【実施例】
【0092】
[例1.EGFP−Human α−Tubulin遺伝子のORFの−1フレームシフト評価]
1.評価の概要
人工的に作製した核酸分子を使用して、143Btk−骨肉腫細胞に導入したpEGFP−TubベクターにおけるEGFP−Human α−TubulinのORF(Open Reading Frame)を−1だけ人為的にフレームシフトさせた。上記核酸分子のターゲット配列の近傍にてORFが−1フレームシフトすることにより、EGFP蛍光タンパク質のアミノ酸配列を途中から変えて、更にEGFP遺伝子配列とα−Tubulin遺伝子配列との連結部分の境界に最初の終止コドン(TGA)として、早期終止コドン(Premature Termination Codon:PTC)を発生させた。
【0093】
2.試験細胞株の作製
10%FCS添加DMEMで培養した143Btk−骨肉腫細胞に、pEGFP−Tubベクター(CLONTECH Laboratories社;6.0kb)を、トランスフェクション試薬「Lipofectamine2000」(Thermo Fisher Scientific社)を用いてトランスフェクションした。G418硫酸塩(コスモ・バイオ社)を用いて薬剤選択することにより、C末端にヒトα−Tubulinタンパク質が融合したEGFP蛍光タンパク質(Human α−Tubulinタンパク質)がステイブルに高発現している143Btk−骨肉腫細胞のクローンを試験細胞株として選抜した。
【0094】
3.フレームシフト用核酸分子の作製
−1フレームシフトを引き起こす核酸分子について、本明細書に記載の諸条件に基づいて、該核酸分子の数種類を分子設計した。反応液におけるコンフォメーションを、RNA 2次構造予測プログラム「CentroidFold」(入手先:https://github.com/satoken/centroid−rna−package)にてシュミレーションし、安定性の高いものをカスタム合成した。
【0095】
EGFP−Human α−Tubulinのコーディング領域(CDS)を
図1に示す。
図1に示すとおり、EGFP遺伝子(配列番号7)は、リンカー(5’−TCCGGACTCAGATCTCGA−3’;配列番号8)を介して、Human α−Tubulin遺伝子(配列番号9)と連結している。
【0096】
分子設計は、ターゲット配列の位置(Target sequence)に基づいて設計した。具体的には、スリッピングを起こす最後の元のコドンの位置から6塩基のスペーサー塩基を挟んで、ステムループのAxisの底に当たる2塩基以降に、ターゲット配列を十数塩基設計した。ターゲット配列は、移動してきたリボソームの進行を阻害し、力学的に1塩基のスリッピングを前方の配列で起こす、十分な結合をフレームシフト用核酸分子との間に有するものとし、−1方向の塩基のスリッピングを引き起こした後は、翻訳を再開し、フレームシフト分子をmRNAから引き剥がす位の結合の緩さも同時に有するものとした。このために、ターゲット配列は十数塩基であることが好ましく、ターゲット配列に結合する部分がフレームシフト用核酸分子の他の部分と結合及び相互作用してステムループ構造を崩さない位の長さに設定した。実験的に、ターゲット配列は10塩基から13塩基程度の長さにし、RNAの2次構造予測プログラムであるCentroidFoldにて、ステムループの基本構造が崩れていないことを確認しながら、鎖長を調整し、最も構造的に安定したフレームシフト用核酸分子として設計した。結果として、ターゲット配列に対するフレームシフト用核酸分子は、より安定した分子構造を有すると推測された。
【0097】
理論的には、設計したフレームシフト用核酸分子が−1のフレームシフトをターゲット配列近傍で引き起こすことにより、EGFP遺伝子配列とヒトα−Tubulin遺伝子配列との境界付近にPTCが発生し、143Btk−骨肉腫細胞内でα−Tubulinタンパク質を失ったEGFP蛍光タンパク質のみが発現する。ただし、pEGFP−Tubベクターから発現する蛍光タンパク質のpre−mRNAの構造はシングルエクソンであるので、後述する例3にあるように、細胞内mRNA品質管理システムであるNMD(Nonsense−mediated mRNA decay:ナンセンス変異依存mRNA分解機構)を作動させることはない。すなわち、EGFP遺伝子のmRNA発現は依然として存在する。
【0098】
ターゲット配列に対するフレームシフト用核酸分子として「Stem38egfp(CG)」(配列番号1)を設計した。また、Stem38egfp(CG)に配列及び構造が類似しており、かつEGFP遺伝子をターゲットとしない「acGFP2」(配列番号6)を設計した。Stem38egfp(CG)及びacGFP2の構造をそれぞれスキーム(V)及び(VI)に示す。
【0099】
【化5】
スキーム(V)
【0100】
【化6】
スキーム(VI)
【0101】
各核酸分子について、TEバッファーを用いて100μMに調製して、核酸分子溶液を作製した。
【0102】
4.フレームシフトの誘導
6ウェルプレートの各ウェルに、試験細胞株を播いた後、37℃、5%CO
2条件下で、2日間培養した。コンフルエンシー80%に達した後、各ウェルの培地を、各核酸分子及びトランスフェクション試薬(「Lipofectamine2000」)を混合して添加したOpti−MEM(登録商標)(Thermo Fisher Scientific社)に置換した。このOpti−MEMで細胞を6時間のトランスフェクション処理に供した後、6ウェルプレートを37℃、5%CO
2条件下で、48時間インキュベートする薬剤処理に供した後、アッセイに供した。
【0103】
なお、各核酸分子及びトランスフェクション試薬を添加せずにOpti−MEMのみを用いた試験群を無処理(Untreated:Unt)群とし;各核酸分子を添加せずにトランスフェクション試薬のみを添加したOpti−MEMを用いた試験群をモック(Mock)群とし;ターゲット配列を標的とする分子「Stem39egfp(GC)」を用いた試験群をP群とし;及びEGFP遺伝子を標的としない「acGFP2」を用いた試験群をNC(Negative Control)群として、5つの試験群を用意した。P群及びNC群において、Opti−MEM中の各核酸分子の最終濃度は40nMとなるようにした。
【0104】
トランスフェクション処理後、各ウェルの培地を15%FCS添加DMEMに置換して、6ウェルプレートを、37℃、5%CO
2条件下で、48時間インキュベートした。インキュベート後、各ウェルの細胞を蛍光顕微鏡「BZ−X9000」(キーエンス社)を用いて観察して、pEGFP−Tubベクターから転写及び翻訳して、ステイブルに発現する緑色の蛍光タンパク質を確認した。
【0105】
5.フレームシフトの誘導評価
各試験群の細胞について、蛍光顕微鏡により観察した結果を
図2に示す。
図2に示すとおり、Unt群、Mock群及びNC群においては、細胞内において、核を除く細胞質にて、ヒトα−Tubulinタンパク質融合EGFPタンパク質が細胞骨格に沿って配向したことによる蛍光を確認した。それに対して、P群では、細胞内において、拡散して滲んだような弱い蛍光を確認した。
【0106】
以上の観察結果より、P群で用いた核酸分子Stem38egfp(CG)は、−1フレームシフトを誘導したこと;これにより読み枠が変わって、EGFP−ヒトα−Tubulin融合タンパク質から、足場タンパク質であるヒトα−Tubulinが欠損し、配向性を失ったEGFPタンパク質が細胞内にランダムに拡散したこと;蛍光が弱かったことから、発現したEGFPタンパク質は、正常なアミノ酸配列から、ORFのシフトが生じた部分からアミノ酸配列が変わり、全体として蛍光が弱くなるようなアミノ酸配列を有するものになったことがわかった。
【0107】
[例2.DHFR遺伝子のORFの−1フレームシフト評価]
1.評価の概要
2種類のジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)遺伝子を含むDNA断片を用いて、in vitro無細胞翻訳系により、ORFの−1フレームシフトを検証した。
【0108】
大腸菌由来のDHFR遺伝子(配列番号10)のCDSを
図3に示す。第1のDNA断片であるDHFRは、DHFR遺伝子の開始コドン(ATG)の上流にT7プロモーター及びリボソーム結合サイト(SD配列)を配置して含む。
【0109】
DHFRを用いて転写及び翻訳すると、正常なDHFRタンパク質が得られる。一方、−1フレームシフトが起きた場合、読み枠が変わり、
図3において示した−1ストップコドン(PTC)が生じて翻訳が終了し、PTC前までの不完全な長さのDHFRタンパク質が得られる。
【0110】
第2のDNA断片であるDHFR−Hisは、第1のDNA断片を鋳型として、T7プロモーター上流の配列の一部及びT7プロモーター配列の一部に相補的なフォワードプライマー「Primer DHFR−His_Fw」(配列番号11)と、DHFR遺伝子の途中の「3’Reverse PCR primer binding site」(
図3)に相補的なリバースプライマー「Primer DHFR−His_Rv」(配列番号12)とを用いたPCRにより得られるDNA断片である。リバースプライマーのヌクレオチド配列を
図4Aに示す。
【0111】
図4Aに示すとおり、Primer DHFR−His_Rvには、−1フレームシフトによってHisタグが生じるような配列構成をしている。通常、DHFR−Hisを用いて転写及び翻訳すると、リバースプライマーの3’側にあるストップコドン(TAA、TAG)まで翻訳が進み、ヒスチジン(His)タグを含まないタンパク質が得られる。一方、−1フレームシフトが起きた場合、読み枠が変わり、−1ストップコドン(TAA)にて翻訳が終了し、C末端にHisタグを有するタンパク質が得られる。
【0112】
以上のとおり、DHFR及びDHFR−Hisを用いれば、−1フレームシフトの有無により、それぞれ異なるタンパク質が得られる。
図4Bに、DHFRタンパク質のアミノ酸配列(配列番号13)及びDHFR−Hisタンパク質のアミノ酸配列(配列番号14)を示す。このようなDNA断片を用いて、再構成無細胞翻訳系により、人工的に設計した核酸分子がDHFR遺伝子中のターゲット配列に結合し、本来のORFを−1だけシフトすると、合成されるタンパク質のアミノ酸配列が変化し、−1フレームシフトが検出可能となる。
【0113】
2.フレームシフト用核酸分子の作製
ターゲット配列の設定は、容易に−1のslippageを起こすと予測された場所の近傍を選択した。
図3にDHFR遺伝子上のターゲット配列の位置(Target sequence)を示す。
【0114】
上記したとおり、DHFR−Hisが転写及び翻訳された場合、−1フレームシフトが起これば、最初に現れる終止コドン(−1 Stop codon(PTC))の位置の直前から、C末端にてHisタグが融合した約9.6kDaのタンパク質が合成されると推測される。安定した分子構造を有するフレームシフト用核酸分子を「Stem39dhfr(GC)」(配列番号2)とした。Stem39dhfr(GC)の構造をスキーム(VII)に示す。
【0115】
【化7】
スキーム(VII)
【0116】
3.フレームシフトの誘導
in vitro無細胞翻訳キットとして、「PUREfrex(登録商標)2.0」(コスモ・バイオ社)を用いた。DHFRは、キットに付属する「DHFR DNA」を用いた。DHFR−Hisは、DHFRを鋳型として、DHFR−His_Fw及びDHFR−His_Rvを用いて、常法に従ってPCRを実施し、得られたPCR産物を精製することにより得られた。
【0117】
使用したキットの反応液の組成を表1に示す。ここで、サンプル溶液は、表2に示すものを用いた。
【0118】
【表1】
【0119】
【表2】
【0120】
Negative Control(NC)には、サンプル溶液として蒸留水(ddH
2O)を用いた(試験群1)。Positive Control(PC)には、サンプル溶液としてDHFR遺伝子の全長を有するDHFRを含む溶液を用いた(試験群2)。フレームシフト反応系1には、サンプル溶液としてフレームシフト用核酸分子であるStem39dhfr(GC)及びDHFRの両方を含む溶液を用いた(試験群3)。フレームシフト反応系2には、サンプル溶液としてStem39dhfr(GC)、並びにDHFR遺伝子の一部及び−1フレームシフトによってHisタグを有するように設計されているDHFR−Hisの両方を含む溶液を用いた(試験群4)。Positive Negative Control(PN)には、サンプル溶液としてDHFR−Hisのみを含む溶液を用いた(試験群号5)。サンプル溶液において、Stem39dhfr(GC)は、反応液(20μl)中の濃度が500nMとなるように調製した。同様に、サンプル溶液において、DHFR及びDHFR−Hisは、反応液(20μl)中の量がそれぞれ20μg及び60μgとなるように調製した。
【0121】
各反応液をサーマルサイクラー用のチューブに入れて、4時間、37℃にて、サーマルサイクラーを用いてタンパク質合成反応に供した。
【0122】
試験群1〜3の反応済み溶液20μLに、ddH
2O 20μLを加えて2倍希釈した。得られた希釈溶液に、10vol% β−メルカプトエタノールの入った4×SDSサンプルバッファー 13.3μLを添加したものを、95℃、5分間で加熱して、タンパク質を熱変性させた。
【0123】
試験群4及び5の反応済み溶液 20μLには、Hisタグ融合タンパク質精製キット「Capturem
TM His−tagged Purification Miniprep Kit」(クロンテック社)に付属のxTractorバッファー 275μLを加えて、約300μLの溶液Aを調製した。調製した溶液Aを、平衡化したHisタグ融合タンパク質吸着カラムに加えた。カラムの平衡化は、xTractorバッファーを入れ、9,800gにて、1分45秒間遠心することにより実施した。
【0124】
溶液Aを加えたカラムを、9,800gにて、1分45秒間遠心し、得られた上清を「Lysate」として回収した。次いで、カラムにwashバッファー 300μLを入れて、9,800gにて、1分45秒間遠心し、得られた上清を「Wash」として回収した。次いで、カラムからHisタグ融合タンパク質を溶出させるために、カラムにelutionバッファー 300μLを入れて、9,800g、1分45秒間にて遠心し、得られた上清を「Elution1」として回収した。次いで、同様の操作を実施することにより、「Elution2」を回収した。
【0125】
回収した各溶液 150μLあたり、4×SDSサンプルバッファー 45μLを加えて混合し、次いで50μLごとに分注した。分注した溶液をチューブに入れて、サーマルサイクラーにて95℃、5分間にてタンパク質を熱変成させた。熱変成させたタンパク質サンプルを−20℃にて保存した。
【0126】
試験当日、凍結保存していた熱変成させたタンパク質サンプルを、「Lysate」、「Wash」、「Elution1」及び「Elution2」ごとに1.5mLチューブにまとめた。次いで、各サンプル溶液の全量を、フィルターカラム「Amicon(登録商標)
Ultra−0.5(3k)」(Max Volume 500μL;メルク・ミリポア社)に入れて、12,000g、約45分間にて遠心した。次いで、フィルターカラムを逆さまにして、12,000g、2分間にて遠心し、濃縮されたタンパク質サンプルをフィルターカラムから回収した。回収した濃縮タンパク質サンプルの全量(45μL)を、タンパク質電気泳動用ポリアクリルアミドゲル「10−20% Criterion
TM TGX
TMプレキャストゲル」(バイオ・ラッド社)の各ウェルにアプライした。同様に、試験群1〜3の熱変成タンパク質サンプルの全量を各ウェルにアプライした。各タンパク質サンプルをアプライしたゲルを、200V、50分間の電気泳動処理に供した。各ウェルにアプライしたタンパク質サンプルの配置は表3のとおりになる。なお、分子量マーカー(M)には、「プレシジョンPlusプロテインデュアルエクストラスタンダード」(バイオ・ラッド社;製品番号1610377)を用いた。
【0127】
【表3】
【0128】
電気泳動後のゲルを、クマシー色素タンパク質ゲル染色試薬「Simply Blue Safe Stein」(Thermo Fisher Scientific社)を用いて染色し、バンドを可視化した。
【0129】
4.フレームシフトの誘導評価
ゲル染色後の結果を
図5A〜
図5Cに示す。
図5Aは、染色後のゲル全体を撮影した図である。
図5Bは、
図5Aのうち、TEST2 Elution1及びElution2のHisタグ化DHFRタンパク質が現れた箇所を拡大した図である。
図5Cは、
図5Aのうち、NC、PC及びTEST1のDHFRタンパク質及びDHFRタンパク質断片が現れた箇所を拡大した図である。
【0130】
DHFR−His及びフレームシフト用核酸分子Stem39dhfr(GC)を加えた反応液(TEST2)によるLane6(TEST2 Elution1)及びLane7(TEST2 Elution2)にて、Hisタグ融合タンパク質のバンドが認められた。特に、Lane6にて、明瞭なバンドが認められた。それに対して、DHFR−Hisのみを加えて、フレームシフト用核酸分子Stem39dhfr(GC)を加えなかった反応液(PN)によるLane11(PN Elution1)及びLane12(PN Elution2)では、Hisタグ融合タンパク質が合成されているならば出現したであろう位置にバンドは認められなかった。
【0131】
以上の結果から、フレームシフト用核酸分子Stem39dhfr(GC)は、DHFR−Hisが翻訳される際に、ORFの−1フレームシフトが起こり、その結果としてHisタグ融合タンパク質が合成されたことが実証された。
【0132】
一方、DHFRのみを加えた反応液(PC)によるLane2と同様に、フレームシフト用核酸分子Stem39dhfr(GC)分子の両方を加えた反応液(TEST1)によるLane3(TEST1)では、DHFRタンパク質の全長によるバンドが認められた。しかし、Lane3では、DHFRタンパク質の部分断片(truncated DHFRタンパク質)によるバンドが色濃く認められた。
【0133】
以上の結果より、フレームシフト用核酸分子Stem39dhfr(GC)分子によって、ORFの−1フレームシフトが生じ、本来のDHFR遺伝子配列に存在しない終止コドン、すなわち、PTCが出現したことによって、翻訳が途中で停止したことが実証された。
【0134】
これらの結果は、人工的に設計したフレームシフト用核酸分子によって、人工的に−1フレームシフトを起こすことが可能であることが証明された。
【0135】
[例3.ジストロフィン遺伝子のORFの−1フレームシフト評価]
1.評価の概要
エクソンなどを欠失したことによりORFがずれ、アウトオブフレームになったmRNAのORFの途中にPTC(早期終止コドン)が発生することで、mRNAの品質管理システムであるNMD(Nonsense−mediated mRNA decay:ナンセンス変異依存mRNA分解機構)が誘導され、PTCを有するmRNAが積極的に分解される。
【0136】
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)では、エクソンの数が79個あるジストロフィン遺伝子(HGNC ID HGNC:2928,Chromosomal location:Xp21.2−p21.1)について、一部のエクソンが欠失し、PTCを有するmRNAが生じて分解されるために、ジストロフィンタンパク質が合成されずに発症する。そこで、DMDなどの遺伝子疾患患者由来の生細胞内において、フレームシフト用核酸分子を用いて、ORFの−1フレームシフトを人為的に引き起こすことができれば、NMDを回避して分解されないような、比較的長大なジストロフィンタンパク質を合成できる。
【0137】
本例では、ジストロフィン遺伝子のうち、エクソン45〜エクソン50を欠失したデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者由来の線維芽細胞に、ジストロフィンmRNAをターゲットとするように分子設計した治療分子であるフレームシフト用核酸分子をトランスフェクションし、ORFの−1フレームシフトを誘発した。−1フレームシフトが生じたことで、ジストロフィンmRNAのリボソーム翻訳時のアウトオブフレームをインフレームに修正し、ジストロフィン遺伝子のmRNAの発現量の増大を確認することにより、生細胞内における−1フレームシフト及びそれによる遺伝病の治療の可能性を実証した。
【0138】
2.試験細胞株
DMD患者由来の線維芽細胞であるGM03429は、ジストロフィン遺伝子のエクソン45からエクソン50までの6エクソン(871塩基=290×3+1塩基)を欠失した変異ジストロフィン遺伝子を有する。健常者由来の線維芽細胞であるGM05118は、正常なジストロフィン遺伝子を有する。GM03429及びGM05118は、Coriell Institute for Medical Researchから入手した。
【0139】
3.フレームシフト用核酸分子の作製
変異ジストロフィン遺伝子は、エクソン45〜エクソン50を欠失していることにより、エクソン44の3’末端(AAG)とエクソン51の5’末端(CTC)とが直接的に連結した配列となっている。この両末端のAAGとCTCとの間をブレイクポイント(Breakpoint)とした。
【0140】
変異ジストロフィン遺伝子のエクソン44とエクソン51との間のブレイクポイントの近傍にて、3種類のターゲット配列としてPosition1、Position2及びPosition3を設定し、それぞれに対してフレームシフト用核酸分子「P1Stem38dmd45−50(GC)」(配列番号3)、「P2Stem39dmd45−50(CG)」(配列番号4)及び「P3Stem39dmd45−50(CG)」(配列番号5)を設計及び作製した。設計したフレームシフト用核酸分子について、「CentroidFold」にて計算し、安定性を確認した。Position1、Position2及びPosition3のターゲット配列を
図6A〜
図6Cに示す。また、P1Stem38dmd45−50(GC)、P2Stem39dmd45−50(CG)及びP3Stem39dmd45−50(CG)の構造をそれぞれスキーム(VIII)〜(X)に示す。
【0141】
【化8】
スキーム(VIII)
【0142】
【化9】
スキーム(IX)
【0143】
【化10】
スキーム(X)
【0144】
4.細胞培養
試験細胞株(GM03429及びGM05118)は、15%FCS及びAntibiotic Antimycoticを添加したDMEMにて、37℃、5%CO
2の条件下で、6ウェルプレートにて継代培養した。培養後、それぞれの細胞を回収した。
【0145】
5.フレームシフトの誘導及びcDNAの合成
回収した試験細胞株を、96ウェルプレートの各ウェルに播いた後、37℃、5%CO
2条件下で、2日間培養した。コンフルエンシー90%を確認後、各ウェルの培地を、各核酸分子及びトランスフェクション試薬(「Lipofectamine2000」)を混合して添加したOpti−MEM(登録商標)(Thermo Fisher Scientific社)に置換した。6時間後、通常のDMEMに交換し、トランスフェクション処理後、96ウェルプレートを37℃、5%CO
2条件下で、48時間の薬剤処理に供した。
【0146】
なお、試験細胞株をGM03429として、各核酸分子及びトランスフェクション試薬を添加せずにOpti−MEMのみを用いた試験群を無処理(Untreated:Unt)群(n=1)とし;各核酸分子を添加せずにトランスフェクション試薬のみを添加したOpti−MEMを用いた試験群をモック(Mock)群(n=6)とし;Position1を標的とする分子「P1Stem38dmd45−50(GC)」を用いた試験群をP1群(n=3)とし;Position2を標的とする分子「P2Stem39dmd45−50(CG)」を用いた試験群をP2群(n=3)とし;及びPosition3を標的とする分子「P3Stem39dmd45−50(CG)」を用いた試験群をP3群(n=3)として、5つの試験群を用意した。また、試験細胞株をGM05118として、各核酸分子及びトランスフェクション試薬を添加せずにOpti−MEMのみを用いた試験群を野生株(Wild type:WT)群(n=2)とした。P1群、P2群及びP3群において、Opti−MEM中の各核酸分子の最終濃度は40nMとなるようにした。
【0147】
トランスフェクション終了後、回収した各ウェルの細胞について、cDNA合成キット「SuperScript
TM III CellsDirect cDNA Synthesis System」(Thermo Fisher Scientific社)を用いて、細胞を溶解し、得られたライセートにおけるtotal RNAを逆転写反応に供して、cDNAを生成した。
【0148】
6.qPCRによるジストロフィンmRNAの定量
ジストロフィンmRNAの定量は、リアルタイムPCR「TaqMan(登録商標) Gene Expression Master Mix」及び「TaqMan(登録商標) Gene Expression Assay」(ともにThermo Fisher Scientific社)及びリアルタイムPCR装置「TaKaRa PCR Thermal Cycler Dice Real Time System II」を使用して、ΔΔCT法によりqPCRを行なった。内在性コントロールはGAPDH遺伝子を使用して、その発現量に対するジストロフィンmRNAの発現量を相対量として算出した。
【0149】
4.フレームシフトの誘導評価
各試験群について、GAPDHのmRNA発現量に対するジストロフィンmRNA発現レベルの相対量をグラフ化したものを
図7に示す。
【0150】
無処理群(Unt)のジストロフィン遺伝子のmRNAの発現量は、正常線維芽細胞を用いたWT群に比べ、低い発現レベルであった。同様に、トランスフェクション試薬のみを培地に加えたMock群では、非常に低い発現レベルであった。これらの試験群では、エクソンの欠失によりPTCを有することになったジストロフィンmRNAが、mRNAの品質管理機構によって捕捉され、NMDにより分解されたことを示唆する。
【0151】
それに対して、Position1、Position2及びPosition3に対するフレームシフト用核酸分子P1Stem38dmd45−50(GC)、P2Stem39dmd45−50(CG)及びP3Stem39dmd45−50(CG)を用いたP1群、P2群及びP3群では、いずれの核酸分子を導入したDMD患者由来線維芽細胞においても、ジストロフィンmRNA発現の増加が認められた。これらの結果から、フレームシフト用核酸分子がmRNAに結合及び作用して、ORFがリボソームで翻訳される際に、ORFのアウトオブフレームをインフレームにしたことにより、NMDが回避されたと考えられる。なお、Position2に対するフレームシフト用核酸分子P2Stem39dmd45−50(CG)を用いる場合、軸(Axis)の前でUAAの早期終止コドン(PTC)が生じる。また、Position3に対するフレームシフト用核酸分子P3Stem39dmd45−50(CG)を用いる場合、軸(Axis)の前及びターゲット配列の後にUAAのPTCが生じる。これにより、P1群に比べると、P2群及びP3群のmRNA量が減った可能性がある。しかし、P2群及びP3群は、Mock群に比べると、mRNA量が多かったことから、これらの群で用いたフレームシフト用核酸分子によってNMDを回避することができたと考えられる。NMDはPTCの発生のみによって誘導されるわけではない、という知見は、本発明者によって初めて見出された驚くべき知見である。
【0152】
以上の結果より、フレームシフト用核酸分子を用いることにより、NMDを回避するなどして、ジストロフィンmRNAが分解することなく発現が維持されたことがわかる。このように、DMD患者由来線維芽細胞において、非常に低い発現レベルのジストロフィン遺伝子のmRNAが、フレームシフト用核酸分子により発現がみられるようになったということは、非常に驚くべきことである。そして、この事象は、フレームシフト用核酸分子がDMDの治療に有用であることに直結する。
【0153】
以上のとおり、ジストロフィンmRNAが分解され、ジストロフィンタンパク質がほとんど産生されないことで起こるDMDに対して、−1フレームシフトを誘導するように人工的に設計したフレームシフト用核酸分子は、DMD、すなわち、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの有効な治療法となり得る。
【0154】
また、ジストロフィン遺伝子のエクソン45〜エクソン50が欠失したことに起因するデュシェンヌ型筋ジストロフィーように、+1のORFのずれによって引き起こされるその他の遺伝子疾患もまた、−1フレームシフトを誘導するフレームシフト用核酸分子を用いれば治療することができる。
【0155】
その一方で、細胞内で機能しているターゲット遺伝子のmRNAのORFを−1フレームシフトさせて、不正な翻訳を発生させ、さらにPTCを意図的にmRNA上に発生させることによって、NMDを発動させてmRNAの分解を促すことにより、mRNAの発現を低減すること、機能的な遺伝子産物を機能が消失した断片的な遺伝子産物(truncated protein)に変換すること、これらの結果として細胞内でのターゲット遺伝子の機能を無効化することが可能である。
【0156】
このように様々な遺伝子に対して設計可能なフレームシフト用核酸分子は、例えば、癌細胞に特異的に発現する遺伝子の機能を無効化することなどにより、癌の治療、生体に有害なタンパク質が発現することで引き起こされる優性遺伝病などの治療にも使用可能である。
【0157】
配列表に記載の配列は以下のとおりである:
[配列番号1]Stem38egfp(CG)
CGCUGCCGUCCCCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGG
[配列番号2]Stem39dhfr(GC)
CCGAUUGAUUCCGCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGC
[配列番号3]P1Stem38dmd45−50(GC)
GUAACAGUCUGGCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGC
[配列番号4]P2Stem39dmd45−50(CG)
CUGAGUAGGAGCCCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGG
[配列番号5]P3Stem39dmd45−50(CG)
UACCAUUUGUAUGCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGC
[配列番号6]acGFP2
CGAUGCCGGUGCCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGG
[配列番号7]EGFP遺伝子
ATGGTGAGCAAGGGCGAGGAGCTGTTCACCGGGGTGGTGCCCATCCTGGTCGAGCTGGACGGCGACGTAAACGGCCACAAGTTCAGCGTGTCCGGCGAGGGCGAGGGCGATGCCACCTACGGCAAGCTGACCCTGAAGTTCATCTGCACCACCGGCAAGCTGCCCGTGCCCTGGCCCACCCTCGTGACCACCCTGACCTACGGCGTGCAGTGCTTCAGCCGCTACCCCGACCACATGAAGCAGCACGACTTCTTCAAGTCCGCCATGCCCGAAGGCTACGTCCAGGAGCGCACCATCTTCTTCAAGGACGACGGCAACTACAAGACCCGCGCCGAGGTGAAGTTCGAGGGCGACACCCTGGTGAACCGCATCGAGCTGAAGGGCATCGACTTCAAGGAGGACGGCAACATCCTGGGGCACAAGCTGGAGTACAACTACAACAGCCACAACGTCTATATCATGGCCGACAAGCAGAAGAACGGCATCAAGGTGAACTTCAAGATCCGCCACAACATCGAGGACGGCAGCGTGCAGCTCGCCGACCACTACCAGCAGAACACCCCCATCGGCGACGGCCCCGTGCTGCTGCCCGACAACCACTACCTGAGCACCCAGTCCGCCCTGAGCAAAGACCCCAACGAGAAGCGCGATCACATGGTCCTGCTGGAGTTCGTGACCGCCGCCGGGATCACTCTCGGCATGGACGAGCTGTACAAG
[配列番号8]リンカー
TCCGGACTCAGATCTCGA
[配列番号9]α−Tubulin遺伝子(Homo sapiens)
GTGCGTGAGTGCATCTCCATCCACGTTGGCCAGGCTGGTGTCCAGATTGGCAATGCCTGCTGGGAGCTCTACTGCCTGGAACACGGCATCCAGCCCGATGGCCAGATGCCAAGTGACAAGACCATTGGGGGAGGAGATGACTCCTTCAACACCTTCTTCAGTGAGACGGGCGCTGGCAAGCACGTGCCCCGGGCTGTGTTTGTAGACTTGGAACCCACAGTCATTGATGAAGTTCGCACTGGCACCTACCGCCAGCTCTTCCACCCTGAGCAGCTCATCACAGGCAAGGAAGATGCTGCCAATAACTATGCCCGAGGGCACTACACCATTGGCAAGGAGATCATTGACCTTGTGTTGGACCGAATTCGCAAGCTGGCTGACCAGTGCACCGGTCTTCAGGGCTTCTTGGTTTTCCACAGCTTTGGTGGGGGAACTGGTTCTGGGTTCACCTCCCTGCTCATGGAACGTCTCTCAGTTGATTATGGCAAGAAGTCCAAGCTGGAGTTCTCCATTTACCCAGCACCCCAGGTTTCCACAGCTGTAGTTGAGCCCTACAACTCCATCCTCACCACCCACACCACCCTGGAGCACTCTGATTGTGCCTTCATGGTAGACAATGAGGCCATCTATGACATCTGTCGTAGAAACCTCGATATCGAGCGCCCAACCTACACTAACCTTAACCGCCTTATTAGCCAGATTGTGTCCTCCATCACTGCTTCCCTGAGATTTGATGGAGCCCTGAATGTTGACCTGACAGAATTCCAGACCAACCTGGTGCCCTACCCCCGCATCCACTTCCCTCTGGCCACATATGCCCCTGTCATCTCTGCTGAGAAAGCCTACCATGAACAGCTTTCTGTAGCAGAGATCACCAATGCTTGCTTTGAGCCAGCCAACCAGATGGTGAAATGTGACCCTCGCCATGGTAAATACATGGCTTGCTGCCTGTTGTACCGTGGTGACGTGGTTCCCAAAGATGTCAATGCTGCCATTGCCACCATCAAAACCAAGCGCAGCATCCAGTTTGTGGATTGGTGCCCCACTGGCTTCAAGGTTGGCATCAACTACCAGCCTCCCACTGTGGTGCCTGGTGGAGACCTGGCCAAGGTACAGAGAGCTGTGTGCATGCTGAGCAACACCACAGCCATTGCTGAGGCCTGGGCTCGCCTGGACCACAAGTTTGACCTGATGTATGCCAAGCGTGCCTTTGTTCACTGGTACGTGGGTGAGGGGATGGAGGAAGGCGAGTTTTCAGAGGCCCGTGAAGATATGGCTGCCCTTGAGAAGGATTATGAGGAGGTTGGTGTGGATTCTGTTGAAGGAGAGGGTGAGGAAGAAGGAGAGGAATACTAA
[配列番号10]DHFR遺伝子(Escherichia coli)
ATGATCAGTCTGATTGCGGCGTTAGCGGTAGATCGCGTTATCGGCATGGAAAACGCCATGCCGTGGAACCTGCCTGCCGATCTCGCCTGGTTTAAACGCAACACCTTAAATAAACCCGTGATTATGGGCCGCCATACCTGGGAATCAATCGGTCGTCCGTTGCCAGGACGCAAAAATATTATCCTCAGCAGTCAACCGGGTACGGACGATCGCGTAACGTGGGTGAAGTCGGTGGATGAAGCCATCGCGGCGTGTGGTGACGTACCAGAAATCATGGTGATTGGCGGCGGTCGCGTTTATGAACAGTTCTTGCCAAAAGCGCAAAAACTGTATCTGACGCATATCGACGCAGAAGTGGAAGGCGACACCCATTTCCCGGATTACGAGCCGGATGACTGGGAATCGGTATTCAGCGAATTCCACGATGCTGATGCGCAGAACTCTCACAGCTATTGCTTTGAGATTCTGGAGCGGCGGTAA
[配列番号11]Primer DHFR−His_Fw
GAAATTAATACGACTC
[配列番号12]Primer DHFR−His_Rv
ATCCATTTAATTAGTGGTGATGGTGATGATGTCCACCGACTTCACCCACG
[配列番号13]DHFRタンパク質
MISLIAALAVDRVIGMENAMPWNLPADLAWFKRNTLNKPVIMGRHTWESIGRPLPGRKNIILSSQPGTDDRVTWVKSVDEAIAACGDVPEIMVIGGGRVYEQFLPKAQKLYLTHIDAEVEGDTHFPDYEPDDWESVFSEFHDADAQNSHSYCFEILERR
[配列番号14]DHFR−Hisタンパク質
MISLIAALAVDRVIGMENAMPWNLPADLAWFKRNTLNKPVIMGRPYLGINRSSVARTQKYYPQQSTGYGRSRNVGEVGGHHHHHH
[配列番号15]第1のステム部分
CCGCAUUA
[配列番号16]第2のステム部分
UAGUGUGG
[配列番号17]ステムループ構造1
CCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGG
[配列番号18]ステムループ構造2
GCGCAUUACCCCCCCCCCCUAGUGUGC