(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1に記載のものは、回転位置検出器の故障に際してハード系の回転位置検出器の代わりに、モータの回転によって誘起される誘起電圧で位置推定するソフト系の回転位置推定手段を使用することで、電動制御型ブレーキ装置や電動パワーステアリングに求められる継続駆動を実現できるが、電動制御型ブレーキ装置や電動パワーステアリングで頻繁に使用される三相同期電動機の動作領域で位置推定が難しい。
【0014】
また、特許文献2〜4の技術では、零速および低速での回転位置精度を故障前と同等の精度で検出することができるものの、次のような課題がある。
【0015】
特許文献2の技術では、永久磁石同期モータの回転子構造に突極性が必要となる。突極性のないもの、少ないものでは位置検出感度が低下してしまい、位置推定が困難となる。また、高感度に検出するには、注入する高周波成分を増加させるか、あるいは周波数を下げる必要がある。この結果、回転脈動や振動・騒音の増大や、永久磁石同期モータの高調波損失の増大を招く。
【0016】
特許文献3の技術では、三相巻線の非通電相に生じる起電圧を観測するので、永久磁石同期モータが停止状態からの駆動が可能であるが、駆動電流波形が120度通電(矩形波)になる。本来、永久磁石同期モータは正弦波状の電流で駆動した方が回転ムラの抑制や、高調波損失を抑制する上で有利となるが、特許文献3の技術において正弦波駆動は困難である。
【0017】
特許文献4および特許文献5の技術では、三相固定子巻線の接続点の電位である「中性点電位」を検出して、位置情報を得る。この中性点電位を、インバータからモータへ印加されるパルス電圧と同期して検出することで、回転子位置に依存した電位変化を得ることができる。また、モータへの印加電圧として、通常の正弦波変調によって得られるPWM(パルス幅変調)によっても、位置情報が得られる。しかし、特許文献4および特許文献5の技術には、次に詳述するような課題がある。
【0018】
図1は、特許文献4および特許文献5の技術によるPWM波形および中性点電位波形を示す。三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*と三角波キャリアを比較して、PWMパルス波形PVu,PVv,PVwを発生させている。三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*は、正弦波状の波形となるが、低速駆動時には三角波キャリアに比べて十分低い周波数とみなすことができるため、ある瞬間を捉えれば、実質的に
図1のように直流とみなすことができる。
【0019】
PWMパルス波であるPVu,PVv,PVwは、それぞれ異なるタイミングでオン・オフを繰り返す。図中の電圧ベクトルは、V(0,0,1)のような名称が付いているが、それらの添え字(0,0,1)は、それぞれU,V,W相のスイッチ状態を示す。すなわち、V(0,0,1)は、U相はPVu=0、V相はPVv=0、W相はPVw=1を示す。ここで、V(0,0,0)、ならびにV(1,1,1)は、モータへの印加電圧が零となる零ベクトルである。
【0020】
これらの波形に示すように、通常のPWM波は、第1の零ベクトルV(0,0,0)と第2の零ベクトルV(1,1,1)の間において、2種類の電圧ベクトルV(0,0,1)とV(1,0,1)を発生させている。すなわち、電圧ベクトル推移のパターン「V(0,0,0)→V(0,0,1)→V(1,0,1)→V(1,1,1)→V(1,0,1)→V(0,0,1)→V(0,0,0)」を一つの周期として、このパターンが繰り返される。零ベクトルの間で使用される電圧ベクトルは、三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*の大小関係が変わらない期間は、同じものが用いられる。
【0021】
零ベクトル以外の電圧を印加している時に、中性点電位には、回転子位置に応じた起電圧が発生する。これを利用して、特許文献4の技術では、回転子位置を推定する。
【0022】
しかし、零速や極低速での中性点電位を用いた回転位置センサレス制御を、ブレーキ制御装置を駆動するモータ制御装置に対して適用する場合、実用上の問題がある。一例として、モータから回転直動機構を介して直接キャリパを締め付けて制動力を得るブレーキ制御装置(電動ディスクブレーキ)について述べる。
【0023】
図2は、ブレーキ制御装置の概略構成および動作パターンを示す。
【0024】
ブレーキ制御装置(電動ディスクブレーキ)は、片側の車輪に取り付けられ、ドライバの踏力による制動力指令に基づき、永久磁石同期モータ(M)を駆動する。そして、回転直動機構61を介して回転方向のトルクが水平方向への推力へと転換され、これによりキャリパ7Rのブレーキパッド62がブレーキディスク63に押し当てられると、押圧力が生成されて制動力が発生する。
【0025】
図2に示すように、時間(A)では制動力指令がドライバの踏力として与えられる。このときモータのトルク指令が発生し、モータが回転する。モータがある一定量回転すると、時間(B)において、ブレーキパッド62がブレーキディスク63に到達する。
【0026】
時間(B)から時間(C)の区間(1)は一定の制動力を出すために、ブレーキパッド62によってブレーキディスク63が一定の押圧力で締め付けられる。このとき、トルクの指令は0ではないのに対し、モータの回転数は0となる。以下では、この時間(B)から(C)の区間(1)を「クリアランス領域」と称する。
【0027】
時間(C)から時間(D)においては、ブレーキパッド62がブレーキディスク63から離れる。
【0028】
このように、ブレーキ制御装置は、制動力を一定に保つ時間領域、すなわち回転数が零ないし低速であるがトルクが発生する時間領域が比較的長い。
【0029】
図3は、負荷トルクを変化させたときの中性点電位の基準電位からの変動量を示す。なお、
図3においては、電気角60度ごとに区間(A)から区間(G)に分けている。
【0030】
低負荷においては、区間(B),(C),(D)は電気角に対して中性点電位の変化が大きいのに対して、区間(A),(E),(F),(G)は電気角に対して中性点電位の変化が小さい。また、高負荷においては、区間(B),(F)は電気角に対して中性点電位の変化が大きいのに対して、区間(A),(C),(D),(E),(G)は電気角に対して中性点電位の変化が小さい。
【0031】
図3が示すように、負荷の条件に応じて、中性点電位の変化の様子が異なり、高負荷になるほど、中性点電位の変化量が、回転子位置を精度良く推定できるような値にならない区間が増大する。このため、中性点電位による位置推定精度が低下する。
【0032】
上述のように、ブレーキ制御装置を駆動するモータ制御装置は、回転数が零ないし低速でトルクを発生するように駆動されることが多い。このようなモータ制御装置において、モータの磁極位置の推定精度低下は、車両の制動力の不安定化や制動距離の延長を招く。
【0033】
そこで、本発明は、負荷が大きくなっても、中性点電位に基づき、精度よく回転子位置を推定できるモータ制御装置、並びにこれにより駆動されるブレーキ制御装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0034】
上記課題を解決するために、本発明によるモータ制御装置は、三相巻線を備える三相同期電動機と、三相巻線に接続されるインバータと、三相同期電動機の回転子位置に基づいてインバータを制御する制御部と、三相巻線の中性点電位に基づいて、回転子位置を推定する回転位置推定手段と、を備えるものであって、回転位置推定手段は、回転子位置の既推定値および三相巻線への電圧印加状態に応じて、中性点電位の複数の検出値の内の一つあるいは複数を選択的に用いて回転子位置を推定する。
【0035】
上記課題を解決するために、本発明によるブレーキ制御装置は、ブレーキと、ブレーキを駆動するモータ制御装置と、を備えるものであって、モータ制御装置は、三相巻線を備える三相同期電動機と、三相巻線に接続されるインバータと、三相同期電動機の回転子位置に基づいてインバータを制御する制御部と、三相巻線の中性点電位に基づいて、回転子位置を推定する回転位置推定手段と、を備え、回転位置推定手段は、回転子位置の既推定値および三相巻線への電圧印加状態に応じて、中性点電位の複数の検出値の内の一つあるいは複数を選択的に用いて回転子位置を推定する。
【0036】
また、上記課題を解決するために、本発明によるモータ制御装置は、三相巻線を備える三相同期電動機と、三相巻線に接続されるインバータと、三相同期電動機の回転子位置に基づいてインバータを制御する制御部と、を備えるものであって、制御部は、冗長に設けられる複数の回転位置検出器によって感知される回転子位置に基づいてインバータを制御し、さらに、三相巻線の中性点電位に基づいて、回転子位置を推定する回転位置推定手段と、回転位置推定手段によって推定される回転子位置に基づいて、複数の回転位置検出器の異常を判定する判定手段と、を備え、回転位置推定手段は、回転子位置の既推定値および三相巻線への電圧印加状態に応じて、中性点電位の複数の検出値の内の一つあるいは複数を選択的に用いて回転子位置を推定する。
【発明の効果】
【0037】
本発明によれば、負荷によらず、回転子位置を精度よく推定できる。これにより、モータ制御装置およびそれを用いるブレーキ制御装置の信頼性が向上する。
【0038】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。なお、各図において、参照番号が同一のものは同一の構成要件あるいは類似の機能を備えた構成要件を示している。
【0041】
(実施形態1)
図4は、本発明の実施形態1であるモータ制御装置の構成を示すブロック図である。
【0042】
モータ制御装置3は、三相同期電動機として、永久磁石同期モータ4を駆動制御する。このモータ制御装置3は、直流電源5、インバータ主回路311やワンシャント電流検出器312を含むインバータ31、および駆動対象である永久磁石同期モータ4を備えている。
【0043】
本実施形態1においては、インバータ主回路311を構成する半導体スイッチング素子として、MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)が適用される。また、インバータ31は電圧形であり、一般に、半導体スイッチング素子には逆並列に環流ダイオードが接続される。本実施形態1においては、環流ダイオードとして、MOSFETの内蔵ダイオードを用いているので、
図4では、環流ダイオードの図示を省略している。なお、MOSFETに代えて、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)などを適用しても良い。また、環流ダイオードを外付けしても良い。
【0044】
なお、本実施形態では、一つの三相巻線を一つのインバータで駆動するが、これに限らず、同じステータに複数系統の巻線を備え、これらの巻線を複数のインバータで駆動しても良い。
【0045】
インバータ31は、インバータ主回路311やワンシャント電流検出器312のほかに、出力プリドライバ313を含む。
【0046】
インバータ主回路311は、6個の半導体スイッチング素子Sup1〜Swn1で構成される三相フルブリッジ回路である。
【0047】
ワンシャント電流検出器312は、インバータ主回路311への供給電流I0(直流母線電流)を検出する。
【0048】
出力プリドライバ313は、インバータ主回路311の半導体スイッチング素子Sup1〜Swn1を直接駆動するドライバ回路である。
【0049】
なお、ワンシャント電流検出器312によって検出される直流母線電流I0に基づいて、いわゆるワンシャント方式によって、三相巻線に流れる三相電流が計測される。また、なお、ワンシャント方式については、公知技術であるため、詳細な説明は省略する。
【0050】
直流電源5は、インバータ31に直流電力を供給する。
【0051】
制御部6は、三相巻線において感知される中性点電位Vnに基づき中性点電位検出手段1によって検出される中性点電位検出値Vn1−d,Vn2−dから回転位置推定手段2によって推定演算される回転子位置θdに基づき、出力プリドライバ313に与えるゲート指令信号を作成する。
【0052】
図5は、制御部6の構成を示すブロック図である。なお、制御部6においては、いわゆるベクトル制御が適用される。
【0053】
図5に示すように、制御部6は、q軸電流指令発生手段(Iq*発生手段)601、d軸電流指令発生手段(Id*発生手段)602、減算手段603a、減算手段603b、d軸電流制御手段(IdACR)604a、q軸電流制御手段(IqACR)604b、dq逆変換手段605、PWM発生手段606、電流再現手段607、dq変換手段608、サンプル/ホールド手段609、速度演算手段610、パルスシフト手段611から構成される。本構成により、制御部6は、q軸電流指令Iq*に相当するトルクを永久磁石同期モータ4が発生するように動作する。
【0054】
Iq*発生手段601は、電動機のトルク相当のq軸電流指令Iq*を発生する。Iq*発生手段601は、通常、実速度ω1を観測しながら、永久磁石同期モータ4の回転数が所定値になるように、q軸電流指令Iq*を発生する。Iq*発生手段601の出力であるq軸電流指令Iq*は減算手段603bに出力される。
【0055】
Id*発生手段602は、永久磁石同期モータ4の励磁電流に相当するd軸電流指令Id*を発生する。Id*発生手段602の出力であるd軸電流指令Id*は減算手段603aに出力される。
【0056】
減算手段603aは、Id*発生手段602の出力であるd軸電流指令Id*と、dq変換手段608の出力するd軸電流Id、すなわち三相巻線に流れる三相電流(Iuc,Ivc,Iwc)をdq変換して得られるd軸電流Idとの偏差を求める。
【0057】
減算手段603bは、Iq*発生手段601の出力であるq軸電流指令Iq*と、dq変換手段608の出力するq軸電流Iq、すなわち三相巻線に流れる三相電流(Iuc,Ivc,Iwc)をdq変換して得られるq軸電流Iqとの偏差を求める。
【0058】
IdACR604aは、減算手段603aによって演算されるd軸電流偏差が零になるように、dq座標軸上のd軸電圧指令Vd*を演算する。また、IqACR604bは、減算手段603bによって演算されるq軸電流偏差が零になるように、dq座標軸上のq軸電圧指令Vq*を演算する。IdACR604aの出力であるd軸電圧指令Vd*およびIqACR604bの出力であるq軸電圧指令Vq*は、dq逆変換手段605に出力される。
【0059】
dq逆変換手段605は、dq座標(磁束軸―磁束軸直交軸)系の電圧指令Vd*,Vq*を三相交流座標上の電圧指令Vu*,Vv*,Vw*に変換する。dq逆変換手段605は、電圧指令Vd*,Vq*および回転位置推定手段2(
図4)が出力する回転子位置θdに基づき、三相交流座標系の電圧指令Vu*,Vv*,Vw*を演算する。dq逆変換手段605は、演算したVu*,Vv*,Vw*をPWM発生手段606に出力する。
【0060】
PWM発生手段606は、インバータ主回路311の電力変換動作を制御するためのPWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)信号を出力する。PWM発生手段606は、三相交流電圧指令Vu*,Vv*,Vw*に基づき、これら三相交流電圧指令とキャリア信号(例えば、三角波)とを比較することによりPWM信号(
図1におけるPVu,PVv,PVw参照)を発生する。PWM発生手段606から出力されるPWM信号は、パルスシフト手段611を介して、出力プリドライバ313(
図4)およびサンプル/ホールド手段(S/H回路)609に入力される。
【0061】
電流再現手段607は、インバータ主回路311からワンシャント電流検出器312へ出力される直流母線電流I0から、三相巻線に流れる三相電流(Iuc,Ivc,Iwc)を再現する。再現された三相電流(Iuc,Ivc,Iwc)は、電流再現手段607からdq変換手段608に出力される。
【0062】
dq変換手段608は、三相電流(Iuc,Ivc,Iwc)を、回転座標軸であるdq座標上のId,Iqに変換する。変換されたIdおよびIqは、それぞれ、減算手段603aおよび603bにて電流指令との偏差の演算に用いられる。
【0063】
速度演算手段610は、回転子位置の推定値である回転子位置θdから、永久磁石同期モータの回転速度ω1を計算する。この演算された回転速度ω1は、Iq*発生手段601に出力され、磁束軸(d軸)に直交する軸(q軸)における電流制御に用いられる。
【0064】
なお、本実施形態1において、中性点電位検出手段1と回転位置推定手段2と制御部6、すなわちモータ制御装置3の制御系は、一個のマイクロコンピュータによって構成される。三相巻線の中性点は、制御用のマイクロコンピュータに、配線などによって電気的に接続される。
【0065】
さらに、インバータ主回路311、出力プリドライバ313の各々を、集積回路装置により構成しても良い。また、インバータ31を集積回路装置により構成しても良い。これらにより、モータ制御装置を大幅に小型化できる。また、各種電動装置へのモータ制御装置の実装が容易になったり、各種電動装置を小型化されたりする。
【0066】
次に、このモータ制御装置の基本動作について説明する。
【0067】
本実施形態1においては、同期電動機のトルクを線形化する制御手段として一般的に知られているベクトル制御が適用される。
【0068】
ベクトル制御技術の原理は、モータの回転子位置を基準とした回転座標軸(dq座標軸)上にて、トルクに寄与する電流Iqと、磁束に寄与する電流Idとを独立に制御する手法である。
図5におけるd軸電流制御手段604a、q軸電流制御手段604b、dq逆変換手段605、dq変換手段608などは、このベクトル制御技術実現のための主要部分である。
【0069】
図5の制御部6においては、Iq*発生手段601にて、トルク電流に相当する電流指令Iq*が演算され、電流指令Iq*と永久磁石同期モータ4の実際のトルク電流Iqが一致するように電流制御が行われる。
【0070】
電流指令Id*は、非突極型の永久磁石同期モータであれば、通常「零」が与えられる。一方、突極構造の永久磁石同期モータや、界磁弱め制御においては、電流指令Id*として負の指令を与える場合もある。
【0071】
なお、永久磁石同期モータの三相電流は、CT(Current Transformer)などの電流センサによって直接検出したり、本実施形態1のように、直流母線電流を検出して、直流母線電流に基づいて制御器内部にて再現演算したりする。本実施形態1においては、直流母線電流I0から、三相電流を再現演算する。例えば、
図5に示す制御部6においては、パルスシフト手段611によって位相シフトされたPWM信号に応じたタイミングでS/H手段609を動作させて直流母線電流I0の電流値をサンプリングしてホールドすることにより、三相電流に関する情報を含む直流母線電流の電流値I0hを取得する。そして、取得された電流値から、電流再現手段607によって三相電流(Iuc,Ivc,Iwc)が再現演算される。なお、再現演算の具体的手段については、公知技術であるため、詳細な説明は省略する。
【0072】
以下、本実施形態1における、中性点電位から回転子位置を推定する手段について説明する。
【0073】
まず、回転子位置による中性点電位の変化について説明する。
【0074】
インバータ31の各相の出力電位は、インバータ主回路311の上側半導体スイッチング素子(Sup1,Svp1,Swp1)もしくは下側半導体スイッチング素子(Sun1,Svn1,Swn1)のオン/オフ状態によって設定される。これらの半導体スイッチング素子は、各相において、上側および下側の一方がオン状態であれば、他方はオフ状態である。すなわち、各相において、上側および下側半導体スイッチング素子は相補的にオン・オフされる。したがって、インバータ31の出力電圧は、全部で8通りのスイッチングパターンを有する。
【0075】
図6は、インバータ出力電圧のスイッチングパターンを表すベクトル図(左図)並びに回転子位置(位相)θdと電圧ベクトルの関係を示すベクトル図(右図)である。
【0076】
各ベクトルにはV(1,0,0)のように名称をつけている。このベクトル表記において、上側半導体スイッチング素子がオンの状態を「1」で表し、下側半導体スイッチング素子がオンの状態を「0」で表している。また、括弧内の数字の並びは「U相、V相、W相」の順番にスイッチング状態を表している。インバータ出力電圧は、二つの零ベクトル(V(0,0,0),V(1,1,1))を含む八つの電圧ベクトルを用いて表現できる。これら八つの電圧ベクトルを組み合わせることによって、正弦波状の電流を永久磁石同期モータ4に供給する。
【0077】
図6(右図)が示すように、永久磁石同期モータ4の回転子位置の基準をU相方向として、回転子位置(位相)θdを定義する。回転座標におけるdq座標軸は、磁石磁束Φmの方向をd軸方向としており、反時計回りに回転する。なお、q軸方向は、d軸方向に直交する方向である。
【0078】
ここで、θd=0度付近である場合、誘起電圧ベクトルEmは、その方向がq軸方向であるから、電圧ベクトルV(1,0,1)およびV(0,0,1)の近くに位置している。この場合、主に電圧ベクトルV(1,0,1)およびV(0,0,1)を用いて永久磁石同期モータ4は駆動される。なお、電圧ベクトルV(0,0,0)およびV(1,1,1)も用いられるが、これらは零ベクトルである。
【0079】
図7は、零以外の電圧ベクトル6種類と、各電圧ベクトルに対して観測される中性点電位の名称の本実施形態1における定義を示す。前述の
図1に示した電圧ベクトルV(1,0,1)で検出できる中性点電位はVnBと表記される。また、同
図1に示した電圧ベクトルV(0,0,1)で検出できる中性点電位はVnCと表記される。
【0080】
図8は、電圧ベクトルが印加された状態における永久磁石同期モータ4と、3つの抵抗で構成された仮想中性点回路との関係を示す。ここで、Lu,LvおよびLwは、それぞれ、U相巻線のインダクタンス、V相巻線のインダクタンスおよびW相巻線のインダクタンスである。なお、印加される電圧ベクトルは、上述の電圧ベクトルV(1,0,1)(左図)およびV(0,0,1)(右図)である。
【0081】
図8に示す中性点電位Vn0は、次のように演算することができる。
【0082】
電圧ベクトルV(1,0,1)の印加時は、式(1)により演算される。
【0083】
Vn0={Lv/(Lu//Lw+Lv)−(2/3)}×VDC …(1)
電圧ベクトルV(0,0,1)の印加時は、式(2)により演算される。
【0084】
Vn0={(Lu//Lv)/(Lu//Lv+Lw)−(1/3)}×VDC …(2)
ここで、「//」という表記は、二つのインダクタンスの並列回路の総合インダクタンス値であり、例えば、「Lu//Lw」は、式(3)で表される。
【0085】
Lu//Lw=(Lu・Lw)/(Lu+Lw)…(3)
三相の巻線インダクタンスLu,Lv,Lwの大きさが全て等しければ、式(1),(2)より、中性点電位Vn0は零である。しかし、実際には、回転子の永久磁石磁束分布の影響を受け、少なからずインダクタンスの大きさに差異が生じる。すなわち、インダクタンスLu,LvおよびLwの大きさは回転子の位置によって変化し、Lu,LvおよびLwの大きさに差異が生じる。このため、回転子位置に応じて、中性点電位Vn0の大きさが変化する。
【0086】
前述の
図1には、三角波キャリアを用いたパルス幅変調の様子と、そのときの電圧ベクトル、並びに中性点電位の変化の様子が示されている。ここで、三角波キャリアとは、三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*の大きさをパルス幅に変換するための基準となる信号であり、この三角波キャリアと三相電圧指令Vu*,Vv*,Vw*の大小関係を比較することで、PWMパルスが作成される。
図1に示すように、各電圧指令Vu*,Vv*,Vw*と三角波キャリアの大小関係が変化する時点にて、PWMパルスの立ち上がり/立下りが変化している。また、同時点において、零ではない中性点電位Vn0が検出されている。
【0087】
図1に示すように、PWMパルスの立ち上がり/立下りの時点以外では、中性点電位Vn0はほとんど変動していない。これは、回転子位置に応じて生じる三相の巻線インダクタンスLu,Lv,Lwの大きさの差異が小さいことを示している。これに対し、PWMパルスの立ち上がり/立下りの時点、すなわち零ベクトル以外の電圧ベクトル(
図1では、V(1,0,1)およびV(0,0,1))が印加されている時、モータ電流の変化率が大きくなるので、インダクタンスの大きさの差異が小さくても、比較的大きな中性点電位Vn0の変動が検出される。従って、PWMパルス信号PVu,PVv,PWwに同期して中性点電位を観測すれば、感度よく中性点電位の変動を検出することができる。
【0088】
次に、検出された中性点電位から回転子位置を推定する手段について説明する。
【0089】
中性点電位Vn0は、回転子位置に応じて周期的に変化するので(例えば、上述の特許文献4参照)、予め回転子位置と中性点電位Vn0との関係を実測あるいはシミュレーションして、回転子位置と中性点電位Vn0の関係を示すマップデータ、テーブルデータあるいは関数を求めておく。このようなマップデータ、テーブルデータあるいは関数を用いて、検出された中性点電位から回転子位置を推定する。
【0090】
また、2種類の電圧ベクトル(
図1では、V(1,0,1)およびV(0,0,1))について検出される中性点電位を三相交流量(の二相分)とみなして、座標変換(三相二相変換)を用いて位相量を演算し、この位相量を回転子位置の推定値とする。なお、本手段は、公知技術によるものであるため(例えば、上述の特許文献5参照)、詳細な説明は省略する。
【0091】
回転位置推定手段2(
図4)は、上述のような推定手段によって、中性点電位検出手段1が出力する中性点電位検出値Vn1−d,Vn2−dに基づいて、回転子位置θdを推定する。これらの推定手段は、所望の位置検出精度や、制御用のマイクロコンピュータの性能に応じて、適宜選択される。
【0092】
モータの磁極位置に応じて中性点電位が変化することを利用して、モータの回転数が零速もしくは低速で磁極位置を検出できる。しかし、前述(
図3)のように、高負荷になると磁極位置に対して中性点電位の変化が小さくなるため、位置推定精度が低下するという問題がある。さらに、位置推定精度に関わる次のような問題もある。
【0093】
図9は、ある一定電流を通電し通電位相(q軸からの角度)を変化させたときの電流位相と中性点電位の関係を示す。
図9が示すように、中性点電位の変化の様子(周期的変化の振幅および位相)は、電流位相によっても大きく異なる。
【0094】
そこで、本実施形態1における中性点電位検出手段1と回転位置推定手段2について説明する。
【0095】
中性点電位検出手段1は、中性点電位Vn0の波形(
図1参照)から、キャリア1周期で、Vn0の値を、十分な感度で2回検出する。
図1において、中性点電位Vn1−d,Vn2−dが検出値である。ここで、
図1に示す中性点電位Vn0は、三相巻線の中性点において感知され中性点電位検出手段1に入力される中性点電位Vn(
図4参照)と、3つの抵抗によって生成される仮想中性点電位もしくは直流電源5の出力電圧の分圧によって生成される基準電位Vncとの差分を表している。
【0096】
なお、キャリア1周期では、中性点電位を、十分な感度で4回検出でき、このとき得られる四つの検出値を回転子位置推定に用いることができるが、本実施形態1では、キャリア1周期の前半で検出されるVn1−d,Vn2−dが回転子位置推定に用いられる。
【0097】
図10は、本実施形態1における回転位置推定手段2の構成を示すブロック図である。
【0098】
図10に示すように、回転位置推定手段2は、Vn1−dより回転子位置θd−1を推定するVn1回転位置推定手段22と、Vn2−dより回転子位置θd−2を推定するVn2回転位置推定手段23と、Vn1−dおよびVn2−dより回転子位置θd−12を推定するVn12回転位置推定手段24と、推定された回転子位置θd−1,θd−2,θd−12から、出力する回転子位置θdを選択する回転位置選択手段21を備えている。
【0099】
Vn1回転位置推定手段22およびVn2回転位置推定手段23は、Vn1−dとVn2−dの内、どちらか一方のみ、すなわち、それぞれVn1−dのみ、Vn2−dのみを用いる。また、Vn12回転位置推定手段24は、Vn1−dおよびVn2−dを両方とも用いる。
【0100】
なお、Vn1回転位置推定手段22、Vn2回転位置推定手段23およびVn12回転位置推定手段24における、中性点電位の検出値から回転子位置を演算する具体的な手段としては、上述のように、中性点電位と磁極位置の関係を示すマップを用いる手段や、2回検出される中性点電位から座標変換して磁極位置を推定演算する手段(特許文献5参照)などがある。
【0101】
回転位置選択手段21は、Vn1回転位置推定手段22の出力である回転位置θd−1と、Vn2回転位置推定手段23の出力である回転位置θd−2と、Vn12回転位置推定手段24の出力である回転位置θd−12から、回転位置推定手段2が前回の時点で出力した回転子位置の推定値θd−old、d軸電圧指令Vd*、q軸電圧指令Vq*、d軸電流指令Id*、q軸電流指令Iq*のいずれかもしくは複数に基づいて、現時点で出力する回転子位置推定値を選択する。
【0102】
選択手段の具体例について、
図11および
図12を用いて説明する。
【0103】
図11は、無負荷の時に検出される中性点電位と回転子位置の関係の一例を示す。なお、印加される電圧ベクトル別の中性点電位(VnA〜VnF:
図7参照)を示す。
【0104】
図11に示すように、区間(A)では、VnB,VnC,VnE,VnFの場合、電気角に対する中性点電位の変化が大きく、VnA,VnDの場合、電気角に対する中性点電位の変化が小さい。ここで、回転子が区間(A)に位置しているとすると、中性点電位を検出する際の印加電圧ベクトルがVnCとVnDである場合、VnCとVnDにおける中性点電位検出値を両方用いて回転子位置を演算すると、電気角に対して中性点電位の変化が少ないVnDにおける検出値が影響して、位置推定誤差が増大する。そのため、VnCの場合の中性点電位検出値のみを用いて回転子位置を推定すれば、位置推定誤差を抑えられる。
【0105】
区間(A)では、VnDのほか、VnAも電気角に対する中性点電位の変化が小さい。従って、印加される二つの電圧ベクトルに応じた二つの中性点電位検出値の一方がVnAあるいはVnDである場合、他方の検出値のみを用いて回転子位置を推定すれば、位置推定誤差を抑えられる。
【0106】
また、区間(A)では、印加される二つの電圧ベクトルに応じた二つの中性点電位検出値が、VnB,VnC,VnE,VnFの内の二つである場合、この二つの検出値を用いて回転子位置を推定すれば、位置推定誤差を確実に抑えられる。
【0107】
図11のような中性点電位と回転子位置の関係に基づき、回転位置選択手段21(
図10)は、次のようにして、出力する回転子位置推定値θdを選択する。すなわち、回転位置選択手段21は、例えば、区間(A)内のいずれかの位置のように、概略の回転子位置、および二つの中性点電位検出値Vn1−dおよびVn2−dの検出時における電圧印加状態に応じて、θd−1,θd−2,θd−12から、中性点電位の変化が大きな場合の検出値によって演算された推定値を選択して、現時点のθdとして出力する。
【0108】
概略の回転子位置は、回転位置推定手段2が前回の推定時点で出力した回転子位置の推定値θd−oldによって判断できる。なお、θd−oldは、マイクロコンピュータ内のレジスタなどの記録手段に保持されており、位置推定するたびに更新される。
【0109】
インバータ31による永久磁石同期モータ4の三相巻線に対する電圧印加状態は、インバータ31の出力電圧や永久磁石同期モータ4への入力電圧のほか、dq軸電圧指令Vd*,Vq*、インバータ31の各半導体スイッチング素子のスイッチング状態すなわち出力プリドライバ313が出力するゲート駆動信号や制御部6が出力するゲート指令信号(PWM信号)などにより判断できる。
【0110】
なお、回転位置推定手段2は、θd−oldおよび電圧印加状態(VnA〜VnF)と、推定誤差という観点で回転子位置推定用としての中性点電位検出値の適否との関係を示すマップデータあるいはテーブルデータを予め備え、このようなデータを用いて、θd−1,θd−2,θd−12から、推定誤差が抑制されている推定値を選択する。また、回転位置推定手段2は、
図11に示したような中性点電位と回転子位置の関係を示すデータを予め備え、このようなデータに基づいて、中性点電位の変化が大きな場合の検出値によって演算された推定値を選択しても良い。なお、これらのデータは、実験や電磁界解析によって取得することができる。
【0111】
図12は、q軸電流が通電されてモータトルクが発生している時における中性点電位と回転子位置の関係の一例を示す。なお、
図11と同様に、中性点電位VnA〜VnF(
図7参照)を示す。
【0112】
図12が示すように、
図11における区間(A)(電気角が−30度から30度までの範囲)が、区間(B)(電気角が−75度から−15度までの範囲)に移動している。
【0113】
このように、回転子位置による中性点電位の変化の様子は、負荷に応じて変化する。この場合、回転位置推定手段2は、推定値の選択に用いる上述したようなデータを、負荷の大きさを示すq軸電流Iqあるいはq軸電流指令Iq*をパラメータとして複数備える。
【0114】
また、前述の
図9に示すように、中性点電位の変化の様子(周期的変化の振幅および位相)は、電流位相によっても大きく異なる。従って、d軸電流を通電することで、中性点電位の変化を大きくして、回転子位置の推定精度を向上することができる。この場合、回転位置推定手段2は、推定値の選択に用いる上述したようなデータを、負荷の大きさ(Iq,Iq*)に加えてd軸電流Idあるいはd軸電流指令Iq*をパラメータとして、複数備える。
【0115】
以上説明したように、本実施形態1によれば、回転子位置の既推定値および永久磁石同期モータへの電圧印加状態に応じて、複数の中性点電位検出値から推定される複数の回転子推定値から、中性点電位の変化が大きな場合の検出値から推定される回転子位置推定値を選択するので、負荷の大きさによらず、回転子位置の推定精度が向上する。
【0116】
また、本実施形態1によれば、回転子位置推定値を選択するためにdq軸電圧やdq軸電流を用いることができるので、三相巻線の中性点電位をマイクロコンピュータに取込めば、他にセンサやマイクロコンピュータへの信号配線を設けることなく、高精度な位置推定が可能になる。さらに、感度増幅器を用いることなく、回転子位置の検出感度を向上できる。これらにより、モータ制御装置の構成が簡便になり、モータ制御装置のコストの増大が抑制される。
【0117】
(実施形態2)
図13は、本発明の実施形態2であるモータ制御装置における制御部6aの構成を示すブロック図である。なお、制御部以外の構成は、実施形態1(
図4)と同様である。以下、主に実施形態1の制御部6(
図5)と異なる点について説明する。
【0118】
図13に示すように、本実施形態2では、制御部6aが、実施形態1の制御部6の構成(
図5)に加えて、中高速位置推定器612と推定位相切り替えスイッチ613を備える。
【0119】
中高速位置推定器612は、dq軸電圧指令Vd*,Vq*ならびにdq軸電流検出値Id,Iqに基づいて、永久磁石同期モータ4の定数(インダクタンスや巻線抵抗)から、回転子位置θdc2を推定演算する。これは、誘起電圧に基づく公知の回転子位置推定手段であり、具体的な演算方法については説明を省略する。なお、誘起電圧に基づく回転子位置推定手段として、種々の手段が公知であり、詳細な説明は省略するが、いずれの手段を適用しても良い。
【0120】
推定位相切り替えスイッチ613は、中高速位置推定器612が出力するθdc2と、回転位置推定手段2(
図4)が中性点電位に基づいて推定して出力する回転子位置推定値θdとを、モータ速度(回転速度)に応じて選択し、制御に用いる回転子位置θdc3として出力する。すなわち、モータ速度に応じて、回転子の位置推定アルゴリズムが変更される。例えば、所定値以上の速度を中高速、同所定値より小さな速度を低速とすると、推定位相切り替えスイッチ613によって、中高速ではθdc2が選択され、低速ではθdが選択される。なお、本実施形態2においては、モータ速度ω1は、θdc3に基づいて速度演算手段610によって演算される。
【0121】
なお、θdc2とθdの切り替えに代えて、θdとθdc2に、低速域ではθdが支配的になるように、かつ中高速域ではθdc2が支配的になるように重み付けをして、回転子位置θdc3を演算しても良い。この場合、中性点電位に基づく制御と誘起電圧に基づく制御が徐々に切り替えられるので、低速域と高速域の切り替え時に制御の安定性が向上する。また、θdとθdc2を切り替える回転速度にヒステリシスを持たせても良い。これにより、切り替え時におけるハンチングを防止できる。
【0122】
本実施形態1では、速度演算手段610で演算されるモータ速度に応じて、θdc2とθdが切り替えられるが、これに限らず、回転位置センサ(磁極位置センサ、舵角センサなど)により検出されるモータ速度に応じて、θdc2とθdを切り替えてもよい。
【0123】
上述のように、本実施形態1によれば、低速域から中高速域までの広い速度範囲で、モータ制御に用いる回転子位置の精度が向上するので、同期電動機の速度制御の精度や安定性、もしくは信頼性が向上する。
【0124】
なお、中高速域のモータ速度において、θdc2とθdを比較して、比較結果に基づいて、低速域においてθdを補正するようにしても良い。これにより、三相インダクタンスのモータ個体差が低速域におけるθdの推定誤差に及ぼす影響を低減することができる。
【0125】
(実施形態3)
次に、
図14〜16を用いて、実施形態3について説明する。
【0126】
図14は、本発明の実施形態3である、ブレーキ制御装置を備える車両の構成を示す概略図である。
図15は、本実施形態3における第1制動機構の構成を示す概略図である。また、
図16は、本実施形態3における第2制動機構の構成を示す概略図である。
【0127】
図14に示すように、車両8における第1車輪対(
図14上方:805L,805R)および第2車輪対(
図14下方:803L,803R)には、それぞれ、後述する第1制動機構および第2制動機構によって制動力が付与される。
【0128】
第1制動機構は、液圧で動作する液圧式ブレーキである液圧ディスクブレーキ804L,804Rと、液圧を生成する第1電動機構805と、第1電動機構805を制御する第1電動機構制御装置806から構成される。
【0129】
ここで、第1電動機構805は、
図15に示すように、液圧回路832を備える。液圧回路832は、永久磁石同期モータ821で動作してリザーバタンク827内のブレーキ液を加圧する液圧源であるポンプ822と、ポンプ822の液圧を調整する調圧弁823と、液圧ディスクブレーキ804L,804Rに流入する液圧を調整する流入弁824L,824Rと、流出する液圧を調整する流出弁825L,825Rと、ブレーキペダル809側を遮断する遮断弁826とによって構成される。
【0130】
さらに、
図15に示すように、第1制動機構は、第1電動機構805とは別に、運転者によるブレーキペダル809の操作を動力源として動作するマスタシリンダ810を有する。マスタシリンダ810は液圧回路832を介して液圧ディスクブレーキ804L,804Rと接続されているので、遮断弁826と流入弁824L,824Rを開弁状態にすることで、マスタシリンダ810で生成された液圧により液圧ディスクブレーキ804L,804Rが動作する。これにより、車両8を制動することができる。
【0131】
また、遮断弁826が閉弁状態の時に、ブレーキペダル809の操作に対して適切な反力を運転者に与え、マスタシリンダ810から吐出されるブレーキ液を吸収するために、ストロークシミュレータ830が設けられる。さらに、マスタシリンダ810からストロークシミュレータ830に至る液圧経路には、ストロークシミュレータ830へのブレーキ液の流入流出を調整するストロークシミュレータ弁831が設けられる。
【0132】
第1電動機構制御装置806は、第1制動機構における永久磁石同期モータ821と各弁の動作を制御する。
【0133】
第2制動機構は、
図14下方に示すように、電動ディスクブレーキ807L,807Rと、これらを制御する第2電動機構制御装置808構成される。
【0134】
図16に示すように、電動ディスクブレーキ807L,807Rは、同等の構造を有しており、第2電動機構840L,840Rによって動作する。第2電動機構840L,840Rは、永久磁石同期モータ3L,3Rと、ブレーキパッド62L,62Rをブレーキディスク63L,63Rに押し当て、押圧力を生成し制動力を発生させるため、永久磁石同期モータ3L,3Rの回転力を減速、変換する回転直動機構82L,61Rから構成される。
【0135】
第2電動機構制御装置808は、電動ディスクブレーキ807L,807Rの押圧力を制御する。
【0136】
また、
図14に示すように、車両8は、外界状況を検知するカメラやレーダなどからのセンサ情報、地図情報、車両8を構成する駆動システムや操舵システムおよびブレーキシステムなどの動作状態、並びに車両8の運動状態に基づき、車両8の適切な動作を演算し、ブレーキ制御装置に制御指令を送信する上位制御装置811を有する。ブレーキペダル809の操作情報(ブレーキペダルストローク、マスタシリンダ内圧力)や上位制御装置811の制御指令値は、信号線812を介して第1電動機構制御装置806および第2電動機構制御装置808に送信される。第1電動機構制御装置806と第2電動機構制御装置808は、通信線813を介して互いに通信する。
【0137】
また、第1および第2制動機構は、電源線814を介して主電源815に接続され、通常時は主電源815から供給される電力によって駆動される。
【0138】
このような車両8に搭載されるブレーキ制御装置において、主電源815が正常な場合、運転者によるブレーキペダル809の操作や、上位制御装置811の指令や、車両状態量に基づいて、第1電動機構制御装置806および第2電動機構制御装置808により、それぞれ第1電動機構および第2電動機構の動作が制御される。
【0139】
第1制動機構においては、通常時には遮断弁826を閉弁することでマスタシリンダ810と液圧ディスクブレーキ804L,804Rの接続が遮断され、ストロークシミュレータ弁831を開放して運転者によるブレーキペダル809の操作により吐出されるブレーキ液が吸収される。同時に、ブレーキペダル809の操作または上位制御装置811の指令、電動ディスクブレーキ807L,807Rの動作状況に基づいて、各車輪に発生させる制動力に応じた制御量が演算され、永久磁石同期モータ821および調圧弁823、流入弁824L,824R、流出弁825L,825Rの動作が制御されて、液圧ディスクブレーキ804L,804Rが動作する。
【0140】
本実施形態3においては、永久磁石同期モータ821およびこれを駆動制御する第1電動機構制御装置806に対して、前述の実施形態1および実施形態2のいずれかのモータ制御装置が適用される。永久磁石同期モータ3L,3Rおよびこれを駆動制御する第2電動機構制御装置808に対しても、実施形態1および実施形態2のいずれかのモータ制御装置が適用される。
【0141】
すなわち、本実施形態3では、負荷の大きさによらず、回転子位置の推定精度が向上するので、零速および定格速度10%以下の低速域で頻繁に使用されるブレーキ制御装置の制御精度が向上する。これにより、確実かつ高精度にブレーキ踏力を倍力したり、制動力を高精度に確保したりすることができる。従って、ブレーキ制御装置の信頼性が向上する。また、ブレーキ制御装置は高温の条件下で使用されるが、本実施形態3によれば、耐熱性を有する回転位置センサを用いることなく、センサレスで高精度にブレーキ制御装置を動作させることができる。従って、ブレーキ制御装置の信頼性が向上すると共に、コストが低減できる。
【0142】
なお、図示は省略するが、
図15における液圧ディスクブレーキ(804L,804R)の近傍に液圧センサを設け、この推力センサによって検知される液圧ディスクブレーキへの液圧に基づいて永久磁石同期モータの回転子位置(磁極位置)を推定し、推定される回転子位置に基づいて、中性点電位から推定される回転子位置を補正しても良い。これにより、三相インダクタンスのモータ個体差が中性点電位を用いた低速域における回転子位置の推定誤差に及ぼす影響を、低減することができる。
【0143】
また、図示は省略するが、
図16におけるブレーキパッド(62L,62R)の近傍に推力センサを設け、この推力センサによって検知されるブレーキディスクへの押圧力に基づいて永久磁石同期モータの回転子位置を推定し、推定される磁極位置に基づいて、中性点電位から推定される回転子位置を補正しても良い。これにより、三相インダクタンスのモータ個体差が中性点電位を用いた低速域における回転子位置の推定誤差に及ぼす影響を、低減することができる。
【0144】
(実施形態4)
次に、本発明の実施形態4であるブレーキ制御装置について説明する。なお、本実施形態4の構成は、
図16に示した電動ディスクブレーキを備える第2制動機構と同様である。また、ブレーキ制御装置の動作パターンは、
図2に示した動作パターンと同様である。
【0145】
本実施形態4においては、上位制御装置811(
図14)からの制動力指令に応じて、第2電動機構制御装置808(
図16)が、中性点電位から推定される回転子位置基づき、永久磁石同期モータを駆動する。これにより、電動ディスクブレーキによる制動力が発生する。
【0146】
図2について前述したように、ブレーキ制御装置は、制動力を一定に保つ時間領域、すなわち回転数が零ないし低速であるがトルクが発生する時間領域が比較的長い。本実施形態3においても、モータ制御装置は、ブレーキパッドとブレーキディスクが接しているクリアランス領域(
図2の時間(B)から(C)の区間(1))において、永久磁石同期モータを、回転数零ないし低速でトルク発生するように制御する。
【0147】
ブレーキ制御装置の制動力は、ブレーキパッド62をブレーキディスク63に押し当てる力すなわち押圧力に依存する。この押圧力は、回転直動機構を介して永久磁石同期モータのトルクによって与えられる。永久磁石同期モータが発生するトルクは、回転子の磁極位置の推定精度に依存する。
【0148】
そこで、本実施形態4では、クリアランス領域においてのみ正のd軸電流を通電して、モータ電気角に対する中性点電位の変化を増大させ、位置推定精度を向上する。これにより、押圧力の制御精度が向上する。従って、ブレーキ制御装置による制動力の制御精度が向上するので、車両の運動性能を向上させることができる。なお、
図15に示すような前述の液圧ディスクブレーキについても同様である。
【0149】
(実施形態5)
本実施形態5では、上述のような中性点電位による回転子位置推定と、回転位置検出器(例えば、ホールIC、レゾルバ、エンコーダ、GMRセンサ)による回転位置検知を併用する。通常は、回転位置検出器によって感知される回転子位置に基づいてモータ制御が実行される。また、中性点電位による回転推定位置に基づいて、回転位置検出器の異常が判定される。回転位置検出器が異常と判定されると、中性点電位による回転推定位置に基づいてモータ制御が実行される。これにより、回転位置検出器に故障や信号異常などの不具合が生じても、回転子推定位置によりモータ制御を継続できるので、モータ制御装置の信頼性が向上する。
【0150】
以下、
図17および
図18を用いて、実施形態5について説明する。なお、主に、実施形態1と異なる点について説明する。
【0151】
図17は、本発明の実施形態5であるモータ制御装置の構成を示すブロック図である。
【0152】
図17に示すように、実施形態1(
図4)の構成に加えて、回転位置検出器41および42が設けられる。本実施形態5においては、複数の回転位置検出器を冗長に設けることにより、回転検出器による回転位置検出の信頼性が向上する。
【0153】
さらに、回転位置検出器41,42によって感知される回転子位置θd−11,θd−12および、回転位置推定手段2によって推定される回転子位置θdとの内、正しい回転子位置を判定して回転子位置θd’として制御部6へ出力する検出位置判定手段71が設けられる。
【0154】
図18は、検出位置判定手段71が実行する判定処理を示すフロー図である。
【0155】
まず、ステップS11において、検出位置判定手段71は、回転位置検出器41の出力である回転子位置θd1と回転位置検出器42の出力である回転子位置θd2とが略一致しているかを判定する。例えば、θd1とθd2の差分の大きさが、予め設定される値以下である場合、略一致していると判定される。θd1とθd2が略一致している場合(ステップS11のYes)、ステップS12に進み、θd1とθd2が不一致の場合、ステップS13に進む(ステップS11のNo)。
【0156】
ステップS12において、検出位置判定手段71は、θd1を、正しい回転子位置θd’として制御部6へ出力する。すなわち、制御部6において、θd’がモータ制御に用いられる。なお、本ステップS12において、検出位置判定手段71は、θd1に代えてθd2を、θd’として出力してもよい。
【0157】
ここで、θd1とθd2が不一致の場合、回転位置検出器41または回転位置検出器42のいずれか一方が異常であると判断することができる。そこで、ステップS13およびステップS14により、回転位置推定手段2が出力する回転子推定位置θdを用いて、回転位置検出器41および回転位置検出器42のうちいずれの回転位置検出器が異常であるかが判定される。
【0158】
ステップS13において、検出位置判定手段71は、θd1とθdが略一致しているかを判定する。例えば、θd1とθdの差分の大きさが、予め設定される値以下である場合、略一致していると判定される。θd1とθdが略一致している場合(ステップS13のYes)、回転位置検出器41は正常であると判断され、ステップS14に進み、θd1とθdが不一致の場合、回転位置検出器41は異常であると判断され、ステップS15に進む(ステップS13のNo)。
【0159】
ステップS14において、検出位置判定手段71は、θd1を、正しい回転子位置θd’として制御部6へ出力する。すなわち、制御部6において、θd1がモータ制御に用いられる。
【0160】
ステップS15において、検出位置判定手段71は、θd2とθdが略一致しているかを判定する。例えば、θd2とθdの差分の大きさが、予め設定される値以下である場合、略一致していると判定される。θd2とθdが略一致している場合(ステップS15のYes)、回転位置検出器42は正常であると判断され、ステップS16に進み、θd2とθdが不一致の場合、回転位置検出器42は異常であると判断され(ステップS15のNo)、ステップS17に進む。
【0161】
ステップS16において、検出位置判定手段71は、θd2を、正しい回転子位置θd’として制御部6へ出力する。すなわち、制御部6において、θd2がモータ制御に用いられる。
【0162】
ステップS17では、ステップS13およびステップS14によって回転位置検出器41,42がともに異常であると判定されているので、検出位置判定手段71は、θdを、正しい回転子位置θd’として制御部6へ出力する。すなわち、制御部6において、θdがモータ制御に用いられる。
【0163】
なお、θd1、θd2およびθdの各位置が、同じタイミングでの位置であることが好ましい。例えば、回転位置検出器の検出タイミングを補正したり、各位置データを補間などにより補正したりすることで、3つの位置を同一タイミングで比較できる。これにより、回転位置検出器の異常の判定精度が向上する。
【0164】
上述のように、本実施形態5によれば、回転推定位置により、冗長に設けられる複数の回転位置検出器のうちいずれが異常であるかを判定することができる。これにより、複数の回転位置検出器のいずれかが異常である場合であっても、正常な回転位置検出器を選択して、正常時(故障していない時)と同様にモータ制御が実行されて所望のモータトルクを出力し続けることができる。さらに、複数の回転位置検出器が共に異常である場合であっても、回転子推定位置を使用してモータ制御が実行できるので、モータ駆動を維持することができる。
【0165】
本実施形態5における回転位置推定手段は、制御系を構成するマイクロコンピュータの一機能であり、回転位置検出器のようなハードを追加することなく実現することができる。このため、本実施形態4によれば、モータ制御装置のコストを増大させることなく、モータ制御装置の信頼性を向上することができる。
【0166】
なお、本発明は前述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前述した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、各実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置き換えをすることが可能である。
【0167】
例えば、永久磁石同期モータに限らず、巻線界磁型同期モータなどの三相同期電動機を適用することができる。
【0168】
また、前述の実施形態3において、本実施形態5のモータ制御装置を適用しても良い。
【符号の説明】
【0169】
1 中性点電位検出手段、2 回転位置推定手段、3 モータ制御装置、
3L,3R 永久磁石同期モータ、4 永久磁石同期モータ、5 直流電源、
6,6a 制御部、7R キャリパ、21 回転位置選択手段、
22 Vn1回転位置推定手段、23 Vn2回転位置推定手段、
24 Vn12回転位置推定手段、31 インバータ、41,42 回転位置検出器、
61,61R 回転直動機構、62,62L,62R ブレーキパッド、
63,63L,63R ブレーキディスク、71 検出位置判定手段、
82L 回転直動機構、311 インバータ主回路、312 ワンシャント電流検出器、
313 出力プリドライバ、601 Iq*発生手段、602 Id*発生手段、
603a,603b 減算手段、604a d軸電流制御手段、
604b q軸電流制御手段、605 dq逆変換手段、606 PWM発生手段、
607 電流再現手段、608 dq変換手段、609 サンプル/ホールド手段、
610 速度演算手段、611 パルスシフト手段、612 中高速位置推定器、
613 推定位相切り替えスイッチ、803L,803R 第2車輪対
804L,804R 液圧ディスクブレーキ、805 第1電動機構、
805L,805R 第1車輪対、806 第1電動機構制御装置、
807L,807R 電動ディスクブレーキ、808 第2電動機構制御装置、
809 ブレーキペダル、810 マスタシリンダ、811 上位制御装置、
812 信号線、813 通信線、814 電源線、815 主電源、
821 永久磁石同期モータ、822 ポンプ、823 調圧弁、
824L,824R 流入弁、825L,825R 流出弁、826 遮断弁、
830 ストロークシミュレータ、831 ストロークシミュレータ弁、
832 液圧回路、840L,840R 第2電動機構