(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記水系におけるアルミニウムイオンと、無機酸イオンおよび/または有機酸イオンとの濃度比が、アルミニウムイオン:無機酸イオンおよび/または有機酸イオン=4:1〜1:4(モル濃度比)の割合となるように前記防食剤を添加する、請求項1〜4のいずれか1
項に記載の防食方法。
前記水系におけるアルミニウムイオン、ならびに無機酸イオンおよび/または有機酸イオンの総イオン濃度が、0.1〜10.0 mMの範囲となるように前記防食剤を添加する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の防食方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、添加コストや排水の水処理コストが低い防食剤および防食方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を行ったところ、これまでに防食剤として使用されて来なかった乳酸アルミニウム(Al)を使用することで、Alイオンと無機酸イオンおよび/または有機酸イオンの混合によってMo酸イオンやW酸イオン単独よりも低い濃度で腐食を抑制する効果を持ち、さらに、環境負荷の小さい乳酸Alを使用することで排水の水処理コストを低減し、既存の防食剤よりも添加コストおよび排水の水処理コストが低い防食剤とすることができることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の要旨は以下に関する。
【0007】
[1] 水系に防食剤を添加して、該水系における金属部材表面に初期防食皮膜を形成する工程を含む、水系における金属部材の防食方法であって、
前記防食剤は、
(A)乳酸アルミニウム、および
(B)無機酸塩および有機酸塩から選ばれる1種または2種類以上、
を含有する、防食方法。
[2] 前記(B)成分の無機酸塩および有機酸塩は、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、ホウ酸塩、クロム酸塩、二クロム酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、安息香酸塩、およびケイ皮酸塩から選ばれる1種または2種類以上である、[1]に記載の防食方法。
[3] 前記(B)成分の無機酸塩および有機酸塩における塩は、ナトリウム塩、カリウム塩、およびアンモニウム塩から選ばれる1種または2種類以上である、[1]または[2]に記載の防食方法。
[4] 前記(B)成分の無機酸塩および有機酸塩は、モリブデン酸ナトリウム(Na
2MoO
4)、モリブデン酸カリウム(K
2MoO
4)、モリブデン酸アンモニウム((NH
3)
2MoO
4)、タングステン酸ナトリウム(Na
2WO
4)、タングステン酸カリウム(K
2WO
4)、ホウ酸ナトリウム(Na
2O・xB
2O
5)(xはNa
2Oに対応する数である)、クロム酸ナトリウム(Na
2CrO
4)、二クロム酸ナトリウム(Na
2Cr
2O
7)、亜硝酸ナトリウム(Na
2NO
2)、リン酸ナトリウム(Na
3PO
4)、ケイ酸ナトリウム(Na
2O・xSiO
2)(xはNa
2Oに対応する数である)、安息香酸ナトリウム(NaC
6H
5CO
2)、およびケイ皮酸ナトリウム(NaC
6H
5CH=CHCO
2)から選ばれる1種または2種類以上である、[1]〜[3]のいずれかに記載の防食方法。
[5] 前記水系におけるアルミニウムイオンと、無機酸イオンおよび/または有機酸イオンとの濃度比が、アルミニウムイオン:無機酸イオンおよび/または有機酸イオン=4:1〜1:4(モル濃度比)の割合となるように前記防食剤を添加する、[1]〜[4]のいずれかに記載の防食方法。
[6] 前記水系におけるアルミニウムイオン、ならびに無機酸イオンおよび/または有機酸イオンの総イオン濃度が、0.1〜10.0 mMの範囲となるように前記防食剤を添加する、[1]〜[5]のいずれかに記載の防食方法。
【0008】
[7] 前記無機酸イオンがモリブデン酸イオンであり、
前記水系におけるアルミニウムイオン濃度が0.15〜1.5 mM、およびモリブデン酸イオン濃度が0.15〜1.5 mMの範囲となるように前記防食剤を添加する、[1]〜[6]のいずれかに記載の防食方法。
[8] 前記無機酸イオンがタングステン酸イオンであり、
前記水系におけるアルミニウムイオン濃度が0.05〜5.0 mM、およびタングステン酸イオン濃度が0.05〜5.0 mMの範囲となるように前記防食剤を添加する、[1]〜[6]のいずれかに記載の防食方法。
[9] 前記無機酸イオンがモリブデン酸イオンおよびタングステン酸イオンであり、
前記水系におけるアルミニウムイオン濃度が0.033〜0.33 mM、モリブデン酸イオン濃度が0.033〜0.33 mM、およびタングステン酸イオン濃度が0.033〜0.33 mMの範囲となるように前記防食剤を添加する、[1]〜[6]のいずれかに記載の防食方法。
[10] 前記金属部材が、炭素鋼である、[1]〜[9]のいずれかに記載の防食方法。
[11] 水系に防食剤を添加した際の水系のpHが4以上6未満である、[1]〜[10]のいずれかに記載の防食方法。
[12] 前記初期防食皮膜を形成する工程後に、さらに、該初期防食皮膜を維持するために前記水系に腐食防止剤を添加する工程、
を含む、[1]〜[11]のいずれかに記載の防食方法。
【0009】
[13] (A)乳酸アルミニウム、および
(B)無機酸塩および有機酸塩から選ばれる1種または2種類以上、
を含有する、水系における金属部材の防食剤。
[14] 前記(B)成分の無機酸塩および有機酸塩は、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、ホウ酸塩、クロム酸塩、二クロム酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、安息香酸塩、およびケイ皮酸塩から選ばれる1種または2種類以上である、[13]に記載の防食剤。
[15] 前記(B)成分の無機酸塩および有機酸塩における塩は、ナトリウム塩、カリウム塩、およびアンモニウム塩から選ばれる1種または2種類以上である、[13]または[14]に記載の防食剤。
[16] 前記(B)成分の無機酸塩および有機酸塩は、モリブデン酸ナトリウム(Na
2Mo
O
4)、モリブデン酸カリウム(K
2MoO
4)、モリブデン酸アンモニウム((NH
3)
2MoO
4)、タングステン酸ナトリウム(Na
2WO
4)、タングステン酸カリウム(K
2WO
4)、ホウ酸ナトリウム(Na
2O・xB
2O
5)(xはNa
2Oに対応する数である)、クロム酸ナトリウム(Na
2CrO
4)、二クロム酸ナトリウム(Na
2Cr
2O
7)、亜硝酸ナトリウム(Na
2NO
2)、リン酸ナトリウム(Na
3PO
4)、ケイ酸ナトリウム(Na
2O・xSiO
2)(xはNa
2Oに対応する数である)、安息香酸ナトリウム(NaC
6H
5CO
2)、およびケイ皮酸ナトリウム(NaC
6H
5CH=CHCO
2)から選ばれる1種または2種類以上である、[13]〜[15]のいずれかに記載の防食剤。
[17] 前記金属部材が、炭素鋼である、[13]〜[16]のいずれかに記載の防食剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低濃度で腐食を抑制する効果を持ち、さらに、環境負荷の小さい防食剤および防食方法を提供することができる。すなわち、本発明によれば、添加コストや排水の水処理コストが低い防食剤および防食方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について説明する。
<防食方法>
本発明の一態様は、
水系に防食剤を添加して、該水系における金属部材表面に初期防食皮膜を形成する工程を含む、水系における金属部材防食方法であって、
前記防食剤は、
(A)乳酸アルミニウム、および
(B)無機酸塩および有機酸塩から選ばれる1種または2種類以上、
を含有する、防食方法(以下、「本発明の防食方法」ということがある)に関する。
【0013】
また、本発明の別の一態様は、
水系に防食剤を添加する工程を含む、水系における金属部材防食方法であって、
前記防食剤は、
(A)乳酸アルミニウム、および
(B)無機酸塩および有機酸塩から選ばれる1種または2種類以上、
を含有する、防食方法に関する。
【0014】
本発明者らは、添加コストや排水の水処理コストが低い防食剤および防食方法を求めて各種検討を行った。
その中で、本発明者らは、これまでに金属の防食剤として使用されていない種類の化学物質(乳酸アルミニウム)を含む水系環境中における炭素鋼等の金属部材の腐食を抑制する防食剤を考案した。本発明の防食剤は、乳酸アルミニウム(乳酸Al)に無機酸塩(例えば、モリブデン酸ナトリウム(Mo酸Na)またはタングステン酸ナトリウム(W酸Na))および/または有機酸塩を混合したもので、そのまま単純に水系中に添加することで使用できる。
本発明者らは、乳酸Alに含まれるAlイオンと無機酸塩に含まれる無機酸イオン(例えば、Mo酸NaまたはW酸Naに含まれるMo酸イオンまたはW酸イオン)または有機酸イオンが鋼表面にAl
2O
3が主となる保護皮膜(初期防食皮膜)を形成することによって金属の腐食を抑制することを知見し、このような知見に基づき、本発明を完成した。
【0015】
≪水系≫
本発明の防食方法は、水系における金属部材の腐食を抑制する。水の具体例としては、淡水であり、限定されないが、例えば、水道水、純水、超純水、逆浸透ろ過水、脱イオン水、およびミネラルウォーター等が挙げられる。pHは限定されないが、使用環境等の観点から、例えば、25℃において、通常中性であり、pH 4〜9程度が好ましい。
【0016】
≪金属部材≫
本発明の防食方法は、水系で腐食が生じ、その腐食の抑制が望まれる金属部材に適用され得る。金属部材は、金属を含む部材、および金属からなる部材のいずれであってもよい。金属部材としては、限定されないが、例えば、炭素鋼、ステンレス鋼、アルミニウム鋼等が挙げられ、汎用性等の観点から好ましくは炭素鋼である。炭素鋼としては、限定されないが、例えば、SGV410、SGV480、SS400、S45C、S50C、およびFC2000等が例示される
金属部材は、1種または2種以上を組み合わせて用いてよい。金属部材は、市販の金属部材を使用し得る。金属部材は、限定されないが、例えば、循環系等における配管等に使用され得る。
【0017】
≪乳酸アルミニウム≫
乳酸アルミニウムとしては、限定されず、市販品を使用できる。
【0018】
≪無機酸塩および有機酸塩≫
無機酸塩および有機酸塩としては、Alイオンとともに初期防食皮膜を形成し得るものであれば、限定されない。具体的には、例えば、モリブデン酸塩、タングステン酸塩、ホウ酸塩、クロム酸塩、二クロム酸塩、亜硝酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、安息香酸塩、およびケイ皮酸塩等が挙げられ、好ましくはモリブデン酸塩、およびタングステン酸塩である。モリブデン酸塩としては、オルトモリブデン酸塩、パラモリブデン酸塩、およびメタモリブデン酸塩等が挙げられ、好ましくはオルトモリブデン酸塩である。タングステン酸塩としては、オルトタングステン酸塩、パラタングステン酸塩、およびメタタングステン酸塩等が挙げられ、好ましくはオルトタングステン酸塩である。塩無機酸塩および有機酸塩は、1種または2種以上を組み合わせて用いてよい。無機酸塩および有機酸塩としては、市販品を使用できる。
【0019】
無機酸塩および有機酸塩における塩は、限定されないが、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、およびアンモニウム塩等が挙げられ、好ましくはナトリウム塩である。塩は、1種または2種以上を組み合わせて用いてよい。
【0020】
無機酸塩および有機酸塩として、具体的には、例えば、モリブデン酸ナトリウム(一般名称はモリブデン酸ナトリウム、正式名称はモリブデン酸二ナトリウムである。本明細書においては一般名称で記載するが、正式名称で示される化合物と同一である。他の無機酸塩についても同様である。)(Na
2MoO
4)、モリブデン酸カリウム(K
2MoO
4)、モリブデン酸アンモニウム((NH
3)
2MoO
4)、タングステン酸ナトリウム(Na
2WO
4)、タングステン酸カリウム(K
2WO
4)、ホウ酸ナトリウム(Na
2O・xB
2O
5)(xはNa
2Oに対応する数である)、クロム酸ナトリウム(Na
2CrO
4)、二クロム酸ナトリウム(Na
2Cr
2O
7)、亜硝酸ナトリウム(Na
2NO
2)、リン酸ナトリウム(Na
3PO
4)、ケイ酸ナトリウム(Na
2O・xSiO
2)(xはNa
2Oに対応する数である)、安息香酸ナトリウム(NaC
6H
5CO
2)、およびケイ皮酸ナトリウム(NaC
6H
5CH=CHCO
2)等が挙げられ、好ましくはモリブデン酸ナトリウム、モリブデ
ン酸カリウム、モリブデン酸アンモニウム、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸カリウム、およびホウ酸ナトリウムであり、より好ましくはモリブデン酸ナトリウム、およびタングステン酸ナトリウムである。
【0021】
本発明の防食方法における、水系における金属部材表面に初期防食皮膜を形成する工程(以下、「初期防食皮膜形成工程」ということがある)は、乳酸アルミニウム、ならびに無機酸塩および/または有機酸塩を含有する防食剤を、水系に添加して実施できる。金属部材表面は、水系に連続的に接する面、あるいは水系に断続的に接する面であり得る。
【0022】
初期防食皮膜形成工程は、通常常温で実施し得る。なお、本発明の効果を妨げない限り、処理対象の状況により低温部・高温部が生じる場合にも適用し得る。
【0023】
初期防食皮膜形成工程は、1〜5日間で行うことが好ましく、より好ましくは3〜5日間の範囲である。十分な初期防食皮膜を形成するために1日以上が好ましく、必要以上の処理期間をかけても初期防食皮膜の性状が大きく変化せず、防食剤の濃度を維持するための薬剤使用量が増加する等のコストの観点等から5日以内が好ましい。
【0024】
中性水系に防食剤を添加した際の水系のpHは、通常酸性寄りとなり、例えば4以上6未満となる。使用環境等の必要に応じて、初期防食皮膜形成工程終了後、常法により、例えば、25℃におけるpHを、例えば、4〜9程度、あるいは6以上)に調整してもよい。
【0025】
本発明の防食方法において、防食剤の添加によるアルミニウムイオンと、無機酸イオンおよび/または有機酸イオンとの濃度比(すなわち、防食剤として無機酸イオンのみ含む場合は、アルミニウムイオン:無機酸イオンの総イオン、防食剤として有機酸イオンのみ含む場合は、アルミニウムイオン:有機酸イオンの総イオン、防食剤として無機酸イオンおよび有機酸イオンを含む場合は、アルミニウムイオン:無機酸イオンと有機酸イオンの総イオン)としては、使用する環境、金属部材、防食剤の種類・組み合わせ等により変化し得、限定されないが、例えば、アルミニウムイオン:無機酸イオンおよび/または有機酸イオン=4:1〜1:4(モル濃度比)、2:1〜1:2、または1:1としてよい。
【0026】
防食剤が乳酸アルミニウムとモリブデン酸ナトリウムの組み合わせ、または乳酸アルミニウムとタングステン酸ナトリウムの組み合わせ等の乳酸アルミニウムと1種の無機酸イオンまたは有機酸イオンの組み合わせである場合、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオンと、無機酸イオンまたは有機酸イオンとの濃度比としては、例えば、2:1〜1:1が好ましく、2:1がより好ましく例示できる。
【0027】
防食剤が乳酸アルミニウムと、モリブデン酸ナトリウムとタングステン酸ナトリウムの組み合わせ等の乳酸アルミニウムと2種の無機酸イオンおよび/または有機酸イオンの組み合わせである場合、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオンと、無機酸イオンおよび/または有機酸イオンとの濃度比としては、例えば、1:1:1〜2:1:1が好ましく、1:1:1がより好ましく例示できる。
【0028】
本発明の防食方法において、防食剤の添加による水系におけるアルミニウムイオン、ならびに無機酸イオンおよび/または有機酸イオンの総イオン濃度(すなわち、防食剤として無機酸イオンのみ含む場合は、アルミニウムイオンと無機酸イオンの総イオン、防食剤として有機酸イオンのみ含む場合は、アルミニウムイオンと有機酸イオンの総イオン、防食剤として無機酸イオンおよび有機酸イオンを含む場合は、アルミニウムイオンと無機酸イオンと有機酸イオンの総イオン)としては、使用する環境、金属部材、防食剤の種類・組み合わせ等により変化し得、限定されないが、例えば、0.01 mM以上、0.05 mM以上、0.1 mM以上、0.3 mM以上、0.5 mM以上、1.0 mM以上、および100.0 mM以下、50.0 mM以下、1
0.0 mM以下、5.0 mM以下、3.0 mM以下、1.0 mM以下としてよく、これらの矛盾しない組み合わせであってよい。
【0029】
防食剤が乳酸アルミニウムとモリブデン酸ナトリウムの組み合わせである場合、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオンおよびモリブデン酸イオン濃度としては、例えば、0.3 mM〜3.0 mMが好ましく例示できる。
【0030】
一態様では、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオン濃度が0.15〜1.5 mM、およびモリブデン酸イオン濃度が0.15〜1.5 mMの範囲となるように、本発明の防食剤を添加することができる。
【0031】
防食剤が乳酸アルミニウムとタングステン酸ナトリウムの組み合わせである場合、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオンおよびタングステン酸イオン濃度としては、例えば、0.1 mM〜10.0 mMが好ましく例示できる。
【0032】
一態様では、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオン濃度が0.05〜5.0 mM、およびタングステン酸イオン濃度が0.05〜5.0 mMの範囲となるように、本発明の防食剤を添加することができる。
【0033】
防食剤が乳酸アルミニウムと、モリブデン酸ナトリウムとタングステン酸ナトリウムの組み合わせである場合、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオン、モリブデン酸イオンおよびタングステン酸イオン濃度としては、例えば、0.1 mM〜1.0 mMが好ましく例示できる。
【0034】
一態様では、防食剤の添加後の水系におけるアルミニウムイオン濃度が0.033〜0.33 mM、モリブデン酸イオン濃度が0.033〜0.33 mM、およびタングステン酸イオン濃度が0.033〜0.33 mMの範囲となるように、本発明の防食剤を添加することができる。
【0035】
本発明の別の一態様は、本発明の防食方法における初期防食皮膜を形成する工程後に、さらに、該初期防食皮膜を維持するために前記水系に腐食防止剤を添加する工程(以下、「皮膜維持工程」ということがある)を含む、防食方法に関する。
すなわち、初期防食皮膜形成工程の終了後、初期防食皮膜を維持するための工程を行ってもよい。この皮膜維持工程は、既存の種々の腐食防止剤の適量を水系に添加して実施できる。
【0036】
初期防食皮膜形成工程から皮膜維持工程への移行時には系内の水を全量入れ替えてもよいが、一部あるいは全部を残したまま皮膜維持工程へ移行することも可能である。皮膜維持工程で添加される腐食防止剤としては特に制限はないが、Mo酸NaやW酸Na防食剤に例示される無機酸塩系防食剤や有機酸塩系防食剤等を用いることができる。皮膜維持工程における上記腐食防止剤の添加量は、用いる防食剤の種類によって異なるが、先の工程で生成された防食皮膜が維持される量とする。
【0037】
本発明において、初期防食皮膜形成工程および皮膜維持工程においては、必要に応じ、さらにスライム防止剤、スケール防止剤、アゾール系の銅用防食剤、その他の防食剤等を併用してもよい。
【0038】
<防食剤>
本発明の別の一態様は、
(A)乳酸アルミニウム、および
(B)無機酸塩および有機酸塩から選ばれる1種または2種類以上、
を含有する、水系における金属部材の防食剤(以下、「本発明の防食剤」ということがある)に関する。なお、上記本発明の防食方法において説明された事項は、本発明の防食剤の説明に全て適用される。
【0039】
本発明の防食剤は、(A)成分、(B)成分を同一の包材に含むものであってもよいし、各成分を別々の包材に入れ、使用時に混合するものであってもよい。本発明の防食剤は、本発明の効果を損なわない範囲で、当該技術分野で通常使用される添加成分を含有していてもよい。このような添加成分としては、例えば、pH調整剤、安定化剤等が挙げられる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の例示であり、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0041】
<実施例1> 防食性能の評価1
本発明の防食剤と既存の防食剤の性能を比較するために、3 mMのNaCl溶液に各種試験薬品をそれぞれ1 mMになるように添加した溶液を用いて炭素鋼(SGV480相当材料)の腐食試験を25℃に保持して100時間実施した。薬品を2種類混合する場合は0.5 mMずつ添加し、3種類混合する場合は0.33 mMずつ添加して防食剤の総イオン濃度を統一した。また、参考のため防食剤無しの溶液とこれまで防食剤として使用実績の無い乳酸Alのみを単独で添加した溶液についても試験を実施した。
図1に100時間腐食試験後の炭素鋼の外観写真を示す。写真より、対照のサンプル1の防食剤無しのケースでは腐食により炭素鋼表面は黒く変色し黒錆(Fe
3O
4)が形成され、試験容器の底には赤錆(γ-FeOOH)が堆積していることがわかる。比較例のサンプル2の乳酸Al、サンプル3のMo酸Na、サンプル4のW酸Na、サンプル5の二リン酸亜鉛+Mo酸Naの場合は防食剤無しよりは赤錆の量は減っているが炭素鋼表面は黒く変色している。一方、実施例の本発明のサンプル6の乳酸Al+Mo酸Na、サンプル7の乳酸Al+W酸Na、サンプル8の乳酸Al+Mo酸Na+W酸Naでは表面は金属光沢を保持しており、既存の防食剤や乳酸Alに比べて防食性能が高いと考えられる。
【0042】
図2に100時間腐食試験後の試験片表面に形成した腐食生成物を除去した後の各溶液の腐食減量を示す。腐食減量の値は小さいほど腐食が抑制されることを意味する。
既存の防食剤(サンプル3,4,5)や、乳酸Al(サンプル2)では防食剤無しよりも腐食減量は大きいことが確認できる。防食剤を添加しているにも関わらず腐食減量が増大する理由は、防食に必要なイオン濃度がないと電気伝導度の上昇による腐食促進効果が支配的になるためである。一方、本発明の防食剤であるサンプル6の乳酸Al+Mo酸Na、サンプル7の乳酸Al+W酸Na、サンプル8の乳酸Al+Mo酸Na+W酸Naでは溶液中の防食剤濃度はその他の溶液と同じにも関わらず腐食減量の低減が確認できた。本試験では、この実験を各条件につき4本の試験片で実施したが、いずれも同一の再現性のある結果が確認された。以上のようにして、既存の防食剤よりも低い濃度で中性淡水環境中の炭素鋼の腐食を抑制し、更に既存の防食剤よりも環境負荷の低い防食剤を開発できた。
【0043】
<実施例2> 防食剤の濃度の検討
図3に本発明の防食剤の濃度を変化させて添加した場合の溶液中総防食剤濃度と炭素鋼(SGV480相当材料)の腐食減量の関係を示す。腐食減量は100時間浸漬試験を行った後の値であり、腐食減量の値が小さいほど腐食が抑制されることを意味する。図中の直線は防食剤を含まない3 mMのNaCl溶液で試験を行ったときの基準となる腐食減量の値を示している。
溶液作製時には3 mMのNaClに対して乳酸AlとMo酸Naの混合比が等しくなるように、総防食剤濃度が0.1 mMの時は2種類では0.05 mM ずつ、3種類では0.033 mMずつのように各濃度で混合比は等しくなるように添加した。グラフより、本試験では、乳酸Al+Mo酸Naでは総
防食剤濃度が0.3 - 3 mMの範囲のときに腐食減量はNaClのみの場合に比べて低下している。乳酸Al+W酸Naでは総防食剤濃度が0.1 mMから10 mMのすべての濃度でNaClのみの場合よりも腐食減量が低下している。乳酸Al+Mo酸Na+W酸Naでは総防食剤濃度が0.1 mMと1 mMの濃度でNaClのみの場合よりも腐食減量が低下している。
すなわち、本試験では、防食剤が腐食抑制能を発揮する総防食剤濃度は乳酸Al+Mo酸Naでは0.3 mMから3 mM、乳酸Al+W酸Naでは0.1 mMから10 mM、乳酸Al+Mo酸Na+W酸Naでは0.1 mMから1 mMであると考えられる。
【0044】
表1に本発明の防食剤において添加する2種類の薬剤の添加比率を変化させた場合の炭素鋼(SGV480相当材料)の腐食減量を示す。
試験に用いた溶液は、3 mMのNaClに総防食剤濃度が1 mMになるように比率を変化させて薬剤を添加して作製した。腐食減量は100時間浸漬試験を行った後の値であり、防食剤を含まない3 mMのNaCl中での腐食減量は0.916 mgcm
-2だったことからこの数値以下の腐食減量であれば防食剤は効果を発揮することを意味する。表1より乳酸Al+Mo酸Naと乳酸Al+W酸Naのどちらの場合でもいずれの濃度比率でも防食剤のない場合より腐食減量の値は低いことからどの濃度比率での腐食抑制効果を持つと考えられる。また、乳酸Alの比率が高いほどどちらの場合でも腐食減量の値は最も小さくなっており、乳酸Al:Mo酸Na = 2:1の時に本試験で最も腐食減量の値は小さくなっていることから、腐食抑制効果は最も高いと考えられる。また、乳酸Al+Mo酸Na+W酸Naの3種類混合の場合、乳酸Al:Mo酸Na:W酸Na=2:1:1になるような比率で腐食減量は0.771 mgcm
-2と1:1:1の場合の0.734 mgcm
-2より腐食減量は大きいものの、炭素鋼の防食剤としての効果を持つことがわかる。
【0045】
【表1】
【0046】
<実施例3> 防食性能の評価2
図4に本発明の防食剤を添加した溶液に既に錆びた炭素鋼(SGV480相当材料)を浸漬した場合の腐食減量を示す。
試験は炭素鋼を100時間3 mMのNaCl溶液に浸漬して表面を十分に錆びさせた後、
図4に示す各溶液に400時間浸漬した。防食剤を含む溶液は総防食剤濃度が1 mMになるように各種薬剤を同じ比率で添加して作製した。参考のため既存の防食剤として報告されている二リン酸亜鉛+Mo酸Naを添加した溶液においても試験を実施した。図中の破線は防食剤無しの場合の腐食減量を示しており、この値より腐食減量が小さい場合は防食剤効果を持つことを意味する。
図4より既存の防食剤である二リン酸亜鉛+Mo酸Naは防食剤無しの場合よりも腐食減量の値が高くなっており、今回添加した濃度では錆びた鋼の腐食を抑制する効果を持たないことがわかる。一方、本発明の3種類の防食剤(乳酸Al+Mo酸Na、乳酸Al+W酸Na、乳酸Al+Mo酸Na+W酸Na)は総防食剤濃度が1 mMでは腐食減量が防食剤無しの場合よりも低くなっており、錆びていない鋼だけでなく一度錆びた鋼にも腐食抑制効果を持つことがわかる。
【0047】
<実施例4> 防食性能の評価3
図5に本発明の防食剤を添加した溶液を用いて気液交番環境における炭素鋼(SGV480相
当材料)の腐食を抑制する効果を調査した結果を示す。気液交番環境とは鋼を気中と液中に回転させながら交互に暴露することによって、気液界面の環境におかれた鋼や液膜環境における鋼の腐食を模擬した環境である。
試験は、炭素鋼を3 mMのNaClに防食剤濃度が1 mMになるように乳酸AlとMo酸Naを1:1の比率で添加して作製した溶液に500時間気液交番環境(気中と液中30秒ごと)に暴露した後、腐食減量を測定した。参考のため、防食剤の添加のない溶液についても試験を実施した。
図5より気液交番環境における炭素鋼の腐食減量は防食剤の添加がない場合に比べて大幅に減少しており、気液交番環境では、本発明の防食剤が通常の浸漬状態に比べて特に腐食を抑制する効果が高いことがわかる。
【0048】
<実施例5> 防食性能の評価4
表2に本発明の防食剤を添加した溶液を用いてSGV480相当材料とは異なる炭素鋼の腐食を抑制する効果を調査した結果を示す。本試験では一般的に使用される炭素鋼としてSS400、S45C、FC200の3種類の材料を選定した。
試験は、炭素鋼を3 mMのNaClに防食剤濃度が1 mMになるように各薬剤の比率が1:1もしくは1:1:1の比率になるよう添加して作製した溶液に100時間暴露した後、腐食減量を測定した。表2では防食剤を添加することでNaClのみの場合よりも腐食量の低減が見られた場合は下線付きで質量減少量を表記している。表2よりSS400の場合はNaClのみの場合に比べて乳酸Al+Mo酸Naおよび乳酸Al+Mo酸Na+W酸Naを添加した場合に腐食が減少している事がわかる。一方、S45CとFC200はすべての防食剤を添加した場合にNaClのみの場合よりも腐食量が減少していることがわかる。以上より、本発明の防食剤は幅広い炭素鋼で腐食抑制効果を発揮するといえる。
【0049】
【表2】
【0050】
<実施例6> 防食性能の評価5
図6に3 mMのNaCl溶液に本研究で開発した各種防食剤をそれぞれ1 mMになるように添加した溶液を用いて炭素鋼の腐食試験をガンマ線照射下で100時間実施した際の腐食減量を示す。
図6より本発明の防食剤を添加した場合は防食剤無しの場合に比べて腐食減量が減少しており腐食が低減されていることがわかる。また、
図2のガンマ線照射無しの場合と腐食減量を比較すると防食剤無しではガンマ線照射による影響で腐食が促進しているのに対して、乳酸Al+Mo酸Naを添加した場合では
図2の照射無しの場合に比べてガンマ線照射をした方が腐食減量は減少していることがわかる。このことから、本発明の防食剤はガンマ線照射下でも炭素鋼の腐食を抑制する効果を持ち、特に乳酸Al+Mo酸Naから構成される防食剤はガンマ線照射環境下に適した防食剤であるといえる。
【0051】
以上のとおり、本発明の防食剤は、低濃度で腐食を抑制する効果を持ち、さらに、環境負荷の小さい防食剤であることが示された。
また、本発明の防食剤は、既に錆びた金属部材にも防食効果をもつ、気液交番環境においても防食効果に優れる、幅広い部材に対して防食効果をもつ、ガンマ線照射環境下においても防食効果に優れる等、優れた特徴を有することが示された。
【0052】
本研究ではこれまでに防食剤として使用されてこなかった乳酸AlにMo酸塩やW酸塩を複合添加することで防食剤としての効果が認められることが明らかになった。Mo酸塩やW酸塩は荒牧(荒牧、防錆管理、48(2004)151)によって酸化型防錆剤として分類され、酸化型防錆剤はもともと鋼の表面に存在するγ-Fe
2O
3の保護皮膜の上に酸化物あるいは水酸化物のかなり緻密な不動態皮膜を作り腐食を抑制すると報告されている。酸化型インヒビターは酸化剤として働きながら自身は還元されて不動態皮膜を形成する点で作用機構が同一であることことから、今回使用したMo酸塩やW酸塩以外にも乳酸Alと複合添加することで防食剤として効果を発揮すると考えられる。酸化型防錆剤にはクロム酸塩(Na
2CrO
4)、二クロム酸塩(Na
2Cr
2O
7)、亜硝酸塩(Na
2NO
2)、リン酸塩(Na
3PO
4)、ケイ酸塩(Na
2O.xSiO
2)、ホウ酸塩(Na
2O.xB
2O
5)、安息香酸塩(NaC
6H
5CO
2)、ケイ皮酸塩(NaC
6H
5CH=CHCO
2)と前述した荒牧により報告されている。すなわちこれらの酸化型防錆剤と乳酸Alを複合することで腐食を抑制する効果が高まると考えられる。
【解決手段】本発明は、(A)乳酸アルミニウム、および(B)無機酸塩および有機酸塩から選ばれる1種または2種類以上を含有する、水系における金属部材の防食剤、および同防食剤を用いた水系における金属部材の防食方法を提供する。