【文献】
Biotechnology and bioengineering,2013年,Vol.110,No.11,p.2970-2983
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかまたは全ての濃度の増加が、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかもしくは全てを細胞が培養されている培地に添加すること、ならびに/または鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかもしくは全てが添加された新鮮培地へ細胞を分割することによって達成される、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかまたは全ての生体利用可能な濃度の減少が、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンをキレート剤によって錯体にすること、ならびに/または(ii)期の培地と比較して低下した濃度の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかもしくは全てを含有している新鮮培地へ細胞を播種することによって達成される、請求項1〜7のいずれか一項記載の方法。
【背景技術】
【0002】
背景
組換え糖タンパク質は、典型的には、真核生物発現系を使用した発酵作製プロセスによって作製される。タンパク質の翻訳後グリコシル化は、タンパク質の可溶性、安定性、クリアランス、免疫原性、および免疫エフェクター機能のような重要な物理化学的および生物学的な特性および機能を遂行するために必須である。糖タンパク質のグリコシル化状態は厳密に制御されており、グリコシル化の小さい違いですら有意な効果を及ぼし得る。しかしながら、特に、N-グリコシル化においては、関与する酵素の数が多いため、その経路は真核細胞において実施される最も複雑な翻訳後修飾である。糖タンパク質において、糖は、アスパラギンの側鎖内のアミド窒素原子(N結合)、またはセリンもしくはトレオニンの側鎖内の酸素原子(O結合)のいずれかに付着している。グリコシル化は、小胞体におけるN結合の形成、いわゆる「コアグリコシル化」から始まる。この後、ポリペプチドはゴルジ装置へ輸送され、そこで、O結合型糖が付加され、N結合型糖鎖が、多くの異なる方式で、例えば、マンノース残基の除去、N-アセチルグルコサミン残基、ガラクトース残基、および/またはフコース残基、および/またはシアル酸残基の付加によって修飾される。
【0003】
金属およびそのイオンは、生物学において必須の役割を果たす(Yannone et al.,Current Opinion in Biotechnology 23.1(2013)89-95)。39種の生物学的な必須元素のうち、26種が金属であることが報告されている。さらに、生物学的機能を遂行するために必要とされるこれらの金属の活性濃度には相当のばらつきがある。必須金属は、カルシウム、カリウム、またはマグネシウムのような多量養素と、微量金属である鉄、亜鉛、マンガン、または銅のような微量養素と、バナジウムおよびタングステンのような超微量元素とに分類され得る。これらの必須金属は、生物学的ホメオスタシスのために重要であるが、生物学的機能にとって必要なものを越えた濃度においては毒性であり得る。従って、全身金属濃度の厳密な制御は、生物学的ホメオスタシスのために不可欠である。
【0004】
遷移金属、銅、鉄、亜鉛、およびマンガンは、その生物学的活性濃度によって微量元素として分類されており、細胞ホメオスタシスにおいて重要な役割を果たしている。それらは、FragaおよびFraga(Mol.Aspects Med.26.4-5(2005)235-44)に記載されるように、多くの酵素の活性部位に見出される。
【0005】
これまで長年、細胞増殖における微量元素の役割は、動物への供給および細胞培養実験を使用して研究されてきた。微量元素が細胞培養の成功のために必要であることは、Hamら(Proc.Natl.Acad.Sci.USA 53(1965)288-93)によって示された。タンパク質グリコシル化における微量元素の役割にも多くの関心が寄せられているが、個別の微量元素の詳細な酵素的寄与、およびグリコシル化経路における金属陽イオンの相互作用は、比較的未知のままである。
【0006】
一般に、グリコシル化酵素の活性は、(Zn
2+、Mn
2+、Ca
2+、Mg
2+のような)二価微量元素の利用可能性、pH環境、ならびにヌクレオチドリン酸(UTP、GTP、CTP)および対応する糖誘導体(UDP-Gal、UDP-GlcNAc、GDP-Fuc、CMP-シアル酸)の利用可能性に依る。
【0007】
Kaminskaら(Glyconj.J.15.8(1998)783-88)は、糖タンパク質6-α-L-フコシルトランスフェラーゼの活性における二価陽イオンの役割を研究し、Mg
2+およびCa
2+のような二価陽イオンはこの酵素を活性化するが、Cu
2+、Zn
2+、およびNi
2+はこの酵素の活性を強く阻害することを発見した。Witsellら(J.Biol.Chem.265.26(1990)15731-37)は、ネイティブの乳房ゴルジ小胞におけるガラクトシルトランスフェラーゼの活性化における特定の二価陽イオンの役割を記載している。Crowellら(Biotechnol.Bioeng.96.3(2007)538-49)は、タンパク質グリコシル化を制御するためのストレスがかかった培養によって、プロセス後期に、微量元素、特に、マンガンが、アミノ酸の利用可能性のような他の培養要因と交互作用することを記載している。Gawlitzekら(Biotechnol.Bioeng.103.6(2009)1164-75)は、マンガンおよび鉄の濃度、比生産性増強剤である酪酸、甲状腺ホルモン、ならびに培養pHのような細胞培養条件が、CHO細胞において発現される組換え糖タンパク質のN-グリコシル化部位占有を調節し得ることを観察している。
【0008】
US 2007/0161084に概説されるように、グリコシル化に関与する多数の酵素が、補助因子として種々の陽イオンを利用する。その出願において、発明者らは、非毒性量のマンガンを含有している培地において糖タンパク質を発現する哺乳動物宿主細胞を増殖させることによって、糖タンパク質のシアリル化、即ち、糖タンパク質上の糖鎖への末端シアル酸残基の付加、特に、エリスロポエチンのシアリル化が改善され得ることを発見した。マンガンは、初期増殖培地中に存在してもよいし、または細胞急速増殖期の後に添加されてもよいし、または1回もしくは2回の収穫サイクルの後に添加されてもよい。
【0009】
細胞増殖におけるマンガンの役割およびその活性濃度には、議論の余地がある。マンガンは、正常な細胞の増殖および発達にとって必須であるが、同時に、高濃度では毒性であることが報告されている(Au et al.,Neurotoxicology 29.4(2008)569-76)。例えば、マンガンは、細胞表面に位置するインテグリンに結合し、MAPキナーゼ、ERK1およびERK2(いずれも細胞増殖のための重要なスイッチである)を活性化することが示されている(Roth et al.,Neurotoxicology 23.2(2002)147-57)。他方、Rothらは、マンガンが、多くのアポトーシス因子を活性化することによって、細胞死および細胞のアポトーシスに関与しており、最終的には、ミトコンドリア機能の破壊およびATPの損失の誘導によって細胞死をもたらすことも示している。鉄およびマンガンは同一の細胞膜シャトルDMT1について競合するため(Roth et al.)、鉄が細胞培養培地から除去される時、マンガンの毒性効果は極めて強力となる。
【0010】
US 2008/0081356は、10〜600nMの累積モル濃度のマンガンおよび約8mM未満の累積モル濃度のグルタミンを含有している培地を使用することによる、産業的規模の細胞培養における変更されたグリコシル化パターンを有する糖タンパク質の大規模作製の方法を記載している。
【0011】
WO 2012/149197は、産生培地にマンガンおよび/またはガラクトースを添加することによって、CHO細胞株およびNSO細胞株において組換え発現されるタンパク質、特に、抗体のガラクトシル化プロファイルをモジュレートする方法を記載している。
【0012】
β-1,4-ガラクトシルトランスフェラーゼ活性のための補助因子としてのMn
2+の重要性は、Ramakrishnanら(J.Mol.Biol.357.5(2006)1619-33)によって以前に記載されている。
【0013】
亜鉛は、細胞の増殖および分化、特に、DNA合成および有糸分裂の制御にとって必須であることが報告されている。亜鉛は、セカンドメッセンジャー代謝、プロテインキナーゼ活性、およびプロテインホスファターゼ活性のような細胞シグナル伝達経路からの転写因子および酵素を含む多数のタンパク質の構造的な構成要素である(Beyersmann et al.,Biometals 14.3-4(2001)331-41)。従って、生体利用可能な亜鉛は、細胞増殖に関連付けられている。
【0014】
鉄は、細胞増殖制御において重要な役割を果たしている。既知組成細胞培養培地への鉄またはその輸送タンパク質トランスフェリンの添加は、バイオマス生成のために不可欠であることが、以前に報告されている。例えば、鉄は、無血清培地において、C6神経膠腫細胞株およびL1210白血病癌細胞株の細胞増殖を促進することが示されている(Basset et al.,Carcinogenesis 6.3(1985)355-59)。細胞増殖における鉄の基本的な役割は、細胞膜を通過し、細胞内部の金属に結合することによってその生体利用可能性を制限することができるキレート剤によって、さらに証明される。デスフェリオキサミンおよびデスフェリチオシン(desferrithiocin)のような薬剤は、培養物中の多様な腫瘍細胞の増殖を阻害し(Reddel et al.,Exp.Cell Res.161.2(1985)277-84およびBasset et al.(前記))、T細胞増殖を大きく低下させる(Polson et al.,Immunology 71.2(1990)176-81およびPattanapanyasat et al.,Br.J.Haematol.82.1(1992)13-19)。ここで、可能性のある細胞増殖阻害機序は、リボヌクレオチドレダクターゼ活性の低下およびデオキシリボヌクレオチドの量の低下に関連した鉄欠乏である。これは、その後、S期における有系分裂停止をもたらす。培地への鉄の添加は、増殖阻害を逆転させる(Lederman et al.,Blood 64.3(1984)748-53)。
【0015】
WO 98/08934は、哺乳動物細胞の高密度増殖を支持するための、懸濁培養における(多くの成分の中でもとりわけ)亜鉛および鉄が添加された培地の使用を記載している。
【0016】
銅は、細胞ホメオスタシスにおいて必須の役割を果たすが、銅および鉄の代謝的運命は密接に関係している(Arredondo et al.,Molecular Aspects of Medicine 26.4(2005)313-27)。全身性の銅欠損は、細胞鉄欠損を生成し、それは、細胞増殖縮小のような表現型的に類似した効果を引き起こす。さらに、銅のキレート化による生体利用可能性の低下は、細胞培養研究において、増殖因子によって刺激される受容体リン酸化の能力の低下および最終的な細胞増殖経路の阻害に関連付けられている(Turski et al.,J.Biol.Chem.284.4(2009)717-21)。他方、銅は、血管形成を刺激することが示されており、食事または銅キレート剤による銅不足は、血管形成応答を支持する腫瘍の能力(Harris et al.,Nutr.Rev.62.2(2004)60-64)および癌増殖(Gupte et al.,Cancer Treat.Rev.35.1(2009)32-46)を縮小させる。
【0017】
US 2009/0068705は、培養培地が銅および/またはグルタミン酸を含み、それによって、ポリペプチドがより拡張的なまたはより望ましいグリコシル化パターンを有するようになる、細胞培養におけるタンパク質および/またはポリペプチドの大規模作製の方法を記載している。
【0018】
この分野における研究は、金属補助因子の糖酵素を刺激する活性に注目しているが、Kaminskaら(前記)のような様々な著者は、同一のまたは異なる金属補助因子がもう一つの糖酵素の活性を阻害し得ることも示している(例えば、Ca
2+は、マンノシルオリゴ糖1,2-α-マンノシダーゼを活性化し、同時に、α-1,3-マンノシル糖タンパク質2-β-N-アセチルグルコサミニルトランスフェラーゼを阻害する)。タンパク質の活性化または構造的配置のために必要とされるインビトロ金属補助因子、およびグリコシル化に関与する多数の酵素の金属阻害剤に関する情報は、BRENDAデータベース(http://www.brenda-enzymes.org)から入手可能である。様々な金属補助因子のこの二重活性は、糖タンパク質産生において微量元素使用の厳密な制御が必要であることを強調している。
【0019】
糖鎖工学、即ち、内在性または異種の糖酵素の組換え同時発現によるタンパク質結合糖質の変化は、分子の安定性、可溶性、インビボ生物学的活性、および免疫原性のようなタンパク質の薬物動態学的特性に影響を与えることが示されている。特に、抗体において、ガラクトシル化の量の増加は、CDC(Raju,Curr.Opin.Immunol.20.4(2008)471-8)または抗体依存性細胞傷害(ADCC)のような抗体エフェクター機能に影響を与えること、例えば、ヒトIgGモノクローナル抗Dのガラクトシル化が、Fc受容体によって媒介される機能的活性に影響を与えること(Kumpel et al.,Hum.Antib.Hyb.5.3-4(1994)143-51);またはガラクトシル化の量の増加が、IgG免疫複合体による補体によって媒介される炎症の阻止を増強することが示されている(Karsten et al.,Nat.Med.18.9(2012)1401-6)。抗体Fc領域のN-グリコシル化は、抗体エフェクター機能に関わるFc受容体との結合にとって必須である。フコースは多くの抗体のN-グリカン内のコア残基であるが、非フコシル化型は、フコシル化カウンターパートと比べて増強されたADCCを有することが示されている。従って、非フコシル化タンパク質の産生を増加させかつ/または抗体のフコシル化に影響を及ぼす方法も、望ましい。
【0020】
従って、細胞培養戦略を増強する方法、例えば、細胞増殖およびバイオマス生成を改善し、かつ/またはグリコシル化、従って、糖タンパク質の成熟を指図する方法が、当技術分野において未だに必要とされている。
【発明を実施するための形態】
【0045】
用語
「調整」とは、本明細書において使用されるように、培養培地中の元素の濃度の増加または減少をさす。元素の濃度の増加または減少は、調整直前の培養期における培地中の元素の濃度と比べたものである。例えば、調整が、微量元素の増加であって、産生期の最初に必要とされる場合、これは、直前の増殖期の培地に含まれていた元素の濃度と比べた微量元素の濃度の増加である。
【0046】
「濃度の調整」とは、本明細書において使用されるように、所定の時点における細胞周囲の培地中の元素の測定されたもしくは測定可能なまたは計算されたもしくは計算可能な実際の濃度の変化をさす。
【0047】
「影響を与える」とは、本明細書において使用されるように、細胞の過程(バイオマス生成またはN-グリカン成熟度のいずれか)の変化をもたらす作用をさす。それから生じる効果は、例えば、バイオマス生成の増加、または所望のグリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生の増加であり得る。
【0048】
「および/または」とは、本明細書において使用される場合、他方を含むかまたは含まない、2つの明示された特色または成分の各々の具体的な開示として理解されるべきである。例えば、「Aおよび/またはB」とは、各々が個々に本明細書に示されたかのごとく、(i)A、(ii)B、ならびに(iii)AおよびBの各々の具体的な開示として理解されるべきである。
【0049】
「抗体」とは、本明細書において使用されるように、免疫グロブリン分子、または免疫グロブリン分子の免疫学的活性を有する一部分、即ち、FabもしくはF(ab')
2断片のような抗原結合部位を含有している分子をさし、それらは、天然であってもよいしまたは部分的にもしくは完全に合成によって作製されたものであってもよい。「抗体」という用語は、最も広義に使用され、(免疫グロブリンFc領域を有する全長抗体または完全モノクローナル抗体を含む)モノクローナル抗体、ポリエピトープ特異性を有する抗体組成物、ポリクローナル抗体、(典型的には、3個以上の抗原結合部位を有するよう改変される)多価抗体、少なくとも2種の完全抗体から形成される多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)、ジアボディ、およびscFv分子のような単鎖分子、ならびに抗体断片(例えば、Fab、F(ab')
2、およびFv)をカバーする。抗体の定義には、抗体薬物コンジュゲート(ADC)、または、例えば、標識要素にコンジュゲートされた抗体のような、抗体コンジュゲートが含まれる。
【0050】
「バイオマス」とは、本明細書において使用されるように、培養培地中の培養細胞の量または重量をさす。バイオマスは、生細胞密度、全細胞密度、(生細胞密度および全細胞密度についての)細胞時間積分、(生細胞密度および全細胞密度についての)細胞体積時間積分、圧縮細胞体積、乾重量、または湿重量を決定することによって、直接または間接的に測定され得る。
【0051】
「バイオリアクター」とは、本明細書において使用されるように、哺乳動物細胞培養物の増殖のために使用される任意の容器をさす。典型的には、バイオリアクターは、少なくとも1リットルであり、10リットル、100リットル、250リットル、500リットル、1000リットル、2500リットル、5000リットル、8000リットル、10,000リットル、12,000リットルもしくはそれ以上、または中間の任意の容積であり得る。以下に限定されないが、pH、溶存酸素、および温度を含む、バイオリアクターの内部条件は、典型的には、培養期間中に調節される。バイオリアクターは、ガラス、プラスチック、または金属を含む、本発明の培養条件下で培地中に懸濁した哺乳動物細胞培養物を保持するのに適した任意の材料から構成されていてよい。
【0052】
「細胞」および「細胞株」とは、本明細書において交換可能に使用され、そのような表記は全て子孫を含む。
【0053】
「細胞密度」とは、本明細書において使用されるように、所定の体積の培地の中に存在する細胞の数をさす。
【0054】
「細胞生存能」とは、本明細書において使用されるように、培養条件または実験バリエーションの所定のセットの下で生存する培養物中の細胞の能力をさす。この用語は、本明細書において使用されるように、その時点における培養物中の(生または死)細胞の総数と比べた、特定の時点における生存している細胞の部分もさす。
【0055】
「キレート剤」とは、本明細書において使用されるように、キレート化合物を形成することによって、即ち、金属イオンに結合することによって、化学的活性を抑制することができる化合物をさす。
【0056】
「濃度」とは、微量元素、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンに関して本明細書において使用されるように、培養培地中に含まれる各微量元素の量をさす。濃度は、所定の時点における細胞周囲の培地中の元素の測定されたもしくは測定可能なまたは計算されたもしくは計算可能な実際の濃度であり得る。培地中のこれらの微量元素の濃度を測定する方法は、当技術分野において公知である。そのような方法の例には、ICP-MS(Agilent,Boblingen,Germany)が含まれる。従って、濃度とは、培養中の細胞周囲の培養培地中に含まれる各微量元素の量もさし、従って、所定の時点におけるそれぞれの微量元素の実際の濃度である。この濃度は、分析的に決定され得、例えば、(計量、予備培養物からの細胞および培地の移動、不純物の導入、浸出等による)培養物への元素の導入、(例えば、細胞の死または能動的な分泌による)細胞による放出、細胞による取り込み、ならびにその他の要因に起因する。
【0057】
「銅」とは、本明細書において使用されるように、Cu
2+陽イオンをさす。
【0058】
「培養物」または「細胞培養物」とは、本明細書において使用されるように、細胞集団の生存および/または増殖に適した条件の下で培地中に懸濁した細胞集団をさす。これらの用語は、培地とそこに懸濁した細胞集団との組み合わせにも適用されるであろう。
【0059】
「培養条件」および「発酵条件」とは、本明細書において交換可能に使用され、細胞培養の成功を達成するために満たされなければならない条件である。典型的には、これらの条件には、適切な培地の供給、ならびに、例えば、約37℃であるべきであるが、培養中の温度シフト(例えば、37℃から34℃へ)を含んでいてもよい温度の調節、ならびに通常6.8〜7.2であるpH、ならびに酸素および二酸化炭素の供給が含まれる。そのような条件には、細胞が培養される様式、例えば、振とう培養またはロボット培養も含まれる。
【0060】
「減少」とは、微量元素、鉄、銅、亜鉛、またはマンガンの濃度に関して本明細書において使用されるように、直前の期または部分的な期において細胞が培養されていた培地の中の濃度と比べた、培養培地中の微量元素の濃度の減少を意味する。
【0061】
「支援」とは、本明細書において使用されるように、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度が本発明の方法に従って調整されていない同一条件下で増殖させられた細胞と比較して、明示された方向に細胞の活性が増強されるであろうことを意味する。例えば、バイオマス生成が支援される時、培地中の微量元素濃度の調整によって、細胞は糖タンパク質の産生より繁殖に向けられるようになるであろう。結果として、バイオマス生成の増加が起こるであろう。本明細書において、「増加」および「増強」は、「支援」と同義である。
【0062】
「流加培養」とは、本明細書において使用されるように、培養プロセスの開始後の時点で付加的な成分が培養物に供給される、細胞を培養する方法をさす。流加培養は、典型的には、何らかの時点で停止され、培地中の細胞および/または成分が採集され、任意で、精製される。
【0063】
「ガラクトシル化」とは、糖タンパク質に関して本明細書において使用されるように、G1糖構造およびG2糖構造をもたらす1個以上のガラクトース残基を含む糖タンパク質をさす。
【0064】
「遺伝子」とは、本明細書において使用されるように、少なくとも一部分がポリペプチドをコードする任意のヌクレオチド配列、DNAまたはRNAをさす。任意で、遺伝子は、ポリペプチドのコード配列を含むのみならず、発現の基底レベルをモジュレートするコード配列に先行する領域および/もしくは後続する領域、ならびに/またはコードセグメントもしくはエクソンの間のイントロンも含む。
【0065】
「グリコフォーム」とは、本明細書において使用されるように、付着した異なる糖類を有する糖タンパク質のいくつかの異なる型のいずれかをさす。
【0066】
「糖タンパク質」とは、本明細書において使用されるように、1個以上の共有結合で連結されたオリゴ糖鎖を含有しているタンパク質またはポリペプチドをさす。オリゴ糖鎖は、単一の糖残基、単一の非分岐鎖もしくは糖残基から構成されていてもよいし、または1回以上分岐する糖残基の鎖から構成されていてもよい。オリゴ糖鎖はN結合型またはO結合型であり得る。
【0067】
「宿主細胞」とは、本明細書において使用されるように、糖タンパク質を生成するために改変され得る細胞系の種類を示す。
【0068】
「増加」とは、微量元素、鉄、銅、亜鉛、またはマンガンの濃度に関して本明細書において使用されるように、直前の期または部分的な期において細胞が培養されていた培地の中の濃度と比べた、培養培地中の微量元素の濃度の増加を意味する。
【0069】
「鉄」とは、本明細書において使用されるように、Fe(III)(Fe
3+)陽イオンまたはFe(II)(Fe
2+)陽イオンのいずれかを意味する。
【0070】
「マンガン」とは、本明細書において使用されるように、Mn
2+陽イオンをさす。
【0071】
「成熟度」および「糖タンパク質成熟度」とは、本明細書において使用されるように、組換え作製された糖タンパク質のグリコシル化パターンをさす。全てのN-グリコシル化タンパク質が、五糖コア(コア=GlcNAc
2Man
3)を共有しており、ゴルジ複合体において起こる末端グリコシル化が、そのコアに付加されるオリゴ糖の異なる組み合わせによって、莫大な構造的多様化をもたらす。従って、糖タンパク質の成熟度の増加は、オリゴ糖単位のコアへの付加および/またはその後の修飾に関係している。従って、N-グリカン成熟度に対する効果には、コア構造と比べた、または直前の糖質構造と比べた、糖タンパク質の成熟度の増加が含まれる。従って、オリゴ糖単位の付加によって、または未成熟ハイブリッド構造からの、例えば、マンノース残基の除去によって、コア構造が修飾されるにつれて、糖タンパク質の成熟度は増加する。従って、成熟度の増加は、例えば、Man
3-5構造またはコア構造からの、例えば、G0構造を有する糖タンパク質の産生をカバーする。完全成熟糖タンパク質種は、GlcNAc
3Man
3GlcNAc
2Gal
1、GlcNAc
3Man
3GlcNAc
2Gal
2、GlcNAc
3Man
3GlcNAc
2Gal
1Sia
1、GlcNAc
3Man
3GlcNAc
2Gal
2Sia
1、およびGlcNAc
3Man
3GlcNAc
2Gal
2Sia
2のような、1個もしくは2個のガラクトース残基を含有しているガラクトシル化種、または1個もしくは2個のシアル酸残基を含有しているシアリル化種であり得る。未成熟糖タンパク質は、GlcNAc
3Man
5GlcNAc、GlcNAc
3Man
4GlcNAc、およびGlcNAc
3Man
3GlcNAcのような、4〜9個のマンノース残基を含有している高マンノース種または未成熟ハイブリッド構造であり得る。いくつかの場合において、通常組み入れられる糖残基がそのように組み入れられていない糖タンパク質を作製することが望ましい。コアフコース残基を欠く、部分非フコシル化糖タンパク質または完全非フコシル化糖タンパク質、例えば、G0-F、G1-F、およびG2-Fが、本明細書に含まれる。成熟糖タンパク質種および未成熟糖タンパク質種は、非フコシル化であってもよく、即ち、コアフコース残基を欠いていてもよい。
【0072】
「培地」、「細胞培養培地」、および「培養培地」とは、本明細書において交換可能に使用され、哺乳動物細胞の増殖を持続させる栄養素を含有している溶液をさす。典型的には、そのような溶液は、最小限の増殖および/または生存のために細胞によって必要とされる必須アミノ酸および非必須アミノ酸、ビタミン、エネルギー源、脂質、ならびに微量元素を供給する。そのような溶液は、以下に限定されないが、ホルモンおよび/もしくはその他の増殖因子、ナトリウム、クロライド、カルシウム、マグネシウム、およびリン酸のような特定のイオン、緩衝液、ビタミン、ヌクレオシドもしくはヌクレオチド、微量元素、アミノ酸、脂質、ならびに/またはグルコースもしくはその他のエネルギー源を含む、最小速度を超えた増殖および/または生存を増強する補足的な成分を含有していてもよい。培地は、有利には、細胞の生存および増殖のために最適のpHおよび塩濃度で製剤化される。培地は、低血清培地、即ち、約1〜5%の血清を含有している培地であってもよいし、または無血清培地、即ち、哺乳動物血清(例えば、ウシ胎児血清)を本質的に含まない培地であってもよい。本質的に含まないとは、培地が、0〜5%の血清、好ましくは、約0〜1%の血清、最も好ましくは、約0〜0.1%の血清を含むことを意味する。培地の成分の各々の同一性および濃度が既知である無血清限定培地が使用されてもよい。培地は、無タンパク質培地であってもよく、即ち、タンパク質を含有しないが、不確定のペプチド、例えば、植物加水分解物に由来するペプチドを含有していてもよい。培地は、ヒト血清アルブミンおよびヒトトランスフェリン、動物由来であってもよいインスリンおよび脂質を含んでいてもよいし、またはヒト血清アルブミン、ヒトトランスフェリン、ヒトインスリン、および既知組成の脂質を含有しているゼノフリー培地であってもよい。あるいは、培地は、全ての物質が定義されており定義された濃度で存在する培地である既知組成培地であってもよい。これらの培地は、組換えのタンパク質および/もしくはホルモンのみを含有していてもよいし、または無タンパク質既知組成培地、即ち、低分子量構成要素のみを含有しており、必要とされる場合、合成ペプチド/ホルモンを含有する培地であってもよい。既知組成培地は、完全に無タンパク質であってもよい。
【0073】
「非フコシル化糖タンパク質」とは、1個以上のコアN-フコース残基を欠く成熟糖タンパク質または未成熟糖タンパク質である。これらの構造は、それ自体、非フコシル化であってもよく、即ち、糖タンパク質が天然にフコース残基を含有していなくてもよいし、または糖タンパク質に存在すると天然に予想されるフコース残基の欠如のために非フコシル化であってもよい。本願において、非フコシル化および無フコシルは、交換可能に使用される。
【0074】
「灌流培養」とは、本明細書において使用されるように、接種基本培地において細胞を増殖させ、細胞が所望の細胞密度に達した時に培地を新鮮培地に交換することを含む、細胞を培養する方法をさす。灌流は、連続的または断続的な灌流を含んでいてよく、細胞培養物への少なくとも1回のボーラスフィードの送達を含んでいてもよい。灌流培養の後に流加培養が行われてもよい。
【0075】
「ポリペプチド」とは、本明細書において使用されるように、ペプチド結合を介して共に連結されたアミノ酸の連続的な鎖をさす。そのようなアミノ酸鎖に長さの制限はなく、2個〜多数のアミノ酸を含んでいてよい。ポリペプチドは、プロセシングおよび/またはグリコシル化のような修飾を受けていてもよい。
【0076】
「タンパク質」とは、本明細書において使用されるように、個別の単位として機能する1個以上のポリペプチドをさす。タンパク質が機能するために1個のポリペプチドのみを含有している時、ポリペプチドおよびタンパク質という用語は交換可能である。
【0077】
「組換え糖タンパク質」または「組換え発現された糖タンパク質」とは、本明細書において使用されるように、そのような発現のために操作された宿主細胞から発現された糖タンパク質をさす。操作には、発現される糖タンパク質をコードする1種以上の異種遺伝子の導入のような一つ以上の遺伝子修飾が含まれる。異種遺伝子は、その細胞において通常発現される糖タンパク質をコードしてもよいし、または宿主細胞に対して外来である糖タンパク質をコードしてもよい。操作は、あるいは、1種以上の内在性遺伝子をアップレギュレートまたはダウンレギュレートすることであり得る。
【0078】
「分割」とは、本明細書において使用されるように、細胞の継代または継代培養としても公知である。これは、少数の細胞を新鮮培地に移すことを含み、それによって、分割された細胞は新しい培養物の種となる。懸濁培養においては、少数の細胞を含有している少量の培養物が、より大きい体積の新鮮培地に希釈される。
【0079】
「力価」とは、本明細書において使用されるように、所定の量の培地体積における哺乳動物細胞培養物によって産生された組換え発現された糖タンパク質の全量をさす。力価は、典型的には、培地1ミリリットル当たりの糖タンパク質のミリグラムの単位で表される。
【0080】
「亜鉛」とは、本明細書において使用されるように、Zn
2+陽イオンをさす。
【0081】
以下の略語が本明細書において使用される:
Asn アスパラギン
ADCC 抗体依存性細胞傷害
CTI 細胞時間積分
CDC 補体依存性細胞傷害
CMP シチジン一リン酸
CTP シチジン三リン酸
GDP グアノシン二リン酸
GTP グアノシン三リン酸
ICP-MS 誘導結合プラズマ質量分析
LDH 乳酸脱水素酵素
UDP ウリジン二リン酸
UTP ウリジン三リン酸
mAb モノクローナル抗体
PSB プライマリーシードバンク
PSE 偽標準誤差
RSME 設計標準誤差
Fuc L-フコース
Gal D-ガラクトース
GlcNAc N-アセチルグルコサミン
NANA N-アセチルノイラミン酸
Man D-マンノース
Man5 GlcNAc
2 Man
5
Man6 GlcNAc
2 Man
6
高マンノース GlcNAc
2 Man
5-8
コア GlcNAc
2 Man
3
G0 GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2
G0-F GlcNAc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2
G1 GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
G1-F GlcNAc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
G2 GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
2
G2 1SA GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
2 NANA
1
複合型 GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
0-2
複合型-F GlcNAc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
0-2
【0082】
詳細な説明
本発明は、バイオマス生成および/または発現された糖タンパク質のN-グリカン成熟度に影響を与えるため、培養中に、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度を調整する工程を含む、真核細胞における発酵培養条件下での組換え糖タンパク質の作製のための方法および培地に関する。
【0083】
一つの局面において、本発明の方法は、バイオマス生成を支援するため、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度を調整する工程を含む。この結果として、培養培地中の培養細胞の量または重量の増加が起こるであろう。バイオマスは、当技術分野において公知の技術を使用して、生細胞密度、全細胞密度、(生細胞密度および全細胞密度についての)細胞時間積分、(生細胞密度および全細胞密度についての)細胞体積時間積分、圧縮細胞体積、乾重量、または湿重量を決定することによって測定され得る。
【0084】
本発明の方法は、一つの局面において、発現された糖タンパク質のN-グリカン成熟度に影響を与えるため、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々、または亜鉛およびマンガンのみの濃度を調整する工程を含む。N-グリカン成熟度とは、糖タンパク質が遺伝学的に指図されたグリカン残基、即ち、内在性の遺伝学的にコードされた糖酵素によって付加されるグリカン残基の全部、実質的に全部、または一部を含有するような、グリコシル化のパターンをさす。
【0085】
好ましい態様において、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々、または亜鉛およびマンガンのみの濃度の調整は、発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させることであろう。そのような発現された糖タンパク質における糖質パターンの例は、以下の通りである:GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2(G0)、GlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal(G1)、およびGlcNAc Fuc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
2(G2)。GlcNAc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2(G0-F)およびGlcNAc GlcNAc Man
3 GlcNAc
2 Gal
0−2(G1-F、G2-F)のような成熟非フコシル化糖タンパク質も、ここに含まれる。特に好ましい態様において、支援は、G0糖鎖構造、G1糖鎖構造、および/またはG2糖鎖構造を有する糖タンパク質のためであろう。
【0086】
別の好ましい態様において、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の調整は、未成熟非フコシル化糖タンパク質である糖タンパク質の産生に影響を与えることであろう。そのような未成熟非フコシル化糖タンパク質におけるグリコシル化パターンの例は、高マンノース糖タンパク質、即ち、GlcNAc
2 Man
5-8、例えば、GlcNAc
2 Man
5およびGlcNAc
2 Man
6のような、Man
5、Man
6、およびMan
7を含有しているものである。
【0087】
本発明は、組換え糖タンパク質の作製を含む。発酵培養によって産生され、真核細胞において発現されることができる限り、糖タンパク質の性質に制限はない。この方法による作製に適した糖タンパク質には、例えば、構造糖タンパク質、ホルモン、抗体、酵素等を含む、分泌型および膜結合型の糖タンパク質、ならびに/または真核細胞に対して外来性もしくは内在性であり得る糖タンパク質が含まれる。
【0088】
本発明の好ましい態様において、糖タンパク質は、抗体、典型的には、治療用または診断用の抗体であり、さらなる態様において、抗体は、キメラ抗体、ヒト化抗体、またはヒト抗体である。
【0089】
糖タンパク質が抗体である時、抗体は、治療的に有効な抗体であり得、Ang1、Ang2、Ang3、およびAng4のようなアンジオポエチンファミリーのメンバー、ならびにAng2/VEGFのようなアンジオポエチンファミリーのメンバーおよび例えばVEGFに対して二重特異性の抗体;HER1(EGFR)、HER2、HER3、およびHER4のようなHER受容体ファミリーのメンバー;CD3、CD4、CD8、CD18、CD19、CD20、CD21、CD22、CD25、CD33、CD34、CD38、CD40、CD44、およびCD52のようなCDタンパク質;LFA-1、VLA04、ICAM-1、VCAM、およびインテグリンのような細胞接着分子(そのαサブユニットまたはβサブユニットのいずれかを含む)(例えば、抗CD11a、抗CD18、または抗CD11b抗体);血管内皮増殖因子(VEGF)のような増殖因子;胸腺間質性リンパ球新生因子受容体(TSLP-R)のようなサイトカイン受容体;IgE;血液型抗原;flk2/flt3受容体;肥満(OB)受容体、ならびにプロテインCを含む、任意のタンパク質に結合してよい。他の例示的なタンパク質には、ヒト成長ホルモン(hGH)およびウシ成長ホルモン(bGH)を含む成長ホルモン(GH);成長ホルモン放出因子;副甲状腺ホルモン、甲状腺刺激ホルモン;リポタンパク質;α-1-アンチトリプシン;インスリンA鎖;インスリンB鎖;プロインスリン;卵胞刺激ホルモン;カルシトニン;黄体ホルモン;グルカゴン;第VIIIC因子のような凝固因子;組織因子(TF);フォン・ヴィルブランド因子;心房性ナトリウム利尿因子;肺サーファクタント;ウロキナーゼまたは組織型プラスミノーゲンアクチベーター(t-PA)のようなプラスミノーゲンアクチベーター;ボンバジン(bombazine)、トロンビン、腫瘍壊死因子αおよびβ;エンケファリナーゼ;RANTES(ランテス);ヒトマクロファージ炎症性タンパク質(MIP-1α);ヒト血清アルブミン(HSA)のような血清アルブミン;ミュラー管抑制因子;リラキシンA鎖、リラキシンB鎖;プロリラキシン;マウス性腺刺激ホルモン関連ペプチド;DNアーゼ;インヒビン;アクチビン;ホルモンまたは増殖因子の受容体;プロテインAまたはD;繊維芽細胞活性化タンパク質(FAP);癌胎児性抗原(CEA);リウマチ因子;骨由来神経栄養因子(BDNF)のような神経栄養因子;ニューロトロフィン3、4、5、もしくは6(NT-3、NT-4、NT-5、もしくはNT-6)またはNGFβのような神経成長因子;血小板由来増殖因子(PDGF);aFGFおよびbFGFのような繊維芽細胞増殖因子;上皮増殖因子(EGF)および上皮増殖因子受容体(EGFR);TGFβ1、TGFβ2、TGFβ3、TGFβ4、またはTGFβ5を含む、TGFαおよびTGFβのようなトランスフォーミング増殖因子(TGF);インスリン様増殖因子IおよびII(IGF-IおよびIGF-II);des(1-3)-IGF-I(脳IGF-I);インスリン様増殖因子結合タンパク質(IGFBP);エリスロポエチン(EPO);トロンボポエチン(TPO);骨誘導因子;イムノトキシン;骨形態形成タンパク質(BMP);インターフェロン(インターフェロンα、β、またはγ);コロニー刺激因子(CSF)、例えば、M-CSF、GM-CSF、およびG-CSF;インターロイキン(IL)、例えば、IL-1〜IL-10およびIL-17;スーパーオキシドジスムターゼ;T細胞受容体;BlyS(Br3)受容体;Br3-Fcイムノアドヘシン;アポ2受容体;Fc受容体;表面膜タンパク質;崩壊促進因子(DAF);例えば、AIDSエンベロープの一部分のようなウイルス抗原;輸送タンパク質;ホーミング受容体;アドレシン;制御タンパク質;イムノアドヘシン;ならびに前記のいずれかの生物学的活性を有する断片またはバリアントが含まれる。あるいは、抗体は、乳房上皮細胞に対する抗体または結腸癌細胞に結合する抗体、抗EpCAM抗体、抗GpIIb/IIIa抗体、抗RSV抗体、抗CMV抗体、抗HIV抗体、抗肝炎抗体、抗CA 125抗体、抗α
vβ
3抗体、抗ヒト腎細胞癌抗体、抗ヒト17-1A抗体、抗ヒト結腸直腸腫瘍抗体、GD3ガングリオシドに対する抗ヒト黒色腫抗体R24、抗ヒト扁平上皮癌、抗ヒト白血球抗原(HLA)抗体、抗HLA DR抗体であり得る。
【0090】
本発明の方法によると、組換え糖タンパク質は、真核細胞において作製される。細胞培養および糖タンパク質の発現が可能な任意の真核細胞が、本発明に従って使用され得る。真核細胞は、好ましくは、適切な栄養素および増殖因子を含有している培地による懸濁培養物の中に置かれた時、増殖および生存が可能であり、典型的には、大量の特定の関心対象の糖タンパク質を発現し、培養培地中に分泌することができる真核細胞株である。
【0091】
好ましい態様において、真核細胞は、哺乳動物細胞、酵母細胞、または昆虫細胞である。
【0092】
真核細胞が哺乳動物細胞である時、これは、例えば、NSOマウス骨髄腫細胞株、SV40によって形質転換されたサル腎臓CVI株(COS-7,ATCC(登録商標)CRL 1651)、ヒト胎児由来腎臓株293S(Graham et al.,J.Gen.Virol.36(1977)59);ベビーハムスター腎臓細胞(BHK、ATCC(登録商標)CCL 10);マウスセルトリ細胞(TM4、Mather,Biol.Reprod.23(1980)243);サル腎臓細胞(CVI-76、ATCC(登録商標)CCL 70);アフリカミドリザル腎臓細胞(VERO-76、ATCC(登録商標)CRL 1587);ヒト子宮頚癌細胞(HELA、ATCC(登録商標)CCL 2);イヌ腎臓細胞(MDCK、ATCC(登録商標)CCL 34);バッファローラット肝臓細胞(BRL 3A、ATCC(登録商標)CRL 1442);ヒト肺細胞(W138、ATCC(登録商標)CCL 75);ヒト肝臓細胞(Hep G2、HB 8065);マウス乳房腫瘍細胞(MMT 060562、ATCC(登録商標)CCL 5I);ラット肝臓癌細胞(HTC,MI.54、Baumann et al.,J.Cell Biol.,85(1980)1);およびTR-1細胞(Mather et al.,Annals N.Y.Acad.Sci.383(1982)44)、PER.C6細胞株(Percivia LLC)、およびハイブリドーマ細胞株であり得る。
【0093】
チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO、Urlaub and Chasin P.N.A.S.77(1980)4216)またはPER.C6は、本発明の実施のための好ましい細胞株である。本明細書において使用するのに適した公知のCHO誘導体には、例えば、CHO/-DHFR(Urlab & Chasin(前記))、CHOK1SV(Lonza)、CHO-K1 DUC B11(Simonsen and Levinson P.N.A.S.80(1983)2495-2499)、およびDP12 CHO細胞(EP 307,247)、およびCHO DG44細胞(Derouazi et al.,Biochem.Biophys.Res.Commun.340(2006)1069-77)が含まれる。
【0094】
真核細胞が酵母細胞である時、これは、例えば、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)またはピキア・パストリス(Pichia pastoris)であり得る。
【0095】
真核細胞が昆虫細胞である時、これは、例えば、Sf-9であり得る。
【0096】
本発明において使用される真核細胞は、グリコシル化プロファイルを修飾するために改変された糖鎖改変型細胞であってもよい。そのような改変には、例えば、N-グリカンの合成に関連する遺伝子のノックアウトまたはノックインのいずれかが含まれる。
【0097】
本発明において、細胞は、CHO細胞、任意で、糖鎖改変型CHO細胞であることが最も好ましい。
【0098】
本発明において使用される真核細胞は、組換え糖タンパク質を産生するよう選択されるかまたは操作される。操作には、発現させたい糖タンパク質をコードする1種以上の異種遺伝子の導入のような一つ以上の遺伝子修飾が含まれる。
【0099】
異種遺伝子は、その細胞において通常発現される糖タンパク質をコードしてもよいし、または宿主細胞に対して外来である糖タンパク質をコードしてもよい。操作は、付加的にまたは代替的に、1種以上の内在性遺伝子をアップレギュレートするかまたはダウンレギュレートすることであってもよい。しばしば、細胞は、例えば、糖タンパク質をコードする遺伝子の導入によって、かつ/または関心対象の糖タンパク質をコードする遺伝子の発現を制御する調節要素の導入によって、組換え糖タンパク質を産生するよう操作される。組換え糖タンパク質をコードする遺伝子および/または調節要素は、プラスミド、ファージ、またはウイルスベクターのようなベクターを介して、宿主細胞へ導入され得る。ある種のベクターは、導入された宿主細胞において自律複製が可能であるが、他のベクターは、宿主細胞のゲノムに組み込まれることができ、それによって、宿主ゲノムと共に複製される。様々なベクターが公に入手可能であり、ベクターの正確な性質は本発明にとって必須ではない。典型的には、ベクター成分には、シグナル配列、複製開始点、1個以上のマーカー遺伝子、プロモーター、および転写終結配列のうちの1個以上が含まれる。そのような成分はWO 97/25428に記載されている。
【0100】
バイオマス生成および真核細胞からの糖タンパク質発現は、発酵条件下での細胞の培養によって、本発明の方法に従って達成される。バイオマス生成および糖タンパク質の発現のための細胞の増殖が可能な任意の発酵細胞培養の方法または系が、本発明によって使用され得る。例えば、細胞は、バッチ培養、流加培養、またはスプリットバッチ(split-bath)培養において増殖させられ、その場合、糖タンパク質の十分な発現が起こった後、培養が終結させられ、その後、糖タンパク質が採集され、必要である場合、精製される。流加培養が使用される場合、培養物へのフィーディングは、培養中に1回または複数回行われ得る。複数回のフィードが与えられる時、これらは同一のフィーディング溶液によってもよいしまたは異なるフィーディング溶液によってもよい。別法において、細胞は、灌流培養において増殖させられてもよく、その場合、培養は終結させられず、新しい栄養素および成分が定期的にまたは連続的に培養物へ添加され、発現された糖タンパク質が定期的にまたは連続的に除去される。好ましい態様において、本発明において使用される細胞培養法は、流加法もしくはスプリットバッチ法、またはそれら2種の組み合わせである。
【0101】
バイオマス生成および糖タンパク質の産生のための細胞の発酵培養のためのリアクター、温度、ならびに酸素濃度およびpHのようなその他の条件は、当技術分野において公知である。選択された真核細胞の培養のために適切な任意の条件が、当技術分野において入手可能な情報を使用して選択され得る。温度、pH等のような培養条件は、典型的には、発現のために選択された宿主細胞によって以前に使用されたものであり、当業者に明白であろう。所望により、収量を増加させ、かつ/または所望の糖タンパク質品質の相対量を増加させるため、培養中に、温度および/またはpHおよび/またはCO
2を変更することができる。
【0102】
細胞が培養され、微量元素、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度が本発明の方法に従って調整される培地は、当技術分野において公知の多くの種類のいずれかであり得る。所望により、培地は、培地の成分が既知であって調節されている既知組成培地であってもよいし、または成分の全てが既知でありかつ/もしくは調節されてはいない複合培地であってもよい。
【0103】
既知組成培地は、哺乳動物細胞の培養のためのそのような培地を含め、最近の歴史において広範囲に開発され発表されている。限定培地の成分は、全て、十分に特徴決定されており、そのような培地は、血清および加水分解物のような複雑な添加剤を含有していない。典型的には、これらの培地は、精製された増殖因子、タンパク質、リポタンパク質、および血清または抽出物の添加によって他の方法で供給され得るその他の物質を、明確な量、含む。そのような培地は、高生産性の細胞培養を支持するという唯一の目的で作製されている。ある種の限定培地は、低タンパク質培地とも呼ばれ、または低タンパク質培地の典型的な成分、インスリンおよびトランスフェリンが含まれていない場合、無タンパク質であり得る。他に、無血清培地が、本発明の方法において使用されてもよい。そのような培地は、通常、血清またはタンパク質画分を含有していないが、不確定の成分を含有していてもよい。
【0104】
市販されている培養培地の例には、Ham's F10(Sigma)、基礎培地(MEM、Sigma)、RPMI-1640(Sigma)、およびダルベッコ変法イーグル培地(DMEM、Sigma)、ならびにLife Technologiesによって販売されている既知組成培地およびフィードサプリメントが含まれる。そのような培地には、必要に応じて、(インスリン、トランスフェリン、または上皮増殖因子のような)ホルモンおよび/またはその他の増殖因子;(塩化ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、およびリン酸のような)塩、(HEPESのような)緩衝液;(アデノシンおよびチミジンのような)ヌクレオシド、(GENTAMYCIN(商標)のような)抗生物質、ならびにグルコースまたは等価なエネルギー源が添加されてもよい。
【0105】
特定の細胞株のための培地のために必要な栄養素および増殖因子は、その濃度を含め、例えば、Mammalian Cell Culture,Mather(Plenum Press:NY 1984),Barnes and Sato,Cell 22(1980)649またはMammalian Cell Biotechnology:A Practical Approach M.Butler(IRL Press,1991)に記載されるように、経験的に、過度の実験なしに決定される。適切な培地は、修飾された濃度のアミノ酸、塩、糖、およびビタミンのようないくつかの成分を有し、任意で、グリシン、ヒポキサンチン、チミジン、組換えヒトインスリン、PRIMATONE HS(商標)またはPRIMATONE RL(商標)(Sheffield,England)または等価物のようなペプトン加水分解物、PLURONIC F68(商標)または等価なプルロニックポリオールのような細胞保護剤、およびGENTAMYCIN(商標)を含有しているDMEM/HAM F12に基づく製剤のような基本培地成分を含有している。
【0106】
以下の表1は、細胞培養のために使用され得る異なる市販の細胞培養培地における微量元素、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの異なる量を示す。
【0107】
(表1)市販の培地における鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの計算された濃度
RPMI1640および199は、血清低減培地である。
【0108】
前記のような市販の培地に存在すると計算された鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、血清またはペプトンのような複雑な成分が培地に添加された場合、変化するであろう。
【0109】
本発明の方法が、微量元素を培地へ添加することによって、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度を調整する工程を含むか、または培地が調整された濃度のこれらの元素を含む場合、微量元素は、金属塩の形態で培地へ添加されるかまたは培地中に存在してもよい。組換え糖タンパク質の産生のための培養培地に含めるために適切な任意の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの塩を使用することができる。金属塩が、水和型もしくは無水型の、適切な金属の硫酸塩、ハロゲン化物、酸化物、硝酸塩、クエン酸塩、酢酸塩、もしくはリン酸塩の形態であること、または金属イオンがトランスフェリンもしくはラクトフェリンのようなキレート剤に結合していることが、一般に好ましい。
【0110】
典型的には、本発明において使用するために適切な鉄(II)塩および鉄(III)塩には、クエン酸Fe(III)、FeSO
4、FeCl
2、FeCl
3、Fe(NO
3)
3、およびFePO
4、ならびにトランスフェリンまたはラクトフェリンに結合した鉄が含まれる。
【0111】
典型的には、本発明において使用するために適切な銅(II)塩には、CuSO
4、CuCl
2、および酢酸Cuが含まれる。
【0112】
典型的には、本発明において使用するために適切な亜鉛(II)塩には、ZnSO
4およびZnCl
2が含まれる。
【0113】
典型的には、本発明において使用するために適切なマンガン塩には、MnSO
4、MnCl
2、MnF
2、およびMnI
2が含まれる。
【0114】
本発明は、発酵培養条件下での細胞培養を提供する。これは、典型的には、細胞が多数の工程または期で培養される多工程培養法である。この好ましい手法によると、例えば、細胞の凍結バイアルからの、発酵培養プロセスは、典型的には、
図1に示されるような3つの異なる期、即ち、以下のような期をカバーする:
(i)解凍ストレス後の細胞の回復および細胞倍化時間の正常化のためのシードトレイン。細胞回復の速度および作製の規模に依って、14日〜例えば60日超、継続され得る。
図1においては、これは21日継続されるものとして示されている。
(ii)n-x期(xは、典型的には、1〜5であり、好ましくは、1または2である)と呼ばれる増殖期または接種トレイン(nは産生期である)。
図1には、n-1期およびn-2期が例示されている。細胞が増殖およびバイオマス生成を促進するのに適した培地へ接種される、これらの期は、増殖期とも呼ばれる。従って、n-x期は、典型的には、より大きい培養フォーマットのための培養物の増大および選択された化合物の洗浄除去のためのものである。n-x期が、n-1期およびn-2期からなる時、n-1段階およびn-2段階の各々は、例えば、2〜7日を要し、典型的には、各々3日または4日継続される;
(iii)適切な量および/または質での組換え糖タンパク質の産生のための産生期またはn-期。この期の継続期間は、例えば、組換え細胞の性質、ならびに発現された糖タンパク質の量および/または質にも依り得る。典型的には、この期は、約11日〜約20日継続されるであろう。
図1においては、この期は14日継続されるものとして示されている。
【0115】
細胞は、例えば、適宜、新鮮培地を添加するかまたは既存の培地へ栄養素を添加することによって、適切な期間、シードトレインまたは増殖期において維持され得る。
【0116】
典型的には、
図2に示されるように、産生期またはn期は、2つの異なる期を特徴とする。これらのうちの第1は、細胞特異的なタンパク質産生のための十分な生存可能なバイオマスの生成のための増殖期であり、第2は、有意な細胞増殖のない、組換え糖タンパク質の生成のためのものである。
【0117】
シードトレイン、増殖期、および産生期のいずれかもしくは全てが連続していてもよいし、またはある期からの細胞が次の期に接種するために使用されてもよい。
【0118】
培養期間、好ましくは、産生期の途中または最後のいずれかにおける発現された糖タンパク質の回収は、当技術分野において公知の方法を使用して達成され得る。糖タンパク質は、好ましくは、分泌ポリペプチドとして培養培地から回収されるが、分泌シグナルなしで直接産生された時には、宿主細胞溶解物から回収され得る。糖タンパク質が膜結合型である場合、それは、適切な界面活性剤溶液(例えば、トリトン-X 100)を使用して膜から放出されてもよいし、またはその細胞外領域が酵素切断によって放出されてもよい。発現された糖タンパク質は、当技術分野において公知の技術を使用して、必要に応じて単離されかつ/または精製され得る。
【0119】
本発明の方法において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、発酵プロセスの増殖期または産生期のいずれかまたは全てにおいて調整される。好ましい態様において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、増殖期の最初もしくは途中、および/または産生期の最初もしくは途中に調整される。増殖期の最初および産生期の最初に鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度が調整されるか、または増殖期の最初、増殖期の途中、産生期の最初、および産生期の途中のいずれかもしくは全てにおいて鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度が調整されることが最も好ましい。
【0120】
鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、培養培地中の微量元素の濃度を増加させるかまたは減少させることによって調整される。本発明において、元素の濃度が増加させられるかまたは減少させられる時、この濃度の増加または減少は、増加または減少の直前の培養期における培地中の元素の濃度と比べたものである。従って、例えば、産生期の最初に培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の増加がある場合、これは、直前の増殖期の培地中の微量元素の濃度と比べた微量元素の濃度の増加である。同様に、例えば、産生期の途中に培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかまたは全ての濃度の増加がある場合、これは、産生期の直前部分の培地中の元素の濃度と比べた微量元素の濃度の増加である。同様に、例えば、増殖期または産生期の最初または途中に培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかまたは全ての濃度の減少がある場合、これは、直前の培養期の培地中の微量元素の濃度と比べた微量元素の濃度の減少である。同様に、産生期の最初または途中に、培地中の、例えば、鉄および銅の濃度の減少、ならびに、例えば、亜鉛およびマンガンの濃度の増加がある場合、これは、直前の培養期の培地中の微量元素の濃度と比較した、鉄および銅の濃度の減少、ならびに亜鉛およびマンガンの濃度の増加である。
【0121】
一般に、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかまたは全ての濃度が調整される時、これらの微量元素の全ての濃度が同時に調整されることが好ましい。しかしながら、本発明の方法は、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの個々の調整、対での調整、またはこれらの微量元素のうちの3種を一度に調整し、次いで、4番目を調整するか、もしくはその逆による調整も含む。具体的には、微量元素のうちの2種の濃度を増加させ、元素のうちの2種の濃度を減少させたい場合、増加および減少のための調整は、同時にまたは異なる時点で行われ得る。その場合、2種の微量元素の濃度を増加させ、かつ2種の元素の濃度を減少させるための調整は、同一の時点でまたは同一の培地において行われることが好ましい。
【0122】
本発明の方法において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度の調整は、使用されている発酵条件のために適切な任意の技術によって達成され得る。これらの微量元素の濃度が調整される方法は、本発明にとって必須ではなく、適切な方法は当技術分野において公知である。従って、微量元素濃度の調整は、(微量元素のいずれかもしくは全ての濃度の増加の場合)細胞が培養されている培地への添加によって、または所望の濃度の微量元素を含有している新鮮培地へ細胞の全部もしくは一部分を移す(即ち、分割する)ことによって行われ得る。必要である場合、これらの2種の方法の組み合わせが使用されてもよい。
【0123】
従って、鉄、亜鉛、銅、およびマンガンの濃度の調整は、培養期間の全体もしくは一部分において連続的に行われてもよいし、または培養培地中の微量元素の推定された、計算された、もしくは測定された濃度に対する反応として断続的に行われてもよい。本発明は、微量元素の濃度の調整を範囲で定義する。明確な培養期間、例えば、増殖期または産生期における微量元素の各々または全ての濃度の実測または計算が、微量元素の各々または全ての濃度が本明細書に記述された範囲内にあることを示す場合であっても、結果として生じる微量元素の濃度が記述された範囲内にあり続ける限り、その濃度の調整を行うことができる。
【0124】
必要である場合、調整が行われる前に、培養培地中の微量元素の実際の濃度を測定するため、公知の技術が使用され得る。これらには、それぞれの微量元素濃度のオンライン分析およびオフライン分析が含まれる。
【0125】
従って、バッチ発酵条件が使用されている場合、微量元素の濃度の増加の達成は、例えば、既存の培養培地と比べて増加した濃度の適切な微量元素を含有しているかもしくは添加された新鮮培地への播種によってもよいし、または既存の培地と比べて増加した濃度の適切な微量元素を含有しているかもしくは添加された培地への細胞の分割によってもよい。流加発酵条件が使用されている場合、微量元素の濃度の増加の達成は、例えば、増加した濃度の適切な微量元素を含有しているかもしくは添加された新鮮培地への播種によってもよいし、適切な微量元素の1回以上のボーラスフィードもしくは連続フィードを培養培地へ与えることによってもよいし;細胞数に基づくか、もしくは公知の代謝モデル、代謝代理マーカー等に従って計算されるフィード速度を決定することによってもよいし、または増加した濃度の適切な微量元素を含有しているかもしくは添加された培地へ培養物を分割することによってもよい。ボーラスフィードまたは連続フィードが添加される場合、これは、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンのいずれかまたは全てに加えて、培養のために必要とされる他の栄養素/成分を含有していてもよい。灌流発酵条件が使用される場合、微量元素の濃度の増加の達成は、例えば、灌流培養物へ添加される他の栄養素/成分と同時にまたは別々に、連続的にまたは断続的に微量元素をリアクタへ添加することによって達成され得る。
【0126】
鉄、亜鉛、銅、およびマンガンのいずれかまたは全ての濃度の減少が必要とされる場合、これは、直前の培養期の培地中の微量元素の濃度と比較して微量元素の濃度が減少している新鮮培地へ細胞を播種することによって達成され得る。代替的にまたは付加的に、鉄、亜鉛、銅、およびマンガンのいずれかまたは全ての濃度の減少は、例えば、金属イオンキレート剤を培養物へ添加することによって、金属イオンを錯体にし、錯体になった金属イオンを洗浄除去することによって、既存の培地または新鮮培地において達成され得る。培養培地中のその金属イオンの生体利用可能な濃度の減少をもたらすため、適切な金属イオンを錯体にすることができる任意の金属イオンキレート剤が使用され得る。鉄および銅に適切なそのようなキレート剤には、例えば、低分子、または、例えば、EDTA、EGTAのような金属結合タンパク質、デスフェリオキサミン、デスフェリチオシン、テトラサイクリン、キノロン、ホスホネート、ポリフェノールのようなシデロホア、トランスフェリンまたはセルロプラスミン(ceruloplamin)のようなタンパク質、多糖、マレイン酸、スプリゾン(suprizone)、バソクプロインスルホネート、バソフェナントロリン(bathophenanthroline)スルホネート、およびD-ペニシラミン(pencillamine)のような有機酸が含まれる。さらに、代替微量元素によるグリコシル化酵素の阻害/活性化によって、細胞トランスポーターによる標的特異的な競合によって、または細胞トランスポーター活性の標的特異的なモジュレーションによって、微量元素の濃度の減少の効果を模倣することができる。
【0127】
金属の減少した濃度または増加した濃度の具体的な値は、培養培地中の金属の実測、または細胞周囲の培養液中の金属の理論上の濃度もしくは濃度の計算のいずれかに基づく。実務者は、例えば、不純物または浸出を介して導入されたいくらかの濃度の微量元素が存在し得ることを認識し、本発明による微量元素の減少した濃度または増加した濃度を計算する時に、これらを考慮に入れるであろう。
【0128】
本発明の方法において、微量元素のいずれかまたは全ての濃度の減少は、適宜、直前の培養期の培地中の微量元素の濃度と比較して微量元素の濃度が減少している新鮮培地へ細胞を播種することによって達成されることが好ましい。
【0129】
本発明のある種の態様において、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、細胞の増殖を支援し、それによって、バイオマスを増加させるために調整され得る。他の態様において、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度、または亜鉛およびマンガンのみの濃度は、発現されたN-糖タンパク質の成熟度および成熟グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生を増加させるために調整され得る。もう一つの態様において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の増加を支援するために調整され得る。さらにもう一つの態様において、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度は、まず、増殖を増強するために調整され、次いで、糖タンパク質成熟度に影響を与えるために調整される(発現されたN-グリコシル化糖タンパク質の成熟度の増加、または未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の増加のいずれか)。
【0130】
本発明の方法において、以下の表2に例示されるように、増殖期および/または産生期の最初または途中における異なる微量元素濃度の適用は、バイオマス生成および発現された糖タンパク質のN-グリコシル化成熟度に対して直接の効果を引き起こし得る。これらの培養期における鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度の調整は、バイオマス生成と発現された糖タンパク質のN-グリコシル化成熟度との間の切り替えをもたらす。表2中の「無フコシル化」は非フコシル化と同一である。
【0131】
(表2)標的特異的なタンパク質産生のためのプロセス戦略
【0132】
本発明の方法の結果として、糖タンパク質を産生する細胞は、所望の最終結果に適合する培地において培養される。従って、以下の表3に例示されるように、増殖培地は、バイオマス生成を主に促進し、ガラクトシル化培地は、発現されたN-糖タンパク質の成熟度の増加および成熟糖タンパク質の産生を主に促進し、非フコシル化培地は、未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生を主に促進する。各培地の相互関連効果が存在し得るため、以下に示されるように、他の結果が、ある程度、影響を受ける場合もあるが、所望の最終結果は支援されたものである。
【0133】
(表3)適合培地と所望の結果との間の関係
【0134】
好ましい態様において、本発明は、細胞増殖/バイオマス生成を支援するための培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の増加を提供する。この態様において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度は、増殖期の最初および/または途中に増加させられ、任意で、産生期の最初および/または途中にも増加させられる。この態様は、低い増殖能力を有する細胞、バイオマスおよび生産性が共役している細胞株のため、そして低レベルの成熟ガラクトシル化糖タンパク質が望まれる場合に、特に適している。
【0135】
別の好ましい態様において、本発明は、発現されたN-糖タンパク質の成熟度、適切には、成熟グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生を増加させ、それによって、未成熟非フコシル化糖タンパク質を含む未成熟糖タンパク質の産生を減少させるための、培養培地中の亜鉛およびマンガンの各々の濃度の増加、ならびに、任意で、鉄および銅の濃度の低下を提供する。この態様において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々、または亜鉛およびマンガンのみの濃度は、増殖期の最初ならびに/または産生期の最初および/もしくは途中に調整される。増殖期および産生期における微量元素の濃度の調整による糖タンパク質の増加した成熟度および成熟グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生の支援は、低い細胞増殖が望ましい場合、特に、発現された糖タンパク質が多くの予想外の副生成物を含み複雑である場合、最適である。産生期の最初における培地中の微量元素の濃度の調整による糖タンパク質の増加した成熟度および成熟グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生の支援は、良好な増殖が増殖期に達成された時に特に有用である。産生期の途中における培地中の微量元素の濃度の調整による糖タンパク質の増加した成熟度および成熟グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生の支援は、増殖期の間および産生期の最初に、微量元素の濃度が、良好なバイオマス生成を確実にするために調整された時に特に適切である。
【0136】
別の好ましい態様において、本発明は、未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生を支援するための、培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の減少を提供する。この態様において、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度は、増殖期の最初ならびに/または産生期の最初および/もしくは途中に調整される。増殖期および産生期の最初における微量元素の濃度の調整による未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の支援は、細胞増殖が良好である場合に最適である。産生期の最初における微量元素の濃度の調整による未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の支援は、増殖期に良好な増殖が達成された時に特に有用である。産生期の途中の培地中の微量元素の濃度の調整による未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の支援は、増殖期の間および産生期の最初に、微量元素の濃度が、良好なバイオマス生成を確実にするために調整された時に特に適切である。
【0137】
別の好ましい態様において、本発明は、細胞増殖/バイオマス生成を支援するための、増殖期の最初および任意で産生期の最初における培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の増加を提供し、さらに、糖タンパク質の成熟度を増加させるための、例えば、未成熟非フコシル化糖タンパク質を含む未成熟糖タンパク質の産生より成熟N-グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生を支援するための、産生期の最初または途中における培養培地中の亜鉛およびマンガンの各々の濃度の増加ならびに鉄および銅の濃度の低下を提供する。この態様において、バイオマス生成を支援するため、産生期の最初に鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度が増加させられる時、糖タンパク質の成熟度の増加、例えば、成熟グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生の支援は、産生期の途中における微量元素の濃度のさらなる調整によって行われる。
【0138】
別の好ましい態様において、本発明は、細胞増殖/バイオマス生成を支援するための、増殖期の最初および任意で産生期の最初における培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の増加を提供し、さらに、未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生を支援するための、産生期の最初または途中における培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの各々の濃度の減少を提供する。この態様において、バイオマス生成を支援するため、産生期の最初に鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度が増加させられる時、未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の支援は、産生期の途中における微量元素の濃度のさらなる調整によって行われる。
【0139】
本発明の好ましい態様において、バイオマス生成を支援するための培養培地中のFe
2+またはFe
3+としての鉄の濃度は、15μM〜80μM超、好ましくは、20μM〜60μM超、最も好ましくは、25μM〜50μM超に調整されることが好ましい。
【0140】
本発明の好ましい態様において、発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させるための、例えば、成熟N-グリコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のFe
2+またはFe
3+としての鉄の濃度は、0μM〜25μM、好ましくは、0μM〜20μM、最も好ましくは、0μM〜16μMに調整されることが好ましい。
【0141】
本発明の好ましい態様において、未成熟非フコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のFe
2+またはFe
3+としての鉄の濃度は、0μM〜35μM、好ましくは、0μM〜30μM、最も好ましくは、0μM〜25μM、または15μM〜80μM超、好ましくは、20μM〜60μM超、最も好ましくは、25μM〜50μM超に調整されることが好ましい。
【0142】
本発明の好ましい態様において、バイオマス生成を支援するための培養培地中のCu
2+としての銅の濃度は、0.3μM〜2.5μM超、好ましくは、0.5μM〜1.5μM超、最も好ましくは、0.3μM〜1μM超に調整されることが好ましい。
【0143】
本発明の好ましい態様において、発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させるための、例えば、成熟N-グリコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のCu
2+としての銅の濃度は、0μM〜0.1μM、好ましくは、0μM〜0.08μM、最も好ましくは、0μM〜0.06μMに調整されることが好ましい。
【0144】
本発明の好ましい態様において、未成熟非フコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のCu
2+としての銅の濃度は、0μM〜1μM、好ましくは、0μM〜0.5μM、最も好ましくは、0μM〜0.3μM、または0.3μM〜2.5μM超、好ましくは、0.5μM〜1.5μM超、最も好ましくは、0.3μM〜1μM超に調整されることが好ましい。
【0145】
本発明の好ましい態様において、バイオマス生成を支援するための培養培地中のZn
2+としての亜鉛の濃度は、20μM〜50μM超、好ましくは、25μM〜45μM超、最も好ましくは、28μM〜43μM超に調整されることが好ましい。
【0146】
本発明の好ましい態様において、発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させるための、例えば、成熟N-グリコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のZn
2+としての亜鉛の濃度は、20μM〜50μM超、好ましくは、25μM〜45μM超、最も好ましくは、28μM〜43μM超に調整されることが好ましい。
【0147】
本発明の好ましい態様において、未成熟非フコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のZn
2+としての亜鉛の濃度は、0μM〜20μM、好ましくは、0μM〜15μM、最も好ましくは、0μM〜13μMに調整されることが好ましい。
【0148】
本発明の好ましい態様において、バイオマス生成を支援するための培養培地中のMn
2+としてのマンガンの濃度は、0.01μM〜3μM超、好ましくは、0.05μM〜2μM超、最も好ましくは、0.1μM〜1μM超に調整されることが好ましい。
【0149】
本発明の好ましい態様において、発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させるための、例えば、成熟N-グリコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のMn
2+としてのマンガンの濃度は、0.01μM〜3μM超、好ましくは、0.05μM〜2μM超、最も好ましくは、0.1μM〜1μM超に調整されることが好ましい。
【0150】
本発明の好ましい態様において、未成熟非フコシル化糖タンパク質種の産生を支援するための培養培地中のMn
2+としてのマンガンの濃度は、0μM〜0.01μM、好ましくは、0μM〜0.05μM、最も好ましくは、0μM〜0.07μMに調整されることが好ましい。
【0151】
本発明の適合した結果のための培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの組み合わせの好ましい濃度は、以下の通りである:
A.バイオマス生成を支援するため:
−(a)鉄:15μM〜80μM超、
−(b)銅:0.3μM〜2.5μM超、
−(c)亜鉛:20μM〜50μM超、および
−(d)マンガン:0.01μM〜3μM超。
B.発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させるため、例えば、成熟N-グリコシル化糖タンパク質の産生を支援するため:
(i)
−(a)鉄:0μM〜25μM、
−(b)銅:0μM〜0.1μM、
−(c)亜鉛:20μM〜50μM超、および
−(d)マンガン:0.01μM〜3μM超、または
(ii)
−(a)亜鉛:20μM〜50μM超、および
−(b)マンガン:0.01μM〜3μM超。
C.未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生を支援するため:
(i)
−(a)鉄:0μM〜35μM、
−(b)銅:0μM〜1μM、
−(c)亜鉛:0μM〜20μM、および
−(d)マンガン:0μM〜0.01μM、または
(ii)
−(a)鉄:15μM〜80μM超、
−(b)銅:0.3μM〜2.5μM超、
−(c)亜鉛:0μM〜20μM、および
−(d)マンガン:0μM〜0.01μM。
【0152】
バイオマス生成を支援するため、発現されたN-糖タンパク質の成熟度、例えば、成熟N-グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生を増加させるため、および/または未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生を支援するための培養培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度の特に好ましい組み合わせは、以下の表4に示される。
【0153】
(表4)培養期における微量元素濃度
(n/a=適用不可)
【0154】
本発明の方法によると、組換え糖タンパク質を作製するための発酵条件下での培養における、バイオマス生成を支援するか、促進するか、または増加させるための培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度レベルの増加は、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度レベルが調整されない比較可能な培養物と比べて、少なくとも5%、好ましくは、少なくとも10%、15%、20%、25%、30%、40%、45%、50%、55%、または60%のバイオマスの増加をもたらすであろう。細胞増殖の増加を測定し定量化する方法は、当技術分野において公知である。典型的には、これは、最大生細胞密度および最終細胞時間積分を分析することによって行われ得る。
【0155】
当業者に明白であるように、組換え糖タンパク質の作製において、細胞培養のある段階におけるバイオマスの増加は、細胞培養のその後の段階において産生される糖タンパク質の量の増加をもたらすであろう。
【0156】
本発明の方法によると、発現されたN-糖タンパク質の成熟度を増加させるための、例えば、成熟N-グリコシル化パターンを有する糖タンパク質の産生を支援するか、促進するか、または増加させるための発酵条件下での培養における培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガン、または亜鉛およびマンガンのみの濃度レベルの標的特異的な調整は、鉄および銅ならびに/または亜鉛およびマンガンの濃度レベルが培養中に調整されない比較可能な培養物と比べて、少なくとも5%、好ましくは、少なくとも10%、15%、20%、25%、30%、40%、45%、50%、55%、または60%の成熟N-グリコシル化糖タンパク質の産生の増加をもたらすであろう。
【0157】
本発明の方法によると、G0パターン、G1パターン、またはG2パターンを有する糖タンパク質の産生を支援するか、促進するか、または増加させるための発酵条件下での培養における培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガン、または亜鉛およびマンガンのみの濃度レベルの標的特異的な調整は、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度レベルが培養中に調整されない比較可能な培養物と比べて、少なくとも5%、好ましくは、少なくとも10%、15%、20%、25%、30%、40%、45%、50%、55%、または60%のG0パターン、G1パターン、またはG2パターンを有する糖タンパク質の産生の増加をもたらすであろう。
【0158】
本発明の方法によると、未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生を支援するか、促進するか、または増加させるための発酵条件下での培養における培地中の鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度レベルの標的特異的な調整は、鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの濃度レベルが培養中に調整されない比較可能な培養物と比べて、少なくとも5%、好ましくは、少なくとも10%、15%、20%、25%、30%、40%、45%、50%、55%、または60%の未成熟非フコシル化糖タンパク質の産生の増加をもたらすであろう。
【実施例】
【0160】
材料および化学物質
細胞株
記載された研究のため、本発明者らは、9種の社内で生成された組換えCHO-K1細胞株を使用した:クローン1およびクローン2(いずれも同一のモノクローナル抗体を発現する)、クローン3(もう一つのモノクローナル抗体を発現する)、ならびにクローンA、クローンB、クローンC、クローンD、クローンE、およびクローンF(糖鎖改変型抗体を発現する)。クローン1と比較して、クローン2は、高レベルの高マンノースグリカン種(Man5)を示した。全てのクローンを、専用の既知組成無タンパク質社内培地、ならびに、以後、プラットフォームAおよびプラットフォームBと呼ばれるプロセスプラットフォームを使用して培養した。
【0161】
インプロセスコントロール−細胞増殖および代謝物の分析
細胞増殖および生存能を、トリパンブルー排除法(Strober,Curr.Protoc.Immunol.Appendix 3(2001))および自動CedexHiRes装置(Roche Innovatis,Bielefeld,Germany)を使用することによって分析した。代謝物、乳酸およびアンモニウムの定量化のため、細胞培養液を、細胞を分離するために遠心分離し、Cobas Integra 400 plus系(Roche,Mannheim,Germany)を使用して分析した。生成物力価を、Cobas Integra 400 plus系(Roche,Mannheim,Germany)またはZeckら(PLoS.One 7.7(2012)e40328)によって記載されたようなPorosA HPLC法のいずれかによって定量化した。
【0162】
インプロセスコントロール−微量元素
微量元素濃度を、無細胞培養上清およびICP-MS系(Agilent,Boblingen,Germany)のための社内の方法を使用して分析した。
【0163】
DoE実験
DoE(実験計画法)による統計的実験計画は、特に、多くの要因が相互依存的に最終結果に影響を及ぼす生物学的反応および化学反応の最適化のための強力な周知の技術である。例えば、DoEは、細胞培養培地(Zhang et al.,Cytotechnology 65.3(2013)363-78)、発酵プロセス(Fu et al.,Biotechnology Progress 28.4(2012)1095-105)、タンパク質精製プロセス(Pezzini et al.,J.Chromatogr.A 1218.45(2011)8197-208)、および細胞培養条件(Chen et al.,Tissue Eng.Part C.Methods 17.12(2011)1211-21)の最適化のために成功裡に使用されている。
【0164】
所望の結果に基づき、異なるDoEアプローチを本発明のプロセスに適用することができる(
図3)。莫大な数の影響要因を含む系のためにしばしば使用される一部実施要因計画(Fractional factorial design)は、プロセスにおける有意な主要モジュレーターの同定を可能にする。他方、完全実施(Full factorial)、ボックスベーンケン(Box Behnken)、または中心複合(Central composite)のような実験計画は、重要モジュレーターを同定するのみならず、個別の最適濃度の定量化またはその設定も可能にする。そのため、いわゆる予測プロファイラ(Prediction profiler)ツールは、重要モジュレーターの濃度または設定が、最低状態(-1)および最大状態(1)においてインシリコで変動する時、実験結果を対話式に仮定する。最適濃度を計算するためには、予測される最適レベル(-1〜+1の値)が、使用されたセットアップ濃度との掛け算によって決定されなければならない。
【0165】
この研究における全てのDoEアプローチが、統計ソフトウェアツールJMP(SAS Institute GmbH,Boblingen,Germany)を使用して計画され分析された。実験は、作製プロセス様条件をシミュレートするため、流加培養として設計された。全てのDoE流加実験が、振とう培養系またはロボット培養系および専用培養培地ならびにフィードプラットフォームAおよびBを使用して実施された。使用された培養培地は、既知組成無血清無タンパク質培地である。
【0166】
糖種分析
mAbグリコシル化の分析のため、採集された細胞培養液を、細胞分離のために遠心分離し、0.2μM膜ろ過によってろ過した。Reuschら(Anal.Biochem.432.2(2013)82−89)によって記載されたように、そして社内キャピラリー電気泳動プロトコルによって、mAbグリコシル化種を分析した。
【0167】
実施例1
マンガンおよび銅によるガラクトシル化の逆の制御
細胞培養パフォーマンスに対するこれらの微量元素の一般的な関連性を試験するため、本発明者らは、2種の異なるモノクローナル抗体をそれぞれ発現している、社内で生成された2種の組換えCHO-K1細胞株、クローン1およびクローン3を使用した。一部実施要因DoE計画(表5)を使用して、(特定のストック溶液の基本培地への添加によって実現された)異なる微量元素の統計的有意性を分析することができる。完全にコントロールされたロボット培養系を使用して、一部実施要因DoEアプローチを、各クローンに、反復して(クローン1については4回、クローン3については3回)適用した。
【0168】
(表5)細胞培養パフォーマンスに対する微量元素の一部実施要因DoEスクリーニング。17種の異なる流加実験を使用して、本発明者らは、異なる対称バランスレベルのアルミニウム、モリブデン、バリウム、クロム、臭素、ヨウ素、銅、マンガン、ルビジウム、銀、亜鉛、スズ、およびジルコニウムのストック溶液を基本培地へ適用した(-1:低レベル、0:中レベル、+1:高レベル)。実験計画を、クローン1(n=4)およびクローン3(n=3)の両方について適用した。実験計画はJMP DoEツールを使用して生成された。
【0169】
次に、DoE流加実験の最初のアルミニウム、モリブデン、バリウム、クロム、臭素、ヨウ素、銅、マンガン、ルビジウム、銀、亜鉛、スズ、およびジルコニウムの理論上の有効濃度(C
TE有効)を、各条件について要約した(表6)。実験の最初のこれらの微量元素についての理論上のC
TE有効は、方程式1に従って計算された:
(方程式1)
【0170】
(表6)一部実施要因DoE流加実験(実施例1)の最初の理論上の有効微量元素濃度C
TE有効
【0171】
ガラクトシル化に対するアルミニウム、モリブデン、バリウム、クロム、臭素、ヨウ素、銅、マンガン、ルビジウム、銀、亜鉛、スズ、およびジルコニウムの推定上の影響を、クローンおよび時間と無関係の一般的な効果を同定するため、両方のクローン(両方とも異なるmAbを発現するクローン1およびクローン3)ならびに7日目、12日目、および13日目からの試料を組み合わせて、相対的なG1グリカンおよびG2グリカンのレベルによって分析した。
【0172】
JMP DoE分析ツールを使用して、mAbガラクトシル化に対する微量元素の影響を示す良好な線形モデルが見出された。ここで、マンガンについては、G1レベルおよびG2レベルに対する強力な正の効果が観察された(
図4A〜4D)。さらに、亜鉛は、G1およびG2の相対量に対して正の効果を及ぼす。他方、銅は、G1グリカン形成に対して統計的に有意な負の影響を及ぼし(
図4A〜4B)、このことは、(Kaminsla J et al.,Glycoconj J.15.8(1998)783-8によって詳述されたような)インビトロで観察された阻害効果が、細胞培養実験によってインビボで確認され得ることを示している。
【0173】
興味深いことに、マンガンと組み合わせた亜鉛の添加は、ガラクトシル化グリカン形成に対する相乗効果を明らかにし、その効果はプロセス時間依存性であるようであった。効果の定量化のため、本発明者らは、エフェクター、亜鉛およびマンガンのみを高濃度および低濃度で用いて、G1およびG2の形成をモデル化した(
図16)。G1種およびG2種の最も高い量は、高い亜鉛レベルと組み合わせられた高いマンガンについて予測される。
【0174】
スクリーニング実験(
図4B、D)のスケーリングされた推定値を使用して、ガラクトシル化のための最適濃度は、以下のように要約され得る。
・マンガン:>0.0963μM、線形モデルが最も高い濃度において最良の結果を示すため→最適濃度には未到達)。
・銅:<0.3142μM、線形モデルが最も低い濃度において最良の結果を示すため→最適濃度には未到達)。
【0175】
本発明者らは、クローン3をモデル細胞株として使用することによって、ガラクトシル化に対する前記の重要元素の効果のタイミングを、さらに分析した。予測プロファイラツールを使用して7日目から13日目へ切り替えることによって、産生期初期および産生期後期におけるマンガンの影響を定量化した。G1およびG2の両方について、マンガンの効果は、プロセス後期(13日目)において降下した。予測プロファイラ曲線の傾きの減少は、マンガンの生体利用可能性がプロセス初期(7日目)ほど良好でないことを示す(
図5)。
【0176】
実施例2
細胞増殖およびグリコシル化に対する銅および鉄の逆の効果
細胞増殖およびグリコシル化モジュレーションを担う単一微量元素の効果および組み合わせ効果を同定するため、本発明者らは、組換えクローン2を使用して、完全実施要因DoE実験によって、高生理活性微量元素として公知の亜鉛、銅、鉄、およびマンガンの細胞増殖およびmAbグリコシル化に対する影響を分析した(表7)。クローン2は、高マンノースグリカン構造の内在性の上昇した形成レベルのため、レポーター細胞株として使用された。
【0177】
(表7)細胞増殖、ガラクトシル化糖タンパク質種、および非フコシル化糖タンパク質種に対する亜鉛、鉄、銅、およびマンガンの完全実施要因DoEスクリーニング。クローン2による19種の異なる流加振とう実験を使用して、本発明者らは、異なる対称バランスレベルの亜鉛、鉄、銅、およびマンガン(-1:低レベル、0:中間レベル、+1:高レベル)を基本培地へ適用した。3つの中心点(「0000」−シェーカー5、8、および11)を固有の実験分散の同定のために使用した。実験計画はJMP DoEツールを使用して生成された。
【0178】
この実施例において、DoE流加実験の最初の亜鉛、鉄、銅、およびマンガンの理論上の有効濃度C
TE有効を、各条件について要約した(表8)。実験の最初の亜鉛、鉄、銅、およびマンガンの理論上の有効濃度C
TE有効は、前記のように計算された。
【0179】
(表8)DoE流加実験(実施例2)の最初の亜鉛、鉄、銅、およびマンガンの理論上の有効濃度C
TE有効
【0180】
最大生細胞密度(
図6A〜C)および最終細胞時間積分(
図6D〜F)によって分析された細胞増殖に対する最も高い効果は、鉄の添加によって示された。一般に、実験において使用された高濃度の亜鉛、マンガン、および銅は、より高い細胞増殖およびバイオマス生成をもたらす傾向がある(
図6C、F)。他方、亜鉛、銅、鉄、およびマンガンの標的特異的な組み合わせは、ガラクトシル化種または非フコシル化種の量をモジュレートした。高濃度のマンガンは、G1についてここに示されたように(
図6G〜I)、ガラクトシル化を改善し、亜鉛および銅の組み合わせ効果ならびにマンガンの欠如は、より高い量の未成熟グリコシル化mAb種をもたらす(
図6J〜L)。
【0181】
銅および亜鉛は、未成熟グリカン形成に対する強い交互作用を示す。従って、本発明者らは、JMP予測プロファイラツールを使用して、非フコシル化グリカン種(高いマンノース含量を有する糖タンパク質)に対するこの交互作用をさらに詳細に分析した。一般に、中レベル(実験におけるレベル0)で、亜鉛(レベル0は28.295μMを意味する)は、高マンノースグリカンの量との負の相関を示し、銅(レベル0は0.330μMを意味する)は、正の相関を示した(
図7A)。これは、-0.2(25.416μMを意味する)の負の亜鉛レベルおよび0.6(0.349μMを意味する)の正の銅レベルが、もはや、マンノシル化グリカン種の合計に対して影響を示さないという事実によって確認される(
図7B)。以下に、高マンノースグリカン種に対する有意なモジュレーター、亜鉛、銅、およびマンガンの異なるシナリオをシミュレートした:
・中レベルおよび高レベル(-0.2〜1は、25.416μM〜43.301μMを意味する)の亜鉛は、銅の正の効果を誘導する(
図7C、F、G、H、I)。
・低レベル(-1〜-0.2は、13.900μM〜25.416μMを意味する)の亜鉛は、銅の負の効果を誘導する(
図7D、E)。
・中レベル(-0.2は、25.416μMを意味する)の亜鉛は、銅の効果を消失させる(
図7B、J)。
・マンガンの負の効果は、亜鉛および銅のレベルと無関係である。
【0182】
本発明者らは、細胞増殖およびmAbグリカン形成の組み合わせ最適化のための、亜鉛、銅、鉄、およびマンガンの最適濃度を決定するため、JMPの予測プロファイラツールを使用した。ここで、全ての微量元素パラメータを考慮する一つの妥当なモデルを使用した(鉄の二次効果)。
【0183】
予測プロファイラによると、最も高い濃度の亜鉛、銅、およびマンガン、ならびに>0.42のレベル(即ち、>36.704μM)の鉄は、細胞増殖を改善するであろう(
図8A、C)。高濃度の亜鉛、鉄、およびマンガン、ならびに低濃度の銅の使用は、ガラクトシル化mAb種の量を増加させるであろう(
図8D)。他方、低濃度、レベル-1のマンガン(即ち、0.071μM)、銅(即ち、0.312μM)、および亜鉛(即ち、13.900μM)、ならびに-0.3のレベル(即ち、11.288μM)の鉄は、平行して、非フコシル化mAb種の量を増加させる(
図8F)。
【0184】
VCDおよびCTIについての最低値は、亜鉛および銅の高いレベル、ならびに鉄およびマンガンの低いレベルを選んだ時に実現される(
図8B)。低いガラクトシル化グリカン種は、4種の元素全ての低い濃度を選ぶことによって生成される(
図8D)。最低レベルのマンノシル化グリカンは、高い亜鉛およびマンガンのレベル、ならびに低い鉄および銅のレベルについて生成される(
図8G)。
【0185】
再び、本発明者らは、データのJMPモデル化によって、ガラクトシル化グリカン形成を増加させるため、マンガンと組み合わせた亜鉛のみの添加についてのオプションを試験した。既に示されたように、亜鉛およびマンガンは、ガラクトシル化グリカン形成に対して相乗効果を及ぼす。効果の定量化のため、本発明者らは、エフェクター、亜鉛およびマンガンを高濃度および低濃度で用いてG1形成をモデル化した(
図15)。高レベルのマンガンと共に高レベルの亜鉛を添加することによって、G1種が17%増加し得る(
図15A、D)。
【0186】
グリカン種の成熟度をモジュレートするための最適微量元素レベルは、G1予測と高マンノース予測との組み合わせである(
図8D〜G)。
・成熟グリカンのため:高G1および低Man5のための最適レベル
・未成熟グリカンのため:高Man5および低G1のための最適レベル。
【0187】
実施例3
銅、鉄、亜鉛、およびマンガンのモジュレーションによるガラクトシル化グリカン種および非フコシル化グリカン種の標的特異的な作製:バイオリアクター実験1
専用培地およびボーラスフィードプロセスプラットフォームBを使用して、調節された2L Quad発酵系(Sartorius,Gottingen,Germany)において、CHO-K1クローン2を14日間増殖させた。3日目、6日目、および9日目に、濃縮栄養素フィードを、培養開始体積の10%で添加した。標的特異的な微量元素モジュレーションを、6日目に、mAbグリコシル化を支援する特別培地の添加によって実施した。
【0188】
以前の実験において同定された亜鉛、銅、鉄、およびマンガンの比および標的特異的な濃度は、表9に要約される。亜鉛、銅、鉄、およびマンガンのこれらの濃度および比を、内在性の高レベルのMan5グリカン種を有するクローン2を使用して、バイオリアクター流加確証実験において試験した。本発明者らは、それぞれ表9Aおよび表9Bに記載されるような「バイオマス」期および「グリコシル化」期のための2種の異なる培養培地を使用することによって、第1流加期(d0〜d5)に細胞増殖を支持し、第2流加期(d6〜d14)にmAbグリコシル化成熟を可能にするため、培養物分割戦略および標的特異的な添加を使用して、微量元素比をモジュレートした。
【0189】
(表9A)d0〜d5の増殖期のためにバイオリアクター実験において使用された「バイオマス」培地
【0190】
(表9B)d6〜d14のグリコシル化期のためにバイオリアクター実験において使用された「グリコシル化」培地
【0191】
プロセス全体で一定濃度の亜鉛、銅、鉄、およびマンガンを用いる「非フコシル化」と呼ばれる未成熟グリカン形成を支援するためのセットアップと比較して、本発明者らは、以後「増殖」および「ガラクトシル化」と呼ばれる、2つのレベルの間で銅濃度を変動させることによって、指図された細胞増殖およびmAbグリコシル化成熟のための予測された微量元素濃度を試験した(
図9A)。銅が最大生細胞密度よりグリコシル化に対して強力な効果を及ぼすようであるため(
図8)、本発明者らはそれを行うことに決めた。
【0192】
以下の表(表10)は、バイオリアクター実験1のために使用された理論上の標的濃度を示す。
【0193】
(表10)細胞増殖、mAbガラクトシル化、および非フコシル化をモジュレートする理論上の標的微量元素濃度。バイオリアクター実験1において使用された銅、マンガン、鉄、および亜鉛の濃度。
図9Aのセットアップを参照すること。
(n/a、適用不可)
【0194】
このセットアップを使用して、本発明者らは、6日目まで、「増殖」のための最も高い生細胞密度およびCTIを示す微量元素バランスによって細胞増殖能力をモジュレートすることができ、それに「非フコシル化」および「ガラクトシル化」プロセスが続くことを立証した(
図9B、C)。その後の6日目以降のグリコシル化を支援し、細胞増殖を低下させる条件への切り替えが、生細胞密度および細胞時間積分について「ガラクトシル化」プロセスについて明白に示された。興味深いことに、微量元素比のモジュレーションは、プロセス後期に細胞生存能に対する強力な効果を示す(
図9D)。銅の低下は、「増殖」プロセスと比較して、(「ガラクトシル化」プロセスについて)ほぼ30%の生存能へ最終生細胞密度を増加させる傾向がある。銅濃度の低下による細胞生存能の増加の効果は、LDH放出分析によっても確認され得る(
図10C)。
【0195】
他方、銅は、プロセス後期に乳酸再代謝(remetabolization)に正の影響を及ぼすことが示されている(Luo et al.,Biotechnol.Bioeng.109.1(2012)146−56)。前記の確証実験において、本発明者らは、「ガラクトシル化」が、14日目までにほぼ全ての乳酸が消費される「非フコシル化」および「増殖」と比較して、増加したが、重大ではない(→高い細胞生存能)乳酸濃度をプロセス後期に示したため、銅の乳酸再代謝との関連性を確認した(
図10B)。高レベルの乳酸はアンモニウムの解毒を支援し得ることが公知であるため(Li et al.,Biotechnol.Bioeng.109.5(2012)1173−86)、本発明者らは、「ガラクトシル化」プロセスについて乳酸蓄積とアンモニウム再同化との逆相関を確認することができた(
図10A)。
【0196】
mAbグリコシル化動力学に対する微量元素モジュレーションの効果を研究するため、本発明者らは、バイオリアクターランのインプロセス試料を、非フコシル化種およびガラクトシル化種について分析した。高マンノース種Man5(
図11A)および累積非フコシル化種(
図11D)は、銅濃度依存的に、予測された微量元素モジュレーションによって低下させることができる(Man5については30%も)(銅濃度:「非フコシル化」>「増殖」>「ガラクトシル化」)。プロセスが増殖条件からグリコシル化条件へ切り替えられた後、微量元素のモジュレーションは、高マンノース種からG0への(30%もの)シフト、そしてその後のG1種への(13日目に30%もの)シフトをもたらす(
図11A〜C)。14日目の「ガラクトシル化」セットアップにおけるG1種の低下は、プロセス後期における生体利用可能なMn
2+およびZn
2+の制限によって引き起こされ得る。
【0197】
実施例4
鉄、銅、亜鉛、およびマンガンによる細胞増殖およびmAbグリコシル化の標的特異的なモジュレーション:バイオリアクター実験2
CHO-K1クローン2を、培養物増大のため振とうフラスコにおいて増殖させ、細胞増殖およびタンパク質グリコシル化についての鉄、銅、亜鉛、およびマンガンの影響を評価するため、産生流加培養のため、調節された2L Quad発酵系(Sartorius,Gottingen,Germany)において14日間増殖させた。専用培地およびプロセスプラットフォームBを使用した。濃縮栄養素フィードを、1日当たり初期培養開始体積の2.73%(v/v)で連続的に添加した。標的特異的な微量元素モジュレーションを、培養培地中および連続フィード中の特定の金属濃度(表11〜13)を使用して、接種トレイン(n-2期およびn-1期)において培養物を分割し、産生規模(n期)に移すことによって実施した。鉄、亜鉛、銅、およびマンガンのそれぞれの濃度は、具体的な細胞および培養系の消費速度(
図13および14)に基づき、分割および培養における体積バランス(例えば、グルコースストック、消泡剤、塩基のような補正剤の添加)を考慮して計算された。鉄、亜鉛、銅、およびマンガンの実際の濃度は、ICP-MS(Agilent,Boblingen,Germany)によって測定され得る。
【0198】
細胞培養物増大における細胞増殖、流加中の初期バイオマス生成、および流加中の産生期(6〜14日目)におけるタンパク質ガラクトシル化を支持するため、または細胞培養物増大における細胞増殖、流加中の初期バイオマス生成、および流加中の産生期(6〜14日目)におけるタンパク質非フコシル化を支持するため、または細胞培養物増大における細胞増殖、流加中の初期バイオマス生成に干渉し、流加中の産生期(6〜14日目)におけるタンパク質非フコシル化を支持するため、テストケースを計画した(
図12A)。
【0199】
(表11)細胞増殖およびmAbグリコシル化のモジュレーションのための各培養期の最初の理論上の標的微量元素濃度−「増殖/増殖」(GG)。バイオリアクター確証実験2において使用された銅、マンガン、鉄、および亜鉛の濃度。
図12A中のセットアップを参照すること。
(na、適用不可)
【0200】
(表12)細胞増殖およびmAbグリコシル化のモジュレーションのための各培養期の最初の理論上の標的微量元素濃度−「増殖/非フコシル化」(GA)。バイオリアクター確証実験2において使用された銅、マンガン、鉄、および亜鉛の濃度。
図12A中のセットアップを参照すること。
(na、適用不可)
【0201】
(表13)細胞増殖およびmAbグリコシル化のモジュレーションのための各培養期の最初の理論上の標的微量元素濃度−「非フコシル化/非フコシル化」(AA)。バイオリアクター確証実験2において使用された銅、マンガン、鉄、および亜鉛の濃度。
図12A中のセットアップを参照すること。
(na、適用不可)
【0202】
意図された通り、テストケース「AA」は、n期における生細胞密度および細胞時間積分によって示されるように、接種トレインおよび産生期における細胞増殖に明白に干渉する(
図12C〜D)。他方、細胞培養物増大および流加中の細胞増殖期において、テストケース「GG」および「GA」に、バイオマス生成の違いは観察されなかった。mAb成熟に対する効果を、グリカン量測定によって分析した。成熟mAbグリコシル化種および未成熟mAbグリコシル化種について、G1およびG2、またはMan6、Man5、およびG0-GlcNAcをプールした。意図された通り、テストケース「GG」は、成熟グリカン種の形成を支援し(「AA」および「GA」と比較して1.4〜7倍の増加)(
図12E)、テストケース「GA」および「AA」は、未成熟グリカン形成を支持する(「GG」と比較して2〜3倍の増加)(
図12F)。
【0203】
要約すると、記載された手法は、バイオテクノロジー作製プロセスを使用して、標的特異的な微量元素バランスによって、糖タンパク質、特に、mAbグリコシル化成熟のモジュレーションを可能にする。亜鉛、銅、鉄、およびマンガンの濃度および比についてのモジュレーション戦略を使用した「バイオマス」条件から「グリコシル化」条件への切り替えによって、本法は、経済的な高力価プロセスのための必要条件を満たす。