特許第6954787号(P6954787)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6954787
(24)【登録日】2021年10月4日
(45)【発行日】2021年10月27日
(54)【発明の名称】NMR測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/08 20060101AFI20211018BHJP
   G01N 24/00 20060101ALI20211018BHJP
   A61B 5/055 20060101ALI20211018BHJP
【FI】
   G01N24/08 510D
   G01N24/00 610K
   A61B5/055 312
   A61B5/055 332
【請求項の数】3
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2017-158759(P2017-158759)
(22)【出願日】2017年8月21日
(65)【公開番号】特開2019-35716(P2019-35716A)
(43)【公開日】2019年3月7日
【審査請求日】2020年3月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西萩 尚記
【審査官】 田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−029366(JP,A)
【文献】 特開平06−070911(JP,A)
【文献】 特開2014−166219(JP,A)
【文献】 特公平06−044904(JP,B2)
【文献】 特許第2762277(JP,B2)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0150525(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00−24/14
G01R 33/28−33/64
A61B 5/055
JSTPlus(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
静磁場発生器のボア内に配置される試料管を備えたプローブと、
前記静磁場発生器が生成した静磁場における不均一磁場成分の分布を表す磁場マップを取得するための少なくとも1つのパルスシーケンスに従って、送受信を行う送受信手段と、
前記送受信の実行結果に基づいて前記磁場マップを生成する磁場マップ生成手段と、
前記ボア内に配置されたシムコイルユニットを有し、前記磁場マップに基づいて前記静磁場に対して補正磁場を加えることにより前記静磁場を補正するシミング手段と、
を含み、
前記パルスシーケンスは、前記試料菅中の溶液試料の対流により生じる位相成分がゼロに収束するように構成された二重スピンエコーパルスシーケンスであり、
前記二重スピンエコーパルスシーケンスは、
横磁化を生じさせる90度パルス、
前記90度パルス後に設けられた時間長τを有する位相展開時間、
前記位相展開時間後に設けられた時間長δを有する第1勾配磁場印加時間、
前記第1勾配磁場印加時間後に設けられた第1スピンエコー用の第1の180度パルス又はそれに相当するパルス、
前記第1の180度パルス又はそれに相当するパルスの後に設けられた時間長2δを有する第2勾配磁場印加期間、
前記第2勾配磁場印加期間後に設けられた第2スピンエコー用の第2の180度パルス又はそれに相当するパルス、
前記第2の180度パルス又はそれに相当するパルスの後に設けられた受信期間、及び、
前記受信期間と並列に設けられた第3勾配磁場印加期間、
を含む、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項2】
請求項1記載の装置において、
前記溶液試料の温度を可変する機構を含む、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【請求項3】
請求項記載の装置において、
前記二重スピンエコーパルスシーケンスとして、短い位相展開時間を有する第1パルスシーケンス及び長い位相展開時間を有する第2パルスシーケンスが用意され、
前記磁場マップ生成手段は、前記第1パルスシーケンスの実行により得られた第1位相マップ及び前記第2パルスシーケンスの実行により得られた第2位相マップに基づいて前記磁場マップを生成する、
ことを特徴とするNMR測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はNMR測定装置に関し、特に、不均一磁場成分の補正に関する。
【背景技術】
【0002】
NMR(Nuclear Magnetic Resonance)測定装置は、一般に、シム(Shim)システムを備えている。シムシステムは、静磁場に対して補正磁場を加えることにより静磁場の空間的な均一性を向上させるシミング(Shimming)のためのシステムである。勾配磁場を利用してシミングを行う手法はグラジエントシミングと呼ばれている。
【0003】
通常、シムシステムは、シムコイル群を備えるシムコイルユニット、シムコイル群に電流群を供給するドライバ、シムコイル群に流す電流群を制御するシムシステムコントローラ等を有する。シムシステムを利用して、不均一磁場成分の空間的な分布(磁場マップ)がフラットになるように、補正磁場を規定する複数のシム値の最適な組み合わせが探索される。ここで、複数のシム値は、複数のシム項(Z1,Z2,Z3,・・・)の実体をなす複数の基本マップ(キャリブレーションマップ、シム関数)に与える複数の係数値である。より詳しくは、複数の基本マップからなる合成マップを磁場マップに加算した後において、両者の差分に相当する残差マップがそれ全体としてゼロに近付くように、複数の基本マップに与える複数のシム値が調整される。探索された複数のシム値の組み合わせから複数の電流値が定められる。なお、静磁場と平行な方向(z方向)についてだけシミングを行う一次元グラジエントシミングの他、二次元グラジエントシミング及び三次元グラジエントシミングも知られている。
【0004】
以下に、一次元グラジエントシミングを例にとり、スピンエコー法を用いた磁場マップ生成方法について説明する。
【0005】
スピンエコー法を用いた磁場マップ生成方法においては、通常、第1パルスシーケンスと第2パルスシーケンスが利用される。例えば、第1パルスシーケンスは、短い位相展開時間(以下「shortτ」と表現する。)を有するパルスシーケンスであり、第2のパルスシーケンスは、長い位相展開時間(以下「longτ」と表現する。)を有するパルスシーケンスである。いずれのパルスシーケンスにおいても、z方向の位置を特定するためにz方向に強さが変化する勾配磁場が利用される。
【0006】
第1パルスシーケンスの実行結果として得られた受信信号を周波数解析して得られる複素信号から、shortτ位相マップが生成される。また、第2のパルスシーケンスの実行結果として得られた受信信号を周波数解析して得られる複素信号から、longτ位相マップが生成される。各位相マップの内訳は以下のとおりである。
shortτ位相マップ
=shortτ*ΔB0inhomo磁場マップ+位相オフセットマップ …(1)
longτ位相マップ
=longτ*ΔB0inhomo磁場マップ+位相オフセットマップ …(2)
【0007】
上記(1)式及び上記(2)式は、それぞれ、z方向の各位置における位相の内訳を示すものである。ここで、ΔB0inhomo磁場マップは、z方向の各位置における不均一磁場成分(歪み成分)を示している。そのような静磁場不均一性が生じている状況下において、位相展開時間τにわたって、不均一磁場成分の大きさに依存して位相が広がる(横磁化が回転する回転座標系上でのオンレゾナンスからのずれ(位相)が増大する)。なお、位相オフセットマップは、z方向の各位置における位相オフセットからなるものであり、それはz方向の各位置における位相の初期値とも言えるものである。そのような位相オフセットは、NMR測定装置内での信号処理上、不可避的に生じてしまうものであり、それは、不均一磁場成分には依存せず且つτにも依存しない未知成分である。
【0008】
longτ位相マップからshortτ位相マップを引くことにより、以下に示すΔτ位相マップが求められる。
Δτ位相マップ
=longτ位相マップ−shortτ位相マップ
=(longτ*ΔB0inhomo磁場マップ+位相オフセットマップ)
−(shortτ*ΔB0inhomo磁場マップ+位相オフセットマップ)
=(longτ−shortτ)*ΔB0inhomo磁場マップ …(3)
【0009】
上記のΔτ位相マップは、z方向の各位置において、位相展開時間差Δτにおいて広がる位相を示すものである。ここで、Δτは(longτ−shortτ)である。上記(3)式により演算されたΔτ位相マップをΔτで割ることにより、ΔB0inhomo磁場マップ(z方向の各位置における不均一磁場成分からなる磁場マップ)が求められる。もっとも、実際の装置上、一定条件下で、Δτによる除算を省略し得る。Δτ位相マップをΔB0inhomo磁場マップに相当するものとして取り扱えるからである。上記の差分演算の過程で、上記(1)式及び(2)式に含まれる位相オフセットマップがキャンセルされている。なお、上記のように求められた磁場マップに基づいて複数のシム値の最適な組み合わせが探索されることについては上述したとおりである。
【0010】
磁場マップ生成方法としては、上記スピンエコー法の他、グラジエントエコー法も知られている。いずれの方法も、z方向に傾斜した勾配磁場を利用するものである。また、いずれの方法も、通常、2種類の位相展開時間(τ)を利用するものである。
【0011】
非特許文献1の図1には、スピンエコー法が示されている。同文献の図2には、複数のシム項(Z1,Z2,Z3,・・・)の実体をなす複数の基本マップが示されている。非特許文献2には三次元グラジエントシミングについて記述されている。非特許文献3及び特許文献1には、二重刺激パルスシーケンス(Double-Stimulated-echo pulse sequence)が開示されている。しかし、それはシミングのためのものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2014−66650号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Herve Barjat, Paul B Chilvers, Bayard K Fetler, Timothy J Horne, Gareth A Morris, A Practical Method for Automated Shimming with Normal Spectrometer Hardware, Journal of Magnetic Resonance, Volume 125, Issue 1, 1997, pp.197-201.
【非特許文献2】Guangcao Liu, Xiaobo Qu, Shuhui Cai, Zhiyong Zhang, Zhiwei Chen, Congbo Cai, Zhong Chen, Fast 3D gradient shimming by only 2 × 2 pixels in XY plane for NMR-solution samples, Journal of Magnetic Resonance, Volume 248, November 2014, pp.13-18.
【非特許文献3】Alexej Jerschow and Norbert Muller, Suppression of Convection Artifacts in Stimulated-Echo Diffusion Experiments. Double-Stimulated-Echo Experiments, Journal of Magnetic Resonance, Volume 125, 1997, pp.372-375.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
位相マップの取得のためのパルスシーケンス(第1パルスシーケンス、第2パルスシーケンス)には、位相分散(Dephase)過程と再収束(Rephase)過程とが含まれる。パルスエコー法は、位相分散過程と再収束過程との間での対称性を利用するものである。
【0015】
しかし、試料の対流が生じていると、位相分散期間での試料状態と再収束期間での試料状態とが異なってしまうことから、スピンエコー法が正しく機能しなくなる。具体的には、測定中において測定対象である原子核がz方向に移動すると、位相分散期間と再収束期間とで原子核のz方向の位置が異なることになり、勾配磁場下において位相分散期間と再収束期間とで原子核が感じる磁場の強さが異なってしまう。このためスピンエコー法が正しく機能しなくなる。対流の影響を受けた位相マップに基づいて磁場マップを求めた場合、磁場マップにも対流の影響が現れてしまう。そのような不適正な磁場マップに基づいてシミングを行うならば、不均一磁場成分を十分にキャンセルすることができなくなる。
【0016】
本発明の目的は、シミングの信頼性を高めることにある。あるいは、本発明の目的は、試料の対流が生じている状況下において、試料の対流により生じた位相成分が除外又は軽減された正確な磁場マップを取得することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
実施形態に係るNMR測定装置は、静磁場における不均一磁場成分の分布を表す磁場マップを取得するための少なくとも1つのパルスシーケンスに従って、送受信を行う送受信手段と、前記送受信の実行結果に基づいて前記磁場マップを生成する磁場マップ生成手段と、前記磁場マップに基づいて前記静磁場に対して補正磁場を加えることにより前記静磁場を補正するシミング手段と、を含み、前記パルスシーケンスは、試料の対流により生じる位相成分がゼロに収束するように構成された二重スピンエコーパルスシーケンスである。この構成によれば、二重スピンエコーパルスシーケンスにより、試料の対流により生じる位相成分をゼロに収束させることができ、これによって適正な位相マップひいてはシミング用の適正な磁場マップを得られる。例えば、位相展開時間が異なる2つの二重スピンエコーパルスシーケンスが順次実行される。
【0018】
実施形態において、前記二重スピンエコーパルスシーケンスは、第1スピンエコー用の第1の180度パルス、及び、第2スピンエコー用の第2の180度パルス、を含む。第1の180度パルス後のスピンエコー発生時において試料の対流による位相成分が生じても、その位相成分が第2の180度パルス後のスピンエコー検出時においてゼロに収束する。
【0019】
実施形態において、前記二重スピンエコーパルスシーケンスは、横磁化を生じさせる90度パルス、前記90度パルス後に設けられ、時間長δを有する第1勾配磁場印加時間、前記第1勾配磁場印加時間後に設けられた前記第1の180度パルス、前記第1の180度パルス後に設けられ、時間長2δを有する第2勾配磁場印加期間、前記第2勾配磁場印加期間後に設けられた前記第2の180度パルス、前記第2の180度パルスの後に設けられた受信期間、及び、前記受信期間と並列に設けられた第3勾配磁場印加期間、を含む。各180度パルスの前後においては、対称性をもって勾配磁場が印加される。
【0020】
実施形態において、前記二重スピンエコーパルスシーケンスとして、短い位相展開時間を有する第1パルスシーケンス及び長い位相展開時間を有する第2パルスシーケンスが用意され、前記磁場マップ生成手段は、前記第1パルスシーケンスの実行により得られた第1位相マップ及び前記第2パルスシーケンスの実行により得られた第2位相マップに基づいて前記磁場マップを生成する。すなわち、この構成は、第1の二重スピンエコーパルスシーケンスと第2の二重スピンエコーパルスシーケンスとを実行するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、シミングの信頼性を高められる。あるいは、本発明によれば、試料の対流が生じている状況下において、試料の対流に起因して生じる位相成分を除外又は軽減できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実施形態に係るNMR測定装置の構成例を示すブロック図である。
図2】一般的なシミング方法を示すフローチャートである。
図3】試料の対流を示す図である。
図4】従来のスピンエコーパルスシーケンスを示す図である。
図5】実施形態に係る二重スピンエコーパルスシーケンスを示す図である。
図6】従来のスピンエコーパルスシーケンスを実行して得られた磁場マップを示す図である。
図7】実施形態に係る二重スピンエコーパルスシーケンスを実行して得られた磁場マップを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0024】
図1には、実施形態に係るNMR測定装置の構成例がブロック図として示されている。以下においては、説明簡略化のため、z方向の一次元グラジエントシミングについて説明する。本発明は、二次元グラジエントシミング及び三次元グラジエントシミングに対しても適用され得る。
【0025】
NMR測定装置は、本実施形態において、演算制御部10、送受信部12及び測定部14を有する。それらに跨ってシムシステムが構成されている。シムシステムは、シムシステムコントローラ40、シムドライバ43、シムコイルユニット20の他、磁場マップを演算するための構成を含むものである。演算制御部10は、演算部及び制御部として機能する情報処理装置等によって構成される。測定部14は、超電導コイルを含む静磁場発生器16、そのボア16A内に設置されるシムコイルユニット20、及び、プローブ18を有している。プローブ18は、試料管22を備えており、その内部には測定対象となる試料が入れられている。試料は溶液である。プローブ18は、ボア16A内に挿入される挿入部と、ボア16Aの外部に設けられる基部と、からなる。挿入部には、試料管の他、検出コイルを含む電気回路が設けられている。
【0026】
シムコイルユニット20は、シミングのための複数のシムコイル(シムコイル群)を含むものである。それには、Z1項に対応するZ1シムコイル、Z2項に対応するZ2シムコイル、Z3項に対応するZ3シムコイル、等が含まれる。通常、これらのシムコイルは、それぞれ論理的なコイルであり、実際にはより多くの物理的なコイルにより構成される。シムコイルユニット20内の特定のシムコイルを利用して勾配磁場が生成されてもよい(その場合、そのコイルはHomospiolコイルと呼ばれる)。プローブ18内に勾配磁場生成用のコイル(FGコイル)を設けてもよい。
【0027】
測定分解能を高めるために、測定対象となる試料が存在する領域の全体にわたって、静磁場の均一度を高めることが必要であり、そのための構成がシムシステムである。プローブごとに且つ試料ごとに、必要に応じて、シミングが実行される。
【0028】
温度可変機構44は、試料の温度を所望温度にするための機構である。温度可変機構44は、ボア16Aの上側開口又は下側開口を通じて、設定された温度を有するガスを送り込む配管46を有する。そのガスにより試料管22内の試料が温められ、又は、冷やされる。そのような場合、試料の対流が生じ得る。検出コイルを含む電気回路を冷却する構造及び装置を利用してもよい。そのような場合にも、試料の対流が生じ得る。試料の対流による問題とその対策については後に詳述する。
【0029】
演算制御部10は、送受信制御部24、信号処理部30、磁場マップ演算部38、シムシステムコントローラ40、記憶部42等を有する。送受信制御部24は、パルスシーケンスに従って、送信信号の生成及び受信信号の処理を制御するものである。送受信制御部24はシーケンサとしての機能を備えている。図示されていない情報処理装置においてパルスシーケンスが生成され、それを示すデータが送受信制御部24に与えられている(符号25を参照)。送受信制御部24がパルスシーケンス生成機能を備えていてもよい。
【0030】
信号処理部30は、受信信号を処理するモジュールであり、それは、周波数解析部32を有している。周波数解析部32は、複素FFT演算により、時間軸上の複素信号(受信信号)から周波数軸上の複素信号を生成する。
【0031】
なお、信号処理部30は位相マップ生成手段として機能し、後述する磁場マップ演算部38が磁場マップ生成手段として機能し、シムシステムコントローラ40がシミング手段として機能する。
【0032】
記憶部42には、複数のシム項の実体をなす複数の基本マップ(Z1マップ等)が格納される。各基本マップはキャリブレーション工程の実施により取得される。なお、三次元グラジエントシミングを行う場合、Z1マップ〜Z6マップの他、X1マップ、XZ1マップ、X2マップ、XZ2マップ、・・・等が記憶部42に格納される。
【0033】
磁場マップ演算部38は、短い位相展開時間shortτを有する第1パルスシーケンスの実行によって得られた位相マップと、長い位相展開時間longτを有する第2パルスシーケンスの実行によって得られた位相マップと、に基づいて、磁場マップを演算するものである。第1パルスシーケンス及び第2パルスシーケンスの間では、位相展開時間τだけが相違している。本実施形態において、第1パルスシーケンス及び第2パルスシーケンスは、いずれも、対流による影響を消去することが可能な二重スピンエコーパルスシーケンスである。これに関しては後に詳述する。
【0034】
シムシステムコントローラ40は、シミングを制御するものであり、具体的には、磁場マップから合成マップを減算した後の残差マップが最小となるように、合成マップを構成する複数の基本マップに与える複数のシム値の最適な組合せを求めるものである。その際には、記憶部42に記憶された複数の基本マップが参照される。通常、複数のシム値の組み合わせを変えながら、残差マップを演算及び評価する過程(つまり補正磁場調整)が繰り返される。
【0035】
送受信部12は、シムドライバ43、送信部26及び受信部28からなる。送信部26は、送受信制御部24の制御の下、パルスシーケンスに従うRF送信パルスを生成し、それをプローブ18へ供給する回路である。受信部28は、送受信制御部24の制御の下、プローブ18から出力されたRF受信信号(FID(Free Induction Decay)信号)を処理する回路である。処理後の受信信号が信号処理部30へ送られる。なお、勾配磁場を形成する際に、送受信制御部24からシムシステムコントローラ40に対して制御信号が与えられてもよい。
【0036】
図2には、一般的なシミング動作が示されている。S10Aでは、shortτパルスシーケンス(第1パルスシーケンス)に基づく送受信が実行される。これにより、S12Aにおいて、shortτ位相マップが生成される。位相マップの横軸はz軸であり、位相マップの縦軸は位相軸である。shortτ位相マップは上記(1)式で表される。S10Aとは別のタイミングにおいて、S10Bが実行される。S10Bでは、longτパルスシーケンス(第2パルスシーケンス)に基づく送受信が実行される。これにより、S12Bにおいて、longτ位相マップが生成される。longτ位相マップは上記(2)式で表される。
【0037】
S16では、上記(3)式に従って、longτ位相マップからshortτ位相マップを減算することにより、Δτ位相マップが演算される。Δτ位相マップをΔτで割ることにより、磁場マップが演算される。その磁場マップは、上記(3)式中のΔB0inhomo磁場マップである。このように求められた磁場マップに対して合成マップを加算した結果が、できるだけ平坦になるように、S18において、合成マップを構成する複数の基本マップに与える複数のシム値(シム値列)が探索される。S20では、複数のシム値に基づいて複数の電流値が演算され、それらの電流値を有する複数の電流がシムコイル群へ供給される。これにより、補正磁場が生成され、あるいは、既に加えられている補正磁場が変更される。補正磁場を可変しながら上記過程を繰り返すことによって、複数のシム値の最適な組合せが探索される。なお、S16において、Δτ位相マップに対するΔτによる除算を省略し、Δτ位相マップをΔB0inhomo磁場マップに相当するものとして取り扱うようにしてもよい。なお、shortτを事実上、0[s]にしてもよい。
【0038】
図3には、試料管50が模式的に示されている。試料管50の内部には溶液としての試料が入れられている。z方向においてNMR測定対象が範囲54である。少なくとも範囲54の全体にわたって静磁場(磁場の向きはz方向に並行)を均一にすることが求められる。
【0039】
試料管50に対して、例えば、符号51で模式的に示すように、温度可変用のガスが送り込まれる。すると、図3の左側に示すように温度勾配52が生じる(横軸は温度Tを示しており、縦軸はz方向の高さを示している)。この温度勾配52又は他の事象を原因として、試料管50内において、試料の対流56が生じ得る。z方向における特定の高さに着目した場合、あるタイミングにおける試料状態とその後の他のタイミングにおける試料状態とが異なることになる。位相マップを取得する場合において、位相分散過程と再収束過程との間で試料状態が異なるならば、正しい位相マップを取得できなくなる。換言すれば、対流に起因する歪成分を含んだ位相マップが得られてしまう。それに基づいて磁場マップを演算するならば、その磁場マップにも対流の影響が現れてしまう。結果として、シミングにより不均一磁場成分を適正にキャンセルすることが困難となる。
【0040】
なお、図3の右側には勾配磁場58が示されている(横軸はz方向に向く磁場の強さを示しており、縦軸はz方向の高さを示している)。勾配磁場は、z方向の各高さにおいて不均一磁場成分を識別するために、具体的には、z方向の各高さにおいて共鳴周波数を異ならせるために、加えられる磁場である。符号59は範囲54の中央高さを示している。例えば、中央高さ59の一方側において正の磁場が加えられ、中央高さ59の他方側において負の磁場が加えられる。勾配磁場58はそれ全体として線形である。
【0041】
図4には、従来のスピンエコーパルスシーケンスが示されている。第1位相マップを取得する際に位相展開時間τとしてshortτが設定された第1スピンエコーパルスシーケンスが実行され、第2位相マップを取得する際に位相展開時間τとしてlongτが設定された第2スピンエコーパルスシーケンスが実行される。第1スピンエコーパルスシーケンスと第2スピンエコーパルスシーケンスの間では位相展開時間τの大きさだけが相違する。以下においては、それら2つのスピンエコーパルスシーケンスを区別することなく、それらの内容について具体的に説明する。なお、図4の上段には、2つの送信パルス60,64と、受信期間68が示されている。図4の下段には、勾配磁場印加期間62,66が示されている。
【0042】
最初に、90°パルス60により、横磁化が生成される。その後に位相展開期間61が設けられている。その時間長はτ(shortτ又はlongτ)である。位相展開期間61において、z方向の各位置において、不均一磁場成分の大きさに応じて、横磁化の位相が広がる(換言すれば、回転座標系において、オンレゾナンスからのずれが拡大していく)。次の期間は、受信期間68の半分の時間長δを有する勾配磁場印加期間62である。勾配磁場印加期間62においては、不均一磁場成分及び勾配磁場の2つにより位相が広がる。その後、180°パルス64により、z方向の各位置において位相が反転する。受信期間68においては、その中間時点70で、期間61以外で広がった位相成分がゼロに収束し、スピンエコーが観測される。すなわち、その時に観測される位相は、不均一磁場成分の影響を受けて広がった位相だけとなる(以下に具体的に説明するように試料の対流がある場合にはその条件は成立しない)。受信期間68は、勾配磁場印加期間62の開始時点から時間長Δをおいて開始される期間である。ここではΔ=δ+2qの関係がある。受信期間68は時間長2δを有する。受信期間68に合わせて勾配磁場印加期間66が設定されている。なお、周波数解析後の複素信号における実数部と虚数部とを用いて偏角を演算することにより、位相が特定される。その場合には、例えばφ=atan2(imag, real)の計算が実行される。
【0043】
対流が存在する場合におけるスピンエコーについて説明する。上記のようにDephase期間の時間長をδとし、Dephase期間とRephase期間の間の時間長をΔとする。流速vの対流が存在する場合、対流項(対流に起因する位相成分)は以下の(4)式で表される(この(4)式については上記の非特許文献3にも記載されている)。
【数1】
【0044】
上記(4)式にはgが含まれる。それはg=p(t)×g(t)で定義される。ここでp(t)はコヒーレンス係数であり、図4に示した例ではp(t)は1か−1をとる。g(t)は勾配磁場強度である。便宜上、図4において、勾配磁場印加期間62の開始時点をt=0とする。以下においては、上記(4)式中における以下の(5)式の部分に着目する。
【数2】
【0045】
t=0からt=δの期間において、上記(5)式は以下の(6)式のようになる。
【数3】
【0046】
t=δからt=Δの期間において、上記(5)式は以下の(7)式のようになる。
【数4】
【0047】
t=Δからt=Δ+δの期間において、上記(5)式は以下の(8)式のようになる。
【数5】
【0048】
結局、t=0からt=Δ+δまでの全期間において、上記(5)式は以下の(9)式のようになる。
【数6】
【0049】
上記(9)式に示されるように、対流が生じている場合、対流項は0にはならない。その状態で、位相マップを得た場合、その位相マップには対流による位相成分(不均一磁場成分による位相成分とは違う位相成分)が含まれてしまうことになる。
【0050】
図5には、上記であげた問題を解消する二重スピンエコーパルスシーケンスが示されている。そのシーケンスに含まれる位相展開時間τを異ならせることにより、第1位相マップ取得用の第1二重スピンエコーパルスシーケンスと、第2位相マップ取得用の第2二重スピンエコーパルスシーケンスと、が作成される。以下においては、それらを区別することなく、二重スピンエコーパルスシーケンスについて具体的に説明する。なお、図5の上段には、3つの送信パルス72,78,84と、受信期間88が示されている。図5の下段には、勾配磁場印加期間74,80,86が示されている。
【0051】
最初に、90°パルス72により、横磁化が生成される。その後に位相展開期間73が設けられている。その時間長はτ(shortτ又はlongτ)である。位相展開期間73において、z方向の各位置において、不均一磁場成分の大きさに応じて、横磁化の位相が広がる(換言すれば、回転座標系において、オンレゾナンスからのずれが拡大していく)。次の期間は、時間長δを有する勾配磁場印加期間74である。勾配磁場印加期間74においては、不均一磁場成分及び勾配磁場の2つにより位相が広がる。その後、期間76内で生じる180°パルス78により、z方向の各位置において位相が反転する。
【0052】
期間76の後、時間長2δを有する勾配磁場印加期間80が設けられている。勾配磁場印加期間80は前半期間80Aと後半期間80Bとからなる。いずれも時間長δを有する。前半期間80Aと後半期間80Bとの間で(つまり勾配磁場印加期間80の中間時点で)、期間73以外で広がった位相成分がゼロに収束し、スピンエコーが生じる。しかし、図4を用いて説明したように、その時点では対流項は0にならず、対流による位相成分が残留する。
【0053】
続いて、期間82内において、2つ目の180°パルス84が照射される。これにより、z方向の各位置において位相が再反転する。その後の受信期間88と並行して勾配磁場印加期間86が設けられている。それは、時間長δを有する前半期間86Aと、時間長δを有する後半期間86Bと、からなる。受信期間88の中間時点90において、2回目のスピンエコーが生じる。その時に観測される位相は、期間73において不均一磁場成分の影響を受けて広がった位相成分だけとなる。すなわち、1回目のスピンエコーにおいて残留していた対流による位相成分はゼロに収束する。なお、上記のように、Δ=δ+2qの関係がある。
【0054】
二重スピンエコーパルスシーケンスにおいて、上記(5)式は以下のように表される。具体的には、t=0からt=δの期間において、上記(5)式は以下の(10)式のようになる。
【数7】
【0055】
t=δからt=Δの期間において、上記(5)式は以下の(11)式のようになる。
【数8】
【0056】
t=Δからt=Δ+δの期間において、上記(5)式は以下の(12)式のようになる。
【数9】
【0057】
t=Δ+δからt=Δ+2δの期間において、上記(5)式は以下の(13)式のようになる。
【数10】
【0058】
t=Δ+2δからt=2Δ+δの期間において、上記(5)式は以下の(14)式のようになる。
【数11】
【0059】
t=2Δ+δからt=2Δ+2δの期間において、上記(5)式は以下の(15)式のようになる。
【数12】
【0060】
結局、t=0からt=2Δ+2δまでの全期間において、上記(5)式は以下の(16)式のようになる。
【数13】
【0061】
上記(16)式に示されるように、二重スピンエコー法によれば、対流項をゼロにすることができ、つまり、対流により生じる位相成分をゼロに収束させることが可能である。これにより、不均一磁場成分による位相成分だけを検出することが可能である。
【0062】
2つの180°パルス78,84の一方又は両方を2つの90°パルスで構成してもよい。スピンエコー法において180°パルスの代わりに2つの90°パルスを用いる方法は刺激エコー(Stimulated Echo)法と称されている。もっとも、その方法を採用する場合、シーケンス全体の時間長が増大してしまう。位相マップ取得時間、ひいてはシミングに要する時間を短縮化するためには、2つの180°パルスを利用するのが望ましい。
【0063】
磁場マップ取得に際しては通常、shortτを有する第1パルスシーケンス及びlongτを有する第2パルスシーケンスが実行されるが、上記で説明した手法は、いずれかのパルスシーケンスのみを実行する場合においても適用され得る。例えば、(1)式及び(2)式に示したshortτ位相マップ及びlongτ位相マップの相互関係を事前に特定できる場合、あるいは、それらの式に含まれる位相オフセットマップを事前に特定できる場合、1つのパルスシーケンスの実行により磁場マップを求めることが可能である。
【0064】
図6には、図4に示したスピンエコーパルスシーケンスを利用して生成された磁場マップ(z方向における不均一磁場成分の分布)92が示されている。図7には、図5に示した二重スピンエコーパルスシーケンスを利用して生成された磁場マップ94が示されている。各マップ92,94における横軸はz軸であり、縦軸は不均一磁場成分の強さΔB0inhomoを示している。なお、磁場マップの取得に際して、測定対象核は2Hであった。静磁場の強さは14.1T(1Hを基準とした場合に600MHz)であった。
【0065】
磁場マップ92においては、対流項の位相成分を原因とするz方向に沿った大きな変動が認められるのに対し、磁場マップ94においては、z方向に沿った変動がかなり抑えられている。磁場マップ94においては、対流の影響が除外又は軽減されている。
【0066】
上記の手法を二次元グラジエントシミング及び三次元グラジエントシミングに適用してもよい。いずれの場合においても、z方向に二重スピンエコーパルスシーケンスを適用すれば、対流による影響を除外又は軽減できる。検出コイルを冷却する場合、その影響を受けて試料に対流が生じることもある。そのような場合にも、二重スピンエコーパルスシーケンスを利用することが可能である。なお、一重スピンエコーパルスシーケンスによる測定結果と二重スピンエコーパルスシーケンスによる測定結果とを突き合わせて、対流項の実態を解明する変形例も考えられる。
【0067】
従来のDOSY測定においても二重スピンエコーパルスシーケンスが利用されているが、それは、シミングのためのものではない点で、また、そこには受信期間において勾配磁場の印加が存在しない点で、更に、shortτ及びlongτに対応した2種類のシーケンスを利用しない点で、実施形態に係る二重スピンエコーパルスシーケンスとは相違する。
【符号の説明】
【0068】
10 演算制御部、12 送受信部、14 測定部、16 静磁場発生器、18 プローブ、20 シムコイルユニット、22 試料管、38 磁場マップ演算部、40 シムシステムコントローラ、43 シムドライバ、44 温度可変機構。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7