特許第6940631号(P6940631)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6940631安息香酸塩で自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6940631
(24)【登録日】2021年9月6日
(45)【発行日】2021年9月29日
(54)【発明の名称】安息香酸塩で自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/192 20060101AFI20210916BHJP
   A61K 31/196 20060101ALI20210916BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20210916BHJP
   A61P 25/18 20060101ALI20210916BHJP
【FI】
   A61K31/192ZMD
   A61K31/196
   A61P25/00
   A61P25/18
【請求項の数】13
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2019-569654(P2019-569654)
(86)(22)【出願日】2018年1月4日
(65)【公表番号】特表2020-511530(P2020-511530A)
(43)【公表日】2020年4月16日
(86)【国際出願番号】MY2018000001
(87)【国際公開番号】WO2018160055
(87)【国際公開日】20180907
【審査請求日】2019年9月3日
(31)【優先権主張番号】62/466,749
(32)【優先日】2017年3月3日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】519320608
【氏名又は名称】科進製藥科技股▲分▼有限公司
【氏名又は名称原語表記】EXCELSIOR PHARMATECH LABS
(73)【特許権者】
【識別番号】519320620
【氏名又は名称】藍 先元
【氏名又は名称原語表記】Hsien−Yuan LANE
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100134784
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和美
(72)【発明者】
【氏名】藍 先元
(72)【発明者】
【氏名】楊 品珍
【審査官】 榎本 佳予子
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2001/0044446(US,A1)
【文献】 国際公開第2009/018368(WO,A1)
【文献】 Journal of Psychiatry & Neuroscience,2005年,Vol.30,No.2,p.133-135
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00−33/44
A61P 1/00−43/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
安息香酸塩またはその誘導体とその薬学的に許容される賦形剤とを含有し、必要のある対象における自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための組成物であって、
前記対象に投与される安息香酸塩またはその誘導体の量は、100mg/日〜2000mg/日であり、
前記安息香酸塩またはその誘導体が、安息香酸ナトリウム、安息香酸カリウム、安息香酸カルシウム、2−アミノ安息香酸塩、3−アミノ安息香酸塩または4−アミノ安息香酸塩である、組成物。
【請求項2】
前記安息香酸塩またはその誘導体は、安息香酸ナトリウムである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記自閉症スペクトラム障害は、自閉症、アスペルガー症候群、小児期崩壊性障害または広汎性発達障害から選ばれる、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記対象は、自閉症スペクトラム障害を患っている子供である、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記対象の年齢は、2〜12歳である、請求項に記載の組成物。
【請求項6】
前記対象の年齢は、3〜9歳である、請求項に記載の組成物。
【請求項7】
前記対象の年齢は、5〜8歳である、請求項に記載の組成物。
【請求項8】
前記対象に投与される安息香酸塩またはその誘導体の量は、150mg/日〜1000mg/日である、請求項1に記載の組成物。
【請求項9】
前記対象に投与される安息香酸塩またはその誘導体の量は、200mg/日〜750mg/日である、請求項1に記載の組成物。
【請求項10】
前記対象に投与される安息香酸塩またはその誘導体の量は、250mg/日〜500mg/日である、請求項1に記載の組成物。
【請求項11】
2ヶ月間〜2年間の範囲の期間で前記対象に投与される、請求項1に記載の組成物。
【請求項12】
4週間〜12ヶ月間の範囲の期間で前記対象に投与される、請求項1に記載の組成物。
【請求項13】
2週間の期間で前記対象に投与される、請求項1に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための方法に関し、特に、対象に安息香酸塩を含む組成物を投与することにより自閉症スペクトラム障害を予防または治療する方法に関する。また、必要のある対象における自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の神経科学研究では、自閉症スペクトラム障害(autism spectrum disorders、以下、ASDsとも称す)を、異常な接続性を有する神経シナプスの神経発達障害と仮定されている(Spooren,Lindemann,Ghosh,&Santarelli,2012;Walsh,Morrow,Rubenstein,2008)。脳樹状突起スパイン(brain dendritic spine)の成熟の促進およびスパイン安定性の回復のために、脳樹状突起スパインの調節を標的とする分子は、ASDsに対して潜在的な治療能力を有すると見なされている。グルタミン酸(glutamate)およびそのイオンチャネル型N−メチル−D−アスパラギン酸塩(N−methyl−D−aspartate、以下、NMDAとも称す)受容体がシナプス可塑性と関係することが知られているため、グルタミン酸およびNMDA受容体を介するシグナル伝達は、ASDsの薬理的治療を検討する際の重要な標的となっている(Lau,Zukin,2007;Yang,Chang,2014)。
【0003】
一つの可能な策略としては、D−アミノ酸オキシダーゼ(D−amino acid oxidase、以下、DAAOとも称す)によりD−アミノ酸の代謝を低下させることで、D−アミノ酸のシナプス濃度を高めることである(Fukui&Miyake,1992;Sasabe et al.,2012;Vanoni et al.,1997)。安息香酸ナトリウムは、十分に開発された安全性プロファイルを有し、すぐに利用可能なDAAO阻害剤である。安息香酸およびその塩は、一般的に、安全な食品防腐剤として認識されており、フルーツゼリー、バター、醤油および加工肉の製造に広く使用されている(US Food&Drug Administration,1972)。また、安息香酸ナトリウムは、通常小児期で診断される希少疾患である尿素サイクル酵素病(urea cycle enzymopathies)の治療に承認されている。
【0004】
安息香酸塩の精神神経疾患への適用として、二つの従来の臨床試験が報告されている。それらは、それぞれ、初期アルツハイマー病(Lin et al.,2014)および統合失調症(Lane et al.,2013)の二重盲検、プラセボ対照試験であった。この二つの臨床試験において、臨床症状、神経認知能力およびクオリティオブライフが有意に改善されることが観察された。
【発明の概要】
【0005】
安息香酸塩がASDsに対して有益であるか否かを検査するために、本発明の試験において、ASDs患者における安息香酸ナトリウムの有効性(efficacy)および安全性を調べるすることが行われた。
【0006】
裏付けとなる証拠のために、本発明は、安息香酸塩が、NMDAを介するグルタミン酸作動性神経伝達(NMDA−mediated glutamatergic neurotransmission)を間接的に増加させる能力を有するため、学習を向上させることができるので、ASDに対して有益であることに基づいて提供する。
【0007】
本発明は、必要のある対象に、安息香酸塩とその薬学的に許容される賦形剤とを含有する組成物を投与することを含む、前記対象における自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための方法を提供する。また、必要のある対象における自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための組成物も提供する。
【0008】
本発明の一つの実施態様において、安息香酸塩は、安息香酸ナトリウム、安息香酸カリウム、安息香酸カルシウム、2−アミノ安息香酸塩、3−アミノ安息香酸塩または4−アミノ安息香酸塩であってもよい。本発明のもう一つの実施態様において、安息香酸塩は、安息香酸ナトリウムであってもよい。
【0009】
本発明の一つの実施態様において、自閉症スペクトラム障害は、自閉症、アスペルガー症候群、小児期崩壊性障害および広汎性発達障害を含むが、これらに限定されない。
【0010】
本発明の一つの実施態様において、対象は、自閉症スペクトラム障害を患っている子供であってもよい。
【0011】
本発明の一つの実施態様において、対象の年齢は、2〜12歳、例えば、3〜9歳および5〜8歳であってもよい。
【0012】
本発明の一つの実施態様において、安息香酸塩は、100mg/日〜2000mg/日、例えば、150mg/日〜1000mg/日、200mg/日〜750mg/日、および250mg/日〜500mg/日の範囲の量で対象に投与されてもよい。
【0013】
本発明の一つの実施態様において、組成物は、2ヶ月間〜2年間、例えば、4週間〜12ヶ月間の範囲の期間で対象に投与されてもよい。本発明のもう一つの実施態様において、組成物は、約12週間の期間で対象に投与される。
【0014】
よって、本発明は、ASDに罹患した対象を治療する方法を提供する。前記方法は、安息香酸塩の使用および対象のコミュニケーション能力の改善に関しており、前記対象のコミュニケーション能力の改善は、粗大運動、微細運動、理解力、表出的言語(expressive language)、状況理解、個人−社会化および自立性を含むの7つの領域において、適応行動の評価システムと同様に、言語の能力および語彙の学習レベルを測定する異なる評価試験により観察される。
【発明を実施するための形態】
【0015】
下記の実施態様は、本発明の開示内容を例示するために使用される。当業者は、本明細書に基づいて、本発明の他の利点を理解できる。本発明は、異なる実施態様で説明されるように、実施または応用できる。本発明の精神と範疇に反せず、異なる態様および応用において本発明を実施するように、上記の実施態様を修飾および/または変更できる。
【0016】
本明細書で使用されている記述的用語および技術的用語を含む全ての用語は、当業者にとって明白であると理解されるべき。しかしながら、当業者の意図、先願または新規技術によって、前記用語は異なる意味を有してもよい。また、いくつかの用語は、出願者が任意に選択してもよく、この場合、選択した用語の意味は本明細書に詳しく説明される。このため、本明細書で使用されている用語は、用語の意味および明細書全体の記述に基づいて定義される。
【0017】
また、本明細書において、ある部分が成分または工程を「含有する」または「含む」場合は、明記されていない限り、他の成分または他の工程をさらに含んでもよく、これらの他の成分または他の工程を排除するものではない。
【0018】
さらに注意すべきものは、明示的かつ明確に限定されていない限り、本明細書で使用されている単数形式の「一つ」(a)、「一つ」(an)および「前記」は、複数の対象を含むべき。前後の文脈からそうでないことが明確に説明されていない限り、用語の「または」と用語の「および/または」は互換に使用できる。
【0019】
本発明は、対象に治療有効量の安息香酸塩を投与することを含み、対象における自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための方法を提供し、前記対象は、自閉症スペクトラム障害を患っている対象であってもよい。
【0020】
本明細書で使用されている「自閉症スペクトラム障害」という用語とは、自閉症、アスペルガー症候群、小児期崩壊性障害および広汎性発達障害を含む単一の疾患を指す。
【0021】
本明細書で使用されている自閉症スペクトラム障害における「スペクトラム」という用語とは、広範囲の症状および重症度を指す。
【0022】
本明細書で使用されている「治療する」(treating)または「治療」(treatment)という用語とは、必要のある対象に有効量の安息香酸塩を投与して、疾患、その症状またはその傾向を治癒、軽減、緩和、救治、改善、または予防することを指す。前記対象は、医療専門家が任意の適切な診断方法による結果に基づいて特定されてもよい。
【0023】
本明細書で使用されている「治療有効量」という用語とは、自閉症スペクトラム障害およびその一種類以上の症状の発展、再発または発症を予防すること、他の治療方法の予防効果を強化または改善すること、自閉症スペクトラム障害の重症度および期間を減少すること、自閉症スペクトラム障害の一種類以上の症状を改善すること、自閉症スペクトラム障害の進展を防止すること、および/または、他の治療方法の治療効果を強化または改善することを、十分に引き起こせる治療量である。
【0024】
本発明のある特定の実施態様において、前記方法は、安息香酸、安息香酸塩、またはそれらの誘導体、具体的には、安息香酸、安息香酸ナトリウム、安息香酸カリウム、安息香酸カルシウム、2−アミノ安息香酸塩、3−アミノ安息香酸塩、および4−アミノ安息香酸塩からなる群から選ばれてもよいものの使用に関する。
【0025】
本発明のいくつかの実施態様において、対象に投与される安息香酸塩の有効量は、100mg/日〜2000mg/日の範囲であってもよい。一つの実施態様において、投与量の下限は、100mg/日、120mg/日、150mg/日、180mg/日、200mg/日、225mg/日、250mg/日、300mg/日、400mg/日または500mg/日であってもよく、投与量の上限は、2000mg/日、1500mg/日、1200mg/日、1000mg/日、900mg/日、750mg/日または500mg/日であってもよい。例えば、安息香酸塩の投与量は、200mg/日〜2000mg/日、250mg/日〜1500mg/日、150mg/日〜1000mg/日、500mg/日〜1000mg/日、500mg/日〜900mg/日、200mg/日〜750mg/日、250mg/日〜500mg/日、約500mg/日、または約250mg/日であってもよい。
【0026】
本発明のいくつかの実施態様において、対象に投与される安息香酸塩は、医薬組成物に含まれる。本発明の医薬組成物は、安息香酸塩とその薬学的に許容される賦形剤とを含有する。一つの実施態様において、本発明の組成物は、経口投与に適した剤形に製剤化されるため、前記組成物は、経口送達により前記対象に投与できる。あるいは、前記組成物は、乾燥粉体、錠剤、トローチ剤、カプセル剤、顆粒剤または丸剤の剤形に製剤化されてもよい。薬学的に許容される賦形剤は、充填剤、バインダー、防腐剤、崩壊剤、潤滑剤、懸濁剤、湿潤剤、溶剤、界面活性剤、酸、香味剤、ポリエチレングリコール(PEG)、アルキレングリコール、セバシン酸、ジメチルスルホキシド、アルコール、またはこれらの任意の組み合わせを含むが、これらに限定されない。
【0027】
本発明のいくつかの実施態様において、安息香酸塩を含む組成物の投与は、例えば、1日1回、1日2回、1日3回または1日4回で行ってもよい。一つの実施態様において、安息香酸塩を含む組成物の投与は、1日1回で行ってもよい。
【0028】
本発明のいくつかの実施態様において、組成物は、自閉症スペクトラム障害を予防または治療するのに十分な期間にわたって対象に投与されてもよい。前記十分な期間は、対象の種族、性別、体重もしくは年齢、疾患の病期、症状もしくは重症度、および、投与の経路、タイミングもしくは頻度によって決定できる。本発明のいくつかの実施態様において、組成物の投与は、少なくとも1ヶ月間にわたって毎日行われる。例えば、組成物の投与期間は、治療期間中に副作用が発生しない限り、1、2、3、4もしくは6ヶ月間、または1、2、3もしくは4年間、あるいはもっと長く続いてもよい。本発明の例示的な実施態様において、前記期間の範囲は、2ヶ月間〜2年間の範囲であってもよい。もう一つの実施態様において、前記期間の範囲は、4週間〜12ヶ月間の範囲である。さらにもう一つの実施態様において、連続12週間にわたって安息香酸塩を毎日投与する。
【0029】
本発明のいくつかの実施態様において、安息香酸塩の投与される対象は、子供である。一つの実施態様において、対象の年齢は、2〜12歳、例えば、3歳〜9歳、3歳〜5歳、4歳〜6歳または5〜8歳の範囲であってもよい。
【0030】
本発明の医薬組成物は、自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための有効成分として、安息香酸塩のみを含んでもよい。すなわち、安息香酸塩は、前記組成物における自閉症スペクトラム障害のための唯一の有効成分として機能する。この実施態様において、本発明は、安息香酸塩のみを有効成分として使用することにより、自閉症スペクトラム障害を予防または治療するための安全かつ有効な治療方法を提供する。
【0031】
あるいは、もう一つの実施態様において、本発明の効果が阻害されない限り、前記組成物は、他の有効成分と組み合わせて一緒に対象に投与されてもよい。安息香酸塩および他の有効成分は、単一の組成物または別々の組成物で提供されてもよい。
【0032】
一つの実施態様において、本発明の提供する方法において、安息香酸塩の投与は、自閉症スペクトラム障害に対する任意の適切な従来の治療方法と組み合わせて行ってもよい。
【0033】
複数の実施態様により本発明を説明した。本発明の範囲は、下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
本発明は、自閉症スペクトラム障害を治療するための、D−アミノ酸オキシダーゼ阻害剤である安息香酸ナトリウムの有効性および安全性を調べた。
12週間にわたって、250mg/日〜500mg/日の安息香酸ナトリウムで、6名のASDsの子供を治療した。ベースラインおよび最後(12週目)の訪問時に、受容的・表出的語彙検査(receptive and expressive vocabulary test、以下、REVTとも称す)、コア語彙コミュニケーションシステムから得られたコア語彙、中国児童発達インベントリー(Chinese child developmental inventory)、適応行動評価システム−II(adaptive behavior assessment system−II、以下、ABAS−IIとも称す)、育児ストレス指数(parenting stress index、以下、PSIとも称す)、臨床全般印象改善尺度(clinical global impression−improvement scale、以下、CGI−Iとも称す)の評価を行った。
【0035】
参加者
本試験は、安息香酸ナトリウムを用いてASDsの非社交的な子供(non−communicative children)を治療するために経験を積むことを目的とした12週間の非盲検試験であった。参加者は、台湾の高雄医学大学病院の小児科から募集された外来小児患者の便宜的なサンプル(convenient sample)であった。
これらの子供たちは全員、DSM−IV(Association,2000)により自閉症障礙と診断された。本試験に入る前に、彼らは全員、DSM−5基準を用いて精密な再評価を受けて、ASD基準(American Psychiatric Association,2013)を満たしていることを確認された。本試験への参加に関する他の選択基準は、(1)子供は現在深刻なコミュニケーション問題を抱えていること;(2)子供はコミュニケーションのために拡張画像交換コミュニケーションシステムを受けていないこと;および(3)親は在宅訓練の要求に協力できることであった。他の精神科薬物治療を受けている子供については、本試験に入る前に、少なくとも2ヶ月間において薬物を安定な投与量で維持しており、臨床試験中においても変更しないことが必要であった。付随する教育的、職業的、身体的または行為的な治療は許可されたが、本試験で提供されるコミュニケーション訓練以外、新たな治療の追加は許可されなかった。研究プロトコルは、上記の病院の施設内審査委員会(登録番号:F(I)−20150003)によって承認された。
【0036】
試験デザイン
年齢が3年7ヶ月〜9年10ヶ月である5人の男の子および1人の女の子からなる6名の子供に、12週間の安息香酸ナトリウム治療を受けさせた。体重が15kg以上である子供には、500mg/日の安息香酸塩を与えた。体重が15kg未満である子供には、250mg/日の安息香酸塩を与えた。安息香酸ナトリウムは、Excelsior Pharmatech Labs社(台湾)から提供された。
この試験に参加する全ての子供は、中国語版のコア語彙コミュニケーションシステム(Unlimiter Assistive Technology Engineering Lab、台湾)を使用したコミュニケーション訓練を受け始めた。親は、このシステムを使用して自宅で1日40分間子供に教えるように要求された。親は、12週間の期間内において、2週間ごとに、子供を病院に連れ戻すように要求された。ベースラインおよび最後(12週目)の訪問時は、以下の評価を受けさせた。
【0037】
評価
1.中国語版の受容的・表出的語彙検査(REVT)
REVTは、年齢が3歳〜6歳11ヶ月である子供の言語能力を評価し、また、言語発達遅延の7歳以上の子供をも評価する。規範的データを有するREVTの中国語版は、2011年から市販されている(Hwang,2011)。中国語版REVTには、受容的部分および表出的部分という二つの部分がある。検査の結果は、通常、点数であり、基準準拠の標準点数として表示された。しかしながら、これらの非言語的な参加者は検査不可能であったか、またはフロア点数で完成したため、結果は、標準化された基準と比べて、達成された百分位数で二つの領域(すなわち、受容的および表出的)により報告された。
【0038】
2.コア語彙コミュニケーションシステムから得られたコア語彙
中国語版のコア語彙コミュニケーションシステムにおいて、合計で72個のコア語彙が絵に描かれており、(1)「私の言っている言葉を示す絵に指差すこと」により絵を特定するように参加者に依頼すること、および(2)それぞれの絵に名前を付けるように参加者に依頼すること、という二つの方式で検査された。結果は、子供が12週間の期間内で学習した語彙で報告した。
【0039】
3.中国語版の中国児童発達インベントリー(CCDI)
中国児童発達インベントリー(CCDI中国語版)(Chu,2007;Ko et al.,2008)は、7つの領域(すなわち、粗大運動、微細運動、理解力、表出的言語、状況理解、個人−社会化および自立性)について、320個の項目の発達の親報告尺度であった。「一般的な発達」と称される総合領域は、7つの領域に由来するものであり、通常、全般的な発達の指数として使用された。発達指数(DQ)は、一般的な発達で得られた月数を暦年齢で割り、100を掛けるによって算出した。結果は、前−DQおよび後−DQで報告された。
【0040】
4.中国語版の適応行動評価システム−II(ABAS−II)
ABAS−IIは、適応行動の別々に管理される基準準拠尺度である(Harrison and Oakland,2003)。親には、本技術分野におけるコミュニケーション、コミュニティ利用、機能的学問、家庭生活、健康/安全、余暇、自己主導性および社交技能の情報を提供した。全般適応複合(GAC)点数は、9つの技能領域点数全てから算出され、基準準拠の標準点数として表示された。結果は、前−GAC、後−GACの点数および社交点数で報告された。
【0041】
5.中国語版の育児ストレス指数(PSI)
主な介護者が中国語版の育児ストレス指数(Wen,2003)を記入し、それはAbdinにより開発されたオリジナルの質問紙(Abidin,1986)の検証済みの中国語版であり、親の機能の側面について評価するものであった。PSIにおける親領域の尺度には54個の項目が、子供領域の尺度には47個の項目が、それぞれ含まれた。13個の下位尺度に加えて、親領域および子供領域は、総合点数および派生した原始百分位数点数(derived raw−to−percentile score)を生成した。験證済みの中国語版PSIのマニュアルで報告されているように、「総合ストレス点数」は、異常なバンドのための286のカットオフ点数(85%の百分位数を超える前記派生した原始百分位数点数に相当)を使用した(Wen,2003)。
【0042】
6.子供の全般評価尺度(CGAS)
CGASは、18歳未満の子供および若者に対して、子供の心理および社会機能に関連する側面の評価に基づいて、臨床医が1〜100点における単一の点数を与えることで、完成された。前記点数は、「極度に障害がある」(1〜10)から「非常にうまくやっている」(91〜100)までの10個のカテゴリーのいずれかに分類された。
【0043】
7.臨床全般印象改善尺度(CGI−I)
CGI−Iは、試験への参加時の状態と比べて、全般的な疾患の改善を評価する観察者評価尺度であった(Guy,1976)。前記改善は、(1)極めて著しい改善、(2)著しい改善、(3)僅かな改善、(4)変化なし、(5)僅かな悪化、(6)著しい悪化、および(7)極めて著しい悪化、という1〜7の範囲の応答で評価された。
【0044】
結果
子供Aは、3歳1ヶ月の時にASDと診断された男の子であった。彼は、すでに共同注意、個別の言語治療、行為訓練および運動訓練を中心とした機軸反応訓練を受けていた。本試験に入る際に、彼は年齢が4歳4ヶ月であり、いくらかの異なる種類の自動車およびブルドーザーの名称を言えた。彼は扉を指差して出かけたいと示したり、数字を指差して親に大きな声で朗読するように要求したりことができた。彼は少し微笑んで、普段は床に横たわったり、自分で車を押し回ったりした。本試験に入ってから12週間後、子供Aは著しく改善したと見なされた。最後の評価の当日に、彼は微笑んで自発的に短い言葉で喋った(例えば、お茶の写真を見ながら「お茶は欲しくない。お水が欲しい。」)。「目」の絵を見せて彼を試す時、彼は「目、僕の目に目薬が入るのはいやだ」と答えた(目の感染症のために眼科医を訪れた経験をご参照)。しかしながら、彼は依然として相互の会話ができなかった。
【0045】
子供Bは、本試験に入る際に年齢が5歳9ヶ月であり、コミュニケーション会話能力のない女の子であった。彼女は、3歳8ヶ月の時にASDと診断された。ベースラインでは、彼女は文脈に意味のない言葉を繰り返して、相互の会話ができなかった。彼女はいつも楽しそうでいたが、好きな日常活動が乱れると苛立たしくなった。本試験の過程において、子供Bは、全てのコア語彙を習得し、徐々に小声でいくつかの絵の命名作業ができた。彼女の親は彼女の話す量が明らかに増加することに気付き、彼女は進んで催促と訂正を受け入れた。この臨床試験では、本発明者らは、子供Bが著しく改善されたと結論付けた。
【0046】
子供Cは、本試験に入る際に、年齢が9歳6ヶ月であり、語彙数が限られた男の子であった。彼はいくつかの食品の名称を言い出して要求を示せるが、他の有意義な言葉は表現できなかった。彼は一人でいる時に、彼自身にずっと「20秒、20秒」と繰り返した。子供Cは、年齢が2歳6ヶ月の時にASDと診断された。コミュニケーション能力が限られるため、小学校1年生の時から特別支援学級に入られた。また、彼は情緒不安定で怒りやすく、情動不安で眠りが浅いため、6歳9ヶ月の時からメチルフェニデートおよびリスペリドルの精神薬物治療を受けており、投与量は年齢が8歳3ヶ月の時から変わっていなかった。試験に入った後、唯一で明確な収穫は、彼は曜日の名称を精通するようになったことであった(例えば、月曜日、火曜日、水曜日…)。最後の評価の日に、彼が唯一即答できる問題は「今日は何曜日ですか?」であった。また、安息香酸塩を使用した最初の3日間において、リスペリドル使用の夜間の薬物療法は変更されなかったものの、彼は普段の睡眠時間で眠ることができなかった。母親の報告によると、彼はベッドで目を覚めたまま、自分を落ち着かせるように1時間以上も理解できない音でつぶやいた。本発明者らは、子供Cが僅かに改善されたと結論付けた。
【0047】
子供Dは、年齢が3歳7ヶ月である男の子であり、1歳8ヶ月の時にASDと診断された。彼は、すでに共同注意において機軸反応訓練を受けていた。ベースラインでは、子供Dは、有意義な言葉を表現できず、活動レベルが高かった。彼は走り続けたり、床の上を滑ったり、上下に登ったりしていた。最後の評価の日に、子供Dは、何らかの改善も示さなかった。彼は依然として有意義な言葉を表現できず、また、訓練に使う絵、コミュニケーションボードおよび音声ペンに興味を示さなかった。彼はいつも楽しそうで、活動レベルがさらに高くなった。過剰に走ることによる危険から彼を守るために、常に大人の監視が必要であった。彼の睡眠パターンは変わらなかった。
【0048】
子供Eは、年齢が8歳4ヶ月である男の子であり、母親の強烈の要求があっても簡単な言葉しか喋れなかった(例えば、「クッキーを食べる」または「ちょっと待って」)。彼は、3歳6ヶ月の時にASDと診断された。コミュニケーション能力が限られるため、小学校1年生の時から特別支援学級に入られた。本試験に入った後、子供Eは最初から音声ペンおよびコミュニケーションボードを使用することに興味を示した。彼は進んで親の言葉を繰り返すことにより発言の長さを長くした。自宅での独り言も増えた。試験の56日目で、彼は「お母さん、クッキーが食べたい」と喋るようになった。最後の訪問(試験期間における84回目)の時に、彼は、本発明者らに会った際は、母親の提示で小声で「先生、こんにちは」と言い出せ、また、別れた際は、自発的に「先生、バイバイ」と言い出せるようになった。しかしながら、試験の最初の2週間で、彼は活動レベルが高くなった。彼の母親は、彼を「いつも急いで出したり入ったり、昇ったり降りたりしていた」と説明した。1ヶ月後、彼は活動レベルが徐々にベースラインに戻った。彼の睡眠パターンは変わらなかった。本発明者らは、子供Eが著しく改善されたと結論付けた。
【0049】
子供Fは、年齢が4歳1ヶ月である男の子であり、1歳6ヶ月の時にASDと診断された。本試験のベースラインでは、母親の強烈な提示があっても特定の食物の名称しか言い出せなかった。彼は、床に横たわって自分の世界に没頭して自動車玩具を並べて、大人の呼びかけを完全に無視した。試験終了の時に、彼はコミュニケーションシステムにおける4分の1のコア語彙を指差して名前を付けることができたが、依然としてそれらを使用していなかった。とはいえ、彼は、遊んでいる時に弟に対する観察を増やすことにより、日常の家庭活動での変化が明らかになることが注目された。彼はもはや単調な自動車並べゲームに夢中しなくなった。本発明者らは、子供Fが僅かに改善されたと結論付けた。
【0050】
以上の例の結果を表1にまとめた。
【0051】
【表1】

DQ:中国児童発達インベントリーに由来する発達指数
×:評価できなかった
REVT−R:受容的・表出的語彙検査において、受容的部分の結果が、標準化した基準と比べて、達成された百分位数で報告される
REVT−E:受容的・表出的語彙検査において、表出的部分の結果が、標準化した基準と比べて、達成された百分位数で報告される
CV−I:コミュニケーションシステムの絵において、子供が指差すことにより特定できるコア語彙(最大は72であり、#の印をつけた)
CV−N:コミュニケーションシステムの絵において、子供が指差すことにより特定できるコア語彙(最大は72であり、#の印をつけた)
ABAS−GCS:適応行動評価システム−IIより親が報告した全般適応複合点数
ABAS−S:適応行動評価システム−IIより親が報告した社交点数
PSI:育児ストレス指数。派生した原始百分位数点数が85%を超える場合は、*の印をつけた
CGAS:子供の全般評価尺度
CGI:臨床全般印象改善尺度
【0052】
本試験の結果では、親および臨床医によって観察されたように、安息香酸塩は、コミュニケーションスキルの教育に対して有益的な効果を有することが示された。参加者の半分(子供A、B、E)は著しく改善されたと判断された。また、安息香酸塩は、2人の対象(子供D、E)の元々高い活動レベルをさらに高め、睡眠に影響を与える(子供C)という有害な活性化効果を示した。それにもかかわらず、この3人の子供の活動レベルは、早急な医療的注意または試験からの退出を必要とするまで妨害していなかった。よって、本発明は、安息香酸ナトリウムのような安息香酸塩(DAAO阻害剤の一つ)がADSに対して有益であることを証明した。
【0053】
上記の実施態様の説明は、本発明の原理および作用を闡明するために開示しているが、本発明の範疇はこれらに限定されるものではない。当業者は、本発明の開示内容における精神および原理に基づいた全ての修飾および変更は特許請求の範囲の範疇に含まれており、明細書段落および実施態様は例示的なものであることを理解すべきであり、本発明の実際の範囲は特許請求の範囲で示される。
【0054】
本願において以下に記載される参考文献は、それぞれ引用の方式で本明細書に組み込まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0055】
【非特許文献1】Abidin,R.(1986).Parenting Stress Index:Manual Odessu.FL:Psychological Assessment Resources,Inc.
【非特許文献2】American Psychitric Association(2000).Diagnosis and statistical manual of mental disorders,4th Edn,Text Revision.Washington DC:American Psychiatric Association.
【非特許文献3】American Psychitric Association(2013).Diagnosis and statistical manual of mental disorders,5th Edn.Washington DC:American Psychiatric Association.
【非特許文献4】Chu,P.Y.(2007).Diagnostic validity of Chinese Child Development Inventory in screening children with developmental delay.Master,National Cheng Kung University,Tainan,Taiwan.
【非特許文献5】Fukui,K.& Miyake,Y.(1992).Molecular cloning and chromosomal localization of a human gene encoding D−amino−acid oxidase.J.Biol.Chem.,267(26),18631−18638.
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