(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6954613
(24)【登録日】2021年10月4日
(45)【発行日】2021年10月27日
(54)【発明の名称】ブレーズド回折格子の製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/18 20060101AFI20211018BHJP
【FI】
G02B5/18
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2017-222369(P2017-222369)
(22)【出願日】2017年11月20日
(65)【公開番号】特開2019-95494(P2019-95494A)
(43)【公開日】2019年6月20日
【審査請求日】2020年3月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】396007188
【氏名又は名称】株式会社ジェイテックコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】一井 愛雄
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩巳
(72)【発明者】
【氏名】津村 尚史
【審査官】
堀井 康司
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−227665(JP,A)
【文献】
中国特許出願公開第103901520(CN,A)
【文献】
特開平06−186412(JP,A)
【文献】
特開平06−250007(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 5/18、5/30−5/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に略矩形の格子溝が付与されたラミナー型回折格子を備えた基板と、該基板の少なくとも前記格子溝内部に充填された表層とを少なくとも有し、
前記表層材料は、下層に位置する材料よりもエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料で形成され、
前記下層材料は、少なくとも前記格子溝構造の表面を構成し、
前記基板の水平面と、前記格子溝内部に充填された表層材料の最表面とで、傾斜角が異なるブレーズド回折格子の製造方法であって、
基板上にホログラフィックパターニングで前記ラミナー型回折格子を製作する工程と、
少なくとも前記ラミナー型回折格子の格子溝に、前記表層材料を充填する工程と、
斜め方向から照射されるイオンビームによって、前記表層材料を斜め方向にエッチングするとともに、少なくとも表面が前記下層材料で構成された、前記格子溝の一方の内壁のところでエッチストップをかける工程と、
を含むことを特徴とする、ブレーズド回折格子の製造方法。
【請求項2】
前記基板と表層の間にバインダー層を設け、前記表層材料及びバインダー層材料は、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、前記基板材料よりも速いことを特徴とする、請求項1記載のブレーズド回折格子の製造方法。
【請求項3】
前記基板と表層の間に保護層を設け、前記表層材料は、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、前記保護層材料よりも速いことを特徴とする、請求項1記載のブレーズド回折格子の製造方法。
【請求項4】
前記基板と表層の間に単数層又は複数層の保護層を設けるとともに、少なくとも一部の層間にバインダー層を設け、前記表層材料及びバインダー層材料は、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、前記保護層材料よりも速いことを特徴とする、請求項1記載のブレーズド回折格子の製造方法。
【請求項5】
前記基板材料が、Si、SiO2のいずれかが主成分である、請求項1〜4何れか1項に記載のブレーズド回折格子の製造方法。
【請求項6】
前記表層材料が、金属、金属酸化物又は樹脂を含む材料である、請求項1〜5何れか1項に記載のブレーズド回折格子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブレーズド回折格子
の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
放射光施設、X線自由電子レーザー施設において、様々な物性の研究や、計測、分析などが行われている。特に軟X線領域では、回折格子を使って、高次光のカットを行ったり、ビーム照射後の、スペクトル解析において、目的の波長を取り出したりすることが行われている。近年、これらの研究によって、新たな結合状態などが分析できるようになり、化学反応の途中現象が解明されるなど、実用的な分野で役立っている。
【0003】
これらの回折格子は、大きく分けて2種類あり、1つは、ラミナー型といわれる形状のもの、もう1つは、ブレーズド型といわれる形状のものがある。ラミナー型は、非特許文献1に示すように格子溝の断面形状が矩形構造であり、軟X線領域では、主に高次光の除去を目的とした、モノクロメーターとして使われ、またスペクトロメーターとしても用いられる。ブレーズド型は、格子溝の断面形状が鋸刃型の構造となっていて、分析対象物にX線を照射した後に発生する光を解析するためのスペクトロメーターとして用いられる。
【0004】
このスペクトロメーターは、非特許文献1にも示すように、理論上、EUV光よりも短い波長領域になると、ブレーズド型の方が高い回折効率が得られる。
【0005】
ブレーズド型の場合、これまでルーリングエンジンといわれる刻線機を用いて機械加工で製作されてきた。しかしながら、加工後の形状は、工具の平坦性が低いことによる、ラティス面の平坦性が悪くなったり、工具の送り誤差によって、各々の格子間隔のばらつきが生じたりしている。これら、ラティス面の平坦性が悪いことや、送りピッチの不正確性が、回折効率の低下につながっている。したがって、ブレーズド型は、理論上の回折効率が高いのにも関わらず、回折効率がラミナー型よりも低いものしか、製作することができなかった。
【0006】
また、上記の課題が存在することから、特許文献1、2に示すように、基板材料を斜めに傾けてイオンビームで加工する方法が知られている(
図8参照)。この方法ではホログラフィック露光で感光したレジスト材料をマスクとして、斜め方向からイオンビームを照射してエッチングしている。しかしながら、この斜め方向からイオンビームを照射するのにあたって、レジストマスクが存在すると、特に、軟X線や硬X線用では、入射角が水平面に対して数度以下と浅いので、それに応じて小さいブレーズ角の反射面を製作しようとすると、当該のマスク材料が障壁となり、斜め方向からイオンビームを照射しても、基板材料までイオンが到達せず、ブレーズド構造の反射面の形状を製作することが難しかった。
【0007】
また、特許文献3の方法では、ブレーズド構造の反射面が階段状になり、直線的ではなく、凹凸が存在するため、回折効率が下がってしまうという課題があった。また、特許文献4の方法では、レジストに対して、光の照射する面積を変えることで、レジストの重合度の違いで、エッチング速度を変えてブレーズド形状にするものである。この方法でのブレーズド構造でも階段状になってしまうためX線の分野においては課題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公平8−30764号公報
【特許文献2】特許4873015号公報
【特許文献3】特開2001−42111号公報
【特許文献4】特許3339894号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Rev.Sci.Instrum.78,023501(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来技術における上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、より理論的な形状に近いブレーズド型の回折格子を作製することで、高い回折効率を得ることが可能なブレーズド回折格子
の製造方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前述の課題解決のために、以下のブレーズド回折格子
の製造方法を構成した。
【0012】
(1)
表面に略矩形の格子溝が付与された
ラミナー型回折格子を備えた基板と、該基板の少なくとも前記格子溝内部に充填された表層とを少なくとも有し、
前記表層材料は、下層に位置する材料よりもエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料で形成され、
前記下層材料は、少なくとも前記格子溝構造の表面を構成し、
前記基板の水平面と、前記格子溝内部に充填された表層材料の最表面とで、傾斜角が異なる
ブレーズド回折格子の製造方法であって、
基板上にホログラフィックパターニングで前記ラミナー型回折格子を製作する工程と、
少なくとも前記ラミナー型回折格子の格子溝に、前記表層材料を充填する工程と、
斜め方向から照射されるイオンビームによって、前記表層材料を斜め方向にエッチングするとともに、少なくとも表面が前記下層材料で構成された、前記格子溝の一方の内壁のところでエッチストップをかける工程と、
を含むことを特徴とする、ブレーズド回折格子の製造方法。
【0013】
(2)
前記基板と表層の間にバインダー層を設け、前記表層材料及びバインダー層材料は、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、前記基板材料よりも速いことを特徴とする、(1)記載のブレーズド回折格子
の製造方法。
【0014】
(3)
前記基板と表層の間に保護層を設け、前記表層材料は、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、前記保護層材料よりも速いことを特徴とする、(1)記載のブレーズド回折格子
の製造方法。
【0015】
(4)
前記基板と表層の間に単数層又は複数層の保護層を設けるとともに、少なくとも一部の層間にバインダー層を設け、前記表層材料及びバインダー層材料は、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、前記保護層材料よりも速いことを特徴とする、(1)記載のブレーズド回折格子
の製造方法。
【0016】
(
5)
前記基板材料が、Si、SiO
2のいずれかが主成分である、(1)〜(
4)何れか1に記載のブレーズド回折格子
の製造方法。
【0017】
(
6)
前記表層材料が、金属、金属酸化物又は樹脂を含む材料である、(1)〜(
5)何れか1に記載のブレーズド回折格子
の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明のブレーズド回折格子
の製造方法は、ホログラフィックパターンが基準刻線として存在することから、機械加工による誤差の問題が生じず、かつ、従来技術のレジストマスクを使用しないため、ブレーズド構造の反射面の傾斜角(ブレーズ角)を小さく設定でき、それにより軟X線や硬X線、EUV光といった、従来よりも短い波長の光でも、効率良く分光ができるようになる。
【0019】
従来方法の1つである、機械加工、いわゆるルーリングエンジンで製作される回折格子では加工に使用される工具先端半径Rが存在するため、反射面の実質的な面積が小さくなるため、回折効率が低下するが、本発明の製造方法であれば、エッチストップをかける効果によって、反射面と、内壁との間で、エッジをつけられるようになり、回折効率の低下を防ぐことができる。
【0020】
また、ルーリングエンジンによる機械加工を施した場合、微妙な温度変化によって、基板材料と、装置側とで、熱膨張係数が異なるため、刻線間隔が所定の値からずれてしまう。その結果、分光した光のコヒーレンシーが崩れてしまい、高い反射率を確保することができなくなるが、本発明の製造方法であれば、ホログラフィックパターンが基準刻線として存在することから、機械加工による誤差の問題が生じず、かつ、従来技術の樹脂マスクを使用しないため、傾斜角を小さく設定できるため、軟X線や硬X線、EUV光といった、従来よりも短い波長の光でも、分光ができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の回折格子の構造の一例を示す簡略断面図である。
【
図2】本発明の回折格子の構造で、
図1とは異なる例となる簡略断面図である。
【
図4】材料の他の積層構造を示す簡略断面図である。
【
図5】材料の更に他の積層構造を示す簡略断面図である。
【
図6】本発明の加工方法で実際に作製されたブレーズド型回折格子の走査型電子顕微鏡像(保護層を設けた場合)である。
【
図7】本発明の加工方法で実際に作製されたブレーズド型回折格子の走査型電子顕微鏡像(保護層がない場合)である。
【
図8】従来の加工方法で製作される際のイメージ図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、添付図面に示した実施形態に基づき、本発明を更に詳細に説明する。
図1及び
図2は本発明の
方法で作製されたブレーズド回折格子を示し、図中符号1は基板、2は土手部、3は格子溝、4は表層、5は格子溝の底面、6は表層の最表面(反射面)、7は土手部の最表面をそれぞれ示している。
【0023】
本発明の
方法で作製されたブレーズド回折格子は、表面に略矩形の格子溝3が付与された基板1と、該基板1の少なくとも前記格子溝3内部に充填された表層4とを少なくとも有し、前記表層4の材料(表層材料)は、下層に位置する材料(下層材料)よりもエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料で形成され、前記下層材料は、少なくとも前記格子溝3構造の表面を構成し、前記基板1の水平面(底面5、最表面7)と、前記格子溝3内部に充填された表層材料の最表面6とで、傾斜角が異なることを特徴とする。
【0024】
更に具体的には、本発明の
方法で作製されたブレーズド回折格子は、
図1に示すように、基板1上に所定間隔で土手部2を残して矩形型の格子溝3が付与されているラミナー型の回折格子をベースに用いて、表層4が、前記略矩形の格子溝3内部に充填されていて、当該格子溝3の底面5と、充填された表層4の最表面6(反射面6)とで、傾斜角が異なるような構造となっている。つまり、当該格子溝3の底面5を基準とした場合、充填された表層4の最表面6の角度は、ある所定の角度(ブレーズ角)になっている。ここで、前記格子溝3は、矩形であることが好ましいが、楔形であってもよい。そして、前記格子溝3が矩形である場合、前記底面5は水平面となる。尚、図中符号8はラミナー型回折格子の格子溝3の内壁(表層4が厚い側、表層4の触れる面積が大きい側)、9はラミナー型回折格子の格子溝3の内壁(尿層4が薄い側、表層4の触れる面積が小さい側)である。
【0025】
図2は、
図1に示したブレーズド回折格子の変形例であり、前記土手部2の最表面7の上にも前記表層材料が位置し、該表層材料が格子溝3内部から連続して延びている構造である。
【0026】
本発明に係るブレーズド回折格子の製造方法は、基板1上にホログラフィックパターニングで略矩形の格子溝3が付与されたラミナー型の回折格子を製作する工程と、少なくとも前記ラミナー型回折格子の格子溝3に、下層に位置する材料よりもエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い表層4の材料を充填する工程と、斜め方向から照射されるイオンビームによって、前記表層材料を斜め方向にエッチングするとともに、少なくとも表面が前記下層材料で構成された、前記格子溝3の一方の内壁9のところでエッチストップをかける工程と、を含むことを特徴とする。つまり、前記ラミナー型回折格子の少なくとも格子溝3の内部に、表層4の材料が充填された状態で、従来と同様に斜め方向からイオンビームを照射して、表層材料を斜め方向に除去加工し、目的のブレーズド構造を製作するのである。実際には、ラミナー型回折格子の上に、前記格子溝3が埋まるように均一に表層4を成膜し、斜め方向からのイオンビーム照射にて、格子溝3や土手部2の外形をエッチストップの基準として表層材料の除去加工を行うのである。
【0027】
このような構造にすることの効果について説明する。例えばX線用途においては、反射率を高くするために、入射角が数10mrad以下で使用される。この時、標準的な分光に用いられる回折格子は、1mmあたり1000本から2000本の刻線数での、格子間ピッチは500nm〜1μmとなる。入射角が仮に50mrad(約2.9°)であったとして1000本/mmであれば、回折格子の段差を50nm以下にしないと、X線ビームが反射できない。
【0028】
比較のため、
図8に特許文献1にあるような従来のレジストマスクを用いる回折格子の製造方法を示す。
図8は、基板100の表面にレジストマスク101を形成し、斜め方向からイオンビーム102を照射して加工する様子を模式的に示している。ところが、仮に最大深さ50nmのブレーズド回折格子を作るためには、できるだけブレーズド領域を確保しようとして、Duty比1/10にしたとしても、そのレジスト膜厚は最も高いところで約5.5nm以下に設定しないと、幾何学的にも加工することができない。つまり、前記レジストマスク101で影となる部分103は加工することができない。通常、レジストの膜厚は数百nm〜数μm程度であり、5〜6nmを全面均一にスピンコートで形成することは非常に難しく、仮に形成できても薄すぎて例えばCHF
3などの反応性イオンエッチングではマスクとしての機能が発揮できない。結果的に、従来法ではX線用途のブレーズド回折格子を作ることは難しかった。
【0029】
一方で、本発明の製造方法であれば、従来のようなレジストマスクによる影は存在しないため、100mrad以下の浅い角度でイオンビームを照射しても、目的の構造を作製することができるのである。
【0030】
前記略矩形の格子溝3は、ラミナー型の回折格子を基本構造としていて、略矩形の格子溝3の底面5の幅と、土手部2の最表面7の部分との幅の比率が、(土手部2の最表面7の幅)/(格子溝3の底面5の幅)<1であることを特徴とする。好ましくは、(土手部2の最表面7の幅)/(格子溝3の底面5の幅)<0.5、より好ましくは(土手部2の最表面7の幅)/(格子溝3の底面5の幅)<0.1である。比率が小さくなればなるほど、表層材料の最表面、つまり反射面6がより直線的になるため、回折効率が高くなる。
【0031】
前記表層材料は、金属、金属酸化物又は樹脂を含む材料であり、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、基板材料よりも速いことを特徴とする。基板材料は、SiもしくはSiO
2が望ましい。一般的に、X線用途の光学系材料は、熱伝導率や、形状安定性の高さから、SiやSiO
2で主に製作されており、本発明においても当該材料に回折格子を製作する。また、表層材料は、Ag,Au,Cu,Pd,Ni,Co,Cr,Fe,Alといった金属材料であることが好ましい。
【0032】
Arイオンによるスパッタリングレートは、例えば基板1の材料をSiにし、表層4の材料を、Ag,Au,Cu,Pd,Ni,Co,Cr,Fe,Alといった金属材料とした場合、その比は大きく異なる。例えば、Agを使った場合、Arイオンによるスパッタリングレートは、(基板材料:Si)/(表層材料:Ag)=1/8であるされ、そのレートの差により、
図1に示す構造で内壁9のところで、エッチストップ(スパッタストップ)がかかるようになる。
【0033】
図3は、前記基板1の上に、バインダー層10と、基板材料と比較して、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料からなる表層4と、を積層した構造を示している。前記バインダー層10は、基板材料と表層材料との密着性を高めるために設ける。この場合、バインダー層材料は、金属、金属酸化物又は樹脂を含む材料の中から適宜な材料が選択され、通常は下層材料、つまり基板材料よりもエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料となり、イオンビーム加工によって表層材料とともに除去される。
【0034】
ここで、Siを基板材料にした場合、スパッタリングによる除去加工速度は、面方位によって異なる。このため、面方位によっては、基板材料の方が、表層材料よりも除去加工速度が速いケースがある。そこで、基板材料のラミナーパターンに、エッチング又はスパッタ耐性の高い(エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の遅い)、タングステンや、タンタルといった材料を、数10nm以下程度、保護層11として蒸着しておき、その後、表層4となるAgや、Auを格子溝3の深さよりも厚く蒸着しておくと、基板材料がエッチング又はスパッタリングされる前に、当該の層が保護層11として機能するようになる。ここで、前記保護層11が、本発明の下層材料となり、前記格子溝3を備えた凹凸構造の表面を構成することになる。
【0035】
図4は、前記基板1の上に、バインダー層10と、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の遅い材料からなる保護層11と、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料からなる表層4と、を積層した構造を示している。
図5は、前記基板1の上に、バインダー層10と、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の遅い材料からなる保護層11と、バインダー層10と、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度の速い材料からなる表層4と、を順次積層した構造を示している。尚、前記保護層11は、前記表層材料よりも、エッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が遅い材料であれば良く、その場合は基板材料に対する制限はなくなる。また、前記保護層11は単数層でも複数層でも良い。そして、密着性を改善するために、少なくとも一部の層間に前記バインダー層10を形成するのである。
【0036】
前記表層4の下層に前記保護層11を設けた結果、斜めから、非等方的な、つまり指向性のある、エッチング又はスパッタリングを行った際に、
図6のように表層4がブレーズ角をもって形成された際に、回折格子の段差部のエッジがシャープになる。
図6中に書き加えた白抜き線は、本発明のブレーズド回折格子の断面における輪郭の形状を模式的に示したものであり、格子溝3の内壁9でエッジストップがかけられて段差部がシャープに形成されていることがわかる。一方、当該のエッチング又はスパッタリング耐性の高い保護層11がなければ、基板材料も加工されてしまい、
図7に示すように段差部のエッジが崩れてしまう。尚、各々の材料間にはバインダー層10となる材料、例えばCrを数nm蒸着しておくと、それぞれの密着性が向上し、膜剥がれがなくなる。前記バインダー層10となる材料は、エッチング又はスパッタリング耐性は不要であるので、密着性の向上に適した材料を選択できる。
【0037】
本発明で、下層に位置する材料とは、前記基板1の上に直接表層4が積層されている場合、あるいはバインダー層10を介して表層4が積層されている場合には、基板1の材料そのものを指し、前記基板1の上に保護層11を介して表層4が積層されている場合には、保護層11を指している。尚、前記バインダー層材料のエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が、表層材料よりも遅ければ、該バインダー層10が保護層11と同じ機能を有することになり、その場合には下層に位置する材料がバインダー層10を指すことになる。つまり、表層材料よりもエッチング又はスパッタリングガスによる除去加工速度が遅い材料によって、格子溝3の構造の表面が形成されていることが重要であり、その材料の存在によってエッチストップをかけることができる。
【0038】
本発明のブレーズド回折格子は、先ず、
図1に示すように、単純な全反射をする場合は、平面形状の基板表面に、集光機能も有する場合は、楕円形状、もしくは円筒形状の基板表面に作製する。何れの場合も、所定表面形状の平滑な基板を用意して、そのあと、まずラミナー型の回折格子をホログラフィックパターニングで作製する。
【0039】
ラミナー型回折格子は、当該の基板上にレジストを塗布し、その後、二光束干渉法で、任意の周期での露光処理を行う。露光後、必要のない部分をレジスト剥離液で除去する。残存するレジストはライン&スペース構造となっている。当該のライン&スペース構造となった部分に垂直方向上方から、例えばCHF
3による反応性イオンエッチングを施す。その後、O
2プラズマにて、レジストをアッシング除去することでラミナーパターンは完成する。
【0040】
完成したラミナーパターンの断面は、矩形(台形を含む)であっても、三角であってもよい。矩形の場合、凸となる部分(土手部2)の幅が、凹となる部分(格子溝3)の幅よりも狭いことが望ましい。また、三角である場合、凸部の頂点が形成される程度になってもよい。
【0041】
次に、完成したラミナーパターン上に、金属膜をコーティングする。金属膜としては、まずバインダー層10となるCrを5〜10nm蒸着した後、その後表層4となるAgを、格子溝が十分に埋まる程度まで蒸着する。尚、このCrとAgの間に、保護層11となるタングステンや、タンタル膜を数10nm程度挟んでいてもよい。尚、これらの保護層11を蒸着した際は、Agを成膜する前に、Crを成膜しておくと、Agと保護層11との密着性を高めることができる。
【0042】
アルゴンイオンでのスパッタリングレートとしては、通常、AgよりもSiのほうが遅い。タングステンも同様にAgよりもスパッタリングレートが遅い。このため、斜め方向からイオンビームを照射すると、Siやタングステンが障壁となって、Agが選択的にスパッタリングされて、ブレーズド型の回折格子が作製される。
【実施例1】
【0043】
Si基板上に形成された、ピッチ約900nm、深さ200nmの矩形のラミナーパターンパターンの上に、Crを5nm蒸着し、その上に、保護層を20nm蒸着し、さらにその後、200nmのAgを蒸着して、サンプルを作製した。当該サンプルをアルゴンイオンにて斜め方向からスパッタリングを行った。その結果、
図6に示すように段差のエッジ部が明瞭なブレーズド回折格子となった。
【0044】
一方で、
図7に示すように当該の保護層が存在しない場合、エッジ部が崩れていることがわかる。このことからも保護層の存在により、エッジ部が明瞭になることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本技術は、X線用の回折格子において、従来製作が困難であった、高精度回折格子の作製において有用な技術である。この回折格子は、放射光施設での、各種の分析や、化学反応の現象解明等に有用である。また、実験室単位でも、当該回折格子をマスターにした、レプリカ品を用いると、スペクトロメーターによる分析において、シグナル強度が高くなるため、分析時間の短縮につながる。
【符号の説明】
【0046】
1 基板
2 土手部
3 格子溝
4 表層
5 格子溝3の底面
6 表層4の最表面(反射面)
7 土手部2の最表面
8 ラミナー型回折格子の格子溝3の内壁(表層4が厚い側)
9 ラミナー型回折格子の格子溝3の内壁(表層4が薄い側)
10 バインダー層
11 保護層
100 基板
101 レジストマスク
102 反応性イオンビーム
103 影となる部分