特許第6947825号(P6947825)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6947825標的配列を改変するためのポリヌクレオチドおよびその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6947825
(24)【登録日】2021年9月21日
(45)【発行日】2021年10月13日
(54)【発明の名称】標的配列を改変するためのポリヌクレオチドおよびその使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20210930BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20210930BHJP
   C12N 15/65 20060101ALI20210930BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20210930BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20210930BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20210930BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20210930BHJP
【FI】
   C12N15/09 100
   C12N15/11 ZZNA
   C12N15/65 Z
   C12N1/15
   C12N1/19
   C12N1/21
   C12N5/10
【請求項の数】16
【全頁数】34
(21)【出願番号】特願2019-530595(P2019-530595)
(86)(22)【出願日】2018年7月19日
(86)【国際出願番号】JP2018027141
(87)【国際公開番号】WO2019017438
(87)【国際公開日】20190124
【審査請求日】2020年1月7日
(31)【優先権主張番号】特願2017-141691(P2017-141691)
(32)【優先日】2017年7月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513148004
【氏名又は名称】株式会社 アイロムグループ
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】草野 好司
(72)【発明者】
【氏名】木藤古 孝行
(72)【発明者】
【氏名】井上 誠
(72)【発明者】
【氏名】朱 亜峰
(72)【発明者】
【氏名】森 豊隆
【審査官】 川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2000/070055(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2004/0068761(US,A1)
【文献】 J. Gene Med., 2005, Vol. 7, pp. 649-656
【文献】 Genetics, 2004, Vol. 168, pp. 1477-1489
【文献】 Nature, 1988, Vol. 326, pp. 348-352
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム配列を改変するためのドナーポリヌクレオチドであって、1または複数の改変を含むゲノム断片を含み、該ゲノム断片の両端はポリヌクレオチドによって連結されており、該連結ポリヌクレオチド中に、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子の両方を含み、該ゲノム断片は切断可能であり、当該切断可能な部位は切り離されてドナーポリヌクレオチド鎖の両末端となることによりドナーポリヌクレオチドが直鎖状となっていてもよく、当該部位はドナーポリヌクレオチドにおいてつながっていてドナーポリヌクレオチドが環状となっていてもよい、ドナーポリヌクレオチド。
【請求項2】
当該切断可能部位に切断配列が付加されている、請求項1に記載のドナーポリヌクレオチド。
【請求項3】
当該部位に付加されている切断配列が、ドナーポリヌクレオチドが含むゲノム断片に対応する標的とする細胞のゲノム断片の配列には含まれない、請求項2に記載のドナーポリヌクレオチド。
【請求項4】
該ゲノム断片において、該1または複数の改変が、当該部位の片側のみに含まれる、請求項1から3のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
【請求項5】
該連結するポリヌクレオチドがプラスミドのポリヌクレオチドである、請求項1から4のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
【請求項6】
ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子の間に標的とする細胞のゲノム配列を含まない、請求項1から5のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
【請求項7】
ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子が融合しており、ポジティブ選択マーカーとネガティブ選択マーカーが融合蛋白質として発現される、請求項1から6のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
【請求項8】
ゲノム配列を改変する方法であって、(a)請求項1から7のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、(b)ポジティブ選択マーカーによって該ドナーポリヌクレオチドが導入された細胞を選択する工程、および、(c)ネガティブ選択マーカーによって該連結ポリヌクレオチドが除去された細胞を選択する工程、を含む方法。
【請求項9】
工程(a)において、ドナーポリヌクレオチドの当該部位が切り離された直鎖状ドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する工程を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
工程(a)において、当該部位がつながっている環状ドナーポリヌクレオチド、および、当該部位を切断する切断酵素または該酵素を発現するベクターを細胞に導入する工程を含む、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
該環状ドナーポリヌクレオチド、および、該酵素または該ベクターを同時に導入することを特徴とする、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
該酵素を発現するベクターが、該酵素を発現するマイナス鎖RNAウイルスベクターである、請求項10または11に記載の方法。
【請求項13】
目的の改変をゲノムに含む細胞を選択する工程をさらに含む、請求項8から12のいずれかに記載の方法。
【請求項14】
遺伝性疾患の原因遺伝子において、疾患原因配列を正常配列に変換するために用いられる、請求項8から13のいずれかに記載の方法。
【請求項15】
請求項1から7のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチドがゲノムに組み込まれた構造を有する細胞であって、ドナーポリヌクレオチドに含まれる改変ゲノム断片と、それに対応する細胞のゲノム由来の断片が、該連結ポリヌクレオチドを介して順不同に直列した構造を有し、該連結ポリヌクレオチド中にポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子を含む、細胞。
【請求項16】
ゲノムが改変された細胞の製造方法であって、請求項15に記載の細胞をネガティブ選択マーカーによって選択し、該連結ポリヌクレオチドが除去された細胞を選択的する工程を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子治療、品種改良、生物工学的創作等を目的に遺伝子配列を精密に改変する分子遺伝学技術等に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子改変を目的に標的とするゲノムの塩基配列部位を切断することによって遺伝子改変頻度を向上させる技術として、ZFN法、TALEN法、CRISPR/Cas9法が知られている(Morton, J., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 16370-16375 (2006); Cermak, T. et al., Nucleic Acids Res. 39, e82 (2011); Cong, L. et al., Science 339, 819-823 (2013); Mali, P. et al., Science 339, 823-826 (2013))。
【0003】
しかしながら、改変塩基配列の供与DNAを導入し、上記の3つ方法のいずれかによって標的部位を改変しようとしても、標的部位が、導入したい改変塩基配列に正確に変換され、それ以外の改変を含まない細胞を取得することは容易ではない。
【0004】
例えばZFN法、TALEN法、CRISPR/Cas9法では、標的配列の特異性を極めて厳密に制御することは困難であり、標的配列に類似した標的外配列が切断されそこで、再結合時にindelと呼ばれている挿入または欠失(不正確な再結合)が生じることがある(Off-target不正確再結合問題)。また、たとえ標的配列が切断されるとしても、再結合時にindelが導入される懸念は残る(On-target不正確再結合問題)。しかし、遺伝子治療など精密遺伝子改変の際にはこれらの現象は回避されなければならない。
【0005】
また、目的とする改変配列がゲノムに導入された細胞を選択するためには一般に薬剤選択マーカー遺伝子が用いられる。従来の方法においては、改変したいエキソンの塩基配列に隣接するイントロンの塩基配列中に当該マーカー遺伝子を挿入したベクターを構築し、当該ベクターを細胞に導入して相同組み換えを誘導後、薬剤選択が行われる。しかし得られた細胞は、当然、マーカー遺伝子を持っているので、このままでは、細胞のゲノムに組み込まれたイントロンの塩基配列中に当該マーカー遺伝子が残存することになってしまう。
【0006】
このマーカー遺伝子を除去するためには、目的とするエキソン改変塩基配列の直近にあるイントロン中に部位特異的組換え酵素認識配列(LoxPやFRT)で挟まれた薬剤耐性マーカー遺伝子を挿入した供与DNAが用いられる。当該供与DNAを細胞に導入、当該エキソン-イントロン領域内を切断、イントロン薬剤耐性マーカー遺伝子からエキソン改変塩基配列まで、長鎖に渡ってゲノムに組み込まれた細胞クローンを単離した後、当該細胞クローンに対して、部位特異的組換え酵素(Cre, Flp)遺伝子を導入して、薬剤耐性マーカーだけが抜けた細胞を獲得する(Li, H. L.et al., Stem Cell Reports 4, 143-154 (2015))。
【0007】
この方法により部位特的組換え酵素認識配列(LoxP, FRT)で挟まれた選択マーカー遺伝子だけが部位特異的組換えによって除去されるが、Cre/LoxP法、Flp/FRT法を代表とする方法では、組換え酵素の特性上、一つの認識配列が除去されずに残ってしまうため、遺伝子治療や厳密な遺伝子改変には適用できないという問題がある(部位特異的組換え配列の残存問題)。
【0008】
またこの方法においては、供与DNAが導入された細胞を選択後に、部位特異的組換え酵素を発現するベクター等を細胞に導入するという追加的な工程が必要であり、さらに導入した部位特異的組換え酵素発現ベクターが細胞から除去されたことを確認することも必要となるなど手順が煩雑となる。
【0009】
別の方法では、目的とするエキソン改変塩基配列の直近にあるイントロンにトランスポザーゼ認識配列(PiggyBac ITR)で挟まれた薬剤耐性マーカー遺伝子を挿入した供与DNAが用いられる。当該供与DNAを細胞に導入、当該エキソン-イントロン領域を切断、イントロン薬剤耐性マーカー遺伝子からエキソン改変塩基配列まで、長鎖に渡ってゲノムに組み込まれた細胞クローンを単離した後、当該細胞クローンに対して、トランスポザーゼ(PiggyBac transposase)遺伝子を導入して、薬剤耐性マーカーと認識配列(PiggyBac ITR)が抜けた細胞を獲得する(Yusa, K. et al., Nature 478, 391-394 (2012))。
【0010】
しかしながらこの方法には2つの問題がある。一つは、PiggyBac ITRに挟まれた選択マーカー遺伝子の挿入位置がTTAA配列に限定されること、言い換えれば、改変対象部位近傍にTTAA配列が存在しなければ適用できないこと、もう一つは、適用できたとしても、供与DNAが導入された細胞を選択後に、トランスポザーゼを発現するベクター等を細胞に導入するという追加的な工程が必要であり、さらに導入したトランスポザーゼ発現ベクターが細胞から除去されたことを確認することも必要となるなど手順が煩雑である。
【0011】
上述の通り、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9を用いる方法においては、ゲノム編集を行う対象細胞のゲノムの標的部位が特異的に切断され、当該部位において、供与プラスミド中の標的配列と相同組み換えが起きることになるが、この機構に依存する方法においては、染色体遺伝子座上の標的配列の切断のみならず、供与プラスミド由来標的配列の切断が生じると、相同組換え反応が阻害されるので、供与プラスミド上の標的塩基配列の除去(または非標的配列への変換)によって、供与プラスミド由来標的配列の切断を回避する必要がある。しかしながら、このために供与DNAの配列を改変してしまうと、その配列がゲノムに組み込まれた細胞では、この領域からゲノム本来の配列が喪失してしまうことになるため、遺伝子治療や厳密な遺伝子改変には適用できないという問題がある(切断部位のゲノム配列喪失問題)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Morton, J., Davis, M. W., Jorgensen, E. M. & Carroll, D. Induction and repair of zinc-finger nuclease-targeted double-strand breaks in Caenorhabditis elegans somatic cells. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 103, 16370-16375 (2006)
【非特許文献2】Cermak, T. et al. Efficient design and assembly of custom TALEN and other TAL effector-based constructs for DNA targeting. Nucleic Acids Res. 39, e82 (2011)
【非特許文献3】Cong, L. et al. Multiplex genome engineering using CRISPR/Cas systems. Science 339, 819-823 (2013)
【非特許文献4】Mali, P. et al. RNA-guided human genome engineering via Cas9. Science 339, 823-826 (2013)
【非特許文献5】Li, H. L.et al.Precise Correction of the Dystrophin Gene in Duchenne Muscular Dystrophy Patient Induced Pluripotent Stem Cells by TALEN and CRISPR-Cas9. Stem Cell Reports 4, 143-154 (2015)
【非特許文献6】Yusa, K. et al. Targeted gene correction of α1-antitrypsin deficiency in induced pluripotent stem cells. Nature 478, 391-394 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、ゲノム配列を効率的に改変するためのドナーポリヌクレオチド、および当該ドナーポリヌクレオチドを用いたゲノム改変細胞の製造方法等に関する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
On/Off-target不正確再結合
上述の通り、現在ゲノム編集に用いられている酵素は染色体の標的配列を切断するものであるために、標的以外の染色体部位を切断してしまうOff-targetが起こるリスクや、切断されたゲノムが修復される際にindelが導入されるリスクが懸念される。この問題を回避するために本発明者らは、染色体を切断するのではなく、供与プラスミドのみを切断することを考えた。例えば、供与プラスミドの改変後配列を含む相同領域を導入前に切断し、直鎖型供与プラスミドを細胞に導入するか、または環状の供与プラスミドを細胞に導入後、細胞内で配列特異的に供与プラスミドを切断すれば、標的配列、または標的配列に類似した標的外配列(On/Off-Target)の切断が起こらず、従って不正確な再結合が生じることがないので、indelが導入されることがなく、遺伝子治療など精密遺伝子改変に相応しい技術となる。
【0015】
部位特異的組換え部位残存
また、ゲノム編集において標的部位に必要な改変のみを導入し、マーカー遺伝子や、マーカー遺伝子を除去した痕跡が残らないようにするために、本発明者らは、供与プラスミド中のゲノム断片の外側に、ポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子の両方を配置することを考えた。この場合、供与プラスミドの骨格内に2つの選択マーカー遺伝子が配置されているため、標的配列領域で生じる相同組換えによって供与プラスミド全体が挿入され、供与プラスミドからの改変後の塩基配列と染色体上の改変前の塩基配列(順不同)が、供与プラスミドの骨格領域を挟み、直列に並んだベクター標的挿入体構造を形成する。この中間体構造に含まれる改変後塩基配列と改変前塩基配列は相同組換えを起こし易いため、この構造をゲノムに含む細胞を培養するだけで、自然発生的に改変後塩基配列だけからなる単独構造へ置換する。この過程においては、部位特異的組換え酵素やトランスポザーゼ等を必要としないので、極めて簡便に目的の細胞を取得することが可能で、また、特異的組換え認識配列の残存の可能性はない点でも優れている。
【0016】
標的切断配列の喪失
また上述の通り、染色体遺伝子座上の標的配列の切断のみならず、供与プラスミド由来標的配列の切断が生じると、供与プラスミド上長鎖領域と遺伝子座上標的部位との相同組換え反応が阻害される。従来法では、供与プラスミド上から切断配列を除去することによって、供与プラスミド側の相同領域の切断を回避するが、そのような方法では、切断配列が除去された改変配列が細胞の染色体に組み込まれる懸念が生じることになる。これに対して本発明の一態様においては、供与プラスミドの改変後配列を含む相同領域を導入前に切断し、直鎖型供与プラスミドを導入することによって、染色体遺伝子座上の標的配列と供与プラスミド由来標的配列の両方の切断を回避する。また本発明のもう一つの態様においては、供与プラスミド中のゲノム断片に例えばI-SceIを代表とする配列特異的切断酵素の認識配列を挿入し、その供与プラスミドを細胞に導入する前、後、または同時に配列特異的切断酵素遺伝子を細胞内で発現させ、供与プラスミド内の認識配列を切断する。配列特異的切断酵素の認識配列は細胞が持つ染色体の遺伝子座上の対応する領域には存在しないため、染色体遺伝子座上の標的配列と供与プラスミド由来配列の両切断は回避され、相同組換え効率の低下を防ぐことができる。
【0017】
このように本発明は、従来のゲノム編集技術が持つ課題を解決する新たなゲノム編集技術を提供するものであり、これにより簡便かつ正確に、目的の改変のみをゲノムに導入することが可能となる。
【0018】
すなわち本発明は、ゲノム配列を改変するための新規なドナーポリヌクレオチドおよびその利用等に関し、より具体的には請求項の各項に記載の発明に関する。なお同一の請求項を引用する請求項に記載の発明の2つまたはそれ以上の任意の組み合わせからなる発明も、本明細書において意図された発明である。すなわち本発明は、以下の発明に関する。
〔1〕 ゲノム配列を改変するためのドナーポリヌクレオチドであって、1または複数の改変を含むゲノム断片を含み、該ゲノム断片の両端はポリヌクレオチドによって連結されており、該連結ポリヌクレオチド中に、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子の両方を含み、該ゲノム断片は切断可能であり、当該切断可能な部位は切り離されてドナーポリヌクレオチド鎖の両末端となることによりドナーポリヌクレオチドが直鎖状となっていてもよく、当該部位はドナーポリヌクレオチドにおいてつながっていてドナーポリヌクレオチドが環状となっていてもよい、ドナーポリヌクレオチド。
〔2〕 当該切断可能部位に切断配列が付加されている、〔1〕に記載のドナーポリヌクレオチド。
〔3〕 当該部位に付加されている切断配列が、ドナーポリヌクレオチドが含むゲノム断片に対応する標的とする細胞のゲノム断片の配列には含まれない、〔2〕に記載のドナーポリヌクレオチド。
〔4〕 該ゲノム断片において、該1または複数の改変が、当該部位の片側のみに含まれる、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
〔5〕 該連結するポリヌクレオチドがプラスミドのポリヌクレオチドである、〔1〕から〔4〕のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
〔6〕 ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子の間に標的とする細胞のゲノム配列を含まない、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
〔7〕 ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子が融合しており、ポジティブ選択マーカーとネガティブ選択マーカーが融合蛋白質として発現される、〔1〕から〔6〕のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチド。
〔8〕 ゲノム配列を改変する方法であって、(a)〔1〕から〔7〕のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、(b)ポジティブ選択マーカーによって該ドナーポリヌクレオチドが導入された細胞を選択する工程、および、(c)ネガティブ選択マーカーによって該連結ポリヌクレオチドが除去された細胞を選択する工程、を含む方法。
〔9〕 工程(a)において、ドナーポリヌクレオチドの当該部位が切り離された直鎖状ドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する工程を含む、〔8〕に記載の方法。
〔10〕 工程(a)において、当該部位がつながっている環状ドナーポリヌクレオチド、および、当該部位を切断する切断酵素または該酵素を発現するベクターを細胞に導入する工程を含む、〔8〕に記載の方法。
〔11〕 該環状ドナーポリヌクレオチド、および、該酵素または該ベクターを同時に導入することを特徴とする、〔10〕に記載の方法。
〔12〕 該酵素を発現するベクターが、該酵素を発現するマイナス鎖RNAウイルスベクターである、〔10〕または〔11〕に記載の方法。
〔13〕 目的の改変をゲノムに含む細胞を選択する工程をさらに含む、〔8〕から〔12〕のいずれかに記載の方法。
〔14〕 遺伝性疾患の原因遺伝子において、疾患原因配列を正常配列に変換するために用いられる、〔8〕から〔13〕のいずれかに記載の方法。
〔15〕 〔1〕から〔7〕のいずれかに記載のドナーポリヌクレオチドがゲノムに組み込まれた構造を有する細胞であって、ドナーポリヌクレオチドに含まれる改変ゲノム断片と、それに対応する細胞のゲノム由来の断片が、該連結ポリヌクレオチドを介して順不同に直列した構造を有し、該連結ポリヌクレオチド中にポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子を含む、細胞。
〔16〕 ゲノムが改変された細胞の製造方法であって、〔15〕に記載の細胞をネガティブ選択マーカーによって選択し、該連結ポリヌクレオチドが除去された細胞を選択的する工程を含む、方法。
〔17〕 〔12〕に記載の方法に用いられるマイナス鎖RNAウイルスベクターであって、ドナーポリヌクレオチドの切断部位を切断するエンドヌクレアーをコードするベクター。
〔18〕 センダイウイルスベクターである、〔17〕に記載のベクター。
〔19〕 該エンドヌクレアーゼがI-SceIである、〔17〕または〔18〕に記載のベクター。
〔20〕 〔17〕から〔19〕のいずれかに記載のベクターを含む、〔12〕に記載の方法に用いるための組成物。
【0019】
なお、本明細書に記載した任意の技術的事項およびその任意の組み合わせは、本明細書に意図されている。また、それらの発明において、本明細書に記載の任意の事項またはその任意の組み合わせを除外した発明も、本明細書に意図されている。また本発明に関して、明細書中に記載されたある特定の態様は、それを開示するのみならず、その態様を含むより上位の本明細書に開示された発明から、その態様を除外した発明も開示するものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によって、遺伝子配列を精密に改変する分子遺伝学技術が提供される。本発明は、遺伝子治療、品種改良、生物工学的創作などの様々な場面において利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】新規ゲノム編集技術の骨子を示す図である。
図2】新規ゲノム編集技術による遺伝子改変の実証実験を示す図である。
図3】ベクター標的挿入体の構造確認方法を示す図である。
図4】ベクター標的挿入体の一つからガンシクロビル選択による遺伝子改変体の分離方法を示す図である。
図5】遺伝子改変法:従来法の問題点、および本発明の優位性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、ゲノム配列を改変するための新規なドナーポリヌクレオチドを提供する。当該ポリヌクレオチドは、1または複数の改変箇所を含むゲノム断片を含み、該ゲノム断片の両端はポリヌクレオチドによって連結されており(本発明においてこれを連結ポリヌクレオチドと言う)、該連結ポリヌクレオチド中に、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子の両方を含む。
【0023】
ゲノム断片が由来する種に特に制限はなく、例えば所望の真核生物のゲノムであってよく、例えば酵母、動物細胞、植物細胞などに由来するゲノム断片であってよい。好ましくは動物細胞に由来するゲノム断片であり、より好ましくは哺乳動物細胞、例えば霊長類の細胞であり、具体的にはマウス、ラット、サル、およびヒトの細胞のゲノム断片が挙げられる。
【0024】
また当該ゲノム断片は、いずれかの位置で切断可能である。当該切断可能な部位は切り離されてドナーポリヌクレオチド鎖の両末端となることにより、ドナーポリヌクレオチドが直鎖状となっていてもよく、当該部位はドナーポリヌクレオチドにおいてつながっていてドナーポリヌクレオチドが環状となっていてもよい。当該切断可能な部位が切断されてドナーポリヌクレオチドが直鎖状となっている場合、そのポリヌクレオチドは、もともと1つであったゲノム断片が分断されて2つとなり、それぞれが連結ポリヌクレオチドの両端に結合している。すなわち連結ポリヌクレオチドが一対のゲノム配列に挟まれた構造を取ることになる。ドナーポリヌクレオチドが環状となっている場合は、ゲノム断片の一端が連結ポリヌクレオチドの一端と連結し、ゲノム断片の他端が連結ポリヌクレオチドの他端と連結し、環状の構造を取ることになる。
【0025】
ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片には、1または複数の改変箇所が含まれていてよい。ここで改変箇所とは、標的とする細胞が持つゲノムの対応する箇所の配列とは異なる配列を持つ箇所のことをいう。これらの改変箇所は、ゲノム編集を行おうとする対象細胞のゲノム配列とは異なっており、このドナーポリヌクレオチドが導入されることにより、対象細胞のゲノム配列は改変されることになる。改変箇所の数に特に限定はなく、1箇所またはそれ以上、例えば2、3、4、5、10箇所、またはそれ以上であってよい。また各改変は、1または複数の塩基置換、塩基の挿入、および/または塩基の欠失、あるいはそれらの組み合わせであってよい。
【0026】
上述の通り、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の両端は、ポリヌクレオチドによって連結されている。連結ポリヌクレオチドは、ゲノム断片と一続きの連続した二本鎖核酸となるように連結されている。連結ポリヌクレオチドの配列には特に制限はなく、例えばプラスミドベクター、ファージベクター、コスミドベクター、ウイルスベクター、人工染色体ベクター(例えば酵母人工染色体ベクター(YAC)および細菌人工染色体ベクター(BAC)を含む)等に由来する配列であってよい。このように連結ポリヌクレオチドがベクター骨格を有し、ベクターとして機能する場合、本発明のドナーポリヌクレオチドは、ドナーベクター(供与ベクター)ともいう。ベクターがプラスミドベクターの場合、本発明のドナーポリヌクレオチドは、ドナープラスミド(供与プラスミド)ともいう。ベクターとして機能するドナーポリヌクレオチドは、適当な宿主(細胞や大腸菌)内で保持されうる。またベクターに複製能がある場合は、ドナーポリヌクレオチドは宿主内で複製されうる。本発明のドナーポリヌクレオチドは、好ましくは、適当な宿主内で自律複製能を有する。
【0027】
連結ポリヌクレオチド中には、ゲノム編集を行おうとする対象細胞のゲノム配列が含まれていてもよいが、上述の通り、改変を行おうとする標的ゲノム配列はあくまで連結ポリヌクレオチドの両端につながっているゲノム配列であり、連結ポリヌクレオチド中に含まれうるゲノム配列は、改変を行おうとする標的配列ではない。
【0028】
連結ポリヌクレオチドの長さに特に制限はなく、適宜適当な長さのポリヌクレオチドとすることができる。連結ポリヌクレオチドとしてベクターの骨格を用いる場合は、ベクターの種類に応じて、連結ポリヌクレオチドの長さは変わり得る。一例を示せば、連結ポリヌクレオチドの長さ(後述のポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子を含めた長さ)は、例えば1kb以上、2kb以上、3kb以上、5kb以上、7kb以上、10kb以上、20kb以上、または30kb以上であってよい。また、100kb以下、800kb以下、70kb以下、60kb以下、50kb以下、40kb以下、30kb以下、20kb以下、10kb以下、または8kb以下であってよい。
【0029】
本発明において連結ポリヌクレオチドは、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子を含んでいる。ここでポジティブ選択マーカー遺伝子とは、当該マーカーを保持する細胞を選択する(および/または当該マーカーを持たない細胞を除去する)ために用いられるマーカーをコードする遺伝子であり、ネガティブ選択マーカー遺伝子とは、当該マーカーを保持する細胞を除去する(および/または当該マーカーを持たない細胞を選択する)ために用いられるマーカーをコードする遺伝子を言う。ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子は適宜選択することができる。例えばポジティブ選択マーカー遺伝子としては、Hyg(ハイグロマイシン耐性遺伝子)、Puro(ピューロマイシン耐性遺伝子)、β-geo(βガラクトシダーゼとネオマイシン耐性遺伝子の融合遺伝子)などの種々の薬剤耐性遺伝子などが例示されるが、それらに限定されるものではない。ネガティブ選択マーカー遺伝子としては、例えば細胞増殖または生存の阻害を直接的または間接的に誘導する遺伝子が挙げられ、具体的には、単純ヘルペスウイルス由来チミジンキナーゼ(TK)遺伝子、ジフテリアトキシンAフラグメント(DT-A)遺伝子、シトシンデアミナーゼ(CD)遺伝子などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0030】
従来のゲノム編集において用いられてきたドナーポリヌクレオチドは一般に、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片中にポジティブ選択マーカー遺伝子を保持しており、ネガティブ選択マーカー遺伝子を配置する場合は、ゲノム断片の外側に配置される。これに対して本発明のドナーポリヌクレオチドは、連結ポリヌクレオチド中にポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子の両方を含むことを特徴としている。すなわち、ポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子との間には、標的とする細胞のゲノム配列を含まないか、あるいは含むとしても、組み換えが起こらない程度の短いものであることが好ましい。そのようなゲノム配列の長さは、例えば1.0kb以内、0.8kb以内、0.6kb以内、0.5kb以内、0.4kb以内、0.3kb以内、0.2kb以内、または0.1kb以内である。
【0031】
連結ポリヌクレオチド中に含まれるポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子は、互いに近接していることが好ましい。両者が近接していることにより、ポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子の間で組み換えが起こることを防ぐ(あるいは十分に低い頻度に抑える)ことができる。例えばプロモーターから転写終結配列までを1つの遺伝子とみなした場合、ポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子との間は、例えば10kb以内、好ましくは8kb以内、より好ましくは7kb以内、5kb以内、4kb以内、3kb以内、2kb以内、1kb以内、または0.5kb以内である。
【0032】
より好ましくは、ポジティブ選択マーカーとネガティブ選択マーカーは、同一のプロモーターから転写される。そして最も好ましくは、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子は融合しており、ポジティブ選択マーカーとネガティブ選択マーカーが融合蛋白質として発現される。
【0033】
上述の通り、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片は、いずれかの位置で切断可能である。ここで切断可能とは、その位置を人為的に切断することができることを言う。切断は、ドナーポリヌクレオチドにおいてその位置にユニークに起こること、すなわち、ドナーポリヌクレオチドにおいてその位置だけで起こることが好ましい。
【0034】
切断可能なゲノム断片としては、例えば、ゲノム断片中に制限酵素部位がある場合が挙げられる。その場合、当該制限酵素によってその位置を切断することができる。制限酵素部位は、ドナーポリヌクレオチドにおいてその部位だけに含まれることが好ましい。また、ゲノム断片中に切断配列を付加すれば、その部位を切断可能部位とすることができる。切断配列としては特に制限はなく、所望の制限酵素の切断配列(例えばNotI部位)やメガヌクレアーゼの切断配列(I-SceI部位、PI-SceI部位等)、その他の切断酵素認識配列等を用いることができる。切断酵素は天然のヌクレアーゼであっても人工のヌクレアーゼであってもよい。また、切断は一本鎖切断でも二本鎖切断でもよいが、好ましくは二本鎖切断である。二本鎖切断の場合、切断部位は平滑末端を形成するものであっても、5'または3'突出末端を形成するものであってもよい。ヌクレアーゼには、適宜、核移行シグナル(nls)を付加してもよい。実施例3で示した、I-SceIヌクレアーゼのNH2末端に付加されたnlsアミノ酸配列は、MDKAELIPEPPKKKRKVELGT(配列番号42)であるが、この配列に限定されない。
【0035】
具体的な一例としては、Saccharomyces cerevisiae由来のホーミングエンドヌクレアーゼI-SceI (GenBank: EU004203.1)あるいはPI-SceI (GenBank: Z74233.1)の切断配列が挙げられるが、それに限定されない。切断配列をドナーポリヌクレオチド中のゲノム断片内に付加する場合、当該配列は、ドナーポリヌクレオチドに含まれているゲノム断片に対応する、ドナーポリヌクレオチドの投与対象となる細胞の対応ゲノム断片(すなわち、ドナーポリヌクレオチドにより改変を行う前の細胞が持つゲノム断片であって、ドナーポリヌクレオチドに含まれているゲノム断片に対応する領域)の配列中には含まれないことが好ましい。より好ましくは、当該切断配列は、対象細胞のゲノム全体中にも含まれないか、あるいは十分に低頻度(例えばゲノム全体で10箇所以下、5箇所以下、3箇所以下、2箇所以下、または1箇所以下)でしか含まれないことが合理的および/または統計的に期待できることが好ましい。
【0036】
I-SceIの切断配列はよく知られており、5’-TAGGGATAACAGGGTAAT-3’18-bp(配列番号1)の配列が用いられている(Colleaux, L. et al. Recognition and cleavage site of the intron-encoded omega transposase. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85, 6022-6026 (1988))。なお当該配列をQueryにしてBLAST SEARCHを行っても、該配列にマッチする配列はデータベース上のヒトゲノム及び転写産物には見いだされない。
【0037】
ドナーポリヌクレオチドのゲノム断片に含まれる1または複数の改変箇所(目的とする改変箇所)と切断可能部位との位置関係に特に制限はないが、好ましくは、改変箇所のすべてが、切断可能部位の片側に集中している。そうすることにより、ドナーポリヌクレオチドの切断部位近傍で標的細胞のゲノムとの相同組換えが生じた場合に、複数の改変箇所が分断されずにまとめて組変わることになるので、目的とする複数の改変箇所が導入された細胞を一度の操作で取得することが可能となる。
【0038】
後述の通り、ドナーポリヌクレオチドが細胞のゲノムに導入されて出来る標的挿入構造体を持つ細胞は、改変箇所を持つゲノムと、もともと細胞が持っていたゲノムが、連結ポリヌクレオチドの前後に順不同に並ぶことになるが、この細胞は、さらに自然に組み換えが生じて連結ポリヌクレオチドが除去される際に、その前後にあるゲノム配列の一部も除去されることになる。本発明は、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片において、切断可能部位を、改変箇所の上流側(すなわち、改変対象とする遺伝子のセンス鎖で言う5'側)または下流側(すなわち、改変対象とする遺伝子のセンス鎖で言う3'側)に配置するといういずれの態様も包含される。
【0039】
ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の長さに特に制限はなく、細胞に導入した場合に、細胞のゲノムと相同組み換えが起こるのに十分な長さであれば、所望の長さの断片を用いることができる。ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の長さは、例えば0.05kb以上、0.5kb以上、1kb以上、1.5kb以上、2kb以上、3kb以上、4kb以上、または5kb以上であり、例えば10000kb以下、5000kb以下、500kb以下、300kb以下、200kb以下、100kb以下、80kb以下、50kb以下、30kb以下、20kb以下、または10kb以下である。なお、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片を、一遺伝子座サイズに相当する数十kbまたは数百kb程度まで拡大することによって、広範囲にわたる複数の変異箇所をまとめて改変することもできる。本発明のドナーポリヌクレオチドは、そのような長いゲノム断片を含んでいてもよい。
【0040】
ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の配列は、標的細胞の対応するゲノム配列と高い同一性を有しており、それにより標的細胞のゲノムとの間で相同組み換えが誘発される。例えば、改変箇所および切断部位を除くゲノム断片の配列は、標的とする細胞のゲノムの対応する断片の配列と、通常90%以上、好ましくは95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上、または100%の同一性を有し得る。
【0041】
ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の切断可能部位から、それにもっとも近い改変箇所までの長さは、通常、10塩基以上、好ましくは20塩基以上、30塩基以上、40塩基以上、50塩基以上、80塩基以上、100塩基以上、200塩基以上、300塩基以上、400塩基以上、500塩基以上、800塩基以上、または1kb以上である。また通常、10000kb以内、5000kb以内、500kb以内、100kb以内であり、好ましくは80kb以内、70kb以内、60kb以内、50kb以内、40kb以内、30kb以内、20kb以内、10kb以内、8kb以内、7kb以内、6kb以内、または5kb以内である。また、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片において、連結ポリヌクレオチドに最も近い改変箇所からその連結ポリヌクレオチドとの連結部位までの長さも上記と同様である。
【0042】
より具体的には、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の切断可能部位から、それにもっとも近い改変箇所までの長さは、例えば100塩基以上、150塩基以上、200塩基以上、250塩基以上、300塩基以上、316塩基以上、350塩基以上、400塩基以上、500塩基以上、600塩基以上、1000塩基以上、1200塩基以上、1500塩基以上、または1960塩基以上とすることが好ましい。また、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片において、連結ポリヌクレオチドに最も近い切断可能部位からその連結ポリヌクレオチドとの連結部位までの長さは、例えば200塩基以上、250塩基以上、300塩基以上、316塩基以上、350塩基以上、400塩基以上、500塩基以上、600塩基以上、1000塩基以上、1200塩基以上、1500塩基以上、1960塩基以上、2000塩基以上、2244塩基以上、または2560塩基以上とすることが好ましい。
【0043】
また本発明は、本発明のドナーポリヌクレオチドを用いて細胞のゲノム配列を改変する方法に関する。当該方法は、(a)本発明のドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、(b)ポジティブ選択マーカーによって該ドナーポリヌクレオチドが導入された細胞を選択する工程、および、(c)ネガティブ選択マーカーによって該連結ポリヌクレオチドが除去された細胞を選択する工程、を含む。当該方法は、例えば生体外(例えばインビトロまたはエクスビボ)において実施される。なお本発明においてインビトロにおける実施には、エクスビボにおける実施も包含される。
【0044】
ドナーポリヌクレオチドを導入する細胞は、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片の配列と高い同一性を有する配列をゲノムに有する細胞であり、通常、ドナーポリヌクレオチドに含まれるゲノム断片が由来する生物と同じ種の細胞である。そのような細胞は、例えば所望の真核生物の細胞であってよく、例えば動物細胞または植物細胞、好ましくは動物細胞であり、より好ましくは哺乳動物細胞、例えば霊長類の細胞、具体的にはマウス、ラット、サル、およびヒトの細胞が挙げられる。また、細胞の種類にも特に制限はなく、所望の組織の細胞を用いることができ、分化した細胞や未分化な細胞、前駆細胞、始原細胞等にドナーポリヌクレオチドを導入してゲノム改変を行うことができる。また、多能性幹細胞(例えば誘導多能性幹細胞 (iPS細胞))等に導入することもできる。
【0045】
細胞に導入するドナーポリヌクレオチドは環状であっても直鎖状であってもよい。直鎖状のドナーポリヌクレオチドを導入する場合、ドナーポリヌクレオチド中のゲノム断片の切断可能部位を切断して直鎖状にして細胞に導入する。当該部位の切断方法に特に制限はなく、例えばヌクレアーゼの切断部位であれば、当該ヌクレアーゼで切断することができる。切断後、ヌクレアーゼ等を除去するためにドナーポリヌクレオチドを精製するか、ヌクレアーゼを不活化してから細胞に導入することが好ましい。
【0046】
環状のドナーポリヌクレオチドを導入する場合、細胞に導入される時またはその後で、ドナーポリヌクレオチド中のゲノム断片の切断可能部位が切断される。当該部位を切断するために、当該部位を切断するヌクレアーゼを、細胞に導入または発現させることができる。ヌクレアーゼを発現させるためには、例えば当該ヌクレアーゼをコードするベクターを細胞に導入することができる。
【0047】
ヌクレアーゼを細胞で発現させる場合、そのタイミングは、ドナーポリヌクレオチドとヌクレアーゼが細胞内で接触し切断反応が起きる限り制限はなく、ドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する前、同時、または後であることができる。ヌクレアーゼは、ドナーポリヌクレオチドが細胞に導入された前後48時間以内には発現していることが好ましく、24時間以内には発現していることがより好ましい。またヌクレアーゼは、ドナーポリヌクレオチドが細胞に導入された前後48時間以内に発現させることが好ましく、24時間以内に発現させることがより好ましい。例えばヌクレアーゼを発現するベクターとドナーポリヌクレオチドとを、細胞に同時に導入することで、効率的にゲノム編集を達成することができる。ヌクレアーゼをべクターから発現させる場合、発現が十分に上昇するまでのタイムラグを考慮して、ドナーポリヌクレオチドを細胞に導入するよりも前にベクターを細胞に導入することもできる。
【0048】
細胞へのドナーポリヌクレオチドおよび/またはヌクレアーゼを発現するベクターの導入は、適宜、周知の方法により実施してよく、特に制限はない。例えばリポフェクション、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、パーティクル・ガン法、およびウイルスベクターなどを利用して導入することができる。
【0049】
ウイルスベクターをヌクレアーゼの発現のために用いる場合、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター等の所望のウイルスベクターを用いることができる。本発明において特に好適に用いられるウイルスベクターとしてはマイナス鎖RNAウイルスベクターが挙げられ、例えば、パラミクソウイルスベクターを好適に用いることができる。パラミクソウイルスとはパラミクソウイルス科(Paramyxoviridae)に属するウイルスまたはその誘導体を指す。パラミクソウイルス科はパラミクソウイルス亜科(Paramyxovirinae)(レスピロウイルス属(パラミクソウイルス属とも言う)、ルブラウイルス属、およびモービリウイルス属を含む)およびニューモウイルス亜科(Pneumovirinae)(ニューモウイルス属およびメタニューモウイルス属を含む)を含む。パラミクソウイルス科ウイルスに含まれるウイルスとして、具体的にはセンダイウイルス(Sendai virus)、ニューカッスル病ウイルス(Newcastle disease virus)、おたふくかぜウイルス(Mumps virus)、麻疹ウイルス(Measles virus)、RSウイルス(Respiratory syncytial virus)、牛疫ウイルス(rinderpest virus)、ジステンパーウイルス(distemper virus)、サルパラインフルエンザウイルス(SV5)、ヒトパラインフルエンザウイルス1, 2, 3型等が挙げられる。より具体的には、例えば Sendai virus (SeV)、human parainfluenza virus-1 (HPIV-1)、human parainfluenza virus-3 (HPIV-3)、phocine distemper virus (PDV)、canine distemper virus (CDV)、dolphin molbillivirus (DMV)、peste-des-petits-ruminants virus (PDPR)、measles virus (MeV)、rinderpest virus (RPV)、Hendra virus (Hendra)、Nipah virus (Nipah)、human parainfluenza virus-2 (HPIV-2)、simian parainfluenza virus 5 (SV5)、human parainfluenza virus-4a (HPIV-4a)、human parainfluenza virus-4b (HPIV-4b)、mumps virus (Mumps)、およびNewcastle disease virus (NDV) などが含まれる。ラブドウイルスとしては、ラブドウイルス科(Rhabdoviridae)の水疱性口内炎ウイルス(Vesicular stomatitis virus)、狂犬病ウイルス(Rabies virus)等が含まれる。
【0050】
またマイナス鎖RNAウイルスは、天然株、野生株、変異株、ラボ継代株、および人為的に構築された株などに由来してもよい。例えばセンダイウイルスであればZ株が挙げられるが、それに限定されるものではない(Medical Journal of Osaka University Vol.6, No.1, March 1955 p1-15)。例えば、野生型ウイルスが持ついずれかの遺伝子に変異や欠損があるものであってよい。例えば、ウイルスのエンベロープ蛋白質または外殻蛋白質をコードする少なくとも1つの遺伝子に欠損あるいはその発現を抑制するストップコドン変異などの変異を有する伝播能欠失型ウイルスを好適に用いることができる。このようなエンベロープ蛋白質を発現しないウイルスは、例えば感染細胞においてはゲノムを複製することはできるが、感染性ウイルス粒子を形成できないウイルスである。このような伝搬能欠損型のウイルスは、特に安全性の高いベクターとして好適である。例えば、FまたはHNのいずれかのエンベロープ蛋白質(スパイク蛋白質)の遺伝子、あるいはFおよびHNの遺伝子をゲノムにコードしないウイルスを用いることができる (WO00/70055 および WO00/70070; Li, H.-O. et al., J. Virol. 74(14) 6564-6569 (2000))。少なくともゲノム複製に必要な蛋白質(例えば N、P、およびL蛋白質)をゲノムRNAにコードしていれば、ウイルスは感染細胞においてゲノムを増幅することができる。エンベロープ蛋白質欠損型でありかつ感染性を持つウイルス粒子を製造するには、例えば、欠損している遺伝子産物またはそれを相補できる蛋白質をウイルス産生細胞において外来的に供給する(WO00/70055 および WO00/70070; Li, H.-O. et al., J. Virol. 74(14) 6564-6569 (2000))。一方、欠損するウイルス蛋白質を全く相補しないことによって、非感染性ウイルス粒子を回収することができる(WO00/70070)。
【0051】
ウイルスベクターとしては、また、変異型のウイルス蛋白質遺伝子を搭載するウイルスベクターを用いることも好ましい。例えば、エンベロープ蛋白質や外殻蛋白質において弱毒化変異や温度感受性変異を含む多数の変異が知られている。これらの変異蛋白質遺伝子を有するウイルスを本発明において好適に用いることができる。本発明においては、望ましくは細胞傷害性を減弱したベクターを用い得る。例えば、ウイルスの構造蛋白質(NP, M)やRNA合成酵素(P, L)において弱毒化変異や温度感受性変異を含む多数の変異が知られている。これらの変異蛋白質遺伝子を有するパラミクソウイルスベクターなどを本発明において目的に応じて好適に用いることができる。
【0052】
具体的には、例えばセンダイウイルスのM遺伝子の好ましい変異としては、M蛋白質における69位(G69)、116位(T116)、および183位(A183)からなる群より任意に選択される部位のアミノ酸置換が挙げられる(Inoue, M. et al., J.Virol. 2003, 77: 3238-3246)。センダイウイルスのM蛋白質に上記の3つの部位のいずれか、好ましくは任意の2部位の組み合わせ、さらに好ましくは3つの部位全てのアミノ酸が他のアミノ酸に置換された変異M蛋白質をコードするゲノムを有するウイルスは、本発明において好適に用いられる。
【0053】
アミノ酸変異は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましく、例えばBLOSUM62マトリックス(Henikoff, S. and Henikoff, J. G. (1992) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 89: 10915-10919)の値が3以下、好ましくは2以下、より好ましくは1以下、より好ましくは0のアミノ酸に置換する。具体的には、センダイウイルスM蛋白質のG69、T116、およびA183を、それぞれGlu (E)、Ala (A)、およびSer (S) へ置換することができる。また、麻疹ウイルス温度感受性株 P253-505(Morikawa, Y. et al., Kitasato Arch. Exp. Med. 1991: 64; 15-30)のM蛋白質の変異と相同な変異を利用することも可能である。変異の導入は、例えばオリゴヌクレオチド等を用いて、公知の変異導入方法に従って実施すればよい。
【0054】
また、HN遺伝子の好ましい変異としては、例えばセンダイウイルスのHN蛋白質の262位(A262)、264位(G264)、および461位(K461)からなる群より任意に選択される部位のアミノ酸置換が挙げられる(Inoue, M. et al., J.Virol. 2003, 77: 3238-3246)。3つの部位のいずれか1つ、好ましくは任意の2部位の組み合わせ、さらに好ましくは3つの部位全てのアミノ酸が他のアミノ酸に置換された変異HN蛋白質をコードするゲノムを有するウイルスは、本発明において好適に用いられる。上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。好ましい一例を挙げれば、センダイウイルス HN蛋白質のA262、G264、およびK461を、それぞれThr (T)、Arg (R)、およびGly (G) へ置換する。また、例えば、ムンプスウイルスの温度感受性ワクチン株 Urabe AM9を参考に、HN蛋白質の464及び468番目のアミノ酸に変異導入することもできる(Wright, K. E. et al., Virus Res. 2000: 67; 49-57)。
【0055】
またセンダイウイルスは、P遺伝子および/またはL遺伝子に変異を有していてもよい。このような変異としては、具体的には、SeV P蛋白質の86番目のGlu(E86)の変異、SeV P蛋白質の511番目のLeu(L511)の他のアミノ酸への置換が挙げられる。上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、86番目のアミノ酸のLysへの置換、511番目のアミノ酸のPheへの置換などが例示できる。またL蛋白質においては、SeV L蛋白質の1197番目のAsn(N1197)および/または1795番目のLys(K1795)の他のアミノ酸への置換が挙げられ、上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、1197番目のアミノ酸のSerへの置換、1795番目のアミノ酸のGluへの置換などが例示できる。P遺伝子およびL遺伝子の変異は、持続感染性、2次粒子放出の抑制、または細胞傷害性の抑制の効果を顕著に高めることができる。さらに、エンベロープ蛋白質遺伝子の変異および/または欠損を組み合わせることで、これらの効果を劇的に上昇させることができる。またL遺伝子は、SeV L蛋白質の1214番目のTyr(Y1214)および/または1602番目のMet(M1602)の他のアミノ酸への置換が挙げられ、上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、1214番目のアミノ酸のPheへの置換、1602番目のアミノ酸のLeuへの置換などが例示できる。以上に例示した変異は、任意に組み合わせることができる。
【0056】
例えば、SeV M蛋白質の少なくとも69位のG、116位のT、及び183位のA、SeV HN蛋白質の少なくとも262位のA,264位のG,及び461位のK、SeV P蛋白質の少なくとも511位のL、SeV L蛋白質の少なくとも1197位のN及び1795位のKが、それぞれ他のアミノ酸に置換されており、かつF遺伝子を欠損または欠失するセンダイウイルスベクター、ならびに、細胞傷害性がこれらと同様またはそれ以下、および/または37℃におけるNTVLP形成の抑制がこれらと同様またはそれ以上のF遺伝子欠損または欠失センダイウイルスベクターは、本発明において好適である。
【0057】
より具体的には、F遺伝子を欠失し、M蛋白質にG69E、T116A、およびA183Sの変異、HN蛋白質にA262T、G264R、およびK461Gの変異、P蛋白質にL511Fの変異、ならびにL蛋白質にN1197SおよびK1795Eの変異をゲノムに含むセンダイウイルスベクターは、本発明において好適に用いることができる。本発明において、F遺伝子の欠失とこれらの変異との組み合わせを「TSΔF」と称す。
【0058】
また、例えばセンダイウイルス(SeV)の場合、L蛋白質の変異としては、SeV L蛋白質の942位(Y942)、1361位(L1361)、および1558位(L1558)から任意に選択される部位のアミノ酸の他のアミノ酸への置換も挙げられる。上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、942番目のアミノ酸のHisへの置換、1361番目のアミノ酸のCysへの置換、1558番目のアミノ酸のIleへの置換などが例示できる。特に少なくとも942位または1558位が置換されたL蛋白質を好適に用いることができる。例えば1558位に加え、1361位も他のアミノ酸に置換された変異L蛋白質も好適である。また、942位に加え、1558位および/または1361位も他のアミノ酸に置換された変異L蛋白質も好適である。これらの変異により、L蛋白質の温度感受性を上昇させることができる。
【0059】
またP蛋白質の変異としては、SeV P蛋白質の433位(D433)、434位(R434)、および437位(K437)から任意に選択される部位のアミノ酸の他のアミノ酸への置換が挙げられる。上記と同様に、アミノ酸の置換は、側鎖の化学的性質の異なる他のアミノ酸への置換が好ましい。具体的には、433番目のアミノ酸のAla (A) への置換、434番目のアミノ酸のAla (A) への置換、437番目のアミノ酸のAla (A) への置換などが例示できる。特にこれら3つの部位全てが置換されたP蛋白質を好適に用いることができる。これらの変異により、P蛋白質の温度感受性を上昇させることができる。
【0060】
SeV P蛋白質の少なくとも433位のD、434位のR、および437位のKの3箇所が、他のアミノ酸に置換された変異P蛋白質、およびSeV L蛋白質の少なくとも1558位のLが置換された変異L蛋白質(好ましくは少なくとも1361位のLも他のアミノ酸に置換された変異L蛋白質)をコードする、F遺伝子を欠損または欠失するセンダイウイルスベクター、ならびに、細胞傷害性がこれと同様またはそれ以下、および/または温度感受性がこれと同様またはそれ以上のF遺伝子を欠損または欠失するセンダイウイルスベクターも、本発明において好適に用いられる。各ウイルス蛋白質は、本明細書に例示した変異以外に他のアミノ酸(例えば10以内、5以内、4以内、3以内、2以内、または1アミノ酸)に変異を有していてもよい。上記に示した変異を有するベクターは高い温度感受性を示すので、細胞を通常温度(例えば約37℃、具体的には36.5〜37.5℃、好ましくは36.6〜37.4℃、より好ましくは36.7℃〜37.3℃)で培養することにより、ベクターを簡便に除去することができる。ベクターの除去においては、やや高温(例えば37.5〜39℃、好ましくは38〜39℃、または38.5〜39℃)で培養してもよい。
【0061】
具体的なベクターを例示すれば、例えばF遺伝子を欠失し、M蛋白質にG69E、T116A、およびA183Sの変異、HN蛋白質にA262T、G264R、およびK461Gの変異、P蛋白質にL511Fの変異、ならびにL蛋白質にN1197SおよびK1795Eの変異をゲノムに含むセンダイウイルスベクターが挙げられる。
【0062】
また、好ましくは、例えばF遺伝子を欠失し、M蛋白質にG69E、T116A、およびA183Sの変異、HN蛋白質にA262T、G264R、およびK461Gの変異、P蛋白質にL511Fの変異、ならびにL蛋白質にN1197SおよびK1795Eの変異をゲノムに含むセンダイウイルスベクターであって、以下の(i)および/または(ii)の変異をさらにゲノムに含むセンダイウイルスベクターが挙げられる。
(i)P蛋白質のD433A、R434A、およびK437Aの変異
(ii)L蛋白質のY942H、L1361Cおよび/またはL1558Iの変異
【0063】
より具体的に例示すれば、F遺伝子を欠失し、M蛋白質にG69E、T116A、およびA183Sの変異、HN蛋白質にA262T、G264R、およびK461Gの変異、P蛋白質にL511Fの変異、ならびにL蛋白質にN1197SおよびK1795Eの変異をゲノムに含み、以下の(i)から(iv)のいずれかの変異をさらにゲノムに含むセンダイウイルスベクターが挙げられる。
(i)P蛋白質のD433A、R434A、およびK437Aの変異、ならびにL蛋白質のL1361CおよびL1558Iの変異(TS15)
(ii)P蛋白質のD433A、R434A、およびK437Aの変異(TS12)
(iii)L蛋白質のY942H、L1361C、およびL1558Iの変異(TS7)
(iv)P蛋白質のD433A、R434A、およびK437Aの変異、ならびにL蛋白質のL1558Iの変異(TS13)
(v)P蛋白質のD433A、R434A、およびK437Aの変異、ならびにL蛋白質のL1361Cの変異(TS14)
【0064】
ヌクレアーゼ遺伝子をベクターに搭載させる場合、ヌクレアーゼ遺伝子は、いずれかのウイルス遺伝子(NP, P, M, F, HN, または L)の直前(ゲノムの3'側)または直後(ゲノムの5'側)に挿入することができる。例えばセンダイウイルスのP遺伝子の直後、すなわちP遺伝子のすぐ下流(マイナス鎖RNAゲノムのすぐ5'側)に組み込むことができるが、それに限定されない。
【0065】
例えば、マイナス鎖RNAウイルスの製造は、以下の公知の方法を利用して実施することができる(WO97/16539; WO97/16538; WO00/70055; WO00/70070; WO01/18223; WO03/025570; WO2005/071092; WO2006/137517; WO2007/083644; WO2008/007581; Hasan, M. K. et al., J. Gen. Virol. 78: 2813-2820, 1997、Kato, A. et al., 1997, EMBO J. 16: 578-587 及び Yu, D. et al., 1997, Genes Cells 2: 457-466; Durbin, A. P. et al., 1997, Virology 235: 323-332; Whelan, S. P. et al., 1995, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92: 8388-8392; Schnell. M. J. et al., 1994, EMBO J. 13: 4195-4203; Radecke, F. et al., 1995, EMBO J. 14: 5773-5784; Lawson, N. D. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 92: 4477-4481; Garcin, D. et al., 1995, EMBO J. 14: 6087-6094; Kato, A. et al., 1996, Genes Cells 1: 569-579; Baron, M. D. and Barrett, T., 1997, J. Virol. 71: 1265-1271; Bridgen, A. and Elliott, R. M., 1996, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93: 15400-15404; Tokusumi, T. et al. Virus Res. 2002: 86; 33-38、Li, H.-O. et al., J. Virol. 2000: 74; 6564-6569)。またウイルスの増殖方法および組み換えウイルスの製造方法については、ウイルス学実験学 各論、改訂二版(国立予防衛生研究所学友会編、丸善、1982)も参照のこと。
【0066】
本発明の方法においては、ドナーポリヌクレオチドを細胞に導入する工程(工程(a))の次に、ポジティブ選択マーカーによって該連結ポリヌクレオチドを保持する細胞(すなわちドナーポリヌクレオチドを保持する細胞)を選択する(工程(b))。この工程は、マーカーの種類に応じて適宜実施することができる。例えば薬剤耐性マーカーを用いた場合は、当該薬剤と共に細胞を培養し、マーカーを発現する細胞を選択する。細胞の選択は、ポジティブ選択マーカーを発現する細胞集団を、発現しない細胞集団から完全に分離することであってもよく、また、ポジティブ選択マーカーを発現する細胞の割合を増加させることであってもよい。この選択によって、全細胞中におけるポジティブ選択マーカー陽性細胞(またはドナーポリヌクレオチドが導入された細胞)の割合は有意に上昇する。例えば、当該選択によって全細胞中におけるポジティブ選択マーカー陽性細胞(またはドナーポリヌクレオチドが導入された細胞)の割合は、10倍以上、50倍以上、100倍以上、500倍以上、1000倍以上、5000倍以上、10000倍以上、50000倍以上、または10万倍以上に上昇する。また当該選択によって全細胞中におけるポジティブ選択マーカー陽性細胞(またはドナーポリヌクレオチドが導入された細胞)の割合は、0.0000001以上、0.000001以上、0.00001以上、0.0001以上、0.001以上、0.01以上、0.02以上、0.05以上、0.1以上、0.2以上、0.3以上、0.4以上、0.5以上、0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上、0.95以上、0.98以上、または0.99以上となることが好ましい。
【0067】
本発明のドナーポリヌクレオチドが相同組み換えによって細胞のゲノムに組み込まれると、当該領域は、(a)細胞がもともと持っていたゲノム断片−(b)ドナーポリヌクレオチドに含まれていたゲノム断片−(c)ドナーポリヌクレオチドに含まれていた連結ポリヌクレオチド−(d)ドナーポリヌクレオチドに含まれていたゲノム断片−(e)細胞がもともと持っていたゲノム断片、という構造を取る。但し、ドナーポリヌクレオチドに含まれているゲノム断片が、目的の改変箇所以外は細胞のゲノムと同一である場合、外見上は、ドナーポリヌクレオチドに含まれていた連結ポリヌクレオチドを介して、ほとんど同じゲノム配列が連結ポリヌクレオチドの前後に並んだ構造を取ることになる。本発明においては、このような構造体を、ドナーポリヌクレオチドの標的挿入構造体と言う。連結ポリヌクレオチドを介して前後に並ぶゲノム断片のどちらに目的の改変(すなわちドナーポリヌクレオチドに含まれていた改変配列)が含まれるかは、相同組み換えが生じた位置によって変わり得るが、いずれにしろ、目的の改変を含むゲノム断片と、細胞がもともと持っていたゲノム断片が、連結ポリヌクレオチドを介して直列に並んだ構造となる。そして連結ポリヌクレオチドには、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子が含まれている。すなわち本発明の方法によって取得される、本発明のドナーポリヌクレオチドがゲノムに組み込まれた構造を有する細胞は、ドナーポリヌクレオチドに含まれる改変ゲノム断片と、それに対応する細胞のゲノム由来の断片が、ドナーポリヌクレオチドに含まれる連結ポリヌクレオチドを介して順不同に直列した構造を有し、該連結ポリヌクレオチド中にポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子を含む細胞である。
【0068】
本発明の方法においては、次に、ネガティブ選択マーカーによって該連結ポリヌクレオチドが除去された細胞を選択する。上述の通り、本発明のドナーポリヌクレオチドが相同組み換えによって細胞のゲノムに導入されると、連結ポリヌクレオチドを介して、目的の改変を含むゲノム断片と、細胞がもともと持っていたゲノム断片がタンデムに並ぶ構造となる。この一対の配列は高い相同性を有するため、高い効率で相同組み換えが誘発され、その結果、連結ポリヌクレオチドを含む断片がゲノムから除去される。この反応を引き起こすために特別な操作を行う必要はない。細胞を培養することによって、連結ポリヌクレオチドが除去された細胞が生成される。そして連結ポリヌクレオチド中のネガティブ選択マーカー遺伝子を利用することにより、連結ポリヌクレオチドがゲノムから除去された細胞を積極的に選択することができる。
【0069】
この工程も、ネガティブ選択マーカーの種類に応じて適宜実施することができる。例えばチミジンキナーゼ(TK)遺伝子を用いた場合は、ガンシクロビルと共に細胞を培養し、マーカーを発現しない細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去された細胞)を選択する。細胞の選択は、ネガティブ選択マーカーを発現しない細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去された細胞)の集団を、ネガティブ選択マーカーを発現する細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去されていない細胞)の集団から完全に分離することであってもよく、また、ネガティブ選択マーカーを発現しない細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去された細胞)の割合を増加させることであってもよい。この選択によって、全細胞中におけるネガティブ選択マーカーを発現しない細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去された細胞)の割合は有意に上昇する。例えば、当該選択によって全細胞中におけるネガティブ選択マーカーを発現しない細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去された細胞)の割合は、10倍以上、50倍以上、100倍以上、500倍以上、1000倍以上、5000倍以上、10000倍以上、50000倍以上、または10万倍以上に上昇する。また当該選択によって全細胞中におけるネガティブ選択マーカーを発現しない細胞(または連結ポリヌクレオチドが除去された細胞)の割合は、0.00001以上、0.0001以上、0.001以上、0.01以上、0.02以上、0.05以上、0.1以上、0.2以上、0.3以上、0.4以上、0.5以上、0.6以上、0.7以上、0.8以上、0.9以上、0.95以上、0.98以上、または0.99以上となることが好ましい。
【0070】
ネガティブ選択マーカーによる選択で得られる細胞は、相同組み換えによって、連結ポリヌクレオチドの前後にタンデムに並んでいたゲノム断片が、元通りに一コピーとなっている。得られる細胞は、連結ポリヌクレオチド部分はすべて除去されていることが期待されるが、重複するゲノム配列領域のどの部分が除去されるかは、組み換えが起こる位置によって変わり得る。したがって、得られる細胞には、目的とするゲノム改変が導入された細胞と、導入されていない細胞(すなわち元に戻ってしまった細胞)が混在することになる。しかしそれらの細胞は、確率的にほぼ同等に出現することになるので、目的の改変を保持する細胞は容易に取得することができる。目的とする改変を有しているか否かは、例えば目的の改変箇所に特異的な配列を直接または間接に検出することにより行うことができ、例えばPCRにより標的部位を増幅して塩基配列を確認したり、あるいは変異部位特異的なプライマー等を利用したPCRを行い、PCR産物の有無や増幅断片の長さ等を確認することにより識別することができる。
【0071】
本発明の遺伝子改変について、以下にさらに詳細に説明する。
図1に、本発明の一実施形態による遺伝子改変スキームを示した。なお、ここではドナーポリヌクレオチドをベクター、または供与プラスミド等とも称す。第1段階において(図1A-B)、改変後の塩基配列と改変前の塩基配列が供与プラスミドの骨格領域を挟んで、直列に改変後塩基配列と改変前塩基配列(順不同)が並んだベクター標的挿入体構造を標的遺伝子内に構築し、第2段階において(図1B-C)、このベクター標的挿入体構造から自然発生的に、改変後塩基配列だけからなる単独構造へ置換したクローンを選抜することによって、改変前塩基配列を改変後塩基配列に変換することにより、遺伝子の改変が行われる。
【0072】
Aでは供与プラスミドのベクター骨格を細線で、供与プラスミドの改変後配列が中央付近に位置する改変遺伝子に相同な配列を太線で示し、当該プラスミドの下に、細胞の改変したい遺伝子座を示しているが、改変遺伝子座の細胞に、供与プラスミドが導入されると、改変遺伝子座と供与プラスミドの相同領域同士が整列することを示している。細胞が持つゲノム配列には、疾患変異が含まれており、供与プラスミドが持つゲノム断片は正常配列を持つ。
【0073】
Bでは、相同領域の整列後に、I-SceI等によって作られた切断断端から相同組換え反応が始まり、その結果、ベクター標的挿入体が形成される。その構造は、改変後配列(正常配列)を含む断片、改変前配列(疾患変異)を含む断片がベクター骨格(連結ポリヌクレオチド)を挟んで直列に並ぶことを示している。このベクター標的挿入体細胞クローンを、例えばハイグロマイシン耐性クローンとして、単離する。
【0074】
Cでは、このベクター標的挿入体構造から、改変後塩基配列だけからなる単独構造へ自然発生的に置換が起こることによって、改変前塩基配列が改変後塩基配列に変換されることを示している。この置換細胞クローンを、例えばガンシクロビル耐性クローンとして、単離する。このように、上述の第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造(すなわち改変後配列(正常配列)を含む断片と、改変前配列(疾患変異)を含む断片とが、ベクター骨格(連結ポリヌクレオチド)を挟んで直列に並んだ構造)を持つ細胞は、改変前塩基配列が改変後塩基配列に自然発生的に置換されることによって、改変後塩基配列配列だけからなる単独構造に変換できる、ベクター標的挿入体構造を持つ細胞種である。
【0075】
本願の実施例で用いたドナーポリヌクレオチドのベクター骨格は、大腸菌DNA複製の開始点(pMB1)、カナマイシン耐性遺伝子(大腸菌選択マーカー;Km)、ヒト転写開始点の支配下にある、ハイグロマイシン耐性遺伝子(動物細胞選択マーカー)とHSV-TK(動物細胞排除マーカー)からなる融合遺伝子(HygTK)を含有する。改変遺伝子に相同な配列は、ヒトHPRT遺伝子のイントロン1、改変後配列(正常配列)を持つエキソン2、イントロン2、エキソン3、イントロン3に渡る5488 bpの断片から成り、改変遺伝子座は、エキソン2内部に改変対象である改変前配列(疾患変異;十字形の星で示した)を持つ。
【0076】
図2に、本発明のゲノム編集技術による遺伝子改変の実証実験の手順を示す。A-Cは図1と同様な遺伝子改変スキームを示すが、供与プラスミドは、エキソン2上のSexA1サイト(ACCAGGT)付近を同義変換させた分子マーカーを持つので、遺伝子座標的領域の配列改変をSexA1サイトから同義変換配列への変化によって確認できる。D-FはA-Cへの反応に沿った操作手順を示す。部位特異的切断酵素I-SceIにより処理した直鎖上供与プラスミド(同義変換配列)を標的遺伝子座(SexA1サイト)の細胞に導入し、ハイグロマイシン耐性コロニーからベクター標的挿入体細胞をPCRスクリーニングで取得し、このクローンを培養・播種後ガンシクロビル耐性コロニーを得て、遺伝子改変体を取得する。
【0077】
このように、本発明の方法の第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造を持つ細胞を得るために、改変前塩基配列部位に対して、改変後塩基配列内の5'側に単独DNA切断部位を持ち、プラスミドの骨格領域にポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー(排除マーカー)遺伝子を持つ供与プラスミドDNA(図1Aを参照)、または、改変後塩基配列内の3’側に単独DNA切断部位を持ち、プラスミドの骨格領域にポジティブ選択マーカー遺伝子とネガティブ選択マーカー遺伝子を持つ供与プラスミドDNA(図2Aを参照)を用いることができる。ここで5'側および3'側とは、それぞれ、改変対象とする遺伝子のセンス鎖で言う5'側および3'側を言う。
【0078】
図3に、ベクター標的挿入体のPCRスクリーニングの方法を示す。Aでは、ベクター標的挿入された領域の構造を示している。供与プラスミド由来の改変後配列(同義変換配列)は下流に、標的遺伝子座由来の改変前配列(SexA1配列)は上流に位置する。B左パネルのように、ベクター標的細胞のゲノムDNA、上流の5488 bp断片の5’外側のプライマーGT68とベクター骨格に位置するHygTKプロモーター領域のプライマーGT124によるPCRから、7577 bp相当の断片が検出されたならば、それはベクター標的挿入体の上流領域(5’領域)の構造であると考えられる。同様にB右パネルのように、ベクター骨格に位置するpMB1領域のプライマーGT112と下流の5488 bp断片の3’外側のプライマーGT68によるPCRから、7683 bp相当の断片が検出されたならば、それはベクター標的挿入体の下流領域(3’領域)の構造であると考えられる。さらに、上流領域のSexA1配列と下流領域の同義変換配列が共存することを確認するために、分子マーカー配列が位置するエキソン2の領域を増幅するプライマーGT19/GT22によるPCRから、525 bp相当の断片を得て配列解析を行い、得られる波形チャートから2種のマーカー配列が共存することを確認する。
【0079】
図4に、ベクター標的挿入体からガンシクロビル選択による遺伝子改変体の分離方法を示す。Aでは、図3Aのベクター標的挿入体から上流(繰り返しの前半)または下流(繰り返しの後半)配列への置換反応が起こると、それに伴って、それぞれ下流配列または上流配列を持つベクタープラスミドが飛び出すが、ガンシクロビル選択により、飛び出したプラスミドを持つ細胞は排除され、遺伝子座で置換反応が起こった遺伝子改変体の候補クローンを取得することを示している。B左パネルに示すように、ガンシクロビル耐性クローンの遺伝子座が置換体構造になっていることを確認するために、相同遺伝子座領域5488 bp断片の5’外側プライマーGT68と3’外側プライマーGT69によるPCR解析から、9367 bp相当の断片が検出されたならば、それは遺伝子改変体の構造であると考えられる。B中央パネルに示すように、ガンシクロビル耐性クローンの細胞内に飛び出したプラスミドが存在しないことを確認するために、プラスミド上HygTK遺伝子のHyg領域を増幅するプライマーGT38/GT39によるPCR解析から、998 bp相当の断片が生じないならば、その細胞クローンには飛び出したプラスミドが含まれないと判定できる。最後にB右パネルに示すように、ガンシクロビル耐性クローンから遺伝子改変体を単離するために、分子マーカー配列が位置するエキソン2の領域を増幅するプライマーGT19/GT22によるPCRから、525 bp相当の断片を得て配列を決定し、ベクター標的挿入領域上の繰り返された改変前配列(SexA1配列)と改変後配列(同義変換配列)のうち、改変後配列に置換された細胞クローンを取得できることを示す。また、供与プラスミドの切断が3’側である形態のみならず、5’側切断も発明を実施するための形態と言える。なお、重複領域における改変箇所の前後の長さの違いは問題としない。すなわち、改変箇所の前(遺伝子のコード鎖における5'側)にある重複領域の方が、後ろ(3'側)にある重複領域よりも長くても、前にある重複領域の方が後ろにある重複領域より短くても、両者が同じ長さであってもよい。
【0080】
図5に、従来遺伝子改変法の問題点と本発明の方法の優位性を示す。Aには、発明が解決しようとする課題を図示している。Cの「課題項目」の列に、上述したOn/Off-target不正確再結合の課題、部位特異的組換え部位残存の課題、標的切断配列の喪失の問題という解決すべき課題を挙げている。Bには、その課題を解決するための手段を図示している。Cに示した通り、本発明の方法を用いることにより、On/Off-target不正確再結合、部位特異的組換え部位(loxPなど)の残存、および標的切断配列の喪失などの問題を回避することが可能である。
【0081】
本発明は、細胞のゲノムに所望の改変を導入するために有用であり、例えば、遺伝性疾患の原因遺伝子において、疾患原因配列を正常配列に変換するために用いることができる。例えば本発明の疾患変異修復方法の一例としては、第1段階において、治療対象の遺伝性疾患を起こさない正常塩基配列と治療対象である疾患原因塩基配列がドナーポリヌクレオチド中の連結ポリヌクレオチド(例えばプラスミドの骨格領域)を挟んで、直列に正常塩基配列と疾患原因塩基配列(順不同に)が並んだベクター標的挿入体構造を標的疾患原因遺伝子内に構築し、第2段階において、このベクター標的挿入体構造から自然発生的に、正常塩基配列だけからなる単独構造へ置換することによって、標的疾患原因塩基配列を正常塩基配列に変換する遺伝子修復法が挙げられる。
【0082】
疾患変異修復のために用いられるドナーポリヌクレオチドの一例としては、前記の疾患変異修復方法における第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造を持つ細胞を得るために、疾患原因塩基配列部位の5'側(遺伝子のセンス鎖における5'側)にある正常塩基配列内に単独DNA切断部位を持ち、ドナーポリヌクレオチドの連結ポリヌクレオチド(例えばプラスミドの骨格領域)に選択マーカー(ポジティブ選択マーカー)遺伝子と排除マーカー(ネガティブ選択マーカー)遺伝子を持つドナーポリヌクレオチド(図1Aを参照)、または、疾患原因塩基配列部位の3'側(遺伝子のセンス鎖における3'側)にある正常基配列内に単独DNA切断部位を持ち、連結ポリヌクレオチド中(例えばプラスミドの骨格領域)に選択マーカー遺伝子と排除マーカー遺伝子を持つドナーポリヌクレオチド(図2Aを参照)を挙げることができる。
【0083】
このドナーポリヌクレオチドを、疾患変異を持つ細胞に導入することにより、疾患変異修復ベクター標的挿入体細胞を得ることができる。この細胞は、前記の疾患変異修復方法における第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造から、疾患原因塩基配列が正常塩基配列に自然発生的に置換されることによって、正常塩基配列だけからなる単独構造に変換できる、ベクター標的挿入体構造を持つ細胞種である。当該細胞種はすなわち、治療対象の遺伝性疾患を起こさない正常塩基配列と治療対象である疾患原因塩基配列がドナーポリヌクレオチド中の連結ポリヌクレオチド(例えばプラスミドの骨格領域)を挟んで、順不同に(すなわち任意の順番で)直列に並んだベクター標的挿入体構造を染色体上に有する細胞である。当該細胞種においてこのベクター標的挿入体構造は、自然発生的かつ確率論的に正常塩基配列だけからなる単独構造に置換される。
【0084】
また本発明は、本発明のドナーポリヌクレオチドを用いる一遺伝子座置換方法を提供する。遺伝性疾患には一遺伝子性疾患であっても、配列、構造、サイズにおける変異多様性が存在するが、このような多様な疾患変異のそれぞれに対して一種類のドナーポリヌクレオチドによって遺伝子座置換するために、本発明のドナーポリヌクレオチドを一遺伝子座サイズに相当する数十kb・数百kb程度まで拡大することによって、第1段階において、治療対象の遺伝性疾患を起こさない正常遺伝子座と治療対象である一つの疾患原因変異遺伝子座がドナーポリヌクレオチド中の連結ポリヌクレオチド(例えばプラスミド骨格領域)を挟んで、直列に正常遺伝子座と疾患原因変異遺伝子座(順不同)が並んだベクター標的挿入体構造を標的疾患原因遺伝子座に構築し、第2段階において、このベクター標的挿入体構造から自然発生的に、正常遺伝子座だけからなる単独構造に置換することによって、標的疾患原因変異遺伝子座を正常遺伝子座に変換する遺伝子修復法が提供される。
【0085】
また本発明は、前記一遺伝子座置換方法において用いられる、一遺伝子座置換ドナーポリヌクレオチドにも関する。具体的には、当該ドナーポリヌクレオチドは、前記の一遺伝子座置換方法における第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造を持つ細胞を得るために、疾患原因変異部位に対して、正常遺伝子座の5’側に単独DNA切断部位を持ち、連結ポリヌクレオチド中(例えばプラスミドの骨格領域)に選択マーカー遺伝子と排除マーカー遺伝子を持つドナーポリヌクレオチドであって、前記した疾患変異修復のために用いられるドナーポリヌクレオチドに比して同型大型のドナーポリヌクレオチド(図1Aを参照)、または、正常遺伝子座の3’側に単独DNA切断を持ち、連結ポリヌクレオチド中(例えばプラスミドの骨格領域)に選択マーカー遺伝子と排除マーカー遺伝子を持つドナーポリヌクレオチド(図2Aを参照)である。
【0086】
このドナーポリヌクレオチドを、一遺伝子座置換を行う対象細胞に導入することにより、一遺伝子座置換ベクター標的挿入体細胞を得ることができる。この細胞は、前記の一遺伝子座置換方法における第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造から、疾患原因変異遺伝子座が正常遺伝子座に自然発生的に置換されることによって、正常遺伝子座だけからなる単独構造に変換できる、前記した疾患変異修復方法における第1段階の産物であるベクター標的挿入体構造に比して同型大型のベクター標的挿入体構造を持つ細胞種である。
【0087】
また本発明は、ドナーポリヌクレオチドを対象細胞に導入して、ドナーポリヌクレオチドの標的挿入体細胞を介して、単独構造を持つ細胞を獲得する工程を短縮するためにも有用である。具体的には、例えばドナーポリヌクレオチドがプラスミドベクター骨格を有する場合に、当該プラスミドDNAがゲノムから遊離して浮遊又はゲノム挿入された細胞に対する選択培養中に、その細胞集団に含まれる標的領域でのベクター標的挿入体構造を持つ細胞から自然発生的に、上流または下流からなる単独構造に置換された細胞が生じる際に、飛び出した供与プラスミドDNAのゲノム無作為挿入細胞(例えば標的遺伝子部位ではない箇所に供与プラスミドDNAの配列が挿入された細胞)に対してネガティブ選択培養を行い、単独構造を持つ細胞を選択して、改変後配列からなるクローンを選抜することが考えられる。
【0088】
本発明のドナーポリヌクレオチドは、適宜、薬学的に許容される担体または媒体と共に組成物とすることができる。本発明のドナーポリヌクレオチドを含む組成物は、医薬組成物、例えば、遺伝子疾患のゲノム修復用の医薬組成物として用いられる。担体および媒体に特に制限はないが、例えば、水(例えば滅菌水)、生理食塩水(例えばリン酸緩衝生理食塩水)、エタノール、グリセロール、ラクトース、スクロース、リン酸カルシウム、ゼラチン、デキストラン、寒天、ペクチン、ピーナッツ油、ゴマ油等が挙げられ、緩衝液、培希釈剤、賦形剤、アジュバント等も挙げられる。
【0089】
投与経路は適宜決定してよく、特に限定されない。本発明のドナーポリヌクレオチドまたは組成物は、インビトロでもエクスビボでも使用することができ、また、例えば筋肉内注射、静脈内、経皮的、鼻腔内、腹腔内、経口、粘膜、または他の送達経路で投与することができる。投与回数および用量に制限はなく、単回用途であってもよく、複数回投与であってもよい。当業者であれば、これらは組成物の種類、標的細胞、投与対象、組織、疾患、治療対象の症状や状態、投与経路、投与方法等に応じて適宜選択することができる。投与対象は、例えば哺乳動物(ヒトおよび非ヒト哺乳類を含む)であり、具体的には、ヒト、サル等の非ヒト霊長類、マウス、ラットなどのげっ歯類、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ブタ、ウシ、イヌ、ネコなどその他の全ての哺乳動物が含まれる。
【0090】
また本発明は、本発明のドナーポリヌクレオチドを含むキットに関する。当該キットは、本発明のドナーポリヌクレオチドと、当該ドナーポリヌクレオチド中のゲノム断片の切断可能箇所を切断する切断酵素またはそれをコードするベクターとを含んでよい。また当該キットには、適宜、取扱説明書を添付することができる。本発明のキットは、本発明のドナーポリヌクレオチドを用いたゲノム改変に有用である。
【0091】
ベクターとしては所望のベクターを用いることができるが、例えばプラスミドベクターやウイルスベクターなどが挙げられ、ウイルスベクターとしては、例えばマイナス鎖RNAウイルスベクター、特にパラミクソウイルスベクター、中でもセンダイウイルスベクターが挙げられる。
【実施例】
【0092】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。また、本明細書中に引用された文献及びその他の参照は、すべて本明細書の一部として組み込まれる。
【0093】
[実施例1]ドナーポリヌクレオチドの作製
pMB1KmHygTK-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI(図2A参照)の構築
実施例で用いた供与プラスミドベクターの作製方法を以下に示す。
本発明において「pMB1KmHygTK」とは、供与プラスミドベクターの骨格を示す。ベクター骨格中の「pMB1」とは、大腸菌DNA複製の開始に必要な領域を示し、「Km」とは、大腸菌選択マーカーであるカナマイシン耐性遺伝子を示し、「HygTK」とは、ヒト転写開始領域の一つであるhEF1-HTLVプロモーターの支配下にある、ハイグロマイシン耐性遺伝子(動物細胞選択マーカー)とHSV-TK(動物細胞排除マーカー)からなる融合遺伝子を示す。
【0094】
ベクター骨格に挿入された改変後配列を含む改変対象遺伝子座に相同な配列を、ベクター骨格の後のハイフンに続けて、「-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI」のように示した。「HPRTEx2」とは、ヒトHPRT遺伝子のイントロン1、エキソン2、イントロン2、エキソン3、イントロン3に渡る断片を示し、さらに「Ex2Syn」とは、改変後配列SynがEx2内に含まれることを示し、「(1200)ISCEI」とは、改変後配列Synから3’側へ1200 bpの位置にI-SceI切断酵素認識配列が存在することを示す。他の例示では、ベクター骨格に挿入された改変後配列を含む改変対象遺伝子座に相同な配列を、ベクター骨格の後のハイフンに続けて、「-HPRTISCEI(1200)Ex2Syn」のように示した。「Ex2Syn」とは、改変後配列SynがEx2内に含まれることを示し、「ISCEI(1200)」とは、改変後配列Synから5’側へ1200 bpの位置にI-SceI切断酵素認識配列が存在することを示す。
但しこれらは例示であって、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0095】
pMB1KmHygTK供与プラスミド(図2A参照)の構築
pSelect-Km-HSV1tkサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pCR-BluntII-TOPO plasmid DNA(Invitrogen)を鋳型にして、5’- CTTAATTAACCTGCAGCCGGAATTGCCAGCTG -3’(GT82)(配列番号2)及び 5’- ATGTGGTATGGAATTCGGTGGCCCTCCTCACGTGC -3’(GT83)(配列番号3)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymerase(TOYOBO)によるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、55℃-30秒、68℃-1分30秒を40サイクル→68℃7分)を行い、約1000 baseのPCR産物を得た。上記1000-base PCR産物とEcoRI制限酵素とPstI制限酵素で消化したpSelect-ZEO-HSV1tkをIn-Fusion kit(TOYOBO)で連結させてpSelect-Km-HSV1tk(1)を得た。
【0096】
pSelect-ZEO-HygTKサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pSelect-ZEO-HSV1tkをNcoIとSphIで消化してdNTPs存在下でT4 DNA polymeraseで処理することによって切断末端を平滑化した。一方で、pcDNA3.1/Hygroを鋳型にして、5’-TCACCGGTCACCATGAAAAAGCCTGAACTCACCGCG-3’(GT38)(配列番号4)及び 5’-TCAAAGGCAGAAGCAACTTCTACACAGCCATCGGTCC-3’(GT39)(配列番号5)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymerase(TOYOBO)によるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、58℃-30秒、68℃-1分30秒を40サイクル→68℃7分)を行い、約1000 baseのPCR産物を得た。上記の平滑化pSelect-ZEO-HSV1tkと1000-base PCR産物をIn-Fusion kit(TOYOBO)で連結させて、pSelect-ZEO-HygTK(28-10)を得た。
【0097】
pMB1KmHygTK供与プラスミドの構築は以下の通りに行った。pSelect-ZEO-HygTK(28-10)を鋳型にして、5’- ATTTAAATCAGCGGCCGCGGATCTGCGATCGCTCCG -3’(GT84)(配列番号6)及び 5’- TGTCTGGCCAGCTAGCTCAGGTTTAGTTGGCC -3’(GT85)(配列番号7)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymerase(TOYOBO)によるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、58℃-30秒、68℃-3分を40サイクル→68℃7分)を行い、約2800 baseのPCR産物を得た。上記の2800-bp PCR産物とNotIとNheIで消化したpSelect-Km-HSV1tk(1)とをIn-Fusion kit(TOYOBO)で連結させて、pMB1KmHygTK(1)を得た。以後、このプラスミドを供与プラスミドベクターとして用いた。
【0098】
pBS-HPRTEx2Syn(1200)ISCEIサブプラスミドの構築
本発明で用いた供与プラスミドベクター作製のためのサブプラスミドの構築方法を以下に示す。本発明において「pBS」とは、pBluescript SK+を示す。
【0099】
pBS-HPRTEx2サブプラスミドの構築は以下の通りに行った。Fibrosarcoma由来のHT-1080細胞のgenomic DNAを鋳型にして、5’- AGCCTGGGCAACATAGCGAGACTTC -3’(GT28)(配列番号8)及び 5’- TCTGGTCCCTACAGAGTCCCACTATACC -3’(GT22)(配列番号9)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymerase(TOYOBO)によるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、60℃-30秒、68℃-3分30秒を40サイクル→68℃7分)を行い、約2800 baseのPCR産物を得た。Fibrosarcoma由来のHT-1080細胞のgenomic DNAを鋳型にして、5’- GCTGGGATTACACGTGTGAACCAACC -3’(GT19)(配列番号10)及び 5’- TGGCTGCCCAATCACCTACAGGATTG -3’(GT24)(配列番号11)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymeraseによるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、58℃-30秒、68℃-8分を40サイクル→68℃7分)を行い、約3100 baseのPCR産物を得た。上記の2800-bp PCR産物と3100-bp PCR産物を鋳型にして、5’- ATCCACTAGTTCTAGAAGCCTGGGCAACATAGCGAGACTTC -3’(GT29)(配列番号12)及び 5’- CACCGCGGTGGCGGCCGCTGGCTGCCCAATCACCTACAGGATTG -3’(GT30)(配列番号13)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymerase(TOYOBO株式会社 コード番号KOD-101)によるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、58℃-30秒、68℃-6分を40サイクル→68℃7分)を行い、約5500 baseのPCR産物を得た。上記の5500-bp PCR産物とNotIで消化したpBluescript SK+をIn-Fusion kit(Clontech Laboratories, Inc. カタログ番号639649)で連結させて、pBS-HPRTEx2(18-7)を得た。以後、このプラスミドをsite-directed mutagenesisの鋳型として用いた。
【0100】
pBS-HPRTEx2ISCEIサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。Fibrosarcoma由来のHT-1080細胞のgenomic DNAを鋳型にして、5’- TAGTTCTAGAGCGGCCGCAGCCTGGGCAACATAGCGAGACTTC -3’(GT35)(配列番号14)及びI-SceI認識配列(下線)を含む 5’- ATTACCCTGTTATCCCTAACCTGGTTCATCATCACTAATCTG -3’(GT34)(配列番号15)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymerase(TOYOBO株式会社 コード番号KOD-101)によるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、58℃-30秒、68℃-3分を40サイクル→68℃7分)を行い、約2500 baseのPCR産物を得た。Fibrosarcoma由来のHT-1080細胞のgenomic DNAを鋳型にして、I-SceI認識配列(下線)を含む 5’- TAGGGATAACAGGGTAATTATGACCTTGATTTATTTTGCATACC -3’(GT33)(配列番号16)及び 5’- CACCGCGGTGGCGGCCGCTGGCTGCCCAATCACCTACAGGATTG -3’(GT30)(配列番号13)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymeraseによるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、58℃-30秒、68℃-3分を40サイクル→68℃7分)を行い、約2900 baseのPCR産物を得た。上記の2500-bp PCR産物と2900-bp PCR産物とNotIで消化したpBluescript SK+とをIn-Fusion kit(TOYOBO)で連結させて、pBS-HPRTEx2ISCEI(21-1)を得た。以後、このプラスミドを、site-directed mutagenesisから得られる改変配列を有した断片の置換先プラスミドとして用いた。
【0101】
pBS-HPRTEx2Synサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pBS-HPRTEx2(18-7)を鋳型にして、改変後配列Syn(下線)を含む 5’- GGCTACGATCTCGACCTCTTTTGCATACCTAATCATTATGC -3’(GT93)(配列番号17)及び 5’- TGGTTCATCATCACTAATCTG -3’(GT95)(配列番号18)を用いて、site-directed mutagenesis法の一つとしてKOD-PLUS-Inverse PCR mutagenesis kit(TOYOBO)を用いることによって、pBS-HPRTEx2Syn(Inv15)得た。pBS-HPRTEx2Syn(Inv15) plasmid DNA をBglIIとSphIで消化・ゲル抽出した、Syn配列を含むBglII-SphI断片とBglIIとSphIで消化したHPRTEx2ISCEI(21-1) plasmid DNAサンプルでライゲーションを行い、pBS-HPRTEx2Syn (Inv15-2)を得た。
【0102】
pBS-HPRTEx2Syn(1200)ISCEIサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pBS-HPRTEx2Syn(Inv15-2)を鋳型にして、ISCEI配列(下線)を含む 5’- TAGGGATAACAGGGTAATATTTTGTAGAAACAGGGTTCGC -3’(GT86)(配列番号19)及び 5’- AAAAATATTAGCTGGGAGTGG -3’(GT87)(配列番号20)を用いて、KOD-PLUS-Inverse PCR mutagenesis kit(TOYOBO)を用いることによって、pBS-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI(1)を得た。
【0103】
pMB1KmHygTK-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI供与プラスミドベクターの構築は以下の通りに行った。NotIで消化したpBS-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI(1) DNAサンプルとNotIで消化したpMB1KmHygTK plasmid DNAのライゲーションを行い、pMB1KmHygTK-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI(5)を得て挿入方向が図2Aの通りであることを確認した。
【0104】
[実施例2]ドナーポリヌクレオチドを用いた遺伝子改変
(1)
ベクター標的挿入体細胞HTG786(図2B;図3AB参照)の作製は以下の通りに行った。Fibrosarcoma由来のHT-1080細胞をエレクトロポレーションの前日に3x106細胞10-mL DMEM培地/T75フラスコで6フラスコに塗布し接着培養を行い、大凡24時間後に培地を除去、5 mL PBS/T75フラスコで添加・除去、0.25%トリプシン/1 mM EDTA液を2 mL/T75フラスコで添加、37℃1分インキュベート、3 mL/T75フラスコでDMEM培地を添加し3〜4回のピペッティング(10-mL用)で細胞を剥離・懸濁、1本の50-mLチューブに回収、1,200 rpm 3分遠心し上清を除去、20 mL Opti-MEMを添加・ピペッティング(10-mL用)で細胞を懸濁、細胞数測定後、再度1,200 rpm 3分遠心し上清を除去、1-2x107細胞/mLでOpti-MEMを添加、P1000ピペットを800μLに合わせてピペッティングをゆっくり泡立てずに10-20回繰り返して、1.5 mL-エッペンドルフチューブに10μg のpMB1KmHygTK-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI供与プラスミドベクターDNA (500-1000μg/mL endotoxin-free TE)と13.3μg のpISceI発現用プラスミドDNA (Nature vol.401 pp397);500-1000μg/mL endotoxin-free TE)を導入して、0.8 mL細胞懸濁液を導入・DNA溶液と混合、細胞DNA混合液の全量をエレクトロポレーション用キュベット(電極間4 mm)に移し氷中に5分置き、BTXエレクトロポレーターを140 mV, パルス時間70 mS, パルス数3, パルス間隔200 mSに設定、キュベットを装置にセットして電圧をかけて、キュベットを装置から外して氷中に5分置き、165 mLの選択薬剤を含まないDMEM培地にエレクトロポレーション液全量を移して、ゆっくり混合、10 mL/直径10-cmディッシュで16枚に塗布、37℃, 5%CO2条件下で非選択培養を開始した(Day 0)。Day 2で100μg/mLハイグロマイシンを含むDMEM培地に交換し選択培養を開始、2、3日置きに同じ選択培地で交換を行い、Day 14で4枚のディッシュを代表してハイグロマイシン耐性コロニー数を測定、100μg/mLハイグロマイシンと7.5μg/mL 6-チオグアニンを含むDMEM培地に交換し二重選択培養を開始、2日または3日置きに同じ選択培地で交換を行い、Day 21で全ディッシュ上のハイグロマイシン・6-チオグアニン両耐性(HTG)コロニー数を測定した。
上記の実験の結果、ハイグロマイシン選択下で6472個のハイグロマイシン耐性コロニーを得、ハイグロマイシン・6-チオグアニン二重選択下で14個のHTGクローンを得た。
【0105】
ベクター標的挿入体単離手順(図2DE参照;図3AB参照)は以下の通りに行った。HTGコロニーのそれぞれに対して、顕微鏡下でP1000ピペットマンを200μLに合わせて細胞を剥ぎ取り、2 mL の100μg/mLハイグロマイシンと7.5μg/mL 6-チオグアニン含有DMEMを加えた、6ウェルプレートの1ウェルに懸濁して、HTGクローンナンバーを付して、37℃, 5%CO2条件下で選択培養を行い、コンフルエント付近まで培養を続けた。培地を除去、2 mL/wellでPBSを添加・除去、0.25%トリプシン/1 mM EDTA液を500μL/wellで添加、37℃1分インキュベート、500μL/wellでDMEM培地を添加し3〜4回のP1000ピペッティングで細胞を剥離・懸濁、1本の1.5-mLエッペンドルフチューブに細胞を回収、2,500 rpm 3分遠心し上清を除去、100μL PBSを添加・ピペッティングで細胞を懸濁、40μLずつ2本のクライオチューブに分取、セルバンカー1プラスを500μL/クライオチューブで加えて-80℃に保管、残りの20μL PBS細胞懸濁液を2,500 rpm 3分遠心し上清を除去、細胞ペレットを-80℃にで凍結保存した。凍結細胞ペレットを氷中で解凍、GeneElute Mammalian Genomic DNA miniprep Kit(SIGMA-ALDRICH, カタログ番号G1N350)でゲノムDNAを抽出、100μLサンプルとして4℃保管した。HTGクローンのgenomic DNAを鋳型にして、5’- TTGCAAGCAGCAGATTACGC-3’(GT112)(配列番号21)及び5’- GCCACTGCACCCAGCCGTATGT-3’(GT69)(配列番号22)を用いて、KOD-FX-DNA polymerase(TOYOBO株式会社)によるPCR反応(94℃-2分→98℃-10秒、68℃-8分を40サイクル→68℃7分)を行い、図2B右と同様に約7700 baseのPCR産物をもたらしたHTGクローンを図2Aの構造を成すベクター標的挿入体細胞と判定した。
上記の実験の結果、14個のHTGクローンから8個のベクター標的挿入体細胞を得た。ベクターの無作為挿入体と標的挿入体を合わせた全ベクターゲノム挿入体6472クローンのうち、8クローンがベクター標的挿入体であったことを示す。従って、標的挿入体獲得の実用性は、1.2x10-3であり、これは1000個のベクターゲノム挿入体クローンから狙いの標的挿入体を得ることができることを示唆する。
図3および本明細書におけるその説明に示すように、ベクター標的挿入体が改変前配列(SexA1配列)と改変後配列(同義変換配列Syn)からなる2種のマーカー配列が共存するかどうか、つまり、ヘテロ型であるかどうかを配列解析したところ、8個のベクター標的挿入体クローンのうち、一つがSexA1ホモ型であったが、HTG786を含む他の7個はヘテロ型またはSynホモ型であることを確認した。ヘテロ型とSynホモ型のベクター標的挿入体が、遺伝子置換体を単離する工程(次段落に記載)に進むことができる。
【0106】
ベクター標的挿入体から遺伝子改変後配列を有する遺伝子置換体の単離手順(図4AB参照)は以下の通りに行った。8個のベクター標的挿入クローンのうちの一つであるHTG786細胞を用いた。本クローンの-80℃保管細胞を37℃水温層で解凍、9 mLのDMEM培地を含む50 mLチューブに移し、1,200 rpm, 3分で遠心、上清を除去、10 mL DMEM培地を添加ピペッティングで懸濁、T75フラスコで37℃, 5%CO2で接着培養を行った。凡そ24時間後に培地を除去、10 mL PBS/T75フラスコで添加・除去、0.25%トリプシン/1 mM EDTA液を1 mL/T75フラスコで添加、37℃1分インキュベート、9 mL/T75フラスコでDMEM培地を添加し3〜4回のピペッティング(10-mL用)で細胞を剥離・懸濁、50-mLチューブに回収、細胞数測定後、1,200 rpm 3分遠心し上清を除去、2x105細胞/mLでDMEM培地を添加、この細胞懸濁液を50μL(1x104 cells)を10 mL DMEM培地を含む10-cmディッシュに拡散させ37℃, 5%CO2で接着培養を開始した(Day 0)。Day 5で1μMガンシクロビル(InvivoGen, カタログ番号#sud-gcv)を含むDMEM培地で交換し選択培養を開始した。Day 7, 9, 12で培地交換を行い、Day 20-25でガンシクロビル耐性(GCV)コロニー数をカウントし、GCVコロニーのそれぞれに対して、顕微鏡下でP1000ピペットマンを200μLに合わせて細胞を剥ぎ取り、2 mL の1μM ガンシクロビル含有DMEMを加えた、6ウェルプレートの1ウェルに懸濁して、GCVクローンナンバーを付して、37℃, 5%CO2条件下で選択培養を行い、コンフルエント状態まで培養を続けた。培地を除去、2 mL/wellでPBSを添加・除去、0.25%トリプシン/1 mM EDTA液を500μL/wellで添加、37℃1分インキュベート、500μL/wellでDMEM培地を添加し3〜4回のP1000ピペッティングで細胞を剥離・懸濁、1本の1.5-mLエッペンドルフチューブに細胞を回収、2,500 rpm 3分遠心し上清を除去、100μL PBSを添加・ピペッティングで細胞を懸濁、40μLずつ2本のクライオチューブに分取、セルバンカー1プラスを500μL/クライオチューブで加えて-80℃に保管、残りの20μL PBS細胞懸濁液を2,500 rpm 3分遠心し上清を除去、細胞ペレットを-80℃で凍結保存した。凍結細胞ペレットを氷中で解凍、GeneElute Mammalian Genomic DNA miniprep Kit(SIGMA-ALDRICH, カタログ番号G1N350)でゲノムDNAを抽出、100μLサンプルとして4℃保管した。GCVクローンのgenomic DNAを鋳型にして、5’-GCTGGGATTACACGTGTGAACCAACC -3’(GT19)(配列番号10)及び5’-TCTGGTCCCTACAGAGTCCCACTATACC-3’(GT22)(配列番号9)を用いて、KOD-FX-DNA polymerase(TOYOBO株式会社コード番号KFX-101)によるPCR反応(94℃-2分→98℃-10秒、68℃-1分を40サイクル→68℃7分)を行い、図4Cと同様に約500 baseのPCR産物を確認して、PCR clean-up(MACHEREY-NAGEL, 740609.250)で精製後、シーケンシングを行った。
上記の実験の結果、12個のGCVクローンを得て、改変前配列SEXA1(5’- CCAGGTTATGACCTTGATTTATTTT-3’)(配列番号23)から、pMB1KmHygTK-HPRTEx2Syn(1200)ISCEI供与プラスミドベクターに由来する改変後配列Syn (下線)(5’-CCAGGCTACGATCTCGACCTCTTTT-3’)(配列番号24)にエキソン2上で改変されたクローンを得た。
【0107】
(2)
ベクター標的挿入体HTG786から遺伝子改変後配列を有する遺伝子置換体の単離を再度行った。前段落に記載した実験(実験1)から得た12個のGCV耐性コロニーと同様の実験(実験2)から得た9個のGCV耐性コロニーのそれぞれを5 cells per well(96-well plate)で限界希釈後培養を行い、クローンを精製して、前段落に記載した手順のように、クローンのgenomic DNAを鋳型にして、5’-GCTGGGATTACACGTGTGAACCAACC -3’(GT19)(配列番号10)及び5’-TCTGGTCCCTACAGAGTCCCACTATACC-3’(GT22)(配列番号9)を用いて、KOD-FX-DNA polymerase(TOYOBO株式会社コード番号KFX-101)によるPCR反応(94℃-2分→98℃-10秒、68℃-1分を40サイクル→68℃7分)を行い、図4Cと同様に約500 baseのPCR産物を確認して、PCR clean-up(MACHEREY-NAGEL, 740609.250)で精製後、配列解析を行った。
これら2度の実験から得たGCV耐性クローンの配列結果に基づいて分類を行い下表に纏めた。
【0108】
[表1]
【0109】
これらの結果から、10個程度のGCV耐性コロニーを遺伝子置換細胞候補として回収して、クローン精製を行うことによって、GCV耐性クローンからデザイン通りの遺伝子置換体(本試験の場合、Syn同義変換クローン)を獲得できることが示された。
【0110】
供与プラスミドの構造の最適化のため、供与プラスミドにおける同義変換配列部位とISCEI切断位置との間の距離が異なる、3種の供与プラスミドベクターの構築を行った。実施例1に示したように、ベクター骨格に挿入された改変後配列を含む改変対象遺伝子座に相同な配列を、ベクター骨格の後のハイフンに続けて、「-HPRTISCEI(1200)Ex2Syn」のように示した。「Ex2Syn」とは、同義変換改変後配列SynがEx2内に含まれることを示し、「ISCEI(1200)」とは、改変後配列Synから5’側へ1200 bpの位置にI-SceI切断酵素認識配列が存在することを示す。
1)pBS-HPRTISCEI(1200)Ex2Synサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pBS-HPRTEx2Syn(Inv15-2)を鋳型にして、ISCEI配列(下線)を含む 5’- TAGGGATAACAGGGTAATCAAAGCACTGGGATTACAAGTG -3’(GT117)(配列番号25)及び 5’- GGAGGCTGAGACAGGAGAGTTGC -3’(GT118)(配列番号26)を用いて、KOD-PLUS-Inverse PCR mutagenesis kit(TOYOBO)を用いることによって、pBS-HPRTISCEI(1200)Ex2Syn(3)を得た。
2)pBS-HPRTISCEI(600)Ex2Synサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pBS-HPRTEx2Syn(Inv15-2)を鋳型にして、ISCEI配列(下線)を含む 5’- TAGGGATAACAGGGTAATCAAAGTGCTGGGATTACAGGC-3’(GT131)(配列番号27)及び 5’- GGAGGCCGAGGCGGGTGGATCA -3’(GT132)(配列番号28)を用いて、KOD-PLUS-Inverse PCR mutagenesis kit(TOYOBO)を用いることによって、pBS-HPRTISCEI(600)Ex2Syn(4)を得た。
3)pBS-HPRTISCEI(316)Ex2Synサブプラスミドの構築は以下の通りに行った。pBS-HPRTEx2Syn(Inv15-2)を鋳型にして、ISCEI配列(下線)を含む 5’- TAGGGATAACAGGGTAATTGTATTTTTAGTAGAGACGGG -3’(GT133)(配列番号29)及び 5’- AAAAAATTAGCCGGGTGTGG -3’(GT134)(配列番号30)を用いて、KOD-PLUS-Inverse PCR mutagenesis kit(TOYOBO)を用いることによって、pBS-HPRTISCEI(316)Ex2Syn(2)を得た。
【0111】
1)pMB1KmHygTK-HPRTISCEI(1200)Ex2Syn供与プラスミドベクターの構築は以下の通りに行った。NotIで消化したpBS-HPRTISCEI(1200)Ex2Syn(3) DNAサンプルとNotIで消化したpMB1KmHygTK plasmid DNAのライゲーションを行い、pMB1KmHygTK-HPRTISCEI(1200)Ex2Syn(1)を得て挿入方向が図2Aと同様であることを確認した。
2)pMB1KmHygTK-HPRTISCEI(600)Ex2Syn供与プラスミドベクターの構築は以下の通りに行った。NotIで消化したpBS-HPRTISCEI(600)Ex2Syn(4) DNAサンプルとNotIで消化したpMB1KmHygTK plasmid DNAのライゲーションを行い、pMB1KmHygTK-HPRTISCEI(600)Ex2Syn(1)を得て挿入方向が図2Aと同様であることを確認した。
3)pMB1KmHygTK-HPRTISCEI(316)Ex2Syn供与プラスミドベクターの構築は以下の通りに行った。NotIで消化したpBS-HPRTISCEI(316)Ex2Syn(2) DNAサンプルとNotIで消化したpMB1KmHygTK plasmid DNAのライゲーションを行い、pMB1KmHygTK-HPRTISCEI(316)Ex2Syn(1)を得て挿入方向が図2Aと同様であることを確認した。
【0112】
[実施例3]I-SceI搭載センダイウィルスベクターの構築
センダイウィルスベクターにおける、ゲノムへの無作為挿入の危険性がない利点を活かして、I-SceI配列特異的切断酵素遺伝子を搭載したセンダイウィルスベクターを細胞に導入し発現させるために、次のように、I-SceI搭載センダイウィルスベクターを構築した。
核移行シグナルをN末端に持つI-SceI酵素の遺伝子をSaccharomyces cerevisiae抽出DNAを鋳型にして、5’- GGATCCTGCAAAGATGGATAAAGCGGAATTAATTCCCGAGCCTCCAAAAAAGAAGAGAAAGGTCGAATTGGGTACCATGAAAAATATTAAAAAAAATCAAGTAATGAATCTGGGTCC -3’(配列番号31)及び 5’- ATGCATTTATTTTAAAAAAGTTTCGGATGAAATAGTATTAGGC -3’(配列番号32)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymeraseによるPCR反応(94℃-1分→94℃-15秒、40℃-Gradient-54℃-30秒、68℃-1分を30サイクル)を行い、約800 baseのPCR産物を得て、pUC-nlsISceIプラスミドを得た。このplasmid DNAを鋳型にして、5’- GTCGACCCGGGCGGCCGCCATGGATAAAGCGGAATTAATTCCCG -3’(GT40)(配列番号33)及び 5’- CTAAAGGGAAGCGGCCGCTTATTTTAAAAAAGTTTCGG -3’(GT41)(配列番号34)を用いて、KOD-PLUS-DNA polymeraseによるPCR反応(94℃-2分→94℃-15秒、55℃-30秒、68℃-1分を30サイクル→68℃7分)を行い、約800 baseのPCR産物を得た。この PCR産物とNotIで消化したpCI-neoとをIn-Fusion kit(TOYOBO)で連結させて、pCI-neo-nlsISceI(29-2)を得た。
pCI-neo-nlsISceI(29-2)に由来するnlsISceI配列特異的切断酵素遺伝子をセンダイウィルスベクターSeVに搭載するために、第1PCRによって、当該nlsISCEI配列が2分割された第1PCR産物を得て、第2PCRでは、5’側の第1PCR産物と3’側の第1PCR産物を鋳型として、当該nlsISceI nuclease配列の全長に渡る第3PCR産物を得て、これをセンダイウィルスベクターに搭載させた。第1PCRにおいて当該nlsISCEI配列を2分割する理由は、当該nlsISCEI配列内に3か所のA rich配列(7A,8A)が存在しているが、A rich配列上では、センダイウィルスベクターの生産過程でセンダイウィルスのRNA依存性RNAポリメラーゼによるエラーが起こりがちなので、このようなエラー現象を回避するためである。A rich配列部位上にPCRプライマーを設定して、各プライマー配列を同義コドンの制限下にA/TからG/Cに置換させた。
【0113】
[表2]
第1PCRのプライマーと鋳型DNA
【0114】
上段のプライマーペアNot1_NLS-I-SceIN_A36G_A78G_A81G_N (別名:NLS-I-SceIN_N1)5’-CGAGCCTCCAAAGAAGAAGAGAAAGGTCGAATTGGGTACCATGAAAAATATTAAGAAGAATCAAGTAAT-3’)(配列番号35), NLS-I-SceI_A426G_C(5’- GTTCGGGATGGTTTTCTTGTTGTTAACG-3’)(配列番号36)と鋳型DNAを用いて、KOD-PLUS-Ver.2-DNA polymerase(TOYOBO株式会社 コード番号KOD-211)によるPCR反応(94℃-2分→98℃-10秒、55℃-30秒、68℃-1分を30サイクル→68℃-7分)を行い、PCR産物#1を得た。下段のプライマーペアNLS-I-SceIN_A426G_N(5’- CGTTAACAACAAGAAAACCATCCCGAAC-3’)(配列番号37), NLS-I-SceI_EIS_Not1_C(5’- ATATGCGGCCGCGATGAACTTTCACCCTAAGTTTTTCTTACTACGGTTATTTTAAAAAAGTTTCGGATG -3’)(配列番号38)と鋳型DNAを用いて、KOD-FX-DNA polymerase(TOYOBO株式会社 コード番号KFX-101)によるPCR反応(94℃-2分→98℃-10秒、68℃-1分を30サイクル→68℃-7分)を行い、PCR産物#2を得た。電気泳動によってPCR産物のサイズを確認後、NucleoSpinTM Gel and PCR Clean-up (MACGEREY-NAGELカタログ番号740609.250/U0609C)にて精製した。
【0115】
[表3]
第2PCRのプライマーと鋳型DNA
【0116】
プライマーNot1_NLS-I-SceIN_A36G_A78G_A81G_N (別名:NLS-I-SceIN_N1)の5’端29 ヌクレオチドを3’端に持つ(下線)、プライマーNot1_NLS-I-SceIN_A36G_N 5’- ATATGCGGCCGCGACGCCACCATGGATAAAGCGGAATTAATTCCCGAGCCTCCAAAGAAGAAGAGAAAGGTCG-3’(配列番号39)とNLS-I-SceI_EIS_Not1_C (配列番号38)と鋳型DNAを用いて、KOD-FX-DNA polymerase(TOYOBO株式会社 コード番号KFX-101)によるPCR反応(94℃-2分→98℃-10秒、68℃-1分を40サイクル→68℃-7分)を行い、全長のPCR産物を得た。電気泳動によって産物サイズを確認後、NucleoSpinTM Gel and PCR Clean-up (MACGEREY-NAGELカタログ番号740609.250/U0609C)にて精製した。NotIで消化・ゲル抽出した全長nlsISceI断片を、NotIで消化・BAP処理したプラスミドpSeV18+TS15/ΔF DNA(F遺伝子を欠失し、M(G69E/T116A/A183S), HN(A262T/G264/K461G), P(D433A/R434A/K437A/L511F), L(L1361C/L1558I/N1197S/K1795E) の変異を有するセンダイウイルスベクター(WO2003/025570, WO2010/008054)のゲノムをコードするDNA)でライゲーションを行い、クローニングされたnlsISceIの塩基配列を確認して、SeVに最適化された全長nlsISceIを搭載したプラスミドpSeV18+nlsISceITS15/ΔFを得た。このプラスミド DNAを鋳型にしてセンダイウィルス再構成を行い、nlsISceI搭載センダイウィルスベクター SeV18+nlsISceITS15/ΔFを得た。挿入された配列を下記する。NotI サイト(下線)、6n規則に調整するために挿入された配列(gac)、コザック配列(二重下線)とEIS配列(波線下線)、NotIサイト(下線)に挟まれた領域が挿入配列である。当該配列は、nlsISceI(配列番号41)のコード配列(配列番号40の18-785番目)を含む。
【0117】
[実施例4]ドナーポリヌクレオチドのベクター標的挿入における供与プラスミド構造の最適化
実施例2(1)に示したドナーポリヌクレオチドを用いた遺伝子改変法のエレクトロポレーションの際に、I-SceI発現用プラスミドDNA (Nature vol.401 pp397)の代わりに、pCI-neo-nlsISceI(29-2)DNA(12.6μg)を用いて、3種の供与プラスミドのそれぞれによるベクター標的挿入体の作製を行った。
【0118】
[表4]
pCI-neo: pCI-neo-nlsISceI(29-4)プラスミド
pISceI: I-SceI発現用プラスミド (Nature vol.401 pp397)
Left arm: ISCEI切断部位の左側相同領域長(bp)(図1A参照);Syn同義変換配列部位の左側相同領域長(bp) (図2A参照)
Right arm: Syn同義変換配列部位の右側相同領域長(bp)(図1A参照); ISCEI切断部位の右側相同領域長(bp) (図2A参照)
【0119】
これらの試験は、実施例2(1)に示すようにDMEM/10%FBS培地を用いて行われた。ISCEI(600)Syn型供与プラスミドを用いた3回目の試験においては、DMEM/2%FBS/1/100容量GlutaMAX-1(100x)(gibco,製品番号35050-061)培地を用いた。この低FBS条件下では、50μg/mLハイグロマイシン, 0.94μg/mL6-チオグアニンで選択培養を行った。
これらの結果から、切断点外側相同領域長、デザイン配列外側相同領域長、切断点とデザイン配列との距離は限定されないが、外側相同領域長は1960 bp以上、切断点とデザイン配列との距離は316 bp以上が望ましい。
【0120】
[実施例5]nlsISceI搭載センダイウィルスベクターによるドナーポリヌクレオチドのベクター標的挿入
nlsISceI搭載センダイウィルスベクターの感染の前日に5x105個HT-1080細胞/2-mL DMEM/10%FBS培地/wellで6-well plateに塗布し接着培養を行い、大凡24時間後に培地を除去、2mL Opti-MEMを添加し、37℃に置く一方で、1 well内の細胞数を測定し感染する全細胞数を算出し、感染多重度3に相当するnlsISceI搭載センダイウィルスベクター SeV18+nlsISCEITS15/ΔF (実施例3)を採取し、Opti-MEMで希釈することによって0.5 mL SeV-nlsISceI溶液/wellに調整し、あらかじめ添加されていたOpti-MEMを除去、0.5 mL SeV-nlsISceI溶液/wellを加えて、32℃, 5%CO2条件下で吸着感染を開始し、15分毎に混合操作を行い、2時間後に、SeV-nlsISceI溶液を除去、2mL Opti-MEM/wellを添加、2-mL DMEM培地(6-thioguanine含)/wellで交換して、32℃, 5%CO2条件下で培養した。大凡24時間後に新しいDMEM培地に交換して、35℃, 5%CO2に移動させて、大凡24時間そのまま培養した。
それに続く、細胞回収、下表に表記した、供与プラスミドの導入のためのエレクトロポレーションの操作、細胞塗布、非選択培養と選択培養は、実施例2(1)と同様に行い、ベクター標的体単離の操作も、実施例2(1)と同様に行った。
【0121】
[表5]
SeV/TS15: SeV18+nlsISCEITS15/ΔFセンダイウィルスベクター
【0122】
2回の試験のうち、1回目は上記の条件通り(DMEM/10%FBS培地を用いて、センダイウィルスベクターの吸着感染32℃-24時間、35℃-24時間、細胞塗布後の非選択培養37℃-3日間及び選択培養を37℃)に行った。2回目は、DMEM/2%FBS/1/100容量GlutaMAX-1(100x)(gibco,製品番号35050-061)培地を用いて、センダイウィルスベクターの吸着感染32℃-48時間、細胞塗布後の非選択培養35℃-3日間及び選択培養を37℃で行った。この低FBS条件下では、50μg/mLハイグロマイシン, 0.94μg/mL6-チオグアニンで選択培養を行った。
これらの結果から、細胞内切断のための切断酵素遺伝子発現ベクターはプラスミド型、ウィルスベクター型のどちらにも限定されないが、切断酵素遺伝子発現ベクターの無作為挿入を回避するためには当該ウィルスベクター型が望ましい。
【0123】
[実施例6]細胞外で相同領域内切断された供与プラスミドによるドナーポリヌクレオチドのベクター標的挿入
実施例2(1)に示したドナーポリヌクレオチドを用いた遺伝子改変法のエレクトロポレーションで、あらかじめ切断された供与プラスミド(10μg)のみを導入して、ベクター標的挿入体の作製を行った。
【0124】
[表6]
Left arm: XMAIまたはISCEI切断部位の左側相同領域長(bp)(図1A参照);Syn同義変換配列部位の左側相同領域長(bp) (図2A参照)
Right arm: Syn同義変換配列部位の右側相同領域長(bp)(図1A参照); XMAIまたはISCEI切断部位の右側相同領域長(bp) (図2A参照)
【0125】
これらの結果から、供与プラスミドの相同領域内切断は、細胞外か細胞内のどちらであっても良いことが確認された。但し、細胞内相同領域内切断の方が、切断点外側相同領域長、デザイン配列外側相同領域長、切断点とデザイン配列との距離にあまり影響されないことから、細胞内相同領域内切断が望ましいと考えられる。
【0126】
本発明の好ましい態様を詳細に説明してきたが、これらの態様が変更され得ることは当業者にとって自明であろう。よって、本発明は、本発明が本明細書に詳細に記載された以外の方法や態様で実施され得ることを意図する。即ち、本発明は添付の「特許請求の範囲」の精神またはその本質的部分を同じくする範囲に包含されるすべての変更を含むものである。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明によって、切断可能部位を含むゲノム断片の両端を、ポジティブ選択マーカー遺伝子およびネガティブ選択マーカー遺伝子を含むポリヌクレオチドによって連結した新規なドナーポリヌクレオチドが提供された。当該ドナーポリヌクレオチドを用いることにより、標的遺伝子座内に切断を入れることなく、ドナーポリヌクレオチドの相同部位に切断を入れることによって、Off-targetと呼ばれる標的配列以外に変異が入る可能性を回避して標的遺伝子のみを改変することが可能となる。本発明は遺伝子配列を精密に改変する分子遺伝学技術であり、遺伝子治療、品種改良、生物工学的創作を目的に遺伝子配列を精密に改変する分子遺伝学システムとして有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]