Al含有割合α
avgおよびMeの平均含有割合β
avgを求めた。平均C含有割合γ
avgについては、二次イオン質量分析(SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。平均C含有割合γ
avgはTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはAl(CH
3)
3の供給量を0とした場合の複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CH
3)
3を意図的に供給した場合に得られる複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をγ
avgとして求めた。その結果を表22および表23に示す。
【0080】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、隣接するピクセル間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界とし、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒とし、結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間で結晶粒内方位差を求め、結晶粒内方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内平均方位差が2度以上となる結晶粒がTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に占める面積割合を求めた。その結果を表22および表23に示す。
図7に、本発明被覆工具について測定した結晶粒内平均方位差のヒストグラムの一例を示し、また、
図8には、比較被覆工具について測定した結晶粒内平均方位差のヒストグラムの一例を示す。
【0081】
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、立方晶構造のTiとAlとMeの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面を層厚方向に二等分した工具基体表面(工具基体)側の領域と表面側の領域に分けて解析し、70度の入射角度で10kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、工具基体と垂直方向に関しては前記界面側の領域と表面側の領域の測定範囲内、工具基体と水平方向には幅10μm、5視野分について、0.1μm/stepの間隔で、測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子線後方散乱回折像装置を用いて、工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、表面側の領域において傾斜角区分に最高ピークが存在する角度の範囲および0〜12度の範囲内に存在する度数の割合M
degとN
degを求めた。その結果を表22および表23に示す。
図9に、本発明被覆工具のTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体側の領域について測定した傾斜角度数分布の一例を示し、また、
図10には、本発明被覆工具のTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の表面側の領域について測定した傾斜角度数分布の一例を示す。
さらに電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.1μm間隔で解析し、幅10μm、縦は膜厚の測定範囲内での縦断面方向からの測定を5視野で実施し、該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒に属する全ピクセル数を求め、前記5視野での該硬質被覆層に対する測定において全測定ピクセル数との比によって、該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の面積割合を求めた。その結果を表22および表23に示す。
【0082】
さらに、本発明被覆工具31〜45および比較被覆工具31〜45について、工具基体に垂直な方向の断面方向から走査型電子顕微鏡(倍率5000倍または20000倍)を用いて、工具基体表面と水平方向に長さ10μmの範囲に存在するTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層中の個々の結晶粒について、工具基体表面と垂直な皮膜断面側から観察し、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。その結果を表22および表23に示す。
【0083】
【表16】
【0084】
【表17】
【0085】
【表18】
【0086】
【表19】
【0087】
【表20】
【0088】
【表21】
【0089】
【表22】
【0090】
【表23】
【0091】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具31〜45、比較被覆工具31〜45について、以下に示す、炭素鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表24に示す。
【0092】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材:JIS・S55C幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度:713 min
−1、
切削速度:280 m/min、
切り込み:2.5 mm、
一刃送り量:0.30 mm/刃、
切削時間:8分
【0093】
【表24】
【実施例4】
【0094】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr
3C
2粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表25に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体ε〜ηをそれぞれ製造した。
【0095】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表26に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体θを形成した。
【0096】
つぎに、これらの工具基体ε〜ηおよび工具基体θの表面に、化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表19および表20に示される条件で、少なくとも(Ti
1−x―yAl
xMe
y)(C
zN
1−z)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表28に示される本発明被覆工具46〜60を製造した。
なお、本発明被覆工具49〜58については、表18に示される形成条件で、表27に示される下部層および/または表28に示される上部層を形成した。
【0097】
また、比較の目的で、同じく工具基体ε〜ηおよび工具基体θの表面に、化学蒸着装置を用い、表19および表20に示される条件かつ表29に示される目標層厚で本発明被覆工具と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表29に示される比較被覆工具46〜60を製造した。
なお、本発明被覆工具49〜58と同様に、比較被覆工具49〜58については、表18に示される形成条件で、表27に示される下部層および/または表29に示される上部層を形成した。
【0098】
また、本発明被覆工具46〜60、比較被覆工具46〜60の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表27〜表29に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、前記本発明被覆工具46〜60、比較被覆工具46〜60の硬質被覆層について、実施例3に示される方法と同様の方法を用いて、平均Al含有割合α
avg、平均Me含有割合β
avg、平均C含有割合γ
avg、工具基体側の傾斜角度数分布M
deg、表面側の傾斜角度数分布N
deg、表面側の領域において傾斜角区分に最高ピークが存在する角度の範囲、結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比A、結晶粒における立方晶結晶相の占める面積割合を求めた。その結果を表28および表29に示す。
【0099】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、結晶粒内方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内平均方位差と結晶粒内方位差が2度以上となる結晶粒がTiとAlとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に占める面積割合を求めた。その結果を表28および表29に示す。
【0100】
【表25】
【0101】
【表26】
【0102】
【表27】
【0103】
【表28】
【0104】
【表29】
【0105】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具46〜60、比較被覆工具46〜60について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・S15Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:300m/min、
切り込み:2.5mm、
送り:0.30mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:280m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.30mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、250m/min)、
表30に、前記切削試験の結果を示す。
【0106】
【表30】
【0107】
表24、表30に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成するAlとTiとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒内において、所定の結晶粒内平均方位差が存在し、結晶粒の工具基体側の領域と表面側の領域で{111}面の法線がなす傾斜角が所定の傾斜角度数分布を有することで、結晶粒の歪みおよび結晶粒の粒界滑りの抑制により、靱性が向上する。しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することが明らかである。
【0108】
これに対して、硬質被覆層を構成するAlとTiとMeの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒内において、所定の結晶粒内平均方位差が存在していない比較被覆工具31〜45、46〜60については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたることが明らかである。
【実施例5】
【0109】
実施例1と同様のISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜CおよびTiCN基サーメット製の工具基体Dをそれぞれ製造した。
【0110】
つぎに、これらの工具基体A〜Dの表面に、化学蒸着装置を用い、
(a)表32、表33に示される形成条件A〜J、すなわち、NH
3とN
2とH
2からなるガス群Aと、CrCl
3、AlCl
3、Al(CH
3)
3、N
2、H
2からなるガス群B、およびおのおのガスの供給方法として、反応ガス組成(ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)を、ガス群AとしてNH
3:1.0〜1.5%、N
2:1.0〜2.0%、H
2:55〜60%、ガス群BとしてAlCl
3:0.6〜0.9%、CrCl
3:0.2〜0.3%、Al(CH
3)
3:0〜0.5%、N
2:12.5〜15.0%、H
2:残、反応雰囲気圧力:4.5〜5.0kPa、反応雰囲気温度:750〜900℃、供給周期1〜5秒、1周期当たりのガス供給時間0.15〜0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差0.10〜0.20秒として、所定時間、熱CVD法を行い、表35に示される結晶粒内平均方位差が2度以上を示す立方晶構造を有する結晶粒が表35に示される面積割合存在し、表35に示される目標層厚を有する(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層からなる硬質被覆層を形成することにより本発明被覆工具61〜75を製造した。
なお、本発明被覆工具66〜73については、表31に示される形成条件で、表34に示される下部層および/または表35に示される上部層を形成した。
【0111】
また、比較の目的で、工具基体A〜Dの表面に、表32、表33に示される条件かつ表36に示される目標層厚(μm)で本発明被覆工具61〜75と同様に、少なくともCrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。この時には、(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層の成膜工程中に工具基体表面における反応ガス組成が時間的に変化しない様に硬質被覆層を形成することにより比較被覆工具61〜73を製造した。
なお、本発明被覆工具66〜73と同様に、比較被覆工具66〜73については、表31に示される形成条件で、表34に示される下部層および/または表36に示される上部層を形成した。
【0112】
参考のため、工具基体Bおよび工具基体Cの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表36に示される参考被覆工具74、75を製造した。
なお、参考例の蒸着に用いたアークイオンプレーティングの条件は、次のとおりである。
(a)前記工具基体BおよびCを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のAl−Cr合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して10
−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつAl−Cr合金からなるカソード電極とアノード電極との間に200Aの電流を流してアーク放電を発生させ、装置内にAlおよびCrイオンを発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Al−Cr合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させた。
【0113】
また、本発明被覆工具61〜75、比較被覆工具61〜73および参考被覆工具74、75の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表34〜表36に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0114】
また、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlの平均含有割合p
avgについては、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合p
avgを求めた。Cの平均含有割合q
avgについては、二次イオン質量分析(SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合q
avgはCrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。ただしCの含有割合には、意図的にガス原料としてCを含むガスを用いなくても含まれる不可避的なCの含有割合を除外している。具体的にはAl(CH
3)
3の供給量を0とした場合の複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)を不可避的なCの含有割合として求め、Al(CH
3)
3を意図的に供給した場合に得られる複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるC成分の含有割合(原子比)から前記不可避的なCの含有割合を差し引いた値をq
avgとして求めた。
【0115】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてCrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、隣接するピクセル間で5度以上の方位差がある場合、そこを粒界とし、粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒とし、結晶粒内のあるピクセルと、同一結晶粒内の他のすべてのピクセル間で結晶粒内方位差を求め、結晶粒内方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内平均方位差が2度以上となる結晶粒がCrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に占める面積割合を求めた。
その結果を表35および表36に示す。
図11に、本発明被覆工具18について測定した結晶粒内平均方位差(すなわちGOS値)のヒストグラムの一例を示し、また、
図12には、比較被覆工具9について測定した結晶粒内平均方位差のヒストグラムの一例を示す。
【0116】
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、立方晶構造のCrとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面を層厚方向に二等分した工具基体表面(界面)側の領域と表面側の領域に分けて解析し、70度の入射角度で10kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、工具基体と垂直方向に関しては前記工具基体側の領域と表面側の領域の測定範囲内、工具基体と水平方向には幅10μm、5視野分について、0.1μm/stepの間隔で、測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子線後方散乱回折像装置を用いて、工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜12度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を表35および表36に示す。
図13に、本発明被覆工具のCrとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体側の領域について測定した傾斜角度数分布の一例を示し、また、
図14には、本発明被覆工具のCrとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の表面側の領域について測定した傾斜角度数分布の一例を示す。
さらに電子線後方散乱回折装置を用いて縦断面方向から0.1μm間隔で解析し、幅10μm、縦は膜厚の測定範囲内での縦断面方向からの測定を5視野で実施し、該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒に属する全ピクセル数を求め、前記5視野での該硬質被覆層に対する測定において全測定ピクセル数との比によって、該複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒の面積割合を求めた。
【0117】
【表31】
【0118】
【表32】
【0119】
【表33】
【0120】
【表34】
【0121】
【表35】
【0122】
【表36】
【0123】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具61〜75、比較被覆工具61〜73および参考被覆工具74、75について、以下に示す、炭素鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表37に示す。
【0124】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験:乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材:JIS・S55C幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度:713 min
−1、
切削速度:280 m/min、
切り込み:2.5 mm、
一刃送り量:0.25 mm/刃
切削時間:8分
【0125】
【表37】
【実施例6】
【0126】
実施例2と同様のISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γおよびTiCN基サーメット製の工具基体δをそれぞれ製造した。
【0127】
つぎに、これらの工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、化学蒸着装置を用い、実施例5と同様の方法により表32および表33に示される条件で、少なくとも(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表39に示される本発明被覆工具76〜90を製造した。
なお、本発明被覆工具79〜88については、表31に示される形成条件で、表38に示される下部層および/または表39に示される上部層を形成した。
【0128】
また、比較の目的で、同じく工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表32および表33に示される条件かつ表40に示される目標層厚で本発明被覆工具と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表40に示される比較被覆工具76〜88を製造した。
なお、本発明被覆工具79〜88と同様に、比較被覆工具79〜88については、表31に示される形成条件で、表38に示される下部層および/または表40に示される上部層を形成した。
【0129】
参考のため、工具基体βおよび工具基体γの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Cr
1−pAl
p)(C
qN
1−q)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表40に示される参考被覆工具89、90を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例5に示される条件と同様の条件を用いた。
【0130】
また、本発明被覆工具76〜90、比較被覆工具76〜88および参考被覆工具89、90の各構成層の断面を、走査電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表39および表40に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0131】
さらに、電子線後方散乱回折装置を用いてCrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する個々の結晶粒の結晶方位を縦断面方向から解析し、結晶粒内方位差が0度以上1度未満、1度以上2度未満、2度以上3度未満、3度以上4度未満、・・・と0〜10度の範囲を1度ごとに区切って、マッピングした。そのマッピング図から、結晶粒内平均方位差と結晶粒内方位差が2度以上となる結晶粒がCrとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層全体に占める面積割合を求めた。その結果を表39および表40に示す。
【0132】
また、硬質被覆層の傾斜角度数分布については、立方晶構造のCrとAlの複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面を層厚方向に二等分した工具基体表面(界面)側の領域と表面側の領域に分けて解析し、70度の入射角度で10kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記工具基体側の領域と表面側の領域の測定範囲内に存在する立方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射し、電子線後方散乱回折像装置を用いて、工具基体と水平方向に幅10μm、5視野分について、0.1μm/stepの間隔で、工具基体表面の法線(断面研磨面における工具基体表面と垂直な方向)に対して、前記結晶粒の結晶面である{111}面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0〜12度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。その結果を表39および表40に示す。
【0133】
【表38】
【0134】
【表39】
【0135】
【表40】
【0136】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具76〜90、比較被覆工具76〜88および参考被覆工具89、90について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、ダクタイル鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
切削条件1:
被削材:JIS・S15Cの長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:290m/min、
切り込み:2.5mm、
送り:0.32mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
切削条件2:
被削材:JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度:270m/min、
切り込み:2.0mm、
送り:0.32mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、200m/min)、
表41に、前記切削試験の結果を示す。
【0137】
【表41】
【0138】
表37、表41に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成するAlとCrの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒内において、所定の結晶粒内平均方位差が存在するとともに、結晶粒の工具基体側の領域と表面側の領域で{111}面の法線がなす傾斜角が所定の傾斜角度数分布を有することで、結晶粒の歪みにより、硬さが向上し、高い耐摩耗性を保ちつつ、靱性が向上する。しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することが明らかである。
【0139】
これに対して、硬質被覆層を構成するAlとCrの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する立方晶構造を有する結晶粒内において、所定の結晶粒内平均方位差が存在していないか、結晶粒の工具基体側の領域と表面側の領域で{111}面の法線がなす傾斜角が所定の傾斜角度数分布を有していない比較被覆工具61〜73、76〜88および参考被覆工具74、75、89、90については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたることが明らかである。