特許第6951175号(P6951175)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6951175
(24)【登録日】2021年9月28日
(45)【発行日】2021年10月20日
(54)【発明の名称】圧縮機用摺動部材
(51)【国際特許分類】
   F04B 39/00 20060101AFI20211011BHJP
   F04C 29/00 20060101ALI20211011BHJP
   C23C 18/52 20060101ALI20211011BHJP
   C23C 18/36 20060101ALI20211011BHJP
【FI】
   F04B39/00 A
   F04C29/00 U
   C23C18/52 B
   C23C18/36
【請求項の数】7
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2017-184051(P2017-184051)
(22)【出願日】2017年9月25日
(65)【公開番号】特開2019-60259(P2019-60259A)
(43)【公開日】2019年4月18日
【審査請求日】2020年8月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】500309126
【氏名又は名称】株式会社ヴァレオジャパン
(74)【代理人】
【識別番号】100115794
【弁理士】
【氏名又は名称】今下 勝博
(74)【代理人】
【識別番号】100119677
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 賢治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 弘之
(72)【発明者】
【氏名】冨島 一樹
(72)【発明者】
【氏名】土屋 貴晃
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 隆夫
【審査官】 大瀬 円
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−096084(JP,A)
【文献】 国際公開第1998/031849(WO,A1)
【文献】 特開2003−161259(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 39/00
F04C 29/00
C23C 18/52
C23C 18/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金からなる母材の表面に、リンを含む無電解ニッケルメッキ層が形成された圧縮機用の摺動部材において、
前記無電解ニッケルメッキ層のリン(P)の含有率が1.08質量%以上1.89質量%以下であり、ホウ素(B)の含有率が0質量%以上0.01質量%以下であり、かつ、コバルト(Co)の含有率が0質量%以上0.01質量%以下であり、
前記無電解ニッケルメッキ層は非熱処理層であり、
前記無電解ニッケルメッキ層はNiの結晶子を含んでおり、X線回折法によって測定した前記結晶子の結晶子径が8〜11nmであり、
前記無電解ニッケルメッキ層のビッカース硬度が、652Hv以上750Hv以下であり、
前記無電解ニッケルメッキ層スクラッチ強度が、98N以上であることを特徴とする圧縮機用摺動部材。
【請求項2】
前記無電解ニッケルメッキ層が、ホウ素(B)及びコバルト(Co)を含有していないことを特徴とする請求項に記載の圧縮機用摺動部材。
【請求項3】
前記無電解ニッケルメッキ層は、バレルメッキ層であることを特徴とする請求項1又は2に記載の圧縮機用摺動部材。
【請求項4】
前記母材と前記無電解ニッケルメッキ層との間に下地層を有し、
該下地層は、リン(P)を6.0〜11.0質量%含有する無電解ニッケルメッキ層であり、かつ、非熱処理層であることを特徴とする請求項1〜のいずれか一つに記載の圧縮機用摺動部材。
【請求項5】
前記下地層が、ホウ素(B)及びコバルト(Co)を含有していないことを特徴とする請求項に記載の圧縮機用摺動部材。
【請求項6】
前記母材の表面に形成された前記無電解ニッケルメッキ層の膜厚、又は、前記母材の表面に形成された前記下地層及び前記無電解ニッケルメッキ層の合計の膜厚が、15〜30μmであることを特徴とする請求項1〜のいずれか一つに記載の圧縮機用摺動部材。
【請求項7】
前記無電解ニッケルメッキ層は、セラミック微粒子が層中に分散していない非分散型メッキ膜であることを特徴とする請求項1〜のいずれか一つに記載の圧縮機用摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、自動車用空調のベーン型圧縮機等の圧縮機の摺動部材に関し、ベーン等の摺動部材のコストダウンを目的として、該摺動部材にニッケル低リンメッキを施したものである。
【背景技術】
【0002】
ベーン型圧縮機は、例えば、カムリングと、このカムリング内に回転可能に収容され、駆動軸に固定されたロータと、このロータに設けられた複数のベーン溝に挿入されるベーンと、カムリングの一方の端面に固定されるフロントサイド部材と他方の端面に固定されるリアサイド部材とを有して構成される。駆動軸は、軸受を介してフロントサイド部材及びリアサイド部材に回転可能に支持されており、例えば、フロントサイド部材には、作動流体(冷媒ガス)の吸入口とこの吸入口が連通する吸入室(低圧室)が形成され、リアサイド部材には、作動流体の吐出口とこの吐出口が連通する吐出室(高圧室)が形成されている(特許文献1の図1図8を参照。)。
【0003】
ベーン型圧縮機のアルミベーンは、アルミ材同士の摺動を避けるため、また耐摩耗のための硬度及び衝撃に対する靭性が求められるため、ニッケルリン系の硬質メッキが施されるのが一般的である(例えば、特許文献2〜4を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開WO2008/026496号公報
【特許文献2】特開平8-158058号公報
【特許文献3】特開2003‐161259号公報
【特許文献4】特開2003‐184743号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Ni‐P系メッキは、熱処理を施すと硬度が上昇するが、その反面、メッキの靭性が低下する問題があった。そこで、硬度と靭性の両方を満足させるために、例えば特許文献2又は特許文献3の技術のようにホウ素を配合したNi−P−B系メッキ、または、例えば特許文献4の技術のようにコバルトを配合したNi−Co‐P系メッキが使用されている。しかし、これらのメッキは高価なものとなっている。
【0006】
また、メッキした後のベーン表面にNi粒が付着し、これを削除するための後工程が発生し、更にコストが掛かるケースがある。
【0007】
そこで本開示の目的は、摺動部分にメッキ皮膜を施した圧縮機用摺動部材において、メッキ皮膜の硬度と靭性の両方が良好であり、Ni粒の付着が抑制され、かつ、メッキ皮膜が安価な圧縮機用摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、無電解ニッケル低リンメッキ層において、非熱処理層とし、かつ、Niの結晶子を含ませ、その結晶子径を8〜11nmとすることにとって、メッキ皮膜の硬度と靭性の両方が良好になることを見出し、本発明の課題を解決した。すなわち、本発明に係る圧縮機用摺動部材は、アルミニウム合金からなる母材の表面に、リンを含む無電解ニッケルメッキ層が形成された圧縮機用の摺動部材において、前記無電解ニッケルメッキ層のリン(P)の含有率が1.08質量%以上1.89質量%以下であり、ホウ素(B)の含有率が0質量%以上0.01質量%以下であり、かつ、コバルト(Co)の含有率が0質量%以上0.01質量%以下であり、前記無電解ニッケルメッキ層は非熱処理層であり、前記無電解ニッケルメッキ層はNiの結晶子を含んでおり、X線回折法によって測定した前記結晶子の結晶子径が8〜11nmであり、前記無電解ニッケルメッキ層のビッカース硬度が、652Hv以上750Hv以下であり、前記無電解ニッケルメッキ層スクラッチ強度が、98N以上であることを特徴とする。
【0010】
本発明に係る圧縮機用摺動部材では、前記無電解ニッケルメッキ層が、ホウ素(B)及びコバルト(Co)を含有していないことが好ましい。本構成によれば使用するメッキ液を安価とすることができる。
【0011】
本発明に係る圧縮機用摺動部材では、前記無電解ニッケルメッキ層は、バレルメッキ層であることが好ましい。本構成によれば、Ni粒の堆積が防止され、部材の平滑性が向上する。
【0012】
本発明に係る圧縮機用摺動部材では、前記母材と前記無電解ニッケルメッキ層との間に下地層を有し、該下地層は、リン(P)を6.0〜11.0質量%含有する無電解ニッケルメッキ層であり、かつ、非熱処理層であることが好ましい。本構成によれば、下地層が中リンタイプのメッキ層であるため、母材との密着性が良好であり、平滑性が向上する。
【0013】
本発明に係る圧縮機用摺動部材では、前記下地層が、ホウ素(B)及びコバルト(Co)を含有していないことが好ましい。本構成によれば使用するメッキ液を安価とすることができる。
【0014】
本発明に係る圧縮機用摺動部材では、前記母材の表面に形成された前記無電解ニッケルメッキ層の膜厚、又は、前記母材の表面に形成された前記下地層及び前記無電解ニッケルメッキ層の合計の膜厚が、15〜30μmであることが好ましい。本構成によれば使用するベーンに最適なメッキ皮膜の膜厚となる。
【0015】
本発明に係る圧縮機用摺動部材では、前記無電解ニッケルメッキ層は、セラミック微粒子が層中に分散していない非分散型メッキ膜であることが好ましい。メッキ皮膜の硬度及びスクラッチ強度を高めることができる。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、摺動部分にメッキ皮膜を施した圧縮機用摺動部材において、メッキ皮膜の硬度と靭性の両方が満たされ、Ni粒の付着が抑制され、かつ、メッキ皮膜が安価な圧縮機用摺動部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例における無電解ニッケルメッキ層のリン含有量とニッケルの結晶子径との関係を示す。
図2】実施例における無電解ニッケルメッキ層のニッケルの結晶子径と硬さのとの関係を示す。
図3】実施例における無電解ニッケルメッキ層のニッケルの結晶子径とスクラッチ強度との関係を示す。
図4】本実施形態に係る摺動部材を構成するベーンを備えるベーン型圧縮機の構成例を示す断面図である。
図5図4のA−A線で切断した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付の図面を参照して本発明の一態様を説明する。以下に説明する実施形態は本発明の実施例であり、本発明は、以下の実施形態に制限されるものではない。なお、本明細書及び図面において符号が同じ構成要素は、相互に同一のものを示すものとする。本発明の効果を奏する限り、種々の形態変更をしてもよい。
【0019】
まず、圧縮機用摺動部材について説明する。圧縮機としては、ベーン型圧縮機、斜板式圧縮機などがある。図4及び図5に、一例としてベーン型圧縮機の構成を示す。このベーン型圧縮機は、カムリング1と、このカムリング内に回転可能に収容され、駆動軸2に固定されたロータ3と、このロータ3に設けられた複数のベーン溝4に挿入されるベーン5と、カムリング1のリア側端面に固定されるリアサイド部材6と、カムリング1のフロント側端面及び外周面を包囲し、前記リアサイド部材6に嵌合するシェル部材7とを有して構成されている。駆動軸2は、シェル部材7及びリアサイド部材6に軸受を介して回転可能に支持されている。シェル部材7には、作動流体(冷媒ガス)の吸入口8とこの吸入口8に連通する吸入室(低圧室)9が形成され、リアサイド部材6には、作動流体の吐出口10とこの吐出口10に連通する吐出室(高圧室)11が形成されている。カムリング1の内周面とロータ3の外周面との間には圧縮空間12が画成され、この圧縮空間12はベーン5によって仕切られて複数の圧縮室13が形成され、各圧縮室の容積はロータ3の回転によって変化するようになっている。
【0020】
ベーン圧縮機において、ロータ3の回転中に、ベーン5の先端面とカムリング1の内周面、ベーン5の両側面とリアサイド部材6及びシェル部材7の内側面、ベーン5の表裏両面とベーン溝4の内側面とがそれぞれ摺動する。したがって、ベーン5には高硬度および耐摩耗性が要求されるのみならず、ロータ3,カムリング1あるいはリアサイド部材6、シェル部材との間に異物が入り込んでベーン5の表面に掻き疵が生じた場合でも、ベーン5の表面に形成されるメッキ層が剥離しないことが強く要求される。ベーン5の母材が軽量化等の目的でアルミニウムを主成分とする材料から形成される場合に、このベーン5の母材の表面にメッキ皮膜が形成されれば、上記硬度および耐剥離性の要求を共に良好に満たすことができる。また、ベーン圧縮機のカムリング1,リアサイド部材6、シェル部材7,ロータ3等を摺動材と考えることもでき、その表面にメッキ皮膜を形成して硬度および耐摩耗性の要求を満たすこともできる。
【0021】
斜板式圧縮機の場合においても同様に、部材同士が摺動する箇所にメッキ皮膜を形成して硬度および耐摩耗性の要求を満たすこともできる。
【0022】
摺動部材の材質は、例えばアルミニウム系合金である。アルミニウム系合金としては、例えば、2000系、4000系、5000系、6000系、7000系等のアルミニウム系合金、または、ADC10、ADC12、ADC14、A390等の高シリコン含有アルミニウム合金である。本実施形態では、摺動部材の材質はアルミニウム系合金であることが好ましい。
【0023】
つぎにメッキ皮膜(メッキ層ともいう。)を形成した圧縮機用摺動部材について説明する。本実施形態に係る圧縮機用摺動部材では、少なくとも、摺動する箇所に無電解ニッケルメッキ層を形成している。すなわち、本実施形態に係る圧縮機用摺動部材は、アルミニウム合金からなる母材の表面に、リンを含む無電解ニッケルメッキ層が形成された圧縮機用の摺動部材において、前記無電解ニッケルメッキ層のリン(P)の含有率が1.0質量%以上2.0質量%以下であり、ホウ素(B)の含有率が0質量%以上0.01質量%以下であり、かつ、コバルト(Co)の含有率が0質量%以上0.01質量%以下であり、前記無電解ニッケルメッキ層は非熱処理層であり、前記無電解ニッケルメッキ層はNiの結晶子を含んでおり、X線回折法によって測定した前記結晶子の結晶子径が8〜11nmである。
【0024】
本実施形態では、ニッケルイオン供給源としての硫酸ニッケル、塩化ニッケルなどのニッケル塩と還元剤としての次亜リン酸ナトリウムなどのリン化合物を含む無電解メッキ浴を用いて析出形成させる。メッキ浴中のニッケル塩及びリン化合物の比率は、メッキ皮膜の組成に応じて適宜調整する。メッキ浴には、メッキ液の分解防止及びメッキ析出の抑制のための安定剤、水酸化ナトリウム、アンモニア水等のpH調整剤、酢酸ナトリウムやクエン酸ナトリウムなどの有機酸を含む錯化剤、クエン酸ナトリウム等の緩衝剤を添加することができる。メッキ皮膜の形成は、母材の被メッキ表面をメッキ浴に一定時間浸漬することで形成することができる。メッキ浴の温度は、浴の安定性と析出速度等を考慮して決められるが、例えば60〜95℃、好ましくは70〜90℃の範囲とすることが適当である。また、メッキ浴への浸漬時間を調整することで、メッキ皮膜の膜厚みを適宜調整することができる。
【0025】
無電解ニッケルメッキ層のリン(P)の含有率は1.0質量%以上2.0質量%以下である。一般的に、リンの含有率が8〜10質量%のニッケルメッキ皮膜は「中リン」タイプに属し、また、リンの含有率が10〜11質量%のニッケルメッキ皮膜は「中高リン」タイプに属する。これらのタイプを含む、リンの含有率が8〜11質量%のニッケルメッキ皮膜は、メッキ浴の使いやすさ、メッキ膜の析出速度の速さ、皮膜の付まわりの良さが優れているため、汎用性が高いとされている。本実施形態では、リン(P)の含有率を1.0質量%以上2.0質量%以下とし、上記の「中リン」タイプ、「中高リン」タイプに対して、「低リン」タイプのメッキ膜に属する。リン(P)の含有率を1.0質量%未満にすると、無電解ニッケルメッキ層を形成できなくなるか、あるいは成膜速度が遅くなる。リン(P)の含有率を2.0質量%超にすると、所望のNiの結晶子が得られない。「低リン」タイプのニッケルメッキ層を形成するためのメッキ液は、その特性上、Ni粒が発生し辛く、Ni粒を除くための後工程の削除が可能である。
【0026】
無電解ニッケルメッキ層のホウ素(B)の含有率は0質量%以上0.01質量%以下であり、ホウ素(B)を含有していないことが好ましい。メッキ液には、実質的にホウ素成分を配合しないことが好ましい。ホウ素を配合しないので、メッキ液を安価とすることができる。
【0027】
無電解ニッケルメッキ層のコバルト(Co)の含有率は0質量%以上0.01質量%以下であり、コバルト(Co)を含有していないことが好ましい。メッキ液には、実質的にコバルト成分を配合しないことが好ましい。コバルト成分を配合しないので、メッキ液を安価とすることができる。
【0028】
無電解ニッケルメッキ層は非熱処理層とする。非熱処理層とすることで、メッキ層の靱性を高くすることができ、また、母材硬度が低下しない。
【0029】
無電解ニッケルメッキ層はNiの結晶子を含んでおり、X線回折法によって測定した結晶子の結晶子径が8〜11nmである。結晶子のサイズをこの範囲にすることで、熱処理無しで必要上充分な硬度が得られる。すなわち、無電解ニッケルメッキ層のビッカース硬度を650Hv以上750Hv以下とすることができる。無電解ニッケルメッキ層のビッカース硬度の上限は、700Hvであってもよい。結晶子の結晶子径が8nm未満であると、メッキ皮膜が高硬度とならず、例えばビッカース硬度が650Hvを下回ってしまう。結晶子の結晶子径が11nmを超える場合は、成膜速度が遅くなり、皮膜の形成が困難である。
【0030】
無電解ニッケルメッキ層は、セラミック微粒子が層中に分散していない非分散型メッキ膜であることが好ましい。セラミック微粒子が層中に分散した分散型メッキ膜は、高い硬度が得られる。しかし、スクラッチ強度が弱くなる傾向があるため、本実施形態では、コンポジットの効果を使わずに、硬度とスクラッチ強度を満たすことが好ましい。また、メッキ層がセラミック微粒子を含まないため、摺動する際に相手の部材へのアタックが無い。
【0031】
無電解ニッケルメッキ層は、バレルメッキ層であることが好ましい。バレル方式でのメッキ工法と組み合わせることで、Ni粒の堆積が防止され、部材の平滑性が向上する。
【0032】
本実施形態に係る圧縮機用摺動部材は、母材と無電解ニッケルメッキ層との間に下地層を有し、下地層は、リン(P)を6.0〜11.0質量%含有する無電解ニッケルメッキ層であり、かつ、非熱処理層であることが好ましい。下地層として、中〜中高リンタイプの無電解ニッケルメッキ層を設けることで、母材との密着性を高めることができ、また、メッキ皮膜の平滑性を向上させることができる。さらに下地層を設けることで、Ni粒の発生を抑制し、Ni粒の除去工程を省くことができる。下地層のリン(P)は、好ましくは6.5〜10.5質量%、また、より好ましくは7.0〜10.0質量%とする。下地層のリン(P)が6.0〜11.0質量%の範囲において無電解ニッケルメッキとして最も安定した成膜反応性と平滑性が得られる。これに対し6.0質量%未満、または11.0質量%を超えると、反応性の低下、あるいは副反応の増加等による異常粒成長等が生じやすくなり平滑性低下等の問題がある。下地層は非熱処理層とする。非熱処理層とすることで、メッキ層の靱性を高くすることができ、また、母材硬度が低下しない。
【0033】
下地層はホウ素(B)及びコバルト(Co)を含有していないことが好ましい。無電解ニッケルメッキ層と同様に、下地層用メッキ液を安価にすることができる。
【0034】
本実施形態に係る圧縮機用摺動部材では、母材の表面に形成された無電解ニッケルメッキ層の膜厚が15〜30μmであることが好ましく、18〜25μmであることがより好ましい。膜厚を15〜30μmとすることで耐摩耗のための実質的な硬度及び衝撃に対する靭性を満たすことができる。膜厚が15μm未満であると硬度及び靭性の両方が満たされない場合があり、膜厚が30μmを超えると、膜が剥離しやすくなるおそれがあるとともに、生産性が低下するおそれがある。
【0035】
本実施形態に係る圧縮機用摺動部材では、母材の表面に形成された下地層及び無電解ニッケルメッキ層の合計の膜厚が15〜30μmであることが好ましく、18〜25μmであることがより好ましい。合計の膜厚を15〜30μmとすることで耐摩耗のための硬度及び衝撃に対する靭性を満たすことができる。合計の膜厚が15μm未満であると硬度及び靭性の両方が満たされない場合があり、合計の膜厚が30μmを超えると、膜が剥離しやすくなるおそれがあるとともに、生産性及び経済性が低下するおそれがある。また、母材の表面に形成された下地層は、1〜15μm、また、より好ましくは3〜10μmであることが好ましい。下地層の上に形成する無電解ニッケルメッキ層は、15〜25μmであることが好ましい。
【実施例】
【0036】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0037】
試料1〜9に示すサンプルを作製した。表1に示したメッキ浴の中に、高シリコン系アルミニウム合金(Al−10.5〜20質量%Si)でできたベーンを浸漬して無電解ニッケルメッキ層を形成し、次いで水洗いした。膜厚は表1に示した膜厚になるように、浸漬時間で調整した。下地層を有するメッキ皮膜を形成する場合には、まず、ベーンを下地層用メッキ浴に浸漬して下地層を形成し、次いで水洗いた。さらに無電解ニッケルメッキ層用メッキ浴に浸漬して下地層の上に無電解ニッケルメッキ層を形成し、次いで水洗した。
【0038】
表1に、試料1〜9の結果を示した。
【0039】
【表1】
【0040】
[層の組成]
無電解ニッケルメッキ層及び下地層の組成は、蛍光X線分析法によって求めた。
[結晶子径]
無電解ニッケルメッキ層のニッケルの結晶子径は、X線回折法によって求めた。
[膜厚]
膜厚は、切断面からの光学顕微鏡を用いた拡大観察による計測によって求めた。
[硬さ]
無電解ニッケルメッキ層の硬さ、または下地層を有する無電解ニッケルメッキ層の硬さは、マイクロビッカース硬度計(JIS Z 2244−2009)によって求めた。
[スクラッチ強度]
無電解ニッケルメッキ層、または下地層を有する無電解ニッケルメッキ層についてスクラッチ試験を行った。スクラッチ試験は、新東科学社製荷重変動型摩擦摩耗システムHHS3000を用いて、測定用圧子として頂角120°、先端の曲率半径0.2mmの円錐状のダイヤモンド製先端部を備える圧子を使用し、メッキ皮膜表面を垂直方向に10mmの長さの範囲を0Nから98Nまで比例的に徐々に増加させながら掃引し形成されたスクラッチ痕において最初にクラックが確認された位置の荷重を掃引距離から求めスクラッチ強度とした。
【0041】
図1に無電解ニッケルメッキ層のリン含有量とニッケルの結晶子径との関係を示す。図2に無電解ニッケルメッキ層のニッケルの結晶子径と硬さのとの関係を示す。図3に無電解ニッケルメッキ層のニッケルの結晶子径とスクラッチ強度との関係を示す。
【0042】
図1に示すように、実施例のサンプルは、いずれもニッケルの結晶子径が8〜11nmの範囲内にある。図2に示すように、ニッケルの結晶子径が8〜11nmの範囲内にある実施例は、いずれもビッカース硬度が650Hv以上であった。図2において、ニッケルの結晶子径が5.1nmである比較例(試料番号7)のビッカース硬度が692Hvであるが、高硬度が得られたのは無電解ニッケルメッキ層中にセラミック粒子を分散させたことによる複合効果のためである。試料番号7以外の比較例は、セラミック粒子を分散させておらず、ビッカース硬度は650Hv未満であった。図3に示すように、ニッケルの結晶子径が8〜11nmの範囲内にある実施例は、いずれもスクラッチ強度が98N以上であった。図3において、ニッケルの結晶子径が5.1nmである比較例(試料番号7)のスクラッチ強度は18.0Nと小さかった。試料番号7の比較例は、図2に示すようにビッカース硬度が高かったがスクラッチ強度が小さく、両者を両立させることができなかった。
【0043】
実施例において、Ni粒の付着が抑制されていた。
【符号の説明】
【0044】
1 カムリング
1a フランジ部
2 駆動軸
3 ロータ
4 ベーン溝
5 ベーン
6 リアサイド部材
7 シェル部材
6a,7a サイドブロック部
6b,7b ヘッド部
8 吸入口
9 低圧室
10 吐出口
11 高圧室
11a 第1高圧室
11b 第2高圧室
12 圧縮空間
13 圧縮室
15 吐出弁収容室
17 通孔
図1
図2
図3
図4
図5