(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、実施形態について図面を用いて説明する。各実施形態において、実質的に同一の構成部位には同一の符号を付し、その説明を一部省略する場合がある。図面は模式的なものであり、厚さと平面寸法との関係、各部の厚さの比率等は現実のものとは異なる場合がある。説明中の上下等の方向を示す用語は、重力加速度方向を基準とした現実の方向とは異なる場合がある。
【0009】
図1は、実施形態に係る全熱交換素子用シートを示す断面模式図、
図2は全熱交換素子用シートに対する外気と還気の流れを
図1と異ならせた断面模式図、
図3は
図1の膜の断面TEM写真を模式的に示す断面図、である。全熱交換素子用シート1は、多孔質部材2と多孔質部材2の一方の面に設けられた膜3とを具備し、多孔質部材2と膜3との積層体は水蒸気分離体としての機能を有する。
【0010】
このような全熱交換素子用シート1に対し、コスト面などを考慮して通常は導入側を変化させないが、以下に説明するように導入側を夏と冬で変化させてもよい。
【0011】
例えば、外気110aが還気110cよりも高温多湿である場合、
図1に示すように外気110aは主に膜3の表面を流路(図示せず)に沿って流通して吸気110bとして室内に排出され、還気110cは主に多孔質部材2の表面を流路(図示せず)に沿って通過して排気110dとして室外に排出される。外気110a及び還気110cは、例えば互いに向き合うように流通させているが、全熱交換の設計により互いに角度を持って交差して流通させてもよい。このように外気110aを全熱交換素子用シート1の膜3表面、還気110cを全熱交換素子用シート1の多孔質部材2表面、に沿って流通させることによって、外気110aに含まれる水蒸気及び熱は全熱交換素子用シート1を透過して低湿低温に調整された還気110c側に移動する。
【0012】
他方、外気110aが還気110cよりも低温低湿である場合、
図2に示すように還気110cは主に膜3の表面を流路(図示せず)に沿って通過して排気110dとして室外に排出され、外気110aは主に多孔質部材2の表面を流路(図示せず)に沿って通過して吸気110bとして室内に排出される。還気110c及び外気110aは、互いに向き合うように流通させる。このように還気110cを全熱交換素子用シート1の膜3表面、外気110aを全熱交換素子用シート1の多孔質部材2表面、に沿って流通させることによって、還気110cに含まれる水蒸気及び熱(顕熱と潜熱)は全熱交換素子用シート1を透過して外気110a側に移動する。従って、全熱交換素子用シート1は外気110aと還気110cとの間で全熱を交換することができる。
【0013】
外気及び還気は、互いに接触しないように全熱交換素子用シート1の表面を流路に沿って通過させ、水蒸気とその他の気体とを効率よく分離することが好ましい。そのため、全熱交換素子用シート1は温度と湿度を効率よく交換する機能を有することが求められる。全熱の交換効率をより高めるためには、例えば水蒸気透過速度Vsと水蒸気と水蒸気を除く気体(空気等)とを分離する能力を示す分離率αとの両方が高いことが好ましい。
【0014】
全熱交換素子用シート1の水蒸気透過速度Vsは、50g/h/m
2/kPa以上、80g/h/m
2/kPa、さらに120g/h/m
2/kPaであることが求められる。全熱交換素子用シートの水蒸気透過速度Vsは、次式(1)により表される。全熱交換素子用シート1の水蒸気透過速度Vsが低いと、湿度交換効率が低下し、全熱交換器としてのロスが大きくなる虞がある。
【0015】
全熱交換素子用シート1の水蒸気透過速度Vs(g/h/m
2/kPa)=(全熱交換素子用シート1を透過した水分量(g))/(全熱交換素子用シート1を水分が透過した時間(h))/(全熱交換素子用シート1の面積(m
2))/(全熱交換素子用シート1の両面における水蒸気圧差(kPa))…(1)
全熱交換素子用シート1の水蒸気と水蒸気を除く気体との分離率αは、10以上、20以上、さらに50以上であることが求められる。分離率αは、次式(2)により表される。
【0016】
α=[(全熱交換素子用シート1を透過した水のモル数)/(排気7dの乾燥空気のモル数)]/[(外気7aの水のモル数)/(外気7aの乾燥空気のモル数)]…(2)
分離率αが低すぎると、水蒸気と水蒸気を除く気体との分離が困難になり、還気が効率よくおこなわれなくなる。その結果、室内の二酸化炭素等の排出が低下し、十分な換気のために余分な風量が必要になる。
【0017】
前述した多孔質部材2及び膜3について以下に詳述する。
<多孔質部材2>
多孔質部材2は、繊維径1μm以上100μm以下の有機繊維を主成分とすることが好ましい。有機繊維は、1μm以上50μm以下の繊維径であることがより好ましい。有機繊維は、高い柔軟性を有し、低コストであるため好ましい。多孔質部材2は、複数種の有機繊維を含んでもよい。また、多孔質部材2は10重量%以下の添加物、例えば紙のサイズ度を調整するためのサイズ剤、又は撥水、耐水の処理剤等、を含んでもよい。
【0018】
多孔質部材2は、有機繊維の間に細孔をさらに有することが好ましい。繊維径を1μm以上100μm以下の範囲に調節して細孔径等を制御することにより多孔質部材2の水蒸気透過速度Vs等を高めることができる。
【0019】
有機繊維は、例えば合成繊維や天然繊維等を用いることができる。天然繊維は、例えセルロースを主成分として含む。有機繊維は、径方向に平であってもよい。また有機繊維は中空繊維であってもよい。多孔質部材2は、例えば不織布、紙、有機多孔質体、又は合成繊維、天然繊維からなる成形体(紙を含む)であってもよい。多孔質部材2を構成する有機繊維は、サブミクロン以下のサイズの有機ナノ繊維の集合体であってもよい。有機ナノ繊維の集合体を用いることにより、多孔質部材2と膜3との結合力を増加させて、膜3が多孔質部材2から剥離するのを防ぐことができる。
【0020】
多孔質部材2は、例えばポアフロン(住友電気工業株式会社の登録商標)のようなフッ素系シートを延伸加工した多孔質シートから作製してもよい。
【0021】
多孔質部材2の平均細孔径は、好ましくは0.05μm以上100μm以下、より好ましくは0.05μm以上50μm以下、さらに好ましくは0.1μm以上10μm以下である。平均細孔径が大き過ぎると、当該多孔質部材2に膜3を形成する際、膜3が孔に侵入しやすくなって、ピンホール、亀裂が発生して分離性能が低下する可能性がある。
【0022】
多孔質部材2の厚さは、特に限定されないが、好ましくは30μm以上3mm以下、さらに好ましくは50μm以上1mm以下である。多孔質部材2を薄くし過ぎると、ハンドリングの際、たわみ等の変形が生じ、多孔質部材2の一面に設けた膜3に亀裂等の欠陥が生じるだけでなく、破損する虞がある。また、多孔質部材2を厚くし過ぎると、水蒸気透過速度Vsが低下するだけでなく、熱伝導が低下するため、熱交換のロスが生じることが懸念される。
【0023】
多孔質部材2の密度は、好ましくは0.8g/cm
3以下、さらに好ましくは0.7g/cm
3以下である。密度を高くし過ぎると、水蒸気の透過抵抗が高くなり、全熱の交換効率が低下する虞がある。
【0024】
多孔質部材2の体積気孔率(細孔の体積率)は、好ましくは20%以上80%以下、より好ましくは25%以上70%以下である。多孔質部材2の体積気孔率が20%未満であると、水蒸気の透過抵抗が高くなり、全熱の交換効率が低下する虞がある。多孔質部材2の体積気孔率が80%を超えると、多孔質部材2の強度が低下して、多孔質部材2の一面に設けた膜3に亀裂が発生し、後述するウェットシールの形成を阻害する虞がある。なお、多孔質部材2の体積気孔率や細孔の形状(平均孔径等)は、水銀圧入法により測定することができる。
【0025】
多孔質部材2の水蒸気透過速度Vsは、50g/h/m
2/kPa以上、70g/h/m
2/kPa以上、さらに120g/h/m
2/kPa以上であることが好ましい。多孔質部材2の水蒸気透過速度Vsは、次式(3)により表される。
【0026】
多孔質部材2の水蒸気透過速度Vs(g/h/m
2/kPa)=(多孔質部材2を透過した水分量(g))/(多孔質部材2を水分が透過した時間(h))/(多孔質部材2の面積(m
2))/(多孔質部材2の両面における水蒸気圧差(kPa))…(3)
前記式(3)で求められる多孔質部材2の水蒸気透過速度Vsが低過ぎると、全熱交換素子用シート全体の水蒸気透過速度Vsが低下し、全熱の交換効率が低下する虞がある。
<膜3>
膜3は、多孔質部材2の一方の面に設けられる。膜3は、繊維径1nm以上50nm以下の無機繊維を含む。OH基を有する無機繊維は、水蒸気が吸着しやすいため好ましい。無機繊維の繊維長は、0.5μm以上15μm以下であることが好ましい。無機繊維は、繊維径が1nm以上10nm以下、繊維長が1μm以上3μm以下であることがより好ましい。繊維長を0.5μmよりも短くすると、繊維同士が絡み合う力が小さく、膜形成する際に亀裂が発生しやすくなる虞がある。繊維長が15μmよりも長くすると、繊維径に対するアスペクト比が大きくなり過ぎて繊維が折れやすくなる。無機繊維は、耐熱性が高いため好ましい。膜3は、複数種の無機繊維を含んでもよい。
【0027】
無機繊維31は、特に限定されないが、親水性材料であることが好ましい。親水性材料は、例えばアルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)、亜鉛(Zn)、マグネシウム(Mg)、及び鉄(Fe)からなる群から選ばれる少なくとも一つを含む酸化物や水酸化物;アルカリ金属及びアルカリ土類金属からなる群から選ばれる少なくとも一つを含むアルミノケイ酸塩;マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)、及びストロンチウム(Sr)からなる群から選ばれる少なくとも一つを含む炭酸塩;Mg、Ca、及びSrからなる群から選ばれる少なくとも一つを含むリン酸塩;Mg、Ca、Sr、及びAlからなる群から選ばれる少なくとも一つを含むチタン酸塩;又はこれらの複合物若しくは混合物等を用いることができる。また、金属水酸化物を前駆体とし、これを加水分解等で結合させ、反応を途中で止めてOH基の数を制御することにより形成された金属化合物であってもよい。
【0028】
具体的な親水性材料は、例えばアルミナ(ベーマイト又は擬ベーマイトを含む)、シリカ、チタニア、ジルコニア、マグネシア、酸化亜鉛、フェライト、ゼオライト、ハイドロキシアパタイト、チタン酸バリウム、又はその水和物等が挙げられるが、これらに限定されない。このような親水性材料からなる無機繊維を含む膜3は、耐熱性をより向上することができる。
【0029】
無機繊維は、ベーマイト又は擬ベーマイトを含んでいることが特に好ましい。擬ベーマイトは、ベーマイトと結晶構造の一部が異なるアルミナ水和物を含む材料である。ベーマイト及び擬ベーマイトは、表面や結晶の層間にOH基が多く存在するため、水蒸気を吸着しやすく、ウェットシールの形成に有利である。
【0030】
膜3は、無機繊維の配向状態が異なる薄層を2層以上積層した多層構造を有する。無機繊維の配向状態が異なる薄層は、
図3に示す第1の薄層31及び第2の薄層32を例えば交互に配置されている。第1の薄層31及び第2の薄層32は、次に説明する構造を有する。
【0031】
(1)第1の薄層31は、当該薄層31を平面視した時に無機繊維の配向がランダムで、かつ当該薄層31を断面視した時に無機繊維が当該薄層31表面に対して平行及び/又は傾斜して配向する。
【0032】
(2)第2の薄層32は、当該薄層32を平面視した時に無機繊維の一端面及び/又は一端部が現れ、かつ当該薄層32を断面視した時に無機繊維が当該薄層32表面に垂直な軸に対して平行及び/又は傾斜して配向する。
【0033】
ここで、前記(1)の第1の薄層31において、「平面視した時に無機繊維の配向がランダム」とは、当該薄層31表面に対して特定の方向に揃って配向する無機繊維が全体の無機繊維の50%未満である。「平面視した時に無機繊維の配向がランダム」は、当該薄層31表面に対して特定の方向に揃って配向する無機繊維が全体の無機繊維の40%未満、より好ましくは全体の無機繊維の30%未満、である。
【0034】
前記(1)の第1の薄層31において、「断面視した時に無機繊維が当該薄層31表面に対して傾斜する」とは、好ましくは当該薄層31表面に対して0〜30°の角度、より好ましくは0〜15°の角度、で傾斜することである。
【0035】
1つの実施形態において、第1の薄層31は断面視した時に無機繊維が当該薄層31表面に対して平行した配向と傾斜した配向とが混在する。2つの配向の混在割合は、任意である。
【0036】
他の実施形態において、第1の薄層31は断面視した時に無機繊維が当該薄層31表面に対して異なる角度で傾斜した配向が混在する。異なる角度で傾斜した配向の混在割合は、任意である。
【0037】
また、前記(2)の第2の薄層32において、「平面視した時に無機繊維の一端面及び/又は一端部が現れる」とは、例えば無機繊維の一端が当該薄層32表面に毛羽立って現れる。
【0038】
前記(2)の第2の薄層32において、「断面視した時に無機繊維が当該薄層32表面に垂直な軸に対して傾斜する」とは、好ましくは垂直な軸に対して0〜45°の角度、より好ましくは0〜30°の角度、で傾斜することである。
【0039】
1つの実施形態において、第2の薄層32は断面視した時に無機繊維が当該薄層32表面に垂直な軸に対して平行した配向と傾斜した配向とが混在する。2つの配向の混在割合は、任意である。
【0040】
他の実施形態において、第2の薄層32は断面視した時に無機繊維が当該薄層32表面に垂直な軸に対して異なる角度で傾斜した配向が混在する。異なる角度で傾斜した配向の混在割合は、任意である。
【0041】
前述した第1、第2の薄層31,32は、それらの構造上の相違から、第1の薄層31が第2の薄層32に比べて高い密度を有する。
【0042】
膜3を構成する多層構造は、第1、第2の薄層31,32をそれぞれ1層有すれば、単一の層からなる膜に比べて高い水蒸気透過速度を維持しつつ、水蒸気と水蒸気を除く気体(例えば空気)の分離率を向上できる、優位な効果を奏する。
【0043】
第1、第2の薄層31,32を含む多層構造の膜3の層数は、6層以上、8層以上、10層以上、12層以上、14層以上、16層以上、18層以上、20層以上、24層以上、30層以上、40層以上又は50層以上であってもよい。このような層数の多層構造を有する膜3は、積層される複数の第1の薄層31、又は複数の第2の薄層32が前述した(1)、(2)の配向状態を満たす範囲内で、互いに同じであっても、異なってもよい。
【0044】
多層構造の膜3の層厚さ(第1又は第2の薄層の厚さ)は、好ましくは300nm以下、より好ましくは200nm以下、さらに好ましくは100nm以下である。第1又は第2の薄層の厚さは、互いに同じであって、異なってもよい。第1又は第2の薄層の下限厚さは、好ましくは10nm、より好ましくは15nm、最も好ましくは30nmである。
【0045】
多層構造の膜3自体の厚さは、第1、第2の薄層の厚さ及び層数により一概に規定できないが、例えば第1及び第2の薄層の厚さがそれぞれ300nm以下である場合、1〜50μm、より好ましくは1〜20μmにすることが望ましい。
【0046】
次に、実施形態に係る全熱交換素子用シートの製造方法の一例を説明する。
【0047】
1)最初に、例えば繊維径1μm以上100μm以下の有機繊維を主成分とするシート状の多孔質部材を用意する。
【0048】
2)シート状の多孔質部材を所望の径を有する回転可能なドラム表面に巻回して固定する。
【0049】
3)ドラムにノズルを対向して配置する。ノズルは、当該ドラムに巻回した多孔質部材の幅方向に往復動作する。
【0050】
4)ドラムを回転させながら、ノズルを多孔質部材の幅方向に往復動作し、その間に繊維径1nm以上50nm以下の無機繊維の分散液をノズルから多孔質部材の一方の面(表面)に向けて吹付ける。無機繊維の分散液は、例えば無機繊維を水に分散した液である。
【0051】
5)ドラムからシート状の多孔質部材を取り外し、乾燥することによって、多孔質部材の一方の面に第1、第2の薄層を含む多層構造の膜が形成された全熱交換素子用シートを製造する。
【0052】
前記4)の工程のドラムの回転速度は、10〜800rpmにすることが好ましい。ノズルの往復動作は、1〜10cm/分にすることが好ましい。
【0053】
なお、多層構造の膜の層数は前記4)の工程の無機繊維の分散液の吹付時間を調節することにより制御できる。
【0054】
前記製造方法において、膜の第1、第2の薄層の配向状態は主にドラムの回転速度及びノズルからの無機繊維の分散液の吹付速度(流量)により制御することができる。
【0055】
以上説明した全熱交換素子用シート1は、多孔質部材2と、当該多孔質部材の一方の面に設けられた繊維径1nm以上50nm以下の無機繊維を含む膜3とを備えるため、多孔質部材2で高い水蒸気透過速度を担わせ、膜3で高い水蒸気透過速度及び水蒸気と水蒸気を除く気体との分離率を担わせることができる。
【0056】
また、多孔質部材が繊維径1μm以上100μm以下の有機繊維を含む形態にすることによって、シート自体に柔軟性を付与しつつ、高い水蒸気透過速度を実現できる。
【0057】
他方、膜3が繊維径1nm以上50nm以下の無機繊維を含むことによって、成膜時やシートのたわみによる膜3の亀裂を抑制し、強度を向上できる。また、防燃性効果も有する。さらに、ナノサイズの無機繊維で構成される膜3は、無機繊維間に細孔が作られるため、外気等に含まれる水蒸気はケルビンの毛管凝縮理論により凝縮されて細孔内に満たされ、ウェットシールを形成する。ウェットシールは、外気等に含まれる水蒸気を吸着して膜3から多孔質部材2に移動させることができる。また、ウェットシールは水蒸気を除く気体の透過を抑制できる。
【0058】
膜3は、前記特定の繊維径を有する無機繊維による機能に加えて、無機繊維の配向状態が異なる薄層を2層(第1の薄層31、第2の薄層32)以上積層した多層構造を有する。第1の薄層31は、当該薄層31を平面視した時に前記無機繊維の配向がランダムで、かつ当該薄層31を断面視した時に無機繊維が当該薄層31表面に対して平行及び/又は傾斜して配向している。第2の薄層32は、当該薄層32を平面視した時に無機繊維の一端面及び/又は一端部が現れ、かつ当該薄層32を断面視した時に無機繊維が当該薄層32表面に垂直な軸に対して平行及び/又は傾斜して配向している。第1、第2の薄層31、32において、第1の薄層31は第2の薄層32に比べて高い密度を有する。
【0059】
このような多層構造を持つ膜3は、単一の配向状態を持つ1層構造の膜に比べて以下のような優位な効果を奏する。
(1)第1の薄層31は、断面視した時に無機繊維が当該薄層31表面に対して平行及び/又は傾斜して配向するため、無機繊維間により多く、より微細な細孔を作ることができる。この第1の薄層31は、前述したウェットシールをより多く形成することができる。その結果、膜3表面に接触して流通する外気等に含まれる水蒸気の吸着性が向上して膜3から多孔質部材2に移動させる、つまり水蒸気透過速度をより一層高めることができる。また、第1の薄層31でのウェットシールの増大によって、水蒸気を除く気体の透過を効果的に抑制する、つまり水蒸気と水蒸気を除く気体との分離率をより一層高めることができる。
(2)第2の薄層32は、断面視した時に無機繊維が当該薄層32表面に垂直な軸に対して平行及び/又は傾斜して配向するため、水蒸気を当該薄層32表面に垂直な軸に対して平行及び/又は傾斜する無機繊維の配向方向に沿って移動させて水蒸気透過速度を高めることができる。
【0060】
また、第1の薄層31は無機繊維が当該薄層31表面に対して平行及び/又は傾斜して配向するため、その配向に沿って亀裂が発生する場合がある。亀裂箇所は、膜3の強度低下の要因になる。第1の薄層31に積層される前記第2の薄層32は、その配向構造により緩衝材として機能し、第1の薄層31の亀裂箇所の強度低下を補償することができる。
(3)第1、第2の薄層31、32が2層を超える層数、例えば10層の多層構造を持つ膜3は、第1、第2の薄層31、32の特性を際立たせることができる。すなわち、膜3の厚さ方向に第1、第2の薄層31、32を交互にかつそれぞれ2層以上積層することによって、各第1の薄層31に形成されるウェットシールによる水蒸気を除く気体の透過をより一層効果的に抑制できる。同時に、第1の薄層31でのウェットシールの形成と、第1の薄層31に対して多孔質部材2側に隣接する各第2の薄層32での水蒸気透過速度を高めることとの相互作用によって、水蒸気透過速度をより一層向上できる。
【0061】
また、各第1の薄層31は無機繊維が当該薄層31表面に対して平行及び/又は傾斜して配向するため、その配向に沿って亀裂が発生する場合がある。亀裂が膜の厚さ方向に伝搬すると、破損するのみならず、水蒸気と水蒸気を除く気体との分離率が低下する。第1の薄層31間にそれぞれ配置される第2の薄層32は、その配向構造により緩衝作用を有し、第1の薄層31に発生した亀裂が膜3の厚さ方向に伝搬するのを遮断(断絶)する。その結果、高い強度と優れたウェットシール性を兼ね備えた膜3を実現できる。
【0062】
次に、実施形態に係る全熱交換素子を詳述する。
【0063】
全熱交換素子は、前述した全熱交換素子用シートを複数備えた構造を有する。
図4は、実施形態に係る全熱交換素子を示す斜視図である。全熱交換素子10は、複数枚、例えば6枚の前述した全熱交換素子用シート1と、2枚(最下層及び最上層に配置される)の補強シート12a,12bと、複数枚(例えば7枚)の断面波形、例えば断面三角波形の流路部材13と備えている。
【0064】
全熱交換素子用シート1は、その膜3が下面に位置するように互いに一定の間隔を積層されている。補強シート12a,12bは、積層体の最上層及び最下層に全熱交換素子用シート1に対して一定の間隔をあけて配置されている。断面三角波形の流路部材13は、補強シート12a、6枚の全熱交換素子用シート1及び補強シート12bの間に交互に例えば90°の角度で交差するように介在して固定されている。流路部材13は、特に限定されないが、例えばパルプを主成分とする紙製シートを波形に加工したもの、又はポリ塩化ビニル、ポリプロピレン等の汎用樹脂、或いはステンレス等の金属から作ることができる。第1の直線状流路21は、全熱交換素子用シート1の膜3と断面三角波形の流路部材13の断面三角波で囲まれて形成されている。第2の直線状流路22は、全熱交換素子用シート1の多孔質部材2と断面三角波形の流路部材13の断面三角波で囲まれて形成されている。第1、第2の直線状流路21,22は、全熱交換素子用シート1を挟んで例えば90°の角度で交差するように配置されている。
【0065】
次に、実施形態に係る全熱交換器を詳述する。
【0066】
全熱交換器は、前述した全熱交換素子を備えている。
図5は、夏場の全熱交換を説明するための実施形態に係る全熱交換器を示す概略図である。すなわち、全熱交換器100は筐体101を備えている。筐体101内には、前述した
図4に示す全熱交換素子10が配置されている。
【0067】
筐体101内は、第1〜第4の区画室104a〜104dが全熱交換素子10を囲むように横方向の仕切壁102及び縦方向の隔壁103で区画されている。第1〜第4の区画室104a〜104dは全熱交換素子10の第1、第2の直線状流路(図示せず)の開口端とそれぞれ対向する箇所において、開放されている。第1〜第4の区画室104a〜104dは、それぞれ筐体101の左上部、右上部、左下部及び右下部に配置されている。
【0068】
第1、第3の区画室104a,104cがそれぞれ位置する筐体101の左側壁105aには、それぞれ第1、第3の開口部106a,106cが設けられている。第2、第4の区画室104b,104dがそれぞれ位置する筐体101の右側壁105bには、それぞれ第2、第4の開口部106b,106dが設けられている。第3の区画室104c内の第3の開口部106cが位置する左側壁105aには、第1のファン107aが配置されている。第4の区画室104d内の第4の開口部106cが位置する右側壁105bには、第2のファン107bが配置されている。
【0069】
このような全熱交換素子10を備えた全熱交換器100は、次のような操作により全熱交換がなされる。
<夏場の高温多湿の時期の全熱交換>
第2のファン107bを駆動することにより、室外から矢印に示す外気(還気よりも高温多湿)110aは第4の開口部106d、第4の区画室104dを通して全熱交換素子10の複数の第1の直線状流路(図示せず)内に
図1に示す全熱交換素子用シート1の膜3表面に接触して流通し、さらに第1の区画室104a、第1の開口部106aを通して矢印に示す吸気110bとして室内に導入される。同時に、第1のファン107aを駆動することにより、室内から矢印に示す還気110cは第3の開口部106c、第3の区画室104cを通して全熱交換素子10の複数の第2の直線状流路(図示せず)内に
図1に示す全熱交換素子用シート1の多孔質部材2表面に接触して流通し、さらに第2の区画室104b、第2の開口部106bを通して矢印に示す排気110dとして室外に排出される。
【0070】
このような全熱交換素子10において、外気110aは全熱交換素子10の第1の直線状流路(図示せず)に導入されて、
図1に示す全熱交換素子用シート1の膜3表面に接触して流通され、還気110cは全熱交換素子用シート1を挟んで第1の直線状流路と交差する第2の直線状流路(図示せず)に導入されて、
図1に示す全熱交換素子用シート1の多孔質部材2表面に接触して流通される。このとき、外気110aは還気110cに比べて高温多湿であるため、全熱交換素子10において外気110aに含まれる水蒸気及び熱は全熱交換素子用シート1を通して還気110c側に移動される。
<冬場の低温低湿の時期の全熱交換>
図5を用いて説明した夏場の全熱交換に対して、冬場も外気、還気を同様な流路を流通させて全熱交換を行うことができる。また、冬場の全熱交換は、外気及び還気の導入流路、並びに第1、第2のファンによる送気方向をそれぞれ
図6に示すように切り替えてもよい。
図6は、冬場の全熱交換を説明するための実施形態に係る全熱交換器を示す概略図である。
【0071】
すなわち、第2のファン107bを駆動することにより、室内から矢印に示す還気110cは第1の開口部106a、第1の区画室104aを通して全熱交換素子10の複数の第1の直線状流路(図示せず)内に
図1に示す全熱交換素子用シート1の膜3表面に接触して流通し、さらに第4の区画室104d、第4の開口部106dを通して矢印に示す排気110dとして室外に排出される。同時に、第1のファン107aを駆動することにより、室外から矢印に示す外気(還気よりも低温低湿)110aは第2の開口部106b、第2の区画室104bを通して全熱交換素子10の第2の直線状流路(図示せず)内に多孔質部材2表面に接触して流通し、さらに第3の区画室104c,第3の開口部106cを通して矢印に示す吸気110bとして室内に導入される。
【0072】
このような全熱交換素子10において、還気110cは第1の直線状流路(図示せず)に導入されて、
図1に示す全熱交換素子用シート1の膜3表面に接触して流通され、外気110aは全熱交換素子用シート1を挟んで第1の直線状流路と交差する第2の直線状流路(図示せず)に導入されて、
図1に示す全熱交換素子用シート1の多孔質部材2表面に接触して流通される。このとき、外気110aが還気110cに比べて低温低湿であるため、全熱交換素子10において還気110cに含まれる水蒸気及び熱は全熱交換素子用シート1を通して外気110a側に移動される。
【0073】
従って、全熱交換器100に組み込まれた全熱交換素子10は水蒸気透過速度Vsと分離率αの両方が高い全熱交換用素子1を備えるため、外気と還気との間で全熱を効率的に交換することができる。
【0074】
なお、流路部材13の断面波形は、断面三角波形に限らず、断面矩形波形、断面台形波形であってもよい。断面波形は、その山及び谷の形状が略同一、又は同一であることが好ましい。
【実施例】
【0075】
以下、実施例を詳細に説明する。
(実施例1)
最初に平均直径20μmの紙からなる厚さ120μmのシート状の多孔質部材を作製した。シート状の多孔質部材を直径が20cmの回転可能なドラム表面に巻回して固定した。ドラムにノズルを対向した配置した。ノズルは、当該ドラムに巻回した多孔質部材の幅方向に往復動作する。ドラムを600rpmの速度で回転させながら、ノズルをシート状の多孔質部材の一方の面(表面)に5cm/分の速度で往復動作させ、その間に平均直径4nm、平均長さ1μmの擬ベーマイトナノファイバを含む水系分散液を吹付け、ノズルから多孔質部材の表面に向けて吹付けた。その後、乾燥することにより多孔質部材の表面に厚さ20μmの膜を形成して全熱交換素子用シートを製造した。
【0076】
得られた全熱交換素子用シートの膜の断面をTEM観察した。その結果、膜は異なる配向状態の擬ベーマイトナノファイバ層(第1の薄層及び第2の薄層)が交互に積層され、1層の厚さはそれぞれ50〜100nmで、層数が25である積層膜であることを確認した。
【0077】
第1の薄層は、平面視した時に膜の表面に現れる擬ベーマイトナノファイバの配向がランダムで、膜の表面に対して平行して配向する擬ベーマイトナノファイバが膜表面の全体の30%未満であった。第1の薄層は、断面視した時に擬ベーマイトナノファイバが膜表面に対して平行した配向と0〜10°の角度で傾斜した配向とが混在していた。
【0078】
他方、第2の薄層は平面視した時に擬ベーマイトナノファイバの一端面及び一端部が当該第2の薄層の表面に現れた。第2の薄層は、断面視した時に擬ベーマイトナノファイバが膜表面に垂直な軸に対して平行した配向と0〜30°の角度で傾斜した配向とが混在していた。
(実施例2)
シート状の多孔質部材としてフッ素樹脂多孔質シート(住友電気工業株式会社の登録商標:ポアフロン)を用い、ドラムの回転速度を100rpmに変更した以外、実施例1と同様な条件でドラムに巻回して固定した当該フッ素樹脂多孔質シートの表面に擬ベーマイトナノファイバを含む水系分散液を吹付けて厚さ20μmの膜を形成して全熱交換素子用シートを製造した。
【0079】
得られた全熱交換素子用シートの膜の断面をTEM観察した。その結果、膜は異なる配向状態の擬ベーマイトナノファイバ層(第1の薄層及び第2の薄層)が交互に積層され、1層の厚さはそれぞれ100〜200nmで、層数が13である積層膜であることを確認した。
【0080】
第1の薄層は、平面視した時に膜の表面に現れる擬ベーマイトナノファイバの配向がランダムで、膜の表面に対して平行して配向する擬ベーマイトナノファイバが膜表面の全体の30%未満であった。第1の薄層は、断面視した時に擬ベーマイトナノファイバが膜表面に対して平行した配向と0〜15°の角度で傾斜した配向とが混在していた。
【0081】
他方、第2の薄層は平面視した時に擬ベーマイトナノファイバの一端面及び一端部が当該第2の薄層の表面に現れた。第2の薄層は、断面視した時に擬ベーマイトナノファイバが膜表面に垂直な軸に対して平行した配向と0〜30°の角度で傾斜した配向とが混在していた。
(比較例1)
平均直径300μmのアルミナ繊維を主成分とする厚さ300μmのシート状の多孔質部材の一方の面に、実施例1と同様の擬ベーマイトナノファイバを分散した水系分散液を20g/m
2の量でスキージ塗布し、乾燥して全熱交換素子用シートを製造した。
【0082】
得られた全熱交換素子用シートの断面をTEM観察した。その結果、シート状の多孔質部材表面の多数の細孔に擬ベーマイトナノファイバの大部分が侵入して当該多孔質部材の裏面まで到達していた。このため、膜として観察されず、多孔質部材に擬ベーマイトナノファイバが一体化された複合材で、多数のピンホール及び亀裂が見られた。
(比較例2)
比較例1と同様なシート状の多孔質部材の一方の面に、平均繊維径1μmのアルミナファイバを分散した水系分散液を20g/m
2の量でスキージ塗布し、乾燥して厚さ10μmの膜を形成して全熱交換素子用シートを製造した。
【0083】
得られた全熱交換素子用シートの断面をTEM観察した。その結果、シート状の多孔質部材の一方の面にその表面に平行に配向された膜が1層形成されていることを確認できた。しかしながら、多孔質部材の孔内にアルミナファイバが侵入し、膜内にピンホール及び亀裂が見られた。
【0084】
得られた実施例1,2及び比較例1,2の全熱交換素子用シートの水蒸気透過速度Vs及び水蒸気分離率αを測定した。
【0085】
最初に、全熱交換素子用シートの膜表面に断面三角波形の流路部材を接して配置し、当該膜と流路部材の各波とで囲まれた三角柱をなす複数の第1の直線状流路を形成した。つづいて、全熱交換素子用シートの多孔質部材表面に断面三角波形の流路部材を接して配置し、当該多孔質部材と流路部材の各波とで囲まれた三角柱をなす複数の第2の直線状流路を形成することにより評価用全熱交換セルを組立てた。この全熱交換セルの第1、第2の直線状流路は、互いに対向するとともに、平行になっている。また、第1、第2の直線状流路のピッチ、高さは既存の全熱変換素子に準じる形状とした。
【0086】
前記評価用全熱交換セルの水蒸気透過速度Vs及び水蒸気分離率αを以下の方法により測定した。
【0087】
1)水蒸気透過速度Vsの測定方法
全熱交換セルを恒温恒湿槽内に設置し、その第1の直線状流路の一端に高湿側ダクトを接続した。第1の直線状流路の高湿側ダクトの接続端と反対側に位置する第2の直線状流路の一端に低湿側ダクトを接続した。高湿側ダクトにはファンを介装し、低湿側ダクトには熱交換器が介装した。
【0088】
ファンの駆動により、高湿空気を第1の直線状流路に高湿ダクトを通して供給した。一方、恒温恒湿槽の外部から露点−110℃の窒素を第2の直線状流路に低湿側ダクトを通して供給した。当該窒素が低湿側ダクトを流通する間に、熱交換器で熱交換されて等温にし、乾燥窒素とすることにより、当該乾燥窒素を第2の直線状流路に供給した。すなわち、高湿空気と乾燥窒素は対向流として全熱交換セルの第1、第2の直線状流路にそれぞれ供給した。このとき、第1、第2の直線状流路での通過風速は全熱交換素子の評価時と同一になるようにした。
【0089】
低湿側ダクトの出口において、排気空気の温度、湿度、酸素濃度を測定し、水蒸気透過速度を算出した。
【0090】
2)水蒸気の分離率α
本来、JIS規格に準じて二酸化炭素の透過量を把握する必要があるが、二酸化炭素と酸素では窒素中のガス拡散係数がほぼ同じであることから、本測定では低湿側ダクトの出口からの酸素の透過(濃度)をCO
2の透過の代わりとし、水蒸気の分離率を算出した。
また、セルのピッチ、流路高さは既存の全熱交素子に準じる形状とし、通過風速が全熱交素子の評価時と同一になるようにした。高湿空気と低湿空気は対向流で供給した。
【0091】
実施例1、2、及び比較例1,2における水蒸気透過速度Vsと分離率αの値を下記表1に示す。
【0092】
【表1】
【0093】
前記表1から明らかなように、実施例1、2の全熱交換素子用シートを組み込んだ評価用全熱交換セルは、水蒸気透過速度Vsが72g/h/m
2/kPa以上と高く、その上、分離率αが比較例1、2の全熱交換素子用シートを組み込んだ評価用全熱交換セルに比べてはるかに高い値を示すことがわかる。このことから、実施例1、2の全熱交換素子用シートは、比較例1、2の全熱交換素子用シートよりも全熱の交換効率が高いことがわかる。
【0094】
なお、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施し得るものであり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。