特許第6934227号(P6934227)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6934227
(24)【登録日】2021年8月25日
(45)【発行日】2021年9月15日
(54)【発明の名称】菌体内酵素の調製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/30 20060101AFI20210906BHJP
【FI】
   C12N9/30
【請求項の数】6
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2017-521887(P2017-521887)
(86)(22)【出願日】2016年5月26日
(86)【国際出願番号】JP2016065639
(87)【国際公開番号】WO2016194782
(87)【国際公開日】20161208
【審査請求日】2019年4月24日
【審判番号】不服2020-9766(P2020-9766/J1)
【審判請求日】2020年7月13日
(31)【優先権主張番号】特願2015-110689(P2015-110689)
(32)【優先日】2015年5月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】南谷 靖史
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 敏行
【合議体】
【審判長】 長井 啓子
【審判官】 中島 庸子
【審判官】 平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2004−511257号公報
【文献】 特開平6−277060号公報
【文献】 特開2013−236600号公報
【文献】 特表2009−517061号公報
【文献】 国際公開第2014−185364号
【文献】 今堀和友他監修,生化学辞典,第3版,株式会社東京化学同人,1998年,p.965
【文献】 Appl.Microbiol.Biotechnol.,2001年,Vol.56,p.411−413
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC C12N 11/00-13/00
C12N 9/00- 9/99
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、酵母の菌体内酵素の調製方法:
(1)酵母に対して、パルス波形が減衰振動波形で電界強度が20kV/cm〜50kV/cmのパルス電界を印加する工程;及び
(2)菌体外液に抽出された前記酵素を回収する工程。
【請求項2】
以下のステップ(1)及び(3)を含む、酵母の菌体内酵素の調製方法:
(1)酵母に対して、パルス波形が減衰振動波形で電界強度が20kV/cm〜50kV/cmのパルス電界を印加する工程;及び
(3)前記工程後の酵母を等張液内に移して放置した後、該等張液に抽出された前記酵素を回収する工程。
【請求項3】
前記等張液がリン酸緩衝生理食塩水である、請求項2に記載の調製方法。
【請求項4】
パルス電界の印加回数が複数回である、請求項1〜のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項5】
酵母がクリベロマイセス・ラクティスである、請求項1〜のいずれか一項に記載の調製方法。
【請求項6】
菌体内酵素がラクターゼである、請求項1〜のいずれか一項に記載の調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は菌体内酵素の調製方法に関する。詳しくは、酵母の菌体内酵素を簡便に調製する方法に関する。本出願は、2015年5月29日に出願された日本国特許出願第2015−110689号に基づく優先権を主張するものであり、当該特許出願の全内容は参照により援用される。
【背景技術】
【0002】
現在、医療や食品分野における、酵素の産業的利用が活発になっている。酵素とは、物質を消化・吸収するといったような化学反応を促進するためのタンパク質性触媒の総称である。酵素は生物内に存在し、生きる上で必要不可欠な物質であり、食品分野ではビールやワインなどの酒類、チーズやヨーグルトなどの発酵食品の製造に利用されてきた。近年では特定の物質を酵素によって活性化し、人体に有益に働かせる食品の研究開発も盛んに行われている。その中でも注目を集めているのが乳食品である。乳食品は人間が生活する上で欠かすことのできないものであり、タンパク質を始め炭水化物やビタミン等が豊富に含まれた栄養食品である。この乳製品を摂取するために必要な消化酵素がラクターゼである。乳食品はラクターゼが乳食品中に含まれるラクトース(乳糖)をガラクトースとグルコースに分解することで人体に吸収される。しかし、先天的にラクターゼが不足し乳食品を摂取できない乳糖不耐糖者が少なからず存在する。そこで乳糖不耐糖者向けにラクターゼによってあらかじめ乳糖を分解した低乳糖製品の研究開発が行われてきた。
【0003】
酵母由来のラクターゼは細胞質内に存在し(即ち、菌体内酵素として産生される)、菌体外には分泌しない。そのため、酵母由来のラクターゼを回収するためには超音波破砕等が用いられる。しかし、酵母の細胞膜は非常に固く、研磨作用のあるガラスビーズ等を併用しなければ取り出すことが出来ない。従来の方法では、ガラスビーズ等の併用によって超音波破砕の効率を上げ、酵母を冷却しながら細胞膜を破壊し、ラクターゼを培養液に溶解させる。その後、菌体を除去し、酵素液として利用する。超音波破砕法の欠点として、酵素抽出の工程が煩雑であること、及びそれに伴い処理時間も増大すること、物理的な衝撃による酵素の活性の低下が懸念されること等が挙げられる。尚、パルス電界を微生物や細胞の改変や制御などに利用した技術を以下に引用する(特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−277060号公報
【特許文献2】特開2012−213353号公報
【特許文献3】特開2013−236600号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酵母由来の酵素は様々な分野で活用されている。しかしながら、その調製には上記のごとき問題があった。酵母由来の酵素の更なる利用・活用を図るためには、より簡便な菌体内酵素を抽出する手段の提供が望まれる。そこで本発明は、簡便な方法で酵母の菌体内酵素を調製することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した。具体的には、酵母菌体の含まれた溶液に特定のパルス電界を印加し、目的の菌体内酵素(ラクターゼ)の菌体外への抽出を試みた。その結果、パルス電界の印加が酵素の抽出に有効であることが判明した。また、パルス電界印加後に菌体を等張液であるリン酸緩衝生理食塩水に移したところ、酵素の抽出が促進され、回収率が向上することも判明した。更に、パルス電界の条件など、効率的な酵素の抽出に有用な情報も得られた。
以下の発明は、主として上記の知見に基づく。
[1]以下のステップ(1)及び(2)を含む、酵母の菌体内酵素の調製方法:
(1)酵母に対してパルス電界を印加する工程;及び
(2)菌体外液に抽出された前記酵素を回収する工程。
[2]以下のステップ(1)及び(3)を含む、酵母の菌体内酵素の調製方法:
(1)酵母に対してパルス電界を印加する工程;及び
(3)前記工程後の酵母を等張液内に移して放置した後、該等張液に抽出された前記酵素を回収する工程。
[3]前記等張液がリン酸緩衝生理食塩水である、[2]に記載の調製方法。
[4]パルス電界のパルス波形が減衰振動波形である、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の調製方法。
[5]パルス電界の電界強度が10kV/cm〜50kV/cmである、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の調製方法。
[6]パルス電界の印加回数が複数回である、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の調製方法。
[7]酵母がクリベロマイセス・ラクティスである、[1]〜[6]のいずれか一項に記載の調製方法。
[8]菌体内酵素がラクターゼである、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の調製方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の調製方法では、従来の方法(ガラスビーズ等を併用した超音波処理工程を行う)に比べ、必要な工程が少なく、処理工程の簡略化及び処理時間の短縮化を達成できる。また、超音波処理に比較して温和な条件で処理できることから、目的の酵素へのダメージを抑えることができ、回収される活性量の増大を望める。更には、本発明では、処理に際して菌体の破砕を伴わないことから、菌体を維持(生存)しつつ、目的の酵素を抽出することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明で使用できるパルス電界発生装置の一例。
図2】本発明で印加されるパルス電圧波形の一例。
図3】酵素活性(ラクターゼ活性)の測定結果。培養後の酵母に電界強度10kV/cm、20 kV/cm、30kV/cmでパルス電界を印加した後、培養液中の酵素活性を測定した。パルス電界を印加しない場合の酵素活性をコントロールとした。また、比較のために、培養後の酵母を超音波処理した場合の培養液中の酵素活性も測定した。
図4】酵素活性(ラクターゼ活性)の測定結果。培養後の酵母にパルス電界を印加した場合の培養液中の酵素活性と、培養後の酵母をすり潰して酵素を抽出した場合の酵素活性(全ラクターゼ活性)を比較した。
図5】酵素活性(ラクターゼ活性)の測定結果。パルス電界を印加した後、水、培地又は生理食塩水中に酵母を接種し、放置することによって各溶媒中に放出した酵素の活性を測定した。全ラクターゼ活性に対する比率(%)で測定結果を評価した。
図6】酵素活性(ラクターゼ活性)の測定結果。電界を印加しない試験試料を洗浄後、すり鉢に移し、ガラスビーズを1g加えて30分間すり潰した後、細胞濃度を1.0×109CFU/mLに調整した場合に上清に放出されているラクターゼ活性を測定した。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は酵母の菌体内酵素の調製方法に関する。本発明の一態様では、以下の工程(1)及び(2)を行う。
(1)酵母に対してパルス電界を印加する工程
(2)菌体外液に抽出された前記酵素を回収する工程
【0010】
工程(1)では酵母に対してパルス電界を印加する。酵母としては、クルイベロマイセス・ラクティス(Kluyveromyces lactis)、クルイベロマイセス・マルキナス(K. marxinus)サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、スポロボロマイセス・シンギュラリス(Sporobolomyces singularis)、クリプトコッカス(Cryptococcus)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)等を用いることができる。目的の酵素を産生する限りにおいて、使用する酵母は特に限定されない。好適な酵母の一例はクルイベロマイセス・ラクティスである。本発明では菌体内酵素が調製される。即ち、本発明における目的の酵素は菌体内酵素である。産業上の有用性が認められる菌体内酵素であれば、任意のものを目的の酵素に採用できる。例えば、ラクターゼ、α‐アミラーゼ、ペプチダーゼ等を目的の酵素とする。ラクターゼは乳糖の接頭語から別名β-ガラクトシダーゼとも呼ばれる。産業的には主に安全性が確認されたクルイベロマイセス・ラクティス等の酵母やバチルス・サーキュランス(芽胞菌)、アスペルギルス・オリゼ(黴)等の微生物から採取されている。人間の消化器官では小腸に多く存在する。ラクターゼが不足し、腸内で乳糖が分解されない場合、腸内細菌によって発酵が進み、炭酸ガスや脂肪酸となって腸を刺激し、これが不調の原因となっている。
【0011】
工程(1)では、適当な溶媒(本明細書では、菌体内液と対比・区別する目的で「外液」ともいう)中に存在する状態の酵母に対してパルス電界が印加される。典型的には、培養液に懸濁した状態の酵母(例えば培養中又は培養後の酵母)や、培養後に回収して別の溶媒(例えば緩衝液)に懸濁した状態の酵母などに対してパルス電界を印加する。
【0012】
これらに限定されるものではないが、パルス電界を印加する際の外液の例は培養液、生理食塩水、各種緩衝液、純水である。パルス電界の印加は、例えば、酵母を含む溶液(例えば酵母懸濁液)を適当な容器に収容し、容器内部に設けられた電極を介して行う。電極を配設した流路を設け、当該流路内に酵母を含む溶液を流す(必要に応じて巡回させる)ことにより、連続的に処理することにしてもよい。
【0013】
本発明で用いることができるパルス電界発生装置の回路の一例を図1に示す。また、この装置で出力されるパルス波形の一例を図2に示す。この装置は高圧電源、抵抗(2MΩ)、コンデンサC、インダクタンスL、トリガトロンギャップスイッチ及びトリガ回路で構成され、LとCは並列共振回路となっている。使用するコンデンサはC=90nFである。
【0014】
動作原理について説明する。初めに高電圧電源により2MΩの抵抗を通してキャパシタンスCに電荷が充電される。充電後、ギャップスイッチで放電を起こすことにより、Cに充電された電荷がRLC回路内に放出される。RLC回路内に流れる電流はCとLの共振によって減衰振動波形となり、並列に接続された試料液であるRに出力される。
【0015】
このパルス電界発生装置では図2の減衰振動波形が出力されるが、インダクタンスLを取り外した回路にすることで、振動のない減衰波形を出力させることもできる。このような装置を本発明に使用することも可能である。
【0016】
パルス電界の印加で発生する熱の影響を最小限にするため、電極部を冷却する水冷装置を設置するとよい。例えば、アース側の電極内にポンプにより水が流れることで、アース側の電極を冷やすように水冷装置を設置する。さらに、高圧側に熱交換用冷却フィンを取り付け、熱を逃がしやすくするとよい。このような構成にすれば、電界印加中の試料の温度上昇を抑えることができる。
【0017】
細胞にパルス電界を印加すると、細胞の電気的特性においてコンデンサとして働く細胞膜に電荷が蓄積される。これにより細胞膜の両側には電位差が生じる。半径aの細胞に電界強度Eの電界を与えた時、電界方向と角度θの位置にある膜にかかる電位差Vmは次式で表される。電位差は細胞の直径と電界強度に比例し、電界方向に対する膜位置で異なることになる。
【数1】
【0018】
この電位差が1Vを超えると細胞膜に絶縁破壊が起きる。細胞膜に絶縁破壊が起きると細胞に細孔ができる。このようにパルス電界により細胞に細孔をあけることをエレクトロポレーションという。1Vの電位差は細胞膜に2×106V/cmという非常に大きな電界を発生させる。この細孔はあまり大きくなければ細胞自身によって修復される可逆的な破壊であるが、電界強度を大きくしたり、パルス幅を長くしたりして、加えるエネルギーを大きくすると、もはや自己では修復できない不可逆的な細胞膜破壊がおきる。そうすると細胞内の組織が外部に流出し、細胞が壊死する。直径の大きい細胞ほど細胞膜にかかる電位差は大きくなるので、細胞膜が破壊されやすい。例えば、酵母は大腸菌よりも直径が大きいので、パルス電界を印加したときに細胞膜にかかる電位差が大きくなる。
【0019】
菌体内酵素の放出を可能にする細孔を細胞膜に形成できる限り、パルス電界の電界強度は特に限定されないが、例えば10kV/cm〜50kV/cm、好ましくは10kV/cm〜30kV/cm、更に好ましくは20kV/cm〜30kV/cmである。また、パルス電界は複数回、印加することが好ましい。そこで、印加回数を例えば10ショット(回)〜10000ショット(回)、好ましくは100ショット(回)〜2,000ショット(回)、更に好ましくは100ショット(回)〜1,500ショット(回)とする。尚、繰り返し数は溶液の温度が上昇しない範囲、例えば1pps〜1000ppsの範囲内で設定可能である。
【0020】
工程(1)によって、目的の菌体内酵素が外液に放出(抽出)されることになる。続く工程(2)では、菌体外液に抽出された目的の酵素を回収する。本発明では、菌体外液(例えば培養液)に目的の酵素が放出されるため、菌体を破砕することなく、菌体外液から目的の酵素を回収できる。従って、超音波処理等(ガラスビーズ等を併用される)による菌体の破砕を伴う従来の回収方法よりも、格段に簡便且つ容易に目的の酵素を回収できる。工程(2)における回収操作は特に限定されないが、例えば、濾過、遠心処理等によって菌体を除去し、目的の酵素を含む溶液を得る。更に、濃縮、希釈、塩析、透析、溶解、吸着溶離、乾燥等の精製工程を行い、純度の高い酵素を得ることにしてもよい。
【0021】
本発明の別の態様では、以下の工程(1)及び(3)を行う。
(1)酵母に対してパルス電界を印加する工程
(3)前記工程後の酵母を等張液内に移して放置した後、該等張液に抽出された前記酵素を回収する工程
【0022】
ここでの工程(1)は上記態様の場合と同一であるため、その説明を省略し、以下では、当該態様に特徴的な工程(3)を説明する。工程(3)では、工程(1)の後、酵母を等張液内に移して放置する。この操作によって、等張液内に菌体内酵素を放出させる。等張液としては、例えば、リン酸緩衝生理食塩水、生理食塩水、各種緩衝液等を用いることができる。放置する時間は特に限定されないが、例えば1時間〜3日、好ましくは5時間〜2日とする。放置時間が短すぎると、十分な量の菌体内酵素を放出させることができない。一方、放置時間が長すぎると酵素の失活のおそれがある。放置する際には、酵素の失活を防止するために低温条件下、例えば4℃〜20℃、好ましくは4℃〜10℃の条件下にするとよい。
【0023】
等張液に抽出された酵素の回収は、上記態様の工程(2)と同様の操作で行えばよい。
【0024】
以下、本発明の実施例(実験例)を示すが、本発明は、これにより何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
(試験試料)
本実験では酵母クリベロマイセス・ラクティス(k.lactis)を使用した。k. lactisは菌体内ラクターゼを産生する出芽酵母でありその大きさは3〜4μmである。温度28℃で培養した。48時間培養することで細胞濃度が約1.0×108cells/mLとした。この酵母溶液を細胞濃度が約1.0×109cell/mLになるように調整した。生理食塩水を加えて遠心分離(4500rpm,15min)することで洗浄し、液体培地で細胞濃度を1.0×109CFU/mLに調整し、以下の実験に使用する試料液を得た。
【0026】
1.実施例1
(パルス電界の印加)
試料液を2mmギャップエレクトロポレーション用キュベットに入れ、パルス電界を印加した。印加条件は電界強度が10kV/cm、20kV/cm又は30kV/cm、印加回数が100ショット(shots)、繰り返し数が1ppsとした。
【0027】
(測定)
比較のため、電界を印加しないものをコントロール試料とした。一方、洗浄後、酵母をすり鉢に移し、ガラスビーズを1g加えて30分間すり潰し、酵母内のラクターゼをすべて露出させた後、超純水によって細胞濃度を1.0×109CFU/mLに調整した溶液とも比較した。この溶液のラクターゼ活性値は、酵母内に含まれる全てのラクターゼの活性を表すことになる。
【0028】
酵素活性の測定は以下の手順で行った。パルス電界印加後、37℃で10分間予備保温したONPG溶液(リン酸緩衝液:10mL,ONPG:0.037g) 400μLに酵素サンプル100μLを入れて反応させた。各時間後、炭酸ナトリウム水溶液500μLの添加で反応を止め、超純水で希釈した。これを試料液とし吸光度を測定した。酵素活性値は次式によって、吸光度から算出される。尚、A420は波長420nmでの吸光度、4.6は分子吸光係数、nは希釈倍率である。
【数2】
【0029】
次の表に各実験において(1)式に用いる値を示す。
【表1】
【0030】
(1)式を用いるためには、時間に対して酵素による基質の分解が一定である必要がある。即ち、各時間における波長420nmの吸光度を測定し、その結果を表したグラフの傾きが一定となる時間のみ、この式を用いることができる。本実験において酵母試料液では30分まで、上清液では240分まで傾きが一定であったことから、酵母試料液では30分を、上清液では240分を反応時間とした。
【0031】
(結果)
図3に、パルス電界を印加した菌液(菌体を含む)について電界強度と酵素活性値の関係を示す。電界強度の増加と共に酵素活性値が増加し、電界強度30kV/cmで最大活性値を示した。また、いずれの条件下においても、電界を印加していないコントロールに比べ酵素活性は上昇した。
【0032】
細胞濃度1.0×109CFU/mLの酵母をすり潰したときの酵素活性値、即ち、酵母内に含まれる全てのラクターゼによる活性値は0.851U/mLであった。これと、パルス電界を印加した後の菌液の酵素活性値を比較したものを図4に示す。パルス電界を印加した菌体は、この時の印加条件、印加回数100shotsでは酵母内に含まれるラクターゼの1/8を露出させることができている。
【0033】
2.実施例2
(試験試料)
試料には実施例1と同様の操作を行ったものを用いた。
【0034】
(パルス電界の印加)
印加条件は、電界強度:20kV/cm、印加回数:1500shot、繰り返し数:1ppsである。
(測定)
パルス印加後、水、培地、又はリン酸緩衝生理食塩水を入れたシャーレに菌を接種して、冷蔵庫(4℃)で24時間放置した。放置後、遠心分離し、上澄みを酵素サンプルとして吸光度測定を実施例1に記載の方法に従って行った。尚、電界を印加しない試験試料を洗浄後、すり鉢に移し、ガラスビーズを1g加えて30分間すり潰した後、超純水によって、細胞濃度を1.0×109CFU/mLに調整した場合のすべてのラクターゼの酵素活性値に対する割合で結果を表した。
【0035】
(結果)
図5にパルス電界を印加した場合の酵素活性値を示す。放出率は、酵母内に含まれる全てのラクターゼによる酵素活性値に対する割合で示されている。パルス電界を印加した試料では、リン酸緩衝生理食塩水で放置したサンプルにおいて、酵母内全ラクターゼの酵素活性値の0.1%が上清液へ放出されている。培地や超純水に比べ、リン酸緩衝生理食塩水の場合に放出率が向上したのは、酵母内の浸透圧とリン酸緩衝生理食塩水の浸透圧が近いために酵素が放出しやすかったことによると推察される。図6に、すり潰しにより酵母内に含まれる全てのラクターゼ酵素を露出させた場合に、上清に放出されているラクターゼ酵素の活性値を示す。すり潰しによって上清内に放出されるラクターゼの酵素活性値は、酵母内に含まれる全てのラクターゼ酵素の活性値(図4)の1/10であった。即ち、すり潰した場合には上清中に10%のラクターゼ活性が放出された。この結果と、図5の結果を比較すれば、パルス電界の印加によって、酵母をすり潰した場合に上清中に放出される酵素の1%に相当する量の酵素を放出できていることがわかる。
【0036】
以上の実験結果に示した通り、酵母内よりラクターゼを放出させる(抽出する)手段として、パルス電界の印加が有効であった。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明によれば、従来の方法(ガラスビーズ等を併用した超音波処理工程を行う)に比べ、簡便な方法によって酵母の菌体内酵素を抽出することが可能になる。パルス電圧印加後に等張液(例えばリン酸緩衝生理食塩水)に菌体を移して放置すれば、放出率の向上が図れる。酵母が産生する菌体内酵素を抽出ないし調製する手段として、様々な酵素への本発明の適用が期待できる。
【0038】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
図1
図2
図3
図4
図5
図6