【実施例1】
【0024】
以下、図面を参照して、実施例1について詳細に説明する。
【0025】
まず、
図7を参照して、X線光電子分光装置の概略構成について説明する。
励起光源(図示せず)で発生したX線を分光器で単色化し、励起光1として試料2に照射する。励起光1より結合エネルギーを超えた運動エネルギーを得た電子は、光電子3として試料2の表面から真空中に飛び出し、光電子スペクトル検出器4に捕集される。捕集された光電子3は光電子スペクトル検出器4および制御装置5によりエネルギー分別され、光電子スペクトルを出力装置6に表示する。
【0026】
このとき、光電子3の捕集効率を最適化するため、試料駆動装置7を用いて、試料2の表面と励起光1、光電子スペクトル検出器4の焦点位置を一致させる。光電子3の平均自由行程を長くするため、測定室8は高真空排気装置9により高真空に維持されている。
【0027】
実施例1の光電子分光装置用試料ホルダは、試料駆動装置7の延長部分と、試料2を保持する試料ホルダ部10を有する。
【0028】
図1(A)を参照して、実施例1の光電子分光装置用試料ホルダの構成について説明する。
試料2は、試料ホルダ部10と試料押え部11に挟まれる形で固定されている。具体的には、試料2は、試料押え部11の上に金属メッシュ12を乗せ、金属メッシュ12を固定するためのメッシュ押え部13を介してネジ14で試料ホルダ10に固定されている。励起光1の照射を受けた試料2の表面は光電子15を放出してチャージアップ16する。試料ホルダ部10としては、例えば、銅製の試料ホルダ10を使用するのが好ましい。
【0029】
図示してないが、試料2の表面で発生した光電子15の一部は、金属メッシュ12に当たる。また、励起光1の照射を受けた金属メッシュ12も光電子を放出する。金属メッシュ12から放出された光電子は、真空中に飛び出す光電子17と、試料2の表面に向かう光電子18の2種類に分けられる。試料2の表面で発生した光電子15と金属メッシュ12から発生した光電子17は、
図7に示すように、光電子3となって光電子スペクトル検出器4に捕集される。
【0030】
光電子18は、発生時の飛翔方向が試料方向である光電子と、チャージアップ16のクーロン力に引き寄せられる低エネルギーの光電子が含まれている。光電子18が、試料2の表面のチャージアップ16のプラス電荷を補償し、チャージアップ16を抑制あるいは除去する。
ここで、
図1(B)に示すように、金属メッシュ12は、金属部に複数の開口部が形成されて構成される。
図1(B)に示すように、金属メッシュ12は、金属部に当たって発生した光電子の一部を用いて試料2の表面に発生したチャージアップ16を除去する。
【0031】
また、
図1(B)に示すように、金属メッシュ12は、開口部を通過して試料2に照射された励起光1が試料2から光電子15を発生させる共に、試料2の表面にプラス電荷が蓄積されてチャージアップ16が発生するように配置されている。
【0032】
図1(B)に示すように、金属メッシュ12は金属薄板等で構成され、金属メッシュ12の開口部は、円形又は矩形の穴で構成されている。ここで、金属メッシュ12の金属部のことをバーと呼び、金属メッシュ12に形成された開口部のことをホールと呼ぶ。例えば、金属メッシュ12が100メッシュ(200ミクロンホール、50ミクロンバー)の場合には、ホールの直径(円形の場合)又は矩形の短辺(矩形の場合)が200ミクロンであり、ホール間のバーの長さが50ミクロンであることを意味する。
【0033】
次に、
図2(a)〜(c)を参照して、実施例1の光電子分光装置用試料ホルダの具体的な構成について説明する。ここで、
図2(a)〜(c)の右部分は試料押え部11とメッシュ押え部13の破線部分での断面図である。
【0034】
試料ホルダ部10は、ホルダネジ19を介して試料駆動装置7(
図7参照)と繋がっており、電気的にもアースされている。
図2(c)に示すように、試料ホルダ部10の上に試料2を置く。次に、
図2(b)に示すように、試料押え部11を試料2上に配置する。試料押え部11は、例えば、Ta製の試料押え部11を使用するのが好ましい。
【0035】
図2(b)に示すように、試料押え部11には、金属メッシュ12を置くための座栗200と、励起光1及び光電子15が通過するための穴210が空いている。金属メッシュ12として、例えば、Cu製50メッシュ(450ミクロンホール、50ミクロンバー)、Mo製100メッシュ(200ミクロンホール、50ミクロンバー)、Au製400メッシュ(30ミクロンバー、33ミクロンホール)、Cu製1000メッシュ(12ミクロンホール、13ミクロンバー)、Cu製2000メッシュ(6ミクロンホール、6.7ミクロンバー)が用いられる。
【0036】
金属メッシュ12と試料2の表面との間の距離は、試料押え部11の板厚及び金属メッシュ12を置くための座繰200の深さで調整し、30ミクロンから200ミクロンの範囲である。
【0037】
試料2の上に試料押え部11を置き、その上に金属メッシュ12を置く。さらに、メッシュ押え部13を置き、ネジ穴20に、ネジ14を通して試料ホルダ10に共締め固定する。ネジ14は、例えば、SUS製ネジを使用するのが好ましい。
【0038】
図2(a)に示すように、メッシュ押え部13には試料押え部11と同じ位置に、励起光1及び光電子15が通過するための穴220が空いている。試料押え11部の穴210とメッシュ押え部13の穴220は、同じ位置に同じ大きさで空けてある。試料押え部11の座繰200は穴210の周囲に金属メッシュ12が入るように掘ってある。金属メッシュ12は、例えば、3mmφである。
【0039】
試料2は、例えば、ポリエチレンテレフタラート(PET)樹脂、ポリイミド樹脂、テフロン(登録商標)樹脂、セラッミクス等の絶縁材料を含んで形成されている。励起光2の試料位置での大きさは、例えば、0.5mmx1mmである。
【0040】
金属メッシュ12として、Cu製2000メッシュ(6ミクロンホール、6.7ミクロンバー)を用いた場合は、金属メッシュ12と試料2の表面の距離が離れるに従って、S/Nが低下する。これは、金属メッシュ12で発生した光電子18が試料2の表面のチャージアップ16と電荷交換する帯電補償は良好であるが、開口比が大きくなり、メッシュ開口部から光電子スペクトル検出器4まで飛翔できる光電子15の数が少なくなるためと考えられる(
図3(a)、(b)参照)。
【0041】
また、金属メッシュ12として、Cu製50メッシュ(450ミクロンホール、50ミクロンバー)を用いた場合、試料2の表面に金属メッシュ12を直接置いた状態では、チャージアップが補償されるが、30ミクロン離した条件では、光源を放射光として高輝度励起光を長時間照射するとピーク形状が変化するこのため、十分な帯電補償ができていないことが分かった(
図3(c)、(d)参照)。
【0042】
Cu製50メッシュの開口部の試料中心と金属メッシュ端の距離は、金属メッシュ12と試料2の表面の間が30ミクロンの場合、275ミクロンである(
図3(c)参照)。また、Cu製50メッシュの開口部の試料中心と金属メッシュ端の距離は、金属メッシュ12と試料2の表面が接触している場合、225ミクロンである(
図3(d)参照)。このことを考慮すると、開口部の試料中心と金属メッシュ端の距離は、225ミクロン以内であればチャージアップを補償できると考えられる(
図3(c)、
図3(d))。
【0043】
金属メッシュ12を100メッシュ(200ミクロンホール、50ミクロンバー)に交換するとこのような傾向は見られなくなった(
図3(e)、
図3(f)参照)。ここで、開口部の試料中心と金属メッシュ端の距離は、100メッシュでは104〜224ミクロン、400メッシュでは34〜200.6ミクロン、2000メッシュでは30.2〜200.1ミクロンである。
【0044】
この範囲ではチャージアップ16を補償することができる。メッシュ開口部の大きさは、200ミクロン(100メッシュ)以内にあり、試料2と金属メッシュ12の間の距離が200ミクロン以内であれば、帯電を補償できるといえる。試料2からの光電子15をできるだけ取り込みS/Nを向上させるためにも、試料2と金属メッシュ12の間はできるだけ接近させた方が良い。
【0045】
しかし、樹脂材料等は柔らかい上に成型時の表面凹凸などもあるため、光電子分光装置用試料ホルダとしては、試料2と金属メッシュ12との間の距離は、30ミクロン程度離れるように製作した方が、試料2と金属メッシュ12の接触することを避けやすい。
【0046】
また、メッシュ開口部の大きさは、100メッシュのホールが200ミクロン以内であれば帯電補償できることから、200ミクロン角の開口部に内接する直径200ミクロンの円形ホール等でも同様の効果が得られると考えられる。
【0047】
実施例1を用いて測定したC−1sの光電子スペクトルを
図4に示す。
図4(a)は、試料押え部11の厚み200ミクロン、座繰り200の深さ10ミクロン、Au400メッシュを用いてPET樹脂のC−1sを測定した結果である。
図4(b)は、試料押え11の厚み100ミクロン、座繰り200の深さ10ミクロン、Cu2000メッシュを用いてPET樹脂のC−1sを測定した結果である。
【0048】
実施例1では、帯電中和用に、金属メッシュ12で発生した低エネルギーの光電子を利用しているため、電子銃やイオン銃を用いた帯電中和法と異なり、試料2へのダメージが少ない。フッ素系樹脂の代表であるテフロン樹脂は、電子線照射により構造が変化することが知られている。しかし、実施例1を用いることで、電子線照射によるダメージが無い状態で光電子スペクトルを測定することが可能となる。
【実施例2】
【0049】
実施例2では、金属メッシュ12および試料2の表面のクリーニングを可能にする。
図5を参照して、実施例2における試料押え11部及びメッシュ押え部13について説明する。試料押え11部は、例えば、0.2mm厚のTaからメッシュ押え部13用のアリ溝500を掘り、金属メッシュ12用の座繰り510と励起光1及び光電子15が通過するための穴520を空けてある。この上に金属メッシュ12(例えば、Cu2000メッシュ)を配置する。
【0050】
金属メッシュ12を固定するためのメッシュ押え部13にも励起光1及び光電子15が通過するための穴530が空いている。また、メッシュ押え部13の側面はアリ溝500と同じ幅、同じ角度で端部にテーパーが付けてあり、金属メッシュ12は、アリ溝500により試料押え部11とメッシュ押え部13で挟むように固定される。
【0051】
図5の右図は、破線部分の断面図を座栗510、金属メッシュ12、アリ溝500の関係が分かるように示してある。ネジ14は、試料押え部11から外れないように脱落防止ネジとなっている。また、試料押え部11には、試料ホルダ部10とつなぐための蝶番の軸管21が付いている。
【0052】
図6に、試料ホルダ部10と蝶番を介して接続した試料押え部11を示す。試料ホルダ部10には、試料ホルダ部10と試料押え部11をつなぐ蝶番の軸管22が付いている。試料ホルダ部10は、例えば、銅製である。試料押え部11は、例えば、Ta製である。このまま蝶番を繋ぐと、蝶番を介して導通が取れるため、蝶番の軸管21と蝶番の軸管22の間に絶縁材料のスペーサ―23と絶縁材料の軸棒(ピン)24を通す。これにより、蝶番として自由度と試料ホルダ部10と試料押え部11の間の絶縁を確保してある。
【0053】
絶縁材料のスペーサ―23と絶縁材料の軸棒(ピン)24の材質として、例えば、はアルミナを用いる。試料クリーニング、メッシュクリーニング用の試料ホルダ受け(図示せず)には、電極が付いており、蝶番の軸管21を通して試料押え部11に通電し、金属メッシュ12を通電加熱クリーニングすることができる。
【0054】
また、
図6(a)の状態では、試料2上には金属メッシュ12が無いため、試料2の表面を低速アルゴンイオンによりスパッタクリーニングすることも可能である。金属メッシュ12と試料2の表面をクリーニングした後、試料ホルダ部10を180°回転させ、蝶番を上にすると、
図6(b)に示すように、試料押え部11が試料2上に被さる。真空中でSUS製のネジ14をネジ穴20に合わせて締めることで、大気に曝すこと無く、クリーニングした試料2上にクリーニングした金属メッシュ12を配置した
図1に示した構造が実現できる。
【0055】
図6(b)に示した状態では、金属メッシュ12、試料押え部11、試料ホルダ部10はネジ14を通して電気的に繋がっている。この試料ホルダ部10を測定室8に移動し、試料駆動装置7に取り付け、X線光電子分光測定を実施する(
図7参照)。例えば、入射光としてアンジュレータ放射光源を用い、分光器のグレーチングにより1400eVの軟X線を取り出し励起光1とする。
【0056】
試料位置での励起光サイズは、例えば、1mmx1mmであり、励起光1と光電子スペクトル検出器4の検出角は、例えば、54.7°とする。そして、試料2と励起光1、試料2と光電子スペクトル検出器4の角度が62.65°となるように配置する。
【0057】
測定室8は、放射光源と真空でつながるため、高真空排気装置9を用いて、例えば、10
−6Paの真空度とする。得られたC−1sスペクトルを
図4(b)に示す。一方、金属メッシュ12を配置しなかったもう一方の穴から励起光1を試料2に照射したところチャージアップが発生してしまい、試料2からの光電子3は光電子スペクトル検出器4では検出できなかった。
【0058】
実施例2を用いれば、放射光のような高輝度X線源を励起光1としても、絶縁材料の試料2のチャージアップを補償し、光電子スペクトルを容易に計測できる。また、真空中で金属メッシュ12を保持する試料押え部11を外し、試料2及び金属メッシュ12をクリーニングして再度取り付ける。これにより、コンタミなく絶縁材料の試料2のチャージアップを補償して光電子スペクトルを計測できる。