(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記保持器は、隣り合う前記爪部のうちの一方から周方向に延びる第一の前記突壁部と、当該隣り合う前記爪部のうちの前記一方と反対の他方から周方向に延びる第二の前記突壁部とを有する請求項1に記載の玉軸受。
前記ポケット部の中心を通る径方向の仮想直線をポケット中心軸とし、前記仮想アキシアル平面上を前記ポケット中心軸周りの0°位置としたとき、前記ポケット部の前記底面は、前記ポケット中心軸周りに−30°〜30°の範囲内に限って形成されている請求項1から5のいずれか1項に記載の玉軸受。
前記ポケット部の中心を含む仮想アキシアル平面上を前記ポケット中心軸周りの0°位置としたとき、前記保持器は、前記ポケット部のうちの前記ポケット中心軸周りに−30°〜30°の範囲に対して軸方向他方側に位置する部位に径方向に沿った幅面部を有する請求項1から7のいずれか1項に記載の玉軸受。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献2のように、ポケット部の縁によって玉からグリースを掻き取る冠形保持器を採用したとしても、グリースの封入量が多くなると、グリースの掻き取り量以上に玉へのグリース供給量が多くなり、攪拌抵抗の低下を期待できなくなる。
【0009】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、冠形保持器を備えるグリース潤滑式の玉軸受の回転トルクを一層低減することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を達成するため、この発明は、内輪と、外輪と、前記内輪と前記外輪との間に介在する複数の玉と、これら複数の玉を保持する保持器とを備え、前記内輪と前記外輪との間にグリースが封入されており、前記保持器は、当該保持器の内径側、外径側及び軸方向一方側に開口した形状の複数のポケット部と、周方向に隣り合う前記ポケット部間に亘って周方向に連続する繋ぎ部と、前記ポケット部に隣接する両側の前記繋ぎ部から当該ポケット部の軸方向一方側の両端部を形成するように軸方向一方側に突出した対の爪部とを有し、前記ポケット部は、当該ポケット部に保持された前記玉との線接触によって当該玉から前記グリースを掻き取り可能な縁を有し、前記保持器は、前記繋ぎ部に対して軸方向他方側の位置で当該保持器の内径から外径側へ凹んだ形状のグリース溜りと、前記繋ぎ部に対して軸方向一方側で隣り合う前記爪部間の位置かつ当該保持器の外径側の位置で前記グリースの飛散を防ぐ突壁部とをさらに有する玉軸受に構成したものである。
【0011】
上記構成によれば、玉軸受の回転時、回転する保持器のポケット部の縁によって玉からグリースが掻き取られるので、玉によるグリースの攪拌が抑えられる。加えて、回転する保持器の繋ぎ部に対して軸方向他方側では、グリース溜りによってグリースが保持され、連れ回される。このため、軸受内部でのグリースの流動が抑えられて、玉へのグリース供給が抑えられることになり、グリースの攪拌がさらに抑えられる。加えて、回転する保持器の繋ぎ部に対して軸方向一方側では、グリース溜りで受けることができない爪部間に位置する突壁部によってグリースの飛散が防がれ、突壁部付近にグリースが保持されるので、軸受内部でのグリースの流動が抑えられて、さらにグリースの攪拌が抑えられる。これらポケット部の縁、グリース溜り及び突壁部に基づくグリースの攪拌抑制作用の相乗効果により、玉軸受の回転トルクが一層低減される。
【0012】
例えば、前記保持器の前記突壁部は、隣り合う前記爪部間に亘って周方向に連続し、かつ前記繋ぎ部から軸方向一方側へ突出している。このようにすると、突壁部、これに隣接する両爪部及び繋ぎ部によってグリースを保持することができる。
【0013】
例えば、前記保持器の前記突壁部は、隣り合う前記爪部の夫々と周方向に離れた位置で前記繋ぎ部から軸方向一方側へ突出している。このようにすると、突壁部で爪部の弾性変形を阻害しないようにすることができる。
【0014】
例えば、前記保持器は、隣り合う前記爪部のうちの一方から周方向に延びる第一の前記突壁部と、当該隣り合う前記爪部のうちの前記一方と反対の他方から周方向に延びる第二の前記突壁部とを有する。このようにすると、各突壁部、これに隣接する爪部及び繋ぎ部によってグリースを保持することができる。
【0015】
例えば、前記ポケット部の中心を通る径方向の仮想直線をポケット中心軸としたとき、前記ポケット部の前記縁は、前記保持器の内径側と外径側の夫々に前記ポケット中心軸周りの両端に亘って形成されている。このようにすると、ポケット部に対して玉がどの方向から接触しても縁でグリースを掻き取ることができる。
【0016】
ポケット部の中心を含む仮想アキシアル平面上付近では保持器部分の肉厚が薄くなり、ここでの肉厚が保持器の遠心強度に大きく影響する。玉からグリースを掻き取る縁を当該位置上に配置すると、その縁以外で玉と接触できない深い凹状にしなければならず、当該位置上での肉厚を確保することが困難となる。保持器の遠心強度を得るため、ポケット部の中心を含む仮想アキシアル平面上付近での保持器部分の肉厚をポケット部形状の工夫で確保してもよい。
【0017】
具体的には、前記ポケット部は、当該ポケット部の中心を含む仮想アキシアル平面上の位置で前記玉と接触可能な形状の底面を有する。当該位置上に玉と接触可能な形状の底面を配置すると、ここでの肉厚を増し、保持器の遠心強度を得ることが容易になる。
【0018】
例えば、前記ポケット部の前記底面は、前記ポケット部の中心と同径な径方向位置上で前記玉と接触可能な形状になっている。当該位置上ではポケット部の形状において特に軸方向他方側へ凹んだ箇所となるので、当該位置に底面を配置して肉厚を確保することが好ましい。
【0019】
例えば、前記ポケット部の中心を通る径方向の仮想直線をポケット中心軸とし、前記仮想アキシアル平面上を前記ポケット中心軸周りの0°位置としたとき、前記ポケット部の前記底面は、前記ポケット中心軸周りに−30°〜30°の範囲内に限って形成されている。当該角度範囲に限って底面を配置すると、保持器の遠心強度を得つつ、グリース掻き取り用の縁を広範囲に配置して攪拌抵抗の低減を図ることができる。
【0020】
例えば、前記ポケット部の前記底面は、前記保持器の内径側に形成されており、前記ポケット部の前記縁は、前記保持器の外径側で前記ポケット中心軸周りの両端間に亘って形成されている。このようにすると、保持器の内径側では底面によって保持器部分の肉厚を増し、これに対して保持器の外径側では、玉がどの方向から接触しても縁でグリースを掻き取ることができる。
【0021】
例えば、前記ポケット部の前記底面は、前記玉の曲率よりも小さな曲率をもった凹面状になっている。このような底面は、玉と接触することを許容して保持器部分の肉厚を増すことができる。
【0022】
ポケット部に対して背面となる軸方向他方側の保持器側面の形状工夫で保持器の遠心強度を向上させてもよい。
【0023】
具体的には、前記ポケット部の中心を含む仮想アキシアル平面上を前記ポケット中心軸周りの0°位置としたとき、前記保持器は、前記ポケット部のうちの前記ポケット中心軸周りに−30°〜30°の範囲に対して軸方向他方側に位置する部位に径方向に沿った幅面部を有する。このようにすると、保持器部分の肉厚を確保し難い範囲に対して背面となる部位が径方向に沿った幅面部となるので、この範囲で軸方向に凹んだ肉盗みを無くし、保持器の遠心強度を向上させることができる。
【0024】
例えば、前記ポケット部の前記縁は、前記玉の曲率よりも大きな曲率をもった凹面状の湾曲面の縁からなる。このような湾曲面は縁のみで玉と接触するので、玉からグリースを掻き取る縁となる。
【0025】
例えば、前記グリースの封入量は、軸受内部の静止空間体積の100%以下である。グリースの封入量が静止空間体積の100%を超える場合、グリース溜りや突壁部でグリースの流動を抑えることが困難になるので、100%以下であることが好ましい。軸受内部の静止空間体積の75%以下の場合、グリース溜りや突壁部でより好適にグリース流動をより抑えることができる。軸受寿命の観点からは、グリースの封入量を75〜100%にすることが好ましい。
【0026】
例えば、前記保持器は、合成樹脂によって形成されている。ポケット部の縁と玉間の潤滑や、保持器形状の工夫に伴う形状複雑化や、保持器の軽量化を考慮すると、保持器の材料として合成樹脂を採用すれば、ポケット部の縁で玉に擦り傷がつき難く、グリース溜りや突壁部をもった保持器形状の成形も困難でなく、保持器の軽量化に対応することもできる。
【発明の効果】
【0027】
この発明は、上記構成の採用により、ポケット部のグリース掻き取り用の縁、グリース溜り及び突壁部の作用でグリースの攪拌抵抗を相乗的に抑え、冠形保持器を備えるグリース潤滑式の玉軸受の回転トルクを一層低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
この発明の一例として、第一実施形態に係る玉軸受を
図1〜
図6に基づいて説明する。
図1、
図2に示すように、この玉軸受は、内輪10と、外輪20と、内輪10と外輪20との間に介在する複数の玉30と、これら複数の玉30を保持する保持器40と、密封部材50とを備える。内輪10の外周と外輪20の内周との間には、グリースGr(
図1中にグリースをドット模様で示す)が封入されている。
【0030】
ここで、この玉軸受の設計上の中心軸である軸受中心軸(図示省略)に沿った方向のことを「軸方向」という。軸受中心軸は、内輪10、外輪20、保持器40の各間の相対回転における理想的な回転中心といえる。軸方向は、
図1中において左右方向に相当する。また、軸方向に沿った一方向のことを「軸方向一方」という。軸方向一方は、
図1中において右方向に相当する。また、軸方向一方とは逆方向のことを「軸方向他方」という。軸方向他方は、
図1中において左方向に相当する。また、軸受中心軸に対して直角な半径方向のことを「径方向」という。径方向は、
図1中において、上下方向に相当する。また、軸受中心軸周りの円周に沿った方向のことを「周方向」という。また、軸受中心軸を含む仮想平面のことを「仮想アキシアル平面」という。また、軸受中心軸に直交する仮想平面のことを「仮想ラジアル平面」という。
【0031】
内輪10と外輪20は、それぞれ内周と外周を有する環状の一部材からなる。内輪10の外周は、周方向全周に連続する軌道溝11を有する。外輪20の内周は、周方向全周に連続する軌道溝21を有する。
【0032】
複数の玉30は、内輪10の軌道溝11と外輪20の軌道溝21との間に介在する。
図1において玉30と軌道溝11、21との接触角は、90°になっている。
【0033】
図1、
図2に示すように、保持器40は、いわゆる冠形保持器となっている。すなわち、保持器40は、保持器40の内径側、外径側及び軸方向一方側に開口した形状のポケット部41と、隣り合うポケット部41間に亘って周方向に連続する繋ぎ部42と、ポケット部41に隣接する両側の繋ぎ部42から当該ポケット部41の軸方向一方側の両端部を形成するように軸方向一方側に突出した対の爪部43、44とを有する。
【0034】
ポケット部41は、玉30の収容空間であるポケットを形成する保持器表面部分からなる。ポケット部41の軸方向一方側の両端部は、対の爪部43、44の周方向対向面からなり、保持器40の軸方向一方側の側面において、玉30の玉径よりも小さい周方向幅の開口を形成する。繋ぎ部42は、保持器40の軸方向中間位置で周方向に延びている。
【0035】
図1に示すように、内輪10の軌道溝11と外輪20の軌道溝21との間に複数の玉30を配置した状態で保持器40の爪部43、44側を玉30に向けて軸方向に移動させるとことにより、対の爪部43、44を玉30に押し付けて対の爪部43、44間の開口幅を広げる方向に爪部43、44の弾性変形を生じさせ、対の爪部43、44が弾性復元するまで保持器40を軸方向に移動させると、ポケット部41に玉30を保持させることができる。
【0036】
保持器40の全体は、合成樹脂によって形成された環状の一部材からなる。その合成樹脂として、例えば、PA46(ポリアミド46)、PA66(ポリアミド66)、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)等が挙げられる。合成樹脂は、繊維強化したものでもよい。
【0037】
内輪10の外周と外輪20の内周との間は、対の密封部材50によってシールされている。密封部材50として、外輪20に取り付けられ、内輪10の外周に対して周方向に摺動する接触式シール部材を例示したが、シールド板を採用することも可能である。
【0038】
この玉軸受の回転時、内輪10の外周と外輪20の内周と対の密封部材50とで囲まれた空間(対の密封部材50によって密封された軸受内部)においては、保持器40が、軌道溝11、21間を公転する玉30によって駆動される。
【0039】
グリースGrの封入量は、軸受内部の静止空間体積の75〜100%である。ここで、軸受内部の静止空間体積とは、内輪10の外周と外輪20の内周と対の密封部材50で囲まれた空間体積における軸受回転時に玉30及び保持器40が通過しない空間の体積のことをいう。
【0040】
この玉軸受の回転時、内輪10の軌道溝11と外輪20の軌道溝21との間の空間に存在するグリースGrは、玉30や保持器40に攪拌される。保持器40は、玉30に攪拌されるグリースGrの量を減らし、軸受内部でのグリースGrの流動を抑制するための特殊形状を有する。以下に、その詳細を述べる。
【0041】
ここで、
図3に示すように、軸受中心軸と同心に配置された内輪10の軌道溝11と外輪20の軌道溝11間に介在する各玉30の中心が正確に同一仮想円周(ピッチ円PC)上で周方向に均等間隔に並んだ状態における当該玉30の中心の位置のことを「ポケット部41の中心O」という。また、その中心Oを通る径方向の仮想直線を「ポケット中心軸Cp」という。なお、
図3は、ポケット中心軸Cpを含む仮想ラジアル平面で保持器40を切断し、ポケット部41付近を軸方向に視たときの断面を示す。
【0042】
ポケット部41は、中心Oを通る仮想アキシアル平面Paを鏡映面とした鏡像対称形になっている。
図4は、ポケット部41の中心Oを通り、かつ軸受中心軸と同心の仮想円筒面で保持器40を切断し、ポケット部41付近をポケット中心軸Cp方向から視たときの断面を示す。
図2〜
図4に示すように、ポケット部41は、保持器40の内径側で径方向に向いた開口を形成する。この開口の縁41aは、ポケット中心軸Cp周りの円周方向に沿った円弧状である。また、ポケット部41は、保持器40の外径側で径方向に向いた開口を形成する。この開口の縁41bも、ポケット中心軸Cp周りの円周方向に沿った円弧状である。また、ポケット部41は、対の爪部43、44間で軸方向一方側に向いた開口を形成する。この開口の縁は、縁41aと縁41bを繋ぐ対の縁41cからなる。対の縁41cは、ポケット部41の中心Oを通る軸方向の仮想直線(図示省略)周りの円周方向に沿った円弧状である。ポケット部41のポケット中心軸Cp周りの両端は、対の縁41c上である。
【0043】
ポケット部41は、
図3に示すように、当該ポケット部41に保持される玉30の曲率よりも大きな曲率をもった凹面状の湾曲面からなる。ポケット部41は、ポケット中心軸Cpを含みかつ当該ポケット部41と交差する任意の仮想平面上において、ポケット部41の径方向厚さの全域(ポケット部41の径方向厚さの両端である縁41a、41b間)で連続し、かつ玉30の表面の曲率よりも大きな曲率をもって玉30から遠ざかる方向に縁41a、41bから凹んだ断面形状を有する。このため、当該仮想平面上において、ポケット部41は、縁41a、41bのみで玉30と接触可能である。
【0044】
これらポケット部41の縁41a、41bは、
図2、
図3に示すように、ポケット中心軸Cp周りの両端(対の縁41c)間に亘って一連に形成されているので、ポケット中心軸Cpに対して直交するどの方向から玉30が向かってきても、玉30と線接触することができる。すなわち、ポケット部41は、当該ポケット部41に保持された玉30との線接触によって当該玉30からグリースGrを掻き取り可能な縁41a、41bを有する。
【0045】
保持器40の繋ぎ部42は、
図1、
図2に示すように、隣り合う爪部43、44の付け根間に亘って周方向に連続し、かつ径方向に沿った平面状の側面を有する。
【0046】
また、保持器40は、繋ぎ部42に対して軸方向他方側の位置で保持器40の内径dから外径側へ凹んだ形状のグリース溜り45を有する。グリース溜り45は、軸方向他方側及び径方向内向きに向かって開放した形状になっている。このような形状のグリース溜り45は、保持器40を軸方向に二分割の金型で成形する際にアンダーカットとならない。
【0047】
グリース溜り45の軸方向深さは、保持器40の軸方向幅の半分よりも大きく設定されている。グリース溜り45の径方向深さは、保持器40の径方向厚さの半分よりも大きく設定されている。グリース溜り45の周方向両端は、同側の爪部43、44に対して軸方向他方側に位置している。
【0048】
ここで、保持器40の軸方向幅は、保持器40のうち、最も軸方向一方側に位置する端を含む仮想ラジアル平面(図示省略)と、最も軸方向他方側に位置する端を含む仮想ラジアル平面(図示省略)の二面間の距離のことをいう。また、保持器40の径方向厚さは、軸受中心軸と同心で保持器40に内接する仮想円筒面(図示省略)と、軸受中心軸と同心で保持器40に外接する仮想円筒面(図示省略)との二面間の距離のことをいう。
【0049】
保持器40が複数の玉30を保持する状態でグリースGrが内輪10の外周と外輪20の内周間に封入される際、封入されるグリースGrの一部は、グリース溜り45に付着する。この付着したグリースGrは、玉軸受の運転開始当初からグリース溜り45に保持されているので、保持器40に連れ回される。軸受回転時、保持器40に保持されておらず、かつ静止空間に位置しないグリースGrは、玉30の公転や保持器40の回転によって軸受内部を流動させられる。この流動するグリースGrは、遠心力の作用で保持器40の内径側から外径側へ流動する傾向がある。この流動するグリースGrの一部は、グリース溜り45に保持され、保持器40に連れ回される。
【0050】
さらに、保持器40は、繋ぎ部42に対して軸方向一方側で隣り合う爪部43、44間の位置かつ保持器40の外径側の位置でグリースGrの飛散を防ぐ突壁部46を有する。
【0051】
突壁部46は、隣り合う爪部43、44間に亘って周方向に連続し、かつ繋ぎ部42から軸方向一方側へ突出している。突壁部46と、当該突壁部46に隣り合う爪部43、44と、繋ぎ部42とによって、凹所が形成されている。この凹所の軸方向深さは、グリース溜り45よりも浅くなっている。
【0052】
突壁部46の外径面は、保持器40の外径と同径な円弧面状になっている。また、突壁部46の内径面は、突壁部46の外径面に沿った円弧面状になっている。突壁部46の径方向厚さは、保持器40に複数の玉30を保持させるのに必要な爪部43、44の弾性変形性を実現可能な厚さに設定されている。
【0053】
前述のように封入されるグリースGrの一部は、突壁部46と爪部43、44と繋ぎ部42とで形成される凹所へ入り、ここに付着する。玉軸受の運転開始当初から当該凹所に保持されているグリースGrは、そのまま保持器40に連れ回される。前述のように軸受内部を流動するグリースGrの一部は、グリース溜り45に保持されず、繋ぎ部42よりも軸方向一方側の空間を通って保持器40の外径側へ飛散しようとする。飛散しようとするグリースGrは、繋ぎ部42から軸方向一方側へ突出した突壁部46によって保持器40の外径側への流動が妨げられる。このため、グリースGrの飛散が防止される。突壁部46によって保持器40の外径側へ流動できないグリースGrの一部は、突壁部46等で形成された前述の凹所に保持され、保持器40に連れ回される。また、突壁部46によって保持器40の外径側へ流動できず、かつ前述の凹所に保持されないグリースGrは、保持器40の側方へ流動し易くなる。このため、保持器40に保持されないグリースGrが軸受内部の静止空間へ達し易くなり、保持器40の外周上に回り込み難くなるので、玉30へ供給され難くなる。
【0054】
この玉軸受は、上述のようなものであり、軸受回転時、回転する保持器40のポケット部41の縁41a、41bによって玉30からグリースGrが掻き取られるので、玉30によるグリースGrの攪拌が抑えられる。さらに、回転する保持器40のグリース溜り45によってグリースGrが保持され、連れ回される。このため、軸受内部でのグリースGrの流動が抑えられて、玉30へのグリースGrの付着が抑えられることになり、グリースGrの攪拌がさらに抑えられる。さらに、グリース溜り45で受けることができない爪部43、44間では、突壁部46によってグリースGrの飛散が防がれ、また、突壁部46付近にグリースGrが保持されるので、軸受内部でのグリースGrの流動が抑えられて、さらにグリースGrの攪拌が抑えられる。これらポケット部41の縁41a、41b、グリース溜り45及び突壁部46に基づくグリースGrの攪拌抑制作用の相乗効果により、玉軸受の回転トルクが一層低減される。
【0055】
このように、この玉軸受は、冠形の保持器40を備えるグリース潤滑式の玉軸受において、ポケット部41のグリース掻き取り用の縁41a、41b、グリース溜り45及び突壁部46の作用でグリースGrの攪拌抵抗を相乗的に抑え、玉軸受の回転トルクを一層低減することができる。
【0056】
また、この玉軸受は、突壁部46が隣り合う爪部43、44間に亘って周方向に連続し、かつ繋ぎ部42から軸方向一方側へ突出しているので、突壁部46、これに隣接する両爪部43、44及び繋ぎ部42によってグリースGrを保持することができる。このため、爪部43、44間を最大限に活用して保持器40上でのグリース保持量を増やすことが可能である。
【0057】
また、この玉軸受は、ポケット部41のグリース掻き取り用の縁41a、41bが保持器40の内径側と外径側の夫々にポケット中心軸Cp周りの両端に亘って形成されているので(
図2、
図3参照)、ポケット部41に対して玉30がどの方向から接触しても縁41a、41bでグリースGrを掻き取ることができる。
【0058】
この玉軸受に該当する実施例と比較例1〜4とを用い、軸受回転トルクの低減効果を調べる試験を行った。実施例の玉軸受は、型番6204である。実施例と比較例1〜4との相違点は、保持器形状のみである。
【0059】
比較例1は、一般的な冠形保持器であり、実施例に比して、ポケット部が玉の曲率よりも小さな曲率をもった凹面のみで玉と対面する点と、保持器からグリース溜りと突壁部を省略した点とで相違する。このため、比較例1において、保持器の内径面に凹みはなく、隣り合うポケット部同士の爪部間は完全に空間である。
【0060】
比較例2は、比較例1に比して、グリース溜りを採用した点でのみ相違するものである。
【0061】
比較例3は、比較例2に比して、玉の曲率よりも大きな曲率をもった凹面状の湾曲面からなるポケット部を採用した点でのみ相違するものである。
【0062】
比較例4は、比較例2に比して、グリース飛散防止用の突壁部を採用した点でのみ相違するものである。
【0063】
外輪にアキシアル荷重20Nを負荷してロードセルで拘束し、内輪回転で軸受回転を行い、玉軸受の回転トルク(玉軸受で発生するトルク)を測定した。内輪の回転速度は、3600min
−1である。グリースとして、基油にエステル油を用いたリチウム石けんグリースを用いた。グリースの封入量は、静止空間体積の100%である。シールド板からなる密封部材でグリースを封止した。試験は、室温雰囲気(25℃)で行った。回転トルクの試験結果を表1に示す。この回転(摩擦)トルク[Nmm]は、一時間運転後の値である。
【0065】
表1に示すように、比較例1の回転トルクに対する比較例2〜4の各回転トルクの低減率は、1〜2割程度である。一方、比較例1の回転トルクに対する実施例の回転トルクの低減率は8割強である。すなわち、実施例では、ポケット部の縁、グリース溜り及び突壁部の併用に基づいてグリースの攪拌抵抗を低減する相乗効果が奏され、これにより、回転トルクを大きく低減できることが分かる。
【0066】
比較例1では、保持器上でグリースを保持できず、グリースの攪拌が生じている。また、玉の表面に付いたグリースは、玉とポケット部とのすきまに入り、せん断を受けることでも摩擦トルク(せん断トルク)が生じている。このため、回転トルクが高い。
【0067】
比較例2では、グリース溜りでグリースを保持している。しかしながら、グリースの封入量が多いため、グリースの流動全体を止めることはできておらず、グリースの攪拌が生じるだけでなく、玉の表面に付いたグリースが玉とポケット部とのすきまに入ってせん断トルクが生じている。このため、回転トルクが高い。
【0068】
比較例3では、比較例2の効果に加え、玉の表面に付いたグリースをポケット部の縁で掻き取ることで、せん断トルクが低減した。しかしながら、グリース封入量が多いため、グリースの流動全体を止めることはできておらず、グリースの攪拌が生じているだけでなく、玉からの掻き取り以上のグリースがポケット部と玉間に入ってせん断抵抗が生じている。このため、回転トルクが大きい。
【0069】
比較例4では、保持器上でのグリース流動は抑えられているが、玉の表面に付いたグリースは、玉とポケット部とのすきまに入り、せん断トルクが生じている。このため、回転トルクが大きい。
【0070】
実施例では、保持器上でグリースを保持し、玉の表面に付いたグリースをポケット部の縁で掻き取っている。玉とポケット部とのすきまでのせん断とグリースの攪拌の両方を抑制することで大きく回転トルクを低減できた。
【0071】
比較例1と実施例の回転トルクの経時変化を
図5と
図6に示す。
図5は、グリース封入量が静止空間体積の100%の場合の結果である。
図6は、グリース封入量が静止空間体積の75%の場合の結果である。
図5の場合、実施例では、一時的に回転トルクが増加するトルクスパイクが一時間に一回程度見られた。これはグリース封入量が多いため、完全には保持器上でグリースを保持することができず、保持できなかったグリースが攪拌されていたと推察される。一方で、
図6の場合、実施例でトルクスパイクの発生も見られず、比較例1の同一封入量と比較して回転トルクを常に8割程度低減できた。このことから、実施例の保持器では、グリース封入量が静止空間体積の75%以下の場合、特に良好な回転トルクの低減効果を奏することが分かる。
【0072】
実施例の
図6の例に示されたように、軸受回転時間が一定以上経過したとき、静止空間外に存在する全てのグリースが保持器の表面上に保持された状態となることが理想的であり、この状態を達成できるように、静止空間体積に対するグリース封入量の比率に応じてポケット部の縁の形成範囲や、グリース溜りの容量や、突壁部の形成範囲を定めることが理想的である。
【0073】
上述の第一実施形態や実施例のように、保持器の突壁部が隣り合う爪部間に亘って周方向に連続していることは必須でなく、当該爪部間で分断した突壁部であってもグリース保持効果が得られる。その一例としてこの発明の第二実施形態を
図7に基づいて説明する。なお、以下では、第一実施形態との相違点を述べるに留める。
【0074】
図7に示すように、第二実施形態に係る保持器60の突壁部61は、隣り合う爪部43、44の夫々と周方向に離れた位置で繋ぎ部42から軸方向一方側へ突出している。突壁部61の周方向長さは、隣り合う爪部43、44間における最小の周方向間隔の半分以上に設定されている。突壁部61の周方向両端は、ポケット部41に玉入れする際に弾性変形する爪部43、44と接触不可な位置にある。このため、第二実施形態は、突壁部61で爪部43、44の弾性変形を阻害しないようにすることができる。
【0075】
この発明の第三実施形態を
図8に示す。第三実施形態に係る保持器70は、隣り合う爪部43、44のうちの一方の爪部43から周方向に延びる第一の突壁部71と、当該隣り合う爪部43、44のうちの一方と反対の他方の爪部44から周方向に延びる第二の突壁部72とを有する。各突壁部71、72の周方向長さは、隣り合う爪部43、44間における最小の周方向間隔の1/3以上に設定されている。第三実施形態は、第一の突壁部71と、これに隣接する爪部43と、繋ぎ部42とによってグリースGrを保持することができる。また、第三実施形態は、第二の突壁部72と、これに隣接する爪部44と、繋ぎ部42とによってグリースGrを保持することもできる。
【0076】
前述の各実施形態や実施例では、保持器のうち、ポケット部41に対して軸方向他方側に位置する表面部分をポケット部41に沿った形状としたが、当該表面部分の形状を変更することによって保持器の遠心強度を向上させてもよい。その一例としての第四実施形態を
図9、
図10に基づいて説明する。
【0077】
図10は、第四実施形態に係る保持器80をポケット部41の中心Oを通り、かつ軸受中心軸と同心の仮想円筒面で切断し、そのポケット部41付近をポケット中心軸Cp方向から視た断面を示す。ここで、ポケット部41の仮想アキシアル平面Pa上をポケット中心軸Cp周りの回転角度における0°位置とする。
【0078】
一般に、冠形保持器では、ポケット部に玉(図示省略)を収容する軸方向深さを確保するため、ポケット部の周方向中央付近で保持器部分の肉厚が薄くなり、ここでの肉厚が保持器の遠心強度に大きく影響する。特に、ポケット部41は、仮想アキシアル平面Pa上付近で玉と接触できない軸方向深さをもっており、この付近の保持器部分の肉厚が保持器80の遠心強度に影響する。
【0079】
保持器80は、
図9、
図10に示すように、ポケット部41のうちのポケット中心軸Cp周りに仮想アキシアル平面Pa上から−30°〜30°の範囲の部分(
図10においてはp1、p2間の円弧線部)に対して軸方向他方側に位置する部位に、径方向に沿った平面状の幅面部81を有する。幅面部81は、保持器80の保持器幅の軸方向他方側の端に位置する。このように、第四実施形態は、保持器部分の肉厚を確保し難い範囲において軸方向に凹んだ肉盗みを無くし、保持器80の遠心強度を向上させることができる。
【0080】
なお、仮想アキシアル平面Pa上から−30°以下、30°以上の範囲に対して軸方向他方側となる部位に幅面部を形成すると、さらに遠心強度の増加が可能である。
【0081】
前述の各実施形態や実施例では、ポケット部が形成する内外の開口の縁の全部でグリース掻き取りを可能にしたが、グリース掻き取り可能な範囲を制限し、保持器の遠心強度を向上させてもよい。その一例としての第五実施形態を
図11〜
図13に基づいて説明する。
【0082】
第五実施形態に係る保持器90のポケット部91は、仮想アキシアル平面Pa上の位置で玉30と接触可能な形状の底面91aと、玉30と接触不可な湾曲面91bとを有する。
【0083】
図12は、保持器90をポケット部91の中心Oを通り、かつ軸受中心軸と同心の仮想円筒面で切断し、ポケット中心軸Cp方向から視た断面におけるポケット部91の形状を示す。この断面は、ポケット部91の中心Oと同径な径方向位置上である。ここで、ポケット部91の仮想アキシアル平面Pa上をポケット中心軸Cp周りの回転角度における0°位置とする。
図13は、
図12の仮想アキシアル平面Pa上での底面91aの形状を実線で示し、
図12のA−A線の位置におけるポケット中心軸Cpを含む仮想平面上での湾曲面91bの形状を二点鎖線で示し、同仮想平面上での玉30の表面を一点鎖線で示す模式図である。
【0084】
図11、
図13に示すように、ポケット部91の底面91aは、玉30の曲率よりも小さな曲率をもった凹面状になっている。底面91aは、縁41a、41b間に亘って連続している。また、底面91aは、ポケット中心軸Cp周りに仮想アキシアル平面Pa上から−30°〜30°の範囲内に限って形成されている。
【0085】
ポケット部91の湾曲面91bは、玉30の曲率よりも大きな曲率をもった凹面状になっている。湾曲面91bは、縁41a、41b間に亘って連続している。また、湾曲面91bは、ポケット中心軸Cp周りの両端間のうち、−30°〜30°の範囲以外の全域に形成されている。
【0086】
図13から明らかなように、ポケット部91の底面91aは、
図12の断面上かつ仮想アキシアル平面Pa上の位置で玉30と接触可能であるのは勿論、この位置付近でも玉30と接触可能である。一方、ポケット部91の湾曲面91bは、湾曲面91bの内外の縁でのみ、すなわち縁41a、41bのうち、−30°〜30°の範囲以外の全域でのみ玉30と接触可能である。
【0087】
このように、第五実施形態は、ポケット部91の底面91aで玉30との接触を許容することにより、仮想アキシアル平面Pa付近で保持器部分の肉厚を増し、保持器90の遠心強度を得ることが容易になる。
【0088】
特に、第五実施形態は、底面91aがポケット部91の中心Oと同径な径方向位置上で玉30と接触可能な形状であるので、ポケット部91の形状において特に軸方向他方側へ凹んだ保持器部分で肉厚を確保することができる。
【0089】
また、第五実施形態は、ポケット部91の底面91aがポケット中心軸Cp周りに仮想アキシアル平面Pa上から−30°〜30°の範囲内に限って形成されているので、保持器90の遠心強度を得つつ、グリース掻き取り用の縁41a、41bを−30°〜30°の範囲以外の全域に配置して攪拌抵抗の低減を図ることができる。
【0090】
図14〜
図16に第六実施形態を示す。第六実施形態に係る保持器100は、第五実施形態からの変更例であり、ポケット部101の底面101aの形状及び形成範囲を変更した点でのみ第五実施形態と相違したものである。
【0091】
図15は、保持器100をポケット部101の中心Oを通り、かつ軸受中心軸と同心の仮想円筒面で切断し、ポケット中心軸Cp方向から視た断面におけるポケット部101の形状を示す。
図16は、
図15の仮想アキシアル平面Pa上での底面101aの形状を実線で示し、
図15のB−B線の位置におけるポケット中心軸Cpを含む仮想平面上での湾曲面91bの形状を二点鎖線で示し、同仮想平面上での玉30の表面を一点鎖線で示す模式図である。
【0092】
ポケット部101の底面101aは、ポケット部101の外径側の縁41bから内径側の縁41aに径方向に接近するに連れて次第に曲率が大きくなる凹面状になっている。底面101aは、保持器100の内径側でのみ玉30と接触可能である。底面101aの内径側のうち、縁41a近傍では、第五実施形態と同程度の軸方向肉厚が確保されている。ポケット部101の外径側の縁41bは、ポケット中心軸Cp周りの両端間に亘って玉30と接触可能である。ポケット部101の内径側の縁41aは、第五実施形態と同様、−30°〜30°の範囲以外の全域でのみ玉30と接触可能である。
【0093】
このように、第六実施形態は、保持器100の内径側ではポケット部101の底面101aによって保持器部分の肉厚を増し、これに対して保持器100の外径側では、玉30がどの方向から接触してもポケット部101の縁41bでグリースを掻き取ることができる。
【0094】
第五実施形態と第六実施形態を比較すると、第六実施形態の方が、ポケット部の縁41bでグリースを掻き取り可能な範囲が広く、玉30との接触確率が高いため、玉軸受の回転トルク低減効果が高くなる。
【0095】
前述の第五実施形態又は第六実施形態の保持器において、さらに第四実施形態の幅面部を追加してもよい。また、第四実施形態〜第六実施形態の保持器において第二実施形態又は第三実施形態の突壁部を採用してもよい。
【0096】
今回開示された各実施形態や実施例では、ポケット中心軸を含む任意の仮想平面上でのポケット部形状を単一又は複数の凹曲線が滑らかに連続する形状としたが、V形状に変更しても玉軸受の回転トルク低減効果を同様に得ることができる。要は、グリース掻き取り用のポケット部の縁を配置するポケット中心軸周りの所定の角度範囲で当該縁でのみ玉とポケット部が接触できるように凹状を設定すればよい。
【0097】
今回開示された各実施形態や実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。