(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0012】
1)複合膜
本発明の複合膜は、遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバーを含有する複合膜であり、遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバーを必須成分とする。以下に、各成分について説明する。
【0013】
(遷移金属酸化物)
本発明において、遷移金属とは、周期表第3族から第11族に属する元素、及び第12族に属する元素を包含する。本発明の遷移金属酸化物としては、例えばWO
3、MoO
3、V
2O
5、Nb
2O
5、TiO
2、IrO
3、MnO
2、CoO
3、FeO
3等が挙げられ、特にWO
3、MoO
3が好ましい。
【0014】
(セルロースナノファイバー)
セルロースナノファイバーとは、天然セルロースのミクロフィブリルを利用したナノファイバーである。本発明におけるセルロースナノファイバーは、1本単位のものでも複数本が束になったものでもよい。本発明におけるセルロースナノファイバーは、複合膜の透明性と成膜性の観点から、平均繊維径は0.5〜800nmが好ましく、1〜100nmがより好ましく、2〜80nmがさらに好ましい。また、平均繊維長は0.05〜5μmが好ましく、0.15〜2μmがより好ましい。セルロースナノファイバーの平均繊維径が800nmより大きいと複合膜の透明性が低下するおそれがあり、0.5nmより小さいと複合膜の成膜性が低下するおそれがある。また、平均繊維長が5μmより長いと複合膜の透明性が低下するおそれがあり、0.05μmより短いと複合膜の成膜性が低下するおそれがある。本発明において、セルロースナノファイバーの繊維径とは、長さ方向と直交する方向の寸法であり、1本の場合には直径、複数本の束の場合には束の径を意味する。
【0015】
セルロースナノファイバーの平均繊維径及び平均繊維長の測定は、例えば、セルロースナノファイバーの0.001質量%水分散液を調製し、この希釈分散液をマイカ製試料台に薄く延ばし、50℃で加熱乾燥させて観察用試料を作成し、原子間力顕微鏡(AFM)にて観察した形状像の断面高さを計測することにより、数平均繊維径あるいは繊維長として算出することができる。
【0016】
セルロースナノファイバーは、セルロース原料を解繊するなどにより得ることができるが、本発明におけるセルロースナノファイバーは、その製造方法は特に制限されない。また、セルロースナノファイバーの原料となるセルロース系原料への化学変性を行うことにより、解繊性を向上することができる。化学変性の方法としては、例えば、酸化、エーテル化、エステル化、カチオン化などが挙げられる。中でも酸化、カルボキシメチル化、エステル化が好ましい。
【0017】
酸化の例として、例えば、TEMPO(2,2,6,6−テトラメチルピペリジン1−オキシル)を酸化触媒として用いて製造されたものや、セルロースの1級、2級水酸基を任意にカルボキシメチル化して製造されたもの等を挙げることができる。
【0018】
(TEMPO触媒による酸化)
原料パルプを、N−オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物及びこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で、酸化剤を用いて水中で酸化することでカルボキシル基をセルロースに導入した酸化セルロースを得ることができる。N−オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物である。本発明で用いるN−オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば限定されない。
【0019】
N−オキシル化合物の量は、得られる酸化パルプをナノファイバー化できる程度に十分にパルプを酸化できる触媒量であれば特に限定されない。例えば、絶乾1gのパルプに対して、0.01〜10mmol、好ましくは0.02〜1mmol、さらに好ましくは0.05〜0.5mmol程度である。
【0020】
パルプの酸化の際に用いられる臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのパルプに対して、0.1〜100mmol、好ましくは0.1〜10mmol、さらに好ましくは0.5〜5mmol程度である。
【0021】
パルプの酸化の際に用いられる酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物等、公知の酸化剤が使用できる。安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。酸化剤の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。その量は、例えば、絶乾1gのパルプに対して、0.5〜500mmol、好ましくは0.5〜50mmol、さらに好ましくは2.5〜25mmol程度である。
【0022】
酸化反応時の温度は15〜30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0023】
上記の酸化反応によってパルプのセルロースのピラノース環における6位の一級水酸基がカルボキシル基またはその塩に酸化される。ピラノース環とは、5つの炭素と1つの酸素からなる六員環炭水化物である。6位の一級水酸基とは、6員環にメチレン基を介して結合しているOH基である。N−オキシル化合物を用いたセルロースの酸化反応の際には、この一級水酸基が選択的に酸化される。このように酸化されたセルロースは次の解繊工程で容易にナノ解繊される。この機構は以下のように説明される。天然セルロースは生合成された時点ではナノファイバーであるが、これらは水素結合により多数収束して、繊維の束を形成する。N−オキシル化合物を用いてセルロース繊維を酸化すると、ピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、かつこの酸化反応はミクロフィブリルの表面にとどまるので、ミクロフィブリルの表面のみに高濃度にカルボキシル基が導入される。カルボキシル基は負の電荷を帯びているので互いに反発しあい、水中に分散させると、ミクロフィブリル同士の凝集が妨げられ、この結果、繊維の束はミクロフィブリル単位で解れて、セルロースのシングルミクロフィブリルであるセルロースナノファイバーとなる。
【0024】
前記セルロースのC6位に導入されたカルボキシル基は、アルカリ金属等と塩を形成することもある。カルボキシル基およびその塩(以下これらをまとめて「カルボキシル基等」という)の量は、セルロースナノファイバーの乾燥質量に対し0.10mmol/g以上が好ましい。カルボキシル基等は極性基であるので、この量が多いと膜や積層体としたときにセルロースナノファイバー同士がより強固に密着しやすく酸素バリア性が向上する。さらに、セルロースナノファイバー同士が強固に密着して平滑な膜となるので、シートとしたときの光沢性も向上する。よって、この量の下限は1.20mmol/g以上がより好ましく、1.40mmol/g以上がさらに好ましい。しかしながら、カルボキシル基量を多く得る条件では、酸化反応時に副反応としてセルロースの切断が起こりやすくなり、収率が低下するため不経済となる。このため、カルボキシル基等の量の上限は、3.00mmol/g以下が好ましく、2.00mmol/g以下がより好ましい。
【0025】
カルボキシル基等の量は、酸化パルプの0.5質量%スラリーを60ml調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出することができる。
カルボキシル基量〔mmol/gパルプ〕=a〔ml〕×0.05/酸化パルプ質量〔g〕
【0026】
(オゾンによる酸化)
酸化方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位および6位の水酸基が酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50〜250g/m
3であることが好ましく、50〜220g/m
3であることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100質量部とした際に、0.1〜30質量部であることが好ましく、5〜30質量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0〜50℃であることが好ましく、20〜50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1〜360分程度であり、30〜360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化および分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶媒中に溶解して酸化剤溶液を作成し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。酸化セルロースのカルボキシル基の量は、上記した酸化剤の添加量、反応時間等の反応条件をコントロールすることで調整することができる。
【0027】
(カルボキシメチル化)
原料パルプを発底原料とし、溶媒として3〜20重量倍の低級アルコールと水の混合媒体を使用する。低級アルコールは具体的にはメタノール、エタノール、N−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、N−ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、または2種以上の混合物である。低級アルコールの混合割合は、混合媒体中60〜95重量%である。マーセル化剤として、発底原料のグルコース残基当たり0.5〜20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用する。発底原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0〜70℃、好ましくは10〜60℃、かつ反応時間15分〜8時間、好ましくは30分〜7時間、マーセル化処理を行う。その後、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05〜10.0倍モル添加し、反応温度30〜90℃、好ましくは40〜80℃、かつ反応時間30分〜10時間、好ましくは1時間〜4時間、エーテル化反応を行う。
【0028】
エーテル化されたセルロースのグルコース単位当たりのカルボキシメチル置換度は0.02〜0.50であることが好ましい。セルロースにカルボキシメチル置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カルボキシメチル置換基を導入したセルロースは容易にナノ解繊することができる。グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換基が0.02より小さいと、十分にナノ解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのカルボキシメチル置換基が0.50より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、ナノファイバーとして得られなくなる場合がある。
【0029】
(リン酸エステル化)
リン酸を用いてエステル化を行う、リン酸エステル化セルロースにおいては、セルロース系原料にリン酸基置換基が導入されており、セルロース同士が電気的に反発する。そのため、リン酸エステル化セルロースは容易にナノ解繊することができる。リン酸エステル化セルロースのグルコース単位当たりのリン酸基置換度は0.001以上が好ましい。これにより、十分な解繊(例えばナノ解繊)が実施できる。上限は、0.50が好ましい。これにより、リン酸エステル化セルロースの膨潤又は溶解を防止し、ナノファイバーが得られない事態を防止することができる。従って、0.001〜0.50であることが好ましい。リン酸エステル化セルロースは、煮沸後冷水で洗浄する等の洗浄処理がなされることが好ましい。これにより解繊を効率よく行うことができる。
【0030】
(カチオン化)
化学変性の方法として、セルロースナノファイバーの原料となるセルロース系原料を、カチオン化したセルロースを使用することができる。当該カチオン変性されたセルロースは、前記酸化セルロース原料に、グリシジルトリメチルアンモニウムクロリド、3−クロロ−2−ヒドロキシプロピルトリアルキルアンモニウムハイドライトまたはそのハロヒドリン型などのカチオン化剤と、触媒である水酸化アルカリ金属(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)を、水または炭素数1〜4のアルコールの存在下で反応させることによって得ることができる。
【0031】
グルコース単位当たりのカチオン置換度は0.02〜0.50であることが好ましい。セルロースにカチオン置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カチオン置換基を導入したセルロースは容易にナノ解繊することができる。グルコース単位当たりのカチオン置換度が0.02より小さいと、十分にナノ解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのカチオン置換度が0.50より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、ナノファイバーとして得られなくなる場合がある。解繊を効率よく行なうために、上記で得たカチオン変性されたセルロース系原料は洗浄されることが好ましい。当該カチオン置換度は、反応させるカチオン化剤の添加量、水または炭素数1〜4のアルコールの組成比率によって調整できる。
【0032】
(その他の成分)
本発明の複合膜は、遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバー以外の成分を含有してもよい。これらその他の成分としては、例えば、アルコール類、有機酸類等を挙げることができる。アルコール類や有機酸類を含有させることにより、着色効率を更に向上させることができる。アルコール類としては、炭素数2以上の、好ましくは炭素数2〜30の水溶性の多価アルコールが挙げられる。一価のアルコールも、水溶性で室温〜30℃程度で蒸発しないものであれば可能である。多価アルコールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオール、グリセリン、ネオペンチレングリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、ヘキサントリオール、ジトリメチロールプロパン、ジペンタエリスリトール、トリヒドロキシステアリルアルコール、3−ブテン−1−オール等の脂肪族アルコール;シクロペンタントリオール、シクロヘキサントリオール、シクロヘキサンヘキサオール等の環状アルコールが挙げられる。これらは一種単独または二種以上を用いることができ、沸点が100℃以上であることが好ましい。二価又は三価のアルコールを含有することがより好ましく、エチレングリコール、グリセリンがさらに好ましい。また、有機酸としては、炭素数1以上の、好ましくは炭素数1〜10のカルボン酸類もしくはスルホン酸類が挙げられる。カルボン酸類としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、2−メチル酪酸、n−ヘキサン酸、3,3−ジメチル酪酸、2−エチル酪酸、4−メチルペンタン酸、n−ヘプタン酸、2−メチルヘキサン酸、n−オクタン酸、2−エチルヘキサン酸、安息香酸、グリコール酸、サリチル酸、グリセリン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、ピメリン酸、マレイン酸、フタル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸等が挙げられる。スルホン酸類としては、メタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、カンファースルホン酸等が挙げられる。これらは一種単独または二種以上を用いることができ、モノヒドロキシカルボン酸類又はジカルボン酸類が好ましく、グリコール酸、グリセリン酸、シュウ酸がさらに好ましい。アルコール類又は有機酸類を含有させる場合は、遷移金属酸化物に対するモル比(複数種含有させる場合は、その合計)が0.3〜2.0が好ましく、0.5〜1.5がより好ましい。アルコール類や有機酸類の含有量が多くなりすぎると、形成する複合膜に水分を多く含有し、膜が扱いづらくなる。また、アルコール類や有機酸類の含有量が少なすぎると、着色効率の向上効果が充分に得られない。
【0033】
(複合膜)
本発明の複合膜の厚さは、特に制限されないが、光の透過性と膜の耐久性との兼ね合いから、20〜80μmであることが好ましい。本発明の複合膜における遷移金属酸化物とセルロースナノファイバーの割合は、本発明の複合膜を形成できる限り制限はないが、遷移金属酸化物100(質量)に対して、セルロースナノファイバーは10〜200(質量)が好ましい。セルロースナノファイバーの添加量が上記範囲より多いと、本発明の複合膜の強度が増すものの、遷移金属酸化物とセルロースナノファイバーを含有する分散液により複合膜を形成する際、分散液の粘度が高くなって空気を含み、膜が白濁するおそれがある。他方、セルロースナノファイバーの添加量が上記範囲より少ないと、膜の強度と膜の透明性が低下するおそれがある。遷移金属酸化物100(質量)に対するセルロースナノファイバーの量は、10〜150(質量)がより好ましく、20〜130(質量)がより好ましく、40〜120(質量)がさらに好ましい。
【0034】
(その他の層)
本発明の複合膜は、耐久性に十分な厚みを有しているが、さらに耐久性を高めるためや、ガラス等との接着性などの新たな物性を得ることを目的として、保護層や接着層等を設けることができる。その他の層を設ける場合、当該層は、本発明の複合膜の上部及び/又は下部に設けられてよいが、当該その他の層の組成物を本発明の複合膜の構成成分と同時に塗布して成膜してもよい。
【0035】
(基体)
本発明の複合膜は、例えばガラスや金属等の無機基体や、樹脂等の有機基体を含む従来公知の基体上に担持させてもよい。調光フィルムとして使用する場合は、基体としては、フォトクロミズムの効果を損なわないよう、透明性の高いものが好ましい。
【0036】
2)複合膜の製造方法
(複合膜形成用分散液の調製)
本発明の複合膜は、遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバーが分散した分散液を調製し、前記分散液を基板上に塗布して乾燥することにより製造することができる。まず、上述した遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバーの混合分散液を複合膜形成用分散液として調製する。前記分散液は、例えば、水に遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバーを添加し、攪拌することにより前記両成分を水中に分散させて調製することができるが、遷移金属酸化物のコロイド水溶液(ゾル)を予め調製し、これとセルロースナノファイバー又はセルロースナノファイバー分散液を混合すると、両成分をより均一に分散させることができる。遷移金属酸化物のコロイド水溶液としては、例えば、タングステン酸ナトリウムなどの遷移金属酸化物の塩の水溶液をイオン交換(Na
+ →H
+ )したものを用いることができる。この遷移金属酸化物のコロイド水溶液中の濃度としては、特に限定されないが、例えば0.01〜0.15mol/L程度で行うことができる。遷移金属酸化物コロイド水溶液における遷移金属酸化物の濃度は、誘導結合プラズマ発光分光分析等によって求めることができる。遷移金属酸化物粒子の粒子径は、特に限定されないが、得られる膜の透明性やフォトクロミズム効果を高める観点から、平均粒子径は5〜30nmが好ましく、10〜20nmがより好ましい。遷移金属酸化物粒子の平均粒子径は、透過型電子顕微鏡(TEM)により観察した100個以上の粒子の粒子径の平均とする。ほとんどの粒子の粒子径が5〜30nmの範囲内にあることがより好ましく、10〜20nmの範囲内にあることがさらに好ましい。
【0037】
上記のようにして調製した遷移金属酸化物のコロイド水溶液に、セルロースナノファイバーを混合する。必要に応じて、遷移金属酸化物粒子とセルロースナノファイバーが均一に分散するように攪拌処理を行う。複合膜形成用分散液における遷移金属酸化物とセルロースナノファイバーの割合は、本発明の複合膜を形成できる限り制限はないが、複合膜について述べたのと同様の理由で、遷移金属酸化物100(質量)に対して、セルロースナノファイバーは10〜200(質量)が好ましく、10〜150(質量)がより好ましく、20〜130(質量)がより好ましく、40〜120(質量)がさらに好ましい。また、複合膜形成用分散液における遷移金属酸化物及びセルロースナノファイバーの濃度は、複合膜形成用分散液を基板上に塗布したり、型枠にキャストしたりするのに支障のない限り特に制限されるものではないが、各成分の分散性や分散液の流動性を良くする観点から、両成分の合計で1〜20質量%が好ましく、1〜10質量%がより好ましく、2〜5質量%がさらに好ましい。複合膜形成用分散液には、上記複合膜におけるその他の成分を配合することができ、各成分の配合比は上記複合膜中の配合比と同様である。
【0038】
(膜の作製)
その後、従来公知の方法により複合膜を作製することができる。例えば、調製した複合膜形成用分散液を基板上に、塗布、印刷などの手段により成膜し、次いで乾燥してゲル化させることにより作製することができる。また、型枠状の基板上に、複合膜形成用分散液を塗布、流し込むなどの手段により成膜し、次いで乾燥してゲル化させることにより作製することができる。基板としては、例えば、ガラスや金属等の無機基体、テフロン(登録商標)等の樹脂などの有機基体など従来公知の基板を使用することができる。本発明の複合膜は、前記基板を基体として使用して前記基板上に担持させて使用することもでき、また前記基板から剥離させてフィルムとして使用することもできる。乾燥の条件は特に制限されず、常圧下、室温〜30℃の温度範囲で乾燥してもよいし、加熱乾燥してもよい。本発明の製造方法によれば、遷移金属酸化物とセルロースナノファイバーの2成分系であっても、透明性を有する膜を成膜することができる。これは、セルロースナノファイバーがバインダーとして作用するだけでなく、遷移金属酸化物粒子を分散させる作用も有しているためと考えられる。また、適度な強度と柔軟性を有する膜を得ることができる。本発明の製造方法は、遷移金属酸化物とセルロースナノファイバーの2成分系であっても、このような膜を形成することができるが、複合膜形成用分散液に他の成分を含有させてもよい。例えば、複合膜形成用分散液にアルコール類を含有させる場合は、製造過程においてアルコール類が蒸発しない温度で乾燥すればよく、蒸発しにくいアルコール類を用いれば加熱乾燥してもよい。
【0039】
3)用途
上記のようにして得られる複合膜は、フォトクロミック膜であり、適当な波長を有する紫外線などを照射することにより発色し、照射を止めて暗室あるいは室内灯下に放置すると、消色し、透明となる。そのため、調光フィルム等として使用することができる。基体としては、透明なガラス、樹脂等を用いることができる。
【0040】
また、本発明の複合膜は、繰り返し使用が可能な記録媒体として用いることができる。基体として紙、布、樹脂フィルム等を用いることができる。記録媒体としては、書き消し可能なリライタブルペーパーも含まれ、本発明によれば、着色保持時間の長いフォトクロミック膜を得ることもできることから、書き消し可能なリライタブルペーパーとして用いることもできる。
【0041】
前記記録媒体に印字を行う方法としては、記録媒体をマスキングし、その上から光を照射する方法等が挙げられる。光源としては、記録媒体が発色する限り、いかなる光源を用いても良いが、例えばブラックライトや紫外線ランプ等を用いることができる。
【0042】
さらに、本発明の複合膜は青写真(日光写真)用感光体として用いることもできる。例えば学校などで科学教材として使用される青写真用感光体として用いることができる。基体としては紙、ガラス、樹脂等を用いることができる。
【0043】
前記青写真用感光体の感光方法としては、下絵を感光体に密着させ、その上から光を照射する方法等が挙げられる。光源としては、例えば太陽光、ブラックライトや紫外線ランプ等を用いることができる。
【実施例】
【0044】
以下に、実施例において本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術範囲はこれらに限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]
(酸化タングステンコロイド水溶液の調製)
タングステン酸ナトリウム水溶液(0.48mol/L)90mLをマグネティックスターラー上で攪拌し、その中に7mol/Lの塩酸9.5mLをゆっくり滴下し、完全に溶解させた。得られた透明溶液を、分画分子量3500の透析膜に入れて水1L中で透析した。透析操作は1時間ごとに水1Lを交換しながら8時間行うことで、塩化物イオンを除去した。こうして酸化タングステンコロイド水溶液を得た。得られたコロイド水溶液中の酸化タングステン(WO
3)濃度は、誘導結合プラズマ発光分光分析を行った結果、0.12mol/Lであった。また、酸化タングステン粒子の粒子径は10〜20nmの範囲であった。誘導結合プラズマ発光分光分析は、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(Varian社製、Liberty Series II)を用いて行った。酸化タングステン粒子の粒子径の測定は、透過型電子顕微鏡(日本電子社製、JEM−2100)を用いて行った。
【0046】
(WO
3/TEMPO CNF薄膜の作製)
酸化タングステンコロイド水溶液20mLに対し、TEMPOを酸化触媒として用いて製造したセルロースナノファイバー(TEMPO CNF)水分散液(TEMPO CNF濃度5.1%)をそれぞれ2.17g、4.88g、12.3g添加して、60℃での手撹拌を5分間行い、その後超音波処理を5分間行い、さらに攪拌子を用いて2時間攪拌して、CNF含有量がそれぞれ0.5質量%、1.0質量%、2.0質量%となるWO
3/TEMPO CNF混合ゾル溶液(1)、(2)、(3)を調製した。ジクロロジメチルシランを用いて疎水処理を施したガラス基板上に、調製したWO
3/TEMPO CNF混合ゾル溶液(1)、(2)、(3)をそれぞれキャストし、30℃乾燥機中空気雰囲気下で2日間乾燥処理を行って、複合膜(WO
3/TEMPO CNF薄膜)を得た。得られた複合膜の膜厚は、40〜100μmであった。膜の外観を
図1に示す。
図1(a)及び(b)は混合ゾル溶液(1)を用いて作製した膜、
図1(c)及び(d)は混合ゾル溶液(2)を用いて作製した膜、
図1(e)及び(f)は混合ゾル溶液(3)を用いて作製した膜の写真である。また、
図1(a)、(c)及び(e)は、膜を文字の上に接して置いた場合、
図1(b)、(d)及び(f)は、膜を文字から1cm程度離した場合である。混合ゾル溶液(1)を用いて作製した膜では、若干の濁りを生じたが、柔軟性のある膜が得られた。混合ゾル溶液(2)及び(3)を用いて作製した膜では、透明性が高く、柔軟性のある膜が得られた。また、混合ゾル溶液(1)を用いて作製した膜では、膜に接すると透明であるが、膜から少し離すと不透明(
図1(b))となる膜が得られた。本発明の複合膜は、透明な複合膜が得られるだけでなく遷移金属酸化物粒子とセルロースナノファイバーとの配合比を調整することにより、対象との距離の変化により透明性が変化する膜も得られることがわかった。
【0047】
(WO
3/TEMPO CNF薄膜のフォトクロミズム観測)
混合ゾル溶液(2)を用いて作製したWO
3/TEMPO CNF薄膜を1×3.5cmにカットし、石英セル内に固定した。超高圧水銀ランプを用いて、紫外光(光強度95mW/cm
2)を5分間照射し、一定時間毎に吸収スペクトルを測定することにより着色挙動を調べた。また、紫外光照射後、膜を暗所に静置し、一定時間毎に吸収スペクトルを測定することにより退色挙動を調べた。実験は室温下で行った。紫外光照射前後と暗所静置300分後の膜の外観の変化を
図2に示す。
図2(a)は紫外光照射前、(b)は紫外光照射5分後、(c)は暗所静置300分後の膜の外観の写真である。また、
図3に紫外光照射と暗所静置に伴う紫外−可視吸収スペクトル変化を示す。測定には、紫外可視吸収スペクトル装置(島津製作所社製、UV−1600)を用いた。
図3(a)は紫外光照射1分毎の変化を表し、一番下の線が紫外光照射前、下から2、3、4、5、6番目の線が、それぞれ1分後、2分後、3分後、4分後、5分後の測定結果を表す。(b)は暗所静置60分毎の変化を表し、一番上の線が暗所静置時、上から2、3、4、5、6番目の線が、それぞれ60分後、120分後、180後、240分後、300分後の測定結果を表す。紫外光照射による無色から青色への色調変化と、暗所静置による無色への可逆的な色調変化が確認され、セルロースナノファイバー中でのWO
3のフォトクロミズムの発現が確認された。
【0048】
混合ゾル溶液(3)を用いて作製したWO
3/TEMPO CNF薄膜についても、混合ゾル溶液(2)を用いて作製した薄膜と同様の方法で、着色挙動と退色挙動を調べた。
図4に紫外光照射と暗所静置に伴う紫外−可視吸収スペクトル変化を示す。
図4(a)は紫外光照射1分毎の変化を表し、一番下の線が紫外光照射前、下から2、3、4、5、6番目の線が、それぞれ1分後、2分後、3分後、4分後、5分後の測定結果を表す。(b)は暗所静置60分毎の変化を表し、一番上の線が暗所静置時、上から2、3、4、5、6番目の線が、それぞれ60分後、120分後、180後、240分後、300分後の測定結果を表す。TEMPO CNF添加量の1質量%から2質量%の増加により、着色速度の向上が見られた。また退色に関しては、退色速度の低下が観測され着色保持時間が長くなった。WO
3フォトクロミズムの退色は大気中の酸素によって進行するため、ガスバリア特性を有するTEMPO CNF量の増加により、薄膜中のWO
3粒子と酸素の接触頻度が低下し、退色反応が抑制され着色保持時間が長くなったと考えられる。
【0049】
[実施例2]
(WO
3/有機添加物/TEMPO CNF薄膜の作製)
混合ゾル溶液(3)に、有機添加物としてエチレングリコールを、WO
3とのモル比がそれぞれ0.5、1.0となるように添加し、55℃の湯浴中でガラス棒を用いて5分間撹拌し、続いて5分間の超音波処理を行った。その後、撹拌子を用いて透明になるまで撹拌を行った。撹拌後、ジクロロジメチルシランを用いて疎水処理を行ったシャーレにキャストし、30℃空気雰囲気下で2日間乾燥処理を行い、WO
3/エチレングリコール/TEMPO CNF薄膜を作製した。得られた複合膜の膜厚は、50〜100μmであった。
図5に得られた膜の外観を示す。
図5(a)、(b)は、それぞれWO
3に対するエチレングリコールのモル比が0.5、1.0の場合の膜の外観の写真である。
【0050】
(WO
3/有機添加物/TEMPO CNF薄膜のフォトクロミズム観測)
WO
3に対するエチレングリコールのモル比が1.0のWO
3/エチレングリコール/TEMPO CNF薄膜を、1×3.5cmにカットし、石英セル内に固定した。超高圧水銀ランプを用いて、紫外光(光強度95mW/cm
2)を30分間照射し、一定時間毎に吸収スペクトルを測定することにより着色挙動を調べた。また、紫外光照射後、膜を暗所に静置し、一定時間毎に吸収スペクトルを測定することにより退色挙動を調べた。実験は室温下で行った。紫外光照射前後の膜の外観の変化を
図6に示す。
図6(a)は紫外光照射前、(b)は紫外光照射30分後の膜の外観の写真である。また、
図7に紫外光照射と暗所静置に伴う紫外−可視吸収スペクトル変化を示す。測定には、紫外可視吸収スペクトル装置(島津製作所社製、UV−1600)を用いた。
図7(a)は紫外光照射3分毎の変化を表し、一番下の線が紫外光照射前、下から順に3分後から30分後の測定結果を表す。(b)は暗所静置60分毎の変化を表し、一番上の線が暗所静置時、上から順に60分後から300分後の測定結果を表す。紫外光照射による無色から青色への色調変化と、暗所静置による無色への可逆的な色調変化が確認された。また、
図8に、混合ゾル溶液(3)を用いて作製したWO
3/TEMPO CNF薄膜と、WO
3に対するエチレングリコールのモル比が1.0のWO
3/エチレングリコール/TEMPO CNF薄膜の紫外光照射時間に伴う可視領域の吸収ピークの吸光度変化を示す。これより有機添加物としてエチレングリコールを加えることで、着色効率の著しい向上効果が発現することが示された。