(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施形態を説明する前に、まず、発色ステンレス鋼板の発色原理や一般的に行われている発色皮膜の成膜方法、その原理について説明する。
発色皮膜を成膜する方法として、クロム酸/硫酸中でステンレス鋼を浸漬させるINCO法や、クロム酸/硫酸中でステンレス鋼を電解処理する電解法が広く知られているが、INCO法、電解法ともに鋼板表面における電気化学反応により発色皮膜を成膜させている。
電気化学反応では、試料鋼板(ステンレス鋼板)上でカソードとアノードと呼ばれるそれぞれ還元反応と酸化反応が生じている。クロム酸/硫酸中にステンレス鋼板を浸漬または電解させると、カソードでクロム酸の還元反応、アノードでステンレス鋼の溶解が生じる。このカソードにおけるクロム酸の還元反応により、ステンレス鋼板表面で局所的なpH増加が生じ、それに伴い金属イオンの加水分解が生じる。その結果、Cr、およびステンレス鋼の溶解により生じたFe等を含む発色皮膜が試料鋼板表面に成膜される。すなわち、電気化学反応により発色皮膜を成膜する上で、このカソード反応が重要であり、クロム酸の還元反応が生じる際、クロム酸はステンレス鋼表面に拡散する必要があり、拡散のしやすさ(度合い)が、発色皮膜の成膜状況に大きく影響する。
【0014】
本発明者らは、この電気化学反応中における成膜状況を詳細に観察、調査したところ、皮膜形成後のステンレス鋼板の発色ムラや色調の均一性が、皮膜の成膜速度と大きく関係していることを見出した。
一般的に、発色ステンレス鋼板を製造する際、所望の色調となるように発色皮膜の厚みを調整する。しかし、本発明者らの調査の結果、皮膜の成膜速度が速すぎると、膜厚の調整および制御が非常に困難となり、色調の不均一性や発色ムラが発生しやすくなることが分かった。
【0015】
さらに、この発色ムラや色調の均一性と成膜速度との関係を鋭意検討した結果、成膜前の発色用ステンレス鋼板(素材鋼板)における不働態皮膜の組成と、鋼板表面の凹凸性状を適正範囲に制御することにより、安定した成膜速度を達成できることが分かった。
このような安定した成膜速度にて成膜処理できれば、膜厚の調整および制御も制度良く安定して行うことができるため、色調が均一な発色皮膜を形成できる。その結果、鋼板幅方向のみならず長手方向においても発色ムラのない発色ステンレス鋼板を得ることが可能となる。
【0016】
前述のとおり、コイルやロット毎等、鋼板長手方向において色調が均一な発色皮膜の成膜には、成膜速度が重要となるが、具体的には、皮膜形成前の素材鋼板(ヘアライン原板)の不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比(カチオン分率)、ならびに原板表面の算術平均粗さを示すRaと表面凹凸の歪度を示すスキューネスRskが重要であり、これらのパラメータを適正の範囲とすることで安定した成膜速度を達成できることを見出した。
【0017】
ここで、スキューネスRskとは、JIS B 0601(2001)で規定されているパラメータであり、鋼板表面の粗さの歪度、すなわち鋼板表面の凹凸面の平均面を中心としたときの、鋼板表面の凹凸の対称性を示す指標である。
粗さ曲線において、谷長さが山長さよりも大きい場合Rskは0より大きくなる(Rsk>0)。換言するに、Rsk>0であると平均面に対して下側に偏っている、つまり粗さ曲線における山(凸部)の先端が鋭利に尖り、かつ谷(凹部)末端が広幅となる。従って、Rskが増加すると谷長さが増加することを示す。
一方、谷長さが山長さよりも小さい場合Rskは0より小さくなる(Rsk<0)。換言するに、Rsk<0であると平均面に対して上側に偏っている、つまり粗さ曲線における山(凸部)の先端が広幅となり、かつ谷(凹部)末端が鋭利に尖る。従って、Rskが減少すると谷長さも減少することを示す。
なおRsk=0であると、粗さ曲線における凹凸の形状が平均面に対して対称である。
【0018】
また算術平均粗さRaも、JIS B 0601(2001)で規定されているパラメータであり、粗さ曲線の谷の深さならびに山の高さの平均を示す指標であり、Raの増加とともに谷の深さならびに山の高さは増加する。
【0019】
以下、スキューネスRsk、算術平均粗さRaならびに不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比が成膜速度に及ぼす影響について説明する。
【0020】
発色皮膜を成膜する上で重要なカソード反応において、クロム酸の還元反応が生じる際、クロム酸はステンレス鋼表面に拡散する必要がある。皮膜が成膜される鋼板表面には表面処理や研磨等に起因する凹凸(粗さ)が形成されているが、この凹凸のうち、凸部へはクロム酸は拡散しやすい一方、凹部へは拡散しにくい。つまり、Rskが増加すると、拡散しにくい谷(凹部)の長さが大きくなり、他方の拡散しやすい山(凸部)の長さが小さくなるため、カソード反応の速度が遅くなる。すなわち、Rskが増加するとカソード面積が小さくなることから、成膜速度も小さくなり、発色皮膜を安定して成膜することができる、と推定される。そしてその結果、色調が均一な発色皮膜を形成できるため、鋼板幅方向のみならず長手方向においても発色ムラのない発色ステンレス鋼板を得ることが可能となる、と推定される。
【0021】
また、平均粗さRaが増加すると、山(凸部)の高さは大きくなるため、クロム酸は拡散し易くなり、カソード反応は進行するものの、あわせて谷(凹部)の深さも大きくなるため、クロム酸の拡散のしにくさも助長され、結果、成膜速度はより小さくなると推定される。
【0022】
さらに、不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比(カチオン分率)が所定の範囲内にある場合、安定した成膜速度を達成できることがわかった。一方で、不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比が所定の範囲外となった場合、成膜速度が過剰に速くなり、安定した皮膜成膜ができずに色調が不均一となり発色ムラが発生してしまうことがわかった。詳細は不明であるが、この理由は、過不動態電位域における不働態皮膜の溶解反応が関係していると推定している。
【0023】
以上説明してきたように、色調が均一な発色皮膜が形成された発色ムラのないステンレス鋼板を得るためには、これら平均粗さRaや、スキューネスRskおよび不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比を適正な範囲とし、皮膜の成膜速度の安定化および低速化を図ることが重要であることを見出した。
本発明は以上の知見に基づいてなされたものであり、以下、本発明の発色用ステンレス鋼板の一実施形態について説明する。
【0024】
本実施形態に係る発色用ステンレス鋼板は、素材鋼板の表面に不働態皮膜を備えたステンレス冷延鋼板であって、通板方向に対し、垂直な方向の鋼板表面の算術平均粗さRaが0.30〜1.00μmであり、鋼板表面の凹凸の歪度を示すスキューネスRskが0.7〜1.0であり、不働態皮膜中のFeのカチオン分率Fe
Fに対する不働態皮膜中のCrのカチオン分率Cr
Fの比であるCr
F/Fe
F比が16.0〜20.0である。
各要素について次に説明する。
【0025】
(1)Cr
F/Fe
F比
不働態皮膜中のFeのカチオン分率Fe
Fに対する不働態皮膜中のCrのカチオン分率Cr
Fの比であるCr
F/Fe
F比は16.0以上とする必要がある。Cr
F/Fe
F比が16.0未満になると成膜速度が増加し、発色皮膜の膜厚制御が厳しくなる結果、コイル毎の着色均一性制御が困難になる。好ましくは、Cr
F/Fe
F比は17.0以上とし、さらに好ましくは17.5以上とする。Cr
F/Fe
F比の上限は、成膜速度の観点からは特に定めなくともよいが、以下の点から、20.0以下とする。
Cr
F/Fe
F比は後述するヘアライン工程の条件を制御することで調整可能であるが、本実施形態に係るヘアライン工程の条件下では、Cr
F/Fe
F比が20を超えることは、実現しなかったことから、Cr
F/Fe
F比の上限は20.0以下とする。
【0026】
不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比はオージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)により求めることができる。ここで、不働態皮膜中のFeのカチオン分率Fe
Fは、AES法で測定された不働態皮膜中のカチオン元素の合計量(原子%)に対するFeの量(原子%)の比である。同様に、不働態皮膜中のCrのカチオン分率Cr
Fは、AES法で測定された不働態皮膜中のカチオン元素の合計量(原子%)に対するCrの量(原子%)の比である。
具体的にはCr
F/Fe
F比は、まず発色用ステンレス鋼板を、表面の化学処理等を施さずに、分析装置に入る形状に切り出し、次いで、AES法にて不働態皮膜の最表層を分析することで測定することができる。
【0027】
(2)Ra
通板方向、すなわち筋目模様(ヘアライン模様)の方向と垂直方向の算術平均粗さRaは0.30〜1.00μmの範囲とする必要がある。この範囲内のRaを有する表面性状とすることにより、凹部の深さをある程度確保されるため、カソード反応時におけるクロム酸が拡散しにくくなる結果、成膜速度の過度の増大を抑制することができる。しかし、Raが0.30μm未満になると、発色速度が増加し、発色皮膜の膜厚制御の精度が劣るため、コイル毎の発色均一性の制御が困難になる。一方Raが1.00μmを超えると、皮膜形成後の外観の研磨目が目立ち、美観を損ねるため、発色ステンレス鋼として不適となる。好ましくは、Raは0.40μm以上、0.90μm以下とし、さらに好ましくは、0.45μm以上、0.85μm以下とする。
【0028】
(3)Rsk
鋼板表面の粗さの歪度を示すスキューネスRskは0.7〜1.0の範囲とする必要がある。この範囲内のRskを有する表面性状とすることにより、クロム酸が拡散しにくい凹部の長さが大きくなるため、皮膜成膜処理におけるカソード反応の速度を小さくすることができ、発色皮膜を安定して成膜することができる。その結果、色調が均一な発色皮膜を形成できる。しかし、Rskが0.7未満になると、凹部の深さが不十分で、成膜速度が増加し、発色皮膜の膜厚制御の精度が劣るため、コイル毎の発色均一性の制御が困難になる。一方Rskが1.0を超えると皮膜形成後の外観の研磨目が目立ち、美観を損ねるため、発色ステンレス鋼として不適となる。好ましくは、Rskは0.8以上、0.9以下とする。
【0029】
本発明における算術平均粗さRaは、JIS B 0601(2001)に準拠し、皮膜形成前の発色用ステンレス鋼板表面の任意領域において、一辺が1μmの矩形領域を、二次元接触式表面粗さ計を用い、例えば基準長さを2mmとして複数点測定して、その平均値でもって求めることができる。スキューネスRskも同様の方法にて算出できる。
なお、算術平均粗さRaおよびスキューネスRskを求める際の測定方向(粗さ曲線における基準長さの設定方向)は、鋼板の通板方向(長手方向)に対して垂直な方向とする。
【0030】
また本実施形態においては、RaとRskを乗じた値(Ra×Rsk)を0.21〜1.00の範囲とすることが好ましい。Ra×Rsk値を当該範囲内とすることで、成膜速度の増大を十分に抑制することができ、発色皮膜をより安定して成膜することができる。
【0031】
次に本実施形態の発色用ステンレス鋼板の適用鋼種(素材鋼板)について述べる。本実施形態の素材鋼板としては、JIS G 4305に規定されるオーステナイト系ステンレス鋼のSUS301、SUS301L、SUS301J1、SUS304L、SUS304J1、SUS304J2、SUS304LN、SUS304N1、SUS304N2、SUS305、SUS309S、SUS310S、SUS312L、SUS315J1、SUS316、SUS316L、SUS316N、SUS316LN、SUS317、SUS317L、SUS317J1、SUS317J2、SUS317LNが適用可能である。
【0032】
一方、フェライト系ステンレス鋼、二相ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼を本実施形態の素材鋼板として適用することは、オーステナイト系ステンレス鋼よりも困難である。その理由は、フェライト系ステンレス鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼は素地の溶解速度がオーステナイト系ステンレス鋼に比べて大きく、本発明を適用した場合、オーステナイト系ステンレス鋼ほど成膜速度を十分に制御できないおそれがある。二相ステンレス鋼においても、上記フェライト系、マルテンサイト系ステンレス鋼と同様の理由で本発明を適用することは困難である。
これらのことから、発色用ステンレス鋼板の素材鋼板としては、オーステナイト系ステンレス鋼を用いることが好ましく、特にSUS304を採用することが好ましい。
【0033】
次に、本実施形態の発色用ステンレス鋼板の製造方法について述べる。
本実施形態の発色用ステンレス鋼板の製造方法は、冷間圧延工程、焼鈍工程、酸洗工程、ヘアライン研磨工程を含む発色用ステンレス冷延鋼板の製造方法であって、ヘアライン研磨工程において、JIS R 6010に規定される粒度P120〜P180を有する研磨ベルトを用い、かつ当該研磨ベルトの研磨圧を40〜60kg/cm
2とする。
【0034】
本実施形態の発色用ステンレス鋼板を製造するにあたり、まず、製鋼−熱間圧延−熱延板焼鈍・酸洗−冷間圧延−冷延板焼鈍・酸洗−ヘアライン研磨工程の各工程を行うが、これらの条件については、ヘアライン研磨工程以外は特に規定するものではない。すなわち、ヘアライン研磨工程以外の各工程の条件等については、特に制限はなく適用できる。ちなみに、代表的な製造条件を示すと、以下のとおりである。
【0035】
製鋼においては、上記で列挙した鋼種の組成を含有する鋼を、転炉溶製し、続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。スラブは、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。
熱間圧延後は熱延板焼鈍・酸洗を行うが、熱延板焼鈍工程は省略してもよい。
酸洗後の冷間圧延は、通常のゼンジミアミル、タンデムミルのいずれで圧延してもよい。冷間圧延においては、ロール粗度、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などの条件は、本発明の鋼板の各構成・各条件を満たし得るように適宜選択・設定すればよい。
冷間圧延後は冷延板焼鈍(最終焼鈍)を行うが、冷間圧延の途中に中間焼鈍を入れてもよい。なお中間および最終焼鈍はバッチ式焼鈍でも連続式焼鈍でも構わない。また、各焼鈍は、必要であれば水素ガスあるいは窒素ガスなどの無酸化雰囲気で焼鈍する光輝焼鈍でもよいし、大気中で焼鈍しても構わない。
【0036】
冷延板焼鈍・酸洗工程後はヘアライン研磨工程を行う。
ヘアライン研磨(ヘアライン仕上げ、HL仕上げ)とは、JIS G4305にて規定されているように「適当な粒度の研磨剤で連続した磨き目が付くように研磨して仕上げたもの」であり、製品の美観を目的とし、研磨によって長い筋目(ヘアライン)を鋼板表面に付与し、製品の美観を調整する工程である。
本実施形態の発色用ステンレス鋼板を製造する際、このヘアライン研磨工程における各条件を適正の範囲内とすることが重要である。具体的には、用いる研磨ベルトの粒度、ならびにヘアライン研磨を行う際の研磨圧を所定の範囲に制御する。
以下、
図1に示すヘアライン研磨装置(以下、研磨装置という)の説明と合わせて、本実施形態におけるヘアライン研磨工程について詳述する。なお、
図1に示す研磨装置10は本実施形態のヘアライン工程を実施する上で好ましい構成を具備する装置であって、この装置構成によって本発明を特定するものではなく、後述する研磨条件を満足する限り、種々の構成、条件を採用して構わない。
【0037】
本実施形態のヘアライン研磨工程は、
図1に示すように、リワインダー1にロール状に巻かれた研磨砥粒の固着したシート状の研磨ベルト2を、コンタクトロール3を介してリワインダー1からワインダー4へ送りつつ、ノズル5より研磨油を供給しながら、ビリーロール6を押し上げることにより、ステンレス鋼板(素材鋼板)7を搬送させながら表面を研磨する。
【0038】
研磨ベルト2の研磨粗さはJIS R6010に規定される粒度P120〜P180の範囲内とする。また、研磨圧は40〜60kg/cm
2の範囲内とする。
ヘアライン研磨を行う際、研磨ベルトの研磨粗さは必然的に徐々に細かくなっていく。従って、上述した不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比、RaおよびRskは研磨粗さが所定の範囲内であるベルトで研磨した際において達成されるものであり、その適正範囲は粒度P120〜P180である。研磨ベルト2の粒度がP120未満である場合(研磨粒度が粗い場合)、RaおよびRskは過度に増大してしまうおそれがある他、研磨時に発生する熱が過度に大きくなり、Cr
F/Fe
F比が減少してしまう。一方、研磨ベルト2の粒度がP180を超える場合(研磨粒度が細かい場合)、RaおよびRskが過度に小さくなるおそれがある。
【0039】
同様に、Ra、Rskに影響を与える製造要因として研磨圧がある。研磨圧とRaは比例関係にあるため、上述したRaおよびRskは研磨圧を所定の範囲内で研磨した際において達成されるものであり、その範囲は40〜60kg/cm
2である。研磨ベルト2の研磨圧が40kg/cm
2未満である場合、筋目(ヘアライン)が十分に付与されず、良好な美観が得られない。一方、研磨ベルトの研磨圧が60kg/cm
2を超える場合、研磨時に発生する熱が過度に大きくなり、Cr
F/Fe
F比が減少してしまう。そのため、研磨ベルトの研磨圧は40〜60kg/cm
2とする。
【0040】
なお、ヘアライン研磨工程において、RaやRskを変え得る要因は研磨ベルト2の送り速度(通板速度)等が考えられるが、本発明者らの検討では上述の研磨ベルトの粗さおよび研磨圧が、皮膜形成後の色調の均一性を達成するために重要な指標であることが究明された。つまり、本実施形態においては研磨ベルト2の送り速度を限定せずとも、不働態皮膜の組成と鋼板表面の凹凸性状を適正なものに制御できる。
【0041】
以上説明した製造方法により、本実施形態に係る発色用ステンレス鋼板をえることができる。
また、本実施形態に係る発色用ステンレス鋼板に発色皮膜を成膜する際の成膜方法は特に限定されない。つまり、成膜方法に因らず、本実施形態の発色用ステンレス鋼板を成膜対象の素材とすることで、コイル毎の着色均一性が優れ、発色ムラのない皮膜を成膜することができる。なお、好適な成膜方法としては、INCO法や電解法が挙げられる。
【実施例】
【0042】
以下に本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0043】
<実施例1>
発色用ステンレス鋼を製造するにあたり、供試材としてSUS304を使用し、寸法は1000mm(幅方向)×400mm(長手方向(通板方向))とした。なお、製鋼−熱間圧延−熱延板焼鈍・酸洗−冷間圧延−冷延板焼鈍・酸洗については公知の方法によって行った。
次に、供試材のHL仕上げは
図1に示す研磨装置10により、研磨ベルト2の粒度、研磨圧を表1のように変化させて発色用ステンレス鋼板を作製した。
【0044】
HL仕上げした発色用ステンレス鋼板は、40mm×30mmの試料を切り出してアセトンで超音波洗浄し脱脂した後、クロム酸濃度250g/L、硫酸濃度500g/L、液温80℃の溶液に5分および10分浸漬させて発色皮膜を成膜し発色ステンレス鋼板(製品板)とした。
【0045】
次に、皮膜の成膜速度について、L
*a
*b
*表色系における座標(クロマティクネス指数)b
*を用いて評価した。
具体的には、まず色彩色差計を用い、浸漬時間を5分とした場合の製品板表面のb
*と、浸漬時間を10分とした場合の製品板表面のb
*を測定し、両者の差分を色調の変化率Δb
*として算出した。なお、表1における、浸漬時間を5分、10分とした場合の各b*は、測定をそれぞれ3回ずつ行いその平均値を示している。
この変化率Δb
*が大きかった製品板は、浸漬時間の経過による色調の変化が大きかったということであり、皮膜の成膜速度が速かったと言える。そのため、本実施例では、成膜速度の評価をΔb
*を用いて行った。
【0046】
また皮膜成膜前原板の表面粗さRaおよびRskは、二次元接触式粗さ計を使用し、一辺が1μmの矩形の任意領域において基準長さを2mmとして3点測定して平均値によって評価した。
皮膜成膜前原板の不働態皮膜中Cr
F/Fe
F比はAESを用いて測定した。なお、Cr
F/Fe
F比はカチオン分率から求めた。
さらに、製品板の長手方向および幅方向それぞれにおいて、発色ムラの有無を目視にて観察し、両方向ともに発色ムラが確認されなったものを色調の均一性が良好である(表中「○」)ものとして評価した。長手方向および幅方向の少なくとも一方でも発色ムラが確認されたものは、色調の均一性が不良である(表中「×」)ものとして評価した。
【0047】
以上の結果を表1に示す。また、Ra×Rskと不働態皮膜中のCr
F/Fe
F比の関係を
図2に示す。
【0048】
Raが0.30〜1.00μm、Rskが0.7〜1.0の範囲にあり、かつCr
F/Fe
F比が16.0〜20.0の範囲にある発明例の場合、色調が均一な発色皮膜を形成できており、コイル毎においても発色ムラのない鋼板が得られた。さらに、これら発明例のΔb
*はいずれの例も11〜15の範囲となった。また、
図2からも分かるように、RaとRskを乗した値(Ra×Rsk)およびCr
F/Fe
F比が適正範囲内の例では発色皮膜をより安定して成膜することができ、発色ムラのない鋼板が得られた。
一方、Ra、RskおよびCr
F/Fe
F比のうちの1つでも上記範囲を超えた比較例の場合、Δb
*は11.0〜15.0の範囲を満たさず、コイル毎の色調は均一とならなかった。従って、本実施例では、コイル毎の色調均一性を確保するための判定基準をΔb
*が11.0〜15.0の範囲として評価した。判定基準としてΔb
*が11.0未満の場合、成膜速度が遅くコイル毎の色調を制御出来ない他に工業製品としての生産性を著しく低下させるため不合格とした。また、Δb
*が15.0を超える場合、成膜速度が大きくなり過ぎてコイル毎の色調制御が不可能となるため不合格とした。
【0049】
<実施例2>
実施例1と同様に、供試材としてSUS304を使用し、寸法は1000mm(幅方向)×400mm(長手方向(通板方向))とし、製鋼−熱間圧延−熱延板焼鈍・酸洗−冷間圧延−冷延板焼鈍・酸洗については公知の方法によって行った。供試材のHL仕上げについても実施例1と同様に、
図1に示す研磨装置10により、研磨ベルト2の粒度、研磨圧を表1のように変化させて発色用ステンレス鋼板を作製した。
【0050】
HL仕上げした発色用ステンレス鋼板は、40mm×30mmの試料を切り出してアセトンで超音波洗浄し脱脂した後、クロム酸濃度250g/L、硫酸濃度500g/L、液温80℃の溶液に浸漬させた。次いで、対極を白金、作用極を試料として定電流パルス電解を行って発色皮膜を成膜させて発色ステンレス鋼板(製品板)とした。なお陽極電流密度を0.05A/m
2〜0.65A/m
2、陰極電流密度を0.05A/m
2〜0.25A/m
2とした。陽極、陰極電解時間は各1分、2分とした。
【0051】
次に、実施例1と同様に、皮膜の成膜速度について、L
*a
*b
*表色系における座標(クロマティクネス指数)b
*を用いて評価した。
具体的には、まず色彩色差計を用い、電解時間を1分とした場合の製品板表面の色調b
*と、電解時間を2分とした場合の製品板表面の色調b
*を測定し、両者の差分を色調の変化率Δb
*として算出した。なお、表2における、電解時間を1分、2分とした場合の各b*は、測定をそれぞれ3回ずつ行いその平均値を示している。
本実施例でも実施例1とどうように、成膜速度の評価をΔb
*を用いて行った。
【0052】
また皮膜成膜前原板の表面粗さRaおよびRskは、実施例1と同様に、二次元接触式粗さ計を使用し、一辺が1μmの矩形の任意領域において基準長さを2mmとして3点測定して平均値によって評価した。
皮膜成膜前原板の不働態皮膜中Cr
F/Fe
F比はAESを用いて測定した。なお、Cr
F/Fe
F比はカチオン分率から求めた。
さらに、製品板の長手方向および幅方向それぞれにおいて、発色ムラの有無を目視にて観察し、両方向ともに発色ムラが確認されなったものを色調の均一性が良好である(表中「○」)ものとして評価した。長手方向および幅方向の少なくとも一方でも発色ムラが確認されたものは、色調の均一性が不良である(表中「×」)ものとして評価した。
以上の結果を表2に示す。
【0053】
実施例1と同様にRaが0.30〜1.00、Rskが0.7〜1.0の範囲にあり、かつCr
F/Fe
F比が16.0〜20.0の範囲にある発明例の場合、色調が均一な発色皮膜を形成できており、コイル毎においても発色ムラのない鋼板が得られた。さらに、これら発明例の成膜速度Δb*を測定したところ、いずれの例も11.0〜15.0の範囲となり、コイル毎の着色均一性が優れることがわかった。
【0054】
以上、実施例1および実施例2の結果から、本発明に係る発色ステンレス鋼板は、発色皮膜を成膜する際の成膜方法に因らず、本発明の発色用ステンレス鋼板を成膜対象の素材とすることで、コイル毎の着色均一性が優れ、発色ムラのない皮膜を成膜することができる。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】