【実施例】
【0022】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
<糖尿病網膜症患者の眼内環境分析>
東北大学病院眼科で入院手術加療を行った糖尿病網膜症患者18名(平均年齢57.7±16.1、男性9名、女性9名)を対象とし糖尿病網膜症疾患群とした。また、白内障または非炎症性黄斑疾患(黄斑前膜または黄斑円孔)患者22名(平均年齢71.0±13.4、男性9名、女性13名)をコントロール群とした。手術前3日から、術前無菌化療法の為、広域抗菌点眼剤点眼液を1日4回3日間連続で点眼させた。手術当日に、血液・前房水・硝子体サンプルを採取した。血液サンプルは、術前に静脈ルート確保の際に、約1mL採取し、遠心分離を行った後、血漿を凍結保存した。白内障手術の際には、前房穿刺し前房水サンプルを約100μL採取し、凍結保存した。硝子体手術の際には、硝子体切除術(後部硝子体剥離術、および病態により黄斑前膜・増殖膜切除・内境界膜剥離術併用)を施行し、切除した硝子体サンプル約100μLを凍結保存した。術翌日より、術後の抗炎症効果を目的としてステロイド性抗炎症剤点眼液を1日4回点眼、さらに非ステロイド性抗炎症剤点眼液を1日2回点眼し、術後1か月以上継続した。また、術翌日より、術後感染症予防を目的として広域抗菌点眼剤点眼液を1日4回点眼し、術後1か月以上継続した。
糖尿病網膜症患者の特徴を表1に示す。
【0023】
【表1】
【0024】
糖尿病網膜症疾患群及びコントロール群の患者の血漿、前房水、及び硝子体について、活性イオウ分子濃度を、メタボローム解析により測定した。
還元型のポリスルフィドである活性イオン分子は、化学的反応性が高く不安定であり、直接同定・定量することが困難なため、試料をチオール基のアルキル化試薬であるモノブロモビマンと反応させ、試料中の還元型ポリスルフィドを安定なポリスルフィド−ビマン付加体に変換した。試料に、既知量の安定同位体標識した各種ポリスルフィド−ビマン付加体および酸化型ポリスルフィドの標準標品を添加し、LC−MS/MS(アジレント社6430)を用いて、非標識および安定同位体標識各種ポリスルフィド-ビマン付加体および酸化型ポリスルフィドを測定した。安定同位体標識標準標品の合成方法、およびLC−MS/MSにおける各種ポリスルフィド−ビマン付加体および酸化型ポリスルフィドの測定条件は、非特許文献1に開示の方法に従った。試料中の各種ポリスルフィドの濃度は、添加した既知量の安定同位体標識標準標品のLC−MS/MSクロマトグラムのシグナル強度をもとに算出した。測定の原理を
図2に示す。
【0025】
また、各種ポリスルフィド関連標準標品は、非特許文献1に開示の方法に従って調製した。具体的には、10 mM Tris−HClバッファー(pH 7.4)に溶解した0.5 mMシステイン、グルタチオン、またはホモシステインに、P−NONOate(0.5 mM)を添加し室温で15分間静置した後、NaHS(0.5 mM)を添加し室温で15分間反応させ、還元型ポリスルフィドを生成した。還元型ポリスルフィドは不安定であるため、チオール基のアルキル化試薬であるモノブロモビマン(5 mM)と反応させることにより安定なポリスルフィド−ビマン付加体に変換した。反応液中の各ポリスルフィド-ビマン付加体、および自動酸化により生成した酸化型ポリスルフィドは、高速液体クロマトグラフィーにより分離・精製し、標準標品とした。
結果を
図3〜
図5に示す。
【0026】
図3は、血漿中では、糖尿病網膜症疾患群とコントロール群とを比較して、活性イオウ分子濃度の差はないという結果を示す。
図4は、前房水では、糖尿病網膜症疾患群とコントロール群とを比較して、糖尿病網膜症疾患群の方が、活性イオウ分子濃度が高いという結果を示す。
図5は、硝子体では、糖尿病網膜症疾患群とコントロール群とを比較して、糖尿病網膜症疾患群の方が、活性イオウ分子濃度が高いという結果を示す。
【0027】
図3〜
図5の結果から明らかなとおり、血漿中では、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの活性イオウ分子濃度が、糖尿病網膜症疾患群において増加するという傾向は見られなかった。一方で、前房水及び硝子体、すなわち眼内組織では、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの活性イオウ分子濃度が、糖尿病網膜症疾患群において増加するという傾向が見られた。
【0028】
活性イオウ分子濃度が糖尿病網膜症疾患群において増加する理由は定かではないが、糖尿病網膜症の病態には、酸化ストレス蓄積が関与していることが知られており、生体の防御機構が働き、抗酸化物質が眼内に産生されているのではないかと推察している。
活性イオウ分子は、従来の眼内灌流液に含まれているグルタチオンと比較して、非常に高い抗酸化活性を有し、かつ、眼内疾患患者のみならずコントロール群でも眼内に存在が確認できた安全性の高い物質である。
眼科手術による酸化ストレスは、角膜、水晶体、網膜に影響を及ぼすと考えられ、本発明の実施形態に係る眼内灌流液は高い抗酸化活性を有することから、酸化ストレスの眼内暴露を防ぐことが可能である。そのため、眼科手術後に角膜内皮疲弊が進行し水疱性角膜症に至る症例、水晶体温存硝子体手術後に水晶体核硬化が進行し白内障に至る症例、硝子体手術で網膜細胞死が進行し術後視機能不良に至る症例を減らすことが可能となる。
【0029】
すなわち、本発明の実施形態に係る眼内灌流液は、眼内疾患患者の眼内環境において高濃度で存在する活性イオウ分子を含むため、眼内において親和性が高く極めて安全な眼内灌流液であるといえ、かつ、高い抗酸化活性を有することから、眼科手術後の眼内組織破壊を抑制することができ、術後不良を大幅に改善することができる。
【0030】
次に、システインパースルフィドやグルタチオンパースルフィドなどの活性イオウ分子による細胞保護効果を検証する。
【0031】
以下に、GS(S)
nGの一調製例を示すが、この方法とは異なる方法で、活性イオウ分子を調製してもよい。
<試薬>
・還元型グルタチオン(GSH) SIGMA-ALDRICH社 G4251-5G (M.W=307.2)
・Sodium disulfide (Na
2S
2) 同仁化学 SB02
・0.1%ギ酸(MilliQ水300 ml+ギ酸 300μl)
・0.1%ギ酸/60%メタノール(0.1% ギ酸80 ml+メタノール120 ml)
<方法>
1.Sep-pakカラムを0.1%ギ酸により平衡化した (100 ml)。
2.GSHおよびNa
2S
2を溶解する超純水を脱気しアルゴン置換した。
3.GSHおよびNa
2S
2を秤量し、200 mM GSHと200 mM Na
2S
2を調製した(GSH31.4 mg+MilliQ水511μl)(Na
2S
2 11.1 mg+MilliQ水505μl)。
4.200 mM GSHと200 mM Na
2S
2を0.5 mlずつエッペンチューブに混ぜ、室温で15分間反応させた。
5.上記4を15 mlチューブに移し、0.1%ギ酸を4 ml加えて反応を止めた。
6.上記5のチューブを遠心分離 (9000rpm、10min) し、HPLC確認用に上清を10μl回収した(合成直後のサンプル)。
7.平衡化したSep-pakカラムに6の上清を全てロードした。
8.洗浄:0.1%ギ酸を200 ml流し(85 mlを流した後、10 mlずつ12本回収)、洗浄サンプルを得た。
9.溶出:0.1%ギ酸/60%メタノールを10 ml×6本で回収し、溶出サンプルを得た。
10.得られた洗浄サンプルおよび合成直後のサンプルをHPLCで確認した (0.1% ギ酸90μl+sample10μl、検出:A254nm)。結果をそれぞれ
図6及び7Bに示す。
図6に示された洗浄サンプルに見られたピークはGSSGであり、
図7A−1に示されたGSSG、GSSSG、GSSSSG、及びGSSSSSG標準標品のHPLC解析によるリテンションタイムを参照すると、洗浄サンプルにはGS(S)
nG(但しnは2以上)は含まれていないことが確認できた。一方、
図7Bは、合成直後のサンプル(洗浄・溶出前のサンプル)のHPLC解析結果である。
11.溶出サンプルのうち、フラクション2及び3をよく混合し、5 ml × 4本に分注し、Centirifugal evaporator CVE-3100 (EYELA)で乾固しGS(S)
nG(nは2以上)を得た。
12.得られたGS(S)
nGをHPLC(検出:A254nm)を用いて定量するために、10mMのGSSG(GSSG5.5μg+MilliQ水897.7μl)を用いて濃度既知のサンプル1mM、100μM、50μMのGSSGを作成し、スタンダードカーブを作成した(
図7A−2)。スタンダードカーブより溶出液中のGS(S)
nG含有量を算出した結果フラクション2は19.3mgとなった。結果を
図7Cに示す。
図7Cは溶出サンプルのHPLC解析結果であり、リテンションタイム2分にピークが存在しないことからGSSGは含まれず、GS(S)
nG(但しnは2以上)の溶出が確認できた。その多くはGSSSG及びGSSSSGでありGSSSSSGは微量であった。その時のA254nmの値が0.701であることからフラクション3(A254nm 0.507)は13.9mgとなり合計33.2mgのGS(S)
nGを得ることができた。
【0032】
<活性イオウ分子の細胞毒性の検証>
上記の通り合成されたGS(S)
nG(但しnは2以上)を用いて、網膜神経節由来細胞株(RGC5細胞)に対する細胞毒性および神経保護効果を、in vitro暴露実験により確認した。RGC5細胞を0.75×10
4cells/100ulで96well plateに播種し一晩培養した。GS(S)
nGを、最終濃度0.02mg/ml、0.002mg/ml、0.0002mg/ml、及び0.00002mg/mlとなるようにそれぞれ添加し、37℃で24時間培養した。その後AlamarBlue法により細胞の生存状況を測定した。結果を
図8に示す。GS(S)
nGによる細胞毒性は見られなかった。
【0033】
<活性イオウ分子による細胞保護効果の検証1>
GSSG(G4376、SIGMA-ALDRICH社)、及び上記方法で得られたGS(S)
nG(但しnは2以上)を用いてRGC5細胞に対する保護効果を、in vitro暴露実験により確認した。RGC5細胞を1×10
4cells/100μl で96well plateに播種し500 μM BSO(L−buthionine−(S,R)−sulfoximine、和光純薬)を含む培地中で15時間培養した。その後Reductase及びNADPHとともにGS(S)
nG及びGSSG(終濃度25 μg/ml)をそれぞれ培地に添加した。コントロールとしては各種活性イオウ分子の代わりに水を同量添加した。添加6時間後に過酸化水素(終濃度100 μM)を添加し1.5時間放置し、AlamarBlue法により細胞の生存率を測定した。結果を
図9に示す。結果から、GS(S)
nGは細胞障害に対し、GSSGよりも優れた保護効果を発揮することが分かった。
【0034】
<活性イオウ分子による細胞保護効果の検証2>
次に、上記方法で得られたGS(S)
nGを用いて、活性イオウ分子の濃度を変化させ、細胞保護効果について検証した。RGC5細胞を0.75×10
4cells/100μl で96well plateに播種し一晩培養した。GS(S)
nG、GSSG、及びGSH(G4251、SIGMA ALDRICH社)をそれぞれ、最終濃度0.00002mg/mlで添加し、37℃で培養した。添加2時間後に過酸化水素(終濃度0.3mM)を添加しさらに24時間培養を続け、AlamarBlue法により細胞の生存率を測定した。結果を
図10に示す。これにより、GS(S)
nGは低濃度においても細胞保護効果を発揮することが分かった。この効果はGSSG及びGSHと比較して顕著であった。
【0035】
<BSSとの相乗効果>
RGC5細胞を1×10
4cells/100μl で96well plateに播種し500 μM BSOを含む培地中で15時間培養した。その後、培地を除去し、日本アルコン社製ビーエスエスプラス250眼灌流液0.0184%(希釈液とGSSGストック溶液により構成)に付属する希釈液、またはGSSGストックを添加した希釈液(BSS;終濃度0.0184%)100μlと交換した。続いて、Reductase及びNADPHとともにGS(S)
nG及びGSSG(終濃度25 μg/ml)をそれぞれ培地に添加した。コントロールとしては各種活性イオウ分子溶液の代わりに水を同量添加した。添加6時間後に過酸化水素(終濃度100 μM)、AlamarBlue検出液を添加し、3時間放置し細胞の生存率を測定した。結果を
図11に示す。BSS単独に加えてGS(S)
nGをさらに加えることで細胞保護効果が増強された。