特許第6957077号(P6957077)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6957077層状複水酸化物結晶、アニオン吸着剤および該層状複水酸化物結晶の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6957077
(24)【登録日】2021年10月8日
(45)【発行日】2021年11月2日
(54)【発明の名称】層状複水酸化物結晶、アニオン吸着剤および該層状複水酸化物結晶の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 53/00 20060101AFI20211021BHJP
   B01J 20/06 20060101ALI20211021BHJP
   B01J 41/02 20060101ALI20211021BHJP
   B01J 41/10 20060101ALI20211021BHJP
   C02F 1/28 20060101ALI20211021BHJP
   C02F 1/42 20060101ALI20211021BHJP
【FI】
   C01G53/00 A
   B01J20/06 B
   B01J41/02
   B01J41/10
   C02F1/28 E
   C02F1/28 L
   C02F1/42 B
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2021-542811(P2021-542811)
(86)(22)【出願日】2020年8月20日
(86)【国際出願番号】JP2020031456
(87)【国際公開番号】WO2021039584
(87)【国際公開日】20210304
【審査請求日】2021年8月31日
(31)【優先権主張番号】特願2019-152525(P2019-152525)
(32)【優先日】2019年8月23日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】手嶋 勝弥
(72)【発明者】
【氏名】簾 智仁
【審査官】 佐藤 慶明
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−222474(JP,A)
【文献】 中国特許出願公開第106892407(CN,A)
【文献】 米国特許出願公開第2016/0009566(US,A1)
【文献】 The Journal of Physical Chemistry C,2017年01月16日,Vol. 121,pp. 2683-2695
【文献】 Chemistry of Materials,2019年07月08日,Vol. 31,pp. 6798-6807
【文献】 田村 柊平 他,水中の有害アニオンの高効率除去に向けた高度積層構造をもつNi−Co系LDH結晶のフラックス育成,公益社団法人日本セラミックス協会 第31回秋季シンポジウム 講演予稿集,2018年08月27日,1PH18
【文献】 簾 智仁 他,フラックス育成したNiCo-LDHs結晶の硝酸イオン吸着,第33回日本吸着学会発表会講演要旨集,日本,2019年11月14日,p.43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 53/00 − 53/12
B01J 20/00 − 20/34
B01J 41/02
B01J 41/10
C02F 1/28
C02F 1/42
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表され、
複数の板状結晶が積層された積層構造を有する結晶粒の複数で構成され、
複数の前記結晶粒の粒径が、マイクロスケールで揃っている、層状複水酸化物結晶。[Ni2+1−xFe3+(OH)]・[(ClX/2] …(1)
(ここで、0.25<x≦0.9)
【請求項2】
隣接する板状結晶の間に層状空間が形成されており、
前記複数の板状結晶と複数の前記層状空間とが交互に配されている、請求項1に記載の層状複水酸化物結晶。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の層状複水酸化物結晶を含む、アニオン吸着剤。
【請求項4】
フッ化物イオン、硫酸イオンおよびヒ化物イオンから選択される1又は2種以上のアニオンを吸着する、請求項3に記載のアニオン吸着剤。
【請求項5】
前駆体結晶の化学量論比に基づいて混合されたNi源物質、Fe源物質およびNa源物質の混合物を原料として準備する工程と、
前記原料を600℃〜1000℃、1時間以上で加熱して、NaNi1−xFe結晶(0.25<x≦0.9)で構成される前駆体結晶を生成する工程と、
前記前駆体結晶を加水分解する工程と、
前記前駆体結晶の加水分解によって得られた結晶を還元処理する工程と、
前記還元処理によって得られた結晶の層間に位置する炭酸イオンを塩化物イオンに置換する工程と、
を有する、層状複水酸化物結晶の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、層状複水酸化物結晶、アニオン吸着剤および該層状複水酸化物結晶の製造方法に関し、特に、水中あるいは地中の有害アニオンを除去するための層状複水酸化物結晶に関する。
本願は、2019年8月23日に、日本に出願された特願2019−152525号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
層状複水酸化物(Layered Double Hydroxides:LDHs)は、アニオン交換性の無機イオン交換体であり、金属酸化物(ホスト層)と、アニオン種や水分子(ゲスト層)とが交互に積層した構造からなる層状無機化合物である。ゲスト層のアニオン種は,層状構造を維持したまま,溶液中のアニオン種と交換できるため、層間(二次元空間)を利用した高選択的イオン交換性を示すことが分かっている。
【0003】
従来、LDHsの選択的イオン交換性は多く議論されており、例えば、水溶液から硝酸イオン、リンおよびヒ素を同時かつ選択的に吸着できる吸着剤として、Mg−Al系ハイドロタルサイトを有する吸着剤が考案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−178682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
現在、世界で11億人余りの人々が安全な飲料水を取得するのが困難な状況であり、また、近年大規模な天災地変が増加傾向にあることから、災害発生の際の緊急時における安全な水の確保が急務であるところ、未だ具体的な解決策が見出されていない。このような社会的問題が生じる背景としては、工業排水によって様々な国や地域で土壌の汚染が進行したり、あるいは、農業肥料の散布によってその農業肥料が地下水に混入してしまうといった実情がある。特に、工業排水や農業肥料から生じるフッ化物イオンやヒ化物イオンなどの有害アニオン種は、人体に蓄積して大きな影響を与えることから、有害アニオン種を十分に除去可能な層状複水酸化物が求められている。
【0006】
しかしながら、上記のようなLDHs結晶の一般的な合成手法である沈殿法では、合成温度が室温〜80℃程度と比較的低温であり、結晶が十分に成長できず、nmサイズの結晶粒子が多数形成される。このため、水中や湿潤雰囲気中では結晶粒子同士が凝集し易く、その結果LDHsのイオン交換容量が低下し、十分なイオン交換能が得られないという問題がある。
【0007】
また、安全な飲料水の取得が急務である新興国においては、LDHs結晶の原料となる金属が希少である場合、その金属の入手が困難であり、製造コストが増大することから、当該国でLDHs結晶を工業的に製造することは難しい。例えばアフリカのタンザニアではコバルトが希少で高価であることから、コバルトを用いたLDHs結晶を量産することは極めて困難である。そこで、コバルト等の入手困難な金属を、鉄などの入手容易な金属で代替して、低コストで製造することができるLDHs結晶が強く望まれている。
【0008】
本発明の目的は、特定アニオン種に対して高いイオン交換能を実現しつつ、低コストを実現することができる層状複水酸化物結晶、アニオン吸着剤および該層状複水酸化物結晶の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、鋭意研究の結果、安価で入手容易なFe源物質を用いて固相法で前駆体結晶を製造すると、従来とは異なる平板状の積層構造を有する前駆体結晶を形成できることを見出した。また、得られた前駆体結晶に加水分解処理、還元処理およびイオン交換処理を施すと、前駆体結晶の平板状の積層構造が維持され、その結果、平板状の積層構造を有する層状複水酸化物結晶を高い分散性で得ることができることを見出した。特に、本発明者は、得られた層状複水酸化物結晶がフッ化物イオンやヒ化物イオンといった特定アニオン種に対して極めて高いイオン交換能を有することを見出した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
[1]下記式(1)で表され、
複数の板状結晶が積層された積層構造を有する結晶粒の複数で構成され、
複数の前記結晶粒の粒径が、マイクロスケールで揃っている、層状複水酸化物結晶。[Ni2+1−xFe3+(OH)]・[(ClX/2] …(1)
(ここで、0.25<x≦0.9)
[2]隣接する板状結晶の間に層状空間が形成されており、
前記複数の板状結晶と複数の前記層状空間とが交互に配されている、上記[1]に記載の層状複水酸化物結晶。
[3]上記[1]又は[2]に記載の層状複水酸化物結晶を含む、アニオン吸着剤。
[4]フッ化物イオン、硫酸イオンおよびヒ化物イオンから選択される1又は2種以上のアニオンを吸着する、上記[3]に記載のアニオン吸着剤。
[5]前駆体結晶の化学量論比に基づいて混合されたNi源物質、Fe源物質およびNa源物質の混合物を原料として準備する工程と、
前記原料を600℃〜1000℃、1時間以上で加熱して、NaNi1−xFe結晶(0.25<x≦0.9)で構成される前駆体結晶を生成する工程と、
前記前駆体結晶を加水分解する工程と、
前記前駆体結晶の加水分解によって得られた結晶を還元処理する工程と、
前記還元処理によって得られた結晶の層間に位置する炭酸イオンを塩化物イオンに置換する工程と、
を有する、層状複水酸化物結晶の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、特定アニオン種に対して高いイオン交換能を実現しつつ、低コストを実現する層状複水酸化物結晶および該層状複水酸化物結晶の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(a)は、本発明の実施形態に係る層状複水酸化物結晶を構成する一の結晶粒の構成を示す電子顕微鏡画像であり、図1(b)は層状複水酸化物結晶の構成を示す模式図である。
図2図2(a)〜図2(d)は、本実施形態に係る層状複水酸化物結晶の製造方法を説明する模式図である。
図3】実施例で得られた前駆体結晶、還元処理後の結晶および塩化物イオン置換後の結晶を、粉末X線回折(XRD)法で回折強度を測定した結果を示すグラフである。
図4図4は、実施例で得られた層状複水酸化物結晶の粒度分布の測定結果を示すグラフである。
図5図5は、実施例で得られた層状複水酸化物結晶を用いた際のフッ化物イオン濃度の経時変化を示すグラフである。
図6図6は、実施例で得られた層状複水酸化物結晶にフッ化物イオンを繰り返して吸着させた場合の各サイクルにおけるフッ化物イオン除去率を示すグラフである。
図7図7は、実施例で得られた層状複水酸化物結晶について、フッ化物イオン、硝酸イオン、硫酸イオンおよびヒ化物イオンの除去率を求めた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0014】
[層状複水酸化物結晶の構成]
図1(a)は、本実施形態に係る層状複水酸化物結晶の構成を示す模式図であり、図1(b)は層状複水酸化物結晶を構成する一の結晶粒の構成を示す電子顕微鏡画像である。
【0015】
層状複水酸化物結晶1(以下、LDHs結晶ともいう)は、下記式(1)で表され、また、図1(a)および図1(b)に示すように、複数の板状結晶11,11,…が積層された積層構造を有する結晶粒10の複数で構成され、かつ、複数の結晶粒10,10,…の粒径が、マイクロスケールで揃っている。尚、本明細書において、マイクロスケールとはサブミクロンを含む範囲を意味する。
[Ni2+1−xFe3+(OH)]・[(ClX/2] …(1)
(ここで、0.25<x≦0.9)
層状複水酸化物結晶1は、無水物であってもよいし、あるいは、少量の水(HO)を含んでいる水和物であってもよい。
【0016】
隣接する板状結晶11,11の間には層状空間12が形成されており、複数の板状結晶11,11,…と複数の層状空間12,12,…とが交互に配されている。
【0017】
結晶粒10を拡大して観察すると、板状結晶11は、薄板状結晶あるいはシート状結晶とも称することができる。板状結晶11は、サブミクロンオーダーの厚みを有しており、層状空間12も、サブミクロンオーダーの間隔を有している(図1(b))。これら複数の板状結晶11,11,…が数〜数十層で積層されてなる積層構造によって結晶粒10が構成されている。板状結晶11の幅方向の粒径あるいは円相当径は、0.1μm〜300μmであり、好ましくは0.5μm〜100μm、より好ましくは1.0μm〜50μmである。
【0018】
結晶粒10は、アニオン交換性の無機イオン交換体であり、ホスト層(金属水酸化物)とゲスト層(アニオン種や水分子)が交互に積層した構造からなる層状無機化合物とも称することができる。ゲスト層のアニオン種は、層状構造を維持したまま、溶液中のアニオン種と交換できるため、層間(二次元空間ともいう)を利用した高選択的なイオン交換性を示す。
【0019】
上記(1)式のうち、Ni2+は全部置換に限らず、一部置換であってもよい。また、Fe3+も同様、全部置換に限らず、一部置換であってもよい。
【0020】
また、上記(1)式におけるxの範囲は、0.5≦x≦0.85が好ましく、0.6≦x≦0.8がより好ましい。この場合、層状複水酸化物結晶におけるNi2+の含有量が更に減少する。よって、製造時に使用されるNi源物質を少量にすることができ、層状複水酸化物結晶1の製造コストを更に低減することができる。
【0021】
[層状複水酸化物結晶の製造方法]
次に、層状複水酸化物結晶1の製造方法を説明する。
図2(a)〜図2(d)は、本実施形態に係る層状複水酸化物結晶の製造方法を説明する模式図である。
【0022】
先ず、後述する前駆体結晶の化学量論比に基づいて混合されたNi源物質、Fe源物質およびNa源物質の混合物を原料として準備する。
Ni源物質としては、例えば、NiO、Ni(OH)、Ni(NO、Ni(NO・6HO、NiCO、NiSO、NiSO・6HO、NiClNiCl・6HO、(HCOO)Ni、(HCOO)Ni・2HO、CNi、CNi・2HO、(CHCOO)Ni、(CHCOO)Ni・4HO、Ni(CHCOCHCOCH)、Ni(CHCOCHCOCH)・xHO、NiCO、NiCO・xHO、(NHNi(SO、(NHNi(SO・6HO、Niを挙げることができる。
【0023】
Fe源物質としては、例えば、Fe、FeO、Fe(OH)、Fe(OH)、Fe(NO、FeSO、Fe(SO、FeCl、FeCl、FeC、Fe(C、Fe(CHCOO)、Fe(CHCOO)、Fe(CHCOCHCOCH)、Fe(CHCOCHCOCH、FeCO、Fe(CO、(NHFe(SO、(NHFe(SOおよびこれらの水和物、Feを挙げることができる。
【0024】
Na源物質としては、例えば、NaNO、NaCO、NaSO、NaSO・10HO、NaSO、NaCl、CHCOONa、CHCOONa、CHCOONa・3HO、CNa、CNa、CNa・2HO、NaHCOを挙げることができる。
【0025】
次に、前記原料を600〜1000℃、1時間以上で加熱して、NaNi1−xFe結晶(0.25<x≦0.9)で構成される前駆体結晶を生成する(図2(a))。このように高温溶融塩を用いて結晶育成する方法は固相法(SSR)と称することができ、本実施形態では固相法により前駆体結晶を生成する。また、前駆体結晶として、好ましくは0.5<x≦0.85、より好ましくは0.6<x≦0.80となるように、NaNi1−xFe結晶を生成することができる。これにより、自形の発達した高結晶性粒子をマイクロオーダーで育成することができ、複数の板状結晶が積層された積層構造を有する前駆体結晶を得ることができる。
【0026】
この加熱処理工程では、具体的には、上記原料を昇温、保持および冷却して、上記前駆体結晶を生成することができる。本加熱処理工程における昇温条件および冷却条件は、特に制限されないが、例えば昇温速度45℃/h〜1600℃/h、保持温度700〜1000℃、保持時間0.1〜20時間、冷却速度0.1〜60000℃/h、停止温度500℃以下、放冷温度は例えば室温である。
【0027】
その後、NaNi1−xFe結晶で構成される前駆体結晶を加水分解する(図2(b))。加水分解処理の方法は、特に制限はないが、例えば、アルカリを用いて上記前駆体結晶を酸化的加水分解することができる。本加水分解処理工程により、前駆体結晶における複数の板状結晶の形状が維持された状態で、隣接する板状結晶同士の間隔が拡大する。
【0028】
次いで、上記前駆体結晶の加水分解によって得られた結晶を還元処理する(図2(c))。還元処理の方法は、特に制限はないが、例えば、強酸と強アルカリの塩を用いて還元処理することができる。本還元処理工程により、加水分解処理後の複数の板状結晶の形状および位置が維持された状態で、金属水酸化物層間に炭酸イオンが保持され、これにより、上記式(1)で表される層状複水酸化物結晶を有する結晶粒が得られる。
【0029】
その後、上記還元処理によって得られた結晶の層間に位置する炭酸イオンを塩化物イオンに置換処理する(図2(d))。この置換処理の方法は、特に制限は無いが、例えば塩酸などの酸を用いて置換することができる。本置換処理工程により、還元処理後の複数の板状結晶の形状および位置が維持された状態で、金属水酸化物層間に塩化物イオンが保持され、これにより、上記式(1)で表される層状複水酸化物結晶を有する結晶粒が得られる。
【0030】
上述したように、本実施形態によれば、層状複水酸化物結晶1が、上記式(1)で表され、複数の板状結晶11が積層された積層構造を有する結晶粒10の複数で構成され、かつ複数の結晶粒10,10,…の粒径がマイクロスケールで揃っているので、従来よりも高い分散性を有し、これにより高いイオン交換能を実現することができる。したがって、例えば水中や湿潤雰囲気中でも結晶粒10同士が凝集し難く、その結果層状複水酸化物結晶1のイオン交換容量が増大し、十分なイオン交換能を得ることができる。特に、工業排水や農業肥料から生じるフッ化物イオンやヒ化物イオンなどの有害アニオン種を、簡便且つ十分に除去することができる。
【0031】
また、本実施形態によれば、前駆体結晶の化学量論比に基づいて混合されたNi源物質、Fe源物質およびNa源物質の混合物で構成される原料を、600℃〜1000℃、1時間以上で加熱して、NaNi1−xFe結晶(0.25<x≦0.9)で構成される前駆体結晶を生成するので、マイクロスケールで従来よりも高い分散性を有する前駆体結晶を育成することができ、その結果、従来よりも高いイオン交換能を有する層状複水酸化物結晶1を製造することができる。
【実施例】
【0032】
以下、本発明の実施例を説明する。本発明は、以下の実施例のみに限定されるものではない。
【0033】
先ず、前駆体結晶であるNaNi0.7Fe0.3結晶を固相法で生成した。出発原料として、化学量論比通りに混合されたNiO、FeおよびNaNOを用いた。
【0034】
上記のように調合された各原料を乾式混合して、アルミナるつぼに充填した後、マッフル炉にて昇温温度500℃/h、保持温度800℃、保持時間10時間で加熱し、その後冷却速度200℃/h、停止温度500℃とし、NaNi0.7Fe0.3結晶を得た。得られた粉末を溶液NaClO2.1Mol/L、KOH2.0Mol/Lを用い、固液比0.1L/g、撹拌時間24時間で酸化的加水分解処理した。その後、得られた結晶を溶液H0.02Mol/L、NaCl0.02Mol/L、固液比0.1L/g、撹拌時間24時間で還元処理を3回繰り返した。更に、溶液NaClaq.1.0MolおよびHClaq.3.2mMolを用い、固液比0.1L/g、反応時間24時間で置換処理し、上記式(1)で表される実施例1のLDHs結晶を得た。
【0035】
上記で得られた実施例1のLDHs結晶を、以下の方法で測定、評価した。
(LDHs結晶の構造)
実施例1について、前駆体結晶、還元処理後の結晶、および塩化物イオン置換後の結晶(LDHs結晶)の結晶構造それぞれを、粉末X線回折(XRD)法によるXRD装置(リガク社製、「MiniFlexII」)で同定した。
【0036】
(LDHs結晶の粒度分布)
実施例1のLDHs結晶を蒸留水で分散させ、粒度分布測定装置(島津製作所社製、製品名「SALD−7100」)を用いてLDHs結晶の粒度分布を測定した。
【0037】
(イオン交換能の評価(1))
実施例1のLDHs結晶のアニオン交換性能を、フッ化物イオンを用いて、以下の条件で評価した。得られたLDHs結晶をNaF水溶液に浸漬し、クールスターラーを用いて25℃、24時間で撹拌した。このとき、フッ化物イオンの初期濃度を8ppm、pH6以下、固液比1.0g/L、吸着時間180分間以下、吸着温度を室温とした。浸漬後、上記水溶液から粉末を分離し、上澄み液のフッ化物イオン濃度をサプレッサ型イオンクロマトグラフ(島津製作所製、「HIC−SP」)で定量した。このときのフッ化物イオン濃度(ppm)の経時変化を測定した。
【0038】
(繰り返し使用の評価)
実施例1のLDHs結晶を用いてアニオン交換する際の繰り返し使用を、フッ化物イオンを用いて、以下の条件で評価した。得られたLDHs結晶をNaF水溶液に浸漬し、クールスターラーを用いて25℃、24時間で撹拌した。このとき、吸着条件として、フッ化物イオンの初期濃度を8ppm、pH約8、固液比1.0g/L、吸着時間60分間、吸着温度を室温とした。また、再生条件として、塩化物イオンの初期濃度を5Mol/L、固液比1.0g/L、反応時間24時間、反応温度を室温とした。吸着及び再生のサイクルを6回繰り返し、1回目〜6回目の各サイクルにおける吸着後に、上記水溶液から粉末を分離し、上澄み液のフッ化物イオン濃度をサプレッサ型イオンクロマトグラフ(島津製作所製、「HIC−SP」)で定量し、初期濃度の値から各サイクルにおけるフッ化物イオンの除去率を求めた。
【0039】
先ず、実施例1の各工程で得られた結晶を粉末X線回折(XRD)法で回折強度を測定した結果を図3に示す。
実施例1では、プロファイル図形における回折線から、固相法によって育成された前駆体結晶に酸化的加水分解処理3回の還元処理および塩化物イオンへの置換処理を施すことで、前駆体結晶の積層構造がほぼ維持されたLDHs結晶が得られたことを確認した。
【0040】
また、実施例1で得られたLDHs結晶の粒度分布の測定結果を図4に示す。
実施例1のLDHs結晶では、粒子径が0.1μm〜20μmの範囲で分布しており、粒子径4μm〜4.8μmの範囲で、相対粒子量qが最大値を示している。よって、実施例1のLDHs結晶を構成する結晶粒の粒径が、マイクロスケールで揃っていることを確認した。
【0041】
次に、実施例1のLDHs結晶を用いた際のフッ化物イオン濃度の経時変化を測定した結果を図5に示す。
実施例1のLDHs結晶では、フッ化物イオン濃度が、開始から僅か1分足らずで8.0ppmから2.0ppm程度にまで減少し、開始から5分以内で1.5ppm以下にまで減少した。また、開始から60分経過後のフッ化物イオン濃度は、0.9ppmであった。開始から60分経過後におけるLDHs結晶に対するフッ化物イオンの吸着量を測定したところ、7.1mg(F)/g(LDHs)であった(0.37mMol(F)/g(LDHs))。このことから、実施例1のLDHs結晶は、アニオン種であるフッ化物イオンに対して優れたイオン交換能を有し、フッ化物イオンの高い除去特性を発現することが分かった。
【0042】
実施例1で得られたLDHs結晶にフッ化物イオンを繰り返して吸着させた場合の各サイクルにおけるフッ化物イオン除去率を図6に示す。
実施例1のLDHs結晶を6回繰り返して用いた場合にも、フッ化物イオン除去率は96.8%とほぼ100%の吸着性能を示しており、繰り返しの使用によっても実施例1のLDHs結晶の吸着性能は低下せず、高い吸着性能(繰り返し性能)を維持していることが分かった。
【0043】
(イオン交換能の評価(2))
次に、実施例1について、除去対象のアニオンとしてフッ化物イオン、硝酸イオン、硫酸イオンおよびヒ化物イオンを用いたイオン交換能の評価(2)を行った。フッ素試験では、イオン交換能の評価(1)と同様の条件にて、初期濃度の値からフッ化物イオンの除去率を求めた。
【0044】
硝酸試験では、実施例1のLDHs結晶をNaNO水溶液に浸漬し、クールスターラーを用いて25℃、24時間で撹拌した。イオン交換能の評価(1)と同様の条件にて、初期濃度の値から硝酸イオンの除去率を求めた。
【0045】
硫酸試験では、実施例1のLDHs結晶をNaSO水溶液に浸漬し、クールスターラーを用いて25℃、24時間で撹拌した。イオン交換能の評価(1)と同様の条件にて、初期濃度の値から硫酸イオンの除去率を求めた。
【0046】
ヒ素試験では、NSF/ANSI53「飲料水処理ユニット−健康への影響」規格文献に規定されたNSF53ヒ素除去水についての指針に従って試験溶液を調整した。実施例2の結晶粉末を所定容器内に入れ、初期濃度0.050mg/Lのヒ素試験溶液を用いてスラリー化した。生じたスラリーを、数時間にわたり容器を回転させることにより撹拌した。撹拌後、試験溶液をフィルタを通じたろ過により粉末から分離した。ろ液中のヒ化物イオン濃度を上記のサプレッサ型イオンクロマトグラフで定量し、初期濃度の値からヒ化物イオン除去率を求めた。
【0047】
図7に示すように、実施例1のLDHs結晶を用いた場合、フッ素試験における上澄み液中のフッ化物イオンの除去率は95%であった。硝酸試験における上澄み液中の硝酸イオンの除去率は48%であった。硫酸試験における上澄み液中の硫酸イオンの除去率は92%であった。また、ろ液からヒ化物イオンは検出されず、ヒ化物イオンの除去率は約100%であった。このことから、実施例1のLDHs結晶は、高フッ化物イオン交換能に加えて、硝酸イオン交換能、高硫酸イオン交換能および高ヒ化物イオン交換能を有しており、有害アニオン種の高い除去特性を発現することが分かった。また、特にフッ化物イオン、硫酸イオンおよびヒ化物イオンに対して、極めて高い除去特性を発現することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の層状複水酸化物結晶は、アニオンを吸着するアニオン吸着用物質として用いることができる。よって、様々な工業分野で使用されるアニオン吸着剤に本発明の層状複水酸化物結晶を適用することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 層状複水酸化物結晶
10 結晶粒
11 板状結晶
12 層状空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7