特許第6953617号(P6953617)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6953617
(24)【登録日】2021年10月1日
(45)【発行日】2021年10月27日
(54)【発明の名称】塗膜剥離組成物及び塗膜の剥離方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 9/00 20060101AFI20211018BHJP
   C11D 7/44 20060101ALI20211018BHJP
   C11D 7/26 20060101ALI20211018BHJP
   B05D 3/12 20060101ALI20211018BHJP
   B05D 3/00 20060101ALI20211018BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20211018BHJP
【FI】
   C09D9/00
   C11D7/44
   C11D7/26
   B05D3/12 E
   B05D3/00 D
   B05D7/24 302C
   B05D7/24 302R
   B05D7/24 302V
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2020-507122(P2020-507122)
(86)(22)【出願日】2019年8月26日
(86)【国際出願番号】JP2019033359
(87)【国際公開番号】WO2020045361
(87)【国際公開日】20200305
【審査請求日】2020年2月7日
(31)【優先権主張番号】特願2018-161505(P2018-161505)
(32)【優先日】2018年8月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000135265
【氏名又は名称】株式会社ネオス
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 嵩大
【審査官】 井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−330660(JP,A)
【文献】 特開平11−148032(JP,A)
【文献】 特表2003−505528(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/052004(WO,A1)
【文献】 特表2002−501104(JP,A)
【文献】 特表2002−502450(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00−201/10
B05D 1/00− 7/26
C11D 1/00− 19/00
E04G23/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水、芳香族基を有するアルコール、芳香族基を有するエーテル及び少なくとも1種のセルロース誘導体を含み、pHが5〜9であり、下記の(i)〜(viii)を全て満たし、
塩基性化合物、酸性化合物、芳香族炭化水素溶媒、テルペンのいずれも含有しない塗膜剥離組成物(但し、無機粘土増粘剤を含むものを除く)
(i) 5℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η1が、80,000〜500,000 mPa・sの範囲内にある;
(ii) 5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2が200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(iii) 25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3が、20,000〜200,000 mPa・sの範囲内にある;
(iv) 25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4が、200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(v) せん断速度0.1 s-1の時の温度変化率η1/η3が1.5〜5.0の範囲内にある;
(vi) せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率η2/η4が0.85〜2.0の範囲内にある;
(vii) 25℃でのチクソ比η3/η4が50〜1,000の範囲内にある;及び
(viii) 5℃でのチクソ比η1/η2が100〜1,000の範囲内にある。
【請求項2】
芳香族基を有するアルコールと芳香族基を有するエーテルの総和は、塗膜剥離組成物全体の30〜85質量%である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
セルロース誘導体がメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ブチルセルロース及びプロピルセルロースからなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
セルロース誘導体の含有量が全体量の0.8〜3質量%である請求項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の塗膜剥離組成物を塗膜に塗布し、塗膜を剥離することを特徴とする塗膜の剥離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼構造物、建築物、車両、航空機などの旧塗膜の剥離工程で用いられる塗膜剥離組成物及び塗膜の剥離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼道路橋をはじめとする鋼構造物は美観・意匠・防錆などの目的で塗装が施されているが経年劣化により塗替作業が必要となる。この塗替作業は定期的に実施するためコストが嵩む傾向にある。そこで、これら鋼構造物のLCC(ライフサイクルコスト)を低減させる目的でこれまでの一般的な塗装系から重防食塗装系に塗替が進められているが、重防食塗装系を適用するには旧塗膜を全面剥離する必要がある。過去に塗られていた一般塗装系には鉛、クロム、PCBなどの有害物質を含んでおり、ブラスト処理や動力工具処理などの物理工法での剥離手法は有害物質を含む粉じんを発生させ、作業者への健康障害、周辺環境への影響など社会問題となっている。一方、塗膜剥離剤を使用した化学的な剥離工法では、塗膜剥離剤を剥離対象塗膜に塗布し旧塗膜を軟化膨潤させ湿潤状態で剥離できることから有害物質を含む粉じんを発生させることのない有効な手法として注目を集めている。
【0003】
同様に建築物にも美観・意匠・建物の保護の目的で塗装が施されている。旧来、建築物に使用されていた塗膜にはアスベストを含有するものを使用されていた事例があり、塗替や建物解体時にアスベストを含む粉じんの発生が懸念されており、こちらの分野においても粉じんを発生させることなく旧塗膜を剥離できる塗膜剥離剤に注目が集まっている。
【0004】
塗膜剥離剤は大きく分けて、ジクロロメタン等の塩素系溶剤を用いた溶剤型塗膜剥離剤(特許文献1)、複素環式化合物を利用した溶剤型塗膜剥離剤(特許文献2)が挙げられる。塩素系溶剤を使用した溶剤系塗膜剥離剤は、剥離性能が高く、引火しないといったメリットがあるが、比較的短時間で揮発してしまうため効果の持続性に課題がある。また、塩素系溶剤には健康障害の懸念、特に発がんリスクがあり、法的規制もあることから使用が制限されている。複素環式化合物であるN-メチル-2-ピロリドンを主成分として、粘土鉱物系増粘剤を用いて増粘させた溶剤型塗膜剥離剤は、この溶剤以外に、二塩基酸エステル、脂肪酸エステル、ベンジルアルコール等を混合させた剥離剤である。これらの溶剤は、塩素系溶剤と比較して、沸点が高く揮発速度も緩やかであるため効果の持続性に期待が持てる。ただし、N-メチル-2-ピロリドンにおいても健康に対するリスク懸念が指摘されつつある。また、これらの溶剤系の剥離剤は引火点を有しており、火災予防の観点から、剥離剤の水系化に対する要求が高まっている。
【0005】
特許文献3は、エチルセルロース、エチルセルロースを膨潤可能な溶剤を含む油相、水溶性高分子を含む水相を含み、エチルセルロースと水溶性高分子により乳化安定性を有するW/O型乳化組成物を開示しているが、塗膜剥離についての記載はなく、化粧料として使用されている。
【0006】
特許文献4は、テルペン、芳香族炭化水素やアンモニアを配合しているため、これらの蒸発による臭気やアンモニアを吸引することによる健康障害が問題となっている。また、アンモニアを配合することにより強アルカリ性の溶液となるため、排水処理の問題が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−171076号公報
【特許文献2】特開平5−279607号公報
【特許文献3】特許第3549995号
【特許文献4】特開平10−330660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
水を含まない非塩素系の溶剤系塗膜剥離剤は、高い剥離性能を示すが、有機溶剤だけで構成されているため剥離剤に引火点が存在し、火災の危険性を指摘されている。また主溶剤として使用されているN-メチル-2-ピロリドンは健康障害のリスクが指摘されつつある。
【0009】
本発明の主な目的は塗膜剥離作業工程において、火災、健康障害等のリスクを低減し、溶剤系剥離剤と同等以上の剥離性を発揮することができる水系の塗布型塗膜剥離組成物及び塗膜の剥離方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の塗膜剥離組成物及び塗膜の剥離方法を提供する。
項1. 水、芳香族基を有するアルコール、芳香族基を有するエーテル及び少なくとも1種のセルロース誘導体を含み、pHが5〜9であり、下記の(i)〜(viii)の条件を全て満たし、
塩基性化合物、酸性化合物、芳香族炭化水素溶媒、テルペンのいずれも含有しない塗膜剥離組成物(但し、無機粘土増粘剤を含むものを除く)
(i) 5℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η1が、80,000〜500,000 mPa・sの範囲内にある;
(ii) 5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2が200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(iii) 25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3が、20,000〜200,000 mPa・sの範囲内にある;
(iv) 25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4が、200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(v) せん断速度0.1 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η1/η3が1.5〜5.0の範囲内にある;
(vi) せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η2/η4が0.85〜2.0の範囲内にある;
(vii) 25℃でのチクソ比η3/η4が50〜1,000の範囲内にある;及び
(viii) 5℃でのチクソ比η1/η2が100〜1,000の範囲内にある。
項2. 芳香族基を有するアルコールと芳香族基を有するエーテルの総和は、塗膜剥離組成物全体の30〜85質量%である、項1に記載の組成物。
項3. セルロース誘導体がメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ブチルセルロース及びプロピルセルロースからなる群から選ばれる少なくとも1種である、項1又は2に記載の組成物。
項4. セルロース誘導体の含有量が全体量の0.8〜3wt%である項1〜3のいずれか1項に記載の組成物。
項5. 項1〜4のいずれかに記載の塗膜剥離組成物を塗膜に塗布し、塗膜を剥離することを特徴とする塗膜の剥離方法。
【0011】
本発明は、以下の態様をも包含する。
項A.塗膜剥離に用いるための組成物:
水、芳香族基を有するアルコール、芳香族基を有するエーテル及び少なくとも1種のセルロース誘導体を含み、pHが5〜9であり、下記の(i)〜(viii)を全て満たし、
塩基性化合物、酸性化合物、芳香族炭化水素溶媒、テルペンのいずれも含有しない組成物(但し、無機粘土増粘剤を含むものを除く)
(i) 5℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η1が、80,000〜500,000 mPa・sの範囲内にある;
(ii) 5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2が200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(iii) 25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3が、20,000〜200,000 mPa・sの範囲内にある;
(iv) 25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4が、200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(v) せん断速度0.1 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η1/η3が1.5〜5.0の範囲内にある;
(vi) せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η2/η4が0.85〜2.0の範囲内にある;
(vii) 25℃でのチクソ比η3/η4が50〜1,000の範囲内にある;及び
(viii) 5℃でのチクソ比η1/η2が100〜1,000の範囲内にある。
項B.以下の組成物の、塗膜剥離剤としての使用:
水、芳香族基を有するアルコール、芳香族基を有するエーテル及び少なくとも1種のセルロース誘導体を含み、pHが5〜9であり、下記の(i)〜(viii)を全て満たし、
塩基性化合物、酸性化合物、芳香族炭化水素溶媒、テルペンのいずれも含有しない組成物(但し、無機粘土増粘剤を含むものを除く)
(i) 5℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η1が、80,000〜500,000 mPa・sの範囲内にある;
(ii) 5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2が200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(iii) 25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3が、20,000〜200,000 mPa・sの範囲内にある;
(iv) 25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4が、200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(v) せん断速度0.1 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η1/η3が1.5〜5.0の範囲内にある;
(vi) せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η2/η4が0.85〜2.0の範囲内にある;
(vii) 25℃でのチクソ比η3/η4が50〜1,000の範囲内にある;及び
(viii) 5℃でのチクソ比η1/η2が100〜1,000の範囲内にある。
項C.以下の組成物の、塗膜剥離剤を製造するための使用:
水、芳香族基を有するアルコール、芳香族基を有するエーテル及び少なくとも1種のセルロース誘導体を含み、pHが5〜9であり、下記の(i)〜(viii)を全て満たし、
塩基性化合物、酸性化合物、芳香族炭化水素溶媒、テルペンのいずれも含有しない組成物(但し、無機粘土増粘剤を含むものを除く)
(i) 5℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η1が、80,000〜500,000 mPa・sの範囲内にある;
(ii) 5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2が200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(iii) 25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3が、20,000〜200,000 mPa・sの範囲内にある;
(iv) 25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4が、200〜1,000 mPa・sの範囲内にある;
(v) せん断速度0.1 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η1/η3が1.5〜5.0の範囲内にある;
(vi) せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率(5℃/25℃)η2/η4が0.85〜2.0の範囲内にある;
(vii) 25℃でのチクソ比η3/η4が50〜1,000の範囲内にある;及び
(viii) 5℃でのチクソ比η1/η2が100〜1,000の範囲内にある。
【発明の効果】
【0012】
本発明の塗膜剥離組成物は、優れた塗膜剥離性能を有し、水を含有する事で火災リスクが大幅に減少できる。また、使用されるセルロース誘導体は乳化だけでなく増粘作用を有するため、組成物の塗布後に垂れにくくすることができる。さらに、組成物が塗膜に浸透した後に塗膜表面に皮膜を形成し、組成物の乾燥を抑制する事ができ、剥離時間の短縮に有用である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の塗膜剥離組成物は乳化組成物、好ましくは油中水型乳化組成物であり、(i)水、(ii)油相を構成する芳香族基を有するアルコールと芳香族基を有するエーテル、さらに(iii)乳化作用と増粘作用を有するセルロース誘導体を含む。
【0014】
本発明では、水系塗膜剥離剤の低温での剥離性向上のための種々の検討を行い、中性付近のpH5〜9において芳香族基を有するアルコールを主溶剤として、そこに芳香族基を有するエーテルを添加すると低温での剥離性が向上することを見出した。また、これらの芳香族エーテル系溶剤の代わりに、溶剤型の塗膜剥離剤でよく用いられていたN-メチル-2-ピロリドンや、二塩基酸エステル混合物、ケトン系溶剤を添加しても、特に低温での剥離性の向上に寄与しないことが判明した。以下の好ましい粘度範囲にある塗膜剥離剤組成物は、刷毛、ローラー、エアレススプレー等での作業性に優れ、なおかつ垂直面に塗布した後、垂れずに薬剤を保持できることが判明した。ただし、パラフィンワックス等のワックスを溶解させるために添加する芳香族炭化水素溶媒やテルペンは粘度上昇を阻害し、アンモニア等のアルカリはセルロース誘導体を加水分解させるため、これらを使用した塗膜剥離剤組成物は好ましい粘度範囲を外れることになる。
【0015】
本発明の塗膜剥離組成物は、以下の(i)〜(viii)の条件を全て満たすものである。
(i) 5℃、せん断速度が0.1 s-1の時の粘度η1が、80,000〜500,000 mPa・s、好ましくは100,000〜400,000mPa・s、より好ましくは150,000〜300,000 mPa・s;
(ii) 5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2が200〜1,000 mPa・s、好ましくは250〜700mPa・s、より好ましくは300〜600mPa・s;
(iii) 25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3が、20,000〜200,000 mPa・s、好ましくは30,000〜150,000 mPa・s、より好ましくは35,000〜100,000mPa・s;
(iv) 25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4が、200〜1,000mPa・s、好ましくは250〜700mPa・s、より好ましくは300〜600 mPa・s;
(v) せん断速度が0.1 s-1の時の粘度の温度変化率(5℃/25℃)η1/η3が、1.5〜5.0、好ましくは1.5〜4.0、より好ましくは1.7〜3.5;
(vi) せん断速度が1,000 s-1の時の粘度の温度変化率(5℃/25℃)η2/η4が、0.85〜2.0、好ましくは0.85〜1.5、より好ましくは0.9〜1.2;
(vii) 25℃でのチクソ比η3/η4が、50〜1,000、好ましくは100〜700、より好ましくは150〜500;及び
(viii) 5℃でのチクソ比η1/η2が、100〜1,000、好ましくは200〜800、より好ましくは400〜700。
【0016】
粘度、粘度の温度変化率(5℃/25℃)、チクソ比が上記の範囲内であれば、塗膜剥離剤が適用される温度領域において、塗布後塗膜剥離組成物が垂れ落ちることはなく、優れた塗布作業性を有する。塗膜剥離剤が適用される温度領域としては、例えば-5℃〜50℃、好ましくは0℃〜40℃が挙げられる。本発明の塗膜剥離剤は、冬季の低温域から夏季の高温域にわたる温度領域において好適に使用することができる。
【0017】
芳香族基を有するアルコールは、フェノール性水酸基は含まない。芳香族基を有するアルコールとして、具体的には、ベンジルアルコール、2-フェニルエタノール、1-フェニルエタノール、2-フェノキシエタノール、2-フェノキシプロパノールが挙げられる。好ましい実施形態では、芳香族基を有するアルコールが油相の主成分である。芳香族基を有するアルコールは、1種のみを使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0018】
芳香族基を有するエーテルとして、具体的には、アニソール (メトキシベンゼン)、エトキシベンゼン、プロポキシベンゼン、ブトキシベンゼンなどのアルコキシベンゼン、1,2-メチレンジオキシベンゼン、1,2-エチレンジオキシベンゼン、ジフェニルエーテル、ジベンジルエーテルが挙げられる。ただし、上記芳香族基を有するアルコールに該当する化合物は含まない。芳香族基を有するエーテルは、1種のみを使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用してもよい。芳香族基を有するエーテルを配合することにより低温での塗膜剥離性が向上する。これらの芳香族基を有するエーテルは、引火点が低いが、水系の組成物としたことで火災のリスクを低減することができる。
【0019】
本発明で用いるセルロース誘導体としては、メチルセルロース、エチルセルロース、ブチルセルロース、プロピルセルロース等のアルキルエーテル化セルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等のヒドロキシアルキルエーテル化セルロースなどが挙げられる。アルキルエーテル化セルロース及びヒドロキシアルキルエーテル化セルロースにおけるアルキル基は、炭素数1〜6程度の直鎖又は分岐のアルキル基が例示される。セルロース誘導体は、1種のみを使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0020】
芳香族基を有するアルコールは、好ましく塗膜剥離組成物全体の20〜70質量%、より好ましくは30〜60質量%含まれる。
【0021】
芳香族基を有するエーテルは、好ましくは塗膜剥離組成物全体の5〜30質量%、より好ましくは5〜20質量%含まれる。
【0022】
芳香族基を有するアルコールと芳香族基を有するエーテルの質量の総和は、好ましくは塗膜剥離組成物全体の35〜80質量%、より好ましくは40〜70質量%である。
【0023】
芳香族基を有するアルコール(a)と芳香族基を有するエーテル(b)の質量比(a)/(b)は、好ましくは20〜1、より好ましくは10〜3である。
【0024】
セルロース誘導体は、好ましくは塗膜剥離組成物全体0.8〜2.5質量%、より好ましくは1.0〜2.0質量%含まれる。セルロース誘導体の配合量が上記の範囲内であれば、優れた乳化安定性、粘性を示す。
【0025】
水は、好ましくは塗膜剥離組成物全体の10〜60質量%、より好ましくは25〜55質量%含まれる。
【0026】
本発明で用いるセルロース誘導体は、それぞれ1種のみを使用してもよいが、2種以上を組み合わせて使用してもよい。各温度、各せん断速度での粘度は、レオメーターで測定することができる。チクソ比、粘度の変化率は、各温度、せん断速度で測定した粘度から計算することができる。
【0027】
本発明の塗膜剥離組成物中に含まれるセルロース誘導体が加水分解しないpH領域は5〜9程度、好ましくは5〜8程度、より好ましくは6〜8程度である。したがって、本発明の塗膜剥離組成物にはアンモニアなどのアミン類、アルカリ金属水酸化物などの塩基性化合物、有機酸、無機酸などの酸性化合物の添加は望ましくない。
【0028】
本発明の塗膜剥離組成物には、チアゾリン類などの防腐剤、固形パラフィンなどの蒸発抑制剤、エチレンジアミン四酢酸などのキレート剤、脂肪酸アマイドなどのレオロジーコントロール剤などを適宜加えてもよい。
【0029】
本発明の塗膜剥離組成物の適用対象は鋼道路橋等の鋼構造物や外壁等の建築物表面の塗膜である。本発明の塗膜剥離組成物は、主にメラミン、アクリル、フタル酸、ラッカー、塩化ゴム、ウレタン、エポキシ、ふっ素などの樹脂を含む塗膜の剥離に有用である。
【0030】
本発明の塗膜剥離組成物の塗布量は、好ましくは0.5〜2 kg/m2程度、より好ましくは、0.5〜1 kg/m2程度である。例えば本発明の塗膜剥離組成物を塗膜に塗布し、12〜48時間後、好ましくは16〜24時間経過後に塗膜をスクレーパーなどの手工具を用いて剥離することができる。塗膜剥離組成物の塗膜への塗布は、スプレー、ローラー、刷毛などを用いて行うことができる。塗膜剥離組成物を塗膜に塗布し、所定時間経過後に塗膜を剥離する工程における温度は、例えば例えば-5℃〜50℃、好ましくは0℃〜40℃とすることができる。当該温度を維持し、塗膜剥離組成物の塗膜への塗布及び塗膜の剥離の作業をすることが好ましい。
【0031】
塗膜は被塗布物から浮き上がった状態で剥離されるので、廃棄用の袋などに収容することで容易に廃棄することができ、有害物質を飛散させることはない。
【実施例】
【0032】
以下に、実施例を用いて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
本実施例および比較例では以下に示すセルロース誘導体を用いた。セルロース誘導体
メトローズ60SH-4000: 信越化学工業株式会社製ヒドロキシプロピルメチルセルロース
メトローズ90SH-4000: 信越化学工業株式会社製ヒドロキシプロピルメチルセルロース
【0034】
実施例1〜7及び比較例1〜5
[乳化試験、粘度測定]
実施例1〜7、比較例1〜5の塗膜剥離組成物に関しては、表3に記載の割合で塗膜剥離剤組成物を調製した。調製後24時間経過後の液状態を目視で確認し、乳化状態を評価した(乳化判定)。評価基準は以下の通りとした。
【0035】
A:乳白色を維持していた
C:分層していた、無色透明であった。
【0036】
得られた実施例1〜7、比較例1〜5の塗膜剥離組成物の粘度は、レオメーターを用いて測定した。具体的には、粘度は、JIS Z8803:2011に準拠して、Anton Paar社製レオメーターMCR302を用いて測定した。
【0037】
得られた実施例1〜7、比較例1〜5の塗膜剥離組成物のpHは、pH試験紙を用いて測定した結果、いずれもpH=7であった。
【0038】
[塗膜剥離試験]
乳化試験で調製した剥離組成物を以下の二種類の試験片(A塗膜系、B塗膜系)に塗布し、規定温度下に静置し、所定時間経過後、試験片表面をスクレーパーでこすり、塗膜が除去できるかを試験した。規定温度は5℃、所定時間は24時間とした。評価基準は以下の通りとした。
【0039】
「A塗膜系」とは、「鋼道路橋塗装・防食便覧」に記載の用途のうち、「一般外面・一般環境用」を指す。「B塗膜系」とは、「鋼道路橋塗装・防食便覧」に記載の用途のうち、「一般外面・やや厳しい腐食環境用」を指す。
【0040】
A:塗膜を容易に除去することができた
B:強い力を加えることで塗膜を除去することができた。
C:塗膜が除去できなかった
【0041】
A塗装系、B塗装系を以下に示す。塗料は全て関西ペイント株式会社製である。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
一般構造用圧延鋼板 (SS400) 平板 (0.3×210×300mm)に上記の表1又は表2に示される塗料を順次塗布することにより、A塗装系、B塗装系のテストピースを作製した。得られた塗膜に塗膜剥離組成物を刷毛で塗布した後5℃の恒温槽に24時間静置し、塗膜が除去可能かどうか評価した。結果を表3に示す。また、実施例1-7及び比較例1-5の5℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η1、5℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η2、25℃、せん断速度0.1 s-1の時の粘度η3、25℃、せん断速度1,000 s-1の時の粘度η4、せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率η1/η3、せん断速度1,000 s-1の時の温度変化率η2/η4、25℃でのチクソ比η3/η4、5℃でのチクソ比η1/η2を表4に示す。
【0045】
【表3】
【0046】
【表4】