(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6954986
(24)【登録日】2021年10月4日
(45)【発行日】2021年10月27日
(54)【発明の名称】補聴器の強度及び位相の補正
(51)【国際特許分類】
H04R 25/00 20060101AFI20211018BHJP
【FI】
H04R25/00 L
H04R25/00 M
【請求項の数】27
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2019-500379(P2019-500379)
(86)(22)【出願日】2016年7月7日
(65)【公表番号】特表2019-520769(P2019-520769A)
(43)【公表日】2019年7月18日
(86)【国際出願番号】US2016041298
(87)【国際公開番号】WO2018009194
(87)【国際公開日】20180111
【審査請求日】2019年7月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】503257136
【氏名又は名称】メイヤー・サウンド・ラボラトリーズ・インコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100120112
【弁理士】
【氏名又は名称】中西 基晴
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(72)【発明者】
【氏名】ジョン・ディー.・メイヤー
(72)【発明者】
【氏名】トバン・エー.・シュツ
(72)【発明者】
【氏名】ペリン・メイヤー
【審査官】
冨澤 直樹
(56)【参考文献】
【文献】
米国特許第05325436(US,A)
【文献】
特表2015−529413(JP,A)
【文献】
国際公開第2015/166516(WO,A1)
【文献】
特表2000−508217(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 25/00−25/04
H04S 1/00−7/00
H04R 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ユーザーが補聴器を着用する際、補聴器の少なくとも一部は耳に挿入される該補聴器の強度歪及び位相歪を補正する方法であって、
前記補聴器が耳内にあり電源が切られている時、補聴器の挿入効果を決定する工程であって、該挿入効果は、強度レスポンス及び位相レスポンスを持った複雑な挿入伝達関数(ITF)で特定される工程と、
前記挿入伝達関数(ITF)の強度レスポンス及び位相レスポンスの両者を補正することにより、前記挿入効果に対し補正する工程であって、前記位相レスポンスが最小位相である場合、位相レスポンスだけ補正される該工程と、
を含む前記方法。
【請求項2】
挿入効果が少なくとも1つの2次最小位相フイルターで補正される請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記2次最小位相フイルターが無限インパルスレスポンス(IIR)フイルターである請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記2次最小位相フイルターが4次(biquad)フイルターである請求項2に記載の方法。
【請求項5】
挿入効果が複数の2次最小位相フイルターで補正される請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記複数の2次最小位相フイルターが複数の無限インパルスレスポンス(IIR)フイルターである請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記複数の2次最小位相フイルターが複数の4次フイルターである請求項5に記載の方法。
【請求項8】
耳内に補聴器がない場合の、耳から鼓膜への音の経路は複雑な頭部伝達関数(HRTF)を特定し、前記挿入効果に対し補正する工程が前記挿入伝達関数(ITF)の強度レスポンス及び位相レスポンスを補正するために所望の等化を決定する工程であって、該等化は複雑な頭部伝達関数(HRTF)及び複雑な挿入伝達関数(ITF)から決定され、該等化の強度及び位相は頭部伝達関数(HRTF):挿入伝達関数(ITF)の比である該工程を含む請求項1に記載の方法。
【請求項9】
複雑な頭部伝達関数(HRTF)は、人体解剖模型の複雑な頭部伝達関数(HRTF)を測定することにより決定される請求項8に記載の方法。
【請求項10】
複雑な頭部伝達関数(HRTF)は、補聴器ユーザーの複雑な頭部伝達関数(HRTF)を測定することにより決定される請求項8に記載の方法。
【請求項11】
複雑な挿入伝達関数(ITF)は、人体解剖模型の耳上にある補聴器の複雑な挿入伝達関数(ITF)を測定することにより決定される請求項8に記載の方法。
【請求項12】
複雑な挿入伝達関数(ITF)は、ユーザーが着用した時の補聴器の複雑な挿入伝達関数(ITF)を測定することにより決定される請求項8に記載の方法。
【請求項13】
前記挿入効果に対し補正する工程が、前記挿入伝達関数(ITF)の強度レスポンス及び位相レスポンスを補正するための所望の等化を決定する工程であって、所望の等化は、音を言葉で言う(in describing sound)際に経験したユーザーにより主観的に決定され、ユーザーは、補聴器を着用した時に聞いた音を補聴器なしで聞いたほぼ同じ音と比較し、これら2つの音間に認識される差がない時は等化が達成されたとされる該工程を含む請求項1に記載の方法。
【請求項14】
補聴器の強度レスポンス及び位相レスポンスが既知ならば、これらの強度及び位相レスポンスを補正するための等化は、最小位相である位相レスポンスの全ての部分について計算される請求項8に記載の方法。
【請求項15】
位相レスポンスが最小位相である場合は、所望の位相補正が達成されるまで、異なる最小位相フイルタリングが繰返し補聴器に導入される請求項8に記載の方法。
【請求項16】
補聴器は音響周波数内のスペクトルを増幅し、且つ補聴器は増幅音の遅れ時間(latency)が、補聴器で処理する最高周波数の約120度未満の位相に相当するように構成された請求項1に記載の方法。
【請求項17】
補聴器の遅れ時間(latency)が補聴器で生じた最高周波数期間の約1/3未満である請求項1に記載の方法。
【請求項18】
ユーザーが着用した時、少なくとも一部は耳に挿入される補聴器であって、該補聴器が耳内にあり電源が切られている時、強度レスポンス及び位相レスポンスを持った複雑な挿入伝達関数(ITF)で特定される挿入効果が生じる、前記補聴器における強度歪及び位相歪を補正する方法であって、
該補聴器が耳内にあり電源が入れられている時の補聴器の遅れ時間が該補聴器で増幅された最高周波数の周期の約1/3未満となるように補聴器を構成する工程と、
複雑なITFの強度レスポンスに対して補正する工程と、
位相レスポンスが最小位相である場合はいつでも複雑な挿入伝達関数(ITF)の位相レスポンスに対して補正する工程と、
を含む前記方法。
【請求項19】
複雑なITFの強度レスポンス及び位相レスポンスが、少なくとも1つの最小位相2次フイルターを用いて補正される請求項18に記載の方法。
【請求項20】
前記最小位相2次フイルターが無限インパルスレスポンス(IIR)フイルターである請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記最小位相2次フイルターが4次フイルターである請求項19に記載の方法。
【請求項22】
補聴器の遅れ時間が、補聴器を通過する音の周波数依存位相遅れを生じ、挿入伝達関数(ITF)の位相レスポンス及び周波数依存位相の遅れが既知ならば、位相補正は、最小位相である位相レスポンスの全ての部分に対して計算される請求項18に記載の方法。
【請求項23】
位相レスポンスが最小位相である場合は、所望の位相補正が達成されるまで、異なる最小位相フイルタリングが繰返し補聴器に導入される請求項18に記載の方法。
【請求項24】
ユーザーが着用した時、少なくとも一部は耳に挿入され、且つ1つ以上の選択された周波数バンドに増幅音を生じさせる補聴器であって、
マイクロホンと、
耳に挿入可能のスピーカーであって、補聴器を着用した時のマイクロホンとスピーカー間の距離は、補聴器の待ち時間が補聴器で増幅された最大波長期間の約1/3未満となるように選択される該スピーカーと、
マイクロホンとスピーカー間に設けた処理器と、
を備え、補聴器の少なくともスピーカーは補聴器を耳に挿入した時、強度レスポンス及び位相レスポンスを有する複雑な挿入伝達関数(ITF)を特徴とする挿入効果を創生し、前記処理器は挿入伝達関数(ITF)の強度レスポンス及び位相レスポンスの両者、但し位相レスポンスは最小位相である場合のみ、を補正することにより、挿入効果に対して補正するように構成された補聴器。
【請求項25】
前記処理器が少なくとも1つの最小位相2次フイルターを有し、該最小位相2次フイルターは複雑な挿入伝達関数(ITF)の強度レスポンス及び位相レスポンスを補正するために使用される請求項24に記載の補聴器。
【請求項26】
前記最小位相2次フイルターが無限インパルスレスポンス(IIR)フイルターである請求項25に記載の補聴器。
【請求項27】
前記最小位相2次フイルターが4次フイルターである請求項25に記載の補聴器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
背景技術
本発明は、人が着用すると、その人の聴覚(hearing)能力を改善する補聴器(hearing device)に関する。しかし、補聴器は時には聴覚補助具(hearing aid)と呼ばれるが、このような名称は難聴者による本発明の使用を限定するものではない。同様に、本発明は非聴覚障害者による使用も可能である。
【背景技術】
【0002】
更に詳しくは本発明は、補聴器の少なくとも一部が外耳道を閉塞し、望ましくない挿入効果を創生する補聴器に関する。本発明は特にオープンイヤー型補聴器に利用可能性を有するが、閉塞型補聴器と共同しても使用できる。
【0003】
補聴器の全体又は一部を耳に挿入すると、鼓膜に到達する音の強度 (magnitude)及び位相の両者を歪める。理想的には補聴器は、到達する音が補聴器及び外耳道を通過した後、歪まずに留まるように、これらの効果に対して補償することである。多くの補聴器は、強度効果に対しては補償するが、位相歪に対しては充分に対処することができない。その結果、ユーザーは到達音が自然ではなく、聴き取り経験に重要な方向の手掛かり(directional cues)がない等の不平不満を言うことが多い。これらの不平不満は、特に音楽家や音楽業界のプロの間に広がっている。これらの人達の耳は微妙な差を識別するために訓練されているが、聴覚の部分的欠損に対し補償するために、補聴器を必要とする。
【0004】
米国特許第5325436号(Sigfrid Soli等)には補聴器の挿入効果に対して補償する一解決方法が提案され、耳内への補聴器の挿入効果に対して補償するデジタルフイルターを決定する方法が開示されている。この方法では、耳内の強度レスポンス及び位相レスポンスを、補聴器なしの場合及び補聴器を所定位置に挿入した場合の両者について測定し、次いで所要の
等化(equalization)(EQ)を計算する。しかし、前記方法は計算する際、複雑で、EQを計算し、また殆どの場合、正当(valid)ではない位相要素について仮定を行っている。位相について行った仮定のため、位相レスポンスは無効になりやすい。この方法は全ての外部(outside)音を減衰させるため、外耳道を完全
に閉塞するように、耳覆い(ear pierce)を仮定(pre-suppose)している。また、補正については、両耳間の互いの聴覚(interaural)タイミング差を保持することを意図しているだけで、絶対タイミング差は意図していない。このため、補聴器には両耳用(binaural)器具を必要とする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、位相レスポンスについて仮定を必要とせず、片耳用(monaural)器具と共用でき、しかもオープンイヤー型挿入に適合する、補聴器の耳内への挿入効果を補正する装置及び方法を提供する。本発明は、補聴器を外耳道に存在させることにより、生じた位相歪や種々の異常を鼓膜において補正するのに特に有効である。本発明の装置及び方法は、自然音として認識され、しかも聴き取り経験の向上により方向の手掛かりを留める増幅音を鼓膜に供給できる。即ち、この装置は音響的に透明であると認識される。聴き取り経験の向上は、殆どのユーザーに実現されようが、特に微妙な音楽的差異を識別する音楽的能力を取り戻したいとする音楽業界のプロ達に実現されよう。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明の開示
本発明は、ユーザーが着用すると、補聴器の少なくとも一部は耳内に挿入される補聴器の強度(magnitude)歪及び位相歪を補正する方法及び装置に向けたものである。この方法は、ユーザーの耳内に存在する補聴器の挿入効果を決定する工程を含む。この挿入効果は、強度レスポンス及び位相レスポンスを有する複雑な挿入伝達関数(ITF)を特徴とし、鼓膜の所で決定される。ITFの強度・位相レスポンスの両者とも、鼓膜への伝達関数が、所定場所にない補聴器の伝達関数と釣り合った際に補正される。
【0007】
挿入効果は、好ましくは複数の2次最小位相フイルターの少なくとも1つ,好適には複数で補正する。この2次最小位相フイルターは、無限(indefinite)インパルスレスポンス(IIR)フイルター、更に好ましくは4次(biquad)フイルターである。
【0008】
強度及び位相における挿入効果の補正は、大ざっぱで完全ではないが、複雑な頭部伝達関数(HRTF)(head-related transfer function):複雑な挿入伝達関数ITFの比を取り入れることにより決定できる。これらの複雑なHRTF及びITFは、補聴器があってもなくても人体解剖模型上での測定により決定できる。或いは補聴器のユーザー上での測定により決定できる。位相レスポンスについては、位相レスポンスが最小位相である場合だけ補正する。
【0009】
補聴器の強度・位相レスポンスが既知ならば、ITFを補正するための
等化(equalization)は、最小位相である伝達関数の全ての部分について計算できる。しかし、殆どの場合、非最小位相領域を処理する解析法がないため、非最小位相領域については計算できない。
【0010】
更に実用的には、所望の
等化は反復法により決定される。最小位相現象で支配されたスペクトル領域を補正するため、補聴器には種々の最小位相フイルタリングを導入できる。位相を補正できない他の領域では強度レスポンスは補正できるかも知れない。この補正工程は、所望の位相補正が達成されるまで繰返し行う。
【0011】
或いはITF強度・位相レスポンスを補正するための所望の
等化は、音を言葉で言う際に(in describing sound)経験したユーザーにより主観的に決定できる。ユーザーは外耳道中、補聴器の存在下で聴取した音と不存在下で聴取した音の認識力(perception)とを比較する。ユーザーはこれら2つの条件間に認識された差異がないと指示した時、所
望の
等化が達成される。
【0012】
本発明の最良の実施形態による補聴器は、該補聴器で増幅された全ての周波数で約120度未満の位相に相当するように構成される。換言すれば補聴器の
遅れ時間(latency)は、補聴器により生じた最高周波数期間の約1/3未満が好ましい。例えば補聴器が音を10kHzまで増幅すれば、好ましい待ち時間は30μs未満であろう。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】耳内に着用した、挿入効果を生じるオープンイヤー型補聴器の概略図であって、鼓膜への2つの音路を示す。
【0014】
【
図2】音響的人体解剖模型上で頭部伝達関数(HRTF)及び挿入伝達関数(ITF)が測定されたオープンイヤー型補聴器の挿入効果を示すグラフである。(上図のグラフは強度レスポンスを示し、下図のグラフは位相レスポンスを示す。)
【0015】
【
図3】本発明に従って、ITFを2次最小位相フイルターで補償できる方法を示す。HRTFは
図2と同じであり、補助(aided)伝達関数(ATF)は、直接音並びに前記補聴器による増幅音及び
等化音の結果である。(強度レスポンスは上の図(plot)に、位相レスポンスは下の図に示す。)HRTFは頭部伝達関数であり、ATFは補助伝達関数である。
【0016】
【
図4A-4B】最小フイルターが、
図3と同様、減衰に対し完全に補償できる方法を数学的に示すグラフである。(強度レスポンスは上の図に示し、位相レスポンスは下の図に示す。)これらのフイルターは
図4Aでは別々に示し、
図4Bでは集合させて(summed together)示す。
【0017】
【
図5A-5B】1.5msの遅れでは、バンドパスフイルターが強度又は位相のいずれでも減衰に対して補償できないかを数学的に説明するグラフである。これらのフイルターも
図5Aでは別々に、
図5Bでは集合させて示した。
【0018】
【
図6】補聴器の外耳道への挿入効果に対して補償する本発明による2つの基本工程を説明する総合的フローチャートである。
【0019】
【
図7】音響的人体解剖模型を用いて補聴器の外耳道への挿入効果に対して補償する本発明による複数の工程を説明する更に詳細なフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明を実施するための最良の形態
外耳道に補聴器が存在すると、鼓膜への伝達関数は変化する。この変化は、2つの要素(component)、即ち補聴器自体の活動的(active)レスポンスとその受動的効果とからなる。受動的効果が補償されると、補聴器は真に透明となり、ユーザーに対し全ての音レベルで自然の音を出す(sound natural)。
【0021】
オープン型補聴器では、外耳道に受信器(又は拡声器(loudspeaker))があっても入射音は完全には減衰しない。これは事実で、受信器(又は拡声
器)周辺(around)の直接路は所定場所に保持するゴム製挿入チップ内の複数の孔で設けられる(provided)からである。これらの器具は低周波数(500Hz未満)を殆ど減衰させない傾向があるが、これより高い周波数は、補聴器、イヤーチップ及びユーザーの外耳道の幾何形状に依存する可変的方法で減衰する。
【0022】
このような開放型補聴器はユーザーにとって2つの利点がある。第一は高周波難聴性(普通は殆どこの種類)のユーザーでは、補聴器は低周波音を全く増幅する必要がなく、使用したミニチュア拡声器上には物理的束縛又は圧迫がいっそう少なくなる。第二に閉塞(occlusion)効果がなく、外耳道の入口が閉塞された時は、ユーザー自身の音声の変化となる。
【0023】
閉鎖型(closed)補聴器では、入射音は全ての周波数で減衰し、一般的には無視できる。これは、閉鎖型補聴器で生じた音は鼓膜に到達する有意の音だけであることを意味する。しかし、挿入効果は強度及び位相に留まるので、前述と同じ方法で補正を必要とする。
【0024】
耳内モニターのような、マイクロホンを持たない補聴器では、現時点の入力信号は電気信号である。このような補聴器の挿入効果は、前記閉鎖型補聴器の場合と同じで、スピーカーから着用者の前に音が出される(played)場合から決定できる。
【0025】
本発明方法を、まずオープンイヤー型補聴器の場合について説明する。この方法では、補聴器の挿入効果について(for)
等化を決定するのに必要な測定に音響的人体解剖模型が使用される。この
等化には効果的な補正が必要とされている。人体解剖模型を用いる代りの方法、即ち、人体解剖模型を使わないが、生身の人(live person)に依存する方法は後述する。前述の他の2つの例、即ち、閉塞型補聴器及び耳内モニターの例は事実上同一で、前述と同じ補正方法を用いるので、補正可能である。
【0026】
音響的人体解剖模型は、平均的な人間の頭部をまねる(emulate)ように設計され、目盛付き(calibrate)人工耳内にマイクロホンを含有する。このように埋設されたマイクロホンにより、人体模型の鼓膜の位置で音圧を容易に測定することができる。これらの測定値(measurements)は複雑な伝達関数を決定するのに使用できる。これらの複雑な伝達関数は、補聴器が所定の場所にあってもなくても、音がどのようにして耳内を通って鼓膜に達するかを表示する。補聴器なしでは耳は閉塞されず、複雑な伝達関数は、通常、頭部伝達関数(HRTF)と呼ばれる。所定場所にあり
電源が切られている補聴
器では、耳は閉塞され、複雑な伝達関数は挿入伝達関数(ITF)と呼ぶことができる。挿入効果はHRTFとITFとの差であり、時には挿入ロスと呼ばれる。挿入ロスは、これと関連する強度減衰のためであるが、強度レスポンスを変化させる共鳴又はフイルターのいずれも同様に位相を必然的に変化させるので、位相も影響を受ける。
【0027】
HRTFとITF間の強度及び位相の差は、透明な認識力用に補正しなければならない。外耳道及び補聴器の挿入効果は静的且つ受動的である。したがって、それらの共鳴は最小位相として説明できる。最小位相システムは幾つかの有用な特性を有する。即ち、該システムの効果はスペクトル的に局在化される。;該システムは安定な逆関係を有する。;また所定の強度レスポンスに対し、最小位相レスポンスは独特のものである。
【0028】
これら全ての特性は、補聴器の処理に補足的な2次最小位相フイルターを追加することにより、挿入効果が除去できることを意味する。フイルターを追加する際、強度レスポンス及び位相レスポンスの両方を補正できる。もし、非最小位相フイルターを使用すれば、強度レスポンス又は位相レスポンスのいずれかを補正できるが、同時に両者を補正することはできない。挿入効果に対して補償する伝達関数は、補助(aided)伝達関数(ATF)と呼ばれ、補聴器なしのHRTFと同一である。
【0029】
ATFは、鼓膜での直接音(ITFで表す)と増幅音とを集計したもの(combination)である。適切に作動させる該集計(summation)用(for)には、位相遅れが補聴器で増幅された全周波数において120度未満の位相に相当するように、前記複数の音間の時間遅れを最小化しなければならない。したがって、マイクロホンを補聴器の受信器に近接するように移動させたり、補聴器を設計することにより、位相遅れを調整することができる。これらの変化は、設計に不可欠な結果となる。これに対し、ATF用の補償フイルターは、補聴器がデジタルであれば、例えばデジタル信号処理チップを再プログラミングすることにより変化できる。(本発明はデジタル実施形態に限定されない。)
【0030】
本発明方法を人間の耳に利用するには、耳内レスポンスをプローブマイクロホンで測定する。プローブマイクロホンは外耳道中に配置され、音響的人体解剖模型のような模型によりHRTF,ITF,及びATFを正確に測定する。
【0031】
代替の人間への適用法は、主観的音路(subjective path)を取り入れることである。被験者(the subject)が難なく聞けるようなレベルにある原(source)材料を用いて、被験者は、補聴器(HRTF)なしでの原材料認識がATFと釣り合うかどうか尋ねられるであろう。HRTFとATF間の正確なスペクトル差に関して詳細な手引きを提供できる被験者(a subject)によって、人はこれらの測定法と同じフイルターを見出すであろう。このアプローチは音楽家や録音技術者のような熟練した聴取者に最も良く機能する。
【0032】
図1は、マイクロホン13,処理器15及びスピーカー17からなるオープンイヤー型補聴器(12)の一例を概略的に示す。ここで符号10で示した入射音は2つの音路A及びB経由で鼓膜11に到達する。直接路Aは、耳覆い(earpiece)(図示せず)周辺(around)を通る音路で、挿入伝達関数(ITF)を特徴とする。増幅路Bは、マイクロホン13,処理器15(補正の
等化を提供する。)及びスピーカー17を経由する。矢印Pで示した認識音はこれら2つの音路を経由して鼓膜に到達する音の集計(summation)である。
【0033】
オープンイヤー型補聴器から生じる挿入効果の一例を
図2に示す。
図2は音響的人体解剖模型から得られた伝達関数測定値(measurements)を示す。挿入効果はHRTFとITFとの差である。上図のグラフで示されるように、強度は500Hz以上から異なり(“挿入ロス”)、また下図のグラフで示されるように、位相は500Hz超で異なる。
【0034】
図3には、挿入効果は2次(2
nd order)最小位相フイルターを用いて補正されることが示されている。ATFとHRTFとの差が、強度及び位相において、1〜8kHzの範囲に亘ってかなり減少していることに注目すべきである。950Hzでの小さい凹み(dig)は、最小位相の共鳴ではない。
【0035】
この考え方を
図4A及び4Bに最小位相フイルターの例で数学的に示す。安定な逆関係(inverse)を有するいかなる因果律の(causual)フイルターにとっても一般に事実である。この実施形態では補聴器(ITF)により減衰した直接音は、鈴形の減衰用フイルター(“減衰”)としてモデル化される。このフイルターは中心周波数で最小であり、中心周波数から離れて単一に近づく。その(that)2次最小位相フイルターは、数学的に下記4次(biquadratic)方程式で示される。
【数1】
式中、sはラプラス(Laplace)変数、Wは角度周波数(=2πF、但しFは中心周波数)、Qは品質因子、Gは利得で、この場合、利得は1より大に限定される。このフイルターの伝達関数を
図4Aに断続線で示した。
【0036】
補聴器のレスポンス“boost(ブースト)”は、利得を有するバンドパスフイルターとしてモデル化される。このフイルターは中心周波数で最大の強度を有し、縁端部ではゼロに近づく。
【数2】
【0037】
これらフイルターの鼓膜での集計伝達関数はATFに相当する。下記式3及び式4で示す複数のパラメーター
【数3】
【数4】
を有するブーストが単一強度及びゼロ位相レスポンスa(
図4B参照)となる所定の固定減衰フイルターを解析的に示すことができる。
図4A及び4Bのフイルターのパラメーターは、このような関係に従って選択した。このようなシステムは完全に透明である。
【0038】
この実施形態は並列に集合させた複数のフイルターに相当することに注目すべきである。2つのフイルターを直列に配置した場合は、一方のフイルターは他方のフイルターの出力に作用し、更に単純な条件下、即ち、複数のフイルターが互いに逆関係である場合は単一に集計することが多い。以上概説した数学的見解は、特定の例であり、他の多くのフイルターの組合わせ、2つの鈴形フイルター(2つの4次フイルター)、高パスフイルター及び低パスフイルター等に対して維持することができる。
【0039】
以上の例では、直接音と増幅音間に時間遅れがないと推定した。したがって、ピークの周波数では位相シフトはなく、周囲の周波数では位相シフトは無視できるので、これらの音は、鼓膜において合算される。このような条件は、補聴器に
遅れ時間がなく、マイクロホンと補聴器間の距離(又は伝播時間)が殆どない場合に適合する。
【0040】
増幅音が充分に遅れるならば、直接音に対し位相を180度ほど(by)シフトさせる周波数が存在する。鼓膜において集計されると、これらの音は互いに集計音に対して破壊的に作用し、集計音を消去する。所定周波数での増幅音:直接音の相対強度は、前記消去が完全である(同等の強度)か、部分的である(同等ではない強度)かどうかを決定する。
【0041】
殆どの補聴器には少なくとも1.5msの
遅れ時間(latency)があり、それより長くなければ、重要な消去が行えるし、ITFの適切な補償を防止する。このような例は、パンドパスフイルターに純粋な遅れ(delay)を加えることによりモデル化される。
図5A及び5Bに示すように、遅れは線状の位相レスポンスを有する。1.5msの遅れに対しては、次の2つの顕著な効果がある。1)中心周波数での強度レスポンスは増幅音単独未満である。2)中心周波数周辺には広範の梳き性(combining)がある。この梳き性フイルタリング(comb filtering)は、−10dB未満の利得を有し、また入力信号を顕著に歪める数個のノッチを有する。
【0042】
マイクロホンの遅れは、マイクロホンと受信機間の距離を短縮することにより、低減できる。処理回路構成(処理回路構成は必ずしも必要ではないが、恐らくデジタル処理器である。)中に遅れを加えるか、或いは受信器から更に離れてマイクロホンを移動することにより、マイクロホンの遅れは増大できる。
【0043】
図6のブロックダイアグラムは、本発明に従って補聴器の挿入効果を補正する前述の基本工程を示す。第一工程として、外耳道への補聴器の挿入効果を決定しなければならない(ブロック102)。挿入効果は,前述のように、外耳道中に存在する補聴器と外耳道中で移動させた補聴器の両者について測定することにより達成できる。(前述のように、挿入効果は着用者による入力から、主観的に達成できる。)いったん、補聴器の外耳道への挿入効果が決定されたならば、引続き、強度及び位相両者の補正が可能である(ブロック103)。
【0044】
図7は音響的人体解剖模型(acoustic manikin)を用いてこの補正を決定する際のこれらの工程を詳細に示す。音響的人体解剖模型は、鼓膜の所で平均周波数のレスポンスにシミュレートするように設計されて、耳外側(outside ear)の背後に埋設されたマイクロホンを供給する(provide)(ブロック104)。外耳道が閉塞されないように、人体解剖模型の耳から移動した補聴器で頭部伝達関数(HRTF)を測定する(ブロック105)。次に、補聴器を人体解剖模型の外耳道内に配置する(ブロック106)ことにより、
電源が切られている(turned off)補聴器で複雑な挿入伝達関数(ITF)を測定することができる(ブロック107)。こうして測定されたHRTF及びITFにより、外耳道への補聴器の挿入効果に対して補正するのに必要な
等化を決定することができる(ブロック108)。前述のように、補正に対する
等化は、HRTF測定値:ITF測定値の比となる。この補正は補聴器に適用することができる(ブロック109)。次に、得られた補助(aided)伝達関数(ATF)を測定し、HRTFと比較することができる。
【0045】
音響的人体解剖模型により挿入効果を補正するため、
図7に示した複数の工程は、生身の人間を用いても採用することができる。この場合、測定は鼓膜上のプローブマイクロホンで行われる。
【0046】
補正をきれいに調和させて(to fine tune)最適ATFに到達させるため、前記複数の工程は繰返し行えることが理解される。
【0047】
以上、本発明を明細書中でかなり詳細に説明したが、本発明は特許請求の範囲で必要とされる他は、このような詳細な説明に限定されるものではないことは理解されよう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0048】
【特許文献1】米国特許第5325436号