(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
氷結晶の成長速度は、氷結晶成長開始時点から1時間経過後から、前記氷結晶成長開始時点から4時間経過するまで、時間経過に伴い小さくなる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の不凍性溶液。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、本願発明者は、氷を所定の割合含むとともに流動性を有する氷スラリーを作製するために、過冷却促進剤を備える不凍性溶液について検討した。しかしながら、本願発明者は、過冷却促進剤と水とを備える抗凝固性組成物では、十分な流動性を有する氷スラリーを作製することができないことを見出した。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の1つの目的は、十分な流動性を有する氷スラリーを作製することに適した不凍性溶液およびその不凍性溶液を用いて作製された氷スラリーを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、過冷却促進剤と水とのみを備える溶液では、粗大化した氷結晶が氷スラリーの流動性を低下させることを見出した。さらに、本願発明者は、上記過冷却促進剤だけでなく、所定の氷結晶成長阻害剤と、所定の不凍剤とを不凍性溶液添加することにより、氷スラリーの流動性の向上に顕著な効果が得られることをさらに見出した。そして、本発明を完成させた。
【0008】
つまり、本発明の第1の局面による不凍性溶液は、水と、マンノースおよびキシロースを有する多糖類を含む氷結晶成長阻害剤と、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を含む過冷却促進剤と、水分子と水素結合を形成するヒドロキシル基を有するとともに炭素数が4以下の有機化合物を含む不凍剤と、を備え
、過冷却促進剤は、コーヒー豆由来である。
【0009】
この発明の第1の局面による不凍性溶液では、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を含む過冷却促進剤により、氷結晶粒子を生成されにくくする(不凍性溶液を氷結しにくくする)ことができるとともに、水分子と水素結合を形成するヒドロキシル基を有するとともに炭素数が4以下の有機化合物を含む不凍剤により、氷結開始直後に形成された氷結晶粒子(初期氷結晶粒子)の微細化を行うことができる。さらに、マンノースおよびキシロースを有する多糖類を含む氷結晶成長阻害剤と、過冷却促進剤とにより、氷結晶成長阻害剤のみを用いる場合と比べて、氷結晶の成長(粗大化)を効果的に抑制することができる。これらの結果、氷を所定の割合含む氷スラリーにおいて、氷結晶が粗大化することに起因して流動性が低下するのを抑制することができるので、十分な流動性を有する氷スラリーを作製することが可能な不凍性溶液を提供することができる。なお、これらの効果は、後述する実施例にて確認済みである。
【0010】
上記第1の局面による不凍性溶液において、好ましくは、不凍剤は、炭素数が4以下のアルコールである。このように構成すれば、初期氷結晶粒子の微細化を確実に行うことができる。
【0011】
上記第1の局面による不凍性溶液において、好ましくは、不凍剤は、水分子と水素結合を形成することにより、水分子の集合体を微細化する。このように構成すれば、不凍剤により微細化された水分子を氷結させることができるので、初期氷結晶粒子の微細化を確実に行うことができる。
【0012】
上記第1の局面による不凍性溶液において、好ましくは、氷結晶の成長速度は、氷結晶成長開始時点から1時間経過後から、氷結晶成長開始時点から4時間経過するまで、時間経過に伴い小さくなる。このように構成すれば、4時間経過後の時点で、氷結晶の成長速度を十分に小さくすることができるので、4時間経過以降に氷結晶が急速に成長するのを抑制することができる。これにより、長時間に亘って氷結晶の成長を抑制することができるので、長時間に亘って流動性の低下を抑制することが可能な氷スラリーを提供することができる。
【0013】
上記第1の局面による不凍性溶液において、好ましくは、氷結晶成長阻害剤は、担子菌由来である。このように構成すれば、氷結晶の成長を確実に抑制可能な多糖類を得ることができる。
【0015】
本発明の第2の局面による氷スラリーは、水と、マンノースおよびキシロースを有する多糖類を含む氷結晶成長阻害剤と、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を含む過冷却促進剤と、水分子と水素結合を形成するヒドロキシル基を有するとともに炭素数が4以下の有機化合物を含む不凍剤と、を備える不凍性溶液を用いて作製され
ており、過冷却促進剤は、コーヒー豆由来である。
【0016】
この発明の第2の局面による氷スラリーは、上記のように、第1の局面における不凍性溶液を用いて作製されることによって、十分な流動性を有するように構成されることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、上記のように、十分な流動性を有する氷スラリーを作製することに適した不凍性溶液およびその不凍性溶液を用いて作製された氷スラリーを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、
図1および
図2を参照して、本発明の不凍性溶液および不凍性溶液を用いた氷スラリーについて具体的に説明する。
【0020】
まず、本発明の不凍性溶液について説明する。本発明の不凍性溶液は、氷スラリーを作製するための溶液である。氷スラリーとは、氷を数10体積%含む溶液であり、氷と異なり流動性を有する。なお、氷スラリーについては後述する。
【0021】
(不凍性溶液の組成)
不凍性溶液は、溶媒として水を含む。また、不凍性溶液は、溶質として、氷結晶の成長を阻害する氷結晶成長阻害剤と、過冷却を促進する過冷却促進剤と、ヒドロキシル基を含み、炭素数が4以下の有機化合物を含む不凍剤とを含有する。
【0022】
(氷結晶成長阻害剤)
氷結晶成長阻害剤は、生成された氷結晶の結晶面に結合することなどにより、他の氷結晶および水分子が氷結晶の結晶面に到達するのを抑制することによって、氷結晶の成長(氷結晶の粗大化)を阻害する機能を有する。
【0023】
氷結晶成長阻害剤は、マンノースおよびキシロースを有する多糖類を含む。多糖類とは、通常、10個以上の単糖がグリコシド結合により直鎖状または分枝鎖状に重合したものをいう。また、氷結晶成長阻害剤は、担子菌由来の多糖類を含む。たとえば、氷結晶成長阻害剤は、エノキダケ(Flammulina velutipes種)由来の多糖類である。担子菌由来の多糖類は、たとえば、アルカリ溶液中で加熱抽出され、その後、アルカリ物質を除去することにより担子菌から精製される。なお、氷結晶成長阻害剤として、エノキダケの類縁品種および改良品種由来の多糖類を用いてもよい。
【0024】
また、氷結晶成長阻害剤は、マンノースおよびキシロースを有するヘテロ多糖類である。なお、氷結晶成長阻害剤は、α−1,3−マンノースで構成されるマンナン主鎖に、側鎖として1分子ずつのキシロースが1,4−結合を介して結合した、キシロマンナンであるのが好ましい。なお、キシロマンナンは、マンノースおよびキシロースのみから構成されてもよいし、キシロース以外に他の糖を側鎖として有してもよい。なお、他の糖としては、ガラクトース、マンノース、キシロース、グルコース、ラムロースまたはこれら2以上からなる糖が挙げられる。
【0025】
キシロマンナンを構成するマンノースとキシロースとの構成比(モル比)は特に制限されない。なお、キシロース1モルに対してマンノース1.5モル以上2.5モル以下であるのが好ましい。また、氷結晶成長阻害剤を構成する多糖類の分子量は、特に限定されない。なお、氷結晶成長阻害剤を構成する多糖類の分子量は、ゲルろ過クロマトグラフィーにて測定した平均分子量において、10万以上100万以下であるのが好ましい。
【0026】
(過冷却促進剤)
過冷却促進剤は、過冷却促進剤が添加される溶液において、凝固点での氷核生成を抑制するとともに、過冷却現象が生じる温度の下限を低くすることによって、過冷却を促進する機能を有する。これにより、氷結晶(初期氷結晶粒子)が生成され始める温度を低くして、氷結晶粒子を生成されにくくする(不凍性溶液を氷結しにくくする)ことが可能である。
【0027】
過冷却促進剤は、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を含む。また、過冷却促進剤は、植物果実由来の有機化合物を含む。なお、過冷却促進剤は、コーヒー豆由来の有機化合物を含むのが好ましく、より好ましくは焙煎されたコーヒー豆由来の有機化合物を含む。コーヒー豆由来の有機化合物は、たとえば、水を用いた抽出工程、クロマトグラフィーを用いた分画工程、pH調整工程、有機溶媒抽出工程および精製工程によりコーヒー豆から精製される。この際、コーヒー粕を用いてコーヒー豆由来の有機化合物を取得してもよい。また、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物は、たとえば、組成式がC
15H
26N
2O
7であり、分子量が346である。なお、過冷却促進剤は、コーヒー豆以外の植物果実由来の有機化合物を含んでいてもよい。
【0028】
また、本願発明者が鋭意検討した結果、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を含む過冷却促進剤は、氷結晶成長阻害剤と共に氷結晶の成長を阻害する機能を有することを発見した。このことは、後述する実施例により確認済みである。
【0029】
(不凍剤)
不凍剤は、凝固点降下により、不凍性溶液の凝固点を低下させて、後述する氷スラリー状態を保持する温度(保持温度)を低くする機能を有する。
【0030】
不凍剤は、ヒドロキシル基を含み、炭素数が4以下の有機化合物を含む。具体的には、不凍剤は、炭素数が4以下の第1級アルコール、第2級アルコール、第3級アルコールであってもよい。つまり、不凍剤は、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールあってもよい。また、不凍剤は、炭素数が4以下の多価アルコールでもよく、たとえば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、グリセリンなどであってもよい。
【0031】
また、不凍剤は、ヒドロキシル基が含まれるカルボキシル基を有する炭素数が4以下のカルボン酸、ジカルボン酸、トリカルボン酸などでもよく、たとえば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、ブタン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸などであってもよい。なお、上記列挙した化学名において構造異性体が存在する場合には、それら構造異性体も不凍剤として含まれる。
【0032】
また、本願発明者が鋭意検討した結果、ヒドロキシル基を含み、炭素数が4以下の有機化合物を含む不凍剤は、氷結開始直後に形成された氷結晶粒子(初期氷結晶粒子)を微細化する機能を有することを見出した。不凍剤のこの機能について、
図1および
図2を用いて説明する。
【0033】
図1に示す液体状態の水では、水分子同士が水素結合(点線で図示)により緩やかに結合して、集合体を形成していると考えられる。そして、
図1に示す液状の水に、親水基としてのヒドロキシル基を含み、炭素数が4以下の有機化合物(たとえば、メタノール)を含む不凍剤を添加すると、
図2に示すように、集合体を形成している水分子同士の水素結合の一部が不凍剤の有機化合物のヒドロキシル基と水分子との水素結合に置き換わる。これにより、集合体を形成している水分子同士が、ヒドロキシル基を含み、炭素数が4以下の有機化合物により分断されることによって、水分子同士が離散化した状態となる。この水分子同士が離散化した状態で不凍性溶液を冷却すると、微細化された氷結晶粒子が初期氷結晶粒子として生じる。
【0034】
なお、不凍剤の炭素数が4を超えて大きい場合には、疎水基が大きくなることに起因して、親水基としてのヒドロキシル基が水分子と水素結合を形成しにくくなる。このため、初期氷結晶粒子を微細化する効果が小さくなると考えられる。
【0035】
(氷スラリーの用途)
次に、氷スラリーについて説明する。氷スラリーは、上記したように、氷を数10体積%含む液状物質であり、ブロック状の氷と異なり流動性を有する。ここで、上記不凍性溶液を用いて作製された氷スラリーでは、氷結晶の微細化および氷結晶の成長抑制により、流動性を向上させることができるとともに、長期間に亘って流動性がある状態で維持することが可能である。また、氷結晶の微細化および氷結晶の成長抑制により、氷スラリーの流動性を高く維持することができるので、ポンプなどを用いた氷スラリーの輸送に要するエネルギーを小さくすることが可能である。
【0036】
また、上記不凍性溶液を用いて作製された氷スラリーでは、氷結晶の微細化および氷結晶の成長抑制により、流動性を確保しつつ、氷スラリー内の氷結晶粒子の密度を向上させることが可能である。たとえば、氷結晶粒子を30体積%を超えて含むように氷スラリーを構成したとしても、氷スラリーの流動性を確保することが可能である。これにより、氷結晶粒子が多く含まれる氷スラリーによって、保冷対象を保冷可能な時間を長くすることが可能である。さらに、氷結晶が微細化されていることにより、同じ体積比率で氷結晶粒子が含まれる氷スラリーと比較して、氷スラリー内の氷の表面積を大きくすることが可能である。これにより、氷スラリーにより保冷対象を迅速に冷却することができるなど、氷スラリーの冷熱の利用効率を向上させることが可能である。
【0037】
氷スラリーは、低温物流における輸送用途、保冷用途、蓄冷用途などの広範な用途に使用可能である。たとえば、低温物流において、保冷材として氷スラリーを用いることにより、流動性が高いことにより容易に保冷対象に氷スラリーを供給することが可能であるとともに、氷結晶が多く含まれる氷スラリーによって保冷可能な時間を長くすることが可能である。また、環境負荷の小さな氷結晶成長阻害剤、過冷却促進剤および不凍剤(たとえば、生物由来剤)を用いた場合には、保冷後の不凍性溶液を廃棄することが可能である。これにより、保冷対象の配送終了後で保冷対象を保冷する必要がなくなった際に、不凍性溶液を廃棄することによって、不凍性溶液の重量分だけ積載重量を低減することが可能である。
【0038】
また、たとえば、保冷用途において氷スラリーを用いることにより、野菜、鮮魚などの食品、医薬品および血液などを保冷可能な時間を長くすることが可能である。また、たとえば、蓄冷用途では、夜間に不凍性溶液から氷スラリーを作製することによって蓄冷し、昼間に冷却箇所(たとえば、店舗のショーケースおよび冷房装置など)にポンプなどを用いて氷スラリーを供給することが考えられる。この際、氷スラリーの流動性が高いことによって、冷却が必要な時間帯にリアルタイムで冷熱(氷スラリー)を供給することができるので、電力使用のピークシフトを適切に行うことが可能である。
【0039】
(氷スラリーの作製)
氷スラリーは、一例として、上記した不凍性溶液が
図3に示す温度履歴を経ることによって作製される。具体的には、上記した不凍性溶液を凝固点以下の保持温度まで冷却する。ここで、保持温度は、不凍剤による凝固点降下により凝固点が低下するとともに、過冷却促進剤により過冷却現象が生じる温度の下限が低くされる。この結果、保持温度を、最大氷結晶生成範囲(0℃から−7℃までの範囲)の下限(−7℃)よりも低い温度に設定することが可能である。これにより、初期氷結晶粒子が粗大化するのが抑制される。また、不凍性溶液内の不凍剤により水分子が微細化されているので、初期氷結晶粒子を確実に小さくすることが可能である。
【0040】
なお、保持温度まで不凍性溶液を冷却する際の冷却速度は、大きい方が好ましい。これにより、氷結晶が粗大化しやすい最大氷結晶生成範囲の温度に不凍性溶液が長時間留まるのを抑制することができるので、氷結晶が最大氷結晶生成範囲において生成されることを抑制することが可能である。これにより、氷結晶が粗大化するのを確実に抑制することが可能である。
【0041】
そして、上記した不凍性溶液が保持温度で保持される。これにより、不凍性溶液の一部に徐々に氷結晶が生成する。この氷結晶が生成された部分を機械的に粉砕しながら撹拌することによって、流動性を有する氷スラリーが作製される。なお、この保持の際、不凍性溶液内の氷結晶成長阻害剤および過冷却促進剤により氷結晶の成長(氷結晶の粗大化)が阻害されることにより、氷スラリー内の氷結晶の成長速度が小さくなる。これにより、氷スラリー内の氷結晶の粗大化に起因して氷スラリーの流動性が低下するのが抑制される。この結果、長期間に亘って安定的に流動可能な氷スラリーを提供することが可能である。
【0042】
[実施例]
以下、本発明の効果を確認するために行った実施例について説明する。この実施例では、本発明の不凍性溶液を作成した後、不凍性溶液から氷スラリーを作製し、作製の際における氷結晶の成長について観察した。
【0043】
(実施例の不凍性溶液)
まず、実施例の不凍性溶液を作成した。具体的には、氷結晶成長阻害剤として、エノキダケ由来の多糖類である、キシロマンナンを用いた。具体的には、氷結晶成長阻害剤として、キシロマンナンを1.0mg/ml含有する水溶液を用いた。また、過冷却促進剤として、組成式がC
15H
26N
2O
7であり、分子量が346であるとともに、植物果実の一例としてのコーヒー豆由来の芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を用いた。具体的には、過冷却促進剤として、上記芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を1.0mg/ml含有する水溶液を用いた。また、不凍剤として、2.0体積%の2−プロパノール水溶液を用いた。なお、2−プロパノールは、炭素数が3の第2級アルコールかつ1価のアルコールである。なお、各々の水溶液に用いた溶媒としての水は、いわゆる超純水である。
【0044】
そして、氷結晶成長阻害剤と過冷却促進剤とを体積比で1:1になるように混合して、混合液を作成した。その後、1μlの混合液と、1μlの不凍剤とを混合することによって、実施例の不凍性溶液を作成した。
【0045】
(比較例の溶液)
一方で、実施例に対応する比較例1〜3の溶液を準備した。比較例1として、1μlの超純水と1μlの上記不凍剤とを混合することによって、比較例1の溶液を準備した。つまり、比較例1の溶液には、氷結晶成長阻害剤と過冷却促進剤とが共に含有されていない。
【0046】
また、比較例2として、1μlの上記氷結晶成長阻害剤と1μlの上記不凍剤とを混合することによって、比較例2の溶液を準備した。つまり、比較例2の溶液には、過冷却促進剤が含有されていない。また、比較例3として、1μlの上記過冷却促進剤と1μlの上記不凍剤とを混合することによって、比較例3の溶液を準備した。つまり、比較例3の溶液には、氷結晶成長阻害剤が含有されていない。
【0047】
そして、実施例および比較例1〜3の溶液を、各々プレパラート上に配置した。その後、
図4に示す温度履歴を経ることによって、溶液から氷スラリーを作製した。なお、
図4に示す温度履歴は、氷結晶阻害活性測定に用いられる温度履歴である。具体的には、実施例および比較例1〜3の溶液を、−100℃/minの冷却速度で、−40℃の過冷却温度まで冷却した。そして、冷却後、100℃/minの昇温速度で、−10℃の保持温度まで昇温した。そして、実施例および比較例1〜3の氷スラリーに対して、保持温度になった時点を開始時点として、開始時点、開始時点から1時間経過後の時点(1h)、2時間経過後の時点(2h)、3時間経過後の時点(3h)および4時間経過後の時点(4h)における、氷結晶の総面積S(S
0、S
1、S
2、S
3およびS
4)をそれぞれ測定した。なお、開始時点とは、氷結晶の成長が開始される開始時点(氷結晶成長開始時点)である。
【0048】
この際、所定の倍率に設定した顕微鏡を用いて撮影された写真において、所定の大きさの観察範囲を設定し、設定した観察範囲における氷結晶の総面積Sを画素数を元に取得した。実施例1、比較例2および3の写真を、
図5および
図6に示す。なお、
図5および
図6に示す写真において、氷結晶は白色部分である。
【0049】
そして、比較例1の開始時点から1時間経過後の時点における氷結晶の総面積Sを1とした場合の、実施例および比較例1〜3の所定の時点における氷結晶の総面積Sを求めた。測定結果を
図7に示す。
【0050】
さらに、1時間経過後の時点における氷結晶の成長速度V
1を、(V
1=S
1−S
0)の式から求めた。同様に、2時間経過後の時点における氷結晶の成長速度V
2(=S
2−S
1)、3時間経過後の時点における氷結晶の成長速度V
3(=S
3−S
2)、および、4時間経過後の時点における氷結晶の成長速度V
4(=S
4−S
3)をそれぞれ求めた。なお、実施例、比較例1および2に関しては、開始時点から0.25時間経過後の時点、0.5時間経過後の時点、および、0.75時間経過後の時点においても氷結晶の成長速度を求めた。測定結果を
図8に示す。
【0051】
測定結果としては、
図5および
図6に示す写真から、実施例1の写真は、比較例2の写真および比較例3の写真と比べて、氷の結晶粒子同士が凝集するのが抑制されており、凝集に起因して発生する結晶粒子同士の隙間が小さいことが確認できた。これは、実施例では、氷結晶成長阻害剤および過冷却促進剤により、氷結晶粒子同士が凝集して粗大化すること(トムス・ギブソン効果)と、氷結晶に新たな水分子が付着して氷結晶が成長することとが阻害されているからであると推察できる。
【0052】
また、
図7に示すように、開始時点から1時間後の時点において、実施例の氷結晶の総面積Sは比較例1〜3と比べて小さくなった。これは、過冷却促進剤により、氷結晶粒子が生成されにくくなったことと、不凍剤により、氷結晶粒子が微細化されたからであると考えられる。このことは、1時間後の時点の初期氷結晶粒子において、過冷却促進剤が含有された比較例3が、過冷却促進剤が含有されていない比較例1および2よりも氷結晶の総面積Sが小さくなった点からも推察できる。また、開始時点から4時間後の時点において、実施例の氷結晶の総面積Sは比較例1〜3と比べて十分に小さくなった。これは、氷結晶粒子の微細化に加えて、氷結晶成長阻害剤および過冷却促進剤により、氷結晶の成長が阻害されたからであると考えられる。
【0053】
また、
図8に示すように、実施例の氷結晶の成長速度は、開始時点から1時間経過後から、少なくとも開始時点から4時間経過するまで、時間経過に伴い小さくなった。一方、比較例2および3の氷結晶の成長速度は、4時間経過時点において、3時間経過後時点よりも大きくなった。具体的には、開始時点から4時間後の時点における実施例の氷結晶の成長速度は、比較例1〜3の氷結晶の成長速度と比べて、大幅(おおよそ55%以下)に小さくなった。
【0054】
したがって、比較例2および3のように氷結晶成長阻害剤または過冷却促進剤のいずれか一方のみを含有させる場合と比べて、実施例のように氷結晶成長阻害剤および過冷却促進剤の両方を含有させた場合には、氷結晶成長阻害剤および過冷却促進剤により、不凍剤により微細化された氷結晶の成長がより阻害されることが確認できた。そして、過冷却促進剤が、氷結晶成長阻害剤と共に氷結晶の成長を阻害する機能を有することが確認できた。
【0055】
これらの結果、実施例では、氷結晶成長阻害剤と過冷却促進剤と不凍剤とが相互作用することにより、氷スラリーとしてより良い上記機能が発揮されるものであることが確認できた。これは、氷結晶成長阻害剤と過冷却促進剤と不凍剤との個々の機能を発揮させる以上の効果を奏しており、当業者でも容易に想到し得ない効果であると考えられる。
【0056】
なお、
図8のグラフから、実施例の氷結晶の成長速度は、4時間経過以降においても、低下傾向が持続するか、または、低下した状態で飽和する(一定値に近づく)と考えられる。これにより、より長期に亘って氷結晶の成長が阻害されると考えられる。これらの結果、実施例の溶液を用いて作製した氷スラリーを、長期間に亘って流動性がある状態で保存することが可能であることが確認できた。
【0057】
また、上記実施例では、不凍剤として、2−プロパノール溶液を用いたものの、ヒドロキシル基を含み、炭素数が4以下の有機化合物であれば、2−プロパノール以外の有機化合物を用いても、2−プロパノール溶液と同等の効果が得られたと思われる。
【0058】
[変形例]
なお、今回開示された実施形態および実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態および実施例の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更(変形例)が含まれる。
【0059】
たとえば、上記実施形態では、氷結晶成長阻害剤が担子菌由来のマンノースおよびキシロースを有する多糖類を含む例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、氷結晶成長阻害剤に含まれる多糖類は、マンノースおよびキシロースを有し、氷結晶の成長(氷結晶の粗大化)を阻害する機能を有する多糖類であれば、担子菌由来以外の多糖類であってもよい。また、氷結晶成長阻害剤がマンノースおよびキシロースを有する多糖類以外のものを含んでいてもよい。
【0060】
また、上記実施形態では、過冷却促進剤が植物果実由来の芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を含む例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、過冷却促進剤に含まれる有機化合物は、芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有し、過冷却現象が生じる温度の下限を低くすることによって、過冷却を促進する機能を有する有機化合物であれば、植物果実由来以外の有機化合物であってもよい。また、過冷却促進剤が芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物以外のものを含んでいてもよい。
【0061】
また、上記実施形態では、不凍性溶液が
図3に示す温度履歴を経ることによって、氷スラリーが作製される例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、氷スラリーの作製する際の温度履歴は
図3に限られない。たとえば、不凍性溶液が
図4に示す温度履歴を経ることによって、氷スラリーが作製されてもよいし、不凍性溶液が
図3および
図4以外の温度履歴を経ることによって、氷スラリーが作製されてもよい。なお、不凍性溶液は、少なくとも凝固点以下の温度に冷却されるとともに保持される必要がある。
【0062】
また、上記実施例では、氷結晶成長阻害剤として、キシロマンナンを1.0mg/ml含有する溶液を用いた例を示した。また、過冷却促進剤として、組成式がC
15H
26N
2O
7であり、分子量が346であるとともに、コーヒー豆由来の芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する有機化合物を1.0mg/ml含有する溶液を用いた例を示した。また、不凍剤として、2.0体積%の2−プロパノール溶液を用いた例を示した。しかしながら、本発明はこれらに限られない。つまり、本発明では、氷結晶成長阻害剤におけるキシロマンナンの含有量は、1.0mg/mlに限られない。また、本発明では、過冷却促進剤における芳香族炭化水素構造およびカルボキシ基を有する上記有機化合物の含有量は、1.0mg/mlに限られない。また、本発明では、不凍剤における2−プロパノールの含有量は、2.0体積%に限られない。さらに、本発明では、氷結晶成長阻害剤、過冷却促進剤および不凍剤の混合比も適宜変更することが可能である。