【実施例1】
【0024】
本報告では、日ごろから睡眠の不調および疲労を感じている人の気分変調ならびに睡眠障害に対するGABA経口投与の効果を安全性評価とあわせて検討した臨床試験の成績を示す。
I 対象と方法
1 被験者
1.1 登録基準
年齢30歳以上60歳以下の男女勤労者(フルタイム)で、事前検査時のアテネ式不眠尺度(AIS)が6点以上、日本語版Profile of Mood States 2成人用短縮版(POMS
(登録商標)2-AS)の「疲労−無気力(FI)」のTスコアが50点以上かつ「活気−活力(VA)」のTスコアが50点以下の者を試験参加登録の条件とした。
1.2 除外基準
試験参加にあたり次の条件を除外基準とした。
(1)GABAを強化した食品や健康食品、医薬部外品、一般医薬品を常用している者、(2)疲労、ストレス、睡眠の改善を目的とした行為(通院や治療を含む)、医薬品や健康食品の使用を行っている者、(3)昼夜交代制勤務または重量物運搬等の肉体労働に従事している者、勤務日(または休日)が不定期である者、(4)治療中かまたは治療が必要と判断される疾患を有する者、(5)睡眠時無呼吸症候群の治療中か診断歴、あるいは、それが強く疑われる者、(6) 慢性疲労症候群と診断されたことがある者、(7)糖尿病、肝疾患、腎疾患、心疾患等の重篤な疾患の既往症をもつ者、(8)生活習慣アンケートや各種アンケートの回答から、被験者として不適当と判断された者、(9)試験食品によりアレルギー発症のおそれがある者、(10)事前検査時の身体測定値、理学検査値および臨床検査値に、基準範囲から著しく外れた値がみられる者、(11)本研究への参加同意取得前1ヶ月以内に他の臨床試験に参加していた者および参加同意取得後に他の臨床試験に参加予定の者、(12)研究期間中に妊娠、授乳の予定がある者、(13)その他の理由から試験責任医師が被験者として不適当と判断した者。
1.3 倫理的配慮
本試験は、ヘルシンキ宣言(2013年10月修正)の精神に則り、実施にあたっては人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(文部科学省、厚生労働省告示、2014年12月22日)に従い実施した。また、本試験の実施は、2015年9月10日に公益財団法人愛世会 愛誠病院上野クリニック(東京都台東区)の倫理審査委員会(委員長:横山雅行)の承認を得た。その承認のもとに、メディカルステーションクリニック(東京都目黒区)において、2015年10月から2016年2月までの期間に試験を実施した(試験責任医師:齋藤次郎)。
1.4 同意の取得
試験参加を希望する者に対して説明文書・同意書を交付の上、研究の趣旨および内容を十分説明し、被験者の自由意思に基づく同意を文書で得た。
【0025】
2 試験食品
試験食品にはアミノヘルス(有)(香川県坂出市)製のハードカプセル型市販商品「ギャバ」を用いた。本製品(GABA食品)は、1カプセル(内容量260mg)中にGABA100mgを主成分として含有する。プラセボ食品は、GABAの代わりに澱粉を含有させたものであり、外観上、GABA食品と識別できないように調製した。
【0026】
3 試験デザイン
試験方法は無作為化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験を採用した。本試験は約4週間の組入れ期間(事前検査の実施、適格被験者のスクリーニング、摂取食品の割付け)および12週間の介入期間(割付け食品の継続的摂取、所定の時点での検査・評価)からなり、組入れ期間中に適格と判定された被験者は、乱数を用いて作成された割付表に基づいてGABA食品またはプラセボのいずれかに無作為に割り付けた。割付表は割付担当者によって封緘され、開封時まで密封保管された。
組入れ期間および介入期間を通して、各被験者に無作為に割り付けられた食品の摂取状況、経験した有害事象、医薬品を使用した場合にはその品名と使用量などを記入した試験日誌を毎日記録するように指示した。加えて、試験期間中にはそれ以前の食事、飲酒、運動などの生活習慣を可能な限り変えないよう指示した。
被験者には割り付けられた食品を1日1回1カプセル、12週間にわたって毎日就寝前(就寝1時間〜30分前)に水またはぬるま湯と共に摂取するよう指示した。所定の研究スケジュールおよび検査内容をすべて終了した被験者のうち、以下の基準に該当する被験者を有効性解析対象者から除外した。(1)研究食品の摂取率が80%を下回った者、(2)日誌記録の欠損など、検査結果の信頼性を損なう行為が顕著にみられる者、(3)除外基準に該当していたことが研究組入れ後に明らかになった者や、研究期間中に制限事項を遵守できないことが判明した者、(4)ライフイベント調査票や日誌から、研究期間中に生活環境等に大きな変化があったと判断された場合、あるいは検査前に一過的で極端なストレスイベントがあった場合、(5)その他、除外することが適当と考えられる明らかな理由があった者。
【0027】
4 測定項目
4.1 有効性の評価指標
(1)主要評価項目:POMS
(登録商標)2-AS、ピッツバーグ睡眠質問票日本語版(PSQI-j)
POMS
(登録商標)2は世界的に信頼されている心理検POMS
(登録商標)の改訂版であり、「怒り−敵意」「混乱−当惑」「抑うつ−落ち込み」「疲労−無気力」「緊張−不安」「活気−活力」「友好」の7尺度と、ネガティブな気分状態を総合的に表す「TMDスコア」から、所定の時間枠における気分状態を評価するものである。POMS
(登録商標)2日本語版マニュアル((株)金子書房)に従い、Tスコアを算出した。なお、本試験で使用したPOMS
(登録商標)2-AS((株)金子書房)の問25の質問文に誤植があったため、問25を欠損扱いとした。問25が関わる尺度「抑うつ−落ち込み」はPOMS
(登録商標)2日本語版マニュアルの回答の欠損時の手続きに従い算出した。
PSQIは睡眠障害の評価として広く使用されており、「睡眠の質」、「入眠時間」、「睡眠時間」、「睡眠効率」、「睡眠困難」、「睡眠薬の使用」、「日中覚醒困難」の7要素の合計得点として算出される。
(2)副次評価項目:アテネ式不眠尺度(AIS)、疲労感 Visual
Analogue Scale(VAS)
AISは世界保健機関(WHO)が中心になって設立した世界睡眠・保健プロジェクトによって作成された自記式の不眠評価尺度であり、不眠症のスクリーニング・重症度評価に用いられる。過去1カ月間に少なくとも週3回以上あてはまる症状項目の得点を合計し、6点以上で不眠症の疑いありと判定される。
疲労感VASは10cmの横直線に対し、疲労感については左端に「疲れを全く感じない最良の感覚」、右端に「何もできないほど疲れきった最悪の感覚」と設定し、それに×印を入れることで現在の対象の主観的な気分を表すものであり、左端から×印までの距離をmm単位で測定したものを値として用いた。
4.2 安全性項目
試験食品の安全性と試験参加者の健康状態を把握するため、来院検査の際に身体測定、理学検査、尿検査、末梢血液検査を実施した。身体検査、理学検査はメディカルステーションクリニック(東京都目黒区)にて行い、末梢血液検査は(株)LSIメディエンス(東京都千代田区)へ委託した。
身体測定は身長(事前検査のみ)と体重を、理学検査は血圧と脈拍を評価項目とした。尿検査においては、糖(定性)、蛋白(定性)、潜血(定性)を評価した。末梢血液検査は、白血球数、赤血球数、血色素量、ヘマトクリット値、血小板数、AST、ALT、LD、ALP、γGTP、総ビリルビン、総蛋白、アルブミン、クレアチニン、尿素窒素、尿酸、血糖、中性脂肪、総コレステロール、HLD-コレステロール、LDL-コレステロールNa、K、Clを測定した。
【0028】
5 研究スケジュールおよび検査内容
研究スケジュールを表1に示した。
【表1】
【0029】
6 有害事象およびその判定
実施した研究との因果関係の有無を問わず、被験者に生じた全ての好ましくない、または意図しない傷病若しくはその徴候(臨床検査値の異常を含む)を有害事象とした。被験者個々の検査値の異常変動(有害事象)については、実施医療機関で定める基準値を基にして、日本化学療法学会が定める異常変動の判定基準(非特許文献11)を参考として、試験責任医師が有害事象の判断をした。これらの有害事象のなかで介入との因果関係があるか、または否定できないと試験責任医師より判定されたものを副次作用とした。
【0030】
7 統計解析
POMS
(登録商標)2-AS、疲労感VASは、摂取後各時点の検査値の摂取前値からの変化量について、群間比較に2標本t検定を用いた。参考として、各群それぞれにおいて摂取後各時点の摂取前からの変化量を1標本t検定を用いて評価した。
PSQI-j、AISは、摂取後各時点の検査値の摂取前値からの変化量について、群間比較にAann-WhitneyのU検定を用いて比較した。
参考として、各群それぞれにおいて摂取後各時点の摂取前からの変化量を
Wilcoxonの符号付き順位和検定を用いて評価した。
数値は平均値±標準偏差で示し、検定の有意水準は両側5%とした。
【0031】
II 結果
1 解析対象者
被験者として男性30名、女性32名、合計62名を選択し、研究を開始した。研究より脱落した被験者はおらず、所定のスケジュールおよび検査内容を62名が完遂した。62名のうち、有効性解析対象除外基準(2)に該当した1名、(3)に該当した5名、(3)および(4)に該当した1名の合計7名の被験者は、割付表を開封する前に当該被験者を有効性解析から除外した。したがって、有効性解析対象者は55名とした。
なお、安全性解析対象者は、研究食品を摂取した62名全員とした。
表2に、有効性解析対象者の背景因子を示した。両群間に有意な差が認められた項目はなかった。
【0032】
2 有効性の評価
2.1 主要評価項目
(1)気分・感情状態に対するGABA食品介入の効果
表3に、POMS
(登録商標)2-ASを用いて12週間の介入期間中の各時点(介入開始から2、4、6、8、10および12週後)における七つの下位尺度と総合的気分状態についての項目別Tスコアおよびそれらの値の事前検査値と比べた変化率、ならびに事前検査値からの変化量(・値)の群間差を示した。
活気−活力(VA)の摂取前から6週目までの変化量(・値)は、プラセボ群と比べてGABA群で有意に上昇(改善)した(p=0.045)。その他、怒り−敵意(AH)、混乱−当惑(CB)、抑うつ−落ち込み(DD)、疲労−無気力(FI)、緊張−不安(TA)、友好(F)、総合的気分状態(TMD)では、群間に統計学的な有意差は観察されなかった。
各群のTスコアの群内比較では、GABA群においてはAH(各時点)、CB(各時点)、DD(各時点)、FI(各時点)、TA(各時点)、VA(各時点)、F(2、4、6、8および12週後)、TMD(各時点)が事前検査値と比較して有意に変動(改善)した。プラセボ群においてはAH(各時点)、CB(各時点)、DD(各時点)、FI(各時点)、TA(各時点)、VA(各時点)、TMD(各時点)が事前検査値と比較して有意に変動(改善)した。
【0033】
【表3】
【0034】
(2) 睡眠の質に対するGABA食品介入の効果
PSQI-jを用いて12週間の介入期間中の睡眠状態を評価した結果を表4に示した。
【表4】
PSQI-jの変化量では群間に統計学的な有意差は観察されなかった。
各群の実測値の群内比較では、GABA群においては合計スコア(各時点)、睡眠の質(C1)(各時点)、入眠時間(C2)(各時点)、睡眠時間(C3)(各時点)、睡眠困難(C5)(4および12週後)、日中覚醒困難(C7)(各時点)が事前検査値と比較して有意に変動(改善)した。プラセボ群においては合計スコア(各時点)、睡眠の質(C1)(各時点)、入眠時間(C2)(各時点)、睡眠時間(C3)(各時点)、睡眠困難(C5)(12週後)、日中覚醒困難(C7)(各時点)が事前検査値と比較して有意に変動(改善)した。
【0035】
2.2 副次評価項目
表5および表6に副次評価項目であるAISと疲労感VASの推移を示した。
AISおよび疲労感VASの変化量は群間に有意な差は認められなかった。
各群の実測値の群内比較では、両群ともに事前検査値と比較して各時点で有意に変動(改善)した。
【表5】
【表6】
【0036】
3 安全性の評価
研究期間中の自覚症状の訴えや他覚所見によって観察された有害事象は、GABA群(n=31)の被験者13名に23件およびプラセボ群(n=31)の被験者11名に34件だった(発生頻度、それぞれ42および36%)。最多症状は感冒症状であり、GABA群に8件、プラセボ群に12件、それぞれ発生した。いずれの有害事象も一過性の軽症であり、研究食品との関連性はすべて無関係であると試験責任医師によって判定された。また、身体検査、理学検査ならびに末梢血液検査において臨床上問題となる変化は認められなかった。
【0037】
III 考察
本試験では、日ごろから睡眠の問題やストレス、疲労を感じている成人男女を対象に、GABA含有食品の連続摂取がストレス、睡眠の質、疲労の主観的評価に及ぼす影響について検討した。その結果、主要評価項目であるPOMS
(登録商標)2-ASの活気−活力(VA)において、GABA群は全検査時点で摂取前からの改善の幅がプラセボ群に比べて大きく、摂取6週目では統計学的に有意な差が認められた。また、ポジティブな気分の指標であるPOMS
(登録商標)2-ASの友好(F)は、群間比較では有意差は認められなかったが、GABA群でのみ摂取前から改善する様子が観察された。これらの結果から、GABA含有食品によりポジティブな気分を改善する効果が示された。
気分の落ち込みや精神的な不安がある人ではない人と比べて血中のGABA 濃度が低いことが報告されている(非特許文献12)。GABAは末梢神経節においてGABA(B)受容体を活性化し、ノルアドレナリンの放出を抑制することで交感神経系を抑制状態にし、血圧を低下させる(非特許文献13,14)。同様の作用機序がGABAの精神的ストレス緩和効果にも当てはまると考えられており、GABAの経口摂取により交感神経の抑制あるいは副交感神経の亢進が報告されている(非特許文献15, 16,17)。情動と自律神経の働きの関係については4つのパターンがあり、交感神経機能抑制と副交感神経機能亢進は、不安や恐怖などから解放された平穏な気分のときに見られるリラックス状態である(非特許文献18)。したがって、GABAの経口摂取は末梢神経節からの自律神経系への作用により、精神的ストレス緩和やリラックス状態をもたらすと考えられる。心身のリラックスした状態を心理学的側面から主観的に測定したリラックス感尺度は、POMS
(登録商標)の活気因子以外と負の相関を示し、活気因子では正の相関が認められている(非特許文献19)。すなわち、GABAの連続摂取によってリラックス状態を継続することで、活気−活力が高まったと考えられた。
さらに、動物実験ではGABAを摂取させることにより成長ホルモンの血液濃度が上昇するという報告がある(非特許文献20)。成長ホルモン欠乏症成人の活力は低いが、成長ホルモンの投与によって、気分や活力など心理的改善が見られたという報告がある(非特許文献21)。GABA摂取により血中成長ホルモン濃度が上昇し、代謝やタンパク質合成が促進することで心身にポジティブな作用を引き起こした可能性が考えられる。
睡眠の問題は生活習慣病の罹患リスクを高め、生命予後を悪化させる。睡眠はストレスにも密接に関連しており、夜間の睡眠障害は日中のQOL低下に有意な関連がある(非特許文献22)。睡眠は人間の心理的・身体的な健康にとって非常に重要であることから、本試験においては2種の睡眠調査票(PSQI-j、AIS)、ならびに疲労感VASを用いてGABA含有食品の効果を検討した。その結果、GABA摂取前後におけるスコアや疲労感は有意に改善したが、プラセボ群も同程度の改善効果を示したことから、プラセボ効果の可能性を排除することができなかった。先行研究として、疲労や睡眠の不調を感じている女性を対象としたGABA投与試験においても、同様のプラセボ効果が観察されている(非特許文献23)。睡眠障害は精神的な症状(不安や恐怖)に起因する場合が多く、プラセボ効果の影響を受け易いこと、さらには抗ストレスやリラックス素材としてのGABAの認知度(期待感)も相まって強力なプラセボ効果が現れた可能性がある。GABAが睡眠に与える影響を評価した先行研究において、PSQI-jでは有意差は認められないが、脳波計によって睡眠潜時の短縮や急速眼球運動を伴わないノンレム睡眠時間の増加効果が報告されている。したがって、GABAの睡眠の質改善効果の有無については、主観的評価に脳波計や体動計などによる客観的評価指標を組み合わせた詳細な検証が必要と考えられた。睡眠時間が短い人や、就寝時間が遅い人は、繰り返しネガティブな考えをする傾向にあることが報告されている(非特許文献24)。本試験で認められたPOMS
(登録商標)2-ASのポジティブな尺度「活気−活力」の有意な改善、「友好」の改善傾向は、GABA摂取に伴う睡眠の質改善効果と関係しているのかもしれない。
【0038】
IV 結論
日ごろから睡眠の問題やストレス、疲労を感じている就労者を対象とした無作為化プラセボ対照二重盲検並行群間比較試験の結果、POMS
(登録商標)2-ASのポジティブな気分の指標である「活気−活力」を高める効果が確認された。また、本試験条件下ではGABA含有食品の安全性に問題はなかった。
[利益相反]本研究は三和酒類(株)の資金提供を受けた。外薗英樹は三和酒類(株)の従業員である。その他の著者は開示すべき利益相反事項はない。