【実施例】
【0056】
以下、試験例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の試験例に制限されるものではない。
【0057】
(試験例1)
<ヤマブシタケ由来凝乳酵素の調製>
MYS平板培地(麦芽エキス1%、酵母エキス0.4%、ショ糖1%、寒天1.5%を含む培地(pH5.6))を用い、ヤマブシタケ菌株(MAFF435060、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業生物資源ジーンバンク)を前培養した。
100mL容三角フラスコにフスマ5gを入れ、水分含量が60%(w/w)となるように蒸留水を加え混合し、オートクレーブ殺菌(115℃、20分間)し、フスマ固体培地を作製した。前記前培養した平板培地から、直径7mmのコルクボーラーを用いて菌糸体を5ディスクくり抜いた。前記菌糸体を、前記フスマ固体培地に接種し、25℃で2週間培養した。
前記培養後、前記培地に50mLの0.05M McIlvaine緩衝液(pH6.0)を加え、前記培地を解し、4℃で一晩放置した。
その後、抽出液を遠心分離(10,000×g、15分間、7℃)し、上清をNo.2のろ紙を用いてろ過し、得られたものをヤマブシタケ由来凝乳酵素とした。
前記ヤマブシタケ由来凝乳酵素は、使用するまで−25℃で保存した。
【0058】
<ヤマブシタケ由来凝乳酵素を使用したチーズの製造>
牛乳(低温殺菌牛乳(タカナシ乳業社製(岩手工場、66℃で30分間殺菌))、ホモ化されている)100mLを35℃に加温し、これに前記ヤマブシタケ由来凝乳酵素5mLを加えて攪拌後静置し、凝固したことを確認して、6mmの賽の目に切断してカードとした。
前記カードを50℃になるまで攪拌しながら加温し、ホエイを排出した。
ホエイとカードを分離し、回収したカードの上に重しを置いて、4℃で4時間〜8時間圧搾した。
圧搾後のカードは、25%(w/w)の食塩水中に1時間浸漬し、加塩した。
その後、13℃で1ヶ月間熟成し、ヤマブシタケ由来凝乳酵素を使用して製造したチーズ(以下、「ヤマブシタケチーズ」と称することがある)を得た。
【0059】
<チーズ画分の抽出>
前記ヤマブシタケチーズについて、以下の処理を行い、各チーズ画分を抽出した。
【0060】
−グリセリド画分の抽出−
前記チーズ6gに、n−ヘキサン、ジエチルエーテル、及び蒸留水の各100mLを加え、5,000rpmで2分間ホモジナイズした。次に、NaCl 100g及び2.4N HCl 100mLを加えて激しく振とうした後、遠心分離(25℃、3,000rpm、10分間)し、上層のn−ヘキサン−ジエチルエーテル層を回収した。下層にn−ヘキサン及びジエチルエーテルの各100mLを加えて再度抽出して上層のn−ヘキサン−ジエチルエーテル層を回収し、前記回収物と合わせた。これに、1.2N NaOH水溶液200mLを加えて抽出した上層を回収し、更に下層にn−ヘキサン及びジエチルエーテルの各100mLを加えて抽出した上層を合わせて濃縮したものをグリセリド画分とした。
【0061】
−短鎖脂肪酸画分の抽出−
前記グリセリド画分の抽出における下層に、更にn−ヘキサン及びジエチルエーテルの各100mLを加えて抽出し、遠心分離(3,000rpm、10分間)した後の下層を回収した。更に、上層に1.2N NaOH水溶液200mLを加えて抽出した下層を回収し、前記回収物と合わせた。回収した下層は、n−ヘキサン及びジエチルエーテルの各100mL、NaCl 100g、及び6N HCl水溶液200mLを加え抽出した。遠心分離(3,000rpm、10分間)した後の上層を回収し、濃縮したものを短鎖脂肪酸画分とした。
【0062】
−中長鎖脂肪酸画分の抽出−
前記短鎖脂肪酸画分の抽出において、下層を回収した後の上層に、1.2N HCl水溶液200mLを加えて抽出し、遠心分離(3,000rpm、10分間)した後の上層を回収して濃縮したものを中長鎖脂肪酸画分とした。
【0063】
<A.nigerに対する抗菌性>
前記各抽出画分を200mg/mLの濃度になるようにジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、乾熱滅菌済みのペーパーディスク(ペーパーディスク抗菌物質検定用、厚手8mm、ADVANTEC社製)に50μL滴下した後、検定菌(クロコウジカビ(Aspergillus niger NBRC105649))の胞子が約1×10
6個になるように混和したMYS平板培地上に置き、検定菌が生育するまで25℃で培養した。
各抽出画分の抗菌活性は、増殖阻止円の有無により判定した。結果を
図1Aに示す。
【0064】
図1Aの結果から、短鎖脂肪酸画分に増殖阻止円が検出され、A.nigerに対する抗菌活性が認められた。一方、中長鎖脂肪酸画分、グリセリド画分、DMSO(溶媒)には、増殖阻止円が検出されなかった。
【0065】
<短鎖脂肪酸画分及び中長鎖脂肪酸画分に含まれる成分の分析>
前記短鎖脂肪酸画分及び中長鎖脂肪酸画分に含まれる成分の分析を、ガスクロマトグラフ質量分析計(GCMS−QP2010Ultra、島津製作所製)により行った。分析条件は、以下のとおりである。
なお、分析は、メチル化キット(ナカライテスク社製)を用いて前記各画分をメチル化したものをサンプルとして行った。
結果を表1−1に示す。
[分析条件]
分析カラム : Inert Cap Pure Wax(0.25mm i.d. ×60m、0.25μm df;GLサイエンス社製)
サンプル注入量 : 3μL
スプリット比 : 1:50
キャリアガスHe流量 : 1.0mL/分間
注入口温度 : 250℃
インターフェイス温度 : 260℃
イオン源温度 : 200℃
カラム温度 : 40℃で5分間保持後、10℃/分間の割合で240℃まで昇温して20分間保持。
【0066】
【表1-1】
【0067】
表1−1の結果から、A.nigerに対する抗菌活性を示した短鎖脂肪酸画分には、ブタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、及び9−デセン酸が含まれていた。一方、A.nigerに対する抗菌活性が認められなかった中長鎖脂肪酸画分には、これらの脂肪酸は検出されなかった。
【0068】
<最小生育阻止濃度の測定>
前記ブタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、及び9−デセン酸のA.nigerに対する最小生育阻止濃度を以下のようにして測定した。結果を表1−2に示す。
[測定]
マイクロプレート(滅菌済マイクロプレート、フタ付丸底、AS ONE社製)を用い、検定菌(Aspergillus niger NBRC105649)の胞子が約1×10
5個、前記各脂肪酸の濃度が296mg/kg〜1,795mg/kgになるように適宜混和したMYS培地をウエルに分注し、菌が生育するまで25℃で培養した。
最小生育阻止濃度の評価は、検定菌の生育が阻止された最小濃度で示した。
【0069】
【表1-2】
【0070】
表1−2の結果から、ブタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、及び9−デセン酸の全てにA.nigerに対する生育抑制が認められた。
【0071】
以上の結果から、前記ヤマブシタケチーズのA.nigerに対する抗菌活性は、短鎖脂肪酸画分に含まれるブタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、及び9−デセン酸によることが示された。
【0072】
<各種チーズにおける短鎖脂肪酸含有量及びA.nigerに対する抗菌活性の比較>
上記したヤマブシタケチーズ、下記レンネットを使用して製造したチーズ、及び下記市販チーズにおける短鎖脂肪酸含有量を比較した。
【0073】
−レンネットを使用したチーズの製造−
前記ヤマブシタケ由来凝乳酵素を使用したチーズの製造において、ヤマブシタケ由来凝乳酵素5mLを使用していた点を、市販のレンネット(CHY−MAX Powder−Extra,CHR.HANSEN社、2mg/mL)1mLを使用に変えた以外は、同様にして、レンネットを使用して製造したチーズ(以下、「レンネットチーズ」と称することがある)を得た。
【0074】
−市販チーズ−
・ ブルー・ド・オーベリュニュ AOP(株式会社サン・ブリッジ製)
・ ロックフォールAOPソシエテ(東京ヨーロッパ貿易株式会社製)
・ ゴルゴンゾーラ ピカンテ DOP(株式会社クオレ・サルド製)
・ モッツアレラ(森永乳業株式会社製)
・ チェダークラッシュ(雪印メグミルク株式会社製)
・ パルミジャーノ・レッジャーノ(株式会社デーリー製)
・ ルスティック・プチ・マンステール(株式会社エフ アール マーケティング製)
【0075】
−短鎖脂肪酸含有量の測定−
上記<チーズ画分の抽出>の項目に記載した抽出方法に準じて、各チーズ1gから、n−ヘキサン、ジエチルエーテル、及び蒸留水の各20mLを加えて抽出した上層を基に短鎖脂肪酸画分を得た。
前記短鎖脂肪酸画分は、メチル化キット(ナカライテスク社製)を用いてメチル化し、<短鎖脂肪酸画分及び中長鎖脂肪酸画分に含まれる成分の分析>の項目に記載した分析と同様に、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いて短鎖脂肪酸を定量した。なお、内部標準物質にはジメチル吉草酸を用いた。
結果を表1−3に示す。
【0076】
−A.nigerに対する抗菌活性の測定−1−
検定菌(Aspergillus niger NBRC105649)の胞子が約1×10
6個になるように混和したMYS平板培地に、乾熱殺菌済みの直径7mmのコルクボーラーを用いて試料穴をつくり、各チーズ0.1gを埋め込んだ後に、菌が発育するまで25℃で培養した。各チーズの抗菌活性の有無は、生育阻止円の有無により判定した。
結果を表1−3に示す。なお、表1−3中、「+」は「抗菌活性あり」を示し、「−」は「抗菌活性なし」を示す。
【0077】
【表1-3】
【0078】
表1−3の結果から、ヤマブシタケチーズでは、ブタン酸、ヘキサン酸、及びオクタン酸の含有量が、前記最小生育阻止濃度を大きく上回っていた。また、デカン酸及び9−デセン酸も、レンネットチーズや市販チーズと比較して多く含有していた。一方、レンネットチーズ及び市販チーズでは、いずれも、前記短鎖脂肪酸の含有量が、前記最小生育阻止濃度を下回っていた。
また、ヤマブシタケチーズでは、A. nigerに対する生育阻止が認められたが、レンネットチーズ及び市販チーズには、A. nigerに対する生育阻止は認められなかった。
【0079】
−A.nigerに対する抗菌活性の測定−2−
更に、各チーズを0.1g採取し、検定菌(Aspergillus niger NBRC105649)の胞子が約1×10
6個になるように混和したMYS平板培地に、乾熱殺菌済みの直径7mmのコルクボーラーを用いて試料穴をつくり、各チーズを埋め込んだ後に菌が生育するまで25℃で培養した。各チーズの抗菌活性は、増殖阻止円の有無により判定した。
その結果、ヤマブシタケチーズでは、A. nigerに対する生育阻止が認められたが、レンネットチーズ及び市販チーズには、A. nigerに対する生育阻止は認められなかった。
図1Bに、ヤマブシタケチーズ(ヤマブシタケ)、ロックフォールAOPソシエテ(ロックフォール)、ルスティック・プチ・マンステール(マンステール)、モッツアレラ(モッツアレラ)、チェダークラッシュ(チェダー)、パルミジャーノ・レッジャーノ(パルミジャーノ・レッジャーノ)の結果を示す。なお、()内の記載は、
図1B中の表記を示す。
【0080】
(試験例2:チーズの熟成温度が抗菌性の発現に与える影響)
試験例1の<ヤマブシタケ由来凝乳酵素を使用したチーズの製造>の項目における熟成温度を13℃、25℃、又は30℃とした以外は、同様にして、ヤマブシタケチーズを製造した。
また、試験例1の−レンネットを使用したチーズの製造−の項目における熟成温度を13℃、25℃、又は30℃とした以外は、同様にして、レンネットチーズを製造した。
【0081】
<A.nigerに対する抗菌活性の測定>
熟成開始日、熟成開始7日間後、熟成開始14日間後の各チーズについて、試験例1の−A.nigerに対する抗菌活性の測定−2−の項目に記載の方法と同様にして抗菌活性を測定した。
結果を
図2A及び
図2Bに示す。
図2Aはヤマブシタケチーズの結果を示し、
図2Bはレンネットチーズの結果を示す。
図2A及び
図2B中、縦軸(生育阻止)は増殖阻止円の幅(mm)を示し、横軸は熟成日数を示す。
【0082】
<短鎖脂肪酸含有量の測定>
熟成温度を13℃又は25℃として製造した、熟成開始日、熟成開始7日間後、熟成開始14日間後の各ヤマブシタケチーズにおける短鎖脂肪酸(ブタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、及び9−デセン酸)の含有量を、試験例1の−短鎖脂肪酸含有量の測定−の項目に記載の方法と同様にして測定した。
結果を
図2C及び
図2Dに示す。
図2Cは熟成温度が13℃の場合の結果を示し、
図2Dは熟成温度が25℃の場合の結果を示す。
図2C及び
図2D中、縦軸(FFA)は前記短鎖脂肪酸の含有量(mg/kg)を示し、横軸は熟成日数を示す。
【0083】
これらの結果から、ヤマブシタケチーズでは、一般的なチーズの熟成温度である13℃においてA.nigerに対する抗菌性の発現及び短鎖脂肪酸の生成に1ヶ月間程度の熟成期間を要するのに対し、熟成温度が25℃及び30℃では2週間程度でA.nigerに対する抗菌性の発現と短鎖脂肪酸の増加が認められた。
したがって、チーズ(カード)作製後に25℃〜30℃の温度で熟成することにより、短時間でA.nigerに対する抗菌性を発現させることが可能であることが示された。
なお、レンネットチーズではいずれの熟成温度においてもA.nigerに対する抗菌性は認められなかった。
【0084】
(試験例3:原料乳が抗菌性の発現に与える影響)
試験例1の<ヤマブシタケ由来凝乳酵素を使用したチーズの製造>の項目における牛乳を下記のいずれかの原料に代えた以外は、同様にして、ヤマブシタケチーズを製造した。
[原料]
・ ノンホモ化乳
生乳を63℃で30分間低温殺菌し、冷却したもの。
・ ホモ化乳
生乳を63℃で30分間低温殺菌し、冷却した後、脂肪球が2μm以下の大きさになるように機械的に均質化したもの。
・ バターオイル混合脱脂乳
前記ノンホモ化乳を遠心分離(6,000rpm、25℃、30分間)して脂肪を分離し、脱脂乳とした。前記脱脂乳に、バターオイル(ミヨシ油脂社製)を3.7%(w/w)の割合で添加し、ホモジナイズ(5,000rpm、50℃、20分間)したもの。
【0085】
<短鎖脂肪酸含有量の測定>
13℃で1ヶ月間熟成後の各チーズにおける短鎖脂肪酸(ブタン酸、ヘキサン酸、オクタン酸、デカン酸、及び9−デセン酸)の含有量を、試験例1の−短鎖脂肪酸含有量の測定−の項目に記載の方法と同様にして測定した。
結果を表2に示す。
【0086】
<A.nigerに対する抗菌活性の測定>
13℃で1ヶ月間熟成後の各チーズについて、試験例1の<A.nigerに対する抗菌性>の項目に記載のペーパーディスク法と同様にして抗菌活性を測定した。
結果を表2に示す。なお、表2中、「+」は「抗菌活性あり」を示し、「−」は「抗菌活性なし」を示す。
【0087】
【表2】
【0088】
表2の結果から、ノンホモ化乳を原料乳とし、凝乳酵素としてヤマブシタケ由来凝乳酵素を用いたチーズでは、熟成後にも短鎖脂肪酸の増加が少なく、A. nigerに対する抗菌性が認められなかった。一方、ホモ化乳又はバターオイル混合脱脂乳を原料乳とし、凝乳酵素としてヤマブシタケ由来凝乳酵素を用いたチーズでは、短鎖脂肪酸の含有量が著しく増加し、A. nigerに対する抗菌性が認められた。
以上の結果から、ヤマブシタケ由来凝乳酵素中のリパーゼが、乳脂肪球皮膜の少なくとも一部が除去された乳脂肪球、又は皮膜を有さない脂肪に作用して短鎖脂肪酸を生成すると考えられ、短鎖脂肪酸の含有量を増加させ、A. nigerに抗菌性を高めるためには、乳脂肪の均質化(ホモ化)又はバターオイル等の脂肪の添加が効果的であることがわかった。
前記原料乳の均質化により、短鎖脂肪酸の含有量が増加するメカニズムは、均質化処理することにより乳脂肪球の粒子径が小さくなり、その結果、乳脂肪球の表面積が増大し、乳脂肪球を覆っている膜(乳脂肪球皮膜)が脂肪球を覆えなくなることで、ヤマブシタケ由来凝乳酵素の活性が上がったためと考えられる。
【0089】
(試験例4:保存耐久性)
試験例1の<ヤマブシタケ由来凝乳酵素を使用したチーズの製造>の項目と同様にして、圧搾後のカードに加塩したものをヤマブシタケチーズとした。
また、試験例1の−レンネットを使用したチーズの製造−の項目と同様にして、圧搾後のカードに加塩したものをレンネットチーズとした。
【0090】
<保存試験>
縦20cm×横20cm×深さ5cmの密閉容器を用いて、(1)レンネットチーズのみを前記容器に入れた場合、(2)レンネットチーズと、ヤマブシタケチーズとを双方が接触しないように前記容器に入れた場合のレンネットチーズの保存性に及ぼす影響について、13℃で1ヶ月間熟成後に、チーズ表面の雑菌汚染の状況を比較して調べた。
【0091】
その結果、(1)レンネットチーズのみ容器に入れて熟成した場合には、カビ及び細菌といった食品汚染微生物による汚染が認められた。一方、(2)レンネットチーズと、ヤマブシタケチーズとを容器に入れて熟成した場合には、レンネットチーズ表面の食品汚染微生物による汚染が認められなかった。
したがって、ヤマブシタケチーズと同一雰囲気下で熟成することは、レンネットチーズの保存耐久性向上に効果的であることが示された。