(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
マグネシウム合金材を酸性水溶液によって化学エッチングし、次いで、化学エッチングされた前記マグネシウム合金材を過マンガン酸塩水溶液で化成処理することによって、微細凹凸構造を介してマンガン酸化物含有膜が形成されたマグネシウム合金材を得る、請求項3に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
前記水溶性還元剤が、次亜リン酸塩、ボラン化合物、ヒドラジン、アルキルおよび/またはアリール置換されたヒドラジン、亜リン酸塩、ヒドロキシルアミン、アスコルビン酸、イソアスコルビン酸、ホルムアルデヒド、次亜リン酸、ならびに亜リン酸からなる群から選択される一種または二種以上を含む請求項3〜5のいずれか一項に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
前記水性組成物で処理する工程の後に、前記接合体の少なくとも前記樹脂部材の非接合部分を、マイクロアーク酸化および陽極酸化から選択される少なくとも一種の酸化処理を行う工程をさらに含む請求項3〜6のいずれか一項に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。なお、すべての図面において、同様な構成要素には共通の符号を付し、適宜説明を省略する。また、図は概略図であり、実際の寸法比率とは一致していない。文中の数字の間にある「〜」は特に断りがなければ、以上から以下を表す。
【0017】
≪マグネシウム合金/樹脂複合構造体≫
本実施形態に係るマグネシウム合金/樹脂複合構造体106は、マグネシウム合金部材103と、熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂部材105が接合してなるマグネシウム合金/樹脂複合構造体であって、樹脂部材105が接合していないマグネシウム合金部材103表面、すなわちマグネシウム合金部材103表面の樹脂非接合部が、マンガン原子、酸素原子および硫黄原子を含む層で被覆されていることを特徴としている。
なお、本実施形態においては、樹脂部材105が接合しているマグネシウム合金部材103表面(以下、「接合部」と略称する場合がある)は、マンガン原子、酸素原子および硫黄原子を含む層で被覆されていてもよいし、硫黄原子を含まず、マンガン原子および酸素原子を含む層で被覆されていてもよい。以下の説明では、前者の接合体をマグネシウム合金/樹脂複合構造体(B)と呼び、後者の接合体をマグネシウム合金/樹脂複合構造体(A)と呼ぶ場合がある。本実施形態に係る好ましいマグネシウム合金/樹脂複合構造体106は、上記接合部は硫黄原子を含まず、マンガン原子および酸素原子を含む層で被覆されているマグネシウム合金/樹脂複合構造体(A)である。硫黄原子を含まず、マンガン原子と酸素原子を含む層の代表例は二酸化マンガンからなる層である。換言すれば、本実施形態に係る好ましいマグネシウム合金/樹脂構造複合体は、上記非接合部がマンガン原子、酸素原子、および硫黄原子を含む被覆層を持ち、接合部がマンガン被覆層を持つ複合構造体である。
【0018】
金属表面の被覆層が、どのような原子から構成されているかについては、エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を透過型電子顕微鏡(TEM)に取り付け、電子線照射によって発生する特性X線を検出して元素マッピングまたは元素スペクトル分析を実施することによって検知可能である。
上記被覆層の平均厚みは、例えば0.1μm〜5μm、好ましくは0.2μm〜5μm、より好ましくは0.3〜3μmである。なお、平均厚みは、5ヶ所以上の異なる測定点における断面TEM画像について、画像内で任意の10点を選び、合計50点以上について個々の厚みを測定し、それらを平均化して求められる。
【0019】
本実施形態に係るマグネシウム合金/樹脂複合構造体106の製造方法は、次の二つの方法に大別できる。
第一の方法は、マグネシウム合金部材103と、マグネシウム合金部材103に接合された樹脂部材105と、を備える接合体(前駆体)106’を準備する工程と、少なくとも上記接合体106’のマグネシウム合金部材103における樹脂部材105との非接合部分110を、水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程と、を含む。この方法によって得られるマグネシウム合金/樹脂複合構造体106は、上記マグネシウム合金/樹脂複合構造体(A)である。
第二の方法は、マグネシウム合金部材103を、水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程と、上記マグネシウム合金部材に接合された樹脂部材を備える接合体を調製する工程を含む。この方法によって得られるマグネシウム合金/樹脂複合構造体106は、上記マグネシウム合金/樹脂複合構造体(B)である。
これらの中では、接合体の金属−樹脂間の接合強度のバラツキを抑制できるという理由で第一の方法が好ましい。ここで、マグネシウム合金部材103は、例えば、表面にマンガン酸化物含有膜を有する(以下、表面にマンガン酸化物含有膜を有するマグネシウム合金部材103をマンガン被覆マグネシウム合金部材103’と略称する場合がある)。
【0020】
以下に、第一の方法、すなわちマグネシウム合金部材103、接合体を準備・調製する工程、および水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程、並びにこの方法によって得られるマグネシウム合金/樹脂複合構造体(A)について具体的に説明する。
【0021】
<マグネシウム合金部材>
本実施形態に係るマグネシウム合金部材103およびその製造方法の基本は前述の通り公知である。例えば、原材料のマグネシウム合金部材を酸性水溶液によって化学エッチングする化学エッチング工程と、過マンガン酸塩水溶液で化成処理する化成処理工程を順次実施する方法によって調製される。化学エッチング工程、および化成処理工程の前後にはいくつかの付加的な工程を任意に実施してもよい。このような付加的な工程としては、例えば、化学エッチング工程の前におこなう前処理工程や、化学エッチング工程の後におこなう、主にスマット類の除去を目的として行われる無機酸水溶液による洗浄工程、酸性水溶液または塩基性水溶液の処理後に行われる中和工程や水洗工程等を挙げることができる。本実施形態に係るマグネシウム合金部材103の製造は、後述する実施例で示されるようなバッチ処理方式であってもよいし、コイル状のマグネシウム合金部材からなるロールを連続的に薬液槽に通過させる、いわゆるロールツーロール方式であってもよいし、これらの方式を適宜組みわせたハイブリッド方式であってもよい。
【0022】
以下、本実施形態に係る(1)前処理工程、(2)化学エッチング工程および(3)化成処理工程について、この順に説明する。
【0023】
本実施形態に係る原材料のマグネシウム合金部材は特に限定されないが、好ましくは合金成分としてのMnの含有量が0.5質量%以下のマグネシウム合金部材である。例えば、Mgと、Al、Zn、Si、Cu、Fe、Mn、Ag、Zr、Sr、Pb、Re、Yやミッシュメタル等の希土類等との合金部材が挙げられる。代表的なマグネシウム合金部材としては、AZ91、AZ31、AM60、AM50、AM20、AS41、AS21、AE42等の市販のマグネシウム合金部材が挙げられる。
マグネシウム合金部材の形状は、樹脂部材105と接合できる形状であれば特に限定されず、例えば、平板状、曲板状、コイル状、棒状、筒状、塊状等とすることができる。また、これらの組み合わせからなる構造体であってもよい。このようなマグネシウム合金部材は、切断;プレス等による塑性加工;打ち抜き加工;切削、研磨、放電加工等の除肉加工等によって、マグネシウム合金材料を上述した所定の形状に加工されたものが好ましい。
【0024】
(1)前処理工程
元来、マグネシウム合金部材は、アルミニウム合金部材等とは異なり稠密六方格子(HCP)を持つため変形し難く、そのため成形・加工時に多量の機械油や離型剤等が用いられることが多い。その結果、マグネシウム合金部材の表面にはこれら油類が多量に付着、浸透して表面汚染されている可能性が高いので、化学エッチング処理に先立ち、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム水溶液等のアルカリ水溶液や市販のマグネシウム合金用脱脂剤等による脱脂処理を行うことが望ましい。脱脂処理は例えば40〜70℃で数分間行われる。また脱脂処理前に、マグネシウム合金部材表面上に堆積した酸化膜等を、サンドブラスト加工、研削加工等の機械研磨や化学研磨等により除去する処理をおこなってもよい。
【0025】
(2)化学エッチング工程
本実施形態に係る化学エッチング工程は、マグネシウム合金部材表面上に微細凹凸形状を付与する工程である。化学エッチング工程で使用する化学エッチング剤(形態は水溶液又は懸濁液)は、例えば、有機酸または無機酸を含む酸性水溶液である。マグネシウム合金部材と樹脂部材との接合強度の点からは有機酸を含む酸性水溶液であっても無機酸を含む酸性水溶液であってもよいが、エッチング量を最小限量に抑え、かつ安定的に高い接合強度を発現できる視点からは、エッチング剤としては有機酸を含む酸性水溶液が好ましい。有機酸としては、脂肪族カルボン酸を含むことがより好ましい。脂肪族カルボン酸としては室温下で水溶性を示すものであれば制限なく使用できるが、より好ましい脂肪族カルボン酸としては、ヒドロキシ基を持たない多塩基酸(a1)と、ヒドロキシ基を持つ一塩基酸(a2)とヒドロキシ基を持つ多塩基酸(a3)に三分類される。ヒドロキシ基を持たない多塩基酸(a1)としては、シュウ酸、マロン酸、アジピン酸、マレイン酸を例示できる。ヒドロキシ基を持つ一塩基酸(a2)としては、グリコール酸、乳酸、グリセリン酸、2−ヒドロキシ酪酸、3−ヒドロキシ酪酸、メバロン酸を例示できる。またヒドロキシ基を持つ多塩基酸(a3)としては、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸を例示できる。なお、多塩基酸を用いる場合は二つのカルボキシ基が形式上分子内脱水縮合した、対応する酸無水物を使用してもよい。酸無水物は一般に水に溶かすことによって加水分解を受けて二塩基酸に転換されるからである。これらの脂肪族カルボン酸の中では、粗化効率、すなわち最小限のエッチング量でもって効率的な接合強度を安定的に発現できる点、あるいはエッチング剤の化学安全性の視点から、ヒドロキシ基を持つ多塩基酸(a3)が好ましく、クエン酸、酒石酸が特に好ましく用いられる。またマロン酸も好ましく用いられる化学エッチング剤である。処理時においては、濃度が好ましくは0.1〜5質量%、より好ましくは0.5〜5質量%濃度の脂肪族カルボン酸水溶液中に、任意に脱脂処理が行われたマグネシウム合金部材を1〜20分間、好ましくは2〜15分間浸漬して行うことができる。
【0026】
図3は、マグネシウム合金部材表面の、平行関係にある任意の3直線部、および当該3直線部と直交する任意の3直線部からなる合計6直線部を説明するための模式図である。
上記化学エッチングによって、例えば、マグネシウム合金部材表面上の、平行関係にある任意の3直線部、および当該3直線部と直交する任意の3直線部からなる合計6直線部について、JIS B0601(対応国際規格:ISO4287)に準拠して測定される表面粗さが以下の要件(1)および(2)を同時に満たす微細凹凸構造が形成される。なお、上記6直線部は、例えば
図3に示すような6直線部B1〜B6を選択することができる。ここで各直線間の水平距離と垂直距離D1〜D4は、例えば2〜5mmである。
(1)評価長さ4mmにおける十点平均粗さ(Rz)の平均値が好ましくは1.0μm超過20μm以下、より好ましくは2.0μm以上10μm以下、さらに好ましくは2.0μm以上5μm以下の範囲にある
(2)評価長さ4mmにける粗さ曲線要素の平均長さ(RSm)の平均値が好ましくは10μm超過200μm以下、より好ましくは20μm以上150μm以下、さらに好ましくは30μm以上120μm以下の範囲にある
【0027】
化学エッチング終了後に、必要に応じて弱塩基性水溶液および/または強塩基性水溶液による洗浄を行ってもよい。このような塩基性水溶液としては代表的には炭酸ナトリウム水溶液、炭酸水素ナトリウム水溶液またはこれらの混合体を例示することができ、炭酸ナトリウム1質量%と炭酸水素ナトリウム1質量%が溶解したpHが9.8前後の弱塩基性水溶液が好ましく用いられる。また、強塩基性水溶液としては、例えば15質量%前後の水酸化ナトリウム水溶液が用いられる。なお、これらの弱塩基性水溶液および/または塩基性水溶液による洗浄の前後に水洗操作を加えてもよい。
【0028】
(3)化成処理工程
上記化学エッチングを終えたマグネシウム合金部材は、次いで化成処理されて表面が化成被膜で被覆される。すなわち、マグネシウムはイオン化傾向の高い部類の金属であるので空気中の湿気と酸素による酸化速度が他の金属に比べて相対的に速い。マグネシウム合金部材は通常、自然酸化膜で被覆されているが耐食性の点から見て十分とは言い難く、通常の環境下でも自然酸化膜を拡散した水分子や酸素で酸化腐食が進行してしまう。このような酸化反応を抑制するために化成被膜を積極的に形成させる化成処理がこれまで行われてきた。
【0029】
公知の化成処理方法としては、弱酸性とした過マンガン酸塩水溶液に浸漬して二酸化マンガンの薄層で全面を覆う処理や、クロム酸や重クロム酸カリ等の水溶液に浸漬して酸化クロムの薄層で全面を覆うクロメート処理等を行って腐食防止処置が行われるのが一般的である。本実施形態においては環境汚染の観点から前者の二酸化マンガン薄層を被膜する方法が好んで用いられる。
【0030】
本実施形態においては、弱酸性とした過マンガン酸塩水溶液の25℃で測定したpH値は、マグネシウム合金部材の表面上に発生する着色度合にも影響するので適正範囲に保つ必要がある。このpH値は好ましくは3.0以上4.6未満であり、より好ましくは3.1以上4.4以下であり、さらに好ましくは3.2以上4.2以下、さらにより好ましくは3.3以上4.0以下である。過マンガン酸塩水溶液のpHが、このような範囲を満たすことによってマグネシウム合金部材の表面粗化のバッチ処理数を重ねた場合すなわち粗化処理するマグネシウム合金部材の処理量を増やした場合であっても、マグネシウム合金部材の表面が、例えば褐色乃至暗褐色に着色することを抑制できる。なお、過マンガン酸塩を構成するカチオン種としては、アンモニウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、銀イオンおよび亜鉛イオンを例示できるが、化学物質としての安全性や空気中での取り扱い性からカリウムイオンが好ましい。過マンガン酸塩水溶液に占める過マンガン酸塩の濃度は、例えば0.5〜5質量%、好ましくは1〜3質量%である。
過マンガン酸塩の濃度が上記下限値以上であると、酸化能力がより良好になり、過マンガン酸塩の濃度が上記上限値以下であると、過マンガン酸塩の使用量を抑えながら化成被膜生成速度を適度な速度とすることができる。
【0031】
上記のような、特定の酸性領域のpH値を持つ過マンガン酸塩水溶液は、例えば、pH値が3.0以上3.7未満の範囲にあるpH緩衝能を有する酸性水溶液に過マンガン酸塩を溶解することにより容易に調製可能である。
上記pH緩衝能を有する酸性溶液として、酢酸塩、フタル酸塩、クエン酸塩、コハク酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうち、少なくとも1種類以上を各0.1〜5.0質量%の範囲で含有する酸性溶液を例示できる。具体的には、酢酸ナトリウム(CH
3COONa)などの酢酸塩、フタル酸水素カリウム((KOOC)
2C
6H
4)などのフタル酸塩、クエン酸ナトリウム(Na
3C
6H
5O
7)やクエン酸二水素カリウム(KH
2C
6H
5O
7)などのクエン酸塩、コハク酸ナトリウム(Na
2C
4H
4O
4)などのコハク酸塩、乳酸ナトリウム(NaCH
3CHOHCO
2)などの乳酸塩、酒石酸ナトリウム(Na
2C
4H
4O
6)などの酒石酸塩、ホウ酸塩、リン酸塩のうち少なくとも1種類以上を0.1〜5.0質量%の濃度範囲で含有する水溶液を使用することができる。
【0032】
過マンガン酸塩の弱酸性水溶液で処理する際の処理温度は例えば25℃〜60℃、好ましくは30℃〜55℃、処理時間は5秒〜10分、好ましくは10秒〜5分程度である。処理温度が上記下限値以上であると、夏場においては冷凍機などの追加冷却設備等を用いる必要がないため好ましい。処理温度が上記上限値以下であると、過マンガン酸塩の短時間当たりの反応熱を抑制できるため好ましい。
【0033】
このようにして調製された、表面が例えば茶色〜茶褐色状のマンガン被覆マグネシウム合金部材103’の、上記JIS B0601(対応国際規格:ISO4287)に準拠して測定される表面粗さは以下の要件(1)および(2)を同時に満たしていることが好ましい。なお、上記6直線部は、化学エッチング工程終了直後の表面粗さ測定方法と同様にして、例えば
図3に示すような6直線部B1〜B6を選択することができる。ここで各直線間の水平距離と垂直距離D1〜D4は、例えば2〜5mmである。
(1)評価長さ4mmにおける十点平均粗さ(Rz)の平均値が好ましくは0.5μm以上15μm以下、より好ましくは0.8μm以上10μm以下、さらに好ましくは1.0μm以上5.0μm以下の範囲にある
(2)評価長さ4mmにける粗さ曲線要素の平均長さ(RSm)の平均値が好ましくは10μm超過150μm以下、より好ましくは20μm以上130μm以下、さらに好ましくは30μm以上120μm以下の範囲にある
【0034】
<接合体を準備・調製する工程>
図2は、本実施形態に係る接合体(前駆体)106’を製造する過程の一例を模式的に示した構成図である。
本実施形態に係る接合体(前駆体)106’は、例えば、マグネシウム合金部材103(マンガン酸化物被覆マグネシウム合金部材103’)に樹脂部材105をインサート成形(射出成形)することによって得ることができる。樹脂部材105は、例えば、熱可塑性樹脂組成物(P)からなる。熱可塑性樹脂組成物(P)は、樹脂成分として熱可塑性樹脂(A)と、必要に応じて充填材(B)とを含む。さらに、熱可塑性樹脂組成物(P)は必要に応じてその他の配合剤を含むことも任意である。
【0035】
(熱可塑性樹脂(A))
熱可塑性樹脂(A)としては特に限定されないが、例えば、ポリオレフィン系樹脂、ポリメタクリル酸メチル樹脂等のポリメタクリル系樹脂、ポリアクリル酸メチル樹脂等のポリアクリル系樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリビニルアルコール−ポリ塩化ビニル共重合体樹脂、ポリビニルアセタール樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリビニルホルマール樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、無水マレイン酸−スチレン共重合体樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂等の芳香族ポリエーテルケトン、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、スチレン系エラストマー、ポリオレフィン系エラストマー、ポリウレタン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー、ポリアミド系エラストマー、アイオノマー、アミノポリアクリルアミド樹脂、イソブチレン無水マレイン酸コポリマー、ABS、ACS、AES、AS、ASA、MBS、エチレン−塩化ビニルコポリマー、エチレン−酢酸ビニルコポリマー、エチレン−酢酸ビニル−塩化ビニルグラフトポリマー、エチレン−ビニルアルコールコポリマー、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂、塩素化ポリエチレン樹脂、塩素化ポリプロピレン樹脂、カルボキシビニルポリマー、ケトン樹脂、非晶性コポリエステル樹脂、ノルボルネン樹脂、フッ素プラスチック、ポリテトラフルオロエチレン樹脂、フッ素化エチレンポリプロピレン樹脂、PFA、ポリクロロフルオロエチレン樹脂、エチレンテトラフルオロエチレンコポリマー、ポリフッ化ビニリデン樹脂、ポリフッ化ビニル樹脂、ポリアリレート樹脂、熱可塑性ポリイミド樹脂、ポリ塩化ビニリデン樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリパラメチルスチレン樹脂、ポリアリルアミン樹脂、ポリビニルエーテル樹脂、ポリフェニレンオキシド樹脂、ポリフェニレンスルフィド(PPS)樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、オリゴエステルアクリレート、キシレン樹脂、マレイン酸樹脂、ポリヒドロキシブチレート樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリ乳酸樹脂、ポリグルタミン酸樹脂、ポリカプロラクトン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリアクリロニトリル樹脂、スチレン−アクリロニトリル共重合体樹脂等が挙げられる。これらの熱可塑性樹脂(A)は一種単独で使用してもよいし、二種以上組み合わせて使用してもよい。
【0036】
これらの中でも、熱可塑性樹脂(A)としては、マグネシウム合金部材103と樹脂部材105との接合強度向上効果をより効果的に得ることができる観点から、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂およびポリアミド系樹脂から選択される一種または二種以上の熱可塑性樹脂が好適に用いられる。
【0037】
(充填材(B))
熱可塑性樹脂組成物(P)は、マグネシウム合金部材103と樹脂部材105との線膨張係数差の調整や樹脂部材105の機械的強度を向上させる観点から、充填材(B)をさらに含んでもよい。
充填材(B)としては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、炭素粒子、粘土、タルク、シリカ、ミネラル、セルロース繊維からなる群から一種または二種以上を選ぶことができる。これらのうち、好ましくは、ガラス繊維、炭素繊維、タルク、ミネラルから選択される一種または二種以上である。
【0038】
なお、熱可塑性樹脂組成物(P)が充填材(B)を含む場合、その含有量は、熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは1質量部以上80質量部以下であり、より好ましくは5質量部以上70質量部以下であり、特に好ましくは10質量部以上50質量部以下である。
【0039】
(その他の配合剤)
熱可塑性樹脂組成物(P)には、機械的強度以外の固有の機能を更に付与する目的でその他の配合剤を含んでもよい。このような配合剤としては、熱安定剤、酸化防止剤、顔料、耐候剤、難燃剤、可塑剤、分散剤、滑剤、離型剤、帯電防止剤等が挙げられる。なお、熱可塑性樹脂組成物(P)がその他配合剤を含む場合、その含有量は、熱可塑性樹脂(A)100質量部に対して、好ましくは0.0001〜5質量部であり、より好ましくは0.001〜3質量部である。
【0040】
本実施形態に係る接合体(前駆体)106’の製造方法、すなわち熱可塑性樹脂組成物(P)からなる樹脂部材105をマグネシウム合金部材103(例えばマンガン被覆マグネシウム合金部材103’)に接合する方法は、好ましくはインサート成形(射出成形)である。具体的には、マグネシウム合金部材103を射出成形金型のキャビティ部にインサートし、熱可塑性樹脂組成物(P)を金型に射出する射出成形法によって樹脂部材105を成形し、マグネシウム合金/樹脂複合構造体106を製造するのが好ましい。以下、具体的に説明する。
【0041】
本実施形態に係る接合体(前駆体)106’の製造方法は、例えば、以下の[1]〜[3]の工程を含んでいる。
[1]所望の熱可塑性樹脂組成物(P)を調製する工程
[2]マグネシウム合金部材103(例えばマンガン被覆マグネシウム合金部材103’)を射出成形用の金型102の内部に設置する工程
[3]熱可塑性樹脂組成物(P)を、射出成形機101を通して、マンガン被覆マグネシウム合金部材103’の少なくとも微細凹凸形成領域と接するように、金型102内に射出成形し、樹脂部材105を形成する工程
【0042】
以下、[2]および[3]の工程による射出成形方法について説明する。
まず、射出成形用の金型102を用意し、その金型を開いて微細凹凸形成領域を含むマンガン被覆マグネシウム合金部材103’を設置する。
その後、金型102を閉じ、熱可塑性樹脂組成物(P)の少なくとも一部がマンガン被覆マグネシウム合金部材103’の表面の微細凹凸形成領域と接するように、金型102内に[1]工程で得られた熱可塑性樹脂組成物(P)を射出して固化する。その後、金型102を開き離型することにより接合体(前駆体)106’を得ることができる。
【0043】
また、上記[1]〜[3]の工程による射出成形にあわせて、射出発泡成形や、金型102を急速に加熱冷却する高速ヒートサイクル成形(RHCM,ヒート&クール成形)を併用してもよい。
射出発泡成形の方法として、化学発泡剤を樹脂に添加する方法や、射出成形機のシリンダー部に直接、窒素ガスや炭酸ガスを注入する方法、あるいは、窒素ガスや炭酸ガスを超臨界状態で射出成形機のシリンダー部に注入するMuCell射出発泡成形法があるが、いずれの方法でも樹脂部材105が発泡体であるマグネシウム合金/樹脂複合構造体106を得ることができる。また、いずれの方法でも、金型102の制御方法として、カウンタープレッシャーを使用したり、成形品の形状によってはコアバックを利用したりすることも可能である。
高速ヒートサイクル成形は、急速加熱冷却装置を金型102に接続することにより、実施することができる。急速加熱冷却装置は、一般的に使用されている方式で構わない。加熱方法として、蒸気式、加圧熱水式、熱水式、熱油式、電気ヒータ式、電磁誘導過熱式のいずれか一方式またはそれらを複数組み合わせた方式を用いることができる。冷却方法としては、冷水式、冷油式のいずれか一方式またはそれらを組み合わせた方式を用いることができる。高速ヒートサイクル成形法の条件としては、例えば、射出成形用の金型102を100℃以上250℃以下の温度に加熱し、熱可塑性樹脂組成物(P)の射出が完了した後、射出成形用の金型102を冷却することが望ましい。金型を加熱する温度は、熱可塑性樹脂組成物(P)を構成する熱可塑性樹脂(A)によって好ましい範囲が異なり、結晶性樹脂で融点が200℃未満の熱可塑性樹脂であれば、100℃以上150℃以下が好ましく、結晶性樹脂で融点が200℃以上の熱可塑性樹脂であれば、140℃以上250℃以下が望ましい。非晶性樹脂については、100℃以上180℃以下が望ましい。
【0044】
本実施形態に係る接合体(前駆体)106’は、このままでも高い接合強度を示すとともに軽量である利点を生かして様々な産業分野で用いることが可能であるが、樹脂が接合されていない部分には、例えば茶色乃至茶褐色状の着色部が露出しているので、美観や意匠性が求められる分野に適用することは難しい。このような非接合部における着色を消すために、本実施形態に係る還元処理が行われる。
【0045】
<水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程>
本実施形態に係る接合体(前駆体)106’を、水溶性還元剤を含む水性組成物で還元処理することによって本実施形態のマグネシウム合金/樹脂複合構造体106を製造できる。上記還元工程は、少なくとも接合体(前駆体)106’のマグネシウム合金部材103における樹脂部材105の非接合部分110を、水溶性還元剤を含む水性組成物で処理することによって実施される。ただし、マグネシウム合金部材103(例えば、マンガン被覆マグネシウム合金部材103’)の樹脂非接合部分のみを選択して還元処理することは、マスキングテープ等を用いて金属面のみを保護する手法を用いる必要があるので、通常は接合体(前駆体)106’全体、すなわちマグネシウム合金部材103(例えば、マンガン被覆マグネシウム合金部材103’)および樹脂部材105の全てを、水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する方法が採用される。
【0046】
本実施形態に係る水溶性還元剤を含む水性組成物のpHは、例えば3〜11であり、好ましくは4〜10である。pHが上記範囲内であると、接合体(前駆体)106’の樹脂部材105の化学分解が誘発されることを抑制することができるため好ましい。特に樹脂部材としてポリエステル系樹脂を用いた場合の影響は甚大である。また、pHが上記下限値以上では、還元能力が実用レベルに達しない場合を抑制でき、またpHが上記上限値以下では、還元反応が急激に進行することを抑制でき、反応制御がし易くなる。水性組成物中に含まれる水溶性還元剤の濃度は、例えば0.05〜5質量%程度である。還元処理は、通常は室温から50℃の範囲、好ましくは10〜40℃の範囲で、上記水性組成物が満たされた薬液槽中に、接合体(前駆体)106’の、少なくとも非接合部分110が薬液と接触するように浸漬することによってなされる。接触時間は、接触温度にもよるが、例えば0.5秒〜500秒、好ましくは1秒〜300秒程度である。
【0047】
上記水性組成物を構成する還元剤は、例えば、次亜リン酸塩、ボラン化合物、ヒドラジン、アルキルおよび/またはアリール置換されたヒドラジン、亜リン酸塩、ヒドロキシルアミン、アスコルビン酸、イソアスコルビン酸、ホルムアルデヒド、次亜リン酸、ならびに亜リン酸から選ばれる一種以上である。水性組成物としての安定性、還元能力、水への溶解度、水性組成物のpH制御容易性、化学物質安全性等の諸々の視点から還元剤としてはヒドロキシルアミンが好ましく用いられる。ヒドロキシルアミンは硫酸塩や塩酸塩の形態で使用してもよいが、硫酸塩の形態で使用することが好ましい。
【0048】
第二の方法、すなわちマグネシウム合金部材を、水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程と、上記マグネシウム合金部材に接合された樹脂部材を備える接合体を調製する工程を含む方法、並びにこの方法によって得られるマグネシウム合金/樹脂複合構造体(B)については、基本的に上記第一の方法で述べた方法に準じて実施できる。すなわち、マグネシウム合金部材を、上記の前処理工程、化学エッチング工程、化成処理工程、および水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程を順次実施することによってマグネシウム合金部材103を準備した後、次いで上記第一の方法で述べた熱可塑性樹脂組成物(P)をインサート成形(射出成形)することによってマグネシウム合金/樹脂複合構造体(B)を得ることができる。第二の方法における各要素工程の実施態様と実施条件については、第一の方法における各要素工程で述べた実施態様と実施条件をそのまま援用できる。
【0049】
本実施形態に係る水溶性還元剤含有水性組成物による還元処理が行われた後、必要に応じて水洗処理が行われる。本実施形態に係るマグネシウム合金/樹脂複合構造体106においては、少なくとも樹脂部材105との非接合部分110を、マイクロアーク酸化(MAO)および陽極酸化から選択される少なくとも一種の酸化処理、好ましくはMAO処理を行う工程をさらに含んでもよい。この工程をおこなうことにより、還元処理後の金属面の、空気中での安定性を向上できるので好ましい。MAO処理は、通常リン酸やピロリン酸のアルカリ金属塩を溶解したアルカリ性電解溶液中で高電圧をかける方法によって行われる。MAO処理は樹脂部材105が接合されていない金属面のみの選択的処理であってもよいし、マグネシウム合金/樹脂複合構造体106全体であってもよい。
【0050】
本実施形態に係るマグネシウム合金/樹脂複合構造体106は、過酷な条件下でも高い接合強度を再現性良く発現するとともに、マグネシウム合金部材103における樹脂部材105との非接合部分110の着色が抑制されているという利点を生かして様々な産業分野で用いられる。例えば、ノートパソコンのボトムケース、液晶リアケースに代表されるパソコン分野;携帯電話用の薄肉筐体、フレームボディ等の携帯電話分野;デジタル一眼レフカメラ用のカバーやミラーボックス等のカメラ分野;スピーカー振動板等のオーディオ分野;時計の秒針;自動車ヘッドカバー、オイルパン、シリンダーブロック、ステアリングホイール、ステアリングメンバー、ミッションケース、シートバックフレーム、ロードホイール等の自動車分野;二輪車エンジン分野;飛行機用エンジン部品、ヘリコプター用ギアボックス等の航空分野;鉄道車両分野;軽量ペンチ、軽量ハンマー等の工具分野;競技用ヨーヨー等のスポーツ分野を挙げることができる。
【0051】
以上、本実施形態に係るマグネシウム合金/樹脂複合構造体106の用途について述べたが、これらは本実施形態の用途の例示であり、上記以外の様々な用途に用いることもできる。
【0052】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を含む。
以下、実施形態の例を付記する。
1. マグネシウム合金部材と、前記マグネシウム合金部材に接合され、かつ、熱可塑性樹脂組成物からなる樹脂部材と、を備えるマグネシウム合金/樹脂複合構造体であって、
前記樹脂部材が接合していない前記マグネシウム合金部材表面が、マンガン原子、酸素原子および硫黄原子を含む層で被覆されているマグネシウム合金/樹脂複合構造体。
2. 前記樹脂部材が接合している前記マグネシウム合金部材表面が、硫黄原子を含まず、マンガン原子および酸素原子を含む層で被覆されている1.に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体。
3. 前記層の平均厚みが0.1μm以上5μm以下である1.または2.に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体。
4. 微細凹凸構造を介してマンガン酸化物含有膜が形成されたマグネシウム合金部材表面に樹脂部材が接合した接合体を準備する工程と、
前記接合体の、少なくとも樹脂部材の非接合部分を、水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程と、
を含むマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
5. マグネシウム合金材を酸性水溶液によって化学エッチングし、次いで、化学エッチングされた前記マグネシウム合金材を過マンガン酸塩水溶液で化成処理することによって、微細凹凸構造を介してマンガン酸化物含有膜が形成されたマグネシウム合金材を得る、4.に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
6. 前記水性組成物のpHが3〜11である4.または5.に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
7. 前記水溶性還元剤が、次亜リン酸塩、ボラン化合物、ヒドラジン、アルキルおよび/またはアリール置換されたヒドラジン、亜リン酸塩、ヒドロキシルアミン、アスコルビン酸、イソアスコルビン酸、ホルムアルデヒド、次亜リン酸、ならびに亜リン酸からなる群から選択される一種または二種以上を含む4.〜6.のいずれかに記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
8. 前記水性組成物で処理する工程の後に、前記接合体の少なくとも前記樹脂部材の非接合部分を、マイクロアーク酸化および陽極酸化から選択される少なくとも一種の酸化処理を行う工程をさらに含む4.〜7.のいずれかに記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
【実施例】
【0053】
以下、本実施形態を、実施例・比較例を参照して詳細に説明する。なお、本実施形態は、これらの実施例の記載に何ら限定されるものではない。
【0054】
[実施例1]
(表面粗化)
マグネシウム合金板AZ91D(厚み:2.0mm)を、長さ45mm、幅18mmに切断し、平板状マグネシウム合金板を合計500枚作製した。次いで、このマグネシウム合金板1枚ずつについて以下の処理を行うことによって、中間処理体αを調製した。
まず、マグネシウム合金板を、60℃の市販のマグネシウム合金用脱脂剤「クリーナー160(メルテックス株式会社製)」の7.5質量%水溶液に5分浸漬した後、水洗した。次いで、30℃に設定された3質量%のマロン酸水溶液槽に60秒間浸漬させて化学エッチングした後、室温で2分間水洗を行った。その後、スマット除去を目的として、65℃の炭酸ナトリウム/炭酸水素ナトリウム混合水溶液(炭酸ナトリウムの濃度;1質量%、炭酸水素ナトリウムの濃度;1質量%、pH;9.8)に5分間浸漬した。次いで、65℃の15質量%水酸化ナトリウム水溶液に5分間浸漬したのちに水洗を行い、中間処理体αを得た。ここで、脱脂槽中の脱脂剤水溶液、スマット除去槽中の炭酸ナトリウム/炭酸水素ナトリウム混合水溶液、スマット除去槽中の水酸化ナトリウム水溶液、マロン酸水溶液槽中のマロン酸水溶液および水洗槽中の水は、マグネシウム合金版の10枚分の処理が終わる毎に、新しく薬液調製したものを用いるようにした。
1枚目、10枚目、30枚目、100枚目、200枚目、300枚目、400枚目および最後の500枚目の中間処理体αをサンプリングし、これらの表面粗さを、東京精密社製の表面粗さ測定装置「サーフコム1400D」で測定した。その結果、いずれの処理板についても十点平均粗さ(Rz)が2μm〜3μmの範囲に、また粗さ曲線要素の平均長さ(RSm)は90μm〜110μmの範囲にあることが確認された。この結果から化学エッチング工程においては、ほぼ同一な酸条件下で微細凹凸構造が形成されていることが推定される。
【0055】
(過マンガン酸塩による化成処理)
次いで、上記化学エッチングとスマット除去操作を終えた、1枚の中間処理体αを、25℃で測定したpHが3.6の過マンガン酸カリウム水溶液中に、45℃で90秒間浸漬後、室温で5分間の超音波水洗を行い、次いで、温風乾燥機中で乾燥することによって表面粗化体A1を得た。ここで、25℃で測定したpH3.6の過マンガン酸カリウム水溶液は、0.5質量%の酢酸ソーダ・3水和物水溶液に酢酸を添加してpHを3.6(25℃測定)に緩衝させた酢酸/酢酸ソーダ水溶液中に、2質量%分の過マンガン酸カリウムを溶解することによって調製した。
【0056】
この一連のサイクル操作を、中間処理体αを新しいものに変更して400回繰り返し、途中の100枚目の表面粗化体A100、200枚目の表面粗化体A200、および350枚目の表面粗化体A350を確保した。なお表面粗化体A350を調製後の過マンガン酸カリウム水溶液のpHは4.0であった。これら表面粗化体の表面粗さを上記と同様な方法で測定したところ、十点平均粗さ(Rz)が1.5μm〜3.0μmの範囲に、また粗さ曲線要素の平均長さ(RSm)は80μm〜100μmの範囲にあることが分かった。
【0057】
表面粗化体A1、表面粗化体A100、表面粗化体A200および表面粗化体A350について、粗化面から5点を任意に選定し、色調を目視観察した。その結果、すべての粗化体について、5点の色調は茶色〜茶褐色状であった。
【0058】
(接合体の調製)
表面粗化体A1、表面粗化体A100、表面粗化体A200および表面粗化体350を、日本製鋼所社製のJ55AD−30Hに装着された小型ダンベル金属インサート金型102内にそれぞれ設置した。次いで、金型102内に樹脂組成物(P)であるポリプラスチックス社製PBT樹脂(ジュラネックス930HL)を、シリンダー温度270℃、金型温度160℃、射出一次圧90MPa、保圧80MPaの条件にて射出成形し、接合体B1、接合体B100、接合体B200および接合体B350をそれぞれ得た。
【0059】
引張試験機「モデル1323(アイコーエンジニヤリング社製)」を使用し、引張試験機に専用の治具を取り付け、室温(23℃)にて、チャック間距離60mm、引張速度10mm/minの条件にて、各接合体の接合強度の測定をおこなった。破断荷重(N)をマグネシウム合金/樹脂接合部分の面積で除することにより接合強度を得た。接合体B1、接合体B100、接合体B200および接合体B350の接合強度S
B1、S
B100、S
B200およびS
B350は、それぞれ28MPa、28MPa、27MPaおよび28MPaであった。平均値は28MPa、標準偏差は0.4MPaであった。破壊面はいずれも樹脂母材破壊であった。
【0060】
(還元処理)
2枚目の表面粗化体A2から得られる接合体B2、101枚目の表面粗化体A101から得られる接合体B101、201枚目の表面粗化体A201から得られる接合体B201、および351枚目の表面粗化体A351から得られる接合体B351について、接合体全体を、0.5質量%の硫酸ヒドロキシルアミン水溶液(ヒドロキシルアミン換算では、0.4質量%、pH=4.5)が満たされた槽に25℃下、5分間浸漬させた。次いで水洗、乾燥することによって、各々マグネシウム合金/樹脂接合体、F2、F101、F201、およびF351を得た。
上記の引張試験法と同様な方法によって、接合体F2、接合体F101、接合体F201および接合体F351の接合強度S
F2、S
F101、S
F201およびS
F351を測定したところ、それぞれ28MPa、27MPa、27MPaおよび28MPaであった。平均値は28MPa、標準偏差は0.5MPaであった。破壊面はいずれも樹脂母材破壊であった。各接合体の引張試験後のマグネシウム合金部材について、東京精密社製の表面粗さ測定装置「サーフコム1400D」表面粗さを測定した。その結果、いずれの処理板についても十点平均粗さ(Rz)が2μm〜3μmの範囲に、また粗さ曲線要素の平均長さ(RSm)は90μm〜100μmの範囲にあることが確認された。また、樹脂が接合されていない部分の色調は、マグネシウム合金板AZ91Dとまったく同様なシルバー色であった。引張試験によって分断されたマグネシウム合金部材103について、樹脂部材非接合面の中の樹脂部材破壊面105’に近接するP点(
図4参照)におけるTEM−EDS分析を行った。TEM画像を
図6に示した。TEM画像中には、平均厚み1.3μmの被覆層が観測されることが分かった。被覆槽内のC点のEDS元素スペクトルを
図9に、被覆層より深い下層部のD点のEDSスペクトルを
図10に示した。
図9から明らかなように被覆層は、硫黄原子、マンガン原子および酸素原子を含むことが分かった。なお、
図10から明らかなように被覆層の深層の下層部は、マンガン原子が認められないことから化成処理前のマグネシウム合金表層部であると考えられる。また、樹脂部材破壊面105’の領域内にあるQ点(
図4参照)におけるTEM−EDS分析を行った結果、TEM画像中に観測された被覆層(平均厚み:0.4μm)内には硫黄原子は全く検知されなかった。なお、還元処理前の接合体の接合強度S
Bと還元処理後の接合強度S
Fがほぼ同等であること、還元処理後の接合体Fにける樹脂部の外観と還元処理前の接合体Bの樹脂部の外観に変化が認められなかったことから、還元処理時の樹脂部の化学的変質も起きていないことが予想される。
【0061】
[実施例2]
実施例1における95枚目の中間処理体α、195枚目の中間処理体α、295枚目の中間処理体αおよび345枚目の中間処理体αについて、実施例1に記載した化成処理と同様な処理を行うことによって各々表面粗化体A95、表面粗化体A195、表面粗化体A295および表面粗化体A345を確保した。
次に、これら合計4個の表面粗化体を、実施例1に記載した還元処理と同様な方法で硫酸ヒドロキシルアミン水溶液で処理(粗化体全体の浸漬処理)して、各々還元処理体R95、還元処理体R195、還元処理体R295および還元処理体R345を確保した。
次いで、上記4個の還元処理体Rについて実施例1に記載した射出成形と同様な方法でポリプラスチック社製PBT樹脂を射出成形し、接合体C95、接合体C195、接合体C295および接合体C345を得た。これら4個の接合体において、樹脂が接合されていない金属表面の色調は、マグネシウム合金板AZ91Dと同じシルバー色であった。これらの接合体の接合強度を実施例1に記載の方法と同様な方法で測定した。その結果、接合体C95の接合強度S
C95、接合体C195の接合強度S
C195、接合体C295の接合強度S
C295、接合体C345の接合強度S
C345は、各々26MPa、26MPa、27MPaおよび24MPaであった。平均値は26MPa、標準偏差は1.1MPaであった。
【0062】
[比較例1]
実施例1における105枚目の中間処理体α、205枚目の中間処理体α、305枚目の中間処理体αおよび355枚目の中間処理体αについて、実施例1に記載した化成処理と同様な処理を行うことによって各々表面粗化体A105、表面粗化体A205、表面粗化体A305および表面粗化体A355を確保した。
次に、これら合計4個の表面粗化体Aを、還元処理を行うことなく直ちに実施例1に記載した射出成形と同様な方法でポリプラスチック社製PBT樹脂を射出成形し、接合体D105、接合体D205、接合体D305および接合体D355を得た。これら4個の接合体において、樹脂が接合されていない金属表面の色調は茶色乃至褐色であった。これらの接合体の接合強度を実施例1に記載の方法と同様な方法で測定した。その結果、接合体D105の接合強度S
D105、接合体D205の接合強度S
D205、接合体D305の接合強度S
D305、接合体D355の接合強度S
D345は、各々27MPa、27MPa、29MPaおよび28MPaであった。平均値は28MPa、標準偏差は0.8MPaであった。引張試験によって分断されたマグネシウム合金部材103について、樹脂部材非接合面の中の樹脂部材破壊面105’に近接するP点(
図4参照)におけるTEM−EDS分析を行った。TEM画像を
図5に示した。TEM画像中には、平均厚み0.15μmの被覆層が観測されることが分かった。被覆槽内のA点のEDS元素スペクトルを
図7に、被覆層の下層部に位置するB点のEDSスペクトルを
図8に示した。
図7および
図8から明らかなように、比較例1の実験では被覆層にも被覆層の下層部にも硫黄原子が観測されなかった。
【0063】
上記実施例1および比較例1から明らかなように、表層がマンガン酸化物含有膜で被覆されたマグネシウム合金の表面粗化体に、熱可塑性樹脂部材をインサート成形して得られる接合体の、樹脂が接合されていない金属表面は茶色〜茶褐色に着色しているが、この接合体全体を水溶性還元剤含有水性組成物に浸漬することによって被覆層に硫黄原子が検知され、また金属表面の着色部は完全に消失することが分かる。また還元処理前後の金属−樹脂間の接合強度に変化はなく、また樹脂部材表面上の変化も認められないことが分かった。また上記実施例2から明らかなように、樹脂非接合部の金属表面の着色が抑制された接合体は、表層がマンガン酸化物含有膜で被覆されたマグネシウム合金表面粗化体全体を還元処理した後に、熱可塑性樹脂をインサート成形する方法でも得られる。ただし、この場合では金属−樹脂間の接合強度および再現性がやや低下する傾向が認められるが実用上問題のないレベルである。
【0064】
なお、マグネシウム合金表面の褐色が水溶性還元剤含有水性組成物である硫酸ヒドロキシルアミン水溶液によって脱色する原理は明らかでないが、本発明者らは次のように推測している。すなわち、マグネシウム合金表面上に防蝕目的で被覆された二酸化マンガン層(Mn
IV)は固有の褐色を呈している。これに還元剤である硫酸ヒドロキシルアミンが作用することによって二酸化マンガン(Mn
IV)の一部または全部が硫酸マンガン(Mn
II)に還元されることによって二酸化マンガンに基づく褐色が消失すると同時に硫酸マンガンに基づく淡色が支配的になったと考えている。また、このような還元反応によって、当初マンガン原子と酸素原子から構成された被膜中に、硫酸マンガンに起因する硫黄原子が混入したと考えられる。
【0065】
この出願は、2018年3月8日に出願された日本出願特願2018−042259号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
本発明は以下の態様も含む。
1.
マグネシウム合金部材と、前記マグネシウム合金部材に接合された樹脂部材と、を備える接合体を準備する工程と、
少なくとも前記接合体の前記マグネシウム合金部材における前記樹脂部材との未接合部分を水溶性還元剤を含む水性組成物で処理する工程と、
を含むマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
2.
1.に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法において、
前記マグネシウム合金部材が表面にマンガン酸化物含有膜を有するマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
3.
2.に記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法において、
マグネシウム合金部材を酸性水溶液によって化学エッチングし、次いで、化学エッチングされた前記マグネシウム合金部材を過マンガン酸塩水溶液で化成処理することによって、表面にマンガン酸化物含有膜を有する前記マグネシウム合金部材を得る工程をさらに含む、マグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
4.
1.乃至3.のいずれか一つに記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法において、
前記水性組成物のpHが3〜11であるマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
5.
1.乃至4.のいずれか一つに記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法において、
前記水溶性還元剤が、次亜リン酸塩、ボラン化合物、ヒドラジン、アルキルおよび/またはアリール置換されたヒドラジン、亜リン酸塩、ヒドロキシルアミン、アスコルビン酸、イソアスコルビン酸、ホルムアルデヒド、次亜リン酸、ならびに亜リン酸からなる群から選択される一種または二種以上を含むマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。
6.
1.乃至5.のいずれか一つに記載のマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法において、
前記水性組成物で処理する工程の後に、少なくとも前記接合体の前記マグネシウム合金部材における前記樹脂部材との未接合部分を、マイクロアーク酸化および陽極酸化から選択される少なくとも一種の酸化処理を行う工程をさらに含むマグネシウム合金/樹脂複合構造体の製造方法。