特許第6943427号(P6943427)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6943427
(24)【登録日】2021年9月13日
(45)【発行日】2021年9月29日
(54)【発明の名称】膵臓癌治療システム
(51)【国際特許分類】
   A61M 5/172 20060101AFI20210916BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20210916BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20210916BHJP
   A61P 1/18 20060101ALI20210916BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20210916BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20210916BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20210916BHJP
   A61L 29/16 20060101ALN20210916BHJP
   A61K 38/16 20060101ALN20210916BHJP
【FI】
   A61M5/172 500
   A61K48/00ZNA
   A61K45/00
   A61P1/18
   A61P35/00
   A61P43/00 111
   !C12N15/09
   !A61L29/16
   !A61K38/16
【請求項の数】3
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2017-172377(P2017-172377)
(22)【出願日】2017年9月7日
(65)【公開番号】特開2019-47844(P2019-47844A)
(43)【公開日】2019年3月28日
【審査請求日】2020年6月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】上村 顕也
(72)【発明者】
【氏名】寺井 崇二
【審査官】 中村 一雄
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−000198(JP,A)
【文献】 特表2007−530121(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2006/0015065(US,A1)
【文献】 米国特許第05888530(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 5/172
A61K 48/00
A61K 45/00
A61P 1/18
A61P 35/00
A61P 43/00
C12N 15/09
A61L 29/16
A61K 38/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上腸間膜静脈に膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液を、送液速度を制御しながら注入することにより、膵臓の細胞内に前記膵臓癌治療用遺伝子を導入するための膵臓癌治療システムであって、
カテーテルと、
前記カテーテルの基部に接続し、前記溶液を送り出すための送液手段と、
脈管内圧を検出するための内圧検出手段と、
前記送液手段の動作を制御するための制御手段と、
肝門脈への血流を一時的に遮断するためのクランプと、
を備え、
前記内圧検出手段が前記カテーテルの先端部近傍に配置され、
前記制御手段は、予め設定された送液速度となり、前記内圧検出手段により検出された脈管内圧に基づいて、治療対象が体重1kg未満の動物である場合には、1〜10秒間かけて脈管内圧が30mmHgに達し、治療対象が体重1kg以上の動物である場合には、10〜60秒間かけて脈管内圧が100〜150mmHgに達し、且つ、前記膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液の投与量が治療対象動物の体重に対して、1v/w%以上2v/w%以下となるように、前記送液手段の動作を制御するように構成されていることを特徴とする膵臓癌治療システム。
【請求項2】
前記膵臓癌治療用遺伝子がp53遺伝子、Bik遺伝子及びジフテリア毒素Aをコードする遺伝子からなる群から選択される1種以上である請求項1記載の膵臓癌治療システム。
【請求項3】
前記溶液が、更に抗がん剤を含む請求項1又は2に記載の膵臓癌治療システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓癌治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓は、胃の後ろに位置する、長さ20cmほどの左右に細長い臓器である。膵臓にできる癌のうち90%以上は、膵管の細胞にできる。これを膵管癌といい、膵臓癌とは、通常この膵管癌のことを指す。また、この他に、膵臓に発生する悪性腫瘍としては、神経内分泌腫瘍、膵管内乳頭粘液性腫瘍等がある。膵臓は、胃の後ろの体の深部に位置していることから、早期の発見は容易ではない。また、膵臓癌の初期には症状は出にくく、進行してくると、腹痛、食欲不振、腹部膨満感、黄疸、腰や背中の痛み等を発症する。その他、糖尿病を発症することもある。但し、これらの症状は、膵臓癌以外の理由でも起こることがあり、膵臓癌であっても、症状が起こらないことがある。
【0003】
国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」の地域がん登録全国推計値(2012年)によると、膵臓癌と新たに診断される人数は、男性では1年間に10万人あたり約29.1人、女性では1年間に10万人あたり約25.5人と、やや男性に多い傾向がある。年齢別では、60歳頃から増え、高齢になるほど多くなる。
【0004】
膵臓癌の標準的な治療法は、手術(外科治療)、薬物療法(化学療法)及び放射線治療の3つである。癌の広がりや全身状態等を考慮して、これらのうちの1つ、又は、複数を組み合わせた治療(集学的治療)を行う。
【0005】
また、本発明者らは、これまで、水圧で薬物、遺伝子、細胞等を特定の臓器又は組織内へと送達する方法、すなわちハイドロダイナミック法を開発してきた。具体的には、遺伝子を導入する場合において、効率的な遺伝子発現を示すために必要な溶液量を減少するための工夫として、日常の診療手技として用いている血管内のカテーテル操作を応用し、臓器、組織選択的な核酸溶液注入を検討してきた。より具体的には、各臓器の血管、例えば、肝臓の各肝区域の静脈にカテーテルを挿入し、カテーテル先端のバルーンを膨張させ、血流をブロックして溶液注入を行うことで、対象領域選択的な遺伝子導入と溶液量の減少とを実現した。ハイドロダイナミック法を用いることによりブタ、イヌ、ヒヒの肝臓、筋肉を対象とした前臨床研究において、導入効率を担保しながら、注入溶液量を体重10%容量から1.25%容量まで減少することに成功した(例えば、非特許文献1〜5参照。)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kamimura K et al., “Image-guided hydrodynamic gene delivery: Current status and future directions”, Pharmaceutics, vol.7, p213-223, 2015.
【非特許文献2】Kamimura K et al., “Image-guided hydrodynamic gene delivery to the liver: Toward clinical applications”, In Gene Therapy and Cell Therapy through the Liver-Current Aspects and Future Prospects. Part II. Gene Therapy; Springer: London, UK. 2015.
【非特許文献3】Kamimura K et al., “Image-guided, lobe-specific hydrodynamic gene delivery to swine liver”, Mol Ther, vol.17, no.3, p491-499, 2009.
【非特許文献4】Kamimura K et al., “Parameters affecting image-guided, hydrodynamic gene delivery to swine liver”, Mol Ther Nucleic Acids, 2: e128, 2013.
【非特許文献5】Kamimura K et al., “Safety assessment of liver-targeted hydrodynamic gene delivery in dogs”, PLoS One, vol.9, issue 9, 24: e107203, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまでに、膵臓癌に対する有効な遺伝子治療は確立されていない。また、本発明者らが開発した従来のハイドロダイナミック法では、全身に遺伝子治療薬が循環し、肝臓を中心とした臓器への遺伝子導入が認められるが、膵臓への遺伝子導入の効率は低かった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、高効率で遺伝子治療薬を導入可能な膵臓癌治療システムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
本発明の第1態様に係る膵臓癌治療システムは、上腸間膜静脈に膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液を、送液速度を制御しながら注入することにより、膵臓の細胞内に前記膵臓癌治療用遺伝子を導入するための膵臓癌治療システムであって、カテーテルと、前記カテーテルの基部に接続し、前記溶液を送り出すための送液手段と、脈管内圧を検出するための内圧検出手段と、前記送液手段の動作を制御するための制御手段と、肝門脈への血流を一時的に遮断するためのクランプと、を備え、前記内圧検出手段が前記カテーテルの先端部近傍に配置され、前記制御手段は、予め設定された送液速度となり、前記内圧検出手段により検出された脈管内圧に基づいて、治療対象が体重1kg未満の動物である場合には、1〜10秒間かけて脈管内圧が30mmHgに達し、治療対象が体重1kg以上の動物である場合には、10〜60秒間かけて脈管内圧が100〜150mmHgに達し、且つ、前記膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液の投与量が治療対象動物の体重に対して、1v/w%以上2v/w%以下となるように、前記送液手段の動作を制御するように構成されている。
【0011】
前記膵臓癌治療用遺伝子がp53遺伝子、Bik遺伝子及びジフテリア毒素Aをコードする遺伝子からなる群から選択される1種以上であってもよい。
【0012】
前記溶液が、更に抗がん剤を含んでもよい。
【発明の効果】
【0013】
上記態様の膵臓癌治療システムによれば、高効率で遺伝子治療薬を膵臓癌細胞内に導入することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1A】本発明の一実施形態に係る膵臓癌治療システムを用いた場合での遺伝子導入経路を示す概略構成図である。
図1B】従来のハイドロダイナミック法による遺伝子導入システムを用いた場合での遺伝子導入経路を示す概略構成図である。
図2】本発明の一実施形態に係る膵臓癌治療システムの一例を示す概略構成図である。
図3A】実施例1における上腸間膜静脈を介した膵臓へのハイドロダイナミック遺伝子導入法(以下、「膵臓標的HGD」と称する)によってpCMV−Lucプラスミドを導入したラットの肝臓及び膵臓でのルシフェラーゼ活性を示すグラフである。
図3B】比較例1における下大静脈を介した全身へのハイドロダイナミック遺伝子法(以下、「全身HGD」と称する)によってpCMV−Lucプラスミドを導入したラットの肝臓及び膵臓でのルシフェラーゼ活性を示すグラフである。
図4】実施例2における膵臓標的HGDによって各注入量のpCMV−Lucプラスミドを導入したラットの膵臓でのルシフェラーゼ活性を示すグラフである。
図5A】実施例2における膵臓標的HGDによって各注入量のpCMV−Lucプラスミドを導入したラットの膵臓の組織切片を、抗ルシフェラーゼモノクローナル抗体を用いて免疫染色した結果を示す位相差顕微鏡像である。スケールバーは100μmを示している。上は倍率が200倍であり、下は倍率が400倍である。
図5B図5Aの各位相差顕微鏡像から陽性細胞を定量した結果を示すグラフである。
図6A】実施例2における2.0%BWの注入量で膵臓標的HGDによってpCMV−Lucプラスミドを導入したラットの膵臓の組織切片をヘマトキシリン−エオシン(HE)染色した結果を示す位相差顕微鏡像である。なお、各組織切片は、遺伝子導入からの経過時間の異なり、導入前、導入直後、並びに、導入から4時間後、12時間後、24時間後、72時間後及び7日後である。スケールバーは100μmを示している。上は倍率が100倍であり、下は倍率が200倍である。
図6B図6Aの各位相差顕微鏡像から細胞間の空間面積を定量した結果を示すグラフである。なお、図6Bにおいて、遺伝子導入前での細胞間の空間面積を100%とした場合における各経過時間での細胞間の空間面積の相対割合を示している。
図7A】実施例2(膵臓標的HGD、注入量:2.0%BW)及び比較例2(全身HGD)における遺伝子導入を行ったラットの血清中のアミラーゼ(AMY)濃度の経時的な変化を示すグラフである。
図7B】実施例2(膵臓標的HGD、注入量:2.0%BW)及び比較例2(全身HGD)における遺伝子導入を行ったラットの血清中のアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)濃度の経時的な変化を示すグラフである。
図7C】実施例2(膵臓標的HGD、注入量:2.0%BW)及び比較例2(全身HGD)における遺伝子導入を行ったラットの血清中のアラニントランスフェラーゼ(ALT)濃度の経時的な変化を示すグラフである。
図7D】実施例2(膵臓標的HGD、注入量:2.0%BW)及び比較例2(全身HGD)における遺伝子導入を行ったラットの血清中の乳酸脱水素酵素(LDH)濃度の経時的な変化を示すグラフである。
図8】実施例2における膵臓標的HGDによって各注入量のpCMV−Lucプラスミドを導入したラットの血清中のAMY、AST、ALT及びLDH濃度を示すグラフである。なお、各血清は遺伝子導入から4時間に採取したものを使用した。
【発明を実施するための形態】
【0015】
≪膵臓癌治療システム≫
本発明の一実施形態に係る膵臓癌治療システムは、上腸間膜静脈に膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液を、送液速度を制御しながら注入することにより、膵臓の細胞内に前記膵臓癌治療用遺伝子を導入するための膵臓癌治療システムである。
【0016】
図1Bは、従来のハイドロダイナミック法による遺伝子導入システムを用いた場合での遺伝子導入経路を示す概略構成図である。図1Bに示すように、下大静脈までカテーテルを挿入することで、肝臓、心臓、肺、腎臓及び膵臓の全身に遺伝子が導入され、特定の臓器への遺伝子導入効率が低かった。
【0017】
これに対し、図1Aは、本発明の一実施形態に係る膵臓癌治療システムを用いた場合での遺伝子導入経路を示す概略構成図である。図1Aに示すように、上腸間膜静脈までカテーテルを挿入し、クランプを用いて、肝門脈への血流を一時的に遮断することで、肝臓への溶液の流出を防ぎ、膵臓へ選択的に遺伝子を導入することができる。また、後述の実施例に示すとおり、本実施形態の膵臓癌治療システムを用いた場合では、膵臓での導入遺伝子の発現量は、肝臓での導入遺伝子発現量の1000倍以上であり、高効率で遺伝子を導入及び発現できる。
【0018】
<構成>
図2は、本発明の一実施形態に係る膵臓癌治療システムの一例を示す概略構成図である。図2において、治療対象Aとしてラットを例示しており、標的臓器は、ラットAの膵臓である。
【0019】
膵臓癌治療システム10は、少なくともカテーテル1と、送液手段3と、制御手段6と、クランプ9bと、を備える。
【0020】
図2に示すように、カテーテル1は、上腸間膜静脈に留置されている。このカテーテル1の基部には、膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液を収容する耐圧シリンジ2が接続している。そして、耐圧シリンジ2に収容された溶液は、送液手段3としての電動アクチュエーターの動作により押し出されて、カテーテル1を経由して上腸間膜静脈へ送り出されるようになっている。電動アクチュエーター3は、電源4、制御回路5を経由して、制御手段6としてのコンピュータに電気的に接続しており、コンピュータ6からの指令に基づいて動作するようになっている。
【0021】
制御手段6は、送液手段3の動作を制御するためのものであり、予め設定された送液速度となるように、送液手段3の動作を制御するように構成されている。
【0022】
治療対象が体重1kg未満の小動物である場合、送液速度としては、0.1mL/秒以上5mL/秒以下であることが好ましく、0.5mL/秒以上4mL/秒以下であることがより好ましく、1mL/秒以上3mL/秒以下であることがさらに好ましい。また、治療対象が体重1kg以上の中動物及び大動物である場合、送液速度としては、5mL/秒以上20mL/秒以下であることが好ましく、7mL/秒以上15mL秒以下であることがより好ましく、8mL/秒以上12mL/秒以下であることがさらに好ましい。
上記送液速度の範囲であることにより、脈管内圧の急な上昇を抑制することができるため、血管及び臓器への負担をより最小限にとどめられる。また、より高効率で膵臓癌治療遺伝子を導入することができる。
【0023】
また、治療対象が体重1kg未満の小動物である場合、送液時間としては、0.1秒以上10秒以下であることが好ましく、0.5秒以上5秒以下であることがより好ましく、1秒以上2秒以下であることがさらに好ましい。治療対象が体重1kg以上の中動物及び大動物である場合、送液時間としては、10秒以上180秒以下であることが好ましく、30秒以上150秒以下であることがより好ましく、60秒以上120秒以下であることがさらに好ましい。
上記送液時間の範囲であることにより、肝門脈への一時的な血流の遮断を行っても、肝障害をより効果的に防ぎ、且つ、膵臓を含む臓器での細胞障害をより効果的に防ぐことができる。また、より高効率で膵臓癌治療遺伝子を導入することができる。
【0024】
クランプ9bは、肝門脈への血流を一時的に遮断するためのものである。これにより、肝臓への溶液の流出を防ぎ、膵臓へ選択的に膵臓癌治療遺伝子を導入することができる。クランプ9bの装着位置は、肝門脈上であればよく、膵臓近傍であってもよく、肝臓近傍であってもよい。また、クランプ9bは手動で肝門脈に装着されてもよい。又は、制御手段6によって制御される形で溶液の送液中にのみ自動的に肝門脈に装着されてもよい。この場合、クランプ9bは、制御手段6と電気的に接続している。
【0025】
また、膵臓癌治療システム10は、更に、クランプ9aを備えていてもよい。クランプ9aは、カテーテル1が挿入された状態の上腸間膜静脈の外側から装着され、上腸間膜静脈内におけるカテーテル1と上腸間膜静脈との隙間を部分的に塞ぐためのものである。これにより、注入した溶液の上腸間膜静脈からの逆流を防ぐことができる。クランプ9aの装着位置は、上腸間膜静脈上であればよく、膵臓近傍であってもよく、腸の近傍であってもよい。また、クランプ9aは手動で肝門脈に装着されてもよい。又は、制御手段6によって制御される形で溶液の送液中にのみ自動的に肝門脈に装着されてもよい。この場合、クランプ9aは、制御手段6と電気的に接続している。
【0026】
また、膵臓癌治療システム10は、上述のクランプ9aの代わりに、カテーテル1の先端にバルーンを備えていてもよい(図示せず)。溶液の送液中にバルーンを膨らますことにより、注入した溶液の上腸間膜静脈からの逆流を防ぐことができる。バルーンの膨張及び収縮は、手動で調節してもよい。又は、制御手段6によって制御される形で、溶液の送液中にのみ自動的に膨張し、送液完了後に収縮するように、自動的に調節されてもよい。この場合、バルーンは、制御手段6と電気的に接続している。
【0027】
また、膵臓癌治療システム10は、更に、内圧検出手段7を備えていてもよい。図2に示すように、カテーテル1の先端部近傍に、脈管内圧を検出するための内圧検出手段7としての圧検出器が配置されていてもよい。圧検出器7は、カテーテル1を通じて上腸間膜静脈内に挿入され、アンプ8、制御回路5を経由して、コンピュータ6に電気的に接続している。圧検出器7により検出された脈管内圧は、コンピュータ6へ送られるようになっている。なお、圧検出器7は所属脈管から膵臓癌治療用遺伝子を含む溶液を収容する耐圧シリンジまでのいずれの部位に配置されてもよいが、所属脈管以外の場合には、所属脈管から圧検出器までの間の圧力損失を考慮する必要がある。
【0028】
この場合、コンピュータ6には、予め設定された上述の範囲の溶液速度となるように、且つ、圧検出器により検出された脈管内圧に基づいて、予め設定された時間内に、予め設定した脈管内圧に達するように、制御回路5、電源4を介して電動アクチュエーター3の動作を制御するためのプログラムがインストールされていてもよい。また、予め設定する脈管内圧は、治療対象となる動物の種類、体重及び膵臓癌の発症状態等に応じて、適宜選択し、設定することができる。ラット等の小動物である場合、予め設定する時間及び脈管内圧の組み合わせとしては、例えば、1〜10秒間かけて脈管内圧が15〜30mmHgに達するように設定することができる。また、中動物及び大動物(ヒトを含む)である場合、予め設定する時間及び脈管内圧の組み合わせとしては、例えば、10〜60秒間かけて脈圧が100〜150mmHgに達するように設定することができる。
【0029】
[溶液]
膵臓癌治療システム10の耐圧シリンジ2に収容された溶液は、膵臓癌治療遺伝子を含む。
【0030】
(膵臓癌治療遺伝子)
膵臓癌治療遺伝子としては、例えば、ジフテリア毒素Aをコードする遺伝子、Bcl2−interacting killer(Bik)遺伝子等の殺がん細胞効果を有するタンパク質をコードする遺伝子;p53遺伝子等の抗がん剤の感受性を向上させる遺伝子等が挙げられ、これらに限定されない。これらの遺伝子を1種のみ、又は2種以上組み合わせ含んでいてもよい。なお、Bik遺伝子は、当該Bikタンパク質を細胞内で発現させることで、がん細胞のアポトーシスを誘導できる遺伝子として知られている。
【0031】
なお、本明細書において、「ジフテリア毒素(Diphtheria Toxin;DT、DTX)」とは、ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)が菌体外へ産生するタンパク質性の細菌毒素である。また、DTXは、フラグメントA(DTA)及びフラグメントB(DTB)の2つのドメインからなり、全体の分子量は約58k程度である。DTAは、触媒領域(C)からなり、毒素本体の役割を有する。一方、DTBはレセプター領域(R)及び膜貫通領域(T)からなり、細胞表面上の受容体と結合し、DTAを細胞内に取り込む役割を有する。
【0032】
DTXの作用機序としては、まず、毒素受容体であるヒトHB−EGF前駆体(膜結合型)にDTBが結合しエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれる。その後DTAが細胞質内に膜透過し、ペプチド鎖伸長因子(elongation factor2: EF−2)をADPリボシル化する。その結果、EF−2は不活性化され、タンパク質合成が阻害されて細胞死が誘導される。
【0033】
本明細書における「ジフテリア毒素A(Diphtheria Toxin A:DTA)」とは、上記フラグメントA(DTA)を意味する。本実施形態の膵臓癌治療システムにおいて、前記溶液は、膵臓癌治療遺伝子として、DTAをコードする遺伝子を含み、DTBをコードする遺伝子を実質的に含まない。そのため、DTAをコードする遺伝子が導入された細胞のみにおいてタンパク質合成障害を受ける。また、膵臓癌治療遺伝子として、DTBを実質的に含まないことから、DTAをコードする遺伝子が導入された細胞が死細胞となり、DTAが細胞外に放出されても、周囲の細胞内に取り込まれず、周囲の細胞には影響を及ぼすことはない。よって、本実施形態の膵臓癌治療システムでは、DTAをコードする遺伝子を膵臓癌細胞に選択的に導入及び発現させることで、がん特異的な遺伝子治療効果を期待することができる。
【0034】
ここで、「DTBをコードする遺伝子を実質的に含まない」とは、DTBをコードする遺伝子を全く含まない、又は、DTBをコードする遺伝子を細胞表面上の受容体への結合能を発揮しない程度しか含まないことを意味する。
【0035】
本実施形態において、DTAをコードする遺伝子としては、例えば、下記(a)の塩基配列を含む配列からなる核酸等が挙げられる。
(a)配列番号1で表される塩基配列
【0036】
配列番号1は、DTAをコードする遺伝子の塩基配列のうち、最小の触媒領域(C)を含む塩基配列である。
また、本実施形態におけるDTAをコードする遺伝子としては、上記(a)の塩基配列のみからなる核酸であってもよい。また、本実施形態におけるDTAをコードする遺伝子としては、上記(a)の塩基配列からなる核酸のホモログ又はオルソログであってもよい。
【0037】
また、本実施形態におけるDTAをコードする遺伝子は、下記(b)〜(d)の塩基配列を含む配列からなり、且つ、タンパク質合成抑制活性を有するタンパク質をコードする核酸であってもよい。
(b)配列番号1で表される塩基配列において、1〜数個の塩基が欠損、置換又は付加されている塩基配列、
(c)配列番号1で表される塩基配列と同一性が80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上である塩基配列、
(d)配列番号1で表される塩基配列からなる核酸と相補的な塩基配列からなる核酸とストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができる塩基配列。
【0038】
ここで、欠失、置換、若しくは付加されてもよい塩基の数としては、1〜30個が好ましく、1〜15個がより好ましく、1〜10個が特に好ましく、1〜5個が最も好ましい。
【0039】
本明細書において、「ストリンジェントな条件下」とは、例えば、Molecular Cloning−A LABORATORY MANUAL THIRD EDITION(Sambrookら、Cold Spring Harbor Laboratory Press)に記載の方法が挙げられる。例えば、5×SSC(20×SSCの組成:3M 塩化ナトリウム,0.3M クエン酸溶液,pH7.0)、0.1重量% N−ラウロイルサルコシン、0.02重量%のSDS、2重量%の核酸ハイブルダイゼーション用ブロッキング試薬、及び50%フォルムアミドから成るハイブリダイゼーションバッファー中で、55℃以上70℃以下で数時間から一晩インキュベーションを行うことによりハイブリダイズさせる条件を挙げることができる。なお、インキュベーション後の洗浄の際に用いる洗浄バッファーとしては、好ましくは0.1重量%SDS含有1×SSC溶液、より好ましくは0.1重量%SDS含有0.1×SSC溶液である。
【0040】
また、本実施形態におけるDTAをコードする遺伝子の塩基配列は、導入対象となる動物種(主に、ヒトを含む哺乳動物)における発現のためにコドン最適化されていてもよい。一般に、コドン最適化とは、ネイティブのアミノ酸配列を維持しつつ、ネイティブの配列の少なくとも1つのコドンを、導入される動物種の遺伝子においてより頻繁に又は最も頻繁に使用されるコドンで置き換えることによって、導入される動物種における増強された発現のために核酸配列を改変するプロセスを指す。種々の種が、特定のアミノ酸の特定のコドンについて特定のバイアスを示す。コドンバイアス(動物間のコドン使用頻度における差異)は、mRNAの翻訳効率と相関する場合が多く、これは、翻訳されているコドンの特性及び特定のtRNAの利用可能性にとりわけ依存すると考えられている。細胞中の選択されたtRNAの優勢は、一般に、ペプチド合成において最も頻繁に使用されるコドンの反映である。従って、遺伝子は、コドン最適化に基づいて、所与の生物における最適な遺伝子発現のために個別化され得る。コドン使用頻度表は、例えば、www.kazusa.or.jp/codon/(2017年4月4日に訪問)に掲載されている「Codon Usage Database」において容易に入手可能であり、これらの表を用いて、コドンを最適化することができる(参考文献1:Nakamura Y et al., “Codon usage tabulated from the international DNA sequence databases:status for the year 2000”, Nucl Acids Res, vol.28, no.1, p292, 2000.)。特定の生物種における発現のために特定の配列をコドン最適化するためのコンピューターアルゴリズムについても、例えば、Gene Forge(Aptagen社;Jacobus、PA)等において入手可能である。本実施形態において、DTAをコードする核酸の塩基配列中の1つ又は複数のコドンは、導入対象となる動物種において、特定のアミノ酸について最も頻繁に使用されるコドンに対応する。
【0041】
また、本実施形態において、DTAをコードする遺伝子としては、例えば、下記(e)のアミノ酸配列を含む配列からなるタンパク質をコードする核酸等が挙げられる。
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列
【0042】
配列番号2は、DTAのアミノ酸配列のうち、最小の触媒領域(C)を含むアミノ酸配列である。
また、本実施形態におけるDTAをコードする遺伝子としては、上記(e)のアミノ酸配列のみからなるタンパク質をコードする核酸であってもよい。
【0043】
また、本実施形態におけるDTAをコードする遺伝子は、下記(f)又は(g)のアミノ酸配列を含む配列からなり、且つ、タンパク質合成抑制活性を有するタンパク質をコードする核酸であってもよい。
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列と同一性が80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上であるアミノ酸配列
(g)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列
【0044】
ここで、欠失、置換、若しくは付加されてもよいアミノ酸の数としては、1〜15個が好ましく、1〜10個がより好ましく、1〜5個が特に好ましい。
【0045】
・プロモーター
本実施形態において、膵臓癌治療遺伝子は、プロモーターが作動可能に連結されていてもよい。前記プロモーターとしては、導入対象となる細胞において、機能するプロモーターであればよく、具体的には、例えば、構成的プロモーター、膵臓細胞又は膵臓細胞に由来する細胞株において選択的に発現するプロモーター(以下、「膵臓細胞選択的プロモーター」と称する場合がある。)、がん細胞において選択的に発現するプロモーター(以下、「がん細胞選択的プロモーター」と称する場合がある。)等が挙げられる。
【0046】
なお、本明細書において「作動可能に連結」とは、遺伝子発現制御配列(例えば、プロモーター又は一連の転写因子結合部位)と発現させたい遺伝子(本実施形態においては、膵臓癌治療遺伝子)との間の機能的連結を意味する。ここで、「発現制御配列」とは、その発現させたい遺伝子(本実施形態においては、膵臓癌治療遺伝子)の転写を指向するものを意味する。また、「機能的連結」とは、発現させた遺伝子(本実施形態においては、膵臓癌治療遺伝子)をその制御下で発現できるように連結されている状態を意味する。
【0047】
前記構成的プロモーターとは、細胞又は個体の生育条件とは無関係に制御下にある遺伝子を発現させるプロモーターを意味する。前記構成的プロモーターとしては、例えば、ウイルス性プロモーター、ハウスキーピング遺伝子プロモーター等が挙げられる。
【0048】
前記ウイルス性プロモーターとしては、特別な限定はなく、例えば、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター(CMV極初期プロモーター)(参考文献2:米国特許第5168062号明細書)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来のプロモーター(例えば、HIV長末端リピート等)、ラウス肉腫ウイルス(RSV)プロモーター(例えば、RSV長末端リピート等) 、マウス乳腫瘍ウイルス(MMTV)プロモーター、HSVプロモーター(Lap2プロモーター又はヘルペスチミジンキナーゼプロモーター等)(参考文献3:Wagner E K et al., “Uninfected cell polymerase efficiently transcribes early but not late herpes simplex virus type 1 mRNA”, Proc Natl Acad Sci, vol.78, no.10, p6139-6143, 1981.) 、SV40又はエプスタイン バール ウイルス由来のプロモーター、アデノ随伴ウイルスプロモーター(例えば、p5プロモーター等)等が挙げられる。
【0049】
前記ハウスキーピング遺伝子プロモーターとしては、特別な限定はなく、例えば、GAPDH(glyceraldehyde−3−phosphate dehydrogenase)遺伝子プロモーター、β-アクチン遺伝子プロモーター、β2−マイクログロブリン遺伝子プロモーター、HPRT 1(hypoxanthine phosphoribosyltransferase 1)遺伝子プロモーター等が挙げられる。
【0050】
前記膵臓細胞選択的プロモーターとしては、特別な限定はなく、例えば、参考文献4(Edlund T et al., “Cell-specific expression of the rat insulin gene: evidence for role of two distinct 5' flanking elements.”, Science, Vol. 230, Issue 4728, p912-916, 1985.)に記載の膵臓細胞選択的プロモーター等が挙げられる。
【0051】
前記がん細胞選択的プロモーターとは、がん細胞において選択的にプロモーター活性を有することが一般的に知られているプロモーターであればよく、特別な限定はない。前記がん細胞選択的プロモーターとしては、例えば、E2Fプロモーター、ヒトテロメラーゼ逆転写酵素(hTERT)のプロモーター、前立腺特異的抗原(PSA)プロモーター、癌胎児性抗原(CEA)プロモーター、H19プロモーター(参考文献5:Brannan C I et al., “The Product of the H19 Gene May Function as an RNA”, Mol and Cell Biol, vol.10, no.1, p28-36, 1990、参考文献6:米国特許第5955273号明細書、参考文献7:米国特許第6306833号明細書)、シクロオキシゲナーゼ−2(COX−2)プロモーター、チロシナーゼプロモーター;サイクリン依存性キナーゼインヒビター4aのプロモーター; アポトーシス関連システインプロテアーゼであるカスパーゼ8のプロモーター等が挙げられる。
【0052】
中でも、本実施形態において、膵臓癌治療遺伝子に作動可能に連結されたプロモーターとしては、がん細胞選択的プロモーターであることが好ましい。これにより、ベクターが正常細胞に導入されても、発現されず細胞障害を引き起こすことを防ぐことができる。
【0053】
・ベクター
本実施形態において、膵臓癌治療遺伝子はベクターに挿入された形であってもよい。ベクターとしては、発現ベクターであることが好ましい。発現ベクターとしては、導入対象(主に、ヒトを含む哺乳動物)由来の培養細胞内、又は導入対象(主に、ヒトを含む哺乳動物)の個体中の細胞内でタンパク質を発現するベクターであれば特に制限されず、プラスミドであってもよく、ウイルスベクターであってもよい。
【0054】
前記プラスミドとしては、例えば、pRK5(参考文献8:欧州特許第307247号明細書)、pSV16B(参考文献9:国際公開第91/08291号)、pCAGGS(参考文献10:Niwa H et al., “Efficient selection for high-expression transfectants with a novel eukaryotic vector”, Gene, vol.108, no.2, p193-199, 1991.)、pVL1392(インビトロジェン社製)、pBK−CMV、pZeoSV、pcDNA3、pcDNA3.1(各インビトロジェン社製、ストラジーン社製)、pVC0396(参考文献11:特表平11−511009号公報)等が挙げられ、これに限定されない。
【0055】
前記ウイルスベクターとしては、例えば、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(AAV)、レトロウイルス、ポックスウイルス、ヘルペスウイルス、単純ヘルペスウイルス、レンチウイルス(HIV)、センダイウイルス、エプスタイン−バーウイルス(EBV)、ワクシニアウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、SV40等由来のウイルスベクターが挙げられ、これに限定されない。また、ウイルスベクターは、ウイルス遺伝子を完全又はほぼ完全に欠失する複製欠失ウイルスベクターであることが好ましい。
【0056】
ベクターは、更に、導入対象となる動物(主に、ヒトを含む哺乳動物)の細胞中で作動可能に連結されたマーカー遺伝子、又は種々の調節エレメント等を含んでいてもよい。調節エレメントとしては、例えば、ターミネーター及びエンハンサー等が挙げられる。使用される発現ベクターの種類及び調節エレメントの種類は、導入対象となる動物種及び導入方法に応じて適宜選択すればよい。
【0057】
(抗がん剤)
膵臓癌治療システム10の耐圧シリンジ2に収容された溶液は、更に抗がん剤を含んでいてもよい。抗がん剤としては、例えば、アルキル化剤、各種代謝拮抗剤、抗腫瘍抗生物質、その他の抗腫瘍剤、抗腫瘍性植物成分、BRM(生物学的応答性制御物質)、細胞接着阻害剤、マトリックス・メタロプロテアーゼ阻害剤、ホルモン、ビタミン等が挙げられる。
【0058】
アルキル化剤としては、例えば、ナイトロジェンマスタード、ナイトロジェンマスタードN−オキシド、クロラムブチル等のアルキル化剤;カルボコン、チオテパ等のアジリジン系アルキル化剤;ディブロモマンニトール、ディブロモダルシトール等のエポキシド系アルキル化剤;カルムスチン、ロムスチン、セムスチン、ニムスチンハイドロクロライド、ストレプトゾシン、クロロゾトシン、ラニムスチン等のニトロソウレア系アルキル化剤、ブスルファン、トシル酸インプロスルファン、ダカルバジン等が挙げられる。
【0059】
各種代謝拮抗剤としては、例えば、6−メルカプトプリン、6−チオグアニン、チオイノシン等のプリン代謝拮抗剤;フルオロウラシル、テガフール、テガフール・ウラシル、カルモフール、ドキシフルリジン、ブロクスウリジン、シタラビン、エノシタビン等のピリミジン代謝拮抗剤;メトトレキサート、トリメトレキサート等の葉酸代謝拮抗剤、及び、それらの塩若しくは複合体等が挙げられる。
【0060】
抗腫瘍性抗生物質としては、例えば、マイトマイシンC、ブレオマイシン、ペプロマイシン、ダウノルビシン、アクラルビシン、ドキソルビシン、ピラルビシン、THP−アドリアマイシン、4’−エピドキソルビシン、エピルビシン等のアントラサイクリン系抗生物質抗腫瘍剤;クロモマイシンA3 、アクチノマイシンD等、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。
【0061】
その他抗腫瘍剤しては、例えば、シスプラチン、カルボプラチン、タモキシフェン、カンプトテシン、イホスファミド、シクロホスファミド、メルファラン、L−アスパラギナーゼ、アセクラトン、シゾフィラン、ピシバニール、ウベニメクス、クレスチン等、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。また、プロカルバジン、ピポブロマン、ネオカルチノスタチン、ヒドロキシウレア等も挙げることができる。
【0062】
抗腫瘍性植物成分としては、例えば、ビンデシン、ビンクリスチン、ビンブラスチン等のビンカアルカロイド類;エトポシド、テニポシド等のエピポドフィロトキシン類、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。
【0063】
BRMとしては、例えば、腫瘍壊死因子、インドメタシン等、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。
【0064】
細胞接着阻害剤としては、例えば、RGD配列を有する物質、及び、その塩若しくは複合体が挙げられる。
【0065】
マトリックス・メタロプロテアーゼ阻害剤としては、例えば、マリマスタット、バチマスタット等、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。
【0066】
ホルモンとしては、例えば、ヒドロコルチゾン、デキサメタゾン、メチルプレドニゾロン、プレドニゾロン、プラステロン、ベタメタゾン、トリアムシノロン、オキシメトロン、ナンドロロン、メテノロン、ホスフェストロール、エチニルエストラジオール、クロルマジノン、メドロキシプロゲステロン等、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。
【0067】
ビタミンとしては、例えば、ビタミンC、ビタミンA等、及び、それらの塩若しくは複合体が挙げられる。
【0068】
(その他構成成分)
本実施形態において、前記溶液は、治療的に有効量の上述の膵臓癌治療遺伝子の他に、さらに、薬学的に許容されうる担体又は希釈剤を含んでもよい。薬学的に許容されうる担体又は希釈剤は、賦形剤、稀釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味料、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤、添加剤等が挙げられる。これら担体の1種以上を用いることにより、注射剤、液剤、カプセル剤、懸濁剤、乳剤等の形態に調製することができる。
【0069】
また、担体としてコロイド分散系を用いることもできる。コロイド分散系は、上述のベクターの生体内安定性を高める効果や、膵臓又は膵臓細胞へ、上述の膵臓癌治療遺伝子の移行性を高める効果が期待される。コロイド分散系としては、例えばポリエチレングリコール、高分子複合体、高分子凝集体、ナノカプセル、ミクロスフェア、ビーズ、水中油系の乳化剤、ミセル、混合ミセル、リポソームを包含する脂質を挙げることができ、膵臓又は膵臓細胞へ、上述の膵臓癌治療遺伝子を効率的に輸送する効果のある、リポソームや人工膜の小胞が好ましい。
【0070】
本実施形態において、前記溶液の製剤化の例としては、水若しくはそれ以外の薬学的に許容し得る液との無菌性溶液、又は、懸濁液剤の注射剤の形で非経口的に使用されるものが挙げられる。更には、薬理学的に許容される担体又は希釈剤、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤等と適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化されたものが挙げられる。
【0071】
また、本実施形態において、前記溶液は、例えば、注射用蒸留水のようなベヒクルを用いて通常の製剤実施に従って処方することができる。また、注射用の水溶液としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液、例えばD−ソルビトール、D−マンノース、D−マンニトール、塩化ナトリウム等が挙げられ、適当な溶解補助剤(例えば、アルコール(具体的には、エタノール)、ポリアルコール(例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等))、又は非イオン性界面活性剤(例えばポリソルベート80(TM)、HCO−50等)と併用してもよい。
【0072】
また、油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油等が挙げられ、溶解補助剤として、例えば、安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等と併用してもよい。また、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等)、無痛化剤(例えば、塩酸プロカイン等)、安定剤(例えば、ベンジルアルコール、フェノール等)、又は酸化防止剤をさらに配合してもよい。調製された注射液は通常、適当なアンプルに充填させる。
【0073】
また、注射剤は、非水性の希釈剤(例えば、ポリエチレングリコール、オリーブ油等の植物油、エタノール等のアルコール類等)、懸濁剤、又は、乳濁剤として調製することもできる。このような注射剤の無菌化は、フィルターによる濾過滅菌、殺菌剤等の配合により行うことができる。注射剤は、用事調製の形態として製造することができる。即ち、凍結乾燥法などによって、無菌の固体組成物とし、使用前に注射用蒸留水又は他の溶媒に溶解して使用することができる。
【0074】
[投与量]
本実施形態の膵臓癌治療システムにおいて、前記溶液の投与量は、治療対象動物の年齢、性別、体重、症状、処理時間等を勘案して適宜調節される。
【0075】
なお、本実施形態の膵臓癌治療システムを用いた治療対象としては、膵臓癌を発症する動物であればよい。前記動物としては、哺乳動物であることが好ましい。哺乳動物として具体的には、例えば、ヒト、サル、マーモセット、ヤギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ブタ、ウサギ、ラット、マウス、イヌ、ネコ等の哺乳動物が挙げられる。中でも、ヒトが好ましい。
【0076】
具体的な溶液の投与量としては、治療対象動物の体重に対して、10v/w%未満であることが好ましく、0.5v/w%以上5v/w%であることがより好ましく、1v/w%以上3v/w%以下であることがさらに好ましい。
【0077】
また、膵臓癌治療遺伝子がベクターに挿入されている場合、当該ベクターの1回の投与量は症状によっても異なるが、例えば通常成人(体重60kgとして)においては、通常、1日当り1μg以上10g以下、好ましくは10μg以上8g以下、より好ましくは100μg以上6g以下を上述の範囲の容量の溶液に分散させて、本実施形態の膵臓癌治療システムを用いたハイドロダイナミック遺伝子導入法により投与するのが好適である。
【0078】
投与回数としては、1週間平均当たり、1回〜数回投与することが好ましい。
【0079】
<使用方法>
次いで、本実施形態の膵臓癌治療システム10の使用方法について説明する。
【0080】
まず、治療対象の腹部正中皮膚切開を行い、上腸間膜静脈内にカテーテルを挿入する。次いで、コンピュータ6は、キーボードやマウスからの入力(送液速度、送液量、送液時間、送液時間−脈管内圧曲線等の入力)に基づき、電動アクチュエーター3を始動させるための指令を制御回路5に向けて発する。制御回路5はその指令に基づいて、電動アクチュエーター3を始動させるための電圧を電源4から出力させる。そして、電源4から出力された電圧によって電動アクチュエーター3が始動し、耐圧シリンジ2内の液体が押し出される。耐圧シリンジ2内の液体は、カテーテル1を経由して上腸間膜静脈内に注入される。このとき、同時に、手動又は制御手段6により自動的に、クランプ9bが肝門脈へ装着される。これにより、一時的に肝臓への血流が遮断される。また、必要に応じて、クランプ9aも手動又は制御手段6により自動的に、カテーテル1を挿入した上腸間膜静脈の外側から装着される。これにより、注入した溶液の上腸間膜静脈からの逆流が抑制される。
【0081】
また、圧検出器7を有する場合、圧検出器7により検出された上腸間膜静脈の脈管内圧の検出信号は、アンプ8で増幅され、制御回路5を経由して、リアルタイムにコンピュータ6へ送られる。そして、コンピュータ6は、脈管内圧を常にモニターする。
【0082】
コンピュータ6は、予め設定された送液時間−脈管内圧曲線に基づくその時点での脈管内圧(以下、設定内圧という)と、圧検出器7により検出されたその時点での脈管内圧(以下、検出内圧という)とをリアルタイムに比較する。検出内圧が設定内圧を下回っているときは、コンピュータ6は制御回路5に指令を出し、電動アクチュエーター3の動作を速くして、上述の送液速度の範囲内で送液速度を調節する。又は、電動アクチュエーター3が停止していたときは、電動アクチュエーター3を動作させて、上述の送液速度の範囲内となるように送液速度を調節する。一方、検出内圧が設定内圧を上回っているときは、コンピュータ6は制御回路5に指令を出し、電動アクチュエーター3の動作を遅くするか停止させて、上述の送液速度の範囲内で送液速度を調節する。
【0083】
このように、コンピュータ6は、予め設定された送液時間−脈管内圧曲線に基づくその時点での設定内圧と、実際の圧検出器7により検出されたその時点での検出内圧が重なるように、リアルタイムに電動アクチュエーター3の動作を制御する。すなわち、コンピュータ6は、溶液の注入に伴い生じる脈管内圧の変化を常時モニターすることで、予め設定された送液時間−脈管内圧曲線を再現するように、且つ、上述の送液速度の範囲内となるように送液速度を調節して、電動アクチュエーター3を制御し、注入を完了する。
【0084】
なお、本実施形態の膵臓癌治療システムは、図2に示す構成に限定されない。例えば、図2では、制御手段としてコンピュータ6を用いているが、コンピュータ6を使用せずに、目標とする送液速度、脈管内圧力とその現状値との比較、並びに、電動アクチュエーター3の制御を、制御回路5で行うように構成してもよい。また、電源4は、モーターコントローラー又はこれと同等の装置で構成してもよい。
【0085】
本実施形態の膵臓癌治療システムは、後述の実施例に示すように、送液速度、送液時間、送液量及び送液時間−脈管内圧曲線等を適宜調節することで、安全性及び再現性を担保しながら、高効率で、膵臓癌細胞に遺伝子を導入することができる。
【0086】
また、本発明の一実施形態は、膵臓癌の治療のための上述の膵臓癌治療システムを提供する。
また、本発明の一実施形態は、上述の膵臓癌治療遺伝子の有効量を、上述の膵臓癌治療システムを用いて、治療を必要とする患者に投与することを含む、膵臓癌の治療方法を提供する。
【実施例】
【0087】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0088】
[実施例1]
1.導入用ベクターの準備
pCMVベクターに蛍光タンパク質であるルシフェラーゼ遺伝子のcDNAを挿入し、導入用ベクター(以下、「pCMV−Luc」と称する場合がある)を構築した。構築したベクターを、Plasmid Mega Kit(Qiagen社製)を用いて、精製した。精製されたプラスミドは、1%アガロースゲル電気泳動し、260nm及び280nmでの吸光度で確認した。
【0089】
2.上腸間膜静脈を介したハイドロダイナミック法によるラット膵臓への遺伝子導入(膵臓標的HGD)
日本SLC社製のWistarラット(雌、7〜8週齢、体重:200〜250g)を購入し、使用した。すべての動物実験は、新潟大学の動物衛生研究所利用規定に基づいて、承認され、実施された。
まず、イソフルラン及び2,2,2−トリブロモエタノール(0.9%生理食塩水中の濃度、0.016g/mL:用量、1.25mL/100g体重)を使用して、全身麻酔下でラット(10個体)に腹部正中皮膚切開を行った。次いで、上腸間膜静脈に注射カテーテル(SURFLO 22 gauge、Terumo社製)を挿入した(図1A参照)。次いで、図2に示す膵臓癌治療システムを用いて、1mL/秒の送液速度で、「1.」で構築したpCMV−Luc(5μg/mL)を含む生理食塩水10mL(5.0%Body Weight(BW))を20秒間(準備時間を含む)で、カテーテルを介して、膵臓に注入した。また、このとき、クランプを用いて肝門脈の一時的な血流閉塞を行った。さらに、注入溶液の上腸間膜静脈への逆流を防ぐために、カテーテルを挿入したまま上腸間膜静脈の外側からクランプを用いて、一時的な血流閉塞を行った。溶液注入後、腹部正中皮膚切開を縫合した。
【0090】
3.ルシフェラーゼアッセイ
(1)組織破砕液の調製
遺伝子導入から4時間後にラットを安楽死させた。次いで、膵臓及び肝臓を摘出し、使用するまで−80℃で保存した。次いで、約200mgの湿潤状態の膵臓試料及び肝臓試料それぞれに、2mLの溶解緩衝液(0.1m Tris−HCl、2mM EDTA及び0.1%Triton X100(pH7.8))を添加し、膵臓試料及び肝臓試料を組織ホモジナイザー(ULTRA−TURRAX T25 digital、IKA社製)を用いて、最高速度で30秒間均質化した。次いで、得られた各均質溶液を、4℃で13,000×gで10分間、マイクロ遠心分離機で遠心分離した。次いで、得られた各上清のタンパク質濃度を、クマシーブルーアッセイ法に基づいたタンパク質アッセイキット(BIO−RAD社製)を用いて測定した。
【0091】
(2)ルシフェラーゼアッセイ
次いで、(1)で得られた膵臓及び肝臓由来の上清(10μL)それぞれをルシフェラーゼアッセイ試薬(100μL)(和光純薬工業社製)と混合し、ルミノメーター(Luminescencer Octa AB−2270、ATTO社製)でルシフェラーゼ活性を10秒間測定した。結果を図3Aに示す。なお、図3Aにおいて、ルシフェラーゼ活性(縦軸)は、タンパク質1mgあたりの相対光単位として示している。
【0092】
[比較例1]
1.導入用ベクターの準備
実施例1の「1.」と同様の方法を用いて、導入用ベクターを構築した。
【0093】
2.下大静脈を介したハイドロダイナミック法によるラット全身への遺伝子導入(全身HGD)
次いで、イソフルラン及び2,2,2−トリブロモエタノール(0.9%生理食塩水中の濃度、0.016g/mL:用量、1.25mL/100g体重)を使用して、全身麻酔下でラット(10個体)に腹部正中皮膚切開を行った。次いで、下大静脈に注射カテーテル(SURFLO 22 gauge、Terumo社製)を挿入し、その先端を肝静脈の接合部の直下に配置した(図1B参照)。次いで、挿入場所が腸間膜静脈の代わりに、下大静脈である点以外は、図2に示す治療システムと同様の装置を用いて、1mL/秒の送液速度で、「1.」で構築したpCMV−Luc(5μg/mL)を含む生理食塩水10mL(5.0%Body Weight(BW))を20秒間(準備時間を含む)で、カテーテルを介して、肝臓に注入した。また、このとき、注入溶液の下大静脈への逆流を防ぐために、クランプを用いて肝臓下部の下大静脈の一時的な血流閉塞を行った。溶液注入後、腹部正中皮膚切開を縫合した。
【0094】
3.ルシフェラーゼアッセイ
(1)組織破砕液の調製
実施例1の「3.」の(1)と同様の方法を用いて、膵臓及び肝臓を摘出し、膵臓破砕液及び肝臓破砕液から遠心分離を経て、各上清を得た。
【0095】
(2)ルシフェラーゼアッセイ
次いで、(1)で得られた膵臓及び肝臓由来の上清を用いて、実施例1の「3.」の(2)と同様の方法により、ルシフェラーゼアッセイを行った。結果を図3Bに示す。なお、図3Bにおいて、ルシフェラーゼ活性(縦軸)は、タンパク質1mgあたりの相対光単位として示している。
【0096】
[実施例1及び比較例1の考察]
図3A及び図3Bから、実施例1に示す方法(膵臓標的HGD)では、膵臓でのルシフェラーゼ活性が6.5×10RLU/1mgタンパク質程度であり、肝臓でのルシフェラーゼ活性が3.26×10RLU/1mgタンパク質程度であり、膵臓でのルシフェラーゼ活性は、肝臓でのルシフェラーゼ活性の約2000倍であった。また、図示してないが、その他組織(脳、心臓、肺、脾臓及び腎臓)についても同様にルシフェラーゼ活性を確認したところ、ルシフェラーゼ活性は検出されなかった。このことから、膵臓標的HGDでは、門脈での一時的な閉塞を行い、上腸間膜静脈を介して遺伝子を導入することで、膵臓への遺伝子導入量を最大化することができ、さらに注入された遺伝子含有溶液の肝臓への漏出を防止することができることが明らかとなった。
【0097】
一方、比較例1に示す方法(全身HGD)では、膵臓でのルシフェラーゼ活性が3.6×10RLU/1mgタンパク質程度であり、肝臓でのルシフェラーゼ活性が1.1×10RLU/1mgタンパク質程度であった。このことから、比較例1に示す方法では、時間とともに、注入された溶液は血流に加わり、心臓に入り、上間膜動脈を通って上腸間膜静脈(SMV)及び門脈(PV)に入り、肝臓を満たし、その後IVCに戻ると推察された(図1B参照)。そのため、肝臓への遺伝子導入には効果的であるが、膵臓への遺伝子導入には効果的ではないことが明らかとなった。
【0098】
また、実施例1に示す方法(膵臓標的HGD)での膵臓でのルシフェラーゼ活性は、比較例1に示す方法(全身HGD)での膵臓でのルシフェラーゼ活性の約1800倍であった。このことから、従来のハイドロダイナミック法である全身HGDよりも本実施形態の膵臓標的HGDの方が、高効率で膵臓へ遺伝子を導入できることが明らかとなった。
【0099】
[実施例2]
1.導入用ベクターの準備
実施例1の「1.」と同様の方法を用いて、導入用ベクターを構築した。
【0100】
2.膵臓標的HGD
5μg/mLのpCMV−Lucを1mL(0.5%BW、pCMV−Lucの導入量:5μg)、3mL(1.5%BW、pCMV−Lucの導入量:15μg)、4mL(2.0%BW、pCMV−Lucの導入量:20μg)及び5mL(2.5%BW、pCMV−Lucの導入量:25μg)とふった以外は実施例1の「2.」と同様の方法を用いて、上腸間膜静脈を介したハイドロダイナミック法によるラット膵臓への遺伝子導入を行った。なお、準備時間を含む導入時間は1mLでは6秒間、3mLでは8秒間、4mLでは9秒間、5mLでは10秒間であった。なお、注入量が1mLでは注入から6秒後に脈管内圧が15mmHgに達するように注入を行った。注入量が5mLでは注入から10秒後に脈管内圧が30mmHgに達するように注入を行った。
【0101】
3.ルシフェラーゼアッセイ
(1)組織破砕液の調製
実施例1の「3.」の(1)と同様の方法を用いて、膵臓を摘出し、膵臓破砕液から遠心分離を経て、各上清を得た。
【0102】
(2)ルシフェラーゼアッセイ
次いで、(1)で得られた膵臓由来の上清を用いて、実施例1の「3.」の(2)と同様の方法により、ルシフェラーゼアッセイを行った。結果を図4に示す。なお、図4において、ルシフェラーゼ活性(縦軸)は、タンパク質1mgあたりの相対光単位として示している。
【0103】
図4から、2.0%BWの注入量において、3.4×10RLU/1mgタンパク質であり、最大のルシフェラーゼ活性が検出された。また、0.5%BWの注入量では1.1×10RLU/1mgタンパク質であり、1.5%BWの注入量では6.5×10RLU/1mgタンパク質であり、2.0%BWの注入量でのルシフェラーゼ活性の方が有意に高かった。また、2.5%BWの注入量においても、3.0×10RLU/1mgタンパク質であり、1.5%BWの注入量よりもルシフェラーゼ活性が有意に高かった。
【0104】
以上のことから、20μgのプラスミドDNAを含む2.0%BWの注入量であることが膵臓を標的とする上腸間膜静脈を介したハイドロダイナミック法では最適であることが示唆された。
【0105】
4.免疫組織学分析
次いで、各注入量の遺伝子導入から4時間後のラットから摘出した膵臓を、10%ホルマリンで固定し、パラフィンに包埋した。次いで、各注入量群の10個体のうち無作為に選択した5個体のラットの膵臓から合計10区画(10μm)を切断し、組織切片を作製した。次いで、ヤギ抗ルシフェラーゼポリクローナル抗体(G7451、1/100希釈、 Promega社製)、Vecstain Elite ABC Goat IgGキット(PK−6105、Vector Laboratories社製)及びDAB色素原錠(武藤化学社製)を用いて、標準的な免疫組織学分析を行った。各注入量群の組織切片免疫染色の結果を位相差顕微鏡(Carl−Zeiss社製、型番:LSM5Pascal Exciter)を用いて、観察した画像を図5A(上:倍率が200倍、下:倍率が400倍)に示す。なお、図5Aにおいて、矢頭は遺伝子が導入された陽性染色細胞を示す。また、免疫染色後の各組織切片からランダムに画像を捕捉し、陽性染色細胞の定量分析をImageJソフトウェア(バージョン1.6.0_20、National Institutes of Health、USA)を用いて行った。定量結果を図5Bに示す。
【0106】
図5A及び図5Bから、2.0%BWの注入量であるラットにおいて、膵臓細胞の25±5%が陽性であった。これは、0.5%BWの注入量であるラット(0.8%±1.6%、p<0.01)及び1.5%BWの注入量であるラット(12%±4%、p<0.05)の結果よりも有意に高かった。また、2.0%BWの注入量であるラットでの結果と、2.5%BWの注入量であるラット(24%±6%、NS)での結果とは、統計的な差は見られなかった。
【0107】
また、図示しないが、脳、心臓、肺、脾臓及び腎臓についても、同様に免疫染色による評価を行ったが、ルシフェラーゼレポーター遺伝子の発現は観察されなかった。
【0108】
以上のことから、2.0%BWの注入量が膵臓を標的とした遺伝子導入に最適であることが確かめられた。また、ルシフェラーゼ陽性細胞のうち、主に膵腺房細胞において、陽性細胞の割合(すなわち、遺伝子導入効率)が30%と最も高かった。
【0109】
5.ヘマトキシリン−エオシン(HE)染色
次いで、2.0%BWの注入量の条件で膵臓標的HGDを行ったラットについて、膵臓標的HGDによる遺伝子導入前、導入直後、並びに、導入から4時間後、12時間後、24時間後、72時間後及び7日後に、ラットから膵臓を摘出し、上述の「4.」と同様の方法を用いて、組織切片を作製した。次いで、ヘマトキシリン−エオシン(HE)染色した。染色した各組織切片を、位相差顕微鏡(Carl−Zeiss社製、型番:LSM5Pascal Exciter)を用いて、観察した画像を図6A(上:倍率が100倍、下:倍率が200倍)に示す。なお、図6Aにおいて、矢頭は細胞間の拡張空間を示す。また、HE染色後の各組織切片からランダムに画像を捕捉し、細胞間の拡張空間の定量分析をImageJソフトウェア(バージョン1.6.0_20、National Institutes of Health、USA)を用いて行った。定量結果を図6Bに示す。なお、図6Bにおいて、遺伝子導入前での細胞間の空間面積を100%とした場合における各経過時間での細胞間の空間面積の相対割合を示している。
【0110】
図6A及び図6Bから、遺伝子導入直後に、導入前と比較して、396%(p<0.01)までの膵臓の細胞間の空間の有意な拡大を示した。また、膨張した膵臓の細胞間の空間は、導入から4時間後に340%、12時間後に245%、24時間後に226%及び72時間後に108%となり、徐々に戻った 。また、導入から7日後に、組織の線維化又は他の組織損傷は認められなかった。
【0111】
以上のことから、膵臓標的HGDでは、膵臓に対して一時的且つ可逆的な影響に与えることが示唆された。
【0112】
6.血清生化学分析
次いで、各注入量にて膵臓標的HGDを行ったラットについて、遺伝子導入前、並びに遺伝子導入から4時間後及び72時間後に、尾静脈から血液サンプルを採取した。また得られた血液サンプルについて、血清生化学分析をBML社に委託して行った。なお、血清生化学分析としては、炎症マーカーとして知られているアミラーゼ(AMY)、組織障害(特に、肝障害)のマーカーとして知られているアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)及びアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、並びに、細胞障害のマーカーである乳酸脱水素酵素(LDH)について行った。2.0%BWの注入量で膵臓標的HGDを行ったラットについて遺伝子導入から4時間後及び72時間後に採取した血清の生化学分析結果を図7A(AMY)、図7B(AST)、図7C(ALT)及び図7D(LDH)にそれぞれ示す。また、各注入量にて膵臓標的HGDを行ったラットについて、遺伝子導入から4時間後に採取した血清の生化学分析結果(AMY、AST、ALT及びLDH)を図8に示す。
【0113】
[比較例2]
1.導入用ベクターの準備
実施例1の「1.」と同様の方法を用いて、導入用ベクターを構築した。
【0114】
2.全身HGD
注入量を2.0%BW(10mL)とした以外は、比較例1と同様の方法を用いて、ラットに全身HGDを行った。なお、注入から10秒後に脈管内圧が30mmHgに達するように注入を行った。
【0115】
3.血清生化学分析
上述の「2.」で全身HGDを行ったラットについて、遺伝子導入前、並びに遺伝子導入から4時間後及び72時間後に、下大静脈から血液サンプルを採取した。また得られた血液サンプルについて、血清生化学分析をBML社に委託して行った。なお、血清生化学分析としては、炎症マーカーとして知られているアミラーゼ(AMY)、並びに、組織障害(特に、肝細胞)のマーカーとして知られているアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)及び乳酸脱水素酵素(LDH)について行った。全身HGDを行ったラットについて遺伝子導入から4時間後及び72時間後に採取した血清の生化学分析結果を図7A(AMY)、図7B(AST)、図7C(ALT)及び図7D(LDH)にそれぞれ示す。
【0116】
[実施例2と比較例2の考察]
図7Aから、膵臓標的HGDを行ったラットでは、血清中のAMY濃度が、1,700±300IU/L(遺伝子導入前)から2,500±120IU/L(遺伝子導入から4時間後)まで一過性の増加を示した。一方、全身HGDを行ったラットでは、血清中のAMY濃度が、1,400±270IU/L(遺伝子導入前)から1,500±290IU/L(遺伝子導入から4時間後)まで一過性の増加を示した。これらの結果から全身HGDよりも膵臓標的HGD(p<0.001)において、AMY濃度の上昇レベルは有意に高かった。
また、この上昇したAMY濃度は、遺伝子導入から72時間後までには、それぞれ1300±200IU/L(全身HGD)及び1,700±90IU/L(膵臓標的HGD)となり、遺伝子導入前のAMY濃度のレベル(バックグラウンドレベル)にまで戻った。
【0117】
図7Bから、膵臓標的HGDを行ったラットでは、血清中のAST濃度が、87±4IU/L(遺伝子導入前)から220±31IU/L(遺伝子導入から4時間後)まで一過性の増加を示した。一方、全身HGDを行ったラットでは、血清中のAST濃度が、72±16IU/L(遺伝子導入前)から370±71IU/L(遺伝子導入から4時間後)まで一過性の増加を示した。これらの結果から膵臓標的HGDよりも全身HGD(p<0.001)において、AST濃度の上昇レベルは有意に高かった。
また、この上昇したAST濃度は、遺伝子導入から72時間後までには、それぞれ73±15IU/L(全身HGD)及び77±13IU/L(膵臓標的HGD)となり、遺伝子導入前のAST濃度のレベル(バックグラウンドレベル)にまで戻った。
【0118】
図7Cから、膵臓標的HGDを行ったラットでは、血清中のALT濃度が、39±8IU/L(遺伝子導入前)から72±12IU/L(遺伝子導入から4時間後)まで一過性の増加を示した。一方、全身HGDを行ったラットでは、血清中のALT濃度が、33±6IU/L(遺伝子導入前)から167±37IU/L(遺伝子導入から4時間後)まで一過性の増加を示した。これらの結果から膵臓標的HGDよりも全身HGD(p<0.001)において、ALT濃度の上昇レベルは有意に高かった。なお、この傾向は、図7Bと同様であった。
また、この上昇したALT濃度は、遺伝子導入から72時間後までには、それぞれ29±4IU/L(全身HGD)及び51±6IU/L(膵臓標的HGD)となり、遺伝子導入前のALT濃度のレベル(バックグラウンドレベル)にまで戻った。
【0119】
図7Dから、膵臓標的HGDを行ったラット及び全身HGDを行ったラットのいずれにおいても、遺伝子導入から4時間後にLDH濃度の一過性の上昇は見られ、遺伝子導入から72時間後には、遺伝子導入前のLDH濃度のレベル(バックグラウンドレベル)にまで戻った。これらの群間での有意差は見られなかった。
【0120】
また、これらの群において、詳細なデータは示さないが、クレアチニン、アルブミン、血液尿素窒素、ナトリウム、塩化物及びカリウムを含む他の血液成分の濃度は変化を示さなかった。
【0121】
これらの結果から、膵臓標的のHGDでは、一過性の炎症及び細胞障害は見られるが、時間の経過とともにそれらは沈静化されることが確かめられた。また、膵臓標的のHGDでは、膵臓を標的としており、肝臓への遺伝子導入がないため、肝障害が見られないことも確かめられた。
【0122】
また、図8から、AMY濃度について、2.5%BWの注入量であったラットの血清において、4,300±850IU/Lで最高であった。0.5%BW、1.5%BW及び2.0%BWでは、それぞれ360IU/L、2,400±150IU/L及び2,600±710IU/Lであり、注入量に依存してAMY濃度が上昇する傾向が見られた。
【0123】
AST濃度は、0.5%BW及び1.5%BWの注入量であったラットの血清に比べて、2.0%BW(340±64IU/L)及び2.5%BW(340±26IU/L)の注入量であったラットの血清において、有意に高かった(p<0.01)。
【0124】
ALT濃度はAST濃度と同様のパターンを示し、0.5%BW及び1.5%BWの注入量であったラットの血清よりも、2.0%BW(77±11IU/L)及び2.5%BW(79±16IU/L)の注入量であったラットの血清において、有意に高かった(p<0.05)。
【0125】
LDH濃度は、異なる注入量であったラットの血清の間に有意差はなかった。また、2.5%BWまでの注入量のラットでは、死亡は見られず、動物は活発であり、食欲もあった。
【0126】
以上の結果から、炎症メーカー酵素及び細胞障害マーカー酵素の一過的な増加が見られたが、2.0%BWの注入量での膵臓標的HGDは、十分に許容される程度であることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本実施形態の膵臓癌治療システムによれば、高効率で遺伝治療薬を膵臓癌細胞内に導入することができる。
【符号の説明】
【0128】
A…治療対象(ラット)、1…カテーテル、2…耐圧シリンジ、3…送液手段(電動アクチュエーター)、4…電源、5…制御回路、6…制御手段(コンピュータ)、7…内圧検出手段(圧検出器)、8…アンプ、9a,9b…クランプ、10…膵臓癌治療システム
図1A
図1B
図2
図3A
図3B
図4
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図7C
図7D
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]