(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、入力する地震エネルギーのほぼ全てを、積層ゴム支承の配置された免震層で吸収する構造物ができれば、応答変位yそのものを小さくすることが可能となる。当然、加速度yも小さくなるので、応答低減効果も期待できる。まず、耐震構造の変形xに比べれば、硬質免震構造の応答変位yは減衰効果により小さくなる。さらに、その変形量yのほとんどが積層ゴムの変形zであり、建物の水平変形量y-zは極めて小さいので、構造物の耐震性能は飛躍的に向上するのである。このように、積層ゴム支承の設置目的は建物の長周期化ではなく、振動エネルギーの遮断であると考えれば、固有周期を極端に長くする必要はない。
従来の免震構造では、この点に気づかなかったため、必要以上に長周期(低振動数)の構造物を設計しており、長周期地震動に対する共振現象が避けられなかった。本発明は、元の構造物に比較して免震構造の固有振動数をどの範囲に設定すれば、地震エネルギーを遮断できるかを明らかとした点に特徴がある。
【0005】
本発明は、かかる課題を解決する発明を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は上記課題を解決するために、構造物を積層ゴム支承で支持した免震構造において、前記構造物の1次固有角振動数ω
1と、前記免震構造の1次固有角振動数ω
eqとの比率が、0.65<ω
eq/ω
1<0.75を満足するように、積層ゴム支承の水平剛性と減衰係数とを設定した。
【発明の効果】
【0007】
免震構造は積層ゴム支承によって建物構造を支持することにより、地盤の振動が建物に伝達しないようにした構造物である。そのため、積層ゴムの水平剛性はできるだけ小さいほうが建物への地盤振動の伝達が少ないと考えられていた。そのため、免震構造の固有周期は3秒以上の長周期となり、積層ゴム支承の直径は1m以上の場合も珍しくないほど大型となった。建築計画上も設計することが困難で、かつ、価格も高額となる傾向にある。
本発明者は、免震構造の積層ゴム支承には最適な水平剛性が存在し、かつ、減衰係数にも最適な値が存在することを理論的に明らかとし、その値を求めた。本発明は、上記の理論的な発見を応用した免震構造で、その固有周期の最適値は短周期領域にある。この事実は、従来、全く知られていなかった。本発明を硬質免震構造と呼ぶ。従来の免震構造との違いは、固有周期が短く、積層ゴム支承の形状が小型である点である。固有角振動数の最適値は、建物構造物の固有角振動数に比べて、7割程度の範囲に設定すると、地震発生の際の応答変形が最も小さくなり、建物の被害を少なくすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
積層ゴム支承で支持された構造物が、直接、地盤に設置されていると想定した時の構造物そのものが持つ角振動数をω
1と定義する。(
図1(1)、
図2参照) 積層ゴムで支持された硬質免震構造の角振動数をω
eqと定義する。(
図1(2)、
図3参照) このとき、減衰材料あるいは減衰装置が設置されていることを前提として、減衰装置の減衰係数が理論的にゼロに近い場合の角振動数をω
0と定義する。また、減衰装置の減衰係数が∞に近い場合の角振動数は、建物が地盤に直接設置されていると想定した時の角振動数ω
1に等しい。これらの定義に従うと、免震構造の固有角振動数はω
1とω
0の間に存在する。
【表1】
請求項の技術的説明を詳細に行う前に、先に結論を述べる。最適な積層ゴムの水平剛性と最適な減衰装置を選定すると、硬質免震構造の固有角振動数は次の値となる。
ω
eq ≒ 0.7ω
1
この値は、地震動のスペクトルがホワイトノイズを仮定して求めたものである。従来は、長周期の地震動成分は少ないと思われていたが、地震の規模や地盤の特性を考えると、いかなるスペクトルを有する地震が発生しても不思議ではない。そこで、全ての振動数成分を含む地震動に対して、最適な積層ゴムの水平剛性や減衰係数を求めるために、地震動のスペクトルを振動数領域で一定(ホワイトノイズ)と仮定した。
実際の地震動のスペクトルは、個々の地震動によって変動する。また、積層ゴムの剛性や減衰係数の最適値からのずれや誤差も存在する。そこで、請求項に示した硬質免震構造の固有角振動数の範囲は、ある程度の幅を持たせて設定した。この範囲であれば、目的とする応答低減効果は、殆ど変動しないことを理論的に証明することができる。
0.65ω
1<ω
eq <0.75ω
1
この場合の、積層ゴムの水平剛性の最適値と減衰装置の最適減衰係数は、次式となる。数学的な証明と技術的な説明は、次節以降に示す。
【表2】
上記の積層ゴム支承の水平剛性の最適値と減衰装置の減衰係数の最適値は、
図2及び
図3の定義に従う。 通常の建築振動モデル(1質点系)を
図2に示す。 また、硬質免震構造を1質点系に置換したモデルを
図3に示す。
【0010】
数学的証明
図3に示す硬質免震構造の運動方程式は、(1)式、(2)式で与えられる。ここで、zは積層ゴム支承の変形を表し、yは積層ゴムの変形を含む建物全体の変形を表す。建物の変形はy−zで表される。また、地震動の加速度をX
Gダブルドットとする。
【数1】
ここで、(3)式の置換を行う。
このとき、積層ゴムの水平剛性k
dと建物の水平剛性k(建物の固有角振動数をω
1とする)の比率βと、減衰装置の減衰係数C
dに対応した減衰率ηは、(4)式で定義される。
式(3)と(4)を運動方程式(1),(2)に代入すると、式(5)、(6)を得る。
ラプラス変換を行うと、(7)式を得る。
【数2】
左辺から逆行列を掛けると(8)式を得る。
従って、全体応答変位yの伝達関数は(9)、(10)式で与えられる。
また、免震用積層ゴムの応答変位zの伝達関数は(11)式で与えられる。
一方、建物応答変位y−zをxとすれば、その伝達関数は(12)式で与えられる。
硬質免震構造では、まず、全体応答変位y=x+zを最小にするパラメータβを特定する。次に積層ゴムの応答変位zに比較して建物応答変形xを最小とするパラメータηを特定する。このパラメータが最適値であり、次のようにして求めることができる。
前提条件として、地震動のスペクトルが一定値S
0のホワイトノイズと仮定する。このとき、定常不規則外乱としての全体応答変形Y(s)は(13)式で与えられる。
【数3】
(10)式を(13)式に代入し、留数積分を行うと(14)式を得る。
Y(s)のパワースペクトルは、剛性の比率βと減衰率ηの2変数関数G
Y(η,β)に比例し、かつ最小値が存在する。(14)式の関数G
Y(η,β)を、(15)式で定義する。
関数G
Y(η,β)を最小とするβは、(16)式より求まる。
(16)式を満足するβは、関数G
Y(η,β)の最小値を与える。(16)式を解くとβは(17)式となる。この結果から、免震構造の全体変位応答を最も小さくする剛性の比率β
optの存在が明らかとなった。この値が、最適な免震構造の固有角振動数(あるいは、固有周期)を与えることとなる。
全体の応答変位yを最小値に抑えたまま、積層ゴムの応答変位zと建物応答変位xの比率を変えて、xを小さくすれば建物の地震被害を削減することができる。そのためには、建物応答変位を最小とする減衰率ηを求めればよい。地震動のスペクトルが一定値S
0のホワイトノイズと仮定すれば、定常不規則外乱としての建物応答変形x(s)は(18)式で与えられる。
【数4】
(12)式を(18)式に代入し、留数積分を行うと(19)式を得る。
X(s)のパワースペクトルは、剛性の比率βと減衰率ηの2変数関数G
X(η,β)に比例する。(19)式の関数G
X(η,β)は、(20)式で定義される。
関数G
X(η,β)を最小とするηは、(21)式より求まる。
よって、最適η
optは(22)式で与えられる。
(22)式に(17)式を代入するとη
opt値は(23)式の値となる。
また、これらの値が与えられたときの関数G
Y(η,β)は(24)式で与えられる。
このように、Y(s)のパワースペクトルを最小とする最適な積層ゴムの水平剛性とX(s)のパワースペクトルを最小とする最適な減衰係数が存在する。従来、免震構造では積層ゴム支承の剛性を低くすればするほど長周期化できるので優れた性能があると信じられてきた。しかし、応答変位を下げるという目的からは、積層ゴムを極端に低剛性とすると、応答変位が増大し逆効果となることが判明したのである。しかし、最適な積層ゴム支承の性能が理論的に判明しても、実際にその値に調整することは難しく、また、地震動のスペクトルは必ずしもホワイトノイズと等しくはない。そこで、現実的に設定できる積層ゴム支承の剛性の範囲を最適値の±20%が現実的な範囲と考えると、βは次式の範囲に設定できる。これを硬質免震構造の定義とする。
【0011】
一方、βが(25)式の範囲で変化するとき最適減衰率η
optの取りうる範囲は(22)式より算定することができ、(26)式の範囲にある。
【数5】
そこで、ηの範囲は最適値を含む次の範囲として(27)式で定義した。
事実、硬質免震構造の(15)式で定義された全体応答変位のパワースペクトルを代表する関数G
Y(η,β)の値は、次の範囲に存在する。ηとβとが(25)式と(27)式の範囲を変動するとき、関数G
Y(η,β)の変動は(28)式の範囲になる。
これらの値は硬質免震構造の性能を示しており、硬質免震構造の剛性と減衰装置の減衰率の定義域を与えるものであるが、発明の定義としては不明確である。そこで、硬質免震構造の定義を明確にするため、硬質免震構造の固有角振動数を算定し、請求項に記載した。
以下の計算は、βとηが(25)式と(27)式との範囲で変動するとき、硬質免震構造の固有角振動数ω
eqの変動範囲を算定したものでる。固有角振動数ω
eqと等価な減衰率h
eqは、固有方程式から推定できる。(10)式の分母が固有方程式であるから、固有方程式は(29)式となる。最適なパラメータを設定した場合、最適値(17)式と(23)式とを(29)式に代入すると(30)式を得る。
【数6】
(29)式と(30)式を比較すると、最適値を設定した時の固有角振動数ω
eqと等価な減衰率h
eqは、それぞれ(31)式で与えられる。
もしも、積層ゴム支承の剛性と減衰装置の減衰係数が双方とも最適値よりも小さい場合は、硬質免震構造の角振動数は(31)式よりも低振動数となる。例えば、両者が(32)式の場合は、これらの値を(29)式に代入すると、固有方程式は(33)式となる。
再び、(33)式と(29)式を比較すると、硬質免震構造の固有角振動数が最も低くなった時の固有角振動数ω
eqと等価な減衰率h
eqは、それぞれ(34)式で与えられる。
硬質免震構造の固有角振動数が最も高くなる場合として、次の条件を設定すれば、同様の計算を行うことにより、次の結果を得る。
(36)式と(29)式を比較すると、最適値を設定した時の固有角振動数ω
eqと等価な減衰率h
eqは、それぞれ(37)式で与えられる。
以上の結果を図示したものが
図4及び
図5である。硬質免震構造は固有角振動数が次の範囲を満足することがわかる。そこで、硬質免震構造の定義として固有角振動数が(38)式を満足する範囲と定義する。