【文献】
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【文献】
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【文献】
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【文献】
KATO Hiroshi,Cancer Chemother. Pharmacol.,2016年,Vol.78,pp.855-862
【文献】
MATSUYAMA H.,Annals of Oncology,2016年,Vol.27, Suppl.6,808P
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記[5]はUGT1遺伝子におけるrs4148323で特定されるUGT1A1*6多型又はこれらに対して連鎖不平衡となる多型であり、上記[6]はUGT1遺伝子におけるrs17868323で特定されるUGT1A7*2多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であり、上記[7]はUGT1遺伝子におけるrs3832043で特定されるUGT1A9*1b多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であり、上記[8]はMDR1遺伝子におけるrs1128503で特定されるT1236C多型、rs2032582で特定されるG2677T/A多型又はrs1045642で特定されるC3435T多型若しくはこれらに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする請求項2記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
上記予測薬物動態パラメータは、標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)であることを特徴とする請求項1記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
上記標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)を算出する際に、上記[1]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[2]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が高くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式を使用することを特徴とする請求項4記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
上記標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)を算出する際に、上記[5]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[6]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式を使用することを特徴とする請求項6記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
【背景技術】
【0002】
アキシチニブは、血管内皮増殖因子受容体(Vascular Endothelial Growth Factor Receptor: VEGFR)-1、-2、-3を選択的に阻害する経口チロシンキナーゼ阻害剤である。なお、VEGFR-1、-2、-3は、腫瘍増殖、癌の浸潤(腫瘍伸展)及び転移に関与していると考えられている。アキシチニブについては、これらVEGFR-1、-2、-3を選択的に阻害することで血管新生及びリンパ管新生を抑制し、腫瘍の増殖及び転移を抑制し、抗腫瘍活性を示すと考えられている。
【0003】
現在、アキシチニブは、根治切除不能又は転移性の腎細胞癌に対する分子標的薬として使用されている。アキシチニブは、このような進行性腎細胞癌に対する治療効果の高い薬剤であるが、効果(腫瘍縮小率)や副作用の予測、及び至適投与量の設定が困難である。臨床においては10mg/日経口投与が基準開始量であるが、下痢脱水、血圧上昇などの有害事象の有無に応じて2〜14mg/日の範囲で投与量を変動する場合がある。臨床的には、投与量を減量しながらも腫瘍が完全消失した症例もあれば、投与量を増大しても血圧の変動がなく治療効果も見られない例、基準量で投与していても突然脳出血をきたした症例などが報告されている。
【0004】
アキシチニブについては、その血中濃度(薬物動態解析パラメータであるAUC: area under the curve)と治療効果及び有害事象とが相関することが報告されている(非特許文献1)。ところが、AUC等の薬物動態解析パラメータは、簡便に測定するためのキットやシステムがなく、臨床の現場において測定が非常に困難である。また、仮に測定システムが有ったとしても、最低6〜7回の採血が必要な薬物動態解析をすべての投与患者に対して実施することは実臨床では極めて困難である。
【0005】
薬物の血中濃度を規定する要素として、一般的には、[1]投与量、投与速度及び投与回数、[2]患者体表面積、年齢及び性別、[3]体内の代謝速度の3要素に大別できる。なかでも[3]を規定する要素として、代謝酵素の発現量が挙げられる。たとえば、代謝酵素のなかには遺伝多型により発現量が大きく異なり、その結果、代謝速度が大きく異なることが知られている。アキシチニブの代謝酵素としては、CYP3A4及びUGT1Aが報告されている(非特許文献2)。従来、これらの代謝酵素にも遺伝多型が報告されている。たとえば、遺伝子多型UGT1A*28は、プロモーター領域内のTATA boxに関する多型であり、TAの繰り返し配列(通常6回)が7回になると薬剤代謝速度が低下し、薬剤の体内蓄積による毒性が増加することが、イリノテカンなどの薬剤で証明されている。
【0006】
しかし、アキシチニブについては、上述した代謝酵素の遺伝子多型と、血中濃度及び毒性との関係は不明であり、また、イリノテカンに関する上記知見を当てはめられる根拠も無かった。
【0007】
ところで、特許文献1には、腫瘍の組織試料におけるCD68発現レベルに基づいて、当該腫瘍のアキシチニブ感受性を評価する方法が開示されている。また、アキシチニブとは異なる抗癌剤であるが分子標的薬エルロチニブについては、例えば特許文献2に開示されるように、ヒトABCB1(Homo sapiens ATP-binding cassette, sub-family B (MDR/TAP), member 1)(P-糖蛋白質)遺伝子の多型に基づいてエルロチニブの副作用又は薬効の程度を判定する方法が知られている。詳細には、特許文献2には、ABCB1遺伝子の所定の遺伝子型が、エルロチニブの血中濃度と毒性をダイレクトに予測する指標となることが開示されている。
【0008】
ところが、特許文献2に開示された技術は、上皮増殖因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬であるエルロチニブに関する技術であり、また、エルロニチブの治療効果を直接予測するモデルではないこと、複雑な薬物動態予測をABCB1多型のみで行っていることなどから、アキシチニブに適用できる技術ではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、簡便且つ高精度にアキシチニブの薬物動態を判定し、また、判定したアキシチニブの薬物動態に基づいてアキシチニブによる治療効果を予測する方法を提供するとともに、これら方法を適用した判定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、被験者の特定の多型に関する遺伝子型に基づいてアキシチニブの薬物動態を高精度に予測できること、また、予測したアキシチニブの薬物動態に基づいてアキシチニブの治療効果を高精度に予測できることを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は以下を包含する。
【0013】
(1)被験者に関する下記[1]、[2]及び[4]又は下記[1]、[3]及び[4]の情報を取得する工程と、
[1] OR2B11遺伝子の多型
[2] BCRP遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[3] CPN2遺伝子の多型
[4] アキシチニブ投与量
上記[1]、[2]及び[4]又は上記[1]、[3]及び[4]に基づいてアキシチニブの予測薬物動態パラメータを算出する工程とを含む、アキシチニブの薬物動態判定方法。
(2)上記[1]はOR2B11遺伝子におけるrs35305980で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(1)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(3)上記[2]はBCRP遺伝子におけるrs2231142で特定されるC421A多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(1)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(4)上記[3]はCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(1)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(5)上記[1]、[2]及び[4]に加えて、被験者に関する上記[3]及び下記[5]〜[9]からなる群から選ばれる少なくとも1つの情報を更に取得し、
[5] UGT1A1遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[6] UGT1A7遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[7] UGT1A9遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能獲得型変異である多型
[8] MDR1遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[9] 前治療有無
上記[1]、[2]及び[4]並びに、取得した上記[3]及び[5]〜[9]からなる群から選ばれる少なくとも1つの情報に基づいてアキシチニブの上記予測薬物動態パラメータを算出することを特徴とする(1)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(6)上記[5]はUGT1遺伝子におけるrs4148323で特定されるUGT1A1*6多型又はこれらに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(5)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(7)上記[6]はUGT1遺伝子におけるrs17868323で特定されるUGT1A7*2多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(5)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(8)上記[7]はUGT1遺伝子におけるrs3832043で特定されるUGT1A9*1b多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(5)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(9)上記[8]はMDR1遺伝子におけるrs1128503で特定されるT1236C多型、rs2032582で特定されるG2677T/A多型又はrs1045642で特定されるC3435T多型若しくはこれらに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(5)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(10)上記[3]はCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(5)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(11)上記予測薬物動態パラメータは、標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)であることを特徴とする(1)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(12)上記標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)を算出する際に、上記[1]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[2]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が高くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式を使用することを特徴とする(11)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(13)上記予測薬物動態パラメータは、標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)であることを特徴とする(5)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(14)上記標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)を算出する際に、上記[5]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[6]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式を使用することを特徴とする(13)記載のアキシチニブの薬物動態判定方法。
(15)上記(1)〜(14)いずれかに記載のアキシチニブの薬物動態判定方法により算出したアキシチニブの予測薬物動態パラメータに基づいて、アキシチニブによる抗腫瘍活性及び/又は副作用を判定する工程を含む、アキシチニブによる治療効果予測方法。
(16)被験者に関する下記[1]、[2]及び[4]又は下記[1]、[3]及び[4]の情報を入力する入力部と、
[1] OR2B11遺伝子の多型
[2] BCRP遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[3] CPN2遺伝子の多型
[4] アキシチニブ投与量
上記[1]、[2]及び[4]又は上記[1]、[3]及び[4]に基づいてアキシチニブの予測薬物動態パラメータを算出する演算部とを含む、アキシチニブの薬物動態判定装置。
(17)上記[1]はOR2B11遺伝子におけるrs35305980で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(16)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(18)上記[2]はBCRP遺伝子におけるrs2231142で特定されるC421A多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(16)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(19)上記[3]はCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(16)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(20)上記入力部は、上記[1]、[2]及び[4]に加えて、被験者に関する上記[3]及び下記[5]〜[9]からなる群から選ばれる少なくとも1つの情報を更に入力し、
[5] UGT1A1遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[6] UGT1A7遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[7] UGT1A9遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能獲得型変異である多型
[8] MDR1遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[9] 前治療有無
上記演算部は、上記[1]、[2]及び[4]並びに、入力した上記[3]及び[5]〜[9]からなる群から選ばれる少なくとも1つの情報に基づいてアキシチニブの上記予測薬物動態パラメータを算出することを特徴とする(16)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(21)上記[5]はUGT1遺伝子におけるrs4148323で特定されるUGT1A1*6多型又はこれらに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(20)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(22)上記[6]はUGT1遺伝子におけるrs17868323で特定されるUGT1A7*2多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(20)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(23)上記[7]はUGT1遺伝子におけるrs3832043で特定されるUGT1A9*1b多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(20)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(24)上記[8]はMDR1遺伝子におけるrs1128503で特定されるT1236C多型、rs2032582で特定されるG2677T/A多型又はrs1045642で特定されるC3435T多型若しくはこれらに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(20)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(25)上記[3]はCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型であることを特徴とする(20)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(26)上記予測薬物動態パラメータは、標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)であることを特徴とする(16)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(27)上記演算部は、上記標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)を算出する際に、上記[1]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[2]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が高くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式を使用することを特徴とする(26)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(28)上記予測薬物動態パラメータは、標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)であることを特徴とする(20)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(29)上記演算部は、上記標準化血中濃度−時間曲線下面積(標準化AUC)の予測値(予測標準化AUC値)を算出する際に、上記[5]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[6]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式を使用することを特徴とする(28)記載のアキシチニブの薬物動態判定装置。
(30)上記(16)〜(29)いずれかに記載のアキシチニブの薬物動態判定装置により算出したアキシチニブの予測薬物動態パラメータに基づいて、アキシチニブによる抗腫瘍活性及び/又は副作用を判定する演算部を備える、アキシチニブによる治療効果予測装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係るアキシチニブの薬物動態判定方法及び装置によれば、アキシチニブの薬物動態パラメータを非常に簡便な方法により高精度に予測することができる。
【0015】
そして、本発明に係るアキシチニブによる治療効果判定方法及び装置によれば、予測したアキシチニブの薬物動態パラメータに基づいて、アキシチニブによる抗腫瘍効果及び/又は副作用を高精度に予測することができる。
【0016】
したがって、本発明によれば、アキシチニブを必要とする患者に対して、アキシチニブの適切な投与量を決定するため有効な支援情報を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
[概要]
本発明では、アキシチニブを投与する患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型とに基づいて、アキシチニブの薬物動態を予測する。具体的には、アキシチニブに関する薬物動態パラメータを予測値(予測薬物動態パラメータ)として算出する。算出された予測薬物動態パラメータは、アキシチニブによる治療効果の判定に利用することができる。予測薬物動態パラメータに基づくアキシチニブによる治療効果を判定することによって、患者毎にアキシチニブの適切な投与量を決定することができる。
【0019】
背景因子及び遺伝子多型については、それぞれ問診及び遺伝子型解析により情報として患者毎に取得することができる。或いは、背景因子については、過去の治療記録等に基づいて取得することもできるため、本発明を適用してアキシチニブの薬物動態を予測するに際して、必ずしも問診を要するものではない。また、遺伝子多型については、患者から採取した生体サンプル(血液、細胞等)を用いた各種の解析方法で取得することができる。或いは、遺伝子多型については、他の診察や治療に際して行った遺伝子型解析の結果を利用することもできるし、個人の遺伝子型データを格納したデータベース等があれば当該データベースから読み出して利用することもできる。したがって、遺伝子多型についても、本発明を適用してアキシチニブの薬物動態を予測するに際して、生体サンプルの採取及び遺伝子型解析を行う必要はない。
【0020】
また、所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型は、予測薬物動態パラメータを目的変数としたとき、共に説明変数(従属変数)ということができる。言い換えると、所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型を説明変数とした予測式によって、目的変数である予測薬物動態パラメータを算出することができる。
【0021】
ここで、アキシチニブとは、置換インダゾール誘導体であり、血管内皮増殖因子受容体VEGFR-1, -2及び-3を阻害するチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)である。アキシチニブの分子式はC
22H
18N
4OSであり、分子量が386.47であり、化学名がN-メチル-2-({3-[(1E)-2-(ピリジン-2-イル)エテン-1-イル]-1H-インダゾール-6-イル}スルファニル)ベンザミドである。アキシチニブについては、主としてCYP3A4/5によって代謝され、一部はCYP1A2、CYP2C19及びUGT1A1によって肝臓で代謝されることが知られている。アキシチニブは、効能及び効果を根治切除不能又は転移性の腎細胞癌とし、商品名:インライタとして販売されている。
【0022】
ここで、アキシチニブの薬物動態とは、特に、アキシチニブの代謝及び排泄に関する体内動態を意味している。したがって、アキシチニブの薬物動態を示すパラメータとしては、特に限定されず、アキシチニブの代謝及び排泄に関するパラメータ、例えば全身クリアランス(CLtot)、血中濃度−時間曲線下面積(AUC)及び消失半減期を挙げることができる。
【0023】
全身クリアランスは、時間あたりの薬物代謝・排泄量を体積に換算した値として定義される。すなわち、全身クリアランスは、単位を[容積]/[時間]とする値であり、例えば(mL/min)を単位として表される。また、全身クリアランスは、肝臓における代謝及び腎臓における排泄による薬物の消失量から求められる消失速度を、当該薬物の血中濃度で割ることで算出することができる。
【0024】
血中濃度−時間曲線下面積とは、血中濃度を縦軸とし、時間を横軸としたグラフ(血中濃度−時間曲線)について、当該血中濃度を時間で積分した値である。つまり、血中濃度−時間曲線下面積とは、体内で利用された総薬物量を示す値である。また、標準化血中濃度−時間曲線下面積とは、測定した血中濃度−時間曲線下面積の値を統計的に標準化した(薬物の投与量(mg/day)で割った)値である。なお、上述した全身クリアランス(CLtot)は、薬物の投与量を血中濃度−時間曲線下面積(AUC)で割った値となる。
【0025】
半減期とは、薬物が一次消失速度で減少する場合において所定の濃度から半分の濃度になるまでに要する時間を意味する。
【0026】
[背景因子及び遺伝子多型]
アキシチニブの薬物動態を予測する際に使用する患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型とについて詳述する。
【0027】
アキシチニブの薬物動態を予測する際に使用する患者における所定の背景因子とは、当該患者に対するアキシチニブの投与量と、前治療有無に関する情報とを含む意味である。アキシチニブの投与量については、投与量そのものを説明変数としても良いし、投与量を所定の範囲に分けて当該範囲毎に所定の値を説明変数として割り当てても良い。投与量を所定の範囲に分けて説明変数を設定する際には、予測式の立て方にもよるが、投与量が多くなるにつれて高い数値を説明変数とすることができる。
【0028】
また、前治療有無に関する情報については、予測式の立て方にもよるが、例えば、前治療無しの患者を0とし、前治療有りの患者を1とする説明変数を設定することができる。ここで、前治療とは、癌に対する化学療法及び免疫療法を含む意味である。化学療法としては、ソラフェニブ、スニチニブ、エベロリムス、テムシロリムス及びパゾパニブ等のアキシチニブを除く分子標的薬の投与が挙げられる、免疫療法としてはインターフェロン(INF)及びインターロイキン-2の投与が挙げられる。
【0029】
アキシチニブの薬物動態を予測する際に使用する患者における遺伝子多型とは、以下の[1]〜[3]に規定される遺伝子多型である。
[1] OR2B11遺伝子の多型
[2] BCRP遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[3] CPN2遺伝子の多型
【0030】
上記[1]の規定に含まれる多型としては、OR2B11遺伝子におけるrs35305980で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。rs35305980で特定される多型は、野生型がグアニン-アラニン(GA)であるのに対して、変異型がグアニン(G)となる多型である。なお、OR2B11遺伝子は、嗅覚受容体ファミリー2、サブファミリーB−メンバー11をコードする遺伝子として知られている。
【0031】
上記[2]の規定に含まれる多型としては、BCRP遺伝子におけるrs2231142で特定されるC421A多型及びこれに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。BCRPの遺伝子多型の1つであるC421A多型は、コーディング領域の421番目のシトシンがアデニンになっている遺伝子多型である。この一塩基の相違により、BCRPタンパク質における141番目のグルタミンがリシンに変異し、基質薬物を補足して排出するといった輸送機能が著しく低下する(機能欠損型変異)。
【0032】
上記[3]の規定に含まれる多型としては、CPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される多型又はこれに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。rs4974539で特定される多型は、野生型がグアニンであるのに対して変異型がアデニンとなる多型である。なお、CPN2遺伝子は、カルボキシペプチダーゼNのポリペプチド2をコードする遺伝子として知られている。
【0033】
上記[1]〜[3]に規定される遺伝子多型に加えて、アキシチニブの薬物動態を予測する際に使用する患者における遺伝子多型としては、以下の[5]〜[8]に規定される遺伝子多型のうち1つ以上の遺伝子多型を使用しても良い。
[5] UGT1A1遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[6] UGT1A7遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
[7] UGT1A9遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能獲得型変異である多型
[8] MDR1遺伝子の多型であって、変異型アレルが機能欠損型変異である多型
【0034】
上記[5]の規定に含まれる多型としては、rs4148323で特定されるUGT1A1*6多型及びこれに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。UGT1A1の遺伝子多型の1つであるUGT1A1*6は、エキソン1に含まれる211番目が、多数を占める野生型(UGT1A1*1)ではグアニン(G)であるのに対し、アデニン(A)になっている遺伝子多型である。この1塩基の相違によりUGT1A1タンパク質における71番目のアミノ酸がグリシンからアルギニンに変異し、変異型のUGT1A1酵素は、野生型と比較して酵素活性が低下することとなる(機能欠損型変異)。
【0035】
上記[6]の規定に含まれる多型としては、rs17868323で特定されるUGT1A7*2多型及びこれに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。UGT1A7の遺伝子多型の1つであるUGT1A7*2は、コーディング領域の387番目が、多数を占める野生型ではチミンであるのに対し、変異型ではグアニンになっている遺伝子多型である。この変異型のUGT1A7酵素は、野生型と比較して酵素活性がともに低下することとなる(機能欠損型変異)。
【0036】
上記[7]の規定に含まれる多型としては、rs3832043で特定されるUGT1A9*1b多型及びこれに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。UGT1A9の遺伝子多型の1つであるUGT1A9*1bはプロモーター領域の-118番目から始まる(dT)が、野生型が9回((dT)
9)であるのに対し、10回になっている遺伝子多型((dT)
10)であり、このチミンの1塩基挿入という違いにより遺伝子の発現量が上昇し、結果としてUGT活性が上昇する(機能獲得型変異)。
【0037】
上記[8]の規定に含まれる多型としては、MDR1遺伝子におけるrs1128503で特定されるT1236C多型、rs2032582で特定されるG2677T/A多型、rs1045642で特定されるC3435T多型及びこれらいずれかに対して連鎖不平衡となる多型を挙げることができる。MDR1の遺伝子多型の1つであるT1236C多型は、コーディング領域の1236番目のシトシンがチミンになっている遺伝子多型である。この一塩基の相違はMDR1タンパク質におけるアミノ酸置換を伴わないが、mRNAの安定性に影響を与え、マイナーアリルであるTを持つ遺伝子型ではmRNA量が低下する(機能欠損型変異)。また、rs2032582で特定されるG2677T/A多型は、コーディング領域の2677番目のグアニンがチミン又はアデニンになっている遺伝子多型である。この一塩基の相違もまた機能欠損型変異である。さらに、rs1045642で特定されるC3435T多型は、コーディング領域の3435番目のシトシンがチミンになっている遺伝子多型である。この一塩基の相違もまた機能欠損型変異である。
【0038】
ところで、上記[1]〜[3]、[5]〜[8]の規定における、連鎖不平衡となる多型とは、特に限定されないが、連鎖不平衡係数D’が0.8以上、より好ましくは0.95以上、さらに好ましくは0.99以上、最も好ましくは1である連鎖不平衡状態にある多型とすることができる。連鎖不平衡とは、2つの対立遺伝子がそれぞれ独立に遺伝する場合よりも大きな頻度で互いに連鎖して遺伝することをいう。連鎖不平衡係数D’は、2つの遺伝子多型について第一の遺伝子多型の各アレルを(A,a)、第二の遺伝子多型の各アレルを(B,b)とし、4つのハプロタイプ(AB,Ab,aB,ab)の各頻度をそれぞれPAB,PAb,PaB,Pabとすると、下記式により得られる。
【0039】
D’=(PABPab-PAbPaB)/Min[(PAB+PaB)(PaB+Pab),(PAB+PAb)(PAb+Pab)]
[式中、Min[(PAB+PaB)(PaB+Pab),(PAB+PAb)(PAb+Pab)]は、(PAB+PaB)(PaB+Pab)と(PAB+PAb)(PAb+Pab)とのうち、値の小さい方をとることを意味する。]
【0040】
なお、上記[1]〜[3]、[5]〜[8]に規定された遺伝子多型の有無については、予測式の立て方にもよるが、野生型アレルをホモで有する場合には0、当該遺伝子多型をヘテロで有する場合には1、そして、当該遺伝子多型をホモで有する場合には2といった説明変数を設定することができる。ただし、上記[1]〜[3]、[5]〜[8]に規定された遺伝子多型について設定する説明変数は、この具体例に限定されず、上記の順に0、1及び3といった非等間隔に設定しても良い。あるいは、1つの多型を2変数とし、野生型アレルをホモで有する場合には、(0,0)、当該遺伝子多型をヘテロで有する場合には、(1,0)、当該遺伝子多型をホモで有する場合には(0,1)として設定しても良い。
【0041】
[予測式]
上述したように、患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型とを説明変数として、アキシチニブの薬物動態パラメータを目的変数とする予測式によって、患者毎の予測薬物動態パラメータを計算する。予測式については、何ら限定されるものではなく、実際の患者における上記背景因子及び上記遺伝子多型並びに実測した標準化AUC値を用いた回帰分析によって得ることができる。回帰分析には、特に限定されないが、例えばべき乗モデル、指数モデル、漸近指数モデル、ロジスティク成長モデル及びゴンペルツ成長モデル等の非線形重回帰分析手法を使用することができる。また、Ridge回帰モデル、Lasso回帰モデル、Elastic netなどの線形重回帰モデルと組み合わせて使用することができる。
【0042】
このようにして得られた予測式は、一例として実施例に示されるが、上述した患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型から予測標準化AUC値を算出することができる。この場合、予測式は、上記[1]及び[2]又は上記[1]及び[3]の遺伝子多型についてそれぞれ独立した項及びアキシチニブの投与量に関する項を含み、各項に係る係数が設定される。
【0043】
さらに、予測式は、上記[1]及び[2]の遺伝子多型の項に加えて、上記[3]及び上記[5]〜[8]からなる群から選ばれる1つ以上の遺伝子多型についてそれぞれ独立した項及びアキシチニブの投与量に関する項を含む式であっても良い。
【0044】
例えば、標準化AUC値を予測する予測式の場合、上記[1]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[2]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が高くなり、上記[3]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[5]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなり、上記[6]の多型において変異型アレルを有する場合に予測標準化AUC値が低くなる予測式とすることができる。
【0045】
また、予測式は、上記[1]〜[3]、[5]〜[8]の遺伝子多型のうち、上記[1]の多型において変異型アレルを有する場合に算出される予測標準化AUC値への影響が最も高く、次に上記[2]の多型において変異型アレルを有する場合に算出される予測標準化AUC値への影響が高くなる式とすることが好ましい。ここで、算出される予測標準化AUC値への影響は、係数の絶対値の大きさで調整することができる。例えば、上記[1]の多型に関する項に係る係数の絶対値を、上記[2]の多型に関する項に係る係数の絶対値より大きくすることで、算出される予測標準化AUC値に対して上記[1]の多型において変異型アレルを有する場合の影響が上記[2]の多型において変異型アレルを有する場合の影響より相対的に大きくすることができる。
【0046】
なお、薬物動態パラメータを予測する予測式としては、上記[1]〜[3]、[5]〜[8]に関する項及びアキシチニブ投与量に関する項に加えて、前治療有無に関する項や、他の遺伝子多型に関する項や他の背景要因に関する項を含むように設定しても良い。他の遺伝子多型としては、例えばUGT1A1遺伝子、UGT1A7遺伝子又はUGT1A9遺伝子に含まれる他の遺伝子多型を挙げることができる。また、他の背景要因としては、例えば、患者年齢、性別、病理組織診断結果、既往症等を挙げることができる。
【0047】
さらに、予測式で算出される予測標準化AUC値といった予測薬物動態パラメータには信頼区間を推定することができる。信頼区間としては、四分位範囲とすることもできるし、正規分布を仮定して95%信頼区間とすることもできる。予測式によって算出された予測薬物動態パラメータが信頼区間から外れる場合には、予測不能と判断することができる。
【0048】
[アキシチニブによる治療効果判定]
上述のように、患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型に基づいて当該患者についてアキシチニブの薬物動態パラメータを予測することができる。この予測された薬物動態パラメータに基づいて、当該患者に関するアキシチニブによる治療効果を判定することができる。
【0049】
ここで、アキシチニブによる治療効果とは、治療対象の癌を改善する効果及びアキシチニブ投与による副作用の両方を含む意味である。すなわち、予測された薬物動態パラメータに基づいて、当該患者に対してアキシチニブを投与した場合の癌改善効果及び副作用の発生について高確度で判断することができる。
【0050】
アキシチニブによる治療対象の癌としては、例えば、腎細胞癌、特に根治切除不能又は転移性の腎細胞癌を挙げることができる。ただし、本発明においてはこれに限定されず、アキシチニブによる治療対象の癌として線維肉腫、悪性線維性組織球腫 、脂肪肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、血管肉腫、カポジ肉腫、リンパ管肉腫、滑膜肉腫、軟骨肉腫、骨肉腫などの肉腫、脳腫瘍、頭頚部癌、乳癌、肺癌、食道癌、胃癌、十二指腸癌、虫垂癌、大腸癌、直腸癌、肝癌、膵癌、胆嚢癌、胆管癌、肛門癌、尿管癌、膀胱癌、前立腺癌、陰茎癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、外陰癌、膣癌、皮膚癌などの癌腫、さらには白血病や悪性リンパ腫などが挙げられる。
【0051】
したがって、患者について予測したアキシチニブの薬物動態パラメータに基づいて、これら癌に対するアキシチニブの効果を予測することができる。アキシチニブによる癌の改善効果としては、特に限定されないが、例えば腫瘍縮小率で評価することができる。腫瘍縮小率は、固形癌の治療効果判定のための新ガイドライン(RESICT version1.1)に基づき、「ベースライン評価時の全標的病変の径の和(非リンパ節病変では長径、リンパ節病変では短径)を、ベースライン径和(a) として算出し、治療後の全標的病変の径の和から引いた値(b)をベースライン径和で割った値(a)に100をかけたもの」、すなわち式:100 x [(a)-(b)]/(a)にて算出することができる。また、アキシチニブによる癌の改善効果としては、その他にもMRI画像やCT画像による腫瘍の大きさ数及び発生部位等に基づいて判断することもできる。
【0052】
また、アキシチニブ投与による副作用としては、例えば、タンパク尿を挙げることができる。ただし、本発明においてはこれに限定されず、アキシチニブの副作用としては、下痢、高血圧、疲労、悪心、食欲減退、発声障害、手足症候群、甲状腺機能低下症、無力症、嘔吐、体重減少、粘膜の炎症、口内炎、発疹、便秘、頭痛、皮膚乾燥、味覚異常、TSH増加、悪心、AST(GOT)増加、ALT(GPT)増加、鼻出血、関節痛、ALP増加、腹痛、LDH増加、倦怠感、咳嗽、胸痛、血小板数減少及び浮腫を挙げることができる。また、アキシチニブ投与による重大な副作用としては、高血圧、高血圧クリーゼ、動脈血栓塞栓症、静脈血栓塞栓症、出血、消化管穿孔並びに瘻孔形成、甲状腺機能障害、創傷治癒遅延、可逆性後白質脳症症候群、肝機能障害及び心不全を挙げることができる。
【0053】
したがって、患者について予測したアキシチニブの薬物動態パラメータに基づいて、これらアキシチニブによる副作用の発生の有無及び程度を予測することができる。
【0054】
以上のように、予測された薬物動態パラメータに基づいて、患者毎にアキシチニブによる治療効果を判定することができる。この判定結果を用いることによって、患者毎にアキシチニブによる治療方針を最適化することができる。アキシチニブによる治療方針とは、アキシチニブの投与量及び投与タイミングを含む意味である。特に、この判定結果を用いることによって、患者毎にアキシチニブの投与量を最適化することが好ましい。
【0055】
すなわち、予測された薬物動態パラメータにより、アキシチニブの代謝・排泄が遅いと判断される場合(例えば予測標準化AUC値が高値である場合)、副作用の発生が予測できるためアキシチニブ投与量を低くすることができる。逆に予測された薬物動態パラメータにより、アキシチニブの代謝・排泄が早いと判断される場合(例えば予測標準化AUC値が低値である場合)、副作用の可能性が低く且つ抗腫瘍活性も低いと予測できるためアキシチニブ投与量を高くすることができる。また、予測された薬物動態パラメータが中央値近傍(例えば25〜50パーセンタイルの範囲)であれば、通常のアキシチニブの投与量とすることができる。
【0056】
なお、通常のアキシチニブの投与量とは、成人には1回5mgを1日2回経口投与(10mg/day)である。したがって、上述した例において、アキシチニブの投与量を低くするとは、10mg/day未満の量、例えば7mg/dayとすることになる。また、上述した例において、アキシチニブの投与量を高くするとは、10mg/dayより多い量、例えば14mg/dayとすることになる。
【0057】
[薬物動態判定装置、治療効果判定装置]
本発明に係るアキシチニブの薬物動態判定装置は、上述したように、患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型に基づいて当該患者についてアキシチニブの薬物動態パラメータを予測する装置である。
【0058】
薬物動態判定装置は、例えば、
図1に示すように、患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型に関する情報を入力する入力部1と、入力部1で入力した情報に基づいてアキシチニブの予測薬物動態パラメータを算出する演算部2とを備えている。また、薬物動態判定装置は、入力部1で入力した情報や、演算部2で算出した予測薬物動態パラメータを記憶する記憶部3を備えていても良い。また、薬物動態判定装置は、演算部2で算出した予測薬物動態パラメータ、記憶部3に記憶されて予測薬物動態パラメータを出力する出力部4を備えていても良い。
【0059】
なお、薬物動態判定装置は、いわゆるコンピュータにより実現することができる。すなわち薬物動態判定装置における入力部1は、コンピュータにおけるキーボードやマウス等の入力装置、或いは外部記憶装置(公的データベース等)との入力インターフェースを意味する。また、演算部2は、入力された情報に基づいて上述した予測式を用いて予測薬物動態パラメータを算出する演算機能を有するCPU等を意味する。さらに記憶部3は、コンピュータ内部のメモリやハードディスク、或いは外部記憶装置とすることができる。なお、記憶部3は、複数の薬物動態判定装置が共有することができる。
【0060】
以上のように構成された薬物動態判定装置では、入力部1が患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型を入力する。これら情報は操作者が入力しても良いし、例えば、遺伝子多型解析装置から入力しても良い。後者の場合、薬物動態判定装置は、遺伝子型解析装置と接続され、当該遺伝子型解析装置から出力された遺伝子型に関する情報が入力されることとなる。入力された背景因子及び/又は遺伝子多型に関する情報は、演算部2が記憶部3に記憶することもできる。
【0061】
演算部2は、入力部1で入力された又は記憶部3に記憶された背景因子及び/又は遺伝子多型に関する情報と、予測薬物動態パラメータを算出するための予測式とを用いて予測薬物動態パラメータを算出する。ここで、予測式は、記憶部3に記憶されていても良いし、入力部1から入力しても良い。演算部2で算出された予測薬物動態パラメータは、例えばディスプレイやプリンタ等の出力部4に出力することができる。なお、演算部2で算出された予測薬物動態パラメータは、
図1には図示しないが、インターネットやイントラネット等のネットワークを介して他のコンピュータやタブレット等の装置に出力することもできる。
【0062】
また、演算部2は、算出した予測薬物動態パラメータが予め設定した上記信頼区間内に入るか外れるか判断し、予測薬物動態パラメータが信頼区間を外れる場合には予測不能と出力することができる。
【0063】
一方、本発明に係るアキシチニブによる治療効果判定装置は、上述したように、患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型に基づいて当該患者についてアキシチニブの薬物動態パラメータを予測し、予測された薬物動態パラメータに基づいてアキシチニブによる治療効果を判定する装置である。
【0064】
治療効果判定装置は、例えば、
図2に示すように、患者における所定の背景因子と当該患者における所定の遺伝子多型に関する情報を入力する入力部1と、入力部1で入力した情報に基づいてアキシチニブの予測薬物動態パラメータを算出し、当該予測薬物動態パラメータに基づいてアキシチニブによる治療効果を判定する演算部2とを備えている。また、治療効果判定装置は、入力部1で入力した情報や、演算部2で算出した予測薬物動態パラメータ及び/又は治療効果を記憶する記憶部3を備えていても良い。また、治療効果判定装置は、演算部2で算出した予測薬物動態パラメータ及び/又は治療効果、記憶部3に記憶されて予測薬物動態パラメータ及び/又は治療効果を出力する出力部4を備えていても良い。
【0065】
なお、
図2に示した治療効果判定装置において、
図1に示した薬物動態判定装置と同一の構成は同一の符号を付することによってその詳細な説明を省略する。特に
図2に示した治療効果判定装置では、演算部3は、予測された薬物動態パラメータに基づいてアキシチニブによる治療効果として、予測された腫瘍縮小率及び/又は副作用発生の可能性を判定する。また、治療効果判定装置は、これら治療効果の予測に基づいてアキシチニブを用いた治療方針(投与量及び/又は投与タイミング)を導き出しても良い。
【実施例】
【0066】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0067】
〔実施例1〕
本実施例では、アキシチニブの治療効果や副作用との相関を認めた血中濃度−時間曲線下面積(AUC;薬物動態解析パラメータの一つ)を予測するモデルを、関連する遺伝子多型情報と患者背景因子を変数とした回帰モデルを用いて作成した。
【0068】
実験方法
(1)アキシチニブ投与
a)対象患者
対象患者は、山口大学医学部付属病院 泌尿器科において20歳以上で腎細胞癌と診断されアキシチニブ治療を導入予定で「インフォームド・コンセントのための説明文書」の内容を理解し、「同意文書」に自署することにより自由意思により本研究に参加同意する進行性腎細胞癌患者である。
b)アキシチニブ投与法
1) アキシチニブ標準投与開始量10mg(1回投与量5mg)経口投与をおこなった。
2) 臨床的に増量のパラメータとされる高血圧が出現しなかった場合、投与量を14mg(1回投与量7mg)に増量した。
3) Grade 2の有害事象(NCI CTCAE ver.4.0の有害事象の評価規準による)が出現した場合、休薬後投与量10mgで再開し、Grade3の有害事象が出現した場合、休薬後、投与量を7mgに減量し再開した。
【0069】
(2)遺伝子多型解析
患者末梢血(10ml)単核球成分よりDNAを抽出(約1μL)し、2つの容器に分注した。一方のDNAをジーンチップ(東洋鋼鈑社より供与)基盤チップ上の鋳型DNAにハイブリダイズさせ、専用リーダーで蛍光強度を定量することにより、UGT1A1*6、UGT1A1*28、UGT1A1*60、UGT1A7*12、UGT1A7*2、UGT1A9*1b、UGT1A1*93、UGT1A4*1b、UGT1A4*3、UGT1A5*3、UGT1A5*6、BCRP(421C>A)、MDR1(1236T>C)、MDR1(2677G>T/A)及びMDR1(3435C>T)の遺伝子型を決定した。
図3−1〜
図3−3に遺伝子型を解析した結果を示した。さらに、Illumina NextSeq 500によるエクソームシーケンスにてエクソン領域の遺伝子多型を網羅的に解析し、薬物動態解析結果に影響の大きいアミノ酸置換に関わる遺伝子多型を算出し、サンガーシーケンスによりtechnical validation を行った。そして、アキシチニブの血中濃度と有意な相関関係を示す遺伝子多型を数か所算出し、その中から前向きに血中濃度と相関関係を示すCPN2遺伝子の遺伝子多型及びOR2B11遺伝子の遺伝子多型を決定した。
【0070】
(3)薬物動態濃度解析
同意が得られたアキシチニブ投与予定患者に対し、薬物投与量が変更される毎に薬物動態濃度解析を行った。採血は、薬剤投与開始8日以降(投与中断があった場合は再開日より8日以降、すなわち連続する7日間の投与後)に行った。静脈用留置カテーテルに採血ルートを確保後、アキシチニブ投与前、投与後1、2、3、4、8、12時間に採血(5ml)を行い、アキシチニブ血中濃度測定を行った。採血ルートは採血後ヘパリン注入(0.5 ml)にて複数回使用可能な状態とし、採血前には2mlの血液を廃棄後、サンプル用の採血を行った。測定は液体クロマトグラフィ法(LC MS/MS)で測定し、拡張最少二乗法により最高血清中濃度(Cmax)、最高血清中濃度到達時間(Tmax)、血清中濃度曲線下面積(AUC)、みかけの血清中消失半減期(T1/2)を算出し、extensive metabolizer及びslow metabolizerを決定した。
【0071】
(4)回帰モデルの構築
上記(3)の測定結果のうち、標準化AUC、CLR及び標準化Cmaxの各数値と、前治療の有無、投与量を纏めて
図4に示した。
図3−1〜
図3−3及び
図4に示した結果を用いて、UGT1Aに関する6個の遺伝子多型、CYP3Aに関する1個の遺伝子多型、ABC関連遺伝子に関する4個の遺伝子多型、(2)で特定した新たな2つの遺伝子多型(CPN2遺伝子の遺伝子多型及びOR2B11遺伝子の遺伝子多型)、前治療の有無、投与量を加えた13個の遺伝子多型と2因子で標準化AUCを推定する回帰モデル(exponential regression model)を構築した。回帰モデルには、下記式で表される指数関数モデルを用いた。
【0072】
【数1】
【0073】
ここで、本実施例では、1つの遺伝子型を(xi、xi+1)の2変数で表し、野生型、ヘテロ型及び変異型をそれぞれ(0,0)、(1,0)及び(0,1)とおいて、13個の遺伝子多型、前治療の有無及び投与量をそれぞれxiとした13×2+2=28変数とし、標準化AUC値をyとして、
図3−1〜
図3−3及び4に示した44例について、上記式のyと予測値(右辺)の二乗誤差が最小となるようにb
0〜b
28を求めた。
【0074】
解析結果
先ず、全28変数を候補として、Lasso回帰モデルにより、9個の遺伝子多型(13変数)と前治療の有無、投与量からなる15変数を絞り込んだ。次に、15変数の中から変数減少法(Backward Selection)により決定係数が最大となるように因子(遺伝子多型、投与量、又は前治療の有無)を減らしていき、変数の数が少なく、標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関が高い組み合わせを探索した。ここで、全28変数に対して、はじめから変数減少法を用いて最適な組み合わせを探索することも可能であるが、この場合に一度除外された変数を使用できないため、いくつかの方法を組み合わせて探索することにより、より良い組み合わせが得られる場合がある。また、組み合わせ最適化には、たとえば、統計的パターン認識で用いられるSFS法、SFFS法などを用いても良い。あるいは、総当たり法により全組み合わせを評価して最適な組み合わせを決定してもよい。また、相関が高い組み合わせとは、相関係数が最大となるもの、あるいは標準化AUC値と予測標準化AUC値の散布図を作成し、関連性が高いと認められるものを選択してもよい。
【0075】
以上のようにして、本実施例では、BCRP遺伝子におけるC421A多型(rs2231142)とOR2B11遺伝子における多型(rs35305980)と投与量の4変数(遺伝子多型2個と投与量)により標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数が0.82となる指数関数モデル[モデルG]を構築した。
【0076】
このモデルGを基準として、変数を増減してモデルA〜Pを構築した。モデルA〜Pに含まれる因子(遺伝子多型、投与量及び前治療の有無)及び計算された係数を
図5〜7に纏めて示した。
図5〜7において、白抜きの枠は各モデルに含まれる因子であり、網掛けの枠は各モデルに含まれない因子を示している。
図5〜7において、各因子の下に記載した数値は、上記式における係数を意味し、当該係数で上記式を規定することで標準化AUC値を算出するための予測式となる。したがって、各因子に係る係数の絶対値は,予測標準化AUC値の予測における影響の強さを表している。係数が正であれば因子の数値が高いほど予測標準化AUC値が高くなり、係数が負であれば因子の数値が低いほど予測標準化AUCが低くなる。係数が0に近い(絶対値が小さい)ほど、予測における影響が小さいことを表している。また、
図5〜7における(Intercept)は予測式における切片b
0を意味している。
【0077】
また、表1〜3には、モデルA〜Pについて、44例によりモデルを構築した際の標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数(モデル構築用)と、構築したモデルと検証用7例に適用したときの7例の標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数(モデル構築用)と、モデル構築用44例と検証用7例を合わせた51例の標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数(全データ)とを示した。
【表1】
【表2】
【表3】
【0078】
図5〜7及び表1〜3に示すように、モデルGからBCRP遺伝子のC421A多型を除いた3変数のモデル[モデルH]では標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数は0.623であった。また、モデルG からOR2B11遺伝子の遺伝子多型(rs35305980)を除いた2変数のモデル[モデルI]では標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数が0.46であった。このように、モデルGの相関係数と、モデルHの相関係数又はモデルIの相関係数とを比較すると後者の相関係数が著しく低下することがわかる。したがって、本実施例により、BCRP遺伝子のC421A多型とOR2B11遺伝子の遺伝子多型(rs35305980)は予測モデルに必須の因子であることが明らかとなった。
【0079】
また、表1〜3に示したように、モデルGについて、検証用7例に適用したところ、7例の標準化AUC値と予測標準化AUC値の相関係数は0.95であり、また、モデル構築用44例と検証用7例を合わせた51例の相関係数は0.70と高い相関が見られた。
【0080】
さらに、
図5〜7及び表1〜3に示したように、モデルGに対して因子を更に加えたモデルA〜Fは、モデルGの相関係数よりも高い相関係数を示した。このことから、モデルGに対して更に因子を追加することで、より精度に優れた予測式を構築できることが明らかとなった。具体的には、rs4148323で特定されるUGT1A1*6多型、rs17868323で特定されるUGT1A7*2多型、rs3832043で特定されるUGT1A9*1b多型、MDR1遺伝子におけるrs1128503で特定されるT1236C多型、MDR1遺伝子におけるrs2032582で特定されるG2677T/A多型、MDR1遺伝子におけるrs1045642で特定されるC3435T多型及びCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される遺伝子多型のなかから選ばれる1つ以上の遺伝子多型を因子として含ませることで、より精度に優れた予測式を構築できることが明らかとなった。
【0081】
一例として、モデルCは、モデルGに対して、rs17868323で特定されるUGT1A7*2多型と、rs3832043で特定されるUGT1A9*1b多型と、MDR1遺伝子におけるrs2032582で特定されるG2677T/A多型と、MDR1遺伝子におけるrs1045642で特定されるC3435T多型とを加えた遺伝子多型6個及び投与量による予測モデルである。すなわち、モデルCは、上述したLasso回帰モデルにより絞り込んだ変数から変数減少法により因子数を8としたときに出現したモデルとして構築した。モデルCについては、44例の標準化AUC値とこの予測モデルによる予測標準化AUC値との相関係数は0.88であり、モデルGの相関係数より相関が高まっている。さらに、モデルCについては、検証用7例の標準化AUCとこの予測モデルによる予測標準化AUC値との相関係数は0.95であり、モデル構築用44例と検証用7例を合わせた51例の標準化AUC値と予測標準化AUC値との相関係数は0.78であった。
【0082】
また、一例として、モデルCを用いて算出した予測標準化AUC値と実測した標準化AUC値と比較した結果を
図8に示した。
図8からも、これら8因子を用いて算出した予測標準化AUC値は、実測した標準化AUC値と高い相関関係にあることが理解できる。
【0083】
一方、モデルPは、BCRP遺伝子のC421A多型を含まず、CPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される遺伝子多型を因子とする点でモデルGとは異なる予測モデルである。すなわち、モデルPは、OR2B11遺伝子におけるrs35305980で特定される遺伝子多型とCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される遺伝子多型と投与量とを因子とする予測モデルである。モデルPについては、44例の標準化AUC値とこの予測モデルによる予測標準化AUC値との相関係数は0.72であり、モデルGの相関係数よりも低いものの、十分な予測精度を担保できることがわかった。相関が高まっている。さらに、モデルPについては、検証用7例の標準化AUC値とこの予測モデルによる予測標準化AUC値との相関係数は0.96であり、モデル構築用44例と検証用7例を合わせた51例の標準化AUC値と予測標準化AUC値との相関係数は0.72であった。この結果から、OR2B11遺伝子におけるrs35305980で特定される遺伝子多型とCPN2遺伝子におけるrs4974539で特定される遺伝子多型と投与量とを因子とする精度に優れた予測式を構築できることが明らかとなった。