特許第6945274号(P6945274)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6945274
(24)【登録日】2021年9月16日
(45)【発行日】2021年10月6日
(54)【発明の名称】眼用装置
(51)【国際特許分類】
   A61H 5/00 20060101AFI20210927BHJP
   G02C 7/06 20060101ALI20210927BHJP
【FI】
   A61H5/00 F
   G02C7/06
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-10667(P2016-10667)
(22)【出願日】2016年1月22日
(65)【公開番号】特開2017-127581(P2017-127581A)
(43)【公開日】2017年7月27日
【審査請求日】2019年1月10日
【審判番号】不服2020-10961(P2020-10961/J1)
【審判請求日】2020年8月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 治雄
【合議体】
【審判長】 芦原 康裕
【審判官】 莊司 英史
【審判官】 倉橋 紀夫
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2004/0246439(US,A1)
【文献】 特開昭51−70650(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/052715(WO,A1)
【文献】 特開昭52−7746(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61H5/00
G02C7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水晶体の調節機能が低下した眼球の視機能を改善させる眼用装置であって、
周方向に焦点距離が変化することで光軸周りに互いに焦点距離が異なる光学領域を備えるレンズと、
前記レンズを前記レンズの光軸周りに所定の速度で回転させる駆動素子と
を有し、
前記所定の速度は、前記レンズが適用される眼球の光学系の焦点距離を前記眼球の時間分解能より短い周期で変化させる速度であり、
前記レンズは、第1の焦点距離を備える第1の光学領域と第2の焦点距離を備える第2の光学領域とを備え、
前記第1の光学領域と前記第2の光学領域とは、前記レンズの周方向において連続的に繋がるように交互に分布する、
ことを特徴とする眼用装置。
【請求項2】
各々の前記光学領域は、前記レンズの前記光軸を共通の中心とする同心円状の回折パターンからなる回折光学系により構成される、
ことを特徴とする請求項1に記載の眼用装置。
【請求項3】
前記レンズの光軸前側に視野絞りが設けられている、
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の眼用装置。
【請求項4】
前記レンズは、前記眼球の虹彩よりも小さい開口絞りを備える、
ことを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の眼用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼用装置、特に水晶体が本来有する焦点の調節機能が劣化した眼球に用いる眼用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
白内障治療においてヒト混濁水晶体を置換して屈折を補正するために水晶体の代用として眼用レンズが実用に供されている。従来は、上記の白内障治療を受けた患者は、いわゆる正のパワーを有する眼鏡またはコンタクトレンズを装用したり、人工水晶体である眼内レンズを水晶体嚢内に挿入する手術を受けたりすることで、水晶体の屈折力を補っている。上記の白内障治療に用いられる光学素子には、単焦点レンズ、非球面レンズ、トーリックレンズ、多焦点レンズなど、様々な種類が存在する。
【0003】
また、調節型と呼ばれる眼内レンズも実用に供されている。この調節型の眼内レンズにおいては、正のパワーを有するレンズと負のパワーを有するレンズを組み合わせたレンズの間隔を、毛様体筋よって変化させたり、当該レンズの曲率半径を変化させたりすることで、レンズの焦点距離が変化する。また、患者の瞳孔の大きさに応じて眼内に取り込まれる光の量を検知して調節力を変化させる眼内レンズや、度数を変更することが可能な液体レンズを用いる眼鏡も存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2015/040957号
【特許文献2】特許第5419005号公報
【特許文献3】特開平10−253898号公報
【特許文献4】特開平10−144975号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ただし、これらの光学素子は、焦点位置が固定されており、水晶体が本来有する焦点の調節機能を実現できない。例えば、多焦点レンズは、例えば遠方、近方、中間視などの、複数の焦点を有するため、調節機能に代わる機能を有しているとも言えるが、各焦点の中間においては所望の視機能が実現できなかったり、ハローやグレアなどの回折による不自然な光の損失が原因となるコントラストの低下が生じたりする。
【0006】
また、上述の調節型の眼内レンズは、眼内では上記のレンズの間隔や曲率半径が適切に調節できないという臨床結果も存在する。考えられる理由としては、後発白内障の発症や細胞の癒着など、眼内レンズ挿入後に生じる生体反応が原因で眼内レンズの動きが抑制されることや、一般に白内障を発症する患者はいわゆる高齢者であることが多く、患者の持つ調節力が衰えていることが挙げられる。
【0007】
また、患者の瞳孔の大きさに応じて眼内に取り込まれる光の量を検知して調節力を変化させる眼内レンズにおいては、瞳孔の大きさの変化と遠方と近方とを見る動きとが連動しているとは必ずしも言えない。また、患者が高齢者である場合、瞳孔の変化が小さいために、眼内レンズが調節力を適切に変化させることができない場合もある。
【0008】
また、液体レンズを用いて度数を変更する眼鏡を用いる場合、装用する患者が手動でレンズの度数を変更するため、液体レンズは任意の度数に対応可能な固定焦点レンズに相当
するものであって、焦点距離の調節機能が失われた眼球に対して広い焦点深度を提供するものではない。
【0009】
本件開示の技術は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、手術等で無水晶体となった等の理由で、水晶体が本来有する焦点の調節機能が劣化した眼球の視機能を改善させる眼用装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本件開示の眼用装置は、周方向に焦点距離が変化することで光軸周りに互いに焦点距離が異なる光学領域を備えるレンズと、レンズをレンズの光軸周りに所定の速度で回転させる駆動素子とを有する。これにより、当該眼用装置の使用者は、水晶体の調整力が劣化している場合でも遠方から近方の範囲にわたってピントの合った像を脳に伝達させることができる。なお、本発明において水晶体の調節機能(調整力)が劣化するとは、手術等で無水晶体となることで水晶体の調節機能(調整力)を完全に失った場合の他、老化や病気等の理由により水晶体の調節機能(調整力)が弱くなった場合も含む。
【0011】
また、上記の眼用装置において、レンズは、第1の焦点距離を備える第1の光学領域と第2の焦点距離を備える第2の光学領域とを備え、第1の光学領域と第2の光学領域とは、レンズの周方向において交互に分布する構成としてもよい。また、所定の速度は、レンズが適用される眼球の光学系の焦点距離を眼球の時間分解能より短い周期で変化させる速度としてもよい。また、各々の光学領域は回折光学系により構成されてもよい。さらに、レンズの光軸前側に視野絞りが設けられてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本件開示の技術によれば、眼球の視機能を改善させる眼用装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明における実験に用いられる装置の一例を示す図である。
図2】本発明における実験に用いられる装置の一例を示す図である。
図3】一実施例における眼用装置の概略構成を例示する図である。
図4】一実施例における眼鏡レンズの概略構成を例示する図である。
図5】一実施例における眼鏡レンズの概略構成を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
ヒトの眼は、常に30〜150Hzの振動数で振動していることが知られている。これは、焦点を振動させることで、任意の方向にすばやくピント調節を行うことができるようにするためと考えらえる。また、蛍光灯などの照明器具は、供給される電源の周波数に応じて高速で点滅しているが、ヒトの眼には当該点滅は感知されない。すなわち、ヒトの脳には、30Hz以上の振動数で振動する像は、振動する像としてではなく、連続的に動く像として認識される。
【0016】
また、ハイブリッドイメージと呼ばれるヒトの錯視を利用する画像が存在する。これは、高周波成分のみで描画された画像、すなわち画像内の対象の輪郭を際立たせた画像と、低周波成分のみで描画された画像、すなわち画像内の対象の輪郭をぼかした画像とを合成した画像である。輪郭がぼけている画像と輪郭が際立っている画像とを互いに重ね合わせた場合、ヒトの眼には輪郭の際立っている画像が認識されやすく、輪郭がぼけている画像は認識されにくい。すなわち、ヒトの視機能によれば、輪郭の際立っている像が脳に伝達
されていれば、輪郭がぼけている像が存在しても、輪郭の際立っている像が認識されると考えられる。
【0017】
一方、ハイブリッドイメージを眼から離していくと、眼には、高周波成分のみで描画された画像の微細な各要素がぼやけて見えにくくなり、低周波成分のみで描画された画像の要素の方が見えやすくなる。すなわち、調節機能が劣化した眼球でピントの合った画像と、当該画像より近方にあるピントのずれた画像とを見た場合、眼には、ピントの合った画像が認識されやすく、近方のぼやけた画像は認識されにくいと考えられる。
【0018】
そこで、調節機能が劣化した眼球に、30Hz以上の振動数で焦点が移動する可変焦点型の光学素子を適用するなど、眼球の光学系の焦点距離を30Hz以上で変動させることにより、変動範囲内の複数の焦点距離に同時にフォーカスを合わせることができ、脳には、当該焦点距離の変動範囲内にある像のピントが合っていると認識される。すなわち、眼球の調節機能が失われている場合でも、上記の構成を採用することで、脳には、近方から遠方までピントの合った像を伝達させることができる。
【0019】
本実施形態においては、光学素子の焦点距離を高速で変動させることにより、眼球の調節機能が劣化している場合でも、広い焦点距離の範囲内で焦点を合わせることができ、かつ、固定焦点の多焦点レンズを用いた場合に生じるような視機能が低下する中間域は存在せず、ハローやグレアなどの不具合を良好に回避することができる。なお、本実施形態に係る眼用装置の具体的な構成については後述する。
【0020】
次に、眼球の光学系における焦点距離が高速で変動する場合に像がどのように見えるかについて、以下の実験装置を用いたシミュレーションを行う。本実施形態では、図1に示す実験装置1を使用する。まず、互いに異なる指標が記されている2枚のチャート10、20を互いに2.3mm離して振動試験機30に固定する。チャート10は光透過性を有する四角形の板状部材であり、チャート10の四隅付近にそれぞれ格子図形が付されている。また、チャート20も光透過性を有する四角形の板状部材であり、チャート20の中央付近に格子図形が付されている。チャート10、20の大きさは互いに同一であるとする。ここで、振動試験機30は、チャート10、20を50Hz以上の振動数で振動させることが可能な装置である。なお、図1においては、チャート10、20に付されている格子図形は同一模様として示す。
【0021】
チャート10、20の前段には、光源40が設置されている。光源40は、一例としてハロゲンランプ40aおよび集光レンズ40bを有する。チャート10、20に十分な光量の光が照射されるように、光源40の位置、光源40の出射光量、集光レンズ40bの光軸の向きなどが調整される。また、チャート10、20の後段には、単焦点レンズ50が配置される。単焦点レンズ50は、焦点距離fが16mm、絞り値Fが1.8のレンズである。なお、単焦点レンズ50の絞りは開放(F1.8)で使用する。集光レンズ40bと単焦点レンズ50の光軸方向は同一である。そして、振動試験機30は、チャート10、20を、集光レンズ40bと単焦点レンズ50の光軸方向において前後に振動させる。なお、チャート10、20は、集光レンズ40bと単焦点レンズ50の光軸方向から見て、互いに重なり合うように振動試験機30に固定される。
【0022】
また、単焦点レンズ50の後段には、スクリーン60が設置されている。単焦点レンズ50を透過した光は、スクリーン60に到達する。単焦点レンズ50のピントは、振動試験機30によりチャート10、20が振動している間に、交互に一方のチャートに合うように設定されている。したがって、振動試験機30によりチャート10、20が振動しているときに、スクリーン60には一方のチャートにピントが合った像と他方のチャートにピントが合った像とが交互に繰り返し現れる。
【0023】
上記のように構成された実験装置1において、振動試験機30を約60Hzの振動数で集光レンズ40と単焦点レンズ50の光軸方向に振動させ、スクリーン60に投影されるチャート10、20の像を目視により観察した。この結果、振動試験機30を動作させず、単焦点レンズ50の焦点をチャート10、20の一方のチャートに合わせる場合は、両方のチャート10、20の像を同時にスクリーン60で認識することはできなかった。しかし、振動試験機30によりチャート10、20を振動させる場合は、両方のチャート10、20の像を同時にスクリーン60で認識することができた。この実験を行った光学系においてチャート位置を光軸方向に振動させることは、光学素子の焦点距離を変化させることに相当する。
【0024】
次に、図2に示す実験装置2を用いて上記と同様の実験を行う。なお、実験装置2において実験装置1と同じ構成については同一の符号を付し、詳細な説明は省略する。実験装置2においては、チャート10、20と単焦点レンズ50との間に液体レンズ70を配置する。液体レンズ70は、一例としてOptotune社製EL−8−16を用いる。液体レンズ70は、印加される電流の大きさに応じて焦点距離が変化する。なお、実験装置2においては振動試験機30は不要である。
【0025】
実験装置2においては、チャート10、20を集光レンズ40bと単焦点レンズ50の光軸方向において互いに0.7mm離して固定する。なお、実験装置2においてチャート10、20の間隔を0.7mmにすることは約5D(Diopter)程度の焦点深度に相当する。
【0026】
実験装置2においては、光源40から射出された光は、集光レンズ40bを経由してチャート10、20、液体レンズ70、単焦点レンズ50の順に透過してスクリーン60に到達する。液体レンズ70に印加される電流の電流値については、0mAのときにスクリーン60にチャート10、20の一方に付されている格子図形が投影され、50mAのときにスクリーン60にチャート10、20の他方に付されている格子図形が投影されるように液体レンズ70を構成する。また、液体レンズ70に印加される電流値は、0mAから50mAの間を35Hzの周波数で変化するように構成する。
【0027】
上記のように構成された実験装置2においてスクリーン60に投影されるチャート10、20の格子図形の像を目視により確認したところ、両方のチャート10、20の格子図形の像をスクリーン60において認識することができた。また、液体レンズ70に対する電流の印加を開始した直後よりも、開始後一定時間観察し続けた後の方が、スクリーン60に投影されるチャート10、20の格子図形の像をより良好に認識することができることがわかった。また、スクリーン60に投影されるチャート10、20の格子図形のうち、チャートの中央にいくほど像がより鮮明に現れ、チャートの周辺にいくほど像が劣化して現れることがわかった。これは、液体レンズ70の焦点距離の変化に伴って像の倍率が変化することによるものと考えられる。
【0028】
上記の実験結果を踏まえ、本実施形態に係る実施例を以下に説明する。
【0029】
(実施例1)
本実施形態の実施例1に係る眼用装置の一例としての眼鏡140について図3を参照しながら説明する。眼鏡140は、レンズ100とレンズ100をレンズ光軸周りに回転させる電源供給ユニット110およびレンズ回転ユニット120を有する眼用装置である。レンズ100には電源供給ユニット110およびレンズ回転ユニット120が接続されている。
【0030】
電源供給ユニット110がレンズ回転ユニット120に電力を供給し、レンズ回転ユニット120がレンズ100をレンズ100の光軸AX周りに回転させる。なお、レンズ回転ユニット120が、レンズをレンズ100の光軸AX周りに所定の速度で回転させる駆動素子の一例に相当する。一例として、レンズ回転ユニット120は、レンズ100を約3000回転/分の回転速度でレンズ100の光軸AX周りに回転させる。レンズ回転ユニット120によるレンズ100の回転は周知の技術を用いて実現されるため、レンズ回転ユニット120の動作の詳細についてはここでは省略する。
【0031】
図4にレンズ100の構成を概略的に示す。なお、図ではレンズ100は円形のレンズとして示すが、レンズ100の形状はこれに限定されない。図4に示すように、レンズ100は、それぞれ焦点距離が異なる光学領域1 101と光学領域2 102を有する。なお、光学領域1 101における焦点距離はf1、光学領域2 102における焦点距離はf2とする。図4に示すように、光学領域1 101と光学領域2 102とは、レンズ100の光軸AX周りの回転方向において互いに隣接する位置に配置されている。また、光学領域1 101と光学領域2 102は、レンズ100表面で分割された領域として設けられている。図4では、光学領域1 101と光学領域2 102の面積は同一となるように構成されているが、各面積はそれぞれ異なってもよく、各領域の位置も図4に示す配置に限られない。また光学領域1と光学領域2の焦点距離を異ならせる方法としては、後述のようにそれぞれの領域を回折領域としてその構造を異ならせる方法、レンズカーブ(半径の値や非球面のカーブ形状)を異ならせる方法、屈折率の異なる材料を接合する方法、レンズを2重構造にして、その間隔を実寸法あるいは光学距離的に異ならせる方法など、様々な方法から選択することができる。
【0032】
図5に、図4のレンズ100に設けられる光学領域1 101および光学領域2 102の一例を示す。図5に示す例では、光学領域1 101および光学領域2 102は回折領域である。回折領域は焦点を持てばよく、その構造としてゾーンプレート型やキノフォーム型など種々の型を採用することができる。光学領域1 101および光学領域2 102を回折領域として回折現象を用いることにより、レンズ100の厚さをより薄くすることができる。
【0033】
上記の眼鏡140を試作し、被験者が眼鏡140を装用した状態において、電源供給ユニット110およびレンズ回転ユニット120により上記の回転速度でレンズ100をレンズ100の光軸周りに回転させたところ、被験者は光学領域1 101の焦点距離f1の位置にある像と光学領域2 102の焦点距離f2の位置にある像の両方にピントがあった像を確認することができた。
【0034】
上記のレンズ100を任意の材質、形状、デザイン等で作製された眼鏡フレーム130に設けて、眼鏡140として装用することで、眼鏡140の装用者は、水晶体の調整力が失われている場合でも遠方から近方の範囲にわたってピントの合った像を脳に伝達させることができる。また、レンズ100の駆動装置としては、レンズを回転させるための電源供給ユニット110およびレンズ回転ユニット120を用いればよく、その他の複雑な制御機構を眼鏡140に組み込む必要がない。
【0035】
好ましくは、レンズ100は、φ3.0mm以下の開口絞りを有する。または、レンズ100は、人の虹彩より小さい開口絞りを有する。レンズ100を含む眼球光学系においては、焦点距離が変化する光学素子の位置が光束を制限する絞りの位置に近いほど、焦点距離の変化による像の大きさの変化は小さくなるため、より良好な視界を装用者に提供できると言える。眼鏡の場合は目線の変化により使用されるレンズ領域が異なるため、複数の開口絞りを有してもよい。
【0036】
また、好ましくは、上記の通り構成された眼鏡140に視野絞り150を設ける。レンズ100を含む眼球光学系においては、焦点距離の変化に伴う像の大きさ(倍率)の変化は、レンズ100の光軸付近よりも軸外の周辺部の方が大きい。したがって、本実施例に係る眼鏡に視野絞りを設けて、装用者の視野を制限することにより、像の倍率の変化を小さくして装用者に認識される像の劣化を低減することができる。なお、本実施例においては、レンズ100のみをフレーム130に保持させ、他の構成を別体として、例えば装用者の身体に着用することとしてもよい。
【0037】
以上が本実施形態に関する説明である。上記の眼用装置の構成は、上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想と同一性を失わない範囲内において種々の変更が可能である。例えば、異なる焦点距離を有する光学領域1、2のそれぞれの表面積を変えることで、重視したい焦点距離をより強く認識させることができる。すなわち、例えば、焦点距離f1の光学領域1の表面積を大きくすると、焦点距離f2の光学領域2においてピントの合う対象物よりも焦点距離f1の光学領域1でピントの合う対象物の方が被験者には認識しやすくなる。
【0038】
また、上記の説明では、レンズに2つの異なる焦点距離の光学領域を設ける構成としたが、光学領域1、2と同様の別の焦点距離の光学領域をレンズに追加してもよい。これにより、上記で例示した2焦点にピントの合うレンズに限らず、3つ以上の焦点にピントの合うレンズを実現することで、被験者は連続的に深度の深い像を得ることができる。また、上記の説明では、各光学領域を個別に設けているが、1つの光学領域内で焦点距離が連続的に変化するように構成してもよい。
【0039】
上記の実施形態において関連するヒトの眼に特有の現象として、残像効果、色の恒常性、色順応、明るさの恒常性、明順応、暗順応が挙げられる。そこで、これらの現象について、以下に詳述する。
【0040】
残像効果とは、ヒトの眼球の時間分解能以下の点滅は連続点灯しているように知覚される現象である。一般にヒトの眼球の時間分解能は約50Hzであることが知られている。例えば、一般的な蛍光灯は、50Hz(1秒に100回点滅)または60Hz(1秒に120回点滅)で点滅しているため、蛍光灯の点滅はヒトの眼には連続点灯として知覚される。このことを踏まえると、ヒトの眼において、焦点距離が高速で変化する場合、ある距離に物体Aにピントが合った後、物体Aの残像現象が生じている間に、焦点距離の変化範囲内の任意の物体にピントが合い、再度物体Aにピントが合う。この結果、ヒトの眼には物体Aにピントが合っているように知覚される。同様に、ヒトの眼には、焦点距離の変化範囲内の任意の物体についても、ピントが合っているように知覚される。
【0041】
次に、色の恒常性とは、例えばトマトは赤いという色彩感覚を有する人が色フィルタ越しにトマトを見たときにも赤いと認識する現象を言う。例えば、トマトをモニタに表示して観察する場合であって、トマトは赤いという色彩感覚を有する人が、色フィルタを通したトマトをモニタで観察したときに、モニタ上では灰色や青色に分類される色をしたトマトを赤いと認識することがある。このことを踏まえると、上記の実施形態では焦点距離が高速で変化するが、焦点距離が変化しているときに瞬間的にピントが合っていない像の色が混在しても、人の色彩感覚により、混在した色はピントが合っているときの像の色として知覚される。また、ヒトの眼はピントの合った像をピントの合っていない像よりもより強く知覚する点も踏まえると、本実施形態の眼用装置を用いることで、違和感を与える可能性が低い視界をヒトの眼に提供することができると考えられる。
【0042】
次に、色順応とは、周囲の分光分布に応じて錐体の感度を調節し、色の見えを一定に保とうとする働きを言う。ある色彩が施された画像を数十秒見続けた直後にグレースケール
の同じ画像を見ると、色彩が施された画像として認識される現象である。また、ある色を数十秒見続けた直後に、当該色を含む色彩が施された画像を見ると、画像から当該色が消失して知覚される現象でもある。このことを踏まえると、本実施形態の眼用レンズを用いることで、色の恒常性の上記の効果とともに、高速に焦点距離が変化した場合に違和感を与える可能性が低い視界をヒトの眼に提供することができる。
【0043】
例えば、焦点距離が変化することでピントが合っていない像が混在することで、対象物の色が本来の色と異なった色として認識される場合でも、色の恒常性という特徴により、ヒトの眼には、対象物の色が変わったと認識せずに本来の色のままであると認識する傾向がある。また、異なった色と認識する状態が続いたとしても、色順応が働き、次第に元の色として認識されるようになる。
【0044】
次に、明るさの恒常性とは、ヒトの眼は光の明るさを絶対的な光強度を基準としてではなく、光の反射率に基づいて知覚する現象を言う。ヒトの眼が知覚する光の明るさは、絶対的な光学量よりも対象の周辺からの相対的な変化量に依存することが知られている。すなわち、同じ明るさの色でも周囲の色が暗い場合はより明るい色として知覚され、周囲の色が明るい場合はより暗い色として相対的に知覚される。このことを踏まえると、本実施形態の眼用装置を用いる場合に、瞬間的にピントの合っていない像により視界全体におけるコントラストが低下する可能性があるが、ヒトの眼の有する明るさの恒常性により当該コントラストが改善されると考えられる。例えば、焦点距離が高速で変化している場合に、ピントの合った像とピントの合っていない像とが混在して知覚されることで、視界における像のコントラストが低下して黒色と白色がそれぞれ灰色に近づく場合でも、焦点距離の変化範囲内においてあらゆる焦点距離において同様にコントラストが低下すると考えられる。この結果、当該コントラストの低下は、明るさの恒常性によりヒトの眼には認識されにくくなる。
【0045】
また、ヒトの眼は、ピントの合った像をより強く認識するため、ヒトの眼が注目している対象とその周辺との間とで同じ色には明るさの差が存在するため、その相対的な差に基づいて対象の境界などを認識する。例えば、ランドルト環を用いた視力検査において、ヒトの眼は、ランドルト環の像のピントが若干合っていない場合でも、ランドルト環を見続けている間にコントラストの低下を脳が補正する結果ランドルト環の切れ目を知覚することができる。このようにヒトの眼は視界におけるコントラストの低下を補正することができるため、上記の実施形態の眼用レンズを用いる際に、視界全体におけるコントラストの低下が発生してもコントラストを改善し、視界における焦点深度が増大する効果が期待できる。
【0046】
ここで、明るさの恒常性が深度増大に及ぼす効果について詳述する。焦点距離を高速で変化させると、ヒトの眼には、ピントの合った像とピントのずれた像が同時に認識される。このとき、ピントの合った像にピントのずれた像が重ね合わされているため、ヒトの眼には、一時的にコントラストの低下した暗い像が認識される。しかし、焦点距離の変化に伴って増大された焦点深度範囲においては、ピントのずれた像によるコントラスト低下は、視野に対して一様のコントラスト低下、すなわち、視野全体において一様に明るさが低下した状態と同等であると考えられる。一方で、ヒトの眼には、対象物にピントが合った像が認識されやすいため、ピントのずれた像に比べてピントが合った像が相対的に強く明るく知覚される。このようにヒトの眼には、ピントがずれた像よりもピントが合った対象物の像が相対的に強く明るく知覚されることにより、当該対象物以外は周辺情報と認識される。この状態において、明るさの恒常性が働くと、ヒトの眼により、周辺情報の暗さと対象物との相対的な明るさとが比較されて、対象物がより認識されやすくなる。つまり、ヒトの眼においては、ピントがずれた像によるコントラスト低下が改善されるため、焦点距離が変化することで生じる深度増大効果を期待することができる。
【0047】
次に、明順応とは、例えば明るい場所から暗い場所へ移動したときに、最初は何も見えないが次第に目が慣れて少しずつ見えるようになる現象である。また、暗順応とは、暗い場所から明るい場所へ移動したときに、同様に目が慣れて徐々に見えるようになる現象である。なお、ヒトの眼は、明順応は約1分で、暗順応は約1時間でそれぞれ発揮することが知られている。このことから、上記の実施形態の眼用装置を用いる際に、瞬間的にピントが合っていない像により視界全体が暗くなった場合でも、これらの順応が発揮されることで、視界全体の暗さが改善されると考えられる。
【0048】
本実施形態に係る眼用レンズは、上記のヒトの眼の各現象の特徴を考慮して構成されているが、このようにヒトの眼の各現象を利用した眼用装置について明示した文献はない。また、従来技術では、カメラなどの撮像素子やモニタを用いて画像処理によりコントラストの低下を改善するのみである。カメラなどを眼用装置の構成要素とすると、生成される画像はシャッタースピードや画素感度の影響を受ける。また、画素は光の強度を積算して電荷に変換する。画像の重ね合わせにより画像間のコントラスト差ができるため、ヒトの脳にはコントラストの高い部分が意識に残る結果、深度が深くなると認識される可能性はあるが、網膜や脳の視覚情報処理としての残像現象とは異なる。本発明における網膜や視覚情報処理としての残像現象では、脳がカメラなどの画像生成装置を介さずに直にピントの合った像を連続して認識することで、順応や恒常性といった現象を利用してよりよい視界を提供できるものである。また、本発明に係る眼用レンズは様々な視機能改善のための眼用装置に利用できるため、眼鏡レンズのみならず、コンタクトレンズや眼内レンズ(有水晶体用、無水晶体用)、あるいは双眼鏡などにも適用が可能なものである。
【符号の説明】
【0049】
100 眼鏡レンズ
101、102 光学領域
110 レンズ回転ユニット
140 眼鏡
150 視野絞り
160 眼球
図1
図2
図3
図4
図5