(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記多能性幹細胞を含む細胞培養物中への前記合成ペプチドの供給は、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えて前記合成ペプチドを使用して実施する、請求項1に記載の心筋細胞の生産方法。
前記合成ペプチドは、前記心筋細胞分化誘導性ペプチド配列のアミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に前記膜透過性ペプチド配列を有する、請求項1〜3のいずれか一項に記載の心筋細胞の生産方法。
【発明の概要】
【0007】
現在までにも、未分化状態の多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する方法が幾つか報告されている。しかし、従前の心筋細胞の生産方法には、心筋細胞の分化誘導に長時間を要すること、心筋細胞への分化効率が低いこと、分化誘導した心筋細胞の機能が十分でないこと(成熟度が低いこと)、高価なサイトカイン等の液性因子を大量に必要とするため高コストであること等、実際に再生医療で利用可能な心筋細胞を生産するためにいくつかの課題があった。
そこで本発明は、多能性幹細胞を心筋細胞に効率よく分化誘導して心筋細胞を生産する方法の提供を目的とする。また、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導して心筋細胞を生産するために用いる心筋細胞生産用組成物の提供を他の目的とする。
【0008】
本発明者らは、驚くべきことに、従来は分化誘導とは全く関係のない機能で知られていたタンパク質であるアミロイド前駆体タンパク質(Amyloid Precursor Protein:APP)のファミリーに属するいずれかのタンパク質のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列(以下シグナルペプチド配列ともいう。)の全部又は一部のアミノ酸配列を含むように合成したペプチドが、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導し得る能力(以下、「心筋細胞分化誘導活性」ともいう。)を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
ここで、APPのファミリーに属するタンパク質の典型例としては、アミロイド前駆体タンパク質(Amyloid Precursor Protein:APP)およびAPPの類縁のタンパク質である2種のアミロイド前駆体様タンパク質(Amyloid Precursor-Like Protein 1:APLP1、Amyloid Precursor-Like Protein 2:APLP2)が挙げられる。
【0009】
本発明によって提供される心筋細胞の生産方法は、インビトロあるいはインビボにおいて、ヒトの多能性幹細胞から心筋細胞を生産する方法であって、対象とする多能性幹細胞を含む細胞培養物を準備すること、および、該細胞培養物中に、人為的に製造した合成ペプチドを供給することを包含する。ここで、上記合成ペプチドは、ヒトの多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する活性(以下、当該活性を「心筋細胞分化誘導活性」ともいう。)を有する心筋細胞分化誘導性ペプチド配列を含むペプチドであり、
前記心筋細胞分化誘導性ペプチド配列が、
(i)アミロイド前駆体タンパク質(APP)のファミリーに属するいずれかのタンパク質のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列、
(ii)前記(i)のアミノ酸配列の一部の連続するアミノ酸残基を有する部分アミノ酸配列、および
(iii)前記(i)または(ii)のアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列、
から成る群より選択されるアミノ酸配列である。
【0010】
なお、本明細書において、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列を含む合成ペプチド(即ち心筋細胞分化誘導活性を有する合成ペプチド)を「心筋細胞分化誘導性合成ペプチド」とも呼称する。
また、本明細書において、APPファミリーに属するいずれかのタンパク質のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列又は該シグナルペプチド配列中の部分アミノ酸配列(即ち上記シグナルペプチド配列のうちの一部分の連続した部分配列)を総称して「APPシグナルペプチド関連配列」とも呼称する。
【0011】
かかる心筋細胞の生産方法は、ここで開示される合成ペプチドを用いて多能性幹細胞から心筋細胞を生産する方法である。
上記APPファミリーに属するタンパク質および該タンパク質のシグナルペプチド配列(即ちAPPシグナルペプチド関連配列)はいずれも心筋細胞の分化誘導とは全く関係のない機能で知られていたタンパク質であり、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドが多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導し得ることは本発明者らが新しく発見した知見である。
ここで開示される心筋細胞の生産方法は、対象の多能性幹細胞(典型的には当該細胞の培地中)に心筋細胞分化誘導性ペプチド配列を含む合成ペプチドを供給するという簡易な手法によって当該多能性幹細胞を心筋細胞に誘導することが出来る。
【0012】
また、ここで開示される好ましい一態様の心筋細胞の生産方法は、上記多能性幹細胞を含む細胞培養物中への上記合成ペプチドの供給を、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えて上記合成ペプチドを使用して実施する。
上述の態様の心筋細胞の生産方法は、従来は多能性幹細胞から肝細胞を生産する方法として知られていた方法について、当該肝細胞の生産方法において使用するアクチビンAに代えて上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用して実施することを特徴とする方法であり、従前の多能性幹細胞から心筋細胞を分化誘導する方法とは異なる全く新規の心筋細胞の生産方法である。
心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを対象の多能性幹細胞(典型的には当該細胞の培養物中)に供給することを、上述のとおりにアクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えて上記合成ペプチドを使用して実施することで、多能性幹細胞から心筋細胞を効率よく生産することができる。
【0013】
また、ここで開示される好ましい一態様の心筋細胞の生産方法は、上記アミロイド前駆体タンパク質ファミリーに属するタンパク質が、アミロイド前駆体タンパク質、アミロイド前駆体様タンパク質1、またはアミロイド前駆体様タンパク質2のいずれかである。
上記アミロイド前駆体タンパク質、アミロイド前駆体様タンパク質1、またはアミロイド前駆体様タンパク質2はいずれもAPPファミリーに属するタンパク質の典型例である。これらのタンパク質のAPPシグナルペプチド関連配列および該配列の改変アミノ酸配列を有する合成ペプチドは、心筋細胞分化誘導活性を有するペプチドの典型例であり、本発明の実施に好適に採用することができる。
【0014】
また、ここで開示される好ましい一態様の心筋細胞の生産方法は、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドに含まれる心筋細胞分化誘導性ペプチド配列が、以下のi)〜vi)に示すいずれかのアミノ酸配列から設定されることで特徴付けられる。
i)以下の配列番号1のアミノ酸配列:
MAATGTAAAAATGRLLLLLLVGLTAPALA(配列番号1);
または、配列番号1に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号16に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、これらのアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列。
ii)以下の配列番号2のアミノ酸配列:
MAATGTAAAAATGKLLVLLLLGLTAPAAA(配列番号2);
または、配列番号2に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号17に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、これらのアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列。
iii)以下の配列番号3のアミノ酸配列:
MGPASPAARGLSRRPGQPPLPLLLPLLLLLLRAQPAIG(配列番号3);
または、配列番号3に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号18に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、配列番号3に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号19に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、これらのアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列。
iv)以下の配列番号4のアミノ酸配列:
MGPTSPAARGQGRRWRPPLPLLLPLSLLLLRAQLAVG(配列番号4);
または、配列番号4に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号20に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、配列番号4に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号21に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、これらのアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列。
v)以下の配列番号5のアミノ酸配列:
MLPGLALLLLAAWTARA(配列番号5);
または、配列番号5に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号22に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、配列番号5に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号23に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、これらのアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列。
vi)以下の配列番号6のアミノ酸配列:
MLPSLALLLLAAWTVRA(配列番号6);
または、配列番号6に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号24に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、配列番号6に示すアミノ酸配列のうちの一部の連続するアミノ酸配列であって配列番号25に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列;
または、これらのアミノ酸配列において1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されて形成された改変アミノ酸配列。
【0015】
配列番号1〜6として開示されるアミノ酸配列は、APPファミリーに属するタンパク質のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列の典型例である。また、配列番号1〜6に示すアミノ酸配列及びここに開示される当該アミノ酸配列の部分アミノ酸配列(配列番号16〜25に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列)はAPPシグナルペプチド関連配列の典型例である。これらのアミノ酸配列またはその改変アミノ酸配列を含むペプチドは、高い心筋細胞分化誘導活性を有するペプチドであり、本発明の実施に好適に採用することができる。
【0016】
また、本発明の好適な一態様では、心筋細胞の生産方法に使用される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、上記心筋細胞分化誘導性ペプチド配列のアミノ酸配列のN末端側若しくはC末端側に膜透過性ペプチド配列を有する。
このような膜透過性ペプチド配列を有する上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを対象の多能性幹細胞に(典型的には培地中に)添加することによって、上記心筋細胞分化誘導性ペプチド配列を該多能性幹細胞の外部(細胞膜の外側)から細胞内に高効率に移送することができる。
【0017】
また、本発明の好適な一態様では、心筋細胞の生産方法に使用される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、上記膜透過性ペプチド配列として以下のアミノ酸配列:
KKRTLRKNDRKKR(配列番号7)
を有する。
配列番号7としてここで開示されるアミノ酸配列は、膜透過性ペプチドを構成するアミノ酸配列の典型例であり、本発明の実施に好適に採用することができる。
【0018】
また、ここで開示される心筋細胞の生産方法に使用される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの好ましい一態様は、当該ペプチドを構成する全アミノ酸残基数が100以下である。より好ましくは、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを構成する全アミノ酸残基数は50以下である。
このような短いペプチド鎖からなるペプチドは、構造安定性(例えばプロテアーゼ耐性)が高く、取扱い性や保存性に優れる。さらに、このような短いペプチド鎖のペプチドは化学合成が容易であり、比較的安価な製造コストで製造(入手)可能である。このため、かかるペプチドを使用することで、心筋細胞の生産コストの削減や心筋細胞の生産効率の向上等を実現し得る。
【0019】
また、本発明の好適な一態様では、心筋細胞の生産方法に使用される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、以下のアミノ酸配列:
LLLLLLVGLTAPAGKKRTLRKNDRKKR(配列番号26)
を有する。
かかる心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する効率が特に高い。なかでも、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)を心筋細胞に分化誘導する能力に優れている。このため、ここで開示する心筋細胞の生産方法に好適に使用することができる。
【0020】
また、本発明は、他の側面として、インビトロまたはインビボにおいて、ヒトの多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導して心筋細胞を生産するために用いる心筋細胞生産用組成物を提供する。かかる組成物は、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドのいずれかを含む。
かかる心筋細胞生産用組成物を用いることで、ヒト由来の多能性幹細胞から心筋細胞を効率よく生産することができる。
また、かかる心筋細胞生産用組成物に用いる心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、比較的短い鎖長の合成ペプチドであるため、容易に人為的に製造し得る。例えば、化学合成(若しくは生合成)による製造によって容易に製造し得る。また、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、比較的単純な構造(典型的には直鎖状のペプチド鎖)の合成ペプチドで取扱いが容易であるため、心筋細胞生産用組成物の有効成分として好適である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。本明細書において特に言及している事項(例えばここで開示される合成ペプチドの一次構造や鎖長)以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄(例えばペプチドの化学合成法、細胞培養技法、ペプチドを成分とする薬学的組成物の調製に関するような一般的事項)は、細胞工学、生理学、医学、薬学、有機化学、生化学、遺伝子工学、タンパク質工学、分子生物学、遺伝学等の分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、以下の説明では、場合に応じてアミノ酸をIUPAC-IUBガイドラインで示されたアミノ酸に関する命名法に準拠した1文字表記(但し配列表では3文字表記)で表す。
また、本明細書中で引用されている全ての文献の全ての内容は本明細書中に参照として組み入れられている。
【0023】
また、本明細書において「合成ペプチド」とは、そのペプチド鎖がそれのみで独立して自然界に安定的に存在するものではなく、人為的な化学合成或いは生合成(即ち遺伝子工学に基づく生産)によって製造され、所定の組成物(例えば多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導して心筋細胞を生産するために用いる心筋細胞生産用組成物)中で安定して存在し得るペプチド断片をいう。
また、本明細書において「ペプチド」とは、複数のペプチド結合を有するアミノ酸ポリマーを指す用語であり、ペプチド鎖に含まれるアミノ酸残基の数によって限定されないが、典型的には全アミノ酸残基数が概ね100以下(好ましくは60以下、例えば50以下)のような比較的分子量の小さいものをいう。
また、本明細書において「アミノ酸残基」とは、特に言及する場合を除いて、ペプチド鎖のN末端アミノ酸及びC末端アミノ酸を包含する用語である。
なお、本明細書中に記載されるアミノ酸配列は、常に左側がN末端側であり右側がC末端側である。
【0024】
本明細書において所定のアミノ酸配列に対して「改変アミノ酸配列」とは、当該所定のアミノ酸配列が有する機能(例えば上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドが有する心筋細胞分化誘導活性、後述する膜透過性ペプチド配列が有する膜透過性能)を損なうことなく、1個から数個のアミノ酸残基、例えば、1個、2個、または3個のアミノ酸残基が置換、欠失及び/又は付加(挿入)されて形成されたアミノ酸配列をいう。例えば、1個、2個、または3個のアミノ酸残基が保守的に置換したいわゆる同類置換(conservative amino acid replacement)によって生じた配列(例えば塩基性アミノ酸残基が別の塩基性アミノ酸残基に置換した配列:例えばリジン残基とアルギニン残基との相互置換)、或いは、所定のアミノ酸配列について1個、2個、または3個のアミノ酸残基が付加(挿入)した若しくは欠失した配列等は、本明細書でいうところの改変アミノ酸配列に包含される典型例である。従って、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドには、各配列番号のアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列で構成される合成ペプチドに加え、各配列番号のアミノ酸配列において1個、2個、または3個のアミノ酸残基が置換(例えば上記同類置換)、欠失及び/又は付加したアミノ酸配列であって、同様に心筋細胞分化誘導活性を示すアミノ酸配列からなる合成ペプチドを包含する。改変アミノ酸配列としては、1個、2個、又は3個のアミノ酸残基が同類置換されたアミノ酸配列が特に好適である。
【0025】
本明細書において「幹細胞」とは、自己複製能を有し、1以上、好ましくは2以上の種々の細胞、組織、または臓器に分化し得る細胞をいう。本明細書において、幹細胞はES細胞、iPS細胞、体性幹細胞(組織性幹細胞ともいう)等であり得るが、上記の能力を有している限り、それらに限定されない。
本明細書において「多能性幹細胞(pluripotent stem cell)」とは、胎盤などの胚体外組織を除く、一つの生物体を形成する種々の細胞種へ分化することが可能な能力を有し、さらに、未分化状態で自己複製能を有する幹細胞をいう。本明細書において、多能性幹細胞は、ES細胞やiPS細胞であり得るが、上記の能力を有している限り、それらに限定されない。
【0026】
ここで、本明細書において「心筋細胞」とは、心筋細胞の特徴として知られている性質を少なくとも一つ以上有する細胞をいう。かかる心筋細胞に特徴的な性質とは、心筋細胞の形態的、構造的、機能的特徴、或いはまた、心筋細胞に特徴的な遺伝子の発現状態(典型的には、心筋細胞に特徴的な遺伝子を発現していること)を含む。
例えば、上記心筋細胞は、収縮と弛緩を繰り返して拍動する。上記収縮時には、細胞の辺縁が細胞の中心に集合する方向に引き寄せられて細胞体積が小さくなる。かかる拍動は自発的な拍動であり、自律的に複数回(典型的には常時)の拍動を繰り返す。インビトロ培養系において、心筋細胞が周囲の細胞と接することなく単独で存在する状態で培養される場合であっても、当該心筋細胞は拍動し得る。かかる自発的な拍動は、骨格筋細胞や平滑筋細胞には見られない心筋細胞特異的な機能的特徴の一つである。
また、上記心筋細胞は、単核(まれに二核)の細胞であり、核は細胞の中央付近に位置する。これは、多核の細胞であり、当該核が細胞膜直下(典型的には細胞の辺縁付近)に位置する骨格筋と区別可能な形態的特徴の一つである。さらに、上記心筋細胞はアクチンとミオシンフィラメントが規則的に整列したサルコメア(筋節)構造を有する(即ち暗帯と明帯を有する)。これは、当該サルコメア構造を有さない平滑筋細胞と区別可能な形態的特徴(構造的特徴)の一つである。また、上記心筋細胞は、分岐(分枝)した形態であり得ることも、骨格筋および平滑筋と区別可能な形態的特徴のひとつである。
また、上記心筋細胞は、心筋細胞に特徴的な遺伝子(典型的には、心筋細胞に特異的に発現することが知られている遺伝子、いわゆる心筋細胞マーカー遺伝子)を発現していることでも、他の細胞と区別可能である。かかる心筋細胞に特徴的な遺伝子の典型例として、ミオシン重鎖(典型的には、α−ミオシン重鎖(α-Myosin Heavy Chain: α-MHC)、β−ミオシン重鎖(β-Myosin Heavy Chain: β-MHC))、ミオシン軽鎖(典型的には、ミオシン軽鎖2a(Myosin Light Chain-2a:MLC-2a)、ミオシン軽鎖2v(Myosin Light Chain-2v:MLC-2v))、トロポニン(典型的には、心筋トロポニンT(cardiac Troponin T:cTnT)、心筋トロポニンC(cardiac Troponin C:cTnC))、コネキシン43(connexin 43 :Cx43)、アクチン(典型的には、心筋α-アクチン(α-cardiac Actin))、トロポミオシン(例えば、α-トロポミオシン(α-Tropomyosin: α-TM))、アクチニン(典型的には、心筋α-アクチニン(α- cardiac Actinin))、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、Nkx2.5(NK−2 transcription factor related, locus 5)、GATA4、Tbx-5等が挙げられる。
なお、上記心筋細胞は、典型的には、未分化細胞(典型的には多能性幹細胞)特異的な遺伝子を発現していない。
【0027】
ここで開示される心筋細胞の生産方法は、インビトロまたはインビボにおいて多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導して心筋細胞を生産する新規の方法である。かかる心筋細胞の生産方法は、ここで開示する心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの少なくとも1種を多能性幹細胞(典型的には該細胞の培養物中)に供給することを特徴とする。好適な一態様は、アクチビンAを使用して多能性幹細胞を肝細胞に分化する方法を当該アクチビンAに代えてここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの少なくとも1種を使用して実施することを包含する。
また、ここで開示される心筋細胞生産用組成物は、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導して心筋細胞を生産するために用いられる組成物である。具体的には、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの少なくとも1種を有効成分(即ち、多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導することに関与する物質)として含むことで特徴付けられる組成物である。
【0028】
上述のとおり、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、多能性幹細胞(典型的には該細胞を培養している培地中)に供給されたときに、該多能性幹細胞を心筋細胞に誘導し得る(即ち、心筋細胞分化誘導活性を有する)ことが本発明者らによって見出された心筋細胞分化誘導性ペプチド配列を含む合成ペプチドである。また、かかる心筋細胞分化誘導性ペプチド配列は、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において当該アクチビンAに代えて使用したときに、該多能性幹細胞を心筋細胞に効率よく分化誘導し得るアミノ酸配列であることが本発明者らによって確認された配列である。
【0029】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドにおいて、上記心筋細胞分化誘導性ペプチド配列は、APPファミリーに属するいずれかのタンパク質のシグナルペプチド配列又は該シグナルペプチド配列の部分アミノ酸配列(即ち、APPシグナルペプチド関連配列)、又はこれらのアミノ酸配列の改変アミノ酸配列から選択される。
ここで、APPファミリーに属するタンパク質とは、典型的にはAPP、APLP1、またはAPLP2をいう。APPとは、アルツハイマー病の発症機序の一説であるアミロイド仮説において、いわばアルツハイマー病の出発物質ともいうべきタンパク質であり、APLP1およびAPLP2は当該APPの類縁タンパク質として知られるタンパク質である。
【0030】
本発明の実施に当たって好ましく使用されるAPPファミリーに属するタンパク質のシグナルペプチド配列は、配列番号1〜6にそれぞれ示されている。
具体的には、配列番号1のアミノ酸配列は、ヒト由来のAPLP2のシグナルペプチドを構成する合計29アミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。
また、配列番号2のアミノ酸配列は、マウス由来のAPLP2のシグナルペプチドを構成する合計29アミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。
また、配列番号3のアミノ酸配列は、ヒト由来のAPLP1のシグナルペプチドを構成する合計38アミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。
また、配列番号4のアミノ酸配列は、マウス由来のAPLP1のシグナルペプチドを構成する合計37アミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。
また、配列番号5のアミノ酸配列は、ヒト由来のAPPのシグナルペプチドを構成する合計17アミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。
また、配列番号6のアミノ酸配列は、マウス由来のAPPのシグナルペプチドを構成する合計17アミノ酸残基から成るアミノ酸配列である。
そして、本発明の心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを構成するに当たっては、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列として、上記配列番号1〜6に示すアミノ酸配列をそのまま適用することができる。
なお、上記の配列番号1〜6には、ヒトもしくはマウス由来のAPP、APLP1、若しくはAPLP2のシグナルペプチド配列を示したが、当該配列はあくまでも例示であり、利用可能なアミノ酸配列はこれに限定されない。例えば、ラット、モルモット等の齧歯類、ウマ、ロバ等の奇蹄類、ブタ、ウシ等の偶蹄類、チンパンジー、オランウータン、カニクイザル等の霊長類等(典型的には哺乳動物)に由来する種々のAPP、APLP1若しくはAPLP2のシグナルペプチド配列を使用可能である。
【0031】
或いは、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列として、APPファミリーに属するタンパク質のシグナルペプチド配列の一部の連続するアミノ酸残基を有する部分アミノ酸配列(以下単に部分アミノ酸配列ともいう)を使用することができる。例えば、本発明の実施にあたっては、配列番号16〜25に示すアミノ酸配列を少なくとも有する部分アミノ酸配列を心筋細胞分化誘導性ペプチド配列として好適に使用することができる。
ここで、本明細書において「少なくとも有する」とは、特定の連続したアミノ酸残基(典型的には配列番号16〜25に示すいずれかのアミノ酸残基)を必須のアミノ酸配列として有し、それよりもC末端側のアミノ酸配列とN末端側のアミノ酸配列とは任意であることを意味する。即ち、上記の部分アミノ酸配列は、特定の連続したアミノ酸残基(典型的には配列番号16〜25に示すアミノ酸残基)のC末端に1個、2個、3個、4個、・・・・又はX
C個のアミノ酸残基及び/又はN末端に1個、2個、3個、4個、・・・・・又はX
N個のアミノ酸残基をさらに有するアミノ酸配列であり得る。なお、C末端側にX
C個目のアミノ酸残基とは全長のシグナルペプチド配列のC末端のアミノ酸残基のことをいい、N末端側にX
N個目のアミノ酸残基とは全長のシグナルペプチド配列のN末端のアミノ酸残基のことをいう。
【0032】
配列番号16〜25に示すアミノ酸配列は、具体的には以下のとおりである。
即ち、配列番号16に示すアミノ酸配列は、配列番号1に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて15番目のロイシン残基から27番目のアラニン残基までの13個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号17に示すアミノ酸配列は、配列番号2に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて16番目のロイシン残基から27番目のアラニン残基までの12個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号18に示すアミノ酸配列は、配列番号3に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて19番目のプロリン残基から31番目のロイシン残基までの13個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号19に示すアミノ酸配列は、配列番号3に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて26番目のロイシン残基から38番目のグリシン残基までの13個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号20に示すアミノ酸配列は、配列番号4に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて18番目のプロリン残基から30番目のロイシン残基までの13個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号21に示すアミノ酸配列は、配列番号4に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて25番目のロイシン残基から37番目のグリシン残基までの13個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号22に示すアミノ酸配列は、配列番号5に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて1番目のメチオニン残基から14番目のスレオニン残基までの14個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号23に示すアミノ酸配列は、配列番号5に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて3番目のプロリン残基から17番目のアラニン残基までの15個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号24に示すアミノ酸配列は、配列番号6に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて1番目のメチオニン残基から14番目のスレオニン残基までの14個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
配列番号25に示すアミノ酸配列は、配列番号6に示すアミノ酸配列の部分アミノ酸配列であって該アミノ酸配列のN末端のアミノ酸残基から数えて3番目のプロリン残基から17番目のアラニン残基までの15個の連続するアミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
【0033】
或いはまた、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、上述した心筋細胞分化誘導性ペプチド配列のみから成るペプチドであってもよいが、当該心筋細胞分化誘導性ペプチド配列のN末端側もしくはC末端側に膜透過性ペプチド配列を有する合成ペプチドであり得る。膜透過性ペプチド配列を有する合成ペプチドであれば、目的の細胞に供給した際に、該合成ペプチドが細胞内に速やかに導入され得る。これにより、心筋細胞分化誘導活性を向上させることができる。
当該膜透過性ペプチド配列は、細胞膜及び/又は核膜を通過し得る膜透過性ペプチドを構成するアミノ酸配列であれば特に限定なく使用することができる。多くの好適な膜透過性ペプチド配列が知られているが、特にNoLS(核小体局在シグナル、Nucleolar localization signal)に関連するアミノ酸配列(改変アミノ酸配列を含む)が心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの膜透過性ペプチドペプチド配列のアミノ酸配列として好ましい。配列番号7〜15に、上記NoLSに関連する膜透過性ペプチド配列および他の膜透過性ペプチド配列(改変アミノ酸配列を含む)の好適例を挙げる。具体的には以下のとおりである。
【0034】
即ち、配列番号7のアミノ酸配列は、細胞内情報伝達に関与するプロテインキナーゼの1種であるヒト内皮細胞に存在するLIMキナーゼ2(LIM Kinase 2)の第491番目のアミノ酸残基から第503番目のアミノ酸残基までの合計13アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号8のアミノ酸配列は、FGF2(塩基性線維芽細胞増殖因子)由来の合計14アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号9のアミノ酸配列は、IBV(トリ伝染性気管支炎ウイルス:avian infectious bronchitis virus)のNタンパク質(nucleocapsid protein)に含まれる合計8アミノ酸残基から成るNoLSに対応する。
配列番号10のアミノ酸配列は、アデノウイルスのPTP(新生末端タンパク質:pre-terminal protein)1及びPTP2由来の合計13アミノ酸残基からなるNoLSに対応する。
配列番号11のアミノ酸配列は、HIV(ヒト免疫不全ウイルス:Human Immunodeficiency Virus)のTATに含まれるタンパク質導入ドメイン由来の合計11アミノ酸残基から成る膜透過性ペプチド配列に対応する。
配列番号12のアミノ酸配列は、上記TATを改変したタンパク質導入ドメイン(PTD4)の合計11アミノ酸残基から成る膜透過性ペプチド配列に対応する。
配列番号13のアミノ酸配列は、ショウジョウバエ(Drosophila)の変異体であるAntennapediaのANT由来の合計16アミノ酸配列から成る膜透過性ペプチド配列に対応する。
配列番号14のアミノ酸配列は、ポリアルギニンとして、連続した合計9個のアルギニン残基から成る膜透過性ペプチド配列に対応する。
配列番号15のアミノ酸配列は、MyoD(筋芽細胞決定因子:myoblast determination)ファミリー阻害ドメイン含有タンパク質由来の合計19アミノ酸残基から成る膜透過性ペプチド配列に対応する。
なお、配列表に示した上述の膜透過性ペプチド配列はあくまでも例示であり、使用可能な膜透過性ペプチド配列はこれに限定されない。本発明の実施に使用可能な様々な膜透過性ペプチド配列が本願出願当時に出版されている数々の文献に記載されている。それら膜透過性ペプチド配列のアミノ酸配列は一般的な検索手段によって容易に知ることができる。
【0035】
特に、特許文献4にも記載されている配列番号7に示すアミノ酸配列(改変アミノ酸配列を含む)が膜透過性ペプチド配列として好ましい。かかる配列番号7に示すアミノ酸配列と上述の心筋細胞分化誘導性ペプチド配列とを組み合わせることにより、高い心筋細胞分化誘導性を示す合成ペプチドを得ることができる。
【0036】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの好適な一態様は、以下のアミノ酸配列:
LLLLLLVGLTAPAGKKRTLRKNDRKKR(配列番号26)
を含む。配列番号26に示すアミノ酸配列は、配列番号16に示すヒト由来のAPLP2のシグナルペプチドを構成するアミノ酸配列(配列番号1)の部分アミノ酸配列(配列番号16)と、上記の配列番号7に示すLIMキナーゼ2由来のアミノ酸配列とをリンカーとしての1個のグリシン残基(G)を介して組み合わせることにより構築された合計27アミノ酸残基からなるアミノ酸配列である。
【0037】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドのペプチド鎖(アミノ酸配列)のうちの幾つかは、上述したような心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と、膜透過性ペプチド配列とを適宜組み合わせることにより構築することができる。心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列の何れが相対的にC末端側(N末端側)に配置されてもよい。また、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列とは隣接して配置されるのが好ましい。即ち、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列との間には、両配列部分に包含されないアミノ酸残基が存在しないか或いは存在していても該残基数が1〜3個程度が好ましい。例えば、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列との間にリンカーとして機能する1個又は数個(典型的には2個又は3個)のアミノ酸残基(例えば1個又は数個のグリシン(G)残基)を含むものであり得る。
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、少なくとも一つのアミノ酸残基がアミド化されているものが好ましい。アミノ酸残基(典型的にはペプチド鎖のC末端アミノ酸残基)のカルボキシル基のアミド化により、合成ペプチドの構造安定性(例えばプロテアーゼ耐性)を向上させることができる。
【0038】
上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、心筋細胞分化誘導活性を失わない限りにおいて、心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列を構成するアミノ酸配列以外の配列(アミノ酸残基)部分を含み得る。特に限定するものではないが、かかるアミノ酸配列としては心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列部分の3次元形状(典型的には直鎖形状)を維持し得る配列が好ましい。該心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、ペプチド鎖を構成する全アミノ酸残基数が100以下が適当であり、60以下が望ましく、50以下が好ましい。例えば30以下の合成ペプチドが特に好ましい。
このような鎖長の短いペプチドは、化学合成が容易であり、容易に心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを作製することができる。なお、ペプチドのコンホメーション(立体構造)については、使用する環境下(生体外、典型的には対象細胞を培養する培地中)で多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する心筋細胞分化誘導活性を発揮する限りにおいて、特に限定されるものではないが、免疫原(抗原)になり難いという観点から直鎖状又はヘリックス状のものが好ましい。このような形状のペプチドはエピトープを構成し難い。かかる観点から、心筋細胞の生産方法に使用する心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(或いはまた、心筋細胞生産用組成物に適用する心筋細胞分化誘導性合成ペプチド)としては、直鎖状のものが好ましく、また、比較的低分子量(典型的には60以下(特に30以下)のアミノ酸残基数)のものが好適である。
【0039】
全体のアミノ酸配列に対して心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列とが占める割合(即ち、ペプチド鎖を構成する全アミノ酸残基数に占める心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列とを構成するアミノ酸残基数の個数%)は、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する心筋細胞分化誘導活性を失わない限り特に限定されないが、当該割合は概ね60%以上が望ましく、80%以上が好ましい。90%以上が特に好ましい。心筋細胞分化誘導性ペプチド配列と膜透過性ペプチド配列とから成る(即ち、これらの配列が全アミノ酸配列の100%を占める)ペプチドは好適な一形態である。
なお、本発明の心筋細胞分化誘導性合成ペプチドとしては、全てのアミノ酸残基がL型アミノ酸であるものが好ましいが、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する心筋細胞分化誘導活性を失わない限りにおいて、アミノ酸残基の一部又は全部がD型アミノ酸に置換されているものであってもよい。
【0040】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、一般的な化学合成法に準じて容易に製造することができる。例えば、従来公知の固相合成法又は液相合成法のいずれを採用してもよい。アミノ基の保護基としてBoc(t-butyloxycarbonyl)或いはFmoc(9-fluorenylmethyloxycarbonyl)を適用した固相合成法が好適である。
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、市販のペプチド合成機(例えば、Intavis AG社、Protein Technologies社等から入手可能である。)を用いた固相合成法により、所望するアミノ酸配列、修飾(C末端アミド化等)部分を有するペプチド鎖を合成することができる。
【0041】
或いは、遺伝子工学的手法に基づいて心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを生合成してもよい。すなわち、所望する心筋細胞分化誘導性合成ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(ATG開始コドンを含む。)のポリヌクレオチド(典型的にはDNA)を合成する。そして、合成したポリヌクレオチド(DNA)と該アミノ酸配列を宿主細胞内で発現させるための種々の調節エレメント(プロモーター、リボゾーム結合部位、ターミネーター、エンハンサー、発現レベルを制御する種々のシスエレメントを包含する。)とから成る発現用遺伝子構築物を有する組換えベクターを、宿主細胞に応じて構築する。
一般的な技法によって、この組換えベクターを所定の宿主細胞(例えばイースト、昆虫細胞、植物細胞)に導入し、所定の条件で当該宿主細胞又は該細胞を含む組織や個体を培養する。このことにより、目的とするペプチドを細胞内で発現、生産させることができる。そして、宿主細胞(分泌された場合は培地中)からペプチドを単離し、必要に応じてリフォールディング、精製等を行うことによって、目的の分化誘導性合成ペプチドを得ることができる。
なお、組換えベクターの構築方法及び構築した組換えベクターの宿主細胞への導入方法等は、当該分野で従来から行われている方法をそのまま採用すればよく、かかる方法自体は特に本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
【0042】
例えば、宿主細胞内で効率よく大量に生産させるために融合タンパク質発現システムを利用することができる。すなわち、目的の心筋細胞分化誘導性合成ペプチドのアミノ酸配列をコードする遺伝子(DNA)を化学合成し、該合成遺伝子を適当な融合タンパク質発現用ベクター(例えばノバジェン社から提供されているpETシリーズ及びアマシャムバイオサイエンス社から提供されているpGEXシリーズのようなGST(Glutathione S-transferase)融合タンパク質発現用ベクター)の好適なサイトに導入する。そして該ベクターにより宿主細胞(典型的には大腸菌)を形質転換する。得られた形質転換体を培養して目的の融合タンパク質を調製する。次いで、該タンパク質を抽出し、精製する。次いで、得られた精製融合タンパク質を所定の酵素(プロテアーゼ)で切断し、遊離した目的のペプチド断片(設計した分化誘導性合成ペプチド)をアフィニティクロマトグラフィー等の方法によって回収する。また、必要に応じて適当な方法によってリフォールディングする。このような従来公知の融合タンパク質発現システム(例えばアマシャムバイオサイエンス社により提供されるGST/Hisシステムを利用し得る。)を用いることによって、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを製造することができる。
或いは、無細胞タンパク質合成システム用の鋳型DNA(即ち分化誘導性合成ペプチドのアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む合成遺伝子断片)を構築し、ペプチド合成に必要な種々の化合物(ATP、RNAポリメラーゼ、アミノ酸類等)を使用し、いわゆる無細胞タンパク質合成システムを採用して目的のポリペプチドをインビトロ合成することができる。無細胞タンパク質合成システムについては、例えばShimizuらの論文(Shimizu et al., Nature Biotechnology, 19, 751-755(2001))、Madinらの論文(Madin et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 97(2), 559-564(2000))が参考になる。これら論文に記載された技術に基づいて、本願出願時点において既に多くの企業がポリペプチドの受託生産を行っており、また、無細胞タンパク質合成用キット(例えば、日本の(株)セルフリーサイエンスから入手可能なPROTEIOS(商標)Wheat germ cell-free protein synthesis kit)が市販されている。
【0043】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドをコードするヌクレオチド配列及び/又は該配列と相補的なヌクレオチド配列を含む一本鎖又は二本鎖のポリヌクレオチドは、従来公知の方法によって容易に製造(合成)することができる。すなわち、設計したアミノ酸配列を構成する各アミノ酸残基に対応するコドンを選択することによって、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドのアミノ酸配列に対応するヌクレオチド配列が容易に決定され、提供される。そして、ひとたびヌクレオチド配列が決定されれば、DNA合成機等を利用して、所望するヌクレオチド配列に対応するポリヌクレオチド(一本鎖)を容易に得ることができる。さらに得られた一本鎖DNAを鋳型として用い、種々の酵素的合成手段(典型的にはPCR)を採用して目的の二本鎖DNAを得ることができる。また、ポリヌクレオチドは、DNAの形態であってもよく、RNA(mRNA等)の形態であってもよい。DNAは、二本鎖又は一本鎖で提供され得る。一本鎖で提供される場合は、コード鎖(センス鎖)であってもよく、それと相補的な配列の非コード鎖(アンチセンス鎖)であってもよい。
こうして得られるポリヌクレオチドは、上述のように、種々の宿主細胞中で又は無細胞タンパク質合成システムにて、分化誘導性合成ペプチド生産のための組換え遺伝子(発現カセット)を構築するための材料として使用することができる。
【0044】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、上記心筋細胞分化誘導活性を損なわない限りにおいて塩の形態であってもよい。例えば、常法に従って通常使用されている無機酸又は有機酸を付加反応させることにより得られ得る該ペプチドの酸付加塩を使用することができる。或いは、上記心筋細胞分化誘導活性を有する限り、他の塩(例えば金属塩)であってもよい。従って、本明細書及び特許請求の範囲に記載の「ペプチド」は、かかる塩形態のものを包含する。
【0045】
ここで開示される心筋細胞生産用組成物は、有効成分である心筋細胞分化誘導性合成ペプチドをその心筋細胞分化誘導活性が失われない状態で保持し得る限りにおいて、使用形態に応じて薬学(医薬)上許容され得る種々の担体を含み得る。希釈剤、賦形剤等としてペプチド医薬において一般的に使用される担体が好ましい。心筋細胞生産用組成物の用途や形態に応じて適宜異なり得るが、典型的には、水、生理学的緩衝液、種々の有機溶媒が挙げられる。適当な濃度のアルコール(エタノール等)水溶液、グリセロール、オリーブ油のような不乾性油であり得る。或いはリポソームであってもよい。また、心筋細胞生産用組成物に含有させ得る副次的成分としては、種々の充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、表面活性剤、色素、香料等が挙げられる。
心筋細胞生産用組成物の形態に関して特に限定はない。例えば、典型的な形態として、液剤、懸濁剤、乳剤、エアロゾル、泡沫剤、顆粒剤、粉末剤、錠剤、カプセル、軟膏、水性ジェル剤等が挙げられる。また、使用直前に生理食塩水又は適当な緩衝液(例えばリン酸緩衝生理食塩水(PBS))等に溶解して薬液を調製するための凍結乾燥物、造粒物とすることもできる。
なお、心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(主成分)及び種々の担体(副成分)を材料にして種々の形態の薬剤(組成物)を調製するプロセス自体は従来公知の方法に準じればよく、かかる製剤方法自体は本発明を特徴付けるものでもないため詳細な説明は省略する。処方に関する詳細な情報源として、例えばComprehensive Medicinal Chemistry, Corwin Hansch監修,Pergamon Press刊(1990)が挙げられる。この書籍の全内容は本明細書中に参照として援用されている。
【0046】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(即ち当該ペプチドを含む心筋細胞生産用組成物)の適用対象である多能性幹細胞、即ち心筋細胞の生産方法の適応対象である多能性幹細胞は特に制限されず、種々の多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する(若しくは分化誘導を促進する)ことが可能である。例えば、ヒト由来のES細胞やiPS細胞が挙げられる。iPS細胞は、ES細胞よりも比較的入手が容易である。また、iPS細胞から生産した心筋細胞(該細胞を含む組織)は、他の多能性幹細胞(例えばES細胞)から生産した心筋細胞と比較して、かかる心筋細胞を生体内に移植する際の拒絶反応のリスクを低減し得る。したがって、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの適応対象細胞としては、特にヒト由来のiPS細胞が好ましい。
【0047】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、その形態及び目的に応じた方法や用量で使用することができる。
例えば、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの適当量を、誘導を行う対象の多能性幹細胞(典型的には該細胞を含む細胞培養物)に対し、培養過程のいずれかの段階(所定期間の培養(増殖)や継代を行った後)で培地に添加するとよい。典型的には、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する初期(典型的には最初)の段階で、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを培地中に添加する。心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの添加量及び添加回数は、培養細胞の種類、細胞密度(培養開始時の細胞密度)、継代数、培養条件、培地の種類、等の条件によって異なり得るため特に限定されない。例えば、培地中の心筋細胞分化誘導性合成ペプチド濃度が概ね0.1μM以上100μM以下の範囲内、好ましくは0.5μM以上20μM以下(例えば1μM以上10μM以下)の範囲内となるように、1〜複数回添加する(例えば培養開始時ならびに細胞の継代時や培地交換時に合わせて追加添加する)ことが好ましい。
【0048】
なお、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを含む培地中で対象の多能性幹細胞を培養する期間は特に限定されず、対象の多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導するのに十分な期間、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチド含有培地中で培養すればよい。例えば3日間以上(好ましくは5日間以上)10日間以下(好ましくは7日間以下)、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを含む培地中で対象の多能性幹細胞を培養することが好ましい。
【0049】
ここで開示の心筋細胞の生産方法によると、心筋細胞への分化誘導を開始してから(典型的には心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを添加してから)およそ9日目後(典型的には11日後)頃から心筋細胞の存在を確認し得る。かかる心筋細胞の存在は、多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導し始めてから(典型的には心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを添加してから)凡そ15日目以降(好ましくは17日目以降、より好ましくは20日目以降、さらに好ましくは25日目以降)により多くの心筋細胞(典型的には自立した拍動能を有する心筋細胞)を確認することができる。このため、多能性幹細胞を心筋細胞へ分化誘導してから15日間以上(好ましくは17日間以上、より好ましくは20日間以上、さらに好ましくは25日間以上)であって50日間以下(好ましくは40日間以下、より好ましくは35日間以下)の間、所定の条件で細胞培養を行うことが好ましい。
【0050】
好適な一実施形態では、上記多能性幹細胞への心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの供給は、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を、当該アクチビンAに代えて上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用して実施する。即ち、ここで開示される心筋細胞の好適な一実施形態は、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えてここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用して実施することを包含する。典型的には、上記アクチビンAを用いて多能性幹細胞から肝細胞を分化誘導する方法において対象の多能性幹細胞をアクチビンA存在下で培養する時期と同様の時期に、当該多能性幹細胞をここで開示される心筋分化誘導性合成ペプチド存在下で培養する。例えば、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において、多能性幹細胞にアクチビンAを供給するタイミングと同じタイミングで上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの適当量(例えば、培地中の心筋細胞分化誘導性合成ペプチド濃度として概ね0.1μM以上100μM以下、好ましくは0.5μM以上20μM以下、例えば1μM以上10μM以下)を対象の多能性幹細胞に供給する。
【0051】
アクチビンAと心筋細胞分化誘導性合成ペプチドとは培地中での安定性が異なり得ることが想定される。このため、多能性幹細胞に供給される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの供給量(典型的には該多能性幹細胞を培養する培地中に添加する添加量)は、上記アクチビンAを用いて多能性幹細胞から肝細胞を分化誘導する方法において多能性幹細胞に供給するアクチビンAの供給量と同量でなくてもよい。また、上記アクチビンAを用いて多能性幹細胞から肝細胞を分化誘導する方法におけるアクチビンAの供給回数(添加回数)と、ここで開示する心筋細胞生産方法における心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの添加回数とが、同一でなくてもよい。即ち、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導するために必要な時期(典型的には、上記アクチビンAを用いて多能性幹細胞から肝細胞を分化誘導する方法において多能性幹細胞をアクチビンA存在下で培養する時期)に適当量の心筋細胞分化誘導性合成ペプチドが当該多能性幹細胞に供給(典型的には当該多能性幹細胞を培養する培地中に添加)されるように、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを多能性幹細胞に供給すればよい。
【0052】
なお、上記多能性幹細胞への心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの供給を、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えて上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用して実施することで行う場合、上記肝細胞の生産方法で使用されるアクチビンAの一部或いは全部(好ましくは全部)に代えてここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用すればよい。多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導する効率(分化誘導効率)の観点からは、アクチビンAと併用しないことが好ましい。
【0053】
上記多能性幹細胞への心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの供給を、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えて上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用して実施することで行う場合、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを含む培地中で対象の多能性幹細胞を培養する期間は、上記アクチビンAを用いて多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において多能性幹細胞をアクチビンA存在下で培養する期間と同様の期間とし得る。なお、対象の多能性幹細胞の種類、細胞密度(培養開始時の細胞密度)、継代数、培養条件、培地の種類、等の条件によって、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチド存在下での培養期間を適宜変更し得る。例えば、かかる心筋細胞分化誘導性合成ペプチド存在下での培養期間を多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において当該多能性幹細胞をアクチビンA存在下で培養する期間よりも数日(例えば1日、典型的には2日)長く或いは短く変更してもよい。例えば3日間以上(好ましくは5日間以上)10日間以下(好ましくは7日間以下)、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを含む培地中で対象の多能性幹細胞を培養することが好ましい。
【0054】
ここで開示する心筋細胞の生産方法において、心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(即ち該ペプチドを含有する心筋細胞生産用組成物)を適用する肝細胞の分化誘導方法は、多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導し得ることが知られている方法であってアクチビンAを使用する方法であれば、特に限定されない。例えば、かかる肝細胞分化誘導方法として、非特許文献3〜8に記載の方法、或いは該方法の一部を改変した方法が挙げられる。
【0055】
非特許文献3に記載の方法は、以下のステップ(i)〜(v)を含む。
(i)多能性幹細胞を、B27(登録商標)サプリメント(インスリン非含有)を含むRPMI1640培地(ロズウェルパーク記念研究所培地、Roswell Park Memorial Institute medium)中にアクチビンAとFGF2(線維芽細胞増殖因子、Fibroblast Growth Factor 2)とBMP4(骨形成因子、Bone Morphogenetic Protein 4)とを添加した細胞培養培地中で2日間培養する。
(ii)上記(i)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメント(インスリン非含有)を含むRPMI1640培地中にアクチビンAを添加した細胞培養培地中で2日間培養する。
(iii)上記(ii)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメント(インスリン含有)を含むRPMI1640培地中にBMP4とFGF2を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(iv)上記(iii)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメント(インスリン含有)を含むRPMI1640培地中にHGF(肝細胞増殖因子、Hepatocyte Growth Factor)を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(v)上記(iv)に示す培養後、HCM培地(EGF非含有)中にOSM(オンコスタチンM、oncostatin M)を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
ここで、上記HCM(登録商標)培地(肝細胞培養培地、Hepatocyte culture Medium)とは、肝細胞培養用の培地として販売されている(例えばLonza社製品)ものを購入して入手可能である(詳細な組成は非公表)。以下同じ。
【0056】
非特許文献4に記載の方法は、以下のステップ(i)〜(iv)を含む。
(i)多能性幹細胞をRPMI1640培地中にアクチビンAを添加した細胞培養培地中で3日間培養する。
(ii)上記(i)に示す培養後、上記HCM培地中にFGF4とBMP2を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(iii)上記(ii)に示す培養後、上記HCM培地中にHGFを添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(iv)上記(iii)に示す培養後、上記HCM培地中にOSMとDex(Dexamethasone)を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
【0057】
非特許文献5に記載の方法は、以下のステップ(i)〜(iii)を含む。
(i)多能性幹細胞をB27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にアクチビンAとNaB(酪酸ナトリウム、sodium butyrate)を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(ii)上記(i)に示す培養後、KSR(KnockOut(登録商標)Serum Replacement)を含むKO−DMEM(KnockOut- Dulbecco’s modified Eagle’s medium)中にDMSO(Dimethyl sulfoxide)を添加した細胞培養培地中で7日間培養する。
(iii)上記(ii)に示す培養後、FBS(Fatal Bovine Serum)を含むL15培地中にHGFとOSMを添加した細胞培養培地中で7日間培養する。
【0058】
非特許文献6に記載の方法は、以下のステップ(i)〜(iv)を含む。
(i)多能性幹細胞をB27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にアクチビンAを添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(ii)上記(i)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にFGF4とBMP2を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(iii)上記(ii)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にHGFを添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(iv)上記(iii)に示す培養後、上記HCM培地中にOSMを添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
【0059】
非特許文献7に記載の方法は、以下のステップ(i)〜(v)を含む。
(i)多能性幹細胞をB27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にアクチビンAを添加した細胞培養培地中で3日間培養する。
(ii)上記(i)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にFGF7とSB431542(ALK阻害剤)を添加した細胞培養培地中で2日間培養する。
(iii)上記(ii)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にFGF7とBMP2とBMP4とを添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(iv)上記(iii)に示す培養後、B27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にHGFとBMP4を添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
(v)上記(iv)に示す培養後、上記HCM培地中にOSMとDexを添加した細胞培養培地中で5日間培養する。
【0060】
非特許文献8に記載の方法は、以下のステップ(i)〜(iii)を含む。
(i)多能性幹細胞をB27(登録商標)サプリメントを含むRPMI1640培地中にアクチビンAとWnt3a(wingless-type MMTV integration site family, member 3A)とHGFを添加した細胞培養培地中で4日間培養する。
(ii)上記(i)に示す培養後、KSRを含むKO−DMEM培地中にDMSOを添加した細胞培養培地中で3日間培養する。
(iii)上記(ii)に示す培養後、IMDM(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)中にOSMとDexを添加した細胞培養培地中で4日間培養する。
【0061】
即ち、ここで開示の心筋細胞の生産方法は、上記非特許文献3〜8に記載の肝細胞の分化誘導方法を、当該方法で使用されるアクチビンAに代えてここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを使用して実施する方法であり得る。
【0062】
ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドは、適宜、他の細胞外因子(例えばサイトカイン、ホルモン等)と併用することができる。即ち、上記心筋細胞生産用組成物は、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチド以外の成分として、適宜他の細胞外因子(例えばサイトカイン、ホルモン等)を含み得る。或いはまた、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを添加した培地で多能性幹細胞を培養するよりも前、または当該培養よりも後で、これら他の細胞外因子を添加した培地で多能性幹細胞を培養してもよい。
例えば、アクチビンAを用いて多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において用いられるアクチビンA以外の各種の細胞外因子を心筋細胞分化誘導性合成ペプチドと併用、或いは心筋細胞分化誘導性合成ペプチドとは添加時期をずらして使用し得る。かかる細胞外因子として、例えばFGF1、FGF2、FGF4、FGF7等のFGFスーパーファミリーに属する因子、BMP2、BMP4等の骨形成因子(BMPファミリーに属する因子)、HGF、OSM、Dex等の細胞外因子が挙げられる。
また、必要に応じて、上記アクチビンAを用いて多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において用いられる細胞外因子以外の細胞外因子を心筋細胞分化誘導性合成ペプチドと併用、或いは心筋細胞分化誘導性合成ペプチドとは添加時期をずらして使用してもよい。かかる細胞外因子として、例えば、レチノイン酸、TGF−β等のTGF−βスーパーファミリーに属する因子、白血病阻害因子(LIF)、コリン作動性神経分化因子(CDF)、毛様体神経栄養因子(CNTF)、EGF等に代表される所謂増殖因子、その他のサイトカインファミリーに属する因子、各種インターロイキン、腫瘍壊死因子(TNF−α)、インターフェロンγ(IFNγ)等が挙げられる。
【0063】
即ち、ここで開示される心筋細胞の生産方法の一態様として、上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドと上記の細胞外因子とを組み合わせて用いる方法が挙げられる。例えば、以下の(i)〜(iii)の工程を含む心筋細胞の生産方法であり得る。
即ちここで開示される心筋細胞の生産方法の一態様として、
(i)多能性幹細胞を、心筋細胞分化誘導性合成ペプチド、FGF2およびBMP4を添加した細胞培養培地中で培養する工程;
(ii)上記(i)で得られた細胞を、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを添加した細胞培養培地中で培養する工程;および、
(iii)上記(ii)で得られた細胞を、心筋細胞分化誘導性合成ペプチド、BMP4およびFGF2を添加し細胞培養培地中で培養する工程;を含む心筋細胞の生産方法が挙げられる。
なお、上記(i)〜(iii)の工程を含む心筋細胞の生産方法は、上記(iii)の工程の後で、以下の(iv)〜(vi):
(iv)BMP4およびFGF2を添加した細胞培養培地中で培養する工程;
(v)HGFを添加した細胞培養培地中で培養する工程;および
(vi)オンコスタチンMを添加した細胞培養培地中で培養する工程;
の工程のうちの一つ以上の工程をさらに含んでもよい。
なお、上記(iv)〜(vi)の工程のうちの二つ以上の工程を含む場合は、(iv)、(v)、(vi)の順で実施する。
【0064】
また、ここで開示される心筋細胞の生産方法に使用する培地としては、一般的なヒト由来の細胞を培養する際に用いられる培地を特に制限なく使用し得る。典型的には、上記アクチビンAを用いた肝細胞の分化誘導方法で用いられる培地と同様の培地を使用することができる。例えば、RPMI1640培地、HCM、DMEM、KO−DMEM、IMDM、Ham’s F−12培地、MEM、α-MEM、GMEM等が挙げられる。なお、これらの培地中には、必要に応じて一般的なヒト由来の細胞を培養する際に添加する添加成分を添加してもよい。かかる添加成分としては、FBS、KSR、B27(登録商標)サプリメント、各種の抗生物質、アミノ酸、ビタミン等が挙げられる。
【0065】
ここで開示の技術により生産される心筋細胞は、心筋細胞に特徴的な性質の少なくとも一つ以上を有する細胞である。かかる心筋細胞に特徴的な性質としては、典型的に、心筋細胞の形態的、構造的、機能的特徴、或いはまた、心筋細胞に特徴的な遺伝子の発現状態(典型的には、心筋細胞に特徴的な遺伝子を発現していること)が挙げられる。
具体的には、上記心筋細胞は自律的な拍動を複数回繰り返す細胞であり得る。また、上記心筋細胞は、単核(まれに二核)の細胞であり得、当該核が細胞の中央付近に位置する細胞であり得る。或いはまた、上記心筋細胞は、アクチンとミオシンフィラメントが規則的に整列したサルコメア(筋節)構造を有する(即ち暗帯と明帯を有する)細胞であり得る。或いはまた、上記心筋細胞は、心筋細胞に特徴的な遺伝子(典型的には、心筋細胞に特異的に発現することが知られている遺伝子、いわゆる心筋細胞マーカー遺伝子)を発現している細胞であり得る。
【0066】
即ち、ここで開示の技術により生産される心筋細胞は、ミオシン重鎖(典型的には、α−ミオシン重鎖(α-Myosin Heavy Chain: α-MHC)、β−ミオシン重鎖(β-Myosin Heavy Chain: β-MHC))、ミオシン軽鎖(典型的には、ミオシン軽鎖2a(Myosin Light Chain-2a:MLC-2a)、ミオシン軽鎖2v(Myosin Light Chain-2v:MLC-2v))、トロポニン(典型的には、心筋トロポニンT(cardiac Troponin T:cTnT)、心筋トロポニンC(cardiac Troponin C:cTnC))、コネキシン43(connexin 43 :Cx43)、アクチン(典型的には、心筋α-アクチン(α-cardiac Actin))、トロポミオシン(典型的には、α-トロポミオシン(α-Tropomyosin: α-TM))、アクチニン(典型的には、心筋α-アクチニン(α-cardiac Actinin))、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、NkX2.5(NK−2 transcription factor related, locus 5)、GATA4、Tbx-5等の心筋細胞で特徴的に発現することが知られている遺伝子(即ち、心筋細胞マーカー遺伝子)のうちの少なくとも1つ以上(好ましくは2つ以上、より好ましくは3つ以上、更に好ましくは4つ以上)を発現している細胞であり得る。なかでも、α−ミオシン重鎖(α-Myosin Heavy Chain: α-MHC)、β−ミオシン重鎖(β-Myosin Heavy Chain: β-MHC)、ミオシン軽鎖2a(Myosin Light Chain-2a:MLC-2a)、ミオシン軽鎖2v(Myosin Light Chain-2v:MLC-2v)、心筋トロポニンT(cardiac Troponin T:cTnT)、心筋トロポニンC(cardiac Troponin C:cTnC)、コネキシン43(connexin 43 :Cx43)、心筋α-アクチン(α-cardiac Actin)、心筋α-アクチニン(α- cardiac Actinin)、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)、NkX2.5(NK−2 transcription factor related, locus 5)は、心筋細胞特異的に発現する遺伝子であるため、得られた細胞が心筋細胞であるかを判断するための心筋細胞マーカー遺伝子として好ましい。
【0067】
即ち、ここで開示する方法により得られた細胞が心筋細胞であることは、上記心筋細胞に特徴的な性質を一つ以上有していることを適当な方法で確認することで確かめることができる。例えば、上述した自立した拍動を繰り返す細胞であることは、顕微鏡観察(典型的には光学顕微鏡を用いた観察、明視野観察等)で確認することができる。また、心筋細胞に特徴的な細胞の形態を有している(単核細胞である、サルコメア構造を有する等)ことは、特殊な色素を用いた細胞染色、抗原抗体反応を利用した免疫染色(抗体染色、免疫抗体法)等により染色した細胞を顕微鏡観察することにより確認することができる。また、上記心筋細胞に特異的な遺伝子を発現していることは、遺伝子産物であるmRNAやタンパク質が存在することを従来公知の方法により確認することができる。上記mRNAは例えばPCR(好ましくはRT−PCR)法によって確認することができ、上記タンパク質は例えば免疫学的手法を用いた方法(例えば細胞免疫染色、ウエスタンブロッティング、フローサイトメトリー等)により確認することができる。
【0068】
ここで開示の技術により生産される心筋細胞は、細胞培養物中で、心筋細胞を含む複数の細胞が集合(凝集)した細胞集合体(クラスター、コロニー)の状態で存在し得る。かかる細胞集合体(クラスター)は、典型的に同期して拍動を繰り返す複数の細胞(心筋細胞)を含み、また、好ましくは、電気的に互いに連結されている複数個の細胞(心筋細胞)を含みうる。上記細胞どうしの電気的な連結は、好ましくはギャップ結合により連結されたものであり得る。
【0069】
ここで開示の心筋細胞の生産方法は、心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを供給して培養した細胞培養物中から、心筋細胞に分化した細胞(或いは当該心筋細胞を含むクラスター)を選別(分離)することをさらに含んでもよい。かかる選別(分離)した心筋細胞を回収することで、全細胞に占める心筋細胞の割合(純度)が高い心筋細胞集団(該細胞集団を含む細胞培養物)を作製することができる。
即ち、ここで開示する心筋細胞の生産方法は、心筋細胞に特徴的な性質(マーカー、標識、目印)を指標にして、心筋細胞を含む細胞培養物中から心筋細胞を選別(分離)することを含みうる。かかる心筋細胞に特徴的な性質は、細胞培養物中に存在することが予想される心筋細胞以外の細胞と心筋細胞とを区別可能な性質であれば特に限定されない。例えば、心筋細胞の機能的特徴、形態的特徴若しくは構造的特徴、又は心筋細胞に特徴的な遺伝子(典型的には心筋細胞特異的に発現する遺伝子、いわゆる心筋細胞マーカー遺伝子)の発現状態、又は心筋細胞に特徴的な生理的特徴(増殖性、接着性、遊走性、細胞分裂の特徴、栄養要求性等)等を、対象の細胞培養物中から心筋細胞を選別するための心筋細胞の性質(特徴)として利用し得る。例えば、ここで開示の心筋細胞の生産方法により得られた細胞が心筋細胞であることの確認に用い得る心筋細胞に特徴的な性質として上述した性質と同じものを好適に利用し得る。
【0070】
心筋細胞を含む細胞培養物中から心筋細胞を選別(分離)する方法としては、例えば、適当な選択培地を用いること、心筋細胞の機能的特徴(例えば拍動する細胞)或いは形態的(構造的)特徴を有する細胞を顕微鏡下で採取(ピックアップ)すること、心筋細胞マーカー遺伝子の発現状態(典型的には、該遺伝子の遺伝子産物であるmRNA或いはタンパク質の存在)を基準にした細胞選別(セルソーティング、例えば蛍光標識式細胞分取器(FACS、fluorescence-activated cell sorter)や磁気細胞分離装置(例えばMACS、magnetic cell sorter)を用いたセルソーティング)を行うこと、心筋細胞に特徴的な生理的性質(増殖性、接着性、遊走性、細胞分裂の特徴、栄養要求性)を利用した細胞選別を行うこと等により心筋細胞の選別、および心筋細胞の回収を行うことができる。なお、これらの選別方法は心筋細胞を細胞培養物中から選別する方法の一例であり、これに限定されない。例えば、細胞培養物中から特定の細胞を回収する種々の方法を採用し得る。また、これら心筋細胞の選別方法のうちの1つの方法を単独で実施してもよいし、2つ以上の方法を組み合わせて実施してもよい。
【0071】
或いはまた、ここで開示する心筋細胞の生産方法において、心筋細胞を含む細胞培養物中には心筋細胞以外の細胞として、心筋細胞に分化していない多能性幹細胞が存在することが予想される。このため、例えば多能性幹細胞に特徴的な性質(マーカー、標識、目印)を指標にして、心筋細胞を含む細胞培養物中から多能性幹細胞を除去してもよい。ここで、心筋細胞を含む細胞培養物中に多能性幹細胞が存在することを例にして説明したが、これに限定されない。例えば、分化状態の不十分な細胞、内胚葉系の細胞、外胚葉系の細胞、骨格筋や平滑筋等の心筋以外の筋肉細胞等が細胞培養物中に存在する場合は、当該細胞に特徴的な性質で、心筋細胞を含む細胞培養物中からこれらの細胞を除去すればよい。
【0072】
ここで開示される心筋細胞の生産方法によって、インビトロで培養(継代)している多能性幹細胞(例えばiPS細胞やES細胞)から心筋細胞(或いは該細胞を含む組織、器官等)を効率よく生産することができる。特に、ここで開示する心筋細胞の生産方法によると、心筋細胞として高い機能を発揮する心筋細胞(典型的には自立して拍動を繰り返す心筋細胞)を作製し得る。また、従前の多能性幹細胞から心筋細胞を生産する方法と比較して、効率よく(高い分化誘導効率、即ち高い生産効率)で心筋細胞を生産することができる。換言すると、全細胞に占める心筋細胞の含有割合が高い細胞培養物を入手可能である。
【0073】
ここで開示される心筋細胞の生産方法によって生体外(インビトロ)で効率よく生産した心筋細胞(或いは該細胞を含む組織、器官等)を、修復や再生が必要とされる患部に(即ち患者の生体内)に戻すことにより、当該修復や再生を効果的に行うことができる。組織体の再生が有力な治療法となる種々の疾患を効率的に治療することが可能となる。また、ここで開示される生産方法によって生体外で生産された心筋細胞は、例えば心筋梗塞、心筋炎、心筋症等の心筋細胞が傷害される疾患や該組織の損傷を再生医療的アプローチによって治療することに資する医療用資材として使用することができる。
【0074】
或いはまた、インビトロ(インビトロ培養系)で大量に生産した心筋細胞を医薬品の毒性及び有効性の評価に資することで、当該評価の効率および精度の向上およびコストの削減が実現可能である。具体的には、薬物の薬理活性試験や毒性試験にここで開示される心筋細胞の生産方法によって得られた心筋細胞を好適に適用し得る。ヒト由来の心筋細胞を用いることで、ヒトの治療に有用な(より効果の高い、またはより安全性の高い)薬剤の開発に貢献し得る。また、インビトロ培養系で効率よく大量培養した細胞を用いることで、薬剤開発のコストを削減することができる。また、インビトロ(インビトロ培養系)で大量に生産した心筋細胞を利用することで、該細胞由来の生合成物、典型的には分泌タンパク質やホルモン等の生理活性物質(例えばANP:Atrial natriuretic factor、BNP:brain natriuretic factor、FSTL1:Follistatin-like 1等)を生産することができる。
【0075】
或いはまた、インビトロ(インビトロ培養系)で大量に生産した心筋細胞を試験対象とすることで、従来は評価が困難であった試験の実施が可能となる。例えば、疾患の病態解明や治療薬の研究開発等の分野において、ヒト由来の多能性幹細胞から生産された心筋細胞を利用することで、効率的な研究が実現される。
【0076】
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0077】
<実施例1:ペプチド合成>
上述した配列番号26に示すアミノ酸配列から成る合成ペプチドを後述するペプチド合成機を用いて製造した。なお、以下の説明では、当該合成ペプチドをサンプル1と呼称する。なお、当該合成ペプチドは、C末端アミノ酸のカルボキシル基(−COOH)はアミド化(−CONH
2)されている。
上記サンプル1に係るペプチドは、市販のペプチド合成機(Intavis AG社製)を用いてマニュアルどおりに固相合成法(Fmoc法)を実施して合成した。なお、ペプチド合成機の使用態様自体は本発明を特徴付けるものではないため、詳細な説明は省略する。
合成したペプチドは、DMSOを1容量とエタノールを1容量とを混合した溶媒(DMSO/EtOH=1/1)に溶かし、ストック液を調製した。
【0078】
<実施例2:心筋細胞の作製>
上記実施例1で得られた心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(サンプル1)を用いて、多能性幹細胞を心筋細胞に誘導(心筋細胞を作製)した。具体的には、多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において、上記実施例1で得られた心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(サンプル1)をアクチビンAに代えて用いることで、多能性幹細胞を心筋細胞に誘導(心筋細胞を作製)した。上記多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法としては、非特許文献3に示す方法を採用した。供試細胞としては、ヒト由来のiPS細胞(クローン名:201B7、出典元:Takahashi K et al., Cell, 131, 861-872(2007))を用いた。かかるiPS細胞は、京都大学iPS細胞研究所から供与されたものを使用した。
【0079】
まず、上記実施例1で得られた心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(サンプル1)を用いて多能性幹細胞から心筋細胞を作製する際に用いる以下の組成の培地を準備した。ここでは各組成の培地を基本培地1〜5と呼称する。
基本培地1は、RPMI1640培地中に2体積%のB27(登録商標) Supplement, minus insulinと、10ng/mLのBMP4と、20ng/mLのFGF2を含む培地である。
基本培地2は、RPMI1640培地中に2体積%のB27(登録商標) Supplement, minus insulinを含む培地である。
基本培地3は、RPMI1640培地中に2体積%のB27(登録商標) Supplementと、20ng/mLのBMP4と、10ng/mLのFGF2を含む培地である。
基本培地4は、RPMI1640培地中に2体積%のB27(登録商標) Supplementと、20ng/mLのHGFを含む培地である。
基本培地5は、EGFを含有しない肝細胞培養培地Bulletkit(登録商標)(Hepatocyte Culture Media (HCM) Bulletkit(登録商標))に、20ng/mLのオンコスタチン(Oncostatin M)を含む培地である。
なお、上記基本培地1〜5の組成を表1に示す。
【0081】
ここで、上記RPMI1640はLife Technologies社製 (Cat. No. GIBCO11875-093)を、上記B27(登録商標) Supplement, minus insulinはLife Technologies社製 (Cat. No. A189956-01)を、BMP4はLife Technologies社製 (Cat. No. 0531120001)を、FGF2はReproCELL社製(Cat. No. RCHEOT002)を、B27(登録商標) SupplementはLife Technologies社製 (Cat. No. 17504-044)を用いた。また、上記EGF非含有のHCMBulletkit(登録商標)とは、肝細胞基本培地(hepatocyte Basal Medium(HBM)、Lonza社製品、Cat. No. CC-3199)に、添加因子セットであるHCM SingleQuots kit(Lonza社製品、Cat. No. CC-4182)のうちのEGF以外の添加因子を添加した培地である。即ち、上記HBMに、アスコルビン酸、脂肪酸不含のウシ血清由来アルブミン(BSA−FAF:bovine serum albumin-fatty acid free)、ヒドロコルチゾン(hydrocortisone)、トランスフェリン(Transferrin)、インスリン(insulin)、GA−1000(ゲンタマイシンとアンフォテリシンBを含む製品)を所定の割合(正確な濃度は未公表)で添加した培地である。また、上記Oncostatin MはR&D Systems社製(Cat. No. 205-OM-010)を用いた。
【0082】
そして、供試細胞であるiPS細胞を、細胞外基質(ここではGeltrex(商標登録))でコートした12穴(ウェル)プレート中に播種した。培地にはmTeSR1(STEMCWLL Technologies 社製品)を用い、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で適当な細胞密度(ここでは60%以上70%以下程度のコンフルエント)になるまで培養(前培養)した。かかる前培養では、毎日培地交換を行った。
次に、上記実施例1で得られたサンプル1を培地中に添加して培養(本培養)した。即ち、非特許文献3に示す多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法において、上記実施例1で得られた心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(サンプル1)をアクチビンAに代えて用いることで、多能性幹細胞を心筋細胞に誘導(心筋細胞を作製)した。本実施例では、非特許文献3に示すアクチビンAを使用して多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法と同様の方法を適用する試験区(以下、アクチビンA添加区という)、上記アクチビンA添加区におけるアクチビンAに代えて上記サンプル1にかかる心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを用いる試験区(以下、サンプル1添加区という)、アクチビンAおよび上記心筋細胞分化誘導性合成ペプチドのいずれも添加しないコントロール区を設けた。具体的には以下のとおりである。なお、かかる本培養の培養条件の概略を
図1に示す。
【0083】
まず、アクチビンA添加区、サンプル1添加区およびコントロール区について、培地を上記基本培地1に交換した。そして、アクチビンA添加区は、培地中のアクチビンAの濃度が100ng/mLとなる量のアクチビンA(R&D Systems社製、Cat. No. 338-AC-D50)を培養容器中(即ち基本培地1中)に添加した。また、サンプル1添加区には、培地中のペプチド濃度が8μMとなる量の上記サンプル1に係るペプチドを培養容器中(即ち基本培地1中)に添加した。そして、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で2日間培養した。
上記2日間の培養後(即ち本培養開始後2日目)、アクチビンA添加区、サンプル1添加区およびコントロール区について、培地を上記基本培地2に交換した。そして、アクチビンA添加区は、培地中のアクチビンAの濃度が100ng/mLとなる量のアクチビンAを培養容器中(即ち基本培地2中)に添加した。また、サンプル1添加区には、培地中のペプチド濃度が8μMとなる量の上記サンプル1に係るペプチドを培養容器中(即ち基本培地2中)に添加した。そして、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で3日間培養した。
上記3日間の培養後(即ち本培養開始後5日目)、アクチビンA添加区、サンプル1添加区およびコントロール区について、培地を上記基本培地3に交換した。そして、サンプル1添加区には、培地中のペプチド濃度が8μMとなる量の上記サンプル1に係るペプチドを培養容器中(即ち基本培地3中)に添加した。そして、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で2日間培養した。
上記2日間の培養後(即ち本培養開始後7日目)、アクチビンA添加区、サンプル1添加区およびコントロール区について、培地を上記基本培地3に交換し、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で3日間培養した。
上記3日間の培養後(即ち本培養開始後10日目)、アクチビンA添加区、サンプル1添加区およびコントロール区について、培地を上記基本培地4に交換し、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で5日間培養した。
上記5日間の培養後(即ち本培養開始後15日目)、アクチビンA添加区、サンプル1添加区およびコントロール区について、培地を上記基本培地5に交換し、37℃、5%CO
2条件下のCO
2インキュベータ内で任意の期間培養を行った。
【0084】
本培養開始から毎日、各試験区の培養iPS細胞の形態を顕微鏡(光学顕微鏡)観察(ここでは明視野観察)した。かかる顕微鏡観察の結果、本培養開始後9日目のサンプル1添加区において、定期的に拍動する細胞(拍動細胞)が存在することを確認した。本培養開始後10日目のサンプル1添加区では、本培養開始後9日目のサンプル1添加区と比較して、上記拍動細胞の存在数(存在割合)が増大していた。そして、上記本培養の培養期間が長くなるにつれて、サンプル1添加区における拍動細胞の存在数(存在割合)が増大することを確認した。本培養開始後17日目のサンプル1添加区では、凡そ38個/ウェルの拍動細胞が存在することを確認した。そして、本培養開始後24日目と29日目に、サンプル1添加区に存在する拍動細胞の動画を撮影した(ここでは示していない)。
一方で、上記アクチビンA添加区およびコントロール区では、上記拍動細胞の存在は確認できなかった。
【0085】
また、上述した心筋細胞の作製と同じ条件での試験を相互に独立して複数回繰り返したところ、サンプル1添加区では95%以上の確率で12ウェルプレートの1ウェルあたり1個以上の拍動細胞が存在する(出現する)ことを確認した。典型的には上記本培養開始後9日目頃に拍動細胞の存在が確認され始め、上記本培養の培養期間が長くなるにつれて拍動細胞の存在数(存在割合)が増大した。このとき、本培養開始後17日目のサンプル1添加区で確認される拍動細胞の存在数(存在割合)は、12ウェルプレートの1ウェルあたり、平均で凡そ40個であった。
一方で、上記アクチビンA添加区および上記コントロール区と同じ条件での試験を相互に独立して複数回繰り返したとしても、拍動細胞の存在を確認しなかった。
<実施例3:心筋細胞マーカー遺伝子の発現状態の評価>
【0086】
そして、本培養開始後16日目の各試験区の細胞について、心筋細胞マーカー遺伝子の発現状態を、当該心筋マーカー遺伝子の遺伝子産物であるタンパク質を細胞免疫染色(蛍光免疫染色)することで調べた。ここでは、心筋マーカー遺伝子として、ミオシン重鎖(MHC)、心筋トロポニンT(cTnT)、トロポミオシン(TM)およびコネキシン43(Cx43)の発現を調べた。
【0087】
まず、各試験区の細胞に対して、固定処理、透過処理およびブロッキング処理を行った。かかる固定処理、透過処理およびブロッキング処理は市販のキット(Image-iT Fixation/Permeabilization Kit、Life Technologies社製)を当該キットに添付のアニュアルのとおりに用いて行った。
具体的には、まず、上記本培養開始後16日目(心筋細胞分化誘導性合成ペプチドを添加してから16日目)の各試験区の細胞について、培養容器(12ウェルプレート)の中から培地を除去した。そして、上記キットの固定液(Fixative Solution、PBS中に4体積%のホルムアルデヒドを含む(pH=7.3))を0.4mL/ウェルずつ添加し、室温に15分間静置して固定処理を行った。その後上記キットの洗浄液(wash Buffer、PBS、pH=7.4)を0.5mL/ウェルずつ用いて3回洗浄した。
次いで、上記キットの透過液(Permeabilization solution、0.5体積%のTriton(登録商標) X−100を含む)を0.5mL/ウェルずつ添加し、室温に15分間静置して透過処理を行った。その後上記キットの洗浄液(0.5mL/mL)で3回洗浄した。
そして、各ウェル中の細胞をPBS−T(0.25体積%のTriton(登録商標) X−100を含むPBS)で洗浄した後で、上記キットのブロッキング溶液(Blocking Solution、DPBS(Dulbecco's PBS)中に3重量体積%(w/v%)のウシ血清由来のアルブミンの第5画分(BSA fraction V)を含む(pH=7.4))を各ウェルに添加し、4℃に一晩(凡そ18時間)静置してブロッキング処理を行った。
【0088】
次に、上記ブロッキング処理後の各ウェルに、所定の一次抗体を上記ブロッキング処理に用いたブロッキング溶液を用いて適当な抗体濃度に希釈した一次抗体希釈液を添加し、室温に2時間静置した。
上記一次抗体としては、抗ミオシン重鎖抗体、抗心筋トロポニンT抗体、抗トロポミオシン抗体、抗コネキシン43抗体を一次抗体として用いた。表2に、本実施例において用いた一次抗体の詳細、および該一次抗体の希釈倍率の詳細を示す。なお、表2に示す抗体のうち、抗ミオシン重鎖抗体はR&Dシステムズ社製のものを用い、抗心筋トロポニンT抗体、抗トロポミオシン抗体、抗コネキシン43抗体はアブカム社製のものを用いた。
このとき、同一の一次抗体希釈液中に所定の希釈濃度の抗ミオシン重鎖抗体および抗心筋トロポニンT抗体が含まれるようにこれらの抗体を希釈し、他の同一の一次抗体希釈液中には、所定の希釈濃度の抗トロポミオシン抗体および抗コネキシン43抗体が含まれるようにこれらの抗体を希釈した。即ち、抗ミオシン重鎖抗体および抗心筋トロポニンT抗体による二重染色と、抗トロポミオシン抗体および抗コネキシン43抗体による二重染色とを行った。以下、抗ミオシン重鎖抗体および抗心筋トロポニンT抗体を含む一次抗体希釈液を一次抗体希釈液Aとも呼び、抗トロポミオシン抗体および抗コネキシン43抗体を含む一次抗体希釈液を一次抗体希釈液Bとも呼ぶこととする。
【0090】
上記一次抗体を用いた抗原抗体反応の所定時間経過後、上記一次抗体希釈液を除去し、
PBSで洗浄した。そして、上記ブロッティング溶液を用いて二次抗体を1000倍希釈した二次抗体希釈液を調製し、当該二次抗体希釈液を各ウェルに添加し、室温で1時間、暗所に静置した。ここで、上記二次抗体としては、蛍光色素(Alexa Fluor(登録商標) 488)で標識した抗マウスIgG抗体(ヤギ由来、Life Technologies社製、47759A)と、蛍光色素(Alexa Fluor(登録商標) 594)で標識した抗ラビットIgG抗体(ヤギ由来、Life Technologies社製、1205993)とを用い、同一の二次抗体希釈液中に所定の濃度の上記2種類の二次抗体が含まれるように、これら二次抗体を希釈した。
そして、所定時間経過後、上記二次抗体希釈液を除去し、PBSで洗浄した。そして、上記の細胞免疫染色を行った各試験区の細胞をDAPI含有褐色防止用封入液であるProlong (登録商標)Gold Antifade Mountant with DAPI(Life Technologies社製、Cat. No. P-36931)とカバーガラスを用いて封入した。
【0091】
上述のとおりに細胞免疫染色(蛍光免疫染色)を行った各試験区の細胞について、共焦点レーザー顕微鏡による蛍光観察を行った。
共焦点レーザー顕微鏡による蛍光観察を行った結果を
図2および
図3に示す。これらの図面は各試験区におけるミオシン重鎖、心筋トロポニンT、トロポミオシンおよびコネキシン43の発現を調べた蛍光顕微鏡写真である。
図2には、一次抗体として抗ミオシン重鎖抗体および心筋トロポニンT抗体(即ち一次抗体希釈液A)を用いてこれらの発現状態を調べた結果を示し、
図3には、一次抗体としてトロポミオシン抗体およびコネキシン43抗体(即ち一次抗体希釈液B)を用いてこれらの発現状態を調べた結果を示す。また、
図2および
図3はいずれも、左列にサンプル1添加区の結果を示し、右列にコントロール区の結果を示す。
具体的には、
図2の上から二段目および三段目には上記免疫蛍光抗体法でミオシン重鎖(上から二段目)または心筋トロポニンT(上から三段目)の発現状態を調べた結果を示す蛍光画像を示す。また、
図3の上から二段目および三段目には上記免疫蛍光抗体法でトロポミオシン(上から二段目)またはコネキシン43(上から三段目)の発現状態を調べた結果を示す蛍光画像を示す。なお、
図2および
図3の上から四段目の写真はDAPIによる核染色画像であり、また
図2および
図3の最上段の写真は上記二段目〜四段目に示す蛍光顕微鏡観察と同一視野を光学顕微鏡観察(明視野観察)した結果を示す画像(写真)を示す。さらに、
図2および
図3の最下段の画像は、各図の二段目〜四段目に示す画像(上記蛍光画像と上記核染色画像)を重ねあわせた(マージした)画像である。
【0092】
図2および
図3に示すとおり、サンプル1添加区では、コントロール区の細胞と比較して、ミオシン重鎖、心筋トロポニンT、トロポミオシンおよびコネキシン43の発現量が顕著に増大した細胞が数多く認められた。このことは、サンプル1に係るペプチドを添加したサンプル1添加区には、心筋細胞に分化した細胞が存在していることを示している。上記の結果は、上記実施例2において、サンプル1添加区で拍動細胞が多数確認された結果と一致している。
【0093】
これらの結果は、ここで開示する方法によると、ヒト由来の多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導し得る、即ち、多能性幹細胞にここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(即ち該ペプチドを有効成分として含む心筋細胞生産用組成物)を供給する(典型的には当該細胞を含む培地中に供給する)ことで、心筋細胞を作製し得ることを示している。そして、上記対象の多能性幹細胞への心筋細胞分化誘導性合成ペプチドの供給は、アクチビンAを使用するヒトの多能性幹細胞を肝細胞に分化誘導する方法を当該アクチビンAに代えて上記合成ペプチドを使用して実施し得ることが確認された。
また、上記の結果は、ここで開示される心筋細胞分化誘導性合成ペプチド(即ち該ペプチドを有効成分として含む心筋細胞生産用組成物)が、多能性幹細胞を心筋細胞に分化誘導し得るペプチド(組成物)であることも示している。