特許第6945218号(P6945218)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6945218使役犬による作業の効率を向上させるための方法およびシステム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6945218
(24)【登録日】2021年9月16日
(45)【発行日】2021年10月6日
(54)【発明の名称】使役犬による作業の効率を向上させるための方法およびシステム
(51)【国際特許分類】
   A61D 13/00 20060101AFI20210927BHJP
   A01K 67/00 20060101ALI20210927BHJP
【FI】
   A61D13/00 Z
   A01K67/00 Z
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-84773(P2017-84773)
(22)【出願日】2017年4月21日
(65)【公開番号】特開2018-175795(P2018-175795A)
(43)【公開日】2018年11月15日
【審査請求日】2020年4月20日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)内閣府、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、タフ・ロボティクス・チャレンジ、ロボットインテリジェンス、委託研究開発
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109508
【弁理士】
【氏名又は名称】菊間 忠之
(72)【発明者】
【氏名】菊水 健史
(72)【発明者】
【氏名】永澤 美保
(72)【発明者】
【氏名】池田 和司
(72)【発明者】
【氏名】久保 孝富
(72)【発明者】
【氏名】濱田 龍之介
(72)【発明者】
【氏名】大野 和則
(72)【発明者】
【氏名】山川 俊貴
【審査官】 菊地 康彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−000138(JP,A)
【文献】 特開2004−097532(JP,A)
【文献】 特開2007−044442(JP,A)
【文献】 特表2017−506876(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0288208(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61D 13/00
A01K 67/00
A61K 29/00
A61B 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
使役犬に電位計を装着し、
電位計によって、使役犬の心電位を計測して心電位時系列情報を得、
電位計若しくは情報処理装置によって、得られた心電位時系列情報から心拍変動時系列情報を作成し、
情報処理装置によって、作成された心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出し、算出された情動価時系列情報に基づいて使役犬による作業を実行させるかまたは使役犬による作業を休止させるかの判定をすることを含む
使役犬による作業の効率を向上させて、当該作業を支援する方法。
【請求項2】
心拍変動時系列情報が、所定時間区間における、心拍間隔の平均、心拍間隔の標準偏差、心拍間隔の分散、連続した心拍間隔間の差の二乗平均平方根、および連続した心拍間隔間の差が50ミリ秒以上となった回数に関する時系列情報である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
心電位時系列情報からの心拍変動時系列情報の作成が、心電位時系列情報からR波時系列情報を抽出し、R波時系列情報から心拍間隔を算出することを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
心電位時系列情報からの心拍変動時系列情報の作成が、算出された心拍間隔を無線送信し、無線送信された心拍間隔を受信することをさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
使役犬の情動価時系列情報の算出が、事前に取得した心拍変動時系列情報とそれに対応する情動価時系列情報とを用いて学習させてなる人工知能によって行われる、請求項1〜4のいずれかひとつに記載の方法。
【請求項6】
使役犬に着用可能な胴衣、電位計、無線送信機、電位計と無線送信機を駆動させるための電源、無線受信機、情報処理装置、および表示装置を有し、
電位計は、電極、計測器、電極から計測器に信号を送るための手段、計測器で計測された心電位時系列情報からR波時系列情報を抽出する手段、R波時系列情報から心拍間隔を算出する手段、および心拍間隔を無線送信機に送るための手段を具備し、
胴衣を使役犬に着用させたときに、電極はそれが使役犬の皮膚に常時触れるように、且つ電源、計測器および無線送信機はそれらの重量が使役犬の左右に略均等になるように、胴衣にそれぞれ設置されており、
無線送信機は、電位計から送られてきた心拍間隔を無線送信するための手段を有し、
無線受信機は、無線送信機から無線送信された心拍間隔を受信するための手段、および受信した心拍間隔を情報処理装置に送るための手段を有し、
情報処理装置は、心拍間隔を心拍間隔時系列情報として集録するための手段、心拍間隔時系列情報に基づいて心拍変動時系列情報を作成するための手段、心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出するための手段、および表示装置に情動価時系列情報、または使役犬による作業の実行若しくは休止の標しを表示させるための手段を有する、
使役犬による作業の効率を向上させるためのシステム。
【請求項7】
測位センサ、加速度計、音響電気変換器および電気音響変換器からなる群から選ばれる少なくとも一つをさらに有する、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
電位計と情報処理装置とを有し、
電位計は、使役犬の心電位を計測して心電位時系列情報を得るものであり、
電位計若しくは情報処理装置は、得られた心電位時系列情報から心拍変動時系列情報を作成するものであり、
情報処理装置は、作成された心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出し、算出された情動価時系列情報に基づいて使役犬による作業を実行させるかまたは使役犬による作業を休止させるかの判定をするものである、
使役犬による作業の効率を向上させるためのシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、災害救助犬などの使役犬による作業の効率を向上させるための方法およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
使役犬は、ヒトに代わってまたは人を助けて作業をするイヌである。使役犬は、疲労の蓄積、意欲若しくは気力の低下、または倦怠などで、作業効率が低下することがある。使役犬に指示を出すハンドラーが使役犬を観察し作業効率が低下していると判断した場合に、随時、休憩を与えたり、別の使役犬に交代させたりするのが一般的である。しかし、ハンドラーの目の届かない場所に居る使役犬の観察は困難であったり、ハンドラーの判断に客観性の欠けることがあったりして、使役犬による作業の効率を最適化できていないことが多い。
【0003】
ところで、動物の検査、健康管理または調教を行うことを目的とする装置が種々提案されている。例えば、特許文献1は、ヒト以外の動物種のメンバーとしての動物をモニタする装置であって、前記動物により着用されるべきモニタ用衣服を有し、前記モニタ用衣服は、前記動物のサイズ及び行動に適合するよう構成されていて、前記動物が通常の活動を行なうことができるようにし、前記衣服に組み込まれていて、前記動物の生理学的機能を検出する1つ又は2つ以上のセンサを有し、前記動物に取り付けられて運搬されるように適合すると共に構成されていて、前記センサを起動させ、有線外部接続手段を用いないで前記センサから生理学的データを取り出す携帯型データユニットを有する、装置を開示している。
【0004】
特許文献2は、生体情報モニタ用センサを押圧するための押圧部材と、上記押圧部材から放射状に少なくとも二方向に延びるように設けられた少なくとも二本の固定用バンドとを有することを特徴とする動物の生体情報モニタ用固定具を開示している。
【0005】
特許文献3は、被検体である生体の生体信号を検出するための生体信号検出手段と、この生体信号検出手段を、該被検体の生体信号を好適に検出することのできる検出部位に密着的に装着するための装着部材と、生体信号検出手段によって検出された生体信号を出力するための出力手段とを備えることを特徴とする動物の生体信号の検出装置を開示している。
【0006】
特許文献4は、動物に対して取り付けられるか、あるいは動物によって着用され、多種の環境に対して行動を適応させるよう前記動物を調教するための調教装置であって、前記多種の環境に対して適応され且つ前記動物の調教者によって選択される多種の調教設定に基づいて稼働され、
・ 新しい調教設定が開始されるよう、前記調教者からの入力、又は前記調教者によって使用される調教設定装置からの入力を受信する手段と、
・ 前記受信される入力を処理するプロセッサと、
・ 前記調教設定と定期的に比較される前記動物に関する少なくとも1つのパラメータを検出する検出手段と、
・ 前記検出されるパラメータのうち1つ又はそれより多くが前記調教設定と矛盾する場合に前記動物の前記行動に影響を与える出力手段と、
を有する、調教装置を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−538520号公報
【特許文献2】特開2006−141467号公報
【特許文献3】特開2007−195817号公報
【特許文献4】特開2009−504176号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のような先行技術文献に記載の技術は、イヌの健康状態などを検知することができるが、使役犬による作業の効率を向上させるものでない。
本発明の目的は、災害救助犬などの使役犬による作業の効率を向上させるための方法およびシステムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために検討を重ねた結果、以下の態様を包含する本発明を完成するに至った。
【0010】
〔1〕 使役犬に電位計を装着し、使役犬の心電位を計測して心電位時系列情報を得、 心電位時系列情報から心拍変動時系列情報を作成し、 心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出し、 算出された情動価時系列情報に基づいて使役犬による作業を実行させるかまたは使役犬による作業を休止させるかの判定をすることを含む使役犬による作業の効率を向上させるための方法。
【0011】
〔2〕 心拍変動時系列情報が、所定時間区間における、心拍間隔の平均、心拍間隔の標準偏差、心拍間隔の分散、連続した心拍間隔間の差の二乗平均平方根、および連続した心拍間隔間の差が50ミリ秒以上となった回数に関する時系列情報である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 心電位時系列情報からの心拍変動時系列情報の作成が、心電位時系列情報からR波時系列情報を抽出し、R波時系列情報から心拍間隔を算出することを含む、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕 心電位時系列情報からの心拍変動時系列情報の作成が、算出された心拍間隔を無線送信し、無線送信された心拍間隔を受信することをさらに含む、〔3〕に記載の方法。
〔5〕 使役犬の情動価時系列情報の算出が、事前に取得した心拍変動時系列情報とそれに対応する情動価時系列情報とを用いて学習させてなる人工知能によって行われる、〔1〕〜〔4〕のいずれかひとつに記載の方法。
【0012】
〔6〕 使役犬に着用可能な胴衣、電位計、無線送信機、電位計と無線送信機を駆動させるための電源、無線受信機、情報処理装置、および表示装置を有し、
電位計は、電極、計測器、電極から計測器に信号を送るための手段、計測器で計測された心電位時系列情報からR波時系列情報を抽出する手段、R波時系列情報から心拍間隔を算出する手段、および心拍間隔を無線送信機に送るための手段を具備し、
胴衣を使役犬に着用させたときに、電極はそれが使役犬の皮膚に常時触れるように、且つ電源、計測器および無線送信機はそれらの重量が使役犬の左右に略均等になるように、胴衣にそれぞれ設置されており、
無線送信機は、電位計から送られてきた心拍間隔を無線送信するための手段を有し、
無線受信機は、無線送信機から無線送信された心拍間隔を受信するための手段、および受信した心拍間隔を情報処理装置に送るための手段を有し、
情報処理装置は、心拍間隔を心拍間隔時系列情報として集録するための手段、心拍間隔時系列情報に基づいて心拍変動時系列情報を作成するための手段、心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出するための手段、および表示装置に情動価時系列情報、または使役犬による作業の実行若しくは休止の標しを表示させるための手段を有する、
使役犬による作業の効率を向上させるためのシステム。
〔7〕 測位センサ、加速度計、音響電気変換器および電気音響変換器からなる群から選ばれる少なくとも一つをさらに有する、〔6〕に記載のシステム。
【0013】
好ましい実施形態としてつぎのようなものを挙げることができる。
〔8〕 使役犬に測位センサを装着し、使役犬の位置情報を無線送信し、無線送信された位置情報を受信することをさらに含む、〔1〕〜〔5〕のいずれかひとつに記載の方法。
〔9〕 使役犬に加速度計を装着し、使役犬の姿勢および動きを計測することをさらに含む、〔1〕〜〔5〕のいずれかひとつに記載の方法。
〔10〕 電位計で計測された電位を心電位と筋電位とに分離することをさらに含む、〔1〕〜〔5〕のいずれかひとつに記載の方法。
〔11〕 使役犬に音響電気変換器および/または電気音響変換器を装着し、収音および/または発音を行うことをさらに含む、〔1〕〜〔5〕のいずれかひとつに記載の方法。
〔12〕 情動価時系列情報が、快の確率の時系列情報と不快の確率の時系列情報を含む、〔1〕〜〔5〕のいずれかひとつに記載の方法。
〔13〕 所定時間分の情動価時系列情報において、快の確率に対する不快の確率の比が7/3以上となる頻度が2/3以上であるときに、使役犬による作業を休止させる判定を下す、〔12〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法およびシステムは、作業中の使役犬の心拍間隔時系列情報を測定することができ、その心拍間隔時系列情報から心拍変動時系列情報を取得し、心拍変動時系列情報から情動価時系列情報を算出して、使役犬の疲労度合い、意欲若しくは気力の低下度合い、または倦怠の度合いを、オンラインで、高い確率で推定することができる。そして、情動価時系列情報に基づいて使役犬による作業の実行または作業の休止を判定する。この判定結果を考慮してハンドラーが使役犬に指示を出すことによって、使役犬による作業の効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の方法を実行するのためのシステムの一例を示す図である。
図2】使役犬に本発明に使用される胴衣を着用させた状態の一例を示す図である。
図3】本発明に使用される胴衣の表側の構造の一例を示す図である。
図4】本発明に使用される胴衣の裏側の構造の一例を示す図である。
図5】推定された快、中間および不快で表される情動価時系列情報を表すグラフの一例を示す図である。
図6】静止時の心拍間隔の時系列情報の一例を示す図である。
図7】歩行時の心拍間隔の時系列情報の一例を示す図である。
図8】本発明のシステムによる表示画面の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る使役犬による作業の効率を向上させるための方法は、使役犬に電位計を装着し、使役犬の心電位を計測して心電位時系列情報を得、心電位時系列情報から心拍変動時系列情報を作成し、心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出し、算出された情動価時系列情報に基づいて使役犬による作業を実行させるかまたは使役犬による作業を休止させるかの判定をすることを含む。
【0017】
図面を参照して本発明を説明する。本発明に係る使役犬による作業の効率を向上させるためのシステムは、使役犬に着用可能な胴衣1、電位計、無線送信機、電位計と無線送信機を駆動させるための電源、無線受信機、情報処理装置、および表示装置を有する。
【0018】
ここで、使役犬としては、例えば、猟犬、牧羊犬、そり犬、軍用犬;地雷探知犬、麻薬探知犬、銃器探知犬、爆発物探知犬、地雷探知犬、検疫探知犬、がん探知犬、DVD探知犬、シロアリ探知犬、トコジラミ探知犬などの探知犬;災害救助犬、水難救助犬、山岳救助犬、警察犬、警備犬;盲導犬、聴導犬、身体障害者補助犬、介助犬、セラピードッグなどが挙げられる。
【0019】
胴衣1は、例えば、図2に示すように、き甲部8または背部9から前胸部10を経由する部分と、き甲部または背部から下胸部11を経由する部分とによってイヌに着用させることができる。図2に示す胴衣1は、図3に示すようにイヌの左側に設けられたファスナ12の開閉によって着脱することができる。
【0020】
電位計は、電極13、計測器14、電極から計測器に信号を送るための手段(例えば、信号伝送線15)、計測器で計測された心電位時系列情報からR波時系列情報を抽出する手段、R波時系列情報から心拍間隔を算出する手段、および心拍間隔を無線送信機に送るための手段を具備する。
胴衣を使役犬に着用させたときに、電極13はそれが使役犬の皮膚に常時触れるように胴衣に設置されている。図4においては、電極13はイヌの前胸部10から下胸部11にかけての3カ所の皮膚に触れるように胴衣に縫い付けて設置されている。
胴衣を使役犬に着用させたときに、電源、電位計および無線送信機はそれらの重量が使役犬の左右に略均等になるように胴衣に設置されている。無線送信機は、電位計から送られてきた心拍間隔を無線送信するための手段を有する。
【0021】
胴衣には、測位センサ19、加速度計20、音響電気変換器および電気音響変換器からなる群から選ばれる少なくとも一つをさらに設置してもよい。
【0022】
使役犬に測位センサを装着し、使役犬の位置情報を無線送信し、無線送信された位置情報を受信することによって、仮にハンドラーが使役犬を見失った場合でも、使役犬の居場所を把握することができる。
【0023】
使役犬に加速度計を装着し、使役犬の姿勢および動きを計測することによって、使役犬の筋肉の動き、呼吸の状態などを把握し、電位計で測定された電位から筋電位などの雑音を分離し心電位をより正確に抽出することが可能となる。また、使役犬の動きの活発度を知ることもできる。
【0024】
使役犬に音響電気変換器、例えばマイク、を装着し収音を行うことによって、例えば、呼吸音を検出したり、被災者を災害救助犬が発見し、ハンドラーに知らせるための吠えを、遠く離れた場所に居るハンドラーに感知させたりすることができる。また、使役犬に電気音響変換器、例えばスピーカ、を装着し発音を行うことによって、例えば、ハンドラーが使役犬によって発見された被災者に話しかけることができる。
なお、胴衣に設置することができる、電源、電位計、無線送信機、測位センサ19、加速度計20、音響電気変換器、電気音響変換器などは、胴衣に着脱が可能であってもよい。例えば、図3に示すようにファスナ16等で閉じることができるポケットに電源、計測器、無線送信機などを収納することができる。
【0025】
心拍間隔(RRI)は、心電図(心電位時系列情報)中のR波の発生時刻の時間差である。R波は、心臓の心室と呼ばれる部分が急激に収縮して血液を心臓から送り出している時に発生する電気信号であり、心電図中に一番鋭いピークで現れる。
図6及び図7は、本発明の方法およびシステムによって算出された、静止時の心拍間隔の時系列情報の一例および歩行時の心拍間隔の時系列情報の一例、を示す図である。RRIの値は、R波が発生した時刻でのみデータが発生するため、不定の周期で発生する離散的なデータである。図6および7では不定周期のRRIの離散値を補間して線で表している。補間によって得られた線から一定周期のRRI補間値に変換することができる。補間の仕方としては、例えば、線形補間、スプライン補間などが挙げられる。無線送信機で送る心拍間隔のデータは、不定周期に発生するRRI値であってもよいし、上記のような方法によって一定周期に発生するようにしたRRI補間値であってもよい。無線送信された心拍間隔は無線受信機によって受信される。
【0026】
受信した心拍間隔を情報処理装置中のデータサーバに心拍間隔時系列情報として集録する、そして心拍間隔時系列情報を情報処理装置で解析する。情報処理装置は、心拍間隔の時系列情報に基づいて心拍変動時系列情報を作成する手段、心拍変動時系列情報に基づいて使役犬の情動価時系列情報を算出するための手段、および表示装置に情動価時系列情報、または使役犬による作業の実行若しくは休止の標しを表示する手段をさらに有する。
【0027】
情報処理装置においては例えば次のようなことが行われる。
図6および図7に示すように心拍間隔は不定の周期的な変動をする。このような不定の周期的な変動を心拍変動と呼ぶ。心拍間隔系列情報を解析して心拍変動の時系列情報を作成する。
本発明においては、分単位未満の心拍間隔時系列情報で評価ができるという観点から、時間領域解析が好ましく使用される。時間領域解析に用いられる心拍変動の特徴値として、例えば、ある所定時間区間における、心拍間隔の平均、心拍間隔の標準偏差、心拍間隔の分散、連続した心拍間隔間の差の二乗平均平方根、および連続した心拍間隔間の差が50ミリ秒以上となった回数を挙げることができる。それらの値を時々刻々と収録し心拍変動時系列情報とする。
【0028】
また、心拍間隔時系列情報からパワースペクトル密度(PSD;power spectral density)を計算して周期構造(例えば、呼吸変動に対応する高周波変動成分(HF)、血圧変動であるメイヤー波(Mayer wave)に対応する低周波成分など(LF))を抽出してもよい。副交感神経が優位にある場合にHF成分が現れやすいので、HFの数値を副交感神経の活性度(緊張度)とすることができる。また、交感神経が優位でも、副交感神経が優位でも、LFが現れるので、LFとHFの比をとって、LF/HFをストレス指標(交感神経の活性度)とすることもできる。ただし、周期構造の抽出(周波数解析)には分単位以上の心拍間隔時系列情報が必要である。
【0029】
心拍変動と自律神経機能(情動)との間に強い関係があることが知られている。そこで、イヌに対して、何の刺激も与えない時、快刺激を与えている時、不快刺激を与えている時などにおける、イヌの情動状態とイヌの心拍変動をそれぞれ記録する。イヌの情動状態とイヌの心拍変動とを含むデータ群に基づいて、機械学習アルゴリズムを用いて、心拍変動と情動状態との関係性を表す関数を生成させることができる。機械学習としては、教師あり学習、半教師あり学習、教師なし学習、深層学習などが挙げられる。本発明においては、機械学習アルゴリズムとして、教師あり学習アルゴリズム若しくは半教師あり学習アルゴリズムまたは深層学習アルゴリズムが好ましく用いられる。深層学習アルゴリズムによると、関数を特徴づける変数が自動的に設定され、計算される。本発明の実施例においては、ランダムフォレストを使用して、心拍間隔の平均、心拍間隔の標準偏差、心拍間隔の分散、連続した心拍間隔間の差の二乗平均平方根、および連続した心拍間隔間の差が50ミリ秒以上となった回数などの心拍変動の特徴値と、イヌの情動状態との関係を、機械学習させた。
本発明において、情報処理装置として、上記のような機械学習を行った人工知能を包含する情報処理装置を用いることができる。情報処理装置により、イヌの情動状態を情動価として数値化することができる。情動価時系列情報は、快の確率の時系列情報と不快の確率の時系列情報を含むことができる。
【0030】
情報処理装置によって算出された使役犬の情動価時系列情報、または使役犬による作業の実行若しくは休止の標しを表示装置にて表示することができる。図8は表示画面の一例を示す図である。図8では、心拍数の時系列グラフと、推定された情動価を示す時系列グラフと、使役犬の所在位置を地図上に示す画像とがウインドにそれぞれ表示されている。図5は、情動価を示す時系列グラフの拡大図である。このグラフでは、所定時間分の情動価時系列情報において、快の確率に対する不快の確率の比が7/3以上となるときに、ネガティブ(マイナス)の位置に点を表示し、不快の確率に対する快の確率の比が7/3以上となるときに、ポジティブ(プラス)の位置に点を表示し、それ以外のときに、ニュートラル(ゼロ)の位置に点を表示するようになっている。
【0031】
使役犬による作業の実行若しくは休止の標しは、例えば、所定時間分の情動価時系列情報において、ネガティブの表示となった頻度が所定時間区間において2/3以上であるときに、休止すべきと判定し、休止の標しを表示することができる。この判定結果を考慮してハンドラーが使役犬に指示を出すことによって、使役犬による作業の効率を向上させることができる。表示装置は、タブレット型、ノート型などのような、ハンドラーの携帯に便利なもの、グラフィカルユーザインタフェースを採用するものが好ましい。
【0032】
本発明のシステムの一部を構成する、無線受信機および情報処理装置は、使役犬が作業している現場の近く、例えば、ハンドラーが携帯する表示装置に付設してもよいし、または使役犬が作業している現場から遠く離れた場所に設置してもよい。災害救助犬による作業の場所では、地震、津波、火災などによって情報処理装置自体が被災する恐れがあるので、例えば、情報処理装置を複数個所に設けて、被災を免れた情報処理装置によって、被災地における使役犬の情動状態を推定して、作業の効率向上を図ることができる。
【0033】
次に、実施例を示し、本発明をより詳しく説明する。ただし、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
快条件における測定:イヌ(オスのスタンダードプードル)1頭を先ず静止させた。静止しているときの心電位を測定した。イヌに餌が箱に入っていることを知らせたうえで、イヌから離れた場所に餌の入った箱を置き、箱のところまでイヌを歩かせた。歩いているときに心電位を測定した。
不快条件における測定:同じイヌ1頭を先ず静止させた。静止しているときに心電位を測定した(安静時)。イヌに餌が箱に入っていないことを知らせたうえで、イヌから離れた場所に餌の入っていない箱を置き、箱のところまでイヌを歩かせた(不快)。歩いているときに心電位を測定した。
快条件および不快条件におけるこれら一連の測定を、1日10回、9日間行った。快条件における静止時および歩行時の心電位時系列情報と、不快条件における静止時および歩行時の心電位時系列情報とを集録した。
【0035】
10秒毎に、心電位時系列情報から、10秒間分の心拍間隔(RRI)の時系列情報を算出した。RRIをWIFIにて無線送信した。受信した10秒間分のRRIの時系列情報から、心拍間隔の平均(mean RRI)、心拍間隔の標準偏差(SDNN)、心拍間隔の分散(Total Power)、連続した心拍間隔間の差の二乗平均平方根(RMSSD)、および連続した心拍間隔間の差が50ミリ秒以上となった回数(NN50)を算出し、心拍変動時系列情報として集録した。
快条件における静止時および歩行時の心拍変動時系列情報と、不快条件における静止時および歩行時の心拍変動系列情報とを、ランダムフォレスのインストールされた情報処理装置にて機械学習させた。
【0036】
イヌ(オスのスタンダードプードル)1頭を野外に連れ出した。電位計が設置された胴衣をイヌに着用させた。測定された心電位の時系列情報からRRI時系列情報を作成し、RRI時系列情報を無線で上記情報処理装置に伝送した。
RRI時系列情報から、mean RRI、SDNN、Total Power、RMSSD、およびNN50を算出した。それらから、快の確率(Pp)と不快の確率(Pn)を情報処理装置で算出した。なお、PpとPnの和は1である。情動価は、簡単のために、Ppに対するPnの比が7/3以上になった場合を「−1」とし、Ppに対するPnの比が3/7以下になった場合を「+1」とし、Ppに対するPnの比が3/7超過7/3未満になった場合を「±0」として表示した。
イヌが餌を与えられている状態(快の状態)のときには「+1」と表示される頻度が高く、イヌが不快の状態のときには「−1」と表示される頻度が高くなった。心電位時系列情報に基づいて3分間分(18回分)の情動価時系列情報を得た。18回分の情動価のうち12回分の情動価が−1であるとき、犬による作業を休止させるべきと判定した。
【0037】
以上の結果から、本発明の方法およびシステムは、作業中の使役犬の心拍間隔時系列情報を測定することができ、その心拍間隔時系列情報から心拍変動時系列情報を取得し、心拍変動時系列情報から情動価時系列情報を算出して、使役犬が快の状態にあるのか、不快の状態にあるのかを高い確率で推定でき、それに基づいて使役犬による作業の実行または休止を判断できることがわかる。
【0038】
さらに、本発明の方法およびシステムを家庭犬に着用して情動価時系列情報を算出することによって、家庭犬の情動の判定に利用することもできる。また、本発明の方法およびシステムは獣医臨床にも利用可能である。
【符号の説明】
【0039】
1: 胴衣
8: き甲部
9: 背部
10: 前胸部
11: 下胸部
12: 胴衣の側面のファスナ
13: 電極
14: 計測器
15: 信号伝送線
16: ポケットのファスナ
19: 測位センサ
20: 加速度計
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