(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
(第1実施形態)
以下に本開示の第1実施形態を図面とともに説明する。
本実施形態のレーダ装置1は、車両に搭載され、車両の周囲に存在する様々な物体を検出する。レーダ装置1は、複数のアンテナで同時に電波を送受信するMIMOレーダである。
【0014】
レーダ装置1は、
図1に示すように、送信部2と、送信アンテナ部3と、受信アンテナ部4と、受信部5と、処理部6とを備える。
送信アンテナ部3は、M個の送信アンテナを有する。Mは2以上の整数である。各送信アンテナは、予め設定された第1間隔d
Tで、予め設定された配列方向に沿って一列に配置される。本実施形態では、配列方向は、車両の幅方向である。
【0015】
受信アンテナ部4は、N個の受信アンテナを有する。Nは2以上の整数である。各受信アンテナは、第1間隔d
Tとは異なる第2間隔d
Rで、送信アンテナの配列方向と同じ方向に沿って配置される。
【0016】
ここで、M=2、N=2の場合に各受信アンテナで受信される信号について説明する。
図2に示すように、検出対象となる物体が、送信アンテナ部3および受信アンテナ部4の正面方向に対して角度θだけ傾いた方向に存在すると仮定する。また、物体での反射係数をD、送信アンテナTX1から物体に至る経路での信号の位相変化をα
Tで表し、物体から受信アンテナRX1に至る経路での信号の位相変化をα
Rで表す。なお、α
Tおよびα
Rは複素数で表現される。
【0017】
この場合、送信アンテナTX1から送信され受信アンテナRX1で受信される信号は式(1)で表される。送信アンテナTX1から送信され受信アンテナRX2で受信される信号は式(2)で表される。送信アンテナTX2から送信され受信アンテナRX1で受信される信号は式(3)で表される。送信アンテナTX2から送信され受信アンテナRX2で受信される信号は式(4)で表される。
【0018】
【数1】
これらの式は、
図3に示すように、4つの受信アンテナを、基準となる一つの受信アンテナからの距離が、それぞれd
R,d
T,d
T+d
Rとなる位置に並べた場合と等価である。
図3では、最も左に位置する受信アンテナを基準としている。このように並んだ仮想的な受信アンテナ(以下、仮想受信アンテナ)を仮想アレーという。
【0019】
MIMOレーダでは、仮想アレーを用いることで、1個の送信アンテナとM×N個の受信アンテナとを備える場合と同等の角度分解能が、M+N個の送信アンテナおよび受信アンテナによって実現される。
【0020】
送信部2は、
図1に示すように、発振部21と、変調部22とを備える。発振部21は、連続波の共通信号を生成する。発振部21は、生成した共通信号を、変調部22に供給するとともに、ローカル信号Lとして受信部5にも供給する。また発振部21は、
図4に示すように、測定周期Tf(例えば、50ms)を1フレームとして、各フレームの先頭の測定期間Tm(例えば、10ms)の間、連続的に周波数が変化するチャープ信号を、繰返周期Tp(例えば、50μs)毎に繰り返し生成する。
【0021】
発振部21は、測定周期Tf、測定期間Tmおよび繰返周期Tpを、処理部6からの指示に従って適宜変更できるように構成されている。なお、繰返周期の間に変化させるチャープ信号の周波数幅は、繰返周期Tpによらず一定である。つまり、繰返周期Tpを変化させることで、チャープ信号の周波数の変化率Δfが変化するように構成されている。
【0022】
また、繰返周期Tpの許容範囲、ひいてはチャープ信号の周波数の変化率Δfの許容範囲は、送信信号と受信信号とを混合して生成するビート信号を解析した時に、物体との相対速度に応じて生じる周波数偏移が、物体との距離に応じて生じる周波数偏移と比較して無視できる程度に小さくなるように設定される。
【0023】
変調部22は、発振部21が生成した共通信号を分岐させ、送信アンテナ部3に属する送信アンテナと同数であるM個の分岐信号を生成する。変調部22は、M個の分岐信号のそれぞれについて、繰返周期Tp毎に分岐信号の位相を変化させる位相偏移変調を行う。これにより、送信アンテナのそれぞれに供給するM個の送信信号を生成する。位相偏移変調では、M個の分岐信号のそれぞれに対して互いに異なる大きさの位相回転量Δφを設定し、繰返周期毎に、その位相回転量Δφだけ分岐信号の位相を回転させる。
【0024】
ここで、位相偏移変調で使用する位相の数をPとする。PはMより大きい整数である。変調部22では、p=0,1,2,…P−1として、Δφ=p×360°/Pで表されるP種類の位相回転量を用いる。例えば、P=4の場合、
図5に示すように、p=0ではΔφ=0°となり、変調前の信号である分岐信号(すなわち、共通信号)に対する変調後の信号である送信信号の位相差は、全ての繰返周期Tpで0°となる。p=1ではΔφ=90°となり、共通信号に対する送信信号の位相差は繰返周期Tp毎に切り替わり、0°→90°→180°→270°→0°(以下同様)の順に変化する。p=2ではΔφ=180°となり、共通信号に対する送信信号の位相差は繰返周期毎に切り替わり、0°→180°→0°→180°→0°(以下同様)の順に変化する。p=3ではΔφ=270°となり、共通信号に対する送信信号の位相差は繰返周期毎に切り替わり、0°→270°→180°→90°→0°(以下同様)の順に変化する。
【0025】
上述したようにP>Mに設定されるため、位相偏移変調には、P種類の位相回転量Δφの全種類が使用されることはなく、その一部が使用される。
変調部22は、位相数Pの設定、P種類の位相回転量Δφのうち位相偏移変調に使用するM種類の位相回転量の選択、選択されたM種類の位相回転量とM個の送信アンテナとの対応関係の設定を適宜変更できるように構成されている。設定の変更は、処理部6からの指示に従ってもよいし、自動的に行ってもよい。自動的に変更する場合は、予め決められたパターンに従って行ってもよいし、ランダムに行ってもよい。
【0026】
受信部5は、
図1に示すように、受信アンテナ部4に属する各受信アンテナから出力されるN個の受信信号のそれぞれについて、ローカル信号Lとの差信号であるビート信号を生成し、生成されたビート信号をサンプリングして処理部6に供給する。
【0027】
処理部6は、CPU61およびメモリ62等を備えた周知のマイクロコンピュータを中心に構成された電子制御装置である。メモリ62は、例えばROMおよびRAM等である。マイクロコンピュータの各種機能は、CPU61が非遷移的実体的記録媒体に格納されたプログラムを実行することにより実現される。この例では、メモリ62が、プログラムを格納した非遷移的実体的記録媒体に該当する。また、このプログラムの実行により、プログラムに対応する方法が実行される。なお、CPU61が実行する機能の一部または全部を、一つあるいは複数のIC等によりハードウェア的に構成してもよい。また、処理部6を構成するマイクロコンピュータの数は1つでも複数でもよい。
【0028】
次に、処理部6が実行する物体検出処理の手順を説明する。物体検出処理は、処理部6が起動した後に繰り返し実行される処理である。
この物体検出処理が実行されると、処理部6は、
図6に示すように、まずS110にて、発振部21に生成させる共通信号に関するパラメータである繰返周期Tpを設定する。上述したように、繰返周期を変化させると、チャープ信号の周波数の変化率Δfが変化する。なお、繰返周期Tpは固定値であってもよいし、本処理が実行される毎に予め決められたパターンに従って或いはランダムに複数種類の値の中から選択して繰返周期Tpが設定されるようにしてもよい。また、S110において、測定周期Tfおよび測定期間Tmが適宜可変設定されるようにしてもよい。
【0029】
処理部6は、S120にて、変調部22での位相偏移変調に用いる位相数Pを設定する。位相数Pは、少なくとも送信アンテナ数Mより大きな値が用いられる。例えば、P=M+1に設定してもよい。繰返周期Tpと同様に、位相数Pは固定値であってもよいし、本処理が実行される毎に予め決められたパターンに従って或いはランダムに複数種類の値の中から選択して位相数Pが設定されるようにしてもよい。
【0030】
処理部6は、S130にて、位相数Pによって決まるP種類の位相回転量のうち、変調部22での位相偏移変調に用いるM種類の位相回転量を選択する。M種類の位相回転量は、360°の中で各回転量が均等に配置されることがないように、すなわち、不均一な配置となるように選択される。
【0031】
具体的には、PとMとが公約数を持たない場合は、任意に位相回転量を選択することができる。PとMとが公約数を有する場合は、配置間隔が同一パターンの繰り返しとなることがないように注意して選択する必要がある。
【0032】
例えば、
図7に示すように、P=4且つM=2である場合、位相回転量の組み合わせとして、(0°,90°)、(90°,180°)、(180°,270°)、(270°,0°)は選択可であるが、(0°,180°)、(90°,270°)は選択不可である。また、P=4且つM=3である場合、位相回転量の組み合わせとして、(0°,90°,180°)、(90°,180°,270°)、(180°,270°,0°)、(270°,0°,90°)の全てが選択可である。但し、本実施形態では、必ずΔφ=0°を含んだ組み合わせを選択する。
【0033】
なお、位相回転量の選択は、常に一定でもよいし、本処理が実行される毎に、選択可能な組み合わせの中で、予め決められたパターンに従って又はランダムに切り替えられるようにしてもよい。
【0034】
処理部6は、S140にて、S130で選択されたM種類の位相回転量と、各送信アンテナとの対応関係を設定する。この対応づけは、例えば、予め設定された規則に従って割り当てられてもよいし、ランダムに割り当てられてもよい。また、対応付けは、常に一定でもよいし、本処理が実行される毎に、予め決められたパターンに従って或いはランダムに切り替えられてもよい。
【0035】
図8は、P=4且つM=2であり、位相回転量の組み合わせとして(0°,90°)が選択され、送信アンテナTX1にΔφ=0°、送信アンテナTX2にΔφ=90°を割り当てた場合に、送信アンテナTX1,TX2のそれぞれに供給される送信信号の位相が変化する様子を表現している。
【0036】
処理部6は、S150にて、測定開始タイミングであるか否かを判断する。処理部6は、測定開始タイミングでない場合には、測定開始タイミングになるまで、S150の処理を繰り返すことで待機する。処理部6は、測定開始タイミングである場合には、S160に移行する。測定開始タイミングとは、測定周期Tfによって長さが決まるフレームが切り替わるタイミングである。
【0037】
S160に移行すると、処理部6は、S110〜S140での設定結果に従って送信部2を作動させ、レーダ測定を実施する。具体的には、送信部2に、測定期間Tmの間、繰返周期Tp毎にチャープ信号を繰り返し送信させ、その受信信号から生成されるビート信号のサンプリング結果を取得する。以下、測定期間Tm中に繰り返し送信されるチャープ信号の数をK個とする。
【0038】
処理部6は、S170にて、N個の受信アンテナから得られるビート信号のサンプリング結果を、受信アンテナ毎に、且つ、チャープ信号毎に周波数解析することによって、N個の受信アンテナのそれぞれについてK個ずつの距離スペクトラムを算出する。各距離スペクトラムでは、送信アンテナから送信された放射波を反射した物体を往復するのに要した時間(すなわち、物体までの距離)に応じた周波数にピークが出現する。
【0039】
処理部6は、S180にて、S170にて算出されたN×K個の距離スペクトラムを用いて、受信アンテナ毎に速度スペクトラムを算出する。具体的には、着目する受信アンテナに関するK個の距離スペクトラムから、同一周波数binの信号を抽出し、抽出した信号に対して時間軸方向への周波数解析処理を実行する。この処理を全ての周波数bin(すなわち、距離)について実行する。
【0040】
速度スペクトラムでは、送信アンテナ部3からの放射波を反射した物体との相対速度がゼロである場合は、各送信アンテナに割り当てられた位相回転量に応じた周波数が、ドップラ周波数として抽出される。つまり、Δφ=0°に対応する信号成分の周波数は0Hzである。
【0041】
なお、ドップラ周波数が観測される範囲(以下、ドップラ観測範囲)は、繰返周期Tpによって決まる。また、ドップラ周波数は、
図9に示すように、ドップラ観測範囲をP分割した地点のうち、M個の地点にて検出される。
図9では、ドップラ観測範囲の上限が1に正規化されている。
【0042】
また、速度スペクトラムでは、物体との間に相対速度がある場合は、これらM個のドップラ周波数は、相対速度に応じた大きさだけシフトし、相対速度の大きさによっては、周波数の折り返しが発生する。
【0043】
これらS170およびS180の算出結果から、レーダ波を反射した物体との距離および相対速度を表す二次元スペクトラム(以下、受信スペクトラム)が、受信アンテナ毎に生成される。
【0044】
図6に示すように、処理部6は、S190にて、受信アンテナ毎に、受信スペクトラムを用いて、レーダ波を反射した物体との距離および相対速度と、物体が存在する方位とを算出する情報生成処理を実行し、物体検出処理を終了する。
【0045】
次に、S190で実行される情報生成処理の手順を説明する。
情報生成処理が実行されると、処理部6は、
図10に示すように、まずS310にて、S180にて受信アンテナ毎に生成されたN個の受信スペクトラムを、インコヒーレント積分して、一つの統合スペクトラムg(r,v)を算出する。受信アンテナ毎の受信スペクトラムをs(r,v,Rch)で表すものとして、統合スペクトラムg(r,v)は、式(5)を用いて算出される。rは距離であり、vは、ドップラ観測範囲の上限周波数に対応する速度を1とする正規化ドップラ速度であり、Rchは、受信アンテナを識別する番号である。
【0046】
【数2】
処理部6は、S320にて、統合スペクトラム上で、予め設定された閾値以上の強度を有するピークがM個以上検出されている距離を候補距離として、候補距離のうち、以下のS330からS390での処理の対象として未だ選択されていない距離を、対象距離rとして選択する。
【0047】
処理部6は、S330にて、S320で選択された対象距離rで検出される複数のピークのうち、以下のS340からS370での処理対象として未だ選択されていないピークに対応する速度を対象速度vとして選択する。ここでは、速度が小さいものから順番に選択する。
【0048】
処理部6は、S340にて、対象速度vのピークが、位相回転量Δφ=0°に対応したピークであると仮定し、式(6)に従って、他の位相回転量に対応したピークが存在すると推定されるM−1個の対応点(r,vj)、但し、j=2〜Mを算出する。x(j)は、S130で選択されたΔφ=0°以外の位相回転量である。v,vjは正規化されたドップラ周波数であり、0〜1の値をとる。mod(a,m)は、aをmで割った後の余りを示す。
【0049】
【数3】
処理部6は、S350にて、S340で推定された対応点の全てについて、統合スペクトラム上でピーク(すなわち、二次極大点)が存在するか否かを判断し、肯定判断された場合はS360に移行し、否定判断された場合は、S400に移行する。以下では、対応点に対応するM個のピークを候補ピーク群という。
【0050】
S360に移行すると、処理部6は、候補ピーク群が電力条件を満たすか否かを判断し、肯定判断された場合は、S370に移行し、否定判断された場合は、S400に移行する。ここでは、電力条件として、候補ピーク群に属するピークの信号強度差が、予め設定された許容範囲内にあることを用いる。これは、同一物体からの反射波に基づくピークの信号強度は、いずれも類似しているはずであるとの知見に基づく。
【0051】
S370に移行すると、処理部6は、候補ピーク群が位相条件を満たすか否かを判断し、肯定判断された場合は、S380に移行し、否定判断された場合は、S400に移行する。ここでは、位相条件として、基準受信チャンネルとそれ以外の受信チャンネル位相差を算出し、候補ピーク間でこの位相差の差異が予め設定された許容範囲にあることを用いる。これは、同一物体からの反射波に基づくピークは、いずれも同じ方向から到来するはずであるとの知見に基づき、同じ方向から到来するピークの受信間位相差は、いずれも似たような大きさになることに基づく。以下では、370にて肯定判断された候補ピーク群を、同一物体ピーク群という。
【0052】
S380に移行すると、処理部6は、以下のようにしてCΓ補正を行う。すなわち、受信アンテナ毎に算出されたN個の受信スペクトラムのそれぞれから、M個の同一物体ピーク群に対応する各ピークを抽出する。抽出されたM×N個のピークを、仮想アレーに含まれるM×N個の仮想受信アンテナからの仮想受信信号とみなして、この仮想受信信号に対して、CΓ補正を行う。
【0053】
例えば、
図11に示すように、送信アンテナ部3が2個の送信アンテナを有し、受信アンテナ部4が5個の受信アンテナを有しており、検出対象となる物体が、送信アンテナ部3および受信アンテナ部4の正面方向に対して角度θ
tだけ傾いた方向に存在するとする。この場合に、送信モードベクトルは式(7)、受信モードベクトルは式(8)、送信間カップリング行列は式(9)、受信間カップリング行列は式(10)で表される。
【0054】
さらに、理想的な仮想受信信号は、送信モードベクトルおよび受信モードベクトルを用いて式(11)で表される。また、チャネル間アイソレーション誤差を含んだ仮想受信信号は、式(12)で表される。
【0055】
したがって、式(13)に示すように、チャネル間アイソレーション誤差を含んだ仮想受信信号を表す仮想受信信号行列に対して、送信間カップリング行列の逆行列と受信間カップリング行列の逆行列を掛けることにより、理想的な仮想受信信号を得ることができる。
【0056】
すなわち、処理部6は、S380にて、仮想アレーに含まれるM×N個の受信アンテナからの仮想受信信号を表す仮想受信信号行列に対して、式(13)に示すように、送信間カップリング行列の逆行列と受信間カップリング行列の逆行列を掛けることにより、CΓ補正後の仮想受信信号を得る。
【0057】
【数4】
そして処理部6は、
図10に示すように、S390にて、対象距離rと対象速度vとの組を、物体情報として登録する。更に、処理部6は、S380で得られたCΓ補正後の仮想受信信号を用いて、MUSICまたはビームフォーミング等の方位検出処理を実行することで、物体の方位θを算出する。MUSICは、Multiple signal classificationの略である。
【0058】
なお、N個の受信アンテナの受信信号それぞれから、同一物体ピーク群として抽出される、各M個のピークは、仮想アレーから得られるM×N個の仮想受信信号に相当する。
S400に移行すると、処理部6は、対象距離rで検出される全てのピーク(すなわち、速度)が、対象速度vとして選択された否かを判断し、肯定判断された場合はS410に移行し、否定判断された場合は、S330に移行する。
【0059】
S410に移行すると、処理部6は、全ての候補距離が対象距離rとして選択されたか否かを判断し、肯定判断された場合は、情報生成処理を終了し、否定判断された場合は、S320に移行する。
【0060】
次に、受信間カップリング行列および送信間カップリング行列の作成方法を説明する。ここでは、
図12に示すように、一例として、送信アンテナ部3が2個の送信アンテナTX1,TX2を有し、受信アンテナ部4が5個の受信アンテナRX1,RX2,RX3,RX4,RX5を有している場合における作成方法を説明する。
【0061】
受信間カップリング行列をCΓ
Rxと表記する。送信アンテナTX1と受信アンテナRX1〜RX5とにより形成される5個の仮想受信アンテナの受信間カップリング行列をCΓ
R1と表記する。送信アンテナTX2と受信アンテナRX1〜RX5とにより形成される5個の仮想受信アンテナの受信間カップリング行列をCΓ
R2と表記する。
【0062】
この場合に、受信間カップリング行列CΓ
Rxの逆行列である受信CΓ補正項CΓ
Rx−1は式(14)で算出される。
【0063】
【数5】
また、送信間カップリング行列をCΓ
Txと表記する。受信アンテナRX1と送信アンテナTX1,TX2とにより形成される2個の仮想受信アンテナの送信間カップリング行列をCΓ
T1と表記する。同様に、受信アンテナRX2,RX3,RX4,RX5と送信アンテナTX1,TX2とにより形成される2個の仮想受信アンテナの送信間カップリング行列をそれぞれ、CΓ
T2,CΓ
T3,CΓ
T4,CΓ
T5と表記する。
【0064】
この場合に、送信間カップリング行列CΓ
Txの逆行列である送信CΓ補正項CΓ
Tx−1は式(15)で算出される。
【0065】
【数6】
次に、仮想受信アンテナの受信間カップリング行列Γ
R1,CΓ
R2の作成方法を説明する。なお、仮想受信アンテナの送信間カップリング行列CΓ
T1,CΓ
T2,CΓ
T3,CΓ
T4,CΓ
T5も受信間カップリング行列Γ
R1,CΓ
R2と同様の方法で作成される。
【0066】
実際にアンテナに入力される信号は、理想的な信号ではなく、何らかの誤差を含んでいる。その誤差となる要因は、素子間相互結合、各アンテナ素子特性(例えば、振幅および位相)のばらつき、素子位置誤差、アンテナ近傍の散乱体、熱雑音等が挙げられる。
【0067】
上記要因の中で高SN環境下での誤差の主要因は、素子間相互結合と、各アンテナ素子特性のばらつきであると考えられる。
誤差の主要因が素子間相互結合および各アンテナ素子特性のばらつきである場合には、実際に受信した受信信号は、式(16)でモデル化することができる。式(16)において、Xは実際の受信信号、X
idealは理想の受信信号、Cは素子間相互結合による行列(以下、素子間相互結合行列)、Γは各アンテナ素子特性による行列(以下、素子特性行列)である。
【0068】
このため、行列C,Γを予め推定することができれば、式(17)に示すように、推定した行列C,Γの逆行列を掛けることによって、受信信号を補正することができる。これが、いわゆるCΓ補正である。
【0069】
【数7】
仮想受信アンテナ数が5である場合における素子間相互結合行列Cおよび素子特性行列Γはそれぞれ、式(18)および式(19)で表される。従って、素子間相互結合行列Cと素子特性行列Γとの積は、式(20)で表される。式(20)では、c
33γ
3=1とすることで、行列CΓを構成する25個の要素α
11〜α
55のうち、α
33以外の24個が未知数となる。
【0070】
【数8】
図13に示すように、方位θ
iで入射して5個の受信アンテナで受信された受信信号を表す行列を受信信号行列X
iとすると、受信信号行列X
iおよび相関行列R
iはそれぞれ、式(21)および式(22)で表される。
【0071】
【数9】
そして、雑音部分空間に着目すると、式(23)に示す関係が成立する。この関係により、式(24)が成り立つ。
【0072】
【数10】
従って、方位θ
iに相当するモードベクトルA(θ
i)と、方位θ
iにおける雑音部分空間の固有ベクトルE
n(θ
i)との間には、式(25)に示す関係が成り立つ。なお、モードベクトルA(θ
i)は式(26)、固有ベクトルE
n(θ
i)は式(27)で表される。
【0073】
【数11】
そして、式(26)および式(27)を式(25)に代入すると、式(28)が得られる。さらに、式(28)を展開すると、式(29)が得られる。
【0074】
【数12】
つまり、1つの方位で4つの連立方程式を作成することができる。連立方程式が自明な解を持つためには、互いに独立な連立方程式が未知数以上必要である。本実施形態では、未知数が24であるため、方位数J×4≧24である必要がある。すなわち、6以上の方位数Jが必要である。このため、6以上の方位θ
iで実際の受信信号を測定することにより、24以上の連立方程式を作成する必要がある。
【0075】
そして、
図14に示す方程式Aα=Bを最小二乗法を用いて解くことにより、αの要素α
11〜α
55を求めることができる。これにより、行列CΓの推定が完了する。
このように構成されたレーダ装置1は、送信アンテナ部3と、発振部21と、変調部22と、受信アンテナ部4と、処理部6とを備える。
【0076】
送信アンテナ部3は、予め設定された配列方向に沿って一列に配置されるM個の送信アンテナを有する。発振部21は、連続波の共通信号を発生させる。変調部22は、共通信号をM個の送信アンテナと同数に分岐させたM個の分岐信号のそれぞれについて、それぞれが異なる位相回転量で、予め設定された繰返周期Tp毎に分岐信号の位相を回転させる位相偏移変調を行うことで、複数の送信アンテナに入力されるM個の送信信号を生成する。受信アンテナ部4は、配列方向に沿って一列に配置されるN個の受信アンテナを有する。処理部6は、受信アンテナ部4にて受信されたN個の受信信号のそれぞれから抽出される、M個の送信信号に対応した複数の信号成分に基づいて、送信アンテナ部3からの放射波を反射した物体に関する物体情報を生成する。
【0077】
そしてレーダ装置1では、M個の送信アンテナとN個の受信アンテナとにより、複数の仮想受信アンテナが配列方向に沿って一列に配置される仮想アレーが形成される。また処理部6は、仮想受信信号行列に対して、受信間カップリング行列の逆行列と、送信間カップリング行列の逆行列とを乗ずることにより、M×N個の仮想受信信号を補正する。
【0078】
これにより、レーダ装置1は、N個の受信アンテナ間の相互結合の影響だけでなく、M個の送信アンテナ間の相互結合の影響も低減した仮想受信信号を算出することができ、物体の方位の検出精度を向上させることができる。
【0079】
図15は、検出方位と方位誤差との関係を示す第1のシミュレーション結果であり、補正を行わない場合の結果と、受信間カップリング行列および送信間カップリング行列を用いた補正を行った場合の結果とを示す。
図15に示すように、このシミュレーション結果は、第1間隔d
Tが15mmとなるように2個の送信アンテナを配置するとともに第2間隔d
Rが5mmになるように3個の受信アンテナを配置したレーダ装置1でシミュレーションを行った結果である。方位―方位誤差特性SR1は、補正を行わない場合の結果であり、方位―方位誤差特性SR2は、受信間カップリング行列および送信間カップリング行列を用いた補正を行った場合の結果である。
【0080】
受信間カップリング行列および送信間カップリング行列を用いた補正を行うことにより、熱雑音成分のみが残り、受信間カップリングの成分と送信間カップリングの成分とが除去される。
【0081】
図16は、検出方位と方位誤差との関係を示す第2および第3のシミュレーション結果である。第2のシミュレーション結果において、方位―方位誤差特性SR3は、補正を行わない場合の結果であり、方位―方位誤差特性SR4は、送信間カップリング行列を用いた補正を行った場合の結果である。第3のシミュレーション結果において、方位―方位誤差特性SR5は、補正を行わない場合の結果であり、方位―方位誤差特性SR6は、受信間カップリング行列を用いた補正を行った場合の結果である。
【0082】
図16に示すように、受信間カップリング行列および送信間カップリング行列の一方のみを用いた補正では、カップリングの成分の除去が不十分である。
以上説明した実施形態において、受信間カップリング行列に含まれる素子間相互結合行列は受信相互結合行列に相当し、送信間カップリング行列に含まれる素子間相互結合行列は送信相互結合行列に相当し、S380は個別補正部としての処理に相当する。
【0083】
(第2実施形態)
以下に本開示の第2実施形態を図面とともに説明する。なお第2実施形態では、第1実施形態と異なる部分を説明する。共通する構成については同一の符号を付す。
【0084】
第2実施形態のレーダ装置1は、情報生成処理が変更された点が第1実施形態と異なる。
第2実施形態の情報生成処理は、S380の処理の代わりにS382の処理を実行する点が第1実施形態と異なる。
【0085】
すなわち、
図17に示すように、S370の処理が終了すると、処理部6は、S382にて、仮想受信信号行列に対して、式(30)に示すように、CΓ補正項CΓ
−1を掛けることにより、CΓ補正後の仮想受信信号を得る。そしてS382の処理が終了すると、処理部6は、S390に移行する。
【0086】
【数13】
図18に示すように、CΓ補正項CΓ
−1は、仮想アレーに含まれる全ての仮想受信アンテナについての素子間相互結合行列Cと、仮想アレーに含まれる全ての仮想受信アンテナについての素子特性行列Γとを乗じた全仮想チャネル間カップリング行列CΓの逆行列である。
【0087】
例えば、
図11に示すように、送信アンテナ部3が2個の送信アンテナを有し、受信アンテナ部4が5個の受信アンテナを有しており、検出対象となる物体が、送信アンテナ部3および受信アンテナ部4の正面方向に対して角度θ
tだけ傾いた方向に存在するとする。この場合に、仮想統合モードベクトルは式(31)、全仮想チャネル間カップリング行列は式(32)で表される。
【0088】
さらに、理想的な受信信号は、仮想統合モードベクトルを用いて式(33)で表される。また、チャネル間アイソレーション誤差を含んだ受信信号は、式(34)で表される。
【0089】
【数14】
したがって、式(30)に示すように、チャネル間アイソレーション誤差を含んだ受信信号に対して、全仮想チャネル間カップリング行列の逆行列を掛けることにより、理想的な受信信号を得ることができる。
【0090】
このように構成されたレーダ装置1において、処理部6は、仮想受信信号行列に対して、全仮想チャネル間カップリング行列CΓの逆行列を乗ずることにより、M×N個の仮想受信信号を補正する。
【0091】
これにより、レーダ装置1は、N個の受信アンテナ間の相互結合の影響だけでなく、M個の送信アンテナ間の相互結合の影響も低減した仮想受信信号を算出することができ、物体の方位の検出精度を向上させることができる。
【0092】
以上説明した実施形態において、全仮想チャネル間カップリング行列CΓに含まれる素子間相互結合行列は仮想相互結合行列に相当し、S382は一括補正部としての処理に相当する。
【0093】
以上、本開示の一実施形態について説明したが、本開示は上記実施形態に限定されるものではなく、種々変形して実施することができる。
[変形例1]
上記実施形態では、受信CΓ補正項CΓ
Rx−1を式(14)で算出する形態を示した。しかし、受信CΓ補正項CΓ
Rx−1を受信間カップリング行列CΓ
R1,CΓ
R2の何れか一つと一致させるようにしてもよい。これにより、受信CΓ補正項CΓ
Rx−1を算出するための処理負荷を低減することができる。
【0094】
[変形例2]
上記実施形態では、送信CΓ補正項CΓ
Tx−1を式(15)で算出する形態を示した。しかし、送信CΓ補正項CΓ
Tx−1を送信間カップリング行列CΓ
T1,CΓ
T2,CΓ
T3,CΓ
T4,CΓ
T5の何れか一つと一致させるようにしてもよい。これにより、送信CΓ補正項CΓ
Tx−1を算出するための処理負荷を低減することができる。
【0095】
また、上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素に分担させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に発揮させたりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【0096】
上述したレーダ装置1の他、当該レーダ装置1を構成要素とするシステムなど、種々の形態で本開示を実現することもできる。