特許第6957155号(P6957155)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6957155エレクトロクロミック素子、およびその駆動方法、光学フィルタ、レンズユニット及び撮像装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6957155
(24)【登録日】2021年10月8日
(45)【発行日】2021年11月2日
(54)【発明の名称】エレクトロクロミック素子、およびその駆動方法、光学フィルタ、レンズユニット及び撮像装置
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/155 20060101AFI20211021BHJP
   G02F 1/15 20190101ALI20211021BHJP
   G02F 1/163 20060101ALI20211021BHJP
【FI】
   G02F1/155
   G02F1/15 502
   G02F1/15 506
   G02F1/15 508
   G02F1/163
【請求項の数】22
【全頁数】39
(21)【出願番号】特願2017-6481(P2017-6481)
(22)【出願日】2017年1月18日
(65)【公開番号】特開2017-146590(P2017-146590A)
(43)【公開日】2017年8月24日
【審査請求日】2019年12月17日
(31)【優先権主張番号】特願2016-27751(P2016-27751)
(32)【優先日】2016年2月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110870
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 芳広
(74)【代理人】
【識別番号】100096828
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 敬介
(72)【発明者】
【氏名】久保 亘
【審査官】 岩村 貴
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−059545(JP,A)
【文献】 特開昭59−219775(JP,A)
【文献】 特開昭59−159134(JP,A)
【文献】 特開2015−166338(JP,A)
【文献】 特表2011−515718(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/120658(WO,A1)
【文献】 中国特許出願公開第101983356(CN,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0170100(US,A1)
【文献】 特開昭63−026635(JP,A)
【文献】 特表2000−506629(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/15−1/163
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、
前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、
前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質を有し、
前記被酸化性物質が、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいことを特徴とする、エレクトロクロミック素子。
【請求項2】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、アノード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、
前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、
前記第三の電極が、不可逆的に還元される被還元性物質を有し、
前記被還元性物質が、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の還元体によっては還元されず、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすいことを特徴とする、エレクトロクロミック素子。
【請求項3】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、を有するエレクトロクロミック素子であって、
前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、
前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質と、不可逆的に還元される被還元性物質と、を有し、
前記被酸化性物質が、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすく、
前記被還元性物質が、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の還元体によっては還元されず、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすいことを特徴とする、エレクトロクロミック素子。
【請求項4】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、
前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、
前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質を有し、
前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の酸化反応の酸化電位Aと、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な酸化反応の酸化電位Bとの間に、前記被酸化性物質の酸化電位Cがあることを特徴とする、エレクトロクロミック素子。
【請求項5】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、アノード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、
前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、
前記第三の電極が、不可逆的に還元される被還元性物質を有し、
前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の還元反応の還元電位Dと、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な還元反応の還元電位Eとの間に、前記被還元性物質の還元電位Fがあることを特徴とする、エレクトロクロミック素子。
【請求項6】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、を有するエレクトロクロミック素子であって、
前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、
前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質と、不可逆的に還元される被還元性物質と、を有し、
前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の酸化反応の酸化電位Aと、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な酸化反応の酸化電位Bとの間に、前記被酸化性物質の酸化電位Cがあり、
前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の還元反応の還元電位Dと、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な還元反応の還元電位Eとの間に、前記被還元性物質の還元電位Fがあることを特徴とする、エレクトロクロミック素子。
【請求項7】
前記第三の電極が、前記第一の電極又は前記第二の電極のいずれかを透過する光の光路外に配置されていることを特徴とする、請求項1乃至6のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項8】
前記第一の電極と前記第二の電極との間に含まれる有機エレクトロクロミック化合物のうち少なくとも一つが、前記第一の電極又は前記第二の電極に固定化されていることを特徴とする、請求項1乃至7のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項9】
前記第三の電極が、前記第一の電極又は前記第二の電極の周囲の少なくとも一部に配置されていることを特徴とする、請求項1乃至8のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項10】
前記第三の電極を二つ以上有することを特徴とする、請求項1乃至9のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項11】
前記第一の電極又は前記第二の電極と、前記第三の電極と、の間の電位差を制御する手段をさらに有することを特徴とする、請求項1乃至10のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項12】
エレクトロクロミック素子の電荷バランス状態を検知する手段をさらに備えることを特徴とする、請求項1乃至11のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項13】
前記電荷バランス状態を検知する手段が、前記有機エレクトロクロミック化合物の光吸収を利用して電荷バランス状態を検知する手段であることを特徴とする、請求項12に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項14】
前記第三の電極は、前記電解質を介して、前記第一の電極または前記第二の電極と電気的に接続可能であることを特徴とする、請求項1乃至13のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項15】
請求項1乃至14のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子と、
前記エレクトロクロミック素子に接続される能動素子と、を有することを特徴とする、光学フィルタ。
【請求項16】
複数のレンズを有する撮像光学系と、
請求項15に記載の光学フィルタと、を有することを特徴とする、レンズユニット。
【請求項17】
複数のレンズを有する撮像光学系と、
請求項15に記載の光学フィルタと、
前記光学フィルタを透過した光を受光する撮像素子と、を有することを特徴とする、撮像装置。
【請求項18】
前記撮像光学系が着脱可能であることを特徴とする、請求項17に記載の撮像装置。
【請求項19】
一対の透明基板と、
前記一対の透明基板の間に配置される、請求項1乃至14のいずれか一項に記載のエレクトロクロミック素子と、
前記エレクトロクロミック素子に接続される能動素子と、を有することを特徴とする、窓材。
【請求項20】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性のエレクトロクロミック化合物と、カソード性の酸化還元物質とを有し、前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質を有する、エレクトロクロミック素子の駆動方法であって、
前記被酸化性物質が、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすい物質であり、
検知されたエレクトロクロミック素子の電荷バランス状態に基づき、前記第一の電極と前記第二の電極の少なくとも一方と、前記第三の電極との間の電圧を制御するステップを有し、
前記電圧を制御するステップは、前記第一の電極と前記第二の電極の少なくとも一方と、前記第三の電極との間に前記被酸化性物質を酸化する電圧を印加するステップを有することを特徴とするエレクトロクロミック素子の駆動方法。
【請求項21】
第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、カソード性のエレクトロクロミック化合物と、アノード性の酸化還元物質とを有し、前記第三の電極が、不可逆的に還元される被還元性物質を有する、エレクトロクロミック素子の駆動方法であって、
前記被還元性物質が、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の還元体によっては還元されず、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすい物質であり、
検知されたエレクトロクロミック素子の電荷バランス状態に基づき、前記第一の電極と前記第二の電極の少なくとも一方と、前記第三の電極との間の電圧を制御するステップを有し、
前記電圧を制御するステップは、前記第一の電極と前記第二の電極の少なくとも一方と、前記第三の電極との間に前記被還元性物質を還元する電圧を印加するステップを有することを特徴とするエレクトロクロミック素子の駆動方法。
【請求項22】
前記電圧を制御するステップに基づいた電圧の制御後、さらに検知されたエレクトロクロミック素子の電荷バランス状態に基づき、追加の電圧制御の実施を判断することを特徴とする請求項20または21に記載のエレクトロクロミック素子の駆動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロクロミック素子、およびその駆動方法、並びにこのエレクトロクロミック素子を有する光学フィルタ、レンズユニット及び撮像装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気化学的な酸化還元反応により、物質の光学吸収の性質(吸収波長、吸光度)が変化するエレクトロクロミック(以降、「EC」と略する場合がある)材料を利用したEC素子は、表示装置、可変反射率ミラー、可変透過窓等に応用されている。EC材料の中でも、有機エレクトロクロミック化合物は、吸収波長を設計して変化させることが可能であり、高い着消色のコントラストを実現可能なため、積極的な開発が行われている。
このようなEC素子において、時間の経過に伴う光学特性の変化抑制は、最も大きな課題の一つである。特許文献1には、EC材料が電解質に溶解した相補型のEC素子において、非EC性の材料であって、アノード性のEC材料よりも酸化されやすい材料及びカソード性のEC材料よりも還元されやすい材料を用いることが開示されている。尚、これらの材料を以降「レドックスバッファー」と呼ぶことにする。
特許文献1のEC素子においては、着色体であるアノード性のEC材料の酸化体よりもレドックスバッファーの酸化体が安定であり、カソード性EC材料の還元体よりもレドックスバッファーの還元体が安定である。そのため、消色動作時に、電荷のインバランスが発生した場合においても、レドックスバッファーの電荷量でカバーできる範囲においては、EC材料の着色体が残存するよりも、それぞれ対応するレドックスバッファーの酸化体又は還元体が生成する。そして、このレドックスバッファーは、非EC性であるために、これらの酸化体又は還元体が生成しても、その酸化還元反応は光の透過率に影響を及ぼさない。言い換えれば、このレドックスバッファーは、非変動色の電荷のバランス領域を付与する役割を果たすため、特許文献1のEC素子は、電荷のインバランスが生じたとしても消色不良に直結しないようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許第6188505号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1において、レドックスバッファーは、アノード性のEC材料よりも酸化されやすい又はカソード性のEC材料よりも還元されやすいため、EC材料よりも電位的に反応しやすい。そのため、通常のEC素子の着色動作において、EC材料に先んじて(少なくとも同等以上に)反応する。その結果、レドックスバッファーを使用しない場合と比較して、着色に寄与しない無駄な電流が流れるため、消費電力が増大し、応答速度が低下するという課題があった。
また特許文献1の様に、レドックスバッファーを用いても、表示電極間における電荷のインバランスそのものが解消されるわけではない。即ち、EC材料の着色体を減少させる(=代わりに着消色しないレドックスバッファーの酸化/還元体が生成する)だけで、表示電極間における電荷のバランスに影響を与えるわけではない。相補型のEC素子で電荷のインバランスが発生すると、アノード性のEC材料/カソード性のEC材料の着色体の比は変化することになる。
具体的には、電荷インバランスによって残存している材料の反対極性の材料の着色の比が、電荷インバランスによって残存している材料の着色の比より小さくなることが起こる。例として挙げると、カソード性のEC材料の着色体が残存している電荷インバランスの状態からEC素子を着色した場合では、電荷インバランスが発生していない状態と比較して、アノード材料に起因する着色の比が、カソード材料に起因する着色の比より小さくなる。その結果、設計時に想定していた吸収スペクトルから、実際の吸収スペクトルが変化することになり、EC素子の吸収色の変色として現れるために好ましくない。特許文献1では、電荷インバランスにより消色動作時に、残存するアノード材料の酸化体、またはカソード材料の還元体の電荷をレドックスバッファーが引き受けることにより、アノード、カソードのうちの一方の極性の着色が残存することを抑制する。しかし表示電極間における電荷のインバランス自体を修正しているわけではないため、このアノード性EC材料/カソード性EC材料の着色体の比のシフトは修正されない。別の表現を用いると、表示電極間における電荷インバランスを生じても消色動作時に色が見えることを抑制するだけで、着色動作時には電荷インバランスによりアノード材料、カソード材料の比が、当初とは変化した着色状態が出現してしまうことになる。
本発明は、上述した課題を解決するためになされるものであり、その目的は、発生し得る電荷のインバランスを補正することができ、消色時の消色不良(色残り)が抑制され、かつ着色動作時のスペクトルの再現性に優れたエレクトロクロミック素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明のエレクトロクロミック素子の第一の態様は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質を有し、前記被酸化性物質が、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいことを特徴とする。
本発明のエレクトロクロミック素子の第二の態様は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、アノード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、前記第三の電極が、不可逆的に還元される被還元性物質を有し、前記被還元性物質が、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の還元体によっては還元されず、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすいことを特徴とする。
本発明のエレクトロクロミック素子の第三の態様は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、を有するエレクトロクロミック素子であって、前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質と、不可逆的に還元される被還元性物質と、を有し、前記被酸化性物質が、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすく、前記被還元性物質が、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の還元体によっては還元されず、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすいことを特徴とする。
本発明のエレクトロクロミック素子の第四の態様は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質を有し、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の酸化反応の酸化電位Aと、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な酸化反応の酸化電位Bとの間に、前記被酸化性物質の酸化電位Cがあることを特徴とする。
本発明のエレクトロクロミック素子の第五の態様は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、アノード性の酸化還元物質と、を有するエレクトロクロミック素子であって、前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、前記第三の電極が、不可逆的に還元される被還元性物質を有し、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の還元反応の還元電位Dと、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な還元反応の還元電位Eとの間に、前記被還元性物質の還元電位Fがあることを特徴とする。
本発明のエレクトロクロミック素子の第六の態様は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有し、前記第一の電極と前記第二の電極との少なくともいずれかが透明電極であり、前記第一の電極と前記第二の電極との間に、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物と、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、を有するエレクトロクロミック素子であって、前記第一の電極と前記第三の電極との間と、前記第二の電極と前記第三の電極との間の少なくとも一方には、前記電解質が配され、前記第三の電極が、不可逆的に酸化される被酸化性物質と、不可逆的に還元される被還元性物質と、を有し、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の酸化反応の酸化電位Aと、前記アノード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な酸化反応の酸化電位Bとの間に、前記被酸化性物質の酸化電位Cがあり、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における可逆的な第一の還元反応の還元電位Dと、前記カソード性の有機エレクトロクロミック化合物における不可逆的な還元反応の還元電位Eとの間に、前記被還元性物質の還元電位Fがあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、発生し得る電荷のインバランスを補正することができ、消色時の消色不良(色残り)が抑制され、かつ着色動作時のスペクトルの再現性に優れたエレクトロクロミック素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】電荷のバランス/インバランスの概念を説明する図である。
図2】本発明のEC素子における実施形態の例を示す断面模式図である。
図3】本発明のEC素子の上面模式図である。
図4】本発明のEC素子の制御回路の例を示す模式図である。
図5】EC素子の吸収スペクトルを示す図である。
図6】本発明の撮像装置における実施形態の例を示す模式図である。
図7】本発明の窓材における実施形態の例を示す模式図である。
図8】実施例1で作製したEC素子を示す模式図である。
図9】実施例2で作製したEC素子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明のエレクトロクロミック素子(EC素子)は、第一の電極と、第二の電極と、第三の電極と、を有している。本発明において、第一の電極と第二の電極との少なくともいずれか一方が透明電極である。本発明において、第一の電極と第二の電極との間には、電解質と、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物又はカソード性の有機エレクトロクロミック化合物と、を有している。尚、本発明において、第一の電極と第二の電極との間には、少なくとも二種類の酸化還元物質を有している。また、ここでいう酸化還元物質には、有機エレクトロクロミック化合物も含まれる。本発明において、第一の電極と第二の電極との間に含まれる二種類の酸化還元物質とは、具体的には、下記(i)乃至(iii)に示される組み合わせのいずれかである。
(i)アノード性の有機エレクトロクロミック化合物とカソード性の酸化還元物質
(ii)カソード性の有機エレクトロクロミック化合物とアノード性の酸化還元物質
(iii)アノード性の有機エレクトロクロミック化合物とカソード性の有機エレクトロクロミック化合物
【0009】
本発明において、第三の電極は、電解質を介して第一の電極と第二の電極との少なくともいずれか一方と電気的に接続可能である。本発明において、第三の電極は、被酸化性物質又は被還元性物質を有している。第三の電極が有する被酸化性物質は、不可逆的に酸化される物質である。また第三の電極が有する被還元性物質は、不可逆的に還元される物質である。第一の電極と第二の電極との間にアノード性の有機エレクトロクロミック化合物(EC材料)が含まれる場合、第三の電極が有する被酸化性物質は、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されない。またこの被酸化性物質は、アノード性の有機エレクトロクロミック化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすい。一方、第一の電極と第二の電極との間にカソード性の有機エレクトロクロミック化合物(EC材料)が含まれる場合、第三の電極が有する被還元性物質は、カソード性の有機エレクトロクロミック化合物の第一の還元体によっては還元されない。またこの被還元性物質は、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすい。
【0010】
本発明では、アノード性の酸化還元物質とカソード性の酸化還元物質とを使用し、これら酸化還元物質のうちの少なくとも一つがEC材料である相補型と呼ばれるEC素子の電荷のインバランスによる着消色不良の改善を行う。尚、電荷のバランス/インバランスの概念については、後述する。
【0011】
1.酸化還元物質
本発明において、酸化還元物質とは、所定の電位範囲において、繰り返し酸化還元反応を起こすことが可能な化合物である。酸化還元物質には、無機化合物も有機化合物も含まれるが、本発明においては特に制限なく両者を使用することができる。中でも用いられるEC材料の使用環境との適合性から、有機化合物の酸化還元物質が好ましく用いられる。
【0012】
尚、以下の説明において、酸化還元物質については、例えば、「アノード性の酸化還元物質」、「カソード性の酸化還元物質」と記述する場合がある。ここでアノード性の酸化還元物質とは、通常、素子を駆動させていない状態では還元体であるが、素子を駆動(特に着色)させた状態では酸化体となる物質をいう。また、カソード性の酸化還元物質とは、通常、素子を駆動させていない状態では酸化体であるが、素子を駆動(特に着色)させた状態では還元体となる物質をいう。
【0013】
2.有機エレクトロクロミック(EC)材料(有機エレクトロクロミック化合物)
本発明において、有機エレクトロクロミック(EC)材料とは、酸化還元物質の一種であり、酸化還元反応により、素子の対象とする光波長領域において光吸収特性が変化する物質である。ところで上述した有機エレクトロクロミック化合物は、有機エレクトロクロミック材料と同意である。尚、エレクトロクロミック材料には、有機化合物も無機化合物も含まれるが、以下の説明において、有機エレクトロクロミック材料を「EC材料」と呼ぶこととする。また、ここでいう光吸収特性とは、代表的には、光吸収状態と光透過状態とであり、EC材料は、光吸収状態と光透過状態とが切り替わる材料である。
【0014】
ところで、以下の説明において、EC材料については、「アノード性のEC材料」、「カソード性のEC材料」と記述する場合がある。ここでアノード性のEC材料とは、素子の対象とする光波長領域において、EC材料から電子が取り去られる酸化反応によって光透過状態から光吸収状態に変化する材料をいう。また、カソード性のEC材料とは、素子の対象とする光波長領域において、EC材料に電子が授与される還元反応によって光透過状態から光吸収状態に変化する材料をいう。
【0015】
3.酸化体、還元体
酸化還元物質及びEC材料に対して用いられる用語である酸化体、還元体について以下に説明する。以下の説明において、酸化還元物質やEC材料の酸化体とは、対応する還元反応が可逆的に進行する場合において、電極における一電子以上の還元反応によって還元体へと還元されるものをいう。一方、酸化還元物質やEC材料の還元体とは、対応する酸化反応が可逆的に進行する場合において、電極における一電子以上の酸化反応によって、酸化体へと酸化されるものをいう。
【0016】
尚、文献によっては、酸化還元物質及びEC材料の状態を示す表現として、酸化体から中性体を経て還元体(又はその逆)という表現もある。しかし、以下の説明においては、基本的には、酸化体を還元したときに生成されるのが還元体であり、還元体を酸化したときに生成されるのが酸化体という認識の下で、酸化体及び還元体の記述を採用する。例えば、フェロセンがアノード性の酸化還元物質として機能する場合、二価の鉄を有するフェロセン(分子全体としては中性体)は、フェロセン(アノード性の酸化還元物質)の還元体である。この還元体が酸化されて鉄が三価の状態となったものはフェロセン(アノード性の酸化還元物質)の酸化体である。この酸化体は、フェロセンの還元体の第一段階の酸化反応によって得られるため、第一の酸化体とも呼ばれる物質である。またビオロゲンのジカチオン塩がカソード性のEC材料として機能する場合、当該ジカチオン塩はカソード性のEC材料の酸化体である。ここで当該ジカチオン塩が一個の電子を受け取ることで得られるモノカチオン塩は当該カソード性のEC材料の還元体である。この還元体は、上記ジカチオン塩(酸化体)の第一段階の還元反応によって得られるため、第一の還元体とも呼ばれる物質である。
【0017】
ところで、酸化還元物質やEC材料によっては、可逆的な酸化(又は還元)反応が複数の段階で起こる場合がある。この場合、例えば、第一段階の酸化(還元)反応によって得られる物質は第一の酸化体(還元体)であり、第二段階の酸化(還元)反応によって得られる物質は第二の酸化体(還元体)である。即ち、第n(nは1以上の整数)段階の酸化(還元)反応によって得られる物質は第nの酸化体(還元体)である。
【0018】
4.電解質
本発明において、電解質には、電解質そのものに限らず、電解質を溶媒に溶解させて調製した電解液の概念も含まれる。尚、本発明において、電解質には、塩化合物を溶媒に溶解させて得た溶液、イオン性液体、ゲル電解質、ポリマー電解質等も含まれる。また電解質の具体例については、後述する。
【0019】
5.第三の電極が有する被酸化性物質、被還元性物質
本発明において、第三の電極が有し得る物質である被酸化性物質とは、所定の電位範囲において、不可逆的な酸化反応を起こす化合物である。また第三の電極が有し得る物質である被還元性物質とは、所定の電位範囲において、不可逆的な還元反応を起こす化合物である。本発明において、第三の電極が被酸化性物質又は被還元性物質を有するとは、これら物質の少なくともいずれかが直接又は間接的に第三の電極に固定化されていることを意味する。ここで、これら物質が第三の電極に直接固定化されている場合、当該物質は、他の物質を介さずに物理的又は化学的な要因により第三の電極に固定化されている状態になっている。一方、当該物質が間接的に第三の電極に固定化されている場合、当該物質は、例えば、膜状の物質を介して第三の電極に物理的又は化学的に固定化されている状態になっている。いずれの場合においても、当該物質は、第三の電極との間で電荷の授受が可能な状態であることが好ましい。本発明において、第三の電極は、電解質中に含まれるEC材料との間での電荷の授受を行うことができ、また外部回路に対して電荷の授受を行える電極である。
【0020】
本発明において使用できる被酸化性物質及び被還元性物質には、いずれも無機化合物及び有機化合物が含まれるが、本発明においては特に制限なく両者を使用することができる。中でも用いられるEC材料の使用環境との適合性から、被酸化性物質及び被還元性物質のいずれも有機化合物が好ましく用いられる。ここで、不可逆的に酸化されるとは、被酸化性物質が酸化反応を起こすことで生じた酸化体が再び還元反応を起こして元の被酸化性物質に戻ることが容易でないことを意味する。また不可逆的に還元されるとは、被還元性物質が還元反応を起こすことで生じた還元体が再び酸化反応を起こして元の被還元性物質に戻ることが容易でないことを意味する。ここで容易ではないとは、上述の酸化還元物質(所定の電位範囲において、繰り返し酸化還元反応を起こすことが可能な物質)と比較して容易でないことを意味する。具体的には、酸化還元物質と比較して、対応する酸化還元反応の繰り返し可能数が1/10以下、より好ましくは1/100以下、さらに好ましくは1/1000以下であることを意味する。通常のEC素子の初期状態においては、被酸化性物質は還元体として存在し、不可逆的な酸化反応を受け得る状態で第三の電極に含まれている。同様に、被還元性物質は酸化体として存在し、不可逆的な還元反応を受け得る状態で第三の電極に含まれている。
【0021】
6.電荷のバランス/インバランス
以下、図面を参照しながら、電荷のバランス/インバランスの概念について説明する。図1は、電荷のバランス/インバランスの概念を説明する図である。尚、図1は、相補型EC素子が対象となっている。図1には、アノードである第一の電極1と、カソードである第二の電極2と、が示されている。また図1において、Aは、アノード性のEC材料の還元体(消色状態)であり、A+は、アノード性のEC材料の酸化体(着色状態)である。さらに図1において、Cは、カソード性のEC材料の酸化体(消色状態)であり、C-は、カソード性のEC材料の還元体(着色状態)である。
【0022】
図1(a)は、EC素子の着色過程を示す図である。アノード(第一の電極1)とカソード(第二の電極2)との間に着色電圧を印加すると、第一の電極1では、下記(α)に示されるアノード性EC材料の酸化反応が進行し、第二の電極2では、下記(β)に示されるカソード性EC材料の還元反応が進行する。
A→A++e- (α)
C+e-→C- (β)
【0023】
これらの反応が進行することにより、ECセルは、着色状態となる。
【0024】
図1(b)は、着色過程とは反対の過程である消色過程を示す図である。ECセルを消色する場合には、第一の電極1と第二の電極2との間に、消色電圧(例えば、第一の電極1、第二の電極2間を短絡する0V)を印加することで、図1(b)中の円弧状の矢印で示すように、図1(a)に示される反応の逆反応が進行する。これによりアノード性EC材料は還元状態A、カソード性EC材料は酸化状態Cとなり、着色状態のEC材料を消色状態に戻すことができる。図1(a)、(b)に示される反応が繰り返されている場合には、EC素子の電荷のバランスは正常で、素子は正常に着消色を繰り返すことになる。
【0025】
一方、EC素子を駆動していくと、この正常な着色/消色の工程以外の工程が一部で行われることで電荷のバランスが崩れる場合がある。この原因にはいくつかの種類があるが、ここでは例としてアノード性のEC材料の酸化体(A+)の劣化を取り上げて、図1(c)にて説明する。正常な着色工程を経て着色したアノード性のEC材料の酸化体A+が劣化して、第一の電極1において反応をすることができなくなった場合、第二の電極2においても、カソード性のEC材料の還元体C-がその電子の受け手を失うことになり、反応できなくなってしまう。尚、以下の説明では、このような現象を電荷のバランスが崩れること、即ち、電荷のインバランスと呼ぶ。電荷のインバランスが生じた結果、このEC素子は、カソードのEC材料は正常であるにもかかわらず、カソード性のEC材料の着色体C-が残存する消色不良を呈することとなる。
【0026】
電荷のインバランスが生じる原因としては、当該酸化還元反応を構成した基質の不可逆的な電子移動反応(特に、電極反応)が挙げられる。具体的には、不純物(EC材料由来、環境不純物(酸素、水等)、シール材由来)やラジカル同士の化学反応等が挙げられる。例としては、不純物として侵入してきた酸素の不可逆的な還元反応によりアノード材料の着色体が残存すること、シール材含有成分の不可逆的な酸化反応によりカソード材料の着色体が残存することが挙げられる。
【0027】
7.EC素子
図2は、本発明のEC素子における実施形態の例を示す断面模式図である。図2のEC素子10は、第一の電極1と、第三の電極3と、を有する基板(第一の基板6)と、第二の電極2と、第三の電極3と、を有する基板(第二の基板7)と、を有している。図2のEC素子10において、第一の電極1と第二の電極2との間には、電解質4が配置されており、この電解質4は、第一の電極1、第二の電極2及び第三の電極3に接している。尚、電解質4は、シール材5によって外部と隔離されて保持されていることが好ましい。また本発明のEC素子には、第一の電極1と第二の電極2との間にアノード性の酸化還元物質及びカソード性の酸化還元物質を有している。第一の電極1と第二の電極2との間に含まれるアノード性の酸化還元物質及びカソード性の酸化還元物質は、それぞれ電解質に溶解されていてもよいし、第一の電極1又は第二の電極2に固定化されていてもよい。また、第一の電極1と第二の電極2との間に含まれるアノード性の酸化還元物質及びカソード性の酸化還元物質の少なくともいずれかがEC材料である。
【0028】
以下、本発明のエレクトロクロミック素子が有する構成要素について、それぞれ説明する。
【0029】
(1)基板
EC素子10を構成する基板(6、7)としては、ガラス、高分子化合物等の透明な基板が挙げられる。
【0030】
(2)第一の電極、第二の電極
本発明においては、第一の電極1及び第二の電極2のうち、少なくともいずれかが透明電極である。ここで、「透明」とは、該当する電極が光を透過することを意味し、光の透過率が、50%以上100%以下であることが好ましい。第一の電極1、第二の電極2のうち少なくともいずれかが透明電極であることによって、EC素子10の外部より効率的に光を取り込み、EC材料の分子と相互作用させて、当該EC材料の分子の光学的特性を出射光に反映させることができるからである。また、ここでいう「光」とは、一定の波長領域に含まれる光をいうが、この「波長領域」は、EC素子10の使用態様によって定められる。例えば、EC素子10を可視光領域の撮像装置のフィルタとして使用するのであれば、可視光領域の光が対象となり、赤外線領域の撮像装置のフィルタとして使用するのであれば、赤外線領域の光が対象となる。
【0031】
透明電極としては、上述した基板(6、7)の上に形成される透明導電性酸化物や、分散されたカーボンナノチューブ等を有する導電層となる薄膜や、透明な基板(6、7)の上に部分的に金属線が配置された透明電極、またこれらの組み合わせを用いることができる。
【0032】
透明導電性酸化物として、例えば、スズドープ酸化インジウム(ITO)、酸化亜鉛、ガリウムドープ酸化亜鉛(GZO)、アルミニウムドープ酸化亜鉛(AZO)、酸化スズ、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、ニオビウムドープ酸化チタン(TNO)等が挙げられる。これらの中でも、FTOは、耐熱性(多孔質電極を形成する際の焼成工程への対応の観点から)、耐還元性と導電性の観点から好ましく、ITOは、導電性、透明性の観点から好ましく用いられる。透明導電性酸化物で電極を形成する場合、その膜厚は、好ましくは、10nm乃至10000nmである。特に、膜厚が10nm乃至10000nmであってFTO又はITOの層である透明導電性酸化物の層が好ましい。これにより、高透過性と化学的安定性を両立することが可能となるからである。尚、上記透明導電性酸化物の層は、透明導電性酸化物のサブレイヤーが積み重なった構成をなしていてもよい。これにより、高導電性及び高透明性を実現しやすくなる。
【0033】
基板(6、7)の上に配置され得る金属線としては、特に限定されるものではないが、Ag,Au,Pt,Ti等の、電気化学的に安定な金属材料の線が好ましく用いられる。また、金属線の配置パターンとしては、グリッド状のものが好ましく用いられる。金属線を有する電極は、代表的には平面電極であるが、必要に応じて湾曲したものも使用することができる。
【0034】
第一の電極1及び第二の電極2のうち、上述の透明電極以外の電極としては、EC素子の用途に応じて好ましいものが選択される。例えば、図2のEC素子10を透過型のEC素子とする場合には、第一の電極1も第二の電極2も上述の透明電極であることが好ましい。一方、図2のEC素子10を反射型のEC素子とする場合には、第一の電極1、第二の電極2のうち、いずれかを上述の透明電極とし、他方を入射光を反射する電極とする。一方で、電極間に反射層又は散乱層を形成することで、上述の透明電極以外の電極の光学特性の自由度を向上させることができる。例えば、電極間に反射層又は散乱層を導入した場合には、その後方の電極として、不透明な電極や、光を吸収する電極も出射光に影響を与えることなく用いることができる。
【0035】
本発明のEC素子が、いずれの形態の素子であっても、第一の電極1及び第二の電極2の構成材料としては、EC素子の動作環境において安定に存在し、外部からの電圧の印加に応じて速やかに酸化還元反応を進行させることのできる材料が好ましく用いられる。
【0036】
本発明において、第一の電極1と第二の電極2との間の距離(電極間距離)は、1μm以上500μm以下であることが好ましい。電極間距離が大きい場合、EC素子として有効に機能させるために十分な量のEC材料を配置することができる点で有利である。一方、電極間距離が短い場合、速い応答速度を達成することができる点で有利である。
【0037】
(3)第三の電極
本発明のEC素子は、第一の電極1及び第二の電極2に加えて、第三の電極3を有している。上記「6.電荷のバランス/インバランス」にて説明したように、アノード性の酸化還元物質及び/又はカソード性の酸化還元物質を同時に使用し、これら酸化還元物質のうちのいずれかがEC材料である相補型のEC素子では、電荷のインバランス状態が発生したときに、それがアノード性、カソード性いずれの電荷インバランスであっても消色不良として感知される可能性がある。このような場合に、第一の電極1と第二の電極2との間に印加する電圧を、着色時と反対方向の極性の電圧としてこの消色不良(消え残り)を抑制しようとしても、反対極性のEC材料が着色する又は反対極性の酸化還元物質が反応するだけで有効な抑制策とはならない。ここでいう「反対極性のEC材料」とは、消え残りの対象がアノード性のEC材料であればカソード性のEC材料であり、消え残りの対象がカソード性のEC材料であればアノード性のEC材料である。また「反対極性の酸化還元物質」とは、消え残りの対象がアノード性のEC材料であればカソード性の酸化還元物質であり、消え残りの対象がカソード性のEC材料であればアノード性の酸化還元物質である。
【0038】
そこで、本発明では、被酸化性物質又は被還元性物質を有する第三の電極3を用いて、第三の電極3と第一の電極1又は第二の電極2との間で生じる酸化還元反応に用いられる電荷の極性及び量によって電荷バランスの調整を行うこととした。尚、この極性を伴った電荷の量の調整を電荷のバランスの調整、即ち、電荷のリバランスという。
【0039】
本発明において、第三の電極3としては、電荷のリバランスを行うために必要な物質、具体的には、被酸化性物質又は被還元性物質の少なくともいずれかを有する電極が用いられる。第三の電極3が有する物質(被酸化性物質、被還元性物質)としては、所望の電位範囲において、不可逆的に酸化又は還元される化合物であれば、無機化合物も有機化合物も特に制限なく使用することができる。中でも併用するEC材料の使用環境との適合性から、有機化合物が好ましく用いられる。また本発明において、第三の電極3が有する物質は、一種類でもよいし、二種類以上でもよい。さらに第三の電極3は、被酸化性物質及び被還元性物質の両方を有していてもよい。
【0040】
第三の電極3が有する物質(被酸化性物質、被還元性物質)としては、反応前又は反応後のいずれかにおいて着色する物質であってもよいし、反応前後において非着色の物質であってもよい。仮に、第三の電極3がEC素子10に入射される光の光路中に存在する場合には、被酸化性物質又は被還元性物質による光の吸収の影響を低減するために、非着色の物質を用いることが好ましい。一方、第三の電極3がEC素子10に入射される光の光路外に配置される場合、反応の前後において着色の程度又は色が変化する物質を用いると、その着色の程度により、電荷のリバランスの程度を検知することが可能となるので、好ましい。
【0041】
第三の電極3が有する物質としては、特に制限なく使用することができるが、有機化合物が好ましく用いられる。その中でも、酸化反応または還元反応をする有機化合物として、窒素、硫黄、酸素を含む有機化合物が好ましく用いられる。代表的な例として、例えば、含窒素化合物としてアミン化合物、含硫黄化合物としてチオフェン化合物を挙げることができる。このアミン化合物は、被酸化性物質として使用することができ、また被還元性物質として使用することもできる。またこのアミン化合物は、具体的には、第一級アミン化合物、第二級アミン化合物、第三級アミン化合物、芳香族アミン化合物等を挙げることができる。またチオフェン化合物は、被酸化性物質として使用することができる。被酸化性物質又は被還元性物質を第三の電極3に固定化させる具体的な方法としては、使用する物質に含まれる官能基を介して電極材料に結合させる方法、静電相互作用等の力を利用して包括的(例えば、膜状態)に保持させる方法、物理的に電極に吸着させる場合等が挙げられる。中でも、使用する物質の速い応答を実現するという観点から、当該物質が有する官能基を通して多孔質電極に化学結合させる方法や、不可逆的に酸化又は還元する部位を含有する化合物を電極上に形成させる方法が好ましい。前者の方法は、第三の電極3が有する物質が低分子有機化合物である場合に利用される。この前者の方法の具体的な例としては、酸基(例えば、リン酸基、カルボン酸基、水酸基、チオール基)等の官能基を通して、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズ等の酸化物微粒子電極上に上記低分子有機化合物を固定化させる方法が挙げられる。一方、後者の方法は、第三の電極3が有する物質が高分子化合物である場合に利用される。後者の方法の具体的な例としては、対象となる高分子化合物を電極上に重合形成させる方法が挙げられる。
【0042】
本発明において、第三の電極3が有する物質(被酸化性物質、被還元性物質)と、第一の電極1と第二の電極2との間に含まれるEC材料と、の関係は、以下のように説明することができる。アノード性のEC材料が含まれる場合、第三の電極3には被酸化性物質が含まれる。そしてこの被酸化性物質は、アノード性の有機EC化合物(EC材料)の第一の酸化体によっては酸化されない一方で、このアノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすい。一方、カソード性のEC材料が含まれる場合、第三の電極3には被還元性物質が含まれる。そしてこの被還元性物質は、カソード性の有機EC化合物(EC材料)の第一の還元体によっては還元されない一方で、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすい。被酸化性物質及び被還元性物質において、それぞれ上述した関係を要する理由を以下に説明する。
【0043】
アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体は、通常、当該アノード性の有機EC化合物の着色体として、EC素子の呈色に用いられる物質である。ここで本発明のEC素子に含まれる被酸化性物質が上記アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体により酸化されるということは、EC素子を駆動させたときに生じるアノード性の有機EC化合物の着色体によって被酸化性物質が酸化されることを意味する。そしてこの反応は、電荷リバランスをする意図が無いときに電荷バランスを変更する反応になる。その結果、却って電荷のインバランスを生じたり、電荷リバランスに使用可能な被酸化性物質を消耗したりするため、望ましくない。
【0044】
一方、被酸化性物質は、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすい。ここで、不可逆的な酸化反応における還元体とは、アノード性の有機EC化合物が可逆的な酸化反応によって採り得る状態のうち、これ以上酸化されると可逆な酸化還元反応を行うことが困難となる状態をいう。
【0045】
本発明のEC素子に含まれる被酸化性物質が、上述した「不可逆的な酸化反応における還元体」よりも酸化されにくい場合は、電荷リバランスの目的で当該被酸化性物質を酸化しようとした際に、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応が優先的に起こる可能性がある。この場合、EC素子の着色に用いられるはずの有機EC化合物の分子が減少することによる着色不良、当該分子の不可逆的な反応の結果として生じる有色体による消色不良が生じる可能性があるために好ましくない。
【0046】
具体例を挙げると、例えば、アノード性の有機EC化合物である5,10−ジアルキル−5,10−ジヒドロフェナジンにおいては、中性状態から数えて一電子酸化されたモノカチオン体が第一の酸化体、さらに一電子酸化されたジカチオン体が第二の酸化体である。これら酸化体が生成する反応は、いずれも可逆的な酸化反応である(溶媒、電極等の反応条件によって異なる場合もある。)。一方、上記第二の酸化体からさらに一電子酸化された際に生成される第三の酸化体を還元しようとしても第二の酸化体や第一の酸化体への再生は困難である。つまり、この第三の酸化体が生成する酸化反応は、アノード性の有機EC化合物である5,10−ジアルキル−5,10−ジヒドロフェナジンにとって不可逆的な酸化反応となる。従って、5,10−ジアルキル−5,10−ジヒドロフェナジンにとって「不可逆的な酸化反応における還元体」は、第二の酸化体を意味する。また有機EC化合物によっては、第一の酸化体を一電子酸化させる反応が、上記「不可逆的な酸化反応」に該当する場合がある。係る場合においては、「不可逆的な酸化反応における還元体」は、第一の酸化体を意味する。
【0047】
一方、電荷のバランスがカソード側に崩れる(EC素子を通常の消色状態としてもカソード性のEC材料が着色して残存する)場合は、カソード性のEC材料から電子を取り去ることで電荷のリバランスを行うこととなる。この場合は、第三の電極が有する被還元性物質によって電荷のリバランスを行わせる。このとき使用される被還元性物質としては、上述の被酸化性物質を用いた場合のちょうど極性が反対の性質をもつ化合物が使用される。係る場合において使用される被還元性物質は、不可逆的に還元される物質である。また本発明において、被還元性物質は、カソード性の有機EC化合物の第一の還元体によっては還元されず、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすい、という特徴を有する。
【0048】
カソード性の有機EC化合物の第一の還元体は、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体と同様に、通常、この有機EC化合物の着色体であり、EC素子の呈色に用いられる化合物である。本発明で使用される被還元性物質がカソード性の有機EC化合物の第一の還元体によっては還元されないことで、例えば、EC素子の動作時におけるカソード性の有機EC化合物の着色体によって、この被還元性物質が還元されることを防止できる。その結果、電荷リバランスをする意図の無いときに電荷バランスを変更する反応が発生することによって生じる電荷のインバランスを防止することができ、また電荷リバランスに用いることができる被還元性物質の量の減少を防止できる。
【0049】
カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応における酸化体とは、カソード性の有機EC化合物が可逆的な還元反応によって採り得る状態のうち、これ以上還元されると可逆な酸化還元反応を行うことが困難となる状態をいう。
【0050】
本発明のEC素子に含まれる被還元性物質が、上述した「不可逆的な還元反応における酸化体」よりも還元されにくい場合は、電荷リバランスの目的で当該被還元性物質を還元しようとした際に、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応が優先的に起こる可能性がある。この場合、EC素子の着色に用いられるはずの有機EC化合物の分子が減少することによる着色不良、当該分子の不可逆的な反応の結果として生じる有色体による消色不良が生じる可能性があるために好ましくない。
【0051】
具体例を挙げると、例えば、ジアルキルビオロゲン化合物においては、ジカチオン状態から一電子還元されたモノカチオン状態が第一の還元体、さらに一電子還元された中性状態が第二の還元体である。これら還元体が生成する反応は、基本的に可逆的な還元反応である(溶媒、電極等の反応条件によって異なる場合もある。)。一方、上記第二の還元体からさらに一電子還元された際に生成される第三の還元体を酸化しようしても第二の還元体や第一の還元体の再生は困難である。つまり、この第三の還元体が生成する還元反応は、カソード性の有機EC化合物であるジアルキルビオロゲン化合物にとって不可逆的な還元反応となる。従って、ジアルキルビオロゲン化合物にとって「不可逆的な還元反応における酸化体」は、第二の還元体を意味する。また有機EC化合物によっては、第一の還元体を一電子還元させる反応が、上記「不可逆的な還元反応」に該当する場合がある。係る場合においては、「不可逆的な還元反応における酸化体」は、第一の還元体のことを意味する。
【0052】
本発明において、被酸化性物質及び被還元性物質は、電解質中に溶解されている(電解質と共に第一の電極と第二の電極との間に含ませる)状態ではなく、第三の電極に含められる(固定化される)状態でEC素子に含まれている。このようにすることで、以下の効果を奏する。即ち、第三の電極が被酸化性物質又は被還元性物質を有する(固定化する)ことで、通常、EC素子が駆動する際に、EC材料の電気化学反応が進行する電極(第一の電極、第二の電極)に被酸化性物質や被還元性物質が到達することがない。このため、本来EC材料の反応に用いられるはずの電荷を被酸化性物質及び被還元性物質が消費することがない。従って、EC素子の着消色コントラストの低下、駆動に必要とする電荷量(電力)の増大、EC素子の応答速度の低下といった現象を回避することができる。一方、当該被酸化性物質や被還元性物質の中には、対応する波長領域において光を吸収する材料があり得る。このように特定の波長領域の光を吸収することで色を有する物質(被酸化性物質、被還元性物質)が電解質中に溶解していると、EC素子へ入射された光の少なくとも一部を吸収することになる。これにより、EC素子の色、透過率等に影響を与えるため、好ましくない。このことは、被酸化性物質又は被還元性物質を有する第三の電極を、EC素子を透過する光の光路から外れるように配置することによって防ぐことができる。
【0053】
本発明において、(3−1)被酸化性物質が、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されないこと、又は(3−2)被還元性物質が、カソード性の有機EC化合物の第一の還元体によっては還元されないこと、判定する方法を以下に説明する。
【0054】
(3a)直接電子移動反応による方法
以下に説明する方法は、アノード性のEC材料の第一の酸化体又はカソード性のEC材料の第一の還元体を、対応する被酸化性物質又は被還元性物質と直接接触させる方法である。具体的には、アノード性のEC材料の第一の酸化体又はカソード性のEC材料の第一の還元体を溶解させた電解質の中に、対応する被酸化性物質又は被還元性物質を投入する。このとき、電解質中にアノード性のEC材料が含まれる場合は被酸化性物質を、電解質中にカソード性のEC材料が含まれる場合は被還元性物質を投入する。被酸化性物質(又は被還元性物質)を投入した結果、着色体、即ち、アノード性のEC材料の第一の酸化体(又はカソード性のEC材料の第一の還元体)の着色状態が保持されれば、上記の(3−1)又は(3−2)の事項が確認できる。
【0055】
(3b)電子移動反応による方法(直接的なもの、第三の電極を介したもの)
以下に説明する方法は、アノード性のEC材料の第一の酸化体(又はカソード性のEC材料の第一の還元体)を含む電解質を、対応する被酸化性物質(又は被還元性物質)を有する第三の電極と接触させる方法である。具体的には、アノード性のEC材料の第一の酸化体(又はカソード性のEC材料の第一の還元体)を溶解させた電解質を、対応する被酸化性物質(又は被還元性物質)を有する第三の電極に接触させる。この結果、着色体、即ち、アノード性のEC材料の酸化体(又はカソード性のEC材料の還元体)の着色状態が保持されれば、上記の(3−1)又は(3−2)の事項が確認できる。
【0056】
(3c)酸化還元電位の計測による方法
以下に説明する方法は、EC材料や被酸化性物質(又は被還元性物質)の電極反応電位によって比較する方法である。ここで酸化還元電位は、電気化学的な測定によって決定することができる。例えば、EC材料及び被酸化性物質(又は被還元性物質)のそれぞれのサイクリックボルタンモグラム測定を行うことで評価できる。
【0057】
このサイクリックボルタンモグラム測定において、アノード性のEC材料の第一の酸化反応に対応する酸化還元反応の半波電位よりも、第三の電極が有する被酸化性物質の酸化反応(不可逆的反応)の電位が正側であれば、上記(3−1)の事項が確認できる。一方、カソード性のEC材料の第一の還元反応に対応する酸化還元反応の半波電位よりも、第三の電極が有する被還元性物質の還元反応(不可逆的反応)の電位が負側であれば、上記の(3−2)の事項が確認できる。
【0058】
また本発明において、(3−3)被酸化性物質がアノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいことは、以下に説明する方法によって判定することができる。尚、以下に説明する方法は、(3−4)被還元性物質がカソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすいことを判定する際に応用させることができる。
【0059】
(3d)酸化還元反応の電位の比較による方法
以下に説明する方法は、EC材料や被酸化性物質(又は被還元性物質)の電極反応の開始電位によって比較する方法である。ここでいう開始電位は、電気化学的な測定によって決定することができる。例として、第三の電極を用いたEC材料のサイクリックボルタンモグラム測定や、EC材料及び被酸化性物質(又は被還元性物質)のそれぞれのサイクリックボルタンモグラム測定が挙げられる。
【0060】
第三の電極を用いたEC材料のサイクリックボルタンモグラム測定の結果、第三の電極に含まれる被酸化性物質の不可逆的な酸化反応が、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応より負の電位で進行する場合、上記(3−3)が確認できる。同様に、第三の電極に含まれる被還元性物質の不可逆的な還元反応が、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応より正の電位で進行する場合、上記(3−4)が確認できる。
【0061】
またEC材料及び被酸化性物質(又は被還元性物質)のそれぞれについてサイクリックボルタンモグラム測定を行った結果、被酸化性物質の酸化反応が、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の電位より負の電位で進行すれば、上記(3−3)が確認できる。同様に、被還元性物質の還元反応が、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応より正の電位で進行すれば、上記(3−4)が確認できる。
【0062】
本発明においては、被酸化性物質の酸化反応や被還元性物質の還元反応について、電位の観点で要求されていることを以下に説明する。
【0063】
本発明においては、アノード性の有機EC化合物の可逆的な第一の酸化反応の酸化電位Aと、当該アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の酸化電位Bとの間に、被酸化性物質の酸化電位Cがある。一方、本発明においては、カソード性の有機EC化合物の可逆的な第一の還元反応の還元電位Dと、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応の還元電位Eとの間に、被還元性物質の還元電位Fがある。
【0064】
上述のように、被酸化性物質の酸化電位及び被還元性物質の還元電位を設定する理由は以下の通りである。
【0065】
一つは、電荷リバランスをする意図が無いときに電荷バランスを変更する反応が生じることで、却って電荷のインバランスを生じたり、電荷バランス可能な量を消耗したりする可能性を除くためである。もう一つは、電荷リバランスを目的とする被酸化性物質(又は被還元性物質)の酸化還元反応よりも、有機EC化合物の不可逆的な酸化還元反応が優先して起こるのを防止するためである。
【0066】
ここで、サイクリックボルタンモグラム測定を行う際に用いられる電極を以下に説明する。作用電極としては、EC素子で用いられる電極と同様のものが使用できる。例えば、EC素子の電極がITOであればITOを作用電極として用いることができる。対向電極としては、十分な面積を有する白金電極を用いることが好ましい。本発明のEC素子を構成する第三の電極は、測定用電極としてそのまま用いることができる。またサイクリックボルタンモグラム測定を行う際に用いられる溶媒や支持電解質としては、EC素子に用いる溶媒を用いることが好ましい。ボルタンモグラムの走引速度は、20mVs-1乃至200mVs-1とするのが好ましい。
【0067】
本発明のEC素子において、電荷のリバランスが可能な範囲は、第三の電極が有する被酸化性物質(又は被還元性物質)の量に比例する。即ち、第三の電極が有する物質(被酸化性物質、被還元性物質)の量が増大すれば電荷のリバランスが可能な範囲も増大する。このため、基本的に、第三の電極が有する物質(被酸化性物質、被還元性物質)の量は、EC素子の実用上問題のない範囲内であれば多い方が好ましい。第三の電極に固定化される(含まれる)物質(被酸化性物質、被還元性物質)の量を増大させる有力な手法として、例えば、第三の電極の表面積を増大させる手法が挙げられる。実際の構成に適した素子サイズで、第三の電極の表面積の増大を実現するためには、第三の電極が多孔質構造を有する電極であることが好ましい。多孔質構造の例としては、投影面積に対する実効面積(ラフネスファクター)が10倍以上、好ましくは、100倍以上の構造を持つものが挙げられる。
【0068】
本発明において、第三の電極の構成材料としては、特に限定されるものではない。第三の電極を多孔質構造を有する電極とする場合、電極材料としては、導電性酸化物であるスズドープ酸化インジウム(ITO)、酸化亜鉛、ガリウムドープ酸化亜鉛(GZO)、アルミニウムドープ酸化亜鉛(AZO)、酸化スズ、アンチモンドープ酸化スズ(ATO)、フッ素ドープ酸化スズ(FTO)、ニオビウムドープ酸化チタン(TNO)、酸化チタン、多孔性炭素材料、多孔性金属等が挙げられる。これら電極材料のうち二種類以上を組み合わせて形成された膜も使用することができる。また第三の電極をEC素子が取り入れる光路から外れるように配置させる場合には、上述の導電性酸化物から形成される電極の他に、光を散乱する導電性電極や、透明でない多孔性導電体、炭素材料、白金、チタン等の金属材料から形成される電極等を使用することもできる。第三の電極が有する多孔質構造は、大きな実効面積を小さな投影面積で実現し、かつ作製上の観点よりナノメートルスケールの微細構造を持つことが好ましい。この多孔質構造の形状及び製法については、特に制限はなく、連通孔を有するナノ粒子膜、ナノロッド、ナノワイヤ、ナノチューブ等のナノ構造体等を用いることができる。中でも体積当たりの比表面積が大きく、作製が容易な粒子膜が好適に使用される。この粒子膜を形成する際に用いられる粒子のサイズとしては、平均粒径が300nm以下のものが好ましく、50nm以下の粒子がより好ましく用いられる。
【0069】
本発明において、第三の電極3の厚さは、好ましくは、100nm以上であり、より好ましくは、1μm以上である。
【0070】
以上説明した三種類の電極(第一の電極1、第二の電極2、第三の電極3)の配置方式について以下に説明する。本発明のEC素子は、三種類の電極を有するが、このうち、第一の電極1及び第二の電極2については、EC素子の電極配置として一般的に知られている配置方式を用いることができる。代表的な例としては、各基板(6、7)の上にそれぞれ形成された第一の電極1と第二の電極2とが対向し、1μm乃至500μm程度の電極間距離を設けた配置方式がある。尚、第三の電極3の配置方式については、後述する。
【0071】
本発明において、EC素子に光を導入する具体的な方法としては、EC素子の用途によって自由に選択することができるが、代表的な例を以下に説明する。第一の電極1と第二の電極2とが対向している透過型のEC素子の場合、入射光は、第一の電極1又は第二の電極2を透過する。ここで、EC素子に含まれるEC材料が着色状態であれば、第一の電極1又は第二の電極2を透過した光の少なくとも一部がEC材料に吸収された後、EC材料に吸収されなかった光は、他方の電極を透過して出射される。一方、第一の電極1と第二の電極2とが対向している反射型のEC素子の場合、入射光は、第一の電極1、第二の電極2のうち光を透過する電極を透過する。ここで、EC素子に含まれるEC材料が着色状態であれば、当該電極を透過した光の少なくとも一部がEC材料に吸収された後、EC材料に吸収されなかった光は、反射体、散乱体等で折り返されて入射時に透過した電極を透過して出射される。このときの反射体、散乱体等は、第一の電極1と第二の電極2との間に配置されることが多いが、光が入射する際に透過する側の電極とは反対の側の電極の外側に配置されている構成も選択され得る。
【0072】
EC素子は、一般に広く普及している吸光デバイスの液晶素子と比較して、最大透過率が高いことが大きな特長の一つである。この高い透過率を活かすためには、EC素子を構成するECセルに入射された光がセル外部へ出射するまでの光路に、着色時のEC材料の吸収以外の波長領域における透過率を低減させる要素はできるだけないことが望ましい。本発明のEC素子を構成する第三の電極3を上記光路内に配置させると、この第三の電極3もEC素子の透過率を低減させる要素となる可能性がある。具体的には以下に説明する通りである。第三の電極3は、第一の電極1及び第二の電極2よりも実効面積が大きいものであり、この大きな実効面積を、小さな投影面積で実現するのであれば、第三の電極3の少なくとも一部を多孔質構造とすることが好ましい。しかし、多孔質構造を有する電極の構成材料が金属や炭素等のバルクとしての(可視光の)透過率が低い材料であると、この第三の電極3によってEC素子の透過率が著しく低減される可能性がある。またバルクとしての透過率が高い材料を用いた場合でも電解質との間の屈折率差がある場合には、散乱等によりEC素子の透過率を低減させる原因になる。これらのことから、本発明においては、第三の電極は、第一の電極1又は第二の電極2の少なくとも一方を透過する光の光路外に配置されているのがより好ましい。ここでいう「光路外」とは、上記の観点より、光吸収素子としてEC素子を用いる場合において必要とされる光の光路から外れるという意味である。例えば、EC素子を撮像装置に含まれる透過型フィルタとして用いる場合、EC素子を透過する全ての光のうち、受光素子(例えば、CCDセンサー、CMOSセンサー)の全領域の中で、必要な撮像に用いられる領域に到達する光についての光路が該当する。反対に、同じケースで、EC素子を透過する光であっても、受光素子の必要な撮像に用いられる領域以外に到達する光についての光路は、光路外となる。本発明においては、第三の電極3を光路外に該当する位置に配置させることにより、上述のように第三の電極3の構成材料を高い自由度で選択することができる。つまり、第三の電極3が有する被酸化性物質(又は被還元性物質)がEC性を有する場合でも問題なく使用できる。
【0073】
次に、EC素子を構成する第三の電極3の配置位置について説明する。図3は、本発明のEC素子の上面模式図である。消色不良を抑制するために、残存するEC材料の着色体を第一の電極及び/又は第二の電極2上で減少させるには、上記着色体の消色反応は、該当する電極上で均一に行えることが望ましい。この観点から、第三の電極3は、例えば、図3に示されるように、第一の電極1及び/又は第二の電極2に周囲の少なくとも一部に配置されるのが好ましい。尚、図3(a)乃至(c)のそれぞれにおいて、第一の電極1及び第二の電極2は重なって見えている。ここで、第三の電極3は、図3(a)に示されるように、第一の電極1又は第二の電極2の四方を囲むように配置してもよいし、図3(b)に示されるように第一の電極1又は第二の電極2の三方を囲むように配置してもよい。また図3(c)に示されるように、第一の電極1又は第二の電極2の二方を囲むように配置してもよい。さらに、第三の電極3は、図3(c)に示されるように、二つ以上有していてもよい。
【0074】
第三の電極3は、例えば、以下の工程を経て形成することができる。
(A)第一の電極1又は第二の電極2を形成する導電膜を有する導電性基板の一部をエッチング等により加工して、当該導電膜を第一の電極1又は第二の電極2と電気的に独立した領域を含む複数の領域に分割する工程。
(B)上記電気的に独立した領域に設けられる導電膜に、多孔質電極である第三の電極3を形成する工程。
(C)第三の電極3に被酸化性物質又は被還元性物質を固定化する工程。
【0075】
上記(A)、(B)及び(C)の工程はどれを先に行ってもよい。また、第三の電極3は、第一の電極1又は第二の電極2が配置される基板のいずれか一方に形成されていればよいが、第一の電極1が配置される基板6及び第二の電極2が配置される基板7の両方に形成されていてもよい。ただし、第三の電極3を形成する際は、第一の電極1及び第二の電極2と電気的に独立しているようにする。
【0076】
(4)シール材
図2のEC素子10を構成する基板(6、7)は、第一の電極1の電極面と第二の電極2の電極面とを対向させた状態でシール材5によって接合されていることが好ましい。シール材5としては、そのシール後の特性が電解質4に対して安定で侵されることがなく、電気化学的に安定でEC素子の動作時に電気化学反応を起こすことがなく、気体及び液体を透過しにくく、EC材料の酸化還元反応を阻害しない材料であることが好ましい。例えば、ガラスフリット等の無機材料、エポキシ系、アクリル系樹脂等の有機材料、金属等を用いることができる。そのシール後の特性が電解質4に対して不安定な場合には、溶出したシール材5の成分で電極が汚染される等の懸念がある。また、シール材5の成分が電気化学的に不安定である場合には、電極反応により電荷インバランスを生じる原因となる可能性がある。また、気体および液体(特に酸素と水分)を透過しやすい場合には、それらの電極反応により電荷インバランスを生じる原因となる可能性があるので注意が必要である。尚、シール材5は、スペーサー材料を含有させる等により、第一の電極1と第二の電極2との間の距離を保持する機能を有していてもよい。シール材が第一の電極1と第二の電極2との間の距離を規定する機能を有していない場合は、別途スペーサーを配置して両電極間の距離を保持してもよい。スペーサーの素材としては、シリカビーズ、ガラスファイバー等の無機材料や、ポリイミド、ポリテトラフルオロエチレン、ポリジビニルベンゼン、フッ素ゴム、エポキシ樹脂等の有機材料を用いることができる。尚、このスペーサーにより、EC素子10を構成する第一の電極1と第二の電極2との間の距離を規定、保持することが可能である。
【0077】
(5)電解質
本発明のEC素子10は、第一の電極1と第二の電極2との間に、電解質と、アノード性のEC材料及び/又はカソード性のEC材料と、を有する。尚、本発明のEC素子に含まれるEC材料(アノード性EC材料、カソード性EC材料)は、電解質に溶解されていてもよいし、第一の電極1又は第二の電極2に固定化されていてもよい。
アノード性の有機EC材料、カソード性の有機EC材料が電解質に溶解している場合には、以下の二点で、電極に固定化する場合と比較して有利である。
(A)固定化する電極の表面積という制限要因がないために、電解質中に存在させることのできるEC材料の量が多い点。
(B)固定化を行う場合には、固定するEC材料、固定化担体となる電極の双方に構造的な工夫、製造上の工程が必要になることが多いが、これらがない点。
また、アノード性の有機EC材料、カソード性の有機EC材料が電極に固定されている場合には、以下の点で溶解している場合と比較して有利である。
(C)EC材料が電極に拘束されているために、EC材料が電極に到達するまでの物質輸送による応答速度の低下がない点。
【0078】
本発明のEC素子に用いられる電解質として、例えば、塩化合物を溶媒に溶解させたものや塩化合物自体が溶媒を兼ねるイオン性液体等を使用することができる。
【0079】
電解質を構成する溶媒としては、EC材料の分子を始めとする溶質との溶解性、蒸気圧、粘性、電位窓等を考慮して、用途に応じて選択されるが、極性を有する溶媒であることが好ましい。具体的には、メタノール、エタノール、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルスルホキシド、ジメトキシエタン、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、スルホラン、ジメチルホルムアミド、ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、プロピオンニトリル、ベンゾニトリル、ジメチルアセトアミド、メチルピロリジノン、ジオキソラン等の有機極性溶媒や水、およびそれらの混合物が挙げられる。なかでも環状エステル化合物、ニトリル化合物が好ましく用いられ、その中でもプロピレンカーボネートが最も好ましく用いられる。
【0080】
さらに、上記溶媒にポリマーやゲル化剤を含有させて、粘稠性が高いものやゲル状としたものとしてもよい。このようなポリマーとしては、特に限定されるものではないが、例えば、ポリアクリロニトリル、カルボキシメチルセルロース、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレンオキサイド、ポリウレタン、ポリアクリレート、ポリメタクリレート、ポリアミド、ポリアクリルアミド、ポリエステル、ナフィオン(商品名)、糖類化合物等を挙げることができる。このポリマーやゲル化剤には、その特性を向上させるために官能基を付与することが好ましく行われる。特性を向上させるために官能基として、具体的には、シアノ基、水酸基、エステル、エーテル、アミド、アミノ基、カルボン酸基、スルホン酸基等を挙げることができる。
【0081】
この電解質に含まれ得る塩化合物としては、イオン解離性の塩であり、かつ溶媒に対して良好な溶解性、固体電解質においては高い相溶性を示すもので、EC素子の動作電位において安定な物質あれば特に限定されない。各種陽イオン、陰イオンから好適なものを組み合わせて使用することができる。陽イオンの例としては、アルカリ金属イオン、アルカリ土類金属イオン等の金属イオン、4級アンモニウムイオン等の有機イオン等が挙げられる。具体的には、Li,Na,K,Ca,Ba,テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウム等の各イオンを挙げることができる。陰イオンの例としては、各種のフッ素化合物の陰イオン、ハロゲン化物イオン等が挙げられる。具体的には、ClO4-、SCN-、BF4-、AsF6-、CF3SO3-、CF3SO2NSO2CF3-、PF6-、I-、Br-、Cl-等が挙げられる。また、塩化合物でもあるEC材料を使用することで、EC材料を溶解する溶液と電解質溶液とを兼ねることも可能である。塩化合物でもあるEC材料の例としては、ビオロゲン誘導体塩等を挙げることができる。
【0082】
本発明のEC素子を作製する際に、EC素子内に電解質を導入する際には、例えば、対向している電極又はシール材の一部に開口部を形成しながら基板を接合して形成したセルに電解質を注入するという方法がある。尚、この方法は電解質に後述するEC材料が溶解している場合でも適用できる。また電解質をセルに導入する具体的な方法としては、真空注入法、大気注入法、メニスカス法等が挙げられる。ところで、上記セルに電解質等を注入した後は、開口部を封止する。また注入口を持たない滴下貼り合わせ法も好ましく用いられる。
【0083】
(6)EC材料
本発明のEC素子に使用されるEC材料は、有機化合物である。この有機化合物には低分子有機化合物及び高分子有機化合物が含まれるが、いずれの材料も、外部から電気的な刺激を与えることによって着色するタイプの材料である。このタイプの高分子有機化合物としては、ピリジニウム塩を含む高分子化合物が挙げられるが、その具体例としては、ビオロゲン系の高分子化合物が挙げられる。本発明において、EC材料として、好ましくは、分子量が2000以下の低分子有機化合物であり、電極における酸化反応又は還元反応により、消色体から着色体に変化する化合物である。本発明のEC素子においては、アノード性のEC材料又はカソード性のEC材料のいずれかは必ず用いられる。
【0084】
ここで、アノード性のEC材料とは、材料から電子が取り去られる酸化反応によって着色する材料のことである。一方、カソード性EC材料とは、これとは逆に、材料に電子が与えられる還元反応によって着色する材料のことである。
【0085】
アノード性のEC材料として、例えば、チオフェン誘導体、芳香環を有するアミン類(例えば、フェナジン誘導体、トリアリルアミン誘導体)、ピロール誘導体、チアジン誘導体、トリアリルメタン誘導体、ビスフェニルメタン誘導体、キサンテン誘導体、フルオラン誘導体、スピロピラン誘導体等が挙げられる。これらの中でも、低分子チオフェン誘導体(例えば、モノチオフェン誘導体、オリゴチオフェン誘導体、チエノアセン誘導体)及び低分子の芳香環を有するアミン類(例えば、フェナジン誘導体、トリアリルアミン誘導体)等が好ましい。これは、これらの分子をエレクトロクロミック層の構成材料として用いることにより、所望の吸収波長プロファイルを持つEC素子を提供することができるからである。ここで、これらの分子は、中性状態で紫外領域に吸収ピークを有し、可視光領域には吸収を有さず、可視光領域の透過率が高い消色状態を取る。そして、酸化反応によりこれらの分子がラジカルカチオンとなり、可視光領域に吸収がシフトすることで着色状態となる。これらの分子は、そのπ共役長を拡大縮小させること、また置換基を変更してπ共役系に変化を加えることで、その吸収波長、酸化還元反応が進行する電位を設計することができる。
【0086】
ここで低分子とは、好ましくは、分子量が2000以下であることをいい、より好ましくは、分子量が1000以下であることをいう。
【0087】
カソード性EC材料の場合、具体例としては、ビオロゲン誘導体等のピリジン系化合物、キノン化合物等が挙げられる。これらの分子も、そのπ共役長を拡大縮小させること、また置換基を変更してπ共役系に変化を加えることで、その吸収波長、酸化還元反応が進行する電位を設計することができる。
【0088】
本発明においては、EC材料として、それぞれ複数種類のアノード性EC材料、カソード性EC材料が含まれていてもよい。またEC材料は、第一の電極及び/又は第二の電極に固定化されている形で用いられていてもよい。これは、本発明のEC素子においては、電荷のインバランスを調整する際に、電極間の電荷の授受があればよく、EC材料が電解質を介して拡散して第三の電極に到達させる必要がないためである。ただし、必要がないだけで、拡散させ第三の電極に到達させてもよい。
【0089】
EC材料を電極(第一の電極、第二の電極)に固定化させる具体的な方法としては、EC材料の分子に含まれる官能基を介して電極材料に結合させる方法、EC材料を静電相互作用等の力を利用して包括的(例えば、膜状態)に保持させる方法、EC材料を物理的に電極に吸着させる方法等がある。中でも、EC素子の速い応答を実現する観点から、EC材料である低分子有機化合物が官能基を通して多孔質電極に化学結合させる方法、EC材料である高分子化合物を電極上に形成させる方法が好ましい。前者の具体的な例としては、酸基(例えば、リン酸基、カルボン酸基)等の官能基を通して、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化スズ等の酸化物微粒子電極上にEC材料である低分子有機化合物を固定化させる方法が挙げられる。後者の例としては、ビオロゲンポリマーを透明電極上に重合形成させる方法が挙げられる。ビオロゲンポリマーの透明電極上への重合形成方法としては、電解重合を挙げることができる。尚、以上説明したEC材料を固定化させる方法は、被酸化性物質(又は被還元性物質)を第三の電極に固定化させる際に採用することができる。
【0090】
8.EC素子の駆動方法について
本発明のEC素子は、第三の電極を用いてEC素子の電荷のバランスの調整を行う。ところで、本発明のEC素子の駆動方法には、検知されたEC素子の電荷バランス状態に基づき、第一の電極又は第二の電極の少なくとも一方と第三の電極との間に印加する電圧を制御する電圧制御ステップが含まれる。
【0091】
以下、本発明のEC素子の駆動方法の具体例を説明する。例えば、EC素子を消色させるために第一の電極と第二の電極とを短絡させた際に、EC素子に含まれるアノード性のEC材料が酸化体として着色したまま残存している状態を考える。即ち、アノード性の電荷のインバランスが生じている場合を考える。
【0092】
このとき、第三の電極と、第一の電極及び/又は第二の電極との間に、第三の電極が正極となる電圧を印加することで、第三の電極が有する被酸化性物質が不可逆的に酸化される。一方で、第一の電極及び/又は第二の電極にてアノード性のEC材料の酸化体が還元される反応が進行する。これにより、効果的に電荷のリバランスを行うことができる。
【0093】
上述した電荷のリバランスを行わないときは、通常、第三の電極と第一の電極との間及び第三の電極と第二の電極との間は、いずれも開回路状態となっていることが好ましい。これは、電荷のリバランスを行う意図のない時に、第三の電極において電極反応が進行するのを防ぐためである。そして、消色時に電荷のリバランスを行う際には、第三の電極と第一の電極との間、及び/又は第三の電極と第二の電極との間を接続状態とし、対象となる電極間の電位差(電圧)を適宜制御する。本発明において、電荷のリバランスを行うタイミングは、特に限定されないが、EC素子が消色動作時として十分な時間を経過した時点で残存する着色状態のEC材料は、基本的に電荷のインバランスによって生じるものである。このため、残存する着色状態のEC材料を電荷のリバランスによって消色する消色動作時が典型的な例として挙げられる。また、このときに制御する電位差は、その絶対値が大きすぎると、EC材料や電解質の劣化反応を引き起こす可能性がある。そのため、上記絶対値は、EC素子の使用の際にEC素子の構成要素に悪影響が出ない範囲で適宜設定することになる。具体的には、第三の電極が有する被酸化性物質の酸化反応又は被還元性物質の還元反応が進行しつつ、EC素子に含まれるEC材料の不可逆的な反応が進行しない電位差である。例えば、電位差Vを、0V≦V≦5V程度の範囲にすることができる。尚、電荷のリバランスを行う際に、大きな電圧(の絶対値)を印加すると、電荷のリバランスに必要な電極反応を促進する点で有利である。一方、電荷のリバランスを行う際に、小さな電圧(の絶対値)を印加すると、EC素子に対する悪影響、EC素子の消費電力の増大を抑制できる点で有利である。電荷のリバランスを行う際に印加する電圧(の絶対値)の範囲は、素子の特性や使用環境に合わせて適宜設定することが好ましい。
【0094】
また電圧を印加する際に、電圧を印加する時間は、印加する電圧の値によって大きく異なるが、基本的な考え方としては、電極表面で電気二重層が形成されてファラデー電流が流れ始める時間よりも長い時間で、かつ電荷のバランスが正常点を超えて反対極性のEC材料の着色体の残存色が発生する期間よりも短い時間が好ましい。具体的には、EC素子の応答速度に大きく依存するが、例としては、1ms以上10s以下とすることができる。短い時間電圧を印加し、その結果に基づいて次の印加時間、印加電圧を選択することも好ましく行われる。またこれらの電圧の印加パターンとしては、連続印加に加えて、パルス状等、あるパターンをもって印加することを行ってもよい。
【0095】
またEC素子の電荷のバランス状態を検知した上で、印加する電圧の極性、大きさを決定することが好ましい。この電荷のバランス状態の検知及び電圧の印加については、以下に説明する。
【0096】
本発明のEC素子では、必要に応じて電荷のバランス状態を検知し、その情報に基づき、第三の電極と、第一の電極及び/又は第二の電極との間の電圧を制御してもよい。例えば、アノード性のEC材料と、カソード性のEC材料とを両方とも用いた場合には、アノード性のEC材料の着色が残る場合とカソード性のEC材料の着色が残る場合とがある。着色が残ったEC材料を有効に消色させるためには、電荷のバランスの極性に応じた電圧を第三の電極と、第一の電極かつ/又は第二の電極とに印加する必要がある。この際に逆極性の電圧を印加すると、電荷インバランスが拡大し、色残りしている材料の着色体が増大し、消色不良が悪化することになるので、電荷バランスの極性検知は重要である。また、極性は適合していても、電荷インバランスの程度を越えた電荷量を投入した場合には、逆極性の電荷インバランスを発生させる可能性がある。そのため、検知された電荷のバランス状態に基づく電圧と電荷量の制御は重要である。
【0097】
EC素子の電荷のバランスを検知する手法として、例えば、EC材料の光吸収を利用する手法、電極電位測定を利用する手法等がある。EC材料の光吸収を利用する場合、具体的な手法としては、EC素子中に含まれているアノード性材料、カソード性材料のそれぞれに特徴的な吸収波長における光の吸収量を比較することによって行うことができる。より具体的には以下のような例が挙げられる。例えば、アノード材料、カソード材料のそれぞれに特徴的な吸収波長の光源を準備してEC素子に入射させ、出射された光を受光素子で検知することによって行うことができる。そして、各吸収波長における吸光度の初期消色状態からの変化量を求め、この変化量に差がある場合、電荷バランスは、変化量が大きい方のEC材料が、吸光度の変化量に比例する程度で色残りしていると判断することができる。この検知の際に使用される光源、検出器としては、検出に必要な光強度や感度があり、EC素子の用途としての特性に悪影響を及ぼさないものであれば、制限なく使用することができる。光源として、例えば、LED等が挙げられる。受光素子として、例えば、フォトダイオード等が挙げられる。これら光源、検出器、当該検出器からの信号に基づく検知、設定条件から続く工程を選択すること等を行う回路等は、EC素子を備えるEC装置に付帯させてもよい。EC装置に付帯させることによって、EC装置を交換した場合等においても、そのEC素子に特有の特性を確実に反映させた動作を実現できる。一方で、必要に応じてEC装置以外の部材に持たせてもよい。例えば、EC装置が窓に使用される場合であれば、窓枠等に付帯させてもよい。また、カメラに使用される場合であれば、カメラ本体等に付帯させてもよい。このことは、体積制限の緩和や、回路の共通利用可能性が向上させる点で好ましい。また、検知の手法については、部品点数の制限等の理由から、使用者が目視で判断して情報を入力(例えば、ボタンを押す)等の方法を選択することもできる。
【0098】
EC素子の電荷のバランスを検知する手法として電極電位測定を利用する場合、具体的な方法としては、参照電極等を用いて、第一の電極及び/又は第二の電極の電位を測定することが挙げられる。以下に具体例を挙げて説明する。尚、以下の説明は、極性が逆であればカソード性のEC材料の色残りの場合にも当てはまるため、両方の場合を代表してアノード性のEC材料の色残りについて説明する。ここで、EC素子の透過率を最大化させる動作、例えば、第一の電極と第二の電極との短絡を行ってもなお電荷のインバランスによってアノード性のEC材料の着色が残る場合、即ち、アノード性のEC材料の一部が酸化体のままとなっている場合を考える。このとき、EC素子中のカソード性のEC材料は、ほぼ還元状態(消色状態)であるために、第一の電極及び/又は第二の電極の電位は、アノード性のEC材料の酸化体と還元体との比によって規定されると考えられる。EC材料として用いられる材料は、一般的に高い可逆性を持つ酸化還元特性を示す。これは、逆に示さないとその応答性、耐久性が低下したり、消費電力が増大したりするためである。従って、第一の電極及び/又は第二の電極の電位は、ネルンストの式に従い、アノード性のEC材料の標準電極電位から、その酸化体と還元体との濃度比(正確には活量比)の自然対数に比例して、わずかにずれた値を示すことになる。このことを利用して、電荷のバランスの状態を検知することができる。例えば、アノード性のEC材料及びカソード性のEC材料が電解質中に溶解し、かつ自由に動ける場合では、第一の電極及び/又は第二の電極の電位は、アノード性のEC材料又はカソード性のEC材料のいずれの酸化還元電位に近いかによって判断できる。例えば、電極電位が、カソード性のEC材料の酸化還元電位に近ければ、電荷のバランスは、カソード性のEC材料が色残りする方向に傾くと判断でき、その差の大小が電荷インバランスの程度を反映する。また、アノード性のEC材料とカソード性のEC材料とが第一の電極及び第二の電極のそれぞれに固定化されている場合は、EC材料を固定化した電極の電位が、対応する固定化材料の酸化還元電位からどちらの方向にどの程度ずれているかを測定する。このずれから、電荷インバランスの極性と程度を判断することができる。以下に例を記述する。カソード性のEC材料を固定化した電極の電位が、カソード性EC材料がほぼ酸化体であると考えられる(酸化還元電位に比して十分に正な)電位にあるとする。これと同時に、アノード性のEC材料を固定化した電極の電位がアノード性EC材料の酸化体と還元体とが共存していると考えられる程度に当該アノード性EC材料の酸化還元電位に近い場合を想定する。この場合、電荷のバランスは、アノード性のEC材料が色残りする方向に傾くと判断することができる。上述の光検知と同様に、これらの検知、設定条件から続く工程の選択等を行う回路等は、EC装置に付帯させてもよいし、EC装置以外の部材に持たせてもよい。
【0099】
図4は、本発明のEC素子の制御回路の例を示す模式図である。図4の制御回路には、可変電圧源24と、可変電圧源24と各電極との間に設けられるスイッチ25,26,27を有する。通常の駆動時にはスイッチ25,27をオン状態、スイッチ26をオフ状態にして、第一の電極1と第二の電極2との間に電圧を印加する。一方、電荷のリバランスを行う際は、以下のいずれかを選択する。
(a)スイッチ25,26をオン状態、スイッチ27をオフ状態にして、第一の電極1と第三の電極3との間に電圧を印加する。
(b)スイッチ26,27をオン状態、スイッチ25をオフ状態にして、第二の電極2と第三の電極3との間に電圧を印加する。
(c)スイッチ25,26,27を全てオン状態にして、第一の電極1と第二の電極2と第三の電極3との間に電圧を印加する。
【0100】
9.本発明の効果
本発明のEC素子は、表示電極(第一の電極、第二の電極)の他にもう一種類の電極、即ち、第三の電極を有している。そしてこの第三の電極が、不可逆的に酸化又は還元する物質(被酸化性物質又は被還元性物質)を有することにより、EC素子の電荷のインバランスによる消色不良を解消することができる。代表的な例としては、EC素子の透過率を最大化させる動作をした際にも残存するEC材料の着色体を消色体に変換することで、EC素子の透過率を向上させることができる。
【0101】
ところで、この電荷のインバランスによる消色不良に対する対策としては、例えば、特許文献1に示されるレドックスバッファーを用いる方法がある。しかし、「発明が解決しようとする課題」にて説明したように、レドックスバッファーを用いる方法では、表示電極間における電荷のインバランスが本当の意味で解消されているわけではない。そのため、このEC素子の着色時のスペクトルにおける、アノード性EC材料の着色体の寄与分とカソード性EC材料の着色体の寄与分との比を修正することができない。
【0102】
これに対し、本発明の手法は、被酸化性物質又は被還元性物質を有する第三の電極を電荷の調整に用いることで、表示電極間における崩れた電荷のバランスをリバランスするものである。別の言い方をすると、EC素子全体としては、電荷のバランスは変化しないが、表示電極間における電荷のインバランスを、第三の電極が有する被酸化性物質(又は被還元性物質)を犠牲にして解消するということになる。この場合、EC材料を着色させるときは第三の電極を利用しないで第一の電極及び第二の電極のみを利用するため、電荷のインバランスにより着色時のスペクトルにおけるアノード材の寄与分と、カソード材の寄与分との比が変化した状態が再現することはない。そのため、本発明の手法を用いることで上述のEC素子の着色時のスペクトルを修正することができる。
【0103】
以下、図面を参照しながら説明する。図5は、EC素子の吸収スペクトルを示す図である。尚、図5(a)は、本発明に該当しないEC素子の吸収スペクトルを示す図であり、図5(b)は、本発明のEC素子の吸収スペクトルを示す図である。また、図5(a)及び(b)は、アノード性のEC材料及びカソード性のEC材料を用いた時のEC素子の吸収スペクトル(縦軸:吸光度、横軸:波長)の計算例を示している。上記EC素子において、アノード性のEC材料は455nm及び500nmに、カソード性のEC材料は605nmに、それぞれ特徴的な吸収ピークを有している。上記EC素子において、電荷のバランスが正常な場合、上記EC素子の吸収スペクトルは、図5(a)中のスペクトルaとなる。ここで、上記EC素子の電荷のバランスがカソード性のEC材料の着色体が残存する方向に傾いた場合の吸収スペクトルは、図5(a)及び(b)中のスペクトルbとなる。このときのEC素子の着色時の吸収スペクトルは、図5(a)及び(b)中のスペクトルcとなり、電荷のバランスが正常な状態のスペクトルaより、アノード性のEC材料の吸収(455nm、500nm)が低下することになる。この電荷のバランスの変化によるスペクトルの変化はレドックスバッファーを使用しても解消できない。
【0104】
本発明においては、この状態において、不可逆的に還元する被還元性物質を有する第三の電極を利用する。具体的には、カソード性の有機EC化合物の第一の還元体によっては還元されず、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元をされやすい被還元性物質を有する第三の電極を利用する。この第三の電極を利用する際には、第三の電極と、第一の電極及び/又は第二の電極との間に、第三の電極が負となるように電位差を印加する。このとき印加する電位差は、第三の電極において、被還元性物質が還元されるものの、カソード性の有機EC化合物の不可逆的な還元反応を起こさない範囲とすることが望ましい。その結果、第三の電極において、被還元性物質が不可逆的に還元されると同時に、第一の電極及び/又は第二の電極において、着色状態で残存しているカソード材料が酸化され消色体である酸化体に再生される。このようにして、本発明の手法では、崩れた電荷のバランスをリバランスできるために、図5(b)中のスペクトルdのように、電荷のバランスが正常な状態のスペクトルを保持することができる。尚、図5(b)中のスペクトルdは、図5(a)中のスペクトルaとよく一致しているので、本発明のEC素子では正常な状態のスペクトルを保持されることが図5で示されている。
【0105】
以上より、本発明のEC素子では、カソード性のEC材料が含まれる場合、第三の電極が有する材料として、不可逆的に還元する被還元性物質が用いられている。またこの被還元性物質は、カソード性のEC材料の第一の還元体によっては還元されず、カソード性のEC材料の不可逆的な還元反応における酸化体よりも還元されやすい、という特徴を有する。これにより、正常な状態のスペクトルを保持することができることがわかる。また、アノード性のEC材料が含まれる場合では、第三の電極が被還元性物質の代わりに被酸化性物質を有し、極性を反転させるだけで、同様の効果が得られる。
【0106】
このように、本発明の手法、即ち、被酸化性物質又は被還元性物質を有する第三の電極を用いる手法によれば、特許文献1の様にレドックスバッファーを用いても解決できない課題を解決することができる。即ち、通常のEC素子の着色動作における消費電力の増大、応答速度の低下や、アノード性のEC材料の着色体とカソード性のEC材料の着色体との比の変化、といった課題を解決することができる。
【0107】
10.EC素子の用途等
本発明のEC素子は、光学フィルタ、レンズユニット、撮像装置、窓材等の構成部材として用いることができる。
【0108】
(光学フィルタ)
本発明の光学フィルタは、本発明のEC素子と、このEC素子に電気接続される能動素子とを有している。EC素子に電気接続される能動素子として、具体的には、EC素子の透過率を制御するためのトランジスタ等が挙げられる。トランジスタとして、例えば、TFTやMIM素子が挙げられる。ここでTFTは、薄膜トランジスタとも呼ばれ、その構成材料としては、半導体や酸化物半導体が用いられる。
【0109】
(レンズユニット)
本発明のレンズユニットは、複数のレンズを有する撮像光学系と、本発明のEC素子を有する光学フィルタとを有している。レンズユニットを構成する光学フィルタは、複数あるレンズとレンズとの間に設けてもよいし、レンズの外側に設けてもよい。本発明のレンズユニットは、光学フィルタにより、撮像光学系を通過する光又は通過した光の光量を調整することができる。
【0110】
(撮像装置)
本発明の撮像装置は、光学フィルタと、この光学フィルタを通過した光を受光する撮像素子とを有する。撮像装置を構成する撮像素子は、光学フィルタを透過した光を受光する素子であり受光素子とも呼ばれる素子である。
【0111】
撮像装置として、具体的には、カメラ、ビデオカメラ、カメラ付き携帯電話等が挙げられる。撮像装置は、撮像光学系が着脱可能であること、即ち、撮像素子を有する本体と、レンズを有するレンズユニットとが分離できる形態であってもよい。
【0112】
ここで撮像装置が、本体と、レンズユニットとで分離できる場合は、撮像時に撮像装置とは別体の光学フィルタを用いる形態も本発明に含まれる。尚、係る場合、光学フィルタの配置位置としては、レンズユニットの外側、レンズユニットと受光素子との間、複数あるレンズの間(レンズユニットが複数のレンズを有する場合)等が挙げられる。
【0113】
本発明のEC素子を撮像装置の構成部材として用いる場合、EC素子の配置位置は特に限定されない。例えば、撮像光学系の前であってもよいし、撮像素子の直前であってもよい。例えば、本発明のEC素子を撮像素子につながる撮像光学系の光路内に設けることにより、撮像素子が受光する光量もしくは入射光の波長分布特性を制御することができる。またこの撮像光学系は、レンズ系ともいうことができる。撮像光学系の例としては、複数のレンズを有するレンズユニット等が挙げられる。
【0114】
またこの本発明のEC素子が撮像装置に用いられる場合、EC素子が消色状態では高透明性を発揮できるので、入射光に対して充分な透過光量が得られ、また着色状態では入射光を確実に遮光及び変調した光学的特性が得られる。
【0115】
レンズユニットを着脱可能な、撮像装置が光学フィルタを有する場合、レンズユニットを取り付けた際に、レンズユニットと、撮像素子との間に配置されるよう設けられてよい。
【0116】
撮像装置が撮像光学系を有する場合、光学フィルタはレンズとレンズとの間に配置されても、レンズと撮像素子との間に配置されてもよく、光学フィルタと撮像素子との間に撮像光学系が配置されるように光学フィルタを配置されてもよい。
【0117】
本発明のEC素子をカメラ等の撮像装置に用いた場合、撮像素子のゲインを下げることなく、光量を低減することができる。
【0118】
図6は、本発明の撮像装置における実施形態の例を示す模式図である。図6の撮像装置100は、レンズユニット102と、撮像ユニット103と、を有し、レンズユニット102は、マウント部材(不図示)を介して撮像ユニット103に着脱可能に接続されている。また撮像ユニット103内には光学フィルタ101が配置されている。
【0119】
図6において、レンズユニット102は、複数のレンズあるいはレンズ群を有するユニットであり、絞りより撮像素子110側でフォーカシングを行うリアフォーカス式のズームレンズである。
【0120】
図6において、レンズユニット102は、物体側より順に正の屈折力の第1のレンズ群104、負の屈折力の第2のレンズ群105、正の屈折力の第3のレンズ群106、正の屈折力の第4のレンズ群107の4つのレンズ群を有する。図6においては、第2のレンズ群105と第3のレンズ群106と、の間に開口絞り108を有する。図6の撮像装置100は、第2のレンズ群105と第3群のレンズ群106との間隔を変化させて変倍を行い、第4のレンズ群107の一部のレンズ群を移動させてフォーカスを行う。図6において、レンズユニット102は、第2のレンズ群105と第3のレンズ群106との間に開口絞り108を有する。レンズユニット102を通過する光は、各レンズ群(104乃至107)、開口絞り108及び光学フィルタ101を通過して撮像素子110に受光されるように各部材が配置されている。撮像素子110が受光する光の光量は開口絞り108及び光学フィルタ101を用いて調整を行うことができる。図6において、撮像ユニット103は、ガラスブロック109と撮像素子110とを有する。またガラスブロック109と撮像素子110との間には光学フィルタ101が配置されている。
【0121】
ガラスブロック109は、具体的には、ローパスフィルタやフェースプレートや色フィルタ等のガラスブロックである。
【0122】
撮像素子110は、レンズユニット102を通過した光を受光するセンサー部であって、CCDやCMOS等の撮像素子を使用することができる。また、フォトダイオードのような光センサーであってもよく、光の強度あるいは波長の情報を取得し出力するものを適宜利用可能である。
【0123】
図6において、撮像ユニット103には、光学フィルタ101が、撮像ユニット103内のガラスブロック109と、撮像素子110と、の間に配置されている。本発明の撮像装置において、光学フィルタ101の配置位置は特に限定されるものではなく、例えば、第3のレンズ群106と第4のレンズ群107との間に配置されてもよいし、レンズユニット102の外側に配置されていてもよい。
【0124】
尚、光の収束する位置に光学フィルタ101を配置すると、光学フィルタ101の面積を小さくできる等の利点がある。また図6の撮像装置100では、レンズユニット102の形態も適宜選択可能であり、リアフォーカス式の他、絞りより前でフォーカシングを行うインナーフォーカス式であってもよく、その他方式であってもよい。また、ズームレンズ以外にも魚眼レンズやマクロレンズなどの特殊レンズも適宜選択可能である。
【0125】
このような撮像装置は、光量調整と撮像素子の組合せを有する製品等が挙げられ、例えば、カメラ、デジタルカメラ、ビデオカメラ、デジタルビデオカメラ、携帯電話やスマートフォン、PC、タブレットなどの撮像部位であってもよい。
【0126】
(窓材)
本発明の窓材は、一対の透明基板と、これら透明基板の間に設けられるEC素子と、このEC素子の透過率を制御するための能動素子とを有している。この能動素子は、EC素子に接続されているが、EC素子への接続形態については、直接に接続された形態でもよいし、間接に接続された形態でもよい。本発明の窓材は、透明基板を透過する光の光量をEC素子により調整することができる。またこの窓材に、窓枠等の部材を加えることで窓として使用することができる。本発明の窓材は、航空機、自動車、住宅等の窓に用いることができる。またEC素子を有する窓材は、電子カーテンを有する窓材と呼ぶこともできる。
【0127】
図7は、本発明の窓材における実施形態の例を示す模式図である。尚、図7(a)は斜視図、図7(b)は、図7(a)のX−X’断面図である。図7の窓材111は、調光窓であり、EC素子114(ただし、第三の電極3は不図示)と、EC素子114を挟持する透明板113と、全体を囲繞して一体化するフレーム112と、からなる。尚、図7の窓材111の駆動手段は、フレーム112内に一体化されていてもよいし、フレーム112の外部に配置された配線を通してEC素子114と接続されていてもよい。
【0128】
図7の窓材111において、透明板113は、光透過率が高い材料であれば特に限定されず、窓としての利用を考慮すればガラス素材であることが好ましい。図7において、EC素子114は透明板113とは独立した構成部材であるが、例えば、EC素子114を構成する基板(6、7)を透明板113と見立てても構わない。
【0129】
図7の窓材111において、フレーム112の材質は特に問われないが、EC素子114の少なくとも一部を被覆し一体化された形態を有するもの全般をフレーム112とみなしても構わない。
【実施例】
【0130】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明していくが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0131】
[合成例1]化合物1の合成
Cinnsealach等の文献(Solar Energy Materials and Solar Cells,57巻,p107−125(1999年)に基づいて、カソード性のEC材料である化合物1を合成した。
【0132】
【化1】
【0133】
[実施例1]
(EC素子の作製)
図8に示されるEC素子30aを、以下の工程により作製した。
【0134】
(1)透明導電性ガラスの準備
まずフッ素ドープ酸化スズ(FTO)膜が成膜されている透明導電性ガラス(TEC15、日本板硝子製)を二枚用意した。
【0135】
(2)基板の作製
次に、ダイヤモンド工具を用いて、透明導電性ガラスが有するFTO膜の一部を除去して、FTO膜を三つに分割した。具体的には、第一の電極31又は第二の電極32となる中央の領域に設けられるFTO膜41と、第一の電極31又は第二の電極32とは電気的に独立している第三の電極33の形成領域となる両端の領域に設けられるFTO膜33aとに分割した。
【0136】
(3)第三の電極の作製
アンチモンドープ酸化スズナノ粒子(石原産業社製)12gと、濃硝酸2mLと、水200mLと、を混合し、80℃で8時間攪拌後、真空乾燥1日行うことで、酸化スズナノ粒子のケーキを得た。次に、このケーキ4gに、水20mLと、ポリエチレングリコール1.2gと、ヒドロキシプロピルセルロース0.4gと、を加えた後、15日間撹拌を行うことでスラリーを調製した。次に、このスラリーを、第三の電極33の形成領域にあるFTO膜33aの上に塗布形成した後、500℃、30分の条件で焼成することで、アンチモンドープ酸化スズナノ粒子膜(以下、「ナノ粒子膜」ということがある。)を得た。このとき、形成したナノ粒子膜の比表面積は450cm2/cm2であった。
【0137】
次に、当該ナノ粒子膜に、10mMの4−アミノサリチル酸のエタノール溶液を塗布し、終夜静置した後、当該ナノ粒子膜をエタノールにより洗浄、乾燥させた。これにより、当該ナノ粒子膜に4−アミノサリチル酸が固定化された第三の電極33を作製した。
【0138】
(4)基板の接着
第三の電極33を形成した二枚の透明導電性ガラスに、シール材35として、100μmのスペーサービーズを混合したUV硬化性の接着剤(TB3035B、スリーボンド社製)を、注入口39以外の外周に塗布した。その後、第一の電極31と第二の電極32とが対向するように、また第三の電極33同士が対向するように、電極取出部位38が露出するように、二枚の透明導電性ガラスを重ね合わせた。次に、第三の電極33にUV光が当たらないようにマスクをした状態でUV光を照射することで、接着剤を硬化させた。これにより、基板36と基板37とを接着させた。
【0139】
(5)電解質溶液の注入
下記材料を混合して電解質溶液を調製した。
・アノード性有機EC化合物:5,10−ジメチル−5,10−ジヒドロフェナジン(以下、DMDHPと記載することがある)
・カソード性有機EC化合物:エチルビオロゲンヘキサフルオロリン酸塩(以下、EVと記載することがある)
・0.1Mテトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェートの炭酸プロピレン(PC)溶液
【0140】
このとき電解質溶液に含まれる有機EC化合物(アノード性有機EC化合物、カソード性有機EC化合物)の濃度は、いずれも20mMであった。次に、この電解質溶液(電解質34)を注入口から注入した後、上記(4)にて使用したUV硬化性接着剤で封止40をすることで、EC素子30aを得た。
【0141】
(酸化還元電位の測定)
本実施例で使用した有機EC化合物及び被酸化性物質について、酸化のされやすさを評価した。以下に、その具体的な方法を説明する。
【0142】
0.1Mテトラブチルアンモニウムヘキサフルオロフォスフェートの炭酸プロピレン(PC)溶液に、EC材料(DMDHP、EV)及び被酸化性物質(4−アミノサリチル酸)をそれぞれ1mMで溶解させた溶液を調製した。次に、FTOを作用電極、白金を対電極、Ag/Ag+(PF6,PC)を参照電極として用いてCV測定を行った。その結果、DMDHPの第一の酸化反応に対応する酸化還元反応の半波電位は−0.62Vであり、DMDHPの不可逆的な酸化反応の酸化電位は1.35Vであった。また、EVの第一の還元反応に対応する酸化還元反応の半波電位は−1.24Vであり、EVの不可逆的な還元反応の還元電位は、−2.60Vであった。また、被酸化性物質である4−アミノサリチル酸の不可逆的な酸化反応の酸化電位は、−0.20Vであった。
【0143】
この結果から、本実施例において、被酸化性物質である4−アミノサリチル酸は、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいことが確認された。また、被酸化性物質の酸化電位は、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化反応の酸化電位と、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の酸化電位との間にあることが確認された。
【0144】
(電荷バランス状態検知手段の設置)
二種類のLED、及びフォトダイオードを使用して、本実施例にて作製したEC素子に電荷バランス状態検知手段を設置した。具体的には、まず発光波長460nmのLED及び同595nmのLEDを、基板36の第一の電極31を設けている面とは反対側の面に設置した。尚、上記二種類のLEDを設置する際は、各LEDが、それぞれ図8(b)中の領域36a、即ち、第一の電極31の設置領域に対応する領域に含まれるようにした。また波長460nmはアノード性の有機EC化合物の吸収波長であり、波長595nmはカソード性の有機EC化合物の吸収波長である。次に、フォトダイオードを、基板37の第二の電極32を設けている面とは反対側の面に設置した。尚、フォトダイオードを設置する際は、各LEDが、それぞれ図8(b)中の領域37a、即ち、第二の電極32の設置領域に対応する領域に含まれるようにした。また設置したフォトダイオードにより、波長460nm及び595nmにおける吸光度比を検出した。
【0145】
(EC素子の耐久駆動)
EC素子30aを構成する第一の電極31と第二の電極32との間に電圧0.8Vを印加して着色状態にしてから、この状態を一週間維持した後、第一の電極31と第二の電極32とを短絡することで、消色させた。この時、波長460nmにおける初期消色状態からの吸光度の変化量は、+0.10であった。一方、波長595nmにおける初期消色状態からの吸光度の変化量は、±0.00であった。この結果から、波長455nmに吸収ピークを有するアノード性有機EC化合物の着色体が残存していることが確認され、その結果EC素子に消色不良が発生していることが確認された。
【0146】
(消色不良の低減)
上記耐久駆動を行ったEC素子について、第一の電極31と第二の電極32との間を短絡させた状態で、第一の電極31と第三の電極33との間に電圧を印加した。尚、印加時間は10msであり、以下のシーケンスに従ってEC素子を動作させた。
(i)第三の電極33を正極、第一の電極31を負極として電圧1.8Vを印加する。ここで、電圧印加前と印加後5秒後との吸光度を比較する。
(ii)波長460nmの吸光度において、初期消色状態からの変化量が0.005以下でなければ再度電圧を印加し、0.005以下であれば電圧の印加を終了する。
(iii)波長595nmの吸光度において、初期消色状態からの変化量が0.005以上となった時点で電圧の印加を終了させる。
【0147】
その結果、駆動開始より約5分経過したときに、上記(ii)による電圧の印加が終了し、アノード性有機EC化合物の着色体が残存する消色不良が、1/10以下に低減されることが確認された。また処理後のEC素子を目視すると、消色不良は均一に低減されてほとんど見えなくなることが確認された。
【0148】
以上の結果より、下記(I)乃至(III)の効果が確認された。
(I)アノード性の有機EC化合物と、カソード性の有機EC化合物と、を有するEC素子において、下記条件(Ia)及び(Ib)を満たす被酸化性物質を有する第三の電極を用いて電荷リバランスを行うことで、消色不良を低減することができること。
(Ia)アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、該アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいこと。
(Ib)アノード性の有機EC化合物の可逆的な第一の酸化反応の酸化電位と、該有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の酸化電位と、の間に、被酸化性物質の不可逆的な酸化反応の酸化電位があること。
(II)第三の電極33が、第一の電極31又は第二の電極32を透過する光の光路外に配置されていることで、光の透過率を高めることができること。
(III)二つの第三の電極33を、第一の電極31、第二の電極32の周囲にそれぞれ配置させることで均一な消色が可能であること。
【0149】
また、有機EC化合物の光吸収を利用したEC素子の電荷バランス状態を検知する手段を設置し、検知された電荷バランス状態に基づいて、第一の電極31及び/又は第二の電極32と第三の電極33との間に印加する電圧を制御した。これにより効果的な消色が可能であることがわかった。
【0150】
[実施例2]
(EC素子の作製)
図9に示されるEC素子30bを、以下の工程により作製した。
【0151】
(1)透明導電性ガラスの準備
実施例1で使用したフッ素ドープ酸化スズ(FTO)膜が成膜されている透明導電性ガラス(TEC15、日本板硝子製)を二枚用意した。
【0152】
(2)基板の作製
実施例1(2)と同様の方法により、用意した透明導電性ガラスを加工して電極付基板を作製した。
【0153】
(3)第二の電極、第三の電極の作製
第二の電極32を設ける電極付基板(基板37)において、酸化チタンナノペースト(Nanoxide−HT、ソーラロニクス製)を、第二の電極32を設ける領域に沿ってFTO膜32aの上に塗布した。この後、500℃30分の条件で酸化チタンナノペーストを焼成して第二の電極32を形成した。尚、焼成によって得られたナノ粒子膜(第二の電極32)の比表面積は、300cm2/cm2であった。次に、形成した第二の電極32に、カソード性のEC材料である化合物1の5mM水溶液に一晩浸漬し、水洗、乾燥することで、カソード性のEC材料が固定された第二の電極32を形成した。
【0154】
一方、第一の電極31が設けられている透明導電性ガラスにおいて、実施例1(3)と同様の方法により、第三の電極33を形成した。
【0155】
)基板の接着
実施例1(4)と同様の方法により、基板36と基板37とを接着させた。具体的には、100μmのスペーサービーズを混合したUV硬化性の接着剤(TB3035B、スリーボンド社製)を、注入口39以外の外周に塗布し、第一の電極31と第二の電極32とが対向するように基板36と基板37とを接着させた。
【0156】
)電解質溶液の注入
まず、0.1Mリチウムヘキサフルオロフォスフェートの炭酸プロピレン(PC)溶液にアノード性のEC材料であるDMDHPを溶解させることで電解質溶液を調製した。このとき電解質溶液に含まれるEC材料の濃度を20mMとした。次に、この電解質溶液を注入口39から注入した後、実施例1(4)にて使用したUV硬化性接着剤で封止40をすることで、EC素子30bを得た。また得られたEC素子30bには、実施例1と同様に、電荷バランス状態の検知手段を設置した。
【0157】
(EC素子の耐久駆動)
得られたEC素子において、第一の電極31と第二の電極32との間に0.7Vの電圧を印加して着色状態とし、この状態を一週間維持させた後、第一の電極31と第二の電極32との間を短絡させることで、消色させた。この時、波長460nmにおける初期消色状態からの吸光度の変化量は、+0.15であった。一方、波長595nmにおける初期消色状態からの吸光度の変化量は、±0.00であった。この結果から、波長455nmに吸収ピークを有するアノード性有機EC化合物の着色体が残存していることが確認され、その結果EC素子に消色不良が発生していることが確認された。
【0158】
(消色不良の低減)
上記耐久駆動を行ったEC素子について、第一の電極31と第三の電極33との間に電圧を印加した。尚、印加時間は10msであり、下記(i)乃至(iii)のシーケンスに従ってEC素子を動作させた。
(i)第三の電極33を正極、第一の電極31を負極として電圧1.7Vを印加する。ここで、電圧印加前の吸光度と印加後5秒後の吸光度とを比較する。
(ii)波長460nmの吸光度において、初期消色状態からの変化量が0.005以下でなければ再度電圧を印加し、0.005以下であれば電圧の印加を終了する。
(iii)波長595nmの吸光度において、初期消色状態からの変化量が0.005以上となった時点で電圧の印加を終了させる。
【0159】
その結果、駆動開始より約8分経過したときに、上記(ii)による電圧の印加が終了し、アノード性有機EC化合物の着色体が残存する消色不良が、1/10以下に低減されることが確認された。また処理後のEC素子を目視すると、消色不良は均一に低減されてほとんど見えなくなることが確認された。
【0160】
以上より、下記(I)乃至(IV)の効果が確認された。
(I)アノード性の有機EC化合物と、カソード性の有機EC化合物と、を有するEC素子において、下記(Ia)及び(Ib)の条件を満たす被酸化性物質を有する第三の電極を用いて電荷リバランスを行うことで、消色不良を低減することができること。
(Ia)アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、該アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいこと。
(Ib)アノード性の有機EC化合物の可逆的な第一の酸化反応の酸化電位と、該アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の酸化電位との間に、非酸化性物質の不可逆的な酸化反応の酸化電位があること。
(II)第三の電極33を、第一の電極31又は第二の電極32を透過する光の光路外に
配置させることで、光の透過率を高めることができること。
(III)有機EC化合物の一つが、電極(第二の電極32)に固定化されている場合でも、被酸化性物質を有する第三の電極33を用いて電荷のリバランスを行うことで、消色不良を低減することができること。
(IV)二つの第三の電極33を、それぞれ第一の電極31(又は第二の電極32)の周囲に配置させることで均一な消色が可能であること。
【0161】
また、有機EC化合物の光吸収を利用したEC素子の電荷バランス状態を検知する手段を設置し、検知された電荷バランス状態に基づいて、第一の電極31、第二の電極32と第三の電極33との間に印加する電圧を制御した。これにより効果的な消色が可能であることがわかった。
【0162】
[実施例3]
(EC素子の作製)
図8に示されるEC素子30aを、以下の工程により作製した。
【0163】
(1)透明導電性ガラスの準備、(2)基板の作製
実施例1(1)、(2)と同様の方法により、電極付基板を作製した。
【0164】
(3)第三の電極の作製
実施例1(3)と同様の工程を用いて作成したナノ粒子膜に、1mMのビス(2−(3,4−ジメチル−5−(4−カルボン酸フェニル)チオフェン)(以降,BDMCPTと略すことがある)のエタノール溶液を塗布し、終夜静置した後、当該ナノ粒子膜をエタノールにより洗浄、乾燥させた。これにより、当該ナノ粒子膜にBDMCPTが固定化された第三の電極33を作製した。
【0165】
(4)基板の接着、(5)電解質溶液の注入
実施例1(4)、(5)と同様の方法により、EC素子30aを得た。
【0166】
(酸化還元電位の測定)
本実施例で使用した有機EC化合物及び被酸化性物質について、酸化のされやすさを評価した。以下に、その具体的な方法を説明する。
【0167】
実施例1の(酸化還元電位の測定)と同様の方法により、EC材料(DMDHP、EV)及び被酸化性物質(BDMCPT)を溶解させた溶液を調製し、CV測定を行った。その結果、DMDHPの第一の酸化反応に対応する酸化還元反応の半波電位は−0.62Vであり、DMDHPの不可逆的な酸化反応の酸化電位は1.35Vであった。また、EVの第一の還元反応に対応する酸化還元反応の半波電位は−1.24Vであり、EVの不可逆的な還元反応の還元電位は、−2.60Vであった。また、被酸化性物質であるBDMCPTの不可逆的な酸化反応の酸化電位は、0.33Vであった。
【0168】
この結果から、本実施例において、被酸化性物質であるBDMCPTは、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいことが確認された。また、被酸化性物質の酸化電位は、アノード性の有機EC化合物の第一の酸化反応の酸化電位と、アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の酸化電位との間にあることが確認された。
【0169】
(電荷バランス状態検知手段の設置)
実施例1と同様の方法により、電荷バランス状態検知手段を設置した。
【0170】
(EC素子の耐久駆動)
実施例1と同様の方法により、EC素子の耐久駆動を行った。その結果、波長460nmにおける初期消色状態からの吸光度の変化量は、+0.12であった。一方、波長595nmにおける初期消色状態からの吸光度の変化量は、±0.00であった。この結果から、波長455nmに吸収ピークを有するアノード性有機EC化合物の着色体が残存していることが確認され、その結果EC素子に消色不良が発生していることが確認された。
【0171】
(消色不良の低減)
上記耐久駆動を行ったEC素子について、第一の電極31と第三の電極33との間に電圧を印加した。尚、印加時間は10msであり、下記(i)乃至(iii)のシーケンスに従ってEC素子を動作させた。
(i)電圧制御ステップとして第三の電極33を正極、第一の電極31を負極として電圧1.7Vを印加する。ここで、電圧印加前の吸光度と印加後5秒後の吸光度とを比較する。
(ii)波長460nmの吸光度において、初期消色状態からの変化量が0.005以下でなければ再度電圧を印加し、0.005以下であれば電圧の印加を終了する。
(iii)波長595nmの吸光度において、初期消色状態からの変化量が0.005以上となった時点で電圧の印加を終了させる。
【0172】
その結果、駆動開始より約8分経過したときに、上記(ii)による電圧の印加が終了し、アノード性有機EC化合物の着色体が残存する消色不良が、1/10以下に低減されることが確認された。また処理後のEC素子を目視すると、消色不良は均一に低減されてほとんど見えなくなることが確認された。
【0173】
以上の結果より、下記(I)乃至(V)の効果が確認された。
(I)アノード性の有機EC化合物と、カソード性の有機EC化合物と、を有するEC素子において、下記条件(Ia)及び(Ib)を満たす被酸化性物質を有する第三の電極を用いて電荷リバランスを行うことで、消色不良を低減することができること。
(Ia)アノード性の有機EC化合物の第一の酸化体によっては酸化されず、該アノード性の有機EC化合物の不可逆的な酸化反応における還元体よりも酸化されやすいこと。
(Ib)アノード性の有機EC化合物の可逆的な第一の酸化反応の酸化電位と、該有機EC化合物の不可逆的な酸化反応の酸化電位と、の間に、被酸化性物質の不可逆的な酸化反応の酸化電位があること。
(II)第三の電極が、第一の電極又は第二の電極を透過する光の光路外に配置されていることで、光の透過率を高めることができること。
(III)二つの第三の電極を、第一の電極、第二の電極の周囲にそれぞれ配置させることで均一な消色が可能であること。
(IV)検知されたエレクトロクロミック素子の電荷バランス状態に基づき、第一の電極と第三の電極との間の電圧を制御するステップを有する駆動方法を用いることで、消色不良を低減することができること。
(V)電圧制御ステップに基づいた電位差の制御後、さらに検知されたエレクトロクロミック素子の電荷バランス状態に基づき、追加の電圧制御の実施を判断する駆動方法を用いることで、消色不良を低減することができること。
【符号の説明】
【0174】
1:第一の電極、2:第二の電極、3:第三の電極、4:電解質、5:シール材、6(7):基板、10:EC素子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9