(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6937507
(24)【登録日】2021年9月2日
(45)【発行日】2021年9月22日
(54)【発明の名称】ガラスアクチュエータ素子
(51)【国際特許分類】
H02N 11/00 20060101AFI20210909BHJP
C03C 17/34 20060101ALI20210909BHJP
C03C 17/02 20060101ALI20210909BHJP
C03C 3/19 20060101ALI20210909BHJP
C03C 3/076 20060101ALI20210909BHJP
C03B 23/20 20060101ALI20210909BHJP
C03C 4/18 20060101ALI20210909BHJP
【FI】
H02N11/00 Z
C03C17/34 Z
C03C17/02 Z
C03C3/19
C03C3/076
C03B23/20
C03C4/18
【請求項の数】11
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2017-50219(P2017-50219)
(22)【出願日】2017年3月15日
(65)【公開番号】特開2018-157619(P2018-157619A)
(43)【公開日】2018年10月4日
【審査請求日】2020年3月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(74)【代理人】
【識別番号】100093665
【弁理士】
【氏名又は名称】蛯谷 厚志
(72)【発明者】
【氏名】矢野 哲司
(72)【発明者】
【氏名】倉澤 裕己
(72)【発明者】
【氏名】岸 哲生
【審査官】
若林 治男
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−120809(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02N 11/00
C03C 17/34
C03C 17/02
C03C 3/19
C03C 3/076
C03B 23/20
C03C 4/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Na,K,AgおよびCuの少なくとも一種類以上を含有するイオン伝導性ガラス層と電極とを備えてなり、電圧印加により空間電荷分極に基づく変位を生じさせるガラスアクチュエータ素子。
【請求項2】
イオン伝導性ガラス層が、コアガラス層、またはコアガラス層とコアガラス層の両側のクラッドガラス層、から構成される請求項1に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項3】
コアガラスのイオン伝導率が、10−6〜10−2S/cmである請求項2に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項4】
クラッドガラスのイオン伝導率が、10−8〜10−2S/cmである請求項2に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項5】
コアガラスのイオン伝導率が、クラッドガラスのイオン伝導率より大きい請求項2〜4のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項6】
イオン伝導性ガラス層の厚みが10nm〜1000μmである請求項1〜5のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項7】
電極がイオン伝導性ガラス層の外側両面に設けられる請求項1〜6のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項8】
動作温度が0〜400℃である請求項1〜7のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子を備えてなる、電気信号に応じたガラスの周期的または非周期的変位を生じさせる変位素子。
【請求項10】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子を備えてなる、電気信号に応じたガラスの振動を生じさせる振動素子。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のガラスアクチュエータ素子を備えてなる、力を電気信号に変える圧電特性を有するセンサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラスアクチュエータ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ロボット産業やメムス(MEMS:Micro Electro Mechanical Systems)等の発展により、電気−力学エネルギー変換素子として種々の用途に種々のアクチュエータが開発され、ポリマーアクチュエータは最も期待されているアクチュエータの一つと考えられる(特許文献1および2)。ポリマーアクチュエータは、電界の印加によりポリマー内でイオンが伝導し、偏析することで体積変化を引き起こし屈曲させる。しかしながら、ポリマーアクチュエータは、高温での使用、剛性、透明性の点で難点がある。さらに圧電セラミックスアクチュエータは、透明性に欠ける難点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011−045221号公報
【特許文献2】特開2006−204099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、このような課題を解決し、イオン伝導性を有するガラスを用い、電圧の印加に対して誘導されるイオン伝導と空間電荷分極により応力を誘起し、電気信号(電圧)に応じたガラスの変形、変位をもたらすガラスアクチュエータ素子を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は上記の問題を解決するために、以下の発明を提供するものである。
(1)Na,K,AgおよびCuの少なくとも一種類以上を含有するイオン伝導性ガラス層と電極とを備えてなり、電圧印加により空間電荷分極に基づく変位を生じさせるガラスアクチュエータ素子。
【0006】
(2)イオン伝導性ガラス層が、コアガラス層、またはコアガラス層とコアガラス層の両側のクラッドガラス層、から構成される上記(1)に記載のガラスアクチュエータ素子。
【0007】
(3)コアガラスのイオン伝導率が、10
−6〜10
−2S/cmである上記(2)に記載のガラスアクチュエータ素子。
【0008】
(4)クラッドガラスのイオン伝導率が、10
−8〜10
−2S/cmである上記(2)に記載のガラスアクチュエータ素子。
【0009】
(5)コアガラスのイオン伝導率が、クラッドガラスのイオン伝導率より大きい上記(2)〜(4)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子。
【0010】
(6)イオン伝導性ガラス層の厚みが10nm〜1000μmである上記(1)〜(5)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子。
【0011】
(7)電極がイオン伝導性ガラス層の外側両面に設けられる上記(1)〜(6)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子。
【0012】
(8)動作温度が0〜400℃である上記(1)〜(7)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子。
【0013】
(9)上記(1)〜(8)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子を備えてなる、電気信号に応じたガラスの周期的または非周期的変位を生じさせる変位素子。
【0014】
(10)上記(1)〜(8)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子を備えてなる、電気信号に応じたガラスの振動を生じさせる振動素子。
【0015】
(11)上記(1)〜(8)のいずれかに記載のガラスアクチュエータ素子を備えてなる、力を電気信号に変える圧電特性を有するセンサー。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、イオン伝導性を有するガラスを用い、電圧の印加に対して誘導されるイオン伝導と空間電荷分極により応力を誘起し、電気信号(電圧)に応じたガラスの変形、変位をもたらすガラスアクチュエータ素子を提供し得る。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明のガラスアクチュエータ素子の一例の概略図を示す。
【
図2】種々のガラス組成の350℃におけるイオン伝導度および熱膨張係数を示す。
【
図3】本発明のクラッド/コア/クラッド3層アクチュエータ素子の一例の平面図および断面図を示す。
【
図4】コアガラス単層、クラッドガラス単層およびクラッド/コア/クラッド3層アクチュエータ素子の100Hzにおける比誘電率の温度依存性を示す。
【
図5】アクチュエータ素子の変位を印加時間に対してプロットした図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のガラスアクチュエータ素子は、Na,K,AgおよびCuの少なくとも一種類以上を含有するイオン伝導性ガラス層と電極とを備えてなり、電圧印加によりNa,K,Ag、Cu等のイオンが移動して電荷の不均一が生じる空間電荷分極に基づく変位を生じさせる。イオン伝導性ガラス層は、コアガラス層、またはコアガラス層とコアガラス層の両側のクラッドガラス層、から構成される。
【0019】
コアガラス層は、Na,K,AgおよびCuの少なくとも一種類以上、好適にはNaおよび/またはKを含有するイオン伝導性ガラス層であり、高いイオン伝導性と低い融点を有するのが好適であり、好適にはリン酸塩系ガラス、ホウ酸塩系ガラスが選ばれる。コアガラス層は電界に対し、空間電荷分極を生み出すイオンの移動、それによる歪の生成を生じさせる。
【0020】
コアガラスのイオン伝導率は、10
−6〜10
−2S/cmであり、10
−4〜10
−2S/cmであるのが好適である。具体的な組成としては、たとえばNaを含有する場合、好適には50P
2O
5-50Na
2O、50P
2O
5-50Na
2O-5B
2O
3、50P
2O
5-10TeO
2-40Na
2O、50P
2O
5-5TeO
2-40Na
2O-5NaCl、45P
2O
5-10TeO
2-40Na
2O-5NaCl、37.5P
2O
5-37.5B
2O
3-25Na
2O、27.5P
2O
5-27.5B
2O
3-45Na
2O、25P
2O
5-25B
2O
3-45Na
2O、35P
2O
5-35B
2O
3-30Na
2O、等が挙げられる。
【0021】
イオン伝導性ガラス層が、コアガラス層とコアガラス層の両側のクラッドガラス層、から構成される場合、クラッドガラス層としてはコアガラスよりも低いイオン伝導性およびコアガラスと同程度の熱膨張係数を有するのが好適であり、ケイ酸塩系ガラス、ゲルマン酸塩系ガラスであるのが好適である。クラッドガラスのイオン伝導率は、10
−8〜10
−2S/cmであり、コアガラスよりも1〜2桁低いイオン伝導性を有するのが好適である。具体的な組成としては、たとえばケイ酸塩系ガラスの場合、好適には、58SiO
2-21Na
2O-21K
2O、64SiO
2-18Na
2O-18K
2O、59SiO
2-18Na
2O-18K
2O-5B
2O
3、64SiO
2-18Na
2O-18K
2O(-0.5Al
2O
3)、 等が挙げられる。
【0022】
イオン伝導性ガラス層の厚みは10nm〜1000μmであるのが好適である。好適には、コアガラス層が1〜100μm、クラッド層がそれぞれ10〜100μmである。
【0023】
イオン伝導性ガラス層の形成は、溶融法によるのが一般的であるが、たとえば100nm以下の薄膜の場合には、スパッタ、CVD、PVD、コーティング法等が好適である。
【0024】
本発明のガラスアクチュエータ素子は、上記イオン伝導性ガラス層の外側両面に電極が設けられる。電極は、イオン伝導性ガラス層がコアガラス層のみからなる場合にはコアガラス層の外側両面に、またはコアガラス層とクラッドガラス層からなる場合には両側のクラッドガラス層の外側に、全面または網目、ストライプ状もしくは格子状等に設けられる。電極としては、Ag,Al,Pt等の金属電極、ITO(スズドープ酸化インジウム)等の酸化物導電膜、等が好適に用いられる。
【0025】
本発明のガラスアクチュエータ素子は、動作温度が0〜400℃であり、好適には本発明のガラスアクチュエータ素子は、次のような特徴を有する。A.ガラスであることから、光学的透明性を有し、光の反射、屈折などの光波制御を可能とする等方性材料である。B.誘電体のようなキュリー点や相転移がなく、温度変化の影響を受けにくい。C.利用温度域として、比較的高い温度での動作が可能である。D.高い剛性と耐久性を有する。E.薄膜等のガラス成形性、加工性を有し、形状の自由度が大きい。
【0026】
本発明のガラスアクチュエータ素子は、電圧を印加することにより変位を生じさせるので、次のような用途に有用である。
【0027】
1)変位素子
MEMS光スイッチによる経路切り替え:電気信号に応じてガラスアクチュエータ素子が周期的または非周期的に変位し、光回路上を伝搬する光の透過方向、屈折角または反射角を変え、経路を切り替えることを可能にする。
【0028】
2)振動素子
物の移動、運搬、音の発生のための振動素子:加える電気信号を周期的に、また電極の形状や位置により変調することにより、素子上の粗密を誘起し、振動や横波を発生させる。この波により物質を移動、運搬させたり、周波数により音波発生源として機能する。
【0029】
3)センサー
力を電気信号に変える圧電特性を有するセンサー:バイアス電圧を印加して空間電荷分極させた状態の素子に加えられた力(圧力)を両電極間に発生する電気信号として関知するセンサー。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。
実施例1
図1に本発明のガラスアクチュエータ素子の一例の概略図を示す。駆動源となるコアガラスとしてリン酸塩−ホウ酸塩系ガラス(27.5P
2O
5-27.5B
2O
3-45Na
2O)、界面でのイオンのブロッキングと素子のキャパシタンスを決定するためのクラッドガラスとしてシリケート系ガラス(64SiO
2-18Na
2O-18K
2O)をそれぞれ溶融法によって作製し、15mmφの型に流し出し、徐冷した。得られた円柱状サンプルをダイヤモンドカッターにより、厚さ0.5mm程度の円柱状に切断した後、耐水研磨紙(#400〜#2000)で研磨してクラッド/コア/クラッドになるように重ね、次いでコアガラスの軟化温度である465℃で2時間、電気炉内で熱処理することにより接合してアクチュエータ素子とした。コア層の厚さは0.439mm、クラッド層の厚さは0.361mmおよび0.477mmであった。電気的特性はインピーダンス測定により行い、コアガラス単層、クラッドガラス単層およびクラッド/コア/クラッド3層アクチュエータ素子を150℃〜350℃の温度で評価した。変位の測定は、633nmのHe−Neレーザーを用いて光干渉計により行った。
【0031】
図2は、コアガラスおよびクラッドガラス候補となるガラス組成の350℃におけるイオン伝導度および熱膨張係数を示す。コアガラス候補(○)の中で最もイオン伝導性が高い組成(27.5P
2O
5−27.5B
2O
3−45Na
2O)のガラス単層に対して200Vの直流電圧を印加したところ、干渉縞の変化から約100nmの変位が生じることを確認した。このコアガラスを駆動源としたアクチュエータ素子を作製するために、コアガラスと同程度の熱膨張係数を持ち、コアガラスに比べて十分に低いイオン伝導性を持つガラス(64SiO
2−18K
2O−18Na
2O)をクラッドガラスとして用いてクラッド/コア/クラッド3層アクチュエータ素子を上記の熱処理により作製した。
【0032】
図3に、熱処理により作製したクラッド/コア/クラッド3層を有するアクチュエータ素子の平面図(a)および縦断面図(b)を示す。縦断面図から、熱処理によりガラス同士が比較的平滑な接合面を有するガラス接合体が得られたことがわかる。
【0033】
図4にコアガラス単層、クラッドガラス単層およびクラッド/コア/クラッド3層アクチュエータ素子の100Hzにおける比誘電率の温度依存性を示す。
【0034】
作製したクラッド/コア/クラッドアクチュエータ素子の動作試験を次の条件で行った。
試料面積:177mm
2(15mmφ)
電極面積:133mm
2(13mmφ)
温度:275℃
電圧:DC200V
印加時間:20秒
【0035】
また、実際のアクチュエータ素子の変位量dは、干渉縞の変化から(1)式を用いて算出した。
d=(b/a)×(λ/2) (1)
ここで、aは干渉縞の間隔、bは干渉縞が移動した距離、λはレーザー波長を示す。
【0036】
干渉縞の変化から(1)式によって算出されたアクチュエータ素子の変位を印加時間に対してプロットした図を表5に示す。アクチュエータ素子の変位は、印加後10秒程度で最大(1198nm)となり、その後電圧を印加し続けても変位は変わらずに一定となった。電圧を切ると変位が戻り、約4秒後には最大変位の半分程度となった。
【0037】
以上のように、本発明のイオン伝導性ガラスを駆動源とする素子が電気的エネルギーを機械的エネルギーに変換するアクチュエータとしての機能を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、イオン伝導性を有するガラスを用い、電圧の印加に対して誘導されるイオン伝導と空間電荷分極により応力を誘起し、電気信号に応じたガラスの変形、変位をもたらすガラスアクチュエータ素子を提供する。