(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
予め設定された架橋高分子モデルについて、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、前記架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を取得する第1の座標取得部と、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、前記予め設定された架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、前記予め設定された架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を頂点とする四面体で包囲される体積を溶媒無添加状態の体積として算出する第1の体積算出部と、
予め設定された溶媒分子モデルを前記架橋高分子モデルに所定量添加した混合モデルについて、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を取得する第2の座標取得部と、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、前記溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、前記溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を頂点とする四面体で包囲される体積を膨張後の体積として算出する第2の体積算出部と、
前記膨張後の体積と前記溶媒無添加状態の体積とに基づき膨潤度を算出する膨潤度算出部と、を備える、架橋高分子モデルのパラメータを算出する装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1において、膨潤度を算出するために、有効分子鎖密度、溶液状態の溶媒化学ポテンシャルと体積分率との依存性、及び、高分子と溶媒との間の相互作用パラメータが必要である。
【0006】
溶液状態の溶媒化学ポテンシャルと体積分率との依存性を得るためには、濃度が異なる複数の架橋高分子溶媒モデルを用意し、各濃度について溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを算出している。溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを算出する方法として自由エネルギー摂動法を例示しているが、統計誤差が大きいためシステム全体の粒子数を多くする必要がある。自由エネルギー摂動法は、1つの濃度について高分子粒子と溶媒分子の間のポテンシャルを変化させた複数通りの計算が必要となる。したがって、特許文献1の方法では、計算コストが大きい。なお、特許文献1以外には、膨潤度を決定する手法を開示する文献はない。
【0007】
本開示は、このような課題に着目してなされたものであって、その目的は、架橋高分子のパラメータを低計算コストで算出する方法、装置及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記目的を達成するために、次のような手段を講じている。
【0009】
すなわち、本発明の架橋高分子のパラメータを算出する方法は、
予め設定された架橋高分子モデルについて、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、前記架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を取得するステップと、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、前記各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、前記四面体で包囲される体積を溶媒無添加状態の体積として算出するステップと、
予め設定された溶媒分子モデルを前記架橋高分子モデルに所定量添加した混合モデルについて、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を取得するステップと、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、前記溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、前記四面体で包囲される体積を膨張後の体積として算出するステップと、
前記膨張後の体積と前記溶媒無添加状態の体積とに基づき膨潤度を算出するステップと、を含む。
【0010】
このように、各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体をドロネー分割法により生成し、四面体で包囲される領域の体積を架橋高分子の体積とみなすので、従来の方法に比べて計算コストを低減できる。それでいて、体積の算出精度が許容範囲内であるので有効である。
したがって、従来に比べて架橋高分子のパラメータを低計算コストで算出することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0013】
[架橋高分子のパラメータを算出する装置]
本実施形態の装置2は、架橋高分子モデルと溶媒分子モデルを用いた分子動力学計算によって、架橋高分子のパラメータ(膨潤度など)を算出する装置である。
【0014】
図1に示すように、装置2は、初期設定部20と、モデル設定部21と、分子動力学計算実行部22と、第1の座標取得部23と、第1の体積算出部24と、第2の座標取得部25と、第2の体積算出部26と、膨潤度算出部27と、を有する。装置2は、更に架橋密度算出部28を有するが、架橋密度算出部28は、必要に応じて省略してもよい。これら各部20〜28は、CPU、メモリ、各種インターフェイス等を備えたパソコン等の情報処理装置において予め記憶されている図示しない処理ルーチンをCPUが実行することによりソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。
【0015】
図1に示す初期設定部20は、キーボードやマウス等の既知の操作部を介してユーザからの操作を受け付け、解析対象となる架橋高分子モデル及び溶媒分子モデルに関するデータの設定、分子動力学計算に必要な解析条件などの各種設定を実行し、これら設定値をメモリに記憶する。
図1に示すように、メモリには、架橋高分子モデルデータM10、溶媒分子モデルデータM2が記憶されている。架橋高分子モデルデータM10は、高分子モデルに架橋ビーズが反応して結合されたデータが設定されている。架橋高分子モデルデータM10は、未架橋高分子モデルデータの分子鎖に反応可能なビーズを設定し、架橋ビーズを投入し、全ての反応可能なビーズが架橋ビーズと結合される平衡状態になるまで分子動力学計算を演算することで得られる。架橋高分子モデルデータM10は、装置2外で予め生成されたデータが設定されてもよく、装置2における図示しないモデル生成部によって、未架橋高分子モデルデータと架橋ビーズモデルデータを用いて生成されたものでもよい。本実施形態では、一例として、200ビーズからなるKremer-Grest分子鎖モデルが100本ある未架橋高分子モデルに対して、各分子鎖に等間隔に10個の反応可能ビーズを設定しておき、500個の架橋ビーズを添加して、架橋反応させながら平衡化して生成した架橋高分子モデルデータM10を使用している。未架橋高分子モデルの結合ポテンシャルには、FENE−LJ(レナードジョーンズ)が設定され、非結合ポテンシャルには、WCA(斥力のみのLJポテンシャル)が設定されている。勿論、これは一例であって、その他の設定が可能である。溶媒分子モデルデータM2には、1つの分子で構成され、溶媒の既知の非結合ポテンシャルが設定されている。
【0016】
図1に示すモデル設定部21は、予め設定された架橋高分子モデルデータM10及び溶媒分子モデルデータM2を用い、架橋高分子モデルM10と溶媒分子モデルM2を混合させた混合モデルM13を設定する。混合モデルデータM13は、メモリに記憶される。例えば、モデル設定部21は、架橋高分子モデルM10に対して溶媒分子モデルM2を所定量(例えば10万個)添加して、混合モデルデータM13を生成する。添加する溶媒分子モデルM2の量は10万個に限定されず、適宜変更可能である。
【0017】
図1に示す分子動力学計算実行部22は、混合モデルデータM13を用いた分子動力学計算を実行する。分子動力学計算実行部22が行う処理としては、架橋高分子モデルの平衡化処理、混合モデルの平衡化処理が挙げられる。平衡化処理では、架橋高分子モデルM10又は混合モデルデータM13の体積がほぼ一定になる(体積変化が閾値以下になる)まで各分子の挙動を計算し、平衡状態での高分子体積分率φiを算出する。高分子体積分率φiは、混合モデルデータM13に記憶される。
【0018】
図1に示す第1の座標取得部23は、予め設定された架橋高分子モデルM10について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで分子動力学計算実行部22が計算した平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を取得する。座標は3次元空間におけるx、y、z座標である。
【0019】
図1に示す第1の体積算出部24は、ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、第1の座標取得部23が取得した各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を溶媒無添加状態の体積(V
無添加)として算出する。
図2に示すように、ドロネー分割により、点の集合が四面体の集合に変換される。
【0020】
図1に示す第2の座標取得部25は、予め設定された溶媒分子モデルM2を架橋高分子モデルM10に所定量添加した混合モデルM13について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで分子動力学計算実行部22が計算した平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、溶媒添加後の架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を取得する。
【0021】
図1に示す第2の体積算出部26は、ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、溶媒添加後の架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を膨張後の体積(V
膨張)として算出する。
【0022】
図1に示す膨潤度算出部27は、膨張後の体積(V
膨張)と溶媒無添加状態の体積(V
無添加)とに基づき膨潤度φ
飽和を算出する。具体的には、膨潤度φ
飽和=膨張後の架橋高分子の体積(V
膨張)/溶媒無添加状態の架橋高分子の体積(V
無添加) という式で算出可能である。
【0023】
図1に示す架橋密度算出部28は、予め設定された高分子と溶媒の相互作用パラメータχと、膨潤度φ
飽和とを用いて、式(1)により有効分子鎖密度N
eを算出する。χは操作部を介して予めユーザにより入力されて設定されてもよいし、特開2017−40967号公報に記載に基づき装置2内部にて算出して設定するように構成してもよい。
【数1】
【0024】
[架橋高分子のパラメータを算出する方法]
図1に示す装置2を用いて、架橋高分子のパラメータを算出する方法について、
図3を用いて説明する。
【0025】
まず、ステップST1において、初期設定部20は、解析対象となる架橋高分子モデルM10、溶媒分子モデルデータM2の設定、分子動力学計算に必要な解析条件(温度、圧力など)などの各種設定を行い、これらの設定値をメモリに記憶する。
【0026】
次のステップST2において、分子動力学計算実行部22は、予め設定された架橋高分子モデルM10について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算を実行する。
【0027】
次のステップST3において、分子動力学計算実行部22の計算結果に基づき、第1の座標取得部23は、架橋高分子を構成する各粒子の座標を取得する。
【0028】
次のステップST4において、第1の体積算出部24は、ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、前記四面体で包囲される体積を溶媒無添加状態の体積(V
無添加)として算出する。
【0029】
次のステップST5において、分子動力学計算実行部22は、予め設定された溶媒分子モデルM2を架橋高分子モデルM10に所定量添加した混合モデルM13について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算を実行する。
【0030】
次のステップST6において、分子動力学計算実行部22の計算結果に基づき、第2の座標取得部25は、溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を取得する。
【0031】
次のステップST7において、第2の体積算出部26は、ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、溶媒添加後の架橋高分子モデルを構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を膨張後の体積(V
膨張)として算出する。
【0032】
次のステップST8において、膨潤度算出部27は、膨張後の体積(V
膨張)と溶媒無添加状態の体積(V
無添加)とに基づき膨潤度φを算出する。
【0033】
次のステップST9において、架橋密度算出部28は、予め設定された高分子と溶媒の相互作用パラメータχと、膨潤度φ
飽和とを用いて、式(1)により有効分子鎖密度N
eを算出する。
【0035】
(1)計算時間
架橋高分子モデルとしては、200ビーズからなるKremer-Grest分子鎖モデルが100本ある未架橋高分子モデルに対して、各分子鎖に等間隔に10個の反応可能ビーズを設定しておき、500個の架橋ビーズを添加して、架橋反応させながら平衡化して生成した架橋高分子モデルデータを用いた。特許文献1の方法及び本実施形態の方法はいずれもほぼ同じ膨潤度の結果が得られている。特許文献1の方法では、10CPUで約98時間必要とした。一方、本実施形態の方法では、8CPUで約12時間必要とした。CPUの一つあたりの性能は同じである。よって、本実施形態の方法によれば、明らかに、精度を確保したまま計算コストを著しく低減できていることが理解できる。
【0036】
(2)平衡化処理の反復数
特許文献1に記載の方法では、溶液状態の溶媒化学ポテンシャルを算出するために、高分子モデルと溶媒分子モデルの間の非結合ポテンシャルを20通り変化させた。すなわち、異なる条件について20通りの平衡化処理を実行している。
これに対して、本実施形態の方法では、平衡膨潤に到達するための1通りの計算でよい。
さらに、本実施形態の方法では、膨潤度の計算にχパラメータが必要ではなく、χパラメータを導出する計算コストが省略可能である。
【0037】
以上のように、本実施形態の架橋高分子モデルのパラメータを算出する方法は、
予め設定された架橋高分子モデルM10について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を取得するステップ(ST2〜3)と、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を溶媒無添加状態の体積(V
無添加)として算出するステップ(ST4)と、
予め設定された溶媒分子モデルM2を架橋高分子モデルM10に所定量添加した混合モデルM13について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、溶媒添加後の架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を取得するステップ(ST5〜6)と、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、溶媒添加後の架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を膨張後の体積(V
膨張)として算出するステップ(ST7)と、
膨張後の体積(V
膨張)と溶媒無添加状態の体積(V
無添加)とに基づき膨潤度φを算出するステップ(ST8)と、
を含む。
【0038】
本実施形態の架橋高分子モデルのパラメータを算出する装置2は、
予め設定された架橋高分子モデルM10について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を取得する第1の座標取得部23と、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を溶媒無添加状態の体積(V
無添加)として算出する第1の体積算出部24と、
予め設定された溶媒分子モデルM2を架橋高分子モデルM10に所定量添加した混合モデルM13について、予め定めた温度および圧力を含む解析条件のもとで平衡状態における分子動力学計算の計算結果に基づき、溶媒添加後の架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を取得する第2の座標取得部25と、
ドロネー分割(Delaunay tessellation)を実行し、溶媒添加後の架橋高分子モデルM10を構成する各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体を生成し、四面体で包囲される体積を膨張後の体積(V
膨張)として算出する第2の体積算出部26と、
膨張後の体積(V
膨張)と溶媒無添加状態の体積(V
無添加)とに基づき膨潤度φを算出する膨潤度算出部27と、
を備える。
【0039】
このように、各粒子の座標を頂点とする四面体の集合体をドロネー分割法により生成し、四面体で包囲される領域の体積を架橋高分子の体積とみなすので、従来の方法に比べて計算コストを低減できる。それでいて、体積の算出精度が許容範囲内であるので有効である。
したがって、従来に比べて架橋高分子のパラメータを低計算コストで算出することが可能となる。
【0040】
本実施形態において、架橋密度算出部28は、予め設定された高分子と溶媒の相互作用パラメータχと、前記膨潤度φ
飽和とを用いて、式(1)により有効分子鎖密度N
eを算出する。
【0041】
有効分子鎖密度N
eを算出することができる。
【0042】
本実施形態に係るプログラムは、上記方法をコンピュータに実行させるプログラムである。このプログラムを実行することによっても、上記方法の奏する作用効果を得ることが可能となる。
【0043】
以上、本発明の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0044】
例えば、
図1に示す各部20〜28は、所定プログラムをコンピュータのCPUで実行することで実現しているが、各部を専用回路で構成してもよい。
【0045】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。