【実施例】
【0062】
以下に、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
1.測定方法
(1)粒径測定
レーザ回折・散乱式粒度分布測定法により行われた(
図2〜
図6)。使用装置は堀場製作所の粒度分布測定装置(LA-950V2型)、具体測定条件は以下の通りである。
分散媒:2-プロパノール
前分散処理:なし
測定方式:バッチ式セルユニットを使用したバッチ式
溶媒屈折率:1.378
試料屈折率:1.920-0.000i
粒子径基準:体積
反複回数:15
【0063】
(2)結晶構造解析
PANalytical社製粉末X線回折装置(XPERT-PRO MPD)を用いて行った(
図10、
図11)。具体的な測定条件は以下の通りである。
走査範囲[°2θ]: 10.000〜70.000
ターゲット Cu
X線出力設定 40mA, 45kV
ステップサイズ[°2θ] 0.017
スキャンステップ時間/s 3.8762
スキャンの種類 連続
試料幅/mm 10.00
測定温度/℃ 25
【0064】
(3)モルフォロジー観察
日本電子株式会社製走査型電子顕微鏡(JSM-6610LA)を用いて行った(
図8、
図9)。前処理として、粉末サンプルをカーボンテープ上に固定した後、金の蒸着を行った。測定の際の加速電圧は20kVであった。
【0065】
2.多層グラフェン分散液の作製
<実施例1>
多層グラフェン粉体(Graphene Nanoplatelets、Grade M、厚み5nm、米国XG Sciences社製)3gを、直径5mmのジルコニアボール45gと一緒に容積45mlのジルコニア容器に投入し、遊星ボールミル(P-7型、フリッチュ・ジャパン(株))を用いて、回転数800rpmで12時間粉砕処理し、同じ条件で粉砕処理した多層グラフェン粉体12gを得た。粒径を測定した結果、粉砕後の多層グラフェン粉体のメジアン径は4.2μmであった(
図2)。粉砕処理した多層グラフェンの結晶構造は、粉末X線回折法(XRD)により分析した結果、多層グラフェンの結晶構造が粉砕により破壊されていないことが確認できた(
図10)。また、走査型電子顕微鏡による観察の結果、12時間粉砕処理した多層グラフェン粒子は薄片形状で、2次元の大きさは数μm程度であることが分かった(
図8)。
【0066】
表1に示した組成の混合溶媒100mlに分散剤(エチルセルロース、鹿1級、純度1Ocp、関東化学製、製品番号14076-01)5gを添加し、2週間をかけて前記混合溶媒に前記分散剤を含浸させた後に、前記分散剤を完全に溶解させ、透明な液状体になるまで攪拌を行った。次に、前記分散剤含有混合溶媒に、前記12時間粉砕処理したグラフェン粉末10gを投入し、超音波ホモジナイザ(VCX-750、米国ソニックス&マテリアル社製)を用いて、80%の出力で、15分間超音波照射によりグラフェン粉末を分散させ、原液Iを作製した。次に、4.5g原液Iを1OOmlのビーカーに入れた後、速乾性溶媒としてシクロペンタン10.5gを攪拌しながら添加し原液IIを調製した。次に、12.5gの前記原液IIを、内容量1OOmlの透明な耐圧ガラス容器に投入した後、前記耐圧ガラス容器に35.6gの液化ガスDMEを注入することにより、多層グラフェン分散液を得た(
図1A、B)。なお、前記透明な耐圧ガラス容器は、弁体付き蓋およびディップチューブが取り付けられたもので、蓋を押すことにより多層グラフェン分散液を放出させることができる。この多層グラフェン分散液は、前記容器内の液相と、液相の構成成分の一つである液化ガスDMEからなる気相とが共存している。
【0067】
【表1】
<実施例2>
実施例1の多層グラフェン粉体の粉砕処理の時間は6時間で、それ以外はすべて実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。粒径を測定した結果、6時間で粉砕処理した多層グラフェン粉体のメジアン径は7.0μmであった(
図3)。
【0068】
<実施例3>
多層グラフェン粉体は、エッジ酸化グラフェン(Graphene Oxide (edge-oxidized) Garmor Inc.(Florida、U.S.A.)製)を用いた。粉砕処理しないで、実施例1と全く同じ条件で多層グラフェン粉体の分散処理を行い、多層グラフェン分散液を作製した。本実施例の多層グラフェン粉体の粒径を測定した結果、そのメジアン径は3.5μmであった(
図4)。
【0069】
<実施例4>
多層グラフェン粉体は、Graphene Nanoplatelets(Grade M、米国XG Sciences社製)を用いた。粉砕処理なしで、実施例1と全く同じ条件で多層グラフェン粉体の分散処理を行い、多層グラフェン分散液を作製した。本実施例の多層グラフェン粉体の粒径を測定した結果、そのメジアン径は、13.lμmであった(
図5)。粉末X線回折法(XRD)により分析した結果、本実施例の多層グラフェン粉体は実施例1の多層グラフェン粉体と同じ結晶構造を持つことが分かった(
図11)。また、走査型電子顕微鏡による観察の結果、本実施例の多層グラフェン粒子は薄片形状で、2次元の大きさは実施例1の粉砕処理した多層グラフェン粒子より大きいことが分かった(
図11)。
【0070】
<実施例5>
実施例1の多層グラフェン粉体の粉砕処理の時間は3時間で、それ以外はすべて実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。粒径を測定した結果、3時間で粉砕処理した多層グラフェン粉体のメジアン径は10.8μmであった(
図6)。
【0071】
<実施例6>
実施例1の多層グラフェン粉体の分散処理において混合溶媒100mlに分散剤(エチルセルロース、鹿1級、純度1Ocp、関東化学製、製品番号1407601)1gを添加した。それ以外はすべて実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。
【0072】
<実施例7>
実施例1の多層グラフェン粉体の分散処理において混合溶媒100mlに分散剤(エチルセルロース、鹿1級、純度1Ocp、関東化学製、製品番号14076-01)1Ogを添加した。それ以外は、すべて
実施例1と同じ条件で多層グラフェン分散液を作製した。
【0073】
3.評価
[分散安定性と再分散性の評価]
液化ガスが含まれている微粒子分散液の分散安定性と再分散性を評価できる既存装置および規格が存在しないため、経験に基づいて、以下の目視法により分散安定性と再分散性の評価を行った。
【0074】
・分散安定性の評価
12.5g原液IIを内容量1OOmlの弁を持つ透明耐圧ガラス容器内に充填した後、35.6gの液化ガスを注入する。次に、手振りにより容器を1分間で30回繰り返し上下を反転させ、十分に混合分散させた後、24時間で静置する。多層グラフェン粒子の沈降を目視により確認する。評価基準は、沈殿および液層の分離が全く生じない場合はA、少量生ずる場合はB、多量に生じる場合はCとして評価する。
【0075】
・再分散性の評価
分散安定性を評価した後、再度容器を1分間で30回繰り返し上下を反転させ、十分に混合分散させた後に、内容物である液相約30mlを残すように一部を放出させる。次に容器1ヶ月間を静置する。次に手振りにより容器を6秒間3回繰り返し上下反転させた後、直ちに容器を45°で傾斜させ、容器底部に残留する未分散凝集物の量を目視で確認する。評価基準は、未分散凝集物が全くない場合はA、少量ある場合はB、多量にある場合はCとして評価する。
【0076】
【表2】
【0077】
[熱安定性の評価]
直径6mmのサファイア基板上に、実施例3の多層グラフェン分散液からなる液相と、液化ガスの蒸気を含む気相とを封入した封入容器から、気相の加圧力により多層グラフェン分散液を噴射(スプレー塗布)して、質量0.340mgの多層グラフェン層を作製し、Pt-Rh製の測定容器にセットした。この多層グラフェン層の熱安定性を、熱天秤(TG 209 F1 Libra(登録商標))を使用し、不活性ガス雰囲気中で室温から1000℃までの熱重量測定(TG)を行った(
図12)。
【0078】
図12に示す測定結果について、200℃付近から330℃までの間に見られる-42.13%の重量減少は、多層グラフェン分散液中に含まれるエチルセルロース(分散剤)に由来する重量減少であると推定され、330℃から1000℃までの-15.33%の重量減少が、多層グラフェンの重量減少に相当すると推定された。また、測定後の測定容器中には、多層グラフェンが残っていたことから、本発明による多層グラフェン分散液は、高温測定においても比較的安定してフラッシュ法に適用できることが分かった。
[黒化剤への応用]
図7は、垂直ステンレス板の表面に黒化処理した後の外観を示す写真である。1は従来品によるもの、2は実施例1の多層グラフェン分散液によるものである。従来品はブラックルブ(株式会社オーデック製)を用いた。
【0079】
次に、熱物性測定用黒化剤としての金属材料の熱拡散率(a、単位はmm
2/s)測定への応用を、従来製品と比較して検証した。材料の熱拡散率は、不安定な熱伝導を特性づける材料固有の特性である。この値は、材料がどれほど速く温度変化に反応するかを表す。熱拡散率の測定はフラッシュアナライザー(LFA 467 HT HyperFlash、ネッチ・ジャパン(株))を用いて行った。測定条件:Position:C、Spotsize/mm:12.7、Filter/%:O、Sensor:MCT(HgCdTe)、Lamp:LFA467 HyperFlash、Purge 2 MFC:HELIUM、Protective MFC:HELIUM
【0080】
黒化処理には、実施例3の多層グラフェン分散液を用いた。また対比のために従来製品として、熱物性測定においての黒化処理に広く使用されているGraphit 33 (CRC Industries Europe, Belgium製)を用いた。
【0081】
応用例1
厚み1.218mm、直径25.200mmの銅試験片の両面に、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が116.506±0.118mm
2/s(298.7K)であった。一方、従来品を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が115.231±0.053mm
2/s(298.6K)であった。銅の熱拡散率の理論値は117mm
2/s(300K)であるので、本発明による黒化処理で従来品と比べて銅の理論値に近い値が得られることが分かる。
【0082】
応用例2
厚み0.9800mm、直径25.200mmのモリブデン試験片の両面に、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が53.790±0.025mm
2/s(298.7K)であった。一方、従来品を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が52.878±0.307mm
2/s(298.2K)であった。モリブデンの熱拡散率の理論値は54.3mm
2/s(300K)であるので、本発明による黒化処理で従来品と比べてモリブデンの理論値に近い値が得られることが分かる。
【0083】
応用例3
NMIJ CRM 5807a(Al
2O
3-TiCCeramics)と同じ基本的な構成(材質)を有するNPA-2(日本タングステン株式会社、直径10mm)を用い、厚み0.1mm、0.2mm、0.3mmの各試験片の両面に、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、グラファイト重量および熱拡散率を測定した(
図13)。また、対比のために従来製品としてGraphit 33およびブラックルブを用いて同様の測定を行った(
図13)。
図13に示した測定結果より、厚み0.1mmの試験片の場合、Graphit 33およびブラックルブを用いた従来の黒化処理では、一回の黒化処理(試験片表面へのスプレー塗布回数は片面1〜2回)でのグラファイト量が0.1mgを超え、熱拡散率の実測値は文献値(9.51mm
2/s)と20%以上の誤差が生じた。一方、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った場合、一回の黒化処理(試験片表面へのスプレー塗布回数は片面2〜3回)でのグラファイト量を0.03mg程度に抑えることができるため、熱拡散率への影響が最小限に抑えられ、CRM 5807aの推奨値と同等の値が得られることが分かった。なお、CRM 5807aと本応用例で用いたNPA-2の相関については、別途確認している。
Graphit 33やブラックルブなどの従来の黒化処理剤を用いて薄板や薄膜の熱拡散率を評価する場合、グラファイト層による測定値への影響を最小限に抑えるため、「薄く」、「まばらに」、かつ「均一」に試料片を黒化処理する技術が測定者に求められ、汎用性が低いというデメリットがあった。一方、本発明による多層グラフェン分散液を用いる黒化処理では、一度に噴射(スプレー塗布)されるグラフェン量が従来の黒化処理剤より少量であり、微細な多層グラフェンが試料片の表面に偏りなく均一に塗布されるため、グラファイト層による熱拡散率への影響を最小限に抑えることができるだけでなく、薄板や薄膜を簡便に評価できることが示唆された。
【0084】
応用例4
厚み25μm、直径10mmのポリイミドフィルム(カプトン(登録商標)、東レ・デュポン社製)の両面に、イオンコーター(エイコーエンジニアリング社製)で金蒸着した後、実施例3の多層グラフェン分散液を用いて黒化処理を行った後、熱拡散率を測定し、三回測定した結果の平均値が0.11mm
2/sであった(
図14)。
図14に示した測定結果より、製造元が提供するカタログに記載の特性値(密度、比熱、熱伝導率)から算出される熱拡散率、および厚みの異なる同等品の熱拡散率と同等の値が得られたことから、本発明による多層グラフェン分散液は、有機薄膜の評価にも有効であることが分かる。
【0085】
[網状模様の形成]
実施例3の多層グラフェン分散液を用いて、アルミ薄膜に向けて噴射し、得られた塗膜を電子顕微鏡で観察した(
図15)。本発明による多層グラフェン分散液を用いて、
図15に示すような模様を持つ塗膜が得られることが分かる。
【0086】
[離型剤・潤滑剤としての応用]
本発明の多層グラフェン分散液を用いて離型剤・潤滑剤としての使用を試みた。その結果、離型剤・潤滑剤としても優れていることが分かった。手作業により粉末原料を充填し、焼結後に手作業により焼結体を焼結型から押し出す粉末焼結(例えば、放電プラズマ焼結)においては、短い時間で薄くて均一な塗膜を形成させることが求められるため、以下の応用例5に示すように、本発明の多層グラフェン分散液は粉末焼結、特に、放電プラズマ焼結においての離型剤・潤滑剤として効果がよいことが本発明者の経験より確認された。
応用例5
放電プラズマ焼結用グラファイト焼結型(カーボン焼結型)(株式会社エヌジェーエス、神奈川県横浜市)を用いて、実施例3の多層グラフェン分散液と、市販の黒鉛型離型剤の中によく使われているブラックルブ(株式会社オーデック、東京都品川区)との比較を行った。前記グラファイト焼結型は、一つのダイスと二つのパンチで構成される。このグラファイト焼結型には、ダイス内璧とパンチの間に薄い黒鉛シートを挟んで使う黒鉛シートタイプと、ダイス内璧とパンチの間に離型剤を塗布する離型剤タイプがある。黒鉛シートタイプは、ダイス内璧とパンチとの間の隙間は約0.2mmであり、離型剤タイプは、ダイス内璧とパンチとの間の隙間は10μm以下で、その隙間を離型剤で埋めることが必要である。本応用例では、離型剤タイプのグラファイト焼結型を用いて、ダイス内璧とパンチ外周面にスプレーにより塗膜を作製し、金属銅粉とアルミナ粉末を原料にして銅焼結体とアルミナ焼結体を作製した。比較実験を3回繰り返して行った結果、ブラックルブと比較して実施例3の多層グラフェン分散液を用いると、グラファイト焼結型から焼結体をよりスムーズに押し出せることが確認された。また、押し出された焼結体表面に付着した離型剤由来の黒色付着物の量が、ブラックルブと比較して実施例3の多層グラフェン分散液の方が少ないことが確認された。