(54)【発明の名称】EGFR及びMIC−ABからなる群より選択される少なくとも1種の細胞表面マーカーを高発現する間葉系幹細胞及びその調製方法、並びに上記間葉系幹細胞を含む医薬組成物及びその調製方法
【文献】
LUCA, Antonella De et al.,Role of the EGFR Ligand/Receptor System in the Secretion of Angiogenic Factors in Mesenchymal Stem C,Journal of Cellular Physiology,2011年,Vol. 226,p. 2131-2138
【文献】
LI, Mingfen et al.,Mesenchymal stem cells suppress CD8+ T cell-mediated activation by suppressing natural killer group,Clinical and Experimental Immunology,2014年,Vol. 178,p. 516-524
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、代謝疾患、心血管疾患、骨疾患、胃腸疾患、肺疾患、肝疾患及び腎疾患からなる群より選択される疾患の予防又は治療のために用いられる、請求項4から6のいずれか1項記載の医薬組成物。
上皮若しくは内皮のバリア機能の低下に起因する疾患、又はIL−1が関与する疾患の予防又は治療のために用いられる、請求項4から7のいずれか1項記載の医薬組成物。
上記疾患が、癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、代謝疾患、心血管疾患、骨疾患、胃腸疾患、肺疾患、肝疾患及び腎疾患からなる群より選択される、請求項11記載の調製方法。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のEGFR及びMIC−ABからなる群より選択される少なくとも1種の細胞表面マーカー(以下、「特定マーカー」ともいう)を高発現する間葉系幹細胞は、IL−6等の炎症性サイトカインの産生抑制作用やバリア機能亢進作用に優れると共に、酸化ストレスに対する耐性もあり、ダメージを受け難い細胞である、といった特性を有する。また、未分化性を維持していると同時に、分化条件下では目的の機能を有する細胞に効率よく分化することができる。このような特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を含む本発明の医薬組成物は、種々の疾患に対する優れた治療効果を奏する。以下に、本発明における特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞、それを含む医薬組成物等について説明する。
【0011】
[特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞]
本発明において間葉系幹細胞とは、骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞等の間葉系に属する細胞への分化能を有し、この分化能を維持したまま増殖できる細胞を意味する。例えば骨髄、脂肪、血液、骨膜、真皮、臍帯、胎盤、羊膜、絨毛膜、脱落膜、筋肉、子宮内膜、真皮、歯小嚢、歯根膜、歯髄、歯胚等由来の間葉系幹細胞が挙げられ、好ましくは臍帯由来、脂肪由来、骨髄由来の間葉系幹細胞であり、より好ましくは臍帯由来の間葉系幹細胞である。ここで、「由来」とは、上記細胞が供給源である組織から獲得され、成長、或いはin vitroで操作された細胞であることを示す。なお、本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞は、上記間葉系幹細胞の集合体であり、互いに異なる特性を有する複数種の間葉系幹細胞が含まれていてもよいし、実質的に均一な間葉系幹細胞の集合体であってもよい。
【0012】
本発明における間葉系幹細胞は、被検体由来である自家性細胞であってもよいし、同種の別の対象に由来する他家性細胞であってもよい。好ましくは他家性細胞である。
【0013】
「特定マーカーを高発現する」とは、間葉系幹細胞が特定マーカー遺伝子を高発現していること、若しくは特定マーカータンパクを高発現していること、又はその両方を高発現していることをいう。すなわち、間葉系幹細胞がEGFR及びMIC−ABからなる群より選択される少なくとも1種の細胞表面マーカーの遺伝子及び/又はタンパクを高発現していることをいう。「高発現」とは、従来の間葉系幹細胞と比較して特定マーカーの発現が高いことをいう。ここで、従来の間葉系幹細胞としては、10%FCS含有MEM−α培地又はLifeLine社推奨培地(LL−0034)で培養した間葉系幹細胞が例として挙げられる。したがって、本発明における間葉系幹細胞は、10%FCS含有MEM−α培地又はLifeLine社推奨培地(LL−0034)で培養した間葉系幹細胞と比較して、特定マーカー遺伝子及び/又はタンパクの発現が有意に高く、好ましくはタンパク発現強度が1.5倍〜1,000倍、より好ましくは2倍〜200倍、さらに好ましくは5倍〜100倍、特に好ましくは10倍〜50倍である。上記タンパク発現強度は、例えば特異的抗体を用いたFACS解析等により確認することができる。
【0014】
本発明の間葉系幹細胞は、EGFR及びMIC−ABからなる群より選択される少なくとも1種の細胞表面マーカーを高発現する。すなわち、本発明の間葉系幹細胞は、少なくとも、EGFR、MIC−ABのうちのいずれか1つを高発現し、好ましくは、これら2種を高発現する。
【0015】
EGFRは、上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor)であり、細胞の増殖や成長を制御する上皮成長因子(EGF)を認識し、シグナル伝達を行う受容体である。この受容体は、チロシンキナーゼ型受容体で、細胞膜を貫通して存在する分子量170kDaの糖タンパクであり、HER1、ErbB1とも呼ばれる。EGFRの発現は上皮系、間葉系、神経系起源の多様な細胞でみられる。細胞膜上にあるこの受容体に上皮成長因子(EGF)が結合すると、受容体は活性化し、細胞を分化、増殖させる。EGFRは、細胞の分化、発達、増殖、維持の調節に重要な役割を演じていることが知られている。
【0016】
例えば、間葉系幹細胞の骨、脂肪への分化に、EGFRを介したシグナルが重要な役割を果たしていること(J.Cell.Mol.Med.Vol,17,No.9,2013,pp.1160-1172,PLOS ONE, December 2012,Volume7,Issue 12,e50099,Biochemical and Biophysical Research Communications 371,2008,pp.866-871)、間葉系幹細胞においてEGFRシグナル経路を活性化することにより、神経細胞への分化が促進されること(BMB Rep. 2013; 46(11): pp.527-532,Neurochemistry International 62 ,2013, pp.418-424)、MSCの生存維持のためにEGFRからのシグナルが重要な役割を果たすこと(Stem Cells Translational Medicine,2016,5,pp.1580-1586)、COPD患者の肺など、組織損傷が起きている部位における、MSCによる創傷治癒効果は、EGFRを活性化することにより増強すること(Respiratory Research (2016) 17:3)などが報告されている。
【0017】
MIC−ABは、MHCクラスI関連分子であるMICA及び/又はMICBのことをいい、CD314(NKG2D;NK細胞活性化受容体)のリガンドとして機能する分子である。MIC−ABは主に上皮系の細胞や、多くの腫瘍細胞に発現していることが知られている。腫瘍細胞は可溶性のMICAを分泌して、免疫細胞表面のNKG2Dの機能を抑制することにより抗腫瘍応答を減少させるという報告もある(Nature Reviews Cancer, vol.2, 813, 2002)。また、MICBは、NKG2Dのストレス誘導性リガンドであり、NK細胞によるウイルス感染細胞や腫瘍細胞の傷害において重要な役割を担っている分子であることも知られている。
【0018】
本発明の間葉系幹細胞は、上記特定マーカーを高発現するという特徴に加えて、例えば、成長特徴(例えば、継代から老化までの集団倍加能力、倍加時間)、核型分析(例えば、正常な核型、母体系統又は新生児系統)、フローサイトメトリー(例えば、FACS分析)による表面マーカー発現、免疫組織化学及び/又は免疫細胞化学(例えば、エピトープ検出)、遺伝子発現プロファイリング(例えば、遺伝子チップアレイ;逆転写PCR、リアルタイムPCR、従来型PCR等のポリメラーゼ連鎖反応)、miRNA発現プロファイリング、タンパク質アレイ、サイトカイン等のタンパク質分泌(例えば、血漿凝固解析、ELISA、サイトカインアレイ)、代謝産物(メタボローム解析)、本分野で知られている他の方法等によって、特徴付けられてもよい。本発明における特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞は、例えば、以下のような特徴を有する。
【0019】
(特定マーカー以外の表面マーカーの発現)
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、未分化性の指標となるCD29、CD73、CD90、CD105及びCD166を発現している。
【0020】
(特定マーカー以外の遺伝子発現)
本発明における特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞は、特定マーカー遺伝子に加えて、他の遺伝子発現の有無によって特徴付けられてもよい。本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞が発現している遺伝子としては、例えば、MT1X、NID2、CPA4、DKK1、ANKRD1、TIMP3、MMP1、オステオプロテゲリン(Osteoprotegerin;TNFRSF11B)、IGFBP5、SLC14A1等が挙げられる。特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、MT1X、NID2、CPA4、DKK1、ANKRD1、TIMP3、MMP1、オステオプロテゲリン(Osteoprotegerin;TNFRSF11B)、IGFBP5及びSLC14A1からなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子を発現していることが好ましい。より好ましくは2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、さらに好ましくは6種以上、7種以上、8種以上、9種以上の、特に好ましくは、上記の全ての遺伝子を発現している。
【0021】
また、特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、MT1X、NID2、CPA4、DKK1及びANKRD1からなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子が高発現であってもよい。好ましくは2種以上、3種以上、より好ましくは4種以上、さらに好ましくは上記の全ての遺伝子が高発現である。さらに、TIMP3、MMP1、オステオプロテゲリン(Osteoprotegerin;TNFRSF11B)、IGFBP5及びSLC14A1からなる群より選択される少なくとも1種の遺伝子が低発現であってもよい。好ましくは2種以上、3種以上、より好ましくは4種以上、さらに好ましくは上記の全ての遺伝子が低発現である。ここで、遺伝子が高発現又は低発現とは、特定マーカー陰性の従来の間葉系幹細胞と比較して、各遺伝子発現が増強している場合又は低下している場合をいう。具体的には、例えば、臍帯由来間葉系幹細胞としてLifeLine社のUC−MSC(Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020)を用いた場合、LifeLine社の推奨培地で培養した場合の各遺伝子発現強度と比較することができる。
【0022】
なお、このときの各遺伝子の発現は、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、細胞から常法によりmRNAを調製し、発現の有無や程度を確認したい遺伝子についてqRT−PCRを行い、それぞれの遺伝子発現を解析することができる。
【0023】
MT1Xは、システインリッチな低分子量タンパクであり(分子量500〜14,000Da)、ゴルジ体の膜に局在している。MT1Xの機能の詳細は不明であるが、抗酸化タンパクとして、酸化ストレスに対する防御機構に関与している可能性が示唆されている。また、MT1Xは細胞の未分化性の指標となるタンパクであるとも言われている。本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞がMT1Xを発現していることの効果として、細胞が酸化ストレス耐性を獲得していることが挙げられ、疾患の治療に用いる場合に、よりダメージに強い細胞である点で好ましい。
【0024】
NID2は、ラミニンγ1鎖に結合し、ラミニンをIV型コラーゲンに結びつけることで基底膜の形成と維持に関与しているタンパクである。中枢神経組織内におけるほとんどの基底膜に発現している。本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞がNID2を発現していることの効果としては、筋肉細胞(特に、骨格筋、心筋)への分化能が向上している可能性が考えられる。
【0025】
CPA4は、タンパク質のC末端アミノ酸を切断するタンパク分解酵素のひとつである。また、CPA4は前立腺癌マーカーとしても知られるタンパクであり、癌の悪性度に比例して発現が上昇することが知られている。活発に増殖する未分化性の高い細胞において発現が上昇している傾向があることから、本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞がCPA4を発現していることは、本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞が未分化性及び増殖性が高いことを示唆していると言える。
【0026】
ANKRD1は、間葉系幹細胞の他、心筋、平滑筋、線維芽細胞、肝星細胞等に発現しているタンパクであり、分化の過程や、ストレスに関与して作用する転写因子である。多くの心疾患に関与していることが判明している。また、創傷治癒過程にある線維芽細胞や肝障害時の肝星細胞において発現が上昇すること、ANKRD1を欠失させたマウスでは傷の治りが遅れること等が知られている(Susan E. Samaras et al. The American Journal of Pathology, Vol. 185, No. 1, January 2015, Inge Mannaerts et al, Journal of Hepatology 2015)。また、MMP10,13等の細胞外基質分解酵素の発現を制御する核内因子である(Karinna Almodovar−Garcia et al. MCB 2014)。よって、本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞がANKRD1を発現していることの効果としては、心筋細胞への分化能向上や創傷治癒効果亢進、線維化組織の細胞外基質のリモデリングに関与する等の可能性が考えられる。
【0027】
DKK1は、Wntシグナル阻害剤として機能するタンパクであり、Canonical経路の抑制化に寄与していると考えられている。そのため、骨分化に関しては促進的方向に作用して骨分化能を向上させる。骨粗しょう症においては発現が低下することが知られている。一方、細胞の未分化性維持及び増殖には良い影響を与えていると考えられており、胎児発達にも寄与していることも知られている。
【0028】
TIMP3(Tissue Inhibitor of Metalloproteinase 3)は、MMP1、MMP2、MMP3、MMP9、MMP13の活性化を抑制する。さらに、MMP3はその他の多くのMMPの活性化に関与していることから、TIMP3は広範なMMPの抑制因子として機能する。また、VEGFのVEGFR2への結合を抑制することで血管新生を抑制することや、アポトーシス促進シグナルとして働くことが知られている。
【0029】
MMP1(Matrix metalloproteinase 1)は、I型、II型、III型、V型コラーゲンを対象に分解するタンパク質である。主要なECMを対象にしていることから、細胞分裂や細胞遊走の際に働くことが知られている。炎症反応によって発現が増加することが知られており、炎症時の組織破壊やリモデリングに関与している。
【0030】
オステオプロテゲリン(Osteoprotegerin;TNFRSF11B)は、破骨細胞分化因子(RANKL)のデコイ受容体で、RANKを介したNF−κBシグナルの活性化を阻害する。骨芽細胞、線維芽細胞、肝細胞などから産生され、破骨前駆細胞の破骨細胞への分化を阻害する。オステオプロテゲリンの局所投与により骨形成が促進されたり、逆にノックダウンにより骨粗鬆症を生じるという報告がある。
【0031】
IGFBP−5は、インシュリン様成長因子(IGF)結合タンパク質で、ほとんどのIGFはIGFBPと結合した状態で存在している。IGFBPの機能として、IGFシグナルを増強することが挙げられる。また、TNFR1の遺伝子発現を促進するほか、TNFR1タンパク質に対してアンタゴニスト的に働くことで、TNFαシグナルを抑制することが知られている。また、乳癌細胞で、IGFBP−5が細胞接着、生存率の増加を促進し、細胞遊走を抑制することが報告されている。
【0032】
SLC14A1は、尿素トランスポーターであり、腎臓で発現が高く、細胞内の尿素濃度のコントロールを行っている。間葉系幹細胞でも発現していることは示されており、特に軟骨分化時に発現低下することが報告されている。
【0033】
(マイクロRNA発現)
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、miRNAの発現の有無によってさらに特徴付けられてもよい。本発明の間葉系幹細胞が発現しているmiRNAとしては、例えば、hsa−miR−145−5p、hsa−miR−181a−5p、hsa−miR−29b−3p、hsa−miR−34a−5p、hsa−miR−199b−5p、hsa−miR−503−5p、hsa−let−7e−5p、hsa−miR−132−3p、hsa−miR−196a−5p、hsa−miR−324−3p、hsa−miR−328−3p、hsa−miR−382−5p、hsa−let−7d−5p等が挙げられる。本発明の間葉系幹細胞は、hsa−miR−145−5p、hsa−miR−181a−5p、hsa−miR−29b−3p、hsa−miR−34a−5p、hsa−miR−199b−5p、hsa−miR−503−5p、hsa−let−7e−5p、hsa−miR−132−3p、hsa−miR−196a−5p、hsa−miR−324−3p、hsa−miR−328−3p、hsa−miR−382−5p、及びhsa−let−7d−5pからなる群より選択される少なくとも1種のマイクロRNAを発現していることが好ましい。より好ましくは2種以上、3種以上、4種以上、5種以上、6種以上の、さらに好ましくは7種以上、8種以上、9種以上、10種以上、11種以上、12種以上の、特に好ましくは、上記の全てのマイクロRNAを発現している。
【0034】
また、hsa−miR−145−5p、hsa−miR−181a−5p、hsa−miR−29b−3p、hsa−miR−34a−5p、hsa−miR−199b−5p、及びhsa−miR−503−5pからなる群より選択される少なくとも1種のマイクロRNAが低発現となる傾向であり、かつhsa−let−7e−5p、hsa−miR−132−3p、hsa−miR−196a−5p、hsa−miR−324−3p、hsa−miR−328−3p、hsa−miR−382−5p、及びhsa−let−7d−5pからなる群より選択される少なくとも1種のマイクロRNAが高発現となる傾向であることが好ましい。ここで、マイクロRNAが低発現とは、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞と比較して、低発現であることをいう。また、逆にマイクロRNAが高発現とは、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞と比較して、高発現であることをいう。具体的には、例えば、臍帯由来間葉系幹細胞としてLifeLine社のUC−MSC(Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020)を用いた場合、LifeLine社の推奨培地で培養した場合の各マイクロRNA発現強度を基準とすることができる。
【0035】
なお、このときのマイクロRNAの発現は、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、細胞から常法によりmRNAを調製し、qRT−PCRもしくは市販のマイクロRNAアレイ等により、細胞中のマイクロRNA発現を解析することができる。マイクロRNAの発現量の判定は、処方培地で培養して得られた細胞における各種マイクロRNA発現量を、従来の培地や推奨培地等で培養して得られた細胞におけるそれぞれのマイクロRNA発現量で除した値(Fold change値)を算出して行うことができる。
【0036】
(サイトカイン分泌)
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、サイトカイン分泌の有無によってさらに特徴付けられてもよい。本発明の間葉系幹細胞が分泌しているサイトカインとしては、例えば、デコリン、オステオプロテゲリン、MMP1等が挙げられる。本発明の間葉系幹細胞は、デコリン、オステオプロテゲリン及びMMP1からなる群より選択される少なくとも1種のサイトカインを分泌していることが好ましく、少なくとも2種のサイトカインを分泌していることがより好ましく、3種全てのサイトカインを分泌していることがさらに好ましい。
【0037】
また、本発明の間葉系幹細胞は、デコリンの分泌量が多く、かつオステオプロテゲリン及びMMP1の分泌量が少ないことが好ましい。ここで、各因子の分泌量が多い又は少ない、の判断は、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞におけるそれぞれの因子の産生量(培養上清中の濃度)と比較することにより行うことができる。
【0038】
なお、サイトカインの分泌量(培養上清中の濃度)は、当業者に公知の方法により測定することができる。例えば、ELISA法等が挙げられる。
【0039】
デコリンは、スモールロイシンリッチプロテオグリカンファミリーで最もよく知られている因子の一つである。生体内ではユビキタスに発現し、コラーゲン線維の集合や細胞の増殖などに関与していることが知られている。本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞においてデコリンの分泌が上昇していることの効果としては、炎症部位、損傷部位における組織修復効果、組織における細胞増殖促進効果等が期待できる。
【0040】
オステオプロテゲリン(Osteoprotegerin;TNFRSF11B)は、遺伝子発現の項において記載した通り、破骨細胞分化因子(RANKL)のデコイ受容体で、RANKを介したNF−κBシグナルの活性化を阻害する。骨芽細胞、線維芽細胞、肝細胞などから産生され、破骨前駆細胞の破骨細胞への分化を阻害する。オステオプロテゲリンの局所投与により骨形成が促進されたり、逆にノックダウンにより骨粗鬆症を生じるという報告がある。
【0041】
MMP1(Matrix metalloproteinase 1)は、遺伝子発現の項において記載した通り、間質コラゲナーゼであり、I型、II型、III型、V型コラーゲンのへリックス部位を特異的に切断し、組織破壊や組織再構築に関与する酵素である。本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞においてMMP1の分泌が、特定マーカー陰性細胞と比較して低いことの効果としては、炎症部位、損傷部位における組織修復効果等が期待できる。
【0042】
(分化の方向性)
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、骨、脂肪、軟骨への分化能を有する。それぞれの分化能については、当業者に公知の分化誘導条件により上記間葉系幹細胞集団を培養して、判断することができる。
【0043】
骨細胞への分化誘導法としては、従来から用いられている誘導方法を用いることができ、特に限定されないが、典型的には、以下のような方法により誘導できる。即ち、本発明の間葉系幹細胞を数日間培養した後、培地中にFBS等の血清、デキサメタゾン、β−グリセロールホスフェート(β−glycerol phosphate)、アスコルビン酸−2−ホスフェート(ascorbic acid−2−phosphate)が含まれた分化培養液に懸濁して播種する。なお、上記分化培養液としては、市販の骨細胞分化用培地を用いてもよい。このような市販の骨分化用培地としては、例えば、OsteoLife Complete Osteogenesis Medium (Lifeline, LM−0023)、Mesenchymal Stem Cell Osteogenic Differentiation Medium (タカラバイオ社,D12109)等が挙げられる。骨分化のための培養では、分化培養用播種から24時間〜72時間程度の後に培地交換を行い、以後、3〜4日毎に培地交換を行い、2週間〜1ヶ月程度培養する。
【0044】
脂肪細胞への分化誘導方法としては、従来から用いられている誘導方法を用いることができ、特に限定されないが、典型的には、レチノイン酸を添加した培養液で数日間浮遊培養した後、インシュリン及びトリヨードサイロニン(T3)を添加した培養液で培養する。また、従来この種の細胞の培養に用いられる培養条件を利用することができ、例えば、培地の種類、組成物の内容、組成物の濃度、及び培養温度等に関して特に制限はない。また、培養期間は、典型的には21日を超えない期間培養をするのが好ましいが、30日〜40日程度培養を継続することも可能である。具体的には、以下のような方法により脂肪細胞を誘導できる。即ち、本発明の間葉系幹細胞を数日間培養した後、脂肪細胞分化用培地に懸濁してクラボウ分化プロトコール推奨細胞密度にて播種する。上記分化用培地としては、例えば、ヒト間葉系幹細胞用脂肪細胞分化用培地:AdipoLife DfKt−1 (Lifeline, LL−0050)、 AdipoLife DfKt−2 (Lifeline , LL−0059)、Mesenchymal Stem Cell Adipogenic Differentiation Medium(タカラバイオ社,D12107)等が挙げられる。脂肪分化のための培養では、分化培養用播種から24〜72時間程度の後に培地交換を行い、以後、3〜4日毎に培地交換を行い、2週間〜1ヶ月程度培養する。
【0045】
軟骨細胞への分化誘導法としては、従来から用いられている誘導方法を用いることができ、特に限定されないが、典型的には、本発明の間葉系幹細胞をコラーゲンゲル等と混合してゲル化し、DMEM等の培地に、デキサメタゾン、アスコルビン酸−2−ホスフェート、ピルビン酸ナトリウム(sodium pyruvate)、TGF−β3(Transforming Growth Factor−β3)、ITSプラスプレミックス(ITS plus premix)(インシュリン、トレンスフェリン、亜セレン酸の混合物)が含まれた分化培養液を添加して培養することができる。1週に2〜3回程度培養液を交換しながら3週間程度培養する。具体的には、以下のような方法により軟骨細胞を誘導できる。即ち、本発明の間葉系幹細胞を数日間培養した後、軟骨分化用培地に懸濁して、クラボウ分化プロトコール推奨細胞密度にて、マイクロマス法を用いて播種する。上記軟骨分化用培地としては、例えば、ChondroLife Complete Chondrogenesis Medium (Lifeline, LM−0023)、Mesenchymal Stem Cell Chondrogenic Differentiation Medium w/o Inducers(タカラバイオ社,D12110)等が挙げられる。その後、3〜4日毎に培地交換を行い、2週間〜1ヶ月程度培養する。
【0046】
上記の分化誘導方法にて得られた細胞は、生化学的アプローチ或いは形態観察により分化した細胞の種類を確認することができる。例えば、顕微鏡による細胞観察、種々の細胞染色法、ハイブリダイゼーションを用いたノーザンブロット法、RT−PCR法等のさまざまな確認方法によって分化した細胞の種類を特定することができる。
【0047】
脂肪細胞、骨細胞及び軟骨細胞は、その細胞の形状からは判定が困難であるが、細胞内脂質を染色する(例えばOil Red O染色法により赤く染色できる。)ことにより脂肪細胞の存在を確認することができる。また、細胞をアリザリンレッド(Alizarin red)染色を行うことにより骨細胞の存在を確認することができる。また、アルシアンブルー(Alcian blue)染色、サフラニンO染色、又はトルイジンブルー染色を行うことにより軟骨細胞の存在を確認することができる。
【0048】
本発明の間葉系幹細胞は、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞への分化能を有するが、特に脂肪細胞、骨細胞への分化能が、従来の培地によって培養された間葉系幹細胞集団と比較して顕著に向上している。
【0049】
(酸化ストレス耐性)
本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞は、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞と比較して、ロテノン等による酸化ストレスによるダメージを受けにくい。即ち、特定マーカー陽性である間葉系幹細胞と、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞に対して、同じ濃度のロテノンで処理し、細胞のViability(%)を比較すると、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞は、ロテノンの濃度依存的にViabilityが顕著に低下するのに対して、本発明の間葉系幹細胞は、Viabilityの低下が抑えられ、細胞によっては、ほぼ100%のViabilityとなる場合もある。
【0050】
[特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の調製]
特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の調製方法は特に限定されないが、例えば以下のようにして調製することができる。すなわち、臍帯、脂肪組織、骨髄等の組織から、当業者に公知の方法に従って、間葉系幹細胞を分離、培養し、特定マーカーに特異的に結合する抗体(抗EGFR抗体、抗MIC−AB抗体)を用いて、特定マーカー陽性細胞をセルソーター、磁気ビーズ等で分離することにより取得することができる。また、後述する処方培地を用いる培養により、間葉系幹細胞における特定マーカー発現を誘導、増強することで、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を効率的に取得することもできる。この誘導によって得られる細胞集団において、細胞集団の70%以上が特定マーカー陽性であることが好ましく、80%以上が特定マーカー陽性であることがより好ましく、90%以上が特定マーカー陽性であることがさらに好ましく、実質的に特定マーカー陽性の均一な細胞集団であることが特に好ましい。以下に、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の調製方法を具体的に説明する。
【0051】
本発明における特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の調製方法としては、例えば以下のような方法を用いることができる。すなわち、(A)間葉系幹細胞を含む組織を、酵素等で処理する工程、(B)上記酵素処理により得られた細胞懸濁液を適切な培養培地に懸濁して付着培養を行う工程、(C)浮遊細胞を除去する工程、(D)間葉系幹細胞を培養する工程等を含む方法により、間葉系幹細胞を取得、培養することができる。各工程について以下に、詳細に説明する。
【0052】
(A)間葉系幹細胞を含む組織を、酵素等で処理する工程において、臍帯等の間葉系幹細胞を含む組織は、生理食塩水(例えばリン酸緩衝食塩水(PBS))等を用いて、攪拌して沈降させること等により洗浄する。この操作により、上記組織に含まれる夾雑物を組織から除去することができる。残存する細胞は、さまざまなサイズの塊として存在するので、細胞そのものの損傷を最小限に抑えながら解離させるため、洗浄後の細胞塊を、細胞間結合を弱めるか、又は細胞間結合を破壊する酵素(例えばコラゲナーゼ、ディスパーゼ、トリプシン等)で処理することが好ましい。使用する酵素の量及び処理期間は、使用される条件に依存して変わるが、当技術分野の技術常識の範囲で行うことができる。このような酵素処理に代えて、又は併用して、細胞塊を、機械的な攪拌、超音波エネルギー、熱エネルギー等の他の処理法で分解することができるが、細胞の損傷を最小限に抑えるため、酵素処理のみで行うことが好ましい。酵素を用いた場合、細胞に対する有害な作用を最小限に抑えるために、酵素による処理後は、培地等を用いて酵素を失活させることが望ましい。
【0053】
上記工程により得られる細胞懸濁物は、凝集状の細胞のスラリー又は懸濁物、並びに各種夾雑細胞、例えば赤血球、平滑筋細胞、内皮細胞、及び線維芽細胞を含む。したがって、続いて凝集状態の細胞とこれらの夾雑細胞を分離、除去してもよいが、後述する浮遊細胞等除去工程により、除去可能であることから、当該分離、除去は割愛しても良い。夾雑細胞を分離、除去する場合、細胞を上清と沈殿に強制的に分ける遠心分離によって達成することができる。得られた夾雑細胞を含む沈殿は、適切な溶媒に懸濁させる。懸濁状の細胞には、赤血球を含む恐れがあるが、後述する個体表面への接着による選択により、赤血球は除外されるため、溶解する工程は必ずしも必要ではない。赤血球を選択的に溶解する方法として、例えば、塩化アンモニウムによる溶解による高張培地又は低張培地中でのインキュベーション等、当技術分野で周知の方法を使用することができる。溶解後、例えば濾過、遠心沈降、又は密度分画によって溶解物を所望の細胞から分離してもよい。
【0054】
次に(B)上記酵素処理により得られた細胞懸濁液を適切な培養培地に懸濁して付着培養を行う工程において、懸濁状の細胞において、間葉系幹細胞の純度を高めるために、1回もしくは連続して複数回洗浄し、遠心分離し、培地に再懸濁してもよい。この他にも、細胞を、細胞表面マーカープロファイルを基に、又は細胞のサイズ及び顆粒性を基に分離しても良い。この工程において、特定マーカータンパクを発現している細胞のみを、セルソータ―、磁気ビーズ等を用いた免疫学的手法により選択的に分離してもよい。
【0055】
再懸濁において用いる培地は、間葉系幹細胞を培養できる培地であれば、特に限定されないが、例えば、動物細胞用の基礎培地に、血清及び/又は血清代替物等を添加して作製することができる。また、間葉系幹細胞の培養に適した培地として市販されているものを用いてもよい。なお、本発明においては間葉系幹細胞やその培養上清を動物(ヒトを含む)の疾患の治療のために用いるため、できるだけ生物由来原料を含まない培地(例えば、無血清培地)であることが好ましい。特に異種由来成分を含まない(ゼノフリー)培地が好ましい。
【0056】
上記基礎培地の組成は、培養するべき細胞の種類に応じて適宜選択することができる。例えば、イーグル培地のような最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、最小必須培地α(MEM−α)、間葉系細胞基礎培地(MSCBM)、Ham’s F−12及びF−10培地、DMEM/F12培地、Williams培地E、RPMI−1640培地、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、McCoy改変培地等が挙げられる。
【0057】
血清は、例えば、ヒト血清、ウシ胎児血清(FBS)、ウシ血清、仔ウシ血清、ヤギ血清、ウマ血清、ブタ血清、ヒツジ血清、ウサギ血清、ラット血清等があるがこれらに限定されない。血清を用いる場合、基礎培地に対して、0.5%〜15%、好ましくは、5%〜10%を添加しても良い。
基礎培地に加える上記血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、亜セレン酸ナトリウム、コラーゲン前駆体、微量元素、2−メルカプトエタノール、3’−チオールグリセロール等が挙げられる。
【0058】
上記基礎培地には、必要に応じて、さらにアミノ酸、無機塩類、ビタミン類、増殖因子、抗生物質、微量金属類、幹細胞分化誘導剤、抗酸化剤、炭素源、塩、糖、糖前駆体、植物由来加水分解物、サーファクタント、アンモニア、脂質、ホルモン、緩衝剤、指示薬、ヌクレオシド、ヌクレオチド、酪酸、有機物、DMSO、動物由来生成物、遺伝子誘導剤、細胞内pHの調節剤、ベタイン、浸透圧保護剤、鉱物、等の物質を添加しても良いが、これらの物質に限定されない。これらの物質の使用濃度は特に限定されず、通常の哺乳動物細胞用培地に用いられる濃度で用いることができる。
【0059】
上記アミノ酸としては、例えば、グリシン、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−システイン、L−シスチン、L−グルタミン酸、L−グルタミン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリン等が挙げられる。
【0060】
上記無機塩類としては、例えば、塩化カルシウム、硫酸銅、硝酸鉄(III)、硫酸鉄、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等が挙げられる。
【0061】
上記ビタミン類としては、例えば、コリン、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB3、ビタミンB4、ビタミンB5、ビタミンB6、ビタミンB7、ビタミンB12、ビタミンB13、ビタミンB15、ビタミンB17、ビタミンBh、ビタミンBt、ビタミンBx、ビタミンC、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンK、ビタミンM、ビタミンP等が挙げられる。
【0062】
その他、基礎培地に添加できる具体的な物質としては、塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)、内皮細胞増殖因子(EGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、上皮成長因子(EGF)、インスリン様成長因子(IGF)、トランスフォーミング成長因子(TGF)、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)、肝細胞増殖因子(HGF)等の増殖因子;ペニシリン、ストレプトマイシン、ネオマイシン硫酸塩、アンホテリシンB、ブラストサイジン、クロラムフェニコール、アモキシシリン、バシトラシン、ブレオマイシン、セファロスポリン、クロルテトラサイクリン、ゼオシン及びピューロマイシン等の抗生物質;グルコース、ガラクトース、フルクトース、スクロース等の炭素源;マグネシウム、鉄、亜鉛、カルシウム、カリウム、ナトリウム、銅、セレン、コバルト、スズ、モリブデン、ニッケル、ケイ素等の微量金属;β−グリセロリン酸、デキサメタゾン、ロシグリタゾン、イソブチルメチルキサンチン、5−アザシチジン等の幹細胞分化誘導剤;2−メルカプトエタノール、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、N−アセチルシステイン等の抗酸化剤;アデノシン5’−一リン酸、コルチコステロン、エタノールアミン、インスリン、還元型グルタチオン、リポ酸、メラトニン、ヒポキサンチン、フェノールレッド、プロゲステロン、プトレシン、ピルビン酸、チミジン、トリヨードチロニン、トランスフェリン、ラクトフェリン等が挙げられる。
【0063】
本発明における間葉系幹細胞に好適な無血清培地としては、市販の無血清培地が挙げられる。例えば、PromoCell社、Lonza社、Biological Industries社、Veritas社、R&D Systems社、Corning社及びRohto社等から間葉系幹細胞用として予め調製された培地として提供されているもの等が挙げられる。
【0064】
続いて、間葉系幹細胞を分化させずに培養容器等の固体表面上で、上述の適切な培地を使用して、適切な細胞密度及び培養条件で培養する。固体表面を有する培養容器の形状は特に限定されないが、シャーレやフラスコ等が好適に用いられる。本発明における間葉系幹細胞の培養条件は、それぞれの間葉系幹細胞に適した方法であれば特に限定されず、従来と同様の方法が用いられる。通常、30℃〜37℃の温度、2%〜7%CO
2環境下、5%〜21%O
2環境下で行われる。また、間葉系幹細胞の継代の時期及び方法もそれぞれの細胞に適していれば特に限定されず、細胞の様子を見ながら、従来と同様に行うことができる。
【0065】
(C)浮遊細胞を除去する工程において、培養容器の固体表面に非付着状態の浮遊細胞及び細胞の破片等を除去し、生理食塩水(例えばリン酸緩衝食塩水;PBS)等を用いて付着細胞を洗浄する。本発明では、最終的に培養容器の固体表面に付着した状態で留まる細胞を、間葉系幹細胞の細胞集団として選択することができる。
【0066】
次に、(D)間葉系幹細胞を培養する工程を行う。培養方法は、それぞれの細胞に適した方法であれば特に限定されず、従来と同様の方法が用いられる。通常、30℃〜37℃の温度、2%〜7%CO
2環境下、5%〜21%O
2環境下で行われる。また、間葉系幹細胞の継代の時期及び方法もそれぞれの間葉系幹細胞に適していれば特に限定されず、間葉系幹細胞の形態を観察しながら、従来と同様に行うことができる。培養に用いる培地としては、工程(B)と同様のものを用いることができる。なお、細胞の全培養期間に渡って無血清培地等を用いて行われてもよい。
【0067】
上記(D)工程の培養によって得られた間葉系幹細胞から、特定マーカータンパクを発現している細胞のみを、セルソータ―、磁気ビーズ等を用いた免疫学的手法により選択的に分離する(E)工程をさらに含むことが好ましい。(E)工程により、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を効率的に取得することができる。
【0068】
なお、上記(B)工程以降の工程において、例えば以下の処方培地を採用することにより、間葉系幹細胞における特定マーカー発現を誘導、増強し、効率的に特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を取得することもできる。
【0069】
[間葉系幹細胞用の処方培地]
特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を効率的に取得するために用いる培地としては、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも2種の成分と、動物細胞培養用基礎培地とを含有する培地(処方培地)が挙げられる。処方培地は、これらの成分を含有することで、間葉系幹細胞において特定マーカーの発現を誘導又は促進すると共に、間葉系幹細胞の未分化性を長期に渡って維持しながら培養することができる。また、処方培地は、間葉系幹細胞を長期に渡って良好な細胞状態を維持しながら、効率的に増殖させることができる。さらに、処方培地は、増殖因子及びステロイド性化合物からなる群より選択される少なくとも1種の成分をさらに含有することが好ましい。以下に、処方培地が含む成分について詳細に説明する。
【0070】
(PTEN阻害剤)
本発明においてPTEN阻害剤とは、PTEN(Phosphatase and Tensin Homolog Deleted from Chromosome 10)遺伝子、又はPTENタンパク質の作用を阻害する機能を有するすべての物質をいう。PTEN遺伝子は、染色体上の10q23.3に位置し、腫瘍抑制因子として同定されている。PTENタンパク質は広く全身の細胞に発現しており、イノシトールリン脂質であるフォスファチジルイノシトール 3,4,5−トリフォスフェイト(phosphatidylinositol 3,4,5−trisphosphate;PIP3)の脱リン酸化反応を触媒する酵素として知られている。PIP3は、PI3キナーゼ(PI3K)により細胞内で合成され、プロテインキナーゼB(PKB)/ AKTの活性化を引き起こす。PTENは、このPIP3の脱リン酸化反応を担い、フォスファチジルイノシトール 4,5−ビスフォスフェイト(phosphatidylinositol 4,5−bisphosphate;PIP2)に変換する作用があるとされている。従って、PTENは、PI3K/AKT情報伝達系を負に制御する。PTENの活性が阻害されると、細胞内にPIP3が蓄積し、PI3K/AKT情報伝達系が活性化する。
【0071】
本発明におけるPTEN阻害剤としては、バナジウムを含む化合物が好ましく、例えばpV(phenbig)(ジカリウムビスペロキソ(フェニルビグアニド)オキソバナデート)、HOpic(bpV)(ジカリウムビスペロキソ(5−ヒドロキシピリジン−2−カルボキシル)オキソバナデート)、VO−OHPic三水和物((OC−6−45) Aqua (3−ヒドロキシ−2−ピリジンカルボキシラート−kapaN1,kapaO2)[3−(ヒドロキシ−kapaO)−2−ピリジンカルボキシラート(2−)−kapaO2]オキソ−バナジン酸(1−), 水素三水和物)等が挙げられる。これらのうち、VO−OHPic、HOpic、pVがより好ましい。VO−OHPic、HOpic、pVのいずれでも十分な効果が得られるが、pVがさらに好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0072】
処方培地におけるPTEN阻害剤の培地中の濃度としては、本発明の効果の観点から、10nM〜10μMが好ましく、50nM〜1μMがより好ましく、100nM〜750nMがさらに好ましく、250nM〜750nMが特に好ましい。
【0073】
(p53阻害剤)
本発明においてp53阻害剤とは、p53遺伝子又はp53タンパク質の作用を阻害する機能を有するすべての物質をいう。p53遺伝子は、染色体上の17p13.1に位置し、腫瘍抑制遺伝子としても知られている。p53タンパク質は、転写因子として作用し、多様な生理活性を有する。
【0074】
本発明におけるp53阻害剤としては、例えばオルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α、MDM2タンパク質等が挙げられる。これらのうち、オルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α、MDM2タンパク質が好ましい。オルトバナジン酸ナトリウム、ピフィスリン−α、MDM2タンパク質のいずれでも十分な効果が得られるが、ピフィスリン−αがより好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0075】
処方培地におけるp53阻害剤の濃度は、本発明の効果の観点から、100nM〜1mMであることが好ましく、500nM〜500μMであることがより好ましく、1μM〜100μMであることがさらに好ましい。
【0076】
(p38阻害剤)
本発明においてp38阻害剤とは、p38遺伝子又はp38タンパク質の作用を阻害する機能を有するすべての物質をいう。p38は、セリン/スレオニンキナーゼであるMAPキナーゼ (Mitogen−Activated Protein Kinase)の1つである。MAPキナーゼは、外界刺激を伝達するシグナル分子、細胞増殖、分化、遺伝子発現、アポトーシス等への関与が明らかにされている。
【0077】
本発明におけるp38阻害剤としては、例えばSB203580(Methyl[4−[4−(4−fluorophenyl)−5−(4−pyridinyl)−1H−imidazol−2−yl]phenyl] sulfoxide)、SB202190(4−[4−(4−Fluorophenyl)−5−(4−pyridinyl)−1H−imidazol−2−yl]phenol)、BIRB796(Doramapimod;1−[5−tert−Butyl−2−(4−methylphenyl)−2H−pyrazole−3−yl]−3−[4−(2−morpholinoethoxy)−1−naphthyl]urea)、LY2228820(5−[2−(1,1−Dimethylethyl)−5−(4−fluorophenyl)−1H−imidazol−4−yl]−3−(2,2−dimethylpropyl)−3H−imidazo[4,5−b]pyridin−2−amine dimethanesulfonate)、VX−702(2−(2,4−Difluorophenyl)−6−[(2,6−difluorophenyl)(aminocarbonyl)amino]pyridine−3−carboxamide)、PH−797804(N,4−Dimethyl−3−[3−bromo−4−[(2,4−difluorobenzyl)oxy]−6−methyl−2−oxo−1,2−dihydropyridine−1−yl]benzamide)、TAK−715(N−[4−[2−Ethyl−4−(3−methylphenyl)thiazole−5−yl]−2−pyridyl]benzamide)、VX−745(5−(2,6−Dichlorophenyl)−2−[2,4−difluorophenyl)thio]−6H−pyrimido[1,6−b]pyridazin−6−one)、及びSkepinone−L((2R)−3−[8−[(2,4−Difluorophenyl)amino]−5−oxo−5H−dibenzo[a,d]cycloheptene−3−yloxy]−1,2−propanediol)等が挙げられる。これらのうち、SB203580、SB202190、BIRB796、LY2228820、VX−702、PH−797804、TAK―715、VX−745、Skepinone−Lが好ましい。SB203580、SB202190、BIRB796、LY2228820、VX−702、PH−797804、TAK―715、VX−745、Skepinone−Lのいずれを用いても十分な効果が得られるが、SB203580、SB202190がより好ましく、SB203580がさらに好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0078】
処方培地におけるp38阻害剤の濃度としては、本発明の効果の観点から、1nM〜1μMであることが好ましく、10nM〜500nMであることがより好ましく、50nM〜250nMであることがさらに好ましい。
【0079】
(Wntシグナル活性化剤)
本発明においてWntシグナル活性化剤とは、Wntシグナルを活性化させるすべての物質をいう。Wntは、分泌性の細胞間シグナル伝達タンパク質で、細胞内シグナル伝達に関与している。このシグナル伝達経路は細胞の増殖や分化、運動、初期胚発生時の体軸形成や器官形成等の機能を制御している。Wntシグナル経路では、Wntが細胞に作用することにより、いくつかの別々の活性化される細胞内シグナル伝達機構が含まれる。Wntシグナル経路にはβ−カテニンを介して遺伝子発現を制御するβ−カテニン経路、細胞の平面内極性を制御するPCP(planar cell polarity, 平面内細胞極性)経路、Ca2
+の細胞内動員を促進するCa2
+経路等が知られている。本明細書において、Wntシグナル活性化剤とは、そのいずれの経路を活性化するものであってもよい。
【0080】
本発明におけるWntシグナル活性化剤には、Wnt−3aのように、カテニン依存性の活性化剤、Wnt−5aのようにカテニン非依存性の活性化剤のいずれも含まれる。この他に、塩化リチウム(LiCl)、補体分子C1q等を用いることもできる。これらのうち、Wnt−3a、Wnt−5a、LiCl、補体分子C1qが好ましく、いずれを用いても十分な効果が得られるが、LiCl、補体分子C1qがより好ましく、LiClがさらに好ましい。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0081】
処方培地におけるWntシグナル活性化剤の濃度は、本発明の効果の観点から、1μM〜10mMであることが好ましく、10μM〜10mMであることがより好ましく、100μM〜1mMであることがさらに好ましく、100μM〜500μMであることが特に好ましい。
【0082】
(ROCK阻害剤)
本発明においてROCK阻害剤とは、Rhoキナーゼ(ROCK)の作用を阻害するすべての物質をいう。Rhoキナーゼ(ROCK)は、低分子量GTP結合タンパク質であるRhoの標的タンパク質として同定されたセリン・スレオニンタンパク質リン酸化酵素である。Rhoキナーゼは、筋肉等の収縮、細胞増殖、細胞遊走及び他の遺伝子発現誘導等の生理機能に関与している。
【0083】
本発明におけるROCK阻害剤としては、例えばY−27632〔(R)−(+)−trans−N−(4−pyridyl)−4−(1−aminoethyl)−cyclohexanecarboxamide・2HCl・H
2O〕、K−115(リパスジル塩酸塩水和物)、Fasudil hydrochloride(塩酸ファスジル;〔HA1077/1−(5−Isoquinolinesulfonyl)homopiperazine Hydrochloride〕)等が挙げられる。これらのうち、Y−27632、K−115、塩酸ファスジルが好ましく、これらのいずれを用いても十分な効果が得られるが、中でもY−27632がより好ましい。
【0084】
処方培地におけるROCK阻害剤の濃度としては、本発明の効果の観点から、1nM〜10μMであることが好ましく、10nM〜1μMであることがより好ましく、50nM〜500nMであることがさらに好ましい。
【0085】
処方培地は、これらのPTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤からなる群より選択される少なくとも2種の成分を含むが、本発明の効果の観点から、いずれか3種の成分を含むことが好ましく、いずれか4種の成分を含むことがより好ましく、5種全てを含むことがさらに好ましい。上記2種の成分の組み合わせとしては、上記5種の成分のいずれを組合わせてもよく、具体的には、PTEN阻害剤及びp53阻害剤;PTEN阻害剤及びp38阻害剤;PTEN阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤及びp38阻害剤;p53阻害剤及びWntシグナル活性化剤;p53阻害剤及びROCK阻害剤;p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;p38阻害剤及びROCK阻害剤;Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の組み合わせである。上記3種の成分の組み合わせとしては、上記5種の成分のいずれを組合わせてもよく、具体的には、PTEN阻害剤、p53阻害剤及びp38阻害剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤、p38阻害剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤、p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;p53阻害剤、p38阻害剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の組み合わせである。上記4種の成分と組み合わせとしては、上記5種の成分のいずれを組合わせてもよく、具体的には、PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤及びWntシグナル活性化剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤、p38阻害剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、p53阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;PTEN阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤;p53阻害剤、p38阻害剤、Wntシグナル活性化剤及びROCK阻害剤の組み合わせである。
【0086】
(増殖因子)
処方培地における増殖因子としては、当業者に公知のいずれの増殖因子でも用いることができる。代表的には、トランスフォーミング成長因子(TGF)、上皮成長因子(EGF)等が挙げられるがこれに限定されず、インスリン様成長因子(IGF)、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、顆粒球コロニー刺激因子(G−CSF)、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM−CSF)、血小板由来成長因子(PDGF)、エリスロポエチン(EPO)、トロンボポエチン(TPO)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF又はFGF2)、肝細胞増殖因子(HGF)等が挙げられる。さらにアルブミン、トランスフェリン、ラクトフェリン、フェツイン等も例示される。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0087】
処方培地における増殖因子の濃度としては、増殖因子の種類によって適宜適切な濃度が採用される。一般的には、本発明の効果の観点から、1nM〜100mMであることが好ましく、10nM〜10mMであることがより好ましい。
【0088】
(ステロイド性化合物)
処方培地におけるステロイド性化合物としては、当業者に公知のいずれのステロイド性化合物でも用いることができる。代表的には、エストラジオール、プロゲステロン、テストステロン、コルチゾン、コルチゾール、ハイドロコルチゾン等のステロイドホルモンを使用することができるが、これらに限定されない。これらは単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0089】
処方培地におけるステロイド性化合物の濃度としては、ステロイド性化合物の種類によって適宜適切な濃度が採用される。一般的には、本発明の効果の観点から、0.1nM〜1mMであることが好ましく、1nM〜100μMであることがより好ましく、10nM〜1μMであることがさらに好ましい。
【0090】
(動物細胞培養用基礎培地)
本発明における動物細胞培養用基礎培地とは、動物細胞の培養に必須の炭素源、窒素源及び無機塩等を含有させた培地をいう。ここで、動物細胞とは、哺乳類細胞、特にはヒト細胞を指す。本発明における動物細胞培養用基礎培地は、培養して得られる細胞やその培養上清を動物(ヒトを含む)の疾患の治療のために用いる可能性を考慮すると、できるだけ生物由来原料を含まない培地(例えば、無血清培地)であることが好ましい。動物細胞培養用基礎培地には、必要に応じて、微量栄養促進物質、前駆物質等の微量有効物質を配合してもよい。このような動物細胞培養用基礎培地としては、当業者に公知の動物細胞培養用培地を使用することができる。具体的には、イーグル培地のような最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、最小必須培地α(MEM−α)、間葉系細胞基礎培地(MSCBM)、Ham’s F−12及びF−10培地、DMEM/F12培地、Williams培地E、RPMI−1640培地、MCDB培地、199培地、Fisher培地、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、McCoy改変培地等、これらの混合培地等が挙げられる。動物細胞培養培地として用いる場合には、特にはDMEM/F12培地が好ましく用いられるがこれに限定されない。
【0091】
動物細胞培養用基礎培地には、アミノ酸類、無機塩類、ビタミン類及び炭素源や抗生物質等の添加剤を添加することができる。これらの添加剤の使用濃度は特に限定されず、通常の動物細胞用培地に用いられる濃度で用いることができる。
【0092】
アミノ酸類としては、例えば、グリシン、L−アラニン、L−アルギニン、L−アスパラギン、L−アスパラギン酸、L−システイン、L−シスチン、L−グルタミン酸、L−グルタミン、L−ヒスチジン、L−イソロイシン、L−ロイシン、L−リジン、L−メチオニン、L−フェニルアラニン、L−プロリン、L−セリン、L−スレオニン、L−トリプトファン、L−チロシン、L−バリン等が挙げられる。
【0093】
無機塩類としては、例えば、塩化カルシウム、硫酸銅、硝酸鉄(III)、硫酸鉄、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム等が挙げられる。
【0094】
ビタミン類としては、例えば、コリン、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB3、ビタミンB4、ビタミンB5、ビタミンB6、ビタミンB7、ビタミンB12、ビタミンB13、ビタミンB15、ビタミンB17、ビタミンBh、ビタミンBt、ビタミンBx、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンF、ビタミンK、ビタミンM、ビタミンP等が挙げられる。
【0095】
その他、ペニシリン、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、カナマイシン等の抗生物質;グルコース、ガラクトース、フルクトース、スクロース等の炭素源;マグネシウム、鉄、亜鉛、カルシウム、カリウム、ナトリウム、銅、セレン、コバルト、スズ、モリブデン、ニッケル、ケイ素等の微量金属;β−グリセロリン酸、デキサメタゾン、ロシグリタゾン、イソブチルメチルキサンチン、5−アザシチジン等の幹細胞分化誘導剤;2−メルカプトエタノール、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、N−アセチルシステイン等の抗酸化剤;アデノシン5’−一リン酸、コルチコステロン、エタノールアミン、インスリン、還元型グルタチオン、リポ酸、メラトニン、ヒポキサンチン、フェノールレッド、プロゲステロン、プトレシン、ピルビン酸、チミジン、トリヨードチロニン、トランスフェリン、ラクトフェリン、アルブミン、牛血清由来Fetuin、炭酸水素ナトリウム、HEPES等の緩衝剤、Lipid混合物、ITSE(インスリン、トランスフェリン、セレニウム、及びエタノールアミン)混合物等を添加してもよい。
【0096】
処方培地の調製方法は、特に限定されず、従来公知の常法に従って調製することができる。例えば、室温で、又は必要に応じて加温して、動物細胞培養用基礎培地に上述した各成分を添加・混合して得られる。
【0097】
処方培地は液体であることが好ましいが、必要に応じてゲル状、寒天培地等の固形状の培地としてもよい。処方培地によれば、培養表面が表面処理されている、又は表面処理されていない培養容器若しくは培養用担体に間葉系幹細胞を播種してインキュベートすることができる。
【0098】
[医薬組成物]
本発明の医薬組成物は、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を含むことを特徴とする。特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞は、IL−6等の炎症性サイトカインの産生抑制作用やバリア機能亢進作用に優れると共に、酸化ストレスに対する耐性もあり、ダメージを受け難い細胞である、といった特性を有する。また、未分化性を維持していると同時に、分化条件下では目的の機能を有する細胞に効率よく分化することができる。このような特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を含む本発明の医薬組成物は、種々の疾患に対する優れた治療効果を奏する。本発明の医薬組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞に加えて、その他の成分を含んでいてもよい。
【0099】
本発明の医薬組成物は、間葉系幹細胞集団を含み、この一部又は全部が特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞である。特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞については、上述の通りである。本発明の医薬組成物が含む間葉系幹細胞集団のうち特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞が占める割合は高いほど好ましい。上記割合は、50%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、95%以上であることが特に好ましく、99%以上であることが最も好ましい。
【0100】
[医薬組成物の調製方法]
本発明は、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を誘導、濃縮又は分離選別する工程を含む、疾患の予防又は治療のために用いられる医薬組成物の調製方法も含む。上記疾患としては、癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、代謝疾患、心血管疾患、骨疾患、胃腸疾患、肺疾患、肝疾患及び腎疾患からなる群より選択される疾患が挙げられる。
【0101】
本発明の医薬組成物の調製方法は、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を誘導、濃縮又は分離選別する工程を含む。上記特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を誘導する工程で採用される方法としては、間葉系幹細胞における特定マーカー発現を誘導、増強できる方法であれば特に限定されない。例えば、上述の処方培地を用いて間葉系幹細胞における特定マーカータンパクの発現を誘導する方法も好ましい方法として例示される。上記処方培地を用いた培養によると、間葉系幹細胞集団の60%以上を特定マーカー陽性細胞に誘導することができ、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは実質的に均一な特定マーカー陽性細胞とすることができる。
【0102】
また、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を濃縮、分離選別する工程で採用される方法としては、例えば、上述のような、特定マーカーを特異的に認識する抗体を用い、セルソーター、磁気ビーズ等を用いる方法が挙げられる。これらの方法によると、特定マーカータンパクを細胞表面に発現している間葉系幹細胞を選択的に濃縮、分離選別することができる。
【0103】
本発明の医薬組成物は、上述の「特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を誘導、濃縮又は分離選別する工程」により取得した、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞に加えて、本発明の効果を損なわない範囲であれば、特定マーカー陰性の間葉系幹細胞、その他の細胞を含んでいてもよく、その用途や形態に応じて、常法に従い、薬学的に許容される担体や添加物を含有させてもよい。このような担体や添加物としては、例えば、等張化剤、増粘剤、糖類、糖アルコール類、防腐剤(保存剤)、殺菌剤又は抗菌剤、pH調節剤、安定化剤、キレート剤、油性基剤、ゲル基剤、界面活性剤、懸濁化剤、結合剤、賦形剤、滑沢剤、崩壊剤、発泡剤、流動化剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、溶解補助剤、抗酸化剤、甘味剤、酸味剤、着色剤、呈味剤、香料又は清涼化剤等が挙げられるが、これらに限定されない。代表的な成分として例えば次の担体、添加物等が挙げられる。
【0104】
[本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞及び医薬組成物の用途]
(培養上清のバリア機能亢進作用)
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞の培養上清は、従来の間葉系幹細胞の培養上清と比較して、より優れた細胞のバリア機能亢進効果を示す。即ち、本発明における特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の培養上清は、炎症によって障害を受けた細胞のバリア機能を回復させる顕著な効果を有するため、本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞及びそれを含む医薬組成物は、炎症に関連する疾患の治療に好適に用いることができる。また、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞又はその培養上清は、化粧品用組成物、食品用組成物等としても用いることもできる。
【0105】
(抗炎症作用)
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞は、炎症状態において、マクロファージからの炎症性サイトカインの産生を抑制する効果を有する。この効果は、特定マーカー陰性の従来の間葉系幹細胞と比較して、有意に高いものである。そのため、本発明の特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞及びそれを含む医薬組成物は、炎症に関連する疾患の治療に好適に用いることができる。また、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞又はその培養上清は、化粧品用組成物、食品用組成物等としても用いることもできる。
【0106】
特定マーカーを高発現する本発明の間葉系幹細胞及びそれを含む医薬組成物を細胞医薬品として用いることができる疾患としては、例えば、癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、代謝疾患、心血管疾患、骨疾患、胃腸疾患、肺疾患、肝疾患及び腎疾患等が挙げられる。具体的には、軟骨分解、関節リウマチ、乾癬性関節炎、脊椎関節炎、変形性関節症、痛風、乾癬、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、うっ血性心不全、脳卒中、大動脈弁狭窄症、腎不全、狼瘡、膵炎、アレルギー、線維症、貧血、アテローム性動脈硬化症、再狭窄、化学療法/放射線関連合併症、I型糖尿病、II型糖尿病、自己免疫性肝炎、C型肝炎、原発性胆汁性肝硬変、原発性硬化性胆管炎、劇症肝炎、セリアック病、非特異性大腸炎、アレルギー性結膜炎、糖尿病性網膜症、シェーグレン症候群、ブドウ膜炎アレルギー性鼻炎、喘息、石綿症、珪肺、慢性閉塞性肺疾患、慢性肉芽腫性炎症、嚢胞性線維症、サルコイドーシス、糸球体腎炎、脈管炎、皮膚炎、HIV関連悪液質、大脳マラリア、強直性脊椎炎、らい病、肺線維症、線維筋痛、食道癌、胃食道逆流症、バレット食道、胃癌、十二指腸癌、小腸癌、虫垂癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、肛門癌、膵臓癌、肝臓癌、胆嚢癌、脾臓癌、腎癌、膀胱癌、前立腺癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、肺癌、甲状腺癌等が挙げられる。
【0107】
上記疾患のうち、本発明の間葉系幹細胞及びそれを含む医薬組成物は、癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、骨疾患、肺疾患、肝疾患に対して好適に用いられる。具体的には、軟骨分解、関節リウマチ、乾癬性関節炎、脊椎関節炎、痛風、乾癬、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、膵炎、アレルギー、線維症、自己免疫性肝炎、C型肝炎、原発性硬化性胆管炎、劇症肝炎、セリアック病、非特異性大腸炎、アレルギー性結膜炎、シェーグレン症候群、ブドウ膜炎アレルギー性鼻炎、珪肺、慢性閉塞性肺疾患、慢性肉芽腫性炎症、嚢胞性線維症、糸球体腎炎、脈管炎、皮膚炎、強直性脊椎炎、肺線維症、食道癌、胃食道逆流症、胃癌、十二指腸癌、小腸癌、虫垂癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、肛門癌、膵臓癌、肝臓癌、胆嚢癌、脾臓癌、腎癌、膀胱癌、前立腺癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、肺癌、甲状腺癌に対して好適に用いられる。
【0108】
本発明の間葉系幹細胞及びそれを含む医薬組成物を細胞医薬品として用いることができる疾患としては、上記疾患のうち、特に、上皮若しくは内皮のバリア機能の低下に起因する疾患(癌、前癌性症状等)、又はIL−1が関与する疾患(炎症性疾患、免疫疾患等)が、好ましい疾患として挙げられる。
【0109】
本発明の医薬組成物を医薬品として用いる場合の投与方法としては、特に制限されないが、血管内投与(好ましくは静脈内投与)、腹腔内投与、腸管内投与、皮下投与等が好ましく、中でも、血管内投与がより好ましい。
【0110】
本発明の医薬組成物の用量(投与量)は、患者の状態(体重、年齢、症状、体調等)、及び本発明の医薬組成物の剤形等によって異なり得るが、十分な予防又は治療効果を奏する観点から、その量は多い方が好ましく、一方、副作用を抑制する観点からはその量は少ない方が好ましい傾向にある。通常、成人に投与する場合には、細胞数として、5x10
2〜1x10
12個/回、好ましくは1x10
4〜1x10
11個/回、より好ましくは1x10
5〜1x10
10個/回である。なお、本用量を1回量として、複数回投与してもよく、本用量を複数回に分けて投与しても良い。また、通常、成人に投与する場合には、体重当たりの細胞数として、1x10〜5x10
10個/kg、好ましくは1x10
2〜5x10
9個/kg、より好ましくは1x10
3〜5x10
8個/kgである。なお、本用量を1回量として、複数回投与してもよく、本用量を複数回に分けて投与しても良い。
【0111】
本発明は、特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞、又は特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞を含む医薬組成物を用いることを特徴とする、疾患の予防又は治療方法を含む。上記疾患としては、例えば、癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、代謝疾患、心血管疾患、骨疾患、胃腸疾患、肺疾患、肝疾患、腎疾患等が挙げられる。これらのうち、本発明の予防又は治療方法は、癌、前癌性症状、炎症性疾患、免疫疾患、神経変性疾患、骨疾患、肺疾患、肝疾患に対して好適に用いられる。具体的には、軟骨分解、関節リウマチ、乾癬性関節炎、脊椎関節炎、痛風、乾癬、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、膵炎、アレルギー、線維症、自己免疫性肝炎、C型肝炎、原発性硬化性胆管炎、劇症肝炎、セリアック病、非特異性大腸炎、アレルギー性結膜炎、シェーグレン症候群、ブドウ膜炎アレルギー性鼻炎、珪肺、慢性閉塞性肺疾患、慢性肉芽腫性炎症、嚢胞性線維症、糸球体腎炎、脈管炎、皮膚炎、強直性脊椎炎、肺線維症、食道癌、胃食道逆流症、胃癌、十二指腸癌、小腸癌、虫垂癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、肛門癌、膵臓癌、肝臓癌、胆嚢癌、脾臓癌、腎癌、膀胱癌、前立腺癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、肺癌、甲状腺癌に対して好適に用いられる。特に、上皮若しくは内皮のバリア機能の低下に起因する疾患(癌、前癌性症状等)、又はIL−1が関与する疾患(炎症性疾患、免疫疾患等)に対してより好適に用いられる。
【実施例】
【0112】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0113】
<特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の調製>
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%CO
2の条件下、LifeLine社推奨培地(以下、単に「推奨培地」ともいう)にて馴化した後、推奨培地又は下記組成の処方培地
*に交換し、2〜3日おきに継代しながら培養を続けた。
【0114】
処方培地
*:DMEM/F12培地に、4mM L−グルタミン、50μg/mL アスコルビン酸、4mg/mL ヒト組換え型アルブミン、1mg/mL ウシ胎児フェチュイン、20.5mM 炭酸水素ナトリウム、4.9mM HEPES、0.1%(v/v)Lipids(Chemically Defined Lipid Concentrate)、ITSE(10μg/mL Insulin、5.5μg/mL Transferrin、6.7ng/mLSodium selenite、2μg/mL Ethanolamine)、2ng/mL bFGF、0.018μM プロゲステロン、100nM ハイドロコルチゾン、250μM LiCl(Wnt活性化剤)、100nM Y−27632(ROCK阻害剤)、10μM Pifithrin−a(p53阻害剤)、500nM VO−OH Pic(PTEN阻害剤)、100nM SB203580(p38阻害剤)を添加して調製した培地
【0115】
<特定マーカーを高発現する間葉系幹細胞の確認及び解析>
(FACS解析)
処方培地中、推奨培地中で培養して得られたそれぞれの間葉系幹細胞(LifeLine社)について、FACSにてEGFR、MIC−ABの発現を解析した。結果を
図1に示す。また、細胞の未分化性を確認する目的で、FACSにて細胞表面マーカー(CD29、CD73、CD90、105及びCD166)の発現を解析した。結果を
図2に示す。さらに、処方培地で培養して得られた間葉系幹細胞は、上記特定マーカー以外に、CD49f、β2ミクログロブリン、HLA−ABCを発現していることを、FACS解析により確認した(データは示していない)。
【0116】
図1に示す通り、処方培地で培養して得られた間葉系幹細胞は、EGFR、MIC−ABを高発現しており、推奨培地で培養して得られた間葉系幹細胞と比較して、その発現がより増強していることがわかった。また、
図2に示す通り、処方培地で培養して得られた間葉系幹細胞は、未分化マーカーであるCD29、CD73、CD90、105及びCD166の発現は維持されていることが確認できた。さらに、データは示していないが、処方培地で培養して得られた間葉系幹細胞は、10%FCS含有MEM−αで培養して得られた間葉系幹細胞と比較しても、EGFRの発現がより増強していることがわかった。
【0117】
(特定マーカー発現間葉系幹細胞の細胞内のmiRNA発現量)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%CO
2の条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化後、処方培地に培地交換した。2〜3日おきに継代を行い、培地交換から8日目の細胞を回収した。回収した細胞から上記試験と同様の方法によりmRNAを調製し、miRNAアレイ(miScript miRNA PCR array;MIHS−105Z及びMIHS−117Z(inflammatory response & autoimmunity及びFibrosis、QIAGEN社製)により、細胞中のmiRNA発現を解析した。対照としては、推奨培地で継続して培養して得られた細胞を用いた。結果の解析は、処方培地で培養して得られた特定マーカー発現間葉系幹細胞における各種miRNA発現量を推奨培地で培養して得られた対照細胞におけるそれぞれのmiRNA発現量で除した値(Fold change値)により行った。同様の実験を2回行った。
【0118】
合計で約150種のmiRNAについて解析した結果、処方培地で培養した特定マーカー発現間葉系幹細胞は、hsa−let−7e−5p、hsa−miR−132−3p、hsa−miR−196a−5p、hsa−miR−324−3p、hsa−miR−328−3p、hsa−miR−382−5p、hsa−let−7d−5p、hsa−miR−145−5p、hsa−miR−181a−5p、hsa−miR−29b−3p、hsa−miR−34a−5p、hsa−miR−199b−5p、hsa−miR−503−5pを発現していた。また、処方培地で培養した特定マーカー発現間葉系幹細胞において、推奨培地で培養したUC−MSCと比較して発現が特に増加する傾向にあるmiRNAとしては、hsa−let−7e−5p、hsa−miR−132−3p、hsa−miR−196a−5p、hsa−miR−324−3p、hsa−miR−328−3p、hsa−miR−382−5p、hsa−let−7d−5pが挙げられ、発現が特に低下する傾向にあるmiRNAとして、hsa−miR−145−5p、hsa−miR−181a−5p、hsa−miR−29b−3p、hsa−miR−34a−5p、 hsa−miR−199b−5p、hsa−miR−503−5pが挙げられた。
【0119】
(特定マーカー発現間葉系幹細胞の培養上清へのサイトカイン分泌)
(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%CO
2の条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化後、処方培地に交換した。培地交換から8日間培養後に播種し直し、翌日0.2%FBS含有DMAM/F12に交換し、2日後(48時間後)、培養上清を回収した。回収した培養上清中のDecorin、Osteoprotegerin、MMP1量をELISAにて測定した。対照としては、推奨培地で継続して培養して得られた細胞の培養上清を用いた。結果を
図3示す。
【0120】
図3に示す通り、処方培地で培養した特定マーカー発現間葉系幹細胞(実施例)の培養上清中には、Decorin、Osteoprotegerin、MMP1が含まれており、推奨培地で培養した対照のUC−MSC(比較例)の培養上清と比較して、Decorinの含有量が多く、逆にOsteoprotegerin及びMMP1の含有量は少なかった。
【0121】
(酸化ストレス耐性の誘導)
(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社;UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells ScienCell社;及びUmbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells ATCC社)を、37℃、5%CO
2の条件下、各社推奨培地にて馴化後、各社推奨培地又は処方培地に培地交換した(0.3〜1X10
5cells/well;6well plate)。2〜3日おきに継代を行った細胞に対してRotenoneを各濃度で処理した(0nM、100nM、200nM、500nM、1μM)。48時間後にHoechest33358で染色し、ImageXpressで核数を計測した。結果を
図4に示す。
【0122】
図4に示す通り、UC−MSCはRotenone処理濃度依存的に障害を受けて細胞数が減少するが、処方培地で培養することにより得られる特定マーカー発現間葉系幹細胞(実施例)は、Rotenone処理による障害に対する耐性ができ酸化ストレスを受けにくい状態となり、細胞数の減少が抑えられる可能性が示唆された。
【0123】
(培養上清のバリア機能亢進作用)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%CO
2の条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化後、LifeLine社推奨培地又は処方培地に交換した(1X10
5cells/well;6well plate)。それぞれの培地に変えてから8日間培養後に、培地を10%FCS含有DMEM/F−12培地、2ml/wellに交換した。1日後に培養上清(Sup−1)を回収し、新しい培地を2ml/well注ぎ、培養を継続した。さらに24時間後に再び培養上清(Sup−2)を回収した。
【0124】
ヒト結腸癌由来細胞株Caco−2を10%FCS含有DMEM培地で継代培養し、継代数3回目の細胞を本実験に用いた。Caco−2を、トランスウェル(Corning Costar #3460)に5x10
4cells/wellで播種し、翌日、細胞がトランスウェルに付着していることを確認し、培地を除去した。上記臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清(Sup−1)を10%FCS含有DMEM培地で10倍希釈したものをトランスウェルに添加した。翌日、培地を除去し、上記臍帯由来間葉系幹細胞の培養上清(Sup−2)を10%FCS含有DMEM培地で4倍希釈したものを添加した。さらに、IL−1βを1.5ng/mlとなるよう添加し、さらに20時間培養した後、TER(経上皮電気抵抗値)を測定した。同じ条件で培養したCaco−2の細胞数(吸光度)を細胞増殖アッセイキット(WST−8、#343−07623、同仁化社)により測定し、得られたTERを細胞数で除した値をTER値(TER Value)として
図5に示した。
【0125】
図5に示すように、IL−1β処理によりCaco−2細胞の細胞間バリア強度(TER値)の低下が起こる。それに対して、処方培地で培養して得られた特定マーカー高発現間葉系幹細胞の培養上清(実施例)を添加すると、推奨培地で培養した間葉系幹細胞(比較例)の培養上清を添加した場合と比較して、TER値がより回復した。この結果から、特定マーカー発現間葉系幹細胞の培養上清は、優れたバリア機能亢進効果を示すことがわかった。したがって、本発明の間葉系幹細胞は、癌、前癌性症状等に対して有効である。
【0126】
(抗炎症効果)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%CO
2の条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化後、LifeLine社推奨培地又は処方培地に交換した(1X10
5cells/well;6well plate)。それぞれの培地に変えてから8日間培養後の細胞を以下の試験に用いた。
【0127】
染色試薬Calcein−AMの0.5mM DMSO溶液を10%FCS DMEMにて1,000倍希釈したものを準備した。マウスマクロファージ細胞株Raw264.7にCalcein−AM含有培地を添加し5%CO
2、37℃にて3時間の前培養を行ったのち、5x10
5cells/wellで48well plateに播種した。
【0128】
翌日、上記推奨培地又は処方培地で8日間培養したUC−MSCを、5x10
3cells/wellとなるように添加し、UC−MSCとRaw264.7との共培養を開始した。共培養開始から4時間後にLPSを100ng/mLとなるように添加した。17−18時間後、培養上清を回収した。培養上清中のIL−6量をELISA(mIL−6ELISA,R&D Duoset DY406−05)により測定した。なお、培養上清回収後、予めRaw264.7に取り込ませたCalcein−AMの蛍光値を測定し、割り戻すことでIL−6量の細胞数補正を行った。結果を
図6に示す。
【0129】
図6に示すように、UC−MSCとの共培養により、マクロファージ細胞株Raw264.7が産生する炎症性サイトカインであるIL−6産生が抑制された。また、その抑制効果は、推奨培地で培養したUC−MSC(比較例)よりも、特定マーカー高発現UC−MSC(実施例)の方が有意に高かった。したがって、本発明の間葉系幹細胞は、各種炎症性疾患に対して有効である。
【0130】
(骨分化能について)
臍帯由来間葉系幹細胞(UC−MSC;Umbilical Cord derived Mesenchymal Stem Cells Wharton’s Jelly(HMSC−WJ)、FC−0020、LifeLine社)を、37℃、5%CO
2の条件下、LifeLine社推奨培地にて馴化後、LifeLine社推奨培地又は処方培地に交換した(1X10
5cells/well;6well plate)。2〜3日おきに継代を行い、継代数8の細胞を準備した。継代数8の両MSCを各2枚のCell BIND T−75 flaskに7000 cells/cm
2で播種し、両MSC1枚は翌日に処方培地へ交換し、残り1枚は推奨培地のまま90−100%コンフルエントに達するまで培養を継続した。継代数9にて再度継代し、T−75 flask4枚ずつとなるようにまき直し、群分け後8日(継代数10)の細胞を下記の分化試験に供した。
群分け後8日目に、各群ごとに細胞を回収し、クラボウ分化プロトコール推奨細胞密度にて、骨細胞分化用培地(ヒト間葉系幹細胞用 骨細胞分化用培地:OsteoLife Complete Osteogenesis Medium (Lifeline, LM−0023))を用いて、24well plate (cellbind, 3337, Corning)に播種した。骨分化のための培養では、分化培養用播種から48時間後に培地交換を行い、以後、28日まで3−4日ごとに培地交換を行った。染色方法としては、播種後21日目以降に、染色するwellをPBSで1回洗浄した後、無水エタノールを添加し30分間室温で置くことで細胞の固定を行った。無水エタノールを吸引し、クリーンベンチ内で約30分間静置、乾燥させた。2%アリザリンレッド溶液を添加し、15分間室温で静置した後、DW(蒸留水)で2回洗浄し、乾燥させた。染色写真は顕微鏡(Olympus IX70)を用いて撮影した。 アリザリンレッド染色の結果を
図7に示す。
【0131】
図7に示す通り、処方培地で培養して得られた特定マーカー発現間葉系幹細胞(実施例)は、推奨培地で培養した場合(比較例)と比較して、骨への分化能が高いことがわかった。
【0132】
(脂肪分化能について)
分化実験に供する間葉系幹細胞の調製は骨分化実験の際と同様の方法により行った。
群分け後8日目に、各群ごとに細胞を回収し、クラボウ分化プロトコール推奨細胞密度にて、分化培地{ヒト間葉系幹細胞用 脂肪細胞分化用培地:AdipoLife DfKt−1 (Lifeline, LL−0050) or AdipoLife DfKt−2 (Lifeline , LL−0059)を用いて、24well plate (cellbind, 3337, Corning)、に播種した。脂肪分化のための培養では、分化培養用播種から48時間後に培地交換を行い、以後、28日まで3−4日ごとに培地交換を行った。染色方法としては、播種後21日目以降に、染色するwellをPBSで1回洗浄した後、4% (v/v) パラホルムアルデヒド・リン酸緩衝液で培地を少し残すようにしながら2回洗浄した。4% (v/v) パラホルムアルデヒド・リン酸緩衝液を再度添加し、20分間室温で静置した。その後、培地を少し残すようにしながら、DW(蒸留水)で2回洗浄し、100%イソプロパノールで1回洗浄した。DW(蒸留水)で60%に希釈したオイルレッドO染色原液を添加し、30分間37℃で静置後、完全に吸引した。その後60%イソプロパノールを添加し、10秒ほど待ち、DW(蒸留水)を加えた。DW(蒸留水)で2回洗浄後、顕微鏡(Olympus IX70)で写真撮影した。なお、AdipoLife DfKt−1のAdipoLife BM (100ml)を15mlと85mlに分け、15mlにはDifFactor 1 (1ml)を加えてAD−MSC用の分化開始培地とし、85mlにはDifFactor 2 (5ml)を加えてAD−MSC用の分化維持培地とした。また、AdipoLife DfKt−2のAdipoLife BM (100ml) にDifFactor 3 (10ml)を加えてUC−MSC用の分化培地とした。 オイルレッドO染色の結果を
図8に示す。
【0133】
図8に示す通り、処方培地で培養したUC−MSC(実施例)は、推奨培地で培養したUC−MSC(比較例)と比較して、脂肪細胞への分化能が高いことがわかった。一方、AD−MSCでは、推奨培地で培養したAD−MSCの方が脂肪細胞への分化能がやや高いことがわかった。
【0134】
(軟骨分化能について)
分化実験に供する間葉系幹細胞の調製は骨分化実験の際と同様の方法により行った。
群分け後8日目に、各群ごとに細胞を回収し、クラボウ分化プロトコール推奨細胞密度にて、分化培地(ヒト間葉系幹細胞用 軟骨細胞分化用培地:ChondroLife Complete Chondrogenesis Medium (Lifeline, LM−0023))を用いて、24well plate (3527, Corning)に播種した。軟骨分化のための培養では、マイクロマス法で播種を行った。具体的には、回収した細胞を各維持培地で1.6 x 10
7 cells/mlに濃縮し、24well plate (3526, Corning)に5ulずつ4drops/wellで滴下し、2時間37℃, 5%CO2で静置した後、500ul/wellで軟骨分化培地を添加した。その後、21日まで3日ごとに培地交換を行った。染色方法としては、播種後21日目以降に、染色するwellをPBSで1回洗浄した後、10%中性緩衝ホルマリン液を添加し、30分間室温で置くことで細胞の固定を行った。その後、DW(蒸留水)で1回洗浄し、3%酢酸を添加し、1分間静置した。アルシアンブルー染色液を添加後20分間室温で静置した後、染色液を吸引し、3%酢酸を添加して3分間待った。最後にDW(蒸留水)で2回洗浄し、デジタルカメラで撮影した。
【0135】
上記試験の結果、処方培地で培養した細胞(実施例)と、推奨培地で培養した細胞(比較例)の、軟骨への分化能の差異は明確ではなかったものの、処方培地で培養した場合には、細胞が小さな塊を作ったのに対して、推奨培地で培養した場合には扁平なままプレートに張り付いている細胞が多かった。