(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付の図面を参照して、本発明の実施の形態に係る安全性評価用人体ダミーを詳細に説明する。ただし、以下の実施の形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施の形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0013】
図1は、本発明の一実施形態に係る安全性評価用人体ダミーの全体構成を骨格部を強調して示す正面図である。
【0014】
図1に示すように、安全性評価用人体ダミー(以下、「人体ダミー」と略記する。)1は、骨格部2と、この骨格部2の外周を取り囲む肉質部3と、この肉質部3の外周を取り囲む皮膚部4とを備えて構成されている。骨格部2は、人体ダミー1に再現される人体データに基づき成形されている。
【0015】
骨格部2の基礎となる人体データは、例えばX線スキャンデータ、CTスキャンデータ、MRIスキャンデータ等の各種の3次元データを含む。従って、骨格部2は、得られた人体データの骨の形状と同一形状に成形することも、近似した形状を有するように成形することも可能である。また、得られた人体データに基づいて、骨格部2の可動特性を骨の物性に近似させるように成形することもできる。
【0016】
骨格部2は、具体的には人体の骨の組成に近似した、リン酸カルシウム、炭酸カルシウム及び成形用フィラーを含む基材からなる。基材中のリン酸カルシウムは、例えば5%〜35%、好ましくは15%〜25%、より好ましくは15%〜20%含まれている。また、基材中の炭酸カルシウムは、例えば50%〜75%、好ましくは55%〜65%、より好ましくは55%〜60%含まれている。また、基材中の成形用フィラーは、例えば1%〜20%、好ましくは5%〜10%、より好ましくは5%〜7%含まれている。骨格部2は、このような基材を3Dプリンタ等の出力装置にて焼結することで成形し得る。
【0017】
なお、骨格部2は、人体データに基づき成形されるため、人体の骨の物性に近似した破断特性を有し、人体データに基づく推定骨重量に合わせた骨重量を有するように形成され得る。すなわち、例えば人体の骨が標準的な骨密度である場合は、その骨密度に合わせた骨格部2を成形し得る。
【0018】
また、例えば骨粗鬆症を患って標準的な骨密度よりも骨密度が低下している人体の場合は、その低下した状態の骨に合わせた骨格部2を成形し得る。また、骨格部2の骨重量は、例えば成形した各骨の内部の空間に、骨髄の代わりにシリコン等の流動性がよく充填可能な材料を充填することで調整し得る。これにより、骨格部2は、人体の骨の強度と同程度の強度を備え、人体の骨格から推定される骨重量に合わせた骨重量を有し得る。
【0019】
一方、肉質部3は、骨格部2の外周を覆う状態で、例えば人体の体型(肉付き具合)に合わせた肉付き形状を有するように形成され得る。すなわち、肉質部3は、例えば人体の体型が標準体型である場合はその体型に合わせた肉付き形状を有し得る。従って、肉質部3は、人体が痩せ形である場合はやせ形の、また太り形である場合は太り形の、それぞれの体型に合わせた肉付き形状を有し得る。
【0020】
そして、この肉質部3は、人体の推定体重に合わせて、この推定体重から骨格部2の骨重量を減算した重量を有するように形成され得る。すなわち、例えば人体の推定体重が約70kgで骨格部2の骨重量が約7kgとすると、肉質部3は約63kgの重量を有するように形成される。
【0021】
肉質部3は、内臓を含む人体の肉の物性に近似したショアA硬度35〜55の粘弾性を有するゴム系材料、例えばシリコンゴムやPVCゴム等からなる。肉質部3は、例えば厚みが5mm〜30mmとなるように形成される。このように構成された肉質部3は、打撲・裂傷などの様相を人体に非常に似通った状態で再現することが可能である。
【0022】
皮膚部4は、シリコンゴム系材料又はPVCゴム系材料からなり、肉質部3の外周を取り囲むように設けられ、0.1〜0.2[最大MPa]の引張損傷強度を有する内皮部及びこの内皮部の外周を取り囲む6〜8[最大MPa]の引張損傷強度を有する外皮部を有し、例えば人体の皮膚の物性に近似した裂性等を備える。皮膚部4は、例えば厚みが肉質部3の1/16〜1/3となるように形成される。また、内皮部の厚みは、例えば0.1mm〜9mm、好ましくは0.1mm〜5mm、より好ましくは0.1mm〜2mmに形成され、外皮部の厚みは、例えば0.1mm〜9mm、好ましくは0.1mm〜5mm、より好ましくは0.1mm〜1mmに形成され得る。
【0023】
皮膚部4は、その素材がシリコンゴム系材料からなる場合は、例えばこのシリコンゴム系材料には、粘着性抑制部材が混合され得る。具体的には、皮膚部4を構成するシリコンゴム系材料は、シリコン、硬化剤及び粘着性抑制部材を、例えばシリコンをα、硬化剤をβ及び粘着性抑制部材をγとしたときに、α:β=100:0.5、及び(α+β):γ=100:0.5からなる2つの比例式が成り立つ混合比率にて混合したものである。
【0024】
このような皮膚部4を構成するシリコンゴム系材料の混合比率については、発明者の非常な努力によって得られた知見である。従って、上記混合比率にてシリコンゴム系材料で作製された皮膚部4は、裂傷を負うような外力を加えた場合に人体の皮膚と非常に似通った様相を再現するものである。
【0025】
すなわち、上記引張損傷強度は、例えば成人の人体の指の引張損傷強度の平均値が5〜10[MPa]で、3ヶ月から6歳の幼児の指の引張損傷強度が5〜15[MPa]、15歳から50歳の青年から大人の指の引張損傷強度が15〜17[MPa]であるなどの年齢別の人体の皮膚の引張損傷強度に鑑みて設定されたものである。その他、皮膚部4の引張損傷強度は、人体の皮膚から実際に得られた値に設定されてもよい。
【0026】
皮膚部4の厚さは、上述した範囲内において、例えば人体の部位毎に異なる数値に設定され得る。その他、皮膚部4の厚さは、上述した範囲内にて人体ダミー1の全体に亘って均一な厚さとなるように設定されてもよい。
【0027】
なお、粘着性抑制部材がシリコンゴム系材料に対して混合されるのは、シリコンゴム系材料に対して粘着性抑制部材を混入することで、この混入された粘着性抑制部材が破壊荷重を加えた際の破壊の起点となるからである。これにより、皮膚部4は、人体の皮膚と同程度の損傷状態を再現することが可能となる。
【0028】
この皮膚部4をシリコンゴム系材料単独で構成すると、材料自体の結合力が強すぎるため、粘着性抑制部材を混合した場合と比べると、人体の皮膚と同程度の様相を呈する性能が多少低くなってしまうことが発明者の実験によって確認されている。なお、粘着性抑制部材に採用し得る具体的な部材は次の通りである。
【0029】
すなわち、粘着性抑制部材は、例えば人毛等の繊維状部材や、ビーズや砂等の粒状部材など、破壊荷重が加わった際にシリコンゴム系材料の破壊の起点となり得るものであれば、如何なるものでも採用し得る。粘着性抑制部材として、特に人毛を採用した場合には、人体の皮膚が裂けたり割れたりする様相と非常に似通った状態を再現可能であることが確認されているため、人毛は好適な部材であるといえる。なお、皮膚部4をPVCゴム系材料で構成した場合であっても、上述したような粘着性抑制部材を混合し得る。肉質部3及び皮膚部4は、上記のシリコンゴム系材料の混合比率にて型を製作し、オーブン等にて焼結して作製することができる。
【0030】
このように構成された人体ダミー1は、人体の物性や構造に非常に近似した特性を備えている。このため、発生した傷害に関する種々の再現試験や、器具や装置等の安全性試験などの各種試験において、人体の代わりに適用して種々のデータを得たり原因追及のための再現に役立てたりすることができる。
【0031】
なお、人体ダミー1の骨格部2、肉質部3及び皮膚部4を合わせた各部の重量や重心位置は、人体の年齢や性別、体型に合わせて作製され得る。また、人体ダミー1の骨格部2は、複数の可動関節部を含んで構成され得る。複数の可動関節部は、人体が、例えば
図1に示すように両掌を正面に開いた状態で直立不動の姿勢のときを基準状態とした場合に、この基準状態から関節の接続点においてそれぞれ個別に定められた垂直作動角、水平作動角及び傾斜作動角の少なくとも一つが規定する可動範囲内で可動し得る。
【0032】
一例として、骨格部2の各可動関節部は、垂直作動角、水平作動角及び傾斜作動角によって、人体の可動関節部と同様の内転、外転、屈曲及び伸展可能な可動範囲を備えて形成され得る。具体的には、骨格部2は、例えば少なくとも首関節部10、肩関節部20、肘関節部30、橈骨手根関節部40、股関節部50、膝関節部60及び距腿関節部70の各関節部を有して成形され得る。首関節部10は、頸椎の可動域を再現するものであり、人体の骨格と同様に環椎後頭関節部、環軸関節部及び椎間関節部を備えて構成され得る。
【0033】
人体データは、特定の個人そのもののデータであってもよいし、人体の標準体型として、所定の年齢範囲内の平均男児体、平均女児体、平均若年男性体、平均若年女性体、平均中年男性体、平均中年女性体、平均老年男性体、及び平均老年女性体などの少なくとも一つから得られるデータであってもよい。なお、人体の標準体型としては、例えば米国49CFR Part572中に規定されている、50th Percentile Male(50%標準男性)、95th Percentile Male(95%大型男性)、5th Percentile Female(5%女性)などが挙げられる。
【0034】
そして、人体ダミー1は、例えば得られた人体データに基づいて、首関節部10の環椎後頭関節部が、例えば基準状態から約6°程度の屈曲及び約11°程度の伸展が可能な垂直作動角の範囲で可動し、左右極僅かな角度の回旋が可能な水平作動角の範囲で可動すると共に、左右それぞれ約6°程度の側屈が可能な傾斜作動角の範囲で可動し得るように成形される。
【0035】
同様に、首関節部10の環軸関節部は、例えば基準状態から約6°程度の屈曲及び約11°程度の伸展が可能な垂直作動角の範囲で可動し、左右それぞれ約39°程度の回旋が可能な水平作動角の範囲で可動すると共に、左右極僅かな角度の側屈が可能な傾斜作動角の範囲で可動し得るように成形される。
【0036】
更に、首関節部10の椎間関節部は、例えば基準状態から約41°程度の屈曲及び約59°程度の伸展が可能な垂直作動角の範囲で可動し、左右それぞれ約34°程度の回旋が可能な水平作動角の範囲で可動すると共に、左右それぞれ約34°程度の側屈が可能な傾斜作動角の範囲で可動し得るように成形される。
【0037】
従って、これらを総合的に組み合わせて、首関節部10は、約47°程度の屈曲及び約77°程度の伸展が可能な垂直作動角の範囲、左右それぞれ約67°程度の回旋が可能な水平作動角の範囲、並びに左右それぞれ約37°程度の側屈が可能な傾斜作動角の範囲で描円運動も含めて可動し得るように成形される。
【0038】
一方、肩関節部20は、基準状態から上腕骨部5が肩甲骨部11に対して、左側方又は右側方への垂直作動角で約140°±20°程度、前方への垂直作動角で約170°±20°程度、後方への垂直作動角で約55°±20°程度、前方への水平作動角で約80°程度、及び後方への水平作動角で約60°程度の範囲で描円運動も含めて可動し得るように成形される。
【0039】
また、肘関節部30は、基準状態から尺骨部6及び橈骨部7が上腕骨部5に対して、前方への垂直作動角で約120°±20°程度、後方への垂直作動角で約5°程度、身体の内側への水平作動角で約90°程度、及び身体の外側への水平作動角で約90°程度の範囲で描円運動も含めて可動し得るように成形される。
【0040】
更に、橈骨手根関節部40は、基準状態から手根骨部8が橈骨部7に対して、前方への垂直作動角で約95°±10°程度、後方への垂直作動角で約95°±10°程度、身体の内側への垂直作動角で約30°程度、及び身体の外側への垂直作動角で約30°程度の範囲で描円運動も含めて可動し得るように成形される。
【0041】
また、股関節部50は、基準状態から大腿骨部9が骨盤部80に対して、左側方又は右側方への垂直作動角で約90°程度、前方への垂直作動角で約125°程度、及び後方への垂直作動角で約15°程度の範囲で描円運動も含めて可動し得るように成形される。
【0042】
また、膝関節部60は、基準状態から脛骨部12が大腿骨部9に対して、前方、左側方及び右側方への垂直作動角が極僅かな程度、及び後方への垂直作動角が約140°±20°程度、並びに膝を曲げた状態では下腿部分の内旋が約10°程度及び外旋が約40°程度の範囲で可動し得るように成形される。
【0043】
そして、距腿関節部70は、基準状態から距骨部13が脛骨部12に対して、前方への垂直作動角が約40°±10°程度、後方への垂直作動角が約40°±10°程度、身体の内側への水平作動角が約30°程度、及び身体の外側への水平作動角が約20°程度の範囲で描円運動も含めて可動し得るように成形されている。その他の可動関節部も、得られた人体データに基づいて人体の骨格を忠実に再現するように成形され得る。なお、骨格部2において、例えば脊椎部90のような部位には、各椎骨の間にゴム等の弾性体を介在させて十分な可動性を持たせるように構成してもよい。
【0044】
このように構成された人体ダミー1を用いれば、骨格や内臓、皮膚損傷等の状態を視認可能となるだけでなく、頭蓋骨部91に三軸加速度計を備えて頭部傷害値を計測したり、肋骨部92の内部における肉質部3の前後左右の変位量を計測して胴体や肋骨の損傷具合を再現したりすることも可能である。また、別途歪みゲージ等を用いて各可動関節部における三次元方向の負荷荷重を計測したりすることもできる。
【0045】
人体ダミー1の骨格部2の破断特性を示す具体的な骨格部2の曲げ強度として、例えば膝関節部60については、参考文献「Shearing and Bending Human Knee Joint Tests in Quasi-Static Lateral Load」(the 1995 IRCOBI International Conference)中における準静的曲げ試験において、膝関節部60に傷害の発生が視認されるまでの許容平均曲げ角度が18.9°となり、許容平均曲げモーメントが129Nmとなる強度が想定され得る。なお、参考としては、全ての動的曲げ試験において、許容平均曲げ角度が11.4°となり、許容平均曲げモーメントが134Nmとなる強度が想定され得る。
【0046】
また、人体ダミー1の強度評価は、次の(1)〜(4)のような文献に基づく人体試験データを参照した上で、重量や強度が生体に忠実であるかを評価する。
(1)「Biomechanics of Impact Injury and Injury Tolerance of Head-Neck complex」、
(2)「Biomechanics of Impact Injury and Injury Tolerance of the Extremities」、
(3)「Biomechanics of Impact Injury and Injury Tolerance of the Thorax-Shoulder complex」、
(4)「Biomechanics of Impact Injury and Injury Tolerance of the Abdomen, Lumbar Spine and Pelvis Complex」。
【0047】
以上述べたように、本実施形態に係る人体ダミー1によれば、人体の骨格強度をベースにした骨格部2や粘弾性を有する肉質部3を採用することができるので、具体的な傷害レベルを生体に代わって実証実験し、直接その結果から骨格損傷具合を見て実際の傷害レベルを判断することができるようになる。また、自動車衝突試験用の人体ダミーのように、各種センサからのデータを分析して傷害値の評価を行うための試験設備や各種計測機器等も不要にすることができる。
【0048】
すなわち、人体ダミー1によれば、生体にて検証或いは再現できないあらゆる事象を、生体に代わり再現し検証することができるので、実際に事故が起きた際の状況を詳細に再現したり、事故の原因追及に役立てたりすることができると共に、多様な改善策や安全策における安全性の検証や実証等にも寄与することができる。
【0049】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、この実施の形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。この新規な実施の形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施の形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0050】
例えば、上記の実施の形態では、人体ダミー1の骨格部2を人体データに基づき忠実に人体の骨格を再現するものとして示したが、例えば骨格損傷具合を見る部分(身体の一部分)だけ忠実に再現し、他の部分は重量や強度等を合わせ込んだだけの構成も採用し得る。また、人体ダミー1を全身として製造せずに、部位毎に個別に製造し実験に用いることも可能である。