特許第6943335号(P6943335)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6943335Ni拡散めっき鋼板及びNi拡散めっき鋼板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6943335
(24)【登録日】2021年9月13日
(45)【発行日】2021年9月29日
(54)【発明の名称】Ni拡散めっき鋼板及びNi拡散めっき鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/50 20060101AFI20210916BHJP
   C25D 5/26 20060101ALI20210916BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20210916BHJP
   C25D 3/12 20060101ALI20210916BHJP
   C23C 10/28 20060101ALI20210916BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20210916BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20210916BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20210916BHJP
【FI】
   C25D5/50
   C25D5/26 A
   C25D7/00 W
   C25D3/12 101
   C23C10/28
   C22C38/00 301T
   C22C38/06
   !C21D9/46 H
【請求項の数】4
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2020-513463(P2020-513463)
(86)(22)【出願日】2019年4月12日
(86)【国際出願番号】JP2019015978
(87)【国際公開番号】WO2019198819
(87)【国際公開日】20191017
【審査請求日】2020年7月17日
(31)【優先権主張番号】特願2018-77883(P2018-77883)
(32)【優先日】2018年4月13日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】石塚 清和
(72)【発明者】
【氏名】後藤 靖人
【審査官】 岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2016/013575(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/50
C25D 5/26
C25D 7/00
C25D 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と;
前記母材鋼板の少なくとも片面上に位置するFe−Ni拡散合金めっき層と;を備え、
前記Fe−Ni拡散合金めっき層のNi付着量が、9.0〜20g/mであり、
前記Fe−Ni拡散合金めっき層の最表層のFe濃度Csが、10〜55質量%であり、
前記母材鋼板の化学組成は、質量%で、
C:0.005〜0.250%、
Si:0.1%以下、
Mn:0.05〜0.90%、
P:0.025%以下、
S:0.025%以下、
sol.Al:0.005〜0.100%、
N:0.0070%以下、
B:0〜0.0050%
を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
前記母材鋼板のJIS G 0551(2013)で規定されるフェライト粒度番号が、11.0以上である
ことを特徴とするNi拡散めっき鋼板。
【請求項2】
前記Fe−Ni拡散合金めっき層の最表層のFe濃度Csが、15〜40質量%であることを特徴とする請求項1に記載のNi拡散めっき鋼板。
【請求項3】
容器の素材として用いられ、
前記母材鋼板において、プレス成形により容器の外面となる側に、前記Fe−Ni拡散合金めっき層が設けられる
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のNi拡散めっき鋼板。
【請求項4】
請求項1に記載の化学組成を有する母材鋼板の少なくとも一方の表面上に、塩化物イオン濃度が40.0g/L以上であり、かつ、Niイオン濃度が40.0g/L以上125.0g/L以下であるNiめっき浴を用いて、電気めっきにより、付着量が9.0〜20g/mのNiめっき層を形成するNiめっき工程と;
前記Niめっき工程後、670〜760℃の温度範囲で、均熱時間5〜180秒の熱処理を行って、前記Niめっき層の最表層のFe濃度Csを10〜55質量%とする焼鈍・合金化処理工程と;
を有する
ことを特徴とするNi拡散めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni拡散めっき鋼板及びNi拡散めっき鋼板の製造方法に関する。
本願は、2018年4月13日に、日本に出願された特願2018−077883号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
Niめっき鋼板は、Niが優れた化学的安定性を有することから、アルカリマンガン乾電池、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池等といった各種電池の容器(電池缶)の素材として用いられる。電池缶用のNiめっきの方法として、製缶後にバレルめっきする方法、及び、製缶前に鋼帯にめっきする方法があるが、製造コストやめっきの均一性の点で、製缶前に鋼帯にめっきする方法が有利である。ただし、製缶前にNiめっきされたNiめっき鋼板は、製缶時の加工によってNiめっき層にクラックが生じる場合がある。Niめっきは、バリア型の防錆皮膜であり、Znめっき皮膜のような犠牲防食性を有しないため、Niめっき層にピンホールやクラックが存在すると、耐食性が低下する場合がある。
【0003】
このような加工に伴う耐食性の低下という問題に対して、例えば、以下の特許文献1では、冷延鋼板上に厚さ1〜5μmのNiめっきを施した後、Niめっき層の一部又は全てをFe−Ni拡散層とした高耐食性Niめっき鋼帯が示されている。Niめっき後に得られた鋼帯を熱処理すると、Niめっきと鋼板との界面にFe−Ni拡散合金層が形成され、めっき層の密着性が向上する(以下、Niめっき鋼板を熱処理することで、少なくとも、Niめっきと鋼板との界面にFe−Ni拡散合金層が形成された鋼板を、「Ni拡散めっき鋼板」と称する)。この場合、Niめっき層の表面まで十分にFe−Niの合金層が形成されずに、Niめっき層の表層に合金化していないNi相が残存した場合、Ni相は、加熱履歴により再結晶する。Niめっき層は、軟質であるために加工時に割れが生じにくく、加工後の素地鋼板の露出を抑制することができる。しかしながら、再結晶した軟らかいNiめっき層は、プレス時に金型に焼き付きやすく、生産性の低下が問題となる。
【0004】
Niめっき層の金型への焼き付きを抑制するためには、Feを表層まで拡散させればよい。以下の特許文献2には、鋼板の少なくとも電池容器の内面側となる面に、Niめっき層を形成した後に熱拡散処理を行うことにより形成されたFe−Ni拡散層を有し、Fe−Ni拡散層の最表層におけるNiとFeとの比率が、Ni/Feのモル比で7.5以下であり、かつ、Fe−Ni拡散層の厚みが0.6μm以上である、電解液として非水電解液を用いる電池の電池容器を形成するための電池容器用表面処理鋼板が開示されている。
【0005】
特許文献2には、熱拡散処理の条件として、連続焼鈍の場合、熱処理温度を700〜800℃とし、熱処理時間を10〜300秒とすることが好ましいと記載されており、かかる熱処理条件であれば、1μmの厚さのNiめっき層を熱処理により、めっき層の表層が所定のFe濃度になるように合金化できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】日本国特開平6−2104号公報
【特許文献2】日本国特開2014−47359号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、上記特許文献2において、熱処理温度を上昇させたり、熱処理時間を無制限に長くしたりすると、鋼板母材の結晶粒の粗大化等によって、鋼板母材が本来具備すべき機械特性や成形性を確保することができなくなる。なお、本明細書において、めっき層の最表層の組成とは、特段の断りがない限り、アルゴンイオンエッチングでめっき層の表面に存在しうる汚染層や酸化物層を除去した後に、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)により観測される表面の組成のことをいう。
【0008】
上記のような電池缶用鋼板を含む缶用鋼板として要求される主な特性は、(1)プレス成形性(加工時に割れ等の欠陥が発生することなく成形可能なこと)、(2)耐肌荒れ性(プレス加工後の表面肌荒れが小さいこと)、(3)耐イヤリング性(素材の異方性が小さく深絞り加工後の耳発生が小さいこと)、(4)非時効性(絞り加工時にストレッチャーストレインが発生しないこと)、である。
【0009】
従来、缶用鋼板(特に、電池缶用鋼板)の母材鋼板として、主にAl−killed鋼板又はIF鋼系鋼板(IF:Interstitial Free、極低炭素Ti添加鋼、極低炭素Nb添加鋼、極低炭素Ti−Nb添加鋼等)が使用されている。Al−killed鋼板は、IF系鋼板と比較すると、高いレベルの平均塑性歪比rを確保することが幾分困難ではあるが、フェライト結晶粒の微細化がIF系鋼板に比べて容易であり、再結晶のための連続焼鈍も比較的低い温度で可能である。Niめっき層の厚さが1μm超であり、かつ、めっき層の最表層までFe−Ni合金化したNi拡散めっき鋼板を得ようとする場合、IF鋼系に比べて再結晶温度が低い(従って、適正な連続焼鈍温度の低い)Al−killed鋼板を用いる場合は、連続焼鈍の過程でFe−Niの相互拡散を十分に生起させることができない。しかしながら、Al−killed鋼板は、フェライト結晶粒の微細化が実現しやすいため、耐肌荒れ性の観点からは好適である。
【0010】
なお、上記の平均塑性歪比rとは、下記式(I)で定義される値を言う。
= (r+2×r45+r90)/4 ・・・・・(I)
ただし、上記式(I)において、r:圧延方向r値、r90:圧延直交方向r値、r45:45°方向r値であり、r値は、塑性歪比(Lankford値)である。
【0011】
ここで、Niめっき層の最表層にFeを拡散させるために、上記特許文献2に開示されているようにめっき厚を1μm以下にした場合には、耐食性が不十分となる。一方で、めっき厚を1μm超とした場合には、熱拡散処理の処理条件が高温側、又は、長時間側となる条件を選択せざるを得ず、上記のように母材結晶粒の粗大化を招く。母材結晶粒の粗大化は、特に缶用材料としては、耐肌荒れ性の低下が問題になる。
【0012】
また、熱拡散処理を、連続焼鈍ラインで実施するような高温短時間なものではなく、BAF焼鈍で実施するような低温長時間の条件の選定も考えられる。しかしながら、BAF焼鈍を用いた場合、Niめっき層のめっき厚が1μm超になると連続焼鈍の場合と同様に、母材結晶粒の粗大化を招くことなく、めっき層の最表層までFeを拡散させることが困難である。
【0013】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、Al−killed鋼系母材の特性を維持しつつ、耐食性及び金型摺動性により優れたNi拡散めっき鋼板及びNi拡散めっき鋼板の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、めっき浴組成が特定の条件を満たすことで、FeがNiめっき層内を拡散し易いことを見出し、かかる知見を特定のAl−killed鋼系の鋼板母材に適用することによって、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明者らは、鋼板上にNi電気めっきを施すに当たり、35g/L以上の塩化物イオン濃度を含有するNi電気めっき浴を採用することにより、熱拡散処理におけるFe−Ni合金化が、Watts浴等を用いる場合に比較して、著しく促進されることを見出した。本発明者らは、特定のAl−killed鋼系鋼板を母材として、かかる知見に基づきNi電気めっきを施すことで、所望のNi拡散めっき鋼板を得ることに成功したのである。
かかる知見に基づき完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0016】
(1)本発明の一態様に係るNi拡散めっき鋼板は、母材鋼板と、前記母材鋼板の少なくとも片面上に位置するFe−Ni拡散合金めっき層と、を備え、前記Fe−Ni拡散合金めっき層のNi付着量が、9.0〜20g/mであり、前記Fe−Ni拡散合金めっき層の最表層のFe濃度Csが、10〜55質量%であり、前記母材鋼板の化学組成は、質量%で、C:0.005〜0.250%、Si:0.1%以下、Mn:0.05〜0.90%、P:0.025%以下、S:0.025%以下、sol.Al:0.005〜0.100%、N:0.0070%以下、B:0〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記母材鋼板のJIS G 0551(2013)で規定されるフェライト粒度番号が、11.0以上である。
(2)(1)に記載のNi拡散めっき鋼板は、前記Fe−Ni拡散合金めっき層の最表層のFe濃度Csが、15〜40質量%であってもよい。
(3)(1)又は(2)に記載のNi拡散めっき鋼板は、容器の素材として用いられ、前記母材鋼板において、プレス成形により容器の外面となる側に、前記Fe−Ni拡散合金めっき層が設けられてもよい。
(4)本発明の別の一態様に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法は、(1)に記載の化学組成を有する母材鋼板の少なくとも一方の表面上に、塩化物イオン濃度が40.0g/L以上であり、かつ、Niイオン濃度が40.0g/L以上125.0g/L以下であるNiめっき浴を用いて、電気めっきにより、付着量が9.0〜20g/mのNiめっき層を形成するNiめっき工程と、前記Niめっき工程後、670〜760℃の温度範囲で、均熱時間5〜180秒の熱処理を行って、前記Niめっき層の最表層のFe濃度Csを10〜55質量%とする焼鈍・合金化処理工程と、を有する。
【発明の効果】
【0017】
以上説明したように本発明によれば、Al−killed鋼系母材の特性を維持しつつ、耐食性及び金型摺動性により優れたNi拡散めっき鋼板及びNi拡散めっき鋼板の製造方法を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1A】本発明の実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
図1B】同実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
図2】同実施形態に係るNi拡散めっき鋼板のグロー放電発光分析(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy:GDS)によるめっき層深さ方向のNi、Feの分析例を示す図である。
図3】同実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法の流れの一例を示した流れ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0020】
(Ni拡散めっき鋼板の全体構成)
まず、図1A及び図1Bを参照しながら、本発明の実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の全体構成について説明する。図1A及び図1Bは、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
【0021】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1は、図1Aに模式的に示したように、母材鋼板11と、かかる母材鋼板11上に位置するFe−Ni拡散合金めっき層13と、を少なくとも備える。ここで、本実施形態に係るFe−Ni拡散合金めっき層13は、図1Aに模式的に示したように、母材鋼板11の片面上に設けられていてもよいし、図1Bに模式的に示したように、母材鋼板11の両面上に設けられていてもよい。
【0022】
なお、Fe−Ni拡散合金めっき層13は、Niめっきされた鋼板を合金化処理することにより形成されためっき層であって、Fe−Ni拡散合金めっき層13中にFe及びNiの濃度勾配が形成されている。
図2は、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板のグロー放電発光分析(GDS)によるめっき層深さ方向のNi、Feの分析例を示す図である。図2に示すように、Fe−Ni拡散合金めっき層13では、Niは、Fe−Ni拡散合金めっき層13の最表層で最大の濃度を示し、Fe−Ni拡散合金めっき層13の深さ方向に単調に減少する濃度プロファイルを示す。
このとき、Fe−Ni拡散合金めっき層13の深さ方向において、Fe−Ni拡散合金めっき層の最表面から0.5μmの位置におけるNi強度をxとしたとき、Ni強度が0.1x(即ち、Niの最大強度の10%の強度)に変化するまでのNi変化率の平均値は、−0.10x/μm以下(絶対値としては0.10x/μm以上)の勾配となる。図2に示す例では、Ni強度がxから0.1xに変化するまでのNi変化率の平均値は、約−0.23x/μmである。
【0023】
また、Feは、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表面で最小の濃度を示し、Fe−Ni拡散合金めっき層13の深さ方向に単調に増加する濃度プロファイルを示す。
このとき、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表面から6μmの深さの位置におけるFe強度をyとしたとき、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表面から1μmと2μmの範囲におけるFe強度の変化率の平均値は、0.02y/μm以上である。図2に示す例では、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表面から1μmと2μmの範囲におけるFe強度の変化率の平均値は、約0.14y/μmである。
【0024】
ただし、上述の変化率の算定においては、深さ方向(図2の右方向)に進むに従って濃度(強度)が増加する場合に、正の値を用いる。
【0025】
なお、図2に示したFe及びNiの濃度勾配は、後述する実施例の試験番号2のFe−Ni拡散合金めっき層13について、深さ方向のFe、Niの分布状況をGDSにより測定した結果である。かかる測定では、GDS装置として、リガク製GDA750を使用し、直流モード、電圧:900V、電流:20mA、Ar圧力:3hPa、測定時間:200秒の条件で測定を行った。200秒間でスパッタリングした深さをマイクロメーターで測定し、時間当たりのスパッタリング深さを算出した。この際、スパッタリング速度は、初期から200秒まで変化が無い前提で計算した。
図2において、最表面の近傍は放電が不安定であるため、データを除いて示している。なお、図2の結果は、Fe、Ni各元素について測定された強度を示しており、組成(質量%)を直接的に示すものではないが、Fe―Niの相互拡散によって生じた、各元素の濃度勾配の傾向を示す。
【0026】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1は、アルカリマンガン乾電池、リチウムイオン電池、ニッケル水素電池等といった各種電池の容器(電池容器)の素材として用いることが可能であり、各種のプレス成形により、所望の電池容器の形状へと加工される。ここで、図1Aに示したように、Fe−Ni拡散合金めっき層13を、母材鋼板11の片面上に設ける場合には、母材鋼板11においてプレス成形により電池容器の外面となる側に、Fe−Ni拡散合金めっき層13が設けられることが好ましい。
【0027】
(母材鋼板11について)
続いて、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1における母材鋼板11について、詳細に説明する。
【0028】
<母材鋼板11の化学組成について>
以下では、本実施形態に係る母材鋼板11の化学組成について、詳細に説明する。
なお、以下の化学組成に関する説明において、「%」の表記は、断わりのない限りは、「質量%」を意味する。
【0029】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1の母材鋼板11は、Al−killed鋼系の母材鋼板であり、質量%で、C:0.005〜0.250%、Si:0.1%以下、Mn:0.05〜0.90%、P:0.025%以下、S:0.015%以下、sol.Al:0.003〜0.100%、N:0.0070%以下、B:0〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる。
【0030】
[C:0.005〜0.250%]
C(炭素)は、鋼板の結晶粒度及び成形性に非常に大きな影響を及ぼす元素である。Cの含有量が少ないほど成形性に有利な集合組織が形成されやすくなり、上記式(I)で規定される平均塑性歪比rを大きくすることができるが、フェライト結晶粒を微細化することが困難となり、缶加工においては肌荒れを招きやすくなる。かかる加工時の肌荒れは、Cの含有量が0.005%未満となる場合に顕著となる。従って、本実施形態に係る母材鋼板11では、Cの含有量を、0.005%以上とする。Cの含有量は、好ましくは、0.010%以上であり、より好ましくは、0.020%以上である。
一方、Cの含有量が増加すると、フェライト結晶粒の微細化は容易となるが、鋼板の強度が上昇して、絞り加工性の低下を招きやすい。また、焼鈍温度が二相域になると、パーライトが析出して、加工性が低下する場合がある。かかる加工性の低下は、Cの含有量が0.250%を超えた場合に顕著となる。従って、本実施形態に係る母材鋼板11では、Cの含有量を0.250%以下とする。Cの含有量は、好ましくは、0.200%以下であり、より好ましくは、0.100%以下であり、更に好ましくは、0.060%以下である。
【0031】
[Si:0.1%以下]
本実施形態に係る母材鋼板11において、Si(ケイ素)は、鋼中に不純物として含有される。Siの含有量が0.1%を超える場合には、表面処理性を低下させる。従って、本実施形態に係る母材鋼板11において、Siの含有量は、0.1%以下とする。Siの含有量は、好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.02%以下、さらに好ましくは0.01%以下である。
Si含有量の下限値は特に定められないが、脱珪コストの観点から、0.001%以上と定めてもよい。
【0032】
[Mn:0.05〜0.90%]
Mn(マンガン)は、母材鋼板11中に含まれる不純物であるS(硫黄)に起因する熱間圧延中の赤熱脆性を防止する上で有効な元素である。かかる赤熱脆性の防止効果は、Mnの含有量を0.05%以上とすることで発現させることができる。従って、本実施形態に係る母材鋼板11では、Mnの含有量を、0.05%以上とする。Mnの含有量は、好ましくは、0.10%以上であり、より好ましくは、0.15%以上である。
一方、Mnの含有量が過大になると、鋼板が硬質化して、深絞り性が低下するとともに、連続鋳造中にMnSが析出して熱間脆性を引き起こしやすくなる。これらの現象は、Mnの含有量が0.90%を超える場合に顕著となる。従って、本実施形態に係る母材鋼板11では、Mnの含有量を0.90%以下とする。Mnの含有量は、好ましくは0.70%以下であり、より好ましくは、0.50%以下であり、更に好ましくは、0.35%以下である。
【0033】
[P:0.025%以下]
P(リン)は、母材鋼板11中に不純物として含有される。Pは、強度に寄与する元素であるため、母材鋼板11中に、0.025%を上限に含有させてもよい。ただし、Pは、鋼を脆化させて、加工性を損なう元素でもあるため、Pによる強度確保を意図しない場合は、Pの含有量は、好ましくは、0.020%以下、より好ましくは、0.012%以下、さらに好ましくは、0.010%以下である。靭性及び加工性の観点からは、Pの含有量は、より低い値となることが好ましい。
P含有量の下限値は特に定められないが、脱燐コストの観点から、0.005%以上と定めてもよい。
【0034】
[S:0.025%以下]
S(硫黄)は、母材鋼板11中に不純物として含有される。Sの含有量が0.025%を超える場合には、熱間圧延中に赤熱脆性を引き起こしたり、連続鋳造中にMnSが析出して熱間脆性を引き起こし、鋳片割れを招いたりする。そこで、本実施形態に係る母材鋼板11では、Sの含有量を0.025%以下とする。Sの含有量は、好ましくは、0.015%以下、より好ましくは、0.010%以下である。
Sの含有量は、少なければ少ないほど好ましい。ただし、脱硫コストの観点からは、Sの下限値は、0.0003%程度とすることが好ましい。
【0035】
[sol.Al:0.005〜0.100%]
Al(アルミニウム)は、鋼の脱酸に必要な元素であり、また、AlNとして鋼中の固溶Nを固定して、時効硬化を抑制する元素でもある。これらの効果を得るためには、Alの含有量を0.005%以上とする必要がある。特に、時効性に対して厳しい用途の場合には、Alの含有量を、0.015%以上とすることが好ましい。また、AlのN固定効果を積極的に得ようとする場合(例えば、鋼がB(ホウ素)を含有することなく、Al以外に固溶Nを固定する合金元素が存在しない場合)には、Alの含有量を0.030%以上とすることが好ましい。
一方、Alの含有量が多すぎると、アルミナクラスターなどに起因する表面欠陥の発生頻度が急増する。かかる表面欠陥の発生頻度は、Alの含有量が0.100%を超えた場合に急増するため、本実施形態に係る母材鋼板11では、Alの含有量を、0.100%以下とする。Alの含有量は、好ましくは、0.070%以下、より好ましくは、0.060%以下、さらに好ましくは0.050%以下である。なお、本実施形態において、Alとは、sol.Al(酸可溶Al)を意味する。
【0036】
[N:0.0070%以下]
N(窒素)は、鋼中に不可避的に含有される元素である。Nは、鋼を時効硬化させる元素であり、冷延鋼板のプレス成形性を低下させ、ストレッチャーストレインを発生させる。本実施形態に係る母材鋼板11において、鋼中にBが含有される場合には、NはBと結合して窒化物を形成することにより、固溶Nによる時効硬化は抑制される。しかしながら、Nの含有量が0.0070%を超える場合には、固溶Nによる時効硬化が生じやすくなる。従って、本実施形態に係る母材鋼板11では、Nの含有量を0.0070%以下とする。N含有量は、好ましくは、0.0040%以下、より好ましくは、0.0033%以下である。
なお、Nの含有量は、なるべく低い値であることが好ましい。ただし、脱窒コストの観点からは、Nの含有量は、0.0005%以上であることが好ましい。なお、本実施形態において、鋼中にBが含有されない場合において、AlNを積極的に析出させて結晶粒の微細化を図る際には、Nの含有量を、0.0020%以上とすることが好ましい。
【0037】
[B:0〜0.0050%]
B(ホウ素)は、本実施形態においては、任意添加元素である。そのため、B含有量の下限値は0%である。Bは、集合組織制御によりr値(Lankford値)を向上させる効果、以下の式(101)で定義される面内異方性Δr(r値の異方性)を0に近づける効果、AlNとして固定しきれない固溶NをBNとして固定し、時効性を低減する効果、及び、結晶粒を微細化させる効果等の有効な効果を奏する元素である。AlによるN固定の効果があまり期待できない場合(例えば、鋼中のAl濃度が0.030%未満である場合や、熱間圧延工程前の鋳片加熱温度が1120℃を超える製造条件の場合等)においては、Bの含有量を、0.0005%以上とすることが好ましく、0.0010%以上とすることがより好ましい。
ただし、Bの含有量が、0.0050%を超える場合には、上記の各種効果は飽和するとともに、表面欠陥の発生等の不具合を生じる場合がある。このため、Bの含有量は、0.0050%以下とする。なお、Bの含有量の上限値は、好ましくは、0.0030%であり、より好ましくは、0.0020%である。なお、Bによって固溶Nを十分固定するためには、BとNの質量%比率B/Nを、0.4〜2.5の範囲とすることが好ましい。
【0038】
Δr=(r+r90−2×r45)/2 ・・・式(101)
ただし、上記式(101)において、
:圧延方向r値
90:圧延直交方向r値
45:45°方向r値
r値:塑性歪比(Lankford値)
である。
【0039】
[残部]
本実施形態に係る母材鋼板11において、化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、本実施形態において、不純物とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入するものを意味する。上記不純物として、例えば、Cu、Ni、Cr及びSn等を挙げることができる。これらの元素の好ましい含有量は、Cu:0.5%以下、Ni:0.5%以下、Cr:0.3%以下、及びSn:0.05%以下である。
【0040】
なお、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1について、電池缶用としての用途を想定した場合、母材鋼板11は、冷延鋼板であることが好ましい。
【0041】
<母材鋼板11の結晶粒度について>
本実施形態に係る母材鋼板11において、フェライト粒の結晶粒度番号(すなわち、フェライト粒度番号)は、11.0以上である。結晶粒度番号が11.0未満である場合、缶形状に成形する際に、缶胴壁表面に肌荒れが発生しやすく、好ましくない。母材鋼板11におけるフェライト粒の結晶粒度番号は、好ましくは、11.2以上である。一方、母材鋼板11におけるフェライト粒の結晶粒度番号の上限は、特に規定するものではないが、結晶粒度番号14.5超とすることは困難な場合が多い。
【0042】
なお、本実施形態におけるフェライト粒の結晶粒度番号は、JIS G 0551(2013)に準拠したフェライト粒の結晶粒度番号を意味する。JIS G 0551(2013)において、粒度番号は、試験片断面1mm当たりの平均結晶粒数mを用いて、以下の式(151)で計算されるGの値であると定義されており、Gの値は、正数、ゼロ、又は、負数の場合が生じうる。
【0043】
m=8×2G ・・・(式151)
【0044】
従って、フェライト粒の結晶粒度番号は、試験片断面1mm当たりのフェライトの平均結晶粒数mを用いて、上記式(151)で計算されるGの値となる。上記式(151)から明らかなように、結晶粒度番号が大きいということは、試験片断面1mm当たりの平均結晶粒数mが多いということを意味し、フェライト粒が微細化されていることを意味する。
【0045】
上記のようなフェライト粒の結晶粒度番号は、JIS G 0551(2013)に規定された方法に則して測定することが可能であり、例えば、JIS G 0551(2013)の項目7.2に記載された比較法により、測定することが可能である。より詳細には、母材鋼板11の圧延方向(L方向)に平行な断面において、L断面の厚み方向に、板厚の1/4の深さの位置から板厚の3/4の深さの範囲の部位で上記の比較法により観察を行うことで、フェライト粒の結晶粒度番号を測定することができる。
【0046】
以上、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1における母材鋼板11について、詳細に説明した。
【0047】
(Fe−Ni拡散合金めっき層13について)
続いて、本実施形態に係るFe−Ni拡散合金めっき層13について、詳細に説明する。
【0048】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1が備えるFe−Ni拡散合金めっき層13は、全厚にわたってFe−Ni拡散合金めっきで形成されている(換言すれば、Fe−Ni拡散合金めっき層13の最表層までFeが拡散している)。Fe−Ni拡散合金めっきは、純Niより卑である。そのため、Fe−Ni拡散合金めっき層13に母材鋼板11に到達するような割れ(欠陥部)が存在し、Fe−Ni拡散合金めっき層13と母材鋼板11のFeとの間で腐食電池が形成されたとしても、その起電力は小さい。このことから、Fe−Ni拡散合金めっき層13は、欠陥部からの腐食が進行し難いという特徴を有する。
【0049】
<付着量について>
本実施形態において、Fe−Ni拡散合金めっき層13のNi付着量は、9.0〜20g/mの範囲内である。Fe−Ni拡散合金めっき層のNi付着量(熱拡散による合金化処理前のNiめっきのNi付着量)が9.0g/m未満であるもの(すなわち、めっき後のNiめっき層の厚みが、概ね1.0μm未満であるもの)は、多くの場合、従来の技術においても実現可能であり、本発明の範囲外とする。従って、本実施形態において、Fe−Ni拡散合金めっき層13のNi付着量が9.0g/m以上であることは、電気めっき後のNiめっき層の厚みが概ね1.0μm以上であることを意味する。Ni付着量は、好ましくは10g/m以上、より好ましくは11g/m以上とする。
一方、Fe−Ni拡散合金めっき層13のNi付着量が20g/mを超える場合には、以下で詳述するような電気めっき法を用いたとしても、フェライト結晶粒の粗大化を招くことなく、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表面まで十分なFe−Ni合金化を進行させることが困難となる。従って、本実施形態に係るFe−Ni拡散合金めっき層13のNi付着量は、20g/m以下とする。本実施形態において、Fe−Ni拡散合金めっき層13のNi付着量は、好ましくは15g/m以下である。
【0050】
Fe−Ni拡散合金めっき層13中のNiの付着量は、めっき層を酸(例えば濃塩酸)に溶解させて、ICP(Inductively Coupled Plasma:誘導結合プラズマ)発光分光分析法により分析する等の方法で、特定することができる。
【0051】
<最表層のFe濃度Csについて>
上記のように、本実施形態に係るFe−Ni拡散合金めっき層13では、めっき層の最表層までFeが拡散しており、最表層のFe濃度を規定することができる。本実施形態に係るFe−Ni拡散合金めっき層13において、最表層のFe濃度Csは、10〜55質量%の範囲内である。最表層のFe濃度Csが10質量%未満である場合には、Fe−Ni拡散合金めっき層13の摺動性が不十分であり、プレス加工時に金型との凝着等が発生しやすくなるため、好ましくない。最表層のFe濃度Csは、好ましくは、15質量%以上であり、より好ましくは20質量%以上である。
一方、最表層のFe濃度Csが55質量%を超える場合には、Fe−Ni拡散合金めっき層13そのものから錆が発生し易くなるため、好ましくない。最表層のFe濃度Csは、好ましくは50質量%以下である。本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板1が置かれる環境によっては、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表層に酸化被膜が成長しやすくなり、導電性が低下する可能性が生じうる。表層のFe濃度Csを50質量%以下とすることで、上記のような酸化被膜の成長を抑制して、導電性の低下を未然に抑制することが可能となる。最表層のFe濃度Csは、より好ましくは、45質量%以下、さらに好ましくは43質量%以下である。
【0052】
Fe−Ni拡散合金めっき層13の最表層のFe濃度Csは、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)を用いて測定することが可能である。まず、着目するサンプルについて、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表面に形成されている可能性のある汚染層(例えば、酸化物層等)を除去するために、AES装置内でのアルゴンイオンエッチングにより、SiO換算で、Fe−Ni拡散合金めっき層13の表層から、例えば厚み4nm分に相当する汚染層や酸化物層を除去する。その後、測定位置に起因する測定値のバラつきを考慮して、任意の9か所について、AES装置によるFe濃度の測定を行い、測定上限値から2か所、測定下限値から2か所を除外した残り5か所について、測定値の平均値を算出する。この際得られた平均値を、Fe−Ni拡散合金めっき層13の最表層のFe濃度Csとすることができる。
【0053】
Fe−Ni拡散合金めっき層13の断面のFe濃度の変化(Feの濃度プロファイル)についても、AESを用いて測定することが可能である。まず、着目するサンプルについて、L断面(圧延方向及び板厚方向に平行な断面)を研磨処理した後、AES装置内でのアルゴンイオンエッチングにより、SiO換算で、試料の表層から、厚み50nm分に相当する部分をアルゴンイオンエッチングして、研磨処理によって生じた加工層を除去する。その後、AES装置を用いた厚み方向の線分析を実施する。
【0054】
以上、本実施形態に係るFe−Ni拡散合金めっき層13について、詳細に説明した。
【0055】
(Ni拡散めっき鋼板の製造方法について)
続いて、図3を参照しながら、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法について、詳細に説明する。図3は、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法の流れの一例を示した流れ図である。
【0056】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板(特に鋼帯)の製造に当たっては、冷延鋼板の連続焼鈍工程に先立ち、Al−killed鋼系の冷延鋼板を前洗浄処理して、例えばNi電気めっきでNiめっきを行い、その後連続焼鈍を行うことが好ましい。これにより、連続焼鈍の工程において、素材鋼板の再結晶とFe−Niの合金化を同時に行うことができるため、合理的だからである。かかる着想に基づき、以下で詳述する好ましいNi拡散めっき鋼板の製造方法は、図3に示したような工程を有する。
【0057】
すなわち、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法は、図3に示したように、上記のような化学成分を有する鋳片を熱間圧延して熱延鋼板とする熱間圧延工程(ステップS101)と、得られた熱延鋼板を冷間圧延して冷延鋼板とする冷間圧延工程(ステップS103)と、得られた冷延鋼板に対して、高塩化物浴を用いてNiめっきを施すNiめっき工程(ステップS105)と、得られたNiめっき鋼板を熱処理することで、焼鈍及び合金化処理を施す焼鈍・合金化処理工程(ステップS107)と、を含む。
【0058】
ここで、熱間圧延工程に供される鋳片を得るための製鋼条件については、先だって説明したような化学成分を有する鋼を溶製して鋳片にし得るものであれば、特に限定されるものではなく、通常の方法を適宜利用すればよい。このような方法により得られた鋳片(Al−killed鋼系の鋳片)に対して、以下で詳述するような熱間圧延が施される。
【0059】
<熱間圧延工程>
熱間圧延工程(ステップS101)は、所定の化学成分を有する鋳片(Al−killed鋼系の鋳片)を熱間圧延して、熱延鋼板とする工程である。かかる熱間圧延工程は、Ni拡散めっき鋼板における母材鋼板11の結晶粒を所望の状態とするために重要な工程である。
【0060】
かかる熱間圧延工程では、例えば、鋳片を1000℃以上(好ましくは、1050〜1300℃の範囲内)まで加熱して、Ar3点〜950℃の範囲内の温度で仕上げ圧延を行い、仕上げ圧延後に冷却を施して巻取りを行い、熱延鋼帯とすることが好ましい。
【0061】
加熱温度が1000℃未満である場合には、仕上げ圧延における温度(仕上げ圧延温度)の下限値(すなわち、Ar3点)を確保するのが困難となることがあり、加熱温度が1300℃を超える場合には、鋳片表面に形成される酸化物が増加して、表面欠陥の発生を招く場合がある。
【0062】
仕上げ圧延温度がAr3点未満となる場合には、α域圧延となるため、集合組織が大きく変わり、Ni拡散めっき鋼板の耐イヤリング性が低下する場合がある。一方、仕上げ圧延温度が950℃を超える場合には、熱延鋼板の結晶粒が粗大化して、冷延鋼板として良好な耐イヤリング性及び微細なフェライト粒径が得られなくなる場合がある。
【0063】
ここで、上記のような温度範囲における仕上げ圧延が終了した後、迅速に(例えば3秒以内に)鋼板を急冷することが、オーステナイト粒の粒成長を抑制する観点から好ましい。
【0064】
得られた熱延鋼板の巻取温度は、500〜670℃の範囲内とすることが好ましい。ただし、熱延鋼板のCの含有量が高い場合(例えば、Cの含有量が0.150質量%以上である場合)には、巻取温度は、600℃以上とすることが好ましい。巻取温度が670℃を超える場合には、後述する冷間圧延及び焼鈍後の結晶粒が粗大となる可能性がある。また、巻取温度が720℃を超えるまで高くなりすぎると、C含有量が高い場合に、セメンタイト(FeC)が粗大化する場合がある。一方、巻取温度が500℃未満となる場合には、コイル幅方向及び長手方向で品質のバラツキが生じて、上記式(101)で定義される面内異方性Δrが大きくなる可能性が大きくなる。
【0065】
上記のようにして熱間圧延された鋼板は、通常、酸洗により、表層のスケールが除去される。
【0066】
<冷間圧延工程>
冷間圧延工程(ステップS103)は、熱間圧延工程により得られた熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板とする工程である。
かかる冷間圧延工程において、冷間圧延率は、例えば、85〜92%の範囲内であることが好ましい。冷間圧延率が85%未満となる場合には、フェライト結晶粒の粗大化を招くおそれがあるため、好ましくない。一方、冷間圧延率が92%を超える場合には、r値の面内異方性が増大するおそれがあるため、耐イヤリング性確保の観点で好ましくない。
【0067】
ただし、耐イヤリング性を確保するという観点からは、熱延鋼板素材を用いて、予め、冷延率を変化させた鋼板を準備し、冷間圧延率と上記式(101)で規定されるΔrとの関係を求め、鋼板のΔrが小さくなるように冷間圧延率を設定することも可能である。かかる場合においても、冷間圧延率とΔrとの関係から得られる冷間圧延率は、上記の冷間圧延率の範囲と概ね整合する。
【0068】
冷間圧延工程において、仕上げ板厚が1.20mmを超える場合には、用いるべき熱延鋼板の板厚が厚くなり過ぎ、冷間圧延負荷が過大になる可能性がある。そのため、冷間圧延工程における仕上げ板厚は、1.20mm以下とすることが好ましい。一方、仕上げ板厚が薄くなり過ぎると、成形後、電池缶としての剛性を確保することが困難になる場合もあるため、仕上げ板厚は、好ましくは0.08mm以上であり、より好ましくは0.15mm以上、さらに好ましくは0.22mm以上である。
【0069】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法においては、先だって言及したように、母材鋼板の冷間圧延工程終了後、焼鈍工程に先だって、鋼板に対して、後述のNiめっきを施すことが好ましい。このような流れとすることで、Niめっき工程に続く焼鈍工程において、鋼板母材の軟化焼鈍と、Niめっき層のFe−Ni合金化と、を同時に行うことができ、合理的であるだけでなく、省エネルギーの観点からも有利である。
【0070】
<Niめっき工程>
Niめっき工程(ステップS105)は、得られた冷延鋼板に対して、高塩化物浴を用いてNiめっきを施す工程である。
【0071】
本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法では、冷延鋼板に対してNiめっきを施すにあたり、特定の塩化物浴(すなわち、高塩化物浴)を用いた電気めっき方法を採用する。これにより、後段の焼鈍・合金化工程において、NiめっきのFe−Niへの合金化を促進させることが可能となり、Ni付着量が9.0g/m以上であっても、母材鋼板の結晶粒が微細化されている状態を維持しながら、Fe−Ni拡散合金めっき層13の最表層のFe濃度Csを10質量%以上とすることができる。すなわち、Ni付着量が9.0g/m以上であっても、母材鋼板の結晶粒が微細化されている状態を維持しながら、Fe−Ni拡散合金めっき層13の最表層までFeを拡散させることができる。
【0072】
(めっき浴の組成について)
ここで、Ni電気めっきに用いるめっき浴は、塩化物イオン濃度が35.0g/L以上であり、かつ、Niイオン濃度が40.0g/L以上の電解液を用いた、高塩化物浴である。このような高塩化物浴を用いてNiめっきを行うことで、焼鈍・合金化工程でのFe−Niの合金化が顕著に促進される。その理由は必ずしも明確ではないが、電析皮膜に発生する内部応力が影響していると推察される。
【0073】
(塩化物イオン濃度:35.0g/L以上)
電気めっきに用いる、高塩化物浴の具体的な組成であるが、Niめっき浴中における塩化物イオン濃度は、35.0g/L以上とする。Niめっきで広く用いられているWatts(ワット)浴では、塩化物イオン濃度が8.9〜17.9g/L(塩化ニッケル・6水和物換算で、30〜60g/L)程度である。Watts浴から電析したNiと比較して、塩化物イオン濃度が35.0g/L以上のNiめっき浴から電析したNiは、内部応力が大きく、焼鈍・合金化時にめっき層内のFeの拡散が早い。Niめっき浴中におけるNiイオン濃度は、低すぎると電流効率が低下し、十分な生産性が得られなかったり、相対的に内部応力が小さくなったりすることがあるため、Niめっき浴の塩化物イオン濃度は、好ましくは40.0g/L以上であり、より好ましくは50.0g/L以上であり、さらに好ましくは60.0g/L以上である。
塩化物イオン濃度の上限は、特に限定されないが、塩化ニッケルの溶解度の観点から、塩化物イオン濃度は150.0g/L以下とすることが好ましい。Niめっき浴中における塩化物イオン濃度は、好ましくは125.0g/L以下であり、より好ましくは110.0g/L以下であり、さらに好ましくは100.0g/L以下である。
【0074】
(Niイオン濃度:40.0g/L以上)
Niめっき浴におけるNiイオン濃度は、電流効率確保の観点から、40.0g/L以上とする。Niイオン濃度は好ましくは60.0g/L以上、より好ましくは80.0g/L以上である。Niイオン濃度の上限については、特に限定するものではないが、塩化ニッケルの溶解度の観点から、Niイオン濃度は125.0g/L以下とすることが好ましく、より好ましくは100.0g/L以下である。
【0075】
ここで、Niめっき浴中の硫酸イオン濃度については、特に限定されず、硫酸イオンを全く含まない全塩化物浴であってもよく、Watts浴のように、硫酸イオン濃度の方が塩化物イオン濃度より高い浴であってもよい。Niめっき浴中のホウ酸濃度についても、特に限定されず、Watts浴と同様に15〜60g/Lの範囲内でホウ酸を含有させてもよい。Niめっき浴が15〜60g/Lのホウ酸を含有することで、めっき浴のpHを安定させることが可能となり、好ましい。
【0076】
Niめっき浴は、Niイオン以外にも、例えば支持電解質等のカチオンとして、水溶液中からは析出しないNaイオンなどの陽イオンを含んでいてもよい。
【0077】
Niめっき浴のpHについても、弱酸性領域であれば特に限定されない。Niめっき浴のpHが低すぎると鋼板の溶解が生じやすく、pHが高すぎるとめっき焼けが生じやすいことから、Niめっき浴のpHは、2.5以上5.0以下であることが好ましい。
【0078】
Watts浴に添加されることが多い光沢添加剤に関し、サッカリンナトリウムに代表される一次光沢添加剤は、Niめっきの内部応力を緩和する作用があるため、積極的に添加しないことが好ましい。また、1,4−ブチンジオールに代表される二次光沢添加剤は、Niめっきの内部応力を高める効果があるが、共析するCにより拡散が阻害されることがあるため、積極的に添加しないことが好ましい。
【0079】
Niめっき浴の温度(浴温)については、特に限定されず、公知の温度範囲とすることで、上記めっき浴による効果を得ることができる。ただし、浴温が低すぎる場合には、電流効率が低下したり、応力が相対的に低くなったりする可能性があり、浴温が高すぎる場合には、陽極のNiチップを詰めたTiバスケットや、不溶性陽極(例えば、Ti基材をIrO等で被覆した電極)の基材のTi板が溶解し易くなる可能性がある。従って、より確実に操業を行うために、Niめっき浴の浴温は、40℃以上60℃以下とすることが好ましい。
【0080】
Ni電気めっきを実施する際の電流密度は、特に限定されず、公知の電流密度の範囲とすることで、上記めっき浴による効果を得ることができる。ただし、電流密度が低すぎる場合には、生産性が低下する可能性があり、電流密度が高すぎる場合には、電流効率の低下が起きたり、めっき焼けが発生したりする可能性がある。従って、より確実に操業を行うために、Ni電気めっきを実施する際の電流密度は、5A/dm以上50A/dm以下であることが好ましい。
なお、高速な流れによりイオン供給をスムーズに行うことができる、LCC−H(Liquid Cushion Cell Horizontal)型のめっきセル[横型流体支持電解槽、例えば、日本金属学会会報、第23巻、第6号、P.541〜543(1984)を参照。]を使用する場合には、より高い電流密度でNi電気めっきを実施してもよい。
【0081】
上記のようなNi電気めっきのめっき原板には、冷間圧延後、焼鈍済みの冷延鋼板を用いても、上記めっき浴による効果を得ることができる。しかしながら、Feの拡散をより促進するためには、先だって言及したように、冷間圧延後、未焼鈍の冷延鋼板を用いた方が良い。これは、冷間圧延後、未焼鈍の冷延鋼板の方が、鋼板内の歪みエネルギーが大きいために、冷間圧延後、未焼鈍の冷延鋼板の方が、Feがより拡散し易いためである。
【0082】
<焼鈍・合金化処理工程>
焼鈍・合金化処理工程(ステップS107)は、得られたNiめっき鋼板を熱処理することで、焼鈍及び合金化処理を施す工程である。かかる焼鈍・合金化処理工程により、母材鋼板を再結晶させるとともに、母材鋼板中のFeとNiめっき層のNiとを相互拡散させることで、Niめっき層をFe−Ni拡散合金めっき層へと変化させる。本実施形態に係る焼鈍・合金化処理工程は、所定の熱処理条件に則して実施される熱処理工程であるが、母材鋼板の観点から鑑みれば焼鈍工程であり、めっき層の観点から鑑みれば合金化処理工程となっている。
【0083】
ここで、焼鈍・合金化のための熱処理は、箱焼鈍よりも連続焼鈍により実施することが好ましい。箱焼鈍の場合には、コイル内での温度分布の不均一性に起因する結晶粒度や特性のバラツキが生じる可能性がある。また、箱焼鈍では、コイル状に巻取られた鋼板が熱処理されるため、片面めっきの場合はめっき面と鋼板面が、両面めっきの場合はめっき面同士が凝着して、表面の欠陥を生じる可能性がある。
【0084】
連続焼鈍による熱処理(焼鈍・合金化処理)において、均熱温度は、再結晶温度以上、かつ、670℃以上であり、760℃以下(ただし、Ac1点未満)の範囲内とする。
均熱温度は、好ましくは685℃以上であり、より好ましくは690℃以上である。
均熱温度は、好ましくは740℃以下であり、より好ましくは730℃以下である。
【0085】
均熱時間は、5〜180秒の範囲内とする。
均熱時間は、好ましくは15秒以上であり、より好ましくは20秒以上である。
均熱時間は、好ましくは120秒以下であり、より好ましくは50秒以下である。
【0086】
このような均熱温度及び均熱時間で熱処理を行うことで、母材鋼板を再結晶させて所望のフェライト粒度番号を実現させることが可能となるとともに、鋼板中のFeをめっき層の最表層まで拡散させて、めっき層全体をFe−Ni拡散合金めっき層とすることが可能となる。
【0087】
母材鋼板中のCの含有量にもよるが、Cの含有量が高い場合に均熱温度がAc1点を超えると、冷却過程でパーライトが析出する場合があり、好ましくない。また、均熱温度が670℃未満である場合には、均熱時間を180秒としても、めっき層の最表層におけるFe濃度Csを10質量%以上とすることが困難となるおそれがある。また、この場合、母材鋼板の再結晶が不十分となって、平均塑性歪比rが低下するおそれもある。一方、均熱温度が760℃を超える場合には、均熱時間を5秒としたとしても、結晶粒が粗大化して、目標とする結晶粒度番号を確保することが困難となるおそれがある。
【0088】
なお、上記の均熱温度の範囲内では固溶状態にあるCは、焼鈍後の冷却速度が大きい場合に、固溶Cとして鋼板中に残存して、時効硬化現象を引き起こす場合がある。焼鈍後の冷却速度の制御で、このような時効硬化現象を抑制することも可能である。例えば、Cの含有量が0.10質量%を上回る場合、焼鈍後の冷却速度を80℃/sec以下とすれば、固溶Cは、FeCとして析出し、固定される。
【0089】
以上、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の製造方法の流れの一例について、詳細に説明した。
【0090】
なお、上記の焼鈍・合金化処理工程を終えた鋼板に対して、更に、例えば、400〜550℃の温度範囲での過時効処理を行ってもよい。かかる過時効処理を行うことで、ストレッチャーストレインの発生をより確実に防止することができる。
【0091】
また、上記の焼鈍・合金化処理工程(更には、必要に応じて実施される過時効処理)を終えた鋼板に対して、調質圧延(スキンパス圧延)を実施してもよい。調質圧延での圧下率は、例えば、0.5〜10.0%とすることが好ましい。圧下率が0.5%未満である場合には、常温での時効により、降伏点伸びが発生する可能性がある。一方、圧下率が10.0%を超える場合には、全伸び(ELongation:EL)が低下して、プレス成形性(絞り加工性)が低下する可能性がある。圧下率が0.5〜10.0%の範囲内である調質圧延を施すことで、ストレッチャーストレインの発生がほぼ抑制でき、かつ、優れたプレス成形性が確保できるため、好ましい。また、圧下率3.5%以下の範囲内で調質圧延を実施することで、形状により優れたものを製造することができ、調質度を適宜選択することで、降伏強度を調整することが可能となる。
【0092】
以上説明したような製造工程により、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板が製造される。
ここで、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の板厚(最終板厚)は、1.20mm以下であることが好ましく、より好ましくは0.80mm以下、さらに好ましくは0.70mm以下である。最終板厚が大きい場合は、冷間圧延時の圧下率を確保することが困難となる可能性があり、優れた絞り加工性が得られにくくなる場合がある。また、本実施形態に係るNi拡散めっき鋼板の板厚(最終板厚)は、0.08mm以上であることが好ましく、より好ましくは0.15mm以上、さらに好ましくは0.22mm以上である。最終板厚が小さい場合は、熱延鋼板の板厚を薄くしなければならず、この場合、上述の熱間圧延時の仕上げ温度を確保できないことがある。
【実施例】
【0093】
続いて、実施例及び比較例を示しながら、本発明に係るNi拡散めっき鋼板について具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明に係るNi拡散めっき鋼板の一例にすぎず、本発明に係るNi拡散めっき鋼板が下記に示す例に限定されない。
【0094】
(実験例)
ここで、以下に示す全ての実施例及び比較例においては、0.25mmに冷間圧延された未焼鈍のAl−Killed系鋼板(長さ300mm×幅20mm)に対し、電気めっきによりNiめっきを施し、その後、連続焼鈍ラインをシミュレートした熱処理を施した。但し、一部の試験材に関しては、予め焼鈍を行った冷延鋼板を用いた。
【0095】
本実験例で使用したAl−killed系鋼板の化学成分を、表1にまとめて示した。ここで、表1のB(ホウ素)の欄が空欄となっている鋼種は、Bの分析値が0.0001質量%未満であり、Bを意図的に含有させていないことを示す。
【0096】
各鋼板の熱間圧延工程における温度条件(SRT:加熱温度、FT:仕上温度、CT:巻取り温度、単位:℃)と、冷間圧延工程における圧延率(Red、単位:%)を、表1に併記した。
【0097】
【表1】
【0098】
冷間圧延後、定法に従い、アルカリ脱脂、及び、酸洗により、鋼板を清浄化した。その後、電気めっきにより、Niめっきを施した。使用したNiめっき浴を、以下の表2にまとめて示した。表2に示した各めっき浴について、めっき浴のpHは、塩基性炭酸ニッケル[NiCO(OH)(HO)]を用いて調整し、めっき浴温度は、60℃で共通とした。また、陽極には、それぞれ、純度99.9%以上のNi板を使用し、陰極電流密度を20A/dmで共通とした。なお、以下の表2において、「高Cl浴」との表記は、「高塩化物浴」を意味する。また、Ni付着量は、Niめっき後に、Rigaku製走査型蛍光X線分析装置ZSX PrimusIIを用いて測定した。
【0099】
【表2】
【0100】
Niめっきを施した鋼板に対し、H:4体積%、残部Nからなる雰囲気下で、連続焼鈍ラインをシミュレートした熱処理(すなわち、焼鈍・合金化処理)を施した。かかる熱処理工程を経ためっき鋼板に対して、圧下率1.8%の調質圧延を行った。
【0101】
各試験例のNiめっきに際して用いたNiめっき浴の種別、Niめっきの付着量、めっき後の焼鈍条件(均熱温度及び均熱時間)を、以下の表3に併記した。
【0102】
なお、以下の表3において、No.5の試料に関しては、連続焼鈍ラインをシミュレートした熱処理の後に、450℃×3時間の箱焼鈍での過時効処理をシミュレートした熱処理を加えた。また、No.6及びNo.7の試料に関しては、連続焼鈍ラインをシミュレートした熱処理の後に、400℃×60秒の連続焼鈍炉過時効帯での過時効処理をシミュレートした熱処理を加えた。また、No.13〜No.15の試料に関しては、Niめっき前に、冷延鋼板に対して、720℃×60秒の焼鈍を行った。
【0103】
以上の方法で得られた各Ni拡散めっき鋼板に対して、以下の評価を行った。
【0104】
[組織観察及び結晶粒度番号測定]
各Ni拡散めっき鋼板のL断面(圧延方向及び板厚方向に平行な断面)にて、光学顕微鏡観察を行い、冷延鋼板の組織を特定した。その結果、各Ni拡散めっき鋼板の組織は、いずれもフェライト単相組織またはフェライトを主体とする組織であった。更に、各試験番号のNi拡散めっき鋼板のフェライト粒の結晶粒度番号を、L断面の厚み方向に、板厚の1/4の深さの位置から板厚の3/4の深さの範囲の部位で観察し、JIS G 0552(2013)に準拠して、上述の方法で求めた。得られた結果を表4に記載した。
【0105】
[最表層のFe濃度Csの測定]
各Ni拡散めっき鋼板のFe濃度Csを、上述の方法に則してAESにより分析し、NiとFeの和を100%とした場合のFe濃度を質量%で算定した。得られた結果を、表4に併記した。分析にあたって、使用したAES装置は、パーキンエルマー社製、PHI−610走査型オージェ電子分光装置である。分析に当たっては、得られた試料の表面を、ArイオンによりSiO換算で10nmスパッタして、Fe−Ni拡散合金めっき層の表層に形成されている可能性のある汚染層(例えば、酸化物層等)を除去した後、直径800μmの領域の組成を分析した。
【0106】
[連続プレス性]
各Ni拡散めっき鋼板に関し、加工が4段である多段プレス成型にて、円筒絞り加工での連続プレス性を評価した。具体的には、プレス油に日本工作油製No.641Rを用い、ブランク径52mmφでサンプルを打ち抜き、4段目までで高さ:36mm、直径:16mmに絞った。このプレス加工を同一金型で連続して100回行った後、得られた100個の絞り成形品の表面をそれぞれ目視観察して、全ての絞り成形品について疵が視認されないものをVeryGood、軽微な疵のみが認められたものをGood、疵の目立ったものをBadとして評価した。なお、連続100回のプレス加工において、プレス金型へのめっき金属の凝着があっても、凝着物を除去せずにプレス加工を継続した。得られた結果を、表4に併記した。
【0107】
[耐食性]
上記の連続プレス試験で得られた100缶目の絞り成形品について、有機溶剤で脱脂した後、1hrの塩水噴霧試験(JIS Z 2371)に供し、赤錆発生状況を確認した。赤錆が発生しなかったものをGood、赤錆が発生したものをBadとして評価した。得られた結果を、表4に併記した。
【0108】
[接触抵抗]
各Ni拡散めっき鋼板を、85℃、相対湿度85%の環境に2週間保持した後、山崎精機研究所製電気接点シュミレータCRS−1を用い、荷重20gにおける鋼板サンプルの接触抵抗を測定した。接触抵抗の測定値が30mΩ未満であったものをVeryGoodとし、30mΩ以上50mΩ未満であったものをGoodとし、50mΩ以上であったものをBadとして評価した。得られた結果を、以下の表4に併記した。
【0109】
【表3】
【0110】
【表4】
【0111】
上記表3及び表4から明らかなように、本発明の実施例に該当するNi拡散めっき鋼板は、連続プレス性、耐食性、接触抵抗値の全てで、優れた評価結果を示した。一方、本発明の比較例に該当するNi拡散めっき鋼板は、連続プレス性又は耐食性の少なくとも何れかが劣っていることが明らかとなった。特に、試験番号12、13および21においては、Fe−Ni拡散合金めっきの皮膜自体は、本発明の条件を満足しているにもかかわらず、耐食性が劣る結果となった。これは、母材鋼板の結晶粒が粗大化し(すなわち、フェライト粒度番号が11.0未満となり)、成形時に母材の粒界割れが生じやすくなって、めっき層に伝播したためと考えられる。
【0112】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0113】
1 Ni拡散めっき鋼板
11 母材鋼板
13 Fe−Ni拡散合金めっき層
図1A
図1B
図2
図3