特許第6943390号(P6943390)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6943390
(24)【登録日】2021年9月13日
(45)【発行日】2021年9月29日
(54)【発明の名称】新規抗酸化眼内灌流液
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/198 20060101AFI20210916BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20210916BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20210916BHJP
   A61K 38/06 20060101ALI20210916BHJP
【FI】
   A61K31/198
   A61P27/02
   A61P39/06
   A61K38/06
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-543669(P2017-543669)
(86)(22)【出願日】2016年9月30日
(86)【国際出願番号】JP2016079191
(87)【国際公開番号】WO2017057768
(87)【国際公開日】20170406
【審査請求日】2019年9月12日
(31)【優先権主張番号】特願2015-194716(P2015-194716)
(32)【優先日】2015年9月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100151596
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 俊明
(72)【発明者】
【氏名】中澤 徹
(72)【発明者】
【氏名】赤池 孝章
(72)【発明者】
【氏名】國方 彦志
【審査官】 井上 能宏
(56)【参考文献】
【文献】 特開平7−97331(JP,A)
【文献】 特表2013−523831(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子からなる群より選択される1種以上を含有する、眼内灌流液。
S(S)H ・・・(1)
(上記式(1)中、RはL−システイン(Cys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
S(S)・・・(2)
(上記式(2)中、R及びRは、独立してL−システイン(Cys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す。nは2以上の整数である。)
【請求項2】
前記活性イオウ分子が、システインパースルフィド及びグルタチオンパースルフィドから選択される1種以上を含有する、請求項1に記載の眼内灌流液。
【請求項3】
前記活性イオウ分子の前記眼内灌流液における濃度が0.0003μg/ml〜1000μg/mlである、請求項1又は2に記載の眼内灌流液。
【請求項4】
前記活性イオウ分子の前記眼内灌流液における濃度が0.01μg/ml〜30μg/mlである、請求項1又は2に記載の眼内灌流液。
【請求項5】
前記活性イオウ分子の前記眼内灌流液における濃度が0.3μg/ml〜30μg/mlである、請求項1又は2に記載の眼内灌流液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は眼内灌流液に関する。より具体的には、活性イオウ分子を含有する、新規眼内灌流液に関する。
【背景技術】
【0002】
白内障治療、角膜移植、硝子体手術などの眼科手術では、手術時に眼内組織を保護するため、眼内灌流液が用いられる。
眼内灌流液としては、グルタチオン誘導体を含有する眼内灌流液が開発されており、カルシウムの沈澱を効果的に抑制し、極めて安定な眼内灌流液であるとされている(特許文献1参照)。
また、アスコルビン酸とトコフェロールとのリン酸ジエステルを含有する眼内灌流液も開発されており、角膜細胞の保護に優れ、眼科手術を安全に行うことができるとされている(特許文献2参照)。
【0003】
一方で、活性イオウ分子であるシステインパースルフィド(CysSSH)は、生体内で生成されることが報告されている。例えば、脱アミノ酵素などの補酵素としてよく知られるピリドキサールリン酸(Pyridoxal Phosphate:PLP)は、直接シスチン(Cystine)と反応し、CysSSHを生成することが報告されている。また、ある種の酵素、特にシアン(CN-)の解毒酵素として知られているロダネーゼ(Rhodanese)の活性中心のシステイン残基は、チオ硫酸イオン(thiosulfate)よりイオウ分子の供給を受けることでパースルフィドを形成しており、これがシアンイオンと反応して、チオシアンイオン(SCN-)に解毒代謝することが知られている。
【0004】
一般にCysSSHは、このような特殊な酵素の触媒活性を担う不安定な代謝中間体として認識されていたところ、本発明者らはCysSSHなどの活性イオウ分子が、生体内で高い抗酸化活性やレドックスシグナルの制御機能を発揮していることを見出している(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−97331号公報
【特許文献2】特開平7−10701号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ida, T. et al. Reactive cysteine persulfides and S-polythiolation regulate oxidative stress and redox signaling. Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2014, doi: 10.1073 / pnas.1321232111
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
眼科手術では、眼内灌流液により眼内組織が保護される一方で、眼科手術後に視力低下をきたす症例が散在する。本発明者らはこの原因として、手術侵襲由来の酸化ストレスによる角膜混濁、水晶体混濁、網膜細胞死などがあげられると考える。即ち、眼科手術ではその性質上、術中に手術用眼内灌流液を常に多量に循環させており、これが各眼内組織に直接触れ続けるため、これが手術侵襲になると考えている。
本発明は、このような問題を解決するものであり、眼科手術時に眼内組織が十分に保護され、更に安全性が高い眼内灌流液を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、眼科手術が必要な疾患を有する患者の眼内組織においては、健常者の眼内組織と比較して活性イオウ分子の濃度が高い状態であるという知見を得た。そして、眼科手術後の術後不良が、手術侵襲由来の酸化ストレスであるとの推定のもと、本発明者らが見出した抗酸化活性を有する活性イオウ分子を眼内灌流液成分として利用することで、眼科手術時に眼内組織が十分に保護され、更に安全性が高い眼内灌流液を提供できることに到達し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち本発明は、一般式(1)及び一般式(2)で表される活性イオウ分子、並びに前記活性イオウ分子の誘導体からなる群より選択される1種以上を含有する、眼内灌流液である。
1S(S)nH ・・・(1)
(上記式(1)中、R1はチオール基を有するアミノ酸及びポリペプチドから選択され、チオール基以外の部分を表す。nは1以上の整数である。)
2S(S)n3 ・・・(2)
(上記式(2)中、R2及びR3は、独立してチオール基を有するアミノ酸及びポリペプチドから選択され、チオール基以外の部分を表す。nは2以上の整数である。)
また、本発明の好ましい実施形態は、前記R1、R2及びR3がL−システイン(Cys)、ホモシステイン(Hcys)またはグルタチオン(GSH)であって、チオール基以外の部分を表す形態である。
また、本発明の好ましい実施形態は、前記活性イオウ分子が、システインパースルフィド及びグルタチオンパースルフィドから選択される1種以上を含有する形態である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、眼科手術時に眼内組織が十分に保護され、更に安全性が高い眼内灌流液を提供できる。即ち、本発明者が先に見出したように、活性イオウ分子は高い抗酸化作用を有することから、眼内灌流液として利用することで手術侵襲由来の酸化ストレスを十分に抑制することが可能となる。また、眼科手術が必要な疾患を有する患者の眼内組織においては、健常者の眼内組織と比較して活性イオウ分子の濃度が高い状態であり、本発明の眼内灌流液は患者の眼内に存在する活性イオウ分子を含むことから、眼内での親和性が極めて高く、安全性が高い眼内灌流液である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】生体内活性パースルフィドの生成機構を示す図である。
図2】メタボローム解析の原理を示す図である。
図3】糖尿病性網膜症患者とコントロールの、血漿中でのイオウ関連物質濃度の比較を示すグラフである。
図4】糖尿病性網膜症患者とコントロールの、前房水でのイオウ関連物質濃度の比較を示すグラフである。
図5】糖尿病性網膜症患者とコントロールの、硝子体でのイオウ関連物質濃度の比較を示すグラフである。
図6】洗浄サンプルのHPLC解析結果を示すグラフである。
図7A-1】各種活性イオウ分子(GSSG、GSSSG、GSSSSG、及びGSSSSSG)のスタンダードピークを示すグラフである。
図7A-2】濃度既知のGSSG(1μM、10μM、及び50μM)を用いた3点でのスタンダードカーブを示すグラフである。
図7B】合成直後のサンプル(洗浄前)のHPLC測定結果を示すグラフ(上)及び各種活性イオウ分子の定量結果を示す表(下)である。
図7C】溶出サンプルのHPLC測定結果を示すグラフ(上)及び各種活性イオウ分子の定量結果を示す表(下)である。
図8】GS(S)Gの細胞毒性試験結果を示すグラフである。
図9】GS(S)G及びGSSGそれぞれによる網膜細胞保護効果を示すグラフである。
図10】GSSG、GSH及びGS(S)Gそれぞれ0.00002mg/mlでの網膜細胞保護効果を示すグラフである。
図11】GSSG、GS(S)Gの、網膜細胞保護効果におけるBSSとの相乗効果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態を詳細に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々に変形して実施することができる。
【0013】
本発明の実施形態である眼内灌流液は、活性イオウ分子又は活性イオウ分子誘導体を含む。
活性イオウ分子は、以下の式(1)及び(2)で表される。
1S(S)nH ・・・(1)
2S(S)n3 ・・・(2)
上記式(1)中、R1はチオール基を有するアミノ酸及びポリペプチドから選択され、L−システイン(Cys)、ホモシステイン(Hcys)またはグルタチオン(GSH)であることが好ましい。なお、R1はチオール基を有するアミノ酸及びポリペプチドであって、チオール基以外の部分を表す。また、nは1以上の整数であり、2以上であってよく、上限は特段ないが、例えば10以下であり、8以下であってよく、5以下であってよい。
すなわち式(1)で表される化合物は、L−システインを例にあげれば、以下に表すとおり、L−システインのチオール基に更に過剰なイオウが結合した構造を有する化合物である。
【化1】
【0014】
上記式(2)中、R2及びR3は、独立してチオール基を有するアミノ酸及びポリペプチドから選択され、L−システイン、ホモシステインまたはグルタチオンであることが好ましい。なお、R2及びR3はチオール基を有するアミノ酸及びポリペプチドであって、チオール基以外の部分を表す。nは2以上の整数であり、3以上であってよく、上限は特段ないが、例えば10以下であり、8以下であってよく、5以下であってよい。
【0015】
上記式(1)で表される分子としては、システインパースルフィド(CysSSH)、グルタチオンパースルフィド(GSSH)、ホモシステインパースルフィド(HcysSSH)、及びこれらに更にイオウが結合した分子、があげられる。更にイオウが結合した分子としてはCysSSSH、CysSSSSH、GSSSH、GSSSSHなどが例示されるが、この限りではない。
なお、本明細書におけるGSHとの表記はグルタチオンの慣用表記であり、GSSHはグルタチオンのチオール基にイオウが1分子結合した構造を有する化合物を表す一方で、CysSSHはシステインパースルフィドを示し、L−システインのチオール基にイオウが1分子結合した構造を有する化合物を表す。
また、上記式(1)で表される分子の誘導体としては、R1に含まれるアミノ酸及びポリペプチド鎖において、アミノ基、カルボキシル基などが任意の置換基で置換された誘導体があげられる。誘導体の例としては、シリル化体、エステル化体、アシル化体、アセチル化体などが例示される。
【0016】
上記式(2)で表される分子としては、シスチンにイオウが結合した分子(CysSSSCys)、ホモシスチンにイオウが結合した分子(HcysSSSHcys)、オキシグルタチオンにイオウが結合した分子(GSSSG)、及びこれらに更にイオウが結合した分子、があげられる。更にイオウが結合した分子としてはCysSSSSCys、GSSSSGなどが例示されるが、この限りではない。
上記式(2)で表される分子の誘導体としては、上記式(1)での誘導体と同様の誘導体があげられる。
【0017】
先に述べたように、これらの活性イオウ分子は生体内で生成されることが知られている。また、本発明者らは、図1に示す生体内活性パースルフィドの生成機構を明らかにしており、生体内機構を用いて活性イオウ分子を産生し、抽出・生成することで、当業者は活性イオウ分子を入手することができる。
【0018】
眼内灌流液に含まれる活性イオウ分子の濃度は、使用対象患者の症状や活性イオウ分子の種類によって異なるが、最終濃度として、通常0.0003μg/mL以上であり、0.003μg/mL以上であってよく、0.01μg/mL以上であってよく、0.03μg/mL以上であってよく、0.1μg/mL以上であってよく、0.3μg/mL以上であってよく、1μg/mL以上であってよく、3μg/mL以上であってよく、10μg/mL以上であってよく、30μg/mL以上であってよい。一方上限は、通常1000μg/mL以下であり、300μg/mL以下であってよく、100μg/mL以下であってよく、30μg/mL以下であってよい。
【0019】
本発明の実施形態に係る眼内灌流液には、通常眼内灌流液に配合される成分を配合してもよい。このような成分としては、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、クエン酸ナトリウムおよび炭酸水素ナトリウムなどの各種の電解質、ブドウ糖などの単糖類、グルタチオンなどのペプチド類、ペニシリンなどの抗生物質などがあげられる。これらの成分は、通常量配合することができる。
【0020】
本発明の実施形態に係る眼内灌流液の製造方法は特段限定されず、公知の方法に従い調製される。例えば、活性イオン分子を含む配合成分を滅菌精製水に溶解させ、その後塩酸や水酸化ナトリウムなどのpH調整剤により所望のpHに調整する。所望のpHに調整された溶液は、フィルター濾過を行った後、加熱滅菌処理される。滅菌処理後の溶液を空冷することで、眼内灌流液を製造することができる。
【0021】
本発明の実施形態に係る眼内灌流液は、高い抗酸化活性を有する活性イオン分子が含まれていることから、眼科手術における高い酸化ストレスをキャンセルすることができるため、眼科手術更なる低侵襲化が達成でき、術中術後の眼内組織破壊を最小限にできる。
【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
<糖尿病網膜症患者の眼内環境分析>
東北大学病院眼科で入院手術加療を行った糖尿病網膜症患者18名(平均年齢57.7±16.1、男性9名、女性9名)を対象とし糖尿病網膜症疾患群とした。また、白内障または非炎症性黄斑疾患(黄斑前膜または黄斑円孔)患者22名(平均年齢71.0±13.4、男性9名、女性13名)をコントロール群とした。手術前3日から、術前無菌化療法の為、広域抗菌点眼剤点眼液を1日4回3日間連続で点眼させた。手術当日に、血液・前房水・硝子体サンプルを採取した。血液サンプルは、術前に静脈ルート確保の際に、約1mL採取し、遠心分離を行った後、血漿を凍結保存した。白内障手術の際には、前房穿刺し前房水サンプルを約100μL採取し、凍結保存した。硝子体手術の際には、硝子体切除術(後部硝子体剥離術、および病態により黄斑前膜・増殖膜切除・内境界膜剥離術併用)を施行し、切除した硝子体サンプル約100μLを凍結保存した。術翌日より、術後の抗炎症効果を目的としてステロイド性抗炎症剤点眼液を1日4回点眼、さらに非ステロイド性抗炎症剤点眼液を1日2回点眼し、術後1か月以上継続した。また、術翌日より、術後感染症予防を目的として広域抗菌点眼剤点眼液を1日4回点眼し、術後1か月以上継続した。
糖尿病網膜症患者の特徴を表1に示す。
【0023】
【表1】
【0024】
糖尿病網膜症疾患群及びコントロール群の患者の血漿、前房水、及び硝子体について、活性イオウ分子濃度を、メタボローム解析により測定した。
還元型のポリスルフィドである活性イオン分子は、化学的反応性が高く不安定であり、直接同定・定量することが困難なため、試料をチオール基のアルキル化試薬であるモノブロモビマンと反応させ、試料中の還元型ポリスルフィドを安定なポリスルフィド−ビマン付加体に変換した。試料に、既知量の安定同位体標識した各種ポリスルフィド−ビマン付加体および酸化型ポリスルフィドの標準標品を添加し、LC−MS/MS(アジレント社6430)を用いて、非標識および安定同位体標識各種ポリスルフィド-ビマン付加体および酸化型ポリスルフィドを測定した。安定同位体標識標準標品の合成方法、およびLC−MS/MSにおける各種ポリスルフィド−ビマン付加体および酸化型ポリスルフィドの測定条件は、非特許文献1に開示の方法に従った。試料中の各種ポリスルフィドの濃度は、添加した既知量の安定同位体標識標準標品のLC−MS/MSクロマトグラムのシグナル強度をもとに算出した。測定の原理を図2に示す。
【0025】
また、各種ポリスルフィド関連標準標品は、非特許文献1に開示の方法に従って調製した。具体的には、10 mM Tris−HClバッファー(pH 7.4)に溶解した0.5 mMシステイン、グルタチオン、またはホモシステインに、P−NONOate(0.5 mM)を添加し室温で15分間静置した後、NaHS(0.5 mM)を添加し室温で15分間反応させ、還元型ポリスルフィドを生成した。還元型ポリスルフィドは不安定であるため、チオール基のアルキル化試薬であるモノブロモビマン(5 mM)と反応させることにより安定なポリスルフィド−ビマン付加体に変換した。反応液中の各ポリスルフィド-ビマン付加体、および自動酸化により生成した酸化型ポリスルフィドは、高速液体クロマトグラフィーにより分離・精製し、標準標品とした。
結果を図3図5に示す。
【0026】
図3は、血漿中では、糖尿病網膜症疾患群とコントロール群とを比較して、活性イオウ分子濃度の差はないという結果を示す。
図4は、前房水では、糖尿病網膜症疾患群とコントロール群とを比較して、糖尿病網膜症疾患群の方が、活性イオウ分子濃度が高いという結果を示す。
図5は、硝子体では、糖尿病網膜症疾患群とコントロール群とを比較して、糖尿病網膜症疾患群の方が、活性イオウ分子濃度が高いという結果を示す。
【0027】
図3図5の結果から明らかなとおり、血漿中では、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの活性イオウ分子濃度が、糖尿病網膜症疾患群において増加するという傾向は見られなかった。一方で、前房水及び硝子体、すなわち眼内組織では、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの活性イオウ分子濃度が、糖尿病網膜症疾患群において増加するという傾向が見られた。
【0028】
活性イオウ分子濃度が糖尿病網膜症疾患群において増加する理由は定かではないが、糖尿病網膜症の病態には、酸化ストレス蓄積が関与していることが知られており、生体の防御機構が働き、抗酸化物質が眼内に産生されているのではないかと推察している。
活性イオウ分子は、従来の眼内灌流液に含まれているグルタチオンと比較して、非常に高い抗酸化活性を有し、かつ、眼内疾患患者のみならずコントロール群でも眼内に存在が確認できた安全性の高い物質である。
眼科手術による酸化ストレスは、角膜、水晶体、網膜に影響を及ぼすと考えられ、本発明の実施形態に係る眼内灌流液は高い抗酸化活性を有することから、酸化ストレスの眼内暴露を防ぐことが可能である。そのため、眼科手術後に角膜内皮疲弊が進行し水疱性角膜症に至る症例、水晶体温存硝子体手術後に水晶体核硬化が進行し白内障に至る症例、硝子体手術で網膜細胞死が進行し術後視機能不良に至る症例を減らすことが可能となる。
【0029】
すなわち、本発明の実施形態に係る眼内灌流液は、眼内疾患患者の眼内環境において高濃度で存在する活性イオウ分子を含むため、眼内において親和性が高く極めて安全な眼内灌流液であるといえ、かつ、高い抗酸化活性を有することから、眼科手術後の眼内組織破壊を抑制することができ、術後不良を大幅に改善することができる。
【0030】
次に、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの活性イオウ分子による細胞保護効果を検証する。
【0031】
以下に、GS(S)Gの一調製例を示すが、この方法とは異なる方法で、活性イオウ分子を調製してもよい。
<試薬>
・還元型グルタチオン(GSH) SIGMA-ALDRICH社 G4251-5G (M.W=307.2)
・Sodium disulfide (Na2S2) 同仁化学 SB02
・0.1%ギ酸(MilliQ水300 ml+ギ酸 300μl)
・0.1%ギ酸/60%メタノール(0.1% ギ酸80 ml+メタノール120 ml)
<方法>
1.Sep-pakカラムを0.1%ギ酸により平衡化した (100 ml)。
2.GSHおよびNa2S2を溶解する超純水を脱気しアルゴン置換した。
3.GSHおよびNa2S2を秤量し、200 mM GSHと200 mM Na2S2を調製した(GSH31.4 mg+MilliQ水511μl)(Na2S2 11.1 mg+MilliQ水505μl)。
4.200 mM GSHと200 mM Na2S2を0.5 mlずつエッペンチューブに混ぜ、室温で15分間反応させた。
5.上記4を15 mlチューブに移し、0.1%ギ酸を4 ml加えて反応を止めた。
6.上記5のチューブを遠心分離 (9000rpm、10min) し、HPLC確認用に上清を10μl回収した(合成直後のサンプル)。
7.平衡化したSep-pakカラムに6の上清を全てロードした。
8.洗浄:0.1%ギ酸を200 ml流し(85 mlを流した後、10 mlずつ12本回収)、洗浄サンプルを得た。
9.溶出:0.1%ギ酸/60%メタノールを10 ml×6本で回収し、溶出サンプルを得た。
10.得られた洗浄サンプルおよび合成直後のサンプルをHPLCで確認した (0.1% ギ酸90μl+sample10μl、検出:A254nm)。結果をそれぞれ図6及び7Bに示す。図6に示された洗浄サンプルに見られたピークはGSSGであり、図7A−1に示されたGSSG、GSSSG、GSSSSG、及びGSSSSSG標準標品のHPLC解析によるリテンションタイムを参照すると、洗浄サンプルにはGS(S)G(但しnは2以上)は含まれていないことが確認できた。一方、図7Bは、合成直後のサンプル(洗浄・溶出前のサンプル)のHPLC解析結果である。
11.溶出サンプルのうち、フラクション2及び3をよく混合し、5 ml × 4本に分注し、Centirifugal evaporator CVE-3100 (EYELA)で乾固しGS(S)G(nは2以上)を得た。
12.得られたGS(S)GをHPLC(検出:A254nm)を用いて定量するために、10mMのGSSG(GSSG5.5μg+MilliQ水897.7μl)を用いて濃度既知のサンプル1mM、100μM、50μMのGSSGを作成し、スタンダードカーブを作成した(図7A−2)。スタンダードカーブより溶出液中のGS(S)G含有量を算出した結果フラクション2は19.3mgとなった。結果を図7Cに示す。図7Cは溶出サンプルのHPLC解析結果であり、リテンションタイム2分にピークが存在しないことからGSSGは含まれず、GS(S)G(但しnは2以上)の溶出が確認できた。その多くはGSSSG及びGSSSSGでありGSSSSSGは微量であった。その時のA254nmの値が0.701であることからフラクション3(A254nm 0.507)は13.9mgとなり合計33.2mgのGS(S)Gを得ることができた。
【0032】
<活性イオウ分子の細胞毒性の検証>
上記の通り合成されたGS(S)G(但しnは2以上)を用いて、網膜神経節由来細胞株(RGC5細胞)に対する細胞毒性および神経保護効果を、in vitro暴露実験により確認した。RGC5細胞を0.75×104cells/100ulで96well plateに播種し一晩培養した。GS(S)Gを、最終濃度0.02mg/ml、0.002mg/ml、0.0002mg/ml、及び0.00002mg/mlとなるようにそれぞれ添加し、37℃で24時間培養した。その後AlamarBlue法により細胞の生存状況を測定した。結果を図8に示す。GS(S)Gによる細胞毒性は見られなかった。
【0033】
<活性イオウ分子による細胞保護効果の検証1>
GSSG(G4376、SIGMA-ALDRICH社)、及び上記方法で得られたGS(S)G(但しnは2以上)を用いてRGC5細胞に対する保護効果を、in vitro暴露実験により確認した。RGC5細胞を1×104cells/100μl で96well plateに播種し500 μM BSO(L−buthionine−(S,R)−sulfoximine、和光純薬)を含む培地中で15時間培養した。その後Reductase及びNADPHとともにGS(S)G及びGSSG(終濃度25 μg/ml)をそれぞれ培地に添加した。コントロールとしては各種活性イオウ分子の代わりに水を同量添加した。添加6時間後に過酸化水素(終濃度100 μM)を添加し1.5時間放置し、AlamarBlue法により細胞の生存率を測定した。結果を図9に示す。結果から、GS(S)Gは細胞障害に対し、GSSGよりも優れた保護効果を発揮することが分かった。
【0034】
<活性イオウ分子による細胞保護効果の検証2>
次に、上記方法で得られたGS(S)Gを用いて、活性イオウ分子の濃度を変化させ、細胞保護効果について検証した。RGC5細胞を0.75×104cells/100μl で96well plateに播種し一晩培養した。GS(S)G、GSSG、及びGSH(G4251、SIGMA ALDRICH社)をそれぞれ、最終濃度0.00002mg/mlで添加し、37℃で培養した。添加2時間後に過酸化水素(終濃度0.3mM)を添加しさらに24時間培養を続け、AlamarBlue法により細胞の生存率を測定した。結果を図10に示す。これにより、GS(S)Gは低濃度においても細胞保護効果を発揮することが分かった。この効果はGSSG及びGSHと比較して顕著であった。
【0035】
<BSSとの相乗効果>
RGC5細胞を1×104cells/100μl で96well plateに播種し500 μM BSOを含む培地中で15時間培養した。その後、培地を除去し、日本アルコン社製ビーエスエスプラス250眼灌流液0.0184%(希釈液とGSSGストック溶液により構成)に付属する希釈液、またはGSSGストックを添加した希釈液(BSS;終濃度0.0184%)100μlと交換した。続いて、Reductase及びNADPHとともにGS(S)G及びGSSG(終濃度25 μg/ml)をそれぞれ培地に添加した。コントロールとしては各種活性イオウ分子溶液の代わりに水を同量添加した。添加6時間後に過酸化水素(終濃度100 μM)、AlamarBlue検出液を添加し、3時間放置し細胞の生存率を測定した。結果を図11に示す。BSS単独に加えてGS(S)Gをさらに加えることで細胞保護効果が増強された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により、グルタチオンを有効成分とする従来の眼内灌流液と比較して、非常に高い抗酸化活性を有し、かつ、眼内疾患患者のみならずコントロール群でも眼内に存在が確認できた安全性の高い新規な眼内灌流液を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A-1】
図7A-2】
図7B
図7C
図8
図9
図10
図11